韓国の市民運動とNGO
1 松 井 真 理 子 はじめに 今日日本では、NPOは「新しい公共」の担い手として、行政から期待される存在 となっている。しかし多くの自治体が実施している事業をみると、NPOを住民によ る安価な公共サービス提供主体として位置づけ、行財政改革の一環として実施されて いることがほとんどである。一方NPO側も、行政からの委託事業の増加や指定管理 制度の導入の中で、これを一種のビジネスチャンスととらえ、公共サービス提供のた めのスキルアップに関心を移行させる傾向が出てきている。 NPOは政策提言型の団体に限らず、サービス提供型の団体であっても、現状に対 して問題意識をもち、これを変えていこうとする社会変革性を内包している。官が独 占してきた公共とは異なり、市民による創造的な「新しい公共」が求められている今 だからこそ、NPOはその社会変革性をもってどのような役割を果たすべきなのか、 そのためにはどうすればいいのか、NPOの本質に立ち戻って検討することが求めら れている。 韓国の「1994 年の世論調査データをもとにした研究では、一般国民の政治参加の度 合いは、『性別』『年齢』『収入』『学歴』『政治への関心』『政治に利益を見出す』など の変数よりも、『社会団体に加入』という変数が、最も高い説明力をもつという分析結 果が示された。」2 これは、韓国において、市民の政治参加において社会団体(NGO を含む)が果たしている役割の大きさを示しているといえ、日本のNPOの社会変革 性を考えるとき、韓国のNGOに着目する意味はそこにある。 本稿はこのような問題意識から、政策提言的な市民活動が盛んな韓国から何を学ぶ べきか、調査した結果をまとめたものである。 1 韓国の市民運動とNGOの歴史 (1)社会団体の国家統制と反政府的な市民運動(1961∼1987 年) 韓国は、戦前の日本による併合時代時代を経て、戦後は1948 年の大韓民国政府の 樹立以降、1950 年の朝鮮戦争勃発、1961 年の朴正熙軍事クーデター、1979 年の朴大統領暗殺、1980 年の全斗煥軍事クーデターと、不安定な政治状況が続いた。 朴正熙は国家の一元的な管理体制を推進し、各種団体をクーデター直後に解散させ、 その後、1963 年には、団体を組織するときは主務官庁に登録させる団体登録制を開始 した。一方、大韓民国在郷軍人会のように、「国民運動を担う『市民団体』や体制を支 える地域のエリートの『親睦団体』を、特別法を制定して組織し、国庫補助金による 財政的な支援その他、各種の特恵を与えて育成していった。」3 このような状況の中では、市民運動は、自由や民主化を求めて「反権力」の色彩を 強く持つことになる。またその担い手は、都市に居住する学生が中心となった。 1972 年に、大統領の直接選挙制を廃止して間接選挙制を導入し、大統領の権限の強 化と政権の長期化をはかった、いわゆる「維新憲法」の制定・公布や、1973 年の金大 中拉致事件を契機として、反政府・民主化運動が激化した。 1979 年朴正煕暗殺事件後、1980 年 5 月に韓国全土で民主化を要求する学生デモ・ 反政府デモが起こった。5 月 17 日には戒厳令が発動され、それが全土に拡大されると、 光州市でも学生・市民による反政府デモが激化して本格的暴動となり、最終的に多数 の死者を出して戒厳軍によって完全に制圧されたいわゆる光州事件は、韓国の市民運 動の特色である「反政府」「学生運動」の両面を備えていたといえるだろう。 (2)市民運動の転換点となった「6・29 民主化宣言」(1987 年) 韓国の市民運動が大きな飛躍を遂げるのは、1987 年のいわゆる「民主化宣言」をめ ぐる一連の動きである。 光州事件を武力で鎮圧した全斗煥は、1980 年に任期7年制の大統領に就任した。 1985 年の国会議員選挙では、大統領直接選挙制への改憲を掲げる野党、新韓民主党が 躍進したが、任期満了後に院政を敷こうと考えていた全大統領は、直接選挙制には関 心がなく、改憲論議打ち切りを発表した。 これに対して 1987 年 6 月、学生による反政府デモは日増しに高まりを見せ、大学生 のデモに高校生、サラリーマンも合流し、デモ参加者は100 万人に達した。「大統領 の直接選挙制への改憲」を求める国民運動として、かつてない盛り上がりを見せたの である。韓国の反政府運動を担ったのは、伝統的に学生であったが、この反政府運動 の担い手は、学生だけではなかった。70 年代、80 年代に学生運動を経験した学生た ちが社会人となり、それらの市民が学生と一緒に立ち上がったのである。 全斗煥の後継指名を受けた盧泰愚は、1987 年 6 月 29 日、大統領直接選挙のための 改憲を認める「民主化宣言」を発表して政情混乱を収拾した。そして同年 12 月に、 16 年ぶりに行われた直接選挙制による大統領選挙で、金泳三・金大中ら野党候補者を 破って、韓国で初の平和的な政権交替を成しとげて翌年大統領に就任した。
