チタン鋳造の有床義歯への応用と今後の展開
はじめに
周知のようにチタンは医科領域やデンタルインプラン ト等で,生体親和性に極めて優れた金属材料として確固 たる地歩を築いている.当講座では,従来の歯科用合金 の代替合金としてではなく,より安全な材料を使用した 補綴装置を口腔内に装着することが第一と考え,四半世 紀前からチタンの積極的な臨床応用を行ってきた.鋳造 によるチタン床義歯の製作あるいは経過観察から,問題 点を敢えて指摘し,基礎的研究と技工上,臨床上の工夫チタン鋳造の有床義歯への応用と今後の展開
大久保 力 廣
Application of titanium casting to removable dentures
and future development
Chikahiro O
HKUBOKeywords:Titanium casting, Titanium denture, Commercial pure titanium, CAD/CAM
Titanium has established a solid reputation in medical and dental fields as an alloy with excellent biocompat-ibility. In our department, it is considered that titanium should be used not as a substitute for conventional dental alloys but as a safer material for prosthetic devices placed in the oral cavity. For the past 25 years, we have posi-tively applied cast titanium frameworks and delivered more than 1,000 titanium dentures. The problems with tita-nium dentures have been investigated in the laboratory and by follow-up observation, and have been resolved based on basic research and technical and clinical ideas. As a result, greater usefulness of titanium as a metal for denture frameworks has been confirmed, and clinical applications and new possibilities are actively being pur-sued.
In this paper, the clinical problems and solutions are summarized from the standpoint of a removable den-ture specialist. Titanium denden-tures fabricated not only by casting but also by milling and metal additive manufac-turing are also discussed.
キーワード:チタン鋳造,チタン床義歯,純チタン,CAD/CAM チタンは生体親和性に極めて優れた金属材料として,医科・歯科領域で確固たる地歩を築いている.当講座 では,従来の歯科用合金の代替合金としてではなく,より安全な材料を使用した補綴装置を口腔内に装着する ことが第一と考え,四半世紀前から鋳造によるチタンフレームワークの積極的な臨床応用を行い,これまでに 1,000床以上のチタン床義歯を装着してきた.製作工程あるいは経過観察から,チタン床義歯の問題点を検討し, 基礎的研究と技工上,臨床上の工夫から解決に努めてきた.その結果,有床義歯フレームワーク用金属として のチタンの高い有用性を確認し,現在も臨床応用を積極的に継続しつつ,新たな発展性を模索している. 本稿では,有床義歯補綴学を専門とする臨床医の立場から,これまでに直面した臨床的問題点と解決策を整 理し,鋳造だけでなくミリングあるいは金属積層造形によるチタン床義歯を展望する. 総 説 日本歯科理工学会誌 Vol. 40 No. 1 59-63(2021) 鶴見大学歯学部有床義歯補綴学講座(〒230-8501 神奈川県横浜市鶴見区鶴見 2-1-3)
Department of Removable Prosthodontices, Tsurumi University School of Dental Medicine(2-1-3 Tsurumi, Yokohama Tsurumi-ku, Kanagawa 230-8501)
から解決に努めてきた 1, 2).その結果,有床義歯フレー ムワーク用金属としての高い有用性を確認し,現在も臨 床応用を積極的に継続しつつ,新たな発展性を模索して いる. そこで本稿では,有床義歯補綴学を専門とする臨床医 の立場から,これまでに直面した臨床的問題点と解決策 を整理するとともに,チタン床義歯のさらなる普及を目 指して,今後の展開を概説する.
