アチック・ミューゼアムの足どり : 収蔵原簿の分 析から
著者 中村 俊亀智
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 8
号 3
ページ 587‑611
発行年 1983‑12‑19
URL http://doi.org/10.15021/00004448
中村 ア チ ッ ク ・ミ ュー ゼ ア ム の足 ど り
ア チ ッ ク ・ ミ ュ ー ゼ ア ム の 足 ど り 収 蔵 原 簿 の 分 析 か ら
中 村 俊 亀 智 *
An Statistical Analysis of the Attic Museum Collection
Shunkichi NAKAMURA
The Attic Museum was founded in 1921 by Keizo Shibusawa.
It was one of the first ethnological museums in Japan.
Shibusawa and his followers collected the folk tools and utensils of Japan, Sakhalin, Korea, China and Micronesia, and in particular foot-wear, clothing, farming tools, fishing imple- ments, basketry and toys. His collection amounted to ca.
12000 specimens in 1937.
In this article indicate the tendency of inventory-accumula- tion by statistical analysis.
1.報 告 の 主 旨 9. 目録作 成 ま で
皿.全 体 的推 移 IV, AM の 3時期
1 . 報 告 の 主 旨
ア チ ッ ク ・ ミ ュ ー ゼ ァ ム (以 下 A M と い う) は , 1921年 , 渋 沢 敬 三 氏 を 中 心 に 結 成 さ れ た 研 究 団 体 で , そ の 活 動 は 1937年 , 日本 民 族 学 会 な らび に 日本 常 民 文 化 研 究 所 に ひ き つ が れ る ま で , お よ そ 16年 間 つ づ け ら れ た 。
そ の 足 ど り と我 が 国 民 族 学 の 発 展 に しめ る 役 割 に つ い て は , こ れ ま で や や 詳 し く紹 介 さ れ て き た [石 田 1960: 1404−1405; 宮 本 .1973: 7−−18] が , そ の 彪 大 な 刊 行
*国立民族学博物館第 5研究部
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国立民族学博物 館研究報告 8巻 3号 物以 外 1), そ れ を客 観 的 に裏 づ け るよ うな 資 料 とな る と, これ ま で ほ とん ど 明 らか に さ れ て い なか った とい って よ い。
この報 告 は AM が の こ した収 蔵 台 帳 (『民 具標 本収 蔵 原 簿 』 10冊 , 現民 族 学 振 興 会 所蔵 , 以 下 原 簿 とい う)の 分析 を とお して ,AM の民 具収 集 か らみ た 足 ど りを追 った もの で あ る。
原 簿 は, 部 分 的 に記載 の や り方 が ちが い ,記 事 に精 粗 が あ り, また ほ とん ど誤 記 と 思 わ れ る所 も あ り, そ の ま ま で は AM 民 具収 集 全体 の移 りゆ きを 推 しは か る材 料 と はな りえ な い。 そ こで こ こで は , 何 時 , ど こか ら, 誰 によ って 何 が (何 の民 具 が)
AM に もた らされ た か を 示 す事 項 を書 きだ し, 電 算 処 理 に よ って一 種 の編 年 体 収 蔵 目録 を つ く り, そ こか ら全 体 の流 れ を うか が う素 材 を と りだ そ う と試 み た 。
H. 目 録 作 成 ま で
原 簿 に登 載 さ れて い る民 具 の数 は21,000点余 。 そ の なか に は AM の仕 事 を 引 きつ いだ 旧 財 団法 人 日本 民 族 学協 会 附属 民 族 学 博 物館 収 集 の分 が 含 ま れ る ので , こ こで は AM 収 集 民 具 の主 要 部 分 とな った 収 蔵番 号 10,000番 ま で の分 を と りあ げ た 。 原 簿 は 1頁 5点 ず つ 記 入 され るよ うにつ くられ ,各 欄 は上 中下 3段 。 上 段 に収 蔵 番 号 , 中 段 は標 準 名, 地 方 名 ,分 類 番 号 , 採 集 地 (字 名 ま で), 採 集 者 名, 寄 贈 者 名 , 採 集 年 月 日,収 蔵 年 月 日 にわ か れ, 下 段 は備 考 とな って い る。 そ の う ち分 類 番 号 は慎 重 を き して つ い につ かわ れ ず ,備 考 欄 に はそ の 民 具 の使 い方 ,作 り方 , 言 い伝 え な ど が摘 記 され る こ とに な っ て いた 。
こ こで は編年 体 目録 づ くり のた め の一 覧 表 形 式 の原 稿 を, 記 事 の精 粗 と もに らみ あ わせ て , つ ぎの要 領 で書 きぬ いた 。
(a) い つ 原 簿 で はそ の 民 具 が い? 集 め られ た か, それ が い っ AM の収 蔵 す る と ころ とな った か を示 す採 集 年 月 日 と収 蔵 年 月 日 とが 明 記 さ れ る こ と にな って い る。 し か し, こ こで はい つ誰 に よ って 何 が AM に もた らされ た か の お お よそ が 必 要 な の だ 1) 「終 戦 後 の理 事 長 (日本 民 族 学協 会 理 事 長) 渋沢 敬 三 は, つ と にア チ ック ・ミューゼ ア ム とそ
の附 属 研 究 所 とを 邸 内 に もうけて , 日本 に お ける民 俗 学 ・民族 学 博 物館 の先 鞭 をつ け る と と も に ,多 くの研 究 者 を養 成 ・援 助 され た 。」 [石 田 1960:1405] AM の 出版 物 の一 部 分 は今 日,
