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翻訳解題
「静」と「動」における制作―プラトンとトゥキュディデス
下村
智典
1 はじめに 本稿は、スタンリー・ローゼンによる論文、「テクネーと近代性の諸起源」に対する翻 訳解題である。本解題においては、ローゼンの行論に寄り添いながらも、それを執筆者 の関心に大いに引きつけながら、やや脱線気味に議論を展開したものである。具体的に は、近代の問題を考える上で重要となる「制作(production)」という概念に焦点を定め つつ、それを縦糸にしながら、横糸としていくつかのテーマ、すなわち、「プラトン的悲 観主義」、「詩」、そして「静と動としてのプラトンとトゥキュディデス」を織り込むかた ちで全体が構成されている。 2 哲学的幸福とテクネー プラトンにおける「幸福」とは、哲学者が王となる「都市」において可能になるとさ れるが、ローゼンは「都市」における、「幸福」とテクネーの関係性に照明を当てる。彼 はそこに近代をもたらす「問題性」の淵源を見出すのであるが、まずはその理路を整理 しつつ、話を進めて行くこととしよう。 ローゼンによれば、プラトンは、アリストテレス的な分類における「理論」と「制作」 と「実践」との区別を設ける代わりに、「知性の理論的使用」と「知性の制作的使用」と を区別したという[TOM 71]。ただ、その区別は概念的なものに過ぎず、政治において それらの知性的実践は同時になされるものとされる。そして、プラトンにおいて曖昧に されていたこのような知性的実践こそ、「幸福」が実現される「都市」をつくるテクネー だというのである。そのようなテクネーを説明するものとして、ローゼンは『政治家』 における建築術を参照している。曰く、「建築術のような命令の技術は、それ自体として 何も生み出さず、むしろ制作のための秩序を与えるのである。政治とはそのような技術 であり、それゆえに理論と制作との交差領域と呼ぶところのよい例となる」[TOM 72]。 政治において実践的に「制作」されるものとは、「都市」と「人間」であり、哲人王は建 築術のような理論的制作的技術によってそれらを「制作」する。まさに、「人間」という 原料で「都市」という織物を編むのである[TOM 72]。そして、真の政治家は、そのよ うな織物において、つまり、「多様な自然本性を持つ市民が正しく混ざり合っている魂の 内に」、「真なる譩見を「生み出す(empoiein)」」[TOM 72]という。まさにこれが、「哲 学と政治の関係を述べたプラトンの最も有名で包括的な議論すなわち『国家』、の教義で もある」[TOM 72]とローゼンは説く。100 ただ、多様な自然本性を有する市民の魂を織り合せていくという「制作」においては、 人間の魂の病にも対応すべきことが求められる。というのも、「気概や知性は欲望の自然 本性によって支配される」[TOM 73]からである。それゆえ、そのような魂の病は「哲 学のもつ医術によって正されなければならない」[TOM 73]。ローゼンによれば、ここで の「医術」もまた、先に述べられた理論的制作的技術としての機織りにおいて理解され るべきものである。曰く、「人は生まれながらにして欠けており、そして病んでさえいる が、この欠陥や病は人間存在を織り合わせる技術によって治癒、さもなければ自制され うるのである。そして人間が元来もつ違いは、外套や毛布、その他の織物の縦糸と横糸 に相当するものである」[TOM 73]。したがって、自然には存在しない都市、とりわけ、 「幸福」を実現する健康な「都市」を生み出すためには、「機織りと医術を含んだ枠組み を持つ理論的制作的技術」[TOM 73]が要請されるというのである。事実、「『政治家』 において、理論的制作がなされるのは、宇宙の支配のためではなく、むしろ人間存在の セラピー(セラペイア(therapeia))やケア(エピメレイア(epimeleia))のためである」 [TOM 73]ことが明記されていることをローゼンは示す。その意味において、「政治学 とは、制作的でありかつ防御的なのである」[TOM 73]という。 3 哲学的幸福と「プラトン的悲観主義」 以上において、「都市」における「幸福」がいかようにして哲学者のテクネーによっ て「制作」されるのかが示されたのだが、ローゼンはそのような理論的制作的技術とし てのテクネーが帯びる不分離性、いわば「プラトン的曖昧性」に着目する。なぜなら、 その曖昧性こそが近代性をもたらす遠因と考えられるからだという。