リスク管理 と取締役の責任 *
‑ ア メ リカ にお け る
AI G
事 件 とCi t i gr o up
事 件 の比 較 ‑南 健 悟
1. は じ め に
会社が事業 を展 開す る際 には, さまざまな リス クがついて まわる。会社 はそ の リス クに直面 した とき,手 をこまねいているわけに もいかず, さまざまな方 法 で対応す ることになる
1)
。 リス ク管理 には さまざまな手法が考 え られるが, その リス クへ の対応 の中で,重要 な位置づ けが与 え られてい るのが,いわゆる 内部統制 システムである。 内部統制 システムは,企業が直面す るあ らゆるリス クの性質や範囲, リス クが顕在化 した場合 に経営 に与 える影響,許容で きるリ ス クの範 囲, リス クをコ ン トロールす るコス トな どを考慮 して構築 され る2)
。 そ して,一般的 に,取締役 は内部統制 システムを構築す る義務があ ると考 え ら れて きた。 この内部統制 システム構築義務 は,従来,取締役 の監督義務 の具体 化 として考 え られて きた ものである。 いわゆる大和銀行ニュー ヨー ク支店株主 代表訴訟判決3)
は 「健全 な会社経営 を行 うため には, 目的 とす る事業 の種類, 性 質等 に応 じて生 じる各種 の リス ク,例 えば,信用 リス ク,市場 リス ク,流動 性 リス ク,事務 リス ク, システム リス ク等 の状況 を正確 に把握 し,適切 に制御 す ること,すなわち リス ク管理が欠かせず,会社 が営 む事業 の規模 ,特性等 に*本稿 は,平成
22
年度 日本学術振興会科学研究 費補助金 (若手研究(
ち)
課題番号22730090)
の研究成果の一部である。1
) ミシェル ・クルーイ‑ダン ・ガライ‑ロバー ト・マーク/三浦良造ほか訳 『リス クマネジメントの本質』 (共立州版,2008
年)31
頁。2
)赤堀勝彦 『企業の法的リスクマネジメント』 (法律文化社,20
10
年)1
頁。3
)大阪地判平成1 2
年9 月20
日判夕1 047
号86頁。〔 209〕
応 じた リス ク管理体制 (いわゆる内部統制 システム)を整備す ることを要す る。
そ して,重要 な業務執行 については,取締役 会が決定す ることを要す るか ら(〔平 成
17
年改正前一 筆者註〕商法260
条2
項),会社経営の根幹 に係 わる リス ク管理 体制の大綱 については,取締役 会で決定す ることを要 し,業務執行 を担 当す る 代表取締役及び業務担 当取締役 は,大綱 を踏 まえ,担 当す る部門におけるリス ク管理体制 を具体 的 に決定す るべ き職務 を負 う。」 との一般論 を展 開 した こと はつ とに有名である。 この ような取締役 の内部統制 システム構築義務 に係 る裁 判例 は,大和銀行ニ ュー ヨー ク支店株 主代表訴訟判決以来, さまざまな不祥事 の発生 に伴い,多 く存在す る4)
。一方 で, この ような裁判例 の積み重ねだけで はな く,立法 による対応 も見 られた。平成1 4
年の商法特例法改正 によ り委員会 等設置会社 (当時) に内部統制 システムに係 る事項の決定が義務づ け られ (平 成17
年廃止前商法特例法21
条の7 第 1
項2
号), また平成17
年 に制定 された会 社法 において も,大会社 は348
条3
項4
号 (取締役 会非設置会社 の場合),362
条3
項6
号 (取締役 会設置会社 の場合),41 6
条1
項1
号 ホ (委員会設置会社 の 場合) に基づ き,内部統制 システムの整備 を取締役会 (取締役会非設置会社 の 場合 は取締役 の過半数)によって決定 しなければな らない とされた5)
。これは, 大会社 は,その活動が社会 に与 える影響が大 きい ことか ら,適正 なガバ ナ ンス の確保が特 に重要であ り,企業不祥事 の事例 に鑑みて も,各会社 において 自社 の適正 なガバ ナ ンス を確保す るための体制 を整備す ることの重要性 が増 してい ることを理 由 とす る6)。
4
)主なものとして,東京地判平成1 6
年5 月2 0
日判時1 871
号1 25
頁 〔三菱商事株主代 表訴訟〕,東京地判平成1 7
年2 月
10日判時1 887
号1 35
頁 〔雪印食品株主代表訴訟〕, 大阪高判平成1 8
年6 月 9
日判時1 979
号1
15
頁 〔ダスキン株主代表訴訟〕,東京高判平 成2 0
年5 月21
日判夕1 2 81
号27 4
頁 〔ヤクル ト株主代表訴訟〕。なお,会社法3 50
条に 基づ く責任が争われた事案 として,最判平成21
年7 月 9
日判夕1 307
号1
17
頁 〔日本 システム技術開発事件〕がある。5
)なお,立案担当者は内部統制システムを構築 しないとの決定 もこれらの条項に遠 反するものではないと説明する (相揮哲 ‑薬玉匡美 ‑郡谷大輔 『論点解説 新 ・会 社法一千問の道標』 (商事法務,2006
年)33 4
頁)06
)相揮哲編著 『一問‑答 ・新 ・会社法 (改訂版)』 (商事法務,20 09
年)1 21
頁〜1 22
頁。リスク管理 と取締役の責任
211
この ように,会社 の内部統制 システムは重要性 を増 してい る。そ もそ も内部 統制 システム とは,業務の有効性 と効率性 ,財務報告の信頼性,関連法規の遵 守 とい う目的達成 を意図 したプロセス をいい7),その要素 として,統制環境, リス クの評価 ,統制活動,情報 と伝達,監視活動か ら構成 される
8)
。前述 した, 会社法 によ り決定が義務づ け られた内部統制 シス テムは,直接 的 にはC O S O
レポー トとは関係 ない とされる ものの,その内容が重複す る部分 もあるとされ る
9)
。会社法が定め る内部統制 システムには, 「取締役 の職務 の執行 に係 る情 報 の保存 及び管理 に関す る体制」,「損失の危険の管理 に関す る規程 その他 の体 制」,「取締役 の職務の執行が効率 的に行 われ ることを確保す るための体制」,「使 用 人の職務の執行が法令及 び定款 に適合す ることを確保す るための体制」,「当 該株式会社並 びにその親会社及 び子会社か ら成 る企業集 団における業務 の適正 を確保す るための体制」等が含 まれ る (会社法施行規則9 8 条 1
項,1 0 0 条 1
項,11 2 条 1
項・2
項)。 この ように内部統制 システム と一口に言 って も,その内容 は多岐 に亘 っている。従来の取締役 の内部統制 システム構築義務 に関す る議論 は,法令遵守体制等, 会社 内における不正行為防止体制 に関す る議論が多 く, また,内部統制 システ ム構築義務 とい う形 で一括 して検討 を行 うことが多い ように思 われ る。 しか し なが ら, よ り具体的 に,各内容 に応 じて,検討 を行 うことが重要であるように 思 われる。本稿 では,近時 アメ リカにおいて下 された
2つの判決 を比較検討す
ることで, よ りきめ細やか な取締役 の責任論 を考 える契機 としたい。そ して, 社 内で不正行為 (法令違反行為)が なされた場合 における取締役 の監督義務 (内 部統制 システム構築義務) と,それ以外 に会社 に損失が発生 した ような場合 に7
) トレッドウェイ委員会組織委員会∴ 鳥羽至英ほか共訳 『内部統制の統合的枠組み 理論編』(白桃書房,1 9 9 6 年) 1 7
頁〜1 8
頁 (以下では,「 COSO
レポー ト」という)。8
)前掲註7・COSO
レポー ト2 3
頁〜2 4
頁。9
)前掲註5 ・相揮 ‑薬玉 ‑郡谷 3 3 3
頁。会社法の内部統制システムは,COSO
レポー トによる内部統制システムの考え方を一歩推 し進め,監査役をそのシステムに組み 込むとともに,取締役会の定めた内部統制システム自体 を監査の対象とするとされ る。お ける取締役 の監督義務 (内部統制 システム構築義務) を同列 に論 じることが で きるのか, とい うことを検証す る。
2.
