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―筋ジストロフィー病棟での療養をめぐる研究の方向を探る―

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慈恵医大誌 2010;125:143-52.

Key words: progressive muscular dystrophy, progressive muscular dystrophy wards,treatment, nurture, nursing This article surveys past studies of and reports on the treatment in Progressive Muscular Dystrophy

(PMD) wards. The Japanese government has taken special measures to deal with the treatment of PMD, establishing the first national PMD wards in 1964, when no equivalent facilities for patients with other Special Chronic Diseases (tokutei shikkan) existed. PMD wards generally offered patients safe environments in which they could seek their own way of life, but some found the environments stressful and had many complaints about them. For the nurses, on the other hand, the wards served as places to practice what they enjoy the fruits of their efforts, but many actually found it difficult and hard to work there. In each ward, pragmatic measures have been taken to deal with obvious problems depending on the circumstances, and past studies have shown various issues many-sided with the treatment in PMD wards. It seems, however, that researchers are treating each problem as a mere scientific object of study, directing our attention from the reality of the treatment in PMD wards. This article argues the necessity of describing the actual experiences of people who participate in the treatment in PMD wards and provide an opportunity to reexamine “what the treatment in PMD wards is like. ”

(Tokyo Jikeikai Medical Journal 2010;125:143-52)  Basic Nursing, The Jikei University School of Nursing

Mayumi K

ikuchi

A HISTORY OF PROGRESSIVE MUSCULAR DYSTROPHY WARDS : THE TRENDS IN THE STUDY OF THE TREATMENT IN PMD WARDS

東京慈恵会医科大学医学部看護学科基礎看護学

(受付 平成 22 年 6 月 14 日)

菊  池  麻 由 美

筋ジストロフィー病棟の歴史的変遷

―筋ジストロフィー病棟での療養をめぐる研究の方向を探る―

【総説】

Ⅰ.は じ め に

わが国には,他国にはない,筋ジストロフィー 患 者 の 救 済 措 置 と し て 作 ら れ た「 筋 ジ ス ト ロ フィー(progressive muscular dystrophy,以下PMD とする)病棟」がある.ここは,これまで 55 年 間にわたって,身体の可動性を進行性に障害して いく患者の療養の場となってきた.ここでは大多 数の患者が政策医療を受け,生涯にわたる療養を している.PMD病棟では他の一般的な病棟とは 異なり,必ずしも「退院」を前提にしない医療や 生活が営まれている.

「筋ジストロフィー病棟」をキーワードに,医 学中央雑誌で全年(1983 - 2010 年)を指定する

と,わずかに 78 件が検索される.そのうち 18 件 は国立病院総合医学会の抄録であり,37 件は厚 生労働省班会議への報告であった.このことが示 すように,PMD病棟での療養生活やそこで行わ れる医療および看護の現状は,一部の学会や報告 書に発表されるのみで,一般市民はおろか医療人 にもほとんど紹介されてこなかった.しかし,現 在の「医療費の削減」や「自立支援法」,「独立行 政法人化した国立病院機構病院」をめぐる課題等 への注目は,改めてPMD病棟での療養生活を振 り返り,療養支援のあり方を問い直す契機となっ ている1)-3)

本稿では,資料を手がかりにこれまでのPMD 病棟での療養と看護の変遷を辿り,現在のPMD

(2)

病棟の実像を明らかにし,今後の研究課題を検討 する.上記の検索された文献に加え,入手できた

①PMD病棟での療養体験のある患者自身からの 報告,②PMD病棟の医療者によってまとめられ た研究報告や資料,③PMD病棟外の研究者によ る報告,④PMD協会からの出版物を参照した.

Ⅱ.筋ジストロフィー患者の身体状況と医療

1.筋ジストロフィー症とは

PMDは筋線維の変性と壊死を主病変とし,進 行性の筋力低下をきたす遺伝性疾患の総称であ る.現在,40 余種の病型が知られている4).最も 数が多いディシェンヌ型PMDは,PMDの約 6 割 を占め,X連鎖劣性遺伝形式をとり,男児に発生 する.幼少期に発症し,体幹,四肢近位筋優生の 筋萎縮と関節の拘縮と変形をきたす.発症後 10 年以内に歩行不能となり,呼吸筋や心筋の障害が 進行して 20 ~ 30 歳くらいで死亡する5).ベッカー 型はディシェンヌ型に比して発症が遅く,緩徐な 経過をとる.肢体型は常染色体劣性遺伝で,多く は孤発例である.上下肢の近位筋(肩周辺,腰周辺)

の障害から始まり,関節拘縮や変形は起こさない.

