密
教
文
化
初会金剛頂経所説の
六種百八 名讃 の統計 的考察
附、 表(1)梵 蔵 漢対 照 の百 八 名讃 ・原 文 表 (2)讃 歎 名 ・字 母順 表 表(3)同、 後 半 語 順 の讃 歎 名 表(4)チ ベ ッ ト語 索 引堀
内
寛
仁
初 会 金 剛 頂 経 の、6種 の 百 八 名 讃 に つ い て は、 そ れ が 経 の 「ど こ に説 か れ 」 「誰 が 」 「何 の た め に 」 「誰 を讃 歎 し た も の で あ る か 」 に つ い て は、 先 に 密 教 学 会 報 第16号 に述 べ た こ と が あ る。 い ま、 そ れ を要 約 し て 再 言 す れ ば 初会 金剛 頂 経 に は、 金 剛界 品 等 の4大 品 に そ れ ぞれ1種、 流 通 分 に は そ の始 め と終 り に各1種、 計6種 の百 八 名 讃 が 説か れ、 その 中、 始 めの4大 品 の 百 八 名 讃 はす べ て 「一 切 如来 が 」 「金 剛薩 唾を 讃 歎 して 」 「それ ぞ れ の 大 品の マ ンダ ラを説 か れ る よ う勧 請 し た 」 もの で あ り、 流通 分 の始 め の 百八 名 讃 は 「金 剛手 が 」 「大 日に」 「転 法 輪(=説 法) を 乞 うた」 もの で あ り、正 し くこれ は流 通 分 の それ で あ るが、 それ に対 し、流 通 分 の終 りの百 八 名 讃 は、 これ は 流 通 分 と い うよ りは む しろ、 経 全体 の 結 び と して 「大 日が 」 「金 剛薩 唾 を 」 讃歎 した もの で あ る事。 而 して、 それ らの百 八 名讃 は、 経 の ど こ に説 か れて い るか。 そ の 所在 を、 梵 本 の 文 段 序 数を 以 て 示 せ ば、 即 ち 金 剛界 品 の そ れ は、 §196∼201 義 成 就 品 の それ は、 §1832∼1849 降三 世 品 の そ れ は、 §619∼639 流 通 分(1)の そ れ は、 §2980∼2997 遍調 伏 品 の そ れ は、 §1469∼1486 流 通 分(II)の それ は、 §3043∼3065で あ る事。 先 に は、 以 上 の 事 を説 述 した。 そ こ で 今 回 は6種 の 百 八 名 讃 を 通 じ、 ど の よ う な 讃 歎 名 が、 ど の 讃 に 用 い られ て い る か、 ま た そ れ ら の 讃 歎 名 は、 そ れ ぞ れ 全 く各 別 で、6種 を 通 じ 全 く唯 一 回 し か 用 い ら れ て い な い の か、 或 は、 同 一 名 が 重 複 し て 用 い られ て い る 事 が あ る の か、 ど うか、 等 を調 べ て み る た め、6種 の 百 八 名 讃 に 現 わ れ る 全 讃 歎 名 を、 一 々 カ ー ドに採 っ て、 ア ル フ ァ ベ ッ ト順 に 並 べ て み た。 そ れ が 表(2)で あ る。 と こ ろ で 表(2)が 示 す よ う に、 百 八 名 讃 に 用 い られ て い る 名 は、 必 ず し も 一一語 一 名 の も の ば か り で な く、 む し ろ2語 乃 至 数 語 か ら成 る複 合 詞 の 讃 歎 名 が 大 部-96-分 で あ る。 従 っ て名 単 位 に考 察 す る のみ で は不 充 -96-分 で、 名 を語 に-96-分 解 して、語
単 位 に も、 考 察 す る必 要 が あ る。
と ころ で、 そ の た め に は(即 ち語 単位 の表 を作 るた め に は)名 単位 の カ ー ド
とは別 に、 新 た に、 語 単 位 のカ ー ドを別 に作 る こ とが必 要 で あ った。 しか し、
それ は労 が 多 い の で、 便 宜、 名 単位 の カ ー ドを、 そ れ をそ の ま ま流 用 して語 単
位 の表(3)を作 る こ と に した。 即 ち
1)一
語 一 名 の語 につ い て は、 そ の カ ー ドを そ の ま ま流 用 した。
2)次
に2語
よ り成 る名 の カ ー ドは、 そ れ を後 語 の カ ー ドと して流 用 し、前
語 は表(2)に依 る こ と に した。
3)3語
以 上 の場 合 も同様 で あ っ て、 第 一 語(=前
語)は、
も ち ろん 表(2)に
依 る こ とに し、 ま ず 第 二語(=中
程 の語)の カ ー ドと して、 そ の カ ー ドを用 い、
そ れ を アル フ ァベ ッ ト順 の、 そ の箇 所 に並 べ、 表 に記 入 し終 った 後 に、 更 に そ
の カー ドを、 い ま一 度 第 三語 以下(=後
語)の
カ ー ドと して 用 い、 一枚 の カ ー
ドに二 度、 三 度 の つ とめ を させ た の で あ る。
従 って、 表(2)は、讃 歎 名 の ・アル フ ァベ ッ ト順 の ・完 全 な表 で あ るが、 表(3)
は、 語 単 位 の ・アル フ ァベ ッ ト順 の表 で あ る が ・それ は不 完 全 な表 で あ っ て、
そ れ は、 表(2)を併 用 す る事 に依 っ そ始 め て、 語 単 位 の ・完 全 な表 とな る性 質 の
もの で あ る。
即 ち語 単 位 の 考 察 をす る際 は、 表(2)と表(3)を併 用 して始 め て、 そ の語 の瀕 度
・回 数 を正 し く知 る こ とが で き るの で あ る。 と こ ろ でそ の際 注 意 せ ね ば な らぬ
事 は、 表(3)は以 上 の よ うな性 格 の表 で あ るか ら、
1)そ
の語 が一 語 一 名 の場 合 は、 そ の語 は、 表(2)に も表(3)にも重 複 して現 わ
れ て い る。 従 っ て そ の語 の 回数 は、 表(2)に よる も、表(3)に よ る も、 当然 同 数 で
あ るが、 そ の いず れ か に依 らね ば な らぬ。 即 ち、 全 く同一 の カ ー ドが、 双方 に
重 出 して い る訳 で あ るか ら、 そ の双 方 の 回数 を合 す る と、 そ の 数 は、 実 際 の倍
数 とな って、 そ れ は誤 りで あ る か らで あ る。
これ に対 し、 二 語 乃 至 数 語 か ら成 る名 の場 合 は、 第 一語 は全 然 表(3)に現 わ れ 一
な い か ら、 そ の 語 の 回 数 を数 え る場 合 は表(3)の回数 の外 に、 表(2)に依 って 数 え
た そ の語 の 回 数 を加 え る必 要 が あ る。
以 上 の よ うな事 で あ るか ら、そ の 語 が 一 語 で 一 名 と成 っ て い る場 合、(例
え
六 種 百 八 名 讃 の 統 計 的 考 案-95-密
教
文
化
ば vajra は 大 部 分 は、vajra-, 或 は-vajraと い う よ うな 複 合 詞 の 一 部 分 に 用 い
られ て い る が、vajra一 語 で 一 名 と な っ て い る 場 合 が あ る か ら)、 そ の 際 は、 表 (2)と表(3)の、vajraの 項 の 回 数 を安 易 に 双 方 を合 す る と、 vajra一 語 で 一 名 と 成 っ て い る 名 の 回 数 が 重 複 し て 数 え られ て い る の で、 そ れ だ け 実 際 の 回 数 よ り 誤 っ て 多 く数 え ら れ た 事 に な り、 間 違 っ た 回 数 を 得 る 事 に な る か ら で あ る。 こ の 事 は、 こ の 表 を用 い て 語 単 位 に そ の 語 の 瀕 度 ・回 数 を 計 算 す る 場 合、 特 に 注 意 を要 す る の で、 そ の:事情 を細 説 し た 次 第 で あ る。 〔1〕 名 単 位 の 考 察 さ て、 表(2)に 依 っ て み る と、 讃 歎 名 の 多 く は 複 合 詞 で あ っ て、 同 じ意 味 の 言 葉 で あ っ て も、 修 飾 語 等 の 関 係 で、 全 く 同 一 名 と い う の は、 案 外 少 な い け れ ど も、 全 く の 同 一 名 が 重 複 し て 用 い られ て い る 場 合 が、 な い で は な い。 以 下、 瀕 度 の 多 い も の を 拾 っ て み る と、 1)大 薩 唾 maha-sattvaと い う名 が 最 も 多 く用 い られ て い る 事 を 知 る の で あ る。6種 の 百 八 名 讃 を 通 計 す れ ば、 前 後7回 現 わ れ る。 即 ち、 ま ず 金 剛 界 品 (197・1))に 現 わ れ、 義 成 就 品 に は2回(1833と1841), 流 通 分(1)に は2回 (2981と2983), 流 通 分(Dに2回(3044と3045), の 計7回 現、わ れ る。 い ま197・1)に つ い て、 そ の 原 語 に、 チ ベ ッ ト訳(イ タ リ ッ ク 体)と、 漢
訳 を附 し て、 示 せ ば maha-sattva, sens-dpah, chen-po, 865大 心 ・866摩 詞 金 剛
薩 唾 ・882大 正 士 と あ る。 〔註 §197は 初会 金 剛 頂 経 梵 本 ロー マ字 本 に於 け る 文 段 序 数 で あ り、865, 866, 882, は大 正 蔵 経 の経 典 番 号 であ って、 それ ぞ れ 不 空訳,金 剛 智 訳,施 護訳 を 指 す。 以 下、 同 様 で あ る。 また、 チ ベ ッ ト訳,漢 訳 等 の ・相 当箇 所 は、 ロー マ字 本 に随 時、 そ の葉 数 ・頁 数、 及 び行 数 等 を あ げ て あ るの で、 チ ベ ッ ト訳、 漢 訳 の所 在 につ い て は、 ロー マ字 本 を参 照 さ れ た い。 〕 さ て、maha-sattvaのmah乱 一 は'大 キ イ'の 意。sattvaは、 音 写 し て'薩
埋'、 意 訳 し て'有 情 〔 衆 生'等 と 訳 さ れ る が、satは 動 詞Vas(英 語 のbe動 詞
に当 る)の 現 在 分 詞 で、bein9と 訳 さ れ る 言 葉 で あ る が、'存 在 〔 存 在 者、 つ ま
り'生 物'と い う意 で あ り、 代 表 的 に は'人'と 訳 し て も よ い が、 仏 教 で は、 人
は必 ず し も人 た ら ず、 因 果 応 報 ・自 業 自 得、 善 因 善 果 ・悪 因 悪 果 で、 自 業 に よ
っ て(即 ち、各 自 の 前 世 の 行 為 ・行 動 に 従 っ て)、 或 は 天 に 生 れ、 或 は 畜 生 に 生
