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2013年カンボジア総選挙における市民社会の戦術転換 (特集1 カンボジア国家建設の20年)

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(1)

2013年カンボジア総選挙における市民社会の戦術転

換 (特集1 カンボジア国家建設の20年)

著者

上村 未来

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

219

ページ

12-15

発行年

2013-12

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003560

(2)

●はじめに

  民主主義が世界的な潮流となっ た冷戦終焉以降、公平な競争のも とで選挙を実施し、政府を樹立す ることが、特に体制移行を経験し た国にとって統治の正当性を示す 重要な指標のひとつとなった。そ して、その選挙自体の正当性を裏 付けるには、国内外の選挙監視団 体による「自由かつ公正な選挙で あった」という評価がほぼ不可欠 だといってよい。   国連カンボジア暫定統治機構に よる制憲議会選挙を経て民主体制 に移行したカンボジアでは、本年 の総選挙も含め、過去二〇年間に 実施された全ての国民議会選挙お よび行政区/地区選挙を、国内外 の選挙監視団体が監視してきた。 国際選挙監視団の活動や評価が着 目される一方、カンボジア人によ る 選 挙 監 視 団 体( Election Mon -itoring Organizations : E M O s)は、草の根レベルまでネット ワークを拡げ、選挙のない時期も 活動を継続させ、活動範囲、資金 規模ともに拡大し、団体として成 長を遂げてきた。   これまでEMOsは、個々に活 動を展開した一方で、共同声明な ど団体の枠を超えた協力関係が単 発的にはあっても、体系的には協 働してこなかった。しかし、本年 の選挙では従来と異なる市民社会 の動きがみられた。選挙前後の期 間、主要なEMOsを中心に四〇 以上のNGOが参加するプラット フォームが設置され、組織的な連 携が実現したのである。   本稿は、本年の選挙における市 民社会の傾向を特徴づけるため、 EMOsの発足経緯と活動傾向を 確認し、彼らが結束した背景と今 回の活動内容を以下で検討する。

一.EMOsの誕生と分裂

  まずEMOsの全体像を概観し たい。結論を先取りすると、EM Osはカンボジアの主要な人権N GOが母体となって発足し、各団 体の出自によって三つのグループ が形成されたことになる。なお、 ここでグループとよぶのは、各E M O s は 複 数 の 団 体 が 加 盟 す る ネットワーク組織のためである。   第一のグループは、一九九一年 に設立されたカンボジア人による 初の人権NGO、カンボジア人権 開発協会(ADHOC:アドホッ ク)が母体となって発足したカン ボジア自由公正選挙委員会(CO M F R E L: コ ム フ レ ル ) で あ る。制憲議会選挙で選挙人教育や 監視活動を経験したアドホックが 中心となり、その後実施される選 挙の監視のため、一二団体が加盟 するコムフレルを、一九九五年に 立ち上げたのであった。   第二のグループは、アドホック の 三 カ 月 後 に 誕 生 し た 人 権 N G O、カンボジア人権促進擁護連盟 ( L I C A D H O: リ カ ド ) が 設 立した、カンボジア自由公正選挙 のための中立公平委員会(NIC FEC:ニクフェック)である。 リカドはアドホック同様、制憲議 会選挙で監視活動を経験し、コム フレルの発足当初メンバーの一員 であったが、一九九八年の総選挙 の約一カ月前、戦略に関する意見 の違いからコムフレルを離脱し、 芸術関連の協会、大学などをメン バ ー と す る 別 の 選 挙 監 視 ネ ッ ト ワークを形成したのである。   第三のグループは、カンボジア 人権研究所(CIHR)や社会開 発センターを中心に、一二五団体 が参加して一九九五年に発足した カンボジア自由公正選挙連盟(C O F F E L: コ ッ フ ェ ル ) で あ る。当初コッフェルは、コムフレ ル、ニクフェック同様、活発に活 動していた。しかし二〇〇二年以 降、汚職事件や職員へのセクハラ 容疑でコッフェル事務局長が更迭 されただけでなく、ネットワーク の中心であったCIHRの不正会 計事件などが原因で、二〇〇三年

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(3)

にはコッフェル、CIHRともに 活動を停止した(参考文献①) 。   先述のとおり、EMOsが三つ に分かれた背景には、その中核メ ンバーの出自による考え方や方針 の違いがある。すなわち、第一の グループは、内戦期をカンボジア 国内で過ごした人々が形成したこ とに対して、第二のグループはフ ランスで、第三のグループはアメ リカで内戦期を主に過ごし、和平 協定の締結をきっかけに帰国した 人々が中心になったのである。

