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第 1 章  周術期管理における栄養管理の概念の変遷 

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目  次 

頁  凡  例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4     

緒  言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5   

第 1 章  周術期管理における栄養管理の概念の変遷 

1‑1.  小  緒・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7  1‑2.  材料と方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9    1‑2‑1.  調査対象 

  1‑2‑2.  アンケート内容    1‑2‑3.  統計学的解析 

1‑3.  結  果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10    1‑3‑1.  回答者数 

  1‑3‑2.  対象動物の基礎的情報    1‑3‑3.  栄養給与のタイミング 

  1‑3‑4.  患者動物への体重あたりの 1 回給与量(ml/kg) 

  1‑3‑5.  給与に伴い発生した有害事象の有無    1‑3‑6.  手術・処置の際に使用した麻酔薬    1‑3‑7.  栄養給与実施者の印象 

1‑4.  考  察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24  1‑5.  小  括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28   

第 2 章  周術期における術前絶食症例の術中安全性の検討 

2‑1.  小  緒・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29   2‑2.  材料と方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30    2‑2‑1.  対象動物 

  2‑2‑2.  食道内 pH 計測    2‑2‑3.  統計学的解析 

2‑3.  結  果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35    2‑3‑1.  患者情報 

  2‑3‑2.  食道内 pH 変動 

(2)

2

2‑4.  考  察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40  2‑5.  小  括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42   

第 3 章  周術期栄養管理における臨床効果の検討 

3‑1.  小  緒・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43  3‑2.  材料と方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 46    3‑2‑1.  対象動物 

  3‑2‑2.  群分け    3‑2‑3.  給与フード    3‑2‑4.  給与法 

  3‑2‑5.  サンプル採取    3‑2‑6.  血中アミノ酸分析    3‑2‑7.  有害事象の調査    3‑2‑8.  統計学的解析 

3‑3.  結  果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50    3‑3‑1.対象動物 

  3‑3‑2.給与法 

  3‑3‑3.  アミノ酸測定      3‑3‑3‑1.  バリン      3‑3‑3‑2.  ロイシン      3‑3‑3‑3.  イソロイシン      3‑3‑3‑4.  グルタミン      3‑3‑3‑5.  プロリン      3‑3‑3‑6.  グリシン 

3‑3‑4.  有害事象 

3‑4.  考  察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56  3‑5.  小  括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61   

総  括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・62   

謝  辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・64 

 

(3)

3

引用文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・65 

(4)

4

凡  例 Ace:アセプロマジン 

ALFX:アルファキサロン Atip:アチパメゾール  Atr:アトロピン 

Bpr:ブプレノルフィン  Btr:ブトルファノール  CEZ:セファゾリン 

DHA:ドコサヘキサエン酸  Diaz:ジアゼパム 

Dob:ドブタミン  Dro:ドロペリドール 

EPA:エイコサペンタエン酸  Fent:フェンタニル 

Flun:フルニトラゼパム  IOL:眼内レンズ挿入術  Iso:イソフルラン 

ISP:シリコン製義眼挿入術  Ket:ケタミン 

Lid:リドカイン  MCT:肥満細胞腫  Med:メデトミジン  MELX:メロキシカム  Mid:ミダゾラム 

MMB:ミダゾラム、メデトミジン、ブトルファノールのカクテル  PEA:超音波乳化吸引術 

Prop:プロポフォール  RBCX:ロべナコキシブ   

 

   

(5)

5

緒  言   

近年、医学領域では麻酔ならびに手術中の患者管理における重要な概念として周術 期管理(Peri‑operative management)という考え方が一般化されている[21]。周術 期管理とは手術中の患者管理のみではなく、手術前や手術後を含めた一定期間の患者 管理を集学的に行うもので、患者を適切に評価し麻酔・疼痛管理計画を立案し、それ に基づき適切な麻酔管理を実施するために鎮痛薬を術前から投与し、手術中・手術後 の感染症発生予防のために抗生物質投与を行うなど、患者の早期回復を図るよう努め る考え方である[7、68]。また近年では、人医療における周術期管理の一環として術 前絶食の概念が大きな変貌を遂げている。長時間の絶飲食は患者に口渇感や空腹感な どの不満および苦痛を与え、体内水分量の減少により術後の合併症を増加させる可能 性が示され、絶飲水の時間について安全性ならびに有効性の両面から検討がなされる ようになった[3、25、55]。わが国でも 2012 年 7 月に日本麻酔科学会が術前絶飲絶食 ガイドラインを作成し、術前絶飲食時間が見直された。このガイドラインでは水や茶、

アップルあるいはオレンジジュース(果肉を含まない果物ジュース)、コーヒー(ミ ルクを含まない)などを清澄水とし、これらの摂取を麻酔導入 2〜3 時間前まで容認 し、母乳は麻酔導入の 4 時間前まで、人工乳や牛乳は麻酔導入の 6 時間前までの摂取 を安全としている。 

ヒト医療においては、栄養不良状態が認められると外科術後の合併症の発生率や死

亡率の増加が一般的に知られている。Meguid らの報告では大腸がん手術患者における

栄養不良群の合併症発生率は 52%、死亡率は 12%であったが、栄養良好群ではそれぞ

れ 31%、6%といずれも発生率の低下が認められた[33]。また Windor らの報告では、腹

部手術で栄養不良群と良好群の合併症と死亡率をそれぞれ比較したところ、合併症発

生率は栄養不良群で 72%、良好群では 29%と栄養状態が良好であると有害事象発生率

の大幅な減少が認められた。さらに死亡率においても栄養不良群で 23%であったもの

が良好群では 4%と非常に大きな低下が認められていた[67]。こういった背景からもヒ

ト医学領域では、周術期栄養管理に関するガイドラインが作成され、術前から術中そ

して術後までの全ての過程において集中的管理が行われるようになってきている。一

方で獣医療分野、特に伴侶動物分野では、米国動物病院協会(AAHA;The American 

Animal Hospital Association)の犬猫の栄養評価に関するガイドラインで伴侶動物

の適切な栄養管理のため、対象とする栄養状態の評価方法、評価後に収集した情報を

解釈、分析そして実行の計画、モニタリング、飼い主指導と栄養管理に関する内容が

(6)

6

詳細に記されている。例えば栄養状態の評価においては年齢、生理学的状態そして動 物の活動状態の評価を実施することと明記されている。その中でも特に栄養感受性疾 患(過敏症、アレルギーなど)の有無については詳細に調査すべきであるとしている。

また食事要因として与えるフードの安全性や適切性についての評価、給餌管理および 環境要因として給餌の頻度、時期、場所および方法、動物の飼育されている環境の評 価について解説されている。しかし検討中である項目も多く存在し、特に周術期にお ける栄養管理についてはほとんど検討されていない。Remillard らの報告では、入院 管理がなされた 276 頭の犬のうち、望ましいエネルギー給与を受けていた症例はわず か 27%であったとされており、適切な周術期栄養管理に関する情報提供は、伴侶動物 医療分野、特に伴侶動物の看護に携わる者たちが解決すべき喫緊の課題となっている [43]。 

これらのことから、本研究の第 1 章では臨床現場における周術期栄養管理の実態を 把握することを目的にアンケート調査を実施した。第 2 章では術前絶食が行われてい る症例の全身麻酔中食道内 pH を計測し、全身麻酔中の胃内容物逆流発生の有無を調 べ、術前絶食がおよぼす患者の安全性について検討を行った。第 3 章では常法として 術前絶飲食管理がなされた臨床例と栄養給与を実施した臨床例とを比較することで、

周術期栄養管理における術前栄養給与および、術後早期栄養給与が及ぼす患者への影

響について検討した。 

(7)

