向山 : 栃木県栃木市平井町向山旧石器時代遺跡出
土資料
著者
芹澤 長介
雑誌名
東北大学文学部考古学研究室考古学資料集 ; 第3冊
栃木県栃木市平井町向山旧石器時代遺跡出土資料
芹
澤
長
介
編
日召
和
55
年
東 北 大 学 文 学 部 考 古 学 研 究 会
考 古 学 資 料 集
第
3冊
栃木県栃木市平井町向山旧石器時代遺跡出土資料
芹
澤
長 介
編
日召
和
55
年
東 北 大 学 文 学 部 考 古 学 研 究 会
考 古 学 資 料 集
第
3冊
次
向 山 適 跡 の 発 掘 と 出 土 遺 物 … … … …・。
(1)
Jヒオ寸
雇罫 1言
梶
原
洋
岡
本寸
道
雄
芹
沢
長
介
1
向 山 遺 跡 調 査 の 経 過
…… … … 。(1)
2
向 山 遺 跡 の 位 置
…… … … 。(2)
3発
掘
と 層 序
…・・
・
・
・…
… …
… … ・
・・
・
・…
… … ・・
・
・・…
… …
… …
… …
… … ・
・
・
・
・… … … … ・
・。(3)
4
出
土
遺
物
…… … … 。(4)
5
顕 微 鏡 に よ る 使 用 痕 の 観 察 ・… … … …(9)
第
1図
折 断 さ れ た 剥 片 に み ら れ る 使 用 痕 … … … (10)
第
1表
向 山 遺 跡 各 ト レ ン チ 層 位 別 の 石 器 。自 然 石 出 土 表 … … … …(5)
第
2表
折 断 剥 片 の 折 断 部 位 別 比 …・… … … …
。
(7)
第
3表
折 断 剥 片 の 長 幅 分 布・… … … (14)
第
4表
折 断 all片 の 厚 さ 分 布・… … … (14)
第
5表
折 断 ■
ll片の 刃 角 分 布 … … … …・… (15)
第
6表
Ⅱ 層 の 完 全 剥 片 の 刃 角 分 布 … … … …・… (15)
第
7表
折 断 調 整 石 器 の 類 型 別 の 折 断 部 の 加 撃 位 置 。
… … … (15)
第
8表
石 核 の 最 終 ■
ll離痕 の 長 幅 分 布 。
… … … (16)
第
9表
象
1片
の 打 面 の 状 態 … … … …・… … … (16)
第
10表
石 核 の 打 面 の 状 態 … … … …
。
(16)
第
11表
石 核 と 剥 片 の all離 角 … … … …・… … … (17)
第
12表
■
ll片の 長 幅 分 布・… … … (18)
第
13表
石 核 の 類 型 別 に よ る 最
1片
生 産 数 …・… … … (19)
第
14表
剥 片 の 類 型 別 に よ る 剥 片 生 産 数・… … … (19)
第
15表
各 層 の 剥 片 生 産 数 の 平 均 … … … …
。
(19)
ヲ
1
月日 3と
南犬・・¨
・…………・…………・¨。
…・…・…・…・¨・¨・…・……Ⅲ
………
・―・…。
…・…Ⅲ
…
・…・…・¨・…………・¨・…・…・¨・¨・…。
…・¨。
…Ⅲ
…
・…
・。(20)
Ⅱ
-6ト
レ ン チ の 組 成 表 … … … (20)
向 山 出 土 資 料 計 測 表 … … … …
・。
(112)
英
文
要
約・
・
・
・
・
―
・・
・
・・
・
・
・
・
・…
…
。
・
・
・
・… … ・・・・・… … ・・・・・― ・・・・・・・・・・… … ・・・・・― ・・・・・・・・・・… …
(I∼
Ⅲ
)巻 頭 図版
第
1図
版
第
2図
版
第
3図
版
第
4図
版
第
5図
版
第
6図
版
第
7図
版
第
8図
版
第
9図
版
第 10図 版
第 11図 版
第 12図 版
第 13図 版
第 14図 版
第 15図 版
第 16図 版
第 17図 版
第 18図 版
第 19図 版
第 20図 版
第 21図 版
第 22図 版
第 23図 版
第 24図 版
第 25図 版
第 26図 版
第 27図 版
第 28図 版
第 29図 版
窮彗
30Eヨ
片
反
第 31図 版
第 32図 版
第 33図 版
第 34図 版
第 35図 版
第 36図 版
第 37図 版
第 38図 版
第 39図 版
第 40図 版
第 41図 版
第 42図 版
第 43図 版
第 44図 版
第 45図 版
図
版
目
次
向 山 遺 跡 の 発 掘
(カ
ラ ー
)向 山 遺 跡 の 位 置 … … … …
(23)
向 山 遺 跡 の 位 置 と そ の 断 面 … … … …
(25)
向 山 遺 跡 の トレ ンチ 配 置 図 … … … …
(27)
Ⅲ
-4ト
レ ンチ に お け る石 器 の 分 布 状 況 … … … …
(29)
向 山 遺 跡 の 東 西 セ ク シ ョ ン
(折
込
)。… … … …
(31)
向 山 遺 跡 の トレ ンチ 断 面 図 … … … …
(33)
第
I層
出土 の 折 断 手 法 に よ る石 器
(1-9)、
ピエ ス
0エ
ス キ ー ユ
(10-14)、
尖 頭 器
(15)、
敲 石
(16)…
… … … …
(35)
第
I層
出 土 の ナ イ フ
(1、
2)、
尖 頭 器
(3)、
ビエ ス・ エ ス キ ー ユ
(4)、
彫 刻 刀 形 石 器
(5-10)。
… …
(37)
第
I層
出上 の 切 断 手 法 に よ る石 器
(11-20)、
加 工 さ れ た景」
片
(21、22)、
ス ク レイ パ ー
(23)…
… … … …
(39)
第 Ⅲ層 出土 の ス ク レイ パ ー (24-28、
30-32)、
チ ∃パ ー
(29)…
… … … 。
(41)
第 Ⅲ層 出土 の 最」
片
(43-58)・
… … … …
(43)
第 Ⅲ層 出土 の 景」
片
(1-8)・
… … … …
(45)
第 Ⅲ層 出 土 の 景」
片
(1-10)。
… … … …
(47)
第
I層
出土 の 石 核
(33-35)。
… … … …
(49)
第
I層
出土 の 石 核
(36-39)・
… … … …
(51)
第 Ⅲ層 出土 の 石 核
(40-42)。
… … … …
(53)
第 Ⅲ層 出土 の ナ イ フ
(1、
2)、
彫 刻 刀
(3-6)、
ス ク レイ パ ー
(7-9)、
ビエ ス・ エ ス キ ー ユ
(10、11)。
…
・…・…
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・……
(55)
第 Ⅲ層 出土 の チ ョパ ー
(41-46)・
… … … …
(57)
第 Ⅲ層 出土 の錐
(12、 13)、景」
片
(14-23)。
… … … …
(59)
第 Ⅲ層 出土 の 折 断 手 法 に よ る石 器 (24-40、
47)。
… … … …
(61)
第 Ⅲ層 出土 の ナ イ フ
(1-7)、
錐
(8-10)、
彫 刻 刀
(11)、
チ ∃パ ー
(12)…
… … … …
(63)
第 Ⅲ層 出土 の 石 刃 と景」
片
(62-76)・
… … … …
(65)
第 Ⅲ層 出上 の 石 刃 と永」
片
(1-12)・
… … … …
(67)
第 Ⅲ層 出土 の 石 刃 と景」
