₁ .は じ め に
₁₉₉₀年代から₂₀₀₀年代初頭にかけて公的年金に関する議論は活発に展開され,一般市民からも 強い注目を集めていた.しかし,近年では公的年金をめぐる議論に関心が注がれることは少ない.
₂₀₀₄年の法改正で導入された保険料水準固定方式およびマクロ経済スライドにより,公的年金の 財政運営は「₁₀₀年安心」とされ,議論の必要性がなくなったためと解することもできる.国民の 不満の一つであった年金保険料は,保険料水準固定方式により一定の水準まで引き上げられた後,
金額,保険料率は固定されることとなった.そして,最大の懸案であった年金財政の持続可能性 は,マクロ経済スライドの仕組みをもって段階的に給付水準を引き下げることにより確保される.
₂₀₀₄年改正の最も特徴的な点は保険料や給付水準の調整が,法改正を経ず「自動的」に行われる ことにある.₂₀₀₄年改正以前は, ₅ 年に一度行われる財政再計算で年金財政の将来推計から必要 な保険料額(率)の引き上げが示され,これをもとに公的年金の改正案が国会で審議されるのが通 例であった.財政再計算時の公的年金改正案はメディアで取り上げられ,その都度国民全体を巻 き込む議論へと発展していた.₂₀₀₄年改正では将来推計の作成作業は「財政検証」と呼ばれるこ ととなり,財政再計算から置き換えられた.保険水準固定方式における財政検証では,₁₀₀年後ま での公的年金財政の持続可能性が確認され,必要に応じてマクロ経済スライドによる給付水準調 整の計画が示される.その結果に従って,厚生労働省は厚生年金,および基礎年金の改定率を調 整し,実質的な給付水準の引き下げを法改正なしに行う.財政検証結果の妥当性に関して一部の 研究者やメディアから疑問が示されることはあるものの,法改正が付随しないこともあり,大き な議論には発展しない.
₁ .は じ め に
₂ .保険料水準固定方式下の基礎年金財政
₃ .財政均衡を示す指標
₄ .国民年金財政の悪化要因
₅ .小 括
畠 中 亨
基礎年金給付水準調整の再考
一方,マクロ経済スライドによって調整される給付水準に関しては,₂₀₁₄年財政検証結果につ いて審議を行った社会保障審議会年金部会(以下,「年金部会」)において厳しい指摘がなされた.
マクロ経済スライドが導入された₂₀₀₄年財政再計算(以下,「₂₀₀₄年推計」)時点で,年金の給付水 準を示す所得代替率₁)が将来的に₅₀%程度まで低下する見通しとなっていた.この点は₂₀₁₄年財政 検証でもほぼ同等水準の見通しとなっていることから,この間で将来の給付水準の見通しには大 きな変更はないように思われる.だが,その内訳には大きな変化が潜んでいる.₂₀₀₄年時点で給 付水準調整により低下する割合は,モデル年金のうち報酬比例部分も基礎年金部分も同率であっ た.しかし,₂₀₀₉年と₂₀₁₄年財政検証結果(以下,「₂₀₀₉年推計」,「₂₀₁₄年推計」)では,基礎年金 部分の方が給付水準調整幅が大きくなる見通しへと変化していったのである.現役時の賃金や雇 用期間を反映する報酬比例年金は,受給者によって年金額の格差が大きくなりやすい性質を持っ ているのに対し,定額制の基礎年金は年金額の格差を縮小する効果を持っている.基礎年金部分 の給付水準をより大きく引き下げれば,年金額の格差は拡大し,高齢者の貧困リスクを引き上げ てしまう可能性が高い.この点に関して年金部会で強い批判がなされた₂)が,政府の対応は基礎年 金部分の給付水準低下を若干抑制する可能性のあるいくつかの法改正案を示したのみであった.
基礎年金部分に対する大幅な給付水準調整は回避されるべきであるが,そのために必要な公的 年金改革案は,制度を根本的に作り変えるプランまで視野に入れるならば無数の選択肢となる.