7

第 1 章  周術期管理における栄養管理の概念の変遷 

1-1. 小緒

近年、長時間の絶飲食は患者に口渇感や空腹感などの不満および苦痛を与え、体内 水分量の減少が術後合併症を増加させる可能性が示され[3、25、55]、手術前の絶飲 水時間について安全面ならびに有効性の両面から検討がなされるようになった。その 中で、欧州各国において術前絶飲食に関するガイドラインが作成され、ノルウェー、

ドイツでは飲料は麻酔導入の 2 時間前、 固形食は 6 時間前までの摂取を許容している。

イギリスでは飲料は麻酔導入の 3 時間前まで、固形食は 6 から 8 時間前までとし、飲 料および固形食の許容時間の両者で異なるものとなっている。さらにスウェーデンで は飲料は麻酔導入の 2 から 3 時間前までの許容としているが、固形食の摂取は前日深 夜までとなっている。一方で、American Society of Anesthesiologists Committee のガイドライン(Fasting Recommendations)において飲料は 2 時間前まで、固形食 の軽食であれば麻酔導入の 6 時間前まで、揚げ物や脂質を多く含むものや、肉の場合 は麻酔導入から 8 時間以上空ける必要があるとしている[3、55]。これらガイドライ ンにおける術前絶飲食時間の設定は、周術期管理における安全性の確保に基づき設定 されてきた。すなわち麻酔導入時の胃の内容物の状況が、麻酔導入時の嘔吐などの発 生に関与すると考えられ、胃の通過時間を元に決められた背景がある。このことより、

時間の推定が行いやすい絶水時間の設定は全世界を通じ、明確に設定がなされている が、固形食摂取の許容時間に関しては国によって異なり、未だに明確に定められてい ないことが分かる。これは液体と比較し固形食に関する研究や調査報告が不十分であ ること、固形食の定義が明確にされていないこと、さらには固形食に含まれる栄養素 によって胃排泄時間が左右される[25]ことが大きな理由となっている。 

一方で獣医療分野においては、全身麻酔管理において催吐作用を有する薬物が特に 麻酔前投与薬として使用される傾向があり、麻酔導入時ならびに覚醒時の嘔吐に伴う 誤嚥性肺炎の発生防止を主な目的とした絶飲食の考え方が一般的であった。加えて、

動物種ごとの消化管内容物の移動時間についての明確な情報はなく、麻酔導入時に胃

内容を「完全に空」の状態にすること、すなわち麻酔前 12 時間以上の絶飲食が支持

されている。しかし絶飲食の時間設定についての明確な基準は存在せず、動物病院ご

との慣習的な時間設定がなされており、各施設の獣医師による経験的感覚に依存して

(8)

8

いるのが現状であった。しかし近年、獣医療分野においても給与フードの種類による 胃内容物の移動時間や胃内水素イオン濃度(pH)の変化についての情報が提供され[36、

69、70]、さらに術前長時間絶食が実施されても胃内容物の逆流は発生していること が報告された[13]。これはヒト療分野での懸念事項と同様、長時間の絶飲食が麻酔導 入時の安全性確保へ繋がるわけではないことを意味し、適切な術前絶食時間について 検討する必要があることを示唆するものである。 

そこで本章では、術前栄養給与が臨床例に与える影響について調査することを目的

とし、アンケート調査を実施した。今回のアンケート調査は慣習的に行われている術

前の長時間絶飲食に対し否定的意見を有し、なおかつ患者に対して術前・術後の栄養

給与を実施した獣医師を対象とした。 

(9)

9

1-2. 材料と方法 1‑2‑1. 調査対象 

2018 年 3 月から 5 月までの 2 か月間、獣医師情報交換コミュニティサイト Vetpeer に登録されている動物病院を対象にアンケート調査を実施した。周術期、特に手術前 に栄養給与を実施する予定があると回答された 41 病院 112 症例のうち、実際に栄養 給与が実施された 82 症例を調査対象とした。 

1‑2‑2. アンケート内容 

対象者は以下の内容のアンケートに回答いただいた。 

 

・対象動物の基礎的情報;動物種、品種、性別、年齢 

・栄養給与のタイミング;手術前日、手術前、手術後、手術翌日 

・患者動物への体重あたり 1 回給与量(ml/kg) 

・給与に伴い発生した有害事象の有無;嘔吐、胃液の逆流、悪心/嘔気、下痢 

・手術・処置に際して使用した麻酔薬 

・栄養給与実施者の印象   

なお、今回給与された食餌はすべてロイヤルカナン合同会社製クリティカルリキッド であった。 

 

1‑2‑3. 統計学的解析 

  統計学的解析には統計ソフト(JMP

®

 ver.13、SAS Institute Japan 株式会社 JMP

ジャパン事業部、東京)を用いて動物種と給与量および給与量と栄養給与のタイミン

グとの関連性についての比較を、それぞれ繰り返しのある二元配置分散分析法および

一元配置分散分析法を用いて行った。すべての解析において p < 0.05 で統計学的有

意差ありとした。 

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1-3. 結果  

1‑3‑1. 回答者数 

Web 上で 8,400 名の獣医師に告知したところ、1,010 名がアンケートの回答募集ペ ージを閲覧し、そのうちの 41 病院 82 症例のアンケート回答を得られた。

1‑3‑2. 対象動物の基礎的情報(動物種、品種、性別、年齢) 

今回調査を行なった対象症例の基礎的情報について表 1‑1 から表 1‑3 に示した。犬 は 20 品種 62 頭であり、雄 30 頭(うち去勢雄 16 頭) 、雌 32 頭(うち避妊雌 7 頭) 、 年齢は 6 か月齢〜16 歳 2 か月齢(平均±標準偏差;7.6±5 歳齢) 、体重は 1.2〜35.0kg

(平均±標準偏差;7.0±6.9kg)であった。猫は 5 品種 20 頭であり、雄 12 頭、 (う ち去勢雄 7 頭) 、雌 8 頭(うち避妊雌 2 頭) 、年齢は 5 か月齢〜16 歳齢 4 か月齢(平均

±標準偏差;6.2±5.3 歳齢) 、体重は 2.3〜6.8kg(平均±標準偏差;4.1±1.1kg)で あった。 

1‑3‑3. 栄養給与のタイミング(手術前日、手術前、手術後、手術翌日) 

  各症例において栄養給与が行われたタイミングは、 手術前日は犬で 14 症例 (22.6%) 、 猫で 11 症例(55%) 、手術前は犬で 47 症例(75.8%) 、猫で 12 症例(60%) 、手術後は 犬で 39 症例(62.9%) 、猫で 10 症例(50%) 、手術翌日は犬で 33 症例(53.2%) 、猫で 17 症例(85%)であり(図 1) 、犬では手術前、猫では手術翌日に栄養給与が最も多く 行われていた。 

1‑3‑4. 患者動物への体重あたり 1 回給与量(ml/kg) 

対象患者動物への体重あたり 1 回給与量は前日の犬および猫でそれぞれ 2.5〜

42.2ml/kg(平均±標準偏差;13.3±9.6ml/kg) 、3.5〜18.2ml/kg(平均±標準偏差;

9.6±5.1m/kg)であった。手術前は犬および猫でそれぞれ 2.4〜50.0ml/kg(平均±標

準偏差;13.4±8.4ml/kg) 、1.9〜28.6ml/kg(平均±標準偏差;10.9±8.3ml/kg) 、手

術後給与は犬、猫でそれぞれ 2.4〜25.0ml/kg(平均±標準偏差;11.9±6.3ml/kg) 、

1.9〜20.0ml/kg(平均±標準偏差;7.4±5.8ml/kg) 、手術翌日は犬および猫でそれぞ

れ 2.4〜50.8ml/kg(平均±標準偏差;15.7±13.2ml/kg) 、4.0〜40.0ml/kg(平均±標

準偏差;15.7±12.8ml/kg)であった(図 2) 。 

(11)