二.EMOsの活動

  先に触れた、EMOsの協力関 係が単発的であったとは、具体的 にどのようなことなのだろうか。 団体間の協力という点から活動を みていく。   EMOsは、選挙の各過程(① 選挙人の登録、②選挙運動期間、 ③投開票日)の監視のみならず、 選挙後の政党間の交渉や議会運営 の監視などにも活動の射程を拡げ ている。①の時期は、登録状況の 監視や選挙人教育活動、②、③の 時期は、政党や選挙運営側が規定 どおりに活動しているか監視し、 一 連 の 活 動 か ら 得 た 情 報 は、 メ ディアを通した情報発信や、政策 提言活動などに活かす。①〜③の 過程においてEMOsは各自で活 動するが、情報発信と政策提言活 動は、団体間の協力関係がみられ る。   例えば、情報発信のツールとし てコムフレルが二〇〇一年に開始 し た ラ ジ オ プ ロ グ ラ ム、 「 市 民 社 会の声」では、他団体からコメン テーターを招いて政治や人権問題 な ど に つ い て 議 論 を 交 わ し て お り、団体の枠を超えて協働してい る。また、政策提言では、一九九 九〜二〇〇〇年にEMOsが共同 で取り組んだ例がある。EMOs は二〇〇二年の行政区/地区選挙 を 見 越 し、 ① 個 人 候 補 者 へ の 投 票、②女性の政治参加、③国家選 挙委員会(NEC)の改革の三点 に絞って提言することを決め、当 時の主要三政党(人民党、フンシ ンペック党、サム・ランシー党) 指導部との面会など、ロビー活動 を行ったのである。ただし、共同 で取り組むことで提言内容が受容 されるとは一概にいえず、先述の 三点はいずれも実現しなかった。   二〇〇七年の選挙以降は、選挙 人名簿のミスや名簿から名前を削 除され、投票所に行っても投票で きなかった選挙人が続出し、選挙 人 名 簿 の 質 が 大 き く 問 題 視 さ れ た。これに関してEMOsは合同 調査を開始し、二〇〇八年の調査 で名簿上の名前のうち約二二%に 誤りがあると発表し、NECに対 して改善を要求し続けてきた。本 年の選挙では二重登録が多く発生 し、プノンペンには登録率が二〇 〇%以上の地区もあると英字新聞 で伝えられると、名簿の作成と更 新を担う行政区/地区評議会議長 職 の 九 七 % を 人 民 党 が 占 め る た め、恣意的あるいは組織的な改ざ んが以前に増して疑問視されるよ うになった。このようにEMOs は、実態を調査して問題を可視化 できても、問題の改善にまで影響 力 を 行 使 で き な い の が 実 情 で あ る 。   では、なぜ本年の選挙において EMOsの連携が実現したのか、 次節で検討する。

三.

 状況分析室(

Situation



Room

)の設置背景

  本年の選挙では、EMOsや人 権 N G O な ど 四 一 団 体 が Situa -tio n R o o m と い う プ ラ ッ ト フ ォ ー ムに参加し、市民社会の分析や声 明を一つにする形をとった。一般 的に戦時下では、最前線の戦況の 情 報 を 統 括 す る 司 令 部 が Situa -tio n R o om と よ ば れ る 。 選 挙 監 視 NGOは、その比喩として選挙に お け る Situation Room と い う 名 称 を 用 い た( 参 考 文 献 ③ )。 Situ -ation Room は 情 報 統 括 や 迅 速 な 対 応 を 目 的 に 設 置 さ れ た こ と か ら、本稿は状況分析室と訳す。   状 況 分 析 室 が 設 置 さ れ た 背 景 は、次の三点に集約できる。すな わち、第一にNGO内部の課題に 対する認識、第二に政府系の団体 からの間接的な圧力、第三にNG Oの国際的なネットワークからの 影響である。   一点目については、筆者のニク フ ェ ッ ク 事 務 局 長 へ の イ ン タ ビ ュ ー か ら 読 み 取 る こ と が で き る。彼は状況分析室のもとにNG O が 集 結 し た 理 由 を、 「 こ れ ま で、市民社会組織がまとまってい なかったため、声明の影響力が薄 れてしまった。今回、市民社会の 声を一つにすることで、より力を 持つことになる」と語った。ここ から、前節で述べた政策提言や選 挙人名簿など、選挙制度の根幹に 関わる問題へのEMOsの影響力 の限界もあり、彼自身がEMOs のリーダーの一人として、従来の 取り組みでは不十分であったと認 識していたと考えられる。

