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智山學報 第16 003斎藤 昭俊「釈雲照と教育」

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(1)

釈 雲照 と教育 (斉藤) 一 、 は じ め に 二 、 雲 照 と 十 善 会 三 目 白 僧 園 四 、 国 民 教 育 一

 

は じ め に   釈 雲 照 は 一 入 二 七

政 十

) に

雲 市 に 生 れ る 。 大

頭 不

住 職 に な る

ま で ( 一 八 六 七 年 、

三 年 ) を

時 代 と し 、

職 に な っ た 一 入 六 入

( 明

元 年 ) か ら 一 入 入 四 年 ( 明 治 十 七 年 ) ま で を

と す れ ば 、 一 入 入 五

( 明 治 十 入 年 ) 以

が 目 白

と な る 。 第 一

県 を 根

と し て

地 に

に い っ て い る

代 で あ る 。    

 

四 度 加 行     一 七

 

行 成 満 、 園

作 助 に 詩

上 団

に 論 語 ・

を 学 ぶ     一 入

野 山 で 伝 法 灌 頂 入 坦 ( 観 音

職 と な る ) 一

1

(2)

智山学報第十六輯 一 九

二 〇

二 一

二 二

一 一 三

二 四

二 五

二 六

二 七

二 八

二 九

三 〇

三 一 才 三 二

三 三

三 四

遮 羅 明 王 秘 伝 三 千 座

三 宝

授 を う く 高 野 山

賢 か ら 結 縁 灌

・ 理 趣

の 講 伝 を う く ( 普 賢

と な る )

野 山 普 賢 院 衆 徒 と な る 智 光 よ り 菩

心 論

大 阪 ・ 三 津

で 理 趣

講 伝 を う く

鎮 よ り 秘 蔵 記 受 講 、 大 日

講 伝 を う く

持 明 院 で 天

学 受 講

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  智 光 よ り 大 日 経 講 伝 、

島 で 大 日 経 住 心 品 講 伝 を う く

之 院 で

行 高 野 山

鎮 よ り 安

流 許 可、 大 日 経 奥 疏 の 講 伝 を う く 、

賢 院 に 帰 坊 求 聞 持 法 を 修 す 岩 屋 寺 に 求 聞

堂 建 立 、 即 身 成 仏 義 を 講 ず 智 積 院 で 唯 識 論 述 記 を き く 、 大

明 院 で 天 台 学 研 究 高 野 山

別 処 に て

法 修

高 野 山

南 院

賢 よ り 天 台 学 受 講

之 院 で

高 野 山 ・ 比 叡 山 に て 止 観 ・

網 経 の 研

、 兵

県 清 澄

法 修

、 高 野 山 真 別 処 で 求 聞

法 修 行 慈 雲 尊

廟 に 詣 る 高 井 田 長 栄

堂 よ り

伝 神 道 を う く、 高 貴

聞 持 法

之 院 に 求 聞

堂 建 立

之 院 で 入 ○ ○ ○ 枚 護

供 二 回 修 行 、 高 貴

で 法 同

を う く 観 音 寺 で 入

OOO

枚 護

修 行 、 岩 屋 寺 を 律

と す る  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

− 岩 屋 寺 で 入 ○ ○ ○ 枚 護

供 修 行 、

野 山 で 求 聞 持

、 八 〇 〇 〇

供 修 行 、 高 貴

で 端 堂 よ り 具 足 戒 を う く

都 三

寺 で

部 行 事 抄 を う く 一

2

(3)

釈 雲照と教 育 (斉藤) 三 五

三 六

三 七

三 入

三 九

四 〇

高 野 山

別 処 で 栄 厳 よ り 具 足 戒 を う く 呉 庫 城

へ 巡

、 第 一 回 の

戒 の

会 を 行 う 高 野 山

厳 の も と で 伝 授 練 行 修

〃 こ の

持 法 回

一 回 を う け て い る が 、

め て い る 。 わ れ て い る こ と が 雲 照 の 保 守 性 と 反 動

っ た も の と 思 わ れ る 二 つ の 流 れ 、

め て 、

経 」 を も っ て い た と い う し 対 す る 気

を も っ て い た と

せ ら れ る し れ る 。 明

の 活 動 期 の 後 期 つ ま り 、 け れ ば 仏 果 は な い し 、 異 な る こ と な し

れ ば

冥 な り 、       〃 五

市 吉 祥 院 で 三 千 箇

護 摩 供 修 行

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

繋 全

雲 照 大 和 上 伝 よ り )     ( 百 臼 又 は 五 十 日 〉 を 修 す る こ と 派

八 回 、 求 聞

堂 建 立 二 回 . 護 摩 供 五 回 、 呉

戒 を 二                   主 と し て 高 野 山 を 中 心 と し て 高 貴 寺

、 比 叡 由 、 大 阪 で 宗 学 及 び 天 台 学 を こ の 聞 ほ ぼ 四 十 年 、

し て 三 十 年 を 殆 ん ど 宗 学 修 法 に

や し て い る 。 こ の

学 期 は

川 末 期 に 行                                               雲 照 の 活 動 期 は 明 治 期 に あ る け れ ど も 、 仏 教 の 一 つ は 表 面 的 な 形 式 的 仏

も う 一 つ は 仏 教 本

姿

に も ど ろ う と す る 「

」 の 仏 教 、 こ の 後

の 仏 そ れ を 伝 え よ う と し た 。 こ の

が 何

か ら 出 て き た か 明 確 で は な い が 、 十 五 才 頃 か ら 「

弥 十                 二 十 入

者 廟 に ま い っ て い る の で こ の 頃 は か な り

く 「 律 」 に                           三 十 三

の と き 、 岩 齷

の 寺

を 改 め て

と し て い る 事 か ら も

え ら                     目 白 時 代 が

溌 で あ る が そ の と き 「 律 教 再 興 主 意

」 を 出 し て 、

が な        

が 十

の も と と な る こ と を

き 、

 

し て 本 に

す れ ば   心 を 塞 と す 一 心 の 仏

と     我 心 と 衆 生 の 心 と 仏 の 心 と 三

な し 此 心 に

す れ ば 即

れ 仏 道 を 修 す る な り 、 諸

足 せ         脅 命 を

つ と も

戒 を

す る こ と

れ 、

ら に 犯 す

は 仏 弟 子 に あ ら ず ご と の べ 、 中 一

3

(4)

