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從償關税か從量關税か一二入
脊 料
從 慣 關 税 か 從 量 關 税 か
手塚壽郎
英國にありてはコブヂン︑佛國にありてはミツシエル・シヴアリエとナポレオン三世の思想的影響と活動と
の下に締結せられたる一八六〇年の英佛協約が︑貿易政策史上一時期を劃したことは︑云ふまでもない︒それ
は︑た讐に自由貿易主義の普遍的實現への進展の一事實として重要であつたのみでなく︑貿易政策上の技術的
諸問題に解決を與へたものとしても︑重要なる協約である︒關税制度に於ける從量税か從便税かの問題の如き
も︑此協約によりて一定の解決を與へられたと見ることが出來る︒保護貿易主義の立場に立つならば︑理論上
從債税にも多くの優れた鮎があるのは明らかである︒然し自由貿易主義の立場に立つならば︑複雑なる保護的
關税の存在が無意義なるべきことも明白であるから︑一八六〇年の英佛協約が從量税制度の樹立を目指したの
も︑當然であると云はねばならぬ︒勿論此協約に於ては︑佛國側は從債税の最高額を約したに止り︑從量税へ
の税制攣更は後になさるべきを期してゐた野けであつた︒だが佛國も原則として從量税制度を探用するであら
うことは︑此時に既に胚胎したと見なければならぬ︒英國は此協約を機として從量税制度を確立した︒ところ
が此從量税制度の下に於ては︑晩税が行はれ難いので︑英國の輸入業者は此英佛協約に反封の意を表明したと
傳へられる︒爲8雷欝肉億8p↓議審亀︒冒財8器8日日臼o置︒も・おP)
佛國では一八六〇年の關税制は一八七八年まで行はれたが︑政府は尚之を持績すべきか否かを商業會議所に
諮問した︒其結果によると︑五十のうち三八商業會議所は從量税制度に賛成した︒そこで一八六〇年の英佛協
約は存績ぜられす︑佛國は梢保護主義に傾いたのであつたが︑一八八一年從量税制度が原則として探用せらる
︑に至つた︒
十九世紀末からの世界の關税制度の大勢はー北米合衆國を除きー從量税制度の風靡するところであつ
て︑從債税制度は殆んど例外たるの観があつた︒從つて欧洲大戦前までは︑從量税か從債税かの問題は遠い過
去の問題であつたに過ぎない︒然るに大職中から諸國殊に交職國の物債騰貴が現はれ︑爲替相場の下落が始ま
り︑次いで大職後に物債の騰貴と爲替相場の下落が著しくなり︑加ふるに爲替相場の攣動が激甚となつてから
は︑從量税は事實に於て著しく税率の低いものとなり︑課税の公平を失するは勿論︑それが果して産業保護の
目的を達し得るやを疑はれたのである︒そこでかつては決定的に決断せられたと信ぜられた從量税か從便税か
從債關税か從量關税か一二九
從償關税か從量關税かご二〇
の問題が︑再び盛に論ぜられると同時に︑從債税制度の復興をさへ見ようとしたのであつた︒
我國に於ても明治時代の前牛に於ては關税は総べて從債税であつたが︑明治卦二年の關税定率法に於ては︑
從債税と從量税相牛ばするに至り︑明治計九年の定率法に於ては︑從債税二百八十七種︑從量税四百八十七
種︑現行法に於ては︑從債税約五百種︑從量税約一千種となつゐる︒十九世紀末からの世界の大勢に随つて︑
我國の關税も從量税制度を原則として探用してゐるわけである︒然るに金楡出の再禁止が行はれてからは︑数
年前に維験したるが如きー否遙かにそれ以上の1我爲替相場の下落が現はれ︑圓にて表はされた輸入商品
