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Microsoft Word - 1編1章-地歴本文

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第 1 編 ドラム缶の埋設範囲の特定及びドラム缶付着物の調査

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1-8 1.

調査の背景と目的及び関連法令等

1.1 背景と調査目的 1.1-1 背 景 嘉手納飛行場返還跡地内の沖縄市コザ総合運動公園サッカー場敷地において、投 棄・埋没しているドラム缶がみつかった。平成 25 年 7 月に調査を行った結果、ドラム 缶に付着した試料等の一部から、ダイオキシン類等の有害物質が検出された。このた め、サッカー場全域を対象にしてドラム缶の埋没状況を把握し、付着物等の調査を行 うことが計画され、磁気探査による埋没箇所の特定、埋没しているドラム缶の発掘、 発掘したドラム缶の付着物及びドラム缶に接触している底面土壌の調査を行うことと した。 このドラム缶発掘時の土地掘削は、調査の進捗状況により掘削範囲が土壌汚染対策 法(以下「法」と示す。)第四条に抵触することが懸念されたため、予め、対象地の土 地利用履歴を把握するため地歴調査を行うこととした。本資料は、その地歴調査の成 果について取りまとめたものである。また、対象地の一部は過去に谷部であった場所 が埋められていることが地形図から判明しており、鉛直磁気探査の調査範囲設定の基 礎資料とすることを兼ねて行った。 1.1-2 調査目的 本調査は、沖縄市コザ総合運動公園サッカー場敷地を対象に、法に基づいた地歴調 査と磁気探査の調査範囲の設定を行うことを目的とした。 1.2 関連法令及び参考としたガイドライン (1) 土壌汚染対策法(平成 14 年 5 月 29 日法律第 53 号、最終改正:平成 23 年 6 月 24 日法律第 74 号) (2) 土壌汚染対策法施行令(平成 14 年 11 月 13 日政令第 336 号、最終改正:平成 23 年 12 月 26 日政令第 427 号) (3) 土壌汚染対策法施行規則(平成 14 年 12 月 26 日環境省令第 29 号、最終改正: 平成 23 年 7 月 8 日環境省令第 13 号) (4) 土壌汚染対策法に基づく調査及び措置に関するガイドライン(改訂第2版)(平 成 24 年 8 月 環境省 水・大気環境局 土壌環境課編) (5) ダイオキシン類対策特別措置法(平成 11 年法律第 105 号) 1.3 調査実施機関 調査実施機関:いであ株式会社 環境省指定調査機関 環 2003-1-49 担当者技術管理者 (第 号)

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1-9 2. 調査の構成と調査方法 2.1 調査の構成 本調査は、土壌汚染対策法施行規則第三条に基づき、また「土壌汚染対策法に基づく 調査及び措置に関するガイドライン(改訂第 2 版)(平成 24 年 8 月 環境省 水・大気環境 局 土壌環境課編、以下「ガイドライン」と示す。)」を参考にして資料調査、聴き取り調 査、現地調査で構成した。各調査の内容や方法は 2.2~2.4 章に示した。 法四条の一般的な手続きフローを図 2.1-1 に示し、得られた情報から「試料採取等 対象物質の特定」と「土壌汚染のおそれの区分の分類」及び「磁気探査の調査範囲の 設定」を行った。なお、本調査は自主調査であり、調査命令の発出はないため当該フ ロー図と全て一致する訳ではない。 図 2.1-1 法四条の一般的な手続きフロー  地歴調査 県知事の手続き 土地所有者の手続き 指定調査機関の手続き 試料採取等 土壌汚染状況調査結果の報告 一定規模以上の形質変更の届出 汚染のおそれの基準の該当性判断 調査命令の発出 情報の入手・把握 (試料採取等対象物質の追加) 土壌汚染のおそれの区分の分類 調査対象地の土壌汚染のおそれの把握 試料採取等を行う区画の選定

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1-10 2.2 資料調査方法 資料調査は、対象地の利用状況や地盤高の変更の履歴、特定有害物質を含む液体や 固体の使用や処理、貯蔵、漏えい状況等について関係する資料を収集し整理した。 資料は表 2.2-1 に示したように、①土地の所有者等が私的に使用することを目的と した「私的資料」、②一般刊行物で、図書館等で閲覧が可能であったり購入等により入 手可能な「一般公表資料」、③行政官庁へ届出された「公的届出資料」の 3 種類に分類 される。私的資料は沖縄市から防衛省沖縄防衛局に提供された資料を用い、一般公表 資料は沖縄県公文書館保管資料、法務局資料と国土地理院の資料及び Web 上に公開さ れている土壌調査報告書を使用した。公的届出資料は、平成 25 年 7 月調査時に発掘し たドラム缶等を現地で保管しており、その保管に関する届出書を使用した。 本報告書で使用した資料は、土壌調査報告書を除き巻末の資料編に添付した。 表 2.2-1 地歴調査で収集した資料 分 類 資 料 名 私的資料 測量図(沖縄市提供) 沖縄自動車道整備関連資料の整備図面(沖縄市提供) サッカー場使用資材表(平成 21 年~平成 24 年)(沖縄市提供) 一般公表資料 シリーズ米軍作成地図 SheetNo63,79(沖縄県公文書館保管資料) 過去に実施した土壌調査報告書 ・「旧嘉手納飛行場(25)土壌等確認調査 調査報告書」平成 25 年 7 月 沖縄防衛局調達部 一般財団法人沖縄県環境科学センター編 http://www.eforum.jp/okinawaboeikyoku2013/1-report.PDF ・「旧嘉手納飛行場(25)土壌等確認調査 調査報告書」[考察と提案] 平成 25 年 7 月 沖縄防衛局調達部 一般財団法人沖縄県環境科学 センター編 http://www.eforum.jp/okinawaboeikyoku2013/6-report.PDF ・「沖縄市サッカー場土壌等調査業務委託調査報告書」平成 25 年 7 月 株式会社南西環境研究所編 http://www.city.okinawa.okinawa.jp/site/view/contview.jsp?c ateid=85&id=12225&page=1) 公図、土地登記簿謄本(法務局) 航空写真(国土地理院) 昭和 46 年、同 53 年国土基本図(国土地理院) 昭和 63 年 都市計画図(沖縄市) 公的届出資料 ポリ塩化ビフェニル廃棄物の保管及び処分状況等届出書

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1-11 2.3 聴き取り調査方法 聴き取り調査は、監督官同行のもと平成 25 年 9 月 26 日に諸見里自治会会長、10 月 1 日に中の町老人会関係者、10 月 15 日に山内老人会役員から対象地の過去の利用状況、 土地改変や廃棄物投棄・埋没の有無、高速道路や県道 85 号線建設時の状況などについ て聴き取りを面談方式で行い、また収集した資料の記載事項等について確認をした。 上記以外の聴き取り調査情報として、沖縄防衛局(沖縄市から沖縄防衛局への提供 情報含む)から提供されたものがある。 【沖縄防衛局】 ・平成 25 年 6 月 17 日付で、沖縄防衛局から米国嘉手納空軍基地第 18 施設群司令官 宛に文書により行った質問とその回答及び関連する写真情報 ・平成 25 年 7 月 18 日~8 月 28 日の期間に、防衛省からダウ・ケミカル日本株式会 社へ行った電子メール等による聴き取り結果(ダウ・ケミカル日本株式会社は、 米国ミシガン州に本社を置く総合化学品 メーカーThe Dow Chemical Company の日 本法人) ・平成 25 年 10 月 4、7 日に、沖縄自動車道建設工事関係者に行った電話による聴き 取り結果 ・平成 26 年 2 月 6 日付で、沖縄防衛局から米国嘉手納空軍基地第 18 施設群司令 官宛に文書により行った要請 ・平成 26 年 3 月 7 日付で、沖縄防衛局から第 718 施設技術中隊司令官宛に文書に より行った照会 【沖縄市から沖縄防衛局への提供情報】 ・平成 25 年 6 月 18~19 日の期間に行った、沖縄県中部土木事務所関係者に行った 聴き取り結果 ・平成 25 年 6 月 19 日に、平成 16 年度にサッカー場前の歩道整備工事を施工してい た業者から行った聴き取り結果 ・平成 25 年 6 月 19~21 日の期間に、沖縄自動車道建設工事関係者に行った電話に よる聴き取り結果 ・地元関係者に行った聴き取り結果 2.4 現地調査方法 現地調査は、平成 25 年 10 月 10 日に現状や土壌調査時に起点となる対象地北端の状 況、敷地境界、収集した資料と聴き取り事項等の確認を行った。さらに周辺状況も写 真撮影を行い、現地調査記録とした。

