Title
示談の沖縄における特殊的機能と示談の効力についての
一般的考察
Author(s)
福里, 盛雄
Citation
沖大論叢 = OKIDAI RONSO, 10(2): 47-65
Issue Date
1971-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/11032
示談の沖縄における特殊的機能と
示談の効力についての一般的考察
福 里 盛 雄
目 次 1. はしがき………・・・…・・・・・・・・・…………・・・………47 2. 沖縄における交通事故の処理の現状..,・H ・..…...・H・...・H・..473
.
示談の意義及びその形態………...・H・...・H・...・H・H・H・..…5
0
付 示談の意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
0
同 日本々土における示談の機能…...・H・..……...・H・...・H・..51 同沖縄における示談の機能………...・H ・..……...・H・...・H・..53 同示談の形態...・H・....・H・....・H・-…....・H・....・H ・....・H・…・・…53 4. 示談の効力……...・H・H・H・....・H・H・H・...・H・...・H・...・H・..57 5. むすび…...・H・..……...・H・...・H・H・H ・...・H・..………641
.
は し カ ま き
沖縄における1969年中に発生した、交通事故は、約13,
054件、これによ る被害は、死亡91人、負傷 2,
825人である。 1日あたり 36件の交通事故が発生し、 0.25人が死亡し、 7.7人が負傷 し、物損額3,
811弗となっている(1969年琉球響察統計書105頁〉。 更に1960年には、約14,
412台であった民登録自動車保有台数は、 1969年 には約96,
368台に増加し、此の自動車保有台数の増加に比例して交通事故 はますます増加の傾向をたどるばかりである。 - 47ー示談の沖縄における特殊的機能と示談の効力についての一般的考察 激増する交通事故の処理において、示談の果す役割は大きく、時代の脚 光をあびてきた。そこで示談の意義を考察し、沖縄における示談の特殊的 機能を考察するとともに、示談の成立後に発生する後遺症をどう処理する べきかについて示談の効カをめぐって一般的考察をしたのが本稿である。
2
.
沖縄における交通事故の処理の現状
発生した交通事故は、沖縄においてはどのように処理され解決されてい るだろうか、自損法上、死亡の場合 1人最高 $5,
000、 負 傷 の 場 合 、 重 傷、軽傷によって、それぞれ $500以上、 $500未満まで保障をうけること になっている。 ところが、示談と言う形式の下に此の額以下で多くの交通事故は処理さ れ、裁判手続にもちこむ数はほとんどすくないと言う状態である(これに ついての詳細は沖縄では未だ作成されていない。したがって此の結論は諸 関係者の一致した意見に基くものである。〉 このように被害者にとっては、満足な保障は与えられず、被害者の犠牲 の下におびただしく発生する交通事故は示談でもってかたづけられている 傾向がないとは言い切れない。 しからばどうして交通事故の処理解決に示談がこのようにその効用を発 揮しているのだろうか。 その主なる原因は次にかかげる点にあるのではないかと考えられる。 ①元来日本国民というのは、一定の法的手続を嫌う風習がつよく、正 当なる保障のための手続をふみたがらない。 ② 日本国民は義理人情につよく、論理的に物事を処理することなく、 心情を主にして処理していく傾向がつよい、したがって正当なる保障 による満足より心情的満足の方に重点がおかれ、加害者のちょっとし-48
ー
示談の沖縄における特殊的機憶と示談の効力についての一蹴句考察 た厚意によってすべて満足感をいだき、後は警察ざたにすることなく おだやかのうちにことをすませてしまうことになる。(椎木ジユリス ト315号21頁-22頁)。 @ 一方自動車損害賠償保険法による保険金請求手続をするだけでも、 数多くの書類を準備しなくちゃならない。これだけでも、素人にとっ てはかなり面倒な仕事である。沖縄の保険金請求手続上必要書類を挙 げると @損害てん補金支出請求書く死亡、傷害の場合)0 @普察暑 の事故証明書(死亡、傷害の場合)0