10 ~ 20 歳代の発症が多く,比較的緩徐な経過を たどる.また,顔面肩甲上腕型は 30 ~ 40 歳ごろ に発症し,顔面・肩甲筋の筋萎縮を起こす.筋強 直性ジストロフィーは知的障害を合併し,四肢遠 位筋から筋萎縮が進行する.筋強直性ジストロ フィー患者は 50 ~ 60 歳で死亡することが多い6). 様々な病型の患者がおり,総数は全国に 2 万人程 度といわれている注 1)

2.病原遺伝子の特定と遺伝子治療

1987 年にアメリカの研究者クンケルが,デュ シェンヌ型PMDの原因が筋肉の細胞膜を形成する 蛋白質の1 つである「ジストロフィン蛋白」の欠 損による筋細胞の破壊であることをつきとめた7). これに続き,次々とその他の型のPMDの原因遺伝 子も特定されている.現在,PMDの根本的治療法 を目指して,ウイルスベクターを用いた遺伝子治 療,再生移植治療などの研究が進んでいる.しかし,

現在のところ実用化の段階には至っていない.

一方で原因遺伝子の特定により出生前遺伝子診 断が可能となり,「産まない」選択が可能となっ

ている.

3.対症療法の進歩

これまで,PMDの治療薬としてアドレナリン,

アミノ酸,成長ホルモン,コエンザイムQ10,血 管拡張剤,カルシウム拮抗剤,蛋白分解酵素阻害 剤等の種々の薬剤が試みられたが,無効であった.

現在,グリチルリチンや副腎皮質ホルモン(プレ ドニゾロン)が試されているが,短期的な進行抑 制効果はあるが,長期的な効果は期待できない.

一方,筋の変性によって生じる機能障害に対し ては様々な対症療法が実施され,効果を示してい る.主病態の骨格筋変性による上下肢の機能障害 に対しては諸装具,環境制御装置,電動車椅子に よる喪失機能の代償が行われている8).病気の進 行に伴い種々の内臓障害を引き起こすが,最も問 題となるのは呼吸不全と心不全であり,これが PMDの死因のほとんどを占める9).呼吸不全に対 しては,1970 年代後半ごろより人工呼吸療法が全 国の国立療養所で行われるようになり10),1990 年 代に入って在宅療養者にも実施された.初期の人 工呼吸療法は体外式陰圧式呼吸(「鉄の肺」と呼ば れた)であった.その後,気管切開をして間歇的 陽圧式人工呼吸療法(intermittent positive pressure ventilation : IPPV)を行うようになり,1990 年ごろ か ら はNIPPV( 非 侵 襲 的 人 工 呼 吸 療 法 Not- invasive Positive Ventilation/鼻マスク陽圧換気  Nasal-intermittent Positive Pressure Ventilation)が行 なわれている.呼吸療法の効果により,デュシェ ンヌ型PMD患者の平均寿命は,1980 年には 20.4 歳であったが,2004 年には人工呼吸器装着患者の 場 合,31.0 歳 に ま で 延 命 さ れ た11)-13).同 時 に PMD病棟入院患者の在院期間は,人工呼吸療法を 行わなかった場合約 10 年であったが,IPPVをする 場合約 25 年に延長した14)

心不全に対しては強心剤,利尿剤,ACE阻害剤,

抗不整脈剤,βブロッカー等の薬物療法と,水分 および運動の管理を患者のQOLを鑑みながら行 う15).延命がはかられるようになり新たに問題と なっている消化機能障害や嚥下障害による栄養障 害に対しては胃チューブや内視鏡的胃瘻増設によ る栄養管理を行う.

現在,PMD病棟入院患者の平均年齢は 26.8 歳 で,ほぼ全員が歩行不能であり,50%を超える

(3)

患者が人工呼吸器を装着している16).このよう に,対症療法の進歩によりPMDは,「確実に進行 する各種の障害に適応しながら長く生きる病気」

となっている.