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1-12 3. 調査結果 3.1 資料調査結果 3.1-1 対象地の公図と地番等 調査対象地の地番は、公図と平成 25 年 4 月 11 日付で沖縄市から沖縄県中部保健所 に届出された「一定規模以上の土地の形質変更届出書」添付資料の地籍図と沖縄防衛 局から提供された対象地地籍図を参考にして、各地番の登記簿を法務局より取得し、 記載事項を表 3.1-1 に示した。収集した公図、土地登記簿謄本の写しは資料編に添付 した。 本調査に該当する対象地の地番は 23 筆あり、1772 番 3 は昭和 44 年に、1773 番 3 は 昭和 45 年に、これ以外の全ての土地が昭和 29 年に個人名で所有権保存の登記が行わ れている。所有権は、昭和 62 年から平成 8 年にかけて、売買によって個人から沖縄市 土地開発公社又は個人から沖縄市へと所有権移転の登記が行われ、現在は全ての土地 の所有者は沖縄市となっている。 地目は、山林又は原野として登記され、地目が変更された履歴はない。 表 3.1-1(1) 登記簿謄本記録 地番 時期(登記年月) 地目 履歴等に関する記載事項 1391 番 1 昭和 29 年 5 月 山林 氏の所有権保存を登記 昭和 50 年 12 月 - 氏に所有権移転を登記 昭和62 年3,4 月 - 売買による沖縄市の所有権移転を登記 1392 番 昭和 29 年 6 月 山林 氏の所有権保存を登記 昭和 63 年 10 月 - 売買による沖縄市の所有権移転を登記 1393 番 1 昭和 29 年 6 月 山林 氏の所有権保存を登記 昭和 55 年 6 月 - 氏に所有権移転を登記 昭和 64 年 1 月 (平成元年と思われる) - 売買による沖縄市土地開発公社の所有権移転を登 記 平成 2 年 10 月 - 売買による沖縄市の所有権移転を登記 1396 番 1 昭和 29 年 12 月 山林 氏の所有権保存を登記、元の地番は 1396 番 昭和 34 年 10 月 - 名義人変更による 氏所有権移記 昭和 60 年 10 月 - 1396 番 1 と 1396 番 2 に分筆 平成元年 1 月 - 売買による沖縄市土地開発公社の所有権移転を登記 平成 5 年 3 月 - 売買による沖縄市の所有権一部移転を登記 平成 6 年 3 月 - 売買による沖縄市土地開発公社持分全部の沖縄市 への所有権移転を登記

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1-13 表 3.1-1(2) 登記簿謄本記録 地番 時期(登記年月) 地目 履歴等に関する記載事項 1397 番 1 昭和 29 年 6 月 山林 氏の所有権保存を登記、元の地番は 1397 番 昭和 49 年 2 月 - 1397 番 1 と 1397 番 2 に分筆 昭和 54 年 7 月 - 相続により 氏に所有権移転 昭和 60 年 11 月 - 1397 番 1 と 1397 番 3 に分筆 昭和 63 年 12 月 - 売買による沖縄市土地開発公社への所有権一部移 転を登記 平成元年 10 月 - 売買による沖縄市土地開発公社持分全部の沖縄市 への所有権移転を登記 平成 8 年 1 月 - 売買による 氏持分全部の沖縄市への所有権 移転を登記 1398 番 1 昭和 29 年 10 月 山林 氏の所有権保存を登記、元の地番は 1398 番 昭和 49 年 2 月 - 1398 番 1 と 1398 番 2 に分筆 昭和 60 年 10 月 - 1398 番 1 と 1398 番 3 に分筆 昭和 62 年 3 月 - 売買による沖縄市への所有権移転を登記 1400 番 1 昭和 29 年 10 月 山林 氏の所有権保存を登記、元の地番は 1400 番 昭和 49 年 2 月 - 1400 番 1 と 1400 番 2、1400 番 3 に分筆 昭和 60 年 10 月 - 1400 番 1 と 1400 番 4 に分筆 昭和 62 年 3 月 - 売買による沖縄市への所有権移転を登記 1401 番 6 昭和 29 年 5 月 山林 氏の所有権保存を登記、元の地番は 1401 番 昭和 48 年 5 月 - 1401 番 1 ないし 1401 番 4 に分筆 昭和 60 年 10 月 - 1401 番 1 と 1401 番 5 に分筆 昭和 63 年 11 月 - 1401 番 1 と 1401 番 6 に分筆 昭和 63 年 11 月 - 売買による沖縄市への所有権移転を登記 1757 番 2 昭和 29 年 7 月 山林 氏の所有権保存を登記、元の地番は 1757 番 昭和 60 年 10 月 - 1757 番から分筆 昭和 63 年 12 月 - 売買による沖縄市土地開発公社の所有権移転を登 記 平成 4 年 9 月 - 沖縄市土地開発公社持分全部の沖縄市への所有権 移転を登記

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1-14 表 3.1-1(3) 登記簿謄本記録 地番 時期(登記年月) 地目 履歴等に関する記載事項 1758 番 1 昭和 29 年 6 月 山林 氏の所有権保存を登記、元の地番は 1758 番 昭和 45 年 1 月 - 売買による 氏の所有権移転を登記 昭和 60 年 12 月 - 1758 番 1 と 1758 番 2 に分筆 平成 2 年 10 月 - 売買による沖縄市への所有権移転を登記 1764 番 1 昭和 29 年 6 月 原野 氏の所有権保存を登記 昭和 49 年 2 月 - 1764 番 1 と 1764 番 2 に分筆 昭和 51 年 2 月 - 相続のため 氏に所有権移転 昭和 60 年 10 月 - 1764 番 1 と 1764 番 3、1764 番 4 に分筆 平成 8 年 1 月 - 売買による沖縄市への所有権移転を登記 1765 番 1 昭和 29 年 5 月 山林 氏の所有権保存を登記 昭和 48 年 8 月 - 相続による 氏の所有権移転を登記 昭和 60 年 10 月 - 1765 番 1 と 1765 番 2 に分筆 昭和 63 年 12 月 - 売買による沖縄市土地開発公社への所有権一部移 転を登記 平成元年 10 月 - 売買による沖縄市土地開発公社持分全部の沖縄市 への所有権移転を登記 平成 7 年 9 月 - 売買による 氏持分全部の沖縄市への所 有権移転を登記 1766 番 昭和 29 年 6 月 山林 氏の所有権保存を登記 昭和 63 年 12 月 - 売買による沖縄市土地開発公社への所有権一部移 転を登記 平成 5 年 1 月 - 売買による沖縄市土地開発公社への所有権一部移 転を登記 平成 5 年 3 月 - 売買による沖縄市土地開発公社持分全部の沖縄市 への所有権移転を登記 平成 7 年 9 月 - 売買による 氏持分全部の沖縄市への所有 権移転を登記 1767 番 1 昭和 29 年 6 月 山林 氏の所有権保存を登記 昭和 60 年 10 月 - 1767 番 1 と 1767 番 2 に分筆 平成 7 年 9 月 - 売買による沖縄市への所有権移転を登記