片
(1-8)。
… … … …
(69)
第 Ⅲ層 出土 の 石 核
(48-50)。
… … … …
(71)
第 Ⅲ層 出土 の 石 核
(51-53)。
… … … ‥
(73)
第 Ⅲ層 出土 の 石 核
(54-58)。
… … … …
(75)
第 Ⅲ層 出土 の 石 核
(59-61)。
… … … …
(77)
第 Ⅲ層 出土 の敲 石
(77-79)・
… … … …
(79)
第 Ⅲ層 出上 の石 核
(1)と
敲 石
(2)。
・… … … 。
(81)
第 Ⅳ層 出土 の ナ イ フ
(1-5)、
彫 刻 刀
(7)、
ス ク レイ パ ー
(6、
8、
10-13)、
小 形 石 刃
(9)。
… … ‥
(83)
第 Ⅳ層 出土 の ナ イ フ
(1-8)、
彫 刻 刀
(10-12)、
ス ク レイ パ ー
(9、
13)、尖 頭 器
(14)、
小 形 石 刃
(15)…
… … … …
(85)
第 Ⅳ層 出土 の 景」
片
(1-9)と
ス ク レイ パ ー
(10、 11)。… … … …
(87)
第 Ⅳ層 出土 の 石 核
(13-16、 22)と
景」
片
(17-21)。
… … … …
(89)
第 Ⅵ 層 出上 の ナ イ フ
(1、
2)、
ス ク レイ パ ー
(3、
7)、
尖 頭 石 器
(6)、
石 核
(5)・
… … … …
(91)
第 Ⅷ 層 出土 の チ ∃パ ー
(1、
3)、
ス ク レイ パ ー
(2、
4、
5)・
… … … …
(93)
第 Ⅵ層 出土 の ナ イ フ
(1)、
第
MII層
出土 の チ ョパ ー
(2)、
ス ク レイ パ ー
(3、
4)。
… … … …・。
(95)
第 Ⅷ 層 出土 の 尖 頭 石 器
(6、
7)。
… … … …
(97)
チ ヤー ト景」片 に み られ る実 験 使 用 後 の 光 沢 分 類 … … … …
(99)
第 Ⅳ層 出土 彫 刻 刀 の 刃 部 に み られ る使 用 痕 の 光 沢 … … … …・。
(101)
第 Ⅲ層 出土 ナ イ フの 刃 部 に み られ る使 用 痕 の 光 沢 … … … 。
i・・。
(103)
第 Ⅵ層 出土 ナ イ フの 刃 部 に み られ る使 用 痕 の 光 沢 … … … …・。
(105)
第 Ⅷ 層 出土 ス ク レイ パ ー の 刃 部 に み られ る使 用 痕 の 光 沢 … … … …・。
(lo7)
第 Ⅷ 層 出土 チ ∃パ ー の 刃部 に み られ る使 用 痕 の 光 沢 … … … …
(lo9)
石 器 の 計 測 例 と剥 片 、 石 核 、 折 断 剥 片 の 分類 … … … …・。
(111)_
巻頭図版
向山遺跡の発掘
│.向
山 遺 跡 の 遠 景
I)istt、:lt、'i(ヽ
、
v of th(ヽMuk()vama sit(ヽ
fl・Om tllc n()1` th3.Ⅱ 6ト
レ ンチ の 西 壁 セ ク シ ョ ン
S(ヽ
ction in th(ヽ
、
v(ヽst(ヽln facc of Tr(ヽ
nch
‖―
(ヽYc‖
owish Kanuma pumicc can l)e secn at the bottom
Of ti・(ヽnch
2.向
山 遺 跡 東 側 の 断 面
S(ヽ(,tion(ヽ
、
Pos(`(lそlt th(ヽ (ヽast(ヽ1・n ptliヽt of thく、
sit(,Kanto l()am la,(ヽ
1・ i11('lu(lillg l)la(ヽ kl)an(1、Kそ
11ltl mそll)tlm i(・(ヽand llassaki punll(ヽ
(ヽ can l)c s(、 (`nⅣ層 よ り出 土 した石 器
(Ⅱ4ト
レ ンチ
fl・()m l(,vく
ヽ
1 1ヽ whi(ヽ1l li(ヽs iust al)。
、
(ヽ5.鹿
沼 パ ミス よ り下 位 の 文 化 層 の 発 掘
E、
cavation at・
1`lcn(ヽh ll-5
1,0、
、
(ヽ1・ holヽizons l)(ヽ 10w t11くヽ
Kanuma
(`ヽく`aVatく ヽ(1(Ⅱ
-5ト
レ ン チ
)pumicc alヽ
e being
6.最
下 の 第 Ⅷ 層
(Ⅱ-5ト
レ ンチ
)tlncov(ヽ1ヽC(l al・tifact ft()m th(ヽ at・I`1(ヽ:1('h‖
5
よ り出土 した石 器
low(ヽ
st h()l i70n l(ヽ
、く
ヽ
│ │‖鹿 沼 パ ミス直上 の 第
Al・
tifacts uncarth(ヽ d
th(ヽ K(、
1luma pumiく ヽ
(ヽ向山遺跡の発掘 と出土遺物
信
洋
雄
介
士
口
道
長
村
原
村
沢
奥
梶
岡
芹
向山遺跡調査の経過
向山遺跡 は、かつて栃木市平井町に存在 した。
向山の□―ム層中からチ ャー ト製の石器 が出土するとい う事実 を最初に注意 したのは、
栃木市在住の桜井晴氏であつた。1970年
10月 11日
、同市星野町の斎藤恒民氏邸において、
芹沢 は桜井氏の持参 された向山出土石器 を実見することができた。 それ らの資料には、ナ
イフや石刃その他 が含 まれており、星野遺跡においては欠落 している時期のもの として興
味ぶかく拝見 した。 その時点において向山遺跡 はブル ドーザーによって絶 えず削 り取 られ
ていた最中であ り、その よよ放置すれば
`
間 もなく消滅 して しよう運命にあるとい うことだ
つた。 そこで芹沢 がす ぐに現地 を踏査 したところ、遺跡の一部はすでに大 きく削景」され、
鹿沼軽石層 をはさむ断面 が各所に露呈 されていた。表面採集 および断面採集の結果 から、
この遺跡にはチ ャー ト製のナイフや石刃をふ 〈む文化層のほかにも、鹿沼軽石層の下位に
は別の文化層 があるとい う事実 が判明 した。 そこで芹沢は、す ぐに発掘調査 をおこなって
貴重 な資料の消滅 を防 ぐ必要 があると考 え、栃木市教育委員会に連絡するとともに、仙台
へ戻 つて緊急発掘の準備 をととのえた。 それから4日 目の
10月 15日
、東北大学考古学研究
室 から横山英介
(当
時助手
)以
下
5名
の発掘隊 が栃木市へむかい、同月
23日
まで第 1次 の
調査 がおこなわれた。第
2次
調査 は翌
1971年 1月
10日
から同月
21日
まで、そ して最後の第
3次
調査 は同年 3月
1日
から同月 9日 まで、それぞれ逐行 された。 その後間 もなく、この
遺跡の乗 つていた向山は基盤 まですっかり削 り取 られ、永遠にその姿 を地上 から消 して し
よった。 ブル ドーザーに追いかけられながらの発掘作業には充分の時間 を投入することが
できず、出土資料のすべてを記録 できたのは
I-4ト
レンチにおいてだけであった。 また、
発掘終了後の資料整理 は現在になってもまだ完了 していない。にも拘 らずこれを資料集の
1冊
として編 むに至つた理由はつぎのようなものである。 まず、すべての発掘資料の整理
が完了する時期 は予測できないが、現在 までに
I-6ト
レンチおよび 正
-5ト
レンチ出土