取締 役 の監 督 義務 及 び 内部 統 制 シ ステ ム構 築 義 務( 1
) アメ リカにおける取締役の監督義務ところで,判決 を比較検討す る前提作業 として, まず,アメリカ法 における 取締役 の監督義務及 び内部統制 システム構築義務 に関す る議論 について概観す
る 10)。
アメリカ法 において取締役 の義務 は,注意義務
( dut yo fca r e )
と忠実義務( dut yo fl oya l t y)
ll)
とに大別 され る。 その うち,取締役 の監督義務 は伝統 的 に注意義務の問題 として考 え られて きた。注意義務 は,取締役又は役員が同様 の状況 において通常 の思慮 を有す る人物が有す る注意 を もって行動す る義務 と 定式化 され12)
, その義務か ら会社 の活動 を監視す る義務等が導かれ る と考 え られてい る13)
。 この取締役 の監督義務 は,その受動 的側面 と能動 的側面 に分 けて論 じられる。す なわち,監督義務 の受動的側面 とは,取締役 は従業員等 に よる違法行為 に関す る情報 を入手 した場合 には,適切 な措置 を講 じなければな らない とい うことを意味 し,他方,能動的側面 とは,取締役 は違法行為 に関す る情報 を入手 していな くとも,その ような情報 を収集す るような体制 を構築 し10)
なお,以下の議論の詳細については,南健悟 「企業不祥事 と取締役の民事責任 (二) 一法令遵守体制構築義務を中心に」北法61 巻 4 号 ( 2 0
10
年刊行予定)第2
章参照。ll)
忠実義務は,会社の取締役,役員叉は支配株主に対 して,会社の利益 を誠実に増 加させようと,会社の経営叉は財産への権限を実行するよう要求し,取締役等は, 会社の費用で自らの利益 を図るため,会社 と取引 してはならないとされる。 Wil ‑ l i a m T.Al l e n, Re i ni e rKr a a kma na ndGuha nSubr a ma ni a n, Co mme nt a r i e sa nd Ca s e so nt heLa wo fBus i nes sOr ga ni z a t i o n( As pe nPubl i s he r s , 3 r d. e d . ,2009) , a t 2 95.
1 2)I d. a t 2 40 .
13) Regi naBur c hDi r e c t o rOL , e r S i ghta7 1 dMo 7 1 i t o r i 7 1 g:TheSt a7 1 da r do fCa r ea 7 1 d
t heSt a 7 1 da r do fLi ab i l i t yPo s t ‑ E7 1 r O7 l ,6 Wyo . L. Re v. 487( 2 00 6 ) . a t 4 88.
リスク管理 と取締役の責任
213
な けれ ば な らない とい うこ とを意 味す る14)。 そ して,後者 が 内部統制 シス テ ム構築義務 の問題 と して議論 され るこ とになる。
当初,取締役 の内部統制 シス テム構築義務 に対 して, デ ラウェア州最 高裁判 所 は否定 的 な立場 を採 用 していた。1
9 63
年 のGraham v.Al l i s ‑ Chal mer s
事 件 判 決1 5)
は,取締役 は不 正行為 を取締役 会 に知 らせ るため の監視 シス テ ム を構 築 すべ き義務 はない し,取締役 会がその不正行為 の存 在 を疑 う理 由が ない場合 には不正 行為 を探 知 す る義 務 はない と判 示 した1 6)
。 しか しなが ら, 当時か ら の会計監査論 にお け る議論 の発展 や,海外不正 支払 防止法( Feder alCor r upt pr act i ce s。fAct )
の制定1 7)
,組織 に対す る連邦量刑 ガイ ドライ ンの制 定1 8)
等, 会社 を取 り巻 く環境 の変化 によ り,取締役 の情報報告 システム構築 義務 (内部 統制 シス テム構築義務) に対す る評価 が変容 して きた19)
。例 えば,元 デ ラウェ ア州 衡平法裁 判所判事 であ るVeaseyは 「
『推 奨 され る会社 の実務』 には,少 な くとも,法令 を遵守 す る ことを確 保す るための監視又 は監督が含 まれ る」2 0 )
1 4)メルビン・A
・アイゼ ンバーグ/松尾健一 (訳)「アメリカ法における会社の違 法行為に関する責任 (下)
」商事17 43 号 ( 2 0 0 5
年)52
頁。1 5 )1 8 8A. 2d1 2 5( De l .1 9 6 3 ) .
1 6 )ただし,蓑を返せば,取締役が社内における違法不正行為の情報を得た場合には,
調査義 務が生 じることを意味 している。1 7 )同法は,上場会社 に対 して正確な帳簿を記録 ・保存 し,合理的な内部会計監査シ
ステムを構築 しなければならない旨の規定を証券取引所法1 3条 ( b) 項 ( 2)
に挿入 した。See, Donal dLangevoor t . hl t e r 7 1 alCo7 1 t r OI sAft e rSar b a7 1 e S ‑ Oxl e y:Re L , i s i t i 7 1 g Co r po r at eLaw' S" Dut yo fCa r ea sRe s Po 7 1 S i b i l i t yfo rS ys t e ms' ' ,31 J . Cor p. L 9 49 ( 2 0 0 6 ) , a t9 51
.1 8)このガイ ドラインは,1 9 91
年の量刑改革法( TheSe nt e nc i ngRe f r o m Ac t )制定
に伴 うもので,連邦法に違反 した会社に対する罰則 を合理化することを連邦判事に 認めるものである。そ して,このガイ ドラインは,企業の犯罪行為 に対する刑罰を 予め定められたインデックスに基づ き有罪点数を定めて数学的計算 を行 うための も のであるが,その有罪点数を減点するものとして 「違反を防止探知する有効なプロ グラム」が挙げ られている。1 9 )この点の詳細 な議論につ き,柿崎環 『
内部統制の法的研究』(中央経済社,20 0 5
年)参照。
2 0 )Nor ma nVe as eyandJ ul i eM. S.Sei t z ,TheBus i 7 1 e S SJud gme 7 1 tRul ei 7 1t heRe ‑
L , i s e dMo de lAc t ,TheTr a7 1 SU7 1 i o 7 1Ca s e ,a7 1 dt heALIPr o j e c t‑ASt r a7 1 gePo r ‑
r i d ge ,6 3Te x. L.Re v.1 4 8 3( 1 9 8 5 ) .a t1 5 0 3 1 1 5 0 4 .