二〇一三年カンボジア総選挙における市民社会の戦術転換

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い 官 制「 N G O 」 :GONG 区 / 地 区 選 挙 に 先 立 許 可 認 定 の 権 限 を 有 で G O N G O を 設 立 目( eye of justice ) 表 さ せ た( 参 考 文 献 に 登 録 し た 国 内 監 視 フレルとニクフェックの二団体だ け で 国 内 監 視 員 の 約 七 割 を 占 め た。しかし、団体数は明らかにG ONGOが上回っており、大多数 の「NGO」が選挙に対して肯定 的な評価をすれば、それが全体的 な評価とみなされ、選挙の正当性 が認められる可能性が高いのであ る。また、本年の選挙では、学生 を動員した団体のカンボジア民主 学生有識者連盟が、正義の目のも と、 各 地 で 監 視 活 動 を 行 っ て い た。人民党のホームページには、 同連盟が投開票日の翌々日にいち 早 く 発 表 し た、 「 選 挙 は 自 由 か つ 公正であった」と評した声明のほ か、約二〇団体から同様の声明や 選挙過程を支持する内容の文書が 掲載されている。   三点目は、他国のNGOからの 影響である。ジョージ・ソロスが 創設したオープン・ソサエティ財 団の傘下であるオープン・ソサエ ティ・イニシアティブ(OSI) のプログラムの一環として、アフ リカ地域で選挙監視活動を行うN GOが、本年五月にコムフレルを 訪問し、同地域での経験を共有し た。ナイジェリア、リベリア、セ ネガルにおいて、二〇一一〜二〇 一二年に実施された選挙では、O SIの支援もあり、NGOなどの 市民社会組織が集結し、選挙関連 情報の収集と統括、即時の分析な どを目的とした状況分析室を二週 間限定で設置した。NGO間の調 整が成功した事例に触発されたコ ムフレルは、二カ月後に迫ったカ ンボジアの総選挙でも同じように 取り組みたいと考え、賛同団体を 募って各自で資金を出し合い、四 一団体が参加する状況分析室の設 置にこぎ着けたのである。   では、本年の選挙における状況 分析室の活動と成果は、いかなる ものであったのだろうか。

四.状況分析室の目的と活動

  ま ず、 状 況 分 析 室 の 設 置 目 的 を、彼ら自身がどう表現している か確認したい。コムフレルが配信 し た 企 画 概 要 に よ れ ば 目 的 は、 「 真 に 独 立 し た カ ン ボ ジ ア 市 民 社 会 組 織、 そ の 他 の ス テ ー ク ホ ル ダー、専門家などが集まり、それ ぞれの情報を最大限に集約し、選 挙期間に合同で評価し、提言する ためのプラットフォームを設置す ること」である。この「真に独立 したカンボジア市民社会組織」と い う 表 現 か ら、 「 真 に 独 立 し て い ない」組織と、状況分析室に参加 する団体との差別化を図ろうとし ていることが分かる。これは、先 述した正義の目などGONGOの 存在が念頭にあるのだろう。   次に、状況分析室の活動につい て概観する。七月二六〜二九日、 コムフレル本部には、状況分析室 の 拠 点 と な る テ ン ト が 設 置 さ れ た。この四日間、コムフレル、ニ クフェックをはじめとする主要な NGOメンバーが拠点に集まり、 一 〇 時、 一 五 時 に 状 況 分 析( メ デ ィ ア 関 係 者 も 出 席 可 )、 一 七 時 に分析結果を発表した。彼らは、 各団体のメンバーから得た各地で の活動状況の情報を、随時この拠 点で共有していったのである。独 立系の英字紙が、定期的に彼らの コ メ ン ト や 分 析 を と り あ げ る 一