資料にかん しては報告可能の段階にきていること、 そ してこれだけでも優 に資料集
1冊
を
満たすだけの分量 があること、などである。 これ までの整理の結果 からみても、北関東に
おける
.黒
色帯中の石器組成 が今 までより明 らかにされ、 また鹿沼軽石層直上の□―ム層 か
ら後期 旧石器時代初頭 と見 られ る資料 が検 出 され、 さ らに鹿沼軽石層 よ り下位の □一ム層
に も
2枚
の文化層 が認 め られている。 そ して また、 「向山出土資料 は人工品 と しての石器
ではな く、すべて 自然破砕礫 にす ぎない」 とい うよ うな暴論 を公言 してはばか らぬ研究者
がい ることも、 この資料集 出版のひ とつの大 きな理由 となつている。 ここに掲載 した写真
や実測図の資料 すべては、私 た ちが人工品 と認定 した ものである。 これ らをあえて自然破
砕礫 であると強言
周す るの はいつたい ど うい う理 由 か らであろ うか。
石器 と擬石器 とを区別 す る方法のひ とつ と して、顕微鏡 に よる使用痕観察 がある。 この
よ うな問題 について、チヤー ト製 レプ リカ石器 の実験 に よって明 らかに された使用痕 の タ
イ プおよび、向山出土石器 に残 されている使用痕若干例 を掲載 した。 これは私 た ちの研究
室 で数年前 か らおこなっている使用痕研究 の一部 にす ぎないが、石器 と擬石器の判別に も
きわめて有用 である
,と
い うことを多 くの方 々に知 つて戴 ければ
`
幸である。
調査 に参力□した者 はつ ぎの通 りであった。
芹沢長介、須藤隆、横 山英介、岡村道雄 、西脇俊郎 、小井川和夫、八巻正文、千葉英一
カロ
藤道男、木本元治、戸 田正勝 、福田友之、藤沼邦彦、平 □哲夫、
(以
上東北大学文学部
考古学研究室
)、越田和夫 。
他 に桜井晴 、カロ藤稔 、小林達雄 、安 田喜憲 の諸氏 が見学 された。
発掘終了後、遺物の整理 にあた ったの は、横 山英介、千葉英一、平 □哲夫 、岡村道雄 、
奥村吉信 の
5名
であるが、 この資料集 には とくに奥村 が担当 した第 Ⅲ地点
6ト
レンチ出土
資料 を中心 と して集録 した。実測図、図表 などの大部 分 は奥村 によって作製 された もので
あ り、写真 については遺跡 を平 □ と芹沢、遺物 は芹沢、顕微鏡撮影 は阿子 島香、梶原洋、
芹沢 がおこなった。
向山遺跡の位置
向山遺跡の地籍 は、栃木県栃木市平井町 271番 地 にあ った。
栃木県の西北部 か ら群馬県の東北部 にかけて足尾 山地 がある。足尾 山地 は、北方 では大
谷川 の谷 を狭んで 日光 火山群 に接 し、西方 で は渡良瀬川 の谷 をへ だてて赤城山、袈裟丸山、
星海 山 などに接 して お り、 またその南 と東の山稜 は広大 な関東平 野の なかに裾 を没 してい
る。足尾山地 の東南麓 の末端 には、標高
346mの
大平山 があ り、基盤 はチヤー トの岩脈 に
よつて構成 されている。大平山の山裾 が東 にのびて孤立丘 の よ うな形 に なつて お り、 ここ
が向 山 とよ ば
`
れ て い た。向 山 の
I頁上 は標高
1105mで
あ り、南 か ら西倶」
に かけてはゆる
やかな斜面 をな してい るが、北側 はやや急斜面 になつている。遺跡 は傾斜 が急 で、
しかも
陽当 りの悪 い北倶」
斜面の、標高約
90m付
近 に おいて発見 された。向山の頂上部付近 にはチ
ャー トの小露頭 がみ とめ られたが、露頭以外 はすべて約
5mの
厚 さの □―ム層 によつて蔽
われている。巻頭図版 および第
5図
版 によつて □―ム層 の状態 は明 らかであろ う。石器時
代 人 は向山の小露頭 か らチ ャー トの原石 を採集 し、北東斜面 に おいて生活 をい となんだ と
思 われ るが、条件 の良 い南倶」
斜面 か らは一片 の景」
片 さえ発見 されなかつた。 これには何 か
の理由 があった と思 われる。
向山遺跡 の北東約
1 4kmに
は星野遺跡 がある。 この遺跡 は、
1965年
か ら
1979年
までに栃木
市教育委 員会 と東北大学考古学研究室 とが
5回
の発掘調査 をおこなって、約
32万
年 前 か
ら約
8万
年前 までの旧石器文化層
9枚
を明 らかに した ところである。 さ らに向山遺跡の周
辺 には、鹿沼軽石層 の下位 か ら石器 を出土 す る和田山、岩 出山、後山の諸遺跡 が発見 され
ている。地質学者の多 くの研究 によって明 らかなよ うに、約
3万
年 よ りもさかのぼる時期
の関東平野 は古東京湾の海底 も しくは氾濫原 であつて、 とうてい人類 の居住 が許 される場
所 ではなかった といわれてい る
(関
東 □―ム団研
1965)。
したがつて、南関東の多摩・下末
吉・武蔵野の各 □―ム層堆積期 に おいては、人類 は古東京湾 の周辺 に住 んでいた と考 える
の が当然 であ ク
リ、関東地方北部 の山麓地帯 こそ彼 らの生活の舞台 であった と見てよい。 こ
の問題 については芹沢
(1968)が
詳 しく論 じたこ とがある。足尾山地 の各 所に産 出す るチ
ャー トは前期 旧石器人の好んで用 いた石材 であ り、チ ャー ト製石器 を出土 す る遺跡 の分布
は、栃木市周辺 か ら佐 野市、足利市 および群馬県桐生市周辺 に までおよんでいる。 さらに
その延長線上には同県夏井戸、磯、 そ して岩宿 ゼロ文化層 などの前期 旧石器遺跡群 が知 ら
れて お
'り、関東地方 に おける人類最古の生活の痕跡 が濃厚 にみ られるのである。
発掘 と層序
私 た ちが発掘調査 を開始 した ときには、向山の削 り取 り作業 はすでにかな り進 んでいた。
第
3図
版 の右半 分一一 北東部 はすでに鹿沼軽石層 まで削 られていたので、 その北端部 を第
I地 点 と して
I-1ト
レンチ を設定 した。 この トレンチは、鹿沼軽石層以下の文化層 を調
査 す るための ものであった。 同図版の中央 か ら左―― 南半部 は まだ原地形 が残 されていた
ので、 これ を第 Ⅲ地点 と し、
I-1、
正
-2、
正
-3、
(以
上第 I次
)I-4、
I-5、
正
-6(以
上第
2次
)ト
レンチ を設定 した。 これ らの うちとくに
I-5ト
レンチは鹿沼軽
石層以上 が削 り取 られた部 分であ り、 それ以下 の文化層 を調査 す るための発掘 がおこなわ
れた。 また第
3次
調査 の さいには、
I-1ト
レンチ と 正
-4ト
レンチの中間部分 がブル ド
ーザ ーで削 ウ
リ取 られたあ との断面 を精査 し、第 Ⅲ層 および第 Ⅳ層 中に包 含 されている資料
を採集 す ることに努 めた。巻未 の リス トの なかで
(L oc I)と
表記 したもの は、 この際
の出土資料 である。
第 1層
茶褐色火山灰層。表土に しては腐植 が進んでいない。 さらさらしており、亜角
塊状の土壌構造 をもつ。石器 を含 む。 なお、第
I地
点第 4ト レンチでは、この層の上位 に
厚 い明瞭 な二次堆積層 が乗つている。
