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労災補償と損害賠償との調整   −最高裁判決(平元・四・一一)を素材としてー

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(1)

労災補償と損害賠償との調整

   −最高裁判決︵平元・四・一一︶を素材としてー

柳 沢   旭

    ︵人間科学︶

一 問題の所在と限定

二 事件の概要と争点及び各判決要旨

三 過失相殺と労災保険給付の控除

四 最高裁判決の意義と問題点

一 問題の所在と限定

   労働者が業務上の負傷・疾病・死亡という労働災害を被った場合に︑その労働災害を補償する法制度が労災補償制

  度である︒わが国における労災補償制度は︑現在︑労働基準法の災害補償︵第八章七五条以下︶に定めるものと︑労      

42

@働者災害補償保険法︵以下﹁労災保険法﹂と略︶の二本建の制度から成っている︒2

(2)

41 @ 労基法の災害補償規定がその制定以来︑今日までほとんど変化しなかったのに対し︑労災保険法は四〇回以上の改2  正を経て︑その内容が大きく変化し﹀労災保険法は労災補償制度の総合的立法として制度の中核をなすに至っており︑

  労基法上の災害補償規定は︑ほとんど機能することはないのが実情である︒

   労災保険法を中核とする労災補償制度による補償︵療養・休業︑障害︑死亡︑労働福祉事業︶とは別に︑労働災害

  が使用者あるいは第三者の故意・過失に基づく場合には︑加害者に対し民法上の不法行為責任︑安全配慮義務違反に

  よる債務不履行責任を根拠に︑損害賠償の請求を行うことができる︒

   このように労働災害についての広義の補償は︑労災補償と民事賠償とが併存し︑さらに労基法︑労災保険法による

  法定補償の外に各企業において﹁労災上積み補償制度﹂や私的損害保険制度などのいわゆる法定外補償制度も存在す旭ることから複雑なものとなっている・

   法定の労災補償とは別に︑労働者が労災事故について加害者たる使用者ないし第三者に損害賠償を請求する労災民沢事賠償訴訟はこ九六︒年代後半から増加してきた・労ぷ火民事賠償訴訟が増加したことには︑様々な要因が考えられ

相 るが・民事賠償請求の増大という事情と・労災保険法改正による保険給付の年金化とが同時進行的に展開したことか

  ら︑労災補償と民事賠償との関連について︑あらたな法的問題点が生じることとなった︒       ユ   労災補償と民事賠償との関係でとくに問題として論議︑検討された大きな問題の一つに両者の調整問題がある︒こ

  の問題についての判例法理の定着をもとに︑労災保険法改正による新たな調整規定が設けられ︑さらに︑労働基準法

  研究会は・現行調整規定の問題を指摘し山立法的提言を行っている咋︶労災補償と民事賠償との調整問題は︑現在におい

  てもなお法解釈上も立法論上も︑検討すべき問題点が残されており︑この問題の検討に際し︑労災保険法制度を中核

  とする労災補償制度の性格︑機能についての基本的認識が不可欠となり︑現行制度の法的性格と将来の在るべき制度

  との関連が問われてくるのである︒      二

(3)

      三

   労災補償と民事賠償との調整問題の中にも︑問題の性質を異にする論点が含まれており︑一律に論じることはでき

  ないが︑基底にあるのは労災補償制度をどのようにとらえるか︑という基本的認識であることにかわりはない︒

   最高裁は︑一九八九年に民事賠償との調整問題にかかわる重要な判決を出した︒一つは︑使用者の損害賠償債務の

  履行と労災保険給付請求権の代位取得についての﹁三共自動車第二事件﹂判決︵最一小判平成元四月二七日︶であ   ら   り︑もう一つは︑第三者行為災害の被害者の損害賠償額の算定における過失相殺と労災保険の控除の先後について        の﹁高田建設従業員事件﹂判決︵最三小判平成元四月一一日︶である︒この二つの最高裁判決は︑これまで下級審

整 において見解の対立していた問題についての判決であり︑学説においても見解の一致をみていない問題についての判傭決でもある︒この意味でも右最高裁判決は重要なものであり・民事賠償との調整を考えるうえで両判決の検討は欠か

償 すことのできないものといってよい︒

害  さらに︑民事賠償との調整についての具体的問題事例の解決に際し︑労災補償制度の基本的認識︑すなわち法的性

靴格論のとらえ方がいかに関連するのかど︑つかについて︑具体的に検討するためにも重要な検討対象となる判決とい・つ

舗ことができる︒労災補償の法的性格論とい・つ一見抽象的問題が墾︒賠償請求訴訟とい・つ具体的ケムの解決に際し労 て有する意義について︑ある程度明らかにされることとなろう︒

   以上のことから︑本稿では右最高裁判決のうち︑﹁高田建設従業員事件﹂を検討対象としてとりあげ︑労災補償と

  民事賠償との調整問題の中で︑未だ解決されていないと思われる論点について若干の検討を行いたい︒検討に際して︑

  できるかぎり論点の所在を明らかにするために︑事案と一︑二審判決︑さらに上告理由と最高裁判決並びに反対意見

  について詳細にみておくことからはじめることとする︒

(4)

39

2  一一事件の概要と争点についての各判決要旨

ω 本件事案の持つ意味

   本件は業務災害が自動車追突事故という第三者の行為によって惹起されたものであり︑被災労働者が追突車の運転

  手および所有者に対し損害賠償を請求した事案である︒事件としては︑第三者行為災害の典型的な今日的事例として

  の交通事故による業務上災害に関するものとして︑数多くのケースが存在する︒

   本件最高裁判決が注目されるのは︑労災民事賠償における労災保険給付の控除について過失相殺との先後関係の判旭 断を最高裁が示した点にある︒また多数意見に対して反対意見が詳細な法解釈を展開しており︑この点においても本

  件最高裁判決は検討を要する重要な論点を含み︑労災保険法の今日における法的性格を具体的に検討するためにも︑

  重要な判例として位置づけられるものといえる︒杉  本件最高裁判決を検討するに先立って︑本件事案についての事実関係をみたうえで︑各判決について︑労災保険給

  付と過失相殺との前後関係の判断にポイントを置いて判旨を摘示することにしたい︒

倒事実の概要

原告X︵控訴人︑上告人︶は︑昭和五五年七月二五日午前八時一五分ころ︑普通貨物自動車を運転中に交差点にお

いて被告Y︵被控訴人︑被上告人︶の普通乗用者と衝突した︒

被告▽は乗用者を自己のために運行の用に供していたものであり︑被告Yは乗用者を所有し︑自己のために運行の       四

(5)

