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上田地方における公共図書館史(下)

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(1)

上 田地方 における公共図書館史(

下)

.

青年会文庫 ・図書館 (

概観)

青年会 (団)が経営す る文庫・図書館(1)は、会員 の 「修養」 を 目的 とした読書施設であったが、そ の地域の住民 にも利用 されていた例 もあ り、公共 図書館的性格 を有 していた。 上 田地方 で は、明治30年代に神科村、浦里村、 塩尻村、中塩 田村な どに文庫がら くられているo 明治32年12月創設の神科村金剛寺区の図書館 は、 青年会の前身である祭典掛が運営 ・管理を行 ない、 その財源 は 「会員一同が図書館人夫 として年間

1

人ない し2人の寄附人夫 の義務づけをし、各人は 部落 内農家 の、桑株直 し、草削 り、等 々の労務 に 従事 してその賃金 を拠出

」(

「神科村誌

)

した とい う。 明治40年 代になると、神川村、富士山村、東塩 田村、豊里村な どにも青年会図書館が誕生 してい る。 大正期 になると青年団文庫 ・図書館 は急増す る が、 これは内務 ・文部両省が 「青年修養 の機関」 としての文庫活動を積極的に指導 した ことによる ものであった。 文部省普通学務局の大正9年 の調査によれは、 青年 団の設置す る文庫 ・図書館数 は長野県下 に、 377館があ った。これは全国第 1位 の数であ り2位 の兵庫県224館を大 きく引 き離 している。 上 田 ・小県郡 (ちいさがた ぐん)地方 には、本 県の約

2

割 の青年団文庫 ・図書館があ り、活発 な 図書館活動 が行 なわれていた ことを示 してい る。 上中 (上 田市 ・小県郡の略称)図書館協会が設 立 されたの は、昭和21年7月であったが、 この協 会が設立直後 に行 なった調査 に、青年団図書館等 の実態調査 がある。 この調査 に報告書 を提 出 した のは21館だ けで あったが、利用状況には見 るべ きものがな く、農 閑期 に図書 の貸出 しを細 々としている程度のもの

であった。 東塩 田村鈴子文庫部か らほ次のよ うな報告 が寄 せ られている。「貸出中、文芸物が最高を示 して居 ります。 これは大衆的読物が多い事 によります。 研究書物、た とえば農作物 の研究、政治問題等の 書物 は手がつけ られぬ ものが多い。書籍 も軍 国物 の整理に よ り大半 は減少 して昔の如 き面影 は全然 な くな りました。本を読む人は疎開者が一般 に多 く、 これは比較的ひまの関係 と思 うが、農村 の青 年 よ り多読だ と考 える。女子青年 の読む ものは主 に小説で、学生 は試験の間際になると考査に出そ うな本を探 しに くる。学生は余 り来 ない」 この ような青年会文庫 ・図書館 は、その後設置 され る公民館図書部 (宝) に移管 され、公民館に よる経営 と変 ってい く。あるいは自治会(町内会) が管理す る図書 として集会所 ・公会堂の

1

室 に置 かれたまま、利用は次第にされな くなるなどの変 遷 をた どることにもなる。 しか し、明治か ら昭和 (戦前)へ と続いた青年 会文庫 ・図書館 は地域の読書活動 に貢献 した こと は明 らかであ り、民衆の手 による貴重な遺産 であ ると考 える。 現在の公共図書館が読書拠点 (サ ービスポイン ト) の拡大を図 り、分館、配本所 の設置や、移動 図書館、巡回文庫な どの活動を行いつつあるが、 青年会文庫 ・図書館の再評価 を抜 きにして、図書 館網の整備計画 は成立 しないであろ う。 本稿では浦里村 と別所村の青年会文庫 ・図書館 の実態を明 らかにし、公共図書館の今 日的課題を 考察す るための一助 としたい と思 う。 (注) 1 文庫 ・図書館 と併記 したのは、当時 は文庫あるいは図書館の両方の名称が不統一な まま使用 されていたか らである。

(2)

.