本稿では,年金制度を抜本的に見直すのではなく,現行の年金制度の枠組みを基本として,基礎 年金部分の給付水準を確保する方策を検討する.抜本的な改革案はこれまでも多数提案されてき たが,日本においてそうした提案の実現が例に無いことからも,その政治決定の困難さは明白で ある.現行制度を基本とした改正案を検討するためには,現行制度を詳細に分析する必要がある.
そうした分析を通して,現行制度に内在する本質的な課題の発見につながる可能性もある.
本稿の構成は次のとおりである.第 ₂ 節では財政検証のしくみと基礎年金の財政構造から,給 付水準調整幅が基礎年金部分と報酬比例部分とで異なる要因について説明する.第 ₃ 節では財政 検証における財政均衡を評価する指標の妥当性について検討する.第 ₄ 節では基礎年金第 ₁ 号被 保険者数の減少傾向が国民年金財政に及ぼす影響について検討する.最後に,これらの検討結果 と₂₀₁₄年財政検証結果を踏まえて,小規模な公的年金制度改正案を提案し,公的年金全体におけ る基礎年金のあり方を見直す方向性について述べる.
₁ ) 現役男子の手取り収入に対する,モデル年金額の割合.モデル年金額は,男子厚生年金被保険者の平 均的な標準報酬額(標準報酬月額と標準賞与額それぞれ男子被保険者平均のひと月当たりの額)で,
₄₈₀ヵ月厚生年金に加入した場合の老齢厚生年金額と, ₂ 人分の老齢基礎年金満額の合計額である.
₂ ) 小塩(₂₀₁₄a),小塩(₂₀₁₅),駒村(₂₀₁₄a)など.
₂ .保険料水準固定方式下の基礎年金財政
( 1 )給付水準調整期間の決定方法
まず,マクロ経済スライドによる給付水準調整期間がどのように決定されるか,その法的根拠 について確認しておこう.₂₀₀₄年改革により国民年金法および厚生年金保険法に,それぞれの財 政が「長期的にその均衡が保たれたものでなければならず,著しくその均衡を失すると見込まれ る場合には,速やかに所要の措置が講ぜられなければならない」とする条文が加えられた₃).さら に「収支についてその現況及び財政均衡期間における見通し」を ₅ 年毎に作成し財政検証を行う としている₄).₂₀₀₄年改正以前に行われていた財政再計算と財政検証との違いは,財政再計算では 将来にわたる全ての期間を考慮に入れた財政の均衡を図る方式であったのに対し,財政検証では 有限の期間(財政均衡期間)における財政の均衡を図る.それぞれの年金財政の均衡に関する考え 方は「永久均衡方式」,「有限均衡方式」と定義されている₅).
有限均衡方式の財政均衡期間は「おおむね百年間」と定められている₆).この財政均衡期間の終 了時に「給付の支給に支障が生じないようにするために必要な積立金を保有しつつ当該財政均衡
₃ ) 国民年金法第四条の二,および厚生年金保険法第二条の三.
₄ ) 国民年金法第四条の三,および厚生年金保険法第二条の四.
₅ ) 厚生労働省年金局数理課(₂₀₀₅)₁₈⊖₁₉頁.
₆ ) 国民年金法第四条の三第二項,および厚生年金保険法第二条の四第二項.
給付調整の終了年度は,財政均衡期間終了時点で 積み立て度合いが
1
となるよう決定される.財政検証
給付調整開始 給付調整終了 積立度合=
1
マクロ経済スライド
給付調整期間
財政均衡期間
5
年に一度行われる各財政検証から「おおむね百年」
通常のスライド 図 1 財政均衡期間と給付水準調整期間の関係
出所)筆者作成.