-94-れ、 餓 鬼 ・地 獄 等 の 六 道 の、 い ず れ に も流 転 す る。 い わ ゆ る 六 道 輪 廻 の 存 在 で あ る か ら 「人 」 と訳 さ ず、 無 生 物 に 対 し て'情 あ る も の'即 ち 「有 情 」 と訳 さ れ、 或 は 地 獄 ・餓 鬼 ・畜 生 ・修 羅 ・人 ・天 等、 い ろ い ろ の 存 在 者、 生 物 と し て 存 在 す る か ら 「衆 生 」 「異 生 」 と訳 さ れ て い る の で あ る。 従 っ て 仏 典 で 単 にsattvaと 言 え ば、 六 道 輪 廻 の 有 情 ・衆 生 を 指 す が、 大 (maha-)が っ け ば、 普 通、 菩 薩 の 敬 称 と し て 用 い られ(大 有 情 と か、 大 衆 生 と か に は 訳 さ れ ず)、 音 訳 し て 「摩 詞 薩 垣 」、 略 し て 「摩 詞 薩 」、或 は 摩 詞 は 意 訳 し て 「大 薩 垣 」、 と訳 さ れ て い る の で あ る。 或 はmahaもsattvaも 共 に 意 訳 し て、 「大 士 」 と 訳 さ れ て い る。 と こ ろ で、882施 護 訳 で 「大 正 士 」 と あ る の は、satに は'正 し い'、'真 実 の' の 意 味 も あ る の で、 正 し い 人 と い う事 で 大 正 士 で あ る と、 理 解 す る 事 も で き る が、 施 護 訳 は 七 言 一 句 で 訳 さ れ、 一 般 に 補 語 が 多 い の で、 お そ ら く大(maha一) 士(sattva)で よ い も の を、 「正 」 を 補 っ て 大 正 士 と し た も の で あ る と、 私 は 考 え て い る。
次 に、 チ ベ ッ ト訳 の、sems-dpah chen-poは、 chen-poは'大 キ イ'の 意 で、
skt. maha-の 訳。 チ ベ ッ ト語 で は 形 容 詞 ・数 詞 等 は、 修 飾 さ れ る 言 葉 の 後 に 附 さ れ る か ら、 そ の よ う に 成 っ て い る に す ぎ な い。 従 っ て、sems-dpahはsattva の 訳 で あ る が、 チ ベ ッ ト訳 で は、 梵 語 のsattvaは 二 様 に 訳 し分 け られ、 そ れ が そ こ で 尊 者 を 指 す 場 合 はsems-dpapと 訳 さ れ、 同 じsattvaで も そ れ が 六 道 輪 廻 の 迷 人 を指 す 場 合 はsems-canと、 訳 し分 け ら れ て い る の で あ る。 即 ち 単 な るsattvaはsems-canと 訳 さ れ、 大 薩 唾 と か、 菩 提 薩 埋bodhisattvaと か の 場 合 は、sems-dpahと 常 に 訳 され て い る の で あ る。 と こ ろ で チ ベ ッ ト語 で はsemsは'心'、dpahは'勇 シ イ'の 意 で あ る が 前 述 の よ う に 形 容 詞 ・数 詞 は 後 に来 る こ と に な っ て い る の でsemsの 後 にdpah が 附 さ れ て い る訳 で、 直 訳 す れ ば'勇 し い 心'で あ る が、 も ち ろ ん'勇 し い 心 の 人'を 指 し、sattvaの 訳 と し て チ ベ ッ ト訳 で は 定 着 し て い る も の で あ る。 次 に 漢 訳 に 於 て、865不 空 訳 でmaha-sattvaが 「大 心 」 と 訳 さ れ て い る の は、 そ れ はsattVaに'心'の 意 が あ る か ら'心 の 大 き い 人'と い う意 味 で、 大 心 と訳 さ れ て い て も、 大 心 そ の も の を 指 す の で な く、 心 の 大 き い 存 在 者、 つ ま 六 種 百 八 名 讃 の 統 計 的 考 案
-93-密 教 文 化
り'大 心 の人'の 意 で あ っ て、 仏 ・菩 薩 等 の尊 者 を指 す こ とは、 い うま で も な
い。 ま た、866金 剛 智 訳 の 略 出 経 の 「摩 詞 金 剛 薩 唾 」 は、 こ こ で 大 薩 堰 と は 金 剛 薩 垣 の 事 で あ る か ら、 金 剛 の 語 を補 っ た も の と考 え る こ と も、 出 来 な い 事 は な い が、 サ ン ス ク リ ッ ト原 文 はrvajra-satva!maha-satva!vajra!sarva-tatha= gata!/云 々 」 と あ り、 慶 喜 蔵 の 釈 も、 釈 友 の 疏 も、 共 にvajra (金 剛)は 別 名 と して 取 扱 っ て い る の で、 「摩 詞 薩 堰 よ!金 剛 よ!」 と、 二 名 と 考 え る 方 が よ い 事 は、 先 に 「百 八 名 讃 の 註 釈 的 研 究 」(密 教 文 化112,113,114号 連 載)に 於 て、 述 べ た 通 りで あ る。 以 上 の よ うに、 漢 訳 で はmaha-sattvaの 訳 が、 い ろ い ろ の 言 葉 に な っ て お り、 そ れ ら の 訳 は 漢 語 と し て は、 必 ず し も 同 一 意 味 の 言 葉 で な いが、maha-sattva, sems-dpah chen-po, 大 心、 大 正 士、 摩 詞(金 剛)薩 唾、 の 指 す も の が、
こ こ で、 全 く同 一 物 で あ る こ と は 明 ら か で あ る。 次 に、 義 成 就 品 の1841・9)の5)の、maha-sattvaは、 も ち ろ ん 菩 薩 ・尊 を 指 し、 チ ベ ッ ト訳 に は も ち ろ ん sems-dpah chen-poと 訳 さ れ て い る が、 漢 訳 に 「大 勇 猛 」 と 訳 さ れ て い る の は、sattvaに'勇 気'の 意 味 が あ る の で 「大 勇 猛 」 と 訳 さ れ た ま で で、 大 勇 猛 者 〔一 大 薩 垣 〕 の 意 で あ る事 は、 も ち ろ ん で あ ろ う。 同 じ 義 成 就 品 の(1833)の、maha-sattvaは、 も ち ろ ん 「摩 詞 薩 堰 」 と 訳 さ れ て い る。 次 に、 流 通 分(1)の、(2981)のmaha-sattvaは 漢 訳 に 「大 薩 垣 」 と あ る の で、 問 題 は な い と し て、 (2983)のmaha-sattvaは、 サ ン ス ク リ ッ ト原 文 (写 本)は 欠 字 と な つ て い た も の を 私 が、(チ ベ ッ ト訳、 漢 訳 を 参 照 し て)、 〔maha-sattva!〕 と補 っ た も の で あ る が、 そ の 漢 訳 は 「大 真 実 」 と な っ て い る。 従 っ て 漢 訳 の 「真 実 」 か ら は、 そ の 原 語 は、 或 はsatyaで な か っ た か、 と疑 い を持 つ 人 も あ る か も知 れ な い が、 た と え 一 歩 ゆ ず っ て 漢 訳 の 原 本 がsatyaに な
っ て い た も の と し て も、 恐 ら く、 そ れ はsatva(写 本 で は、 sattvaが す べ てsat=
vaと 書 か れ て い る の で、satva)がsatyaと 誤 写 誤 伝 さ れ た も の で あ ろ う と確 信
す る。 と い う の は、sattvaに は'真 実'の 意 も あ 一る か ら、maha-sattvaを 「大 真
実 」 と 訳 し た ま で で、 少 く と も、 そ の 原 語 は、 こ こ で はmaha-sattvaで あ る と
-92-考 え られ る か ら で あ る。 次 に 流 通 分(Dの、(3044)は、 「大 薩 埋 」 と な っ て い る し、(3045)は 「大 勇 尊 」 と な っ て い る が、 尊 の 字 が あ る の で 「大 勇 尊 」 の 原 語 がmaha-sattvaで あ る こ と に 疑 い な い。 以 上 の よ う に、 漢 訳 に は い ろ い ろ に 訳 さ れ て い る が、 原 語 は み な 同 一 の、 maha-sattvaで あ っ て、 も ち ろ ん 誤 解 の お そ れ は 多 分 に あ る が、 そ れ ら の 漢 訳 が、 直 ち に 誤 訳 と い うべ き で な い。 但 し、 降 三 世 品(624)の、maha-sattvarthaが 「大 勇 猛 義 」、流 通 分(1) の、(2982)のmaha-sattvarttaが 「大 士 勝 利 」 と訳 さ れ て い る事 に は、 抵 抗 を 感 ず る。 そ れ は 註 釈 に よ れ ば、 こ の 場 合 は 『rmaha+sattvartha」 で あ っ て rmaha-sattva+artha」 で な い か ら で あ る。 つ ま り、 こ の 場 合 の、sattvaな る も の は、 「(1833) (2981)のsattvartha」、 及 び 「197-7)のsu-sattvar=
tha」 の、sattvaと 同 様 で、 こ れ ら のsattvaは、chen-po, 有 情、 衆 生'の
意 で あ り、 そ れ は'有 情 の 利 益'で あ っ て、 尊 を 指 すsattva(Tib.:sems-dpah) で は、 な い か ら で あ る。 従 っ てmaha-sattvaと い う言 葉 は、(197、1833、1841、2981、2983、3044、 3045)の 七 カ 所 の み に 用 い られ、(624、2982)で はmaha-sattva'大 薩 唾'と い う言 葉 は、 用 い ら れ て い な い、 と い う事 を確 知 す る必 要 が あ る の で あ る。 さ て 以 上 の 如 く、maha-sattvaと い う語(=讃 歎 名)は、 前 後 七 回、 重 複 し て 用 い られ、 同 一 名 と し て は6種 の 百 八 名 讃 を 通 じ、 一 番 多 く用 い ら れ て い る が、 釈 尊 が 「世 尊 」 と か 「如 来 」 とか の 名 で 呼 ば れ て い る 如 く、 百 八 名 讃 で、 因 位 の 大 日 で あ り一 切 如 来 否、 我 々 一 切 有 情 の 心 中 に厳 然 と し て 存 在 す る 金 剛 薩 垣 が、 大 薩 垣maha-sattvaの 名 を 以 て、 た び た び 呼 び か け られ て 讃 歎 さ れ て い る の は、 当 然 で あ る と思 わ れ る。 但 し、 以 上 は 「大 薩 垣 一 金 剛 薩 唾 」 とわ り 切 っ て の 話 で あ っ て、 経 の 説 相 で、 金 剛 薩 唾 が 直 接 大 薩 唾 と、 必 ず し も呼 び か け ら れ 讃 歎 さ れ て い る 訳 で は な
い。 い ま は本 質 的 に は 「
大 日如 来 ・=金剛 薩 垣 一三 十 七 尊=切
如 来 」 とい う経
の 立 前 か ら、一 応、 金 剛 薩 唾 を代 表 と して、 私 が そ の よ うに述 べ た にす ぎず、
経 文 の上 で は、 そ れ は 直 接 に は金 剛 愛=菩薩 に対 して で あ り、或 は金 剛 王 菩 薩 そ
の他 に対 して、 大 薩垣 と呼 び か け られ てい る の で あ るが、 話 を簡 単 に す るた め
六 種 百 八 名 讃 の 統 計 的 考 案-91-密 教 文 化
金 剛 薩唾 とい った ま で で あ って、 究 極 的 に は金 剛 薩唾 で あ って も、経 の説 相 で
は必 ず し も金 剛 薩 垣 とい う訳 で な い。 しか し同 じmaha-sattvasattvaと