チタン鋳造の問題点とその対策
当講座では約 25 年前よりチタン床義歯の臨床応用を 開始した 3).図 1 は本学で 1999 年 4 月∼2020 年 3 月の 20年間に装着した金属床義歯数(総数 5,184 床)であり, チタン床義歯は純チタンとチタン合金を合わせて 1,074 床,全体の約 20%を占めている.チタンは鋳造システ ムの相違により鋳造性や鋳造体の性質が大きく異なるこ とが知られているが,当講座では当初より一室真空加圧 式鋳造機(Auto Cast system, GC)を使用しており,最 近になってスピンキャストチタン鋳造機(セレキャスト スーパー R, Selec)を導入し,症例により使い分けてい る.これまでに直面したチタン鋳造の問題点を概略整理 すると,以下のようであった. 1.鋳造欠陥 導入当初は本学でもたびたび鋳造欠陥を経験したが, チタン鋳造に関する基礎研究 4)や本学中央技工室の創意 工夫により,内部欠陥の発生を防ぐことができるように なった(図 2). 2.酸化反応層 チタン鋳造の難点は酸化反応層の生成であり,反応層 の過剰な除去により補綴装置の不適合や維持力の減少が 生じてしまう.維持力と適合性の両面から 1∼5 分程度 のフッ酸による化学研磨が推奨されている(図 3) 5). 3.加工性 熱伝導率が低いチタンの切削や研削加工では局所的に 発熱しやすく,金合金と比較すると使用するバーやポイ ントも消耗しやすい 6, 7)(図 4).最近では耐久性のある 工具も開発されている. 4.研磨性 熱伝導率が低いチタンは研磨熱が発生しやく,同種の 研磨工具を使用した場合には,チタンの研磨性は金合金 と比較して劣ることが確認されている 8).シリコーンホ イール等を用いて注意深く中研磨し,研磨熱が生じにく Ti Co-Cr Au-Pt 0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 義歯床数 図 1 本学歯学部附属病院における 20 年間の金属床義歯 装着数 図 2 純チタン鋳造におけるスプルーイングと湯溜りの一例 (μm) 浸漬時間 (分) 0 10 20 30 40 50 0 0.5 1 5 10 15 適合性 ( ク ラ ス プ と支 台 歯の 間 隙) 図 3 フッ酸浸漬による化学研磨時間と適合性 (文献 5 より 改変引用) 図 4 切削後のバー (左) と研削後のポイント (右) の損耗 (上段:金合金,下段:純チタン)チタン鋳造の有床義歯への応用と今後の展開 い適切な金属用研磨剤を使用して艶出し研磨を行う. 5.レジンとの接着性 当初は義歯床レジンのチタンフレームワークからの剝 離や亀裂が認められたが,接着力の高いプライマーの開 発やフレームワークの剛性を高めることにより,現在で は非常に高い接着耐久性が得られている(図 5) 9). 6.クラスプの早期変形 短期間でのクラスプの変形と維持力の減少が認められ たが,チタンクラスプ特有の設計として,小さなアンダー カット(0.25 mm 程度),やや肉厚な鉤腕,アンダーカッ ト領域の走行等に配慮することで解決が図れている. 7.重度な摩耗 同種純チタン同士が 合接触すると著しい摩耗が認め られる(図 6) 10).今回,保険収載された 2 種純チタン 全部鋳造冠も上下顎の同一歯種に装着することは注意し なければならない(図 7) 10, 11).チタンの摩耗を防止する ためには,対合する金属歯を異種のグレードで製作する か,純チタン 4 種を使用する. 8.変色 チタン床義歯のフレームワーク表面はややくすみやすい が,特に Ti-6Al-4V 合金は変色を生じやすい(図 8).強ア ルカリ性の義歯洗浄剤の使用が原因である場合が多いの で 12),変色を生じさせない義歯洗浄剤の使用を指導する. 9.細菌付着性 チタンは金合金同様に,コバルトクロム合金や金銀パ ラジウム合金に比較して唾液由来細菌によるバイオフィ ルムが付着しやすい 13).ただし,細菌付着性に関して は,金属により菌種も異なるだけでなく,表面粗さや濡 れ性など多因子が関与しており,一概に論じることは困 難である. 10.パターンの焼却時間 チタン鋳造は金合金や金銀パラジウム合金に比較し て,パターンの埋没,鋳型の焼却,冷却に長時間(約 3 ∼10 時間)を費やす.急を要する製作もあることから, 焼却時間を短縮できる埋没材の開発も期待される.