彼は「幸福」とい う切り口からその問題を掘り下げている。 プラトンの説く「幸福」とは言うまでもなく哲学的幸福である。すなわち「完璧な都 市」において可能とされる「幸福」である。しかし、そのような「幸福」は民衆にとっ ても、そして哲学者自身にとっても、実際的には不可能に近い。「理論的な徳から離れて 倫理的もしくは実践的な徳はないのであるから、仮に幸福が完璧というもの、すなわち 徳の所有に依存するのであれば、非哲学者の幸福はせいぜい見せかけのものとなるに違 いない。これは哲学者による統治によって保証されたものであると反論する者がいるか もしれないが、この統治はもし起こるにせよ、『国家』の中で打ち立てられた言説の美し い都市の中でのみ生じるのであり、そしてこの都市の可能性は、控えめに言っても、疑 わしいものである」[TOM 75]。プラトンにおいては、徳は哲学的な徳と民衆的な徳とに 分けられるが、前者のような「知性の徳」たるフロネーシスは哲学者だけが実践できる ものであるため、そのような徳を所有できない民衆は、真の意味で幸福とはなりえない。 他方、哲学者における幸福もまた、「政治的なあるいは共同体的な存在から徹底的に離れ、
101 永遠なる形式を純粋に知的に熟考することに没入すること」[TOM 75]でしか実現され ないゆえ、「完璧ではない都市の中では彼もまた真に幸福となりえない」[TOM 75]ので ある。したがって、「結局のところ、プラトン的対話篇は、人間的生は不幸であるという 教義に傾いている」[TOM 75]と言わざるをえないということになるのだが、これこそ、 ローゼンによって「プラトン的悲観主義」[TOM 82]と言い表されているものに他なら ない。 だとすれば、「都市」において政治哲学を実践するという営為のためには、すでに「真 の幸福」が諦められていなければならないということになる。別言すれば、「幸福の可能 性についての絶望」[TOM 82]を抱えた上で、「幸福」の実現へと向かわなければならな いのである。ローゼンに従えば、このような、幸福の不可能性を伏在させるプラトンの 幸福概念こそが近代という問題を生み出す萌芽になったという。この点についてローゼ ンは以下のように述べる。「プラトン的悲観主義とも呼びうるかもしれないもの、すなわ ち幸福の可能性についての絶望は、「美しく若々しく成長した」ソクラテス的人物が有す る健康的な心の落ち着きによって陽気であるように取り繕われていた。それは、いくつ かの段階を経て、近代性の創始者たちが持っていた楽観主義へと変容されてしまうこと になるのだが、その段階のいくつかは、初めて耳にすると逆説的に聞こえるかもしれな いが、プラトンその人自身によって提供されてきたのである」[TOM 82]。 「プラトン的悲観主義」が「ソクラテス的人物が有する健康的な心の落ち着きによっ て陽気であるように取り繕われていた」という言及は、ニーチェの悲劇論を想起させる だろう。周知のとおり、『悲劇の誕生』によれば、古代ギリシアの精神は、アポロン的原 理とディオニュソス的原理という、相反する原理から成っていたが、それらはギリシア 悲劇へと結晶化することで和解させられていた。そして、ギリシア悲劇が象徴するもの こそ、苦悩のうちに生きられる生であった。したがって、ニーチェが「悲劇の本質を「ディ オニュソス的なるもの」のうちに求めたことは、根本的には、いわゆる「ギリシア的明 朗性」の根底にギリシア人の「悲観主義ペ シ ミ ズ ム」を見たこと」1に他ならないとすれば、ロー ゼンの称する「プラトン的悲観主義」もまたそのような文脈において理解することは難 しいことではなかろう。すなわち、哲学的幸福とはその実現の困難さゆえに、実際には 1 ニーチェ『悲劇の誕生』、「解説」、529 頁。この点については、以下のニーチェの言及も参照されたい。 「このような明朗性(=「ギリシア的明朗性」)は古代ギリシア人の素晴らしい「素朴性」の対立物であっ て、この素朴性は、前に与えた性格描写によれば、陰惨な深淵から咲き出るアポロン的文化の花として、 ギリシア的意志が美の映出によって苦悩と苦悩の叡智とにたいして得る勝利として把握されねばならな いものである。「ギリシア的明朗性」のかかる別種の形式の、すなわちアレクサンドレイア形式のもっと も高貴な形式は、理論的人間、、、、、の明朗性であって、これは、私が今まさに非ディオニュソス的なるものの 精神から導出したのと同じ特徴的な徴候を示すものである」(147 頁、強調は訳文、括弧による補足は引 用者)。
