権力と結びつく野生性 : 鵜飼文化から考える
著者 卯田 宗平
雑誌名 民博通信 Online
巻 167
ページ 10‑11
発行年 2021‑03‑31
URL http://doi.org/10.15021/00009686
権力と結びつく野生性
―鵜飼文化から考える
文・写真
卯田 宗平
共同研究 日本列島の鵜飼文化に関する T 字型学際共同アプローチ
―野生性と権力をめぐって
(2020-2022年度)問題意識
本共同研究の目的は、日本列島の鵜飼に関わる新たな事例 を比較検討し、それらの事例を整理することで鵜飼文化の全 体像を明らかにすることである。
鵜飼とはウ類(ウミウやカワウ)を利用して魚を捕獲する 漁法である。筆者はこれまで中国各地の鵜飼をおもな対象に、
その技術や知識、漁師たちの生計維持、物質文化に関わる民 俗学的な研究を続けてきた。本共同研究は、筆者によるこれ までの研究経験を踏まえ、個人では扱い切れなかった多分野 の事例をその専門家とともに分析の俎上にのせ、日本の鵜飼 文化を包括的に捉えることが狙いである。
本共同研究が対象とする日本列島の鵜飼は、1300年以上 の歴史があるとされる。民俗学者による戦後の全国調査によ ると、かつては国内100か所以上でおこなわれていた(可 児 1966: 110)。各地の鵜飼は、観光を目的としたものだ けでなく、淡水魚を捕獲して販売する生業活動としても続け られていた。その後、生業としての鵜飼は高度経済成長期に おける河川の水質汚染や冷凍保存技術の発展による海水魚の 流通拡大などの影響により衰退した。いまでは漁獲物の販売 をともなわない観光鵜飼のみが残っている。こうした日本の 鵜飼に関しては、自治体による地方史などに断片的な記録は あるものの、いずれも事例記述的であり、各地の事例を体系 的に分析したものはなかった。そこで、筆者はこれまで統合 的に問われることがなかった日本の鵜飼をまとめて明らかに しようと考えた。
3つのアプローチで捉える
本共同研究では、前述の通り鵜飼に関わる事例を検討する。
その方法論は大きく3つのアプローチからなる。
第1は、鵜飼に関わる造形や文献史料、絵画、俳句や短歌 などを通時的な視点で捉えるアプローチである。具体的なテ ーマとして、日本絵画史のなかの鵜飼(水野裕史・筑波大学)、
文献史料に記された鵜飼(小川宏和・武蔵野美術大学)、埴 輪造形にかたどられた鵜飼(賀来孝代・毛野考古学研究所)、
美術作品に描かれた鵜飼(三戸信惠・山種美術館)、俳句な どに謳われた鵜飼(篠原徹・滋賀県立琵琶湖博物館)、鵜飼 装束の構造とその歴史変化(夫馬美香子・岐阜大学)、鵜匠 制度の成立とその変容(筧真理子・犬山城白帝文庫)、長良
川鵜飼の歴史と権力者との関わり(大塚清史・岐阜市歴史博 物館)である。このアプローチでは、かつて描かれたり、か たどられたり、記されたり、謳われたりした鵜飼を対象に、
その表象の歴史的な特徴と変容を明らかにする。
第2は、各地の鵜飼に関わる民俗技術や知識、社会組織、
物質文化、観光化などを共時的な視点で捉えるアプローチで ある。具体的なテーマとして、鵜舟の構造とその地域性(今 石みぎわ・東京文化財研究所)、鵜飼用具の構造(石野律子・
神奈川大学)、生業としての鵜飼の技術(葉杖哲也・広島県 立歴史民俗資料館)、鵜飼における観光化のプロセス(瀬戸 敦子・岐阜女子大学)、地方自治体による支援と地域差(松 田敏幸・宇治市役所)、徒歩による鵜飼の技術(宅野幸徳・
日本民具学会)、博物館の展示事業からみた鵜飼(河合昌美・
岐阜市長良川鵜飼伝承館)である。このアプローチでは、各 地の事例を比較検討し、国内の共通性と地域性を導きだす。
第3は、ウ類の生態や捕食される魚類の行動特性、鮎鮓の 食品栄養などに関わる自然科学的なアプローチである。鵜飼 が成りたつ条件を考える場合、飼育下のウ類の慣れやすさや 耐性、漁に適した行動特性の獲得といった側面を無視できな い。これらはいずれも鳥類生態学の知見が求められる。くわ えて、ウ類に捕食される淡水魚の生態や行動も検討する必要 がある。さらに、鵜飼で獲れたアユは古くから鮎鮓としてふ るまわれてきたが、その栄養やその保存性についてもわから ないことが多い。そこで本共同研究では、鳥類生態学や魚類 生態学、食品栄養学の専門家による研究も進めることにした。
具体的なテーマとして、ウミウとカワウの生態からみた鵜飼
本共同研究の3つのアプローチ
ウ類の生態 魚類の生態 鮎鮓の栄養学
鵜飼用具、鵜舟造船 徒歩鵜飼 、生業鵜飼 海外文献 、自治体支援 展示事業