6
医師の診断書(傷害の場合の み)0e
死体検案書又は死亡診断書〈死亡のみ)0 @除籍謄本〈死亡 のみ)6
戸籍謄本又は住民票(死亡、傷害の場合)0C
D
治療費明細書 (死亡、傷害の場合)。芭休業補償費(傷害のみ)0Q
i
印鑑証明書〈死 亡、傷害の場合)0 ~葬儀費用明細書及び領収書(死亡のみ)@家庭 裁判所の証明書(法定代理人が請求する場合〉以上は琉球政府通商産 業局陸運課自動車損害賠償保障事業査定準 (15頁〉によって要求され る諸書類である。これだけの提出書類をそろえることはひまのいる仕 事であり、めんどうな仕事である。 @ さらに、沖縄独特の現象だと考えられるが、治療医の治療費用の確 実な支払方法の確保として、そのような示談屋類似の者と何等かの関 係をもっていて、被害者よりも治療医の側からあの手この手をつかっ て、示談屋に依頼するよう積極的に働きかけているようだ。たしかに 治療医にしてみれば、交通事故の被害は不慮のできごとであり、容 赦なく適当な病院にかつぎこまれる状態では、人命の救助もさること ながら、その治療費の支払について関心をもつことも当然かも知れなv
。、 一方被害者にしても不測の事故によって生ずる治療費の工面は大変であ る。しかも、各病院では毎月 10日、 20日、末日と治療費の決算をしている 関係上(那覇所在の主なる病院の治療費の決算方法は調査の結果上述の通-49
ー示談の沖縄における特殊的機能と示談の効カについての一般的考察 りである。〉悲しい事故にあわされた上に治療費の工面もしなくちゃいけ ないとなると、文字通り「泣面にはち」の例である。 そこで示談屋類似の方にまかせた方が、早急に保険金がとれるし又そう いう者にまかせさえすれば、治療費の支払いについていちいち自分でな す必要もないからというような、甘い言葉をなげかけられると被害者の方 は委任状に印を押さざるを得なくなるのは当然の人情である。示談屋類似 の者に依頼さえすれば治療費は1ダさえ支払うことなく退院でき後はその 示談屋類似の者ら加害者側又は保険会社へ損害金又は保険金請求手続をふ み、直接治療費はその委任をうけた者の手から、治療医へと支払われ、余 分の金員は被害者の方へ支払われている。 このような法律やその運用の複雑さにつけこんで、巧みに交通事故の被 害者、加害者の聞を立ち廻って示談なるものをとりまとめ、保険金の請求 手続を代行する等の法律事務を取り扱い、一定の報酬を得てこれを業とし ている交通事故示談屋類似の者の存在するすきがある。 以上が示談屋の暗躍する主なる諸要因かと考えられるが、示談屋類似の 者は被害者の適切な救済と云うより、事件の円満な早急な解決、保険金の 早急なひきだしに重点をおきすぎて、被害者の被害の程度、後遺症の有無 等不測の損害の発生等について充分考慮されないまま、損害額の査定がな されてしまう可能性がつよい。
3
.
示談の意義及びその形態
付 示 談 の 意 義 交通事故処理にその機能を発揮している示談は一体どのような内容を有 しその形態は知何なるものであろうか。 示談とは裁判所によらないで、当事者間の紛争を解決する(いわゆる示談の沖縄における特殊的機能と示談の効力についての一般的考察 「もめごとをかたづけるJ)ことを一般に示談と呼んでいる。 示談は合意を前提とする。示談の内容が何であれ、それによって当事者 間の法律関係を確定し紛争を終結させると言う合意を必要とする。 ・その意味で示談は一種の契約にほかならないといわれている(薮新民法 演習4債権各論 196頁〉。 一般に示談とは裁判によることなく、当事者間で損害賠償および慰藷料 の支払、責任の有無、その金額および支払方法等について話し合いで解決 し、事件を完結するものを称している(木宮ジユリス 315号60頁〉。同趣 旨(山下ジユリスト別冊交通事故判例百選18号 124頁〉。 