浦里図書館

(1) 青年会図書館 を統合 長野県小県郡浦里村 (現上 田市) の青年会 が、 図書館 の建設計画 を発表 したのは大正

1

2

年 であ っ た。当時 この村の人 口は約

4

7

0

0

人で、当郷、越戸、 仁古 田、岡、浦野 の5村落があ り、浦里青年会 (会 員

2

8

5

名)の経営す る図書館が各村落 にあ った。 しか し 「驚 く可 き青年 の知慾 は之 に満足せず遂 に浦里図書館」 の建設 を計画 し、その建設運動を 展開す ることにな ったのであ る。建設 の場所 は酒 里小学校附近 とし、建設費 は青年会 の各部会基本 金 お よび本会基本金を支 出 し、不足額 は村 か らの 援助 を仰 ぐことに した

。(

「浦里村報」大正

1

2

2

1

5

日号。以下 「村報」 と略す)0 図書館建設 の準備段階 として、大正

1

3

1

2

月に、 各村落の図書館 を統一 し、浦里中学校 内に蔵書約

7

0

0

0

冊 を有す る浦里図書館を設置 した。 大正

1

4

年 の青年 会予算総額 は

1

2

6

9

2

2

銭であっ たが、図書館費 として

6

0

0

円を計上 している。内訳 は次の とお りであ る。 備品費

8

0

円、消耗 品費

3

0

円、通信費

2

円、 旅費 13円、図書購入費

2

5

0

円、経費

1

0

0

円。 なお歳入 として、図書館準備積立金繰入金 が、

2

0

0

円計上 されてい る。 村民 に図書 の貸 出を始めたのは大正

1

4

1

1

0

日で、青年会役員2名が これにあた った。開館時 問 は毎 日正午か ら午後

4

時 まで とし、休館 は月曜 日であ った。

1

月 の開館 日数 は

2

0

日間 で あった が、延 人数

2

7

0

0

人が来館 し

、3

9

51

冊 を借 りている。 これは村 の人 口に比 して驚異的 な利用率 と言 ってよい。分 頬別貸 出冊数 は下記の よ うになイているo O門 :叢書 ・随筆 ・雑誌 ・雑書

7

8

1

門 :宗教 ・哲学

9

5

2

門 :文学 ・語学

1

41

5

冊 3門 :歴史 ・伝記 ・地誌 ・紀行

5

7

4

門 :法律 ・経済 ・社会 ・農村

4

5

2

5

門 :数学 ・理学 ・医学

4

8

2

6

門 :産業

3

51

7

門 :家事

5

3

8

8

門 :児童 図書

4

8

0

冊 早川文庫 (洋書): 1冊 菅 山文庫 :2冊 清里 図書館が開設 され ると、図書の寄贈や寄附 金 が よせ られ、同年 の3月 には学校 内の1室 に閲 覧室が設 け られ るな ど図書館 の充実が計 られた。 村立図書館 と して軽営 大正

1

4

年9月、図書館 を 「本村社会教育の中枢 となすべ く

」(

「村報」大正

1

4

1

0

1

0

日号)、村立 とし次 の館則が定め られた。 酒里図書館 々則 第

1

条 本館 -汎 ク図書雑誌類 ヲ蒐集 シー般公象 ノ閲覧 二供 スル ヲ以 テ 目的 トス 第

2

粂 本館-浦里図書館 と称 ス 当分の内浦里中学校 内二附設 ス 第3条 本館 二左 ノ役職員 ヲ置 ク 館 長

1

名 村長 トス 副館長

2

名 小学校長及青年会長 図書係若干 青年会幹部 トス 第

4

粂 館長-館務 ヲ掌理 シ副館長-館長 ヲ補佐 シ其職務 ヲ代理 ス、図書係-館長 ノ命 ヲ 受 ケテ館務 こ従事 ス 第5条 本館-左 ノ時限 ヲ以 テ開閉ス 1、定期開館- 1、 2、 3、4、5、9、

1

0

1

1

、1

2

月 トシ開閉時間-正午 ヨ リ 午後 4時及夜間 トス 2、随時開館- 6、 7、 8月 (休館期間中随時貸 出) 第6条 本館 ノ定期開館中 ノ毎月曜 日及6、 7、 8月 ノ農繁期 トス 但 シ事故 アル時-臨時休館 ス 第

7

条 閲覧人及持出借覧人-本館処定 ノ規程 ヲ 遵守 スへシ 第8条 借覧人図書 ヲ紛失又/、汚損 シタル時-之 ヲ弁償セシムル事 アルへ シ 第9条 本館-閲覧料 ヲ徴 セズ 第