期間にわたつてその均衡を保つことができないと見込まれる場合には,年金たる給付の額を調整 するものとし,政令で,給付額を調整する期間の開始年度を定める」,また「調整を行う必要がな くなつたと認められるときは,政令で,調整期間の終了年度を定める」としている₇).「均衡を保 つ」ことができると判断する要件は,法令では具体的に定められていない.現在の財政検証では,
その要件を財政均衡期間終了時点に給付費と前年度積立金の比率である「積立度合」が ₁ となる ことをその指標としている.現状の給付水準,保険料負担の引き上げスケジュールを維持すると,
積立度合は将来的に ₁ を下回ると見込まれているため,給付水準調整が必要となる.財政均衡期 間,給付水準調整期間の関係を図 ₁ に示した.
( 2 )基礎年金勘定と国民年金勘定の関係
基礎年金部分と報酬比例部分の給付水準調整期間は別個に決定される.財政検証では,まず基 礎年金の給付水準調整期間が決定される.次に基礎年金の給付水準調整の見通しを踏まえて厚生 年金の財政見通しが作成され,報酬比例部分の給付水準調整期間が決定される₈).基礎年金部分と 報酬比例部分は具体的にどのように財政均衡を評価し,給付水準調整期間を決定しているのかを 確認しよう.
国民全体を対象とする基礎年金の給付は図 ₂ で示されるように,分立した各公的年金制度から 国民年金特別会計基礎年金勘定に繰り入れられる基礎年金拠出金により賄われている.基礎年金 給付に対する国庫負担も,各年金制度に基礎年金拠出金の ₂ 分の ₁ の額が繰り入れられる.国民 年金には,保険料免除者や₂₀歳前障害者に対する給付等に対する特別国庫負担も繰り入れられる.
各制度からの基礎年金拠出金額は,合計が基礎年金部分の給付費と一致するように決定される.
したがって基礎年金勘定は基礎年金拠出金を集約する役割を持つのみであり,財政均衡を評価す る対象とならない.基礎年金部分の給付水準調整期間は,国民年金(年金特別会計国民年金勘定)
の積立金と給付費の比率から求められる積立度合が₁₀₀年後に ₁ となるように決定される.厚生年 金や共済組合は,基礎年金拠出金とそれぞれの報酬比例年金の給付費の ₂ つが主な支出となる.
公的年金全体に影響する基礎年金の給付水準調整期間が定まり,基礎年金拠出金の将来見通しを 作成した後でなければ,報酬比例部分の給付水準調整期間の見通しを立てることができない.そ れに対し,国民年金の給付費は実質的に基礎年金拠出金のみであるので,国民年金が財政均衡す るように給付水準調整期間が決められるのである.
₂₀₀₄年,₂₀₀₉年,₂₀₁₄年推計の結果として示された年金給付水準の将来見通しをまとめたもの が表 ₁ である.₂₀₀₄年の結果では所得代替率が₂₀₀₄年度の₅₉.₃%から₂₀₂₃年度までに₅₀.₂%へと低
₇ ) 国民年金法第十六条の二,および厚生年金保険法第三十四条.括弧内は省略した.
₈ ) 厚生労働省年金局数理課(₂₀₁₅)₁₃₅⊖₁₃₇頁.
下する見通しとなっていた.最終的な所得代替率は₂₀₀₉年推計で₅₀.₁%,₂₀₁₄年推計で₅₀.₆%と大 きな変化はない.しかし,基礎年金部分の最終的な所得代替率に限ってみると,₂₀₀₄年推計が
₂₈.₄%であったのに対し,₂₀₀₉年推計は₂₆.₈%,₂₀₁₄年推計は₂₆.₀%と低下が目立つ.給付水準調 整期間については,基礎年金部分は長期化,報酬比例部分は₂₀₁₄年推計では短期化している.基 礎年金の給付水準が引き下げられることで,報酬比例部分の給付費に回す財源に余裕が生まれる ためである.