と述べた。そ して,1
9 9 6
年,デ ラウェア州衡平法裁判所 によるものではあるが, 前述 したGr aha m v.Al l i s ‑ Cha l me r s
事件判決 を事実上覆す判決が出される。 それがCa r e ma r k
事件判決21)
である。 同判決は 「取締役の義務 には,会社の 情報報告 システムが適切であ り,かつ存在 していることを誠実 に確保 し」なけ ればな らず,「取締役 は,継続的又は組織 的な誠実性 の欠如 とされるような監 督の慨意の場合 には責任 を問われる。」と判示 したのである。この判決 によ り, 取締役の内部統制 システム構築義務が存在 していることが明確 にされ,学説 に お い て も比 較 的肯 定 的 に捉 え られ た22)
。 したが って, Graham v.All i s‑
Cha l me r s
事件判決及びCa r e ma r k
事件判決 によ り,取締役の監督義務 は受動 的側面 と能動的側面の両方 について判例法上認 め られることになったのであ る。その後, Car emar k
事件判決が定式化 した監督義務違反 を認め るための 責任基準 に対する解釈 につ き,Gut t ma nv. J e n‑ Hs unHua ng
事件判決23)
が 「取 締役が 自らの職務 を果た していない とい う事実 を自覚 していることを証明」 し た場合 に,責任が生 じる と具体的 に述べた。 そ して, Stonev.Ri t t e r
事件判 決24)
が, Car e ma r k
事件判決及びGut t ma nv. J e n‑ Hs unHua ng
事件判決で述 べ られた ような責任基準 を満た した場合,取締役 は誠実性の欠如 (誠実義務違 皮) と認定 され, もって忠実義務違反 となると判示 した。つ ま り,取締役が内 部統制 システム構築義務違反 によ り責任 を負 うのは, Care mar k
事件判決の 基準 を満たさなかった ときであ り,かつ,その基準 を満たさない場合 には誠実 性 の欠如 ない し誠実義務違反 と認定 され,もって忠実義務違反 となるとされた。21 )6 9 8A. 2 d9 5 9( De l . Ch.1 9 9 6 ) .
2 2 )Me l vi nA. Ei s e nbe r g,Co r po r at eGo t , e r 7 1 a 7 1 C e:TheBo ar do fDi r e c t o r sa 7 1 dhl ‑ t e r 7 1 alCo 7 1 t r O l ,1 9Ca r do z oL. Re v. 2 3 7( 1 9 9 7 ) , a t2 5 9 1 2 6 4 . : Se eSt e phe nF. Fun k, hZr eCar e mar khZ t e r 7 2 at i o 7 2 alhZ C .De v i l , at i L , aLi t i gat i oJ ZIDi r e ct o rBe haL , t or , Sha r e ho l de rPr ot e c t i o ) i ,a 7 1 dCo r po r at eLe galCo mpl i a 7 1 C e ,2 2De l . J . Co r p. L. 31 1 ( 1 9 9 7 ) , a t3 2 2 .
2 3 )8 2 3A. 2 d4 9 2( De l . Ch. 2 0 0 3 ) .
2 4 )91 1 A. 2 d3 6 2( De l . 2 0 0 6 ) .
リスク管理 と取締役の責任
215
(2) 監督義務 と誠実義務
従来,取締役 の監督義務 は注意義務
( dut yofcar e)
の領域 として認識 され て きた25)
。 しか しなが ら,取締役 の誠実性 の重視 ・誠実義務 に対 す る認識 の 変容 によって,取締役 の内部統制 システム構築義務 を含 む監督義務 は忠実義務として位置づ け られ るようになった
26)。
取締役 の誠実性 は,伝統 的には,あ ま り議論の対象 とな らなか った。 しか し なが ら
,1 9 80
年代 中頃以降,取締役 の誠実性 ・誠実義務の議論の萌芽が見 られ るようになる27) 。 smi t hv.VanGor kom
事件判決28)
によ り取締役 の責任 強化 の方 向性 が見 られ る と,デ ラウェア州一般会社法1 02
条(b)
項(7)による取締役 の 責任軽減制度が登場 した。 当該条項 には, 「誠実 にな されなか った作為叉 は不 作為」があった場合 には,取締役 の責任 は免除 されない との例外規定が存在す る。 したが って,取締役 の責任 を追及す る原告 は,取締役 の免責が認め られな い ように,取締役 の不誠実 (誠実性 の欠如 ・誠実義務違反) を主張立証す るこ とになった。 ただ,その誠実義務の議論 も21
世紀 に入 るまでは大 きな展 開は見 られ なか った。 しか し,2000年以 降の アメ リカにお ける企業不祥事 の続発やSarbanes ‑ 0Ⅹ1 ey法 の制定等, コーポ レー ト ・ガバ ナ ンス に関す る議論 の高 ま
りによ り, クローズ ・ア ップされるようになる。 そ して,取締役 の誠実義務 に ついて,2006年 のDi s ney事件判決 29)
が詳細 な内容 を述べ るに至 った。 同判決2 5 )See ,St e phen M. Bai nbr i dge , Co r po r a t eLa w ( Fo undat i o nPr e s s ,2 nded. 20 09 ) , a t1 3 0 ‑ 1 31
.2 6 )ただし,このような位置づけに対 して,理論的に奇妙であるとの指摘 も有力に唱
えられてお り( I d. at1 6 3 ‑ 1 6 6
.),今後 も引 き続 きこのような位置づけが維持 される かは未知数である。2 7 )取締役の誠実義務については,片山信弘 「
アメリカ会社法における取締役の誠実 義務」大阪学院大学法学研究33 巻 1 / 2
号( 2 0 0 7
年)79
頁,近藤光男 「市場化社会と 会社法制‑会社経営者の行為基準」新藤彰編 『法動態学叢書 水平的秩序2
市場 と適応』 (法律文化社,20 0 7
年)16 0
頁,松原正至 「取締役の義務」鳥谷部茂ほか編『広島大学公開講座 現代民事法改革の動向Ⅲ』 (成文堂,2
0 0 9
年)142
頁,前掲註 10・南第二章参照。2 8)4 8 8A. 2d8 5 8( De l .1 9 8 5 ) .
2 9 )9 0 6A. 2d2 7( De l . 2 0 0 6 ) .
