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地球変動研究の最前線を訪ねる―人間と大気・生物・水・土壌の環境― — 書評 —

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(1)

海の研究

(Oceanography in Japan), 19 (3), 153 – 155, 2010

書 評

地球変動研究の最前線を訪ねる

―人間と大気・生物・水・土壌の環境―

ASAHI ECO BOOKS 26

小川利紘・及川武久・陽 捷行 編 アサヒビール株式会社発行・

清水弘文堂書房編集発売,

2010

年刊行

439

ページ,定価

3,150

(

税込

)

ISBN 978–4–87950–595–8 C0040

1.

広く江湖へ

 本書は,近年の地球環境変動について,大気圏,水圏,生 物圏,土壌圏にまたがる学際的な視点から研究最前線の動向 を踏まえて,広く江湖へ問う科学啓蒙書である。

本書の編纂趣旨は,「はじめに」で的確に述べられている。

すなわち,いまや地球温暖化等による「地球的規模の環境 変化」は科学界を超えて,一般社会も含む人類的規模の強い 関心を集める。「人類の生存環境を考えるとき,人類の生存 は周囲の自然環境に左右されていること,それと同時に人類 の諸活動は周囲の自然にインパクトを与えていること,この 両方の作用を理解しておかねばならない」その地球環境変化 を理解するための科学的基礎を深める目標のもとに,約20 年前に「地球圏・生物圏国際協同研究計画(

IGBP

)」が立て られ学際的研究が推進されてきた。本書の共同編者3人はこ

IGBP

の活動を通じて知己を得て,異分野交流にも強い 関心を示してきた。

この共同編者の豊富な経験と深い学識を踏まえて,本書 の企画意図である一般向けの地球環境の解説書を編んだ。最 近では一般向けの地球環境本も増えているが,それらは断 片的知識にとどまることが多い。生の研究現場を紹介してい る本や,科学知見の基礎的・体系的なことがらを解説してい る本は少ない。そこで,このような現状に触発されて,その ギャップを埋めるべく構成と内容を考えて編纂したのが本書 である。

一般読者を主対象としているというが,本書の構成・内容 の充実度は専門研究者にとっても地球環境変動を俯瞰し,自 らの研究課題に活かせる発想の源泉ともなり得る。

2.

地球環境変動研究の俯瞰と最前線現場へ

 本書は,第1部「研究の発展」,第2部「地球システムに おける物質循環」および第3部「地球変動を追う」で構成さ れる。「地球研究の史的展開」→「主要環境物質の循環」→

「個別現象群の最前線探究」という構造的編集の流れだ。

第1部は,地球環境変動研究に関する史的展開が概説され る。同研究が時代とともに,どう推進されてきたか,かつ今 後の展望も俯瞰される。研究発展のキーワードを時代順に配 列する。まず,科学的基礎を深める目標のための「地球圏・生 物圏国際協同研究計画(

IGBP

)」。地球全体の気候変化に重 点をおいた「世界気候研究計画(

WCRP

)」が推進され,こ れは後の

IPCC

につながる。引き続き,地球環境変化に関す る人間的な側面に重点をおいた国際・学際的な「地球環境変 化の人間社会側面に関する国際研究計画(

IHDP

)」。そして,

地球温暖化に関する最新の科学的知見を定期的に評価し報告 書を公表する「気候変動に関する政府間パネル(

IPCC

)」。

加えて地球環境危機意識を踏まえた「地球生命圏

GAIA

科学」と続く。

第2部は,生物にとって重要な二つの元素,「炭素」と「窒 素」の循環について,大気,陸域,生物,土壌,海洋での動 態に関する先端的知見を解説する。さらに生物にとって必須 物質の「水」の循環およびその地球規模の資源としての動態 と展望を解説する。本書のありがたい内容として,「炭素」循 環の解説を一つとってみても,大気,陸域生物圏,土壌,海 洋と統合的に理解できることだ。読者にとっては,地球規模 の炭素循環を俯瞰しつつ,地域への影響の可能性を理解でき る。例えば「水温の低い南極海や北太平洋の高緯度海域では,

あと50年もすれば

CO

2吸収による酸性化の影響が出始め る予想」を知れる。同様に「窒素」循環での「人為的な供給 量は現在自然界のそれを上回っており,窒素過剰による地域 的な生態系変動へ影響が今後いっそう増す」ことも,地球規 模で俯瞰しつつ知れる。

第3部は,本書の眼目ともいうべき,地球環境変動研究の

(2)

154

書 評

13フィールド(針葉林,北方林,一次生産,熱帯林,水稲,

果実,山岳氷河,氷河湖,黄砂,クラゲ,サンゴ,湖沼堆積 物,樹木年輪)における各専門家による最前線報告である。

これらを総括すれば,宇宙俯瞰,現場およびモデルの三位一 体の統合的解析による精密化が求められている。

読者はすでに第2部で主要な物質循環を俯瞰している。こ れらの最前線報告はその具体事例として入り込める。これら の報告は,自然側および研究側の変化,および双方の相互関 係により内容が刻々と進展するだろう。ただし,活字となっ ている現段階での各フィールドでの座標軸的知識となる累積 知見,および兆候現象の斥候報告として,豊富な内容を統合 的に読者へ提示する。