基礎年金部分の給付水準調整期間が長期化する見通しへと変化した要因について,₂₀₁₄年推計 表 1 年金給付水準の将来見通し(₂₀₀₄年~₂₀₁₄年財政検証)
所得代替率(%)
推計時点 所得代替率(%)
基礎年金 報酬比例 合計 基礎年金 報酬比例 合計 推計時点
₂₀₀₄年財政再計算 ₃₃.₇ ₂₅.₇ ₅₉.₃ ₂₀₀₄年度時点 ₂₈.₄ ₂₁.₈ ₅₀.₂ ₂₀₂₃年度時点
₂₀₀₉年財政検証 出生・死亡中位
経済中位
(基本ケース)
₃₆.₆ ₂₅.₆ ₆₂.₃ ₂₀₀₉年度時点 ₂₆.₈ ₂₃.₄ ₅₀.₁
₂₀₃₈年度時点
(報酬比例年金は
₂₀₂₅年度に給付 水準調整終了)
₂₀₁₄年財政検証 出生・死亡中位 経済ケースE
(経済変動なし)
₃₆.₈ ₂₅.₉ ₆₂.₇ ₂₀₁₄年度時点 ₂₆.₀ ₂₄.₅ ₅₀.₆
₂₀₄₃年度時点
(報酬比例年金は
₂₀₂₀年度に給付 水準調整終了)
出所 )厚生労働省年金局数理課(₂₀₀₅),厚生労働省年金局数理課(₂₀₁₀),厚生労働省年金局数理課(₂₀₁₅)より筆者作成.
図 2 基礎年金の収支の構造(₂₀₁₃年度)
出所)厚生労働省年金局数理課(₂₀₁₅)₁₁₄頁.
保険料負担
国民年金
旧法給付(みなし基礎年金)
基礎年金交付金
0.8兆円 0.8兆円
0.9兆円 0.9兆円
0.3兆円 0.3兆円
基礎年金給付(新法)
19.3
兆円国民年金 厚生年金 共済組合
厚生年金は2階と合わ せて,共済年金は2,3 階部分と合わせて被保 険者から保険料を徴収
基礎年金給付に必要な費用(特別国庫負担分除く 21.0兆円)を20~59歳の被保険者数(国民年金は 免除,未納を除く.)で各制度に按分
基礎年金拠出金単価 月額 32,737円 (うち,保険料相当部分 月額 16,368円)
厚生年金は2階と合わ せて,共済年金は2,3 階部分と合わせて受給 者へ年金給付
3.8
兆円15.5
兆円2.1
兆円 国庫負担2.0兆円
(うち,特別国庫 負担分0.3兆円)
国共済,地共済,
私学共済 1.1兆円 7.7兆円
(うち,特別国庫 負担分0.3兆円)
厚生年金
国庫負担 共済組合
国庫・公経済 負担
15,040円
17.120%
13.646%
~16.570%
基礎年金拠出金
21.3
兆円 基礎年金給付費21.3
兆円被保険者 基礎年金勘定 受給者
では現役世代の賃金水準低下や,特例水準が解消せずマクロ経済スライドが想定通りに発動しな かったことを挙げている₉).これらの要因により推計開始時点の相対的な給付水準が特に基礎年金 部分で上昇していたことにより,積立金が早期に目減りし積立度合が低下すると予想された.賃 金水準低下は保険料が定額制の国民年金に直接的には影響しないように思われるが,国民年金保 険料額は第 ₂ 号被保険者の賃金水準変動率に応じて改定されるので,国民年金勘定の収支が悪化 する要因となる.
₃ .財政均衡を示す指標
( 1 )積立度合と積立比率
つぎに財政検証において₁₀₀年後までの財政均衡を評価する指標である,積立度合の性質につい て検討してみよう.従来から年金制度別の財政状況を簡易的に評価するために,厚生労働省(旧厚 生省)や社会保障制度審議会はいくつかの財政指標を用いてきた.そのうち積立金の規模を評価す る指標としては積立度合ではなく,これに類似した「積立比率」が使用されるのが一般的であっ た₁₀).積立度合と積立比率はそれぞれ次の式の通りに定義される.