三 一 書 房 版 日本 常 民 文化 研 究 所 編 r日本 常民 生 活資 料叢 書 』 全24巻 に お さめ られて い る。 と く に第 1巻 民 具篇 , 第 9巻 東 北 篇(2),第 10巻東 北 篇 (3),第 11巻 関東 ・北 陸 篇(1), 第 21巻 中国 ・四 国 篇(2),第 24巻 九 州 ・南 島篇 , そ れ に第 14巻 中部 篇 に は民 具 研究 にか か わ り深 い 著作 が含 ま れ て い る 。高 橋 文太 郎 氏 の都 下 保 谷地 域 や 秋 田 マ タギ の調 査 資 料 ,吉 田三 郎氏 の秋 田県 男 鹿 地 方 の 2つ の注 目すべ き記 録 (『男 鹿 寒 風 山麓 農民 手 記 』,『男 鹿 寒 風 山麓 農 民 日録 』),秋 田 県 角 館 町 で の武 藤 鉄 城氏 ,鹿 児 島 県喜 界 島 の岩 倉 一郎 氏 の 聞 きが き もそ こに含 ま れて い る。
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中村 ア チ ッ ク ・ミ ュー ゼ ア ム の足 ど り
か ら, そ れ に月 日 の記 入 が な い もの も多 い ので , と りあ え ず収 蔵 年次 の み を と りあ げ た 。
収 蔵 年次 が記 さ れ て いな い もの で も前 後 の書 きぶ りか ら, それ を 推 定 す る こ とが で き る もの が す くな くな いが , こ こで は確 実 さを 重 くみ て ,推 定 は さ しひ か え る こ とに した 。
(b) ど こで AM で は,一 貫 して, そ の民 具 が ど こで使 わ れた か が と りあ げ られ
,た。 AM の収 集 方 式 で は, 標 本 資料 と して の民 具 はそ れ を使 って い る人 か ら も らい うけ るのが 原 則 だ った か ら, 使 わ れ た 場所 (使 用 地 ・所 用 地) は た いて い採 集 地 に一 致 した。 民 具 研究 に あ る程 度 の見 通 しが た った の ち, ま だ 使 わ な い民 具 を 店 頭 や作 っ
て い る人 か ら直 接 買 う方 式 が と られ た が, そ の場 合 , そ の民 具 の広 が り (分布 ) や 由 来 に つ いて の聞 き と りが重 視 され た 。
原 簿 で は都 道 府 県 名 の み 明 らか で 市 町 村 名 な い し字 名 が定 か で な い場 合 , 後 の調 査 にゆ だ ね る こと もあ った ら しい が2), こ こで は最 大 公 約 数 的 に都道 府 県 名 のみ を と り あ げ た。 な おそ の た め に 国外 の分 まで 含 め て 2桁 の コー ドを 用 意 した。
(c) だれ が 原 簿 で は 採 集者 (収 集 者 ) 名 と寄 贈 者 名 につ いて の欄 が あ る が, 標 本 資料 と して のそ の 民 具 に価 値 を み いだ し, それ を AM に送 り とど け た と い う意 味 で , こ こで は採 集 者 名 の み を と りあ げ た。
あ る人 が あ る年 , あ る場所 で ど の よ うな 民 具 を どの く らいま とめ て収 集 した か につ いて も注意 した。
(d) な にを ,な ぜ 原 簿 記 載 の標 準 名 (標 準 的 名 称 ・一般 的 名称 ) に は, い ま で は たや す く実体 が思 い うか ばな い もの ,表 現 の難 解 な もの もす くな くな い 。 そ こで,
こ こで は思 い切 って親 しみ や す い 名前 に か え る こ と に した。 な お こ こで は 国外 の資 料 の場 合 も考慮 して訓 令 式 ローマ 字 表 記 を と り, 地 方 名 (呼 び 名) は は っ き りわ けて 記 入 す る こ と に した。
以 上 を も とに して, と りあ え ず 記 憶 を た よ りに して分 類 コー ド (2桁 の数 字 ) を 与 え て み た (附 表 5A)。 分類 コー ドは いわ ゆ る AM 民 具 分 類 (1930年 当時 に民 具 を 定 義 した際 の 外延 的定 義 と して の べ られ て い る もの [AM 1936:1−12])を もと に した 。 本来 な らひ とつ ず つ 実 際 に民 具 に あた って 確 か め な が ら番 号 を あ た え な け れ ば な らな い は ず だ った が , 原簿 には1938年 以 前 す で に所 在 不 明 に な って い る もの もあ り, 別 に 照合 作 業 もす す ん で い るの で, こ こで はい ちい ち標 本 に は 当 らな か った。 した が って 2) 同 じ態 度 は年 月 日や 名前 につ い て もと られ た 。民 博 で は情 報 カー ド記 入 の 際 ,推 定 の 欄 を も うけ ,記 入 者 の責 任 に お いて 出来 る だ け, わ か る だけ , と りあ え ず年 月 日や 名前 や 土地 の名 を 記 録 にの こす方 法 が と られて い る 。
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国立民族学博物 館研究報告 8巻 3号 こ こで の分 類 は あ くまで もひ とつ の 目安 , 暫 定 的 な もので あ る。
ここで は分 類 番号 はひ とつ の 民 具 に つ い て ひ とつ 。 い わ ゆ る分 類 の 重複 は しな い こ とに した 。AM で は た とえ ば年 中 行 事 につ かわ れ る履 物 で も, そ の履 物 と日常 の 履 物 との形 態 上 技 術 上 の異 同を 明 らか に す るの に便 利 な よ うに, 年 中行 事 の項 に はい れ ず 衣 食 住 に係 る民 具 の項 に と りあえ ず い れ て い る こ とが す くな くな いの で , こ こで もそ
う したや り方 を ま ね てみ た 。
原 簿 に は民 具 の ほか武 器 ・武 具 の 類 ,若 干 の機 器 類 ,絵 画 や文 書 の 類 写 真 , 模 型 , 動 植 物標 本 な どが 含 ま れ て い る。 こ こで は一 括 して そ の他 の項 に いれ た 。