4.国からの研究助成

わが国における,旧国立療養所を中心とした,

医療研究助成補助金を受けたPMDに関する研究 はPMD病棟開設と同時に始められた.1978 年か らは神経疾患研究委託費が支給され,現在に至っ ている.また同年に,神経・筋疾患の原因の究明 と治療法の開発を目的する研究機構として「国立 精神・神経センター」が発足した.神経疾患研究 委託費支給開始当時は,「基礎的研究」「病因に関 する臨床的研究」「臨床病態および疫学的研究」「療 護に関する臨床社会学的研究」の 4 班に分かれて 行なわれた研究は,1980 年からは「モデル動物 研究」を加えた 5 班となり,継続して研究を行っ ている17)

Ⅲ.PMD 病棟に入院する患者の療養生活の変遷

1.筋ジストロフィー病棟とは

世界的に脱施設化が推進されていた 1964 年に,

旧国立療養所(現在の独立行政法人国立病院機構 病 院 ) 内 にPMD病 棟 が 開 設 さ れ た.こ れ は,

PMD患児が入院してリハビリテーションを主と する治療を行いながら,隣接する養護学校に通学 するための施設であった.

その後,医療の発達に伴い患者の延命が可能と なり,またPMD患児の普通学級への進学が可能 になると,PMD病棟には学童期を過ぎた患者が増 え,成人化対策病棟が整備された.PMD病棟は 1980 年までに全国に 2500 床が整備された.2006 年の障害者自立支援法の施行に伴い,PMD専門病 棟は療養介護指定を受ける療養介護病棟へと変更 された.現在は 26 の独立行政法人国立病院機構 病院と国立高度専門医療センター内にPMD病棟 が整備され,約 2100 人が入院している16). 2.PMD 病棟開設当初の療養

< 1960 年代~ 1970 年代前半>

国立療養所へのPMD患者の受け入れは,PMD 病棟開設の 4 年前の 1960 年にはじまる.その頃 のわが国は戦後の荒廃から漸く立ち直り,戦前の

生産水準を超えようとしている時期であった.

1965 年の就学調査ではPMD患児の 67.1%が就学 猶予となり,15.1%は養護学校に通っていた注 2). その上,学校に受け入れられた患児も,親が通学 や排泄のために学校に来て面倒をみなくてはなら ない状況だった.

はじめの 2 名の患児を,脊椎カリエス患児のた めのベッドスクールをもっていた西多賀病院(宮 城県仙台市)が受け入れた.元国立療養所西多賀 病院長の近藤文雄は当時のことを「“凄い事情だ から一度会ってほしい”と言われて会った夫婦に は 3 人の男児がいたが,その 3 人ともがPMDだっ た.転勤で引っ越してきた町ではどの病院も学校 も受け入れてくれず,3 人の子どもを抱えた夫婦 の生活は立ち行かない状況であった.その上,当 時の保険制度では 3 年以上同じ病気で保健医療が 受けられず,もし私が断ったら,一家心中でもし かねない状況だった」18)と回顧している.

1963 年に誕生した「全国筋萎縮症児の親の会」

(現の「日本筋ジストロフィー協会」)の熱心な運 動が実り,1964 年に「進行性筋萎縮症対策要綱」

が策定された.当時のPMDに対する医療政策は,

患者を抱えて家族が崩壊しそうになっていること への救済策として「患者を病院に収容する」方針 で進められた.「進行性筋萎縮症対策要綱」には,

“国立療養所が関連大学と連携して患者を収容し,

学齢期にある患者には教育の機会を与える”,“国 がPMD患者の入院中の療養医療の費用を負担す る”の 2 点が示された.全国筋萎縮症児の親の会 の要望と,政策医療の「結核患者の減少」状況が 合致して19),PMD病棟は 1964 年に作られた.旧 国立療養所がPMD患者の入院を受け入れるとい う噂が広まると,入院申し込みが殺到した.

1964 年 5 月に西多賀病院と下志津病院(千葉 県四街道市)に各々 20 床が,また 10 月には八雲 病院(北海道山越郡),鈴鹿病院(三重県鈴鹿市), 兵庫病院(兵庫県三田市),原病院(広島県廿日市), 徳島病院(徳島県徳島市),石垣原病院(大分県 別府市)に各々 10 床の計 100 床のPMD病床が整 備された.さらに 1970 年までに一気に 2020 床ま で増床された.