積立度合=
積立比率=
実質的な支出=各年金制度独自の給付費+基礎年金拠出金-基礎年金交付金
積立度合,積立比率の差異は前年度末積立金と比較する分母部分にある.追加費用とは国家公 務員,地方公務員共済が発足する以前の恩給公務員期間等に対する給付費であり,両共済のみに 計上されるが,その費用は国,地方公共団体が負担し共済組合の保険料(掛金)では賄われていな い.基礎年金交付金とは,基礎年金制度導入前に裁定された各年金制度の給付費のうち,基礎年 金に相当する給付費用であり,報酬比例年金などと共に各年金制度独自の給付費の一部として計 上される.この費用は基礎年金拠出金に含められて基礎年金勘定に集約された後,基礎年金交付 金として各年金制度に還元される.各年金制度独自の給付費と基礎年金拠出金の合計から,二重 計上となる基礎年金交付金を控除した「実質的な支出」は,当該の年金制度が支給する給付費の
前年度末積立金 実質的な支出+追加費用
前年度末積立金
実質的な支出-国庫・公経済負担
₉ ) 厚生労働省年金局数理課(₂₀₁₅)₃₀⊖₃₂頁,₂₉₅⊖₂₉₉頁.
₁₀) 例えば社会保障制度審議会年金数理部会(₂₀₀₀)では,年金扶養比率,総合費用率,独自給付率,収 支比率,積立比率の ₅ つの指標が用いられている.各財政指標の性質に関しては伏見(₁₉₉₀),畠中
(₂₀₀₆)が検討している.
総額を意味する.つまり積立度合の分母は各年金制度の給付費の総額を示し,積立比率の分母は そこから国庫・公経済負担を控除して,保険料収入と積立金運用収入により賄われる分を示して いる.
社会保障審議会年金数理部会が毎年度公表する「公的年金財政状況報告」では,初めて公表さ れた₂₀₀₁年度版で積立比率のみが定義されていたが,₂₀₀₂年度版より積立度合の定義も示される ようになった.しかし,「財政状況をみるという観点から,法律によって手当てされることが定め られている国庫・公経済負担や追加費用の影響を除き,その制度が自前で財源を調達している費 用と比べて,どの程度積立金をもっているか,を示す積立比率で分析を行っている.」₁₁)として,積 立度合は財政状況の分析に用いられていない.財政検証において将来にわたる財政均衡を評価す る指標としても,同様の理由で積立度合よりも積立比率の方が適切であると思われる.
( 2 )国民年金財政と積立度合
積立度合と積立比率との差は特に国民年金において顕著に表れる.図 ₃ は厚生年金,図 ₄ は国
₁₁) 社会保障審議会年金数理部会「平成₁₄年度公的年金財政状況報告」₅₆頁.最新版においても同様に積 立度合は用いられていない.
出所)社会保障審議会年金数理部会「公的年金財政状況報告」より筆者作成.
国庫負担
9.2
基礎年金給付費
(国庫負担分)
9.2
107.2
保険料
29.5
基礎年金給付費
(国庫負担以外)
8.0
運用収入7.4
報酬比例年金 給付費
22.7
一元化調整費用0.1
0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0 100.0 110.0
収入 支出 前年度末積立金(簿価)
(兆円)
実質的な 支出
30.8
積立比率
3.5
積立度合
2.7
40.1
図 3 厚生年金の積立度合と積立比率(₂₀₁₆年度)民年金の積立度合と積立比率の違いを₂₀₁₆年度の収支で示したものである.厚生年金では被用者 年金一元化のための調整費用₀.₁兆円を含めた実質的な支出は₄₀.₁兆円,基礎年金給付に対する国 庫負担₉.₂兆円は実質的な支出の₂₃.₁%に相当する.報酬比例部分がなく基礎年金部分のみが給付 費となる国民年金では国庫負担は実質的な支出の₅₄.₃%を占める.積立比率で見ると厚生年金₃.₅,
国民年金₄.₄と国民年金の方が高く,積立金に余裕があることを示す値となるが,積立度合では厚 生年金₂.₇,国民年金₂.₀と逆転した結果となってしまう.このように国民年金では積立度合は低い 値となりやすいにもかかわらず,財政検証では将来にわたる財政均衡が保たれているとみなす積 立度合の基準を,国民年金も厚生年金も同じ ₁ としている.そのため国民年金の積立度合を参照 する基礎年金部分の給付水準調整期間は長期化しやすい構造となっている.