この よ うな方 針 に も とつ いて 入 力 原 稿 を つ く り, 収 蔵 年次 順 採 集 地 都 道府 県 別 採 集 名 ABG 順 , 標 準 名 ABC 順 , 呼 び 名 ・分 類 コー ド併 記 の 目録 をつ く り, さ らに収 集 が 年 ご とに ど の地 方 に広 が って い った か (附 表 1,附 表 2,附 表 3), 国 内 に つ いて 年 ご と にど の よ うな民 具 が集 め られ たか (附 表 4) を ま と めて み る と本 文 末 の 表 が え ら れ た 。 研究 の深 ま りはあ る程 度 まで 資 料 集 め の 量 に反 映 し, 資料 の集 積 は研 究 の深 ま りに役 だ つ もの とす れ ば, これ らの 表 か ら AM の民 具 硬 究 の深 ま りにつ い て 何 を よ み と らね ば な らな い のだ ろ うか 。
皿. 全 体 的 推 移
こ こで とり あげ た原 va10, OOO番 ま で の もの の うち, す で に抹 消 され て い た もの, 欠 番 (原 簿 に収 蔵 番 号 だ け が記 入 さ れ て いて そ の他 の事 項 の記 載 が な い もの)3)な どを 除 けば, の こ りは 8471。 そ の うち収 蔵 年 月 日が わ か る もの は7351とな る (表 1)。 現 在 の人 文 系 博 物 館 な ら, そ れ は必 ず しも多 い数 とは いえ な い か も しれ な いが , これ ら
の 民 具 を もと に して AM 民 具 研究 の土 台 が形 成 され て ゆ く。
そ の有 様 を た ど るた め に7351点 を 収 蔵年 次 ご とに ま とめ, こ こで と りあ げた原 簿 の 部 分 の ほ ぼ最 終 年 次 にあ た る1939年 (AM の収 集 活 動 は1937年 と と もに終 った 。 しか し原 簿 に は そ れ まで に もれ た もの若 干 が追 加 され て い る) まで に到 達 した原簿 記 載 の 民 具 の収 蔵 点 数 (累 積 数 ) を 100 と して, 各年 次 ま で の累 積 の割 合 を み る と S字形 の 曲線 とな る (図 1)。
3)第 1期 で は原 簿 の作 成 に は渋 沢 家 で働 くい わ ゆ る書 生 さん た ちが一 部 た ず さ わ って い た ら し く, 第 2期 ・3期 とも原簿 づ く りには 決 して 充 分 な人 手 が ま わ されて いた とは いえ な か った 。 しか しそ れ以 外 , 記載 す べ き事 項 に調 査 もれ が あ り,後 に書 き こ も うと して , その ま ま に な っ て しま った り,同 種 同類 の 民 具 を 同 じよ うな と ころへ 記 入 しよ う と したあ ま り欠 番 に な って し ま うこ と もあ った ら しい 。 事 実 ,原 簿 の他 の 部 分 で はい わ ゆ る受 け入 れ番 号 の つ け方 と収 蔵 場 所 を示 す番 号 の つ け方 とを い っ しょに しよ う と して い る。AM で は さま ざま な 新 しい冒険 がな され て い た 。
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中村 ア チ ッ ク ・ミュ ーゼ アム の足 ど り
図 1 AM 収集件数 の移 りゆき 実線 は累積件数の推移を示 す。
図 2 国内外別収集件数の累 積状況
実線は国内,点線 は国 外を示す。
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国立民族学博物 館研究報告 8巻 3号
こ の 図 1 を これ ま で に 紹 介 さ れ て い る A M の 成 長 過 程 [宮 本 1973: 7−18] に 重 ね あ わ せ て み る と, ほ ど よ く , 三 つ の 時 期 に 区 分 す る こ と が で き る 。
念 の た あ 各 時 期 の 年 ご と の 伸 び 率 を 勘 定 し て み る と第 1期 は 0.8% で な だ ら か に , 第 2期 は 4・ 5% で 日本 経 済 の 成 長 期 な み , 第 呂期 は13・8% と な る の で , い っ て み れ ば 第 1期 は 離 陸 な い し助 走 期 , 第 2期 は第 1成 長 期 , 第 3期 は第 2成 長 期 と い え よ う 。 第 1期 1921年 一 1927年
第 2期 1927年 一 1933年 第 3期 1933年 一 1937年
IV. A M の 3時 期
1. 第 1 期 1921年 一 1927年
AM の民 具 収 集 はい わ ゆ る郷 土 玩 具 の収 集 か ら出 発 した 。もっ と もそ れ 以前 に は動 鉱 植 物 標 本 の収 集 の時 代 が あ る とい う [宮本 1973:7]。
AM の民 具 研 究 が ひ とつ の曲 りか どに さ しか か った ,す なわ ち郷 土 玩 具 の研 究 が 飽 和 状 態 にな り,本 格 的民 具収 集 へ の転 換 が お こな わ れ た1927年 を , 仮 りに基 準 年 次 に と り, そ の 前 後 を 5年 ず つ にわ け, それ ぞ れ 5年 間 に ど れ ほ どの 民 具 が 集 め られた か を 計 算 して み る と表 2以 下 の 表 の よ うにな る。 (な お , 基 準 とな る年 を 多少 動 か して
も以 下 の 推 測 は そ れ ほ どか わ らな い)。
表 1 台 帳 記 載 の 内 訳
(数 字 は件 数 , た だ し百 分 比 を除 く)
採集地域
分類
呼び名
一般名称
採集者名
採集地名
収蔵年月日
収蔵番号 計の百分比%
累計
計
国外
国内
1942年 以 後 の もの
313 6002
1 601
86 44
155
76 11942
601 86 44 389 7196 155
3
601 687 731 1120 8316 8471
84747。1 1.0 0.5 4.6 85.0 1.8
100.0
* ○ は記 入 され て い る もの, ×は記入 されて いない ことを示す。
592
中 村 ア チ ッ ク ・ミ ュー ゼ ァ ム の足 ど り
これ らの表 か らわ か るよ うに, 第 1期 で は身 近 な国 内 の 民具 が全 体 の 7割 ほ どを , 国 外 か らの おみ や げ 品 な ど もか な り高 い 割 合 を しめ (表 2), 内容 的 に は郷 土 玩 具 を 中 心 に後 に縁 起 物 ・玩具 と して分 類 され る もの が圧 倒 的 にた か い割 合 を 示 す (表 5)。