  用に供していた︒

   Xは本件事故により全身を打撲し︑打撲傷︑頸椎捻挫︑両上肢不全麻痺等の障害を受け︑又既存の症状に本件事故

  による外力が加わった結果︑本件事故による障害が重度化し︑その治療も長期化せざるをえなかったものである︒

   Xは長期化した治療および症状のため昭和五五年七月二五日から同年九月一八日までの五六日間入院し︑同年九月

  二〇日から昭和六一年四月三〇日まで=二六五日の通院を余儀なくされ︑その間稼動できない状況にあり︑未だ症状

  固定に至ったとは認えないものである︒

整  以上の事実を前提に本件事故によるXの損害について一審判決は次のように認定した︒噛 ω治療費として三〇万円︑②通院費とし三八万九四六四円︑③入院付添費ニハ万八〇〇〇円︑④入院雑費とし

償 て五万六〇〇〇円︑⑤休業損害として︑本件事故がなければXは稼動先の会社から本件事故以後昭和六一年四月末日

害 までに少なくとも一九九七万六七六七円の収入を得ていたものと認められる︒⑥入通院慰謝料として一九〇万円とな

と  る︒

舗 以上︑本件事故によるxの墾︒は︑弁護士費用を除き︑申⑥に認定した二三四九万≡一二円となる︒労  なおXは本件事故に関し次の支払を受けている︒①自賠責保険から治療費として一二〇万円︑②労災保険から本件

        事故以来︑昭和六一年三月までの休業給付金として一〇六七万二八二九円︑③被告Yから一五〇万円︒

      ユ       りん   以上の事実と本件事故についてのX︑Yの過失割合を七対三と認定し︑Y︑Yに対し各自二二四万五二二〇円の支

  払を命じた︒

③ 一審判決判旨

瑚  ω﹁右事実を総合勘案すれば︑本件事故について︑Xに七割︑被告に三割の過失があるものとみるのが相当であり︑

(6)

37 @したがって本件事故によるYらの賠償責任は前項認定の金員の内から次項の労災保険からの給付金一〇六七万二八二2  九円を差引いた一二八一万七四〇二円の三割︑すなわち三八四万五二二〇円となるL︒

   ②さらに︑Xは本件事故に関し前記①︑③の支払を受けていることから︑﹁YらはXに対し︑各自前項の三八四万

  五二二〇円から①︑③の合計二七〇万を差引いた一一四万五二二〇円の支払義務があるというべきであるところ︑弁

  護士費用としては二〇万円が相当であるから︑結局YらはXに対し︑=二四万五二二〇円を支払うべきである﹂︒

④ 二審判決要旨

   一審判決に対しXのみが控訴したところ︑二審は︑Xの過失を六割と認定し︑労災保険給付の控除について控除前旭 相殺説を採用し・Xの損害は全額填補されているとして控訴を棄却した︒

   ω﹁Xに六割︑▽に四割の各過失があるものというべく︑したがって過失相殺としてXの損害額の六割を控除するー のが相当であり︑本件事故によるYらの賠償額は︑前記認定の損害額の四割︑すなわち︑休業損害七九九万七〇六円︑

  その他の損害一五六万五三八五円となる﹂︒

   ②﹁したがって︑前項認定の休業損害七九九万七〇六円は右②の労災保険給付︵休業給付︶︵一〇六七万二八二九

  円︑筆者注︶により︑その他の損害一五六万五三八五円は右①︑③の合計二七〇万の支払により︑いずれも全額填補

  されたものというべく︑Xの本件請求はこの点において理由がない﹂︒

   ③﹁なお付言するに︑労災保険給付︵休業給付︶の趣旨は労災事故による被災労働者の稼動能力喪失に基づく損害

  の填補を目的とするものであるから︑損害賠償の一般法理により︑過失相殺をした後に右給付を控除すべきものと解

  するのが相当である﹂︒

   ω以上︑本件控訴は理由がなく棄却を免れない︒﹁また︑これと異なり一部認容した原判決はその限度で相当でな

      六

(7)

      七

いが︑Xのみが控除した本件において原判決をXの不利益に変更することは許されないところであるLとして︑一審

判決を変更することなく控訴を棄却した︒

㈲ 上告理由と最高裁判決

   Xは二審判決に対し︑同判決が﹁労災保険からの給付額を過失相殺の対象に含めた点は︑判決に影響を及ぼす法令

  違反であり︑破棄を免れない﹂として上告した︒

整  これに対し︑最山ロ同裁は二審判決を維持し︑労災保険給付の控除について︑控除前相殺説を採用することの理由を述備べている︒この多数意見に対し︑原判決は破棄を免れず︑本件を原審に差し戻すのが相当であるとする︑伊嚢判官

償 の詳細な反対意見がある︒舗以下・上告理由・最高裁判決の判旨・反対意見の要旨について順次みていくことにする・

と    一.上告理由

補  上告理由の第一は︑原判決が労災保険給付額を過失相殺の対象に含めたことを法令違反とするものであり︑第二は︑

労 原判決が六割もの過失相殺を行ったことについて経験則違反︑法令違反とするものである︒上告理由第一について︒

   ωXの既受領分の労災保険給付︵本件の場合休業給付︶が過失相殺の対象となるかどうかについて︑一審は損害総

  額から労災保険給付額を控除した後の金額につき過失相殺する﹁控除後相殺説﹂に立つのに対し︑二審判決は損害総

  額につき過失相殺した後で労災保険給付を控除する﹁控除前相殺説﹂に立ち︑両判決は見解を異にしている︒

   被害者に過失がある場合の労災保険給付の控除の問題は︑保険者︵国︶の求償権ないし代位の範囲と表裏の関係に

  あり︑被害者︑加害者︑保険者︵国︶の三者の関係をどう位置づけ︑調整すべきかにある︒

獅  この点について︑控除前相殺説︑控除後相殺説︑差額説の三つの考え方があるが︑﹁控除後相殺説が妥当である﹂

(8)

35

@として︑その理由をあげる︒2   ②控除後相殺説に立つ札幌地裁昭和四八年二月一六日判決を引用し︑被害者の過失に比べ加害者の責任が相当重い

  場合にも︑控除前相殺説に立つと損害賠償額がゼロとなることの不合理性を指摘する︒例えば被害者の過失相殺前の

  損害額一〇〇︑既に支払われた労災保険給付六〇︑被害者の過失割合四割のとき︑一〇〇×○・六ー六〇Hゼロとな

  る︵控除後相殺説によると︵一〇〇ー六〇︶×○・六‖二四の賠償を請求できる︶︒

   前例の場合に︑被災者の全部過失に基づく場合と同様に︑被災者は国からの労災保険給付六〇しか受けられず︑使

  用者に対する責任追及が全くできないというのは不合理であり︑損害賠償請求権のかなりの部分が保険者たる国に移

  り︑被災者の損害のかなりの部分が依然として填補されないまま残されることになる︒旭 本件に関しては・控除前相殺説に立てば・Yらが支払義務を負担する九五五万六〇九二円のうちわずか=ハ%の金