地球環境への炭素や窒素などの人為的供給過多による根 源的悪影響が,地球規模で発生しており,今後それはいっそ う増加することが懸念されている。こうした全体的な地球環 境変動は,地域特性に応じた局所的な生態系異変を及ぼし,

現象として発生する。第3部の各章は,これらの現象発生お よびそのメカニズム探究を具体的に解説する。各章での対象 現象は異なる。しかし,共通項である地球環境変化による視 点から俯瞰すると,それぞれの対象現象群の連関性が見えて くる。

例えば,事例研究の「1.気候温暖化による亜高山針葉樹 林の動態変化」からは,温暖化に起因する積雪減少による森 林植生への影響の動態が単純ではないことを知れる。温暖化 によって,ふつう亜高山帯が平行移動して森林限界は上昇す ると考えられる。しかし,これまで冬季積雪中に埋もれて保 護されてきた樹木の生理が,少雪化により樹木が積雪面上に 現れて,強光,乾燥などの環境ストレスにより枯れることが 予想される。したがって,積雪に保護されて成立している現 在の森林限界や高山域の生態系の維持は困難となる可能性が ある。

この温暖化による積雪減少による高山域の森林生態系への 影響評価から,評者は,南極海の海氷域減少による海洋生態 系への影響をすぐに思い起こした。西南極域の海氷域は近年 大きく減少している。海氷域の減少は,海氷中で越冬し春季 に繁殖する植物プランクトン(アイスアルジー)の生産量を 減らす。植物プランクトンの減少はそれを餌とする動物プラ ンクトン(主としてナンキョクオキアミ)を減らす。オキア ミは南極海洋生態系の食物連鎖の要である。オキアミ生物量 の減少は,捕食者であるペンギンや飛翔鳥類,および海産哺 乳類の繁殖生態へ影響する。

この事例からしても,寒冷環境域の積雪や海氷はその場の 生態系の循環にとって重要な働きをしていることがわかる。

温暖化による寒冷環境の変化は生物生態系への影響は直接に

影響する。ここで上げた寒冷環境変化の事例に限らず,他の 課題研究の知見からも他の現象を類推できる。このように第 3部では,単に各分野での最前線知見を知れるばかりでなく,

13課題もの事例研究で構成された知見がもたらすヒントの 網によって,地球上のさまざまな自然変動を掬いあげて,類 推,応用していける良さがある。

3.

共生進化へ

 「本書は何を真に伝えたいのだろうか?」あらためて吟味 する。読者には,「はじめに」で本書の編纂趣旨を知ったら,

濃厚な本文に入る前に,「おわりに」をまず味読されることを 勧める。ここに共同編者(小川・及川・陽)がいだく地球環 境変動に関する強い問題意識と,社会の理解や対応の仕方に 対する止むに止まれぬ思いが伝わってくる。

「問題はグローバルだといいつつ,理解や対応の仕方はど うみても局所的だし,対応の仕方も一時的なその場しのぎに すぎないものが多いのではないでしょうか。・このような 思いがあったので,この本では,地球の変化を追う研究につ いてその本当の姿を読者の皆さまへ知ってもらいたいという 思いだけが頭の中にありました。(小川)」

「われわれが得た地球環境に関する知識・情報はまだ限ら れたものであり,この断片的な情報からいかに正しい全体像 を描くかが問われているのです。より正しい全体像が得られ れば,それに対処する方策も自ずと明らかになるからです。

本書が地球環境に興味を抱く多くの方の理解の一助になるこ とを願っております。(及川)」

「環境研究を進めるにあたって,次のことを強調したいと 思います。それは,「分離の病」を克服し,「国際・学際・地 際」を推進し,「俯瞰」を維持し続け,「共生」を図ることで,

環境研究は進化するということです。専門主義への没頭や専 門用語の迷宮など生きていない言葉を使う「知と知の分離」,

国籍・人種・宗教・政治・経済体制などを差別せず,お互い が相手の立場で思考し,意見の対立が感情の対立にならない

「国際化」,文明史上,人類が最高の高度から地球を眺めた

「俯瞰的視点」,「自」を主体におけば地球環境は行き詰まる という「自他の共生」をぬきにしては,地球環境の保全はあ りえないのです。(陽)」

こうした鼎立する切実な思いを要約すれば,「地球全体環 境の異変を科学的に理解し,危機対応するには,多角的な専 門分析を統合発想し,地球と丸ごと生きんとする共生進化 を図っていくことが不可欠だ」と語られているのだと受け止 める。

共同編者は科学第一線を退かれた熟年研究者というが,む

(3)

書 評

155

しろこうした伸びやかな智性あるご隠居たちの説法こそ,い まの地球変動と分離の時代には必要なのであるまいか。これ に応えられた13課題の執筆者へ敬意を表する。本書は,伸 びやかな探究心と智性と科学力が融け合った羅針盤だ。これ は,今後の地球環境変動研究の針路を示す一つの羅針盤とな るにちがいない。その意味で本書「地球変動研究の最前線を 訪ねる」は正鵠を射った企画だ。本書のような「アサヒ・エ

コ・ブックス」企画シリーズを刊行されているスタッフ・関 係者のご尽力を称えたい。

本書は地球環境変動の最前線の総合的な解説書として,一 般読者のみならず,専門研究者も手応えのある読書感を得ら れるはずだ。広く江湖へ推奨する。

(

永延 幹男

,

水研セ

)

参照

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