では,不誠実であると認定 される場合 として,①主観的な不誠実一 会社 に損害 を発生 させ ようとしてな した行為,②相当な注意の欠如‑ ただ し,重過失があ るとい うだけでは不誠実 とな らない,③故意の義務の放棄,意図的な責任の無 視があった場合 を挙 げた。
この誠実義務 と監督義務 との関係 については,特 に③が認定 された場合 には, 監督義務違反 とな り,誠実義務違反 とされたが, この不誠実であると認定 され る場合 については,前述の
Gut t manv.Jen‑ Hs unHuang
事件判決の考 え方 と 軌 を一 にすると考 え られる。 なお, Di s ney
事件判決では,取締役 の誠実義務 は,独立 した信認義務 として位置づけ られるのかは不明確であったが,前述 し た ようにSt onev.Ri t t er
事件判決 において,忠実義務の下位要素 として捉 えられることとなったのである。
そこで,以下では, これ らの ことを前提 として,近時アメリカで下 された
2
つの判決 について比較検討 を行 う。この2
つの判決では,情報報告 システム (内 部統制 システム)構築義務違反の主張 に対 して,発生 した リスクの種類 によっ て,一方では従来通 りの監督義務の問題 としての情報報告 システム (内部統制 システム)構築義務違反があったか否か,他方で,経営判断の問題 として,経 営判断原則が適用 されるとし,その違いが見 られる。 これ らの判決 を比較検討 す ることで,従来,内部統制 システム構築義務の問題 としての一律 に議論 して いた問題 を再考するきっかけとしたい。3.
ア メ リカにお ける2
つの裁 判例 の検 討(1)
Amer i canl nt er nat i onalGr oup,l nc.Consol i dat edDer i vat i veLi t i gat i on
事件判決30)
リスク管理 と取締役の責任 に関 して, まず最初 に,社内における違法行為 ・ 不正行為発生 リスク (リーガル ・リス ク) に対 して,取締役が積極 的な対応 を
3 0 )9 6 5A. 2d7 6 3( De l . Ch. 2 0 0 9 )
.以下, AIG
事件判決という。リスク管理 と取締役の責任
217
しなか った場合の責任 について争 われた
AI G
事件判決 を紹介す る。本件 は,取締役 会議長兼
CEO
である被告等 による違法行為 によって,会社 に損害が発生 した として,原告株主 らが提起 した訴訟である。株主は
,AI G
社 が広範 な違法行為 を行 ったのは,取締役会議長兼CEO
だっ たG
の指示 と支配 による ものであ る と主張す る。原告株 主 によれば,G
とI n ‑
n e rCi r c l e
はAI G
の事業全般 を直接監視 し,部下 を直 に監督 していた。Ⅰ n n e r
Ci r c l e
とは,G
が有利 な報酬パ ッケー ジを受 け取 っていた古参 のAI G
経営 陣 の小 グループであ る。I n ne rCi r c l e
の 中には,本件 の関係者 であ る3
人の取 締役 や役 員 もいた。彼 らは,CFO
だったS
,投 資財務部 門の副議長であった M,取締役 で保険部 門の上級副議長兼再保 険委員会 メ ンバーTであ る。最初 に 主張 された不正行為 は,AI G
社 が実際 よ りも順調 で,安全 であ る とい うこと を投 資家 に信 じ込 ませ ようとす るため,財務状況 に不実表示 を した とい うもの であ る。最大 の不実表示 は,複数 のAI G
社 がGe
社 との精巧 にな された取引 を仕立 てあげて5
億 ドルの詐欺 的な再保 険取 引 を行 った ものであ る。AI G
社 は,再保 険を提供す る もの として取引 を仕立てたが,実際 には,その取引 には 中身が な く,単 にAI G
社 の貸借対照表 を良 く見せか けるための もの に過 ぎな か った。他 の例 としては,AI G
社 の損失 を隠す ため に秘密 の海外子会社 を利 用 し,AI G
社 の子 会社 にお ける会計上 の問題 を修正せず,問題 のあ る保 険契 約 を隠 していた。 しか し,主張 によれば,G
とI n n e rCi r c l e
は単 に同社 の財務 状 況 を隠ぺい していただけではない。 同社 は,会社 に労働者災害補償制度が他 の種類の保険である と偽 って述べ, また, キャピタルゲイ ン税 を支払 うことな く投資利益 を認識す るための,脱税スキームを行 わせていた。 また,社 内の人 物が他社 と共謀 し市場 を操作 させていた とい う。すなわち,デ リバ テ ィブ市場 と総合保 険市場 で,談合 によって競争 的オー クシ ョンを行 うよう他社 と共謀 し ていた。 そ して,原告株 主 は,G
やその他 の被告 は,AI G
社 に貸借対照表 の 不実表示 の中で不通切 な財務不正 を行 っていた と主張 した。AI G
社 は,優 良 な財務結果 を報告す る会社 を援助す る とい う不通切 な 目的のために他社 に対 し て保険に通 さない リス クを回避す る保 険を販売 し,他社が貸借対照表上 に記載した くない資産を隠ぺいす ることを援助するとい う不適切 な 目的のために要求 された会計基準 をきちん と監督す ることな く他社 のため に
SPE
(特定 目的事 業体) を設立 した こともあ った。結局, これ らの行為が露見 し,AI G
社 に重 大 な損害が生 じた。そのため,年次財務諸表 を訂正 し,株主のエ クイテ ィ価格 を35億 ドルまで減少 させたために,多 くの訴訟が提起 され,既 に16
億 ドル もの 罰金や他 の費用 を支払 った。 その後,AI G
社 は特別訴訟委員会 を立 ち上 げ, 結果的にGとSに対 して訴訟を提起 したが,他の者 については訴訟提起 を行わ なか った。AI C
社 は特別訴訟委員会の判断 に従い,直接 的な原告 とし,信認 義務違反の主張 と補償請求 を した。一方で,原告株主はAI G
社が訴訟提起 し なかったMとTを被告 として代表訴訟 を提起 した。「申立てには,M とTの二人が(1)Gが構築 した多様な詐欺的スキームを知 り, かつ援助 し
,( Z ) AI G
社 の内部統制が不適 当であるとい うことを知 っていた と い う推定 を支持する事実が含 まれている。私は
, M
とT
がAI G
社 におけるヒエ ラルキーの中で,最 も上級 レベルにあ り, かつG
のⅠ nne rCi r c l e
の中にいるとい うことを述べ る。‑・〔 M
の〕役割か らして,M
がG
の仲 間であ り,金融投資にかな り精通 し,AI G
社の保険道営 について長期 にわたる経験 を有 し,金融投資戦略や革新的, 性質上 リスクが高 く, または範囲がかな り大 きな商品展 開に関与 していた ということが推測 される。
同様 に, ‑・Tは, Gの仲 間の一人であ り,保険や再投資の問題 についてか な り精通 し,個 人的に
,AI G
の保険契約や再保険契約及び革新 的,性質上 リ ス クが高 く, または範囲がかな り大 きな実務の両方 に関与 していることが推測 される。‑・また,原告の申立ては,MとTが故意 に不適当な内部統制 を黙認 し,那 下の法令遵守義務 を監督 しなか った として,忠実義務違反があると主張する。
‑・ここでの問題は一つだけである。すなわち,申立ては
,M
とT
がAI G
社の 内部統制 に不備があった ということを認識 していた とい うことを推測 しうる事リスク管理 と取締役の責任
21 9
実 を述べ ているか とい うことである。
‑・原告株 主 は彼 らの監督 叉 は