₄ .国民年金財政の悪化要因
( 1 )国民年金保険料と基礎年金拠出金単価
本節では国民年金の財政状況が悪化し,基礎年金部分の給付水準調整期間が長期化する要因に ついて考察する.第 ₁ 節で述べたように,財政検証では₂₀₀₄年推計から₂₀₁₄年推計の間で国民年
出所)社会保障審議会年金数理部会「公的年金財政状況報告」より筆者作成.
図 4 国民年金の積立度合と積立比率(₂₀₁₆年度)
国庫負担
2.0
給付費
(国庫負担分)
2.0
7.3
保険料1.5
給付費
(国庫負担 以外)
1.7
運用収入0.3
積立金から受入
0.1
0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 7.0 8.0
収入 支出 前年度末積立金(簿価)
(兆円)
実質的な 支出
3.7
積立比率4.4
積立度合
2.0
金財政状況が悪化した要因を,見通し作成時点における給付水準の相対的な上昇としている.し かし,この分析はやや不十分であるように思われる.国民年金の支出のほとんどを占める基礎年 金拠出金は,基礎年金の給付水準のみによって増減するわけではない.一つの要因として,基礎 年金の受給者数が増加することで基礎年全体の給付費も増加することが考えられる.ただし,死 亡率や障害の発生率を元に作成される受給者数の見通しは,短期的に見通しを大きく変化させる 要素ではない.もう一つの要因は「基礎年金拠出金算定対象者数」の変化である.この点につい て,改めて各年金制度が負担する基礎年金拠出金額の決定方法から確認しよう.
基礎年金拠出金額は「均一拠出」の考え方に基づき,毎年度,各制度に属する基礎年金拠出金 算定対象者数に応じて按分し決定される.具体的には以下の ₂ つの式に基づき決定される.
基礎年金拠出金単価=
各制度の基礎年金拠出金= 基礎年金拠出金単価×各制度に属する基礎年金拠出金算定対象者 数
ここで,基礎年金給付費とは₁₉₈₅年改正以後の新法国民年金による公的年金全体の老齢基礎年 金,障害基礎年金,遺族基礎年金の給付費であり,基礎年金相当給付費とは旧法による給付費の うち,基礎年金に相当する部分の費用である.この合計が基礎年金部分の給付費に当たる(以下,
「基礎年金等給付費」).基礎年金等給付費を基礎年金拠出金算定対象者数で除した基礎年金拠出金 単価は,基礎年金等給付費の「一人当たり負担額」に相当する.ただし,基礎年金拠出金算定対 象者とは,基礎年金制度の被保険者全体ではなく,そのうち基礎年金の保険料を拠出していると みなされる被保険者に限られる.具体的には下記に該当する被保険者である.
国民年金: 当該年度内に保険料納付期間,保険料部分免除期間( ₄ 分の ₁ ,半額, ₄ 分の ₃ 免除)
を有する第 ₁ 号被保険者(任意加入を含む).
被用者年金:₂₀歳以上₆₀歳未満の第 ₂ 号被保険者,及び第 ₃ 号被保険者
国民年金の基礎年金拠出金算定対象者数は,第 ₁ 号被保険者数から保険料の未納者数と免除者 数₁₂)を除いた,「保険料を納付している被保険者の数」である.つまり,国民年金には基礎年金拠 出金算定対象者数に保険料額を乗じた保険料収入が入り,同じく基礎年金拠出金単価に乗じた基 礎年金拠出金が支出となる.国民年金の保険料未納・免除者が増加し,保険料額に対する相対的
(基礎年金給付費
+
基礎年金相当給付費-特別国庫負担)基礎年金拠出金算定対象者数
₁₂) 部分免除を受けている被保険者は基礎年金拠出金算定対象者に含まれるが,免除割合に応じてカウン トされる.例えば半額免除を受けた被保険者は ₂ 分の ₁ 人としてカウントされる.