(3)市民運動の新たな発展(1988 年∼) ①盧泰愚政権下(1988∼1992 年) 国民的な民主化運動の末、1988 年にスタートした盧泰愚政権は、国民に支持される ような民主的な改革を行う必要があった。 一方で市民運動サイドも、これまでのような過激な政治運動ではなく、政治と経済 の癒着、環境問題等、これまでの政権が生み出した問題を穏健に変革することを目指 す政策提言型のNGOが生まれてくる。これらの団体の中には、1987 年の大統領選挙 の候補者、金泳三氏(慶尚南道・釜山)、金大中氏(全羅道、光州市)と結び付いてい るものもある。 その代表的なものが、1989 年に設立された「経済正義実践連合(経実連)」である。 経実連は、政治的には金泳三支持勢力が中心といわれる。資本主義的な経済発展を 大切にしながら、経済的な民主化を図ることを使命としており、従来の財閥中心では なく、中小企業に重点を置いた規制緩和政策などの政策提言をしてきている。 ②金泳三政権下(1993∼1997 年) 盧泰愚大統領に続いて政権を執った金泳三大統領は、旧来の官製団体との関係を維 持する一方で、経実連の幹部など新しいNGOにも接近し、NGO関係者を大統領府 に迎え入れた。こうして大統領と改革を志向するNGOの間に、人的なネットワーク が形成されることになり、これまでとは異なるアプローチが注目された。しかし、大 統領の個人的な人間関係に依拠する手法では、NGOにとって十分ではないという指 摘も行われるようになる。 これに対して、政治改革を目指す政策提言型NGOの代表的なものが、1994 年に発 足した「参与連帯」である。この団体は、金大中支持勢力が中心といわれ、政治の監 視によって、政治の腐敗や政治と経済の癒着を排することや、弱者保護をその使命と している。(参与連帯については後述する。) ③金大中政権下及びそれ以降(1998 年∼) 1987 年の民主化宣言以降、NGOの数は急速に増加した。 1998 年に発足した金大中政権は、政府の改革推進のパートナーとして、これらのN GOを位置づけ、これらの団体を官主導でネットワークする「第二の建国運動」構想 を発表した。しかし、官が民をコントロールするような構想にNGOは反発し、参加 することを拒んだため、政府は方針を転換し、NGOの自発的な活動を支援するよう な政策をとるようになった。 特に、NGOの発展には資金が必要であるという視点に立ち、それまで特定の団体 に配分されていた補助金を、ひろく公募による事業補助へと変化させたことは特筆す
るに値する。1999 年から政府と自治体は、「市民活動団体支援事業」に着手したが、 これを制度化するために 2000 年には「非営利民間団体支援法」を制定し、この法に 基づく支援を行っている。 2 非営利民間団体支援法(以下「支援法」という)について (1)「支援法」の背景と特徴 1987 年の民主化宣言以後、韓国のNGOは急速な量的成長を果たした。急速に成長 してきたNGOに対し、政府は改革を進める上でも、これらと新しい形の連携体制を とろうとしている。 これに関連して、1998 年の通常国会で、それまでの特別法による特定の団体に対す る補助金の特権的支援を改善するために、NGOに競争的な事業提案をさせ、選定過 程における客観性と透明性の拡大を条件に、150 億ウォンを予算化する決議が行われ た。こうして、1999 年から政府と自治体はNGOに対する金銭的支援を行う民間団体 支援事業が始まった。2000 年には、これを法制度化した非営利民間団体支援法が制定 された。 「支援法」第1条は、「この法律は、非営利民間団体の自発的な活動を保障し、健全 な民間団体への成長を支援することにより、非営利民間団体の公益活動増進及び民主 社会発展に寄与することを目的とする。」としている。 