−新旧のEPAに着目して−
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服 部 一 秀
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1.はじめに ドイツのアビトゥーア試験では,日本の高校政治・経済にあたる公民的教科目の試験課題において どのような出題がねらわれているのだろうか。試験課題構成の考えは近年,変化しているのだろうか, それとも変化していないのだろうか。変化しているにしろ,変化していないにしろ,それはなぜなの であろうか。本稿では,これらの一連の問いについて考察することにより,ドイツの後期中等教育段 階における公民的教科目の学力像に迫りたい。 アビトゥーア試験の試験課題にはギムナジウム上級段階(後期中等教育段階)における学力像がう つしだされる。アビトゥーア試験はギムナジウム上級段階の修了に関する試験だからである。同国で は,ギムナジウム上級段階の成績とアビトゥーア試験の成績に基づき,アビトゥーアというギムナジ ウム上級段階修了資格(大学入学資格)が付与される。アビトゥーア試験は選抜のための試験ではなく, 資格認定のための試験である。したがって,アビトゥーア試験における各教科目の試験課題は,それ らの学力像に従って作成されることになる。学力像が変わることがあれば,それに応じて試験課題も 改められることになろう。 既にアビトゥーア試験における試験課題の全般的特徴については幾つかの先行研究で検討されてい る(例えば,木戸・田口,1998:127−128,大野,2006:39,木戸,2008:40−41,他)。各教科目の 試験課題は高度な思考力や表現力を要求する論述課題であることが指摘されている。そのような試験 課題が出題されているのは,一貫してギムナジウム上級段階で論理的な思考力や表現力が重視されて きていることの証しである。公民的教科目においても論理的な思考力や表現力が重んじられてきてい るといえるわけである。尤も,それだからといって,公民的教科目の学力像に変化はないと結論づけ ることはできない。教科目ごとに育成し評価しようとする思考力や表現力の中身は相異なっているは ずであり(服部,2011D,2011E,2012,参照),それが以前とは違ってきている可能性もないとはい えないためである。公民的教科目固有の学力像についてとらえるため,この教科目のアビトゥーア試 験における試験課題の構成やその変化を問う必要があろう。 そ こ で 本 稿 で は, 公 民 的 教 科 目 の 新 旧 の E P A((LQKHLWOLFKH3UIXQJVDQIRUGHUXQJHQLQGHU $ELWXUSUIXQJアビトゥーア試験における統一的試験基準)に着目したい。個々の州ごとに実施される アビトゥーア試験のための各教科目の試験基準がEPAである。アビトゥーアの取得により原則とし て国内の何れの大学にも入学できることになっているので,試験の「実施方法や諸要求の透明性・比 較可能性・統一性」の確保が意図されている(.0.,2008:1)。EPAは法的拘束力こそ有さない ものの,学会組織が自主的に作成・提案するものとは違い,各州の文部大臣から構成される各州文部 大臣会議(KMK)によって決議されたものである。公民的教科目の1989年版EPAと2005年版EP Aを取りあげ,それらの全体を大観した後,各々のEPAがねらう試験課題の構成について具体的な 課題例に即して分析し,変化の有無また論理や理由を検討することにより,近年のドイツ後期中等公民的教科目における学力像の動向を探ろう。 2.新旧EPAの対象教科目と基本構成 公民的教科目の新旧それぞれのEPAの分析に先立ち,両EPAを大観しておこう。 新旧何れのEPAの場合も対象教科目はゾチアルクンデ/政治(6R]LDONXQGH3ROLWLN)となってい る。各州文部大臣会議(KMK)による「後期中等教育段階におけるギムナジウム上級段階の形成に ついての協定」では予てより,社会科学課題領域と呼ばれる社会系教科目領域において,歴史や地理 とともに,政治,社会,経済などに関する教科目が州の規定に従って基礎コース教科目やより高度で 授業時数も多い重点コース教科目として設置可能とされている(.0.,2012:§4,§7)。実際,政 治的陶冶(SROLWLVFKH%LOGXQJ)を担う公民的教科目は,諸州のギムナジウム上級段階に設置されてい る(:HLHQR,2007:212,参照)。尤も,ドイツ諸州の公民的教科目が一般的にゾチアルクンデ/政 治という名称であるわけではない。ゾチアルクンデ,ゲマインシャフトクンデ,社会科学,政治など, 州によって様々である(6SDQKROW],2010:169,参照)。州によって公民的教科目が異なる事情の下, 新旧のEPAでは現実的な方策としてゾチアルクンデ/政治という並記を共通して採用し1),それに よって多様な名称の公民的教科目を包括し対象教科目としている。 そのような両EPAの全体の基本形式は大きくは違っていない。前半部では,公民的教科目のアビ トゥーア試験で考慮すべき事柄が試験全般・筆記試験・口述試験の順で示されている。アビトゥーア 試験は筆記試験教科目と口述試験教科目とで実施されるので(.0.,2012:§8),公民的教科目が 何れの試験教科目となる可能性もあるためである。後半部では,具体的な試験課題例が提示されてい る。確かに,違いはある。1989年版EPAでは筆記試験の数題の課題例しか示されていないが,2005 年版EPAでは,口述試験も含め,数多くの課題例が示されている。頁数でも2005年EPAは1989年 版EPAを圧倒している。また,2005年版EPAでははじめて公民的教科目の性格に関する前文が冒 頭におかれている。そのような変化はあるけれども,全体の構成は基本的には踏襲されている。 新旧のEPAは,形式面では対象教科目の表記において共通しており,全体の構成も大枠としては 似ている。一方,実質面である試験課題の構成に関して違いはないのであろうか。それとも,違いが あるのであろうか。それはどうしてなのだろうか。1989年版EPAでは口述試験の課題例が提示され ておらず,また口述試験(発表部・対話部)の発表部のための課題構成は筆記試験の場合と共通する 部分も少なくないため,以下では筆記試験課題に限定して分析検討をすすめていくことにしよう。 