  額しかXはYらに賠償請求できず︑総損害額二三八九万二三一円のほぼ半分に近い一一六五万二〇一七円の支払いが

  受けられないという苛酷な結果となる︒

   ③二審判決の考え方︵控除前相殺説︶をとると︑保険者たる国の求償権だけが大きな額を占めることになるが︑現

  実には求償権が必ずしも常に行使されているわけでなく︑本件の場合も国からの求償権の行使は行われていない︒し

  たがって︑加害者たるYらは︑本来の支払義務額である九五五万六〇九二円のうち一六%にあたる一五六万五三八五

  円を支払うだけで︑責任を免れうることとなり︑不合理さが拡大する︒

   労災保険給付金が損害填補の意味を持ち︑被害者に二重の利得を与えるべきでないので損益相殺は当然としても︑

  保険給付を受けたことのメリットが被害者には殆ど生じず︑逆に加害者のみに生じるというのは背理である︒

   しかも本件は工場内の労災︵使用者行為災害︶と異なり︑勤務中の交通事故︵第三者行為災害︶であり︑加害者は

  労災保険料納付の負担を負うわけでなく︑たまたま被害者が勤務中︵労災保険適用の労働者︶であったというだけで︑

      八

(9)

      九

  Yらが損益相殺以上の利益を受けるのはなおさら不合理である︒

   ω社会保険者は保険事故に対してその発生原因・責任にかかわりなく給付すべきものであり︑保険者の求償権は︑

  被害者の二重利得の禁止と加害者の不当な責任免脱防止のために認められ︑社会保険者の負担軽減の視点は付随的な

  ものにすぎない︒被害者と保険者の利害が対立するような場合には︑二重填補が生じない範囲で被害者の利益を優先

  することが社会保険の趣旨にも︑損害賠償の目的にも合致することから︑控除後相殺説あるいは差額説が合理的であ

  る︒整  ㈲労災保険金は︑自賠責保険と異なり︑被害者にできうる限り完全な補償を政府により与え︑被害者を保護しよう喘とする制度下で給付されるものであって︑加害者より被害者が賠償を受ける限度で補償を呈ようとするものではな

償  い︒被害者は過失相殺により保険給付額を下回る賠償額しか加害者に請求できない場合でも︑保険給付額が低減され

害 る由縁がない︒労災保険給付相当分の損害は︑加害者の賠償すべき額ではなく︑被害者の蒙った損害額をもとに︑消

と 滅させる債権を考慮すべきことになる︵東京地裁昭四六年九月二一日判決における控除後相殺説の根拠︶︒

舗 ⑥控除前相殺説をとる袋的な判例︵大阪地裁昭五九年二月二合︶は︑①労災保険制度の樫.︑目的は被災労働労 者の稼動能力等の財産的損害を填補することにあり二重填補を認められず︑損害賠償の一般法理により︑過失相殺後

  に控除すべきであるとし︑②控除後相殺説では︑被災労働者が死亡した場合とそうでない場合と対比して︑損害賠償

  法理にいて理論的に整合した説明が困難であることを根拠とする︒しかし右二点は︑控除後相殺説の批判として妥当

  しない︒

   ⑦控除前相殺説の根拠とする右①についていうならば︑労災保険制度は被災労働者の損害填補の目的を有するが︑

  それが社会保障的性格を有することを重視しなければならない︵高松高判昭五八年一二月二七日︶︒労災保険給付は

頚 被害者の過失割合の如何にかかわらず︑労災法所定の給付が支給される︒

(10)

33

@ また労災保険を被災労働者の損害の填補のための制度としても︑被災者の損害填補に資するのは控除後相殺説の方2  である︒控除後相殺説をとっても︑加害者は損益相殺の利益を受け︑本来の過失割合をこえて加害者に負担させるも

  のではなく︑民法七二二条二項の趣旨に反するものではない︒

   ⑧控除後相殺説に対する批判の②についていえば︑被災労働者の死亡の場合の遺族補償給付について︑控除後相殺

  説によれば︑相続人が妻と子の場合に︑受給権者でない子の相続分からも控除するのは不合理であるとするが︑受給

  権者でない子の相続分から控除すべきでないのは当然である︒

   控除後相殺説の立場では︑法定相続分から妻についてのみ労災給付金を控除して︑その残額について過失相殺すれ

  ばよく︑損害賠償の一般法理に照らしても︑何ら理論的整合性に欠けることはない︒旭  ⑨被害者に過失がある場合の労災保険給付の控除の問題は・制度趣旨をふまえて・被害者・加害者︑保険者の三者

  間の利害関係をいかに調整すべきかという価値判断にかかるものであり︑具体的妥当性が追求されるべきである︒

 労災法六七条の趣旨は二重取りを許さないというものに過ぎず︑控除前相殺説の決定的根拠となしうるものではな

い︒ 控除前相殺説によれば︑本件事例のような加害者に漁夫の利を与えるばかりで被害者にはほとんど金銭的メリット

がなく法的正義の観念に反することになる︒

 控除後相殺説では︑過失相殺によって保険給付額を下回る金額しか加害者が賠償義務を負担しない場合であっても︑

これによって保険給付額が低減されないという労災保険制度について理論的に整合した説明を与えることが困難であ

る︒  二.最高裁判決判旨

 右の上告理由に対して︑最高裁は﹁原判決に所論の違法はなく︑論旨は採用することができない﹂とし︑上告を棄

      一〇

(11)

  却した︒

   ω労災保険法に基づく保険給付の原因となった事故が第三者の行為により惹起され︑第三者が損害賠償責任を負う

  場合において︑右事故による被災労働者に過失があるため損害賠償額を定めるにつき︑これを一定の割合で勘酌すべ

  きときは︑﹁保険給付の原因となった事由と同一の事由による損害の賠償額を算定するには︑右損害の額から過失割

  合による減額をし︑その残額から右保険給付の価額を控除する方法によるのが相当である︵最高裁昭和五五年一二月

  一八日第一小判廷判決︶﹂︒

整  ②けだし︑労災保険法一二条の四は︑事故が第三者の行為によって生じた場合において︑受給権者に対し︑政府が喘 先に保険給付をしたときは︑受給権者の第三者に対する損害賠償請求権は右給付の価額の限度で当然国に移転し二