102 民衆のみならず哲学者をも不幸にするに違いないが、にもかかわらず、彼らはそれを目 指して生を実践しなければならないというのが「プラトン的悲観主義」が象徴する生の 在り方だと考えられるのである。したがって、「絶望(悲観)」を背後に忍ばせた「陽気 さ(楽観)」という二元性こそが、「都市」における哲学的幸福を追求する上で要請され る精神的態度だと考えられるわけである。 4 「制作」としての「プラトン的悲観主義」 ここで、ローゼンの以下の言及に着目してみよう。「たとえプラトンが近代数学と近代 自然科学に自覚的であったとしても、プラトンが言ったであろうことを推測することは 無意味である。ただ、それに自覚的であったとすれば、彼の慈善の精神というよりは非 常に詩的な魂ゆえに、プラトンは近代性の創設者の一人として自らを位置付けたであろ うという印象を、私は完全には捨てきれないのである」[TOM 83]。 ローゼンは、プラトンの「詩的な魂」を近代性の原因のひとつに数えている。これを 「プラトン的悲観主義」に引きつけて考えてみれば以下のような解釈もえられよう。す なわち、「都市」における「幸福」の不可能性を、その不可能性において実践しなければ ならないという教説それ自体が「詩」的なものであり、プラトンの「制作」そのもので あるという解釈である。また、ローゼンは別の箇所で、「宇宙における人間の位置に対す る詩的な不満(poetical discontent)をプラトンの中に感じ取る」[TOM 83]と述べている。 この「詩的な不満」とは解釈の難しい表現であるが、それを上記の文脈に位置付けてみ れば、「人間的生は不幸である」という克服しえない「不満足」について、プラトンは「詩」 的な形式においてそれを表現しているという見方ができるかもしれない。 このように考えてくれば、「都市」において「幸福」を実現する際に必要とされる理論 的制作的テクネーとは、まさに言説レベルにおける「制作」的側面と関係することにな るだろう。つまり、哲学的幸福を追求することを説くプラトンの教説は、「制作」された 「詩」2であるとも言いうるのである。むろん、ここで詩という用語を用いることには注 意が必要で、プラトン自身が詩人を都市から追放することを主張していたことを無視し てはならないが、少なくとも「制作」という側面からプラトンの「都市」に迫れば、そ のような一面を取り出すことは不可能ではない。実際、『法律』において、プラトンは自 2 シュトラウスは、以下の引用で、プラトン的対話編を哲学的生を補佐する詩であると述べている。「哲 学者の観点からすれば、真の「哲学と詩の抗争」(607b5-6)は、詩そのものの価値に関わるのではなく、 哲学と詩の位階秩序に関わるのである。ソクラテスによれば、詩が適法的であるのは、ただその優れた 「利用者」、つまり、哲学者であるところの王(597e7)の役に立つ場合に限られるのであって、自律的 なものとして適法的であるわけではない。・・・補佐的な詩は、非‐哲学的生を、哲学的生を補佐するも のとして、そしてそれゆえにとりわけ、哲学的生それ自体を補佐するものとして提示する(604e を参照)。 補佐的な詩の最大の実例は、プラトン的対話篇である」(シュトラウス『都市と人間』、219-220 頁、括弧 による補足および強調は訳文)。
103 らの考えを以下のように語らしめる3。 おお、異国の人びとのなかで優れた方々よ、わたしたちは自分たち自身が悲劇の作 者であり、しかもできるかぎり最も美しく、最も優れた悲劇の作者なのです。じっ さい、わたしたちの全国家体制は、最も美しく、最も優れた人生の似姿として構成 されたものであり、そしてこれこそまことに、最も真実な悲劇であると、わたした ちは主張します。ですから、あなた方が作者であるように、わたしたちもまた同じ 種類のものの作者であり、しかも、最も美しいドラマの制作者かつ役者として、わ たしたちはあなた方の競争相手なのです。(816B) まさにこの場面において、「国家(都市)」とは、ひとりひとりが「役者」となって自 らの「悲劇」を生きることで「制作」される「最も真実な悲劇」であることが示されて いる。そして、このように、「都市」において成立する哲学的幸福を「制作」という側面 で捉え返すことで浮き彫りになることとは、それが「制作」されたものであるというこ と自体からもたらされる「脆弱性」の問題である。すなわち、「絶望」を内に抱えながら 「陽気」に生を実践しなければならないとする二元的構造は、それが「制作」されたも のであるがゆえに、何らかの拍子で一気に崩れ去る危険性を孕んでしまうということで ある。