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ゼロ環境フィールドワークからの歩み (フィールドワーク心得帖 第10回)

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Academic year: 2021

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ゼロ環境フィールドワークからの歩み (フィールド

ワーク心得帖 第10回)

著者

森 壮也

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

184

ページ

48-49

発行年

2011-01

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00004338

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48

アジ研ワールド・トレンド No.184 (2011. 1)

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  入所以来、これまで二つの領 域でフィールドワークをしてき た。最初の一〇年間は、工業化 と産業組織の領域で主として産 業政策管轄官庁と製造業の現場 である。つぎの一〇年間は、対 象ががらりと変わり、障害の領 域で、当該国の障害者政策担当 官庁や当事者団体・各障害者の 家庭である。しかし、いずれに おいても私が置かれている条件 は変わらなかった。何より外国 人である。そして私は耳が聞こ えない障害当事者であった。 ● インタビューのできないゼ ロの環境   アジア経済研究所に入所し て、途上国の産業政策の現場に 投入された私を待っていたの は、シニアの先輩方の言ってい る こ と も 、 現 地 で の イ ン タ ビュー相手の言っていることも さっぱり分からないというシビ アな現実である。生まれつき耳 が聞こえない私はそれまで、大 学時代には手話サークルを自ら 創設し、そこの人達に手話や聞 こえない人達のことについて教 え、代わりに彼らにノートテイ クや手話通訳をしてもらって大 学のバリアフルな環境と戦って きた。しかし新たに仕事の現場 に足を踏み入れると、こうした それまで築いてきた環境はすべ て遙か彼方である。そうしたゼ ロの環境から仕事をしていける 環境をその場、その場で作って いくことから私のフィールド ワークは始まった。   まず自分と同じような条件の 研究員はいないので、他の研究 員の条件に合わせると私は圧倒 的に不利な状況に置かれること がだんだんと分かってきた。現 地に複数人やグループで出かけ て行ってインタビューをすると いう当時のシニアの人達とは一 線を画する必要がまず自分には 出て来た。この方々の後塵を拝 しているだけでは、自分の条件 に合ったフィールドワークはで きない。聞こえる人達がすでに インタビューを終えていた内容 であっても、こちらにはそれは 聞こえていないのだから、彼ら と一緒ではそれを二重に聞く羽 目にもなってしまう。そのため には、単独で調査に行かせても らわなくてはならない。そのた めの実績をあげる機会を待ち 、 サービス貿易に関する調査の際 にそうした機会がついに訪れ た。他に誰も行ける人員がいな かったのである。フィールドで あるフィリピンで中銀や統計局 などを精力的に回り、自分が聞 こえないことを説明して、紙と ペンをフルに駆使しながら得る べきデータを持ち帰って、報告 書を執筆。ようやく単独での海 外出張が、それ以降許されるよ うになった。フィールドワーク のために必要な環境も、順番も 聞こえないものに合わせた先駆 者のいないフィールドワークの 調査論を組み上げていかなけれ ばならなかった。 ●ICTと手話   つぎに私が取り組んだのは 、 IC T の 積極的利用と現地にお ける手話通訳の採用である。当 時、まだインターネットは普及 していなかったが F AXが多く の現地企業のオフィスに入り始 めていた。日本からノートパソ コンを持ち込み、ホテルの部屋 の電話回線を︵無断︶改造して モジュラー ・ジャックに変換 。 部屋から F AXを各企業のオ フィスに送りまくり、電話がで きない状況をカバー。日本から やってきた耳が聞こえない調査 員にさぞ、現地での応対の担当 者たちはびっくりしたのではな いだろうか。しかし逆にそのこ とで、こちらの熱意を訴えるこ とには成功し、思いもかけぬ裏 話や相談を持ちかけられること もしばしばであった。なかには 退職後の身の振り方を相談して きた部品メーカーの現地人役員 もいた。   また 研 究 所にあ る 現 地 語研 修 の制 度を利用し て 二 年 間 、 タ ガ ログ語 を 学 ん だも の の 、 相 手 が