このように示談は当事者の意思に基いて当事者聞の損害賠償関係を確定 することをその目的とするが故に当事者聞に示談が成立すると当事者聞の 法律関係上の紛争は、確定し、一切が解決済みとなる。加害者側は示談金 額を履行すればγ それ以上責任を負う必要から解放され、被害者側もそれ 以上の損害賠償の請求をすることはできなくなる。 このように、示談は確定効をもって、当事者を拘束する。それゆえにそ の後の被害者の追加賠償請求は原則として否定されなければならない。そ こに示談契約の存在の意義がある。 同 日本々土における示談の機能 日本々土における示談のもつ意義としては前述したように、当事者間の 法律上の紛争を確定するところにあるが、更に示談は、実質上次の2つの 附随的効果を発揮している。 その1は、保険金請求手続上における効果であり、他の 1は刑事手続上 における効果である。 その1の効果は次の場合に生ずる。現在、自動車による交通事故に関す る保険制度は、自動車損害賠償保障法による強制保険制度と保険会社の行 なういわゆる任意保険制度とに大別されている。 このうち、強制保険においては、示談成立は必ずしも保険金請求権行使 戸 D
示談の沖縄におけ石特殊的機能と示談の効カについての一般的考察 の前提条件とはなっていないが、すでに示談している場合には、示談舎の 提出が求められる。加害者、請求の場合には支払の裏付の追加書類として 提出を要求されるのが実状である。それに反して任意の自動車保険の場合 には、示談書は保険金請求の必須書類となっているのが通常である。 したがって、示談の有無は、実際上保険金請求請求手続に不可欠の要件 として一般に考えられており、また、このことが示談の成立を促進させて いる強力な原因となっていることはいなめないところであろう。 示談のもつ他の1の附随的効果としては刑事処分上の情状証拠としての 機能である。 勿論民事々件については、事項が民事問題ですから当事者間で示談がで きればそれだけで抜本的最終的な解決ができてしまいますから裁判沙汰に 発展する心配を示談によって根絶させることができる。ところが刑事責任 はお互いどうしの問題でなく、業務上過失致死(傷〉罪などの犯罪に対し て国家刑罰権による制裁が科せられる事柄ですから、本来被害者とのあい だに示談ができたかどうかによって左右される問題ではありませんが、し かし直接の被害者との聞に円満に示談が成立し、被害者としてもはや積 極的に加害者の処罰を求めていないと言う事実が反映すれば、いきおいそ のことは刑事処分のうえにしんしゃくされて起訴されるべき事件の起訴が 見合わされたり、ともかく刑事処分のうえでいろいろと有利、寛大な取扱 いをうける可能性が生じることは否定できない(野口交通事故の法律知識
2
0
6
頁〉。勿論示談と刑事処分との関係については意見の対立がないでは なく、示談の刑事処分上の意義については検察に従前から、消極、積極の 2つの見解があり、前者は民刑分離または、民事不介入の考え方から、刑 事には無縁のものとする見解であり、後者は、被害者救済という建前に基 づいて、これを情状証拠として重視する見解である。 現在は示談の有無を全く無視する見解は皆無に近いが、これが取扱いに ついては、その基本的な物の考え方が前記2説のいずれにあるかによって- 5
2
示談の沖縄における特殊的機能と示談の効力についてのー脚。考察 大いに異なってくるのである〈木宮ジユリス 314号60頁-61頁〉。 同 沖 縄 に お け る 示 談 の 機 能 しからぽ沖縄において此のような示談のもつ附随的2うの効果はどうよ うに作用しているだろうか、それは結局、日本々土の自損法と沖縄の自損 法の相違から生ずる。沖縄の場合には保険金の請求が被害者請求になって おり、交通事故がおきた場合被害者が一方的に保険金の支払い手続をしな ければ保険金は被害者に支払われないようになっている。そこで加害者と 被害者との聞に示談しでも保険金請求手続上意味がなく、その面において は、示談は余り効果を発揮しない。ただ物損害の場合のみについて、当事 者で話し合をなしこれで当事間の交通事故から生ずる紛争を最終的に解決 し響察ざたにしないようにするために利用されている。しかしこれは保険 関係とは無縁な解決の一方法にすぎない、したがって、示談の保険金請求 手続上有する効果は沖縄において見い出せないと考える。 