PMD病棟には,幼児や学童期の患者のために 看護師の他に児童指導員や保母が置かれ,子ども

(4)

達は入院しながら隣接する養護学校に通学した り,病室に教員が来て学習することが可能になっ た.また,多くの催しや外出が企画され,PMD 病棟入院患児には充実した療養生活が提供され た.他方で,在宅療養患児の療養状況は厳しい状 況にあった.往診時の患児について「背骨が曲が りくねり,強い尿臭のこもる布団から細い垢まみ れの手を出して,ラジオを選曲していた姿は直視 できなかった.この姿は教科書的記述をはるかに 超え,病院では決して見られない本症の真の姿で あると思われた」との記録が残されている20)

PMD病棟に患児を収容することは,患児に医療・

生活・教育の場を提供すると同時に,患児をかか えた家族の生活を保障することであった21)22).そ の一方では,同一疾患の多くの子ども達がPMD 病棟で共同生活をすることにより,新しく入院し た子どもが先輩の子どもに不治の疾患であること を教えられたり,また教えられなくても周囲の仲 間の状況をみるうちに「よくなるどころか悪くな る」ことに気づき,周囲の重症者の姿に将来の自 分を重ねてみたりする状況を作った23)

3.人工呼吸器装着により延命がはかられた時代 の療養< 1970 年代後半から 1980 年代>

1970 年代後半ごろより全国の国立療養所で人 工呼吸療法が行われるようになり,従来短命だっ た患児の生命が延長され,学童期を過ぎた患者が 増加した.また患児に遅れて 1969 年より,成人 PMD患者にも措置費が出されるようになり,徐々 にPMD病 棟 内 に 肢 体 型 や 筋 強 直 性 ジ ス ト ロ フィー等の成人患者が増えた.1975 年に作業療 法棟が整備され,学齢期を過ぎた患者に対して「余 暇活動」としてではなく,「生きがい」と「作業 技術の専門性向上」を目指した作業療法が行なわ れた.在宅患者の支援を目指す動きが発生し,

1976 年から各療養所にデイケア棟も整備された.

作業療法棟とデイケア棟の整備は,患者に作業技 術の向上と将来を見据えた自主的積極的態度を醸 成し,1970 年代の障害者運動等の社会の価値観 も手伝って,患者の「自立」への運動が,入院・

在宅を問わず盛んとなった.

この頃から患者の手記が多く出版され,そこに は彼らが捉えたPMD病棟の姿が描かれている.

PMD病棟で 6 年間療養して 1974 年に退院し,の

ちに障害をもつ人の自立生活のための施設を作っ た山田富也は「甘えたい気持ちを抑える,そのは け口さえない生活は刑務所以上に残酷でもある.

なぜならそこには刑期がないからだ.」24)と語る.

また,4 年間の入院の後,1975 年に退院して自立 生活を始めた鹿野は,PMD病棟を「規則尽くめ の“収容所”」25)と表現した.退院して自立生活 を始める多くの患者が現れる中,「出来るわけが ない.絶対だめだ」と家族が反対したり,「心臓 もかなり弱っているから,心不全になるので無理」

と医療者が判断したり,患者の自立への決意が止 められることもあった26).また,前述の山田富也 の報告の中で,PMD病棟開設に先駆けて西多賀 病院で療養を始めた 2 人の患児の一人である兄 が,進行する身体症状を自覚してPMD病棟で生 きることを選択したことが語られている.当時,

PMD病棟を出て自立生活することは「危険の伴 う希望への試み」であり,PMD病棟での生活は「不 自由でありながら安全な暮らし」であった.入院 する成人患者のための成人病棟が,1982 年の国 立療養所秋田病院(秋田県由利本荘市)での開設 を最初に,相次いで設置された.

4.NIPPV,パソコンの普及により世界が拡大し た時代の療養< 1990 年代~ 2000 年前半>

1990 年代に入ると在宅療養者に対しても人工 呼吸器が用いられるようになり,国立療養所に入 院する患者が減少し,地域で在宅生活をする患者 が増えた.開設以来,入院患者数は増加していた が,1991 年の調査では 1918 人であり17),その後 の報告でも 2000 人~ 2100 人程度で横ばいの傾向 にある16)27).この理由として,遺伝相談や遺伝子 診断が行われるようになって新規発生が減少した こと,また経済成長や福祉の充実に伴い社会に障 害児・者を受け入れる余裕ができ,在宅生活する 例が増加したことが推察される.