1

0

条 公衆 ノ閲覧 二供 スル 目的 ヲ以テ図書 ヲ寄 附又-委托セ ン トスルモ ノ- 日録 ヲ漆 へ 館長 二申出承認 ヲ受 クへ シ 但 シ委托図書/、火災盗難等 ノ不可抗力 ニ

-1

3

(3)

0-依 り損失 ヲ表 ス事 アルモ本館-其責 ヲ負 ハ ズ 第11条 図書購入閲覧貸 出其他 二関スル細則-鰭 長 之 ヲ定 ム 見 られる よ うに、館則第2条に 「当分 ノ内浦里 小学校 こ附設 ス」 とあることか ら図書館建物 は将 来独立のものを予定 していた ことがわか る。 管理・運営 の形態 は、第3条で村当局、小学校・ 青年会の三 者 の協力 となってお り、専任の村職員 を置いてい ない。 開館時間 と休館期間は、農村の実情に応 じて定 めているが、農繁期 においても 「随時貸 出」 の処 置が とられ てお り、利用者 に対す る配慮がなされ ている。 注 目され るのは第九条 の規定であ り、「閲覧料 ヲ 徴セズ」としている。「持出借覧」について、料金 の規定がないので、浦里図書館は無料公開であっ た といえよ う、 この ことは先進的な経営 として評 価 されるべ きである。当時の上田市立図書館 は、 閲覧料は無料であったが、館外貸出 (持出借覧) は有料であ った。 図書館建 設 を村民 に訴 える 大正15年3月、浦里青年会 は F清里図書館 の建 設 に付て』を 「村報」 (大正15年3月10日号)に発 表 し、図書館建設運動に対す る村民の協力を呼び かけている。 それによれば、「吾 々は一生、己れの人格向上 と 社会の発達 の為めに常に修養 を続 けなければなら ない-死ぬ時 まで もー それが吾 々人間 としての本 当の務め」 であ り、その 「修養の為めには永久的 な教育、民衆的 な教育の必要を感ず る」 としてい る。 しか し 「義務教育の如 きは僅か六 ヶ年で有 って 生涯的教育 の立場か ら見れ ば其-少部分 に過 ぎ

ないのであ り、「生涯的教育を完全ならしむ る重大 なる機関は図書館である」 と主張 している。 そ して次 のよ うに村民 の経済的援助 を求めてい る。「図書館教育 の必要を痛感す るの今 日、我村に も之が建設 の機運 は来て会員 も挙げて其実現の早 か らん事を熱望す るのであるが、然 し本会の微力 は到底独力 で之が完成を期す る事 は出来ず、又地 方費膨脹の今 日、村費に依 る建設 も如何 と思 ほれ るのである。 で、吾 々は只村民各位の義心に訴へて、其導 き 芳志に依 り之が実現を期 し、建設の暁は誠心誠意 之が向上発達 に献身的努力を惜 まないのであ る

この2か月後 に寄附金 は順調 に集 ま り、「遠 か ら ず予定の額 に達す る」 (「村報」大正15年5月10日 号) とい うところまで村民の協力が得 られた。そ して大正15年度中に着工が予定 されていたが、そ の年の大早害 と秋蚕の違蚕によ り、村当局が寄附 者の出金を遠慮 し工事 も延期 された。 (

2

)

図書館の建設 昭和2年 には霜害、繭価の暴落、秋蚕の違蚕な どが続 き建設が危ぶまれたが、「適当なる土地建物 の売却す るものがあ り、青年会幹部 も断然意 を決 し設立す る議 を進め不 肖 (山下村長) も亦之れに 賛成 し (中略)村民諸君の理解によ り予想以上の 御出金を願 ひ」 (「浦里図書館完成 に付 て」山下喜 平次村長oF村報』昭和2年12月10日号)、図書館 が完成 した。 図書館の建物は新築で はな く、買収した建物 の 内部を改造 したものであ ったが、 ここにようや く 独立の建物 を有す る村立 図書館 (現浦里保育園の 場所) が実現したのであ った。昭

3年1月20日 現在の収支決算 は次のとおりであ る。 (歳入) 青年会出支金 1957円33銭 特志寄附金 1325円71銭 建物売却代 628円70銭 借入金 300円00銭 合計 4211円74銭 (歳出) 建物購入代 1700円00銭 改造費 673円22銭 設備費 112円49銭5厘 消耗品 4円89銭5厘 起工費 10円90銭 雑費 30円45銭 借入金利息

