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「合議制的学校経営」の成立と展開 : ワイマール期プロイセンにおける国民学校のばあい

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(1)Title. 「合議制的学校経営」の成立と展開 : ワイマール期プロイセンにおける 国民学校のばあい. Author(s). 村田, 貞雄. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. C, 教育科学編, 29(1): 1-11. Issue Date. 1978-09. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/4767. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 「合議制的学校経営」 の成立と展開 -ワイ マー ル期 プロイセンにおける国民学校のばあい. 村. 1. 田. 貞. 雄. は じめ に. 前世紀中葉以降の帝政期 ドイツ及び現在の西 ドイツ諸邦の国民学校における職員会議制度につい て, 従来ささやか な 論究を試みてきた. しかし両者を媒介するマイマール期については未だ触れて いない. 本稿は, その間げきをまず埋めて, 現在の学校経営制度を研究する背景を確立しておきた いという意図に 基づいている. 従っ て, ワイマール期に成立した 「合議制的学校経営」 制度の歴史 的な意義の追究が中心的な課題となる, 即ち,「合議制的学校経営」 は, 教師達の長年の要求を制度 0年余にわたる歴史的な実験の洗礼を受けたこと, そして現在の西 ドイツにお 化したものであり, 1 ける学校経営制度は, この期の遺産の継承発展としてその延長線上に位置づけられることなどが論 証の対象となる. また, ワイ マール期の新教育運動 と関連させて学校の経営体制を考究したいという意図も秘めら れている, 子 どもの自発性を尊重し, 自己活動を原理とする教育は, 教師個人の教育活動における 自律性の承認と無縁ではありえない. 学習活動における子どもの自主性, 自発性の尊重は, 教師の 自主性, 自発性を問い返し, 教師の自律的な自己活動を基盤にした学校の自主管理が当然教師達か ら要請され, その面からも学校経営のあり方が問われたはずである. しかし, 新教育運動と学校の 経営体制との関連の考究は, 準備不足と紙幅の関係 上, 次回を期さなければならなかっ た. 「合議制的学校経営」 は, 教師団による学校の自主管理の形態で, 教師の自律的な自己活動に 基 づ いており, 教職の専門職性と深く係っている. 仮に, 教職の専門職性の構 成要素を専門性, 自律 性, 倫理性に集約して考えると, これらは外在的性格, 即ち教師が外に対して要求し獲得していく より, むしろ自ら努力し蓄積していくべき内在的特性をより多く有するものと見なされよう, ワイ マール期における学校の自主管理の成立と展開の経緯を, 教職の専門職性との関連から考察してみ / たいと思う. 教職の専門職性の確立を 欠いた自主管理は, 成立の基盤を失い, とうてい永続しえな いと思われるからである. このような観点からすれば, ワイマール期における学校の自主管理が, ややもすれば与えられた自律性に基盤をおいており, 真の自律性とそれを裏打ちする倫理性を欠い たところにその崩壊の原因が求められることになる. l l i r rko eg um) による学 e ここ で学校の自主管理という時, それは個々の学校における教師団(Leh l l ia l l l i l tung を意味している いうま でもなく 亡ung) 即 ち ko e eg e Schu 校の自主管理 (Selbstverwa . i i ia l l l i tung は, i i l l l l l l ia l l i tung の 対 概 念 であ る,d e ko tung は,d rektor e Schu e Schu e rektor a eg e Schu e. 校長による伝統的な 「独任制的学校経営」 であり, 明確な責任体制と強力 で能率的な執行を制 度原 i t 理とする Monok r a eに立脚するいわば学校経営における君主制的経営形態 である, 帝政期におけ る各領邦の学校経営やナチス期の指導者原理による学校経営は, この形態に属する,それに対して,.

(3) . 村. 田. 貞. 雄. l l ia l ko i l l t eg eSchu e ung は, 教師団による 「合議制的学校経営」 であり, 自律性を有する同質の構成. i l l 員の協力による民主的な Ko um に立脚するいわば学校経営における共和制 である. 例えば, ワ eg ブ イマール期や現在のハン ルクの学校経営をその典型的な事例として挙げることができる,従っ て, l l ko l ia l l i hu tung即ち 「合議制的学校経営」 にあっ ては, 職員会議は学校内の最高の意思決定 eg eSc e. 機関となり, 校長は執行機関の長として位置づけられることになる. }のみならず このような 「合議制的学校経営」 は, ワイマール期には, 既に紹介のあるハン ブルク1 各地 で実現している, プロイセンも例外ではなかった, その歴史的背景は, はるか中世のギルド制 にま でその淵源を求めなければならないように思われる. 近代的な意味での教師団による学校の自 主管理思想でさ え, 前世紀の中葉ま でさかのぼることができる, しかし, 本稿 では, 今世紀に入っ てからの 「合議制的学校経営」 要求の動きをまず一べつしておきたい. 1 1. 「合議制的学校経営」 要求の動き. l l i 今世紀に入るとともに, ドイツ各地 で「教師団」(Lehr e rko eg um)の学校経営への参加要求は, に わかに 活況を呈する. 1903年には ニュ ールンベ ルクの教員 組合 が学校経営改善について請願 } 1 を2 4年 ケーニヒス ベ ルク で開催さ れた ドイ ツ 教員 会議は 視学制 度に関 して 決議 を してい , 90 ) 同年ミュ ンヘンでも学校経営の 「警察的兵営的規則」 に反対する請願書が提出された4 ) そし る3 . . 5 ) て, 1 908年のハンブルク教員連盟による自主管理綱領 へと 続き, 同年 ドイツ教員組合代表者会議 } は, ドル トム ン ト で次 の 決 議 を し て い る6 ,. 1. 教師は原則として自分のクラスに対する完全な責任を与えられるべきこと. 