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1-15 表 3.1-1(4) 登記簿謄本記録 地番 時期(登記年月) 地目 履歴等に関する記載事項 1768 番 1 昭和 29 年 7 月 山林 氏の所有権保存を登記、元の地番は 1768 番 昭和 60 年 10 月 - 1768 番 1 と 1764 番 2 に分筆 昭和 63 年 10 月 - 売買による沖縄市の所有権一部移転を登記 平成 6 年 10 月 - 売買による沖縄市の所有権一部移転を登記 平成 7 年 6 月 - 売買による 氏持分全部の沖縄市への所 有権移転を登記 1769 番 昭和 29 年 5 月 山林 氏の所有権保存を登記 昭和 45 年 2 月 - 売買による 氏の所有権移転を登記 昭和 63 年 10 月 - 売買による沖縄市の所有権移転を登記 1770 番 昭和 29 年 5 月 山林 氏の所有権保存を登記 昭和 41 年 8 月 - 贈与による 氏への所有権移転を登記 昭和 63 年 10 月 - 売買による沖縄市の所有権移転を登記 1771 番 3 昭和 29 年 5 月 山林 氏の所有権保存を登記 昭和 63 年 10 月 - 売買による沖縄市の所有権移転を登記 昭和 63 年 11 月 - 1771 番 1 から分筆 1772 番 3 昭和 44 年 12 月 山林 氏の所有権保存を登記、元の地番は 1772 番 昭和 49 年 4 月 - 1772 番 1 と 1772 番 2 に分筆 平成元年 1 月 - 1772 番 1 と 1772 番 3 に分筆 平成元年 11 月 - 売買による沖縄市の所有権移転を登記 平成元年 12 月 - 売買による沖縄市土地開発公社持分の沖縄市への 所有権移転を登記 1773 番 3 昭和 45 年 11 月 山林 贈与による 氏の所有権移転を登記 平成元年 1 月 - 1773 番 1 から分筆 平成元年 2 月 - 売買による沖縄市土地開発公社の所有権移転を登記 平成 3 年 1 月 - 売買による沖縄市土地開発公社持分一部の沖縄市 への所有権移転を登記 平成 4 年 9 月 - 売買による沖縄市土地開発公社持分全部の沖縄市 への所有権移転を登記

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1-16 表 3.1-1(5) 登記簿謄本記録 地番 時期(登記年月) 地目 履歴等に関する記載事項 1774 番 4 昭和 29 年 6 月 山林 氏の所有権保存を登記 昭和 49 年 2 月 - 1774 番 1 と 1774 番 2、1774 番 3 に分筆 平成元年 1 月 - 1774 番 1 と 1774 番 4 に分筆 平成 3 年 1 月 - 売買による沖縄市土地開発公社持分全部の所有権 移転を登記 平成 8 年 1 月 - 売買による 氏持分全部の沖縄市への所有 権移転を登記 1775 番 3 昭和 29 年 10 月 原野 氏の所有権を登記、元の地番は 1775 番 昭和 35 年 3 月 - 相続・贈与による 氏の所有権を登記 平成元年 1 月 - 1775 番 1 から分筆 平成元年 2 月 - 売買による沖縄市土地開発公社の所有権移転を登記 平成 3 年 10 月 - 売買による沖縄市の一部所有権移転を登記 平成 4 年 9 月 - 売買による沖縄市土地開発公社持分一部の沖縄市 への所有権移転を登記 平成 5 年 1 月 - 売買による沖縄市土地開発公社持分全部の沖縄市 への所有権移転を登記 2084 番 2 昭和 29 年 6 月 山林 氏の所有権保存を登記 昭和 63 年 12 月 - 氏他 9 名の所有権を登記 同年、同日に売買による沖縄市土地開発公社への 所有権移転を登記 平成 2 年 10 月 - 売買による沖縄市の所有権移転を登記

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1

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(青い線で囲んだ範囲が調査対象範囲、沖縄防衛局提供) 図 3.1-1 対象地地籍図

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1-18 3.1-2 航空写真 航空写真は昭和 22 年から平成 22 年撮影分の 8 枚を収集し、撮影写真は資料編に、 航空写真から読み取れる情報を表 3.1-2 に示した。 収集した航空写真は、昭和 37、45 年撮影分に対象地西側部分で、昭和 52 年は対象 地北側で土木工事と思われる状況が撮影されている。さらに平成 5 年には、対象地東 側に駐車場と、その駐車場から北側敷地境界に沿って延びる細長い通路と思われるも のが撮影されている。 平成 15、22 年撮影分は、サッカー場が整備されている状況が撮影されている。この 2 枚を除いた平成 5 年以前の写真に建屋は撮影されていない。 表 3.1-2 航空写真情報 撮影年月日 内 容 昭和 22 年 5 月 12 日 (1947 年) 山林の状況が撮影されている。建物はみられない。 昭和 37 年 7 月 3 日 (1962 年) 対象地西側は、土木工事と思われる状況が撮影されている。 対象地南には、建設中のコザ運動公園の野球場がみられる。 対象地に建物はみられない。 昭和 45 年 5 月 12 日 (1970 年) 昭和 37 年撮影と同様に、対象地西側は、土木工事と思われる状況が撮影されている。建物はみられない。 対象地南側の道路に、車両と思われるものが 1 台、撮影されて いる。 対象地南にはコザ運動公園の陸上競技用グランドと野球場が みられる。 昭和 52 年 12 月 7 日 (1977 年) 対象地北側に、土木工事と思われる状況が、それ以外は緑地と思われる状況が撮影されている。建物はみられない。 対象地北側は、木々が伐採され複数台の車両と思われるものが 撮影されており、土木工事が行われているようである。 昭和 59 年 10 月 31 日 (1984 年) 木々が茂り、建物はみられない。 対象地西側の大部分は平地のようにみえる。 北側の米軍占有地は、グランドや多くの建屋が建設されてい る。 平成 5 年 9 月 10 日 (1993 年) 対象地東側は駐車場と思われる区画線がみられ、北側の自動車道路に沿って西に延びる通路と思われるものが撮影されてい る。 これ以外の対象地は木々が茂った状況が撮影されており、建物 はみられない。 平成 15 年 1 月 16 日 (2003 年) サッカー場と西側は駐車場が撮影されている。 現在の状況が撮影されている。 平成 22 年 9 月 27 日 (2010 年) サッカー場として使用されている現在の状況が撮影されてい る。