11

1‑3‑5. 給与に伴い発生した有害事象の有無

  発生した有害事象の概要を図 3 にまとめた。犬で認められた有害事象は麻酔導入時 の悪心/嘔気が 1 症例、術前の栄養給与後、手術開始直後そして術後栄養給与後の嘔 吐がそれぞれ 1 症例であった。一方、猫では麻酔導入時の嘔吐、給与タイミングの記 載のない胃液の逆流、術後の下痢がそれぞれ 1 頭で確認された。有害事象の発生に重 複はなく、犬猫合わせて 7 症例(表 2‑1 から 2‑4 中、青帯で記した症例 13、38、42、

48、77、78、79)で確認され、発生率は 8.5%であった。またいずれの有害事象も発生 していないものは、犬および猫でそれぞれ 58 症例(93.5%)および 17 症例(85%)で あった。 有害事象が認められた症例の性別分布として犬では雄が 3 症例、 雌が 1 症例、

猫では雄が 1 症例、去勢雄が 2 症例であった。有害事象の認められた症例の体重分布 は犬で 2.7〜11.8kg(7.5±3.8kg) 、猫で 3.28〜5.4kg(4.0±1.2kg) 、年齢分布は犬 で 8 か月齢〜10 歳 3 か月齢(5.0±4.9 歳齢) 、猫では 1 歳 11 か月齢〜10 歳 1 か月齢

(4.3±5.1 歳齢)であった。有害事象が生じた症例における手術内容は、犬で会陰ヘ ルニア整復術、結腸・膀胱固定術そして去勢術において悪心/嘔気、去勢術、歯石除 去術および卵巣摘出術において嘔吐が認められていた。一方、猫では腹腔内停留睾丸 摘出術で下痢、胃瘻カテーテル設置で胃液逆流と嘔吐、腸管切開による異物除去で嘔 吐が確認された。 

1‑3‑6. 手術・処置の際に使用した麻酔薬 

手術・処置の際に使用された麻酔薬の種類を麻酔前投薬、麻酔導入薬、麻酔維持薬、

術中・術後使用薬に分類し、手術内容と合わせて表 2‑1 から 2‑4 に示した。表 1 同様、

症例 13、38、42、48、77、78 および 79 は有害事象が認められた症例である。また使 用された麻酔薬の種類は症例ごとで異なり、手術・処置の際に鎮痛薬が用いられてい ない症例(21、36、52、71、78、79、82)も認められた。 

1‑3‑7. 栄養給与実施者の印象 

得られた回答の内容は、術後の便の状態が良い、食欲の回復が早い、麻酔後の元気 が良い、麻酔の覚醒が早い、いずれも感じなかったの 5 つであった。なお、この結果 は重複回答を含んでいるものである。栄養給与を実施した獣医師が感じた印象につい て得られた回答を図 4 にまとめた。回答の多い順に、犬では麻酔覚醒後の元気が良い

(26 回答) 、栄養給与を実施したがいずれも感じなかった(25 回答) 、術後の食欲回

復が早い(17 回答) 、麻酔の覚醒が早い(12 回答) 、術後の便の状態が良い(7 回答)

(12)

12

で、猫では術後の食欲回復が早い(10 回答) 、麻酔覚醒後の元気が良い(7 回答) 、麻 酔の覚醒が早い(5 回答) 、便の状態が良い(2 回答)であった。一方で栄養給与を実 施したが、いずれも感じなかったという回答が犬で 25 回答、猫で 7 回答得られた。

しかし、栄養給与を行った全 82 症例のうち 50 症例、約 61%では栄養給与により何か

しらのメリットが得られたという回答であった。また犬においては栄養給与を行うこ

とで、飼い主の心象が良くなる、不安を和らげることができるなど良い印象の回答が

多く認められたが、猫においては給与が困難であった、栄養給与をする行為で患者に

ストレスを与えてしまうなどの悪い印象の回答も 4 症例で得られていた。 

(13)

13

表 1‑1  対象患者の基礎的情報

症例 品種 体重

( kg )

年齢 性別

1 ミニチュア・ダックスフンド 4.0 11y2m ♀ 2 ウェルシュ・コーギー 15 14y C ♂ 3 トイ・プードル 7.1 14y2m ♀

4 スピッツ 6.7 9y ♀

5 パピヨン 6.0 12y S ♀

6 シー・ズー 4.0 6m ♀

7 チワワ 3.7 3y ♂

8 ミニチュア・シュナウザー 9.5 5y11m C ♂ 9 トイ・プードル 4.5 11y2m C ♂ 10 トイ・プードル 3.75 10y8m C ♂

11 チワワ 1.65 1y1m ♀

12 トイ・プードル 5.2 13y S ♀ 13 ミニチュア・ダックスフンド 8.3 10y3m ♂

14 雑種犬 14.2 7y1m ♂

15 トイ・プードル 3.2 1y3m ♀

16 シー・ズー 4.2 6m ♂

17 ジャック・ラッセル・テリア 4.74 6m ♀ 18 ミニチュア・ダックスフンド 6.1 11y2m ♀

19 雑種犬 8.0 15y ♀

20 雑種犬 5.66 9y C♂

21 トイ・プードル 3.0 9y11m ♀

22 雑種犬 4.0 1y ♂

23 柴 10.0 14y3m ♂

24 ミニチュア・ダックスフンド 7.1 13y C ♂ 25 ミニチュア・ダックスフンド 5.9 15y1m C ♂

26 雑種犬 3.8 3y7m ♀

27 チワワ 2.4 1y2m ♀

28 ワイアー・フォックス・テリア 6.3 11y5m ♂

29 シー・ズー 3.14 6m ♀

(14)

14

表 1‑2  対象患者の基礎的情報 

症例 品種 体重

(㎏)

年齢 性別

30 ミニチュア・ダックスフンド 2.52 6m ♂ 31 ミニチュア・ダックスフンド 5.7 8y7m S♀

32 記入なし 1.25 12y6m ♀

33 記入なし 4.95 13y1m ♀

34 雑種犬 3.54 8m ♂

35 トイ・プードル 7.78 6y1m C ♂ 36 ヨークシャー・テリア 3.28 11y4m ♀ 37 シー・ズー 4.96 2y4m S ♀

38 チワワ 2.7 11m ♀

39 トイ・プードル 1.2 1y4m ♀ 40 ラブラドール・レトリーバー 30.2 11y3m S ♀ 41 マルチーズ 3.9 11y6m C ♂ 42 ミニチュア・ダックスフンド 7.0 7y8m ♂ 43 ゴールデン・レトリーバー 35.0 8m ♂ 44 ミニチュア・ピンシャー 5.0 10y3m C ♂

45 雑種犬 12.3 10y ♀

46 チワワ 3.2 3y7m S♀

47 チワワ 1.7 9y3m ♀

48 雑種犬 11.8 8m ♂

49 ボーダー・コリー 9.0 7m ♀ 50 トイ・プードル 5.7 8y6m C ♂ 51 ヨークシャー・テリア 3.82 6y C♂

52 ヨークシャー・テリア 3.2 1y2m ♂

53 チワワ 3.5 10y2m ♀

54 ミニチュア・ダックスフンド 4.56 14y1m C ♂

55 雑種犬 23.2 13y C ♂

56 ラブラドール・レトリーバー 31.7 12y1m C ♂

57 ヨークシャー・テリア 2.8 2y2m ♀

58 ミニチュア・ダックスフンド 4.7 10y2m S ♀

(15)

15

表 1‑3  対象患者の基礎的情報 

症例 品種 体重

(㎏)