2. 「教師団」 の学校経営への参加権が法規上明確に規定され, 承認されるべきこと, 3. 教師の自主性を制約している官僚主義を排除するよう学校経営と教師の関係を定めること. 1 908年, プロイセン教員組合代表者会議も, 次の要求を掲 げ, コレ ギアールな学校経営を要求し た. この要求は, ハン ブルクの自主管理綱領ほ ど明確 ではないが, プロイ センの教師階級も自主性 に目覚め, 学校経営の世界に新時代の到来も近いことを告げたの であっ た. 1, 校長は, 全体に対する配慮を通して, 学校における教育活動の統 一に関し必要な手段を講じ, この統一を通して教育目標の達成を促 進する職責を有する. i be t t ) に対してコレギアールな関係にある. 2. 校長は懲戒権を有せず, むしろ教師 (Mi r a r e 3, 教師の参加と共同決定は職員会議の議決により保障される. 4. 職員会議全体の議決と両立しうる範囲内で, 教師の教授上訓育上の活動にはあらゆる自由が与 え ら れ る べ き で あ る.. 5. 将来制定される職務規程には, 学校経営を狭量な官僚主義的処理に委ねる余分な個別規程や命 令は制定しないよう希望する, 1月1 08年1 9日 の プロ イ セ この要求のうち, 共同決定方式による学校経営への教師の参加は, 19 ン文部省令で実現された. 省令は 「全教師が彼らの経験を交流して改善への刺戟となる方向で, 実 り豊かな職員会議が組織されるなら, それは学校における利害の止揚に向けられた職員会議の目的 に副うものである. 教師団の各成員が提案権を有する職員会議の日程は, 校長によりできるだけ早 く, 少なくとも2日前までに知らされる. 万一議決を要する場合は多数決をもって決定される. 賛 ) なるほど 校長は 教師に対してコレギアール 否同数の場合は校長が決定する」 と規定 している7 . , , な関係にはなく, 学校の管理責任者であり, 懲罰権を除いて教師の直近上司であると規定してはい る. しかし, 従来欠けていた学校経営における教師の経営参加権が, 職員会議制度を通して, その.

(4) . 「合議制的学校経営」 の成立と展開. 基本的な輪廓が与え られたのである. 即ち, 賛否同数の場合の決定権と疑義のあ る議決に対する執 行停止権が校長の権限事項とされた反面, 教師にも職員会議開催提案権が与えられ, 議決に 多数決 } プロイセン教員組合代表者会議が要求した「教師の参加と共同決定は職員会議 原理が導入された8 . の議決により保障される」 法的条件が整備されたの である. 教師達が 「校長の黄金郷」 と呼んだザクセンでも教員組合代表者会議は, 学校経営と学校監督に ) これは 地区視学の廃止 教師の教育活動における自主性と独立性 関するテーゼを発表 している9 , , , , 合議制的学校経営などを内容とする詳細な学校経営構想である.特に「経営体に必要な統一と秩序」 0 )という合議制的学校経営の主張 即ち教師団或は に責任を負うのは校長ではなく, 教師団にある1 , 1 )は注目に価 その具体的な顕現体 である職員 会議の執行機関として校長を位置づけ ている点など1 する. テウスは, このテーゼを, 学校経営問題に関しては, 自ら指導した ドイツ教員組合の191 9年 1 2 ) 1 3 ) の要求より高く 評価し , 作業学校の一方の雄であったガウディ ヒも問題にしており , ワイマー ル期の学校経営に大きな影響を与えてい る, なおここで, ニュ ヒターの主張も記憶されるべきである. 彼が校長を教師の上司としてではなく, l 学校という集団(Schu r uppe)の議長として仕置づけていること, 校長任命の際教師団に推薦権を g 与えていること, 職員会議を学校の内的自主管理機関と規定している点などは, ワイマール期の「合 議制的学校経営」 の制度化との関係から注目される. しかし彼の主張においては, 自主管理のカウ ンター パートとして, 教育経験を交流するために教育実践論文の作成と公開を各教師の義務とした 4 } ここに 教師団による学校の自主管理 り, 校長に授業参観権を付与して いる点も看過 しえない1 , , の厳しさの一端が示されており, 同時にワイマール期に発生する問題点も予見されているようにみ える, これらは, 教師による自主管理の成否をトするキーポイ ントとなるであろう, 以上のように, 今世紀に入り特に活発になったようにみえる「合議制的学校経営」の要求運動は, 第一次世界大戦の勃発によっ て中断されることになる. しかし, 前世紀の中葉以降, 漸次教師の意 識の中に育まれてきた 「合議制的学校経営」 の主張は, 数年を経ずして敗戦と革命の嵐の中で各地 で実 現 して いく の であ る,. m 「合議制的学校経営」 の成立 1月 7 日に は す でに ミ ュ 1918 年 11月 4 日のキールにおける水兵の蜂起は,異常な速度で波及し,1 t )が結成され,権力を掌握した,11月 9 ンヘンに 達していた.各地で兵士や労働者による協議会(Ra e 日シャイ デマンは共和制成立を宣言し, 翌日 ドイツ社会民主党と独立社会民主党からなる人民委員 政 府 が 成 立 し て い る, バ イ エ ル ン では, 12 月1 6日と翌年8月11日の共和国政府の政令により, す. 5 ) 即ち各学校には でに王朝末期に準備されていた教師達の要求は, 一挙に実現することに なった1 . l S h 教師団による学校の自主管理 t ) が組織され t 各県には学校協議会 ( a a ) r 教師協議会 ehr c u e r r e e , , 8年末にはハン 91 と教師団の推薦に 基づく校長の任命制が採用された. このような教師協議会は, 1 ブルク, ブレーメン など各地に結成されている. ザクセンでは, 社会民主党左派と ドイツ共産党の 統一戦線政府が成立し 「上から任命される校長は存在せず, 教師集団が一名の校長 (任期3年) を 互選した, 職員会議はカリキュ ラム決定権のみならず人事権も握っていた. 教員の任免には職員会 6 )」 議 の 同 意 が 必 要 だ っ た の であ る1 ,. ま た チ ュ ー リ ン ゲン でも, 独 立 社 会 党 と ドイ ツ 共 産 党 の 連 合. 政府が成立し 「教員出身の グライ ル文相の下で……学校管理については, 内的事項は職員会議が生 徒会や父母会と連携しつつ責任を負い, また外的事項は……i ‐が市町村議会より, ナが教員 より, 7 ) も 」 た. 他の÷が父母協議会より選出される地域学校評議会が責任を っ1.