1999 年には,PMD病棟で人工呼吸管理を受け ている患者の割合は約 38%となり16),入院患者 の高齢化,重症化が進んだ.また,家族介護力不 足の患者や重症化して自宅での介護が困難な患 者,ショートステイの患者の入院が増加した.

2000 年 にPMD協 会 が ホ ー ム ペ ー ジ を 立 ち 上 げ,マルチメディア事業を始めた.これに前後し てPMD病 棟 の 入 院 患 者 に も パ ー ソ ナ ル コ ン

(5)

ピュータが普及し,車椅子や寝たきりの患者で あっても,インターネットやメールの使用した幅 広い交流が可能となった.また日常生活の中での 環境制御やスタッフとのコミュニケーション手段 となった.パーソナルコンピュータは現在に至る までPMD病棟患者の生活空間の拡大や社会参加 に活用されている.

5.「措置」から「契約」へ< 2000 年代>

2003 年の支援費制度,2006 年の障害者自立支 援法の施行は,患者の生きる権利の主張を後押し した.支援費制度によりPMD病棟での政策医療 の提供は,患者に制度の枠に当てはめてサービス を提供する措置入院から,患者自身が療養の仕方 を選択する制度(契約入院)へ変換した.同時に PMD病棟は「療養介護指定を受ける施設」へ転換 し,患者の療養生活の充実を目指して,病棟職員 に生活支援員(療養介助員)の配置が義務付けら れた.各施設は看護師数を減らし,ヘルパー 2 級 以上の資格をもつ療養介助員を置いている28)29). これにより,患者は,入院療養にかかる費用の一 部を自己負担することになった.しかし,これは 患者に自分の療養について積極的な自己決定を行 うことを促し,職員にはサービスを見直す機会と なった.また,2004 年には国立療養所は独立行政 法人化し,各病院が独立した経営を行うことと なった.

地域で自立生活を行なうには経済力を含めた本 人の高い生活能力が必要であり,在宅支援制度が 整ってきた現在でも,未だ課題も多い30).そのた め現在も,PMD病棟で政策医療をうけながら療 養する選択をする患者が,PMD病棟患者の 90%

程度を占める16).この中には,病気や長期入院に 人生の意味を見出し,療養生活での創造的活動や,

自分や他の患者のための諸活動によって自己実現 をはかる患者がいる31)32).しかしその一方で,患 者の重症化に伴って看護力が不足しているPMD 病棟では,業務の都合を優先したスケジュールで 生活したり,患者が看護師の手が空くのを長時間 待ったり,病棟の事情に従う生き方している患者 も多い33)34).長期入所者の 9 割以上が,自分のこ とを“在宅生活不可能者”と評価し,入院生活に 対して不満を感じても,“やむを得ない選択”と 考え,一生PMD病棟で過ごすことを希望してい

ると報告される35)

Ⅵ.PMD 病棟の入院患者へ看護の変遷

1.看護,看護研究の概要

PMD病棟では開設当初から医療職者,教育職 者,福祉職者の混成チームが患者の療養生活を支 援してきた.その中で看護は患者の日常生活の援 助と医療処置を担い,患者にとって家族以上に長 い時間を共に過ごす人として,患者の日常と向き 合ってきた.そして,例えば一日に何十回も行わ れる体位調整では,病棟看護師が「ミクロの看護」

と呼ぶように,ミリ単位で希望される患者からの 要請に個々に応じている.

PMD病棟開設後まもなく開始された看護研究 は,1969 年から厚生省特別研究費の支給を受け,

「臨床社会学的研究」として実施された.1971 年 には児童家庭局の心身障害研究費を受け,PMD 患児の臨床社会学的研究はさらに大型化した.現 在も神経疾患研究委託費を受けてPMD病棟では 組織的な研究が続けられている.

2.開設直後の試行錯誤の時代< PMD 病棟開設 当初:1964 年からの数年>

PMD病棟開設当初の看護師は,それまで受け 入れたことがなかったPMD患者に対する援助の 方略を持ち合わせていなかった.PMD病棟の看 護は混沌とした状態にあり,試行錯誤しながら急 務であったPMD特有の病態に応じた施設整備,

環境作り,日常生活の支援を行っていた36). 3.変形などの進行する症状に対応しながら看護

の基準化を図る< 1969 年から 1970 年代>

PMD病棟へ患者が集まってくるとまもなく,

国立療養所中央協同研究班組織の中に看護に関す る研究会が発足した.初期には,PMDの看護を 経験して直面した「排泄方法」,「入浴介助の方法」,

「衣服の改良」などの,日常生活動作に関連した 援助方法に焦点を当てた看護研究がなされた.