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1-19 3.1-3 沖縄市サッカー場整備に係る経緯 対象地は、昭和 62 年 8 月 31 日に返還された土地である。 その前には、対象地の北側に沿った沖縄自動車道(南進高速道路)整備により、昭 和 54 年 3 月 18 日から石川インターチェンジ~那覇インターチェンジ間の工事が開始 されている(開通は昭和 62 年 10 月 8 日)。 沖縄市から提供されたサッカー場整備に係る経緯は以下のとおりである。 ○都市計画決定:コザ運動公園 当初昭和 48 年 12 月 27 日 変更昭和 56 年 8 月 6 日(※県道 85 号線(国体道路)分一部削除) 変更昭和 59 年 12 月 25 日(※沖縄自動車道分一部削除) ○サッカー場整備 (1)平成 7 年度コザ運動公園設計業務委託(沖縄市サッカー場整備) 工 期:平成 7 年 6 月 2 日~平成 7 年 11 月 8 日 委託先:伊禮設計 内 容:造成、施設園路(園路、防球ネット、擁壁、進入路) 舗装(園路、駐車場)、排水、グランドコート (2)平成 8 年度コザ運動公園施設整備工事(沖縄市サッカー場整備) 工 期:平成 8 年 10 月 17 日~平成 9 年 3 月 21 日 委託先:(株)小橋川技建 内 容:樹木移植工、敷地造成工、擁壁工 (3)平成 9 年度コザ運動公園施設整備工事(沖縄市サッカー場整備) 工 期:平成 10 年 1 月 14 日~平成 10 年 2 月 20 日 委託先:(有)花城組 内 容:暗渠排水工、芝張り工(コート内)、階段工、間知ブロック (4)平成 9 年度コザ運動公園設計業務委託 工 期:平成 9 年 7 月 31 日~平成 10 年 1 月 9 日 委託先:(有)みき設計 内 容:設計業務 (5)平成 10 年度コザ運動公園施設整備工事(第一工区)(沖縄市サッカー場整備) 工 期:平成 10 年 7 月 2 日~平成 10 年 11 月 19 日 委託先:(資)仲工務店 内 容:更衣室棟、トイレ

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1-20 (6)平成 10 年度コザ運動公園施設整備工事(第二工区)(沖縄市サッカー場整備) 工 期:平成 10 年 7 月 2 日~平成 10 年 11 月 19 日 委託先:(株)光電業 内 容:電気地中配線、照明灯(8 基) (7)平成 10 年度コザ運動公園施設整備工事(第三工区)(沖縄市サッカー場整備) 工 期:平成 10 年 7 月 2 日~平成 10 年 11 月 19 日 委託先:(有)東部水道工事社 内 容:汚水管地中配管、給水地中配管 (8)平成 10 年度コザ運動公園施設整備工事(第四工区)(沖縄市サッカー場整備) 工 期:平成 10 年 10 月 5 日~平成 11 年 2 月 25 日 委託先:(有)仲村建設 内 容:コザ運動公園管理事務所 (9)平成 10 年度コザ運動公園施設整備工事(第五工区)(沖縄市サッカー場整備) 工 期:平成 10 年 11 月 12 日~平成 11 年 2 月 22 日 委託先:(有)仁設備工業 内 容:水道管敷設工事(県道側) (10)平成 10 年度コザ運動公園施設整備工事(第六工区)(沖縄市サッカー場整備) 工 期:平成 10 年 11 月 17 日~平成 11 年 3 月 31 日 委託先:(株)日邦建設 内 容:張芝溝(コート外周)、観客スタンド (11)平成 11 年度コザ運動公園施設整備工事(第一工区)(沖縄市サッカー場整備) 工 期:平成 11 年 8 月 19 日~平成 12 年 1 月 21 日 委託先:(株)日邦建設 内 容:駐車場整備工事、園路整備工事 (12)平成 11 年度コザ運動公園施設整備工事(第二工区)(沖縄市サッカー場整備) 工 期:平成 11 年 8 月 19 日~平成 11 年 12 月 9 日 委託先:(有)佐渡山電水 内 容:駐車場照明灯設置工事(6 基) (13)平成 11 年度コザ運動公園施設整備工事(第三工区)(沖縄市サッカー場整備) 工 期:平成 11 年 11 月 30 日~平成 12 年 3 月 31 日 委託先:(有)おおとみ造園土木 内 容:駐車場付近植栽工事

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1-21 3.1-4 対象地の地形図について 対象地の地形図は、昭和 22 年(沖縄県公文書館資料)、昭和 46、53 年(国土地理院 発行国土基本図)、昭和 54~58 年(地形図作成時期が確定できないため昭和 54 年の石 川 IC~那覇 IC 間の工事開始から「沖縄自動車道沖縄南インターチェンジ平面図(日本 道路公団)」に示されている昭和 58 年の期間を示した。高速道路工事施工業者提供)、 昭和 63 年(沖縄市都市計画図)及び平成 8 年(サッカー場整備時の図面、沖縄市提供) を収集した。 なお、昭和 22 年の地形図は米軍が作成した資料で、地図欄外に昭和 22 年(1947 年) 10,11 月と昭和 23 年(1948 年)1 月に行った航空測量データに基づいて 1951 年に地形 図を作成したこと、基準面は低潮面を基準としたこと、等高線間隔は 5 フィートとし たことが記載されている。この地図で基準とした低潮面は、観測年と観測場所により 常に変化し、1947~1951 年の低潮面の高さを知ることはできない。このため、現在の 国土地理院 1/25000 地図と米軍作成地図を重ね合わせ、変化が少ないと考えられる道 路の標高点を参考にして、現在の国土地理院地図記載標高(84m)と米軍作成地図から 読み取った標高 275ft(=0.3048m/ft とすると 83.8m)が 0.2m の誤差があるものの、 ほぼ同じであることを確かめた。 図 3.1-4 標高表示の確認 国土地理院地図記載 標高 84m 国土地理院地図 沖縄県公文書館資料

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1-22 3.1-5 対象地の地形の変遷 対象地の昭和 22 年、昭和 46 年、昭和 53 年、昭和 54~58 年、昭和 63 年及び平成 8 年の地形図を図 3.1-5(1)~図 3.1-5(2)に示した。 昭和 22 年の対象地は、現在のサッカーグランド中心よりやや西に標高 91.4m 以上(昭 和 22 年の地形図のみ標高がフィート表示のため 1 フィートを 0.3048m としてメートル に換算した。この部分のみメートルとフィートを併記するが、以下、メートル表示と する。)の尾根があり、その東はやや急峻な谷になり谷底の標高 76.2m(250 フィート) より深く一端地盤が低くなり、さらに東に 91.4m(300 フィート)まで急激に地盤が立 ち上がっている。尾根の西側は等高線が密から粗になるような谷部で形成され、谷底 の標高は 74.7m(245 フィート)以下まで下がっている。ドラム缶が発見された位置を 昭和 22 年の地形図標高でみると 80.8m(265 フィート)前後に該当する。 昭和 46 年の対象地は、尾根の部分と東側谷部(谷底の位置に標高 77.6m と地形図に 表示あり)の地形は昭和 22 年と概ね同じであるが、西側は標高 84m から西方向になだ らかな傾斜の地盤に変化し、西端は標高 78m となっている。ドラム缶が発見された位 置の標高を昭和 46 年の地形図でみると 82~83m の標高に該当する。 昭和 53 年の対象地は、昭和 46 年の地形図と概ね同じであるが、尾根の標高 88m の 範囲が小さくなっている。ドラム缶が発見された位置の標高は、昭和 46 年地形図と同 じである。 昭和 54~58 年の対象地は、昭和 46、53 年の地形図と概ね同じであるが、標高 84m の等高線に着目すると、対象地北側の地盤高が低くなっている。前述した航空写真(昭 和 52 年撮影分)に撮影されていた工事によるものではないかと推察される。 昭和 63 年の対象地は、サッカーグランド中心よりやや西に尾根があることやこの尾 根から西方向になだらかな傾斜の地盤であることはそれまでと同じだが、対象地北側 は敷地境界に沿って標高が 80m より低くなっている。また、尾根の東側の谷部が標高 80m 以上に変化し、標高が現在の地表面とほぼ同じ高さになっており、埋土されたと推 察される。ドラム缶が発見された位置の標高は、おおよそ標高 83m と思われる。 平成 8 年のサッカー場建設前の対象地は、現在のサッカー場グランド中心よりやや 西に標高 88m の尾根があり、尾根の東側は法面の表記となっている。東側の谷であっ た範囲は、南から北へなだらかな傾斜地として表示されている。 サッカー場として整備された後の地形図を図 3.1-5(3)に示した。対象地南西から北 に延びる通路部以外の標高は 81.899m 以上で、全面がほぼフラットな状態である。