年齢 性別

59 ミニチュア・ダックスフンド 6.8 8y1m C ♂ 60 アメリカン・コッカ―・

スパニエル

9.4 16y2m ♂

61 パピヨン 4.2 14y ♀

62 トイ・プードル 2.2 6y9m ♀

63 雑種猫 4.8 15y C ♂

64 スコティッシュフォールド 2.3 6m S ♀

65 雑種猫 3.2 7y8m ♀

66 雑種猫 2.7 7m ♀

67 記入なし 4.0 9y3m ♂

68 雑種猫 4.0 5y3m S ♀

69 雑種猫 3.5 1y ♀

70 雑種猫 5.25 10y C ♂

71 雑種猫 5.0 1y ♂

72 雑種猫 5.5 6y3m ♂

73 雑種猫 6.8 7y C ♂

74 雑種猫 3.5 2y ♀

75 雑種猫 3.22 5m ♂

76 雑種猫 3.56 12y ♀

77 マンチカン 3.28 9m ♂

78 日本猫 5.4 1y11m C ♂

79 雑種猫 3.4 10y1m C♂

80 雑種猫 3.5 16y4m C ♂

81 雑種猫 3.8 4y ♀

82 雑種猫 5.0 13y C ♂

・年齢は y(歳齢) 、m(か月齢)で表示 

・♂:雄、C♂:去勢雄、♀:雌、S♀:避妊雌   

   

(16)

16

図 1  栄養給与のタイミング   

図 2  体重あたりの平均給与量   

カラム内の数字は体重あたりの平均給与量(ml)を示し、垂線は平均値±標準偏差を 表す。 

14 11 47 12 39 10 33 17

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50

前日 手術前 手術後 手術翌日

症 例 数

犬 猫

13.3 9.6 13.4 10.9 11.9 7.4 15.7 15.7

0 5 10 15 20 25 30 35

前日 手術前 手術後 手術翌日

体 重 あ た り の 給 与 量 ( m l / k g )

犬 猫

(17)

17

図 3  給与に伴い発生した有害事象 17

1 1 0

1

58 3

0 1 0

0 10 20 30 40 50 60 70

いずれもない 嘔吐 胃液逆流 悪心 / 嘔気 下痢

犬 猫 症例数

(18)

18

表 2‑1  手術・処置内容と使用薬物 症例 麻酔

前投薬

麻酔 導入薬

麻酔 維持薬

術中・術後 使用薬

手術内容

1 MMB ― ― Lid 歯肉増殖部切除

2 Dro Ket Iso MELX 膀胱結石摘出

脾臓摘出

3 Mid-Med Prop Iso Atip- コンべニア 子宮脱整復

4 Atr Ket Iso アンピシリン 鼠径ヘルニア整復

5 Dro Ket Iso MELX 乳腺全摘出術

6 ― Ket Iso ― 避妊手術

7 Atr Prop Iso オルビフロ

キサシン

食道内異物除去

8 Mid-Btr Prop Iso Atr 耳翼部分切除

9 Mid-Btr-Atr Prop Iso ― スケーリング

抜歯

10 Mid-Btr-Atr Prop Iso ― スケーリング

抜歯

11 Mid-Btr-Atr Prop Iso ― 避妊手術

12 Mid-Btr-Atr Prop Iso ― 上部消化管生検

13 Mid-Btr Prop Iso Atr-Bpr 会陰ヘルニア整復

結腸膀胱固定術 去勢術 14 Atr-Bpr-

Flun-MELX コンべニア

Prop Iso Bpr-MELX 右前肢断脚術

15 Btr Prop Iso MELX 橈尺骨整復術

16 MMB ALFX Iso ― 臍ヘルニア整復

去勢、乳歯抜歯

17 Mid-Btr ― Iso Atr 卵巣子宮全摘出

18 Mid-Btr Prop Iso Atr-MELX 乳腺腫瘤切除

19 Fent-MELX Ket Iso Fent 卵巣子宮全摘出

乳腺腫瘍部分摘出

(19)

19

表 2‑2  手術・処置内容と使用薬物  症例 麻酔前投薬 麻酔

導入薬

麻酔 維持薬

術中・術後 使用薬

手術内容

20 Mid-Btr ― Iso Atr 歯石除去

21 ― Prop Iso ― 乳腺腫瘍切除

避妊手術

22 ― Ket Iso ― 去勢手術

23 ― Iso Iso ― 耳内観察

24 Mid-Btr- MELX

Prop Iso MELX 歯石除去

犬歯抜歯

25 Atr-Bpr- Prop Iso コンべニア

MELX

根尖周囲膿瘍

26 Btr Prop Iso Ket-MELX 卵巣摘出術

27 Atr-MELX Btr- ALFX

Iso トランサミン コンべニア

ビクタス

避妊手術

28 ジアゼパム Ket Iso ― 脾臓摘出術 精巣腫瘍摘出術

29 Btr Prop Iso RBCX 避妊手術

30 Btr Prop Iso RBCX 去勢手術

31 Btr Prop Iso RBCX スケーリング

抜歯

32 ― ALFX Iso ブピバカイン 膣腫瘍摘出術

33 ― Prop Iso Ket-MELX 乳腺腫瘍部分切除

34 Mid-Btr- Atr-MELX

ALFX Iso Btr 避妊手術

35 Mid-Btr ― Iso Atr 歯石除去

36 ― Prop Iso CEZ 卵巣子宮摘出術

37 Mid Prop Iso ― 歯石除去

38 Atr Prop Iso Bpr-MELX 卵巣摘出術

39 Btr Prop Iso MELX 橈尺骨整復術

40 Btr Prop Iso Dob 乳腺腫瘍摘出術

(20)

20

表 2‑3  手術・処置内容と使用薬物  症例 麻酔前投薬 麻酔

導入薬

麻酔 維持薬

術中・術後 使用薬

手術内容

41 Btr Prop Iso Dob 皮膚腫瘍切除

スケーリング

42 Mid-Atr ALFX Iso MELX 歯石除去

43 Mid-Btr- Ket

ALFX Iso MELX 去勢手術

44 Mid-Btr- Ket

ALFX Iso ― 眼球摘出術

45 Bpr Prop Iso Fent 乳腺腫瘍切除術

46 Atr ALFX Iso ― 脊髄造影

47 Atr ALFX Iso ― 歯石除去

48 Mid ALFX Iso MELX 去勢手術

49 MMB-

MELX

ALFX Iso ― 避妊手術

50 Mid ALFX Iso MELX 腫瘤切除

51 Atr-Ace Ket Iso アンピシリン

トランサミン

膝蓋骨脱臼整復

52 Atr Prop Iso ― 去勢手術

乳歯抜歯

53 Atr Prop Iso MELX 乳腺腫瘍切除

54 Atr-MELX Btr- Prop

Iso ― 歯石除去 歯周病治療 55 Atr-Bpr

フルニトラ ゼパム

Prop Iso CEZ 皮膚肥満

細胞腫切除術

56 Atr-Bpr フルニトラ

ゼパム

Prop Iso CEZ-Bpr- MELX

悪性黒色腫切除術

57 Btr Prop Iso ― 避妊手術、抜歯

スケーリング

(21)

21

表 2‑4  手術・処置内容と使用薬物  症例 麻酔前投薬 麻酔

導入薬

麻酔 維持薬

術中・術後 使用薬

手術内容

58 Btr Prop Iso ピペラシン 内視鏡検査

組織生検

59 Mid ALFX Iso MELX 歯石除去、抜歯

60 Mid-Fent Prop Iso Fent 肛門周囲腫瘤切除

去勢、頭部腫瘤切除 体表腫瘤切除

61 Fent ALFX Iso Fent 乳腺腫瘍切除

62 MMB ― Iso Bpr-Atip 避妊手術

63 Med-Btr- Diaz

Prop Iso Bpr-MELX 全顎抜歯

64 Atr-Diaz ALFX Iso MELX 避妊手術

65 Mid-Bpr Prop Iso ― 卵巣子宮摘出術

66 MMB ― Iso ― 避妊手術

67 ― Ket Iso ― デンタルケア

68 ― Ket Iso ― 肥満細胞腫切除

69 Mid-Med Ket Ket Atip

コンべニア

避妊手術

70 ― Med Iso Atip スケーリング

抜歯

71 Mid Prop Iso ― 去勢手術

72 Dro Med Ket Atip 去勢手術

73 Dro Med Ket Atip

コンべニア

抜歯

74 MMB Iso Iso ― 避妊手術

75 MMB ― Iso MELX 去勢手術

76 Btr Mid-

Prop

Iso MELX 臍ヘルニア整復

避妊手術  

 