な基礎年金拠出金単価の水準が上昇すると,国民年金財政が悪化する一つの要因となる.また,
基礎年金被保険者数も基礎年金拠出金単価の水準を変化させうる要因となる.基礎年金被保険者 数は加入が強制される₂₀歳から₅₉歳までの人口に規定されるため,主に出生率の変化を受けて中 長期的に変動する.
( 2 )基礎年金拠出金算定対象者の構成比と国民年金財政
₂₀₀₄年,₂₀₀₉年,₂₀₁₄年推計が想定する国民年金保険料の納付率と免除率の前提値と実績値を 比較したものが表 ₂ である.納付率は₂₀₀₉年推計まで₈₀%と実績よりも₁₅ポイント以上高い前提 値が用いられていた.₂₀₁₄年推計では₆₅%と実績に近い値に引き下げられたが,実績値は上昇傾 向にあり,₂₀₁₄年度の最終納付率は₇₂.₂%と前提値を逆転している.納付率が改善している要因は,
近年強化されている保険料未納対策の取り組みの結果であると思われる.免除率については,全 体的に上昇傾向である実績値に概ね近い前提値が用いられているが,₂₀₁₄年の実績値は前提値を やや上回っている.免除率の上昇についても,未納対策の過程で保険料の納付が困難な低所得者 や失業者に対して,免除申請が案内されているためであると考えられる.
各財政検証での基礎年金拠出金算定対象者数の将来見通しのうち,₂₀₁₄年度,₂₀₆₀年度,₂₁₀₀ 年度時点の推計結果から,基礎年金被保険者に占める構成比を示したものが表 ₃ である.₂₀₀₄年 と₂₀₀₉年推計では,第 ₁ 号被保険者のうち未納・免除者の割合は ₃ 分の ₁ 程度の見通しであった のに対し,₂₀₁₄年推計では基礎年金拠出金算定対象者の割合を上回る見通しとなった.第 ₂ 号被 保険者の割合も増加する見通しに変化していることもあり,₂₀₁₄年財政検証では第 ₁ 号被保険者
表 2 国民年金保険料の納付率と免除率(₂₀₀₄年~₂₀₁₄年推計の前提と実績)
(%)
財政検証 納付率 全額免除 ₁/₄免除 ₁/₂免除 ₃/₄免除 学生納付特例 若者納付 法定免除 申請免除 猶予
₂₀₀₄年財政再計算 ₈₀.₀ ₁₁.₆₀ ₄.₇₀ ₆.₉₀ ₀.₉₀ ₀.₉₀ ₀.₉₀ ₇.₀₀ ⊖
₂₀₀₉年財政検証 ₈₀.₀ ₁₅.₇₂ ⊖ ⊖ ₀.₃₈ ₀.₈₉ ₁.₂₉ ₈.₂₈ ₁.₈₅
₂₀₁₄年財政検証 ₆₅.₀ ₂₀.₃₄ ⊖ ⊖ ₀.₃₇ ₀.₈₂ ₁.₄₃ ₉.₃₇ ₂.₃₀
実績 納付率 最終
納付率 全額免除 ₁/₄免除 ₁/₂免除 ₃/₄免除 学生納付特例 若者納付 法定免除 申請免除 猶予
₂₀₀₄年度 ₆₂.₈ ₆₆.₉ ₁₃.₀₈ ₅.₀₁ ₈.₀₇ ⊖ ₁.₉₀ ⊖ ₇.₉₂ ⊖
₂₀₀₉年度 ₆₀.₀ ₆₅.₃ ₁₇.₁₇ ₆.₁₇ ₁₁.₀₀ ₀.₃₅ ₀.₈₀ ₁.₂₈ ₈.₃₄ ₁.₉₁
₂₀₁₄年度 ₆₃.₁ ₇₂.₂ ₂₂.₁₁ ₇.₈₃ ₁₄.₂₈ ₀.₆₀ ₁.₁₄ ₁.₈₃ ₁₀.₃₆ ₂.₅₈ 注 ₁ )最終納付率とは,過年度に納付されたものを加えた納付率である.