その「脆弱性」とは、ひとつには「都市」における哲学者と非哲学者の関係性に よって説明されるだろう。つまり、「哲学者が非哲学者たちを説得して強制的に自分たち を支配させるように」4するという仕組みが「都市」を支えていることを思い起こせば、 非哲学者が「プラトン的悲劇」を演じる「役者」であることを諦めてしまうとき、その 回路は簡単に断たれてしまうという「内的脆弱性」がそれである。他方、そのようなも のとは異なる次元に位置付けられる「脆弱性」も存在する。それが、「トゥキュディデス 的リアリズム」[TOM 78]に対する、プラトン的幸福概念の「外的脆弱性」である。 5 「トゥキュディデス的リアリズム」とテクネー ローゼンは『国家』を参照して、テクネーと「人間の意図」に強い結びつきがあるこ とを指摘する。曰く、「第10 巻において、ソクラテスは、他のすべての技術に関する三 つのテクナイが存在することをみて取る。すなわち、用いること、作ること、模倣する こと、である。これらの三つのうちで、自然本性的に作られたり存在したりするすべて のものの卓越性、美しさ、適切性を決定付けるのは、それを用いる者のテクネーである 3 『法律』(プラトン全集)の「解説」によれば、この語り手はソクラテスではなく「アテナイからの客 人」という無名のアテナイ人であるが、彼が述べる意見は間違いなくプラトン自身のものである。 4 シュトラウス『都市と人間』、203 頁。
104 (601d1ff.)。その用いる者とはむろん人間であり、役に立つということは人間の意図に 関係する」[TOM 74]。そして、「それが制作的であれ模倣的であれ、テクネーは一方で 人間の意図に、他方でフロネーシスつまり健全な判断に従属する」[TOM 76]というの である。 この二つの言及から分かるのは、テクネーは「哲学者の意図」に従属するということ である。というのも、先にも述べたとおり、フロネーシスを「知性の徳」と考えるプラ トンにとって、それを実践できるものは哲学者に限られるからである。そしてローゼン は、そのようなテクネーがイデアとは無関係であることを以下のように説明する。「イデ アは哲学的エロスのテロスとして、あるいは他の定式化をすれば、純粋に理論的な認識 のテロスとして役立つ。イデアは何が本当に知られているのか、したがって知り得るも のとは何かを決定付けると言われるかもしれないが、我々が何をなすべきで、何を作る べきかを直接的に決定付けるものではない。この決定は哲人王による調停に全く委ねら れており、それゆえに実践的制作的卓越よりもむしろ理論的な卓越性に委ねられている のである。/さらに言えば、仮にイデアをみることができない人々を秩序的で節制ある 共同体の中に保護しようとするならば、純粋形式を直接的に把握することではなく、む しろ、人間がどう生きるべきかについて知的に判断することこそが、哲学者の政治的行 為を導くのである」[TOM 76]。 テクネーが「哲学者の意図」に完全に依存するという在り方は、哲学者が「都市の内 部」について政治的行為を実践する限りにおいて、哲学的幸福を実現するために寄与す る仕組みとなる。それゆえ、「都市」を「制作」するために必要とされるテクネーは、「イ デア」ではなく「都市」において限界付けられていることになる。すなわち、テクネー が「完成形」を有するかどうかという、テクネーの「目的論」について、もしテクネー が限界としての目的を持たないのであれば、それは「テクネーの近代的解放」[TOM 78] を許すことになるという見解に対して、その限界を設けるものは、「イデア」ではなく「都 市」であることが示されているわけである。 ところが、哲学者による政治が「都市の外部」との関係を考慮に入れる時、その様相 は一変する。すなわち、「トゥキュディデス的リアリズムがプラトン的狂気に勝利を収め るやいなや、かたや理論から政治を、かたや制作から政治を分割する線をプラトン自身 が曖昧にさせていたことが、リアリズムを包括的企図へと関連付けることへの哲学的基 礎として機能してしまう」[TOM 78]のである。「トゥキュディデス的リアリズム」とは、 人間の自然本性を平和でなく戦争から理解しようとする思考であり、「生が基本的に戦争 であるという考え」[TOM 79]に他ならない。このような「リアリズム」においては、 「想像上の公国へと向けられていた哲学者の意図は、自然本性から来る戦争において人 類を守るという実際的作業へと向けかえられる」[TOM 79]ことになる。そうなれば、