むしろ示談の沖縄における効果の発揮場所は刑事処分との関連において ではないかと思う。 同 示 談 契 約 の 形 態 一般に用いられている示談契約の形態としてはいろいろある。蓋し示談 の形式、内容については法律によって特定化されているわけではないから である。 日本々土においては一般には、おおむね別掲の3つの形態が多く用いら れている。(木宮示談考ジユリスト 315号62頁 →3頁〉。特に沖縄におい ては第4例が用いられている。 ところが沖縄においては、ほとんど第4例〈これは沖縄特有の形態であ るが〉が用いられている。其の原因は本土の場合示談と言えば加害者と被 害者間の意思に基く交通事故に関する法律関係の確定の意味に使用されて いるが(勿論示談はなにも交通事故に関してのみなされるのではないがこ 』では特に交通事故の処理に限定している〉沖縄において示談の大部分が - 53ー
示談の沖縄における特殊的機能と示談の効力についての一般的考察 被害者と保険会社との聞における交通事故に関する紛争の確定におかれ、 加害者と被害者と聞には余り示談契約はなされていないようだ。これは沖 縄の自損法は、被害請求になっているので被害をうけた者が一定の手続を 経て保険会社に保険金請求をする過程において保険会社の免責の意味に示 談契約を締結している場合が多い、被害者と加害者聞に示談契約がなさ れ、被害者に支払われた金額を保険会社に請求して来る例は少いようであ る。従って第
4
例の形式が多く用いられている理由はそこに存在すると考 える。 (第 1例〉 示 談 書 収入印紙 拾 円 1. 車輔番号 自動車事故 (1)事故月日 昭和 年 (2) 事故場所 (3) 加害者(運転者〉 (4) 被 害 者撃
警
2
.
示談方法およびその内容 月 日 午 襲 時 分 頃 この事故についての示談は前記の方法により双方とも異議なく円 満に解決いたしました。つきましては今後本件に関しいかなる事情 が起りましても両者はそれぞれ相手方に対し何等の異議要求は勿論 のこと訴訟等一切いたしません。 こ』に円満解決したことの証として後日のため本書2通を作成 し、双方連署捺印のうえその一通を所持します。 昭 和 年 月 日- 5
4
示談の沖縄における特殊的機能と示談の効力についてのー脚甘考察 被 害
j
住 所 者l
氏 名 加害者(会社転名者)f
住 所 ま た は 運i
氏 名 立 占~j
住 所 人i
氏 名 (第2例〉 刃可 談 書 加害者 甲 住 所 氏 名 歳〉 乙 住 所 氏 名 歳〉 1. 事故発生月日 昭和 年 月 日 午 時 分頃 1.同 場 所 1.同 車 輔 甲 第 号 乙 第 号 1.同 概 況 右の交通事故に関し当事者協議の上左記条件を以って円満に示談成 立しました。従って今後本件について双方何等異議申立てないことを 確約し連署を以って御届け致します。 記 1. 示談条件 昭 和 年 月 日 甲 印 乙 印 響察署長 殿 - 55ー示談の沖縄における特殊的機能と示談の効力についてのー脚句考察 〈第3例〉
一
日
一
免 責 事 由 下記署名人は其の主張する身体傷害及財産に対して に賠償請 求をしたものであるが、今回双方当事者聞に示談が成立したので、そ れに基き支払われ当方に於て受領した金 円を以て下記署名人 は昭和 年 月 日或は其の前後に が蒙った身 体障害、財産損害、不自由、医療費其の他現在判明し又は、今後発生 する総ての種類、性質の損失或は損害に基き が現在或は将来 右 に対して有する請求或は訴訟による総ての責任から 及び其の相続人或は承継人を議に完全に且つ永久的に免責し之に対し て権利を放棄するものである。尚下記署名人は本示談の条項を完全に 了解するものであり右に述べた傷害、損害、費用、不自由等に対する 完全にして最終的な示談、調停及解決を為す目的を以て右金額を自 己の自由意志に基いて受領したものであることを窓に宣言する。尚 右 円の支払は右 が右の事件の結果何等かの責任があ るものと解釈すべきでないと言うことを双方当事者は了承し約諾する ものである。右確証の為め昭和 年 月 日窓に署名捺 印するものである。 