また「支援法」第3条は、「国又は地方公共団体は、非営利民間団体の固有な活動領 域を尊重しなければならず、創意性及び専門性を発揮し、公益活動に参加することが できるように積極的に努力しなければならない。」とされている。 これらの規定は、NPOに法人格を与えることを目的とした日本のNPO法と比較 すると、NGOの独自の領域を明確に認めるとともに、その独自の活動を保障するた めの支援について、国や自治体の責任を明記している点で注目される。 また、NGOを発展させるための具体的な手段として、資金的な支援が明記されて いることも、NGOの抱える課題に敏感であり、現実的な視点が注目される。 (2)「支援法」に盛りこまれている支援策 ①登録制度 この法律が定める支援を受けるためには、NGOは国や自治体の担当部署に登録す ることが義務づけられる。その条件は、下記のとおり。「常時構成員が 100 人以上で あること」という条件以外は、ハードルが高いものはないといえる。 この登録制度によって登録しているNGOは2006 年末で約 8,000 団体であり、N
GO全体からみれば多いとはいえないが、着実に増加しているといえる。 1 事業の直接受益者が不特定多数であること 2 構成員相互間に利益配分しないこと 3 事実上特定政党又は選出職候補を支持・支援することを主な目的とし、又 は、特定宗教の教理伝播を主な目的として設立・運営されないこと 4 常時構成員が100 人以上であること 5 最近1年以上公益活動実績があること 6 法人でない団体の場合には、代表者又は管理人があること ②支援内容 第一に、登録団体が行う公益事業への資金支援である。 政府は当初150 億ウォンを確保し、政府自身が 75 億ウォンを執行し、75 億ウォン は市・道に執行するよう委任していた。2004 年からは、予算が全体で 100 億ウォン に減額されたため、自治体の予算も 50 億ウォンになったが、ソウル、仁川市などは 独自の予算を上乗せしている。 政府は毎年、登録NGOが関われる公益事業の社会的需要を把握し、NGOと自治 体の意見を聴いて、募集する公益事業の類型を決定する。(表1参照) 表1 1999∼2004 年の事業類型 1999 年 事業類型 2000 年 事業類型 ① 国民統合 ① 国民統合 ② 民間団体とボランティア活性化 ② ワールドカップ文化市民運動 ③ 新知識人運動 ③ 不正腐敗追放・新知識人 ④ 市民参加拡大 ④ ボランティア・青少年保護 ⑤ 不正腐敗追放 ⑤ 資源節約・環境保全 ⑥ 経済活性化 ⑥ 安全管理・災難救助 ⑦ 文化市民運動 ⑦ 北朝鮮住民・在外同胞援助 ⑧ 自由公募事業 ⑧ 人権伸張・国際交流 ⑨ 市民参加拡大 2001 年 事業類型 2002 年 事業類型 ① 国民和合 ① 国民和合 ② ワールドカップ・文化市民運動 ② 文化市民運動 ③ 透明な社会づくり ③ 透明な社会づくり ④ ボランティア ④ ボランティア・安全文化
⑤ 人権・女性・青少年権益伸張 ⑤ 人権・女性・青少年権益伸張 ⑥ 資源節約・環境保全 ⑥ 資源節約・環境保全 ⑦ 安全管理・災難救助 ⑦ NGO基盤構築・国際交流 ⑧ 民族和解協力 ⑧ 市民参加拡大 ⑨ NGO基盤構築・国際交流 ⑩ 市民参加拡大 2003 年 事業類型 2004 年 事業類型 ① 国民統合 ① 国民統合 ② 文化市民運動 ② 文化市民社会構築 ③ 透明な社会づくり ③ ボランティア ④ ボランティア ④ 安全文化・災害災難 ⑤ 安全文化・災害災難 ⑤ 人権伸張・疎外階層保護 ⑥ 人権保護・公益伸張 ⑥ 資源節約・環境保全 ⑦ 資源節約・環境保全 ⑦ NGO基盤構築・市民参加拡大 ⑧ NGO基盤構築・市民参加拡大 ⑧ 国際交流協力 資料 : 行政自治部 内部資料(2005) 翻訳:洪順愛氏 希望する登録団体は、公募による事業提案を行い、19 名の民間人の専門家で構成さ れている公益事業選定委員会の審査を経て、助成が決定される。 政府と自治体の二元的支援体制となっており、政府の選定状況については表2のと おりである。 表2 非営利民間団体 選定状況 選 定 区分 団体数 事業数 金額(億ウォン) 1999 年 123 140 75 2000 年 151 195 75 2001 年 166 216 75 2002 年 175 237 75 2003 年 229 240 76.10 2004 年 127 153 50 資料 : 行政自治部 内部資料(2005) 翻訳:洪順愛氏