智獻学報第十 六 世 は 種 々 の 悪 行 を 行 い 聖 慮 を 悩 ま し た こ と が 多 か っ た と い う 。 中 世 の

行 は 僧 兵 の

で あ ろ う し 、

… 川 期 の 僧 侶 は 「

を 禁 止 す る の み に し て 、 五 戒 だ に

す る 者 な き に 至 る 、 た ま た ま

志 の 僧 出 で て 、 徒 弟 を

率 し て

僧 と 称 し 、 仏

を 堅

し て

か に 正

の 命 脈 を

て り 」 と い っ て い る 。

に 至 り 、 こ れ ら 律 僧 も 皆 無 に 至 ら う と し て い る の で 律 教 を 再

せ ん と

と い う 。 あ ま り に 世

内 化 に 走 る こ と に 対 す る 反

で も あ っ た 。

僧 、 つ ま り 雲 照 が 律 師 と 呼 ん で い る 入 達 は  

雄 山   高 野 山 円 通 寺     河 内 野

    深 草     安

院     〃     一 瓢

で あ っ て    

弥 +

    比 丘 具 足 戒    

明 忍 律 師

永 律 師 慈 忍 律 師 元 政 律 師 妙 立

師 霊 空 律 師

随 律 師 (

言 ) (

言 ) ( 日 蓮 ) ( 天 台 ) ( 天 台 ) ( 天 台 ) 霊 雲

獅 子 ケ

高 野 山 芸 州

師 忍 徹

師 面 上 豬

慈 雲

師 学 如 律

A       A    A    A      真 真

真 言 言 言 洞 土 雷 )    )    )    )    )    )

言 宗 が

い が 、 真 言

宗 と 呼 ば れ る 恵 の も そ の 中 に

ま れ て い る 。

来 真 言 宗 で は、 先 づ               ( 二 百 五 十

、                 (

、    

言 不 共 三

に 従 っ て う け     灌 頂 五 篇 七 聚 )

) 一

4

(5)

釈雲照 と教育 斉 藤) そ し て     阿

梨 位 に の ぼ る の が 常 道 と さ れ て い た 。 こ の よ う に 雲 照 の 学 業

代 が 徳 川 期 で あ っ た こ と、 し か も

の 内 面 的 運 動 で あ る 律 運 動 の 根

地 に 近 く 学 ん だ こ と 先 輩 諸 師 が 何 ら か の 形 で 律 僧 に つ な が り を

っ て い た の で は な い か と い う こ と 、 こ れ ら の 諸

か ら 雲 照 の 修 業 期 が 、

来 の

僧 を 形 成 さ せ て い っ た と 思 わ れ る 。  

二 期 は 明 治 元

か ら 十 七 年 ま で の 高 野 山 ・ 京 都

動 第 一 期 に 入 る 。

は 四 十 二 才 時 期 は

仏 分 離 、

仏 毀 釈 の 時 で あ り こ の

面 で の

躍 が 目 立 つ 。

14111098765432

年 年 年 年 年 年 年 年 年 年 年 年 A   @A    A    A           @       

A55

 

52

 

51

 

50

 

49

 

48

 

47

 

46

 

45

 

44

 

43

42 _ _ _ _ _ _ _

_

_

_ ま 廃 仏

対 し 太 政 官 に 建 白 ( 大 覚 寺 塔 頭 不

化 身 院 住

な る 東 上 し 、

教 拒 絶 の 願

( 高

山 福 寿 院 住 職 と

る ) ( 広 島

福 王 寺 で

○ 枚 摩 供 修

) ( 王 寺 で

禅 ) ( 福 王

〇 枚 護 摩 供 修 、

を 講 ず ) ( 徳

県 荘 厳 院 に て 宗 部 律 部 を

じ 僧

の 改 正 を 主 張 (

で 律 部 を 講 ず 、 修

部 を 講 ず ) ( 勧

寺 住 職 と な る ) (

教 院 に

真 言 宗 大 綱

講 ず ) ( 島 宝 島 寺 住 職 と な

大 教 院 講 師 と る 布 教

題 で 京 ( 勧

寺 住 職 を 辞退 ) 高 野 山

学 頭 と な 、 真 言 宗

長 と な る ^ 言 宗

(6)

智 山学報第十六輯

 

 

15

56

 

)   御 修

再 興 運 動 を お こ す ( 再 興 勅

 

 

16

57

 

)   京 都 に 十 善 会 を お こ す

雲 寺 で 十

会 式

 

 

17

58

 

 

京 都 十 善 会 発 会 式 以 上 で み ら れ る よ う に 、 真 言 宗 を 代 表 し て 、

仏 に 対 す る 建 白 ( 十 通 に 及 ぶ ) 、

止 に つ い て の 交

興 運 動 、

破 会

長 を つ と め 更 に 学 的

面 で は 、

を 福 王

、 荘 厳

野 山 、

じ 、 僧 律 の 改 革 を

ん で お り 、 大 教

言 宗 大 綱 を

じ 、 大 教

師 と な 藝 、

野 由 大 学

学 頭 と な っ て い る 。 こ の 第 二

派 の 教 相 部 門 で 第 一

の 活 躍 を す る と

に 、 仏

表 者 と も な っ て い る 。 「 再 部 習

」 「

し 「

」 「

仏 名 分

」 「

道 論 」 は 、

当 局 の 仏

す る 誤 り を 正 し 、

の 勅 額 や 展

な ど に

礼 の あ っ た 事 実 な ど を あ げ て 反

を 促 す

力 の あ ら わ れ で あ っ た し 、 諸

会 盟 の

に も 参

し た 。

に 明 ら か な よ う に 僧 尼 令 等 に よ っ て

侶 を 陶

し て 、 大 い に

を 加 え 、

の よ う に 玉

家 の 加

を す る こ と だ と

こ れ を 建 白 、 そ れ に は 僧 侶 の 粛 正 こ そ

一 で あ り 、

尼 の 行

に し な け れ ば な ら な い 。 従 っ て や む を

ぬ も の は

し て 立 派 な 出 家 の み に し な け れ ば 危

で き な い と

え て い た 。 高 野 山

制 開

に も 一 人

然 と 反 対 を な し て い た 。 叉 、 島

県 で 須

説 と

の 論 争 の 際 も 、

を 固

し て

ら ず 県

で 坐 り 込 み 主 張 し て

止 に な っ た ( 明 治 入 年 ) と い う 事

は 、 仏

を 固 守 す る こ と 、 仏

釈 義 の み の 仏 教 を

け つ い で い る こ と を 示 す も の で あ る が 、

成 会

で は

言 宗 を

一 し 、

( 三 条 西 乗 禅 ) を 定 め 、

め て 、 学 階 を

正 し

を 厳

に し た 。 し か し 、 宗 内 に は 戒 律

す る 反 対

力 が 明 濡 十 六 年 頃 よ り

く な り 十 入 年 の

言 宗 宗 制 会

( 霊 雲 寺 ) で は 、 十 二

の 大 成 会

で の

中 心 主 義 が 、 全 く 教 学 中 心 主

っ て し ま っ た。

の 主 唱 す る 宗 教 は 、 こ こ で も 学 問 的

に 圧

さ れ て 、 そ れ は 十 四 年 に つ く ら れ た 総

止 さ れ て 、 十 九

義 派 大 学

、 古 義

大 学

が つ く ら れ る 経

と な つ て あ ら わ れ る 。

6

(7)

 