1

円62銭 臨時点燈費 2円50銭 合 計 3936円08銭

(4)

(未収入金) 家屋売買代 174円50銭 寄附金 2146円14銭 (未払金) 土地代未払金 1400円 借入金 300円 新図書館の管理 と運営 昭和3年1月か ら新 しい図書館で貸 出業務が開 始 されたが、「閲覧者心得」が下記 の よ うに示 され ている。(「村報」昭和3年2月1日号)。

1

、図書 は極めて鄭重 に取扱ふべ し

1

、図書借用者 は必ず風 呂敷 を持参すべ L l、図書貸与期 日は7日間 とす 但 し時期 に よ り多少変更す ることあ るべ L l、貸与冊数 は1人1冊 とす

1

、辞書、 目録、貴重図書其他館内閲覧に支障を 生ず る図書 は帯 出を許 さず

1

、返済 日を厳守すべ L

1

、貸 出時間以外 は絶対 に貸出せず

1

、図書 を紛失 の場合 は必ず届 出すべ し この 「心得」 は、館則第11条 による館長 の定め た 「細則」 であろ うか。 図書を借 りる時 は 「必ず 風呂敷 を持参」 しなけれ ばならない とい うのは極 めて きび しい図書管理であ る。 この よ うな 「心得」 を 「村報」で一般 に徹底 し なければな らなか った背景 には、図書館利用 に際 しての村民 のマナ ーに未熟 な点があ ったか らか も しれない。 しか し、「貸 出時間以外 は絶対 に貸 出せず」とこ とわ らなけれ ばな らないのは、貸 出時間以外 に村 民が図書を求め ることが、少 な くなか ったか らで あろ う。それ はマナーとは別の ことが らと考 えな くてほならない と思 う。 いずれにせ よ、 この 「心得」 は図書の管理 に重 点がおかれ てお り、図書館の利用指導 が強化 され ていると言 って よいであろ う・。 なお、昭和

3

年 度の浦里村予算書 に よれ ば、図 書館費 に係 る歳入 は県費補助金100円、指定寄附金 450円で、合計550円であ る。 歳 出は図書館費600円であるか ら、村 の一般財源 か らの支 出は50円であ った。 ちなみ に、 この年度 の村予算総額 は45,574円である。 村立図書館 となって も、図書館費 は青年 会が経 営 していた当時 と変 らず、 しか もこの額 はその後 も変 らず、昭和12年 度 には500円に減額 され てい る。同年度の村予算総額 も42,545円 と縮少 してい る。 昭和7年3月 に 「浦里図書館図書 目

」 (活版 ・ 40頁)を発行 し、青年会、処女会の全会員(391人) に配布 した。 この 「日錠」 によれ は、蔵書 は3000余冊 であ る が、掲載 されてい る冊数 は約2000冊であ る。大正 12年 には約7000冊 を所蔵 していた とされてい るか ら、 この間 に図書 の廃棄、あるいは汚破損 に よる 別置保管 の処置 が とられ て きた もの と推定 され る。 「日録」 に見 る蔵書構成 は次の よ うにな ってい る。 0門 (一般書頬) 85冊 1門 (宗教) 40冊 2門 (哲学 ・教育) 146冊 3門 (文学 ・語学) 791冊 4門 (美術 ・音楽 ・演劇 ・娯楽 ・運動)66冊 5門 (法制 ・政治 ・経済 ・財政 ・統計 ・社会 ・ 家庭) 410冊 6門 「歴史 ・伝記 ・地誌) 7門 (理学 ・医学) 8門 (工学 ・軍事) 9門 (産業 ・交通) 冊 冊 冊 冊 6 3 3 2 6 9 2 4 1 2 3門の文学 ・語学 が最 も多いのは、 この部門の 利用率が高い ことの反映であ るが、 5門、 9門な どの蔵書 も比較的多 く貸 出されてお り、全体 とし て、村民の利用傾 向にそ った構成 となっている。 参考 までに昭和9年1月か ら3月までの閲覧者 数 を図書の分析別 に見 ると下記 の よ うになってい る。 ( ) 内は人数。 0門 (25) 1門 (7) 2門 (92) 3門 (1,016) 4門 (2) 5門 (147) 6門 (125) 7門 (27) 8門 (25) 9門 (59)

(5)