第二に、登録NGOの租税減免である。 「支援法」第 10 条は「登録非営利民間団体に対しては、租税特例制限法及びその 他租税に関する法令が定めるところにより租税を減免することができる。」と規定され ている。現段階ではまだ実行されていないが、登録要件の簡易さからみて、NGOに とって非常に有意義な制度になる可能性がある。 第三に、郵便料金の支援である。 「支援法」第11 条は「登録非営利民間団体の公益活動に必要な郵便物に対しては、 郵便料金の一部を減額することができ、その内容及び範囲に関する事項は大統領令で 定める。」と規定されている。 これについては、2000 年から一般郵便料金の 25/100 を減額している。日本ではま だ導入されていない支援制度であり、注目される。 (3)支援を受けたNGOの事業評価 このような法律や事業に対し、政府から財政的な支援を受けることにより、NGO としての独立性が阻害される恐れがあるという意見がNGO側にもある。助成を受け た韓国のNGO自身は、この制度をどのように評価しているだろうか。これについて、 韓国行政自治部が、明治大学校社会科学大学の林承彬教授らに委託して行った「1999 ∼2000 年非営利民間団体支援事業に対する評価研究」が参考になる。4 表3 支援金額対比事業成果×団体支援金額類型 団体支援金額類型 質問事項 1,500 万ウォン以上 500∼1,500 万ウォン 500 万ウォン未満 寄与あり 49(87.5%) 57(76.0%) 120(68.2%) 普通 5(8.9%) 14(18.7%) 41(23.3%) 支援金額 対比 事業成果 寄与なし 2(3.6%) 4(5.3%) 15(8.5%) 全 体 56(100.0%) 75(100.0%) 176(100.0%) 韓国行政自治部「1999∼2000 年非営利民間団体支援事業に対する評価研究」2005 年 翻訳:洪順愛氏
表4 財政支援による政府財源への依存性×団体支援金額類型 団体の支援金額類型 質問事項 1,500 万ウォン以上 500∼1,500 万ウォン 500 万ウォン未満 多い 15(26.8%) 24(32.0%) 50(28.4%) 普通 28(50.0%) 34(45.3%) 63(35.8%) 財政支援によ る政府財源へ の依存性 なし 13(23.2%) 17(22.7%) 63(35.8%) 全 体 56(100.0%) 75(100.0%) 176(100.0%) 韓国行政自治部「1999∼2000 年非営利民間団体支援事業に対する評価研究」2005 年 翻訳:洪順愛氏 表5 貴団体と該当政府間の関係変化に対する考え 団体の支援金額類型 質問事項 1,500 万ウォン以上 500∼1,500 万ウォン 500 万ウォン未満 対立的になった 0(.0%) 1(1.3%) 7(4.0%) 特に変化なし 23(41.1%) 26(34.7%) 69(39.2%) 協力的になった 22(39.3%) 36(48.0%) 81(46.0%) 貴団体と 該当政府 間の関係 変化に対 する考え 非常に協力的になった 11(19.6%) 12(16.0%) 19(10.8%) 全 体 56(100.0%) 75(100.0%) 176(100.0%) 韓国行政自治部「1999∼2000 年非営利民間団体支援事業に対する評価研究」2005 年 翻訳:洪順愛氏 表3によると、助成金の金額が多ければ多いほど、この事業がNGOにとって寄与 度が高いことがうかがえ、資金の支援がNGOにとって重要であることがわかる。 表4によると、政府財源への依存性に対して‘普通’と回答したのは、1,500 万ウ ォン以上の支援金を受けている団体では50.0%、500∼ 1,500 万ウォンの支援金を受 けている団体では45.3%、500万ウォン未満の支援金を受けている団体では35.8%と、 それぞれ最も高い回答率を見せている。政府財源に対して、NGOはあまり依存して いないと考えていることがわかる。