この 時期 を原 簿 に お け る採 集 者 の面 か らみ る と,渋 沢 敬 三 氏 を 中心 に1921年 2.月 2 日の AM ソサ エ テ ィの結 成 に加 わ る 7人 は じめ,親族 ,友 人 , 渋沢 家 につ とめ る人 た ちの 名 が み え る。 こ こで は そ のす べ て を 紹 介 す るわ け に は いか な い か ら, 記 載 の 多 い 方 々の な か か らその収 集 の様 子 を うか が うた め に書 き抜 いて み る。 1組 の数 字 の う ち 前 は採 集 地 の都 道 府 県 コー ド (附 表 5B), 後 の 数 が そ の年 次 の点 数, , は年 次 の切 り 目を 示 す 。 [ ]内 は AM とのつ なが り。A は AM 創設 期 の 同人 。 B は主 と して 第 2期 以 後 に活 躍 した 同人 。 C は そ の ほか の AM 関係 者 。 D は AM か ら刊 行 され た
表 2 採 集 地 域 の 移 り ゆ き
収蔵年次 地 域
1912ま で 1912− 1917 1917− 1922 1922− 1927 1927− 1932 1932− 1937 1937− 1942
計
不 明 1 国 内 1 国 外 } 計
0 0 3 2 40 46 64
155
6 28 165 313 1584 2866 1040
6002
1 0 57 90 280 328 438
1194
7 28 225 405 1904 3240 1542
7351
百 分 比 (% ) 不 明 1 国 内 i 国 外
1.4
◎.5 2.1 1.4 4.2
2.2
85.7 100.0 73.3 77.3 83、2 88. . 5 67.4
81.6
14.3
25.3 22.2 14.7 10.1 28.4
16.2
表 3 地 方 別 採 集件 数 の 移 りゆ き (国 内 の部 )
(数 字 は 件数 , た だ し最 下 段 の彩 を除 く)
北海道 東北 関東 北陸 中部 近畿 中国 四国 九州 沖縄 計
不 明 1912ま で 1912− 1917 1917− 1922 1922− 1927 1927− 1932 1932− 1937 1937− 1942
計 計の百分比
9 0 0 0 0 8 44 0
61
1.1 39 0 6 24 43 280 456 209
1057
16.7 90 3 9 45 175 453 291 217
1283 20.3
46 0 2 15 14 47 407 72
603 1
9.5 28 0 4 11 31 477 470 71
1092
17.3 47 1 5 53 17 142 97 74
4366.9 21 0 1 0 3 23 231 227
506
8 .0 14 0 1 2 14 23 161 82
2974。7 15 2 0 15 12 99 585 86
81412.9
4 0 0 0 4 32 124 2
166
2.6 313 6 28 165 313 1584 2866 1040
6315 100.0
593
表 4 地 域 別 採 集 件 数 の 移 り ゆ き (国外 の部)
(数 字 は件 数 , た だ し最 下 段 の% を 除 く)
収蔵年次 地域
不 明
1912ま で
1912− 1917
1917− 1922
1922− 1927
1927− 1932
1932− 1937
1937二 1942
!朝鮮半島
0
0
0
18
5
87
280
25
中国大陸
38
1
0
31
37
110
10
7
台 湾
26
0
0
0
5
14
34
398
モ ン コ ル
0
0
0
0
0
0
0
0
サ ハ リ ン
1
0
0
0
0
0
4
0
シ ベ リ ア
0
0
0
0
0
8
0
0
東 南 ア ジ ア
3
0
0
4
2
20
0
0
イ ン ド 西 ア ジ ァ
1
0
0
2
15
8
0
0
ヨ ー ロ ツ ノぐ ア フ リ カ
7
0
0
2
21
28
0
4
ア メ リカ 大 陸
0
0
0
0
4
1
0
0
ミ ク ロ ネ シ ア
0
0
0
0
0
3
0
4
ポ リネ シ ァ オ ー ス トラ リア
0
0
0
0
1
1
0
0
計
76
1
0
57
90
280
328
438
計
415
計の百分比 「
32.7
234
18.4
477
37.6
0
5
0.4
8
0.6
29
2。3
26
2.0
62
4.9
5
0.4
7
0。5
2
0.2
1270
100.0
中 村 ア チ ッ ク ・ミ ュー ゼ ア ムの 足 ど り
i著 作 物 の 筆 者 (民 具 問 答 集 [AM l937: 1−319] の も と と な った い わ ゆ る 民 具 問 答 に 参 加 した 人 た ち を 含 む )。 E は そ の 他 。
1912年 一 1917年
江 木 盛雄 08・1 20・1,08・1 2◎・2 27・2 28・1, 13・1 「A]
宮 本 璋 13・2 34・1,0.5・1 10・1 28・1, 13・1 16・1 [A]
1917年 一 1922年 ま で AM 29・1
江 木 盛雄 14・1 27・1 28・1,20・3 44・1 [A]
宮 本 璋 02・1 04・3 07・2 13・3 17・3, 20・1 23・1 28・1 40・2 42・1 43 ・1,43・1,13・1 22・1 28・3 37・1,02・1 27・1, 16・1 [A]
宮 本 璋 04・3 07・3 13・2 17・1 20・2 29・1 36・1 43・1,28・3 [A]
渋 沢 敬 三 11・15 13・1 04・1 22・1 27・15 40・1 [A]
渋 沢 13・1,04・1 06・1 21・1 27・8 1922年 一 1927年 ま で
AM 13・1 06・1 13・92 14・1 15・1 16・2 17・2 20・1 22・2 26・2 28・3 29●1 36●1 37・2 38●1 39・1 40●1 43・1, 07●1 22・1 26●1 29・2 36・1 43・1
江 木 盛雄 13・4 14・1 42・1 43・1 [A]
早 川 孝 太 郎 04・1 04・1 [B]
藤 木 喜 久 麿 11・1,07・3 13.1 22.3 25.1 [B]