この F目録J には 「本館案内」が記 されてお り 昭和7年 当時 の図書館 の様 子 を知 る ことがで き る。 それによると、図書の閲覧 は 「館内館外共無料 閲覧 自由」 であ り、図書の貸出冊数は

1回に

3

冊以内」 となっている。 先 の 「閲覧者心得」 には 「1人1冊」 となって い るので変更が行われたのであろ う。来館 した人 が

1

回に何冊 の本を借 りることができるか とい う ことは、図書館サー ビスのあ り方を見 る うえで重 要 な ことであ る。 しか し、貸 出期限は

「1

週間」 と変 っていない が 「特別貸 出」の方法があ り、「図書 ノ制限以上 ノ 冊数若 シク-所定 ノ期間以上借要 アル老 二対 シテ -特別貸出 ヲモナス」 としてい る。 また 「継続」の処置 もあ り 「所定 ノ日限 ヲ尽 キ ク場合モ帯 出票 ノ書替 ヲ得バ後一週間限 リノ借入 継続 ヲ得」 となっている。 開館 日時 については次のよ うに定め られている が、 これは農村における生活時間を考慮 した もの であろ う。 1月∼ 3月。水曜 日 ・土曜 日。午後1時∼ 8時 4月∼ 5月。土曜 日。午後7時∼ 9時 6月∼ 9月。 5日・20日。午後8時∼ 9時 10月∼12月。水曜 日・土曜 日。午後

7

∼9

時。

1

月か ら

3

月までの農閑期には

1

週に

2

日間、 開館 し、その時間 も1日に7時間 と1年 を通 して 最 も長い。農村の読書 は この時期 に集中 してい る のである。 昭和

9

年 の

1

月か ら

3

月までの図書館利用者 は 男性1331人、女性285人で、 1か月平均 は約538人 である。 同年の4月か ら9月の農繁期では、男性646人、 女性53人 と減少す るが、男性に比 して、女性の減 少がいちぢ るしい。この期問の1か月平均 は116人 であ る。

K E

選奨記念文庫 を設置 昭和

8

2

11

日、清里図書館は文部省 よ り、 「其館 ノ経営宜 シキヲ得逐年成績見ルべキモ ノア リ」 として 「選奨」 された。 この ことにふれて F村報」 は次の ように述べて い る

「此の機会に更 らに内容の充実を計 り、堅 実 なる農村 独特 の図書館 た らしめ、益 々其 の機 能 を発揮 して、青年 男女 並 に、一 般 村民の人 格 の向上 と、知能 の啓発を計 ることこそ、現社会 に 処 して極めて肝要 とす る処である(中略)。その経 営 に就 ては、慎重 なる考慮 と特 に村人 と密接 な関 係を保 ち、協力一致 して、図書館を中心 として全 村 に亘 り、一大文化運動 を起 し、更生浦里村 の建 設 を念願す るものである」(昭和 8年 2月 25日 号) ここで注 目され るのは、図書館 を 「堅実な る農 村独持 の図書館た らしめ」 ようとしている点であ る。山浦国久F更生相浦里 を語 るj(昭和13年.伝 濃毎 日新聞社) によれば、昭和

5

年 の農業恐慌 を むかえた浦里村 では農民組合の活動が活発化 し、 反戦演説、資本主義打倒演説会 などが開催 され、 また 「図書館の書物をすべて思想物 にした」 とい う。 この ような中で、村長 は 「男女青年会幹部 を絶 えず役場 に召集 して、共産思想 の非 なるを説 き、 図書館の購入書籍の選択等 にも指示 したのであ る が、思想的興奮状態の青年 はこれに耳をかさず、 益 々反抗的態勢を示す もの多 く、 まことに憂ふべ き状態であった」 とされている。 っま り村立清里図書館 は、昭和

5

年頃か ら、思 想的に左傾 していると村当局は見 ていたのであっ た。時 の斎藤内閣が農山村の経済更生運動を提唱 したのは昭和7年であったが、浦里村において も 経済改善委員会が発足 し、翌年 には更生計画がっ くられている。 山浦の著書が発行 された昭和13年 は、まだ更生 途上ではあったが、「山もな く、土地 も少 く、水 も ない養蚕地帯の借金の多い村が、如何にしてか く も更生 し得たのであろ うか」 と山浦 を驚かせたほ ど、更生計画は成功 しつつあった。 このような浦里村の歴史的背景 の中で、先の「堅 実 なる農村独特 の図書館た らしめ」 ようとす る志 向は、おのずか ら理解 され るであろ う。 「その経営に就 てほ、慎重 なる考慮 と特 に村人 と密接 な関係を保ち」 とい う表現 も、思想的 に村 民か ら遊離 している急進的青年達が関与す る図書 館 に対す る村当局の批判 と見てよい と思 う。図書