表5によると、特に‘協力的、非常に協力的に政府との関係が変化した’と回答し たのは、1,500 万ウォン以上の支援金を受けている団体では 58.9%、500∼ 1,500 万 ウォンの支援金を受けている団体では64.0%、500 万ウォン未満の支援金を受けてい る団体では56.8%と全て、政府または地方政府とのパートナーシップにおいて肯定的 な変化を表していることがわかる。 また、この調査を受けたNGOの自由意見によると、「イベントや目新しい事業が選 ばれる傾向がある。」「ブランドのある団体は選ばれやすいが、新しい団体には不利」 「団体に対して小さな単位で予算を配分するやり方ではなく、NGOを育成するため に政府全体で予算支援が拡大されなければならない。」など、現在の事業のあり方への 疑問も出されている。個々のイベント事業への配分だけでは、NGOの発展は期待で きないという意見はうなずけるものがある。 政府から資金提供を受けることと、NGOの政策提言機能の維持との関係について、 この研究の受託・実施した明知大学校社会科学大学の林承彬教授は、筆者のインタビ ューに対して次のように答えた。 ・ 韓国のNGOの最大の課題は資金問題であり、NGOを強化するために資金は 不可欠である。このため、資金を提供するこの事業はそれなりの意味があると 考える。 ・ 韓国の政策提言NGOでも、この資金を受けることができる。これまでも反W TO運動、反ブッシュ(アメリカ)運動が盛り上がったが、非営利団体特別法 により政府から資金援助を受けたNGOがかなり参加した。 ・ しかし政府の資金をもらいながら反政府運動をするとはけしからんという声が あがり、非営利民間団体支援法による援助資金の総額は、当初の年間150 億ウ ォンから100 億ウォンに削減されたという経緯がある。 ・政府から資金を受けるとしても、NGO支援のための中間支援団体が必要であ る。政府とNGOの間で、関係調整や資金の配分等を行うことが必要である。 韓国においても、政府は反政府的なNGOを無条件に容認するわけではない。この ような中でNGOが独自性を維持し、政府から独立した政策提言機能を発揮するため には、やはりNGOの中間支援機能が重要であると思われる。これは日本でも同様で あるため、韓国における今後の動きに注目していきたい。
3 韓国のNGOの特色と課題 (1) 政策提言型NGOのあり方―「参与連帯」について 2006 年 9 月、筆者が代表を務めるNPO法人市民社会研究所の活動の一環として、 ソウル市内に事務所がある韓国最大のNGO「参与連帯」を訪問し、インタビューを 行った。国政選挙時の候補者の「落選運動」ですっかり有名になったこのNGOは、 韓国の政策提言型NGOの代表ともいえる存在である。参与連帯政策部チーフコーデ ィネーター Kim Eun-Young さんとの話し合いの内容を紹介する。
① 参与連帯とは(同団体パンフレットより) 各種政策の立案、告訴、告発など法律と制度の枠を通して、社会改革を追求する 権力監視団体。市民参加による韓国社会の正義や人権の促進の実現を目標に、1994 年 9 月 10 日、200 人の会員で発足した。背景には、1993 年はじめに 30 年間に及ぶ軍事 独裁政権支配を払拭する文民政府が成立し、韓国の市民社会の間に民主主義と改革を 願う雰囲気が高まったことがあげられる。団体発足にあたっては、進歩的な学者や弁 護士などの専門家や、人権運動家、社会運動家などが集まった。司法、国会、行政な ど、権力機構に対する監視活動を主な役割とし、不正腐敗との決別、民主主義の実現 のために活動している。 ② 参与連帯の主な4つの活動方向(同団体パンフレットより) ・市民参加 市民参加による活動を志向している。活動経費は会員の会費と自主事業で全 額賄っている。事務所では 200 人のボランティアと 50 人の常勤職員が働い ている。 ・市民の連帯 参与連帯が継承しようとする民主化運動の精神は、市民連帯の精神である。 偏見と利己主義の克服によって希望が生まれる。社会的弱者と疎外階層の声 に耳を傾け、連帯の場を設ける努力を行っている。 ・社会権力の監視 参与連帯は国家や企業の市民に対する暴力に力強く立ち向かう。政界の不正 腐敗、司法の無理解、道徳性を失った企業活動などを厳しく監視し、これを 牽制している。 ・対案の提示 参与連帯は各種の対案を提示している。国民の幸福追求権を明示し、社会福 祉政策の基準を提示した国民福祉基本線確保運動はその一つの例示である。