第
I層
;褐 色漸移層。硬い塊状構造 をもった火山灰土壌で、ボロボロ 〈ずれる。いずれ
の トレンチでもほかの層に比較 して多量の石器 を出土する。
第 Ⅲ層
暗褐色火山灰層。硬 くしよっている。角柱状構造 をもち、 クラックが発達する。
やや粘土化 しており、腐植 が進み黒色味 を帯びる。北関東第
1黒
色帯に比定 される。 正一
4ト レンチでは、下部にパ ミス
(軽
石粒
)が
目立つことが確認 され、
Ⅲ
a・
Ⅲ
bに
細分 され
た。 ただ し、いずれの場合 もⅢ層 として遺物 を取 りあげ
`
ている。
第 Ⅳ層
明褐色火山灰層。硬 く、粘土化 が進み、角柱状構造 をもつ土壌である。パ ミス
を多 く含み角礫 を混入する
(Ⅳ
a層
)。上部 は第 Ⅲ層 に漸移的に変化 しやや暗い色調 をもつ。
第
2次
調査の
I-4ト
レンチでは最下部に厚 さ
2 cm前
後の茶褐色砂質火山灰層
(Ⅳ
b層
)が
堆積 していることが確認 された。鹿沼軽石層
(本
遺跡では第
V層
)の
最上部には、一般的
に軽石混 りの火山砂 が堆積 している。 したがって、Ⅳb層 は鹿沼軽石層 の最上部 であるか
も しれない。遺物 はⅣ
a層
の下半部 とⅣ
b層
の上面 から出上 している。 なお、
I-4ト
レン
チ と第
3次
調査 では、Ⅳ
a・
Ⅳb層 出土の石器 を区別 して取 りあげたが、それ以外はⅣ層 と
して一括 されている。
第
V層
橙色軽石層。粒径 は比較的大 きく、磨減 していない。鹿沼軽石層 と考 えられる。
以下、暗褐色火山灰層
(第
Ⅵ層
)、八崎軽石層 と考 えられる第
VII層
、風化 して崩壊 した珪
岩の角礫 を多 く混 える火山灰層
(第 VII層
)へ
と続 き、次第に角礫の量 を増す とともに珪岩
の岩盤に到達する。ただ し、土取 りされた露頭 を観察すると場所によっては軽石層 が見 ら
られなかった り、 さらに下位の軽石層 が認め られる地点 もあつた
(巻
頭図版参照L
第
IOI層
は、東西方向に
15度
前後の傾斜 をもつが、第 Ⅲ oⅣ 層ではさらに急になり
20
度 も しくはそれ以上の傾斜 をもつていた。第
2図
版下部の向 山丘陵断面 を見てもわかるよ
うに、一般的な住居のための占地に しては、遺跡の傾斜 が急峻すぎると思われる。 しかも
なお、 このような場所において、かな りの長期 にわたって人類 が石器 を作 り何 かを力□
工 し
た証拠 がみ とめ られるのである。旧石器時代人たちが北向 きの、陽 あた りの悪い場所 をこ
とさらに選んだとい う事実に注 目する必要 があろう。
出土遺物
(1)鹿
沼軽石 層より上位
(I∼
Ⅳ層
)の
出土遺物
第
1表
は、向山遺跡各層
(I-1、
I-1ト
レンチ を除 〈
)か
ら出土 した人工品 および
自然石 と しての珪岩 角礫 の数 である。遺
跡のす ぐ近 くに珪岩 の露頭 があるので、
かな り多 くの角礫 が流 れ おちてい ると考
えてよいであろ う。 しか し、人工品 と自
然石 との比率 は層 と地点 によって異 つて
お り、 自然石 が人 工品 の
100%以
上の場
合、
100%か
ら
50%の
場合、
50%か
ら
30
%の
場合、
30%以
下の場合 な どで ある。
すでに報告 した磯山 と岩戸遺跡 では、人
工品 と自然石 との比率 はそれぞれ
27%お
第
l表
向 山遺跡各 トレンチ、層位別の石 器・ 自然石 出土数
Numbers Of artifacts and natural angular cObbles excavated
at each tench Of tlle Muk5-yama site.
※なお第
3次
調査でVa層
から63点、Vb層
から28点の石器が断面採取 されてい る。表中の αは、1-6・ 1-4ト
レンチ間のカベ第 1層 から出土 した石器 の数である。よび
14%で
あった。両遺跡 ともに河床 か ら台地 上 まで運 ばれた円礫 が人工品 とともに散布
していたの だった。 したがって、 自然石 が人工 品 の
30%以
内の場合 には、崩落 して きた角
礫 はほ とん どない といつて もよいかも しれない○ 何 らかの 目的のために、 自然石 が用 い ら
れたこ とも充分考 え られるか らである。 また、 そ れが
30%を
はるかに越 え、 とくに
100%
以 上 に なつた ときには、露頭 か らの頻繁 な角礫崩 落 に原因 を求 めるべ きであろ う。
出土資料 は石核・ 景」
片・砕片 が主体 となって お り、定形的 な石器 はご くわずかである。
いいか えれば、従来不定形石器 といわれているもの が主体 を占める。 この点 が、向 山遺
跡 出土石器群の大 きな特色 である。
a
ナ イフ形石器
連続的 な二次力□工 によって基部力□工 が施 され、他 に鋭 い縁辺 が残 されている石器。磯山
出土資料 に比 して粗雑 なもの が多 い
(第
8図
版
1、
2)が
、第 Ⅳ層 のナ イ フ
(第
31図
版
1∼
5)は
注意 すべ きものであろ う。
b
彫刻 刀形石器
景」
片 を素材 と して その一端 に樋状景」
離 が施 された石器 であるが、 まれには角礫 を素材 に
したイ
列
(第
32図
版
12)も
ある。多 くは単打型 であ り
(第
8図
版 ア、
8他
)、その他 に は 打
面 を作 って か ら彫刻 刀面 を刻ん だアングル 。ビュア リン
(同
10)、
ね じ廻 し形
(第
21図
版
11)、
1面
と複 数 面 も しくは複数面同志 が交又す る多面体形
(第
8図
版
6、
第
31図
版
7)
などがある。 とくに最後 の 1例 は第 Ⅳ層 出土品 であ り、第40図
版 に その使用痕 を提示 した。
c.錐
形石器
景」
片 を素材 に し、両倶」
にノ ッチ を施すことによって鋭 い尖頭部 を作 り出 した石器
(第
19
図版
12、13)。
ト レ ン チ I ⅡV
lll Mll ︿ ] Ⅱ-2ト
レ ンチ (3×2m)
石 器 自然礫 34 一I-4ト
レンチ (4×15m)
石 器 自然礫I-5ト
レ ンチ (3×2m)
石 器 自然礫 ヽ ヽ ヽ Ⅱ-6ト
レンチ (4×2m)
と Ⅱ-6ト
レンチ 間 の 力べ 石 器 自然礫 173+α ヽ 244 427 52 ︲5 24 97 2005 +αd
スク レイパー
景」
片の縁辺 に連続的 な二次力□
工 が施 されてい る石器。各層 ともその形態 には さまざまな
もの がみ られ、定形的 なもの はない。 ただ し、外弯 す る刃部 をもつ もの が多い傾向 が認 め
られ る
(第
17図
版
7∼
9)。
e
ピエス・ エスキーユ
(くさび形石器
)相対 す る
2縁
辺
(刃
部
)か
らの両極景」
離痕 をもつ石器。小形 で四辺形 を呈 し、両極景」
離
痕 が全面 を覆 う場合 が多 い。景」
片素材 と礫核素材 の もの とがある
(第
8図
版
4他
)。f
折断調整 に よる石器
景」
片の一部 を折断 によって除去 し、残 された鋭 い縁辺 を刃部 と した石器 で ある。折断部