住 所 氏 名 ⑮ (第 4例〉 支 払 額 承 諾 書 火 災 海 上 保 険 株 式 会 社 御 中 貴社自動車損害賠償責任保険券、証券番号第 号にかかわる自動車 の故により生じた人身、物件損害に対する下記支払額を承諾いたしま す。示談の沖縄における特殊的機能と示談の効カについての一般的考察 ついては、下記支払額の通り損害のてん補を受ければ、今後いかなる 事情が生じても、本件に関し貴社に対して、訴訟等一切の請求はいた しません。 記 支 払 額 $ 事故発生日 年 月 日 被害者氏名 被害者住所 19 年 月 日 住 所 請求者 氏 名 印
生 . 示 談 の 効 力
さて示談契約が当事者間〈加害者、被害者特に沖縄においては被害者・ 保険会社間〉に成立した後に後遺障害等の不測の損害が発生した場合にす でに締結された示談契約の効力は一体どうなるのであろうか。 前述した理由を背景に突通事故の大部分〈調査した結果によると 80%-90%)が示談契約の形式によって処理され、解決されてしまう。しかも後 遺症等の後発損害の発生は当事者には勿論、治療医にさえ感知することは 困難な場合が多い。それは後発の損害が事故発生より長い年月が経過して から生ずる現象であるからである。 次に沖縄で起きたその類似の事例を紹介しよう。 「事実の概要J
1968年8月28日20時30分頃、甲タクシー会社の運転手乙は、本部町伊豆 味共同売底前で客を降して方向転回しようとして後退したところ、被害者- 5
7
ー示談の沖縄における特殊的機能と示談の効カについての一般的考察 丙 (16歳〉が車のすぐ後を横断しているのに気がつかず、リヤーパンバで はね、 1968年8月30日、那覇市内のA病院で診察をうけた結果、第一腰椎 横突起の骨折、背中の部に圧痛あり、機能障碍は殆んどない(約 2週間程 度で治療、 1968年9月13日就労可能〉という診断をうけた。 そこで1968年11月8日、加害者と被害者の法定代理人との聞に掲示した 第3例の形式を伴う。医療費11弗20仙、通院費40仙、慰籍料44弗60仙、計 56弗60仙で示談契約を締結した。ところが1969年7月12日には再び事故発 生当初診察をうけた病院に入院することになり1969年12月2日まで入院し 回復の見込みがないので、同病院の指示に従って、熊本大学病院に転医し た。同大病院の診察の結果、 1970年 8月30日治療見込みの診断をうけ1千 数百弗余りの診療費を支払わされたので被害者は、追加賠償をしてきたの が本事例である。 この場合に被害者の追加賠償請求は、すでになされた示談契約の確定効 に拘束されて否定されるものなのか、あるいはその示談契約の効力は、全 部無効となり又は、一部無効となって、示談契約に拘束されることなく、 被害者は、追加損害賠償の請求が可能になるのか。 その理論的な解決については、いろいろ見解が分れている。 (1) 示談当時双方が認識していた傷害の性質、程度が著しく真実と異な ることをもって示談契約の要素に錯誤があり、無効であるとするもの(民 95条)(最判昭28・5・7民集7巻5号 510頁・最判昭和38・2・12民集 17巻1号 171頁〉 (2) 示談契約後に生じた著しい事情の変化という点で、事情変更の原 則、行為基礎の変更を採用する。(薮民商59巻5号 801頁、新民法演習4 204頁〉 (3) 示談契約は、損害の状況がその当時の見通しどおりに推移すること を暗黙の前提としてなされたものであるから、予想外の将来の損害の負担 措置につき明示の特約がない限り、のちに予期しない著しい事態の変化が - 58ー
示談の沖縄における特殊的機能と示談の効力についての一般的考察 生じた場合にそれを原因として請求権放棄の条項が解消せしめられる趣旨 の条件すなわち解除条件が附せられていると解するもの〈大阪高判昭和 39
・
12・
25) (4) 示談契約はその当時者に明らかであった損害を基礎として締結され たものであるから、請求権放棄の条項は示談当時の事実関係のもとにおけ る損害についてのみ効力があるとする(最判昭和43・
3・
15最高裁民集22 巻3号 587頁、福島地判昭和39・