1970 年以降になると,変形や合併症の予防,重 症者の看護に関する研究が増え,症状や合併症を 管理する看護に力が入れられるようになった.ま た 1977 年には,これまでの国立療養所の研究の 成果をまとめて,「看護基準」が作られた37)

(6)

4.人工呼吸器の普及に伴う課題と生きがいへの 着目< 1980 年代>

PMD病棟に気管切開による人工呼吸が導入さ れる 1980 年頃には,重症者の増加に伴って,重 症者の日常生活援助方法,合併症の管理,ターミ ナルケアに焦点を当てた看護研究が行なわれた.

人工呼吸器導入が盛んになった 1980 年代後半以 降には,呼吸管理や人工呼吸器使用者の日常生活 やコミュニケーション方法に焦点を当てた看護研 究が多く発表されている36).この時代,看護は重 症患者に新たに導入された人工呼吸療法に即した 対応を模索していた.

また同時期に成人化対策病棟や作業療法棟,デ イケア棟の整備が進み,患者の主観への関心が高 まった.開設当初から懸念されていた入院による 患者の心理的負担や社会性への影響に着目した,

さまざまな心理テスト等が実施されるようになっ た.これらの研究結果により,患者の抑鬱傾向,

自己意識や意欲の低下,対人関係の問題が指摘さ れている38)-41).この患者特性が入院という環境 要因によるものか,疾患による気質要因によるも のなのかは明らかにならなかったが,患者の入院 環境の改善やコミュニケーション,心理的ケアに 力が入れられた.

5.患者の QOL と職員のストレスへの注目

< 1990 年代以降>

1990 年以降になると,これまで行なわれてき た日常生活援助や合併症管理,患者の就労・就学 への援助,余暇活動への援助に加えて,長期人工 呼吸器装着患者のQOL(Quality of Life)評価や QOL向上を目指した対策,生きがいについての 研究が盛んに報告された42)-44).また,災害時の 安全対策45),医療上のリスク管理46)なども検討 されている.さらに 2000 年以降には,新しく施 行された制度に関連して,療養介護員導入や障害 者自立支援法,成人後見人制度への対応について の研究が始まり,新しい制度の導入に対し,混乱 しながらも急速に適応しようとしていることが読 み取れる.

また,PMD病棟看護師が長期療養患者とのか かわりに対して感じる困難観47)やPMD病棟看護 師のストレス48)-50)やJob Identity51)などの研究が 散見されるようになった.PMD病棟では,患者

も看護師もそれぞれに課題を抱え,また両者の関 係にも課題が存在することが示唆されている.

近年,改めて,PMD病棟での療養生活がゴフ マンの全制施設論の指摘する「医療的生活管理」

を受けることを批判的に主題化した,社会学の立 場からの研究が行われている52)-55).さらに,PMD 病棟という療養の場の抱える複雑さ,あいまいさ を捉えるために,民族看護学の手法を用いて患者

―看護師の相互作用を包括的に記述する試み56)-58)

や,患者の生活経験を幅広く射程に入れ,PMD 病棟での療養経験が一人ひとりの文脈の中にいか に意味づけられているかを記述すること59)60)が試 みはじめられている.

Ⅴ.PMD 病棟の療養と看護に関する研究のこ れまでと今後

1.わが国の PMD 対策の特徴

これまで,PMD患者に対する医療施設の整備,

医療費負担の軽減,地域保健医療,調査研究は,

政策的に推進されてきた.現在も,PMDには他 の特定疾患とは異なる対応がなされている.これ は,他の特定疾患に先行して,PMDが 1963 年に

「全国筋萎縮症児の親の会」を発足させたことに 関連する.全国筋萎縮症児の親の会の精力的な活 動により 1964 年に,わが国独自の政策である「進 行性筋萎縮性対策要綱」が策定され,直ちに 100 床のPMD病棟が整備された.他の難病の患者会 は 1970 年前後に相次いで発足し(例えば,スモ ン患者会は 1969 年に,ベーチェット病友の会は 1970 年 に,全 国 筋 無 力 症 友 の 会 は 1971 年 に 発 足),「難病対策要綱」に基づく特定疾患対策は 1972 年から開始された.PMDは他の特定疾患に 先駆けて,いち早く対策が講じられた疾患である といえる.