い う言 葉 が漢
訳 で は偶 文 の都 合 で或 は大 薩 唾、 摩 詞 薩 唾、 摩 詞 薩 等 々、 種 々 に な っ て い る の
で 一応 そ れ ら を整 理 して、 原 語 と して は 同一 名 で あ り、同一 語 で あ る とい う範
囲 で の話 で あ る こ とは、 予 め充 分 理 解 して貰 っ てお か な け れ ば な らな い。
さて以 上 の如 く、 言 葉 と して は、 特 に サ ンス ク リ ッ ト原 語 と して
はmaha-sattva (大 薩唾)が 一 番・
多 く、 七 回現 われ る が、 そ の次 に多 い の は maha-vajra
(大金 剛)と vajragrya (金 剛 の最 勝 な る もの)で あ って、 これ らは 共 に五 回
現 わ れ る。即 ち 「
大 金 剛 」 は金 剛 界 品 に二 回、 降 三世 品 で一 回、 流 通 分(1)
(II)で 各 一 回、 計 五 回 で あ る。 表(2)には そ の所 在 を くわ し く文段 序 数 で、197
・3), 198・7), 620・1), 2994・14), 3045・2)等
と くわ し く明示 し て あ るの
で、 そ の文 段 序 数 に よ っ て、 それ が6種 の百 八 名讃 の 中 の、・
いず れ の 百 八 名讃
に説 かれ て い るか、 は 自 ら明 白 で あ るが、 話 を簡 単 にす る た め、 以 後 は 金 剛 界
品 を(金),降
三 世 品 を(降),乃
至、 流 通 分(1)を
単 に(1)、
等 と略 して、
そ の所 在 を大 ざ っ ぱ に示 す こ とにす れ ば、
maha-vajra(大
金 剛)は(金)(金)(降)(1)(Dで
あ り、vajragryaは、
(金)(金)(金)(降)(1)と
い う事 にな る。即 ち金 剛 界 品 に3回,降
三 世 品
に一 回,流 通 分(1)に
一 回 の、 計5回
とい う事 で あ る。
但 し、 これ らの讃 歎 名 も、 これ ま た「
大 薩 唾 」と同様 で あ っ て、大 金
剛(maha-vajra)のvajra(金
剛)は、
必 ず し も五 股 金 剛 杵 を指 す とい う訳 で な い。197・
3)の 場 合 の そ れ は 金 剛 愛 菩 薩 の三 形 ・金 剛箭 を指 し、198・7)の
場 合 は 金 剛
憧 菩 薩 の三 形 ・金 剛 幡 を指 す 等、(言
葉 は同一 で あ って も)必 ず し も同一 物 を
指 す とは限 らず、 ま たvajragrya(:金
剛 の最 勝 な る もの)のvajraも
同様 で あ
って、 金 剛 杵 を指 す 場 合 も あれ ば、 金 剛杵 を手 に す る持 金 剛 者 とい う意 味 で 金
剛 王 菩 薩 を指 す 場 合 も あ る、 等 々、 厳 密 には、 種 々 の相 違 が あ る か ら、問 題 は
複 雑 で あ る が、 とに か く 言 葉 と して はmaha-vajra(大
金 剛)と、 vajragrya
(金 剛 の最 勝 な る も の)は、 共 に5回 つ つ現 わ れ るの で あ る。
以 下、 表 を丹 念 にみ て貰 え ば、 わ か る こ とで あ るが、 以 下、回 数 順 に示 せ ば、
次 に4回 現 わ れ る讃 歎 名 は、 次 の7名 で あ る。
maha-dharlna
(大 法)は
(降、 遍、I、II)に
現 わ れ
maha-yana
(大乗)は
(金、 降、 遍、・II)に
maha一 忌uddha
(大 清 浄)は
(遍、 義、II、II)に
mahaloka
(大 光 照)は
(遍、 義、I、II)に
mahppaya
(大方 便)は
(金、 降、I、II)に
vajra-musti
(金 剛 拳)は
(金、 金、 降、II)に
sarva-tath融ata(一
切 如来)は
(金、 降、 義、11)に
現 わ れ る。
こ の 中、 「
大 法 」(maha-dharma)と
い う讃 歎 名 は、 降 三 世 品 ・遍 調 伏 品 ・
流 通 分(1)・
流 通 分(II)の
百 八 名讃 に現 わ れ る。 表(2)に示 す よ うに降 三世
品621・2)の
「
大 法 」 は 「
釈 」 に
く 「
大 法 」 とは、 大 法 が此(の 尊)に
あ るか ら 「大 法 」 で あ って空 性 の 三
摩 地 の金 剛 性、 それ の本 性 はす べ て衆 生 の利 を、智 を以 て観 察 す るが故 に
「
法 」 で あ る。 〉
と釈 され、
遍 調 伏 品1475・6)の
そ れ は
く 蓮 華 族 の マ ン ダ ラそ の も のが 続 々 タ ン トラ(2760以
下)の 中 に説 か れ る
理 趣 に よ っ て一 切 に遍 満 す るか ら、法 で もあ り大 で もあ るか ら 「
大 法 」 で
あ る。 〉
と釈 され、
流 通 分(1)の2983・3)の
そ れ は
く 大 法 とは般 若 智 の本 性 に よ っ て一 切 に通 達 す るが故 に大 法 で あ る。〉
と釈 され、
流 通 分(III)の3052・9)の
そ れ は
く 大 〔
法 〕 とは広 観 と敏 観 の 門 か らで あ る。 〉
と釈 され て い る如 く、註 釈 に よれ ば、 或 は 金 剛 薩 垣 の三 摩 地 を大 法 と讃 じ、或
はマ ン ダ ラ を、或 は般 若 智 を、或 は観 法 に お い てそ の三 形 を宇 宙 大 に観 想 す る
点 を、 「
大 」 と讃 歎 して い るの で あ る とく 註 釈 され て い る如 く、 「
大 法 」 な る
語 の 指 す とこ ろ は、 必 ず し も厳 密 に は全 く同一 とい うわ け で は な い。
同 様 に次 後 の 「
大 乗 」,「 大 清 浄 」,「 大 光 明 」,「 大 方 便 」,「 金 剛 拳 」,「一一
切 如 来 」 等 も同 様 で あ っ て、 そ の讃 歎 す る と こ ろの 内容 が 全 く同 一 とい う訳 で
な い か も知 れ な い けれ ど も、大 法 の例 で もわ か る如 く、そ れ は全 く相 反 す る よ
六 種 百 八 名 讃 の 統 計 的 考 案-89-密
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文
化
うな 意 味 に 用 い られ て い る わ け で な い か ら、 そ れ ぞ れ の 箇 所 で の、 そ れ ぞ れ の 意 味 す る と こ ろ の 内 容 は 一 応 省 略 し て 他 目 に ゆ ず り、今 回 は 一 応 言 葉 に 限 っ て、 同 一 名 と い う事 で、 話 を進 め た い。 次 に 三 回 現 わ れ る 讃 歎 名 と し て は、 tattvartha (真 実 義)が、 降、 義、Iに tathagata (如 来)が、 金 》 義、 〔 こ buddha-dharma(仏 法)が、 遍、I、IIに maha-teja (大 威 光)が、 金、 義、11に maha-naya (大 理 趣)が、 金、 降、1に maha-natha (大 主)が、 遍、I、IIに maha-raksa (大 護)が、 降、I、IIに maha-ratna (大 宝)が、 義、 義、 義 に maha-hasa (大 笑)が、 金、 義、IIに 単 な るvajra (金 剛)の み が.金、I、IIに vajra-karma (金 剛 業)が、 金、 降、IIに vajra-ketu (金 剛 撞)が く 金、 降、IIに vajra-dharma (金 剛 法)が、 金、 遍、IIに valra-ratna (金 剛 宝)が、 金、 義、IIに vajra-satva (金 岡り薩 唾) 力弐、金、 降、II壱 こ sarva-ratna (一 切 宝)が、 義、 義、IIに su-sodhaka (妙 清 浄 者)が、 金、 遍、IIに 現 わ れ る。 以 上 を み て 感 ず る こ と は、maha-'大'の つ く名 が 多 い と い う事 で あ り、6名 あ り、 ま たvajraの つ く語 は5名 で あ る が、 こ れ も 単 な るvajraと い う讃 歎 名 を加 え る と、6名 で あ る。 而 し て、 そ の 讃 歎 名 の 大 部 分 は そ れ ぞ れ 何 か の 品 に 一 回 づ っ 計3回 現 わ れ る が、maha-ratna(大 宝)な る語 は 義 成 就 品 に 限 られ、 義 成 就 品 に 集 中 し て い る の は、 義 成 就 品 が 宝 部 で あ る こ と を端 的 に 物 語 っ て い る。 さ て 以 上 の よ うに、 前 後3回 現 わ れ る 讃 歎 名 は 以 上 の17名 で あ る が、 二 回 現 わ れ る 讃 歎 名 は 更 に 多 く、 計58名 を数 え る。 即 ち-88-avalokitesa観 自 在 が(遍、 遍)、avaca無 言 が(金、1)、
akasa-garbha虚 空 蔵 が(金、 義)、jina-prabha勝 者 光 が(金、D、
dharma-eakra法 輪 が(遍、II)、dayaka施 者 が(遍、 義)
dharma-raja法 王 が(遍、I)、nisprapaica無 戯 論 が(降、II)、
paramartha勝 義 が(降、I)、buddha-pija仏 供 養 が(降、II)、
buddha-prabha仏 光 が(降、II) buddha-buddha仏 仏 が(降、 遍)
buddhagrya仏 最 勝 が(降、 遍)、maha-karma大 鵜 磨 が(1、,11)
mah5-kama大 欲 が(降、II)、maha-kaya大 身 が(降、1)
maha-ketu大 憧 が(義、II)、maha-citta大 心 が(降、1)
maha-jnana大 智 が(降、I)、maha-jvala大 光 焔 が(金、II)、
maha-drdha大 堅 固 が(金、D、maha・dyuti大 光 耀 が(義、II)
maha-puja大 供 養1が(降、II)、maha-prabha大 光 が(義、I)
maha-buddha大 仏 が(降、 遍)、" maha-budha大 慧 が(降、 遍)、
maha-mati大 慧(遍、II)、. maha-mudra'大 印 が ・(降、II)∼
maha-muni大 牟 尼 が(1、1)、1naha-raja大 王 が(1、II)
maha-vara大 願 が(降、 義)、maha-vaca大 言 説 が(1、(1)
=maha-vira大 勇 が(遍、1)、maha-virya大 精 進 が(1、II)
maha-sattvartha大 衆 生 利 が(降、1)、mahatma大 我 が(義、1)
maha'bhiseka大 灌 頂 が(義、 義) mahayudha大 器 杖 が(金、II)、
loka-natha世 間 主 が(遍、 義) Iokartha世 利 が(遍、 義)、
loke6vara世 自 在 が(金、 遍)、vajra-kosa金 剛 剣 が(金、 降)、