Ca r e ma
rk型 の主張 につ いて立証 を してお り,別の深刻 な不正行為の事例 における内部統制 の欠陥 について主張す る。 も し,それが真実ではな く,たった一回の詐欺行為が彼 らの監視の下 で行 われて いたのであれば,彼 らは有利 な立場 にい ることになる。 ‑・衡平法裁判所規則2 3. 1
条は, 申立てにおいて,彼 らが同社 の内部統制 に欠陥があるとい う知 って い るとい うことを合理的に推測す るような事実 を要求す る。‑・申立 て において,明 らか に, 同社 の
I nne rCi r c l e
が犯罪組織 であ る とい うことを主張す ることが支持 される。 申 し立て られた財務不正の多様悼 ,広汎 悼 ,そ して重大性 は,異常 であ る。 申立てで明確 に述べ られているように,M
と
T
は直接 的に不正行為 を認識す ることがで き,かつ,その多 くに関与 し, ま た,同社 の内部統制が不適 当でかつ容易 に潜脱す ることがで きた とい うことを 知 らなか った とい う主張 は, ‑・民事訴訟規則1 2
条( b )
項( 6 )
に根拠 を与 える解釈 とはいえない。た とえ,実際 にはMとTが直接 的 にその不正 スキームに関与 し ていなか った として も,彼 らはそのスキームを知 り,かつ故意 にそれを止めな か った とい うことが推測 され る。 その点か ら,M
とT
は,AI G
社 の独立取締 役 に知 らせ るべ き不正行為 を認識 し,それを報告す る義務があった に もかかわらず,それを隠ぺいす るとい う選択肢 を選 んだ と推測 される。
監督慨息 に基づ く忠実義務違反の主張 は難 しい とい うことは重 々認識 してい るが,た とえ,規則
1 2
条( b )
項( 6 )
における基準の下 であって も, ここで原告株主 にはそれがで きたのである。最高裁判所 は,取締役が 『意識 的に会社 の内部統 制 を監視叉は監督 しない ことによ り,注意 を要求す る問題や リス ク情報 を知 ら せ なか った場合』 には責任 を負 い うる と述べた。 この基準 を満たすため には, 故意 を要求 され るが,MとTは 『自らの職務 を果 た していない とい う事実』 を 認識 していた と推定す るような事実が主張 されている。」( 2) l nr eCi t i gr oupl nc.Shar ehol derDer i vat i veLi t i gat i on
事件判決31)
次 に,社 内における違法行為 ・不正行為発生 リス ク以外の リス ク管理 に関す る
Ci t i gr oup
事件判決 を紹介す る。本件は,Ci
t i gr oup
社がサブプ ライムロー ン32)
市場 に参入 した ことによって, 同社 に巨額の損失が発生 した として,取締役等 に対 し当該損失 を賠償す るよう 求めた株 主代表訴訟である。2006
年の早 い段 階か ら,被告 らはCi t i gr oup
社 にサ ブプ ライム層へ の貸付 け を行 わせ,その貸 し付 けは,最終的に同社 に対 して,2007年 の終 わ り頃 には巨 額 の 損 失 を与 え る こ と に な った。 そ れ は, Cit i group社 が 債 務 担 保 証 券 ( CDOs
‑ 住宅 ロー ン証券化商品 を裏付 資産 とした証券 を用 いてCi t i gr oup
社 が作 り出 した よ り低 い格付 けの証券 をプール した ものを組成 した もの)を扱い, そ して,それぞれ異 なった リス クとリター ンの レベ ル を持 つ種類 の証券 か ら キ ャッシュフローの権利 を売却 した ことによって発生 した ものであ る。以上 の ような事実 関係 の下,原告株 主 は,被告 らが,(
1) redf l ags
(問題 の 徴候)があったに もかかわ らず,サブプライムロー ン市場 における問題 に直面 したCi t i gr oup
社 を適切 に監視,管理 しなか った ことにつ き,(2
洞 社 の財務報 告及び開示が完全 に,かつ適切 になされていた ことを確保 しなか った ことにつき信認義務 に違反 した として責任 を負 うと主張 した。
それに対 し,デ ラウェア州衡平法裁判所 は以下 の ように判示 し,取締役等 に よるサブプライムロー ン市場‑ の参入 との関係で,同社 を適切 に監視 し,管理 しなか った との主張 を認めず,被告取締役 の訴訟却下の 申立 てを認 めた。
「被 告 取 締役 が個 人責任 に直面 して い る とい う原告 の理 論 は,伝 統 的 な
31 )9 6 4A. 2d1 0 6( De l .Ch.2 0 0 9 )
.以下, Cit i gr o up
事件判決という。32)
サブプライムロー ンと証券化 につ き,北見良嗣 「米国住宅 ロー ン証券化商品( RMBS)とシンセティツクCDOについて一米国サブプライムローン問題におけ
る複合商品の構造」北法60巻6 号 ( 2 0
10
年)15 3
頁以下参照。サブプライムローン による金融危機については,みずほ総合研究所編 『サブプライム金融危機21 世紀
型経済ショックの真相』 (日本経済新聞州版社,20 07
年)参照。リスク管理と取締役の責任
221
Ca r e ma
rk型の主張 を少 し変 えている。典型的なCa r e ma r k
型の事案 において, 原告は,被告が従業員の不正行為 または違法行為 を適切 に監督 しなかったこと か ら生 じる損害につ き責任 を負 うと主張する ものである。‑・他方,原告の
Ca r e ma r k
主張 は,取締役会が,Ci t i gr o up
社の ビジネス ・ リス クを適切 に監督 しなか った ことを基礎 とす る ものである。 ‑・原告 は,被 告取締役が 『構築 されている手続 に従い, または取締役 に完全 にサブプライム ロー ン市場 における同社の リス クに関する情報 を もた らす ことがで きる適切 な 情報報告 システムを確保 しようと誠実 に』 しなか ったことに基づいて責任 を負 うべ きであると主張する。原告 は,サブプライムロー ン市場 における問題 につ いて被告 に知 らせ るべ きいわゆるr e d‑ f la gs
を指摘 し, さらに,取締役会は, 取締役 の過半数が( 1 )
以前のEnr o n
事件 に関す る行為時 に取締役 として職務 を 行 ってお り,( 2 ) ARM
委員会〔 Audi ta ndRi s kMa na ge me ntCo mmi t t e e
(監 査及びリスク管理委員会)一筆者注〕のメンバーであ り,財務の専 門家である と認識 されているか ら,これ らのr e df la gs
に気付 くべ きであった と主張する。‑・原告の理論 は本質的には,被告取締役がサブプライムロー ンに付随す る リスクを完全 に認識 していなか った とい うことによって,会社 に対 して個人的 に責任 を負 うべ きであるとす る ものである。 ‑・デ ラウェア州の裁判所 は,何 度 もこの タイプの主張 に直面 し, これ らを,注意義務及び経営判断原則の問題 として扱 うとい う理論 を展 開 して きた。 これ らの理論は当該経営判断の内容 を 評価するのではな く,む しろ経営判断の過程 に適切 に焦点を当てて きた。 この ことは,後知恵のバ イアス として知 られている考 えか ら,適切 に判断者のな し た判断が 『正 しい』 または 『誤 っている』 のか どうか とい うことを適切 に評価 す る裁判所の不適当性か ら導かれるものである。