5.15下民集15巻5号1096頁〉 (5) その他公平の原則から示談の効力を制限する考え方、信義則に従い 諸般の事情を考慮したうえ、示談の効力を制限する考え方等があるが先づ 前記の①から④までの学説についてそのよってたつ根拠を考えてみること にする。 ①の考えによると示談契約後不測の後遺症等の損害が発生した場合は錯 誤を理由にすでになされた示談契約の効力を失わしめる。従って、此の事 例において、被害者は医師の診断によって後遺症等の損害なしという結論 を前提に加害者側とたったの事56程度の少額でもって示談契約を締結して いるのであって、後遺症等の損害が事故当時より相当経過して生ずる等の 理由の下においては、被害者は万一後遺症の発生を予期していたならば、 かような示談契約はなさなかったであろうと考えられる。 ところが事実はこれに反して、被害者の傷害は、著しく重大なものであ ったのであるから、その重要な部分に錯誤があったものということができ る。したがって錯誤を理由にその示談契約の無効を主張でき、追加損害賠 償の請求が可能になる。 ところが示談契約は当事者の意思に基いて当事者聞の法律関係を確定す ると言う点において、和解契約と共通性を有するので、示談契約の性質を めぐって、@和解と同ーする考え方。@和解契約とは異なる性質の契約だ という考え方。。和解と同じ性質ではないが、和解類似の無名契約だとい う考え方があれこれは結局、示談契約を和解契約の一種だとした場合そ - 59ー示談の沖縄における特殊的機能と示談の効力についての一般的考察 の効果として、民法第 696条の適用をうけ、当事者は締結した示談契約に 拘束されるからである。 民法上一般に和解とは、当事者双方が互に譲歩して争いを解決し、その 聞の法律関係を確定させる有償、双務、諾成の契約であるとされている 〈通説〉。 和解が成立するためにはその基礎として、争いの存在が必要であり、そ の内容として、当事者双方の互譲と法律関係の確定の合意が必要であると 説かれ、その面から考察して、示談契約を和解契約と区別しようとする。 しかしこのような区別は、無用の概念構成というべきである。 第1に互譲という要件を欠くために和解でないとされる示談は、その効 果において1 和解とどのように違った取扱いを受けるのか。 和解の効果は、当事者聞における法律関係の確定とそれによる紛争の終 結という点に存する。(高梨、契約法大系V特殊の契約(1)214頁、薮新民 法演習
4
債権各論1
9
7
頁〉。 第2に和解の要件とされる争いは、単に当事者聞にとって法律関係を確 定する必要があった(したがって和解がなされた〉この別面を意味するも のにすぎない(高梨前掲 213頁〉。 文示談と和解とを区別するとしても、示談は後で当事者で争われるであ ろう損害について事後の紛争をやめさせることを目的とするものであっ て、この点、和解と近似し、民法第 696条の和解に関する規定の適用は認 められようと主張する(山下ジユリスト別冊目号 135頁〉。 前述の見解に立っと和解と示談を区別することの実益は見い出せ得なv
。、 従って事例の場合にも、当事者聞において被害者の傷害については争い はなか司たのであり、むしろ傷害は軽微なものとしてそれを前提に示談契 約をなしたのであった。それゆえに当事者の意思表示には重要な部分に錯 誤があったといわなければならない。しかも争いなき前提事実にかような示談の沖縄における特殊的機能と示談の効力についての一蹴セ考察 錯誤が存在する以上、錯誤を理由にその示談契約は無効になる。 次に示談契約を錯誤を理由として無効にした判例を挙げると、下級審で は東京地判昭和40年 1月27日(下民集16巻1号 111頁)、横浜地判昭和40 年8月13日(判例タムズ181号 127頁〉。 最高判例としては昭和28年5月7日(民集7巻5号 510頁〉。昭和38年 2月12日〈民集17巻1号 171頁〕等がある。 示談の成立後に不測の損害が発生した場合に(勿論多少損害の範囲にお いてくるいがある場合すべてすでになされた示談の効力を無効にするとい う意味ではない〉錯誤によって成立した示談契約を無効とする考え方に対 してはいろいろ批判がなされている。 批判の一つは大阪高裁の批判であるが、具体的事例をもって指摘する と、