3.1989年版EPAにおける試験課題の構成論理−論究志向型課題 先ず,1989年版EPAがねらう筆記試験課題の構成について,具体的な試験課題例に即して明らか にしたい。1989年版EPAには「雇用政策」(基礎コース教科目用),「議会制度における議員の立場」(重 点コース教科目用)などの試験課題例が提示されている。基礎コース教科目の試験課題と重点コース 教科目の試験課題は,「題材の複雑さ,内容や概念の細かさや抽象化の度合い」などで違いをもたせる ことが指示されているけれども(.0.,1989:19),課題構成における本質的な違いは意図されてい ない。ここでは試験課題例「雇用政策」に即して考察することにしよう。 (1)試験課題例の構成−「雇用政策」の場合 試験課題例「雇用政策」の設問を示すとともに,それらに関する解説をもとに主題や解答のための 取り組みなどを抽出し,考察内容を整理したものが,表1である。 この試験課題例「雇用政策」は,市場経済・社会的市場経済と計画経済,経済政策の諸理論,労使 の関係や関連法規,民主主義理論やドイツ基本法などについての学習がなされたことを前提として作 問されている(.0.,1989:28)。その全体は,経済学者$ヴォルの「搾取理論の迷路で」という新
聞寄稿文に関する3つの設問からなる。 設問1は,「この文章の重要な内容を明確にし,ヴォルの経済政策上の基本立場を特徴づけなさい」 である。この設問は,新聞寄稿文中のヴォルの雇用政策構想を読み取ってまとめること,経済政策に 関する既習の認識を適用して新古典派に基づく彼の基本立場を特徴づけることを求めるものである。 設問2は,「ドイツ連邦共和国における持続的失業に関する著者の原因分析に,ケインズ的視点から の分析を対置しなさい」である。経済への国家の介入を問題視するヴォルの原因分析と異なるものと して,経済政策に関する既習認識をもとに有効需要原理のケインズ的視点に基づく失業の原因分析に ついて詳述し特色づけることを求めるものである。 設問3は,「労働市場の規制緩和に関するヴォルの要求を解説し,それについて経済的・社会的・政 治的観点のもとで立場を明らかにしなさい」である。規制緩和に関するヴォルの提案を既習の認識を 使って整理し説明づけること,その提案を経済的観点,政治的観点,社会的観点から吟味し自らの判 断を論じることを求めるものである。 試験課題例「雇用政策」は,長期失業に対応する雇用政策の問題を主題とし,ヴォルの新聞寄稿文 を資料として取りあげ,雇用政策構想の読み取りとその基本立場の特徴づけによる資料分析,異なる 立場に基づく失業分析の記述によるヴォルの原因分析の相対化,労働市場規制緩和の提案の吟味判断 を課し,それらによって雇用政策問題について取り組ませる。このように資料に関する分析や記述だ けでなく受験者自身の吟味判断を求めることが1989年版EPAの試験課題例の特色である。 (2)論究志向型課題構成の基本原則 このような1989年版EPAの試験課題構成を導いている基本原則は4つにまとめることができる。 第1の原則は,4つの内容領域を踏まえ,社会の問題を主題とするまとまりをもつように試験課題 を設定することである。 「雇用政策」が主として経済領域の政策面を扱っているように,各試験課題例は現代社会の諸領域 について扱うものとなっている。1989年EPAでは「経済,社会,政治システム・政治過程,国際政治」2) という現代社会の4領域を「学習・試験領域」として掲げ(.0.,1989:10−12),最低限1つの領 域と関連をもつように試験課題を設定するように求めている(.0.,1989:18)。現代社会について の学習とそれを踏まえた試験を意図している。しかも,出題においては「主題的なまとまり」(.0., 設問 主題 解答のための主な取り組み 要求範囲 考察内容の基本構造 1.この文章の重要な内容を明確にし, ヴォルの経済政策上の基本立場を特徴づ けなさい。 雇用政策問題 長期失業の原因と対策に関するヴォルの主張の明確化 Ⅰ 雇用政策構想の読 み取りとその基本 立場の特徴づけ 資料分析 論究志向型課題 新古典派理論に基づく考えとしての ヴォルの基本立場の特徴づけ Ⅱ 2.ドイツ連邦共和国における持続的失 業に関する著者の原因分析に,ケインズ 的視点からの分析を対置しなさい。 ケインズのセー法則批判・有効需要原 理とそれに基づく非自発的失業の説明 の詳述,新古典派との違いの明確化 Ⅰ(Ⅱ) 異なる立場に基づ く失業分析の詳述 記述 3.労働市場の規制緩和に関するヴォル の要求を解説し,それについて経済的・ 社会的・政治的観点のもとで立場を明ら かにしなさい。 労働協約法の変更,被雇用者保護規制 の緩和などのヴォルの要求の解説 Ⅱ 労働市場規制緩和 の提案の吟味判断 論究 経済的観点(経済学的立場,自他国 での経済政策の効果など),政治的観 点(基本法の社会国家原則との関係な ど),社会的観点(分配政策など)に よる吟味判断 Ⅲ 【資料】$ヴォル「搾取理論の迷路で」(『)UDQNIXUWHU$OOJHPHLQH=HLWXQJ』1989年2月11日) 表1 1989年版EPAにおける試験課題例「雇用政策」の構成
(.0.(LQKHLWOLFKH 3UIXQJVDQIRUGHUXQJHQ LQ GHU $ELWXUSUIXQJ 6R]LDONXQGH3ROLWLN198962630をもとに筆者作成。主題, 解答のための主な取り組み,要求範囲,考察内容の基本構造の欄は,解説に基づいての筆者による解釈を表す。)
1989:19)を重んじている。「雇用政策」,「議会制度における議員の立場」など,全ての試験課題例に はテーマを付しており,それらは何れも広い意味での社会の問題である。無脈絡に数々の小問を列挙 するのでなく,アクチュアルな問題に基づく「主題的なまとまり」をもつものとして試験課題を設け, 現代社会の諸領域の認識を用いて問題に取り組む機会とすることをねらっている。 第2の原則は,授業で扱っていない資料を取りあげ,それに基づいて出題することである。 「雇用政策」ではヴォルによる政策提言の新聞寄稿文を資料として取りあげ,それをもとに雇用政 策の問題について取り組ませようとしている。このように1989年版EPAでは,「資料(文章,統計, 地図,画像など)」を伴う課題を基本としており,一部の州の意向に配慮して資料を伴わない課題も 許容しているものの,第一義的には具体的な状況や意見に関する資料に基づく出題をねらっている (.0.,1989:18)。また,資料は授業で使用したことがないものという条件を付している(.0., 1989:18)。