償 項︶︑第三者が先に損害賠償をしたときは︑政府はその価額の限度で保険給付をしないことができると定め︵二項︶︑舗﹁受給警に対する第三者の損害賠償霧と政府の保険給付霧とが相互補完の関係にあり亘の事由による損害

と  の二重填補を認めるものではない趣旨を明らかにしている﹂︒

舗③政府が保険給付をしたときは︑右保険給付の原因となった事由と里の事由については︑受給権者が第三者に対労 して取得した損害賠償請求権は︑右給付の価額の限度において国に移転する結果︑減縮すると解される︵最高裁昭和

  五二年五月二七日第三小法廷判決︑同五二年一〇月二五日第三小法廷判決︶︒

   ω損害賠償額を定めるにつき労働者の過失を勘酌すべき場合には︑﹁受給権者は第三者に対し右過失を勘酌して定

  められた額の損害賠償請求権を有するに過ぎないので︑同条一項により国に移転するとされる損害賠償請求権も過失

  を勘酌した後のそれを意味すると解するのが︑文理上自然であり︑右規定の趣旨にそうものといえる﹂︒これと同旨

  の原審の判断は正当として是認することができる︒

23

@ 上告理由第二についても︑論旨は原審の裁量に属する過失相殺の割合の不当をいうものにすぎず︑採用し難く︑原

(12)

31@審の判断は正当として是認できるとした︵ω〜④は便宜上付したものである︑以下も同様である︶︒2    三.反対意見

   伊藤裁判官は︑上告理由第一についての多数意見に反対し︑原判決は破棄を免れないとして︑その理由を詳細に展

  開する︒

   ω労災保険は業務上災害による労働者の負傷︑疾病︑障害又は死亡に対して迅速かつ公平な保護をするため保険給

  付を行い︑併せて被災労働者の社会復帰の促進等を図り︑労働者の福祉の増進に寄与することを目的とするものであ

  り︵法一条︶︑労災保険事業に要する費用は保険料として事業主から徴収され︵法二四条︶︑国庫は右費用の一部を補旭助することができる︵法二六条︶・そして・法三条の二の二は・保険給付を制限する場合を労働者の故意や重大な

  過失により事故を生じさせたときに限定している︒すなわち︑﹁法においては︑使用者の故意過失の有無にかかわら

  ず︑同項の定める事由のない限り︑事故が専ら労働者の過失によるときでもあっても︑保険給付が行われることとし︑

  できるだけ労働者の損害を補償しようとしていることができる︒以上の点に徴すれば︑労災保険制度は社会保障的性

  格をも有しているということができるのである﹂︒

   労災保険法一一条の四第一項の規定は︑多数意見のように解さなければならないものではなく︑﹁労災保険制度が

  社会保障的性格を有し︑できるだけ労働者の損害を補償しようとしていることは︑法一二条の四第一項の解釈にも反

  映させてしかるべきである﹂︒

   労災保険法一二条の四第一項は︑﹁同一の事由による損害の二重填補を認めるものではない趣旨を明らかにしたに

  とどまり︑第三者の損害賠償と実質的に相互補完の関係に立たない場合についてまで︑常に受給権者の有する損害賠

  償請求権が国に移転するものとした趣旨ではないと解することも十分可能である﹂︒

      二

(13)

       一三

   ﹁労働者に過失がある場合には︑政府のした保険給付の中には労働者自らの過失によって生じた損害に対する填補

  部分と︑第三者の過失によって生じた損害に対する填補部分とが混在しているものと理解し︑第三者の損害賠償義務

  と実質的に相互補完の関係に立つのは︑右のうち第三者の過失によって生じた損害の填補部分であり︑したがって︑

  国が取得する受給権者の第三者に対する損害賠償請求権も︑第三者の過失によって生じた損害に相当する部分である

  と解するのが相当である︒このように解すべきものとすれば︑法に基づいてされた保険給付の原因となった事由と同

  一の事由による損害の賠償額を算定するに当たっては︑右損害の額から右保険給付の価額を控除し︑その残額につき

整 労働者の過失割合による減額をする方法によるべきことになる︒法一条の四第一項が事故の発生につき労働者に過失礪があるため第三者に対する損害賠償請求権が損害額よりも少ない場合をも念頭において規定されたものであるとは思

償 われない﹂︒

舗②以上のような見解に対しては・損害賠償の理論からすれば・たまたま労災保険給付があったからと三て賠償の

と 総額が増えるのはおかしいとの批判があるが︑労災保険が純然たる責任保険と異なるものであるから︑労災保険が給

嬬付される場A.と給付されない場△.とで︑受給権者の受領する.﹂とのできる金額に差が生じるのは当然の.﹂とであり労 右批判は当たらない︒

   ③以上のことから︑﹁本件において︑国は︑休業給付のうち︑上告人Xの過失によって生じた損害に相当する部分

  については損害賠償請求権を取得する余地がなく︑第三者である被上告人Yの過失によって生じた損害に相当する部

  分について損害賠償請求権を取得するにすぎないから︑Xの休業損害の額から減縮すべき額は後者に相当する部分に

  とどまるというべきである﹂︒

   ④不法行為による被害者に過失がある場合において︑損害賠償額を定めるにつき︑被害者の過失を勘酌するか否か︑

23

@どの損害につきどの程度勘酌するかは︑諸般の事情を考慮し公平の観念に基づいて決定すべきものであり︑これは裁

(14)

29

@判所の裁量に委ねられている︒2   ﹁裁判所が被害者の過失を=疋の割合で掛酌すべきであると判断した以上︑過失相殺と労災保険給付の価額の控除

  の順序の誤りは法令の解釈適用の誤りに当たる﹂︒したがって︑原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり︑上

  告理由の論旨は理由があり︑原判決は破棄を免れない︒原審は︑Xの未填補損害額が皆無であるとして︑弁護士費用

  相当額につき判断しておらず︑右の点について更に審理を尽させる必要があるので︑本件を原審に差し戻すのが相当

  である︒

旭  三 過失相殺と労災保険給付の控除

沢  ω 労働災害と過失相殺

   高田建設従業員事件︵以下︑﹁本件﹂とする︶は︑業務災害が第三者の行為によって惹起されたもの︵第三者行為

  災害︶であるが︑被災労働者にも過失がある場合の加害者の損害賠償額の確定について︑労災保険給付と過失相殺と

  の関係が争点となった事案である︒この問題は︑事業主の行為によって労働災害が惹起された場合︵使用者行為災

  害︶についても同様に問題となる︒

   労災民事賠償請求権の根拠は︑不法行為と安全配慮義務違反としての債務不履行であるが︑最高裁が一九七五︵昭       フ   五〇︶年に安全配慮義務違反による請求を認めて以来︑債務不履行に基づく判決例が多数を占めるようになった︒債

