氏 名 河野 洋介 博士の専攻分野の名称 博 士 ( 医 学 ) 学 位 記 番 号 医工博4甲 第233号 学 位 授 与 年 月 日 平成30年3月23日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 攻 名 先進医療科学専攻
学 位 論 文 題 名 Tetanic electrical stimulation of the dorsomedial hypothalamus evokes excitation in the cardiovascular ventral medullary regions with delayed recovery: spatiotemporal and anatomical analyses (視床下部テタヌス刺激は延髄腹側心血管調節領域の遷延性興奮 を惹起する: 時空間的解剖学的解析) 論 文 審 査 委 員 委員長 教 授 小泉 修一 委 員 教 授 木内 博之 委 員 講 師 三宅 邦夫
学位論文内容の要旨
( 研 究 の目 的 ) 高 血 圧 症 は 心 血 管 イ ベ ン ト の 危 険 因 子 で あ り 、 心 血 管 イ ベ ン ト の 発 生 を 抑 制 す る た め に は 高 血 圧症 発 症の 機 序を 解 明 する こ とが 必 要で あ る 。こ れ まで に 、肥満 や 過 剰な 食 塩摂 取 ・ 心 理 的 ス ト レ ス 等 、 様 々 な 因 子 が 高 血 圧 症 発 症 に 関 与 す る こ と が 報 告 さ れ て い る が 、 心 理 的 ス ト レス が 高血 圧 症を 発 症 させ る 機序 は 明ら か で ない 。 生 体 内 に 入 っ た 心 理 的 ス ト レ ス に 関 す る 神 経 情 報 は 大 脳 皮 質 や 辺 縁 系 に て 処 理 さ れ た 後 、 扁 桃 体 を 介 し て 視 床 下 部 に 送 ら れ る 。 視 床 下 部 、 特 に 視 床 下 部 背 内 側 野 は 、 心 理 的 ス ト レ ス に よ っ て 惹 起 さ れ る 血 圧 上 昇 や 頻 脈 な ど の 循 環 動 態 の 変 化 に 重 要 な 役 割 を 担 う こ と が 報 告 さ れ お り 、 吻 側 延 髄 腹 外 側 野 や 延 髄 縫 線 核 な ど の 延 髄 心 血 管 調 節 領 域 を 介 し て 急 性 ス ト レ ス 反 応 を 惹 起 さ せ る と 考 え ら れ て い る 。 ま た 、 視 床 下 部 は 視 床 下 部 -下 垂 体 -副 腎 系 や 視 床 下 部 -交 感 神 経 -副 腎 髄 質 系 を 介 し て 高 血 圧 症 発 症 に 関 与 す る こ と が 示 唆 さ れ て い る 。 し か し な が ら 、 視 床 下 部 と 延 髄 腹 側 心 血 管 調 節 領 域 と の 機 能 的 あ る い は 解 剖 学 的 結 合 様 式 は 十 分 に 解明 さ れて い ない 。 そ こ で 本 研 究 で は 、 膜 電 位 イ メ ー ジ ン グ 法 と 逆 行 性 標 識 法 を 用 い 、 視 床 下 部 と 延 髄 腹 側 の 機 能 的・ 解 剖学 的 結合 様 式 を解 明 する こ とを 目 的 とし た 。( 方 法 ) < 膜 電 位イ メ ージ ン グ法 > 膜 電 位 イ メ ー ジ ン グ 法 を 用 い 、 視 床 下 部 刺 激 に よ っ て 惹 起 さ れ る 延 髄 腹 側 細 胞 の 興 奮 を 時 空 間 的 に 解 析 し た 。 ま ず 、 新 生 Wistarラ ッ ト か ら 、 深 麻 酔 下 に 摘 出 間 脳 -下 部 脳 幹 -脊 髄 標 本 を 作製 し 、標 本を膜 電 位 感受 性 色素( di-2-ANEPEQ)を 用 い て染色 し た 。次 に 、標 本 の 吻 側 断 端 面 か ら 微 小 電 極 を 視 床 下 部 背 内 側 野 へ 刺 入 し 、 単 発 刺 激 ( 0.5-1.0 mA, 3-5 ms) と テ タ ヌス 刺 激 (0.4 mA, 500 μ s, 100 Hz, 10 s 間 ) を 与 えた 際 の、延 髄 腹 側の 細 胞活 動 を 高 感 度 CMOSカ メ ラ シス テ ム を用 い て計 測 した 。 延 髄 腹 側 の 細 胞 活 動 を 時 空 間 的 に 解 析 す る た め 、 刺 激 部 位 と 同 側 の 吻 側 延 髄 腹 外 側 野 ・ 吻 側 延 髄腹 内 側野・尾側 延 髄 腹外 側 野お よ び正 中 の 延髄 淡 蒼縫 線 核領 域 の 4領 域の 蛍 光変 化 を 測 定 し た 。 こ れ ら の 領 域 は 、 心 血 管 調 節 領 域 と し て 報 告 さ れ て お り 、 視 床 下 部 背 内 側 野 刺 激 に 伴う 心 血管 調 節領 域 の 興奮 の 有無 お よび 刺 激 終了 後 の興 奮 持続 時 間( post-stimulus 75% recovery time) を計 測 し た。 < 逆 行 性標 識 法> 逆 行 性 標 識 法 を 用 い 、 視 床 下 部 と 延 髄 の 解 剖 学 的 結 合 を 解 析 し た 。 逆 行 性 神 経 ト レ ー サ ー で あ る Fluoro-goldを 、 ラ ッ ト の 吻 側 延 髄 腹 外 側 野 に 注 入 し 、 7- 10日 生 存 さ せ た 後 に 視 床 下 部 背内側野へ輸送されたFluoro-goldの 存 在を 免 疫 染色 法 にて 観 察し た 。 (結果) 膜電位イメージング法を用いることにより、視床下部への単発刺激(n=5)およびテタヌス刺激(n=5) に伴う延髄腹側細胞の興奮を視覚化しえた。単発刺激およびテタヌス刺激の両群ともに心血管調節領 域における神経興奮を観察したが、Post-stimulus 75% recovery timeは、すべての領域で、テタヌ ス刺激が単発刺激に比して有意に長かった。 逆行性標識法では、視床下部において同側優位にFluoro-gold標識ニューロンを同定し、視床下 部背内側野においても散在的にFluoro-gold標識ニューロンを同定した。 (考察) 本研究では、視床下部背内側野へのテタヌス刺激が、刺激中だけでなく、刺激終了後にも持続する 遷延性興奮を惹起することを示した。また、視床下部背内側野と吻側延髄腹外側野の解剖学的結合を 明らかにした。 急性ストレスは血圧上昇・心拍数増加・交感神経活動の上昇を惹起するが、ストレス負荷終了後に もこの反応は持続する。本研究で遷延性興奮が観察された吻側延髄腹外側野・延髄淡蒼縫線核領域・ 尾側延髄腹外側野領域は、交感神経を介した循環調節に重要な役割を担う領域であることが報告され ており、本研究結果は、ストレス負荷時の循環反応が負荷終了後も持続する機序を示していると考え られた。近年、急性ストレス後の血圧上昇の持続が将来の高血圧症発症に関与することが報告されて おり、本研究の成果は、本態性高血圧の病態解明に寄与するものと考えた。
(結論) 視床下部背内側野のテタヌス電気刺激は、延髄腹側心血管調節領域において刺激終了後も遷延する 神経興奮を惹起する。また、視床下部背内側野のニューロンは、その軸策を直接、延髄腹側心血管調 節領域へ投射している。これらの所見より、急性ストレス時の視床下部背内側野の興奮は、延髄腹側 心血管調節領域の遷延性興奮を起こしうると考えられる。
論文審査結果の要旨
学位論文研究テーマの学術的意義。
視床下部−延髄摘出標本による、膜電位感受性色素を用いた生理学的手法と逆行性色素を用いた 解剖学的手法により、視床下部背内側核(DMH)から情報伝達の時空間解析を試みた。これまで、 その技術的な問題により、DMH 及び延髄の機能的及び解剖学的な結合は不明のままであった。申 請者は、摘出した視床下部−延髄標本をほぼ無傷のまま使用して機能イメージングを行うという 難易度の高い方法を開発することで、両脳部位間の機能連関を明らかとした。本方法だからこそ 解明できた知見であると言え、本論文の新規性及び重要性は高いと言える。また、膜電位感受性 色素を用いることで、電気生理学的手法では得られない、DMH-延髄間機能連関の時空間的な解析 を可能としたことは、評価ができる。長期目標であると思われる、ストレスによる高血圧発症の 中枢性メカニズムを解明、には未だ多くの克服すべき課題があるが、先ずは DMG-延髄間の情報 連絡を可視化し、ストレス性刺激による応答の違いを見出したことは、その第一歩として評価で きるものである。学位論文及び研究の争点,問題点,疑問点,新しい視点等
DMH 刺激により、延髄の各部位(RVLM, CVLM, RVMM, RP)で生理的な応答が得られたこと、刺激 の種類により応答性が大きく異なったこと、両者間に神経連絡が存在すること、が明らかとなり、 ストレスが自律神経系に与える影響を DMG-延髄の応答性変化としてイメージングすることが出 来た。膜電位感受性色素の応答性の意味等の技術的な事に加え、本脳部位を選択した意味、実際 のストレス応答との関連性などを中心に、以下の議論が成された。 1.視床下部−延髄標本を用いる意義、延髄の部位による差異について。 ストレスが自律神経系ひいては血圧に与える影響を中枢性に解析することを目標にしているの で、本脳部位は、そのなかで中心的な役割を果たしている。ただし、ここが全てというわけでは ない。延髄で4部位(RVLM、RVMM、CVLM 及び RP)に注目した解析を行ったが、部位により興奮 伝播のタイミングや強さが異なるようである。しかし、まだ相関性や自律性等に関する解析は今 後の課題として残されたままである。せっかくライブイメージングを行っているのであるから、 是非とも空間的な解析を進めて頂きたい。 2.DMH から RVLM への入力信号について 逆行性色素を用いた解剖学的検討により、DMH から RVLM の入力が有ること、またこの入力が TH 陽性神経に投射していることを明らかとした。今回注目した延髄の他の部位、さらに DMH から延髄へ入力している神経の種類等については今後解析を行う。 3. 薬理学的及び分子生物学的な介入実験が出来ていない件について。 技術的な問題、つまり時間と共に応答性が弱くなること、複数回刺激に耐えられないことが大きな理 由。同一のサンプルでの介入実験ではなく、異なるサンプル間で薬理学的介入の有無を比較する、又 は応答性が持続する工夫を行う。介入実験を行わないと、膜電位感受性色素が上昇するメカニズム(責 任神経伝達物質、受容体)、神経依存性、グリアの関与等々、に言及することが出来ず、ひいてはス トレスが血圧上昇を引き起こす中枢性メカニズムにたどり着くことは出来ない。今後の大きな課題。 4. テタヌス刺激が意味するもの、持続的な膜電位上昇は何か? 長期のストレスが、持続的な血圧上昇を、に結びつける伏線として行っている。但し、単発刺激とテ タヌス刺激との強度が違うこと、薬理学的な介入を行っていないので何故膜電位が上昇しているのか、 その意味は?に言及することはまだ出来ていない。今後の課題。