vajra-garbha金 岡り蔵 が (金、 義)、vajra-tikspa金 岡り利 が (金、II、
vajra-teja金 剛 威 光 が(金、II)、vajra-dhatu金 剛 界 が(金、I)、
vajra-natha金 剛 主 が(降、1)、vajra-netra金 剛 眼 が(金、 遍)、
vajra-papi金 剛 手 が(金、 降)、vajra-Prabha金 剛 光 が(金、 降)、
vajra-bhasa金 剛 語 が(金、II)、vajra-yaksa金 剛 夜 叉 が(金、II)、
vajra-raksa金 岡リ護 カミ (金、II)、vajra-raga金 岡り愛 カミ (金、II)、
vajra-raja金 剛 王 が(金、11)、vajra-vajra金 剛 金 剛 が(降、 遍)、
vajra-vaca金 剛 言 が(金、1)、vajra-virya金 剛 精 進 が(金、 降)、
vajra-sandhi金 剛 合 が (金、II)、vajra-sadhu金 岡り善 哉 が (金、II)、
六 種 百 八 名 讃 の 統 計 的 考 案
密
教
文
化
vajra-hasa金 剛 笑 が(金、II)、vajra-hetu金 剛 因 が(金、II)、
vajrahkusa金 剛 鉤 が(金、 降)、vajratmaka金 剛 我 者 が(降、1)、
vajrsgra金 剛 峻 が(金、 降)、vibho遍 満 が(降、1)、
Sambh豆 寂 静 生 が(遍、1)、 曲ddha清 浄 が(義、1)、
s uddhartha=清 浄 義 が(遍、 義)、satva-satva薩 垣 薩 唾 が(遍、1)、
satva-hetu 1薩唾 因 が(1、1)、satvartha有 情 利 が(義、1)、
samanta-bhadra普 賢 が(金、 降)、sarva-maPdala-切 マ ン ダ ラ が(降、II)、
sarvartha一 切 義 利 が(降、 義)、su-dharmagrya妙 法 最 勝 が(遍、ID、
su-vidyagra妙 ・明 最 勝 が(金、1)、su-satvagrya妙 ・薩 唾 最 勝 が(金、 遍) 以 上 の58名 で あ る が、 こ の 中 或 る 一 品 に集 中 し て 現 わ れ る も の は, avalokitesa (観 自在).が 遍 調 伏 品 に、 maha'bhiseka(大 潅 頂)が 義 成 就 品 に、 maha-muni(大 牟 尼)と maha-vaca(大 言 説)と satva-hetu(薩 埋 因)と が、 流 通 分(1)に 現 わ れ る。 以 上 の58名 が、 前 後2回 現 わ れ る讃 歎 名 で あ る。 従 っ て、 以 上 に あ げ た も の の 外 は、 も ち ろ ん 唯 一 回 し か 現 わ れ な い 名 で あ る が、 表(2)に 従 っ て ア ル フ ァベ ッ ト順 に 少 し示 せ ば、 次 の 如 くで あ る。 a-kaya(1)、aksaramahan(遍)、aksaraksara(遍)、 aksaragrya(遍)、aksarspama(遍)、agra-yaksa(II)、
agra-samaya (金)、a-citta (1)、an-aksara(II)、
an-adi-nidhana (II)、a'bhiseka (義)、abhisekagrya (義)
amogha-raja (金)、alalpkara (義)、a-vajra (1)、
akasa (義)、akasa-ketu (II)、akasa-dhatu (義)、
akasa-salpbhttta (義)、abha,grya (義)、aloka-loka (遍)、
(以 下 略)
以 上 は、 表(2)に よ っ て、a、aの 部 分 の み を示 し た も の で あ る が、 以 上 の 例
に よ っ て も分 か る よ う に、 以 上 の21名 中、aksara(文 字)の 語 を含 む 名 は5、
agraを 含 む も の2、abhisekaを 含 む も の2、akasaを 含 む も の が、4名 あ る。
と こ ろ で、 こ の 中、agra-yaksaとagra-samayaは、 同 じ くagraを 含 ん で い る
-86-が、 こ れ ら の2名 は、agraよ り は む し ろyaksa, samayaに 重 点 が あ り、 こ の
二 名 の 間 に は 親 近 関 係 は 少 な い が、abhisekaとabhisekagryaの2名 はabhi
sekaに 重 点 が あ り、 こ の2名 は 殆 ど同 一 名 と言 っ て よ い位 で あ る。
従 っ て 単 に、 名 単 位 に、alphabet順 に 並 べ た ・表(2)は、 単 に 前 接 語 を 同 じ く
す る名 に 限 ら れ、 そ の 語 が 後 接 に 用 い ら れ て い る名 は、 全 然、 別 の 箇 所 に 現 わ
れ る わ け で、 同 じ くaksaraを 含 む 名 で あ っ て も、 cakrak串ara, lokaksaraの
よ う に、aksaraが 後 半 に 用 い られ て い る 名 は、 全 く別 箇 の 箇 所 に 現 わ れ て、 こ
れ を同 時 に 一 箇 所 で 見 る こ と は 出 来 な い わ け で あ る。 そ こ で そ の た め 私 は、 表 (3>を作 製 し た。
い ま 表(3)に よ っ てaksaraを 後 接 とす る 讃 歎 名 を 拾 い 出 し て み る と、cakr=
aksara, aksarassara, lokaksara, an-aksaraの4名 が あ る。 同 様 にkaya(身)
を 否 定 したa-kaya(無 身)と い う名 は、6種 の 百 八 名 讃 中 に、 た だ 一 回 し か
現 わ れ な い け れ ど も、kayaを 含 む 讃 歎 名 は、 表(3)に 依 っ てakayaの 外 に、
kaya(身)が あ り、tri-kaya(三 身)、 maha-kaya(大 身)、vajra-kaya(金 剛
身)、sarva-kaya(一 切 身)、 等 々 も あ る こ と が 分 か る の で あ る。 表(2)に よ れ ば、 即 ち 名 と し て は 唯 の 一 回 し か 現 わ れ な く と も、 名 を 分 解 し て 語 単 位 に み れ ば、 同 じ語 を含 む 讃 歎 名 は、 実 に 多 い。 た と え ばa-kayuieaな る 名 は 唯 一 回 し か 現 わ れ な い が、kayaを 含 む 讃 歎 名 は、 表(2)に 依 っ て も、kaya, kayagryaと い う名 が あ る こ と が 分 か り、 表(3)に よ れ ば、 そ の 外 に 前 記 の 如 く tri-kaya(三 身)、 乃 至sarva-kaya(一 切 身)、 等 も あ る こ と を知 る の で あ る。 以 下、 表(2)と 表(3)を 併 用 し て、6種 の 百 八 名 讃 に 現 わ れ る 讃 歎 名 を、 語 単 位 に 考 察 す る が、 そ れ に 先 立 ち、 先 に あ げ たabhisekaとabhisekagruyaの よ う に、 殆 ど 同 一 名 と い っ て 差 支 え な い 名 を、 若 干 拾 い あ げ て 考 察 し て み る と、 tattvartha(真 実 義)は、 先 に(金)(義)(1)の 百 八 名 讃 に、 計3回 現 わ れ る と述 べ た が、su-tattvartha, sarva-tattvarthaも 加 え れ ば、5回 と い う事 に な り、 同 じ くtathagata(如 来)も(金)(義)(1)の3回 と し た が、 sarva-tathagata (一 切 如 来)が4回 現 わ れ、tathagataを 前 接 とす る ・ 「如 来 何 々 」 と い う讃 歎 名 が9回(義5、 降4)も あ り、 こ れ を加 え る と、16回 と い う事 に な る。 そ こ で、 そ れ ら を整 理 し て 示 せ ば、 次 の如 くで あ る。 即 ち 先 に5回 と し て あ げ た 六 種 百 八 名 讃 の 統 計 的 考 案
密
教
文
化
1) vajragrya (金 剛 の 最 上 な る も の) の5回 も、 単 な るvajra (金 剛)の3回 と合 す れ ば →8回 と な り、 先 に4回 の と こ ろ に あ げ た 1)sarva-tathagata (一 切 如 来)も、 別 に 単 な る tathagata (如 来)が3回 あ り、 そ れ を 合 す る と →8回 と な り、 更 に 「tathagata一 何 々 」 の9回 を加 え る と -→ 計16回 に も な る と い う事 で あ り、 2) maha-suddha (大 清 浄)の4回 も、 単 な るsuddha(清 浄)の2回 を加 え る と →6回 と い う事 に な る。 ま た 先 に は3回 の と こ ろ で 挙 げ た 1) tattvartha (真 実 義)の3回 は su-tattvartha (妙 ・真 実 義)と sarva-tattvartha(一 切 真 実 義)を 加 え る と →5回 (前 出)tathagata(如 来)の3回 も sarva-tathagata(4回)と tathagata一 何 々 の(9回)と を 加 え る と 一 →16回 (前 出)vajra(金 剛)の3回 も vajragryaの5回 を加 え る と 一→8回 2)sarva-ratna(一 切 宝)の3回 も 単 な るratna(宝)を 加 え る と 一→4回 と い う事 に な り ま た2回 と し て 挙 げ た も の の 中 で も、 1)dharma-cakra(法 輪)は □-pravartana(転 法 輪)を 加 え る と 一 →3回 に な り 2)同 じ く dharma-dhatu (法 界)の2回 も □-samatv'apta(平 等 巳 達 大 法 界 '法 界 ノ 平 等 性 二 通 達 シ タ ル')を 加 え る と -→3回 3)maha-prabha(大 光)の2回 も、 su□(妙 ・大 光)を 加 え る と 一→3回 4)maha-muni(大 牟 尼)の2回 も、 単 な るmuni(牟 尼)を 加 え る と 一3回-84-5) maha-sobha(大 厳 麗) (大 善 妙)の2回 も、 maha-subha(大 善 妙)を 加 え る と →3回 6)mahatma(大 身、 大 我)の2回 も、 mahatmaka(大 主 宰)を 合 す る と、→3回 7)vajra-raja(金 剛 王)の2回 も □-agrya(最 上 ・金 剛 王)を 加 え る と、 一3回 (前 出)suddha(清 浄)の2回 も、 maha-Suddha(大 清 浄)の4回 を 加 え る と、 一6回 8)su-vidragra(最 上 妙 明、 妙 ・明 最 上)の2回 も、 vidyagryagrya(明 勝 勝、'明 呪 ノ 最 勝 ナ ル モ ノ ノ 最 勝')を 加 え る と、→3回 9)satvartha(有 情 利 益)の2回 も、 su-□(妙 ・有 情 利 益)を 加 え る と →3回 と い う事 に な る。 