(22)

22

表 2‑5  手術・処置内容と使用薬物  症例 麻酔前投薬 麻酔

導入薬

麻酔 維持薬

術中・術後 使用薬

手術内容

77 MMB ― Iso Atip 腹腔内停留睾丸

摘出術

78 Mid Prop Iso ― 腸管切開による

異物除去

79 Mid-Atr ALFX Iso ― 胃瘻カテーテル

設置 80 Atr-Bpr-

Flun コンべニア

Prop Iso Bpr-Melx 全顎抜歯

81 MMB-Melx Prop Iso Atip 避妊手術

82 Mid Prop Iso ― 膵臓生検

(23)

23

図 4  栄養給与実 

施者の印象 

(24)

24

1-4. 考察

 

ヒト医療における周術期栄養管理に関する意識の変遷は著しく、特に術後早期回復 プロトコールと呼ばれる ERAS プロトコール(Enhance Recovery After Surgery  protocol)が提唱された後に、術前絶飲食時間ならびに早期経腸栄養の開始について の見直しが盛んに行われるようになった[16]。中でも麻酔前の絶飲食期間が大幅に見 直され、固形食は麻酔導入 6 時間前まで許容し、clear fluid(脂肪・ミルクなどを 含まない透明な液体、例えば水)の摂取に関しては 2 時間前まで可となっている。し かしこれは患者の有する病態によって異なり、糖尿病性神経症を合併している患者の 場合、胃からの排泄が遅延する危険性を有するため、嘔吐・誤嚥の危険性が増加する 可能性が指摘されている[30]。また、12.5%の炭水化物含有飲料水を手術前夜に 800mL、

麻酔導入 2 時間前に 400mL 摂取させることが推奨されている[30]。その効果として患 者の喉の渇き・空腹感・不安感が軽減され、さらに代謝栄養学的に術後のインスリン 抵抗性が軽減されることで高血糖のリスク軽減やタンパク代謝の改善が期待し得る ことが解説されている。このようにヒト医療においては周術期の栄養管理について非 常に詳細な情報の提示ならびに実行がなされている一方で、獣医学領域においては、

麻酔導入時および麻酔維持時の胃内容物の逆流の有無という観点でのみ評価がされ ているものの[18]、術前絶食時間の見直しはされておらず、その具体的な臨床的有用 性もしくは悪影響についての検討は全くなされていない。 

  今回解析を行ったアンケートの結果は術前または術後の栄養給与が行われた、もし くは周術期の栄養給与に関して興味のある獣医師が対象であった事を認識しておく 必要がある。またデータ収集方法を web アンケート形式とし、その収集システムに登 録をしている獣医師を対象としたため、非常に偏った結果である可能性も否定できな い。実際、現在全国には小動物関係の診療施設が 11,981 件、個人診療施設でも 9,292 件存在する(平成 30 年飼育動物診療施設の開設届出状況、農林水産省ホームページ より) 。今回はこのうちわずか 41 病院、約 2%程度からの施設の回答であることは結果 の解釈に大きな影響があると考えられる。今回の結果がいかに偏ったデータであるか は十分に認識した上で検討を進める必要があることを重ねて認識し解釈していかな ければならない。 

このような状況で、今回得られたデータにおける動物種としては犬が非常に多く、

猫はその 1/3 ほどのサンプルサイズであった。犬および猫のいずれにおいても品種、

年齢、体重そして性別に特定の傾向は示されず、広くまんべんなくデータ収集が行わ

(25)

25

れていた。栄養給与が行われた時期については、多く実施された順に犬では手術前 47 症例(75.8%) 、手術後 39 症例(62.9%) 、手術翌日 33 症例(53.2%)そして手術前日 14 症例(22.6%)であった。一方、猫では多く実施された順に手術翌日 17 症例(85%) 、 術前 12 症例(60%) 、手術前日 11 症例(55%)そして手術後 10 症例(50%)と犬と猫 で主な給与実施のタイミングが異なる傾向が示された。これまで報告されている周術 期の栄養給与、特に術前の栄養給与の可能性についての報告[18]は犬だけの報告であ るため、今回の回答者はこの情報をもとにして犬で手術前に給与を実施したことが影 響している可能性が考えられる。猫においては周術期栄養管理における懸念事項であ る導入時の嘔吐ならびにそれに伴う誤嚥性肺炎の発生防止のための絶食処置を常に 意識した術後給与が多く行われた結果であったと考えられた。また後述するが、栄養 給与が実施者からの強制給与となった場合、麻酔前給与が給与者ならびに動物の負担 となるように感じることが多いのが猫であるため、今回のような結果、すなわち猫で 手術前給与が行われなかった可能性も考えられる。しかし、犬における前日給与以外 には給与時間の分布に大きな差は認められず、今回の実施者は周術期栄養管理を積極 的に実施する意識が強いことを示す結果であった。 

動物が必要とするエネルギーの要求量は疾病をはじめとする動物の状態に大きく 依存するが、栄養給与の際には通常、安静時要求エネルギー(RER;Resting Energy  Requirements)を体重(kg)

0.75

×70 から算出し、これに様々な疾病係数を乗じて 1 日あたりの必要エネルギー量(kcal)が算出される。今回栄養給与のために用いられ た食餌は約 1kcal/ml の液状フードとなっているため、症例の体重分布より 1 日の給 与量を算出すると最少(=RER)は犬、猫でそれぞれ 28.8ml/kg および 43.3ml/kg、最 大(=2.0×RER)は犬、猫でそれぞれ 66.8ml/kg および 58.8ml/kg となり、1 回給与 量はそれぞれこれを給与回数で除した値となる。今回、結果として得られた給与量と しては、殆どのものが RER の半分以下のもの、すなわち通常の 1 回給与量としては非 常に少量給与であった。しかし、いくつかの症例においては、2.0×RER を超える量が 給与されていた。特に手術前において犬で 50ml/kg、猫で 28.6ml/kg が給与されてい る症例があった。手術前は胃内に残渣が多い状況、特に満腹と言われる full stomach の状況は避けるべきであると推奨されている[1]。このため、今回実施された給与量 についてはその実施根拠などについての詳細を追跡調査する必要があると考えられ た。 

実施された手術の種類は多岐に渡り、またそれぞれで用いられていた鎮静・麻酔薬

および鎮痛薬をはじめとする各種薬剤には特定の傾向は認められなかった。しかしな

(26)

26

がら、手術・処置の実施に際し鎮痛薬不使用で実施されているものもあった。伴侶動 物に侵襲を伴う処置を行う場合、必ず鎮痛薬の使用を推奨している。またその種類に ついても処置の種類に合わせて単独もしくは組み合わせの使用を検討すべきである [22、71]。このため、今回得られた鎮痛薬不使用の症例についてはその理由も含めて 詳細を調査し、獣医療従事者の意識の改変に勤め、疼痛管理の必要性について十分に 周知・認識させる必要があることが示された。生じた有害事象は犬で麻酔導入時の悪 心/嘔気が 1 症例、術前の栄養給与後、手術開始直後そして術後栄養給与後の嘔吐が それぞれ 1 症例であった。一方、猫では麻酔導入時の嘔吐、給与タイミングの記載の ない胃液の逆流、術後の下痢がそれぞれ 1 頭で確認されていた。有害事象の発生と実 施された手術の種類そして使用された鎮静・麻酔薬との間に明確な関連性は見いだす ことができなかった。麻酔管理に用いられる薬物と副作用の発生には強い関連性が示 唆されており、特に今回注目している消化器関連の副作用、特に嘔吐や嘔気は、αア ドレナリン受容体作動薬やモルヒネを用いることで高率に発生する[8、64]。また、