105 当然のことながら、「哲学者の意図」に完全に依存していたテクネーもまたその機能的変 容を迫られる。「「・・・次にやってくるものを常に支配する」ことが必要」[TOM 78] であるという「意図」においては、「テクネーはその目的を達成する手段を発達させたり 完成させたりすることに関して、固有の限界を持たない」[TOM 81]ため、それは「有 用性」という名のもとに、いともたやすく無限拡張してしまう。すなわち、「都市」の対 内的な方向へ向けられていたテクネーがその対外的な方向へと向けかえられるとき、そ れはもはや哲学的幸福に資する技術ではなくなってしまうのである。そうして、対外的 な防衛という「意図」において、「より善く」、ではなく、「より強く」、そして「より多 く」、という非哲学的幸福が希求されることになるのである。 6 「静止」と「運動」 ローゼンの論文においてトゥキュディデスが登場させられている背景には、シュトラ ウスにおけるプラトンとトゥキュディデスの対置が存在することは明らかであろう。た だ、トゥキュディデスに対するローゼンとシュトラウスの評価は大きく異なる。ローゼ ンのトゥキュディデス評とは裏腹に、シュトラウスは彼をプラトン(ソクラテス)の政 治哲学を補うものであることを説く。すなわち、「ソクラテスは政治哲学を補完するある いはそれを完全にすることができるだろうトゥキュディデスのような人間の援助を要求 するように思われる」5とシュトラウスは述べるのである。彼がプラトンの政治哲学にお いて欠けていると考えているものこそ、まさに「戦争」という観点である。ただ、シュ トラウスは「戦争」というものをより根本的な視点から捉えている。つまり、「運動」と いう原理である。したがって、彼がプラトンとトゥキュディデスを対置させる後景には、 「静止」と「運動」という対置が存在する6。 シュトラウスは、ソクラテスに語らしめるプラトンを扱うことで「政治哲学」を考察 したように、ペロポネソス戦争について記すトゥキュディデスを扱うことによって「政 治史」を考察する7。シュトラウスによれば、「政治哲学」と「政治史」は異なる知恵が 求められるのであり、その意味でトゥキュディデスはソクラテスからは抉出しえない知 恵を提供するものとされる8。ただ、「両者はともに、個別的なものと分かちがたく結ば 5 同上、227 頁。 6「トゥキュディデスは、原初的で根本的な事実は運動か不安定であり、静止は派生的であると考えた。 つまり原初的で根本的な事実とは野蛮状態であり、ギリシア的なものは派生的であると、要するに、平 和ではなくて戦争が万物の父だと考えた。他方、プラトンは、静止、ギリシア的なもの、あるいは調和 の第一位性を信じていた」(シュトラウス『古典的政治的合理主義の再生』、157 頁)。 7 同上、153 頁。 8 同上、128 頁。
106 れた普遍的真理を提示する」9という。 シュトラウスは、「プラトンの対話によって伝えられる情調」と「トゥキュディデスの 歴史によって伝えられる情調」の違いを以下のように表現することで、彼がトゥキュディ デスを要請する意図をほのめかしている。曰く、「プラトンの晴朗さは、彼の喜ばしき知 識に、つまり、彼の最高のものが最強のものであるという励みになるメッセージに対応 している。トゥキュディデスの厳粛な知恵は、悲しげな薄いベールに覆われている。つ まり最高のものは最もこわれやすいものなのである」10。哲学的幸福をもたらす「都市」 の実現こそがギリシア的なものの完成であると説くプラトンの「政治哲学」に対して、 トゥキュディデスはその完成においてギリシア的なものの「終わりの始まり」を見てい る。すなわち、「最大の静止は、最大の運動の中に、その最高点ではなくその終わりを見 る」11と洞察するトゥキュディデスにとって、「最大の静止」たるギリシアの繁栄はまさ に崩壊の始まりなのである。彼はアテナイの栄光が「勇気ある革新の精神、および節度 を遥かに超えて高まる狂気や熱狂(mania)と不可分である」12ことに目を向け、その栄 光に潜む暗部を鋭く見抜いている。「健全なポリスは節制の徳を最も高く評価するのに、 病んだポリスは、勇気やいわゆる男らしさに心を奪われ、それを節度に優先させる」13と いうトゥキュディデスの説明に従えば、アテナイが崩壊へと歩を進めた要因は、彼らが 「繁栄時に節度を保たなかった」14からである。興味深いことに、そのような節度を失 わせるものこそ、「最高のものが最強のものである」と自負する「プラトン的晴朗さ」つ まり「プラトン的政治哲学」だというのである。 アテナイの繁栄に巣食う「病」を直視するように訴えるトゥキュディデスの「政治史」 をよそに、アテナイがその繁栄の絶頂に向かえば向かうほど、プラトンの「政治哲学」 はいよいよその輝きを増していく。