に二次力□工 が施 され る場合 もある。 そ して、刃部 と考 え られ る鋭 い縁辺 に微細 な景」
離痕 の
残 されることが多 い。形態 はさまざまである。 刃部 の角度 を計 測す る と
20∼ 50度
に集 中 し、
35∼ 40度
に ピー クがある。完形景」
片の鋭 い縁辺 の角度 が、
30∼ 65度
にバ ラ ッキ をもつてあ
より、
50∼ 55度
に ピークをもつの と異 なったあ り方 を示 す。 したがつて、比較的鋭 い縁辺
をもつ景」
片 が素材 と して選択 されていた とい える。折断 は
1縁
辺 に留 よるもの が多 いが、
2縁
辺 にわたるもの も存在 す る。 さ らに、 それは景」
片の さまざまな部位 に施 されるが、末
端部 の場合 が最 も多 い。各層 とも石器組成 の多 くを占め、向山遺跡 の石器群 を特徴 ずける
ものである
(第
7、
9、
20図
版
)。9
チ ∃パー
多 くは羊 かん状 に害」りとつた角礫 を素材 と してい る。素材 の長軸の
1端
に片面 か ら連続
的 な景」
離 が施 された、重量感 ある石器
(第
10、18図
版
)。h
二次力□工 ある礫核
礫核 の
1部
に数回の景」
離 が施 された石器 を一括 した。 なお、第
31図
版
13は
両倶」
辺 が折断
され、 さ らに刃部 に微細 な景」
離痕 が認 め られ る特異 な石器 であ ケ
リ、 かつて ブテ イ・ トラン
シェとイ
反称 されたことがある
(岡
村
1974)。
1
敲石
石英斑岩 、砂岩 などの円礫 に顕著 な敲打痕 が認 め られ るもの
(第
7図
版
16、第
29図
版
77
∼
79)。
石 の害」り方―一 景」
片の とり方 については、以下石核 と景」
片の分析 を通 して説明 す る。石
核 は各層 とも、平垣 な景」
離面 または角礫の 自然面 か節理面 を打面 と し、作業面調整 などの
石核調整 はきわめて稀 である。最終景」
離面 の長幅指数 は、
100∼
150の
間 に よとよる。 ここ
では一応 打面 と景」
離作業面の位置関係 か ら、石核 を次の ア類型 に分類 した
(第
45図
版参照
)。第
2表
折断景
1片
の折断部位別比
(ClasJf:ed segments
in each level at ttrench Ⅱ
-6)
of
f
lakes and
their
f
requency
ヽ ︱ ﹁ ︱ ︱ 1 /
側
2
0
断
左
が
折
器
の
角
の
石
鮒
圏
硼
罐
/ 1 ︲ ︲ ︱ ︱ \凡 例
a―-l a―-2 b―
-l b―
-2 c―
-1
c-2 d―
-l d―
-2 d―-3
∪συ∪
gcり
∪σ
目 □ 圃 □ 廊 □ □ 廊 目
49 51 52(イ
固
)層
76 9
82
96 2
94 2
36
35
100(%)
98 6
37
38 (イ
固
) 84 7 347 4 55
63 2 71 1
・ ・ ︲¨¨
¨¨¨
︲ ・¨一
¨︲・一
3
8 92 1
94 1
Ⅲ
層
(%)
(イ固
)100
99 4
5
Ⅳ
層
100(%)
A類
;素
材の 1面 を景」
離作業面 と し、
1縁
辺 か ら景」
片 が打 ち落 されてい る。
2縁
辺 か ら景」
片 が打 ち落 されている。
B類
:素 材 の
1面
を景」
離作業面 と し、相対 す る
C類
―打面の全周 を打点 が まわるもの。
D類
:相
対 す る
2面
を打面 と し、 その打面 の全周 を打点 がよわるもの。
E類
;い わゆる
90度
打面転移の石核である。景」
離作業面の位置関係によ
つて さ らに細 分
-2類
は新
1日の
な く錯交の関係
される。
E-1類
は以前の作業面 が打面 と して利用 されるものであ り、
E
作業面 がほぼ直交 す るものであ り、
E-3類
は作業面 同志 が交又 す るこ と
にあるものである。
F類
;打
面 と作業面 が交互 に入 れかわ り、結果的 にチ ∃ピング・ トウール状 をなす。
G類
;打
面 と景」
離作業面の間 に一定 の関係 がみ られ ない もの。
以上の類型 を層位別 にみ ると、第 Ⅳ層 では点数 は少 ないが
A類
の石核 が主体 を占め、第
Ⅲ層以上 では
AOE類
が圧 倒 的 に多 く
F類
が極端 に少 ない。 なお、石核 に残 された最終景」
離面の数 か ら景」
片の生産 量 を推定 す るな らは
`
、
A類
は
3枚
弱、 その他 は
4枚
前後 であろ う。
第 I∼ Ⅲ層 の景」
片 は、長 さ 。幅 ともに
15∼
6 0cmに 分布 し、 あ より集 中性 はない。長幅
指数 も
100前
後 にば らついて分布 す る。景」
離角 は80∼
125度
に集 中 し、
105度
前後 にピークを
もつ。平坦打面 と風化 した節理面 を打面 に した景」
片 が、全体 の それ ぞれ約
3分
の
1ず つで
あ り、全体 の
15%前
後 が自然面 を打面 とす る。 また、調整打面 をもつ景」
片 は、第 Ⅳ層 にわ
ず か 1例 、第 Ⅲ層 にはほ とん どないが第
I層
で は
10%弱
認 め られる。 なお、打 角、景」
片の
大 きさ、背面の景」
離面構成 などは、石核 の観察結果 に符合す る。縦長 で整 つた景」
片 も しく
は石 刃 は第 Ⅳ層 中にはみいだされない が、第 Ⅲ層以上 か らは多 く出土 してい る。
(2)鹿
沼軽石層以下 の石器群
正
-506ト
レンチの整理結果 か ら見 ると、出土 した石器 は珪岩 の角礫 と板状景」
片 とを
素材 に している。鹿沼軽石層以上の石器 に比較 して 自然面の風化 が著 しい。縁辺 の小景」
離
痕 は貝殻状 の害」
□ を示 す が、素材 の一次景」
離面 は リングやバル ブが発達 しないで、いわゆ
る ヒゲ状 フイ ッシャーが認 め られ る。代表的 なもの を図示 し、分類 された各器種 を以下 に
説明 す る。
a
ナ イフ形石器
板状景」
片 を用 い、倶」
辺 の
1部
に急角度 の二次力□工 が数回施 され、一縁辺 がその まま残 さ
れてい る。後期 旧石器時代 のナ イ フ形石器の祖型 をなす もの と考 え られ る。第
1/1層
か ら
2
点 出土 した。 うち 1例 については使用痕 の写真 を示 した
(第
42図
版
)。b
スクレイパー
板状景」
片の縁辺 に連続的 な景」
離 が施 された石器。 チ ∃パーに比較 して薄手 である。使
用痕 の写真 を第
46図
版 に示 した。
c
チ ∃パー
第Ⅷ層 か ら両面 および両端 にカロエ を施 した典型的 なチ ∃パーが出土 した。使用痕の写真
を第
47図
版 に示 した。
d.尖
頭石器
素材 の一端 に景」
離 が施 され、尖頭部 が形成 されてい る。分厚 い板状景」
片 も しくは角礫 を
素 材 に している。第 Ⅵ・
VIIの
両層 か ら出土 してい る
(第
38図
版
)。顕 微鏡 に よる使用痕の観 察
石器 と自然石 との区別 については、縁辺景」
離 角の測定 に よるバー ンズの方法
(∧
s.