川 期 の 律 運 動 が

の 主 流 と は な り

な か っ た よ う に 明 治 初 期 の 真 言 宗 に お い て も 、 十 二

の 大 成 会

の 律

心 か ら 十 八 年 の 宗

学 中 心 ま で

か 六 年 に し て 変 ら ざ る を 得 な か っ た 。 こ う し た

運 動 は 全

二 . 冂 宗 を 母 体 と す る こ と を あ き ら め な け れ ば な ら な か っ た 。 こ う し て 十 善

る こ と を 主 眼 と し た 十 善 会 に 集 ま っ た 人

は 、 法 竜 、 智 満

照 、 旭 雅 、 栄 厳 乗 禅 、 青 木

三 、 多 田 好

、 山 本 正 義

久 邇

朝 彦 小 松

彰 仁 で あ っ た が 、 こ れ は 真 言 宗 が 明 治 十 五 年

中 御 七 日 御 修

再 興 運 動 を

め た と き そ れ ぞ れ

出 し た 関

で あ る 。 長 者 三

西 乗 禅 は 三 条 太 政 大 臣 を 訪 れ 、 大

醍 醐

主 は 岩

右 大 臣 を、 土 宜 法 竜

正 は 太 政 官 権

三 を 雲 照 は

出 仕 山

鉄 太 郎 を 訪 問 し て い る 。 勿

こ れ ら の 人 達 は 或 程

色 の あ っ た 人

で あ る 。 当 時 は

新 改 革

( 明 治 元 年 か ら 五 年 ) 、 文 明 開

( 六 年 か ら 十 五 年 ) 、

主 義 時

( 十 六 年 か ら 二 十 三 年 ) 、 国 粋 主 義

代 ( 二 十 四 年 以 降 )

 

の 明 治 期 前 半 は 文 明 開 化 か ら 欧 化 主 義 時 代 、   つ ま り 鹿

代 に 入 っ て い く 。 こ の

代 は 政 府 の キ リ ス ト 教 に 対 す る 態 度 が 変 っ て き て 外 務 大 臣 の 井 上 が 宣 教 師 を 招

                          し た り 十 七 年 に は 福

諭 吉 も 反 キ リ ス ト 教 的 態 度 を

て て キ ー ス ト

た る こ と に   釈雲照 と教育 (斉藤 ) 第

1

表   キ リス ト教 信 者増加表

1

教会 数

1

信徒数 明 治・81 ・

681

・・… 19 ・931 ・3… ・・

1

・・

61

・・・…

23

 

1300

    

3

000

成 し 、 加 藤 弘 之 も キ リ ス ト 教 を

奨 し た り

授 和 田 垣 謙 三 、 子

部 長 職 、 大

院 判 事 三

退

大 山

公 爵 夫 人 が 信

に な り

之 助 宅 で キ リ ス ト 教 研                           ( 1 )

会 を

期 的 に

い た り し て い る 。 こ の よ う に し て 、 キ リ ス ト 教 信

は 十 七 年 か ら 二 十 三

ま で

激 に 増 加 を み せ て い る 。 一 入 五 九

( 安 政 六 年 ) リ ギ ソ ス 、 ウ イ リ ア ム ス が 長

に 宣

と 来 日 し て か ら 明 治 五 年 ま で の 信

数 が 外

宣 教 師 数 を 下 廻 わ る 十 一 名 に す ぎ な か っ た が

に は 司 教 二 、 宣

十 六 、 伝 道

一 六 六 、

及 び

7

(8)

智山 学報第 十六輯                                                                 へ 2 ) 堂 二 七 、

学 校 一 ( 生 徒 二 〇 ) 、 小 学 校 六 ( 生 徒 二 七 五 ) 、 信 徒 一 五 三 入 七 名 に な っ て い る 。

 

こ の 中 に は 浦 上 の 隠 れ キ リ ス タ ソ が 約 三 〇 〇 〇

ま れ て い る が 、 そ れ に し て も 宣 教 師 、

道 師 の 積 極 的 な 伝 道 の 結 果 に よ る も の と 思 わ れ る 。 い ず れ に し て も 十 入 年 の 約 三

徒 と な る が 、 こ の あ と 国 粋 主 義 時 代 に 入 っ て キ リ ス ト

信 徒 の 数 は 伸 び て い な い 。 こ の キ リ ス ト 教 の 関 係 と も う 一 つ 考 え な け れ ば な ら な い の は 思 想 的

移 で あ る 。 西

文 明 の 異 状 な ま で の 移 入 期 つ ま り 文 明 開

の 時 代 は 、 は っ き り と 十 五 年 で

っ て い る わ け で は な い 。 文 明

化 を 代 表 す る の は 明 六 社 の 人

、 森 有 礼 、 西

茂 樹 、 福 沢 諭 吉 、 中 村 正 直 西 周

加 藤

之 、 杉 亨 二

秋 坪 、 箕

麟 祥 の 十 人 を 中 心 と し た グ ル ー プ で 、 そ の

関 誌 「 明 六 雑 誌 」 ( 部

三 〇 〇 〇 ) を 発 行 し た 。

等 は

教 的 な 訓 練 を 受 け た 上 に 、

学 を 学 び 、 イ ギ リ ス 、 ド イ ツ 、 フ ラ ソ ス の 学 問 を 、 特 に

宗 教

を 紹 介 し た 。 従 っ て 、 そ こ で は 教

と し て の

教 と、 外

の キ リ ス ト 教 と の 対 決 が な さ れ る の は 当 然 と 思 わ れ る 。 福 沢 は

教 的 な も の を

去 し よ う と し 、 西

者 に

し 、 西 は 中 間 的 立

を と っ た 。 明 治 五 年 の 学

で は 「 詞 章 記 誦 ノ 末 二

空 理

談 ノ 途 二

リ 」 と い う こ と で 、 儒 教 的 色 彩 を 一

し よ う と し た が、 自・ 由 民 権 運 動 の

ま り

僚 体 制 の 上 に 必

く べ か ら ざ る も の と の 認 識 が で て き て 、 明 治 十 四 年 の 、 教 学 大 旨 L の 中 で は

の 中 に

教 主

を 復 活 し て い っ た 。

内 部 に は 開 化 派 、

守 派 が い て 相 互 に

を 削 っ て い た 。 キ リ ス ト

は 正

的 イ デ オ ロ ギ ー に は な れ な か っ た し 、

に も 求 め ら れ な か っ た か ら 、 仏 教 と

教 の 利 用 と い う こ と に な る が 、 そ の い ず れ か 一

を 弾 圧 す る こ と は 出

な い 。 し か し 、

迄 の ま ま で 利 用 す る に は 体 制 上 か ら も 不

合 だ し 、 仏 教 ・ 儒 教 自 体 も

力 を な く し て い た か

、 こ れ を 再 製 し

さ ね ば な ら な い 。 仏 教 は

釈 で 痛 め つ け ら れ 底 辺 に あ つ て

に 上

の 機 会 を う か が っ て い た か ら

の き ら い な キ リ ス ト 教 を 批 判 す る こ と に よ つ て 上 昇 し よ う と し た し

教 は

化 派

僚 の

政 策 に 反

し て 、 そ の

大 を 図 っ て い た が 、 西 欧 の 諸 観 念

的 イ デ オ ロ ギ ー は 矢 張 り 断 片 的 で あ っ た の で 、 儒 教 が

対 主 義 国 粋 主

の 正 統 イ デ オ ロ ギ ー の 主

な も の と し て 上

仏 教 は 従 属 的 な も の と し て 一

8

(9)