授業で既に学んだものを投入して自分の力で初見の資料に取り組み,その取り組みを通 して社会の問題について新たに考察することを受験者に求めるべきと考えている。 第3の原則は,ギムナジウム上級段階の授業を踏まえ,3つのレベルの思考操作を複数の設問で行 わせるように作問することである。 3つのレベルの思考操作とは,Ⅰ∼Ⅲの要求範囲($QIRUGHUXQJVEHUHLFK)に基づくものである。要 求範囲Ⅰは,「既習の事柄のなかの一定の領域の事態を再現すること」,「既習で行使済みである活動技 能を限定的な領域や反復的な文脈において記述・具現すること」,要求範囲Ⅱは,「既知の事態を自力 で説明・再構成・分類すること」,「既習のものを比較可能な事態に自力で使用・転用すること」,要求 範囲Ⅲは,「自力での理由づけ,結論づけ,解釈,評価のために複雑な諸情況を計画的に処理すること」 である(.0.,1989:13・15・16)。再生・再現すること,適用すること,さらに応用して新たなも のをうみだすことが3つのレベルの思考操作である。 「雇用政策」の場合,設問1では,要求範囲Ⅱを重んじ,ヴォルの主張を読みとるだけでなく,既 習の経済政策の諸理論を適用して基本立場を特徴づける資料分析を課す。設問2では,要求範囲Ⅰを 重んじ,新古典派とは異なる既習のケインズ的視点に基づく原因分析について詳述することを課す。 設問3では,要求範囲Ⅲを重んじ,労働市場規制の緩和に関するヴォルの提案を既習の労使関係や関 連法規などと関連づけて解説するだけでなく,それを諸観点から吟味し総合的に自分で判断すること を課す。このように1989年版EPAでは,複数の設問でもって3つのレベルをカバーすることを重ん じる(.0.,1989:18)。諸領域の既習の認識を再生・再現するだけでなく適用し応用し受験者が自 立して取り組む過程として試験課題を組織することをねらっている。 第4の原則は,考察の内容として,社会の有り様や新たな在り方に関する吟味や判断までを求める ことである。 「雇用政策」では,最終的に要求範囲Ⅲの範疇において,ヴォルの提案を経済的・政治的・社会的 観点から吟味し判断することを設問3で課している。1989年版EPAでは,要求範囲Ⅲにおける実質 的な考察内容として,「問題に関する思索・判断・理由づけ」などをねらう(.0.,1989:16−17)。 資料の分析,関連内容の記述を踏まえ,社会の有り様や新たな在り方の吟味判断を行うことまでを試 験課題の内容にしようとしている。是か非かという判断の結果そのものは評価の対象とはせず,確か な根拠をもって合理的に自らの判断を導けることを重要視する。個人としての自律的判断を重要視し, そのための一環において資料に関する分析と記述も位置づけ,試験課題の構成ではそれらを一連の過 程として組織することをねらっている。 1989年版EPAでは,受験者が具体的な状況や意見に関する資料を通して社会の問題について取り 組み,現代社会の諸領域の既習の認識を活用して分析と記述,吟味判断を自立して行うまとまりある 考察過程として,試験課題を構成することを要求している。このような試験課題の構成は,社会の問
題をめぐる公的な議論のなかで他者の意見や社会の現状を鵜呑みにせず自分自身の頭を使って分析・ 記述し自らの考えをうみだす能力を評価しようとするものとなっている。受験者のそのような能力の 評価のため,社会の有り様や新たな在り方について論じることまでを目指し問題に取り組む一連の過 程として試験課題を構成するのであり,そのような試験課題は論究志向型課題と呼べよう。 4.2005年版EPAにおける試験課題の構成論理−論究志向型課題と構成志向型課題 次に,2005年版EPAがねらう筆記試験課題の構成について考察したい。2005年版EPAでは筆記 試験における第1種別と第2種別という2つの課題種別が提示されている。第1種別の試験課題例は 第2種別の試験課題例よりも数多く示されており,第1種別が基本と考えられているようである。各 種別の試験課題例を紹介した後,それらの課題構成の原則を明らかにしよう。 (1)第1種別の試験課題例の構成−「どのようなヨーロッパであるべきか?」の場合 第1種別の試験課題の例として,「どのようなヨーロッパであるべきか?」(基礎コース教科目用), 「USAの金融・財政政策−ユーロ圏のための処方箋?」(重点コース教科目用)などが示されている。 2005年版EPAでも基礎コース教科目と重点コース教科目とで試験課題の本質的な違いは意図されて いない(.0.,2005:12・21)。「どのようなヨーロッパであるべきか?」について取りあげよう。 試験課題例「どのようなヨーロッパであるべきか?」の設問を示すとともに,それらの解説をもと に主題や解答のための取り組みなどを抽出し,考察内容を整理すると,表2の通りである。 この試験課題例は,ヨーロッパの統合やEUの今後をめぐる議論,ドイツ基本法の民主主義観や政 治参加の制度改革論議,EUの通貨・金融政策やドイツの経済的な対外関係についての学習を行った ことが前提になっている(.0.,2005:46)。その全体は,2004年に外相フィッシャーが国際フォー ラムで行った演説に関する4つの設問からなる。 設問1は,「フィッシャーの考えをヨーロッパの未来の形成に関して分析しなさい」である。この設 問は,ヨーロッパの統合やEUの今後をめぐる議論についての既習の認識を適用し,この演説の社会 設問 主題 解答のための主な取り組み 要求範囲 考察内容の基本構造 1.フィッシャーの考えをヨーロッパの 未来の形成に関して分析しなさい。 ヨーロッパ政策問題 フィッシャー演説におけるEUの拡 大・深化についての主張とその根拠・ 理由,ヨーロッパの未来像の分析 Ⅱ フィッシャー外相 の演説の分析 資料分析 論究志向型課題 2.フィッシャーの演説との関連で,欧 州憲法草案の目標設定と重要ポイントを 示しなさい。 憲法草案の作成過程の概略と今後の手 続き,憲法作成の対内的・対外的レベ ルにおけるねらいの記述,EUの在り 方に関わる憲法草案の内容上の重点の 列挙 Ⅰ フィッシャー外相 が支持を求める欧 州憲法草案の概要 記述 記述 3.あなたはEU憲法に対する連邦共和 国での国民投票を支持するか否か,理由 づけなさい。 ドイツ連邦共和国の現行制度との関係 づけによる問題の整理,国民投票を実 施する場合としない場合の諸影響の予 測と意味づけに基づく是非の判断 (Ⅱ)Ⅲ 欧州憲法批准のた めの国民投票導入 についての吟味判 断 論究 4.EUへのトルコの加盟申請は許可さ れるべきか否かについて,諸基準に基づ いて論じなさい。 トルコ加盟問題におけるフィッシャー 等の諸立場の概略,コペンハーゲン基 準新規加盟要件,文化的・宗教的価 値,地政学的考慮,経済・人口などの 様々な基準による吟味,各基準による 吟味を踏まえての是非の判断 (Ⅰ)Ⅲ トルコの新規加盟 要求への対応につ いての吟味判断 【資料】ベルテルスマン国際フォーラムの開会における-フィッシャー外相の演説(2004年1月9日,ベルリン) 表2 2005年版EPAにおける試験課題例「どのようなヨーロッパであるべきか?」の構成