かくして、「ソクラテス的な哲学の出現とともに、完 全にトゥキュディデス的な意味での政治史はその存在理由を失う」15ことになる。まさ に「歴史家として彼が軽薄に見えるのは、ソクラテス的晴朗さの反映」16なのである。 したがって、ローゼンはトゥキュディデスを、「都市」における哲学的幸福の追求を脅 かすものとして政治哲学的考察から切り捨てるのに対して、シュトラウスは彼を、プラ トンを問い返すための必要不可欠な要素として政治哲学の考察に招き入れるのである。 9 同上、153 頁。 10 同上、157 頁。 11 同上、138 頁。 12 同上、142 頁。 13 同上、140 頁。 14 同上、141 頁。 15 同上、158 頁。 16 同上、158 頁。
107 7 トゥキュディデスにおける「制作」 「制作」に話を戻そう。ギリシアの繁栄に対する自己批判として機能するトゥキュディ デスの「政治史」であるが、その知の提示方法は「演説」である。彼の作品は、「行為(出 来事)」と「言論(演説)」によって構成されている。シュトラウスは次のように言う。 「我々がトゥキュディデスの歴史において読むような演説は、彼自身の作品なのである。 彼は自分で、現実になされた演説の要旨を、適当と思うように表現した。行為の場合は まったく事情が異なる。・・・行為は必然的に言論の地平へ移し換えられなければならな いのである。しかし演説は初めから言論の地平に存在している」17。すなわち、トゥキュ ディデスは「行為あるいは出来事に関しては、彼は実質的にそれらを現代の歴史家が行っ ているような仕方で記録している」一方で、「演説に関しては、彼はそれらを自分で作文 している」というのである 18。シュトラウスは、このような演説の「作文」について、 「今日の歴史家の観点からすれば、これは一種の捏造である」19とすら言ってのけるの であるが、彼によれば、トゥキュディデスはその「捏造された」演説において彼自身の 「言葉(logos)」20を潜ませている。つまり、「人間的生の真の性格を正確に記述したも のこそ、トゥキュディデス自身の言葉」21だというのである。その意味で、トゥキュディ デスによって記された演説とは、彼の「政治史」における「制作」的側面を示したもの であると解釈することができよう。つまり、プラトンにおける「政治哲学」が「詩」的 側面を有しているのと同様に、トゥキュディデスにおける「政治史」もまたそのような 側面を併せ持っているのである。だとすれば、プラトンにおける「詩」的側面の近代的 変容、すなわち、「悲観と楽観の二元的構造」の解体が「悲観を忘却した近代の楽観主義」 をもたらしたのと同様、トゥキュディデスにおける演説もまた、それが「詩」的側面を 有している以上、近代的変容を被る可能性をもつことは否定できないだろう。 8 演説と「詩」 シュトラウスは、トゥキュディデスの作品の中で最も有名なものとして、アテナイの 気高い称賛によって彩られたペリクレスの追悼演説を挙げている22。アテナイでは、毎 年、国家が戦死者のために葬儀を営むという習慣があり、そこでは優れた人物を選んで 追悼演説をさせるというのが伝統的なしきたりであったのだが23、この戦死者のための 17 同上、149-150 頁。 18 同上、130 頁。 19 同上、130 頁。 20 同上、150 頁。 21 同上、151 頁。 22 同上、139 頁。 23 プラトン『メネクセノス』(プラトン全集)、「解説」、238 頁。
108 追悼演説を主題としたものが、プラトンの『メネクセノス』である。なぜこれを取り上 げるかと言えば、その対話篇において追悼演説における問題性が指摘されているからで ある。 それにしても、メネクセノスよ、戦争で死ぬということは、いろいろな点でほんと うに結構なことであるようだね。というのは、たとえ貧乏人であっても、戦死すれ ば、立派で盛大な葬式をしてもらえるし、またたとえとるにたらぬ人物であっても、 賢い人々の賛辞を獲得するのだから。・・・/彼らの賞賛の仕方ときたらそれはもう 見事なもので、それぞれの戦死者について、真に当人の手柄であることもそうでな いことも引き合いに出し、それを言葉をつくしてこの上もなく美しく飾りたて、もっ てわれわれの魂を魔術のように魅了するのである。(234C-235A) これは、ソクラテスが、「追悼演説者たちがいかにみごとに戦死者やアテナイをほめた たえるかを、皮肉たっぷりに語る」24場面である。彼は追悼演説によって人々の魂が幻 惑されるという、演説という表現形式の「詩」的側面を批判する。