更 に 先 に は 「そ の 他 は 唯 一 回 」 と い う事 で、 特 に そ の 名 を 摘 出 ・列 挙 し な か っ た も の の 中 に も、 そ れ に 近 い 意 味 の 名 を合 し て 考 え る と、2回 乃 至3回、4 回、5回 と い う事 に も 成 る も の が 甚 だ 多 数 あ る。 即 ち、 (前 出) dharma-cakra-Pravartana (転 法 輪)も、 単 な る(法 輪)の2回 を加 え る と → 前 出 の 如 く3回 (前 出)同 じ くdharma-dhatu-samatv'apta(平 等 已 得 大 法 界)も、 単 な る(法 界)の2回 を加 え る と →3回 1)nathagra(勝 主)と、nathagrya(最 上 尊)は、 厳 密 に は 各 一 回 で あ る が、 合 す る と、→2回 2)buddhabhisikta(仏 潅 頂)と、buddhabhiseka(大 覚 潅 頂)も、 合 す る と →2回 3) maha-dhira (具 大 勇 猛)と、maha-dhairya(大 勇)も、 同 様 で、 合 す れ ば、→2回 (前 出)maha-Subha も、maha-60bhaの2回 を加 え る と、→3回 4)maha-samaya(大 三 昧 耶)と、maha-salnaya-bandhaka(大 三 昧 耶 縛)も 合 す れ ば →2回 六 種 百 八 名 讃 の 統 計 的 考 案
-83-密
教
文
化
5) maha-sukha(大 楽)とmaha-saukhya(大 妙 楽)は、 合 す る と 一2回 (前 出)mahatmaka(大 主 宰)の1回 も、mahatma(大 我)を 加 え る と、 前 出 の 如 く 層 →3回 6)mara-pramardaka(降 魔)と、mara-pramardin(擢 魔)も 各 一 回 な れ ど、 合 す る と、 →2回 (前 出)ratna(宝)の 一 回 も、sarva-ratna(一 切 宝) (3回)を 加 え る と、 →4回 (前 出)vajra-rajagrya(金 剛 王 最 勝)は 一 回 で あ る が、vajra-raja(金 剛 王) の2回 を加 え る と、 一3回 7)vajra-siddhi(金 剛 悉 地)と、vajra-siddhy-agra(金 剛 悉 地 最 勝)を 合 す る と、 →2回 8)vaca(言 説)と、vacagrya(言 説 最 勝)を 合 す る と、 一→2回 (前 出)vidya'gryagrya(明 勝 々)は 一 回 で あ る が、su-vidya'grya(妙 ・明 勝)の2回 を加 え る と、 →3回 9) sarva-jna(一 切 知)と、sarva-jnna(一 切 智)は、 各 一 回 で あ る が、 合 す れ ば →2回 10)同 様 に sarv'atma(一 切 我)と、sarv'atmaka(一 切 我 者)は、 各 一 回 で あ る が →2回 (前 出)su-tattvartha(妙 ・真 実 義)と、sarva-tattvartha(一 切 ・真 実 義) は、 各 一 回 で あ る が、 合 す る と →2回 更 に 単 な るtattvartha(真 実 義)の3回 を加 え る と、 一→ 計5回 (前 出)su-sattvartha(妙 ・有 情 利 益)の 一 画 も、sattvarthaの2回 を加 え る と、 →3回 と い う事 に な る の で あ る。 換 言 す れ ば、 即 ち、 大 ざ っ ぱ に 言 え ば、 (1)16回 と な る も の は、 如 来(3)と, 如 来 何 々(9)と, 一 切 如 来(4)を 合 し た も の。 (2)8回 と な る も の は、 金 剛(3)と, 金 剛 最 勝(5), を合 した も の (3)6回 と な る も の は、 大 清 浄(4)と, 清 浄(suddha)(2), を 合 し た も の(4)5回 と な る も の は、 真 実 義(tattvartha)(3)と, su-, sarva-(各1), を 合
した も の
-82-(5)4回 と な る も の は、 宝(ratna)(1)と, 一 切 宝(3), を合 し た も の で あ り、 (6)3回 と な る も の は、 1) 法 輪(2), 転 法 輪 (dharma-cakra-pravartana)(1), を合 し た も の、 2) 法 界(2), 法 界 平 等 得(dharma-dhatu-sama-tv'apta)(1), を合 し た も の 3)大 光(maha-prabha)(2)と、 妙 大 光(su-□)(1)を 合 し た も の 4)大 牟 尼(maha-muni)と、 単 な る、 牟 尼,を 合 した も、の 5)大 厳 麗(maha-sobha)(2)と、 大 善 妙(maha-subha)(1)を, 合 した も の 6)大 我(mahatlna)(2)と, 大 主 宰(mahatmaka)(1), を合 し た も の 7)金 剛 王(vajra-raja)(2)と、 金 剛 王 ・最 勝(-agrya)(1), を 合 した も の 8) 有 情 利 益 (sattvartha)(2)と, 妙 ・有 情 利 益(su-)(1), を 合 し た も の 9)妙 ・明 最 上(su-vidya'gra)(2)と, vidya'gryagrya(明 勝 々)(1), を合 し た も の、 で あ り (7)ま た 各 々 は そ れ ぞ れ 一 回 で あ る が、 合 す れ ば2回 と な る も の に は 1) 勝 主 (nathagra) と、 最 上 尊(nathagrya) 2) 仏 潅 頂(buddhabhisikta)と、 大 覚 潅 頂(buddhabhiseka) 3)具 大 勇 猛(maha-dhira)と、 大 勇(maha-dhairya) 4)大 サ ン マ ヤ(maha-samaya)と、 大 サ ン マ ヤ 縛(□-bandhaka) 5)大 楽(maha-sukka)と、 大 妙 楽(maha〔saukhya) 6)降 魔(mera-pramardaka)と 擢 魔(mara-pramardin) 7)金 剛 悉 地(vajra-siddhi)と、 金 剛 悉 地 最 上(□-agra) 8)言 説(vaca)と、 言 説 最 勝(□-agrya) 9)一 切 知(sarva-jnma)と、 一 切 智(sarva-jiana) 10)一 切 我(sarv'atma)と、 一 切 我 者(sarv'atmaka) 11)妙 ・真 実 義(su-tattvartha)と、 一 切 ・真 実 義(sarva-□)が あ る。 と い う事 で あ る。 結 局、 複 合 詞 の 讃 歎 名 が 多 い 以 上、 単 な る讃 歎 名 単 位 の 考 察 の み で は、 不 充 分 で、 ど う し て も複 合 詞 を語 に 分 解 し て、 語 単 位 に 考 察 し な い と、 余 り意 味 が な い、 と い う事 の よ うで あ る。 そ こ で 次 に は、 表(2)と 表(3)を 併 用 し て、6種 の 百 八 名 讃 に 現 わ れ る讃 歎 名 に は、 い か な る語 が 多 く用 い ら れ て い る か、 を 考 察 す る こ と に す る。 六 種 百 八 名 讃 の 統 計 的 考 案
-81-密
教
文
化
但 し、 語 単 位 の 考 察 を す る前 に、 い ま 一 つ、 た と え ば、 讃 歎 名 の 中 に は、 buddha-buddhaの よ う に、 同 じ語 を重 ね た 名 が い くつ か あ る の で、 そ れ も序 に 拾 い 出 し て ア ル フ ァ ベ ッ ト順 に列 挙 す る と、 1)aksar-sara(字 中 字) (遍) 2)padma-padma(蓮 花 蓮 花) (遍) 3)buddha-bu〔ddha〕(自 覚 覚 他)(覚 中 覚) (降)(遍) 4)ratna-ratna(宝 中 宝) (義) 5)vajra-vajra(金 剛 中 金 剛) (降) 6)sakya-sakya(能 中 能 者) (1) 7)sattva-sattva(勇 猛 勝 大 士、 薩 唾 中 薩 唾) (遍)(I) の7名 で あ る。 こ の 中、1)aksaraksaraな る 名 は、 漢 訳 に は 「字 中 字 」 と 訳 さ れ、 チ ベ ット訳 に は 「yi-ge yi-ge(字 字)」 と 訳 さ れ、 更 に 慶 喜 蔵(ananda・garbha)の
『釈 』 の チ ベ ッ ト訳 〔大 悲(thugs-rje chen-po)ト 聖般 若(hphags-pa ses-rab)ノ 共
訳。 サ ンス ク リッ ト原典 ハ伝 ラ ズ、 チ ベ ッ ト訳 ノ ミ現 存。〕 に も、 「字 の 字(yi-gehi
yi-ge」 と 訳 さ れ、
<字 字(yi-ge yi-ye)と は、 如 来 の 変 現 す る身 が 字(yi-ge)で あ る。 そ れ ら
の 字 の 字(yi-ge de-day gi yi-ge)の と は、 受 用 円 満 身 に よ っ て 常 に 住 す る た め
で あ る。 〉 〔デ ル ゲ 版: si鉄15b6;北 京 版 ・bi秩18b5(72巻-9頁 一4葉5行)〕 と、 チ ベ ッ ト訳 さ れ て い る。 し か し、 こ の 釈 文(チ ベ ッ ト訳 文)で は 慶 喜 蔵 が、aksaraksaraな る讃 歎 名 を、 い か に 注 釈 し て い る の か、 文 意 が 通 じ な い。 少 く と も 私 に は 分 か ら な い。 と こ ろ で、 サ ン ス ク リ ッ トのaksaraな る 言 葉 に は'文 字'の 語 義 の 外 に、 形 容 詞 と し て、'不 滅'と か'無 尽'と か'不 変'の 語 意 も あ る。 し た が っ て チ ベ ッ ト訳 の 釈 文 の、yi-ge(字)の 原 語 は 勿 論aksaraに ち が い な い か ら、 こ こ で aksaraは'字'の 意 で は な く、 慶 喜 蔵 は、 aksaraを'不 滅 ・無 尽 ・不 変'の 語 義 の 上 か ら釈 した も の で な い か と 考 え、 チ ベ ッ ト訳 の 釈 文 の、yi-ge(字)の と こ ろ を、 「不 滅 ・無 尽 ・不 変 」 に 読 み 換 え て み る と、 <不 減 の不 滅(aksaraksara)と は、 如 来 の 変 現 す る 身 が 不 滅(aksara)で あ る。 そ れ ら の不 滅(aksara)〔 一 身 〕 の 不 滅(aksara)と は、 受 用 円 満 身 に