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1-23 図 3.1-5(1) 地形図 原図の標高表示が「フィート」であったので、1 フィート=0.3048m としてメートルに換算した。 出典:沖縄県公文書館資料(米軍作成地形図 KURASKUGAWA と SHIMABAKU) 出典:国土地理院(昭和 46 年国土基本図) 出典:国土地理院(昭和 53 年国土基本図) 地形図(昭和 22 年、赤丸はドラム缶埋没位置) 地形図(昭和 46 年) 地形図(昭和 53 年)

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1-24 図 3.1-5(2) 地形図 出典:沖縄自動車道整備関連資料 この地形図の作成時期が確定できないため、昭和 54 年の石川 IC~那覇 IC 間の工事開始から、「沖縄自 動車道沖縄南インターチェンジ平面図(日本道路公団)」に示されている昭和 58 年の期間を示した。 出典:平成 8 年度コザ運動公園施設整備工事設計図面 出典:沖縄市都市計画図(昭和 46 年測量、昭和 63 年修正) 地形図(昭和 54~58 年) 地形図(昭和 63 年) 地形図(平成 8 年;サッカー場工事前)

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1-25 図 3.1-5(3) 地形図 各年代の地形図をもとに、ドラム缶が埋まっていた場所を東西に横断するライン A-A’の地盤高の変遷を図 3.1-5(4)に示した。同様に、縦断図をラインB-B’の 地盤高の変遷を図 3.1-5(5)に示した。 対象地は、昭和 22 年当時は、東西部分に谷があり、その間のサッカー場グランド 部分には尾根があった。尾根の部分は、昭和 22 年から平成 8 年のサッカー場整備前 まで、現在の地表面標高の約 82m より高かったが、整備後に現在の標高に変化してい る。 対象地東側の谷の部分は、昭和 22 年から昭和 63 年まで、現在の地表面標高の 82m より 5~6m 程度低く、谷底の位置や深さに大きな変化はみられないが、昭和 63 年の 地形図ではほぼ現在の標高に変化している。 一方、西側の谷部は、昭和 22 年から昭和 46 年にかけて深い部分で約 4m 地盤が上 がり、昭和 37、45 年の航空写真に撮影されている土木工事等により周辺一帯の地形 が変化したのではないかと推測される。 平成 25 年 7 月調査時のドラム缶が埋まっていた場所は、現在の地表面(標高約 82.4m※)から 1.2m 深い位置に埋まっていたことが確認されている。この標高は、図 3.1-5(4)(5)に示した昭和 22 年の地盤高の直上の位置とほぼ一致している。その後の 昭和 46 年以降の地盤高は昭和 22 年よりわずかに高く、ドラム缶は長期間、土中にあ ったと推察される。 ※:造成計画平面図のドラム缶埋没位置を囲む 6 か所の標高の平均=82.4m をいう。 出典:平成 8 年度運動公園施設整備工事 造成計画平面図等 更衣室周辺の地 盤高は 82.141~ 82.425m グランド部分の地盤高は 82.302~82.742m 駐車場周辺の地 盤 高 は 81.899 ~ 82.775m 地形図(平成 8~11 年;サッカー場整備後)

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1-26 図 3.1-5(4) 地盤高の変遷 (赤丸はドラム缶埋没位置) A A A’ A’ B B’

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1-27 図 3.1-5(5) 地盤高の変遷 (赤丸はドラム缶埋没位置) 3.1-6 特定施設等の届出 対象地で有害物質を使用等する特定施設に関する公的届出はないが、「ポリ塩化ビフ ェニル廃棄物の保管及び処分状況等」については、平成 25 年 7 月調査の実施により生 じたドラム缶廃棄物等を現地に置いたコンテナで保管しているため、PCB特別措置 法に基づく届出を平成 25 年 10 月 16 日付で行っている。 3.1-7 区域指定 法に基づく指定区域の指定は、平成 25 年 4 月 1 日現在で「沖縄県内全域で、要措置 区域及び形質変更時要届出区域の指定は、現時点ではありません。」とある。 (http://www.pref.okinawa.jp/site/kankyou/hozen/mizu(土壌汚染関係)) 廃棄物の処理及び清掃に関する法律に基づく指定区域の指定(廃棄物処理法第15 条の17第1項に基づく指定区域の指定)は、該当する公示がなく不明であるが収集 した資料や対象地の利用状況から、最終処分場とは考えられないため区域指定はされ ていない土地と思われる。 3.1-8 地下水 沖縄県が、水質汚濁防止法に基づいて毎年実施している公共用水域調査(地下水) の過去 5 年間のデータをみると、沖縄市与儀で平成 19~23 年度にかけて砒素が 0.030 B B’

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1-28 ~0.042mg/L の範囲で検出され、環境基準不適合の結果が公表されている。この結果に ついては、平成 13 年度に行った検討の結果、自然由来によると考えられることが示さ れている。また、砒素及びその化合物の影響範囲は、概ね 250m とされており(ガイド ライン Appendix-1 による)本調査対象地とは 1km 以上距離があり、影響はない範囲で ある。 3.1-9 過去の土壌調査結果 平成 25 年 7 月の調査結果のうち、ドラム缶発掘のために堀上げ仮置きした土壌は、 法に基づく 25 物質の調査結果の全てが指定基準に適合していた。しかし、ドラム缶が 埋まっていた場所の直下土壌の砒素及びその化合物(溶出量)とふっ素及びその化合 物(溶出量)が、指定基準に不適合である結果が得られていた。 3.1-10 サッカー場で使用していた薬剤 沖縄市はサッカー場の運用にあたって、表 3.1-10 に示した肥料、土壌改良剤、除草 剤を使用していた。このうち、固形肥料と土壌改良剤、芝生種子は、有害物質を含ま ない。 除草剤は、シバゲンDFとザイトロンアミン液の 2 種類を平成 23 年度に 1 回使用し たことが示されている。この 2 種類の農薬のMSDS(Material Safety Data Sheet、

化学物質安全性データシート

の略称)をみると、2 種類ともに急性毒性(経口)は 毒物及び劇物取締法の規制対象外となっている。その他の項目についての有害性は示 されていない。 サッカー場は平成 8 年以降に順次整備されているが、農薬等の使用に関した記録は 1 回であり、表 3.1-10 以外の情報は不明である。 表 3.1-10 サッカー場で使用していた薬剤 種類\年度 平成 21 年度 平成 22 年度 平成 23 年度 平成 24 年度 固形肥料 - - ・オシムグローアップ - 土壌改良剤 - - ・エンペラー(3 回) ・ポーラストン(3 回) ・イワミライト(3 回) - 除草剤 - - ・シバゲンDF(1 回) ・ザイトロアミン液(1 回) - 芝生種子 - - ・暖地型種子リビエラ(4 回) - 備考:液体肥料、殺虫剤、殺菌剤は全ての年度が空欄であったので表記しなかった。