(5) . 村 田. 貞 雄. 91 9 しかし, 中央では独立社会民主党は逸早く政権から離脱し, 社会民主党が政権を独占した. 1 9日の新憲法制定を目的とする国民議 会の選挙,2月 4 日ワイマールにおける国民議会の召 年1月1 集, そして2月13日社会民主党, 中央党およ びドイツ民主党の三派連立のシャィ デマン内閣の成立 と事態は推移し, 新憲法草案が議会で審議されていた2月 16日, ドイツ教員組合は教育立法の全 ド 2日彼らの要求を新憲法に反映させるべく, ベルリンで開 イツ一本化を議会に請願した. 更に6月1 8 ) これは総合的な学校制 度の改革 催された第27回代表者会議の席 上「教育政策綱領」 を決定した1 . 要求であり, 学校制度の統 一化, 世俗化, 民主化を骨子としていた. 例えば, 第1章 「学校の本質 2 )に 「教育を受けるために何らの障害や制 限も加えられないように公立学校は統一的に と使命」 の( 構成され, 自治の原則に従っ て管理される民衆教育施設でなければならない」 と述べている. また 教育の世俗化については, 妥協的ながら 「独立の教科としての宗教教授を行なうことは宗教団体の 事務 である」 とし, 宗教団体の校舎使用を容認しながらも 「公立学校は原則的にあらゆる宗派の児 童に対して共通 である」(4章の3と1) としている. 以上明らかなように, この 「政策綱領」 は教 育制度全体に亘る総合的な改革要求 であっ た. 我々のテーマに直接関係する第 10章「学校立法, 学 校経営, 学校監督」 にしても, 全 ドイツ的視野での教育経営全体の構造を問題にしている. 学校経 営に関しては「校長はその他の教師の上司 ではない」「教師が一定の任期 で選出した校長を議長とし て教師団が経営管理する」 という主張は, 合議制的学校経営の核心を突くもの であり, 法制度化と 0章のみを次に掲げておこう. の関聯からやはり注目されるところである. 第9章と第1 第9章. 教師の身分の自由と独立. 1, 教職はその性質上教会その他の職務と結合することは許されない. 2. 良心を抑圧し, 教育の自由と教師の公民的活動を制限するあらゆる規程や制度は排除す べき である. 学校行政或は学校監督の官職に教師を任命するに当っ ては, 教師の党派的立場に関係な く行われなければならない. 学校立法, 学校経営, 学校監督 t ) の施設であり, 教師は邦の公務員 である. 1. 学校は邦 (St a a. 第1 0章. i 2. 国 (Re ch) は学校と教会を分離し, 学校に不可欠な自治を承認し, ドイツの教育制度の統一 性と教育の最低限度を保障する連邦教育法を制定するものとする. 3, 教育制度に関する最高の連邦文部省は, 教育の専門家と各職業の代表者から構成される連邦 i i t ) を補助機関とし, 教育制度に必要な統一性を維持するよう取 r 教育協議会 (Re r ehung s a chs e z 計う. 4. 邦立法府による学校立法は, 一般的な指針となる大綱的な法だけに制 限される. 最高の自治 機関の同意なしには学校法のいかなる変更も行なわれえ ない. ′ 5. 学校行政は自主管理の原則に従い, あらゆる種類の学校に対し統一的に行なわれる. 学校行 政は, 全段階において, 関係するあらゆる種類の学校から選出された教師及びあらゆる領域の民 Fa i a t ) chbe r 衆の代表者によ っ て構成される管理体が邦官庁 と協力して執行する. 専門協議会( e が補助機関として設けられなければなら ない. 6. 多級学校は, 教師が一定の任期で選出した校長を議長として教師団が管理経営する. 校長職 は名誉職 である. 特別な試験が校長に要求されてはならない. 校長はその他の教師の上司ではな い. 各正教師はその職務を独立して行使する. 7. 学校監督は, もっ ぱら邦の事項である. 学校監督は, 邦によっ て任命された教師を含む専門 家によっ て行なわれる. 監督職への任命は, その職務に対する適性試験に基づいてのみなされる べ き であ る..

