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雑誌名 明治学院大学社会学・社会福祉学研究 = The Meiji

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齢者」への支援に関する一考察─長期に渡り入浴を していない入所者への働きかけを手がかりに─

著者 福馬 健一

雑誌名 明治学院大学社会学・社会福祉学研究 = The Meiji

Gakuin sociology and social welfare review

巻 154

ページ 41‑54

発行年 2020‑02‑28

その他のタイトル A Study on the Practice for  Elderly Person Needing Social Support  in the Home for the Elderly Using the Case of Resident Who Have Not Taken a Bath for a long Time 

URL http://hdl.handle.net/10723/00003834

(2)

1 問題の所在

 養護老人ホームは,老人福祉法に基づく老人福祉施設として,経済的な貧困 を中心に様々な生活上の課題を抱え,地域での在宅生活が困難な高齢者に対す る支援を行ってきた。2005年の介護保険法及び老人福祉法の改定を境にして,

現在では介護保険制度の特定施設入居者生活介護,又は外部サービス利用型特 定施設入居者生活介護の居宅サービスを提供する事業者の指定が受けられるこ とになった(1)

 このような養護老人ホームの介護保険制度上の位置づけの方向性を示したの が,2004年の「養護老人ホーム及び軽費老人ホーム将来像研究会・報告書」で ある(2)。その際,養護老人ホームが強化すべき機能の1つに「自立を支援する ためのソーシャルワーク機能の強化」を掲げた。具体的には,人間関係の形成 や基本的な生活習慣の確立の点に課題を抱え,家族との同居や地域社会での1 人暮らしが困難な高齢者を想定し,「社会的な援護が必要で,自宅での生活が困 難な高齢者に対し,見守りや助言・指導などを通じて,その自立を支援する」(養 護老人ホーム及び軽費老人ホーム将来像研究会 2004:6)という内容である。そ して2005年の老人福祉法の改定で,入所者の自立した日常生活及び社会的活動 に参加するための指導等(第20条の4)が養護老人ホームの目的に明記された(3)。  実際の養護老人ホーム入所者には,「直接的・身体的な介護よりも,見守り

高齢者」への支援に関する一考察

──長期に渡り入浴をしていない入所者への働きかけを手がかりに──

福 馬 健 一

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や危険回避の支援を必要としている者が多いこと,とりわけ行動面や心理面,

生活習慣に課題のある利用者が多く,コミュニケーションに工夫の必要な者が 多い」(全国老人福祉施設協議会 2012:126)ことが明らかになっている。養護 老人ホームの入所対象は「環境上の理由及び経済的理由(政令で定めるものに 限る。)により居宅において養護を受けることが困難なもの」(老人福祉法第11条 第1項第1号)だが,法令上の「入所要件のみでは測ることのできない支援ニー ズの多様化が存在している」(藤原・安藤 2017:4)。

 以上のように,今日の養護老人ホームには,「社会的な援護を必要とする高 齢者」の自立に向けた支援が求められている。そこで本研究では,ケースの分 析を通じて,養護老人ホームにおける「社会的な援護を必要とする高齢者」へ の支援の一端を詳らかにする探索的な検討を行う。

2 研究方法

(1) 調査の対象及び方法

 調査対象は,東京都内のA養護老人ホーム(定員100名以上,以下Aホームと略 す)に勤務するB主任生活相談員(以下,B相談員と略す。)とした。それは,養護 老人ホーム入所者の施設内での生活に限らず,他機関・他職種及び入所者の家族 との連絡調整を担う主任生活相談員から話を聞くことで,入所以前の生活背景や 課題,入所後の生活状況を全体として把握することができると考えたためである。

 調査方法は,約90分の半構造化面接を実施した。B相談員には,ここ2~3 年の間で,B相談員自身が,“生活上の課題が複合化して現れていると思う入 所者”に対して,①成功したと思う支援,②失敗したと思う支援,③現在,対 応に困っている支援について,それぞれ1ケースずつ尋ねた。ここでは,本研 究の趣旨に照らして,①の成功した支援であるC氏のケースを取り上げて養護 老人ホームの支援を検討する。

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(2) 倫理的配慮

 調査対象者には,事前に,本調査の趣旨及び目的,プライバシー保護に関す る事項等を記載した資料を送付し同意を得た。またインタビュー当日に再度,

プライバシー保護に関する事項等を説明し,「調査協力承諾書」に氏名を記入 してもらった。後日,逐語記録と事例形式にまとめた資料を送付し,プライバ シー保護の観点から,資料の確認及び修正を依頼した。