Bar∩
es 1939)あ
るいは コール ズ の
3条
件
(」
M Coles 1968)な
ど が あ り、
これ ら
の方法 によって も向山資料 が人工品 であることは疑 いの ない ところである。筆者 らが数年
来 おこなっている顕微鏡 に よる使用痕の観察 もまた、人工品 と自然石 とを見 わけるための
有 力 な、 あるいは決定的 な方法 となるだろ う。第
39図
版 には、東北大学考古学研究室の使
使用痕研究 チームに よって行 なわれた実験結果 の うち、珪岩製 レプ リカ石器の刃部 にの こ
された使用痕の顕微鏡写真 を掲載 した。 すべて 200倍 に撮 つて あ る。使用痕光沢 は
Aか
ら
F2ま
での 9タ イプに分類 してあるが、 この分類 は阿子 島香 と梶原洋によるものである。 こ
の図版 には、光沢の 9タ イプの他 に、珪岩 の新鮮 な害」れ面、 □―ム泥 中で攪拌 された珪岩
景」
片の面、 そ して珪岩 と砂岩 とを強 く擦 り合 わせ た面 などがカロえ られている。 この よ うな
実験試 料 と出土資料 とを比較検討 して、石器の使用痕 を判定 するのである
(阿
子 島
1981、
阿子 島・梶原
1981)。
まず、最初 に折断手法 に よって作 られた第 Ⅲ層 出上 の石器 をい くつ か取 りあげてみよ う。
折断面の縁辺 には、
20度
か ら
50度
に集 中す る鋭利 な刃部 が生 じてお り、 この部分 か被力□工
物の切削 に用 い られた もの と考 えてよい。第
1図
Iは 石 刃の基部 をの こ して先端部 が折 り
取 られた もので、 その折断面 と腹面の左倶」
辺下端部 との接点 を中心 に して、顕著 な使用痕
がの こされてい る。写真 は折断部の末端近 くの腹面 に見 られる光沢 であ り、第39図
版 の
C
タイプと判定 される。条線 は縁辺 に対 してほぼ直交 す るよ うに走 っている。 おそ らくこの
石器 は被カロエ物 に その尖 つた部分 を当てて、刃の線 にほぼ直行 す る方向に動 かされたので
あろ う。カロ
エの対象 はおそ らく水漬の鹿角 と推定 す ることがで きよう。
第 I図
2は
景」
片末端部 か ら折断 された ものであ り、単 なる景」
片の断片の よ うに見 るかも
第
1図
折断 された最
1片
にみ られる使用痕
(第
Ⅲ層出土)200×
(MiCrOWear polishes on facets of segments Of flakes from level
Ⅲ
)しれない。 しか し、折断面の周辺 はきわめて鋭利 であ り、 その腹面倶」中央部 には写真の よ
うな使用痕 がみ とめ られ る。条線 はやは り刃線 に対 して直角に走 つてお り、光沢 は
Dタ
イ
プである。 おそ らく水漬の骨 あるいは鹿角 を削 るために用 い られたものであろ う。
第
1図
3の
折断 された景」
片 は、腹面の右辺 に鋭利 な刃 を持 つているが、折断部 は景」
片の
先端部 にある。腹面の右辺末端部 と折断面 との接点 に写真の よ うな使用痕 がみ とめ られた。
この光沢 はタイプ
Bで
あ り、条線 は刃の方向 に対 してほぼ直角に走 っている。 おそ ら〈尖
つた鋭利 な部分 を木材の表面にあて、溝切 りの よ うな作業 が行 われたのであろう。
第
1図 4は
景」
片の上半部 であ り、先端部 が折断 されてい る。 この折断面の腹面沿い中央
部 に、写真の よ うなザ ラザ ラ した感 じの使用痕 がみ られ る。条線 は刃線 に対 して斜行 す る
が、 この光沢 は
Cタ
イプに最 も近 い と判断 される。 この石器 はやや斜 に保持 され、水漬の
鹿 角 を削 り取 る作業に用 い られた と推定 され る。
つ ぎに第40∼ 44図
版 に掲載 した使用痕 の写真 についての説明 を力□える。
第
40図
版 は鹿沼軽石層直上の第 Ⅳ層 から出土 した多面体 の彫 刻 刀 で あ る。 No.1お よ び
No 2の
光沢 は、D2タ イプあるいはD!タ イプと考 え られ る。 これ らは水漬 けの骨 も しくは鹿
角 を力日工 した ときに生 じる場合 が多 い。No 3∼ No.6の 光沢 は
Cタ
イプに最 も近 い が、確実
ではない。条線 はいずれ も石器の長軸 にほぼ平行 して走 って い る。 した が って、No lと
No.2の
部 分 が被力□
工物 に接 する状態 で彫刻の作業 に用 い られたもの と推定 す る。
第
41図
版 は第 Ⅲ層 出上 のナ イ フであ り、両倶」
辺 は折断手法 によって形成 されている。腹
面のNo.1と
No 2、
背面のNo.4に み られる光沢 はタイ プ
Cに
ちかい が、面 と して拡 がる部分
が少 ない とい う点 か らみて、別種の末知 の タイプではないかと思 われる。 したがって被カロ
エ物 は不明。条線 は縁辺 に対 してほぼ直交 し、細 〈直線的に走 っている。作業 は削 りであ
ろ う。
No.3と
No.5の 光沢 は
D2タ
イ プに類似 してい る。骨 も しくは水漬 けの鹿 角 が対象物
と考 え られる。条線 はNo 3で は縁辺 に直交 して お り、削 り作業 がおこなわれた と見てよい。
No 5で は条線の方向 は不明 である。 この折断手法 によるナ イフの場合には、先端の刃部 よ
りもむ しろ倶」
辺 の折断部 に おいて明瞭 な光沢 が認 め られ る、 とい う事実 に注 目すべ きであ
ろ う。
第
42図
版 は鹿沼軽石層 よ りも下位 にある第 Ⅵ層 出上 のナ イフにみ られる使 用痕 である。
背面
No lの
光沢 は
Bタ
イ プに近 く、木質 を対象 と した ものであろ う。条線 は縁辺 に対 して
斜行 す るもの が多 い。腹面の
No 3と
No.5に
は明瞭 な光沢 がみ られない が、 このナ イ フの先
端部 は背面 を被力□
工物 に当てなが らの軽 い削 り作業に用 い られたものであろう。腹面左側
辺 にみ られ る
No.2と
No.4の 光沢 は
Bタ
イプと考 え られ、木質の対象 が推定 される。条線 は
No 2で は縁辺 に平行 に走 り、No 4で は平行・ 斜行の両方 がみ とめ られる。 したがってこの
ナ イ フに よって、
木 質 の被カロ
エ物 を主 と して切 る
(cutti∩
9)作
業 と、部 分的 には削 る
(wh ittll∩
9)作
業 とが併せおこなわれたと思われる。第
41図
版のナ イ フと同 じよ うに、 この場
合に も倶」
辺部 に よ り明瞭 な光沢 がの こされてい る事実 は興味ぶ かい。
第
43図
版 は
下層 の第Ⅷ層 出上 の スクレイパー刃部 に見 られる使用痕 である。腹面のNo
lと
No.3、
背面 のNo 4と No 5と
は、すべて類似 の光沢 をもつて お り、
Bタ
イプに近 い もの
である。 しか し一般 に平垣 で、 かつ丸み が少 ないことか ら、
Aタ
イプとも考 え られる。腹
面No 2の 光沢 は
Aタ