(6)

館 も 「更生浦里村の建設」に役立つ ことを 「念願」 してい るのであ る。 文部省の選奨を記念 し、昭和

8

年11月に選奨記 念文庫が設置 された。 これは図書館長の発案によ るものであ り、「農村に対 して生活条件 に適応すべ き

」(

「村報」昭和

9

1

1

日号)文庫であった。 文庫の図書 は60余冊で、そのほ とん どが農業経営 のための実用書で占め られている。 県立長野図書館 による農村図書虎の指導 昭和8年6月30日、図書館令が改正 され、中央図 書館制度が設け られた。図書館令第10条に よれば 「地方長官/、管 内こ於 ケル図書館 ヲ指導 シ其 ノ聯 絡統一 ヲ図 り之が機能 ヲ全 力ラシムル為文部大臣 ノ認可 ヲ受 ケ公立図書館中 ノー館 ヲ中央図書館 こ 指定スベシ 中央図書館 ノ職能 二関シ必要 ナル事 項-文部大臣之 ヲ定 ム」 とある。 長野県では県立長野図書館が中央図書館 に指定 されたが、県立長野図書館では F農村図書館経営 の手引j(昭和9年3月刊)を発行 し、次の ように 中央図書館 について述べている。 「今迄各地各種 の図書館が勝手 に活動 して居た のを中央図書館を設けてその指導連絡 の機関 とし た事であ ります。即ち図書館に対 して遅蒔 ながら も組織 を附与 した事であ ります。地方農村図書館 は遠慮無 く中央図書館 に対 して各種の相談 を持込 む もよし、図書の貸出 しを申込む もよし」。 F農村図書館経営の手引J は、中央図書館 とし ての県立長野図書館が、農村図書館の実務 につい て詳細 に指導 しているものであ るが、その中に当 時の農村図書館の実情が記 されてお り、浦里図書 館の本県におけるレベルを知 ることがで きる。 まず図書館の建物であるが、「農村図書館 の大部 分 はその土地の小学校内或は青年会館内に附設 し てあ ります」 と報告 されている。清里図書館 は独 立の建物 を有 してお り、県下では施設 の面で他村 よ り進 んでいた ことがわかる。 図書館費については 「県内三百二の図書館の う ち経費壱千円以上を有す るものは僅 々十館であ り ます。他 は何れ も数百円以下数拾円 と云ふのが占 めて居 ります。県立及び松本、上 田両館を除いた ものの平均 は年額総経費参百五円であ ります (昭 和六年 四月現在)。然 も百六十二館 は何れ も百円以 下 と云ふみ じめな予算でや って居 ります」 と述べ られている。浦里図書館費 は年額600円であるか ら 平均の約

2

倍の予算 とな り、 この面で も県下では 先進館 とい ってよいであろ う。 中央図書館の指導の中で、 とくに注 目されるの は、図書の選択についてであ る。農村図書館 は「農 業の書物」を選択 し、読者 に青年が多いか らと言 っ て 「青年 向の書物 はか りを集め る事 も考 えね はな りませ ん。村の図書館 は村民全体の ものであ りま して、青年の独占に任すべ きものではあ りません」 としている。 つ ま り地域の特性を考慮 して蔵書を構成 し、村 民が誰で も利用で きるように広 く図書を選ぶ必要 があることを指適 してお り、 この点 については原 則的に正 しい と言 える。 しか し次の意見 は中央図書館 による思想統制 と 見てよいであろ う。「書物 の発行は内務省で一 々検 閲を して居 りますか ら、発売 されてゐるものはど の書物 を購入 して も差支無い と云ふ考へを持 って ゐる人 もある様であ ります。 これは甚だ憂ふべ き 考へ万であって、発売 されてゐる書物の中にも非 常 にいかがわ しい物があるのであ ります。(中略) 殊 に危険なる思想を小説等 に盛 った もの も多いの であ りまして、青年男女 はこれ等 によっていつの 問にか感染 させ られると云ふ事 もあるのであ りま す」 そ こで読書指導の必要性が強調 され ることにな る。「読書の効能に心酔 して書物 を頭か ら信ず る事 は大いに警戒せねはな りません。殊 に青少年 の如 き思想未だ固まらず、経験乏 しき者 にあっては注 意 を怠 ってはな りません。 ここに於 て選書の必要 も起 り読書指導の必要 もあるのであ ります」 このよ うな中央図書館の指導が、浦里図書館の 管理 ・運営 に直接 どのよ うにあ らわれたかは、現 在の ところ不明である。 輪読会 (読書会)の奨励 長野県社会教育課は F男女青年団経営の参考J を昭和11年

