教養とリテラシー: 教養教育と留学生教育
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(2) 人学生との交流機会の提供が大切であることを教わった。当時の九大には、 九親会という留学生との交流グループが活動していた。上尾先生ほどには できなかったが、上記の2点は、この後、私が留学生と関わるときにつね に心がけるべき事柄となった。 もう一つ、私に留学生教育の面白さを気づかせたのは、カナダのオタワ にあるカールトン大学での1年間の客員教員(「日本社会論」を講じた) としての経験である。初めての海外生活でもあり、英語の会話能力が十分 でなかったので、カナダ社会で暮らす上で、linguistic handicappedを自 覚せざるを得ず、留学生たちの<戸惑い>の一端を実感した。また、カナ ダが国是として掲げる多文化主義が、テレビの国会中継や公文書での英仏 2公用語の併用をはじめとして、日常生活のはしばしにも浸透しているよ うに思えた点も興味深く、ひるがえって、日本社会の「単一文化」的性格 (それが、実態を正確に表しているかどうかはともかくとして)について 考えさせられた。留学生教育に従事することによって、日本社会の「内な る国際化」をすすめる一助になるのではないか、とも思った。. 2.留学生センターの20年間 横浜国立大学留学生センターは1992年4月に開設された。私が赴任したの は1993年10月だから、開設当初の1年半を除いて、私の留学生教育は本学の 留学生センターの歴史とほぼ重なっている。 本留学生センターにとって非常に幸運だったのは、1995年3月に固有の建 物をもつことができたことである。これによって、センタースタッフの連 携がスムースにすすむとともに、何よりも、留学生の<居場所>づくりが 可能になった。ロビーを広くとって、留学生がいつでもたむろできる場所 にするとともに、2001年からは図書室だった105室を、藤井教授の指導のも と、留学生との関わりを求めるボランティア日本人学生(一部、先輩留学 生も含む)と留学生とが毎日交流できる場としてきている。 中規模教室(45人収容)を2つもつことによって、留学生と日本人学生 とが議論を通じて交流するクラスも実施できるようになった。私は同僚と ともに、さっそく1995年度から「異文化間コミュニケーション論」を開設 し、以来今年度に至るまで継続的に、このクラスを通じて留学生と日本人. -16-.
(3) 学生の交流をはかる場を提供してきている2。この種の授業は「国際理解」 というタイトルのもとに、多い時は年に5コマ行われた。105室の交流活動 や「国際理解」授業による交流という形で、留学生と日本人学生の交流が 促進されている点は、他大学と比べて、本留学生センターの特長の一つと 言える。 2003年度から私は日本語教育部門と生活指導部門とを兼任することにな った。生活指導部門の同僚の藤井教授とともに進めてきた事業で特徴的な ものの一つとして、留学生ホームカミングデー(2003年から2008年まで6 回開催)、海外同窓会の開催、元留学生同窓生名簿の充実等、元留学生の OBやOGとの連携の促進がある。神戸大学留学生センターの実践に刺激され た活動だが、この点も本センターの特長と言えるだろう。 留学生の就職活動支援は、「留学生30万人計画」で大学に求められてい る事柄だが、留学生に特化した支援を本格的に行っている大学はまだ少な い。本学留学生課では比較的早くから留学生の就活支援に取り組んできた が、留学生課解体後、私は留学生の就活支援NPOや会社と連携して、就活セ ミナーの実施をサポートするとともに、彼らを講師として就活支援を内容 とする教養教育科目をコーディネートし、2011年度、2012年度に開講した。 留学生のキャリアサポートを授業として行うというアイディアは一橋大学 から学んだものだが、全国の大学でも先駆的な実践であり、受講者からも よい評価を得た。 2000年度から開始された日韓理工系学部留学生事業(日韓プログラム) は、日韓文化交流の一環として、日韓両政府の対等な経費負担のもとに韓 国の高校卒業者を日本の理工系学部で育成するプログラムであり、優秀な 修了者を輩出してきている。私は、第1期10年間、このプログラムにおけ る予備教育のコーディネーターをつとめた3。本学の日韓プログラムのす ぐれた点は、単に優秀な学生を多く出しただけでなく、途中脱落者がきわ めて少なかった点にある。もちろん本学工学部の教育体制が充実していた ことによるものだが、先輩後輩関係の絆が強かったことも、その一因とし て大きいように思える。 以上、本留学生センターの20年間の活動における特徴的な事柄を、私が 関わった領域を中心に述べた。本センターの短期留学プログラムの事後評. -17-.