(.0.(LQKHLWOLFKH 3UIXQJVDQIRUGHUXQJHQ LQ GHU $ELWXUSUIXQJ 6R]LDONXQGH3ROLWLN200564550をもとに筆者作成。主題, 解答のための主な取り組み,考察内容の基本構造の欄は,解説に基づいての筆者による解釈を表す。)
的文脈を考慮しつつ,EUの拡大・深化についてのフィッシャー外相の主張とその根拠や理由をヨー ロッパの未来像に焦点づけて分析することを要求するものである。 設問2は,「フィッシャーの演説との関連で,欧州憲法草案の目標設定と重要ポイントを示しなさい」 である。この設問は,フィッシャー外相が支持を求める欧州憲法草案について,その草案に関する既 習の認識をもとに憲法草案のねらいと重要なポイントを記述することを要求するものである。 設問3は,「あなたはEU憲法に対する連邦共和国での国民投票を支持するか否か,理由づけなさい」 である。既知であるドイツの現行制度との関係で問題を整理した上で,欧州憲法批准のための国民投 票の導入について自ら吟味判断することを求めるものである。 設問4は,「EUへのトルコの加盟申請は許可されるべきか否かについて,諸基準に基づいて論じな さい」である。トルコ加盟問題についてのフィッシャー外相らの諸立場を概略した上で,新規加盟要 件や文化的・宗教的価値,地政学的考慮,経済や人口などの諸基準に基づいて自ら吟味判断すること を求めるものである。 「どのようなヨーロッパであるべきか?」は,ヨーロッパ政策問題を主題とし,フィッシャー外相 の演説を資料として取りあげる。ヨーロッパの未来像に焦点化した資料分析,関連する欧州憲法草案 についての記述,さらに欧州憲法批准のための国民投票の導入とトルコの新規加盟とについての吟味 判断を通して,ヨーロッパ政策問題について取り組むことを要求する。資料に関する分析や記述だけ でなく受験者個人の吟味判断まで求めることが,第1種別の試験課題例の特色である。 (2)第2種別の試験課題例の構成−「社会国家の建て直し−でも,どうやって?」の場合 続いて,第2種別における試験課題例を取りあげたい。この種別の試験課題例として提示されてい るものは,「社会国家の建て直し−でも,どうやって?」(重点コース教科目用),「ヨーロッパの最終状 態−ヨーロッパはどうなるのか?」(重点コース教科目用)などである。ここでは「社会国家の建て直 し−でも,どうやって?」3)を取りあげることにしよう。 試験課題例「社会国家の建て直し−でも,どうやって?」の設問を示すとともに,それらの解説を もとに主題や解答のための取り組みなどを抽出し,考察内容を整理したものが,表3である。 この試験課題例は,ドイツにおける社会国家の理念や制度と現状や問題,年金改革の諸構想や諸立 場についての学習を行ったことを前提につくられている(.0.,2005:56−57)。ノルトライン・ヴェ ストファーレン州の2003年当時の州首相シュタインブリュックの年金改革に関する新聞寄稿文,年金 をめぐる風刺画という2つの資料が取りあげられ,4つの設問が設けられている。 設問1は,「文章資料をもとに,社会的公正についてのシュタインブリュックの見解を説明しなさい」 である。この設問は,シュタインブリュックの寄稿文を読み,業績の観点による公正性,必需の観点 による公正性という既習の概念を適用して分析し,社会的公正についての彼の考えを説明づけること を求めるものである。 設問2は,「シュタインブリュックの改革案は年金保険ないしは年金制度にどんな影響を及ぼすかを 指摘しなさい」である。既習の現行の年金制度,その制度を改めようとするシュタインブリュックの 改革案をまとめること,それを実施した場合の年金への正負の影響について,社会保障の現状や問題 に関する既習の認識を使って予測することを求めるものである。 設問3は,「連邦共和国の政治システムにおけるシュタインブリュックの改革案の実現可能性を審査 しなさい」である。既習の認識を用い,制度変更による各領域や各層への様々な影響を予測したり, 与党支持層の要求内容と関係づけたり,今後の人口展開を展望したりなどし,現在の政治のしくみや 状況下における改革案の実現可能性を多面的に吟味することを求めるものである。 設問4は,「文章と風刺画を利用して,主題となっている問題の原因・影響・解決案についての風刺 画中の両世代の間の論争を構成しなさい」である。年金受給層と保険料拠出層との間の主要な論点・
対立軸を寄稿文と風刺画を参考に明確化し,それらに基づいて相対立する両層間の論争をシミュレー トし,合意の可能性を検討することを求めるものである。 このように試験課題例「社会国家の建て直し−でも,どうやって?」は,動揺している年金制度の 問題を主題とし,新聞寄稿文や風刺画を資料として取りあげる。社会的公正の観念に焦点化した資料 分析,現行制度やシュタインブリュックの改革案の記述とそれらを踏まえての制度面などへの影響の 予測,改革案の実現可能性の多面からの吟味,世代間の論争のシミュレートと合意可能性の検討を通 して,受験者が年金制度問題について取り組むことを要求するものである。資料に関する分析や記述, さらに決定に向けた仮想上の構成的行為まで求めることが,第2種別の試験課題例の特色である。 (3)論究志向型課題構成・構成志向型課題構成の基本原則 2005年版EPAにおける2種別の試験課題の構成は全くもって異なっているというわけではない。 第1種別の試験課題例の構成と第2種別の試験課題例の構成には3つの共通する原則と1つの相異な る原則を指摘することができる。それらを順次説明しよう。 共通する第1の原則は,7つの問題分野と3つの内容領域をもとに,社会の問題に関する主題的な まとまりをもつように試験課題を設定することである。 