内視鏡的に興味ある経過を示した術後肺癌の一例 山梨医科大学第二内科 西川圭一 廣瀬久人 内川謙治郎 小沢克良 田村康二
概要 症例は68歳男性。左S罵原発の肺扁平上皮癌(TiN。M。、stage1)
の診断で左上葉切除術を行った。術後ユ年で血疾を認め、気管支鏡検査で左主幹 に腫瘤、右上幹に階凹性病変を認めた。いずれも生検の結果扁平上皮癌と判明し、左主幹病変にradiation、右上幹病変にレーザー照射を行い、いずれも
治癒した。本症例は肺重複癌である可能性が高いと考えられる。その後も定期的 ‘こ気管支鏡検査を行っていたが、術後3年4ケ月後に左上葉断端部に腫瘤を認め た。生検にて炎症性肉芽腫と判明した。以上の経過から術後の定期的な気管支鏡 検査の重要性を痛感した一例である。 はじめに 近年、我が国の肺癌は増加の一 途をたどっているが、最も有効な治療法であ る外科療法の対象となる例は40%程度にす ぎないUのが現状である。また、術後の再発 といった大きな問題も残る。さらに診断、治 療技術の進歩や患者の高齢化などに伴い、重 複癌の発生の増加も問題となっている。1) 3) 1) 今回我々は、術後1年で左右の気管支に扁 平上皮癌の発生を認め、その後断端部に炎症 性肉芽腫の発生を認めた術後肺癌の一例を経 験したので、若干の考察を加えて報告する。 症例患者:68歳、男性。農業。喫煙指数500
主訴:血疾 家族歴:特記すべき事なし。 既往歴:高血圧症、大動脈弁閉鎖不全症。 現病歴:昭和60年6月、腹痛のため近医を 受診した際、胸部レ線上左中肺野の異常陰影 を指摘された。(図1)呼吸器症状はなかっ た。当科入院し精査の結果、左S‘原発の肺扁平上皮癌(TiNaMn、 stagel)と
図1.術前胸部レ線像 判明し、昭和60年11月に当院第二外科 にて左上葉切除術を行った。その後経過は 良好であったが、手術1年後の昭和61年 ll月より血疾を認めたため、気管支鏡検 査を施行し、右上幹及び左主幹に病変を認 一4一め、当科再入院となった。 入院時身体所見に異常を認めず、また検査 所見では呼吸機能検査で軽度の閉塞性障害を 認める以外は、腫瘍マーカーを含め異常を認 めなかった。胸部CTでは肺野に異常所見を 認めず、肺門及び縦郭リンパ節の腫大も認め なかった。 治療及び経過 気管支鏡下に左右病変の生検を行った。左病 変は主気管支末端の径1cm程度の表面不整な なだらかに隆起する腫瘤で、高分化型扁平上 皮癌であった。(図2、3)
右病変はsecond carina上の
径3㎜程度の浅い陥凹性の病変で、やはり高 分化型扁平上皮癌であった。(図4、5) これらの組織型は手術した左肺の病理組織 と同一であった。左病変にはNd−YAGレーザー照射を行
なった。また、右病変に関しては病変の深達 度がはっきりせず、解剖学的にも背後に大血 管が位置しており、レーザー照射の際の穿孔の危険性を考慮し、radiationを行
なった。 その後は、症状がなくとも定期的に気管支 図2.左主幹病変 図4.右上幹病変 図3.左主幹病変の組織像畿
図5.右上幹病変の組織像 1…羅 一5一鏡検査によるfoIlow upを行なって
おり、現在に至るまで再発を見ていない。な お、平成1年3月の定期検査の際に、左上幹 の断端部‘こポリープ様の腫瘤を認めたが、生 検の結果、炎症性肉芽腫であった。(図6) 生検及び消炎剤の投与により消失した。 全経過を表1に示した。術後約3年半を経 過した現在、再発を認めていない。 1985.6 1985.10 1985.11 1986.11 1987.1 図6.左断端部の炎症性肉芽腫 1987.5∼6 1988.8 1988.12 1989.3 1989.4 胸部レ線異常を指摘される。 肺扁平上皮癌、TIN。Me. Stage Iと診断。 左上葉切除術を施行。 血疲を認める。 再度血庚あり。 気管支鏡検査(BFS)にて左主幹の腫瘤、 右上幹の陥凹性病変を認める。いずれも 生検にて扁平上皮癌と診断。 右上幹病変にレーザー照射。 左主幹病変にradiation, BFS再発なし。 BFS再発なし。 BFS断端部に腫瘤を認める。生検にて炎 症性肉芽腫。 BFS再発なし。断端部腫瘤は消失。 表1.臨床経過稼