ワー

フィリピンの家族全員がろう者のデフファミリーのメンバーと。

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アジ研ワールド・トレンド No.184 (2011. 1) 話す 言葉 は 聞 こ え な い だ け に 、 スムー ズ な コ ミ ュ ニ ケ ーシ ョ ン には ま だ バ リ ア が あ っ た 。 しか し、 ここ で 意 外 な 展 開 が 出 て く る。 観 光 ス ポ ッ ト も ほ と ん ど な い国 が 担 当 で あ っ た た め 、 現 地 に何 年も毎 年 のように通うう ち、週 末 は、現 地 の ろ う 者 達 の コミ ュ ニ ティとの 関 わ りの な か で過 ご す のがあた り前にな っ て いた 。 言 わ ば 、 コ ミ ュ ニ テ ィ の なか に 入 り込ん で の フ ィ ー ルド ワーク を し て いた ことになる 。 そうしたなか 、 手 話通訳 の 制 度 が現 地 で はま だ不 十 分 な こ と な ど 日 本と の違 い を 教わ る機 会を 得ただ け でなく 、 良 い 優 れた手 話通 訳者 に も 出会う こ とが で き た。 こ う し た 人 達 を 伴 って 地 場 の企業 へ の イ ン タ ビ ュ ーもする ようにな っ た 。 現 地 の 手 話 を マ スター で きたから の こ と で ある が、 この 手 話 通 訳 者 は 同 時 に 現 地音声 言 語 、 タガ ロ グ 語 の ネ ィ ティ ブ ・ ス ピ ー カ ー で も あ る 。 イン タ ビ ュ ー の 際 に 現 地 語 で もっ て 、 貴 重 な 製 造 業 の 現 場 や ネット ワ ー ク につ いて の 情 報 を 得ら れ る よう に な っ て い っ た 。 特に人 の 紹 介 では 現 地 製 造 業 者 が自分や紹 介 先 の 相手 が英語 が 不得手 で あ っ て も 安心 し て 知 り 合いを 紹 介 し て く れ る と い う 効 用も あ っ た 。 ジプ ニ ー の ド ラ イ バーの 親 方 の 団 体 へ の ア ク セ ス や対 立する部品 業界団 体 の 裏 事 情などすぐ に は論文 に は し に く い情 報 等 、 フ ィ ー ル ド ワーク の 楽し さ も 深ま りを 見せ て い た の もそんな頃で ある。 ● 障害というフィールドワー クへ   一方で、手話通訳を自分は利 用できても多くの地元のろう者 たちは政府との交渉の時です ら、手話通訳を十分に利用でき ないという現実にも気が付きつ つあった。また偶然にも、ろう 者以外の障害リーダーたちが 様々な取り組みをしていること を関係者から聞く機会もあっ た。そうしたなか、国際協力機 関での﹁障害と開発﹂に関わる 会議に出る機会があったことも あり、この分野でのフィールド ワークにも乗り出したのであ る。それまでの言わば、きれい な舞台とは異なり、貧困世帯の 調査も含むまさに途上国らしい 現場である。 また政府機関では、 様々な政策が予算の不足や人材 配置の問題などにより、うまく 動かないでいることを目のあた りにできた現場でもあった。   日本の障害当事者のコミュニ ティでの経験を通じて、様々な 障害の問題、それへの解決の方 向等についても人並みに学んで は来ていたが、途上国の貧困と 大きく関わる現場だけに日本に はない制約が多数 、そこには あった。障害分野では、アクセ シビリティへの配慮が大前提と なる。これはつまり、聞こえな い人には手話通訳なり、目で見 て分かる資料、目が見えない人 には点字なり音声による資料や 拡大資料を用意、肢体不自由の 人達には面会場所への車椅子の 移動のしやすさや温度調整のし やすい環境等への配慮など多く の条件を整備するということで ある。でなければ、フィールド ワークのためのインタビューす らできないことになる。互いに 問題を共有できる人間関係、ラ ポールが築かれていないとなら ない。 ● フィールド・ワークの環境は今   障害の調査をするようになっ てからの時代は 、 IC T 全 盛 、 インターネットや携帯電話も途 上国のあちこちで使えるように なっていた時代である。事前の アポイントメント取りでは、こ れらのツールの最大限の利用が カギとなった。相手の言語や状 況に合わせたIC T の利用は 、 障害に関わる領域では大きな武 器となる。かつては、途上国で も聴者への依存による一般の電 話での連絡以外にろう者たちは 遠隔通信の手段を持たなかっ た。しかし、携帯電話の普及が 状況を一変させた。ビジネス関 係の人達についで彼らの間での 携帯電話の普及は素早いもので あった。一九八〇年代にすでに マレーシアのような地域では日 本よりも先に現地のろう者たち は携帯電話を使いこなし始めて いた。そしてアジアでも他の途 上国にもそうした状況はあっと いう間に拡がり、わずかな生活 の余剰金を現地のろう者たちは 携帯電話のSMS ︵文字メッ セージ︶のためにつぎ込んでい る。それは今、アフリカのろう 者たちでも一般的となってい る。携帯電話の文字メッセージ は、アポイントメント取りの状 況を一辺させた。音声通話より もこちらの方が安いこともあっ て、どのような人達も携帯電話 のSMSには手慣れており、か つてはPC持ち込みで F A Xで やっていたことが今や廉価な最 低限の携帯電話一台でできるよ うになったのである。   ただ依然として残るのは、私 が外国人であるということであ る。どれほど、現地で華僑と見 まがわれるくらいになっても 、 どれほど現地の手話に熟達して も、私の立ち位置はフィールド ワーカーである。 そんなことを、 いつも現地のコミュニティの中 に埋もれながらも思う。 もり そうや/アジア経済研究所 貧困削減・社会開発研究グループ長代理 主任研究員 専門分野は、開発経済学(特に産業組織論、産業政策)、フィリピン経済、障害と開発。 近著に『途上国障害者の貧困削減―かれらはどう生計を営んでいるか』(2010年、岩波書店)、 『障害と開発―途上国の障害当事者と社会』(アジア経済研究所、2008年)などがある。

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1 Library, Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization (3-2-2 Wakaba Mihama-ku Chiba-shi, Chiba 261-8545). 情報管理 56(1), 043-048,