  務不履行と不法行為との異同︑とりわけ訴訟遂行上の実益については︑その後の一連の最高裁判決の傾向からみて理

  論的にもなお未確定の問題がある︒

       一四

(15)

       一五

   損害賠償請求において被害者にも過失がある場合に︑債務不履行によると責任及び賠償額を定めるについて被害者

  ︵債権者︶の過失を﹁勘酌ス﹂︵民法四一八条︶と定められているのに対し︑不法行為の場合は︑過失を﹁勘酌スルコ

  トヲ得﹂︵民法七二二条二項︶と定められているものの︑過失相殺において両者を区別する必要はなく両者に差が生

      

  じることはないとされている︒労働災害について被災労働者に過失のある場合に︑過失相殺を否定又は制限する見解

     す 

  があり︑この見解は安全配慮義務の法的構成と密接に関連するところでもあるが︑判例︑多数説は過失相殺の適用を

  認めている輪︶労災民事賠償において︑過失の勘酌︑その程度︵割合︶については︑裁判所が具体的事案において諸般

整  の事情を考慮し公平の観念に基づいて決定すべきものであり︑裁判所の裁量に委ねられているといえよう︒裁判所が酬 労働災害の特質を具体的事案に照らして︑どれだけ考慮するかによって過失の認定にも差が出てくることはあり得よ

償 う︒労働災害における過失相殺の適用の可否については︑理論的にもなお検討を要する課題であることにかわりはな舗く労働災害の実態をもふ匡た分析をも必要とするが・本稿では過失相殺することを前提とした問題を対象とする

と ことから︑この問題には立入らない︒戦 ②問題の所在

   労災民事賠償事件において︑損害賠償額から労災保険給付の控除を認める場合︑被災労働者に過失がある場合の損       ︵12︶  害賠償の算定方法について︑従来から見解の対立がみられた︒①労働災害による損害総額に過失相殺をしたあとで労

  災保険給付を控除する見解︵控除前相殺説︑過失相殺後控除説︑以下﹁控除前相殺説﹂とする︶と︑②損害総額から

  労災保険給付を控除した後の残額に過失相殺をする見解︵控除後相殺説︑過失相殺前控除説︑以下﹁控除後相殺説﹂

  とする︶との見解である︒

22

@ この問題は︑本件上告理由にも述べられているように︑単に過失相殺の順序ないし先後の問題ではなく︑保険者

(16)

27

@ ︵国︶の求償権ないし代位の範囲の問題と表裏の関係にあり︑また労災保険給付ひいては労災保険制度の性格をどの2  ようにとらえるかという基本的認識にかかわる問題である︒後者の点は本件最高裁判決における伊藤判事の反対意見

  において述べられているところである︒さらに︑右の問題について︑そのいずれかの見解をとるかによって︑被災労

  働者や遺族が加害者に請求できる賠償額が大きく異なってくることから︑﹁認容額がいくらになるかが終局的な関心      ヨ  事というべき裁判実務において︑これは極めて重要な問題である﹂といえる︒

   たとえば損害額を一〇〇〇︑被災労働者の過失を三割︑保険給付を五〇〇とすると︑①の控除前相殺説では二〇〇

  ︵一〇〇〇×○・七ー五〇〇︶となり︑労災保険給付とあわせて七〇〇取得できるのに対し︑②の控除後相殺説では三

  五〇︵一〇〇〇ー五〇〇︶×○・七11三五〇となり︑労災保険給付とあわせて八五〇を得ることとなる︒またこのケー旭 スにおいて・被災労働者の過失を五割とすると・①では賠償額はゼロとなり・②では二五〇となり・①においては被

  災労働者は︑訴訟の結果︑賠償を得ることができず︑労災保険給付のみを取得することとなる︒被災労働者にとって

  は︑控除後相殺説がつねに有利であり︑被災者の過失割合の大小にかかわらず︑損害賠償額がゼロとなることはない︒

  一方︑加害者の負担すべき損害総額︵加害者に対する賠償額+国から求償を受ける額︶は︑被災者の過失割合を乗じ

  て算出され︑この額自体は固定したものである︒

   本件事案についてみれば︑一審は事故による損害総額から労災保険給付額を控除し︑被災労働者に七割の過失があ

  るとして︑右残額について過失相殺を行い︑さらにすでに支払われている損害賠償額を控除して︑加害者に一三四万

  五二二〇円の支払を命じた︒これに対し︑二審判決は被災労働者の過失を六割とし︑まず損害総額について過失相殺

  を行った後に︑労災保険給付を控除した結果︑本件事故による損害は全額填補されていることから本件請求は理由が

  ないとした︒一審は控除後相殺説の立場によって損害額を算定し︑二審は控除前相殺説によったものである︒両判決

  は損害額算定について見解を異にする︒その理由について︑一審はとくに述べるところはないが︑二審判決は︑労災

       一六

(17)

       一七

  保険給付の趣旨が稼動能力の損失填補を目的とすることから︑損害賠償の一般法理によるべきことを付言している︒

  上告理由は︑控除後相殺説によることが妥当であるとして︑その理由をあげ︑最高裁判決において︑多数意見は控除

  前相殺説によるべきことを判示する︒これに対し︑伊藤判事の反対意見は︑控除後相殺説によるべきとして上告理由

  を認容する︒

   このように本件において︑一︑二審判決︑上告理由と最高裁多数意見︑反対意見にみるように︑控除の方法につい

  ての見解が異なるものの︑いずれの方法によるべきかについての理由は︑各見解の中でほぼ出尽しているとみること

整 ができる︒

調肋  日 判例における控除前相殺説と控除後相殺説

害  損害額算定における過失相殺と労災保険給付の先後関係についての見解の対立は︑労災保険制度の性格︵趣旨︑目

損       ︵u︶

と 的︶のとらえ方の違いによって生ずるといわれる︒労災保険給付の性格について︑損害填補的性格と社会保障的性格

繍のいずれを重視するかにあり前者から控除⊥削相殺説が︑後者から控除後相殺説が導かれるとされている︒労  この点について︑控除後相殺説をとる判例の中で最も詳細にその理由を述べる﹁日産火災海上保険事件﹂︵大阪地

       お   判昭五九・二・二八︶は︑両説について次のようにとらえている︒

   ﹁労災保険給付の控除を過失相殺の前に行うべきか︑過失相殺の後に行うべきかについては︑考え方に争いが存在

  するところであるが︑労災保険給付金の控除を過失相殺の前にすべきものとする考え方︵以下︑﹁控除後相殺説﹂と

  いう︒︶の根拠は︑この給付の趣旨が︑被災労働者にできる限り完全な補償を政府により与え︑保護しようとする制

  度である点及び労災保険金額は︑被災労働者の重過失ある場合に限り減額するとされている点︵労災保険法一二条の

22

@二の二第二項︶にある︒

(18)