釈 雲照と育 (斉藤 9 の 位

に と ど ま ざ る を 得 な か っ た 。 西 村 茂 樹 の 「 日

論 」 で は 仏 教 を 儒

主 義 か ら 批

、 福 沢 諭

は 「

」 で 、 下 流 の も の に 仏

を 信 ず る 者 が 多 く 、 民 間 の 道 徳 は 全 く 仏

よ り 生 じ た も の で 、 上 流 の も の に

を 教 え る も の で は な い が 、 下 流 の

心 が 集 っ て 公 議 与

れ ば 無 限 の 勢 力 を 有 す る と

べ て い る 。 開 化 派 は

文 を 中 心 と し 、

守 派 は 元 田

を 巾 心 と す る が

り 上 っ て き た 自 由 民 権 運 動 に 対 す る 文 教 政

の 主

権 を め ぐ り 、

建 的

制 主 義 の 権 力

と ブ ル ジ ョ ア 的 開 化 政 策 と の 矛 盾 と い う 形 が 、 エ ネ ル ギ ー と な っ て い た 。

文 の 「 教

議 」 明 治 十 二 年 の 中 で 、 道

が く ず れ て い る こ と、 自

運 動 が 学 校 教

の な か に 入 り 込 ん で い る こ と を 指

こ れ に は 文 教 政 策 の 確 立 が 肝 要 で あ る と 主 張

徳 の く ず れ は 外 国 と の

由 な 交 際 、 身 分 制 度 の 整 理 、 維 新 が 武 力 革 命 で あ っ た こ と ( 士 族 が 産 を 失 い 不 満 の と こ ろ ヘ ヨ ー 口 ・ パ の 革 命 思 想 ) を

し て い る 。

文 の 開 化 主 義 、 欧 化 主 義 は 自 由 主

に も と つ く も の で は な く 内 面 的 必 然

に よ る 政 教 の 分 離 、 近 代 的 自 由 の 主 張 で は な か っ た か ら 、 元 田

の 「 教

」 で 儒

に よ る 天 皇 制 の 利 用 に よ る 絶 対 主 義 イ デ ナ ロ ギ ー の

に は 口 を                     〔 3 ) つ ぐ ん で し ま う 結

と な っ た 。 こ う い う

況 に あ っ て 仏 教 思 想 は 儒 教 主

に と っ て は

対 的 イ デ オ ロ ギ ー で あ っ た か ら

圧 を さ れ る が 仏 教 は こ れ に 対 し て 反

を せ ず

制 支

の 側 に 立 つ よ う に 努 め た の で あ る が 、 正 統 イ デ オ ロ ギ ー と し て は 儒 教 、 政 教 合 一 の 内 容 か ら

を と っ て い っ た が 福 沢 諭

の い っ て い る よ う に 、 下

部 信 徒 を 天

制 へ 善 導 す る と い う

割 を 果 し 、

心 を あ ら わ す た め に 、 天

制 が 「 恐 れ 」 を 抱 い て い た キ リ ス ト

を 批 判 し た の で あ る 。 こ う し た 思

の 政 策 的 推 移 に あ き た ら な い 人 達 そ れ は 仏 教 主

者 で あ り 、

合 主 義

で あ っ た 。 真 言 宗 で は 釈 雲 照 、 佐 伯 旭 雅 、 別 処

厳 と い う

主 義 を

ず る 人 達 で 真 言 宗 の 大 勢 に あ き た ら な い 。 政 府 部 内 で は

三 、 山

鉄 太 郎 三 浦

沢 柳

太 郎 達 で あ っ た 。   か く て

十 六 年 十 二 月 十 六 日 十 善 会 は

雲 寺 で 発 会 式 を

翌 十 七 年 一 月 十 五 日 に は 京 都 で 挙 行 し た 。 久 邇 宮

、 小

彰 仁

王 が 上 首 、 法 竜、 智

、 行

( 十 七 年 没 ) 、 雲 照 、 旭 雅 、

、 乗 禅

三 、

田 好

9

(10)

智 山学報第十 六輯 間 、

本 正 義 、 山

太 郎 ら で あ っ た 。 十 七 年 の 真 言 宗

制 会

に 雲 照 が 「 御 遺

」 「 三

」 に よ っ て 一 宗 を

す る こ と を 主 張 し た が 入 れ ら れ ず 、

三 よ り 宗 団 の 革 新 は 難 か し い か ら 、 仏 教 の 四 恩 十

本 と し て 民 衆 教 化 に 当 っ て く れ る よ う

め ら れ

上 、 こ れ よ り 東 京 で の

動 が 始 ま る 。 十 入 年 入 月 二 十 四 日 に は 久 邇

山 岡 が

議 し 、 目 白

長 谷 寺 を

心 と し て 十 善 会 を 運 営 す る こ と と な っ た 。   十 善 会 は    

 

  十 善 会 設 立 の 趣

 

な く し て 効 果 を

め ん と 欲 す る も 亦 復

の 如 し 戒 と は 即 十 善 戒

な り 、 此 十

法 は 天 然 の

に し て 一   切 世 間 出 世 間 の

の 本 源 な り 、

に 由 て 、

世 間 に 在 て は 世 間 を

益 し 、 種 々 の 福 禄 を 開 し 、 出 世 間 に あ っ   て は 出 世 間 を 利

し 、 菩

声 聞 の 無 漏 善 根 は

を 成 就 す の も と に 、 雲 照 の

言 宗 内 の

社 会 状 勢 、 外 護

の 集 り に よ っ て 、

に 二 十 任 に は [ 日 白 に

律 学

を 開 き 二 +

を 集 め て い る 。 こ の 学 校 は

三 の 死 ( 二 十 二 年 二 月 六 日 ) に よ っ て 沢 柳

郎 に バ ト ソ が 渡 る 。 そ し て 十

会 は 規 則 を つ く り 会 報 ( 十

宝 窟 ) を

全 国 に

会 ( 二 十 ) を つ く る と い う 組 織 的 活 動 期 に 入 る 。   次 に

則 に よ っ て 具 体 的 活 動 を み る こ と に す る 。    

 

  十 善 会 規 則    

 

   

 

一 章

 

 

  則   第

 

 

 

会 は 十 善 会 と

す   第

 

 

 

会 の

的 は 十 善 を

如 法 の 学

を 養 成 し 仏 教 を

興 す る に

り   第

 

 

 

本 会 は

部 を 目 白 新

に 置 き 漸 次 各 地 に

会 を 設 く る も の と す   第   四  

 

会 は 雲 照 律 師 其 他

の 高 僧 を 迎 え て 伝

と す 一

10

(11)

釈雲照 と教 育 (斉藤 )           第 二 立 早   く 宏     口 貝 第   五   条   何 人 を 閙 は ず

会 の 目 的 に

成 す る も の は 会

と す 第   六   条   入 会 を 望 む も の は 本 会

務 所 に

込 む べ し 第   七  

 