渋 沢 敬 三 〇6・1 27・2 42.1 20.1 [A]
渋 沢 04・1 06・4 13・17,13・11
第 1期 は 第 2期 以 後 へ の 離 陸 の 時 期 で あ っ た が , 注 目す べ き こ と は , A M の 同 人 の あ い だ か ら後 の 民 具 研 究 の 基 本 線 と も い う べ き 方 向 づ け が あ らわ れ る こ と で あ る 。 研 究 は た ん な る も の 好 き の 収 集 に お わ っ て は な ら な い こ と 。 民 具 を 学 問 的 に , 自 然 科 学 な み の 厳 密 さ で と り あ げ よ う と す る 態 度 。 研 究 対 象 と して の 民 具 を 類 別 し, そ れ ぞ れ が 研 究 分 担 を き め , 共 同 の 話 し あ い を 通 じ て 研 究 を す す め る こ と な ど が そ れ で あ
る 。
1922年 か ら25年 ま で の 渋 沢 敬 三 氏 の 横 浜 正 金 銀 行 ロ ン ド ン支 店 勤 務 。 そ の 間 の 中 断 の の ち帰 国 と と も に A M 活 動 が 再 開 さ れ , そ こ で は チ ー ム ・ワ ー ク と して の 郷 土 玩 具 概 究 を 旗 じ る し に 馬 ・猿 ・独 楽 ・牛 ・馬 ・蛇 ・履 物 な ど の 種 類 ご と に , そ れ ぞ れ 分 担 を き め , 標 本 の 整 理 を 通 し て 発 生 系 統 と 変 化 過 程 を 追 い , ひ い て は 文 化 の 伝 播 発 展 の 形 式 や 原 理 を あ き らか に す る き っ か け を つ か も う と し て い た [宮 本 1938: 7−18]。
そ の様 子 は 原 簿 の は しば し に も う か が う こ と が で き る が , そ う し た 研 究 に 加 わ っ た 人 自 身 , 充 分 満 足 す べ き成 果 を あ げ る こ と が で き た か , ま た は 当 時 の AM の 研 究 が 今 日 の い わ ゆ る郷 土 玩 具 を 研 究 さ れ る 方 々 か ら み て , ど れ ほ ど の も の で あ っ た か は 別 に
595
国立民族学博物館研究報告 8巻 3号 して , そ こに は後 の AM の研 究 を 推 進 す る原 動 力 とな る組 織 づ くりへ の着 想 が形 作 られ て い った。
2. 第 2 期 1927年 一 ユ933年
AM 民 具 研 究 が 本 格 化 した1927年 頃 か ら渋沢 敬 三 氏 力瀞 岡 県三 津 海 岸 に 転 地 療 養 され る1932年 頃 ま で 。 この 時期 は図 1か らで は直 接 よみ と る こ とはで きな い が, お そ ら く1929年 を境 に して前 後 工 つ にわ か れ る。
前半 期 は第 1期 に もま して縁 起 物 ・玩 具 類 の収 集 がす す み , この分 野 で の収 集 が ひ とま ず坂 を登 りつ め , そ れ に対 して後 半 期 は信 仰 ・行 事 の民 具 と して分 類 され る もの や 衣 食 住 関係 の生 活 関 連 の 民具 , そ れ にわ ず か な が ら交 通 ・運 搬 関係 の ものや 生 業生 産 にか か わ る民 具 の収 集 が加 わ り内容 豊 富 にな って ゆ く。 そ の有 様 は AM 民 具 分 類 に そ く して原 簿 記 載 のそ れ ぞ れ の民 具 を仕 分 け し,累 積 の状 況 を 年 ご とに た ど って み
図 3 AM 分 類 別件 数 の 累積 過 程
タ テ軸 は件 数 。図 中の折 線 は AM 分 類 によ る各 項 目の累 積 状 況 を示 す 。
10 衣 食 住 に かか わ る もの 20 生 産 にか か わ る もの 30 通 信 運 搬 にか か わ る もの 40 団 体生 活 にか か わ る もの 50 通 過 儀 礼 にか か わ る もの 60 信 仰行 事 にか か わ る もの 70 娯 楽 遊 戯 にか か わ る もの 80 縁起 物 ,玩 具 に かか わ る もの 596
中村 ア チ ック ・ミ ュー ゼ ア ムの 足 ど り
表 5 国 内 標 本 の 内 訳 別 推 移
(実数以外 の数 は%)
採集年
分 難
1912ま で 1912− 一一1917 1917− 1922 1922− 1927 1927− 1932 1932− 1937 1937− 1942
︵実 数︶
5 33 166 312 1554 2632 912
10
衣食住関係
1,2 2.9 18.9 53.5 37.5
20
生産関係
0.6 0.3 8 ,0 24.2 44 .8
30
通信運搬 関係
3.9 12.0 10.4
40
団体生活 関係
0 .4
50
通過儀礼 関係
0.2 0.5 0.1
60
信仰行事 関係
14.3 15.7 11.2 25.9 7.3 6.2
70
娯楽遊戯 関係
40.0 3.6 7.2 4Q.4 6.2 1,1 0.5
80
玩 具縁起物
60.0 82.1 75.3 45.2 36.6 0.2 0.2
90 そ の 他
0.3 0.8 0.3
計
100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0
計 計 の百分比
5614
0
0 0 1 5 5 0 2 6 ◎ 3
1172
9
0 2
470
4 8
11
1
0
16
3
コ
0
715
7
2 1
273
9
コ
4
873
6
5 1
27
5
の
0
図 4 収集者別累積状況
タテ軸 は件数。図 中の折線 は各収集者の収集標 本件数の累積を示す。
597
国立民族学博物 館研究報告 8巻 3号 る と , い っ そ う よ く わ か る (図 3 )。 縁 起 物 ・玩 具 類 は 1922年 頃 ま で 全 体 の 7割 以 上 を し め た が , 1927年 ま で の 段 階 で は 全 体 の 4割 代 と な り , 1942年 ま で の 収 集 数 の わ ず か 15. 6% を し め る だ け に な る 。