 本調査は,明治学院大学大学院社会学研究科社会福祉学専攻に設置されてい る調査・研究倫理委員会の審査を受け承認を得ている(承認番号SW18-02)。

(3) 分析方法

 養護老人ホーム入所者の生活課題とその課題への支援内容はどのようなもの かという観点から,逐語記録の重要と思われる箇所を抜き出し,オープンコー ディングを行って最下位となるコード1を作成した。それらのコード1を比較 検討し,内容的に近い複数のもの集める焦点的コーディングを行ってコード2 を作成した。同様の作業を繰り返して最上位となるコード4までを作成した(4)。  信頼性及び妥当性に関しては,養護老人ホームの実情に詳しい高齢者福祉分 野の研究者1名に見てもらい確認を行った。

3 事例の概要

 ここでは,逐語記録全体のうち,C氏への支援の過程が分かるように事例形 式に編集した内容のみを示す。

(1) 入所の経緯

 C氏(70歳代・男性)は,未婚で兄と2人暮らしをしていたが,その兄が急に

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亡くなった。この兄はC氏に対して強く出ており,C氏の生活は兄がかなりコ ントロールしていた。C氏には弟もいるが,弟の言うことをC氏は全く聞かず,

一緒に暮らすことはできない。そこで弟夫婦が,C氏が生活できなくなってい ることを役所に相談に行き,Aホームへの入所につながった。

 役所からの最初の情報では,C氏には知的障害があるということだった。そ れは,同じ物を食べ続けることや,部屋の中がいつも物で溢れかえっていると いった生活全般へのこだわりがあるためである。これまでは亡くなった兄が,

C氏に生活上の指示や注意を行うことで,何とか軌道修正をしながら地域社会 の中で生活をしていた。

(2) 入所後の生活課題

 1) 対人関係でのトラブル

 入所後のC氏は,気に入らない入所者の悪口をバス停に落書きしたり,トイ レや居室で魔方陣や目玉のような独特のマークを書いていた。その他にも対人 関係上のトラブルがあったため,当初の相部屋から個室へ移った。本人も個 室を安心できる場所として認識し対人関係のトラブルは,ある程度は落ち着 いた。

 2) 入浴への支援

 C氏は,お風呂に年単位で入っておらず,夏場には匂ってしまう。しかし,

匂いに対してアプローチすると,全身にファブリーズをふりかけて対処したよ と言い張り,服が汚れていますよとアプローチすると,その服を捨てて,新し いものを着るといったことをするが,お風呂には入らなかった。そのため汚れ て匂いもひどく,他の利用者から苦情も出るようになり,どうすればお風呂に 入ってもらえるかが支援の課題になっていった。

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(3) 支援の経過

 はじめのうちは,居室担当の職員や,その職員をサポートする主任・副主任 が,C氏にいつならお風呂に入れるかと相談していたが,「出て行け」と門前 払いされたり,奇声をあげたり,暴れたりといったことが続いた。また,週に 2回,介助を要する入所者に対する介助入浴日があり,そのタイミングで誘い に行くと,職員が来ることを分かっており,C氏は朝から出かけてしまう状況 が続いた。

 そこで支援会議を開き,他の職員にもC氏の入浴という課題を共有し,C氏 に会った時に,「お風呂入ってますか」と声をかけるようにしたが,C氏から は「うるせーな」と言われ,多くは失敗した。しかし1人の職員が,C氏の優 しい面を褒めつつ入浴を勧めるやり方で根気強く関わり続けた。C氏には,身 体的に虚弱な入所者を食堂で席に案内したり,ポットを持って行ってお茶を汲 んだりする一面があり,こうしたC氏が持っている部分を褒めながら入浴の声 かけを半年ほど行った。その結果,C氏から「僕だって人間なんだから,お風 呂に入りたいに決まってるじゃないか」という発言があった。ただ,「ここの お風呂は入りたくない」と,ずっと言っていたため,まずは居室での足湯を行っ た。足がきれいになったので,「足洗ってよかったですね」と職員全員で伝え ていくうちに,C氏とも打ち解けていった。