1989年版EPAの場合と同様,2005年版EPAでも全ての試験課題例にテーマが付されている。「ど のようなヨーロッパであるべきか?」,「USAの金融・財政政策−ユーロ圏のための処方箋?」,また, 「社会国家の建て直し−でも,どうやって?」,「ヨーロッパの最終状態−ヨーロッパはどうなるのか?」 などである。テーマを明示しないとしても試験課題を1つのテーマに基づくまとまりあるものとする ように要請している(.0.,2005:19)。1つのテーマによる「課題全体の統一性」をねらっている (5|NHQXD,2010:143)。 設問 主題 解答のための主な取り組み 要求範囲 考察内容の基本構造 1.文章資料をもとに,社会的公正につ いてのシュタインブリュックの見解を説 明しなさい。 年金制度問題 「業績の観点による公正性」や「必需の観点による公正性」との関連づけに よるシュタインブリュックの社会的公 正に関する見解の説明 Ⅱ シ ュ タ イ ン ブ リュックの公正観 念の分析 資料分析 構成志向型課題 2.シュタインブリュックの改革案は年 金保険ないしは年金制度にどんな影響を 及ぼすかを指摘しなさい。 現行の年金制度の記述とシュタインブ リュックが提起している年金改革案の 読みとり,人口展開や財政問題への対 応による制度の持続可能化,移行期間 の二重負担,年金額の低下や生涯労働 時間の長期化などの正負の諸影響の予 測 Ⅰ・Ⅱ 改革案の記述と年 金制度への影響の 予測 記述・分析 3.連邦共和国の政治システムにおける シュタインブリュックの改革案の実現可 能性を審査しなさい。 公平性の欠損,対等的出資における雇 用者の負担免除,給付の事実上の削減 によって起こりうる負の結果,増税に よる経済への影響,また,与党支持層 の反応,今後の人口展開などの予測, 現在の政治のしくみや状況下における 改革案の実現可能性の精査 Ⅱ・Ⅲ 年金改革の実現可 能性の精査 分析・吟味 4.文章と風刺画を利用して,主題となっ ている問題の原因・影響・解決案につい ての風刺画中の両世代の間の論争を構成 しなさい。 年金受給層と保険料拠出層の間におけ る原因・影響・解決案についての主要 な論点・対立軸を踏まえ,論争のシミュ レートと合意可能性の検討 Ⅲ 世代間の論争のシ ミュレートと合意 可能性の検討 構成 【資料1】NRW州首相3シュタインブリュック「もっとダイナミックさを」(『'LH=HLW』2003年11月13日) 【資料2】+ハイツィンガー「おばあさん,どうしてそんなに長生きなの?」(風刺画) 表3 2005年版EPAにおける試験課題例「社会国家の建て直し−でも,どうやって?」の構成
(.0.(LQKHLWOLFKH 3UIXQJVDQIRUGHUXQJHQ LQ GHU $ELWXUSUIXQJ 6R]LDONXQGH3ROLWLN200565361をもとに筆者作成。主題, 解答のための主な取り組み,考察内容の基本構造の欄は,解説に基づいての筆者による解釈を表す。)
テーマは7つの問題分野と3つの内容領域を踏まえて設けられる。それらの分野や領域は各州のレ アプランに応じて考慮されるべきものである。7つの問題分野とは,「民主主義の保障やさらなる発展 と危機」,「社会経済的・技術的変化の具体化」,「物質的な生活基盤の保障・発展と労働の未来」,「政治・ 社会・経済による自然環境の課題の克服」,「国内的・国際的な不均衡の調整」,「人権・市民権の達成」, 「平和の保障と可能な紛争解決方法」という現代社会の鍵的問題であり,3つの内容領域とは,「政治」, 「社会」,「経済」4)という現代社会の主要領域である(.0.,2005:11)。第1種別の「どのようなヨー ロッパであるべきか?」は,内容領域「政治」の「ヨーロッパ連合の諸次元と諸展望」や「政治の構 造と過程」,また,内容領域「経済」の「経済政策」に関する学習を前提にし(.0.,2005:46),様々 な問題分野に跨がるヨーロッパ政策問題を取りあげている。第2種別の「社会国家の建て直し−でも, どうやって?」は,内容領域「社会」の「社会的公正」に関する学習を前提にし(.0.,2005:56 −57),問題分野「物質的な生活基盤の保障・発展と労働の未来」などに係わる年金制度問題を取り あげている。このように現代社会の鍵的問題に関連するアクチュアルな問題について,受験者が政治・ 社会・経済という諸領域における構造・過程,制度,政策,関係などについての既習の認識を活用し て取り組む機会として,試験課題を設定することを重んじている。 第2の共通原則は,授業で扱ったことのない資料を取りあげ,それに基づいて出題することである。 資料を伴わない出題も可能性として認めているが(.0.,2005:19・25),やはり資料に基づく出 題を基本と考えているようである(.DOE,2008:367,参照)。1989年版EPAと同様,資料は授業で 扱ったことがないものでなければならないとしている(.0.,2005:22)。また,演説,論文,報道, 統計,風刺画,ポスターなど,多様なものを資料として位置づけている(.0.,2005:20・22)。「ど のようなヨーロッパであるべきか?」では演説が資料とされ,「社会国家の建て直し−でも,どうやっ て?」では新聞寄稿文と風刺画が資料とされている。そのような初見の多種多様な資料を取りあげ, 現実の政治的ディスコースにおいて表明されている意見や社会の具体的な状況に関する考察を通して 社会の問題に新たに取り組むように求めることをねらっている(.DOE,2008:367,参照)。 第3の共通原則は,3つのレベルの思考操作を求める複数の設問で試験課題を組織することである。 2005年版EPAでも,Ⅰ∼Ⅲの要求範囲5)に基づき,再生・再現から適用,応用までの3つのレ ベルを複数の設問でもってカバーすることを意図している(.0.,2005:14−18・21)。「どんなヨーロッ パであるべきか?」の場合,設問1では,要求範囲Ⅱにおいて,フィッシャーの演説を統合に関する 既習の認識を適用して分析すること,設問2では,要求範囲Ⅰにおいて,既習の欧州憲法草案の概要 を記述することを求める。設問3と設問4では,要求範囲Ⅲを重んじ,既習の認識を総動員して応用し, 欧州憲法批准のための国民投票の導入とトルコの新規加盟要求への対応とについて吟味判断すること を求める。また,「社会国家の建て直し−でも,どうやって?」