さらに,PMD患者を療養所に入所させ,養護学 校に通わせ,医療・生活・教育の場を保証する医 療システムは,世界に例をみないものであった.

これはPMD病棟開設当時のわが国の社会情勢や 生活状況の中でPMD患者とその家族を救済する ものであり,必要,かつ適切なものだったと評価 できる.また今日においても,地域で自立生活を 行なうには本人の高い生活能力が不可欠であり,

(7)

PMD病棟は生活能力や介護力に限界がある患者 にとって,「安全な」療養の場となっている52)

しかし他方では,PMD病棟は「同胞が死に行 く姿を身近に見ながら入院生活を送らなければな らない」61),「ここに置き去りにされるというイ メージがある」25)過酷な環境でもある.

2.PMD 病棟での療養をめぐる研究の特徴 PMD病棟での療養についてのこれまでの研究 は複数の異なる側面を捉えている.また,それら は 55 年におよぶPMD病棟の日常生活を描いてい る.一つ目の側面は,合併症の管理や日常生活援 助等に代表される身体ケアに関連する療養上の課 題と,必要な援助方法の工夫や生活環境の整備に ついてである.病態の特徴や治療法の変遷に応じ て継続した研究がなされており,安全管理の面か らの研究もなされている.これらの研究成果の一 部は「看護手順」としてまとめられ,活用されて いる.また現在,旧国立療養所の老朽化した施設 の改築が徐々に進められ,療養環境の改善が図ら れている.二つ目は,患者の心理・社会的側面に 着目した評価とアプローチである.患者の心理,

ストレス,満足感,ニーズ,生きがいなどに焦点 化した各研究では,各々の実態と課題が明らかに されている.これらの研究によると,PMD病棟 の療養は一方で患者に安全や生きがいを感じるも のであり,また他方ではストレスや不満を抱えて いることがわかる.今後さらに多様化する医療 ニーズやQOL向上の要望に応じていくことが求 められており,療養介助員の導入とともに,ボラ ンティア等を活用した様々な生きがい支援の取り 組みが試みられている.三つ目は,PMD病棟で 働く看護師の業務の側面への着目である.マンパ ワーの不足や職業遂行上の困難感が明らかにされ ており,現在,マンパワーの不足に対しては療養 介助職を配置して対処している.また,援助につ いての要求が細かく,かつ強く主張する患者に対 して看護師が「わがまま」と感じ,職務遂行を「辛 い」と感じることに対しては心理専門家の派遣が 検討されている62)

以上に述べてきたように,PMD病棟について の多くの研究が,多側面からなされてきた.これ らの研究が果たした功績は大きく,これはわが国 の政策としてPMD病棟を作り,研究費を配分し

て研究を支援したことによると考える.

これらの研究は,PMD病棟の日常が患者にとっ て,一方では安全に自分らしく生活する場所であ りながら,他方で不満とストレスのある過酷な環 境であることを明らかにした.また,PMD病棟 はそこに働く看護師にとって,一方では実践の成 果が示される場であり,また他方では働くのが困 難な職場でもあることも明らかにした.つまり,

これまでの研究はPMD病棟での療養の特性や課 題を多側面から捉え,PMD病棟での療養が多面 的で,両義性をもつことを示唆した.

3.今後の研究課題

これまでの研究では,上述したようなPMD病 棟での療養の実態が多側面から明らかにされてい る.しかし,これらの多側面の総和がPMD病棟 での療養の現実であるとは,言い切れない.たと えば,PMD病棟で療養する患者の不安やQOLに 焦点をあて,それを患者が経験している状況から 切り離すことにより,PMD病棟で療養する患者 の経験している世界は,むしろ,見えにくくなっ ている観がある.同様にPMD病棟で働く看護師 の経験世界は,たとえば,職場満足度や困難感を 焦点化し,個々の看護師がPMD病棟で働きつつ,

自分の人生を生きている状況から切り離して議論 することで,かえって見えにくくなっている.