の債格の著しい騰貴を見るに至り︑從量税は從便税との権衡を甚だしく破壌せらる︑こと﹂なつた︒それがた
あ︑政府は此事情に適慮すべき從量税の引上(平均三割五分の引上となつてゐる)を行つた︒これは從量税か
從便税かの過去の問題と︑從量税制度の蓮用の新なる問題を提出ぜすには置かないのである︒
こ﹂での目的は︑此らの問題に封する考察をなさんとするにある︒然し此らの問題は︑今までのところ我國
にては商工省叉は大藏省の關税改正の準備にたつさはつた人々の間に問題とせられたΨけのやうにしか見えな
い︒そして最後の結果である所の從量税三割五分引上げだけが︑我々に示されてゐるに過ぎない︒だから此ら
當局者の論議を知ることなく︑ー此らの人々の間には必すや此らの問題が問題とせられたであらうと信する
i此らの問題を軍純な国む︒夢8︒8として提出し取扱ふことは︑結局は机上の室論に絡る恐がある︒そこで私
は私の考察に多少の具盟性を與へんがために︑私がかつて滞留せる關係上︑私が比較的によく知るところの佛
蘭西をとり來つて︑そこに行はれた制度と︑そこに問題となつたものを叙述して︑問題を先づ提起したいと思
ふ︒そしてそれらの制度の得失を明らかにし︑問題に就いてありし所の論議の長短を匝別するであらう︒次に
欧洲大職後欧洲各國が探用せる制度を叙述し︑最後に我國が探るぺき最良なる制度と私が考ふる所のものを述
ぺて見たいと思ふ︒
一一
欧洲大職直後の佛蘭西の貿易差額は大職中に経験した危機を脆せす︑輸入の超過は一九一九年に於て二億四
千法に及んだ︒(但し此亘大なる輸入超過は一つは輸入商品の債格の騰貴にも因るのである︒輸入商品の物量
は一九=二年に四千四百萬噸なりしものが︑一九一八年には二千二百萬噸に減じ︑一九二一年には二千二百萬
噸︑其翌年には二千三百九十萬噸となつてゐる︒)大職中の輸入超過は合して八百十億法に及んだが︑これら
は幸に外國債によつて支佛ふことが出來た︒然るに一九一九年に至りて︑外國債の途は全く跡絶えたのみでな
く︑大職中に行はれた輸入禁止等も慶止せられて︑輸入超過は危機たらざるを得なくなつた︒然るに關税の改
正は未だ行はれてゐなかつた︒行はれてゐた關税は一九一〇年修正せられたる一八九二年の從量税を原則とし
たものである︒此らの從量税は從債税一五乃至二十パーセントを基礎としたものである︒物債が三倍四倍に騰
貴せる一九一九年に於ては︑此らの從量税は︑從債税に換算すれば︑約六パーセント︑四パーセントにしか相
當しないこと﹂なつた︒勿論當時の佛蘭西の如く︑物債騰貴が主として爲替相場の下落に因るときは︑國内の
生産者は有利なる生産條件をもつ筈であるが︑穎巴巷傍鑑︒昌と器︒茜碧冨ユ8の時期にあつた同國の生産者の生
産條件は外國の生産者のそれに比して有利ではあり得なかつた︒そこで佛蘭西は從量税に依る所の保護を少く
とも大職前の程度に引上ぐる必要に迫られた︒
從債關税か從量關税か一三一
從便關税か從量開税か一三二
此必要に迫られて探用されたのが︑一九一九年六月の制度である◎此制度によれば︑先づ一九一〇年の從量
税の算定の基礎となつた債格を求め︑且つ從量税額は此基本債格の幾何パーセントに當るかを求める︒例へば
或商品百キロに付百五十法の從量税があり︑其基本債格が千法なりしとすれば︑此關税は從債十五パーセント
に相慮すると云ふが如くである︒家に此商品の現在債格を求め︑其れに此基本的パーセントを乗じて薪關税額