25

@ これに対し︑労災保険給付の控除を過失相殺の後に行うべきであるという考え方の根拠は︑この給付の趣旨は労災2  事故による被災労働者の損害の填補を目的とするものであり︑したがって︑損害賠償の一般法理により︑過失相殺の

  後に控除すべきであると考えるところにあるLと両説をとらえる︒

   そのうえで︑労災保険制度の性格について︑昭和三五年以降︑数次の改正の結果﹁労働基準法上の災害補償の責任

  保険としての役割に加えて︑労働者の生活保障の機能をも併有するに至ったということができる︒しかし︑だからと

  いって︑労災保険制度の第一次的かつ基本的性格である労働災害についての災害補償の代行という面が否定され︑ま

  た︑労災保険が被災労働者の損害の墳補のための制度であるということが否定されるいわれはない﹂とする︒

   同判決は︑労災保険制度の性格を﹁労働者の生活保障の機能をも併有する﹂としつつも︑第一次的かつ基本的な性旭 格を被災労働者の損害墳補にあるとする︒そして損害填補としての性格から︑﹁損害賠償法理の一般原則に照らし︑

  他の損害填補と同様に扱うことが要請され﹂ることを理由に︑控除前相殺説を妥当とする︒沢これに対し・労災保険制度を社会保障的性格にお三とらえることの意味は︑基本的には同判決のいうように︑

杉 ﹁被災労働者にできる限り完全な補償を政府により与え︑保護しようとする制度﹂に求めているといえよう︒しかし︑

  被災労働者にできる限り完全な補償をするという目的は︑損害填補的性格からも説明できるのであって︑社会保障的

  性格の具体的内容は︑﹁できるかぎり完全な補償﹂ということを現行法の解釈としてどのように導き出しているのか

  にある︒控除後相殺説によると︑被災労働者の過失割合による賠償額の変化はあるにせよ︑常に賠償額は一定確保で

  きるものであり︑控除前相殺説をとる場合のように︑賠償額がゼロとなることはない︒控除後相殺説の方が労働者に

  とって常に有利である︒このような有利な点も︑できるかぎり完全な補償を与えるということの趣旨に含ませること

  もできよう︒

   ところで︑控除後相殺説をとる裁判例において︑労災保険の社会保障的性格というものを︑どのようにとらえてい

      一八

(19)

      一九

  るのか︑この点についてみておくことにしよう︒       お    ﹁杉田.曽根事件﹂︵高松高判昭五八・=一・二七︶は︑労災保険の社会保障的性格について次のように述べる︒す

  なわち︑労災保険法一二条の二第二項は︑労働者が故意の犯罪行為や重過失により事故を生じたときの給付制限を規

  定し︑労働者の過失による傷害事故については給付の制限を行なわない︒﹁これは︑損害てん補の性格を有する自賠

  責保険と異なり︑労災保険が損害てん補的性格よりも社会保障的性格を強く持っていることを示すものと解される︒

  したがって︑交通事故による損害の一部を労災保険給付によりてん補された被害者に過失相殺事由がある場合︑右の

整 労災保険の社会保障的性格を重視し︑過失相殺は︑保険給付分を控除した残額に対してなすべきものであって︑一部嚇てん補前の全損害に対してすべきものではないと解するのが相当である﹂・労災保険法=一条の四によると・保険給

償 付をした政府の第三者に対する損害賠償請求権の代位行使は︑第三者から過失相殺の抗弁の対抗を受けるのを免れな

害  い︒損       ︵旦傲.豊国交通事件﹂︵東京地判昭四六.九.三︶は︑前掲判決と同じく︑労災保険法≡条の四の規定をもとに︑労

嬬災保険は自賠責保険と異なり︑被災労働者に原則として︑できうる限り完全な補償を政府により与え︑保護しようと労 する給付制度であって︑加害者より被害者が賠償を受ける限度で補償を与えようとするものではなく・被害者が過失

  相殺により︑給付さるべき保険給付額を下回る賠償額しか請求しえない場合でも︑これがために保険給付額は低減さ

  れることはない︑とする︒

   控除後相殺説の理由を︑社会保障的性格に求めつつ︑詳細な理由を述べた最近の判決として︑交通労災事故につき

  道路設置たる草加市に対する損害賠償事件である︑浦和地判昭六丁二三六がある嘱︶同判決は控除前相殺説をと

  らない理由を次のように述べる︒すなわち︑﹁労災保険の制度趣旨は︑労働者が人たるに値する生活を営むための災

22

@害補償につき迅速かつ公正な保護を図るところにあり︑その意味で社会保障的性格を有している﹂︒この制度趣旨を

(20)

23

@反映して労災保険法=一条の二の規定は︑故意の犯罪行為や重過失に基づく場合を除いて︑一般には過失相殺的減額2  を行わないこととしている︒したがって︑﹁控除前過失相殺説を採用すると︑加害者だけが利益を受け︑労災保険に

  おいて重過失を除いて過失相殺的減額を受けないという被害者の利益が害されるおそれがあり︑災害補償の迅速かつ

  公正な保護が図られないことになる﹂︒

   一般の損害保険給付において︑控除前相殺説が採用される理論的根拠は︑いわゆる代位の法理に求めることができ

  る︒しかし労災保険に関しては代位の法理による理解に親しまない︒第一に︑使用者行為災害の場合には︑使用者は

  労災保険関係の当時者であるから︑労災保険給付が支払われても政府が被害者に代位することがないのは当然である︒

  第二に代位の法理によると︑保険給付がなされた場合には︑被害者の加害者に対する損害賠償請求権は右給付額の限旭 度で一括して移転するはずである︒しかし︑労災保険給付は︑損害賠償請求における損害の費目に相当する各種の保

  険給付︵たとえば︑療養補償給付︑休業補償給付など︶が独立性を有しており︑労災民事賠償請求訴訟の中で︑たと沢えば療養補償給付がなされたが・実際の治療費はこれより少ないという場合に︑その差額を逸失利益のような性質の