の 僧 侶 を 以 て

戒 師 と す

  入   条   学 力

越 雄 弁 の 人 を 以 て 講 師 と す

 

九   条   会

族 を

選 し て 上 首 と す

 

 

 

に し て

会 の 目 的 に 反 す る の 所 業 あ る も の は 評 議

会 の 議 決 を

名 す べ し          

三 葦

 

会     費 第 十 一

 

本 会 は 会 員 其 他

志 者 よ り 薯 捨 す る

財 を 以 て 一 切 の

用 を

弁 す る も の と す

十 二 条   会

は 毎 月 三

以 上 三 十 銭 以 下 の 会

を 喜

す る 者 と す 但 一

金 十 円 以 上 を 喜

す る も の は 繭

          会

を 喜 捨 す る を 要 せ す

十 三

  会

は 隔 月 之 を

む る も の と す 但 一 年 一 次 或 は 両 度 に 納 む る も 妨 な し

十 四

 

教 其 他 臨 時

出 を 要 す る と き は 会 員 及

志 者 よ り 特 に

を 請 ふ こ と あ る べ し 第 十 五

 

本 会

金 の 収

年 二 回 会

に 報 告 す る も の と す        

四 章   会    

十 六 条   大 会 は 五 月 十 月 の 両 度 開 会 す る も の と す

十 七

  左 の 事 項 は 大 会 に

て 議

す る も の と す             、 菩

式             、 会 則 の 改 正 一

11

(12)

智山学報第 十六

 

         

会 の 消 長 興 廃 に 関 す る 事 件

 

          一 、 布 教 の 方 法

+ 入

 

会 は 臨 時 之 を

く も の と す 其 他 の 委

会 は 便 宜 之 を

く も の と す 第 十 九

 

月 一 回 講 師

く は 名 士 を 請 し て 説 教

会 を 開 く も の と す 会 場 は 便

之 を 定 む 第 二 十

 

々 十 善 戒 に

す る 講

く も の と す 第 二 十 一

 

臨 時 須 要 の

起 り 定 期 大 会 を

つ こ と

は ざ る と き は 臨 時 大 会 を 開 く

あ る べ し

 

       

五 章

 

 

 

二 十 二

 

会 に 左 の 名

を 置 く 第 二 十 三 条 第 二 十 四

第 二 十 五

二 十 六

評 議 委 口 貝 長 一 名 評 議 委

若 干 名

務 委 員 若 干 名 出 版 委 員 十 名 △ 四

委 口 貝 二 名 庶 務 委 員 若 干

干 名 評

員 長 及 評

は 全 員 よ り

挙 し

の 請 求 に よ り 本 会 に 関

る 重 大 の 事 件 を 評 議 処 理 す 教

は 緇 素

を 撰 挙 し 十 善

及 其 他

式 等 に

す る 一 切 の

を 処 理 す 出 版 委

は 緇

若 干

を 撰 挙 し

版 に 関 す る

項 を 討

処 理 す 会 計 委 員 は 会 員 中 資 産 に 富 む 者 の

よ り 之 を 撰 挙 し 会 計

を 処 理 す

12

(13)

釈 雲照と育 (斉藤) 卍

二 十 七

庶 務

は 会 員 の 入 退 、 仏

刷 、 会 場 の

其 他 一 切 の

務 を 処 理 す

二 十 八

  斡 旋

の 嘱

に よ り 本 会 の 事

を 斡

二 +

各 委

の 任 期 は 三

と す           第 六

 

  則 第 三 十

に は 十 善 宝

す 第 三 十 一

 

会 の 説

説 及

等 に

親 戚 朋 友 を

伴 す る こ と を

第 三 十 二 条 会

は 因

応 報 仏 教 の 真 理 に

て 通

せ ざ る と き

師 又 は 講 師 に

て 質 問 す る こ と を

三 十 三

  会

は 仏 書 に 付 き

会 戒 師 講 師 等 に

問 を

し 其

解 を 求 む る こ と を

三 十 四 条   会

師 に

て 各 自 所

の 安 心 を 呈 し て 、

正 否 を

し 印 可 を

く る こ と を

三 十 五

 

師 を 請 し て 法 会 を

き 臨 時 説

を 聴

す る こ と を 得 第 三 十 六 条

会 其 他 細 則 に 関 す る 定

は 別 に 之 を

会 評

半 右 衛 門    

    高 城     松

    菊 地 で あ っ た 。

由・

宗 三 阿 高 石 僻 浦

jli

藤 橿

  健

  幹

楼 尚 三

一 そ の 目 的 に も あ る よ う に 、

 

尾 小 弥 太 長 瀬 時 衡 桜 井

 

能 監 ・ 島 田

 

一 、 す る こ と で あ っ た 。 こ の 昌 的 を 遂 行 す る た め に

吉 何

 

 

之 中

沢 柳 政 太

臼 原

 

稲 瀬

P

義 道 、正 大 英 幹 基 一 了

十 善 を

す る こ と 。     如

の 学 徒 を 養 成 す る こ と 。 三

興       「 十 善 宝 窟 」 を 発 行 し て 、 十 善 を

張 し

興 す る 。 学 徒 一

13

(14)

智虚学報第十六輯

の 機 関 を 設 け る 。

学 校 を 改 め て

白 僧 園 と し た も の で あ る 。 一 般 学

は 遂 に

環 を み な か っ た 。

興 す る た め に

会 並 十 善

語 講 義                       弘 法 大 師 御 影

                      本 尊 護 摩 供                       土 砂 加

会                       法 話   各 季 に                       授 菩

を 行 い 、 更 に

会 を 設 立 し て 、 十 善 の 正 法 に よ っ て 、 婦 人 の 美 徳 を 養 成 し 、

殊 の

を 生

し て 、 以 て 四

い ん た め と さ れ る 。 発 起 入 と し て 毛

安 子 ハ 公

) 、 蜂 須 賀 随 子 ( 候

) 、 井 上

子 ( 伯 爵 ) 、

子 ( 伯 ) 、 山 田 竜 子 ( 伯 ) 、 秋 元 宗 子 ( 子 ) 、 武 者 小 路 種 子 ( 子 ) 、 谷 玖 満 子 ( 子 ) 、 鳥 尾

子 ( 子 ) 、 三 浦 愛 子 ( 子 ) 、 田 中

子 ( 子 ) 、 池 闘 甲 子 、 海 江 田 愛 子 ( 子 ) 、 森 村 菊 子 、

永 毒 代 子 ら で あ る 。

誌 と し て 「

の 母 」 を 発

す る に い た る 。 以 上 の こ と で み ら れ る よ う に 、 十 善 会 は 明 確 な 規 則 の 上 に

識 立 て を

っ て い る 。 約 二 〇 〇 〇

の 会 員 を

日 の 中 に 得 て い る の は 組 織 機

を し っ か り 組 み 立 て て い る か ら で あ る 。 会 の

者 と し て の

師 、 講

、 会 の 運

者 と し て の

委 員 、 会 の 拡 張 の た め の 斡 旋

を お い て い る 。    

 