経営判断原則は, 『経営判断をなす に当た り,取締役が情報 を得た上で,誠 実 に,かつ,当該行為が会社 にとって最善の利益 になると正直に信 じて行動 し た とい う推定が働 く』 とい うものである。 ‑・経営判断原則 は,当該経営判断 が相当の過程 による ものであ り,合理的に見て利用可能でかつ全ての重要な情 報 を取締役が得た上でなされた ものであるな らば,裁判官や陪審が取締役の判
断を二次的に判断 しないようにするものである。経営判断原則 に基づ く取締役 の責任の基準は,『重過失概念によって示 される』。
また
,Ci t i gr o up
社は,忠実義務違反の行為 または誠実 になされなか った行 為や意図的な不正行為 もしくは故意の法令違反行為 を除 き,取締役 の信認義務 違反 によって生 じる個人責任 を免除す るデ ラウェア州一般会社法1 0 2
条( b )
項(7) に基づいて挿入 された定款規定 を採用 している。デラウェア州最高裁判所 は,不誠実 な行為は取締役が 『意図的に会社 の最善 の利益 を増進 しない行為 を した場合,意図的に通用 される実定法 に違反 した行 為 をした場合,または,意識的な義務の無視 を証明 して,作為義務があると知 っ ているに も関わ らず意図的に行為 をしない場合』に見出されると判示 している。 よ り最近 においては,デラウェア州最高裁判所は,原告が提訴請求が 『取締役 が,詐欺,違法 または不誠実行為 に基づ く主張 を除 き免責 される』場合 に,実 質的な責任の可能性 に直面 していることを理由に免除されるとい うことを証明 しようとするときには,原告は,故意すなわち 『取締役が 自らの行為が法的に 見て不適切であるとい うことを実際に知 り, または知 っていることが擬制 され る』 ことを証明する具体的な事実 も主張 しなければな らない と判示 している。
‑・原告 は不誠実行為 を,例 えば,取締役 は意識的に当該事業及びその リス クについて合理的に情報 を得 るとい う義務 を無視 した とか,意識的に当該事業 を監督す る義務 を無視 した とい うことを証明する具体的事実 を適切 に主張する ことによって立証す ることがで きる。
デ ラウェア州最高裁判所 は
,St o ne
事件判決 において,デ ラウェア州 の会 社 の取締役 は,監督 システムを構築 し監視する責任 を負 うとい うことを明 らか にした。 しか し, この義務 は,経営判断原則 による保護,すなわち,経営判断 が結果的にまずかった場合 に,個人的に責任 を負 わされるような不安な しにリ ス クのある取引を会社の経営者や取締役 にさせ るような保護 は与 え られない。したがって,重過失 を証明することによって経営判断原則の推定を覆すために 原告 に要求 される証明の度合いは,難 しい ものであるし,不誠実 を証明するこ とは同 じくらい難 しい。 ‑・経営判断原則の推定
,1 0 2
条( b )
項(7)に基づ く免責条リスク管理と取締役の責任
223
項 による保護,そ して
, Ca r e ma r k
主張の証明の困難性 は,複合的 に,会社 の ビジネス リスクを監視 しなか ったことについての取締役の個人責任 を追及す る原告 にとって過大 な証明責任 を負わせているのである。取締役が ビジネス ・リス クを監視 しなかったことにつ き責任 を負 うとい う考 えを裁判所が原告株主に許容す ると,裁判所 に,取締役の経営判断の合理性や 賢明さの後知恵による評価 をさせ るため,それによってデラウェア州法の一致 した政策 を後退 させ るリス クが発生す ることになる。経営者や取締役の経営判 断の中心的要素は, どのように会社が リスクとリター ンの トレー ドオフを評価 す るのか とい うことを判断す ることである。 ‑・したが って,たいていの ビジ ネス取引 において,当事者 は,た とえ もし,彼 らが当該状況 を正 しく評価 して いた として も, リター ンが期待 していた もの とは異なるとい うことを知 りつつ 取引を行 う。
多 くの場合,裁判所が,後知恵的に,会社の取締役が適切 にリスクを評価 し, それによって正 しい経営判断をな したのか とい うことを決定することは不可能 である。
ビジネスの上で経営判断を行 う者は,実際には,不完全な情報 しか持たず, 限 られた資源で,なおかつ不確実性の下で経営 をしなければな らないのである。
誤 った経営判断をな したことで取締役 に責任 を課す ことは, ビジネス ・リスク を取 ることで投資家 にリター ンをもた らす能力 を損なうことになる。実際に, この種の司法による後知恵審査 は,経営判断原則が防ごうとしたことであ り, た とえ もし,ある主張が
Ca r e ma r k
理論 によって構成 された として も,当裁 判所はそのようなデ ラウェア州 における信認義務法の根本原理 を放棄 しない。‑・本件 における原告 は取締役が会社 の ビジネス ・リス クを監督 しなか った ことによって監督義務 を履行 しなかった とい う考 えに基づ く提訴請求を免除す るのに十分な
Ca r e ma r k
主張 をしていない。本件請求における主張は本質的には
, Ci t i gr o up
社が巨額の損失 を被 り,サ ブプライム資産における同社の投資に関連するビジネス ・リスクについて被告 が知 ることがで き, または知 るべ きであった警告サインが存在 していた というものである。 ‑・しか し, ‑・推論的な主張 は,被告取締役の不誠実性 を証明す るための具体的事実 を要求する,実質的な個人責任の可能性 をもた らす監督の 慨怠 についての主張 としては不十分な ものである。
‑・原告は,同社が
ARM
委員会 を立 ち上 げ,2004年 には,同委員会の 目的 の一つにリスク評価及びリスクマネジメン トのための経営方針の基準や ガイ ド ライ ンに関連する監督責任 を履行す るために取締役会 を補助す ることがARM
委員会規則 に挿入 されたことについては認めている。 ARM委員会は,それ以 外 にも,(1)経営陣や独立監査人 とともに定期監査 を受けた財務諸表 について検 討 を行 った り,( 2)
同社の内部統制組織 の評価 について経営陣 と審査 を行 った り,( 3)
経営陣 とともに,同社の主要 な信用,市場,流動性及びオペ レー シ ョナルリ ス クエ クスポージャー,そ して同社の l)スク評価及びl)スクマネジメン トの方 針 を含むそのようなエ クスポージャーを監督 ・統制するための経営陣による手 続 について検討 を行 った りしていた。原告の主張 によれば,同委員会は2006年 に11回,2007年 には12
回開催 されている。‑・原告 によって主張 されている警告サ イ ンは,取締役が 自らの義務 を意識 的に無視 し, もしくは不誠実 に行動 した とい うことを証明す るものではない。
せいぜい,取締役が良 くない経営判断をな した とい うことを示す ものである。
‑・取締役 の監督責任 に関す る考 えの下で,その ような主張 を認定す ること は,長期 にわたって確立 した経営判断原則 による保護 をないが しろにす るもの である。会社 は ビジネス ・リス クを取 り‑ た とえそれが壊滅的な損失であった として も‑ ,損失 を被 った とい う事実だけで不正行為 を証明 した り,取締役の 個人責任 を認める根拠 とな り得 ない とい うことが確立 している。状況が悪化 し た り,状況が ます ます悪化 しているとい うことを示 している市場のサインが存 在 していることは,当裁判所 において経営判断原則の推定を無視 させ るもので はない し,取締役が,適切 にビジネス ・リスクを評価 していないことを理由に 責任 を負 うと結論づ けるもので もない。