5

月に発行 したが、その中で 「読書会 の開 き方」 について次のよ うに述べている。 「青年生活の充実は読書によることが大切であ る。図書館の普及、全国に冠たる長野県 も、実は 最近、青年があま り読書 しな くなった と、言 はれ

(7)

てい るが、男女青年団の支部等で、次の様 な方法 によって輪読会 を開 らくならば、読書の機会を発 見 し、読書の訓練 をなすには最良の方法であろ う。 先づ輪 を作 って座 る。人員 は二十人位が丁度いい が五十 人位迄 はよい。会場 は公会堂、 クラブ、小 学校、有志の座敷 どこで もよい。司会者 は、幹部 で もよ く、交 互 に団員がや ってもよく、学校の先 生にや って貰 って もよい。 はじめ、静座、ついで 朗詞。それか ら輪読。司会者が予め輪読すべ きも のを定めておいて、-順次に一節ずつ読みまはって もよ く、それぞれ持参 した ものを一節ずつ読む も よい。 あま り一人で長 くならない こと。その読 ん だ中か ら問題 を拾 ひ、それを中心に研究討議す る。 それか ら簡単 な、体操、音楽、及懇談。 この時先 生や村 の先輩 な どの話を聞 くも面 白い。 このごろ 県下 に 「信州青年」の読書会が盛 になったが、 こ れ もさ うい う方法を取 るが よい。大 日本聯合青年 団発行の 「青年

「青年 カー ド」、大 日本聯合女子 青年団発行の 「女性往来

「処女の友

「家庭」 な どもよかろ うし、「家の光」その他農村向の もの も よい。勿論相 当難解なものもよかろ うと思ふ。そ れか ら各 自最近 に読 んだ ものを持ちよって話す こ と、批評す る こともか うい う機会 にす るがよい(級 略)」 輪読会につ いては、県立長野図書館が発行 した r町村図書館 の新経営

(昭和

1

4

年)にも 「読書の 習慣 と興味 とを養 う為 に輪読会 を奨励 したい。此 処二、三年大 日本青年団は雑誌 F青年』を以て輪 読会 の定本 として之を盛 に奨励 してゐる。結構 な 事である」 と記 されている。 この ように輪読会は主 として青年団員 に対 して 奨励 され、その 目的は「読書の機会を発見 し

「読 書の習慣 と興味を養 う為」 とされた。 しか し、輪 読す る図書 として大 日本聯合青年団の機関誌 F青 年」 な どが具体的にあげ られてお り、事実その雑 誌が多 くと りあげ られ 「定本」 となっていること はその 「研究討議」の内容 も限定 されてい くこと が明 らかであ った といえよう。 浦里村においては、昭和

1

4

4

月に各村落で輪 読会が行なわ れている

(

「村報」昭和

1

4

6

1

0

日 号)0 仁古 田

・4

1

3

日夜、雑誌 「青年

」 4

月号の輪 読会を処女会 と開催。 岡 ・4月

1

2

日夜、処女会 と合同で雑誌 「青 年」の初めての輪読会。出席者多数 に して

1

0

時半に閉会。 浦野

・4

1

4

日夜

8

時 よ り、会歌合唱、雑誌 「青年

」5

月号の輪読会

。1

0

時半閉会。 越戸

・4

1

2

日、午後

7

時半 よ り処女会 と合 同で輪読会。(大変読む所 が有 り、又娯 楽的 な事 もあ り非常 に得 る所 が あっ た)。茶菓後

1

0

時半閉会。 当郷

・4

1

0

日夜、処女会 と合同で、雑誌「青 年

」 5

月号の輪読会。 浦里村のすべての村落で輪読会が行 なわれてい るが、 どの会 も同 じように雑誌 「青年」を読み、 日時 も

4

1

0

日か ら

1

4

日の夜間に集中 してい る。 この ことか ら青年たちの自発的な輪読会 とい うよ りも、青年会の統一的な行事 としてそれが催 され ていると見てよいであろ う。