 次に,なぜ,C氏はAホームのお風呂に入りたくないのかという点を職員全 員で考えた。

 当初,役所からの情報では,C氏には知的障害あるということだった。だが,

落書きや,年単位でお風呂に入らないこと,部屋が同じ種類の物で溢れている が,本人はそれをゴミではなく大事なものと言っている等の入所後のC氏の生 活の様子から分かるこだわりの部分と,知的障害の特性との不一致を感じたこ とから,臨床心理士や嘱託の精神科医にも診てもらった結果,自閉的な傾向が

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あることが明らかになった。

 そこで,水を怖がる,他の人に身体を見られたくないといった自閉症の一般 的な特徴を踏まえ,誰も入浴していない時間を設けることにした。Aホームで は,夜の8時がお風呂のタイムリミットだが,C氏は夜更かしすることがある ためフリーに時間を設け,夜勤の職員からもアプローチを続けた。その結果,

徐々にC氏から「お風呂は入れるんですか」という発言がみられるようになり,

今では,週に1回程度は入浴している。

(4) 成功したと思うポイント

 普段の支援会議の開催は,半年から1年に1回程度だが,C氏の場合は,支 援の現状確認や次の課題を職員間で共有するために毎月開催した。定期的に支 援を見直すことで緊張感を保ちながら支援を行うことができた。また,関わり にくいという認識を職員が持つ中で,C氏に関わるきっかけがないと支援を行 いにくい面があったため,頻繁に支援会議を行ったことが良かったのであろう。

4 ケースの分析

 ここでは,「表1コード一覧」に挙げた各コードの関係性を踏まえた説明を 行う。その際,最上位のコード4を【 】,その下位のコード3を《 》,さら に下位のコード2を〈 〉で提示する。なおコード1は,逐語記録の重要な箇 所の抜書きのため割愛した。

(1) 【施設入所という社会的な援護の必要性】

 養護老人ホームに入所した背景の1点目は,《生活習慣に現れる困難》である。

これにはまず,同じ種類の物を食べ続ける等の〈生活全般にみられるこだわり〉

というC氏の特性がある。次の〈生活の軌道修正を担う存在の必要性〉は,C

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氏の生活ぶりを注意し,軌道修正を図ってきた同居の兄が急死したこと,C氏 の弟では兄の代役を果たすことはできないことから,C氏が1人で生活できな くなった状況を指す。

 施設入所の背景の2点目は,《サポーティブな関係性を作る場面に現れる困難》

である。C氏からみた〈兄と弟の力関係の差〉は,C氏の生活をコントロール する強さを持つ兄に対して,弟には,C氏の弟という立場上,兄のような権限 がない。このようなC氏からみた兄と弟に対する上下関係が,弟による兄の代 役を難しくしている。また〈第三者では関係構築の手前で躓く〉は,時間や曜 日により訪問する人が異なるヘルパーでは,時により人が違うことにC氏がパ ニックになる可能性が想定されることや,一見すると,こちらが関わることを 躊躇してしまうC氏の外見から,見ず知らずの地域住民が積極的に関与するこ とは考えにくいといったC氏と関係を作るための接触自体が難しい点である。

表1 コード一覧

コード4 コード3 コード2

施設入所という社会 的な援護の必要性

生活習慣に現れる困難 生活全般にみられるこだわり 生活の軌道修正を担う存在の必要性 サポーティブな関係を

作る場面に現れる困難

兄と弟の力関係の差

第三者では関係構築の手前で躓く

支援のベースとなる 入所者との関係性

信頼関係がない中での 支援の悪循環

支援を要する生活課題 課題へのダイレクトな働きかけ

支援のブレーキとなる入所者への苦手意識 働きかけへの拒絶と回避

社会福祉専門職が有す る価値・知識・技術が みられる支援

ストレングス視点の導入と共有 入所者理解の見直し

入所者の立場に立った課題の理解と対応 効果的な支援会議

支援による変化 基盤となる制度によ

る支援の違い ノーマティブニーズに 基づく支援の余地

表に出ない要望 過度な自己決定の尊重 同意に向けた働きかけ

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 このようにC氏の〈生活全般にみられるこだわり〉という特性が,兄に代わ る〈生活の軌道修正を担う存在〉を確保できないことで《生活習慣に現れる困 難》として表面化した。これには,C氏からみた兄弟間の上下関係から生じる〈兄 と弟の力関係の差〉や,〈第三者では関係構築の手前で躓く〉という《サポーティ ブな関係を作る場面に現れる困難》というC氏との人間関係を築くことの難し さが影響している。

