食用油脂の学際的理解に向けた基礎研究(中間報告
)
著者 頼 俊輔, 平賀 緑
雑誌名 明治学院大学国際学部付属研究所研究所年報 =
Annual report of the Institute for International Studies
巻 23
ページ 97‑99
発行年 2020‑10‑01
その他のタイトル Basic Study for Political Economy of Edible Oils
URL http://hdl.handle.net/10723/00003999
報告(平賀 緑)
平賀は、前年度末に発刊した『植物油の政治経済学─大豆と油から考える資本主義的食料シ ステム』(昭和堂、2019年)をバネに、国内外で研究発表し議論を深めた。
国際学会としては、2019年7月に米国社会学学会大会(Rural Sociological Society米国・リッ チモンド)に初めて参加し、「Political economy of transforming soy oil into everyday foodstuff:
from energy to industrial-military material, then to cheap calorie」を英語で口頭報告した。主に米国 から集まった研究者と議論を発展させ、とくに英語圏の農業・食料の社会科学的研究において は権威であるLawrence Busch教授と同じセッションで報告したことから、この分野における主 要研究者に研究成果を発表することができた。また、9月末は京都大学で開催された「Kyoto Centennial Industry Dynamics Conference Pre-Conference Graduate Workshop」に参加した。英語 のフルペーパーを提出し、プレゼンを行い、産業ダイナミクス国際会議に参加する研究者2名 から個別コメントをいただいた。経済史(ビジネス・ヒストリー)分野における研究発表は 初めてだったが、海外の学術界にも知られていない興味深い歴史研究でもあると大きな関心 をいただいた。ネットワーキングした海外研究者から、拙著の英語出版の糸口を得ることも できた。2020年2月には同じく京都大学で開催された国際ワークショップ「Consumption and Sustainability – Past, Present and Future –」に参加し、「Sustainability in History」部門での研究報 告に加え、海外の研究者たちと共同研究の打診や打合せなど行うことができた。
国内学会としては、2019年10月に第67回(2019年度)経済理論学会(駒澤大学)に初めて 参加し、問題別分科会「オルタナティブ」研究会において「資本主義発展に伴う『食』の変容
〜大豆と油から考える資本主義的食料システム」を発表した。加えて10月には、2019年度農 業問題研究学会秋季大会で企画された「特別セッション:今日における農業問題研究の方法 論的展開方向─国際的な農業食料政治経済学の主要潮流との接点という視角から─」(後援:
日本農業市場学会)に報告者として招聘された。博論/拙著の理論枠組みとして援用した「フー ドレジーム論」を取り上げてレビューし、それをふまえた批判的・発展的継承を提示、そして 実際の日本における植物油増大の歴史を事例とした議論を報告した。この報告は当日の議論を 踏まえて論文化し、同研究会のジャーナル『農業問題研究』へ投稿する予定である。
学術界における報告に加えて、社会貢献の一環として、8月には横浜で開催されたTICAD7(ア フリカ開発会議)の公式サイドイベントに招聘され、アフリカ開発と大豆・パーム油に関する
食用油脂の学際的理解に向けた基礎研究(中間報告)
賴 俊輔 平賀 緑
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日本の関わりについてプレゼンを行った。その他、京都・大阪周辺において市民社会からのリ クエストに応えて、一般向けに、食、農、環境、金融化、パーム油などに関する講演を約10件行っ ている。
なお、この度、2020年度立命館大学専門研究員として採択されたため、次年度はより研究 に専念できる環境を得ることができた。そのため、海外調査や執筆を含め、研究を飛躍させる ことを目指し、準備しているところである。
報告(賴 俊輔)
賴はインドネシア・ジャカルタにあるERIA(東アジア経済研究センター)で客員研究員と して研究活動を行った。