埴輪造形、文献史料 絵画史 、美術作品
日本列島の鵜飼文化
共時的なアプローチ 自然科学的なアプローチ
通時的なアプローチ
俳句短歌、鵜飼装束 鵜匠制度、長良鵜飼史
1 0 | 民博通信 Online No.3 | 2021
Start up
卯田宗平(うだしゅうへい)
国立民族学博物館人類文明誌研究部准教授。専門は環境民俗学、日 本・東アジア地域研究。著書に『鵜飼いと現代中国―人と動物、国 家のエスノグラフィー』(東京大学出版会 2014年)、論文に「旧ユ ーゴスラヴィア時代における鵜飼い漁の技術とその存立条件」『国立 民族学博物館研究報告』45(1): 1-80(2020年)などがある。
(亀田佳代子・滋賀県立琵琶湖博物館)、魚類の行動特性から みた鵜飼(井口恵一郎・長崎大学)、鮎鮓の食品栄養とその 保存性(堀光代・岐阜市立女子短期大学)である。本共同研 究では、これら3つのアプローチから鵜飼文化を明らかにする。
鵜飼研究を通して明らかにすること
本共同研究は、以上のアプローチによって日本列島の鵜飼 文化の全体像と地域固有性を、筆者がこれまでおもに研究し てきた中国の鵜飼との対比を考えながら明らかにすることを 目的にしているが、その際、「野生性」と「権力」を分析の 切り口にする。ここでいう野生性とは、野生種がもつ性質に くわえ、その種が本来もっているであろうと人びとが考える 性質も含む概念である。
本共同研究において、これら2つを切り口とするのには理 由がある。それは、日本の鵜飼では過去より野生のウ類を利 用しており、かつ、ときの権力者の庇護のもとでも続けられ てきたからである。こうした事例は中国の鵜飼においてみら れない。具体的にいえば、日本の鵜匠たちはこれまで野生の ウ類を捕獲し、それを飼い慣らして利用してきた。日本にお いて鵜匠たちが飼育下でウ類を繁殖させたという記録はない。
2014年に宇治川の鵜飼で飼育していたウミウが産卵したが、
これも鵜匠たちが予期した結果ではなかった。
一方、中国の鵜飼ではカワウを完全にドメスティケート(生 殖介入)している。中国で鵜飼に従事する人たちは、カワウ が繁殖期を迎えるとペアを選抜し、産卵させる。そして、孵 化させ、雛を育てて利用する。中国において野生のウ類を利 用しているという事例はない。このように、日中両国の鵜飼 において生殖介入に違いが生じる理由はわかっていない。そ こで、本共同研究では日本各地の鵜飼を、通時的/共時的、
文系/理系の枠組みを超えて検討することで、生殖に介入し ない動機を探ってみたいと考える。
もうひとつの切り口は権力である。日本の鵜飼は江戸時代 よりときの権力者の庇護のもとでも続けられてきた。たとえ ば、尾張藩と長良川鵜飼、秋田藩の佐竹氏と角館鵜飼、三次
藩の浅野氏と三次鵜飼、越前藩と疋田鵜飼などである。多く の場合、各地の鵜匠たちは藩主や大名に鮎鮓を献上し、その 見返りとして河川利用の特権が保証されていた。一方、中国 の鵜飼では権力者とのつながりがまったくない。中国の鵜飼 はいまでこそ観光を目的としたものもあるが、ほとんどは権 力と無関係に生業として続けられてきた。鵜飼と権力との関 わりに違いが生じる理由もわかっていない。
これらの疑問は本共同研究において議論していくが、いま のところ野生性と権力は結びつきやすいのではないかと考え ている。すなわち、猛禽類などの荒々しい野生動物を手なず ける能力があること、あるいはその能力をもつ人間(鵜匠や 鷹匠など)を管理下におく力があることを社会に広く知らし めることが、権力の誇示に結びつくと考えられていたのでは ないだろうか。逆に、中国の鵜飼ではカワウを完全にドメス ティケートしており、そこで飼育されている個体は野生性が 削ぎ落されて荒々しくない。ゆえに、みずからの力を広く示 したい権力者との結びつきが弱いのかもしれない。こうした 解釈も含め、本共同研究では権力と結びつく野生性という観 点から日本の鵜飼の特徴を検討してみたいと考えている。
引用文献
可児弘明 1966 『鵜飼―よみがえる民俗と伝承』東京:中央公論社。
中国では漁師たちがカワウを雛の段階から育てて漁で利用する。写真は 飼育下の親鳥が雛に餌を与えているところ(2018年、中国雲南省大理 白族自治州)。
日本の鵜飼は夜間に篝火のもとでおこなわれることが多い。写真は京都 府宇治市の宇治川の鵜飼のようす(2014年)。
1 1 日本列島の鵜飼文化に関する T 字型学際共同アプローチ―野生性と権力をめぐって(2020-2022年度)
共同研究