(2) 【支援のベースとなる入所者との関係性】

 《信頼関係がない中での支援の悪循環》は,〈支援を要する生活課題〉,〈課題 へのダイレクトな働きかけ〉,〈支援のブレーキとなる入所者への苦手意識〉,〈働 きかけへの拒絶と回避〉という4つのコードによる循環的な関係を指している。

まず,入所後のC氏には,①頻繁な対人関係上のトラブルや,②年単位で入浴 せず,他入所者から苦情が出るほど匂うことが生活上の課題となった。①の対 応策には,トラブルを回避するための個室への移室が実施され,トラブルの減 少と共に,C氏本人も個室を安心できる場所として認識し功を奏した。しかし

②については,初めは特定の職員が「いつならお風呂に入れますか」と声かけ を行ったが入浴には至らず,職員の対応人数を増やしても状況に変化はなかっ た。これら2つの課題に対する働きかけに共通するのが,改善を要する出来事 それ自体に着目した〈課題へのダイレクトな働きかけ〉である。そして,入浴 に関する働きかけには,暴言や暴れるといった拒絶的な言動や,声かけ以前に 出かけてしまうという職員との接触を避けるC氏による〈働きかけへの拒絶と 回避〉が繰り返された。〈支援のブレーキとなる入所者への苦手意識〉は,支 援に拒絶的なC氏に対して,関わりを求めていない人という解釈や,関わりに くい人として認識する職員側の意識を指す。

 このようにC氏と職員との間には支援に踏み込めない距離感が生じ,〈課題 へのダイレクトな働きかけ〉と〈働きかけへの拒絶と回避〉が繰り返されて,〈入

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所者への苦手意識〉が定着する《信頼関係がない中での支援の悪循環》が生じる。

 これに対する《社会福祉専門職が有する価値・知識・技術がみられる支援》は,

〈ストレングス視点の導入と共有〉,〈入所者理解の見直し〉,〈入所者の立場に 立った課題の理解と対応〉,〈効果的な支援会議〉,〈支援による変化〉から成る。

〈ストレングス視点の導入と共有〉は,他入所者と接するC氏の日常生活から 観察される気配り上手な面に着目し,C氏の優しい面を褒めつつ入浴を勧める というC氏のストレングスを声かけに導入したことと,C氏が足湯を実施し足 がきれいになったことを職員全員で褒めるという形でストレングス視点を職員 間で共有した関わりを指す。〈入所者理解の見直し〉は,役所からの事前情報 である知的障害の障害特性と,実際のC氏のホームでの生活の特徴的な様子や 出来事との不一致から,臨床心理士や精神科医といった他専門職からの見解を 求めるコンサルテーションを受けることで,知的障害ではなく発達障害(自閉 症)の可能性へと障害面での入所者理解を見直したことである。〈入所者の立場 に立った課題の理解と対応〉は,C氏の「ここのお風呂に入りたくない」とい う発言を,自閉症の一般的な特性という観点から理解を深め,一足飛びに風呂 場での入浴を支援目標とはせず,部屋での足湯から段階的に支援を行った。ま た,夜更かしの傾向があるC氏の生活習慣を尊重し,本人から入浴の申出があっ た際には,ホームが定めた入浴時間に縛られずに柔軟に対応できるよう職員間 で協力体制を組んだ点である。

 C氏への職員側の働きかけの変化に伴って,C氏本人から入浴の要望を表明 できる関係性への変化と,週に1回の入浴が生活の一部となる〈支援による変 化〉が見られた。このように支援が成功につながったのは,〈効果的な支援会議〉

である。特に,支援の現状と今後の課題の共有による支援方針の統一や,1年 以上に及ぶ長期の支援の緊張感の保持,入所者への苦手意識を打破するきっか けとなった。

 このように,職員が入所者に対して〈ストレングス視点〉で関わり,適切な〈入

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所者理解〉や生活習慣の尊重といった〈入所者の立場に立った課題の理解と対 応〉を行うことで,入所者との関係性が好転した。支援に資する関係性の中で,