と同時に、「たとえ貧 乏人であっても、戦死すれば、立派で盛大な葬式をしてもらえるし、またたとえとるに たらぬ人物であっても、賢い人々の賛辞を獲得する」という言及によって、追悼演説に おける称賛というものが、いかに人々のこころを揺さぶり、彼らを戦争的なものへと誘 いうるかを示唆してもいる。 なるほど、ソクラテスによるここでの追悼演説批判の矛先は、実際にそれを聴く聴衆 において生じる魂の魅了に向けられているのであって、トゥキュディデスが「制作」す る追悼演説や、そこにおいて見出される「政治史」の知恵の問題とは別の話であるよう にも思われる。しかしながら、トゥキュディデスの手になる追悼演説に政治の本質を読 み込もうとする者にとって、その演説はトゥキュディデス自身が「語りかける」言葉そ のものであると言ってよかろう。読み手は、トゥキュディデスがペリクレスをして語ら しめる演説にこそ、それを通じて現れるアテナイの「真の姿」や「あるべき姿」を見る。 その意味で、トゥキュディデスの演説を読み解こうとする者すべてが彼の「聴衆」なの である。それゆえに、ローゼンの言うとおり、プラトンではなくトゥキュディデスの「声 を聴く」近代人によって、人間の自然本性は平和から戦争へと「塗り替え」られてしま うわけである。 さらに、演説に真の「ロゴス」を語らせようとするトゥキュディデスの方略は、彼自 身がそれを意図していないにもかかわらず、それが「詩」的側面を有するがゆえ、その 言葉を聴く者たちの魂を幻惑しかねない。プラトンはこの問題について『国家』におい 24 同上、「解説」、238 頁。
109 て次のように記している。 こういう事実を考慮してもらいたいのだ。――すなわち、先に自分自身の身に起っ た不幸に際しては無理に抑えられていたが、ほんとうは心ゆくまで泣いて嘆いて満 たされることを飢え求めていた部分――というのは、そういったことを欲求するの が、魂のこの部分の自然生来の本性だからなのだが――まさにその部分こそが、い まや、作家(詩人)たちによって満足を与えられ、喜ぶところの部分にほかならな いのだということだ。・・・ほかでもない、自分がいま目にしているのは他人の身の 上のことなのであり、すぐれた人物と称するひとりの他人がみだりに愁嘆にくれる としても、その人を讃えたり痛ましく思ったりするのは、自分自身にとって少しも 恥ずかしいことではないのだと、こういうわけなのだ。むしろ、先のようにそこか ら快楽を得ることができるなら、それだけで得ではないかと彼は考える。そして、 詩作品を全体として軽蔑することによってその快楽を奪われることを、けっして承 知しないだろう。(606A-B) つまり、詩作品による魂の誘惑とは、魂の本性に抗って自らのうちに抑え込んでいた、 悲嘆を満足させたいという欲求が、詩作による他者への愁嘆に代理されることによって 疑似的に満足させられるということなのである。要するに、外に表現することなく自ら のうちに潜ませていた悲嘆は、詩作品を媒介として、快楽となって表出されるわけであ る。だからこそ、「魂の低劣な部分を呼び覚まして育て、これを強力にすることによって 理知的部分を滅ぼしてしまう」(605B)詩人は追放されなければならないのである。そ して、自らのうちに秘匿すべき不幸の感情が、その抑制の難しさゆえに、詩がもたらす 快楽への欲求へと転化するという事態は、戦死者を悼む「詩」としての追悼演説におい て、多くの人々の「代理満足」として機能することになるだろう。したがって、ここで は、演説という媒体を通じて「欲求の抑制と快楽の表出」という問題の一端が示されて いるわけである。たしかに、トゥキュディデスの演説を「読む者」たちが、自らの悲嘆 欲求の不満を彼の「演説=詩」によって解消させるというのは疑わしいとしても、葬送 演説によって戦死者が褒め称えられることでアテナイの栄光が再確認されているさま25 に、「欲求の抑制と快楽の表出」という構図を見出し、それが政治において「有用な」仕 組みになりうると解釈し直す「読み手」が現れることは、想像に難くなかろう。そのよ うに考えれば、トゥキュディデスにおける演説の「制作」的側面もまた、それが「詩」 の問題を回避しえないという意味において、近代性と無縁であるとは言えないのである。 25 トゥーキュディデース『戦史 上』、224-251 頁。