の場合,設問1では,要求範囲Ⅱにお いて,公正に関する既習の認識を用いてシュタインブリュックの社会的公正観を分析すること,設問 2では,要求範囲Ⅰと要求範囲Ⅱにおいて,現行制度について既習の認識に従って記述することやシュ タインブリュックの改革案を資料から読みとること,その改革を行った場合の年金への影響を社会保 障などについての認識を使って予測することを求める。設問3では,要求範囲Ⅱと要求範囲Ⅲにおい て,年金改革による様々な結果や影響を既有の認識を使って予測すること,それらに基づいて改革の 実現可能性を精査すること,設問4では,要求範囲Ⅲにおいて,ここまでの考察を踏まえて世代間の 論争をシミュレートし,合意の可能性を検討することを求める。3つの思考レベルを複数の設問によっ てカバーし,受験者が政治的・社会的・経済的領域の既習の認識を再生・再現するだけでなく適用し 応用することで自立して考察を進める過程を構成することをねらっている。 以上の3つの共通原則は,1989年版EPAにおける試験課題構成の第1∼3原則とも基本趣旨にお いて変わりないものといえる。そのような3つの共通原則に対し,2つの試験課題種別には相異なる
第4の原則が存在する。それは,要求範囲Ⅰにおける記述や要求範囲Ⅱにおける分析を踏まえ,いか なる考察内容を要求範囲Ⅲの範疇で課すかに関するものである(.DOE,2008:367,参照)。 その相異なる第4の原則とは,第1種別の場合,社会の有り様や新たな在り方について自分個人の 考えをうみだすことを課すことであり,第2種別の場合,共同で考えをつくるための仮想的な取り組 みを課すことである。 第1種別では,「どんなヨーロッパであるべきか?」において,トルコの新規加盟要求への対応に関 する吟味判断を最終的に課すように,1989年版EPAにおける試験課題構成の第4原則と同様,自分 の考えを論じることまでを求める。それに対して,第2種別では,「社会国家の建て直し−でも,どう やって?」において,年金をめぐる世代間の論争のシミュレートと合意可能性の検討を最終的に課す ように,1989年版EPAにおける第4原則とは異なり,相違する立場の議論をシミュレートすること を求める。あるいはまた,自らの主張を特定の他者に向けた演説などの形式でつくることを求めたり もする。第1種別では個人としての判断を論じる「論究((U|UWHUXQJ)」までを,第2種別では共同で の決定に向けた仮想上の構成的行為を行う「構成(*HVWDOWXQJ)」までを要求範囲Ⅲにおいて課すこと を意図している(.0.,2005:19)。個人として判断できること,共同での決定に向けて行為できる ことの何れか,もしくは両方を最終的な考察内容として志向し,そのための一環において資料に関す る分析や関連内容の記述などを位置づけ,それらを一連のまとまりある過程として組織することをね らっており,2つの種別は最終的な志向性において相違する。 このように2005年版EPAがねらう2種別の試験課題の構成は,社会の問題を主題とし,現代社会 の諸領域の既習の認識を活用して取り組ませること,そのために授業で扱ったことのない多種多様な 資料を取りあげること,複数の設問を思考操作の3つのレベルに基づいて設け,既習の認識の再生・ 再現だけでなく適用と応用を課すことという共通の原則を有する。けれども,資料に関する分析や記 述を踏まえ,個人としての判断までを求めるのか,それとも共同決定のための構成的行為までを求め るのか,一連のまとまりある過程を通して志向する考察内容についての原則を違える。 第1種別の試験課題は,社会の問題をめぐる公的な議論のなかで自分の頭を使って分析・記述し自 らの考えをうみだす能力を評価しようとするものとなっている。第1種別の試験課題は,そのような 能力の評価のために,個人の判断を論じるための一連の過程として組織されるものであり,論究志向 型課題と呼べるだろう。一方,第2種別の試験課題は,社会の問題をめぐる公的な議論のなかで自分 の頭を使って分析・記述し共同での合理的決定のために取り組む能力を評価しようとするものとなっ ている。第2種別の試験課題は,そのような能力の評価のために,共同の決定に向けた構成的行為の ための一連の過程として組織されるものであり,構成志向型課題と呼べるだろう。 5.EPAにおける学力像の変化−個人的意思形成能力から集団的意思形成能力への射程拡大 1989年版EPAと2005年版EPAがねらう試験課題構成には共通点と相違点を見出すことができ る。共通点は,新旧何れのEPAにおいても,論究志向型課題がねらわれていることである。相違点 は,2005年版EPAでは,論究志向型課題だけでなく,構成志向型課題もねらわれていることである。 2005年版EPAでは課題例の提示数の多い論究志向型が基本と考えられているものの,構成志向型も アビトゥーア試験課題に相応しいものとされている。このように論究志向型のみから論究志向型・構 成志向型へ拡げられたのはなぜか,新旧EPAの学力像との関連において理由を探ってみよう。 論究志向型課題を採用する1989年版EPAでは,公民的教科目のアビトゥーア試験課題で評価対象 とする能力について,簡略的にではあるが,「内容に関する能力」と「方法に関する能力」とで示され ている(.0.,1989:10)。 「内容に関する能力」として挙げられているのは,「政治的・社会的・経済的な構造や過程において
処す能力」,「社会的・政治的・経済的な事態や意見対立を分析し評価づける能力」,「社会的・政治的・ 経済的な問題について,自分の立場を明確にしたり,それを熟考したりする能力」である。自らを取 り巻く政治・経済・社会を認識し,それらをもとに現代社会の議論も含めた諸事象について分析でき ることや吟味判断できることが重んじられている。 「方法に関する能力」として挙げられているのは,「社会科学の諸分野に典型的な活動技能を用いる 能力」,「諸分野の概念やカテゴリーを使用する能力」,「専門的に重要な資料を有効活用し,自分の方 法上のやり方を熟考する能力」である。これらは「内容に関する能力」を行使する上で必要となる社 会科学的な方法的能力である。 1989年版EPAではアビトゥーア試験課題で評価すべきものを社会科学的な認識に基づく分析とそ れを踏まえた吟味判断を自ら行う能力と考えており,それらは個人としての自律的判断のための能力 であるといえる。このEPAでは自律的判断という個人的意思形成のための能力を評価すべき能力と 考えるが故に,受験者が具体的な状況や意見に関する資料を通して社会の問題について取り組み,諸 領域の認識を活用して分析と記述,吟味判断を行う一連のまとまりある過程として試験課題を構成す ることをねらう。