《社会福祉専門職が有する価値・知識・技術がみられる支援》が行われた結果,

入浴という課題が改善に向かった。

(3) 【基盤となる制度による支援の違い】

 C氏には,他入所者の動きを自分の生活パターンに採り入れることが難しい 面があり,回りの状況とすり合わせて自分の要望を表明することが困難な〈表 に出ない要望〉がある。介護保険制度の契約サービスでは,サービス利用の希 望が表明されることで利用につながるため,C氏の〈表に出ない要望〉では,サー ビス利用に至らない。また,C氏のように拒絶的な言動や回避があると,本人 がサービスを求めていないとしてサービス利用につながらない。契約サービス では,このような〈過度な自己決定の尊重〉による弊害が生じ得る。これに対 して措置施設では,行政からの措置委託で入所後の生活上の支援を行う。その ため,支援に対する同意は必要だが,入所者自身が必要性を認めていない支援 でも,職員が判断した必要性から入所者への〈同意に向けた働きかけ〉を行う ことができるため,《ノーマティブニーズに基づく支援の余地》がある。

5 考察

 本研究で明らかになった1つ目は,養護老人ホームへの入所に至るC氏の生 活課題が,複数の事柄の重なり合いから生じる様子を把握できたことである。

C氏の場合には,キーパーソンの兄が急死した後,生活の方向を軌道修正する 存在を得難い中で,C氏1人では生活できない状況が生じた。この状況には,

生活全般へのこだわりというC氏の特性や生活能力といった個人的な面,C氏 と近親者及び地域住民との間でサポーティブなネットワークを築くことの難し

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さという人間関係の形成に係る面が相互に影響し合っていることが認められ る。つまり,基本的な生活習慣への支援を得て生活する場所の必要性が,個人 と環境の相互作用から生じている。

 2つ目は,支援の開始に当たって,必ずしも,入所者からの同意を得ていな い支援であっても,職員が必要であると判断した支援を実施していたことであ る。この支援は,先行研究が養護老人ホームにおける支援として明らかにした,

強いこだわり・パニック等の行動上の問題を抱える入所者への見守り支援(全 国老人福祉施設協議会 2012)よりも,積極的な関与と言える。このような支援 が,実際には養護老人ホームの入所者支援のバリエーションの1つとして行わ れている。

 無論,社会福祉実践の重要な理念である自己決定の尊重との関連で,今回示 された職員側の支援の必要性の判断を優先させる支援とパターナリスティック な支援との違いをより詳細に検討する必要がある。また,契約を前提とする介 護保険制度が中心的なサービスとなっている中で,自らの要望を表明すること が難しい高齢者と長期間関わり,試行錯誤しながら本人の要望を導いていく支 援の妥当性を検討することは,高齢者支援のあり方を見直す糸口となりうる点 で重要である。

 明らかになった3点目は,自明のことではあるが,入所者との関係性が支援 のベースになっていることである。その際,入所者に対する職員側の視点が,

入所者と職員の関係性の内実と分かちがたく結びついている。

 C氏と職員の当初の関係性は,C氏への苦手意識から支援に踏み込めない距 離感を抱く職員と,支援への拒絶的な言動を繰り返すC氏というように,両者 の間に信頼関係は構築されていなかった。その際,職員の入所者理解の視点は,

支援に対するC氏の拒絶的な言動に向けられ,C氏に関して支援を求めていな い人,関わりにくい人というような苦手意識に基づいた入所者理解が行われた。

確かに,拒絶的な言動を直に受け続けることは,職員からすれば心理的な痛手

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を伴うものであろう。その意味では,C氏への苦手意識を持つことは,むしろ 自然な反応とも言える。ただし,苦手意識に基づいてC氏を理解することには,

心理的な痛手という自然な反応を回避するための合理化という職員側の防衛機 制の側面があるのではないだろうか。そのため,苦手意識の合理化としての入 所者理解は,職員側の心理的な負担の回避に役立っても,C氏への支援に資す るものにはならなかったと推察される。

 勿論,入所者への苦手意識を持つことそれ自体は否定されるものではない。

ただし,社会福祉専門職としてより望ましい取り組みは,苦手意識に先導され るがまま入所者の理解を行うことではなく,苦手意識の存在を自己覚知してい く内省的な検討作業であったのではないだろうか。