を算出した︒但し此制度は食料品︑原料品︑牛製品には適用を除外された︒
けれども此制度は︑諸商品の現在の債格の正確なる知識を前提としてゐるのであるから︑此らの便格の決定
のために多大の困難を感ぜざるを得ない︒それは從債税の歓鮎の殆んど総てを受け容る玉ものとならざるを得
ない︒そこで施行せらる玉こと僅かに一箇月︑此制度は︑一九一九年七月八日の衆︒蝋2により係敷数豪σqぎ&8
8①旨留ロ窃に代られた︒此制度に於ては︑職時の從量税に或係歎を乗じて︑關税が計算せられる︒此係敏は職
前の債格を最後の債格と比較して定められる︒例へば職前從量税百キロに付百五+法と定められた商品が︑戦
前に約千法の便格をもち︑一九一九年に三千法となれば︑系数を決定する目的のために存在する委員會は︑基
本從量税に乗すべき係鍛を三と定むるのである︒之に依りて此商品に課せらる﹂關税は四百五十法となる︒
係数制定委員會h︒§該鼠8自︒泳く匠︒5島$8亀ζ窪窃は大藏省に設置せられ︑自已の櫨限により︑叉は生産者の
請求により︑商品の便格を調査し︑係藪の必要なる修正を大藏大臣に要求する︒此要求により︑政府は濠︒吋6窃
を以て係籔を攣化した︒(Z︒囎δ2ζ畠ρ犀穎σqぎ︒畠2碧§山⑦冨津彗βお︒︒H"ロ・零1︒︒・)
此係敏制度は一九二二年まで行はれた︒係数は二乃至五が普通であつたが︑或物は九或ひは十に及んだ︒一
九二二年に至りて︑關税は議會の協賛を経て定めらるムこと﹂なつたが︑當時法の爲替相場は著しく動掘し︑
國内物債の攣動もまた甚しかつたので︑蜀3︒魯霞︒鴇凪切寓ぞoによる關税の運用が適當であるか否か罫︑朝野の
論議に上つた︒一九二三年︑當時の商務大臣U訂氏は︑關税行政上の他の諸問題と共に︑當時の佛蘭西の實情
に適するは從便税の普遍化か又は係激從量税制度かそれとも金フラン從量税制度かのアンケツトを︑商業會議
所及び諸商工業團艦に向つてなした︒私は從便税か從量税かに關する問題はほ野此アンケツトの一節に鑑きて
ゐると信するので︑それを課出して︑當面の問題の所在を明らかにしよう︒
﹁第三項::從債税は︑少くとも理論上に於ては︑從量税よりも適用が容易である︒然し乍ら評憤に當りて︑
税關と申告者の間に屋々孚を生する不便があり︑法定評債を要する不便があり︑税額を商品市便に從馬せしむ
る不便があり︑同様且つ同債額の商品に公干に畢等に税率を適用し得ない不便がある︒故に來るべき改正關税
も︑從債税を少歎の商品に限られるであらう︒然し或場合に一定の商品に就いて︑從債税が從量税に優つてゐ
るのを︑我々と難否定しない︒從つてもし︑從債税を可なりとする商品あらば︑其輸入申告債額を監査し得る
標準を報告せられんことを望む︒・::・
﹁第四項;:現在まで︑我關税制度に於ては︑關税の支佛方法に關し︑何らの特種なる義務を課してゐなかつ
た︒輪入者が員はされたる唯一の義務は︑佛國貨幣を以て納税すべきことであつた︒之に反し或外國殊に西班
牙は︑大職前から既に︑關税を地金にて支佛ふ義務を課してゐる︒此義務を課することは︑大職から生じた難
局にょり爲替相場に著しい不均衡が現はれてからは︑一般に行はれるやうになつてゐる︒紙幣で表はされた商
品債格の攣動は︑大部分金に封する此紙幣の債値の攣動に基因する︒關税を金にて支彿ふ義務を員はせば︑商
晶の債格に樹する關税のバーセンテーヂの攣化の主たる原因の一を除くことになる︒かくすれば︑從贋税に見
從侃聞税か從量開税か桶三三