イプに近 い。 したがって この石器 は、木質 あるいはイネ科植物 を対象
と した ものであろ う。条線 の方向 は、長軸 に対 して直交 するもの が著 しいが、平行・ 斜行
の もの もかな ク
リ見 られ るので、何種類 かの操作 が複合 していた と考 え られる。
第
44図
版 は、第
III層
出上 のチ ∃パーにみ られ る使用痕 である。腹面
No lと
No 2は
光沢
が島状 に拡 が り、
面的 に連結 す る こ とは な い が、
Bタ
イプに相当す ると見 て よい。 した
がつて木質の対象 が考 え られる。条線 は縁辺 に対 して直交 しているので、削 り
(whltih9)
の操作 が推定 される。背面の
No 3、
No 5、
No 6は すべて発達 した
Bタ
イ プに近 い。条線 は
No 3で は長軸に平行 し、No 5と No 6で は直交 す るものの他 に斜行 もみ られる。対象物 は木
質の もの と考 え られ るが、操作の方向 は複雑 で、何種類 かの動 きが複合 していた と推定 さ
れ る。腹面No 4で は光沢の類別 は困難 であるが、条線 は
No 5、
No 6と
対応 す る。以上の観
察 か らみて、 この石器 は木質の被力□工物 に対 して、主 と して背面への接触 が頻繁 になるよ
うな操作 に よって用 い られた、 と推定 されるのである。木材 を力□工す るための “ちょうな
‖
の よ うな道具 であった と考 え られよ う。
糸
吉言
吾
まさに消 え去 ろ うと している向山遺跡の存在 を矢□って、私 た ちは急拠 その発掘 をおこな
つた。時間的に も、 また費用 の点 か らして も充分 な調査 は望み うべ 〈もなかったが、 とも
あれ或 る程度 の記録 はの こす ことがで きた。向山には鹿沼軽石層 を間 にはさんで、 その上
位 に
4枚
、下位 に
2枚
、計
6枚
の石器包含層 が認 め られた。最上位 の第 I層 は後 に攪乱 を
受 けてい る らしいので、鹿沼軽石層 の上位 に おいて比較資料 としての価
l■Lを もつ もの は第
I、
第 Ⅲ、第 Ⅳ層 か らの出土品 である。石核 と景」
片の属性 分析の結果 か らみ ると、第 Ⅲ層
と第
I層
との間 には、 ほ とん ど変化 が認 め られない。しか し、第 Ⅳ層 と第 Ⅲ・第 I層 の石核
・ 景」片 にはかな りの相違 があるといつてよい。第 Ⅳ層の石核には
A類
だけが認 め られたの
対 して、第 Ⅲ・第
I層
には
A類
か ら
F類
に至 るすべて が含 まれていた。縦長景」片 も しくは
石 刃 が多 く残 されてい るの は第 Ⅲ層以上であって、第 Ⅳ層 か ら出土 す るのは台形 も しくは
不定形の景」
片 だけであ つた。景」
片の一部 を折断 して石器 とす る、いわゆる折断調整石器の
多 いことは、 この遺跡 の特色 とい ってよいだろ う。折断部 の縁辺 にの こされている使用痕
か らみて、鋭利 な刃 を作 ることを意識 して折断 がおこなわれた と考 えることがで きそ うで
ある。 この手法 は第 Ⅳ層 か ら第 Ⅲ層 までの、すべての層 に認 め られた。定形的 な石器の数
がす くないので、器種別 にみた場合の、各層間の相違 については明 らかでない。ナ イフ、
彫刻 刀、 スクレイパー、折断手法 による石器、チ ∃パー、敲石 などはすべて第 Ⅳ層 か ら第
Ⅲ層 までに普辺的 に含 まれてい ると考 えてよいだろ う。
鹿沼軽石層 よ り下位 の第 Ⅵ層 および第Ⅷ層 の資料 については、出土数 がきわめて少 ない
ので詳 しいことは不明 である。珪岩の角礫 を用 いたチ ∃パーや尖頭石器、 そ
lて
板状景」
片
を用 いたナ イフやスク レイパー が認 め られ、 これ らは星野遺跡の下部文化層群 出土資料 と
よつた く同 じものであろ うと考 え られる。星野 では多量の出土資料 があ り、現在 なお進行
中の整理 が完了 しだい、詳 しい報告 を発表 す る予定 である。鹿沼軽石層 の上位 にみ られる
ナ イフや彫刻刀 そ して折断手法 による石器の祖型 は、すべて星野下部文化層群の石器の中
にあるとい うこと、 また岩宿 Iや 磯山 か ら出土 した局部的 な磨痕のある石斧の由来 もそこ
か ら辿 ることがで きるこ と、 などが遠 か らず明 らかに されるであろ う。
この向山遺跡において、
5万
年以上前の はるかな昔 か ら人類の生活 がい とな まれて きた。
石器 に残 された使用痕 か らみれば、旧石器時代 人 はチ ョバーで木 を削 り、ナ イ フで木 や骨
角 を力□
工 し、彫刻刀で骨角に細工 し、大形 スク レイパーでイネ科植物 も しくは木 を切 る、
とい うよ うな作業 をおこなった と推定 され る。 しか し、 この向山 は急斜面 に遺跡 がの こさ
れて お り、常時住 むための場所 と しては陽当 りもよ くないので、何 か特別の 目的 をもつた
場所 ではないかと考 え られる。 この遺跡 に立 ってみ ると、北東 か ら南東 に かけての眺望 が
きわめて良好 であつて、南 は古河方面 か ら北 は宇都宮方面 までほぼ―望の もとに見 わたす
ことがで きる。 したがつて鹿沼軽石層以前の古東京湾 の時代 にあっては、海辺 を移動 す る
動物群 が見 られたであろ うし、鹿沼軽石層以後 の時代 には□―ム台地 に棲 息す る動物群 を
視 野の中に捉 えることがで きたであろ う。 おそ らくこの向山遺跡 は、旧石器時代人の動物
群 見張 りの場所 と して しば
`
しば用 い られ、 ときには石器 を用 いての さまざまの作業 がそこ
で おこなわれたのであろ う。
この資料集 を刊行するにあた り、向山遺跡の発見者桜井晴氏 および、発掘調査 に さい し
て種 々御配慮 を賜 つた栃木市教育委員会にたい して、深甚の謝意 を表 するものである。 ま
た、発掘 か ら整理 までの間に協力 を惜 しまれなかった、横 山英介氏 をは じめ とする多 くの
研究室関係 の方 々に感謝 したい と思 う。
第
3表
折断 最
1片
の長幅分布
(Dist面buuon of length and width of segments of ttakes)
い→
長 さ (個) ′<10
10≦ ′<15
15 20
20 25
25 30 30 3535 40
40 45 45 50 50 55 55 6060 65
65 70 70 75 75≦ ′<80
80≦ ′ (mm) Ⅱ 層第
4表
折 断 剥 片 の 厚 さ分 布
(EDistribution of thickness Of
segments of flakes)
(個) θく5
5≦ θ<10
10 15
15 20
20 2525 30
30≦ ′<35
35≦ ′ (mm) 幅 長 さ (個 ) ′<10
10≦ ′<15
15 20
20 25 25 30 30 3535 40
40 45 45 50 50 55 55 60 60 65 65 70 70 75 75≦′<80
80≦ ′ (mm) Ⅲ 層 (mm) 厚 さ 10 (個) θ<5