机 異なる損害費目をも加えた他の損害から控除することは許されない︵最三小判昭五八・四・一九︶︒昭和五五年に新

  設された労災保険法六七条︵労災保険給付と民事賠償との調整規定︶の﹁同一の事由﹂とは︑単に事故の同一性を意

  味するものではなく︑填補内容の性質の同一性をも含む概念と解される︒

   以上のような点は︑﹁代位の法理による理解には親しまず︑むしろ︑損害それ自体が同一性質の内容を有する保険

  給付がなされることによって減縮し︑差し引かれるものと理解するのに適している︒そして︑労災保険の各種給付が

  それぞれ独立の性質を有することに鑑れば︑これを相互に流用する結果を招来する控除前過失相殺説は著しく不当で

  あり︑また前記の労災保険の制度趣旨にも反することが明らかである﹂︒

二〇

(21)

       二一

   以上︑控除前相殺説と控除後相殺説の対立の基底にあるとされる労災保険制度の性格のとらえ方︑すなわち︑損害

  填補的性格と社会保障的性格ということの意味を︑従来の判例の中でみてきた︒労災保険の性格についての損害填補

  的性格を強調する前掲・﹁日産海上保険事件﹂は先に引用した労災保険の性格づけを実質的に裏づける根拠として︑

  労災保険の受給権者に対する第三者の損害賠償義務と政府の労災保険給付義務とが﹁相互補完関係﹂にあり︑﹁同一

  事故による損害の二重填補を認めるものではない﹂ことをあげる︒さらに昭五五年改正による新たな調整規定︵労災

  保険法六七条︶は︑損害の重複填補をできるかぎり避けようとする趣旨からも︑労災保険の損害填補的性格を強調す

整 る︒これに対し︑社会保障的性格を強調する裁判例に共通するのは︑労災保険法一二条の二︑同一二条の四の規定の㈱解釈に基づき︑被災労働者にてぎるだけ完全な補償を呈︑被災労働者を保護︵被災者とその遺族の生活保障︶する

償 ことに︑制度の基本的性格を求めるものである︒そして︑両説とも他の見解をとった場合において生じる具体的事案

害 における問題処理の困難性を挙げ︑そのことによって︑自説の妥当性を補強する︒

と  本件上告理由は︑控除後相殺説に立って︑同様の立場をとるこれまでの判例の見解を整理し︑さらに控除前相殺説

舗からの批判︵前掲﹁日産火災海上事件﹂︶に対し︑批判が当らないことを論証しよ・つとする︒伊藤判事の本件反対意労 見も︑社会保障的性格を強調する従来の判例の基本的立場を支持し︑労災保険制度の社会保障的性格を︑労災保険法

  一二条の四第一項の解釈に反映させるべきとする︒

   これに対し︑本件最高裁判決は控除前相殺説をとり︑最高裁判決としてはじめてその理由を述べるが︑最高裁判決

  の論理について︑従来の判例︑学説の中でどのように位置づけることができるのか︑果してその論理は妥当なものか

  どうか︑以下検討を加えることにしたい︒

(22)

四 本判決の意義と問題点

H 本件最高裁判決の意義

      お    最高裁は︑﹁鹿島建設・大石塗装事件﹂︵最一小判昭五五・一二・二八︶において︑事案は使用者行為災害に関する        サ  ものであるが︑控除前相殺説に立って事案を処理していた︒しかし同事件において︑過失相殺と労災保険給付控除の

  前後関係については︑上告理由とされておらず︑この問題についての判断を示していなかったため︑先例とはいえな旭いものであった・したがって同最高裁判決の控除前相殺説を前提とした事案の処理が・下級審にどれだけの影響を及

         ぼしたか否かは判然としないが︑下級審の実務の大勢は控除前相殺説を採用しているとの分析がある︒沢本件最高裁判決は・右判決を引用しつつ控墜削相殺説が妥当であるとする︵判旨O︶・まずこの点についていえば・

  最高裁は使用者行為災害についても︑第三者行為災害においても︑控除前相殺説をとることを判示したものである︒

  続いてその理由を述べるのであるが︑判決のあげる理由は︑第三者行為災害に関する理由づけであり︑使用者行為災

  害の場合についてどのように理由づけるかは︑本判決から直ちに導き出すことはできない︒この点については︑本判

  決の理由をいかにとらえるかにかわるところであって︑判決理由の中に使用者行為災害と共通する理由が含まれてい

  るかどうかによる︒

   本判決が控除前相殺説をとる理由としてあげるところは︑上告理由を否定するにしては︑あまりにも簡単すぎる感

  は否めないものの︑次の点にある︒すなわち︑労災保険法一二条の四の規定は︑受給権者に対する第三者の損害賠償

  義務と政府の保険給付義務とが相互補完の関係にあり︑同一の事由による損害の二重填補を認めるものではない趣旨

       二二

(23)

       二三

  を明らかにしている︵判旨○︶︒受給権者の第三者に対する損害賠償請求権が減縮する根拠は︑右規定により労災保

  険給付の価額の限度で被害者の損害賠償請求権が国に移転することにある︵判旨日︶︒過失相殺については︑受給権

  者は過失を勘酌して定められた額の損害賠償請求権を有するに過ぎず︑労災保険法一二条の四第一項により国が取得

  する損害賠償請求権も過失相殺後のそれと解するのが︑文理上自然であり︑右規定の趣旨にそうものである︵判旨

  四︶︒

   本判決における右理由は︑労災保険の損害填補的性格を強調し︑控除前相殺説をとる前掲﹁日産火災海上保険事

整 件﹂と同様であり︑労災保険と損害賠償とが一定の範囲で同一の損害ととらえられ︑両者が相互補完関係にあり︑損傭害の重複籍を認めないという理論を前提としている︒これは最高裁判例として確定してお㌧.判例として確立され

償 た理論を確認したものである︒労災保険給付が支給された場合に︑これと損害賠償との調整を認める実質的理由とし

害 て︑労災保険給付は﹁損失填補の性質をも有する﹂ことに求めるものであった︒それゆえ︑この実質的理由とは別に︑

と 両者が調整され︑損害賠償請求権が減縮する根拠は別に求められる︒使用者行為災害については︑労災保険法六七条

繍亘の新しく設けられた規定を除いて︑両者を調整する規定は存在しないが︑その根拠を労基法八四条二項の類推適労 用に求め︑第三者行為災害については︑労災保険法一二条の四の規定に求めたのである︒

   本判決は︑労災保険法の性格に言及することなく︑控除前相殺説の根拠を︑同一の損害についての重複填補は認め

  られず︑労働者の損害賠償額は過失相殺後のそれであり︑第三者行為災害の場合に国が取得する賠償請求権も同様と

  する︒要するに︑労災保険給付が損害填補の性質をも有することが認められる以上︑過失相殺については︑損害賠償

  の一般法理によると判断したものとみることができる︒そして︑この理由は︑本件における第三者行為災害について

  のみならず︑使用者行為災害についても妥当するものとなる︒労災保険給付と損害賠償とを調整する実質的理由が同

22 @ 一であり︑その法的根拠について︑使用者行為災害と第三者行為災害とでは異なるに過ぎないからである︒

(24)