筆者がPMD病棟でのフィールドワークで見た ものは,たとえば,その状況では到底してもらえ ないだろうと思われる要求を,ナースコールを握 り締め,繰り返し訴える患者と,「今は,無理で しょ.待って」「それは,違うでしょ」と一つ一 つの要求に対して声をかけながら,実施可能な援 助を続ける看護師の姿であった.これまでの研究 では,患者が「待たされる存在」であることや「自 己中心的で,わがまま」63)64)であることが着目 され,看護師は「辛い職場環境で働く」ことが取 り上げられてきた.それは,PMD病棟での療養 の一面として,確かに観察されることであった.

しかし,一方では,患者は「自分では出来ないこ となので,きちんと言うんです.我々が,ちゃん と伝えないといけない」と語り,看護師は,「要 求される内容は,患者にとっては“当たり前”の ことなんです.イライラするときも人間だからあ りますが,看護師はそれに従うかどうかです.そ

(8)

して,答えられないときは“ごめんなさい”と言 う.」「患者が細かく要求するということは,意図 的ではないにしろ,私達(患者と援助者)が作っ てきたことなんです」と語るような日常であった.

それは,筆者には「それでも尚,そこで生活する 人とそれを支援する人がいて,それらに折り合っ て営まれる日常の生活」と捉えられた.それはま た,PMD病棟で織り成されてきた日常生活の歴 史が,「政策医療の“措置”から“契約”への変更」

や「療養介助員の導入」という最近の大きな制度 変更さえ呑み込んでいるような,圧倒的な現実感 であった.

患者の「ニーズ」や「QOL」,看護師の「技術」

や「看護を行う困難」といった,特定の側面を PMD病棟での療養から取り出して対象化する研 究方法では,「木を見て森を見ず」というような 事態を招き,PMD病棟での療養の現実はかえっ て見えなくなる.メルロ=ポンティはゲシュタル ト心理学を援用しながら,「ゲシュタルト(形態・

統一的全体)」は「布置」であり,部分の総和で はなく,むしろ「各要素の感覚的な値」が「全体 におけるその機能によって規定されており,また,

その機能とともに変化する」と述べている65). PMD病棟における療養の現実に迫るには,PMD 病棟での療養の状況と切り離して何かを対象化 し,それを客体化する研究方法とは異なる,「ゲ シュタルト」を捉える方法を検討する必要がある.

PMD病棟での療養を包括的に捉え,「PMD病 棟での療養はいかなるものであるのか」を記述す る研究や,患者の視点から「PMD病棟で暮らす 患者の療養の経験がいかに成り立っているのか」

を記述する研究ははじめられたばかりである.今 後,「PMD病棟に働く看護師や療養介助員の職業 経験がいかに成り立っているか」を探求する研究 も必要であろう.これらの,PMD病棟での療養 にかかわる人々の視点から,彼らの経験を記述す る研究を行い,再度「PMD病棟での療養はいか なるものであるのか」を捉えなおすことにより,

PMD病棟での療養の現実が見えてくるものと考 える.

患者の自立生活が叫ばれ,医療費削減の方法が 模索される今,PMD病棟の入院患者数は減少し てきている.PMD病棟の現実を捉えなおし,そ

れに学びながら,PMD病棟の存続の意味や療養 支援の方向を再考する必要があると考える.

Ⅵ.お わ り に

本論文では収集できた資料を元に,PMD病棟 が患者や社会に果たしてきた貢献と療養をめぐる 多くの課題を概観した.一方で,「退院」を前提 とせず一生涯病棟で療養生活する進行性の障害を も つ 患 者 と 健 常 で あ る 支 援 者( 看 護 師 ) が,

PMD病棟で築いてきた「それしかやりようのな い療養生活‐支援」の実像は,必ずしも明らかに されていないことに触れた.

現在,医療技術の高度化とともに,多くの疾患 の急性状況は乗り越えられるものとなった.また,

多くの機能障害は代償が可能となり,患者の延命 がはかられている.しかし,危機的状況を回避し た後に身体機能や日常生活活動に変化が生じた り,長期にわたる病気の管理が必要となる場合も 多い.現代は慢性疾患患者への,生涯にわたる継 続した支援が求められる時代といえよう.PMD 病棟で築かれてきた療養生活の実像から,疾病や 障害をもちながら療養する患者に対する支援につ いての新たな視座が得られる可能性がある.現代 は,PMD病棟での療養の実像に立ち戻り,急性 期医療に着目した医学モデルで語られる患者支援 のあり方を問い直すのに好機であろう.

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参照

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