(6) . 「合議制的学校経営」 の成立と展開. 8. 各学校においては, 学校共同体( Schu l i )の代表として外的事項の管理に参与する父母 eme nde g 協議会が設けられる. 父母代表とその他専門的知識を有する住民は, 学校経営上の様々な処罰に 関しても相応の影響力の行使 が保障される. ドイツ教員組合のこの要求は, むしろ穏健なもの であっ た, それ故ワイマール憲法の 各条項に大 幅に採用されている. しかし, 学校監督, 学校経営に関しては 「すべての学校制度は邦の監督下に 置かれる. 邦は地方公共団体を学校監督 に参与させうる, 学校監督は専門的教育を受けた専任の公 務員によっ て行使される」(憲法1 4 4条) という原則を除いて, 「詳細は連邦法の原則に基づ いて , 邦立法がこれを定める」(憲法146条) としている. この「政策綱領」は,前世紀中葉以降の教師の要求を集大成 したもの であり それがかなりの程度 , に法制度的承認を獲得したところにその歴史的な意義が求められよう またワイマール憲法を媒介 . して, 1 945年5月の 「ドイ ・ツ連邦共和国憲法」 及び 「ドイツ民主共和 国憲法」 と深く係っ ているこ とである,即ち, 東 ドイツ憲法の教育条項が「ドイツ教員組合が決議 した教育制度改革案をそのま ま 採択して憲法にした」 のに対し, 西 ドイツ憲法にあっ ては「ワイマールの学校妥協」のうち「社会民 主党的な進歩的な改革 の部分を一切引っこめて」「中央党的部分だけをそのままの形で温存し」「1 91 9 9 ) しかし この 年の ドイツ教員組合の制度要求はほとん ど完全に拒否されている」 と されている1 . , 小論のテーマである学校の経営管理形態に関する限り, 東 ドイツの「校長と教師に対する職務規程」 によれば, 校長に多くの権限が集中している権威主義的な独任制的学校経営 であり 西 ドイツの規 , 程がこの 「制度要求」 の実現に成功している. ドイツ教員組合の 「教育政策綱領」 が発表されてから約一ヶ月 後の1 91 9年7月18 日, プロ イ セ 0 〉が公布された 地区視学は直接学校を監督し t )学校監督の廃止に関する法律」2 ンでは 「地区(or . , 教師達のえんさの的になっ ていた. 地区視学の廃止は, 既に1 904年ケーニヒ スベ ルクで開催された ドイツ教員会議が要求し,ザクセ ンの教員組合代表者会議のテーゼにも含まれていた項目であっ た , 文相ヘーニ ッ シュ (ドイ ツ社会民主党) は,1 91 9年9月 20 日 「地区学校監督 の廃止に関する法律」 の施行規則を公布し, 地区視学の従来の職務 は, 原則として名学校の校長など, それが不可能な場 1 ) 即ち 「公立学校に関する地区学校監督の従 合に郡視学などに移行させる旨を明らかに している2 . ins 来の諸義務は,一 般 的 に 先 ず 各 公 立 学 校 の 教 師 - Rektoren,ersteLehrer tehenderLehr er- ,aue に移行されるべき である. このことが事柄 の性質上不可能である場合にのみ, 例えば統一性その他 の職務上の理由により郡視学或は法第2条に規定されている職位に委任される. 郡視学には, 特別. の法規程 (特に県の法規程) により, 地区視学に委任されていた諸機能並びに地区視学の処分権が 2 ) 付与される」 と. この 「施行規則」 に関して, 同日更に次のような文相通達が発せ られている2 . ……従っ て, 政府の最近の規則により校長 (ないし職員会議) 或は一教師学校の教師に特に委 ねられる事項は次の通り である, a. 生徒の通常の入学と卒業及 び卒業証書の授与. ただし生徒の早期入学, 就学義務の猶予, 就学義務児童の繰上げ卒業及び就学義務期間の延長は視学官ないし官庁に留保される . b. 授業計画の立案 (職員会議) c. 進級の決定 (職員 会議) d, 怠 学 者 に 対 す る 処 罰 の 提 案, シ ュ レ ス ヴィ ヒ ・ ホ ル シ ュ タ イ ン では 処 罰 の 前 に 規 定 さ れ た. 警告を発すること. 怠学者に対する強制的な処分に関する提案は視学官の同意をえた上で執行さ れる.. e. 学校の義務になっ ている外部或は上級官庁との間の公文書の授受 地区視学の廃止に伴う処置 の完了 した 9月 20 日 ヘ ー ニ ッ シ ュ は, 1908 年 11月 19 日の文部省令.