-80-よ っ て 常 に 住 す る た め で あ る> と な っ て、 こ れ な ら ば 文 意 も 通 じ、 私 も 理 解 で き る。 即 ちaksaraksaraの 始 め のaksaraは 如 来 の 身、 即 ち、 こ こ で は、 遍 調 伏 品 所 説 の 諸 マ ン ダ ラ の 諸 尊 の 身 を 指 し、 そ れ ら の 諸 尊 は 受 用 円 満 身 を 以 て 常 住 さ れ て い る か ら、 そ の 点 を 讃 歎 し て 「不 滅 の不 滅 」 即 ちaksaraksaraな る 名 を以 て 讃 歎 し て い る の で あ る と、 以 上 の 如 く慶 喜 蔵 は 釈 し た と解 す る こ と が 出 来、 こ れ な ら ば 釈 の 文 意 も 通 ず る の で、 お そ ら く チ ベ ッ ト訳 文 は、 原 作 者(イ ン ド人慶 喜 蔵)が、aksaraksaraな る讃 歎 名 を、'不 滅'の 語 義 の 上 か ら釈 し た 梵 文 を、raksara=文 字 」 と解 し、 釈 文 のaksaraを 文 字(yi-ge)の と翻 訳 し た 結 果、 前 記 の よ うな ・わ け の わ か ら な い チ ベ ッ ト訳 文 と な っ た も の で あ る と考 え る 次 第 で あ る。 な お、 こ の 事 は 釈 友(sakya-mitra)の 『疏 』 も、 大 体 同 じ よ う な 意 味 に 解 し て い る の で、 ま ち が い な い と 思 わ れ る。 即 ち釈 友 疏 も、原 文 の 梵 文 は 伝 わ らず、 チ ベ ッ ト訳 の み 現 存 し て い る わ け で あ る が、 そ の チ ベ ッ ト訳 を 和 訳 す れ ば、
〔デ 版:ri秩26a7行 末; 北 京 版shi秩34b4(71-16T4)〕<字 の
字(yi-gehi yi-ge)の と は、 諸 々 の 不 変(mi hgyur-ba)の、 ま た 不 変(mi hgyur-ba)
で あ る か ら、 字 の 字(yi-gehi yi-ge)の で あ っ て、 即 ち 不 変 と は 如 来 で あ っ て、 智 よ り変 現 し た る 〔仏 〕 身 の 本 性 で あ る。 そ れ ら の ⊂一諸 仏 身 の〕、 法 身 に お い て 勝 行 を な さ れ る を 以 て、 不 変 の ま た 不 変 で あ る の が、 字 の 字(yi-gehi yi-ge) (原 語aksaraksara)で あ る> 従 っ て 私 は、 釈 の チ ベ ッ ト訳 の、 訳 文 の 文 意 に 拘 らず、 釈 の サ ン ス ク リ ッ ト 原 文 の 文 意 は、<不 滅 の 不 滅(aksaraksara)と は、 如 来 が 変 現 す る 身 が 不 滅 (aksara)で あ る。 そ れ ら の 不 滅 の 不 滅 〔一不 滅 の如 来 身 の不 滅 〕 と は、 円 満 受 用 身 に よ っ て 常 に 住 す る た め で あ る。>と 慶 喜 蔵 は 釈 し た も の と考 え る。 と い うの は、 こ の よ う に 解 せ ば 釈 文 の 文 意 は 通 ず る が、 チ ベ ッ ト訳 の 訳 文 の ま ま で は 文 意 が 通 じ な い か らで あ る。 以 上 の こ と か ら、1)aksaraksaraな る 讃 歎 名 は 「不=滅 不 滅 」 或 は 「字 中 字(=不 ・滅 の 不 滅)」 と和 訳 す べ き で あ ろ う と考 え る 次 第 で あ る。 次 に2)padma-padma(蓮 花 蓮 花)も、 遍 調 伏 品 の 百 八 名 讃 に 現 わ れ る が、 六 種 百 八 名 讃 の 統 計 的 考 案
-79-密 教 文 化 釈 に よ れ ば、 無 量 光 如 来(=レ ン ゲ)が 蓮 花 三 摩 地 に住 せ られ る こ と を 言 い、 疏 に は 蓮 花 の 上 に 蓮 花 が あ り、 上 の 蓮 花 は 世 尊 の 印 と し て の 蓮 花、 下 の 蓮 花 は 清 浄 な る(tshans-pahi)蓮 花 で あ る か ら 蓮 台 の 事 か。 い ず れ に す る も 「蓮 花 の 上 に 蓮 花 」 で あ る か ら、 「蓮 花 上 蓮 花 」 と和 訳 す べ き か、 と 思 わ れ る。 次 に3)buddha-buddhaは ま ず 降 三 世 品 の 百 八 名 讃(629)に 現 わ れ、 釈 に は、<法 マ ン ダ ラ に 説 か れ た 仏 ・大 日 よ り金 剛 遍 入(一 金 剛 鈴)に 至 る ま で の 彼 等 が 諸 「仏 の 仏 」 で あ っ て、 法 マ ン ダ ラ に 説 か れ た 三 マ ヤ と法 と カ ツ マ の 印 の 三 摩 地 が 「仏 の 仏 」 で あ る 〉 〔デ:li秩235b6;ぺzi秩270b2(71-242-32)〕 と 釈 さ れ、 疏 に は く カ ツ マ 印 の 門 か らで あ っ て、 現 等 覚 の 御 所 作 を 教 え る も の で あ る た め で あ る>〔 デyi秩184a2;ぺwi秩217a2(70-277-12)〕 と釈 さ れ て い る の で よ くわ か ら な い が 降 三 世 品 の 「仏 仏 」 と は 諸 尊 の 三 摩 地 を 讃 歎 し た も の と思 わ れ る。 即 ち 前 のbuddhaは 諸 尊 を 指 し、 後 のbuddhaは 諸 尊 の 三 摩 地 に 依 っ て 我 々 が 成 仏 す る か らbuddhaで あ り、 漢 訳 に 自覚 覚 他 と 訳 さ れ て い る の は、 こ の 事 を 指 す も の と思 わ れ る。 次 に 遍 調 伏 品(1483)に 現 わ れ るbuddha-buddhaに っ い て は、 釈 ・疏 共 に、 蓮 花 族 の 諸 尊(前 のbuddha)の 頭 上 に 世 自 在 尊(後 のbuddlla)が 住 せ られ る か らbuddha上 のbuddhaでbuddha-buddhaで あ る と い う風 に 釈 し て い る.
〔釈: デsi17a6; ぺhi 20b3(72-10-33)〕 〔疏:デri 28a1;ぺshi 36b5
(71-16-55)〕
次 に4)ratna-ratnaは、 義 成 就 品(1834)に 現 わ れ、 釈 で は く 「宝 中 宝 」
と は虚 空 蔵 尊 即 ち 宝 の 尊 の 手 に 住 す る 宝 で あ る か ら〉 と釈 し 〔デsig12; ぺhi
106b5(72-44-55)〕。 疏 で は く 宝 の 中 で 特 に 功 徳 が す ぐれ て い る か ら>と 釈 し
て い る 〔デri 62b2; ぺshi 80a3(71-34-23)〕。
次 に5)vajra・vajraは 降 三 世 品(631)に 現 わ れ、 釈 に 依 れ ば 金 剛 薩 垣 の 御
手 に あ る 五 股 金 剛 杵 の 本 性 を 讃 歎 し た も の で あ り 〔デ1i 236b1;ぺzi 271a7(71
-242-47)〕。
疏 も 同 様 で、 金 剛 薩 唾 の 金 剛 で あ る か ら 「金 剛 の 金 剛 」 で あ る と釈 し て い る
-78-が、 但 しく 或 る 本 に はvajra-citta(rdo-righi sems)と も い う、 そ の 際 は 菩 提 心 に 帰 命 〔讃 歎 〕 す る と い う意 で あ る>と 附 記 し て い る。 従 っ て、 私 は、 こ の 当 り の 梵 本 を校 訂 し て、 ロー マ 字 本(3)と し て、 高 野 山 大 学 論 叢 ・第 六 巻 に 出 し た と き は、 チ ベ ッ ト訳、漢 訳、釈 等 に 依 っ て、写 本 のcitta をVajraに 改 め てrvajra-Vajra(T.:-Citta)」 と出 し、 註 で は そ の 旨 を述 べ 「金 剛 心 と あ る の はSkt.写 本 の み で あ る 」 と し た が、 当 時 はSkt-写 本 と し て は 私 の 手 許 に はTucci本 の み し か な か っ た が、 後 に 入 手 し たSnellgrove本(写 本) もrvajra-citta」 に な っ て い る の で、 そ の 事 を こ の 機 会 を借 りて、 報 告 し て お く。 但 し密 教 文 化106号 の 拙 稿 で 論 じ た よ う に、S本(悉 曇 字)は 丁本(デ ー バ ナ ー ガ リ ー 字)の 原 本 と 目 さ れ る か ら、 両 写 本 が 一 致 し て 一cittaに な っ て い て も、 こ の 場 合 は、 大 し た 意 味 は な い の で あ る。 次 に、6)のsakya-sakyaa('釈 迦 釈 迦')は、 流 通 分(1)(2987)に 現 わ れ る。 と こ ろ でsakyaな る 語 は、 一 般 の 辞 書 に はrsakasか ら来 た 言 葉 で 種 族 名 で' あ る 」 ど の み 説 明 さ れ、'能 力 ガ ア ル'の 語 義 は 見 当 ら な い が、 漢 訳 で は、(動 詞 轟ak'可 能 デ ア ル 〔 デ キ ル'の 未 来 分 詞6akyaと 同 義 に)「 能 中 能 者 」(「 能 アル 中 ニ モ能 アル 人 」 の 意 か?)と 訳 さ れ、 チ ベ ッ ト訳 で は、 そ の ま ま 音 写 さ れ て 晦 一
kya sa-kya」 と チ ベ ッ ト字 で 音 訳 さ れ て い る が、 釈 で は、 前 のsakyaは 晦 一
kya」 と音 写 し、 後 のsakyaは 「thu-pa能 力 ア ル'〔 普 通 ハ Skt:muniの 対 訳
語 〕 」 と訳 し て、「sa-kya thub-pa〔 釈 迦 牟 尼、sakya-muni〕 」 と牒 文 され、
而 し て 釈 文 は、 Skt.原 文 の 次 語maha-muni〔 チ ベ ッ ト訳thub-pa che〕 と
共 に
<sa-kya thub-paと い う の は、sa-kyaた ち は 能 力 が あ る を以 て の 故
Pa-na能 力 ガ ア ル ヲ 以 テ ナ ラ バ')sa-kta thub-pa(釈 迦 牟 尼)で あ っ て 即 ち、
身 ・語 ・意 が 能 力 を具 す る が 故 に 大 牟 尼 な り(thu-pa che)〔 次 語 のSkt.:
maha-muniの 訳 〕 〉 〔デ 誘 秩303a3;ぺhi 35gb6(72-146-16)〕
と 釈 さ れ て い る。
と こ ろ でDasの 蔵 英 辞 典 の、sa-kyaの 項 に は「sa-kya=phod-pa sakya
最 後 の 仏 陀 〔釈 尊 ノ コ ト〕 の 所 属 し た 種 族 の 名 云 々」 と あ り、 ま たPlzod-Paの 項
に は 「Plzod-Pa=num-pa, thub-pa Sakya」 と あ る の で、Skt.:skya-sakyaが
六 種 百 八 名 讃 の 統 計 的 考 案
-77-密
教
文
化
sa-kya thub-paと 訳 さ れ る の は、 常 の こ と か も 知 れ な い。
Lokesh chandraの 蔵 梵 辞 典 のsa-kyaの 項 に は 「sa-kya(チ ベ ッ ト字)sakya