こ の 前 後 2 区 分 を 原 簿 に あ ら わ れ た 採 集 者 の 面 か ら み る と , 前 半 期 は 藤 木 喜 久 麿 氏 が 活 躍 さ れ た 時 期 後 半 は 早 川 孝 太 郎 氏 を は じ め A M 同 人 た ち が 活 躍 し た 時 期 と い う こ と に な る (図 4 )。 ま え の 時 期 の 例 と 同 じ よ う に 書 き 抜 い て み よ う 。 ひ と り あ た り の 収 集 の 数 も 採 集 の 地 域 的 ひ ろ が り も 格 段 に ま し て ゆ く 。
1927年 一 1932年
AM 13・3 22・3, 20 ・40 22・11, 06・10 明石 照 男 03 ・29 [E]
第 1銀 行 支 店 22 ・4 28 ・16 22 ・14 28 ・3 40 ・1 [E]
江 木 盛 雄 29 ・2 05 ・3 28 ・1, 06 ・5 13 ・4 22 ・2 [A]
早 川 孝 太 郎 03 ・2 13 ・ 1,21 ・1 22・23,03 ・3 04 ・2 08 ・2 21・5 22 ・21, 22 ・25 23・1, 03 ・1 04 ・2 13 ・1 21・3 22・104, 20 。4 22・12 [B]
藤 木 喜 久 麿 07・1 11 ・8 12 .17 13.66 14 .15 16 .1 23 .1 25 .2 26 .1 28 .36 29 ●7 30 ●1 31●1 34 ●1 38 ●1 42 ●2 43●2 46 ●1, 03 ●1 04●1 11●30 13 ・84 14●2 15 .1 21 ●3 22 ・5 23 ・6 26 .2 28 .7 29 の3 31 ●4 34 ●3 37●3 38.3 44●2,02 ・1 03 ●2 04 ・2 05 ●1 06 .2 13●38 17 り1 29 ●1 34 ●1,08 ●2 13 ・5 28 ・10 44 ・7 [B]
藤 原 三 治 05・12 [D]
伊 波 普 猷 28 ・3 47 ・8− [E]
近 藤 勘 治 郎 15 ・14 [D]
村 上 清 文 13・21 11・1 13・6 22・1 [B]
鍋 島 春 雄 42・23 [E]
中 川 行 秀 08・2 11 ・12 12・1 13・18 14 ・2 20 ・2 28 ・3 30・1 30・1 38 ・1,
11 ・1 12 ・1 40 ・12 [C]
中 谷 治 宇 二 郎 03 ・11 [E]
中 山 正 22 ・24 [E]
小 田 内 通 敏 36・7 [E]
太 田 孝 太 郎 05 ・14 [C]
佐 々 木 喜 善 05 ・33 [C]
佐 治 祐 吉 07 ・24 09・3 13 .11, 07.12, 07 .5 12 .1 [C]
渋 沢 13 ・6 14 ・1 15 ・2 20・1 21・1 22・6 23 ・1 25 ・1 27 ・2 35 ・6 47・17,
02 ●2 21 ●2 22 ●28 28 ・2 40 ・10,11 ●2 13 ●6 22 ●5,13 ●4 22●9 42 ●1, 21●1 22・9
高 橋 文 太 郎 13・3, 13・1 [B]
な お こ の 時 期 の 原 簿 に は 柳 田 国 男 , 折 口 信 夫 , 金 田 一 京 助 , 宮 本 勢 助 , 岡 正 雄 , 武 井 武 雄 , 上 原 専 禄 の 方 々 の 名 も み え る 。
598
中 村 ア チ ック ・ミ ュー ゼ ア ム の足 ど り
第 2期 の終 りま で に集 め られた 民 具 の数 は ,第 3期 の 終 りま で に集 め られ た そ れ の 40% に も達 す るが , そ れ らの素 材 か ら何 を よ み と り,何 を ま とめ るこ とが で き るの か 。 AM 内部 で は そ う した 点 を め ぐ って図 録 出 版 の 計画 が お こ り,や がて それ が 『民 具 蒐
集 要 目』 [AM I 936:1−16] や 『民 具 問答 集 』 [AM l937:1−319] の よ うな現 在 で もな お民 具 の研 究 の 大 切 な指 針 と もな るよ うな も のへ とつ な が って ゆ く。渋 沢敬 三 氏 は 「素人 で あ るか らよ くは解 らな い が , 自 分等 が特殊 の敬 愛 と同情 とを もつ 民俗 学 に , い ま まで 生 物 学 的 とで もい いた い よ うな ,実 証 的 研究 法 が あ ま り用 い られ て お ら ぬ こ とを, い さ さ か不 満 に思 って い た… … 。」 [宮 本 1938:8] が, そ う した 綿 密 な 実 証 的 方法 を重 ん じる気 風 の うちか ら,新 しい言 葉 と して の 民 具へ の概 念 規 定 が 次 第 に明 確 に な って ゆ き, そ れ と とも に民 具全 体 の輪 郭 が浮 ぴ あ が り, お ど ろ くほ ど短 期 間 に,AM 独 自 の研 究 法 と民 具 収 集 の方 式 を 確 立 して い った 。
そ れ は もち ろん , 集 め た標 本 資 料 と して の民 具 の内容 の 深 さ, は ばひ ろ さ と も係 わ り あ って い た。
3. 第 3 期 1933年 一 1937年
1933年 か らの 4年 間 , 一 時 的 に停 滞 して いた累 積 の速 度 は再 び急上 昇 しは じあ, 第 2の成 長 期 , い や ,む しろ収 穫期 をむ か えつ つ あ った。 AM で は民 具 研究 の ほ か,三 津 内浦 浜 方文 書 を 中心 とす る水 産 史 料 な どの 社 会経 済 史 の研 究 部 門 が い っそ う注 目す べ き成 果 を あ げつ つ あ った 。
5年 ご と に都道 府 県 別 に原 簿 の民 具 採 集 の累 積 数 を ま とめ, さ らに地方 別 に合 計 し て み る と表 3が え られ る。 こ の表 によ れ ば, 1932年 ま で の 各期 で は採 集 の 中心 は 関東 , 東 北 地 方 に お お き くか た よ り, 長 野 や愛 知 , 静 岡 な どの 中 部地 方 か らの採 集例 が ふ え つ つ あ った が ,第 3期 に あた る期 間 で は ,有 名 なあ しな か の調 査 に よ って新 潟 な ど北 陸地 方 の も のが ふ え , い っぽ う岩 崎卓 爾 氏 や岩 倉 市 郎 ,永 井竜 一 とい った方 々 の努 力 に よ って南 西 諸 島 や 沖縄 の採 集 品 が お お きな割 合 を しめ るよ うに な り, や が て 九州 沖 縄 地方 の民 具 は, そ れ ま で の AM の 採 集 の重 点 地 域 だ った東 北 や 中部 地 方 とな らぶ ほ どの 量 (全 体 の 集 積 の15% ) にま で達 す る こ とにな った 。