5≦ θ<10
10 15
15 20 20 25 25 30 30≦ θ<35
35≦ ′ (mm) mm)熟
5
。
﹁
︲
︲
∃
口
Щ
︲
J
Ⅲ
Щ
I
I
l
d
尉
﹁
︱
Ⅳ 層 (個) θ<15
15≦ ρ<20
20 25 25 30 30 35 35 40 40 45 45≦ θ<50
50≦ ′ (mm) 幅 0 5 一︱
幅
劇
F
l
(個) コ<5
5≦ρ<10
10 15
15≦′<20
20≦ ′ (mm) 凡例 折断 調整 石器 (刃角20∼50の
もの)古
rそ
の他
腱 0 5 貯 問 F 目 目 目 F I I . . ︲ Ⅳ第
5表
折断景
1片
の刃角分布
鈍 い方([)iStribution of edge
鋭い方 10segments
of
flakes)
angles of
$€r.'t
50
(個) α<20
20≦α<25
25 30
30 35
35 40
40 45
45 50
(イ固) α<20
20≦α<25
25 30
30 3535 40
40 45
45 50
第
6表
Ⅱ層 の完 全 景
1片
の 刃 角分 布
(任意の50点
)(Distribution of edge angles of complete flakes
from level Ⅱ
) 鈍い方 lR,r\,
(個) α<20
20≦α<25
55 60 65 70 75 80 85 90 50 55 60 65 70 75 80 85 30 3535 40
40 4545 50
50 55 90 95 95≦α<100
100≦重α (度) 90 95 95≦α<100
100≦α (度) 鈍 い方 鋭 い方 (イ固) α<20
20≦α<25
25 30 30 35 35 4040 45
45 50
90 95
95≦α<100
100≦三α (度)第
7表
折 断 調 整 石 器 の 類 型 別 の 折 断 部 の加 撃 位 置
(SituatiOns of striking points Of segments
of flakes)
層 類 型 背 倶l 腹 + 腹 腹 + 背 背 + 背 Ⅱ 層 a-1a-2
│b-1
2
b-2
C―-1
1c-2
1d-1
d-2
│d-3
Ⅲ 層 a― │5
a-2
2
1b-1
b-2
C-1 4c-2
1d-1
1d-2
d-3
1 V 層a-1
1b-1
1 50 55 60 65 70 75 80 85 90 55 60 65 70 75 80 85 90 95 95≦α<100
100≦≦α (度)第
8表
石 核 の最終象
1離
痕 の長 幅分 布
(Dist面bu■on of length
長 さ 輌m) 80and width
(イ固)of the final flake scars on
幅
長 さ (イ固)
platforms
of
(イ固) ′<10
10≦ θ<15
15 20 20 25 25 30 30 35 35 40 40 45 45 50 50 55 55 60 60 65 65 70 70 75 75≦ θ<80
80≦′ (mm)flakes)
138 149 (1固)100(%)
70 (イ固)909 100(%)
3 (イロ)100(%)
cores)
幅 長 さ ′<10
10≦ θ<15
15 20
20 25 25 30 30 3535 40
40 45
45 50 50 55 55 6060 65
65 70 70 75 75≦ ′<80
80≦′ (mm) ′<10
10≦′<15
15 20 20 25 25 30 30 35 35 40 40 45 45 50 50 5555 60
60 65 65 70 70 75 75≦ θ<80
80≦ θ (mm)景
1片
の打面の状態
(St百king
55 67第
9表
O
Ⅱ 層 I 層 V 層 凡lll 平 坦 調 整 33 3 自然節理 自 然囲 □ 圃 □ 圃
第
10表
石 核の打面状態
(Striking platforms
of
cores)
●●
・ ●
t
.● .● .● 。 9 層 類 型 平 言周 自節 自鰤
+平
平
+
平
調
十
平
平
+
自
師
十師
平十
調+
輸
I 層 ∧ 14
B
2
1 │4
C
1 12
D
│ l E3
7
2
2
F 1 1G
4
2
1 18
Ⅲ 層 ∧ 112
4
B
2
2
2
6
E3
14
G
1 12
4
V 層A
4
15
第‖表
石核と景
1片
の剥離角
(Dist百buuon of ttaking an」 es of COres and ttakes)
O (イ
固) O
α<
40≦α<
45 50 55 60 65 70 75 80 85 90 95 1 100 1 105 1110 1
115 1
120 1 125 1 130 1 135≦α<│
140≦≦α (度) 剥 片5 0
石 核0 5
(イ固) O
α<40
40≦α<45
45 50
50 55
55 60
60 65
65 70 70 75 75 8080 85
85 90 90 95 95 100 100 105 105 110110 115
115 120 120 125 125 130 130 135 135≦α<140
140≦彗α (度) 40 45 50 55 60 65 70 75 80 85 90 95 00 05 10 15 20 25 30 石 核 (イ固) α<50
50≦α<55
80 8585 90
90 95
95 100 100 105 105≦α<110
110≦α (度) Ⅳ 層第12表
剥片 の長 幅分 布
(Distibution
of
length
and
width
of
flakes)
O 固 0 長 2 Ⅱ 層 長 さ 20 10 ρ<10
10≦′<15
15 20 20 25 25 30 30 35 35 4040 45
45 50 50 55 55 60 60 65 65 70 70 75 75≦ θ<80
80≦ θ (mm) (個) θ<10
10≦ θ<15
15 20 20 25 25 30 30 35 35 40 40 45 45 50 50 55 55 60 60 65 65 70 70 75 75≦ θ<80
80≦ θ (mm) (個) θ<10
10≦ θ<15
15 20 20 25 25 30 30 35 35≦ θ<40
40≦ θ (mm) Ⅲ 層 幅 長 さ Ⅳ 層第 13表
石 核 の 類 型 別 に よ る剥 片 生 産 数
(Numbers of detached flakes based
(石
核
1個
あたりの最
1離痕の平均数
)
※
C石
核の個数
on the scars on cores)
②景
1離痕の合計
Ⅱ
層
(枚)6543210
②
①
類 型①
②
Ⅲ
層
012345(枚
)2 52
A
2 29
4
B
6
5127
7 00
2
C
6
│D
E
4
3 75
2 00
2
1F
8
G
4
3 25
第 14表
示
1片
の 類 型 別 に よ る景
J片
生 産 数
(Numbers of detached flakes based on
(象1片