(7) . 村. 田. 貞. 雄. を廃止して, 教師による学校の自主管理, 合議制的学校経営の導入を宣言した, 職員会議は 「でき 生格を失 るだけ大き な活動の自由を有する自主管理機関」 と規定され, 校長は教師の 上司として の1 い, 職員会議の議決の執行者として位置づけられている.「校長と教師団間の職責の配分は, 教師団 されたので により多くの 権限と義務が与え られ」 ,この省令によっ て合議制的学校経営の時代が招来 ある. そしてこの省令に示された原則に従い, 教師協議会などを召集して 「校長の職務規程」と 「職 員会議規程」 の作成に着手するよう県政府に要請している. しかし, この省令では, ドイツ各地 で 実現したよう な校長の公選制は実現せず,「校長の選出に教師の参加が求められるべきであるという 法案が準備」 されただけに留まっ た. 次にこの省令の 全文を掲 げておきたい. 3 ) 1919 年 9月 20 日の合議制的学 校経営に関する省令2 公共生活のあらゆる領域 で自主管理を拡大して, 従来拘束されてきた諸能力を解放し, 共同活 動に対する関 心を高揚すること, 共同責任の感情と共同 意識を覚醒し, 個人の諸経験を従来以上 1月19日の省令 08年1 に全体のために 利用することは, 我々の時代精神に 適っ ている. それ故 19 を廃止して, 3人以上の教師からなる学校の経営管理においても自主管理の権利を許容し, 同時 に教育活動におけるより広範な教師の精神的な独立と活動の自由及 び自主性に 応じて, 教師達の 努力に応えようとするのが子の意図するところ である. 県政府は直ちに県教師協議会を召集するか, かかる権 限機関が未設置のところでは教員 組織の 参加をえて, 学校経営者に対する新しい職務規程と教師団に 対する職員会 議法の制定に着手され たい. その際次の諸原則が留意されなければならない. 1, 職員会議は, その権限内において, 学校の発展に資する 全ての事項即ち教授の促進に適し た処置や設備について協議決定する任務 を有する. 当該校の正教師全員 と6 ヶ月以上勤務している専任教師は投票権 を有する. 職員会議の議決に 賛成しえない教師は, 自分の否決さ れた意見を議事 録に記録させ, またその記録を上司である郡 視学官に提出するよう要求する権利を有する. 上司の決定があるま で, その教師は議決に従わな け れ ば な ら な い.. 特に職員会議の権 限に属する事項は次 の通り である. a. 授業時間とクラスの 配分並びに教師団 構成員の代講に関する原則の確立 b, 生徒の進級手続き及び問題のある進級案件の 決定 c. 学校の裁量内に ある予算の使用に関する決定 d, 教師団の共同活動に 必要な統一性を保障するための決定 2, 校長は, 職員会議の議長として, 学校の活動状況を知るために授業を参観する. 正教師に 対する方法 上の指示は, 職員会議の議決に 基づくか, 上級官庁の発する個々の特別命令 がある場 合にのみ校長はその 権限を有する. 校長の職責は次の通りである. a. 監督庁と教師間の文 書の媒介 b, 官庁が要求する図 書や明細書の管理並びに法規に定められた 通知や証明書の発行 c. 生徒の入学, 転校, 卒業事務の決済 d. 職員会議の召集と司会並びに議決の執行 e. 職員会議で確 立された原則を尊重し, かつ教師の希 望をも充分考慮して, クラスと授業 時間を配分し, また時間割や監督計画を作成すること f, 職員会議がその権能の範囲内において確 立した諸原則に従い, 代講を指示すること. 孔機を調停すること. g. 教師と両親間の尋.

(8) . 「合議制的学校経営」 の成立と展開. h. 教師団構成員に3日間以内の休暇を与えること . 3, 正教師の教育活動は, 職員会議と上級官庁に責任を負っ て行われる 教師は教育業務に関 , して両親に最も近い立場にあるので, 担任す る生徒につい ての決定に際しては両親の意見を傾聴 しなければならない. 教師に属する授業の相互参観権に関して 職員会議は詳細な規定を定め る , も の と す る.. 以上の諸原則に関聯して, 予は次の事項にも言及しておく 試補教師は現職教育施設を設ける , よう何度も予 のもとに請願している それ故県政府は郡視学官の指導とその任に適 した教師の参 . 加をえて, 試補教師の科 学的実際的な継続教育とその完成に特別な考慮を払うべき である . この新規程により, 各教師の権利と義務は本質的に増大した 予は教師が与えられた自由を正 . 当に行使し, 課された多く の活動を欣然として引受け また情勢の変化にもかかわらず教育活動 , 全体において, 学校と子どもの利益を考えて自らを 律しうるものと信じている , W 「合議制的学校経営」 の展開 9月 20 日の省令により, 法制度上の合議制的学校経営体制 が確立され 長年にわたる教師の要求 ,. が実現された. しかし, プロイセン教員組合はこの省令に関 して請願書を提出し 逸早く その改正 , を要求している. その内容をプロイセン教員組合執行委員会に対する文相通達から推測すると 校 , 長の授業参観権と職員会議の機能に関して疑義が提出され, また校長の任命に対する教師の関与権 が要求されたよう である.1919年1 2月 29 日の文相の回答通達は, 省令の変更を拒否 し 省令の原 , 2 4 } 則を再確認している . まず校長の権限に関しては, ①校長は上司として の性格を有せず 最早や , 職の本質上教師の監督機関ではなくなったこと, 但し監督庁が校長に命令して個々の事項に関 し監 督させる可能性は, 不適当な教師の不充分な活動によっ て学校と良心的な教師 が悩まされることが ある限り, 留保されているのは省令に規定されている通り であること ②授業参観の結果 を監督庁 , に報告する義務が校長に課されはしないかという疑念を教員組合は懐いているが 省令の精神及 び , 文面からもありえないこと, を回答して いる. 次に職員会議の機能に関しては 文相は教員組合の 、 意見に賛成し, 職員会議は 「できるだけ大きな活動の自由をもった自主管理機関」 と規定されてい ることを確認し, 官僚主義的画一化を排し, 県政府と県教師協議会が共同して職員会議法を制 定す るよう希望して, 省令では職員会議の機能に明確な制約を設けなかったことに言及 している そし 。 て最後に, 校長の選出について教師の参加を保障する法案が準備されていることに触れ その他省 , 令の具体化についてプロイセン教員組合が事前の検討を希望するならそれは結構なことであると結 5 )が こ の 省 令 ん でいる. 9 月 20 日 の 省 令 を め ぐっ て, そ の 後 も 校 長 の 権 限 が問 題 に な っ て は い る2 ,. に基づいて各県で新しい職員会議法と学校管理規則 が制定されていっ た 特に ヴィ ースバーデン . 、 6 ) デュッセルドルフ, ハノー ヴァーでは先進的な合議制的学校経営規則が制定さ れた2 . 合議制 的 学校 経営に 関 す る1 91 9年の省令は, 1 9 23年 1 0月 30 日のプロイセン文部省令によっ 7 ) て, 時の文相ベーリ ッツの表現によれば, 過去4年間の経験から 「幾分の制約2 」 を受けることに なる. 特に先進的な規程を制定した ヴィ ースバーデン等3県の規程が制約を受けたことは彼も認め るところであっ た. 制約の原因は, 教師団による学校の自主管理に附随する基本的な問題点に関連 しているようにみえる, 一つは教師団の自律能力即ち内部規律の維持能力に関してであり 自律を , 支える個々の教師の責任感と倫理性の問題である. 他は外部に対する組織責任の人格的表現と そ , の責任に見合った権限に関する 問題である. 前者は教職の専門職性の基盤に 後者は学校経営の制 , 度論に係る..