A
会社の自動車運転手B
は、会社の業務に従事中、Y
運輸会社の貨物 自動車に接触されて左前腕複雑骨折の傷害を受けた。事故直後における医 師の診断によるとBの受けた傷害は全治まで 100日を要する見込であった ので、B
はその負傷が比較的軽微なものであり、治療費等は自動車損害賠 償保険金でまかなえると考えて、事故後10日たたないうちにY
と示談契約 を結び、Y
は右保険金を10万円をB
に支払い、B
は本件事故についてその 余りの損害賠償請求権一切を放棄する旨を約し、B
は10万円を受領した。 ところが事故後1ヶ月以上経過してから、右の負傷は予期に反する重傷 であることが判明し、右保険金をもってしては到底治療費をまかなえない ため、 Bは国に対して労災保険金請求の手続をとり、国は労災法に基づき 療養、休業、障害補償費合計39万円余の保険給付をした。そこで、国は、 労災法20条によって右保険給付の限度でB
がY
に対して有する損害賠償請 求権を取得したと主張しY
に対し右39万円の支払を求めた訴につき国は主 張の根拠づけのーっとして錯誤の主張したのに対し、昭和39年12月16日の 大阪高裁は当事者が合意した示談金額10万円は、一応当時判明していた、 損害と均衡を保っていたものと解すべきであって、意思と表示との聞に錯 - 61ー示談の沖縄における特殊的機能と示談の効カについての一般的考察 誤の介在余地は考え難い……と錯誤に基づく主張を排斥し、別の理由に基 づいて国の追加賠償請求権を肯定している。 批判の第2は、示談契約(和解契約〉の確定効力の限度の設定について 特に錯誤との関係について ①和解によって止めることを約した争の目的 であった事項について錯誤があっても、当事者はその無効と主張しえな い。すなわち和解の対象自体についての錯誤の主張は認められず ②争の 対象たる事項の前提ないし基礎として当事者が予定した事項についての錯 誤は和解の効果に影響を及ぼす ③その他の事項について錯誤が存する場 合も和解の効果に影響をあたえると主張されている(我妻債権各論中巻2 (民法講義V2)
。
ところが、和解の対象自体か、前提事項かの区別は、観念として抽象的 にはともかく、この区別を具体的事案に適用しようとするときは、かなり 暖味なものであることは否定できない。 したがって対象自体か前提事項かの決定は単に抽象的な形式論理操作で は不可能であり、実質的な利益考量に基く、示談契約(和解契約〉の解釈 が前提になり、結局は確定の合意の解釈問題のうちに解消していくのが本 来である(高梨契約法大系V217頁-218頁)と言う批判がなされている。 (その趣旨に替意なされている学者山下ジユリス別冊18号 135頁〉。 ②次1
乙事情変更の原則論の立場から本例を考えてみると一体どういうこ とになるのであろうか示談当時においては当事者は、損害は軽微なものと 考えてそれに基づいて示談額を決定したのに示談成立後に損害が著しく増 大したわけであるから、示談締結後に事情が変化した場合に該当し事情変 更の原則を適用すべきであると主張する。 示談成立後に発生した損害はその後に発生すべきであったものが発生し たものではなく、その後に生じた行為基礎の変更とみるべきである。 示談成立当時は予見し得なかった性質をもっ後発障害(事情の変更〉に より結果として生じた錯誤については民法95条でなく事情変更の原則を適 - 62示談の沖縄における特殊的機能と示談の効力についての一般的考察 用すべきである(薮新民法演習4、債権各論・同民商59巻 5号 801頁〉。 したがってこの考え方に立っと示談成立後の事情変更により当初なされ た示談契約により法律関係を維持することが著しく信義公平の原則に反す ると考えられるときは、すでになされた示談契約の効力は否定され被害者 側は追加損害賠償が請求できると解される。 ③不測の損害が発生した場合に解除条件的に示談契約がなされたみるべ きだという考え方によれば本例の場合如何なる結果になるであろうか、前 掲の大阪高判の例を紹介しよう。
r