(デ ーバ ・ナ ー ガ リ-字)」 と あ り、 ま た 「(=phod-pa)」 と あ る の で、 チ ベ ッ ト
語 と し て のsa-kyaの 語 義 に'能 力 が あ る、 で き る'の 意 の あ る 事 は、 一 般 に
チ ベ ッ ト語 で 定 着 し て い る の で あ ろ う。 但 し 蔵 梵 辞 典 に も チ ベ ッ ト語sa-kya
thub-paの 対 応 梵 語 に は きakya-muniの 語 を 出 し、sa-kyaを 含 む 複 合 詞 中 に は
sa-kya sakyaな る チ ベ ッ ト語 も、 ま た 対 応 梵 語 中 に も、Sakya-sakyaな る 梵 語
は つ い に 現 わ れ な い。
と い う事 は、 こ のsakya-sakyaな る梵 語 は、 初 会 金 剛 頂 経 特 有 の 語 とい うべ
き で あ る と思 わ れ る。 而 し て、 ま た 疏 に依 る も 〔デ:ri 189a4;ぺshi 215a7
(71-88-27)〕
<釈 迦 〔族 〕た ち を喜 ぱ せ る こ と を、 な さ れ る た め な ら ば、 釈 迦(sa-kya)で あ
る。 釈 迦 〔族 〕た ち の 牟 尼(thub-pa)で あ る が 故 に、 釈 迦 牟 尼(sa-kya thub-pa) で あ っ て、 身 口 意 が 能 力(thub-pa)を 具 す る た め に 大 牟 尼(thub-pa thub-pa)
〔Skt. 原 文 の次 語maha-muniの 訳 〕 で あ る。>
と あ る の で、 釈 ・疏 共、Skt.sakya-sakyaな る讃 歎 名 を、 釈 迦 牟 尼(sa-kya
thub-Pa=Sakya-muni)と 訳 し 〔=牒 文 し〕、前 のsakyaは 種 族 の 名、 後 のSakya
は'能 力 者'と い う事 でthub-paと 訳 し、 且 つ そ の 様 に 釈 し て い る、 と い う事 で あ る。 最 後 に、7)めsattva-sattvaは 遍 調 伏 品 と流 通 分(1)に 現 わ れ る。 ま ず 遍 調 伏 品(1476)のrsattva-sattva」 は、 漢 訳 で は 「勇 猛 勝 大 士 」 と訳 され て い る が、 「勇 猛 」 は 前 のsattvaの 訳、 「勝 大 士 」 は 後 のsattvaの 訳 で あ ろ う。 お そ ら く 「勝 」 と 「大 」 は 補 語 で あ ろ う。
と こ ろ で、 チ ベ ッ ト 訳 で はsattva-sattvaを、 文 字 通 り 「dpah
sems-dpah(薩 垣 薩 唾)」 と訳 さ れ て い る が、 疏 ・釈 は 共 に 前 のsattvaを 「有
情(sems-oanの と 訳 し、 後 のsattvaを 「薩 唾(sems-dpah)」 と 訳 し て い る。 但 し そ の
釈 意 は、 疏 ・釈 に よ っ て 異 な っ て い る。 即 ち 釈 は
く 有 情 薩 唾(sems-dpah sems-dpah)の と い うの は、 金 剛 の 我 性 を瞑 想 し た る人
が 月 輪 の 上 に、 薩 唾 の 金 剛 と成 り た る も の 〔一月 輪上 ノ五 股 金 剛 杵、即 ち三 形 〕そ
-76-の も -76-の を、薩 堰 〔一金 剛 薩 垂一仏 身 〕 と加 持 す る 愉 伽 〔観 法 〕に よ っ て、金 剛 薩 埋 と成 りた る(=と 転 変 した る)の 心 〔sems-dpah(有情)、sems-dpah(薩 唾)のsems(心)〕 が 有 情 薩 唾 で あ る とす べ き で あ っ て、 云 々 〉 〔デsi鉄156a61ぺhi 18a4(72 -9-34)〕 と あ る の で、 釈 に よ れ ばrsattva-sattva」 と は、 前 のsattvaは 我 々 有 情、 つ ま り行 者 を指 し、 ユ ガ観 法 に 依 っ て、 自身 即 ち 金 剛 薩 垣 と観 想 し て 仏 身 を成 就 し た 場 合 の 金 剛 薩 唾 が 後 の 方 のsattvaで あ る。 つ ま り 「有 情 が 転 変 し た 薩 垣 〔=尊 〕 」 と い う事 の よ うで あ る。
次 に疏 を み る に 疏 もrsattva-sattva」 を 「sems-can sems-dpah(有 清 薩 垣)」
と 訳 し 〔=牒 文 し〕 て い る が 釈 意 は 異 な り く 輪 廻 〔の 世 界 〕 を 愛 著 す る が 故 にsems-ca〔'心 アル モ ノ'愛 著 心 ア ル モ ノ ー 有 情 〕 で あ っ て、 即 ち 〔有 情 と は 〕 苦 を有 す る も の(can)た ち で あ る。 彼 等 を哀 慰 す る を 以 て 〔彼 等 を〕 八 大 怖 畏 よ り救 済 せ ん た め 〔そ の 事 に 薩 垣 は 〕 愛 著 ・執 心 さ れ る の で あ っ て、 語 源 解 釈 法 に 依 っ て 有 情(心 アル モ ノ)薩 垣 (勇 シキ心 ノ人)と 釈 す る の で あ る。〉 〔デri 25b6;ぺshi 33b8(71-15-48)〕 と あ る の で、 有 情 を救 済 す る こ と に 精 進 努 力 し て、 退 か ざ る 勇 気 あ る 人 〔=薩 唾 〕 と い う事 で 「有 情 薩 垣 」 な り と 釈 し て い る の で あ る。 さ て、 次 の 流 通 分(1)のrsattva-sattva」 は(2982)に 現 わ れ、 漢 訳 は、 こ こ で は 「薩 唾 中 薩 垣 」 と訳 し て い る が、 チ ベ ッ ト訳 は、 前 と 同 様 「薩 唾 薩 唾 (sems-dpali sems-dpah)」 で あ る。 而 し て 註 釈 を み る と 釈 で は 〔デ きi302a2;ぺhi 358b2(72-145-42)〕 <薩 垣 薩 唾 と い う の は、 薩 唾 は 月 輪 〔の こ と〕 で あ っ て、 そ の 上 の、 第 二 の 月 輪 を、 薩 唾 薩 垣 と い う の で あ っ て 云 々 〉 と釈 し て お り、
一 方、 疏 で は(デri 188a5;shi 214a6(71-87-56)〕
<薩 垣 薩 垣 と い う も の に 於 て、 薩 垣 即 ち 心 の 月 輪 の 上 の、 薩 垣 が こ れ で あ っ て 金 剛 薩 唾 と い う意 で あ る。 そ の た め 薩 垣 薩 埋 と す べ き で あ る。 云 々> と あ り、 こ れ は 心 月 輪 上 の 薩 垣「=金 剛薩 唾 〕 を、 「薩 垣 〔一心 月 輪 〕 薩 垣 〔一金 剛 薩 唾 〕 」 と讃 歎 す る、 と い う釈 で あ る。 以 上 の よ う に、 遍 調 伏 品 に お い て も、 流 通 分 に お い て も、 釈 と疏 は、 共 に 同 じ く 「薩 唾 薩 唾 」 (sems-dpah sems-dpah)と 牒 文 し て い る が、 釈 意 は 多 少 異 六 種 百 八 名 讃 の 統 計 的 考 案
-75-密 教 文 化 な っ て い る。 〔II〕 語 単 位 の 考 察 さ て 以 上 で、 名 単 位 の 考 察 は 一 応 終 り、 次 に は、そ れ ら の 名 を 語 に 分 解 し て、 語 単 位 に 考 察 す る。 即 ち 百 八 名 讃 の 讃 歎 名 に は、 ど の よ うな 語 が 多 く用 い られ て い る か、 で あ る。 即 ち 前 述 の 如 く、 百 八 名 讃 の 讃 歎 名 に は、 も ち ろ ん 一 語 か ら成 る も の も あ る が、 そ の 多 く は 複 合 詞 で あ る か ら、 そ れ らの 複 合 詞 は、 一 体 ど の よ う な 語 を 以 て 構 成 さ れ、 ど の よ うな 語 が 多 く用 い られ て い る か と 言 う事 を、 そ れ を統 計 的 に、 考 察 し よ う とす る も の で あ る。 と こ ろ で 私 の 感 じで は、 語 単 位 と い う事 に な れ ば、rvajra」 と い う言 葉 が 最 も 多 い と考 え て い た。 し か し実 際 に 表(2)と 表(3)と を 併 用 し て 集 計 し て み た ら、 「mahat'大 キ イ'」 と い う言 葉 が 最 も 多 く用 い られ て い た。 と こ ろ で 実 際 に は 同 一 名 が 重 複 し て 用 い られ て い る か ら、 用 い られ て い る 言 葉 の 数 と、 そ の 言 葉 が 用 い られ て い る 回 数 と は、 必 ず し も 同 一 で は な い。 た と え ばmaha-の つ く讃 歎 名 は165ケ 所 で 用 い られ て い る が、maha-karma'大 業、 大 掲 磨'は(2984)と (3056)と に 用 い られ、maha-kama'大 欲'は(626)と(3046)と に 用 い ら れ、 maha-kaya'大 身'は(631)と(2991)と に 用 い られ て い る と い う風 に、 同 じ 名 が 重 複 し て 用 い ら れ、 ま たmahspaya'大 方 便'は3回、 maha-dharma'大 法'
とmaha-yana'大 乗'とmahaloka'大 光 照'と は4回、 maha-vajra'大 金 剛'は
5回、maha-satva'大 薩 垣'は7回 も重 複 し て 用 い ら れ て い る の で、maha・ の つ く讃 歎 名 は 実 際 に は101名 で あ る が、 回 数 と し て は165回 出 て く る わ け で あ る。 と こ ろ で、 こ うい う集 計 ・考 察 を 行 う の は、 ど うい う言 葉 が、 ど の よ う に 多 く用 い られ て い る か, ま た 多 数 回、 用 い られ て い る 言 葉 は、 一 応 重 要 な 語 で あ る,と い う の が 前 提 で あ る か ら、 以 下、 特 別 に 断 らな い 限 り、 そ の 数 字 は 回 数 ・瀕 度 を示 す 数 字 で あ っ て、 実 際 の 語 数 で は な い。 さ て、 い ま、 表(2)と 表(3)を 併 用 し て、 語 単 位 に 回 数 の 多 い も の を 拾 っ て み る と、 (1)mahat 165回(101名) う ち、2名(2回)は mnahatを 後 分 と す る。 即 ち、6種 の 百 八 名 讃 中 で は、mahatと い う言 葉 を 構 成 分 子 と す る 讃 歎 名 が 最 も多 く用 い られ、 計101語 を数 え る が、 前 述 の 如 く、 そ の 中 に は 重 複 し て 数
-74-回 用 い られ て い る も の も あ る の で、 -74-回 数 と し て は そ の 数 は 更 に 多 く、 こ の よ う
な 讃 歎 名 は165回 も 現 わ れ る と い うわ け で あ る。 即 ち165回(101名)で あ る。
而 し て こ の165回(101名)の 讃 歎 名 中、mahatを 後 分 と す る も の