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1-29 3.2 聴き取り調査結果 聴き取り調査結果は以下に示すとおりであった。 3.2-1 米軍関係者からの聴き取り結果 平成 25 年 6 月 17 日付で、沖縄防衛局から米国嘉手納空軍基地第 18 施設群司令官宛 に文書による質問を行い、同年 6 月 20 日に回答を得、さらに 8 月 2 日に、図 3.2-1 に 示した対象地の航空写真等の提供を受けた。 沖縄防衛局からの質問は 3 項目で、その回答は以下に示したとおりであり、有効な 情報は得られなかった。 (1)昭和 62 年 8 月 31 日に米国政府から返還された嘉手納飛行場の一部返還場所で発 見されたドラム缶の使用の有無について。 回答=不明 (2)上記(1)で使用している場合、使用していた内容物(ガソリン、重油など)及び その管理方法と民間への払下げの有無などはどうか。 回答=不明 (3)ドラム缶が発見された土地の返還前の使用履歴はどうか。 回答=対象地の建物に関する記録はない。 1961 年(昭和 36 年)の航空写真では、対象地に植生はみられない。 1980 年(昭和 55 年)からは、対象地に隣接する区域は、嘉手納飛行場内 の付近に所在する小学校のための野球場及び遊び場として使用した。 1987 年(昭和 62 年)には、沖縄自動車道建設支援のため日本政府に返還 された。

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図 3.2-1(1) 米国嘉手納空軍基地提供図面

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図 3.2-1(3) 米国嘉手納空軍基地提供図面

3.2-2 ドラム缶の関係機関と思われる事業者からの聴き取り結果

平成 25 年 7 月の調査で、埋没ドラム缶に「THE DOW CHEMICAL」と読める表示があ ったことから、ダウ・ケミカル日本株式会社(米国ミシガン州に本社を置く総合化学 品 メーカーThe Dow Chemical Company の日本法人)に、防衛省が電子メール等で調査 結果等を提供しながら聴き取りを行った。得られた回答は以下のとおりであり、有効 な情報は得られなかった。 ●ドラム缶についての情報がないことと、時間が数十年経過した時点での質問であ るため発見されたドラム缶の製造年、当初の中身が何だったかを突き止めること はできない(回答日:平成 25 年 7 月 18 日) ●防衛省から提供されたデータ(調査時の観察記録等)では特定の製品を確定する には至らない(回答日:平成 25 年 7 月 26 日) ●(調査分析の結果から 2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸(2,4,5-T)とペンタク ロロフェノール(PCP)を成分として製造・販売をしていた期間、その商品を入 れていたドラム缶のサイズについての質問に対し)30 年以上前にアメリカ合衆国 ミシガンにおいて 2,4,5-T、PCP は製造中止にしましたので、確たる回答を提供 することはできない(回答日:平成 25 年 8 月 28 日)。

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1-32 3.2-3 沖縄自動車道建設工事関係者からの聴き取り結果 平成 25 年 10 月 4、7 日に、沖縄防衛局が沖縄自動車道建設工事関係者に当時の状況 を電話による聴き取り調査として行い、その結果の提供を受けた。 聴き取った結果は以下に示すとおりで、サッカー場の一部を一時、資材置き場とし て使用したことは工事施工業者 2 社から聴き取れたが、ドラム缶についての有効な情 報は得られていない。 ●建設工事関係者からの聴き取り結果 ・担当職員は退職しており、当時の状況は不明である。 ・当時の工事現場においてドラム缶のようなものが確認された情報はない。 ●工事施工業者(A社)からの聴き取り結果 ・当時の工事現場従事者が二名在籍しており両名にドラム缶の埋没等について聞い たが、両名とも見聞きしたことはないとのことであった。 ・サッカー場の一部を資材置き場として利用したが、原状復旧して返却した。 ・切土盛土は行っていない。 ●工事施工業者(B社)からの聴き取り結果 ・当時の工事現場は知っており、航空写真で確認した。 ・ドラム缶に関する情報は聞いたことはない。 ・サッカー場の一部を資材置き場として利用した。 ・切土盛土は行っていない。 ・沖縄南インターより北側にごみ捨て場のような場所があった。 3.2-4 沖縄市から沖縄防衛局への提供情報(沖縄市が行った聴き取り結果) 沖縄市が沖縄県、沖縄自動車道建設工事関係者及び地元関係者に対して行った聞き 取り調査の結果の情報提供を受けた。沖縄県及び沖縄自動車道建設工事関係者からの 回答は有効な情報は得られていないが、沖縄市基地政策課が地元関係者から聴き取っ た情報には、ドラム缶投棄に関する情報が得られている。 ●沖縄県中部土木事務所関係者からの聴き取り結果 ・平成 16、17 年度に県道拡幅工事及び水路工事を行った時には、土中からは何も出 てこなかった。当時の写真等の資料は廃棄しており詳細は不明である。 ・施工時に磁気探査は行っていないようである。

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1-33 ●沖縄自動車道建設工事関係者からの聴き取り結果 ・工事施工時に、投棄された埋設物が出てきた記録はない。 ・工事施工前に磁気探査を実施し、20mm 砲弾が出てきたが調査範囲や砲弾が出てき たことの記録はない。 ・埋蔵文化財調査を行った結果、骨壺が見つかり沖縄市に報告した。 ●地元関係者からの聴き取り結果 ・東京オリンピックが開催されていた昭和 39 年(1964 年)頃に、現在のサッカー 場付近で 6~7 人の米軍人が、午前 10 時頃から夕方まで作業をしていたのを目撃 した。 ・米軍用トラックの荷台に満載したドラム缶(本数は不明)を、谷間又は大きな窪 地に転がした後、軍用ブルドーザーで土をかぶせる作業をしていた。 ・斜面には、ドラム缶が転がりやすいようするためかベニヤ板を敷いていた。 ・この情報は 2 名の方からの提供である。 3.2-5 対象地周辺住民からの聴き取り結果 調査対象地周辺の方からの聴き取り調査として、監督官同行のもと平成 25 年 9 月 26 日に諸見里自治会長から、同年 10 月 1 日に中の町老人会の関係者から、同年 10 月 15 日に山内老人会の関係者から表 3.2-5 に示した内容の情報を聴き取った。 聴き取り調査の結果、過去は米軍占有地であったため、利用状況や形質の変更等に ついては不明との答えであり、有効な情報は得られなかった。 3.2-6 元地権者からの聴き取り結果 元地権者の方々に、対象地の過去の使用状況、地形の変化に関する情報と、ドラム 缶廃棄物等に関して照会文書を出して、2 件の回答が得られた。 回答には、軍用地内で立入が規制されていたため使用状況や地形の変化等について はわからないことと、対象地は米軍のごみ廃棄場であった情報もあるが、詳細はわか らないことが書かれていた。