本症例では術後1年で血疾を認め、気管支 鏡検査を施行し左右気管支の病変を発見した。 幸い早期に発見することができ、レーザー照射およびradiationで治癒した。通
常、術後症例に対して、全く症状なく、画像 診断や腫瘍マーカーを含めた生化学検査等で 異常がない限り、気管支鏡検査は行ってこな かったが、本症例からの反省点としてたとえ 全く異常がなかったとしても、手術症例に対 しては術後早期からの気管支鏡検査による定期的なfollow upが重要と考えられ
た。また、本症例では定期検査の際に偶然に 左断端部の肉芽腫を発見することができた。 病変は良性であったが、定期的な検査が行わ れていなければこのような病変の早期発見は とうてい困難であったと思われる。もちろん なんらかの異常を認めた際には、速やか1こ気 菅支鏡検査を行うべきであるのは言うまでも ない。 本症例での診断上の大きな問題点は、左右 の気管支に認めた病変が、再発か、あるいは 重複癌かという点である。 現在、重複癌の定義として一般的に用いられるのが、Warren&Gates5〕の判
定基準である。すなわち、1)各腫瘍は一定 の悪性像を示す。2)各腫瘍は各々離れて存 在する。3)各腫瘍は各々他からの転移でな い。という3点を満たすものである。 本症例では、いずれの腫瘍も組織学的には 高分化型の扁平上皮癌で一致するため、左右 気管支1こ認めた病変が再発であった可能性は 必ずしも否定することはできない。しかしな がら我々は、少なくとも右上幹の病変に関し ては重複癌であった可能性が高いと考えてい る。その理由は、1)病変が気管支粘膜内に 限局していた。2)手術した第一癌の対側の 病変である。3)CT上肺門、縦郭リンパ節 の腫大を認めない。という事実である。また右主幹病変に関しても、rad{ation
後の気管支鏡所見で、腫瘤が存在していた部 位で全く正常の軟骨輪を認めていること、っ 一6一まり、粘膜内癌であったとすることができる ことから、第一癌と同側ではあるが、重複癌 であった可能性は否定できない。 原発性の肺重複癌の組織型は、Marti− ni6)によれば扁平上皮癌が関連するものが 78%と圧倒的に多く、第一癌、第二癌とも に扁平上皮癌であるものは52%となってお り、本邦における谷村ら3)の報告でもほぼ同 様の値を示している。 肺癌治療において外科的手術療法が最も有 効な手段であることは確かだが、術後の再発 や重複癌といった大きな問題点をかかえてお り、それらをいかに早期に発見し、適切な治 療を行うことができるか否かが大きく予後に 影響を及ぼす。その意味からも、術後肺癌症 例に対する定期的な気管支鏡検査は、必要か っ不可欠であると思われ、それを本症例にお いて痛感させられた。 Cancer l6:1358−1414,1932 6)Martini N,Melamed MR:Multiple prim− ary lung cancers.J Thorac Cardiovasc Surg 70:606−612,1975. おわりに 肺扁平上皮癌にて左上葉切除術を行った1 年後に、重複癌とも思える病変を左右気管支 に認め、さらにその後定期的に行った気管支 鏡検査で手術断端部に炎症性肉芽腫を認めた 内視鏡的に興味ある一例を経験したので、若 干の考察を加えて報告した。