 

 

釈 雲 照     講

 

 

 

上 野

金 剛

控 、 高 岡

隆 、 高 野 山 隆 応 、

志 大 了 、 土 宜

竜 、 田 下

王 寺

、              

光 院

満    

務 委 員

 

大 乗 法 禅 石 橋 智 満 、

沢 慈 光 新 弘 謙 (

) 、 ° 荒 井 興 厳 、 伊 達 隆 弁 丸 山

宅 見 忍 光 一

14

(15)

釈 霽照 と教育 (斉藤)

 

  会 欝

蕊 門 、

 

 

四 郎 兵

( 兵

) 、 大 川

( 下 野 ) 、

田 窺 兵

( 摂 津 ) 、

三 郎 (

) 、 蜜 居

 

 

 

 

   

信 有 (

〉 、 須 脚 濤

) 、 小 池 甲 子 次

) 以 上 の よ う に 、

方 と の 連

を 密 に し て 、 委 員 が 実 行

関 と し て

決 機 関 と し て の

体 を

え て い る 。

 

は 十 善 宝 窟 を 通 し て 行 い 、 宝 窟 を

見 す る と き 、 又 は 朝

の 始 ま り に は 次 の 如 く と な え る 。

 

 

 

 

 

焼 香 三 拝

 

殀 造 諸 悪

  皆 由

靉 痴

 

語 意 之 所

 

一 切

 

次 三

 

弟 子

甲  

来 際

 

仏   帰 依

  帰 依 僧 ( 三 説 )  

 

 

・  

 

    .

 

甲  

来 際  

  帰 依

 

( 三 説 )

 

次 十

 

瞼 夜 尽 私 訛 日 鯨 未 剰 瞞 申 不 殺 生

 

不 愉 盗

 

不 邪 婬

 

 

 

不 悪 口

 

不 両

 

不 慳

 

不 瞋 恚

 

不 邪

雅 )

 

願 以 此

 

及 於 一

 

等 毒

 

皆 共

( 齢 ) 忙 し い と き は 何

今 臼 中 帰

三 宝 受 孛

と い

だ け で ょ い 之 し て い る 。 こ れ は

法 並

か ら と っ て い 一

15

(16)

智 山学報第 十六 る 。 次 に 十 善 宝 窟 の 内 容 は 講

、 と 次 の 如 く で あ る 。 第 一 輯 ( 明 治 二 十 三 年 四 月 )   十 善 大 意   仏 戒 世 間 戒 対 辨   十 善 法 話 第 二 輯 ( 明 治 二 十 三 年 五 月 )   十 善 大 意   弘 法 大 師 御 遺 誡 の 文   説 戒 会 示 衆   道 徳 の 話   十 善 法 話 第 三 輯 ( 明 治 二 十 三 年 六 月 )   十 善 大 意   三 帰 の 説   受 菩 薩 戒 の 大 意 第 四 輯 ( 明 治 二 十 三 年 七 月 )   十 善 大 意   十 善 四 恩 略 説 縁 起   十 善 略 説   四 恩 略 説   雨 安 居 教 誡 詞   仏 獄 喜 日 垂 示 法 話 、 巻

録 で

分 が 講

、 法 話 に な っ て い る 。 そ の 題 を 列 記 し て み る 十 善 会 発 行 弟 子 述 雲 照 校 訂 慈 雲 尊 者 雲 照 律 師 つ づ き 慈 雲 尊 者 雲 照 律 師 雲 照 律 師 つ づ き 慈 雲 尊 者 雲 照 和 上 つ づ き 雲 照 和 上 慈 雲 尊 者 雲 照 律 師 慈 帚 云 尊 者 垂 示   皇 家 奉 仏 の 事 蹟 第 五 輯 ( 明 治 二 十 三 年 八 月 )   人 と な る 道 略 語 随 行 記   五 戒 略 説   無 常 の 法 話 第 六 輯 ( 明 治 二 十 三 年 九 月 )   十 善 戒 和 讃   弘 法 大 師 遺 誡 の 文   十 善 戒 和 讃 法 話 録   十 善 学 童 日 用 行 法 略 軌 指 示 第 七 輯 ( 明 治 二 十 三 年 十 月 )   十 善 戒 弁 疑   八 斉 戒 略 説   受 戒 法 要   行 基 菩 薩 誠 誡 の 文 , 十 善 戒 和 讃 の 講 話 第 八 輯 ( 明 治 二 十 三 年 十 一 月 )   十 善 戒 和 讃 略 解   沙 弥 + 戒 略 説   形 同 沙 戒 垂 示   仏 教 大 意 問 答 雲 照 和 上 慈 雲 尊

弟 子 記 雲 照 訂 正 雲 照 律 師 雲 照 律 師 雲 照 律 師 雲 照 和 上 雲 照 律 師 雲 照 律 師 恵 澄 和 尚 雲 照 律 師 つ づ き 雲 照 律 師 慈 雲 和 上 相 憲 僧 正 一

16

(17)

釈雲照 と教育 (斉藤)   雪 窓 問 答 第 九 輯 ( 明 治 二 十 三 年 十 二 月 )   十 善 戒 和 讃 略 解   沙 弥 尼 十 戒 略 説   飲 光 尊 者 略 法 語   十 善 の 法 話 一 則   仏 教 大 意 問 答 第 十 輯 ( 明 治 二 十 四 年 } 月 )   三 綱 領 略 解   興 正 菩 薩 教 誡 詞   十 善 戒 和 讃 略 解 第 十 一 輯 ( 明 治 二 十 四 年 二 月 )   十 善 戒 和 讃 略 解   飲 光 尊 者 の 法 話   律 教 再 興 主 意 書   興 正 菩 薩 御 教 誡   仏 教 大 意 問 答   熱 海 法 話 第 十 二 輯 ( 明 治 二 十 四 年 三 月 )   十 善 戒 和 讃 略 解   孝 道 の 話   興 正 菩 薩 御 教 誡   病 中 用 心 鈔   大 日 経 住 心 品 疏 開 講 縁 起 行 誠 上 人 説 示 つ づ き 雲 照 律 師 雲 照 律 師 つ づ き 雲 照 律 師 興 正 菩 薩 つ づ き 雲 照 律 師 飲 光 尊 者 つ づ き つ づ き 雲 照 律 師 雲 照 律 師 飲 光 尊 者 智 道 上 人 雲 照 律 師 / ・ 第 十 三 輯 ( 明 治 二 十 四 年 四 月 )   上 座 咒 願 文 丼 略 解   十 善 戒 和 讃 略 解   孝 道 の 話   興 正 菩 薩 御 教 誠   病 中 用 心 鈔   仏 教 大 意 問 答   真 言 律 宗 第 十 四 輯 ( 明 治 二 十 四 年 五 月 )   十 善 戒 和 讃 略 解   興 正 菩 薩 御 教 誠   病 中 用 心 鈔   頁 言 律 宗 第 十 六 輯 ( 明 治 二 十 四 年 七 月 )   十 善 戒 和 讃 略 解   興 正 菩 薩 御 教 誠   出 家 大 綱 叙   諸 法 実 相 の 法 語   仏 教 大 原 則 第 十 七 輯 ( 明 治 二 十 四 年 八 月 )   十 善 戒 和 讃 略 解   興 正 菩 薩 御 教 誡   出 家 大 綱   仏 教 大 原 則 雲 照 律 師 雲 照 律 師 飲 光 尊 者 智 道 上 人 つ づ き 浄 厳 律 師 雲 照 律 師 智 道 上 人 浄 厳 律 師 雲 照 律 師 栄 西 禅 師 慈 雲 尊 者 雲 照 律 師 雲 照 律 師 栄 西 禅 師 雲 照 律 師 一 1