③活動機構(同団体パンフレットより) ・司法監視センター 裁判所、検察など法曹界の権力濫用を監視し、改革方法を提案している。 韓国で初めて司法改革運動を行い、従来市民活動がなしえなかった司法領 域に改革のメスを入れる契機を作ったと高い評価を受けている。 ・議政監視センター 政治や国会に対する監視、批判を通して政治改革と議会政治の発展、参加 型民主主義の実現を目標としている。国会議員の政治活動をモニタリング するウェブサイト「開け、国会」を運営している。 ・平和軍縮センター 朝鮮半島の戦争危機を解消し、平和の定着のため政策代案を提示する。安 全保障に対する集中的な監視活動とともに平和と軍縮を志向する安全保 障政策を提示し、市民向けの平和教育も行っている。 ・経済改革センター 韓国経済の危機を助長した財閥体制の改革を主な目標とし、小数株主権を 活用し、企業経営の透明性と財閥の責任ある行動を促す企業支配構造改善 運動を行っている。 ・租税改革センター 公平な課税が実現される社会、透明な税務行政が行われる社会、納税者の 正統な権利が保障される社会の実現を目指す。財閥の変則的な財産世襲を 根絶し、課税インフラの構造を通して取引の透明性を確保すること、自営 業者や勤労所得者の税負担の公平性を確保することを目標としている。 ・清い社会をつくる本部 権力と関係がある不正腐敗の根絶活動、腐敗防止制度の導入などの立法活 動、公益情報提供者の保護・支援活動、情報公開運動などを行っている。 ・小さな権利回復運動本部 市民が日常ぶつかるさまざまな権利侵害を告発し、解決のために働く。現 在は主に金融、情報通信、プライバシーなどの分野における市民の権利回 復の活動をしている。 ・社会福祉委員会 国民の福祉基本権の確保運動、国民基礎生活保障法制定運動、医療保険統 合化と医薬分業などに関する立法を推進してきた。現在は主に国民基礎生 活保障法の改正と国民年金、健康保険、児童保育の問題に取り組んでいる。 ・国際連帯委員会 2004 年に国連経済社会理事会の協議地位を獲得した。特にアジアにおける
民主主義と人権、平和の実現に向けた活動を行っている。 ④会員・会費(同団体パンフレットより) 1994(年度) 247(人) 26,305,000(ウォン) 1996 865 54,005,000 1997 1,511 112,649,600 1998 3,137 195,614,974 1999 5,002 215,976,814 2000 11,000 426,895,810 2002 13,138 982,759,160 2004 13,193 909,211,220 ⑤10 年間の主な活動(同団体パンフレットより) ・財閥改革と企業支配構造改善に向けた少額株主運動、証券集団訴訟法の制定運動 ・国民生活最低線運動 → 国民基礎生活保障法制定運動、4大社会保険改革運動 ・腐敗防止法制定運動、内部告発者保護運動 ・2000 年、2004 年度国会議員総選挙における落選運動 ・財閥の変則相続に対する課税賦課運動 ・司法制度改革運動:検察改革、裁判所改革、司法腐敗根絶運動 ・小さな権利回復運動:金浦空港の騒音被害訴訟、移動通信料引き下げ運動 ・民生立法運動:商家賃貸借保護法制定、利子制限法復活運動 ・情報公開運動:公務員の業務推進費の公開、国会議事録公開運動 ・政治関係法改正運動と大統領選挙資金監視運動 ・生命倫理法制定運動 ・アパート共同体運動 ・イラク派兵反対運動 ⑥質疑応答 Q 現在の会員数 A 9974 人。反権力の活動のため、身分を明らかにしていない会員が多い。 Q スタッフと賃金 A 約 40 名の職員が働いている。多くの職員は月 70∼80 万ウォン。このために 辞める職員が多いので、月に 100 万ウォン保障するよう検討している。自分 自身も 12 年間働いて月 130 万ウォン。 *普通の民間企業の場合、大卒新卒の初任給が 150 万ウォン程度