(9) . 村. 田. 貞 雄. 教師団の自律能力に 関して, この省令は授業 参観と服務規律を問題にしている. 最初の節は 「学 校の内的生活と授業参観」 であり, 量的に最大の部分 である. 文相は 「学校の教育活動に おける内 t )に よ っ て 確 立 さ れ る」 こ と を 自 l l i l ko eg a eZusammenarbei 的統一性の基盤は, 同僚的な共同活動( 覚する必要性を説き, 共同活動は職員会議と授 業参観によっ て実現されるとしている. 職員会議と 校長との関係は, 職員会議に優位がおかれ, 校長は職員会議の 議長であり, 教師との関係からは「校 長は最早や教師の上司ではなく」「同僚中の第一人者」 であることを重ねて宣言している. 授業参観 に関しては, 各教師の授業参観相互受入れ義務と相互参観権, また教師の授業を参観する校長の法 的義務に触れ, 参観規程の決定は職員会議の 権限事項であるが, 校長の参観義務と各教師の 参観受 入れ義務は職員会議の議決によっ ても制約されえないこ とを強調している. 第2節で文相は教師の服務規律に触れ 「義務 怠慢に対する誤っ た同僚意識」 を批判している. し かし, 興味のあるのは, 校長に対して ではなく職員 会議にその匡正の権利と義務を課し 「職員会議 に属する手段, 方法が不可能である時, 職員会議は郡視学 官に訴える義務を有する」 としているこ 9年9月 20 日の文相の期待に反し, 与えられた自主管理権を十分には行使し と である. 教師達が1 えなかっ たことが問われたものといえよう. ドイツ教員組合の指導者テウスも指摘したように, 自 主管理もその前提を欠いては 「窓意が関与する道具となり, 活動における無規律と 怠慢を隠蔽する 8 }」 道具となる2 . 自主管理に附随する基本的な問題 点のうち, 学校経営の制度論的な面として,23年の省令は外部 に対する学校の代 表権を取り上げている. 外部に対して教師全体を代表する者は「職員会議の議長」 9年の省令における校長の 位置づけと同様であり, 当然の規定である. 外部に対す である. これは 1 る学校の代表 権と関連して, 第3節で特に職務 上の通信に言及しているが, 校長の手を経ない外部 との職務上の文書の 授受が問題になっ ていたことが伺われる. 第4節は職員会議に関してである. ここ で重要な 点は 「校長が異議を唱えた職員 会議の議決の実施は, 直ちに請求さるべき上級官庁の 決定があるまで中止されなければならない」 という規定 である. 19年の省令 では, 校長は職員会議 の議長と して位置 づけられ, 職員会議の議決の執行が中心的な職責であった.「職員会議の議決に賛 成しえない教師は, 自分の否決された意見を議事録に記録させ, またその記録を上司である郡視学 官に提出するよう要求する権利を有する. 上司の決定があるまでその教師は議決に従わなければな らない」 と一般教師に対する救済措置は講じながらも, 執行責任者である校長には一般教師に対す る以上の何らの規定もなかっ た. この点, 校長の責任に見合っ た権限, 即ち議決に対する異議提出 権とそれに伴う議決の執行停止権が校長に付与された制度的意義は大きい. その他, 職員会議は授 業時間外に開催するよう指示しており, 総じて23年の省令は, 西 ドイツ各邦の現行職員 会議規程に 9年の省令は革命初期に 成立したものであり, その後4年間の経験か 類似したものとなっ ている.1 ら幾分の軌道修正と補完をし,新しい解釈を施したところにこの省令の基本的な性格が認められる. しかしそれは 「幾分の修正」 であるが故に, ナチス期の学校経営を否定し, ワイマール期の経験を 0月とその 遺産として継承した第2次大戦後の旧 プロイセン領にお ける国民学校の経営は, 23年1 9年9月の両省令を出発点として再編成されている のである. 例えば, ヘッセ 基本理念を提示した1 ン では 1955 年 6月 28 日公布の規則においても,両省令が学校経営と職員 会議の規範とされている.. とも角,23年の省令は, 19年9月の省令の補完規定であり 「合議制的学校経営を幾分か修正」 して 9 ) 」 されており, その後10年間 プロイセンの学校経営の いるものの 「教師の共同責任の原則は維持2 準 則 と な っ た, つ ま り, 1933 年 1 月 31日の省令によっ て廃止されるま で, 両省令による合議制的学 校経営の時代を招来することに なっ た のである. 933年ま での学校の 経営管理に関する ドイツの教育制 度改 8年から1 フォ ーゲルフー バーは, 181.