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1-34 表 3.2-5 聴き取り調査結果 区分 聴き取った内容 土地の用途等 について ・昔(1960 年頃)は、米軍との境界にフェンスや壁などはなく、子供が時々、 メジロ取りなどのため米軍敷地内に迷い込むことがあった(諸見里自治会 長)。 ・フェンスや壁などはなかったと思われるが、軍用地のため入れなかった(中 の町老人会関係者)。 ・フェンスはあったが、一部隙間や破損した場所があり、そこから米軍敷地に 入り込むことができた(山内老人会関係者)。 ・対象地は山林地帯で、建物や施設は一切なかった(全関係者)。 ・米軍との境界付近には、コーラル(サンゴ砂)を敷いた細い道(旧県道 85 号線、通称「白道」)があった(全関係者)。 ・自動車で入れる道はなく、徒歩で入った(諸見里自治会長)。 ・対象地は、米軍敷地のため過去の利用状況は知らない(全関係者)。 地盤高変更 について ・谷の部分が埋められたことは知らない(全関係者)。 ・若夏国体(昭和 48 年、1973 年)にあわせて対象地周辺の土地区画整理が行 われたが、対象地は米軍占有地のため区画整理の対象外であった(中の町老 人会関係者)。 ・(平成 5 年の航空写真の駐車場部分について)埋土についてはわからない(諸 見里自治会長, 中の町老人会関係者)。 特定有害物質 等化学物質の 使用について ・タンク等も含め、該当するものは何もない(諸見里自治会長)。 地下水 ・周辺地域は戦後から上水道が普及していたので地下水飲用はなかった(中の 町老人会関係者)。 ・周辺に井戸はあるが、田がないことからもわかるように地下水脈は豊富では ない(中の町老人会関係者)。 廃棄物 ・対象地手前の総合運動公園は 1961~1962 年ころまでは、日本人が普段の生 活で発生する生活ごみを投棄していた(「ちり捨て場」と言っていた)(全関 係者)。 ・総合運動公園東側に窪地があり、そこに生活ごみを捨てていた(全関係者)。 ・曖昧な記憶だが、サッカー場西側の谷にあたる場所に小さなゴミ捨て場があ ったように思う。日本人のごみ捨て場とは場所が異なっていた(山内老人会 関係者)。 焼却炉 ・焼却炉はなかった(全関係者)。 その他 ・ドラム缶や廃棄物が埋まっていたことは知らなかった(全関係者)。 ・旧県道 85 号線には小禄飛行場(現那覇空港)まで伸びるパイプラインがあ り、返還後にそのパイプラインに沿って民家が建設され市街地化していった (「上地史」という郷土史に記述あり)(中の町老人会関係者、山内老人会関 係者)。 ・パイプラインは、地下埋設が大部分であったが、一部、地上部に出ている箇 所もあった(山内老人会関係者)。 ・旧県道 85 号線は米軍専用道路で、日本人は通れなかった(山内老人会関係 者)。

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1-35 3.3 現地調査結果 現地調査は、平成 25 年 10 月 10 日に、資料調査と聴き取り調査で把握できた内容の 確認のため行った。 踏査した結果は表 3.3-1 に示したように、土壌汚染の原因となるようなものはなか ったが、磁気探査実施にあたっては、建物、コンクリート床面中の配筋やグランドの 埋設配管が障害になるため、必要な範囲で施設撤去等を予定している。 現地調査時の状況写真は資料編に添付した。 表 3.3-1 現地調査結果 対象地場所等 現地調査結果 敷地境界 対象地北端にコンクリート杭あり。 西側駐車場から高速道路に向かって階段で降りて行っ た境界に「日本道路」の銘があるコンクリート杭があっ た。 この 2 か所以外に敷地境界の杭は確認できなかった。 東側スタンド周辺 観客用スタンドが 2 基、コンクリート床上に設置してあ った。 更衣室やシャワー室があるが、これらに使用している鉄 筋や金属製配管が磁気探査の障害になると思われる。 土壌汚染に関係する施設や、汚染源となるような物品の 保管等はなかった。 中央部サッカーグランド 自然芝を人工芝に張り替える工事が中断された状況で ある。 土壌汚染に該当するものはないが、磁気探査時には埋め られているミスト管や不織布を止めている釘状の金属 等が障害になると思われる。 サッカーグランドの北側敷地境界は直立擁壁で、擁壁倒 壊防止のための地中ワイヤー敷設の可能性が考えられ たが、提供された擁壁図面にはそのような記載はない。 西側スタンド周辺 観客用スタンドが 2 基、コンクリート床上に設置してあ った。 西側駐車場・トイレ・あず まや周辺 駐車場はアスファルト舗装地、あずまや周辺は裸地部あ り。 土壌汚染に該当するものはないが、磁気探査時にはトイ レの給排水管やその他の埋設物等が障害になると思わ れる。 敷地全体の外縁付近 照明用水銀灯や球場を囲むように防球ネットが張られ ている。 いずれも磁気探査時に障害物となることが予想される。

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1-36 4. 調査対象物質の選定 4.1 土壌概況調査の調査物質 土壌概況調査の調査対象物質は、今後対象地でドラム缶発掘等のため土壌掘削を行 うことが予定されるため、全域の土壌汚染の状況を確認することを目的に法施行令第 一条に示された第一~第三種特定有害物質の全物質とし、表 4.1-1 に示した 25 物質と する。 4.2 ドラム缶付着物・底面土壌調査の調査物質 4.2-1 ドラム缶付着物調査の調査物質 投棄・埋没しているドラム缶付着物の調査物質は、平成 25 年 7 月調査結果を参考に してダイオキシン類(含有量)とダイオキシン類の由来の検討材料としての農薬類と する。その他、平成 25 年 7 月調査において検出された物質としてポリ塩化ビフェニル、 砒素及びその化合物、ふっ素及びその化合物、油分等とし表 4.2-1 に示した物質とす る。 また、今後、ドラム缶を処理・処分するために金属等を含む産業廃棄物に係る判定 基準項目の結果が必要となるとため、該当する物質を対象とする。 4.2-2 ドラム缶底面土壌調査の調査物質 ドラム缶底面の土壌については、ドラム缶付着物と同じ物質とする(廃棄物関係を 除く)。また、土壌汚染の観点から表 4.1-1 に示した 25 物質を調査対象物質とする。

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1-37 表 4.1-1 調査対象物質(土壌概況調査) 分類 特定有害物質の種類 調査対象 指定基準 溶出量 含有量 第 一 種 特 定 有 害 物 質 四塩化炭素 ○ 0.002mg/L 以下 - 1,2-ジクロロエタン ○ 0.004mg/L 以下 - 1,1-ジクロロエチレン ○ 0.02mg/L 以下 - シス-1,2-ジクロロエチレン ○ 0.04mg/L 以下 - 1,3-ジクロロプロペン ○ 0.002mg/L 以下 - ジクロロメタン ○ 0.02mg/L 以下 - テトラクロロエチレン ○ 0.01mg/L 以下 - 1,1,1-トリクロロエタン ○ 1mg/L 以下 - 1,1,2-トリクロロエタン ○ 0.006mg/L 以下 - トリクロロエチレン ○ 0.03mg/L 以下 - ベンゼン ○ 0.01mg/L 以下 - 第 二 種 特 定 有 害 物 質 カドミウム及びその化合物 ○ 0.01mg/L 以下 150mg/kg 以下 六価クロム化合物 ○ 0.05mg/L 以下 250mg/kg 以下 シアン化合物 ○ 検出されないこと 50mg/kg 以下 水銀及びその化合物 ○ 0.0005mg/L 以下かつ、 アルキル水銀が検出され ないこと 15mg/kg 以下 セレン及びその化合物 ○ 0.01mg/L 以下 150mg/kg 以下 鉛及びその化合物 ○ 0.01mg/L 以下 150mg/kg 以下 砒素及びその化合物 ○ 0.01mg/L 以下 150mg/kg 以下 ふっ素及びその化合物 ○ 0.8mg/L 以下 4000mg/kg 以下 ほう素及びその化合物 ○ 1mg/L 以下 4000mg/kg 以下 第 三 種 特 定 有 害 物 質 シマジン ○ 0.003mg/L 以下 - チオベンカルブ ○ 0.02mg/L 以下 - チウラム ○ 0.006mg/L 以下 - ポリ塩化ビフェニル ○ 検出されないこと - 有機りん化合物 ○ 検出されないこと - 注 1:○印は、調査対象物質を表す。 注 2:第一種特定有害物質は、土壌ガス調査を行う。その場合の定量下限値は、ベンゼン以外 は 0.1volppm、ベンゼンは 0.05volppm である。 注 3:溶出量の「検出されないこと」とは、当該試験方法の定量下限値を下回ることをいい、 シアン化合物と有機りんの定量下限値は 0.1mg/L、ポリ塩化ビフェニルとアルキル水銀 の定量下限値は 0.0005mg/L である。