(18)

智山学報第十六輯 第 十 八 輯 ( 明 治 二 十 四 年 九 月 )   十 善 戒 和 讃 略 解   受 戒 法 語   出 家 大 綱   信 施 論   勧 発 往 生 の 法 語 第 十 九 輯 ( 明 治 二 十 四 年 十 月 )   十 善 戒 和 讃 略 解   禅 経 の 話   興 正 菩 薩 御 教 誡   出 家 大 綱 第 二 十 輯 ( 明 治 二 十 四 年 十 一 月 )   十 善 戒 和 讃 略 解   如 実 知 自 心 垂 示   興 正 菩 薩 御 教 誠   大 比 丘 二 百 五 十 戒 略 説   仏 教 大 意 玄 談 第 二 + 一 輯   十 善 戒 法 易 行 弁   十 善 戒 略 語   三 帰 垂 示   大 比 丘 二 百 五 十 戒 略 説 第 二 十 二 輯   十 善 戒 法 易 行 弁 ( 明 治 二 十 四 年 十 二 月 ) ( 明 治 二 十 五 年 一 月 ) 雲 照 律 師 慈 雲 尊 者 栄 西 禅 師 面 山 和 尚

遍 僧 都 雲 照 律 師 慈 雲 尊 者 栄 西 禅 師 雲 照 律 師 慈 雲 尊 者 雲 照 律 師 雲 照 律 師 雲 照 律 師 慈 雲 尊 者 慈 雲 尊 者 雲 照 律 師 雲 照 律 師   三 帰 法 語                 慈 雲 尊 者   興 正 菩 薩 御 教 誡   大 比 丘 二 百 五 十 戒 略 説       雲 照 律 師   両 部 神 道 大 意               雲 照 律 師 第 二 十 三 輯 ( 明 治 二 十 五 年 二 月 )   十 善 玄 理                   慈 雲 尊 者   興 正 菩 薩 御 教 誠   大 比 丘 二 百 五 十 戒 略 説       雲 照 律 師   両 部 神 道 大 意               雲 照 律 師 第 二 十 四 輯 ( 明 治 二 十 五 年 三 月 ) 以 下 目 白 僧 園 発 行   十 善 玄 理   戒 学 要 語   受 戒 或 問   両 部 神 道 大 意   後 世 路 の 枝 折 第 二 + 五 輯   十 善 玄 理   梵 網 経 分 受 学 海   興 正 菩 薩 御 教 誡   明 恵 上 人 遺 訓   受 戒 或 問   両 部 神 道 大 意 第 二 + 六 輯   十 善 戒 略 釈 ( 明 治 二 十 五 年 四 月 ) 慈 雲 尊 者 慈 雲 尊 者 釈 雲 照 釈 雲 照 恵 澄 和 尚 慈 雲 尊 者 学 如 律 師                 雲 照 律 師                 雲 照 律 師 ( 明 治 二 十 五 年 五 月 )                 雲 照 律 師

18

(19)

釈 雲照と教育 (斉藤)   明 恵 上 人 遺 訓   分 受 学 海                 学 如 律 師   受 戒 或 問                         蛋 云 昭 … 律 師   誕 生 会 法 話                 雲 照 律 師 第 二 十 七 輯 ( 明 治 二 十 五 年 六 月 ) 編 輯   福 田 慈 海   十 善 戒 略 釈               雲 照 律 師   興 正 菩 薩 御 教 誡   戒 学 要 語            .     慈 雲 尊 者   分 受 学 海                 学 如 律 師 第 二 十 入 輯 ( 明 治 二 十 五 年 七 月 )   十 善 戒 略 釈               雲 照 律 師   戒 法 随 身 記               浄 慧 律 師 ‘ 分 受 学 海                   学 如 律 師   大 人 語 并 小 人 行           慈 雲 尊 者   明 恵 上 人 遺 訓 第 二 十 九 輯 ( 明 治 二 十 五 年 八 月 )   仏 教 入 門 の 初 歩             雲 照 律 師   戒 法 随 身 記    ‘           浄 慧 律 師   梵 網 経 分 受 学 海             学 如 律 師   甚 深 法 性          、     慈 雲 尊 者 第 三 十 輯 ( 明 治 二 十 五 年 九 月 )   仏 教 入 門 の 初 歩             つ づ き   甚 深 法 性                 慈 雲 尊 者   戒 法 随 身 記               浄 慧 律 師   梵 網 経 分 受 学 海           学 如 律 師 以 上 三 十 冊 に つ い て み て も 、 十 善 と

律 に つ い て 雲 照 が

の 諸 先 輩 (

に 慈 雲 の も の が 多 い ) の 文 を の せ て い る 。 こ れ ら の

か ら 雲 照 は

織 の 運 営 の 面 に は タ ッ チ し な い で 、

ら 仏

導 を

分 の

念 に 基 づ い て 行 っ て い る こ と が 分 る 。 こ の 十 善 会 は

め て 近 代 的 な 形 態 を と っ て い て 、 雲 照 と 十

会 と の 関 係 は 、

及 び

し て は 雲 照 会 の 運 営 に つ い て は 委

で あ っ た 。   十 善 会 の も う 一 つ の

は 、 イ ソ ド と の 連 絡 を

っ た こ と で あ る 。 釈 興 然 が 二 十 三

以 来 イ ン ド に あ っ て 、 釈

照 あ て 通

を し て き た 事 に

ま る 。

然 が ブ ツ ダ ガ ヤ に 止 住 し て 正 法 を 再 起 せ ん と の

を 土

竜 、 釈 雲

っ て き た 。 興 然 は 大 菩

会 の 設 立

ダ ン マ パ ー ラ と 一 緒 に 、 ブ ツ ダ ガ ヤ に 至 り 、 大

し て 、 一 人 の 仏

子 も 居 ら な い で 、 ヒ ン ド ウ 教 徒 に よ っ て 守 ら れ て い る こ と を

し て 、 こ こ に 止 住 し よ う と 決 心 し た 。 こ の 地 を 五 〇 〇

19

(20)

智 山学報第十六 輯 ○ 凹 に て マ ハ ラ … ジ ヤ か ら 買 う こ と が で き る と し て ダ ン マ パ ー ラ は セ イ 群 ン に 、 興 然 は 日