Q 会の財源 A 70%は会費。あとの 30%はカフェの運営。 募金のための年1回のイベント収入 Q 落選運動の情報の集め方 A 過去 10 年間の新聞記事、インターネット情報、情報公開請求が中心。時には 独自調査も行う。 Q 落選運動で調べた情報の市民への公開方法 A インターネットが中心。ときには選挙会場で呈示する。 Q 落選運動の効果 A 問題を指摘した議員の8割が落選している。 Q 落選運動で集める情報(落選の基準) A 腐敗(食事やゴルフ接待、花札等)、選挙法違反、反民主主義(過去の軍事政 権への協力)、性道徳(セクハラ等)、軍関係者でないかどうか、脱税の有無 ⑦コメント ・NGOの財源が全く自主財源だけで占められていることが、大胆な政治監視活 動を実現させている理由だと考えられる。 ・事務局職員の賃金をまかなえる安定的な資金問題はこの団体でも例外ではない。 ただし社会的に地位のある知識人層が、中心的な役割をボランティアとして担 っていることが、質の高い活動を維持できている理由であろう。 ・国政レベルの政治・行政監視の活動に集中しており、地方政治や行政を対象と する活動は全く行われていない。このことを指摘したら、改めてそれを自覚し たような回答だった。地方への視野は弱いようである。 (2) インターネットの活用 韓国の市民運動やNGOのもう一つの特色は、インターネットの活用である。 韓国政府が行った調査結果によると、6 歳以上の国民 4500 万人のうち、68%以上が インターネットを利用しているという。 定期的にインターネットを利用する人の割合 は、6∼29 歳では 95%以上であるのに対し、30 代では 86.4%、40 代では 58.3%、50 代は 27.6%となっている。 また、総務省情報通信白書(平成 16 年度版)、および情報 通信部 White Paper Internet Korea 2004 によれば、日本ではインターネットの利用 時間が 10∼30 分とする回答が最も多く、29.8%だったことに対し、韓国では 2 時間以 上とする回答が最も多く、全体の半数に近い 46.9%を占める。
「network citizen」(ネットワーク市民)を短縮した造語として「ネチズン」という ことばがあるが、ネチズンを自認してインターネットを使って主体的に市民運動を展
開する人々は、韓国に多いと言われている。「社会運動は『不満の共有』から始まるが、 その不満の共有はコミュニケーション手段の近代化無しでは不可能である。そういう 意味で、韓国社会に発達したインターネットは、市民社会の組織形態と運動方式を、 変化させてきたと言える。」5 前述した参与連帯の落選運動も、情報の収集や公開は、インターネットが媒体であ る。また、このような活動の代表的なものに、2000 年2 月に韓国で呉連鎬が中心とな って設立した「オーマイニュース」というインターネットメディアがある。市民参加 型のニュースサイトとしては世界的にも前例がなく、韓国では4 万人以上の会員(市 民記者)が登録して、1日に200 本以上の記事が寄せられているという。2002 年の大 統領選では、与党候補ながら不利といわれた盧武鉉大統領が逆転勝利したが、それに はオーマイニュースの影響力が強く作用したと言われている。 オーマイニュースと並んで、韓国の世論をインターネットでリードしているのが、 政治家証券市場「ポスダック(POSDAQ)」である。申鐵虎(シン・チョルホ)氏が 大学時代に構想を立ち上げたもので、「楽しみながら政治参加!」をモットーに、政治 家を株式市場のモデルをあてはめて評価するものである。実際の国会議員を上場させ、 サイバーマネーで投資する仕組みであり、政治家の発言・行動によって政治家株が上 下するため、 国民は、ゲーム感覚で政治への関心を持っていくことができる。会員数 は既に50万人を超え、まさにe―デモクラシーと呼ぶにふさわしい活動である。 このように、韓国において政治的な市民運動が活発な理由として、「国家と市民とを 媒介しうる政党政治が立ち遅れ、市民団体が既成政党に代わりに、いわゆる『準政党』 としての役割を担ってきたという点にある。政治社会内部において政策懸案に対する 本格的な問題提起と代案提示が適切に実現しない状況下で、市民団体がアイディアを 提示し、メディアを通じてこれを世論化することは効果的な方法であると同時に、不 可欠な戦略だと考えられる。」6という指摘は、非常に興味深い。 また、韓国では、ネット上で交わされる意見が世論としてみなされるほど、インタ ーネットへの信頼感が高いが、その背景には、住民登録番号を利用した登録型コミュ ニティが大半で、実名・登録名を使う人が多く、安心感があるからだといわれる。 (韓国では約 80%が実名を使用していると言われている。)また、インターネットの 高い信頼性に関しては、韓国では言論統制が布かれていたため、雑誌の力が弱く、流 れとしてインターネットが公共的なメディアになっていったということも背景にある ようだ。7 このような韓国の状況をみるとき、市民に与えられた「不満の共有」のツールとし て、また既存の政党やマスメディアへの不信を乗り越えるために、日本でももっと市 民活動にインターネットを導入することにより、新しいタイプの政策提言型の市民活 動が可能になるように思われる。