現在、世界のパーム油市場は過渡期を迎えつつある。2019年3月に欧州委員会は環境問題 を理由に、2030年にかけて、パーム油を輸送燃料から段階的に廃止していくことを決定し、
2030年までに再生可能エネルギーの割合を32%にまで引き上げる目標を掲げた。欧米では、
パーム油農園の開拓が森林破壊の元凶だとの批判が根強く、欧州委員会は18年8月にはインド ネシアのバイオ燃料の生産者が補助金や税制優遇を受けているとして、パーム油などの輸入バ イオ燃料に最大18%の相殺関税を課すことを決定している(日本経済新聞 2019年9月11日)。
右肩上がりで成長してきたパーム油市場は、EUによる輸入規制や、パーム油の供給過多に よる値下がりを経験している。パーム油が輸出の主力商品であるマレーシアやインドネシアは、
国内に多くの労働者と関連産業を抱えており(インドネシアは、420万人のパーム油産業の労 働者が存在しており、関連産業も含めれば1200万人の労働者を抱えている)、経済への影響が 懸念されている。
他方で、パーム油産業の下流部門の新たな需要が生まれている。大手旅行会社エイチ・ア イ・エス(HIS)の子会社、HISスーパー電力は、パーム油を原料としたバイオ燃料発電所事 業を進めている。この発電所事業に対しては、パーム油の生産段階での環境破壊を懸念する環 境NGOや地元住民から批判の声が上がっているが、こうした新たな需要が生まれた背景には、
政府の電力政策の変化がある。原発事故以降、導入再生エネルギーやバイオ燃料発電の普及を 的に導入された電力固定価格買い取り制度(FIT)が、パーム油発電を買い取り対象としている。
HISスーパー電力の場合、1キロワット時当たり24円という高値での買い取りが20年保証さ れている(週刊エコノミスト 2019年11月5日)。
このように、パーム油産業は、環境問題への対応を迫られ、大きな曲がり角を迎えている。
今後の研究では、こうしたパーム油の需要と供給の変化を長期的な社会の変化のなかに位置づ け、パーム油(およびその他の食糧油脂)が食品加工分野において、どのように利用されるよ うになったか、検討をしていく。
脂肪は、糖の2倍のカロリーを含んでおり(1グラムあたり9キロカロリー)、将来の栄養不 足に備えて、脳は脂肪分の摂取を進めるよう促す傾向をもっており、通常、十分に食べたとき 過食を防ぐ信号を送るが、脂肪分の場合は、この信号の起動が遅いとされる(フード・トラッ 98
明治学院大学国際学部付属研究所年報 2020年度 第23号
プ)。最初の一口で味蕾に生じる刺激を増大させる塩分と、脳の興奮作用をもつ砂糖とともに、
脂肪は、加工食品の普及に大きな役割を果たしてきている。
油脂産業では、加工食品に、大豆油などの不飽和脂肪酸に水素添加して作られる部分硬化油 が使われてきたが、近年、水素添加によって生まれるトランス脂肪酸が健康に悪影響を与える とされ、トランス脂肪酸を生まない油脂の利用が進んでいる。たとえば、マーガリンやショー トニングは、原料の植物油脂を大豆油や菜種油から、パーム油に切り替えてきている。パーム 油は、価格がその他の植物油脂に比べて安価であること、また、飽和脂肪酸であるパルミチン 酸を多く含み、酸化安定性が高く、様々な加工用途をもっていること、トランス脂肪酸を生ま ないことから、食品加工において需要が拡大している。
経済学では、ヴェブレンやガルブレイスなどの制度派経済学によって、依存効果という概念 が使われてきた。依存効果とは、生産者の宣伝・広告によって消費者の欲望が喚起されること を意味しており、ゆたかな社会になればなるほど、その財の必需度が低ければ低いほど、消費 者の顕示欲が消費を促すばかりでなく、生産者の宣伝などの販売技術が欲望をつくりだす。経 済学の通常の考えでは、需要と供給が独立して決まり、その交点で価格が決まるとされるが、
ゆたかな社会における広告宣伝による依存効果は、価格を決定する作用をもつと考えられる。
「貧しい社会」から「ゆたかな社会」へと変化するなかで、人びとの需要を喚起するために、様々 な商品が生み出されてきた。油脂も、かつては、脂肪がもつ栄養面が重宝され(赤身の肉だけ だと病気になる)、空気を通さないという性質から保存食としての利用がなされ、また、狩人 や農民、鉱山労働者など肉体的重労働を支える栄養源として利用されてきたが、「ゆたかな社会」
において、どのような利用の変化があるか、今後、加工食品の広がりと、それに果たす油脂の 役割の分析を軸に、パーム油がどのように利用されてきたか、を検討していく。
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