に 伝 丸、 そ し て 実. 地

聞 を

告 し て き た 。 セ イ ロ ソ

学 僧 善 連 法

佐 藤

は ブ ツ ダ ガ ヤ に 参

し た 小 泉 了

を 通 じ て 伝 え て き 、 セ イ 獰 ン に

然 、 ダ ン マ パ ! ラ

が ブ ツ ダ ガ ヤ

会 を

で は 、 十

会 に

金 が 集 ま っ て き た 。 十

で は

師 雲 照

師 の 代 り に 、

が ガ ヤ に

い た 。 興

か ら の 連

に よ る と 、  

一 、

僧 宝 酥 住 処 之 事

を 以 て

つ べ し 、 所

建 物

築 炊 屋 二 便 所 墻 防

之 為 め 、 値

凡 五 百 円

      供 す べ し  

二 、 必 編 之 地 面 買 取 之

、 伽 藍 現 境 内 、 凡 三 ビ ガ

i

之 地 面 を

き て 、 西

北 之

現 境 内 、 並 新 築

用 地       也 、 凡 十 ビ ガ ー ( 一 万 二 干 百

) 千 五 百 円 程 な り   第 三 、 旨 本

建 築 之

、 凡 二 千 円 を 供 す べ し  

四 、 現 前

宝 食 費

之 事 、 五 名 に

月 並 廿 五 円

計 三 百 円

一 ケ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

現 前 僧 宝

遠 資

度 五 千 円 也 、 歳 生 之

子 三 百 円 之 見 積 也  

六 、 組

業 諸

費 之

、 凡 七 百 円                                                             〔 4 ) と

き 送 つ て き て い る 。   ( 高 野 山

喜 院 法 主 宛 ) ダ ル マ パ … ラ の 目 記 に 「 泓 が

を 金 剛

に つ け る や 否 や 、

激 な

動 が 私 の 心 に お こ っ た 。 そ れ は 私 を し て こ こ に

ま れ 、 そ し て こ の 聖 地 −

あ ま り に も 聚 な る

に 、 こ の 世

で 何 も の も サ キ ヤ ・ シ ン ハ 太 子 が 菩 提 樹 の 下 で 悟 り を

た こ の 地 に 匹

す る と こ ろ は な い

ii

の 世 話 を せ よ と 私 を

し た 。 … … 突 然 の 衝 動 が 私 に お こ っ た

は 興 然

に 彼 が 私 と 止 ま る か ど う か を 訊 ね た 。

は 嬉 し げ に

意 し た 。 そ れ の み な ら ず 彼 も

じ こ と を 考 え て い た の だ っ た 。 わ れ わ れ 両 人 は

人 か の 仏 教 の 僧 が こ の 場 所 を

理 す る た め に や っ て 来 る ま で 、 こ こ に 止 ま ろ う と 厳

に 約

し た 」 と あ る 。 こ う し た 十

会 の 活 動 に 対 し て 、 川

                              へ 5 ) は 「 印 度 仏 蹟 興

会 に 賛 成 を 請 ふ

」 を か い て い る 。   「 本 邦 の 真

に 仏 恩 を 思 い 仏

を 慕 ふ 仏 弟 子 輩 は 大 い に 興

20

(21)

釈雲照 と 藤) 師 の 発

成 し 、 舷 に 印

仏 蹟 興 復 会 を 発 起 し て … …

の 事

を 実

せ ん こ と を 企 図 し た り 、 品 行 端 正 に し て 、 志 操 堅 固 な る

を 、 印 度 仏

伽 耶 の

に 止 住 せ し め て

教 お よ び 四 年 の

養 を 為 さ し む る 事

伽 耶 の

に 僧

を 建 て て 、 止 住 所 に

つ る 事 、 仏 教

の 仏 蹟 参

の 便 を 謀 る 事 、 邸

地 に

け る 仏 蹟 を 探

し ℃ 、 其 の

L

と な っ て 、 印 度 仏 蹟 興

会 を 作 る キ ャ ン ペ ー ン を 十 善 会 で な し て い る 。 そ し て ζ の

事 は そ の 後 仏 教

会 に

け つ が れ て い っ た 。   十 善 会 の 最 も

心 朗 な

動 は 仏 教 を 基 塞 と し て 、 仏

に よ る 教

で あ っ た 。 そ の 機 関 誌 十 善 宝

に お い て も

及 に お い て も 真 正 な る 仏 教 つ ま り

を 中 心 と し た 仏 教 を

興 す る こ と に よ っ て 、 世 の 道 徳 を 正 し 健 全 な 社 会 と 日

人 を

る に あ っ た の で あ る 。

霞 は 七 月 十 六 冒 七 月 三 十 一 日 と い う よ う に

片 二 回 で 、

会 で き な い 会

宅 で 心

す る 。 心

と は 自 宅 の 仏 飾 を

燈 明 を 供 え 、

心 を

に し て 仏

に 三 礼 し

経 一 巻 を 読 誦 、 諸 真 言 を 随 意 に 誦 し 、 次 に 半 月 以

に 犯 せ し 十 悪 の 罪 を 一 心 に 懺 悔 し て 、

今 所 犯 の な い よ う に 、 三

白 す る こ と で あ る 。 授

会 は

年 五 月 、 十 月 に

わ れ 、 二 十 三 奪 十 月 の

考 三 浦

、 同

大 一 、

二 郎 三 吉 、

部 由

室 、 网

嬢 、 河 原 令 室 、 原 出

将 令

、 従 五

右 衛

、 同

室 、 市

同 令

木 良

中 母 堂 、

令 室

券 太 郎 、 木

真 更 堀 内

宇 、 堀 江

郎 、

宝 驥 、 江 原

、 同

加 藤 左 馬

、 阿

山 母 堂 、

、 北

、 荘 野

一 三 〇 名

戒 、

は 雲

、 証 明

は 大 竜 寺 、 室 泉 寺 、

刀 宥 乗 、

師 に は 天

上 人 、

、 説

は 払 母

務 員 は 那 須

は 大 竹

、 二 十 四 年 五 月 の 菩

戒 受 者 は 三 〇 〇 名 十 月 四 臓 大 隈 伯 億

、 山 田

母 黨

、 山

母 厳

三 〇 〇

浜 で 七 〇 〇 名 の 受

、 一 蝋 十 鷲

五 月 に は 五 〇 〇

回 、

が つ め か け 、 か く し て 万 を こ え る 人 々 が 受

し て い る 。 菩 薩 戒 に よ っ て 、

 

の 本 源 元 理 に 達 し て 、 其

の 全 体 大

を 全 う せ ん と

す る こ と 」 で 、 道 徳 の 全 体 大 要 は 上

下 化

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参照

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長野県飯田OIDE長 長野県 公立 長野県教育委員会 姫高等学校 岐阜県 公立 岐阜県教育委員会.. 岡山県 公立

〔追記〕  校正の段階で、山﨑俊恵「刑事訴訟法判例研究」

2-1 船長(とん税法(昭和 32 年法律第 37 号)第4条第2項及び特別とん 税法(昭和 32 年法律第

今後とも、迅速で正確な情報提供につとめますが、感染症法第16条第2項に

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