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(8) ける言語と意識の関係や、さらには、ヘーゲルが「思弁的命題」と呼ぶ不 可思議な命題構造(主語と述語の動態的な関係)について考察した13が、い まだに納得のいく解明には至っていない。 また、山口大学教養部の哲学でメディアの現代的意味を論じ、論理学で 「広告の論理」をテーマとしたことは、近年の私のメディア・リテラシーへ の関心と、深いところでつながっているように思える。 私が<リテラシー>すなわち「読み書き」のあり方について根本的なと らえ返しを迫られたのは、上述のようにオングによってだが、実感として は、比較的早い時期にワープロを使用したことが大きいように思う。大学 時代の尊敬する師の講演をワープロ入力によってテープ起こしし、冊子と して刊行した14。冊子化まで独力で行うことができるという発見には、「文 字の文化」の権威的性格の一端を崩す達成感と開放感がともなっていたこ とをよく覚えている。 1993年後期から、山口大学教養部における哲学・論理学から、横浜国立 大学留学生センターにおける日本語・日本事情へと教育領域を大きく変え、 大学人としての後半のキーワードは<リテラシー>となった。 横浜国立大学留学生センターでは、レベルや学習者のありように応じて 多種多様な日本語科目を開講しているが、私はそれらのほぼすべてを担当 してきた。そうした中で、初級クラスであっても可能な限り学習者の知的 関心を促すようなクラス運営を心がけてきた。 2002年度から大学入学志望者が受けるべき日本語試験は、それまでの日 本語能力試験から日本留学試験となり、「アカデミック・ジャパニーズ(大 学での学習に必要な日本語力)」というコンセプト15が提唱されるように なった。 「アカデミック・ジャパニーズ」という視点が打ち出される前から、 大学における日本語教育は、学習者が「大学での学習に必要な日本語力」 を習得するように努めていたわけだが、どのような「日本語力」がアカデ ミック・ジャパニーズなのかについての全般的な共通了解はなかった、と 言えよう。私は科研費による共同研究を組織して、アカデミック・ジャパ ニーズのあり方を探求するとともに、日本留学試験「日本語」科目の試験 問題のあり方について提言することを目指した16。 アカデミック・ジャパニーズのあり方については、科研共同研究者の間. -22-.
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(11) するが、横書きではアルファベット世界と同様、左から右へと進行すると いう二通りの展開がある。現在では少なくなったが、縦書きの絵本では登 場人物は右から左へと動いていくことになろう。 「枠組性」は単に「理解の流れ」という現象面だけでなく、「理解の仕 方」という、より根本的な面にも及んでいる。テレビや漫画という視覚的 意味表現が横溢している現代においては、「私たちは意識せずに「テレビ 的に」読み、「漫画的に」読んでいる」26のである。 カナダから始まったメディア・リテラシーの当初の主要なテーマはテレ ビだったが、1990年代後半からは、インターネットやPCゲーム、ケータイ 等のデジタルメディアの「読み書き」のあり方が喫緊の課題となっている。 最後に、デジタル・リテラシーのいくつかの課題を列挙しておきたい。ま ず、インターネットは、知のあり方をどのように変えていくのだろうか。 インターネットによって私たちは膨大な知の集積に容易にアクセスできる ようになった半面、グーグルによる検索や「ネット・サーフィン」は絶え 間ない注意散漫状態を助長するという指摘27や、「ネット依存症」への注意 喚起もなされている。日本では、2010年が「電子書籍元年」とされたが、 電子書籍の浸透によって読書の形はどのように変化するのだろうか。また、 紙の本は「絶滅」(エーコ、カリエール2010)させられてしまうのだろう か28。さらに言えば、もっぱら害悪視されてきたPCゲームだが、著名な社会 言語学者であるJames Paul Geeは自らの体験を通じて、PCゲーが創造的な学 びを促進すると主張している29。Geeのこの指摘をどう考えるべきだろうか。 メディア・リテラシーだけでなく、デジタル・リテラシーも、今後の言 語教育が真剣に向き合うべき課題となるだろう。. 注 1 上尾龍介(2000、初版1984)『留学生たちの日本』九州大学出版会、参 照。 2 門倉正美(1996)「留学生と日本人学生との混成クラスの試み――教養 教育「異文化間コミュニケーション論」授業報告」、『横浜国立大学留 学生センター紀要』第3号、参照。. -25-.
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