い ま 採集 地 の都 道 府 県別 5年 間 累 積 数 が どれ ほ ど の偏 りを もつ のか , 5年 間 に 1点 も集 らな か った 県 が 全体 の 3割 近 くもあ り,20点 未 満 の 県 が60% , そ の反 面 100点 以 上 , 300点 以 上 の もの が 5% み られ る。 そ こで図 5の階 段 わ けに した が って , そ の様 子 を地 図上 に お と して み る と, 第 1期 に あ た る期 間 か ら第 3期 に あた る期 間 ま で ,終 り にな るに したが って 採 集地 が ひ ろが り,大 口の採 集 件 数 を もつ地 方 が多 くな り,採
599
図 5 収集地域のひろが り
5年間県別収集件数 の移 りかわ りを示す。破線は地方の さかいを示す。
図 5
図 5
中 村 ア チ ッ ク ・ ミ ュ ー ゼ ア ム の 足 ど り
表 6 採 集 者 別 収 集 件 数 の 変 化
(実数 以外 の 数 は% , 敬 称略 )
採集年 採集老
1912ま で 1912− 1917 1917− 1922 1922− 1927 1927− 1932 1932− 1937 1937− 1942
(実 数合 計 )
6 28 165 313 1584 2866 1040
渋沢 敬三
3.6 27.9 12.1 7.9 4.4 0.6
AM 同人 *
0.6 39.6 4.2 23.3 8.9
藤木喜久麿 早川孝太郎
3.6 37.0 10.4
そ の 他
100.0 96.4 71.5 44.7 50.9 61.9 90.5
計
計 計の百分比
6002 341
100.◎ 5.7
100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0
954
8943813
15,9 14。9 63,5
* 渋沢 敬 三, 藤木 喜 久 麿 ,早 川 孝太 郎 も AM 同 人 に は ちが い な いが , こ こで は台 帳 に AM ま た は AM 同人 と記 入 さ れて い る ものを 示 す 。
集 の 密 度 が た か ま る様 子 が う か が え る。
第 3期 の 終 り ち か く, 鹿 野 忠 雄 氏 に よ っ て 台 湾 高 山 族 そ の 他 の 民 具 300点 余 り が ま と ま っ て お く られ て きて い る 。 そ れ は 1人 の 採 集 に よ っ て 同 じ地 方 か ら年 間 に 集 め ら れ た も の の な か で 最 も数 が 多 く, 質 量 と も に す ぐれ た 収 集 と し て 現 在 で も 貴 重 な 資 料 の ひ と つ と な っ て い る 。 こ う した 国 外 で の ま と ま っ た 資 料 収 集 の 方 式 は 民 族 学 的 資 料 収 集 に に つ か わ し い 形 態 で あ る が , そ う した 方 式 は つ ぎ の 新 しい 時 代 に 受 け つ が れ ,
国 内 の 収 集 方 式 に も影 響 を あ た え た 。
第 3期 を 採 集 者 に つ い て み れ ば , 第 2期 の 藤 木 喜 久 麿 氏 や 早 川 孝 太 郎 氏 の よ う に 1 人 あ た り の 採 集 量 が き わ だ っ て た か い 例 が 少 な くな っ た か わ り に A M 同 人 の 比 重 が た か ま り , 渋 沢 先 生 を 中 心 に 高 橋 文 太 郎 , 村 上 清 文 , 礒 員 勇 , 小 川 徹 , 宮 本 馨 太 郎 諸 先 生 が 核 に な り, 各 地 域 の 支 持 者 , 研 究 者 と 密 接 に 協 力 しつ つ 研 究 を す す め て ゆ く体 制 が 定 着 しつ つ あ っ た こ と が わ か る 。
1932年 一 1937年 ま で
AM O3・2 04・25 15・37 22・24 23・8, 03・5 08・1 09・25 19・11 21・14 24.6 31.23 34●11 46・154, 03・1 05●20 08。10 15・33 17・40 22・23 25●2 26。4 32●5, 15●23 30●9 36●12 38・4 39●17
会 津 銀行 07・36 09・1 [E]
浜 田国義 46。4 46・44 [q 祝 宮 静 44・11 [q
箱 山 貴太 郎 10・5 20・11 [E]
早 川 孝 太郎 20・2 21・1 22・7 26・1 40・1 44・16,02・4 08・30 10・1 12・3 603
国立民族学博物館研究報告 8巻 3号 15 ・27 25・1 27●3 40 。2, 38 026 40 .20 45・27, 05●4 35 ・1 40 ●9 43 ●14 46 ・18 47・52, 07●11 10 ・1 44 ●4 46 ●1 47 .3 [B]
藤 木 喜 久 麿 14 ・1 21 ・3, 29・1, 13・1 32・2 [B]
藤 原 三 治 05 ・2 [D]
古 野 清 人 09 ・9 12 ・1 15 ・1 [E]
市 川 信 次 15 ・2, 15・11 16・3 23・15, 10 ・2 15 ・33, 15 ・1 17 ・2 [q 岩 井 い さ 32 ・18 [E]
礒 貝 勇 30 ・1 34 ・8, 30 ・4 32 ・2 34 ・38 36 ・1 39 ・4, 03 ・1 05・1 06 ・1 20 ●1 21・2 34 ・1, 14 ・1 [B]
岩 倉 市 郎 15 ・9 46・11 46・116 [B1 岩 崎 卓 爾 47・66 47・1 [E]
金 子 総 平 07・3 09 ・2 10 ・2 11 ・1 15 .6 20 .3 36 。2 38 .3, 07 .1 15 .g 20
・2 31 ●4 [C]
小 林 守 治 郎 10 ・43 [E]
小 井 川 潤 次 郎 02・8, 02 ・18 05 ・1 [E]
村 上 清 文 13・1 15 ・1, 05 ・1 11・1 15 ・39 19 ・1, 23 ・15 [B]
向 山 雅 重 20 ・7 [E]
宮 本 馨 太 郎 07 ・2 13 ・2 21・5 37・1 40・2 [B]
宮 本 常 一 29 ・11, 29・3 [D]
武 藤 鉄 城 03 ・ 4, 03 ・39, 03・10, 03 ・3 [D]