(10) . 「合議制的学校経営」 の成立と展開. 0 ) 最初の8項目だけを引用 してみよう 4項目に整理している3 革を1 . . ①権威主義的学校経営に代っ て合議制的学校経営が登場したこと, ②教師団が協議する場合, 校長が議長を勤めること, 校長は教師団構成員の上司ではない. ③校長は, 教師団の委任により内的な教育業務を監督する, 校長は常に教師団に責任を負う. 各正 教師は, 自己の活動に対し自ら責任.を負う. ④校長は教育の外的業務について所轄庁に責任を負う. ⑥教師団と校長の権利義務に関する詳細 な領域区画は職務規程で定める, ⑥校長は, 当該教師団の提案に基づき教師団が推挙する3名の適任候補者の中から学校維持者が選 任する. 任期は6年間とする. ・ 学校維持義務者は教師団の提案に拘束される. 特別な試験は校長に 要求されない, ⑦校長は相応の職務軽減を受け, 名誉職としてその職を掌る. ⑧校長は若年教師をその職務に導入する職責を有しない, 若年教師は, 自分が勤務する学校の全教 師の中から一名の指導教師を選び導入指導を受ける, 指導教師の選定には監督庁の同意が必要であ る, その他若年教師はすべて, 授業参観を希望する教師にその都度同意をえて, 随時授業を参観す l l k l る権利を有する. 若年教師は, 規則により完全学級方式 (vo i a s s esSystem) によ り ク ラ ス を 担 g 当する. フオ ーゲルフー バーが整理した ドイツの 一般 的状況と比較して, プロイセンの場合, 校長の選出 方法など合議制的学校経営に不徹底な一面のあることが認められる. しかし, プロイセンにとって も, ワイマール期は明らかに合議制的学校経営の時代であった. 前述の如く, プロイセンにおける合議制的学校経営の時代は, 1 933年1月31日公布の文部省令 9年と23年の省令が廃 「国民学校における学校経営と職員会議規則」によって終止符が打たれた。1 止された理由は, 過去1 0年間の経験からえられた結論として, 両省令が期待した理念は実現されず 無規律と怠慢が支配したこと, 従っ て秩序ある教育活動には校長の明確な経営責任が必要不可欠な 基本条件となることが明らかになっ た, というのが省令の挙げた公的な理由であった. 教師団によ る自主管理が, 共同管理の目的に副った内容ある職員会議を組織しえず, 教師団は彼らの共同業務 1 ) 「自由からの逃走」 という を自らの意思で放棄し, それを校長に委ねてしまったとの指摘もある3 . べきか. その間の詳細な経過の追究は興味あるところ であるが, 今後の課題とする外はない。 勿論 33年の省令の背後に隠された政治的な理由も無視しえないであろう. しかし, 少なくとも, 秩序あ る学校経営を組織しえなかったと宣告された責の 端を教師団も負わなければなるまい. このよう にして, 33年の省令により独任制的学校経営の時代に回帰していく, 即ち 「校長は, 外部に対して 学校を代表し, 学校経営の内的外的な秩序と特に官庁の指示を遵守することに対して監督庁に責任 を負う」 と校長の学校経営上の責任が明確に規 定された. また 「校長の指示に従う教師の義務」 も 明確に規定されている. さらに校長の授業参観の権利と義務, 授業の問題点について教師と協議す る権利と義務についても同様であり, 校長は教師の上司として位置 づけ られたといえる. また校長 が全校生徒の進級試験を行なう権利についても禁止されていないと述べている. 但し, 教師団は全 体としても個々の構成員としても, 教授上訓育上の共同活動に対して直接監督庁に責任を負うとし ているが, それは 「教師の権限内において, 担任する子どもを生き生きした祖国愛, あらゆる民族 同朋相互の尊敬と寛容, 国家権力に対する従順, 両親と教師が等しく信奉しているキリスト教的信 仰の精神の教育に対する責任を有するという意味においてである.」 しかし, この省令においても, 職員会議に 「学校の内的活動に対する決定的な意義」 を認め, 多 くの活動の余地を職員会議に与えている. 即ち教授課程の樹立, 授業時間計画に対する基本方 針の.