110 9 「静」と「動」の架橋へ―結びにかえて プラトンが、晩年、最後の大作『法律』を執筆していたころ、ギリシアはその崩壊の 足音を聞き始めていた。フィリッポス2 世のギリシア進出である。そして、プラトンの 死後10 年目には、カイロネイアの戦いによって、ギリシア諸国は完全に独立と自由を失 うこととなる26。まさに、トゥキュディデスの予言通り、アテナイの繁栄はその衰退の 序章だったわけである。それを考えると、たしかにトゥキュディデスの「動」としての 「政治史」は「普遍的真理」を捉えていたということになるだろう。しかし、トゥキュ ディデスが、政治とは「選択」のうちにあるのではなく「運命」のうちにあること27、 そして「正義」ではなく「必然」から捉えなければならないと説いたことを思い起こせ ば28、彼がギリシアの崩壊が真に回避できるものであると考えていたかどうかは定かで はない。何より、ローゼンが注意を向けた、「トゥキュディデス的リアリズム」によって もたらされる「テクネーの近代的解放」という問題が無視しえないものである以上、トゥ キュディデスの「政治史」の「普遍的真理」を手放しで受け入れるわけにもいかないだ ろう。 そうであれば、「普遍的真理」をめぐってプラトンとトゥキュディデスを対置させるこ とよりもむしろ、彼らが考究した政治的思考についての「明暗」に目を向けるべきだろ う。その際、この論考で照明が当てられた「制作」という側面は有意義な観点を提供し てくれるものである。プラトンの、「静」としての「政治哲学」においては、「悲観」と 「楽観」という二重構造において哲学的幸福が目指されるという「プラトン的詩」が「制 作」されていた。しかし、その構造は、「動」としての「政治史」から見れば極めて脆弱 なものであった。「絶望」の自制的抑圧によって成り立つ「幸福」の哲学的希求は、「動」 の「リアリズム」においては、容易に非哲学的幸福への追求へと変転することになるか らである。他方、トゥキュディデスの、「動」としての「政治史」は、「普遍的真理」を 語らしめる「演説」が彼自身によって「制作」されたものであるという意味において、 それもまた「詩」の性質を帯びることになる。「動的リアリズム」を基底にして「制作」 された「演説」とは、「ソクラテス的人物」から「健康的な心の落ち着き」を失わせ、や がて彼の「魂の理知的部分」を滅ぼしてしまうということにもなりかねないものだった のである。 むろん、このような結論は、プラトンの「政治哲学」やトゥキュディデスの「政治史」 それ自体に近代性の起源が帰されることを指摘するものではない。そうではなく、それ は、両者の中にあるいかなる側面が近代性の原理へと変容させられたのかを考える手が 26 プラトン『法律』、「解説」、854 頁。 27 シュトラウス『古典的政治的合理主義の再生』、154 頁。 28 同上、144 頁。
111 かりを提供するものである。そして、そこにおいては、「制作」なる概念をめぐる思考が 大きなカギを握っていた。とすれば、「静」の原理と「動」の原理によって「制作」なる 概念を問い直すこと、そして、その両者の「普遍的真理」を架橋することによっていか にして近代を乗り越えうるかを問うことこそ、ローゼンの論文がわれわれに託した課題 であると言えるかもしれない。 参考文献 *解題論文という性質上、邦訳の元となったローゼンの論文から多数の引用がなされた ため、それについては以下の略語を用いて示した。なお[ ]内に示された数字は頁数 を示す。
TOM: Stanley Rosen, “Technē and the Origins of Modernity” in Technology in the Western
Political Tradition, edited by Arthur M. Melzer, Jerry Weinberger, and M. Richard Zinman,
Cornell University Press, 1993. 【その他の引用文献】 フリードリッヒ・ニーチェ『悲劇の誕生』塩屋竹男訳、『ニーチェ全集 2』筑摩書房、1993 年。 プラトン『メネクセノス』津村寛二訳、『プラトン全集 10』岩波書店、1975 年。 ――――『法律』森進一・池田美恵・加来彰俊訳、『プラトン全集 13』岩波書店、1976 年。 ――――『国家(下)』藤沢令夫訳、岩波書店、2008 年。 レオ・シュトラウス『古典的政治的合理主義の再生――レオ・シュトラウス思想入門』 石崎嘉彦監訳、ナカニシヤ出版、1996 年。 ――――『都市と人間』《叢書・ウニベルシタス 1029》石崎嘉彦・飯島昇藏・小高康照・ 近藤和貴・佐々木潤訳、法政大学出版局、2015 年。 トゥーキュディデース『戦史 上』久保正彰訳、岩波書店、1966 年。