‑・ AI G
事件 における当裁判所の近時の判決は,本件主張 と訴訟却下の申立 てを維持するのに十分な主張 との間に厳然たる違 いがあるということを示 してリスク管理と取締役の責任
225
いる。 AI
G事件判決において,裁判所は, 『 AI G
社 における最高位 にいた経営 陣による広範囲にわた り,多様 な,そ して数多 くの詐欺 についての主張』 を含 む請求 を却下す る申立てを審理 した。 ‑・裁判所 は,事実の主張が各部局 を担 当 していたAI G社 の経営陣がその多 くの不正行為 を知 り,承認 していた とい
うことを推測 させ るのに十分な ものであった と判示 した。裁判所は,巨大な詐 欺的スキームが社内の部局担当の経営陣が知 らない中で,なされた とは思い も よ らないか らだ と説明す る。本件 における主張 と異 な り, 申立て によれば,AI G事件判決 にお ける被告が広範囲 にわたる詐欺及び犯罪行為 を合理 的に監
督 していなかった とされる。実際に, AIG事件 における当裁判所は, AI G社
の最高位役員 らが 『犯罪組織』 に貸 し付 けを行い, 『AI G
社 における財務不正 の多様性,広汎性,そ して重大性 は,異常である』 との主張 を支持するようなものであった と述べている。
本件 における主張 と
AI G事件判決における主張 とを対比す る。 ‑・
取締役の 監督義務 は,取締役 に会社 に損失 を生 じさせ るような不正行為 を知 り,そ して 防 ぐようにする合理的な情報報告 システムを確保 しようとす ることである。従 業員の詐欺又は犯罪行為 を監督 しなか ったことと,会社の ビジネス ・リスクの 範囲を認識 しなかったこととの間には重大 な違いが存在する。取締役 は,デラ ウェア州法の下では実際にはなされなければな らないが,社 内に詐欺又は犯罪 行為 を取締役 に知 らせ るような合理的な情報報告 システムを確保すべ きであるとされる。その ような監督 プログラムは,取締役 に,そのような行為の結果会 社 に損失発生の リス クを与 える可能性がある詐欺叉はそれ以外の不正行為 を妨 害 させ る。 ビジネス ・リス クを監督すべ き同様の義務 を取締役が負 っていると す る一方,取締役 にビジネス ・リス クを監督 させ る
Car e ma r k
型の義務 を課 す ことは基本的に異なる。 Ci t i gr oup
社 は,投資や他 の リス クを取 り,管理す るとい うことを していたのである。取締役 に 『過度の』 リス クを監督 しなかっ た ことを理由に監督責任 を課す ことは,取締役の経営判断の中心的内容 に対 し て裁判所 に後知恵的な評価 をさせ ることになる。デラウェア州法の下での監督 義務は,取締役 に,た とえそれが専 門家的な取締役であった として も,将来を予測 し,適切 にビジネス リスクを評価 しなかった ことを理由に個人責任 を負わ せ るようにはなっていないのである。」
( 3) AI G
事件判決 とCi t i gr oup
事件判決の特徴 と比較AI G
事件判決及びCi t i gr o up
事件判決はともに,基本的に取締役の監督義務 が問題 とされた事例である。ただ, この2
つの判決の大 きな違い と して,以下 の2
点が挙 げ られる。一つは, AI G
事件判決では取締役 の監督義務 に閏 し, 被告取締役 の訴訟却下 の 申立 て( mot i ont odi s mi s s )
が否定 された一方,Ci t i gr o up
事件判決 においては,被告取締役の訴訟却下の申立てが認容 された とい う点である。そ して, もう一つが, AI G
事件判決ではAI G
の役員 らによ る粉飾決算 に係 る詐欺的スキームされているが焦点 となる一方, Ci t i gr o up
事 件判決では,サブプライムロー ン市場への参入 とそれに伴 うビジネス ・リスク33)
に対する管理が焦点 となった点である。
[1] AI G
事件判決の特徴AI G
事件判決で問題 とされたのは,取締役 及び上級役 員 による違法行為 に 対する監督義務である。本件では,過大な引当金 を計上するための取引 を偽装 した り,脱税スキームを構築 した り,違法 な金融商品を他社 に販売 した りする など会社 の違法行為 に関与 していたか, または認識 していた こと, また,本件 で問題 とされた被告取締役 らがAI G
社 の内部統制が不適切 で容易 に潜脱が可 能 となっていた とい うことを認識 していたか どうかがその焦点 となった。本件の特徴 は,被告 らが会社 の違法行為 について関与 または認識 していた と い う具体的な事実はなかった ものの,第一 に,被告 らの社 内における地位か ら, 関与 または認識は推測 しうるとして責任 を肯定 した とい う点である。 また,第 二 に,内部統制の欠陥について認識 していたか とい うことについて も,「た とえ,
33)
ビジネス ・リスクとは,製品需要,それら製品に課す価格,製品を製造 ・供給す る費用などの不確実性のことをいうが (前掲註1
・クルーイ2 7
頁),ここではより 広い意味でビジネス ・リスクを捉えているように思われる。リスク管理 と取締役の責任
227
MとTが直接 的 に不正 なスキームに共謀 していなか った として も,彼 らはその スキームを認識 し,故意 にそれ らを止 めなか った とい うことが推測 し得 る」 と 判示 した点であ る。要す るに,被告 らが知 らず に違法行為が なされた とは考 え に くい とい う判 断があ った よ うに思 われ る
34)
。本件 の特徴 か ら,社 内 にお け る違法行為があ った場合の取締役 の責任 を審査す る手法 として,第一 に,取締 役 の直接 の関与 ない し認識があ ったか どうか を審査す る方法,第二 に,取締役 の直接 の関与 ない し認識がある とい うことが証明 されない場合で も,取締役 の 地位等か ら違法行為 に関与 または認識 していた ことを推定す るとい う方法が残 された とい うことになる。 ただ し, これを一般化 しうるか については注意が必 要 であろ う。本件 は,違法行為 ・不正行為 に関与 していたI nnerCi r cl e
と呼ば れ る経営 陣の一部 グループに被告取締役 らが所属 していた とい う特殊事情があ るか らである35)。一方で, リス ク管理 とい う側面か ら見 ると,社 内にお ける違法行為 ・不正行 為発生 リス クに対 して取締役が積極 的 に対応 し,違法行為 ・不正行為 を認識 し た際 には,独立取締役 (監査委員会) に対 して報告す るな どしなければな らな い とい うことが示 されてい る。本件 は,取締役 自身が直接 的 に違法行為 に関与 す ること自体問題視 されるが,直接 的関与 ・認識がなか った として も,状況 に よっては,関与や認識 を推定す ることによって,責任が認め られる可能性 を も た らした。
[2]取締役の リスク管理 に関する義務
次 に, これ らの判決が結論 を変 えた重要 な点 となると考 え られるのが取締役 の リス ク管理 に関す る義務であ る。 AI
G事件判決 において, St r i ne
判事 は,3 4)Er i
eJ. Pan, ABo ar d ' sDut yt oMo7 2 i t or ,54N. Y. L Sc h. L Rev. 71 7 ( 2009) ,at 7 3 6
.本判決が,被告 らが所属 していたI nne rCi r c
le
を 「犯罪組織」 と述べていることか らも,同グループに対する強い非難が見られる。
35 )Se e , I bi d.