19@ 本判決は労災保険の法的性格論に言及していないが︑最高裁の法的性格のとらえ方は二面的であり︑事案の性質に2       ま  応じて損失填補あるいは生活保障のいつれかの性質にもとついて判断しているとみることができる︒そうであるとす

  ると︑本判決は労災保険の損失填補としての性格にもとついて判断したものであろう︒労災保険の法的性格論をおく

  としても︑本判決の控除前相殺説をとる理由は︑あまりにも形式的かつ単純すぎて︑その趣旨を一般的法理として理

  解し難く︑判例法理として今後とも事案を超えて妥当すべきかについては疑問である︒上告理由およびそれを容認す

  る伊藤反対意見に対し︑何ら納得できる論理を提示していないと思われるのである︒

口 本件最高裁判決の問題点

旭  本判決は・これまでの下級審判決の対立した重要な論点について・判例法理の統一を図るには・その理由づけがあ

  まりにも簡単かつ形式的な感を免れず︑とくに控除前相殺説からの批判について全く納得できる理由を示していない

  ということができる︒そこで本判決の問題点について︑控除後相殺説の理由と関連づけて検討することにしたい︒

   控除後相殺説の理由とするところは︑労災保険法の性格︵趣旨︑目的︶を︑被災労働者にできるかぎり完全な保障

  を行うことにより︑被災労働者およびその家族を保護する制度であることに求める︒これを労災保険の社会保障的性

  格ととらえ︑その根拠として︑労災保険給付は被災労働に重過失のある場合に限り減額されること︑被災労働者の過

  失は受給権に影響しないことをあげる︵労災保険法一二条の二︶︒控除後相殺説が常に被災労働者にとって有利であ

  るという点も︑できる限り完全な補償を行うという趣旨︑目的に合致するものととらえられる︒控除後相殺説をとる

  従来の判例︑本件上告理由とそれを容認した伊藤反対意見も︑以上の点では共通するものがある︒そして労災保険給

  付の社会保障的性格を現行法の解釈に反映させようとするものである︒この点で︑労災保険制度の社会保障的性格を

  労災保険法一二条の四第一項の解釈に反映させるべきとする︑本件における伊藤判事の反対意見は重要な問題を提示

       二四

(25)

二五

  する︒

   すなわち︑第三者に対する保険者︵国︶の求償権を規定した右規定は︑労災保険給付と相互補完関係にある第三者

  の損害賠償義務について︑同一の事由による損害の二重填補を認めないとするにとどまり︑実質的に補完関係に立た

  ない場合についても︑受給権者の有する損害賠償請求権が国に移転するものとした趣旨ではない︒労働者に過失のあ

  る場合の労災保険給付には︑﹁労働者自らの過失によって生じた損害に対する填補部分﹂と︑﹁第三者の過失によって

  生じた損害によって生じた損害に対する填補部分﹂とが混在している︒この場合に︑実質的に相互補完関係に立つの

整 は︑第三者の過失によって生じた損害に対する填補部分である︒したがって︑国が取得する受給権者の第三者に対す㈱る損害賠償請求権は︑実質的に相互補完関係にある第三者の過失によって生じた損害に相当する部分となる︒

償  このように解すると︑損害賠償額の算定に当っては︑損害額から労災保険給付額を控除し︑その残額につき過失相

害 殺する方法をとるべきであり︑国は被災労働者の過失によって生じた損害に相当する部分については損害賠償請求権

と を取得する余地はないとする︒

補  右見解における労災保険法一二条の四第一項の解釈は︑同規定は事故の発生について労働者に過失があり︑第三者

労 に対する損害賠償請求権が損害額より少ない場合を念頭において規定されたものでなく︑この場合にはそのままで適

  用されないとの見解をとるものである︒この解釈によれば︑政府は保険給付の価額の限度で損害賠償請求権を取得す

  るが︑右価額全額ではなく︑右価額のうち被害者が加害者に対して請求できる部分についてであるとするものであ

    お   る︒そうすると︑被害者に過失のある場合には︑右価額のうち被害者の過失割合に相当する部分について︑被害者は

  加害者に損害賠償請求することはできず︑政府は給付額のうち加害者の過失に対応する部分についてのみ被害者の損

  害賠償請求権を取得すると解されることとなる︒この点で多数意見の解釈とは異なっているのである︒

21 @ そして︑労災保険法一二条の四第一項についての︑本判決と反対意見との相違は︑損害発生につき被害者に過失の

(26)

17@ある場合に︑労災保険に対応する損害のうち︑被害者過失部分について終局的に誰の負担とするかという問題となる︒2         控除前相殺説と控除後相殺説との本質的相違は︑この点にあるとみることもできるのである︒控除前相殺説は︑被害

  者過失部分の負担を被害者本人の負担とするのに対し︑控除後相殺説は︑これを保険者︵国︶の負担とすることにな

  る︒両説の相違を右のようにとらえるならば︑労災保険給付の性格を損害填補とみるか社会保障的なものととらえる

  かによって︑直ちに問題が解決できるわけではないといえる︒労災保険の損害填補的性格を重視することが直ちに控

  除前相殺説に結びつくものではなく︑また︑社会保障的性格を有することから︑直ちに労災保険給付と実質的に相互

  補完関係にある加害者の損害賠償義務が導き出されるわけでもない︒この点は本件反対意見も認めるところである︒

   労災保険制度の性格から直ちにこの問題について︑いずれの説が妥当であるかの結論が導き出されるものではない旭 とすると・問題の解決にあたって必要とされるのは・労災保険給付と損害賠償との間で相互補完関係にあるとされる

  場合に︑被害者の過失によって生じた損害に対する填補部分についての負担の方法についてであろう︒労災事故によ

  り生じた被災者の損害を︑終局的に加害者︑保険者︵国︶︑被災者の三者にそれぞれどれだけ負担させるかの﹁政策初      ︵25︶  の選択の問題﹂である︒本件最高裁判決は︑控除前相殺説をとることによって︑被害者過失部分の損害を被災者の負

  担とする︒この見解を採用すると︑労災保険給付と相互補完関係にない損害賠償部分についても︑控除を認める場合

  が生じることとなり︑労災保険給付と損害賠償とが=疋の範囲で同一の損害と認められる︵相互補完関係にある︶場

  合の重複填補は許されないとする判例法理と抵触することになりはしないであろうか︒本判決の理由は︑この点の問

  題点について何ら触れるところはないが︑ここに本判決の問題があると思われるのである︒

二六

参照

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