は、pita-maha'大 父 祖(釈 梵 天)'と, aksara-mahan'大 文 字'の2名(2回)に す ぎ ず、
そ の 大 部 分 はmaha-の 形 で 現 わ れ、mahatを 前 分 と す る も の で あ る。 そ れ ら に
つ い て 表(2)のmaha-の 項 を 参 照 し、Pita-maha, aksara-mahan等、mahatを 後
分 と す る 讃 歎 名 に つ い て は 表(3)を 参 照 さ れ た い。
結 局mahatは、165回(100名)(maha-99名(163回・mahatat 2名(2画))と い う事 で あ る・
以 下 順 次、 回 数 の 多 い も の か ら列 挙 す る と、
(2)vajra(金 剛)138回(vajra単 独 で3回, vajra-が115回, -vajraが20回)
即 ちvajraは 計138回 現 わ れ る が、vajraが 単 独 で 讃 歎 名 と な っ て い る の は、 (197), (2994), (3045)の 三 ケ 所 で あ っ て、 即 ち、 金 剛 界 品 と流 通 分(1) (II)の 百 八 名 讃 に そ れ ぞ れ 一 回 現 わ れ る。 そ の 他 は 複 合 詞 の 前 分 と し て115 回 現 わ れ、 中 分, 乃 至 後 分, と し て 現 わ れ る 箇 所 は20回 で あ る。 い ま 前 分 と し て 現 わ れ る も の は、 表(2)に ゆ ず り、vajraが 中 分, 乃 至 後 分, と し て 用 い ら れ て い る讃 歎 名 を 表(3)に よ っ て あ げ る と、 次 の15語 て あ る。
a-vajra karma-vajra, tri-vajra,
padma-vajra, inaha-vajra, vajra-vajra,
sarva-vajra, hasa-vajra, su-vajra-dhrk
su-vajraksa, bnddha-vajragrya su-vajragrya,
visva-vajranga su-vajrartha, su-vajr'ajna
こ の 中、su-(妙)が 冠 せ られ て い る 諸 名 は、 形 の 上 で は 一vajra一 が 中 分 と な っ て い る が、 実 質 的 に はvajra-dhrk'金 剛 ヲ 持 ス'、 乃 至vajr'ajna'金 剛 教 令'等 と、vajra-が 前 分 と し て 用 い られ て い る 諸 名 で あ る か ら、 そ れ ら を 除 け ば こ の 中、a-vajra無 金 剛 と は、 有 形 の 五 股 金 剛 杵 で な く、 心 性 の 金 剛 杵、 即 ち 無 形 の 金 剛 杵 で あ る か ら 無 金 剛 で あ る。 と釈 さ れ て お り、 karma-vajra掲 磨 金 剛 はvisva-vajraと も異 称 さ れ、 業 菩 薩 の 三 形 で あ り、 padma-vajra蓮 花 金 剛 は チ ベ ッ ト訳 ・漢 訳 ・疏 釈 の 牒 文 と もvajra-padlna金 六 種 百 八 名 讃 の 統 計 的 考 案
-73-密
教
文
化
剛蓮 花 とな っ て お り、 疏 に は'金 剛 を以 て特 徴 づ け られ た 蓮 花'と 釈 され、 釈
しる し に は'金 剛 蓮 花 の 姿 形 に よ っ て、 で あ る'と 釈 さ れ て い る の で 三 形 で あ ろ う。 ま たhasa-vajra笑 金 剛 も、 釈 に はvajra-hasa金 剛 笑 と あ り、 菩 薩 名 と さ れ て い る。 ま たvisva-vajrangaのvisva-vajra毘 首 金 剛'一 切 金 剛'と は、 釈 に依 れ ば '金 剛 畔 迦 羅 尊 が、 大 自 在 天 を 足 下 に鉤 召 す る際 説 か れ た 御 真 言 を指 し、 vajra-vajra金 剛 金 剛 は、(631)と(2994)と の2回 現 わ れ る が、 釈 は、 二 者 共 に そ れ を、'金 剛 薩 唾 の 金 剛 杵 で あ る か ら金 剛 金 剛 で あ る'と 釈 し て い る。 更 にtri-vajra三 金 剛 の 「三 」 と、sarva-valra一 切 金 剛 の 「一 切 」 と い う の は、 共 に 身 口 意 の 三 を 指 し、 buddha-vajragrya仏 金 剛 ・最 勝 と は、'仏 を 随 念 す る際、 心 上 に 薩 唾 金 剛、 即 ち月 輪 上 に 金 剛 杵 を 修 習 す る、 そ れ が 仏 金 剛 で あ る'と 釈 さ れ て い る。 ま たmaha-vajraは、 先 に 述 べ た 如 く、(金)(金)(降)(I)(II)と 前 後5回 現 わ れ る が、 釈 に 依 れ ば197・3)のvajraはvajra-vapa金 剛 箭, 198・7)の vajraはvajra-dhvaja金 剛 幡、620・1)と, 3045・2)の そ れ はvajrahkusa 金 剛 鉤,2994・14)の そ れ は 身 口 意 金 剛 を指 し、 そ れ ら は い ず れ も宇 宙 大 に 広 観され る か ら、 「
大 金 剛 」 と称 され て い るの で あ る と釈 され て い る。
(3)次 に、sarva(一 切 の)は、52回(外 にvisva 3回)次 にmahat, vajraに 次 い で 多 く 用 い ら れ て い る の は、rsarva」 の52回 で あ
る。sarvaと 同 義 のvisvaの3回 を 加 え る と、55回 と い う事 で あ る が、sarvaの
52回 中、
sarva-tathagata一 切 如 来, が(金)(降)(義)(II)の4回、sarva-ratna'一 切
宝'が、(義)(義)(II)の3回、sarva-mapdala'一 切 マ ン ダ ラ'が、(降)(II)の
2回 あ り、sarva-jna(一 切 知), sarva-Paramita(一 切 般 若), sarva-buddha
(一 切 仏),sarva-satva(一 切 有 情), sarvartha(一 切 義 利)を2回、safv'asa
(一 切 意 願)を3回 と 数 え れ ば、 結 局rsarva)は44語(52回)と い う 事 で あ る。
そ の 多 く は 「一 切 の 何 々 」 と い う 形 で あ る が、sarvaが 単 独 で 用 い ら れ て い
る も の が 一 回(624・5))、
そ の 他、sarva-krt'一 切 ヲ ナ ス モ ノ'(624・5)), sarva-9a'遍 行'(200・13)),
-72-sarva-jia'一 切 知'(624・5), 2985・5)), sarva-da'一 切 ヲ 與 フ'(2986・6)), sarva-vit'一 切 知'(624・5)), sarva・vyapin一 切 二 遍 満 ス ル モ ノ'(2995・15)), sarvagrya(一 切 中 勝) (634・5), 1836・4)), の よ う に、 名 詞 乃 至 副 詞 的 に 用 い ら れ て い る も の も あ る。 な お、visvaの3回 は 200・13)のvajra-visva'金 剛 毘 首'は 業 菩 薩 の 灌 頂 名 で あ り、 635・16)のvisva-vajrahga'毘 首 金 剛 支'は 足 鉤 の 真 言 が 説 か れ た と き の、 金 剛 畔 迦 羅 尊 を 讃 歎 す る 名、 1473・4)のmaha・visva'大 毘 首'は、 カ ツ マ 族 の 自 性 と し て、 一 切 の 姿 形 を 以 て 衆 生 を 教 化 す る 点 を 讃 歎 し た 名 前 で あ る。 さ て 以 上 の よ うに、 一 々 そ の 内 容 に ま で 立 ち入 っ て 述 べ て い る と、 い く ら紙
数 が あ っ て も 足 ら な い の で 以 下、1)mahat, 2)vajra, 3)sarva, に 次 い で
多 く用 い ら れ て い る 言 葉 に、 回 数 を 附 し て、 順 次 回 数 の 多 い も の か ら列 挙 す れ ば 次 の 如 く で あ る。 語 単 位 の 使 用 回 数 表 註 括 弧 内 ノ数 字 ハ、 ソ ノ語 ヲ後 分 トスル モ ノ。 タ トエ バ 「mahat 163(2)計165回 」 トアル ハ、「maha-163回, -mahat 2回, 計165回 」 ト言 ウ コ トデ アル。 ナ オ、 ソ ノ語 が単 独 デ 用 イ ラ レテ イル モ ノハ、 前 分 トシ テ数 エ タ場合 モ アル。 1) mahat(大) 163(2) 〔101名 〕 計165回
2)vajra(金 剛) 単 独3, vajra-115, -vajra 20
118(20) 〔72名〕 計138回
3)sarva(一 切) 単 独1, sarva-51〔 内su-sarva-2〕
52(0) 計52回 (外 二、visva 3回) ス ベ テ ーagryaデ 4)agrya(最 勝) 0(49) 計49回 スベ テ前 接 デ 5)su-(妙) 49(0) 計49回 6)buddha(仏) 34(8) 計42回 7)sattva(薩 唾) 16 〔12名 〕 (22) 〔内、 大薩 域7, su-4, ヲ 含 ム、
計38回
8)ratna (宝) 単 独2, ratna-17,-ratna 15 六 種 百 八 名 讃 の 統 計 的 考 案-71-密 教 文 化 19(15). 計34回 (外 二ma垣(宝 珠)3回) 9)dharma(法) 15(16) 計31回 〔ウチ, 仏 法3, 大法3, 金 剛 法3〕 10)artha(義 利) 0(25), 計25回 11)tathagata(如 来) 12(5) 計17回 12)padma(蓮 花) 9(7) 計16回 13)natha(主, '救 済 主') 3(12) 計15回 14)raja(王) 1(12). 計13回 15)agra(最 上, 第 一) 2(10). 計12回 16) -ka 0 (11) 17)prabha(光) 1(10) 〔勝 者 光2, 仏光2, 大 光2, 金 剛光2〕 18)Ioka(世 間) 9(2) 19)vaca(言 説) 単 独1, 1(9)
計11回
20)akasa(虚 空) 6(4) 21) citta (心) 2 (g) 22)suddha(清 浄) 単 独2, 3(5)計10回
外 二visuddha 2ア リ、 加 エ レバ(計12回) 23)karma(業、 娼 磨) 1 (8) 24) janna (智) 0 (9) 25)aloka(光 照) 1(8)計9回
26) aksara (字) 4(4) 27) abhiseka(潅 頂) 2(6) 28)atmaka (自 性 者) 0(8) 29)kaya(身) 単1、1(6)30) a-, an- {a・6an-2〔 内 ・a-vaca3〕,
計8回
aksaraヲa-karaト 数 エ テ 加 エ レバa-、an一-、 ハ (計16回)