そのような論究志向型の課題により,社会の問題に関して自立して分析・記述し自 らの考えをうみだす能力,すなわち,「分析,検討,根拠のある態度決定の能力」(.0.,1989:18) を受験者に実際に行使させて評価しようとする。 一方,論究志向型課題と構成志向型課題を採用する2005年版EPAでは,アビトゥーア試験課題で 評価対象とする能力について,4つの「部分コンピテンス」で示されている(.0.,2005:7−10)。 4つの「部分コンピテンス」とは,「事実・分析コンピテンス(6DFKXQG$QDO\VHNRPSHWHQ])」,「判断 コンピテンス(8UWHLOVNRPSHWHQ])」,「行為コンピテンス(+DQGOXQJVNRPSHWHQ])」,「方法コンピテンス (0HWKRGHQNRPSHWHQ])」である6)。 「事実・分析コンピテンス」は,「社会の諸構造や諸過程の理解に不可欠な政治・社会・経済に関す る基本的知識を使用できること」とされる(.0.,2005:7)。政治・社会・経済についての専門的 知識を有していること,それらを使って対象を分析できることである。 「判断コンピテンス」は,「政治的な出来事・問題・論争を自力で,根拠をもって,可能な限り基準 やカテゴリーに基づいて評価判断できる能力」であり,「政治的・社会的・経済的な文脈に必須である 理解力を含む」とされる(.0.,2005:8)。「熟考的な政治的判断」を行えることが「判断コンピテンス」 とされている(.0.,2005:8)。 「行為コンピテンス」は,「意見を形成したり決定を追求したりする公的な民主的過程に関与し,政 治的・社会的・経済的諸構造の形成への影響力行使の機会をとらえる能力を包括する」とされる(.0., 2005:10)。「意見・信念・利害について表明し,他者を前に適切に主張し,討議して決める過程を遂行し, 歩み寄ることができること」とも述べられている(.0.,2005:13)。共同での決定のために取り組 める能力が意図されている。 「方法コンピテンス」は,「政治的・社会的・経済的論題に取り組むため」,「専門的方法」や「活動技術」 を使用できることである(.0.,2005:9)。「専門固有の方法」として,専門用語の扱い,解釈的手 法や経験的手法,イデオロギー批判的解読が挙げられ,また,「活動技能」として,資料の分析・解釈, メディアの批判的な取り扱い,プレゼンテーションやビジュアル化,いろいろな形式の対話,探究課 題や探究方略の設定と振り返りなどが挙げられる(.0.,2005:9−10)。 社会科学的認識に基づく確かな分析とそれを踏まえた熟考的な判断や民主的決定への関与,これら を支える方法の各コンピテンスが「部分コンピテンス」として挙げられている。これらを包括する能 力は「デモクラシー能力('HPRNUDWLHIlKLJNHLW)」(.0.,2005:7)と表現される。それは「現代の社 会において経済や政治において適切に処し,民主的基盤に基づいて政治的な課題や問題を学識をもっ
て評価判断し,公的な事案において積極的に参加し成果豊かに関与する能力」である(.0.,2005: 7)。既存の社会について分析・記述できるだけでなく個人としての判断と共同での決定を通して社会 の形成を遂行するための能力である。民主主義社会が人々により遂行されるものととらえられ,「民主 的市民性(GHPRNUDWLHNRPSHWHQWH%UJHUVFKDIWOLFKNHLW)」(.0.,2005:7)の形成に向け,民主主義社会 形成の遂行能力である「デモクラシー能力」の育成が公民的教科目の目標に掲げられている。 2005年版EPAでは,社会の有り様や新たな在り方に関する個人としての自律的判断と共同での合 理的決定のための能力を重視し,評価対象と位置づける。尤も,判断や決定に必要な記述や分析の取 り組みを課し,その上に自律的判断と合理的決定に関する2つの取り組みを制限時間内に同時に課す ことは,受験者にとって負担が大きく,アビトゥーア試験では現実的でない。そこで2つの課題種別 を設け,最低限何れか一方の取り組みを課すようにする7)。論究志向型の課題により,社会の問題に 関して分析・記述し自らの考えをうみだす能力を評価することをねらい,また,構成志向型の課題に より,分析・記述し共同して考えをうみだすために取り組む能力を評価することをねらう。共同での 決定の前提となる個人としての判断の能力を相対的に重視し,論究志向型課題を基本としつつも,共 同での決定の能力を軽視せず,構成志向型課題を課題種別として加える。社会の問題の主題化,多種 多様な資料の取り扱い,再生・再現だけでなく適用や応用の設問化という共通原則を有しつつも,分 析や記述から自律的判断までを求めるのか,合理的決定のための構成的行為までを求めるのか,一連 のまとまりある過程を通して志向する考察内容の原則を違える2つの課題種別を設けるのは,そのた めである。 1989年版EPAと2005年版EPAのそれぞれにおける試験課題構成の根底には,それぞれの学力像 がある。1989年版EPAは個人としての自律的判断のための能力を重視している。2005年版EPAは 個人としての自律的判断のための能力を重視するとともに,共同での合理的決定のための能力も重視 している。新旧何れのEPAも単に一定の認識を有していることだけでなく活用して自分で分析でき ることを重んじている。また,既存の社会をわかるだけでなく社会を新たにつくるために必要な意思 形成の能力を重んじている。とはいえ,その射程を違えている。1989年版EPAは,自律的判断とい う個人的意思形成のための能力に留める。2005年版EPAは,個人的意思形成のための能力に比重を 残しつつも,さらに一歩進めて,共同での決定という集団的意思形成のための能力まで射程を拡げて いる。両EPAは民主主義社会形成に必要な意思形成のための能力を公民的教科目の学力ととらえる ことでは一貫しているものの,その中身を個人的意思形成能力までから集団的意思形成能力までへと 変化させている。それだからこそ,2005年のEPAの改訂により,論究志向型を維持しつつ,新たに 構成志向型も加えているのである。 新旧EPAにおける論究志向型から論究志向型・構成志向型へという試験課題構成の変更は,民主 主義社会形成能力としての学力像における射程拡大によって導かれているといえる。 6.おわりに 公民的教科目の新旧EPAに関する以上の考察をまとめよう。 第1は,1989年版EPAでは,社会科学的分析に基づく個人的意思形成の能力を評価対象とするこ と,したがって,社会の有り様や新たな在り方に関して個人としての考えを論じることまでを求める 論究志向型の課題を採用することである。第2は,2005年版EPAでは,個人的意思形成の能力だけ でなく,さらに集団的意思形成の能力も評価対象とすること,したがって,論究志向型の課題とともに, 共同で考えをつくるための構成的行為までを求める構成志向型の課題も採用することである。第3は, 両EPAは何れも既存の社会の認識のためだけでなく社会の新たな形成のための能力も重視すること で一貫していること,そのなかでも1989年版EPAが社会形成のための個人的意思形成能力に留める