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1-38 表 4.2-1 調査対象物質(ドラム缶付着物・底面土壌等) 分析項目 参考となる諸基準注)、対象物質等 ダイオキシン類 付着物 判定基準=3ng-TEQ/g 以下であること 底面土壌 土壌環境基準=1,000pg-TEQ/g 以下であること ポリ塩化ビフェニル 付着物 判定基準=検出されないこと(0.003mg/L 以下) 低濃度 PCB 含有汚染物=PCB 濃度が 5,000mg/kg 以 下の汚泥等 底面土壌 土壌環境基準=検出されないこと (0.0005mg/L 以下) 農薬類 2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D) 2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸(2,4,5-T) 2,4-D ブチルエステル 2,4,5-T ブチルエステル 2,4-ジクロロフェノール(2,4,5-DCP) 2,4,5-トリクロロフェノール(2,4,5-TCP) ペンタクロロフェノール(PCP) ピクロラム カコジル酸ナトリウムとカコジル酸 全砒素(含有量) - 砒素及びその化合物(溶出液) 指定基準=0.01mg/L 以下であること ふっ素及びその化合物(溶出液) 指定基準=0.8mg/L 以下であること 形態別砒素(溶出液) (Ⅲ・Ⅴ価の砒素分析) 油分(TPH分析) - 産業廃棄物に含まれる金属等の全 25 項目(金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準) ※ダイオキシン類と PCB は上述のとおり アルキル水銀 検出されないこと(0.0005mg/L 以下) 水銀 0.005mg/L 以下 カドミウム 0.3mg/L 以下 鉛 0.3mg/L 以下 有機燐 1mg/L 以下 六価クロム 1.5mg/L 以下 砒素 0.3mg/L 以下 シアン 1 mg/L 以下 トリクロロエチレン 0.3mg/L 以下 テトラクロロエチレン 0.1 mg/L 以下 ジクロロメタン 0.2 mg/L 以下 四塩化炭素 0.02 mg/L 以下 1,2-ジクロロエタン 0.04 mg/L 以下 1,1-ジクロロエチレン 1 mg/L 以下 シス-1,2-ジクロロエチレン 0.4mg/L 以下 1,1,1-トリクロロエタン 3mg/L 以下 1,1,2-トリクロロエタン 0.06mg/L 以下 1,3-ジクロロプロペン 0.02mg/L 以下 チウラム 0.06mg/L 以下 シマジン 0.03mg/L 以下 チオベンカルブ 0.2mg/L 以下 ベンゼン 0.1mg/L 以下 セレン又はその化合物 0.3mg/L 以下 1,4-ジオキサン 0.5mg/L 以下 注)付着物の判定基準は特別管理産業廃棄物の判定基準(廃棄物処理法施行規則第1条の2)を、底 面土壌の基準は土壌環境基準を、低濃度 PCB は処理基準を、指定基準は土壌汚染対策法の指定基 準を表す。

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1-39 5. 土壌汚染のおそれの区分の分類 土壌汚染のおそれの区分の分類を行うにあたって、資料調査の結果を整理すると以 下のとおりである。 ・本調査対象地は、登記簿謄本、航空写真及び聴き取り調査等の結果から過去は山 林であり、化学物質を扱う工場等の建屋はなかった。 ・昭和 37、45 年の航空写真に対象地西側部分、昭和 52 年の航空写真に対象地北側 部分で土木工事と思われる状況が撮影されている。 ・平成 8 年以降のサッカー場の整備に合わせて、標高約 82m より高い部分は地山を 切土により整備して土地改変が行われた。 ・聴き取り調査の結果は「不明」との回答が多かったものの、地元関係者からドラ ム缶投棄・埋没の情報が取得できた。 ・しかし、投棄・埋没ドラム缶が埋まっている場所に関する情報は平成 25 年 7 月の 調査結果のみで、他の場所に埋まっている可能性も考えられる。 ・ドラム缶内容物に関する情報はなく、平成 25 年 7 月調査結果でドラム缶底面土壌 の砒素及びその化合物(溶出量)とふっ素及びその化合物(溶出量)が指定基準 不適合であった。 土壌汚染のおそれの区分の分類は、対象物質ごとに行うこととなっていることから (法施行規則第三条 6 による)上記内容を踏まえ、対象地全域の土壌汚染の状況を確 認するため全 25 物質について「土壌汚染のおそれが少ないと認められる土地」と分類 した。 また、平成 25 年 7 月調査により指定基準不適合土壌が採取した場所を「土壌汚染の おそれが比較的多いと認められる土地」と分類した。 図 5.1-1 土壌汚染のおそれの区分の分類 赤い場所は「土壌汚染のおそれが 比較的多いと認められる土地」、 それ以外の土地は「土壌汚染のお それが少ないと認められる土地」 と分類する。

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1-40 6. 調査対象範囲の設定 6.1 磁気探査調査の範囲設定 6.1-1 水平磁気探査の調査範囲 水平磁気探査は、ドラム缶埋没に関する情報がないため本調査対象地の全範囲を対 象とする。 6.1-2 鉛直磁気探査の調査範囲 ドラム缶が発見された場所は、過去の地形図から谷部(=埋め土部)に位置した、 昭和 22 年当時の地表面にあたる標高約 81m の位置であると推察される。また、地元関 係者から、昭和 39 年(1964 年)頃に谷間又は窪地にドラム缶を転がして廃棄していた ことが聴き取られている。このドラム缶発見場所の東側は、旧地形図から尾根があっ たことがわかっており、尾根に該当する範囲は原地盤として土質は締め固まっている と推察され、このような場所を掘削してドラム缶を埋めることは考えにくい。さらに、 昭和 22 年撮影航空写真には、現サッカー場周辺一帯が山林であった状況が撮影されて おり、昭和 22 年の地形図が原地盤を表しているものと考えられる。 このことから、鉛直磁気探査の範囲は、昭和 22 年地形図で谷にあたる範囲を調査範 囲とし、尾根にあたる部分は調査対象外とすることとする。具体的には、現在のサッ カーグランドの標高値の約 82.4m(270.34 フィート)より高い部分は切土部分と考え られるため、この範囲を除いた埋土部の範囲が調査対象となる。範囲の設定は、平成 8 年以降に行ったサッカー場建設工事施工時の切土標高が概ね 82m 以上を対象にしてい ることから、安全を見込んで一部切土部分も含まれるが昭和 22 年地図の 83.8m (270.34+5 フィート≒275 フィート)の等高線より低い範囲を鉛直磁気探査の調査範 囲とし、図 6.1-2 に示した。なお切土部と盛土部の境界の白い部分は、水平磁気探査 で測定するため鉛直探査を行う必要がない範囲を表している。

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1-41 図 6.1-2 鉛直磁気探査調査範囲 6.2 土壌調査の範囲設定 土壌調査の調査範囲は、対象地全域の土壌汚染の状況を確認するため全範囲を対象 とする。 調査実施にあたっては、法施行規則及びガイドラインに基づいて対象地を 10m×10m 格子(「単位区画」という)及び 30m×30m 格子で区分し、「土壌汚染のおそれが少ない と認められる土地」として土壌ガス調査や 5 地点混合方式など、法に準拠した方法で 調査を行うものとする。地点配置は、第 2 編 土壌概況調査に示した。 以上 調査範囲

図 3.2-1(2)   米国嘉手納空軍基地提供図面
図 3.2-1(3)   米国嘉手納空軍基地提供図面

参照

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