痛みは術後の動物の状態へ大きく影響し、食欲低下をはじめとする様々な有害事象を 引き起こす[71]ため適切な動物管理の一環として食欲の状態を意識した動物看護は 必須である。今後は手術の種類ごとの麻酔プロトコールならびに疼痛管理プロトコー ルを統一するなど動物の福祉の充実を図るとともに、麻酔前投与薬と有害事象との関 連性などについてさらなる調査を行うべきであると考える。

栄養給与実施者の印象については重複回答であるものの、犬および猫の双方で非常 に前向きな印象の回答が多く得られていた。これは前述したように、今回の調査では 周術期の栄養給与に関して前向きな病院ならびに実施者がアンケートへの回答を行 なっていたことが大きく影響していると考えられた。AAHA(米国動物病院協会;

American Animal Hospital Association)の提唱する、高齢犬および高齢猫のケアの ためのガイドラインにおいては、同様のアンケート調査より、ペットオーナーは自身 の飼育する動物に対する手術後に必要なケアの内容として、適切な栄養管理の方法や 鎮痛薬の処方の方法(用量の変化や種類の減量)について詳細な説明を望んでおり、

これに適切に答えるべきであるとしている[2]。このように術後の動物の状態が「良

い」ことはペットオーナーの満足度向上へ直接的影響をおよぼすため、栄養給与実施

者が良い印象を受ける傾向の強かった周術期栄養給与は、ひいてはペットオーナーの

満足度へとつながる臨床的に有用な手技であると考えられる。しかし、今回の回答に

おいても栄養給与を実施したが、良い印象ならびに悪い印象のいずれも感じなかった

という回答が犬で 25 症例、猫で 7 症例認められていること、猫においては給与が困

(27)

27

難であった、栄養給与をする行為で患者にストレスを与えてしまうなどの悪い印象の 回答も 4 症例で得られていたことには注意しなければならない。 

周術期栄養管理は一般的に実施されてきていると考えていたが、今回の結果からは その実施の一般化を結論付けることはできなかった。栄養摂取ならびに水分摂取は動 物が生きていく上で必須の行為であり、どのような状況においても十分に達成されな ければならないものである。獣医療従事者であればどのような状況であっても、動物 の福祉を考え達成を意識しなければならない。しかし獣医療分野の周術期において栄 養管理が適切に実施されていないのは、実施する担当獣医師に一任されているため、

EBM(Evidence‑Baced Medicine;根拠に基づいた医療)の実施が強く望まれる現代で は、周術期栄養給与に関する給与適切量、給与実施のタイミングなどのデータが存在 しないことが大きな要因となっていると結論付けた。今後は「学術的根拠」を明確と するための患者動物に対する適切な 1 回給与量の調査、発生した有害事象と給与量の 関連性、適切な給与タイミングについてのさらなる検討が必要であると考えられる。 

 

(28)

28

1-5. 小  括

  第 1 章では、臨床現場における周術期栄養管理の実態と給与による患者への影響を 把握することを目的にアンケート調査を実施した。 

本研究では 41 病院、全国の約 2%程度の施設からの回答が得られた。また患者動物 への体重あたりの 1 回給与量は、ほとんどの症例で RER の半分以下であったが、2 倍 量の給与が実施されている症例も認められた。栄養給与によって生じたと考えられる 有害事象は全体の 8.5%で発生していた。実施者の印象は前向きな意見が多く得られて いたが、良い印象・悪い印象のいずれも感じなかった回答や、悪い印象の回答も認め られた。周術期栄養管理に興味関心を持つ獣医師は非常に限定的であり、臨床現場で は広く実施されておらず、患者動物への栄養給与の実施は統一されていないことが示 された。これは周術期栄養給与に関する適切な量、給与実施のタイミングなどのデー タが存在せず、どのように実施するかは獣医師に一任されている現状のためと結論付 けた。 

  周術期栄養管理は一般化されてきていると考えていたが、獣医療における臨床現場 では一般化され実施されている結論には至らなかった。また EBM の実施が強く望まれ る現代においては患者動物に対する給与適正量、適切な実施タイミングなどの情報が 必要不可欠であるため、今後は患者動物に対する適切な 1 回給与量の調査、発生した 有害事象と給与量の関連性、適切な給与タイミングの検討が必要であると考えられる。

加えて調査対象数を増加させ、より多くの回答を得ることと合わせて、周術期栄養給 与に懐疑的な意見を有する動物病院/獣医師を対象に加えた調査を実施し、比較検討 する必要性があると考えられた。 

 

(29)

29

第 2 章  周術期における術前絶食症例の  術中安全性の検討 

 

2-1. 小緒   

  胃食道逆流症(GERD; Gastro Esophageal Reflux Disease)ならびにそれに伴い発 生すると考えられる食道炎や誤嚥性肺炎は麻酔関連有害事象としてヒト医療におい て注目されている。麻酔に関連した誤嚥性肺炎の発生頻度は 0.01〜0.03%と稀とされ ているが[27、32、34、39、48、62]、重症化するとその 1/20 が死に至ると言われる 重篤な病態である[27、28、51]。その重症度を決定する因子としては胃液の水素イオ ン濃度(pH)、胃液の量、胃内残渣の有無や性状、年齢そして体重などが挙げられて いる[38、72]。年齢は胃液量や胃液 pH に大きく影響を及ぼし、一般に 13〜40 歳齢の 若年者は胃液量が多く、胃液 pH も低いとされている[60]。したがって、誤嚥そのも のの危険性は同様であっても、胃液を誤嚥した場合には、より胃液 pH が低く、より 胃液量の多い若年者において誤嚥性肺炎の重症度は高くなるとされている[38]。一方、

獣医学領域においてもいくつかの報告[13、15]があり、全身麻酔に伴う有害事象とし て注意すべき事項であると思われるものの、その発生要因についての詳細な検討はな されていない。発生に起因する一つの要因として長時間の絶食と胃内容物の存在の有 無、それに伴う胃内 pH の関係性が推察されているが[13]、実際の発生状況について 調べられたものはない。 

我々は本論文の第 1 章において、周術期の栄養管理に関する臨床獣医師の意識調査 ならびに術前栄養給与の実施状況についてアンケート調査を行い、周術期の栄養管理 に興味・関心がある獣医師が手術前の栄養給与を実施し、その際に発生した有害事象 は最少であったことを報告した。そこで本章では、全身麻酔管理下で様々な手術が行 われた症例における食道内 pH を測定し、嘔吐や胃液の口腔内もしくは鼻腔内からの 逆流という目に見える有害事象としては生じていない有害事象発生の可能性の探求 として、潜在的 GERD の発生状況すなわち、胃液の逆流による食道内 pH の変化の有無 についての調査を実施した。 

 

 

(30)

30

2-2. 材料と方法 2‑2‑1. 対象動物 

  2017年11月から2019年7月までの間に酪農学園大学附属動物医療センター(以下、

本センター)に全身麻酔下での手術を目的に来院した犬36症例を対象とし調査を実施 した。患者は従来通り手術前12時間以上の絶食が行われていた。対象症例の概要を表 3‑1から3‑3に示した。 

 

2‑2‑2. 食道内pH計測 

  食道内のpHの計測には、ポータブルpHメーター(PH201Z、ケミカル機器株式会社、

東京)(図5)を使用し、以下の手順に従い実施した。 

 