のに対し,2005年版EPAは個人的意思形成能力に比重を残しつつも,さらに集団的意思形成能力ま で拡げ,社会形成能力としての学力像の射程を拡大していること,そのために従来からの論究志向型 課題に加え,新たに構成志向型課題を採用していることである。 2005年のEPAの改訂では,単に各州でのアビトゥーア試験において論究志向型課題に加えて構成 志向型課題を採用するように要請しているだけではない。学力像の射程を拡げ,公民的教科目の授業 において社会科学的分析に基づく個人的意思形成とともに集団的意思形成を学習できるようにし,そ の成果をアビトゥーア試験において評価するように要請しているといえる。学力像における射程拡大, それに基づく授業と試験の一体的変更を求めているのが,EPAの2005年改訂である。 2005年版EPAは,今回新たに加えられた前文において,個々の州の公民的教科目が相異なってい るとしても,青少年の市民としての「政治的成熟」のため,自律的判断と共同決定のための能力を育 成するという本来の目標では共通し,それらの能力育成を通じて公民的教科目は「民主主義の維持, さらなる発展,更新のために学校での中心的貢献をなす」と述べている(.0.,2005:4)。「市民社 会に基づく民主主義の更新」との関連で公民的教科目の役割を示している(5|NHQXD,2010:142)。 民主主義社会を人々が遂行することで形成しつづけていくことが必要であり,そのために公民的教科 目は自らの役割を既存の社会をとらえられるようにする社会認識教育に限定せず,また,社会を新た につくりだせるようにする社会形成教育を図るにしても,個人として判断できるようにすることまで に留めず,集団での決定に関与できるようにすることまでをねらうというわけである。社会認識を一 環とする社会形成の教育という公民的教科目観を維持発展させ,社会形成の教育としての領分を改め て問い直すことにより,2005年版EPAでは学力像における射程を拡げ,それに基づく授業と試験の 変更を求めているのである。 ドイツの場合,公民的教科目のEPAにおいて,社会形成教育としての公民的教科目の学力像が標 榜されている。社会形成能力としての学力像の射程が社会科学的分析に基づく個人的集団的意思形成 の能力へと拡大されている。そのような能力を育成することで公民的教科目は民主主義社会における 役割に応えることができると考えられている。 註 1)政治教育学及び青少年・成人政治教育のための学会(GPJE)が作成した教育スタンダードでは,中等 教育段階における公民的教科目の統一的名称として「政治的陶冶(3ROLWLVFKH%LOGXQJ)」を提案している(*3-(, 2004:12)。しかしながら,今回のEPAの作成過程では,統一的名称について合意には至らなかった(.DOE, 2008:362,参照)。 2)「経済」では,構造政策,景気政策,分配政策,環境政策,経済・技術が変化するなかの労働と職業,「社 会」では,社会構造と社会変化,家族・学校・職業における社会化,政治的・社会的統合,共同決定と参加, 「政治システム・政治過程」では,ドイツ連邦共和国とドイツ民主共和国の政治システム,政治的意思形成 過程,政治的理念と支配システム,「国際政治」では,平和・安全保障政策,国際的危機管理,工業先進国 と第三世界,ヨーロッパにおける諸展開とヨーロッパ連合という諸領域が挙げられている(.0.,1989: 11−12)。 3)2005年版EPAでは,この同名タイトルのもとに,第1種別と第2種別の各々の試験課題例が提示され ている。ここでの考察では第2種別の試験課題例について取りあげる。 4)「政治」では,政治の構造と過程,政治的な理念と秩序観念,政治システム,政治参加,ヨーロッパ連合 の諸次元と諸展望,紛争の制御と平和の保障,「社会」では,多元的社会における生活世界,社会の構造と 過程,社会的公正,社会政策,諸文化の対話と文化の多様性,「経済」では,経済的な秩序体系,経済の構 造と過程,経済政策,国際化とグローバル化が挙げられている(.0.,2005:11)。 5)バーデン・ヴュルテンベルク州では,2005年版EPAにおける3つの要求範囲を考慮した作問をアビ トゥーア試験において実際に行いやすくするため,また,各設問の要求範囲が受験者にとって明確にわ かるようにするため,各要求範囲における主要な思考操作のリストを社会系教科目共通で作成している (2SHUDWRUHQNRPPLVVLRQGHV0-.6,2005)。 6)このような「部分コンピテンス」の設定においては,政治教育学及び青少年・成人政治教育のための学会(G PJE)が作成した教育スタンダードのコンピテンス・モデルが参考にされている(.DOE,2008:364)。
同学会が作成した教育スタンダードでは,「政治的判断能力」と「政治的行為能力」,そして「方法的能力」 が「コンピテンス領域」として挙げられている(*3-(,2004:13)。この教育スタンダードについて取りあ げている研究として,近藤(2005:84−92),藤田(2007:2−3),他。 7)2005年版EPAがねらう試験課題の構成では,要求範囲Ⅰ・Ⅱの範疇において,2つの課題種別に共通して, 主として「事実・分析コンピテンス」に基づく取り組みを課す一方,要求範囲Ⅲの範疇において,論究志 向型課題では,主として「判断コンピテンス」に基づく取り組みを課し,構成志向型課題では,主として 「行為コンピテンス」に基づく取り組みを課すことになる(.DOE,2008:367・368−369,5|NHQXD,2010: 143,参照)。 主要参考文献
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