永 井 竜 一 46 ・28, 47・1, 32・2 46・1 [C]
桜 田 勝 徳 山 口 和 雄 23 ・11 32 ・17 36 ・2 40 ・1, 33・7 36 ・16 3g・11
渋 沢 敬 三 15 ・2 20 ・1 21 ・32 34 ・3, 03・30 13 ・2 2Q .4 22.5 26 .1 32。2g 40 ・9, 22●2, 16●1 40 ●1 [C]
斉 藤 善 治 05 ・22 [D]
佐 藤 05 ・23
高 橋 文 太 郎 46 ・4, 23・27, 03・10 [B]
田 中 喜 多 美 05 ・79, 05 ・6 [D]
竹 内 好 美 20 ・10 [D]
知 里 真 志 保 01 ・2, 01・16, 01・18 [B]
丹 田 二 郎 15 ・10 [D]
う さ ぎ ゃ 07・3 10・3 11 ・1 12 ・42 [E]
八 基 村 (埼 玉 県 ) 青 年 団 11 ・37 [E]
吉 田 三 郎 03 ・10 [D]
吉 岡 高 吉 39・8, 39 ・31 [E]
1937年 一一1942年
A M 13 ・3 25 ・11 33 ・34 36 ・6 37 ・66, 03 ・4 15 ・7 21 ・ 12 25 ・21 30 ・ 14,
23 .22 25 ●3
岩 倉 市 郎 46 ・58, 46 ・ 1 47 ・1 [ 珂 金 子 総 平 15 ・9, 07 ・4 15 ・2 [q 川 田 i lS. 02 ・72 05 ・27 06 ・ 12 [ E]
604
中 村 ア チ ソク ・ミ ュー ゼ ア ムの 足 ど り
村 上 清文 11・6 [B]
宮 本 馨太 郎 20・1, 10・2 14・1 [B]
宮 本 常一 29・3, 02・7 27・1,02・1 05・2 40・1 46・2,36・1 39・1 [C]
永 井 竜 一 46・4 [B]
渋 沢 敬 三 28・3,23・1,32・5 [A]
進 藤 松 司 34・29,34・2 [D]
田村 正 徳 35・65 [C]
田 中 32・40
うさ ぎゃ 04・3 12・2 15・1 19・3 20・5,04・29 08・7 10・2 11・1 12・6,
04・3 12・9 [E]
牛 尾 三 千 夫 32・9 [E]
第 3期 の 採 集 民 具 を 内 容 別 に み る と , あ し な か の 調 査 の せ い か 履 物 を 含 む 衣 食 住 関 係 の 割 合 が 全 体 の 53.5% に も お よ び , 後 半 で は 生 産 に 係 わ る 民 具 も か な り ふ え , 交 通 ・運 搬 関 係 の 民 具 も 10% に た っ した (表 5)。 こ れ ら の 民 具 が 土 台 に な っ て 日 本 民 族 学 会 移 行 後 に 本 格 的 な 民 具 研 究 の 成 果 が つ ぎ つ ぎ に 出 さ れ る こ と に な る。
第 3期 , さ き の 鹿 野 忠 雄 氏 の 場 合 の よ う に , あ る 年 , あ る地 域 か らか な り の 数 の 民 具 が ま と ま っ て 採 集 さ れ る 傾 向 が 目 だ つ よ う に な る 。 A M で は , 村 上 清 文 氏 の 新 潟 県 三 面 の 調 査 の よ う に 1年 以 上 住 み こん で ひ と つ の 地 域 を 調 べ る と い っ た 試 み も な さ れ た 。 さ ら に , 薩 南 十 島 の 総 合 調 査 を は じめ , A M の 同 人 に よ る 採 訪 が 全 国 的 に く り ひ ろ げ られ , そ れ が 第 3期 の 収 集 数 増 加 へ の ひ とつ の 要 因 と も な る 。 ま た , 『武 蔵 保 谷 村 郷 土 資 料 』, 「秋 田 マ タ ギ 資 料 』, 『男 鹿 寒 風 山 麓 農 民 手 記 』, 『羽 後 角 館 地 方 に 於 け る鳥 虫 草 木 の 民 俗 学 的 資 料 」, 『喜 界 島 調 査 資 料 』 の よ う な す ぐ れ た 記 録 づ く り が す す め ら れ つ つ あ っ た が , そ う し た 試 み に は 多 か れ 少 な か れ 民 具 の 収 集 が と も な っ て い た 4》。
お よ そ 累 積 曲 線 に は , は じ め 急 速 に 昇 り や が て 成 長 速 度 を よ わ め て ゆ く収 穫 て い 減 型 (凸 型 ) や , は じめ ゆ る や か に 昇 り , 終 り に な り次 第 急 激 に 上 昇 す る 加 速 度 成 長 型
(凹 型 ), そ れ に 一 定 率 で 終 始 伸 び つ づ け る 対 角 線 型 (直 線 型 ) な ど が あ る 。 標 本 資 料 と して の 民 具 の 収 集 に み る A M の 成 長 は 2番 目 の , 最 終 段 階 の 第 3期 に も な お 成 長 を つ づ け る加 速 度 成 長 型 で あ っ た 。
AM の 民 具 研 究 は , 1937年 10月 , 活 動 体 制 と も ど も収 集 さ れ た 民 具 と と も に 東 京 保 谷 の 新 し い 博 物 館 に お お む ね 引 き つ が れ て い っ た 。 1937年 当 時 , AM に は 整 理 の 途 中 だ っ た 民 具 が 原 簿 に の せ られ な い ま ま , か な り の 数 の こ さ れ て い た 。 そ れ ら は 原 簿 の 10,000番 以 後 に の せ られ て い る の で , つ ぎ の 機 会 に と り あ げ た い 。
4) 註 1)参 照 。
605
国立民族学博物 館研究報告 8巻 3号
謝 辞
電算 処理 につ いて お手 数 を お か け した情 報 管 理 施設 技 術 室 の方 々, と りわ け吉 崎幸 二 主任 , そ れ に 当時 国 立民 族 学 博 物館 第 5研 究 部 に お られ た (現 京 都 大 学情 報 教育 セ ンタ ー )八 村 廣三 郎 助 教 授 に心 か らお礼 を 申 上げ た い 。
文 献
ア チ ッ ク ・ミュー−tfア ム (AM ) 1936 『民 具 蒐 集調 査 要 目』。
1937 『民 具 問答 集 第 一輯 』 ア チ ック ・ミュ ーゼ ア ム ,pp・1− 319。
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