①患者動物を全身麻酔状態へ移行(麻酔導入)し、気管内挿管を実施直後、挿管補助 として使用したスタイレットの長さを参考にpHメーター測定部が食道中央部になる よう設置 

②pHメーター設置後、連続測定を開始 

③手術中計測したpHを5分毎に記録 

④手術終了時、pHメーターを患者食道内から抜去し、pH測定を終了   

手術時間の長さにもとづき以下の3群に分類した。( )は症例数を示す。 

  手術時間が1時間未満のもの(n= 9) 

  手術時間が1時間以上2時間未満のもの(n=12) 

  手術時間が2時間以上のもの(n=15) 

食道内pHの推移状況にもとづき以下の3群に分類した。( )は症例数を示す。 

上昇群  :測定開始から0.5以上のpH上昇が認められたもの(n=10) 

無変動群:測定開始から0.5以内の変動であったもの(n=20) 

下降群  :測定開始から0.5以上のpH下降が認められたもの(n=6) 

 

2‑2‑3. 統計学的解析 

  統計学的解析には統計ソフト(JMP

®

 ver.13、SAS Institute Japan 株式会社 JMP ジャパン事業部)を用いて、各測定時間における食道内 pH の推移を比較するために、

反復測定分散分析法を用いて検定した。いずれの解析結果も、p 値 < 0.05 を統計学

(31)

31

的有意差ありとした。 

   

(32)

32

表 3‑1  対象患者の基本データ  品種 年齢 性別 体重

( kg )

手術内容 症例

1

フレンチ・

ブルドッグ

9m C♂ 8.38 左側股関節脱臼整復術

症例 2

トイ・

プードル

9y3m S ♀ 5.75 左前十字靭帯断裂整復術

症例 3

ワイアー・フォ ックス・テリア

10y3m C ♂ 9.12 PEA+IOL(両眼)

症例 4

ミニチュア・

ダックスフンド

9y9m C ♂ 5.6 右側腹部腫瘍切除

症例 5

柴 8y9m C ♂ 7.7 ISP(左眼)

症例 6

トイ・プードル 8y4m C♂ 4.1 左前肢断脚術ならびに義肢装着 症例

7

ジャーマン・

シェパード

8y10m S ♀ 33.6 肛門観察

症例 8

フレンチ・

ブルドック

8y3m C ♂ 13 眼球瞬膜被覆術(左眼)

症例 9

キャバリア・キ ング・チャール ズ・スパニエル

15y6m C ♂ 10 眼球摘出術(両眼)

症例 10

雑種 7y2m S ♀ 7.12 PEA+IOL(両眼)

症例 11

雑種 13y2m S ♀ 6.55 左側副腎腫瘍摘出術

症例 12

ミニチュア・

シュナウザー

9y5m S ♀ 7.6 角膜格子状切開、

瞬膜フラップ(左眼)

症例 13

トイ・プードル 7m ♂ 3.2 大腿骨頭骨頸切除術、去勢術、

腹壁ヘルニア整復術 症例

14

マルチーズ 9y1m S ♀ 2.95 PEA+IOL(両眼)

症例 15

フレンチ・

ブルドッグ

10y S♀ 8.8 右前肢断脚術 症例

16

ポメラニアン 10y3m S ♀ 4.04 卵巣子宮全摘出術

膀胱尿道全摘出術

(33)

33

表3‑2  対象患者の基本データ  品種 年齢 性別 体重

(㎏)

手術内容 症例

17

秋田 9y8m S ♀ 37.3 ゲンタマイシン注入

(右眼)、眼瞼縫合 症例

18

柴 10y9m S ♀ 10.6 股関節脱臼整復術

症例 19

柴 6y3m S ♀ 12.52 前房シャント設置術

(両眼)

症例 20

柴 1y C ♂ 7.2 右中手骨骨折整復 症例

21

パピヨン 2y3m C ♂ 2.5 右膝蓋骨内方脱臼整復術

症例 22

柴 1y0m C ♂ 11.23 膝蓋骨内方脱臼整復術

症例 23

柴 10y9m S ♀ 10.1 大腿骨頭骨頚切除術

症例 24

シー・ズー 13y S ♀ 8.65 左肺後葉切除術 気管支リンパ節切除術 症例

25

ミニチュア・

ダックスフンド

9y2m C ♂ 6.32 会陰ヘルニア整復術

症例 26

チワワ 16y2m C ♂ 5.12 眼球摘出術(右眼)

症例 27

トイ・プードル 6y C ♂ 3.46 PEA + IOL (右眼)

症例 28

キャバリア・キ ング・チャール ズ・スパニエル

11y5m S ♀ 7.44 眼球摘出術(右眼)

症例 29

ゴールデン・

レトリーバー

11y3m S ♀ 30.2 右乳腺腫瘍片側全切除術

体表腫瘍生検 症例

30

MIX 8y9m C ♂ 11.74 ISP (右眼)

症例 31

トイ・プードル 12y7m C ♂ 7.32 ISP (右眼)

症例 32

チワワ 11y7m S ♀ 5.1 胸腺腫摘出術

(34)

34

表3‑3  対象患者の基本データ 

・年齢はy(歳齢)、m(か月齢)で表示 

・ S♀:避妊済み雌、♂:雄、C♂:去勢済み雄   

図 5  ポータブル pH メーター(PH201Z、ケミカル機器株式会社、東京) 

 

   

品種 年齢 性別 体重

(㎏)

手術内容 症例

33

ヨークシャー・

テリア

1y1m C ♂ 3.3 右膝蓋骨内包脱臼整復術

症例 34

チワワ 11y1m S ♀ 5.4 肝内側右葉部分切除術

症例 35

ボストンテリア 9y6m C ♂ 9.5 MCT 追加切除術 症例

36

ミニチュア・

ダックスフンド

14y3m S ♀ 4.4 左片側乳腺切除術

腋窩・鼠径リンパ節郭清

(35)

35

2-3. 結果  

2‑3‑1. 患者情報 

  食道内 pH の測定を実施した症例の犬種内訳は多い順に柴犬(6 頭)、トイ・プード ル(5 頭)、チワワ(3 頭)、ミニチュア・ダックスフンド(3 頭)、フレンチ・ブル ドッグ(3 頭)、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル(2 頭)、雑種(2 頭)、ワイアー・フォックス・テリア(1 頭)、ジャーマン・シェパード(1 頭)、

ミニチュア・シュナウザー(1 頭)、マルチーズ(1 頭)、ポメラニアン(1 頭)、秋 田(1 頭)、パピヨン(1 頭)、シー・ズー(1 頭)、ゴールデン・レトリーバー(1 頭)、MIX(1 頭)、ヨークシャー・テリア(1 頭)、ボストン・テリア(1 頭)であ った。体重は 2.5〜37.3kg(9.4±8.0kg;平均値±標準偏差)、年齢は 7 か月齢〜16 歳 2 か月齢(8.7±4.0 歳齢;平均値±標準偏差)となっていた。性別の内訳は雄 18 頭(うち去勢雄 17 頭)、雌 18 頭(全て避妊雌)であった。 