(11) . 村. 田. 貞 雄. 確立など 「職員会議は, 学校生活の実態との関連及 び教育理論との不断の接触を維持して, 教師団 共同の教授的訓育的活動に対する基本線を確立しなければならない」 としている. 職員会議制度も 前時代の遺産が継承さ れている, 議決の単純多数決制, 賛否同数の際における校長の決定権, 6ケ 月以上勤務している教師 (2次試験前の教師も含む) の投票権, ÷以上の構成員による職員会議開 催請求権などがそれである. 従っ て, 教師団の共同活動に対して 「校長は職員会議の議長として責 任を負う」 側面も残されている. 勿論, 議決に対する上訴権 (義務) が校長に認められているのは 934年4月 3 日に公布された「3ク 23年の省令と同様である. この省令は短命に終わり, 1年後の1 3 2 ) ラス以上の国民学校と中間学校における学校経営の原則 」 によ って廃止される, しかし, ナチズ f t」 と名称を変更しながらも, とも角法規上存続し ムの時代においても, 職員会議は 「Lehr r e s cha えたことは銘記されなければなるまい. ここに稚拙な論稿を加えて, ワイ マール期の間隙の一端を埋めることはできた, しかし, 意図し た目的が達成されたかとなると誠に心許ない. 例の如く, 今回も実定法規定という狭い観点からの ア プローチに終ったが, 今後当時の様々 な主張と批判の諸相も加えて, 厚味を増し, 学校経営の態 様と新教育運動との関連を追究してみたいと思っ ている. く注〉. 9年 1) 伊藤秀夫;学校の自主的管理における教師の地位, 日本教育学会第1 8回大会シンポジウム提案要旨, 19 5 963年, 30頁~33頁 持田栄一;教育管理, 国土社, 1 三枝孝弘;範例方式による授業の改造, 明治図書 1965年, 196頁 ~204 頁 l bs l i i l ー i l tungaufde tve t t 2) F,Nudl e r;0rgan z at onderSchu e r Grund agede rSe rwa ung ,S,3 ~4 ,Ansbachl910 id,S. 18 3) F,Nucht er;ib id S S. 21 8 4) F,Nucht er;ib . , ,. 5) 三枝孝弘;範例方式による授業の改造, 明治図書1 96 5年, 1 99頁 id 19 6) F.Nucht r;ib e .S . id 7) F.Nucht er;ib ,S ,105 i ikon 8) H.Schwar sches Lex z;Padagog .1930S.327 , mBd id 9) F.Nucht e r;ib .138~139 ,S. 1 0 ) 「多級学校の教師団は, 教育活動の外的及び内的事項の促進に資するあらゆる事項について協議し, 特に経営 体に必要な統一と秩序に関し配慮する責任を有する.」 11 )「校長の職責は, a職員会議の招集と司会, b教育の外的事項に関する監督, ……g職員会議の議決の実施とそ れを学校として代表すること, 職員会議の議決に反対したい場合, 校長は議事録を添付して県視学の決定を求め るものとする. ……」「多級学級にあっては, 年長教師に管理職が委任される. 被選出者は, それを拒絶あるいは 途中で辞退しうる.」 iner Auswi ーwesen i tungln s t 1 2 rkung aufdas Schu )J e e Deu s che .(D ,Tews;Der Gedanke der Selbstverwal insbegrunde f Schu 1 i l tim Auf t t tRi tvon Rober r rver e ona s schr agedesDeut schenLehr e e s smann ,N l i P i L i i l l l i K 1 i k h 3 1 h 1 9 2 7 V d S 2 t t t J t ) e e e o n r e n e e a r a n r a o nJ u n a r v z, . us g Pzg g g , . 76 , e gV 1 1 1 t l id.ke i IAuf 1 3 ) 日. Gaudig; Die schu1 ens rdenden Pe t e & Meye eim Di e der we ag Que r sbn .193o ver ,= Le ipz ig 1 4 4 A A f l d i A f l S d V d V t t t t t m o r r re r n r o r u r r n u u s e w o e e s e u a e o w ez e a e g g . . , , , id f f 14) F. Nucht er;ib .S .loo . ,. なお彼が本書を執筆した直接の契機は, ニュールンベルクの県教員組合から「ニュールンベルクの学校経営の 改善」 というテーマの講演を依頼されたことにあったが, 全 ドイツ教師集会で学校監督と学校経営問題がテーマ になることが決定しており, その討論の刺戟誘因としたかったこと, 更に彼の故郷ニュールンベルクでも学校経 営法規の改正が急務とされていたからであった. これも, 当時の学校経営をめぐる一般的状況の高まりを知る手 かか り と なろ う. lo.

(12) . 「合議制的学校経営」 の成立と展開 i i i f i l tung zum Wi t rgebn s se de r St ede raufbau des r;Schu r ef orm in Bayem, Arbe se r eh e 15 ) H.Cramer , A.St i Baye i idungswes ーund B r Schen Br z ehungS ens .1953S.51. 1年, 講談社, 284頁 0 ) 世界教育史研究会編;世界教育史大系3 1 6 . 教員史, 昭和5 1 7 ) 世界教育史研究会編:前掲書 282 頁 l igenerve i 1 kund wi 1 ks l in l l i r ag Be en VO e r cht ede rEr z ehung ss enzurGesch ) K.Guntheretc.;Que 1 8 . ,Vo ,1959 282f f S . . ,. 2年, 誠文堂新光社, 460頁, 465頁 1 ) 梅根悟;近代国家と民衆教育, 昭4 9 i l l l immungenube l t l ks l l i t l l,Di e ung cht ender rAns schu ehr er eBes 2 0 ) E.Kummerow;Dervo ,RechteundPf ,Te idmanns Hn l l i l l l t vo ks n Ber e er Chei ehr er ekt o r enundSChu schu .234 .VVe ,S ,1928 ,Konr id S 2 4 3 21) E.Kumme row;ib ,, idS.231~232 22) B,Kumme row;ib l l l i f t l t rwa ungin Hes sen rmann r schr enfurSchu eund Schu ve 23) Schu r r ung der vo e Samml echt ,He .Erganzba Luchterhand ver l ag , id 24) E.Kumme row;ib .S,236 l anuarl923 2 5 ) E.Kummerow;ibids・242 MEr ,vom J l l l dungswes l IAuf i t t zung ag schen Bi ensnachder St euβi aa sumwa 2 6 ) ○.Boe z;Der Aufbau despr .1925 ,1 ,ver ig l ipz l von Que e & Meyerin Le ,S,168 i d.S,168 l i t 27) ○.Boe z;ib id 28)J .S .277 .Tews;ib l i i d t 29 z;ib ) ○.Bae .S,168 i k i f t i huber; Gesch rbe e Auf et cht ederneue r en Padagog ) Q voge. 30 .S .399f . . ,3neubea id 31) H,Schwar z;ib .S,328 ich l ks l schen Re chu ein Gr oβdeut e Deut sche vo s 32 ) A.K1 uge r;Di .143 ,1940 ,S (本学助 教 授・ 函館 分校). 11.

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参照

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