本件のような加害行為による負傷又は 疾病に因る損害の全貌は、加害行為の当初ないし、その経過の早期におい ては当事者は勿論、専門医師においても的確にこれを把握することは容易 でない場合も多く、このことはこの種の損害の性質上本質的な特徴と考え ることができる。………ところで本件につきこれを見るに、 Yは本件事故 10日を出でない日に、被害者がその負傷を比較的軽微なものと信じている 事態において、早急に示談契約を為し、自動車保険金以外の自己の負担を 免れようとした事は、前認定の事情経過に徴して容易に認めるところであ るから、かような全損害の正確に把握し難い状況下における早急の示談 において、しかも約定された比較的少額の賠償金以外は、将来一切の請求 権を放棄する趣旨の約定を結んだ場合には、右契約自体において、予想外 の将来の損害の負担、措置につき格別に明示の特約をなした場合でない限 り、かような約定は、賠償の対象たる損害の状況が、その当時明らかであ り、かつそれが当時の見透しの通りに推移することが暗黙の前提とされた ものであるから、もしその損害につき、その当時当事者の確認しえなかっ た著しい増加、変容、その他著しい事態の変化が爾後に生じた場合には、 右の契約特に権利放棄の約定には、かような事由を原因として解消せしめ られる趣旨の条件即ち解除条件が附与せられているものと解するを以て、 当事者の合理的意見に合致するものと考える」。 この考え方にたつときも本例の場合には追加賠償請求が可能となる。- 6
3ー
示談の沖縄における特殊的機能と示談の効力についての一般的考察 ところが此の考え方に対しては、技巧的にすぎるという批評もなされ 〈山下交通事故判例百選 135頁〉、示談当時において将来の事態の変化は 全く予期しなかったとされる当時者が、その予期しなかった変化を解除条 件として示談をなしたと解するのは不自然な擬制というべきであるという ような批判がなされている(薮民商59巻5号 800頁〉。 ①次に交通事故による全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、 早急に、小額の賠償金をもって示談がなされた場合において、右示談によ って被害者が放棄した損害賠償請求は、示談当時予想していた損害につい てのみと解すべきであって、その当時予想できなかった後遺症等について は、被害者は、後日その損害の賠償を請求することができると主張する (最高裁判決昭和43年3月15日最高裁民集22巻3号 587頁、福島地判昭和 39年5月15日下民集15巻5号1096頁〉。 この考え方によっても示談成立後の損害については示談の効力は及ばな いことになる関係上、本例の場合も被害者は示談契約に拘束されることな く追加損害賠償の請求が可能になる。
む す び
交通事故は年を追って激増し、それに比例して、交通事故の処理におい て示談契約が、時代の脚光をあびるようになってきた。 示談契約を促進させる諸要因は前述してきたようにいろいろな面に存在 するが、示談契約が現代市民生活上の紛争、特に交通事故処理、解決には たす役割は大きい。 したがってその意義、内容を明確化する作業が大切である。 こ』では沖縄における示談契約の有するその特殊性を日本々土法との比 較において、多少なりともその相異点を見い出し得た。示談の沖縄における特殊的機能と示談の効カについての一般的考察 又示談契約の効力について、主なる学説を述べ比較説明してきたが、い づれの学説にもその背景に、示談成立後の不測の損害を誰に負担させた方 が妥当かと言う問題意識が存するように考えられる。 結局は加害行為がなかったら、発生しなかったであろう損害は、加害者 の方に負担させた方が公平であるし妥当であるからである。 しかも交通事故の被害者は、近代文明の犠牲者であれその犠牲を被害 者のみに、示談成立を理由に負わせではならない。 したがっていづれの学説に立っても結果はそうかわりはないのであっ て、ただ理論上の問題で相異点をみいだすにすぎない。 しかし示談契約が成立する以上、当事者がそれに基いて紛争を最終的に 解決したいというならばその通りに法律関係を確定するのが市民法のとる べき原則的態度である。 要するに当事者間の示談契約の内容を如何に合理的に解釈するかと言う その基準の設定が重要ではないかと考える。 - 65ー