別所文庫

小県郡別所村 (現上田市)の青年会 は、大正

2

年 の役員会で通俗図書館の設立を研究課題 として い る。その後、御即位記念事業 として大正4年8 月に別所文庫が設置 された。 昭和

2

年 には図書数

1

1

9

9

冊、開館 は

1

8

0

日、閲覧 人員

1

2

4

2

人、経費 は

2

0

0

円 となってい る。当時の別 所村の人 口は

1

4

8

5

人、青年会員は

6

5

人であ り、青 年 団の経費 は

6

0

8

円であった。 文庫 は別所小学校 に常設 されていたが、青年会 の役員が、農閑期には青年会場 に蔵書の

1

部を運 び貸出 しを行なっている。 昭和

2

年度の

1

0

月か ら

2

月までには

2

3

回の貸出 しを行 ない

3

5

5

冊 (1回平均約

1

6

冊)を貸出 してい る。その内訳 は、文学

2

5

5

冊、歴史

5

3

冊、教育

2

0

冊、 法経

1

7

冊、その他

1

0

冊であ る。 図書の購入方法 は係の者が上田の書店 に行 き、 適当 と思われる本を借 りて きて、それを文庫役員 と、青年会役員 の代表者 によって選定 し購入 して い る。 F別所時報l昭和

6

9

1

0

日号 には、「図書館 を青年会の手に戻せ」 とい う無署名 の主張が見 ら れ る。 その要 旨は次のようなものである。 「最近の図書購入の状態、その選択方法等 は甚

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だ形式的な、不合理 な状態であると思ふ。(図書費 の)使途を如何に割振 るかを最初 に考-ねはなら ぬ」 つ ま り分析別に予算をきめ るべ きだ としている のであ る。 また文庫委員については 「既 に読書慾 の消 えた人たちが、その全権を握 って」い るが、 そのよ うな人 々に図書の購入をゆだね ることはで きない とし、 さらに文庫委員の 「幾人が年 に幾度 図書館を訪れているか」 と不満を表明 している。 文庫委 員会の構成が明 らかでな く、それ と青年 会役員 との関係 も不明であるが、青年会が発行す る 「時報」での主張であることか らみて、文庫委 員に対立す る青年会役員の不満であると考 えられ る。そ して次のような提案がなされている。「図書 館 の経営 を続 けたい と希望す る新 た な る委員 は (中略)それぞれ専門的 に興味を持つ人をその部 敬 (分析の意味-平野) の委員 とす る事」 昭和11年 には北 向観世音境 内の事務所 を借 りて いた別所文庫を、青年会場 に設置す るとともに図 書の購入は利用者の希望 の中か ら、「購入資金の範 囲において委員長 にて取捨選択 し、その購入を決 定す る」(時報」昭和11年 2月 5日号)ことになっ た 。 この当時の 「文庫貸出規定」 は次のよ うになっ ている。 図書貸出の 日 ・ 10月 よ り翌年 4月までは、毎 月5日と10日 5月 よ り8月までほ、毎月15 日と30日 貸出期間 ・ 15日間 貸出冊数 ・ 2冊以内 貸 出時間・ 午後7時30分 より9時30分 まで 別所文庫 は昭和25年1月 に公民館が設置 された ことによ り、公民館図書室 にその蔵書を移す こと になった。 おわ りに 公共図書館の歴史を明 らか にす るための資料 は 極めて少 ない。 しか し、調査 をすすめることによ り、死蔵 されている資料が発見 され る可能性 はあ るのではないか と思 う。 今後の資料発掘調査で と くに必要 なことは、図 書館利用者 に関す る資料の収集である。民衆が ど のよ うな 目的で図書館 に行 き、 なにを読み、学 ん だか とい う記録 は極めて少 ない。 また読書か ら得た ものは何 か、図書館に求めた ものは何か とい うことも資料 によって明確 にして いかなければならない。 そのためには、地域の人 々の中か ら図書館につ いて語 ることので きる人を発見 し、彼等の語 畠こ とを記録 してい く作業が必要 となる。言 うまで も な く、その ことは図書館 とい う視点か ら地域の歴 史を見 てい く作業で もある。

参照

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