まとめ 公共サービスの提供に埋没しがちな日本のNPO活動は、政策提言機能を維持・発 揮していくために、韓国から何を学ぶべきだろうか。今回の調査に関する限りでは、 以下のように整理できるように思う。 1 非営利民間団体支援法にみるように、NPOの最大の課題である資金問題につ いて、政府・自治体が具体的な施策や法的根拠を打ち出すこと。 2 資金問題については、参与連帯にみるように、政策提言機能の発揮のためには、 多くの会員に支えられた会費や独自のビジネスをもつなど、独自財源の確保に もっと目を向けること。 3 インターネットというメディアを創造的に活用すること。 4 参与連帯などにみられるように、専門性の高い活動を展開するために、知識人 層がもっと活動に積極的に参加すること。 *本文中にも登場する、明知大学校社会科学大学行政学科の林承彬教授は、 韓国の市民運動韓国の代表的なNPO、経済正義実践連合地方自治委員 長でもあり、超多忙な日々を送っている。 「それにしても、日本の市民やNPOは、政治的な活動については、韓国ほど情熱 的ではないと思う」と話したら、林教授はこのように答えた。 「韓国のNGOや市民が現在でも政治的活動に積極的に参加するのは、市民運動に よって現実の政治が変わったという『成功体験』が比較的近い過去にあるからである。 日本は安保反対運動も結局は失敗に終わっており、市民運動による『成功体験』がな いことが、両国の違いの原因だと考えている。」 日本の市民活動も、課題を嘆いているばかりではなく、力を合わせて、課題を実際 に解決して道を開く成功体験こそが必要だろう。 1 韓国では、市民によって自発的に構成される公益性をもつ団体を称する用語としては、NGOが使われて いる。日本ではNGOというとき、国際的な活動をする団体を指すことが多いが、韓国ではそのような区別 はなく、活動領域の範囲を問わずNGOと呼ばれている。このため、本稿では、日本のNPOに対応する用 語としてNGOを使用する。
一般に韓国ではNPOという用語はあまり使われないが、「NPOは非政治的で、非営利的であり、公共サー ビスの生産と公益奉仕をする団体」と定義している場合がある。一見アドボカシー型の団体と、公共サービ ス提供型の団体を区分するようにも見えるが、実際にはそのような区分はほとんどされておらず、いずれの 団体もNGOと呼ばれている。 なお、2000 年に公布された「非営利民間団体支援法」では、政府の財政支援を受けることのできる非営利民 間団体の登録要件として、次のように規定されている。 この法律において非営利民間団体とは、営利でない公益活動を遂行することを主な目的とする民間団体で あって次の各号の要件を備える団体をいう。 1 事業の直接受益者が不特定多数であること 2 構成員相互間に利益配分しないこと 3 事実上特定政党又は選出職候補を支持・支援することを主な目的とし、又は、特定宗教の教理伝 播を主な目的として設立・運営されないこと 4 常時構成員が100 人以上であること 5 最近1年以上公益活動実績があること 6 法人でない団体の場合には、代表者又は管理人があること 2 磯崎典世「第2章 体制変動と市民社会のネットワーク」、辻中豊・廉載金高編著「現代韓国の市民社会・利 益団体―日韓比較による体制移行の研究―」木鐸社、2004 年、52 頁。 3 同上、58 頁。 4 韓国行政自治部『1999∼2004 年 非営利民間団体支援事業に対する全国的評価 委託研究』、2005 年 12 月 愛知県在住の洪順愛氏に翻訳を依頼し、ほぼ完訳に近い状態にある。 5 曺 圭哲「韓国における市民社会―韓国で『市民社会』はどのように議論されているかー」、神戸大学社会学研 究会、『社会学雑誌』2006 年、217 頁。 6 金 皓起「第九章 二重的市民社会と公共圏の構造変動」、小林良彰・任火赤赤伯編『市民社会における政治過 程の日韓比較』慶應義塾大学出版会、2006 年、328 頁。
7 「KOREA TECH セミナー、日本のメディアはインターネットに否定的?」2005 年 3 月 31 日、MYCOM ジ