チタン床義歯の再評価
当初直面したチタン床義歯に関する問題点は概ね解決 されており,その後の長期経過観察によれば多くの長所 が再確認されている. 1.生体親和性 口腔内の金属をチタンに変更することによる金属アレ ルギーの改善例が多数報告されている.チタンの優れた 生体親和性や安全性は義歯使用金属の選択理由として強 調できる. 0 5 10 15 20 25 30 35 Sh ea r bo nd s tr en gt h (M Pa ) メタルプライマー オペークプライマー プライマーなし サーマルサイクルなし サーマルサイクル2,000回 図 5 プライマー使用時のチタンと義歯床用レジンの接着 強さ(文献 9 より引用) 図 6 純チタン金属歯に見られた異常摩耗 (文献 10 より改変引用) 0 0.5 1 1.5 2 2.5 Vo lu m e lo ss (m m 3) CommerciallyPure Ti Ti-6Al-4V Ti-6Al-7Nb Au-Pt
図 7 各種チタン合金同士が 合接触したときの摩耗性 (文献 10 より引用)
2.適合性 本学でもすでに 1,000 床以上のチタン床義歯が製作さ れているが,臨床的にも良好な適合性が確認されてい る.また,クラスプの適合性に関する実験的研究でも, コバルトクロム合金と比較して 色のないことが検証さ れている(図 9) 14). セメントリテインタイプのインプラントクラウンにお いても,鋳造純チタンは 12%金銀パラジウム合金およ びタイプ 4 金合金と比較して,ほぼ同様の適合状態を示 していた(図 10) 15). 3.軽量 比重の小さなチタンの使用により義歯の軽量化が可能 である.特に上顎では軽い義歯を好む患者がいることか ら,軽量はチタン床義歯の利点となっている. 4.同一金属修復 口腔内をすべて同一金属のみで修復する同一金属修復 は腐食電池の形成を回避するという点からも意義があ る.今後さらにインプラント治療が増加することを考慮 すれば,同一金属修復を意図した場合には,修復金属と してチタンが最も理想的である 2). 5.レーザー溶接 チタンは光吸収率が高く,熱伝導性が低いことから レーザー溶接に適した金属である.これまで金属床義歯 のフレームワークが破折した場合には鑞着修理が行われ ていたが,現在ではレーザー溶接がフレームワーク修理 の第一選択となっている.クラスプにおいても同様であ り,レーザー溶接により破折した鉤腕の修理が可能と なっている 16).また,チタン表面をレーザー照射するこ とにより耐摩耗性も向上する 17). 6.チタンの合金化 純チタンの有する機械的性質の改善法としては,チタ ンの合金化が合理的である.Ti-6Al-7Nb 合金はフレー ムワーク用金属として機械的性質や加工性の点で優れて いる.
今後の展望
チタンは前述のように生体親和性が高く,耐食性に優 れ,軽量,安価で金合金に匹敵する機械的性質を有して いることから,有床義歯フレームワーク用金属として優 れた素材であることは論を俟たない.しかしながら,チ タン床義歯の普及が伸び悩んでいる大きな原因はやはり 「鋳造」の困難さにあるのではないだろうか. 1.CAD/CAM 臨床応用に必要なハードルは飛び越えたチタン鋳造で あるが,いまだ技工操作が困難であるとの認識が根強 く,より容易な加工性が求められている.普及の糸口と しては CAD/CAM が有効であろう.比重が小さく,高 融点で酸化しやすいチタンは元来,鋳造よりも切削加工 が適している.したがって,現状のインプラント上部構 造だけでなく,クラウンブリッジや全部床義歯の金属口 蓋床などは,鋳造から切削加工にシフトしていくことが 予想される. しかしながら,クラスプデンチャーは構成要素ごとに 切削加工が応用される可能性はあるものの,ワンピース フレームワークには多量のインゴットを要すること,切 削バーの形状の制約から微細な切削が困難なこと,アン ダーカットを有するクラスプの三次元的ミリングは複雑 になること等から,鋳造加工の継続か金属積層造形が利 用されるのではないだろうか 18)(図 11). 2.表面改質 クラスプの破折防止を目的として,微粒子ショットピー ニング処理を行うことにより,表面粗さが有意に減少す るとともに表面改質が行われることから,耐疲労性が有 意に増加することが実証されている(図 12) 19).破折し やすいクラスプや連結子への応用が期待されている.おわりに
永くチタン床義歯を臨床応用してきた経験を基にした 0 20 40 60 80 100 Commercially pure Ti Ti-6Al-4V Co-Cr (μm) 鉤肩部 鉤中央部 鉤先端部 図 9 チタンクラスプの適合性 (文献 14 より引用) 皮膜厚さ (μ m) 0 100 200 300 400 500 B-1 B-2 B-3 B-4 L-4 L-3 L-2 L-1 純チタン Ag-Au-Pd Type IV gold B-1B-2 B-3 B-4 L-1 L-2 L-3 L-4 図 10 チタンクラウンの適合性 (文献 15 より引用)チタン鋳造の有床義歯への応用と今後の展開 主観的評価であるが,チタンは有床義歯フレームワーク 用材料として相応しく,安全で高い信頼性を有する金属 だといえる.令和 2 年 6 月から大臼歯部全部金属冠の純 チタン 2 種適用が保険導入されたが,本稿で指摘した注 意点を参考に臨床応用を試みたい. もちろん,加工性が容易ではない,鋳造機導入のイニ シャルコストが高いといったチタンの抱えるウィークポ イントは未だ残されているが,生体親和性に優れ極めて 安全な金属という患者サイドの恩恵を優先して使用金属 を選択するべきではないだろうか. 文 献
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