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方、与党寄りの現地語新聞には状 況分析室のメンバーではなく、選 挙の過程を賞賛する内容を述べる 監視員のコメントが掲載された。   状況分析室は当初、八月九日に 選挙の総合評価を発表して終了す る予定であったが、投開票日の速 報で野党・救国党の大躍進が伝え られ、同党が結果の受け入れを拒 否して大規模な抗議行動を始めた ことから、情勢の監視、分析、提 言 活 動 を 続 け た。 八 月 一 二 日 に は、選挙後の情勢に対する戦略会 議が開かれ、コア・グループおよ び 部 門 別 グ ル ー プ の 編 成 を 決 め た。コア・グループには選挙監視 団 体 で あ る コ ム フ レ ル、 ニ ク フェック、そして人権NGOのア ドホックやリカドなどがメンバー となった。部門別では、①救急対 応、 ② 人 権、 ③ 状 況 監 視、 ④ コ ミュニケーション、⑤ロジスティ クスの五つに分け、重複して所属 する団体も含め、五〜一〇の団体 が各部門の担当となった。救急対 応のグループは、野党が大規模な デ モ を 行 っ た 際、 医 師 や ボ ラ ン ティアを待機させて緊急時に備え るなど、市民社会組織の特性に応 じてうまく役割を分担できたよう である。   また、救国党の大規模な抗議活 動を受け、八月上旬に全国に治安 部隊が配備され始めた事態に対し て懸念を表明するため、状況分析 室に参加するNGO代表者一〇名 は、八月八日に救国党、翌日に人 民党の指導者と会談した。過去に 人民党がNGO主催の会議に出席 することはほとんどなかったが、 この会合には治安部門の最高責任 者であるソー・ケーン副首相兼内 務 相 が 応 じ た 点 で 画 期 的 で あ っ た。対談後には、メディアからの 囲 み 取 材 を 受 け る 形 で、 ソ ー・ ケーンと一〇名のNGO代表者が 並んで質問に答え、その様子が国 営テレビで繰り返し放送された。 このなかでソー・ケーンはNGO を「開発パートナー」と表現し、 NGO側が訴えた政党間の緊張緩 和について、救国党との話し合い は進行中だと伝え、NGOは主に ア ド ホ ッ ク 兼 コ ム フ レ ル の 代 表 が、市民社会は事態の暴力化を最 も懸念していると話した。   こ の 会 合 が 実 現 し た 背 景 と し て、人民党の視点では、主要な団 体が集うNGOの窓口が一つにな りコンタクトしやすかったことに 加え、大幅に議席を減らした状況 のなかで国内外に好印象を与える ために、市民社会との良好関係を アピールしたと考えることができ る。一方NGOの視点では、これ までになく人民党が追い込まれた 環境を好機と捉え、NGO間の結 束を維持することで、NGOの主 張を広く訴えることができた。従 来、国政を左右する選挙直後の状 況下で人民党の指導部が、NGO の面会に応じることもなければ、 NGOと並んで話す場面が国営放 送で流れることもなかった。今回 の会合は、市民社会をめぐる環境 の変化の兆しを窺わせた。

●おわりに

  選挙における市民社会の従来の 形と比較すると、状況分析室とい う今回の取り組みは、確実に一歩 進んだものであり、先述した人民 党 指 導 者 と の 会 合 に も つ な が っ た。しかし、同会合は選挙結果に よる政党の姿勢の変化も影響して おり、NGOが集結した成果であ るとは一概にはいえない。また、 二〇一三年一〇月時点で救国党が 選挙の正当性を認めておらず、政 党 間 の 交 渉 が 妥 結 し て い な い た め、状況分析室は解散せずに監視 活動を続けている。本年の選挙に おける、市民社会の戦術の変化と その効果をより適切に分析するに は、NGOが状況分析室という内 部の統制を保つことができるか否 かも含め、今後のNGOの動きと 政治情勢を多角的かつ長期的にみ ていく必要がある。 ( か み む ら   み く / 上 智 大 学 大 学 院 博 士 後 期 課 程・ 日 本 学 術 振 興 会 特 別 研究員) 《参考文献》 ① 熊 岡 路 矢 ・ 山 田 裕 史 [ 二 〇 〇 三 ] 「 平 成 一 五 年 度 草 の 根・ 人 間 の 安全保障無償資金協力外部調査 委 嘱 報 告 書 」 カ ン ボ ジ ア 市 民 フォーラム。 ② 山 田 裕 史[ 二 〇 〇 七 ]「 民 主 化 支援の逆説:カンボジアにおけ る国際選挙監視を事例に」金敬 黙・福武慎太郎・多田透・山田 裕史編著『国際協力NGOのフ ロンティア:次世代の研究と実 践のために』明石書店、一四四 ―一七四ページ。 ③ O p en S o cie ty I n iti a tiv e fo r W es t A fr ic a (O S IW A ) 2 0 1 2 . “M ak in g E le ct io n s C o u n t: A G u id e to S et tin g U p a C iv il S o ci et y E le ct io n S itu a tio n Room ”, OSIW A.

二〇一三年カンボジア総選挙における市民社会の戦術転換

表 さ せ た( 参 考 文 献に登録した国内監視 フレルとニクフェックの二団体だけ で 国 内 監 視 員 の 約 七 割 を 占 めた。しかし、団体数は明らかにGONGOが上回っており、大多数の「NGO」が選挙に対して肯定的な評価をすれば、それが全体的な評価とみなされ、選挙の正当性が認められる可能性が高いのである。また、本年の選挙では、学生を動員した団体のカンボジア民主学生有識者連盟が、正義の目のもと、各地で監視活動を行っていた。人民党のホームページには、同連盟が投開票日の翌々日にいち早く発表した、「選

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