このことか ら,社外取締役 を被告 とする場合には, AIG判決の捧外と
して考える可能性 もある。取締役 と役員は内部統制 システムが不適切 である と認識 してお り, また,その 部下の法令遵守 (コ ンプライア ンス) を監督 していなか った とい うことを認識 していた と認定 した36)。一方 で, Ci
t i gr o up
事件判決 において, Chandl e r
判 事 は,取締役 会は ビジネス ・リス クを管理 しなか った ことを理 由に責任 を問わ れ るべ きではな く,違法行為又 は詐欺 的行為の監督のための体制の構築が要求 されてい るに過 ぎない と認定 した37)
o そ して,前者 は,あ くまで経常判 断原 則( Bus i nes sJ udgme ntRul e )の問題 と したのであ る。つ ま り, ここでの違
いは,会社が直面す るリス クの種類 によって,取締役 の監督義務が問題 とされ るのか,それ とも一般的な経営判断の事例 として問題 とされ るのかが分 け られ る可能性 を示 唆す る。 よ り一般化 してい えば, Cit i gr oup事件判決 は, AI G
事件判決 と異 な り, Ca r e ma r k
事件判決 によって明確 にされた取締役 の監督義 務 を法 的 リス ク (リー ガル ・リス ク/ コ ンプ ライア ンス ・リス ク)の管理 につ いてのみ通用 し, ビジネス ・リス クには通用 しない ことを述べた ものだ とい え よ う38)
。 ところで, そ もそ も原告株 主 は, なぜ,サ ブプ ライム ・ロー ン市場 に参入 した こと自体 を争点 としなか ったのだろ うか。 これは,サブプライム ・ ロー ン市場へ の参入 とい う経営判断を争点 とす る と,経営判 断原則 の適用 により,取締役 らの責任 が認め られない公算が高か ったか らと思 われる。 これを, リス ク管理の問題 として位置付 け, Ca
r e ma r k
型の主張 をす ることによって, 経営判断原則の適用 を免れ ることがで き,取締役 らの責任 を認め させやす くす るためだった と考 え られる。ではなぜ, この ように裁判所 は取締役 の監督義務 を制 限的 に解 釈 したのだろ うか。 Chandl e r
判事 によれば, 「取締役 の監督義 務 は,取締役 に会社 に損失 を生 じさせ るような不正行為 を知 り,そ して防 ぐよ3 6 )I bi d.
3 7 )I d. a t7 3 8 .
3 8 )Pa ulE. Mc Gr e a l , Co r po r at eCo mpl i a 7 2 C eSur e , e y ,6 5Bus . La w.1 9 3( 2 0 0 9 ) , a t21 0 .
実務的にみて,この ことを好意的に評価す るもの として, Tar i qMundi yaa nd
Ma r yEa t o n, De l awa r eCh a 7 1 C e r yCo ur tRe f u s e st oHo l dCi t i gr o u p' sDi r e c t o r sPe r ‑
s o 7 1 al l yLi ab l efo rFai l i 7 1 gt OMo 7 1 i t o rRi s k sAs s o c i at e dwi t hCi t i gr o up ' sSub pr i me
Ex Do s ur e ,Me t r o po l i t a nCo r po r a t eCo uns e lVo l . 1 7 . No . 5( 2 0 0 9 )a t4 7 .
リスク管理と取締役の責任
2 29
うにす る合理的な情報報告 システムを確保 しようとす ることであ」 り,「従業 員の詐欺叉は犯罪行為を監督 しなかったことと,会社の ビジネス リスクの範囲 を認識 しなか った こ ととの 間には重大 な違 いが存 在す る。」 と して
, Care‑
ma r
k事件判決で述べ られた監督義務 は,社 内の不正行為又は違法行為 を防止 す るための監督 に限 られるとす る。そ して,当該義務 をビジネス ・リス クに拡 張することが,「『過度の』 リス クを監督 しなかったことを理 由に監督責任 を課 す ことは,取締役の経営判断の中心的内容 に対 して裁判所 に後知恵的な評価 を させ ることになる」 と判示 して,経営判断原則 を制約す るもの として捉 えたの だ と考 え られ る39)
。つ ま り, Ca r e ma r k
事件判決以来肯定 されて きた取締役 の内部統制 システム構築義務 を, ビジネス ・リス クにまで拡張 されれば,経営 判断原則が制約 されるとい うことを危倶 した もの と思われる。(4)区別の合理性
しか しなが ら
, AI G
事件判決 とCi t i gr oup
事件判決 について,前者 (社 内 における違法行為 ・不正行為の事例) を取締役の監督義務の問題 として捉 え, 他方で,後者 (社内の リス ク管理の事例) を経営判断の事例 として扱 うことに 合理性があるのだろ うか。 この ような区別に対 してほ,アメリカ学説上,異論 もある。そこで,以下ではデラウェア州衡平法裁判所 によ り採用 された区別の 合理性 について検討 を行 う。[1] リスクの種類 と管理 に関する取締役会の役割