2‑3‑2. 食道内pH変動 

  測定した全症例における食道内pHの値の推移を図6に示した。表の値は平均値を、

垂線は標準偏差を示し、横軸(X軸)は麻酔導入からの時間(分)を、縦軸(Y軸)は 食道内pHの測定値を示した。麻酔導入後15分目における食道内pHの平均値は7.3とほ ぼ中性であったが、麻酔時間の経過に従い食道内pHには低下する傾向が示された。手 術時間が1時間未満、1時間以上2時間未満、2時間以上のそれぞれの群における食道内 pHの値の推移を図7に示した。1時間未満の群において食道内pHは測定開始時7.08、計 測開始から40分後で最大値7.5まで上昇したが、45分時点でpH7.13まで低下した。1時 間以上2時間未満の群においては、計測開始時の食道内pHは7.05、計測開始から55分 にかけて7.38まで上昇し続け、その後95分の時点で6.95まで低下し、その後回復する 傾向が認められた。手術時間が2時間以上の群においては測定開始時の食道内pHは6.8 3で、時間の経過による変動は少なく、140分の時点で最高値pH6.97を示したが、その 後もほぼ一定の値での変動であった。各測定時間における食道内pHに統計学的有意差 は認められなかった。 

食道内pHの推移が、測定開始時から一定の傾向を辿った症例、増加の傾向および減

少の傾向をたどった症例の3群に分類し、その変動を図8に示した。上昇群において食

道内pHは測定開始時6.9、計測開始から40分後で最大値7.6まで上昇したが、その後は

ほぼ一定の変動であった。無変動群において計測開始時の食道内pHは6.9、その後はp

(36)

36

H6.8から7.0の値で変動を示した。下降群において計測開始時の食道内pHは7.4、時間 の経過で低下し90分の時点で最小値6.3を示した。各群の変動パターンの値に統計学 的有意差は認められなかった。 

また食道内pHが上昇の傾向を示した上昇群は9症例、一定の経過をたどった無変動

群は21症例、低下の経過を認めた下降群は6症例であった。手術時間に基づく分類同

様、変動パターン間の値に統計学的有意差は認められなかった。 

(37)

37

  図 6  対象全症例における食道内 pH の経時推移 

 

図の値(●)は平均値を、垂線は標準偏差を示し、横軸(X 軸)は麻酔導入からの時 間を、縦軸(Y 軸)は食道内 pH の測定値を示している。 

食道内 pH 平均値は全身麻酔時間の経過に従い低下する傾向が示された。 

   

   

5 5.5 6 6.5 7 7.5 8 8.5

15

25

35

45

55

65

75

85

95

105

115

125

135

145

155

165

175

185

195

205

215

225

235

245

255

265

(38)

38

  図7  手術時間ごとの食道内pHの変動 

 

表の値は平均値を、垂線は標準偏差を示し、横軸(X 軸)は麻酔導入からの時間を、

縦軸(Y 軸)は食道内 pH の測定値を示している。 

手術の時間を 1 時間未満(<60min)、1 時間以上 2 時間未満(60min≦<120min)、2 時間以上(120min≦)に分け、食道内 pH の値の推移を示した。 

   

5.5 6 6.5 7 7.5 8 8.5 9

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100110120130140150160170180190200210220

<60 60≦<120 120≦

(39)

39

  図8  食道内pHの推移パターンによる分類 

 

表の値は平均値を、垂線は標準偏差を示し、横軸(X 軸)は麻酔導入からの時間を、

縦軸(Y 軸)は食道内 pH の測定値を示している。 

食道内 pH の推移が測定開始時から一定の傾向をたどった症例(無変動群)、上昇の 傾向(上昇群)および減少の傾向(下降群)の 3 群を比較した。 

 

5 5.5 6 6.5 7 7.5 8 8.5

上昇群 無変動群 下降群

(40)

40

2-4. 考察  

麻酔に関連した誤嚥性肺炎の発生頻度は 0.01〜0.03%と非常に稀であるとされてい るが、重症化するとその 1/20 が死に至ると言われる非常に重篤な病態である。獣医 学領域においてもその発生についていくつかの報告が存在するが、発生要因ならびに 危険因子などについては検討されていない。誤嚥性肺炎の発生に関与すると考えられ ている胃食道逆流症(GERD; Gastro Esophageal Reflux Disease)の発生ならびに重 症化に関与する因子に胃内容物の逆流が挙げられている。獣医学領域における全身麻 酔時の胃内容物の逆流を食道内 pH で測定した報告は散見されるものの、その情報は 十分ではない[13、14]。 

そこで本章では、様々な疾病の治療を目的に本センターを来院し、全身麻酔下での 手術・処置が行われた犬の臨床例を対象に食道内 pH の経時的推移を測定し、GERD の 発生状況と、そこに寄与する因子についての検討を行った。 

対象となった症例は 36 症例で、品種は柴犬、トイ・プードル、チワワ、ミニチュ ア・ダックスフンドそしてフレンチ・ブルドッグ、対象症例の体重分布は 2.5kg から 37.3kg の範囲で平均 9.4kg と小型の犬が多く、現在の日本における犬の飼育状況をよ く反映したもの(家庭動物白書 2018、アニコムホールディングス株式会社)であった。

また、対象症例の年齢分布は 7 か月齢から 16 歳 2 か月齢と広い幅が認められたもの の平均 8.7 歳齢と比較的高齢の症例分布であった。実施された処置・手術の種類も腫 瘍手術、整形外科手術、眼科手術と多岐に渡っていた。全 36 症例の食道内 pH の推移 に有意な変動は認められなかったものの、時間の経過に伴い軽度の減少傾向が認めら れた。食道内 pH が 4.0 以下(胃液の食道内への逆流)もしくは 7.5 以上(胆汁の食 道内への逆流)の状態が 30 秒続く時、GERD の発生を認めるとするのが一般的である [66]。今回得られた結果において平均値の推移を見る限り大きな変動は認められなか ったものの大きな偏差を示し、各個体の実測値および変動の程度は非常に大きく、大 きな個体差を有する可能性が示された。また今回の測定においても pH4.0 を下回る症 例はおらず、pH7.5 以上を示したものが 9 症例認められ、この症例においては GERD が発生していたと考える必要があるかもしれない。 また GERD 発生には犬のサイズ[29、

47、66] 、性別[37]、手術の種類[13]と使用薬剤[10、69] そして年齢[13]が関与す

ると言われているが、今回食道内 pH 上昇が認められた 9 症例においてもこれらの報

告における予測因子に全て合致するものはなく、犬のサイズ(大型;30kg 以上)、性

別(雌)そして年齢(高齢)の 3 因子で一致しているものが1症例(症例 29)該当し

(41)

41

ただけであった。これは GERD 発生を確実に予測する因子は未だ存在しないと言える 可能性が高い結果であった。しかしながら人においては古くから高い腹腔内圧、低い pH の多量の胃液の存在、胃内容物排泄遅延が肥満の患者では多く確認され、これが GERD の発生リスクとなっていると報告されている[73]。これに類似する状態は、肥満 の短頭種犬において認められることから[31]、獣医学領域における新たな GERD 予測 因子として肥満の短頭種犬を含めた検討が必要かもしれない。また、使用薬剤につい ても過去の報告にあるものと、現在本センターで使用されている薬剤との乖離が大き く、様々な薬剤の使用における GERD 発生状況についても再調査する必要性が示され た。これまでは全身麻酔により胃内容物の食道内への逆流は高確率で発生し、これが 誤嚥性肺炎発生のリスクへと繋がると考えられていた。今回得られた我々の結果にお いては、いずれの症例においても食道内 pH の明らかな低下や上昇、すなわち胃内容 物や胆汁の食道内への逆流を示唆する明確な結果は得られず、同時に麻酔前後で食道 内 pH の変動との関係を示唆する臨床症状も観察されていなかった。 

今回の結果から、小動物臨床においてはこれまでに推奨されている確実な絶食時間 を設定し、全身麻酔管理を行ったとしても GERD は発生しうる可能性が示された。今 回得られた pH の変動を「何も生じていない」と判断するのではなく、食道への胃お よび / もしくは腸内容物の逆流による症状や合併症が実際に発生しているか否かを 確認するために、内視鏡検査などの実施による確実明確な確認方法の設定が必要であ ると結論付けた。 

 

   

図 4  栄養給与実  施者の印象 

参照

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