 C氏との当初の関係性は,C氏のストレングスに着目した声かけを通じて徐々 に好転していった。そして,C氏の障害特性の観点から生活課題の理解を深め,

C氏の生活習慣を尊重した対応をとることで,C氏自ら職員に希望を表明でき る関係性へと変化した。この一連の働きかけには,ストレングス視点やC氏の 立場に立つという社会福祉実践の原理原則に軸足を置きながら,習得した知識・

技術が活用されている。このことは,入所者との間に支援に資する関係,とり わけ信頼される関係を作るには,社会福祉専門職が有する価値・知識・技術の 意図的な活用が不可欠であることを示唆している。

 

6 本研究の課題と意義

 本研究は,1事例の分析を通じたものであり,得られた知見を養護老人ホー ムの支援として一般化することは困難である。ただ,養護老人ホーム入所者の 生活課題とその課題に対する支援内容を今後も検討する上で,参考になる視点 を多少なりとも提示できたと思われる。

 養護老人ホーム入所者の生活課題は,様々な事柄が複合的に作用し合って生

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じる様を確認した。個人と環境の相互作用の視点から高齢者の生活課題を捉え ることは,高齢者の生活課題が介護の視点から捉えられがちである今日の状況 を踏まえると,改めて重要だと思われる。また本ケースでは,見守り支援より も積極的な関与が行われていた。この積極的な支援は,「社会的な援護を必要 とする高齢者」が多く入所する養護老人ホームの支援内容を検討する上では見 逃せない支援ではないだろうか。

 本研究では,失敗したと思う支援,対応に困っている支援を取り上げていな い。今後は,それらの検討を継続して行い,養護老人ホームにおける支援の全 体像を明らかにしたい。

(1) 2005年以降の養護老人ホームに関して,歴史的な変遷を踏まえて今日的な意義や 課題を制度論として考察した論考がある(西川 2016;清水 2010;鳥羽 2008)。

(2) 「養護老人ホーム及び軽費老人ホーム将来像研究会・報告書」(https://www.wam.

go.jp/wamappl/bb05Kaig.nsf/0/29900ecd2a9b734349256f490024de0e/$FILE/2-1-2.

pdf 2019.08.20閲覧)

(3) 養護老人ホームの今後の方向性として,精神疾患を有する人等の「特定要援護高 齢者」への「機能強化型養護老人ホーム」,1人暮らしへの不安等の「地域移行が可 能な一般高齢者」への地域移行支援(全国社会福祉法人経営者協議会 2013)や,地域 移行支援の機能強化と地域移行が困難な入所者への伴走型支援(一般財団法人日本総 合研究所 2014)が検討されている。また,生活相談員を対象とした関係機関との連携 等の実践上の役割及び課題を考察した研究がある(藤原・安藤 2017;中野・稗田・阿 部 2017)。

(4) 佐藤郁哉『質的データ分析法 原理・方法・実践』(佐藤 2008)を参考にした。

文献(参考文献)

藤原ヨシ子・安藤孝敏, 2017,「養護老人ホームのソーシャルワーカーが担っている役割の 固有性と課題:多職種連携での自己決定支援に焦点をあてたインタビュー調査から」

『技術マネジメント』16, pp.3-16.

一般財団法人日本総合研究所, 2014,『養護老人ホーム・軽費老人ホームの今後のあり方も 含めた社会福祉法人の新たな役割に関する調査研究事業報告書』.

中野いずみ・稗田里香・阿部正昭, 2017, 「養護老人ホームにおけるレジデンシャル・ソー

(15)

シャルワーク実践の困難性に関する研究:生活相談員へのインタビュー調査の分析 から」『ソーシャルワーク実践研究』6, pp.62-73.

西川淑子, 2016,「養護老人ホームの現状と今日的課題」『滋賀社会福祉研究』18, pp.12-17.

佐藤郁哉, 2008,『質的データ分析法 原理・方法・実践』新曜社.

清水正美, 2010,「社会福祉制度転換期における養護老人ホームの位置づけについて」『城 西国際大学紀要』18(3), pp.31-39.

鳥羽美香, 2008,「養護老人ホームの今日的意義と課題」『文京学院大学人間学部研究紀要』

10(1), pp.137-152.

全国社会福祉法人経営者協議会, 2013,「養護老人ホームの現状と今後のあり方~機能強化 型養護老人ホームの提案」.

全国老人福祉施設協議会, 2012,「養護老人ホームにおける生活支援(見守り支援)に関する 調査研究事業報告書」.

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