注 ₂ )実績の免除率は,各年度末現在の免除者数を第 ₁ 号被保険者数(任意加入を含む)で除した値である.
注 ₃ )₂₀₀₉年と₂₀₁₄年推計では,全額免除のうち法定免除と申請免除の内訳は公表されていない.
注 ₄ )₂₀₀₄年推計の納付率は₂₀₀₇年度以降,免除率は₂₀₀₆年度以降の基礎率であり,それ以前は各年度別に設定されている.
注 ₅ )₂₀₁₄年推計の納付率は₂₀₁₈年度以降の基礎率であり,それ以前は各年度別に設定されている.
出所 )厚生労働省年金局数理課(₂₀₀₅),厚生労働省年金局数理課(₂₀₁₀),厚生労働省年金局数理課(₂₀₁₅),厚生労働省「厚 生年金保険・国民年金事業年報」各年版,厚生労働省年金局「国民年金の加入・保険料納付状況」各年版より筆者作成.
の基礎年金拠出金算定対象者は,将来的に全体の ₁ 割程度まで低下する見通しとなっている.基 礎年金被保険者数全体の見通しは,合計特殊出生率の前提が₁.₃₉(₂₀₅₀年時点),₁.₂₆(₂₀₅₅年時点),
₁.₃₅(₂₀₆₀年時点)₁₃)と変化したことを反映し,₂₀₀₄年から₂₀₀₉年推計へは減少,₂₀₀₉年から₂₀₁₄年 推計へは増加する方向で変化している.
ただし,国民年金保険料の未納者や免除者の増加は,必ずしも国民年金財政状況の悪化につな がるとは限らない.第 ₁ 号被保険者の基礎年金拠出金算定対象者が減少すると,保険料負担者一 人当たりの金額である基礎年金拠出金単価は上昇しても,国民年金からの基礎年金拠出金全体の 規模は縮小する.給付費の規模が縮小すると,給付費に対する積立金や運用収入の相対的な規模 が高まることで財政状況が改善される可能性がある.表 ₂ で示したように₂₀₁₄年推計では,推計 開始時点では納付率を₆₀%とし,₂₀₁₈年度までに納付率を₆₅%まで段階的に改善する前提を基本 としている.この納付率改善がなく₆₀%のまま推移した場合についての将来見通しも作成されて いる₁₄).その結果は図 ₅ の通りであるが,経済ケース
E
では給付水準調整期間は₂₀₄₃年度までか ら₂₀₄₂年度までへ,最終的な所得代替率は₅₀.₆%から₅₀.₇%へとほぼ影響がないばかりか,若干改 表 3 基礎年金被保険者数と基礎年金拠出金算定対象者構成比の将来見通し(₂₀₀₄年~₂₀₁₄年財政検証)被保険者数基礎年金
(百万人)
基礎年金
被保険者計 第 ₁ 号
被保険者 第 ₂ 号
算定対象者 第 ₃ 号 算定対象者 第 ₁ 号
(未納・免除) 第 ₁ 号 算定対象者
実績
₂₀₀₆年度 ₆₇.₅ ₁₀₀.₀% ₃₁.₆% ₁₄.₀% ₁₇.₆% ₅₁.₈% ₁₆.₆%
₂₀₁₁年度 ₆₃.₇ ₁₀₀.₀% ₃₁.₆% ₁₄.₉% ₁₆.₃% ₅₂.₉% ₁₅.₉%
₂₀₁₆年度 ₆₂.₅ ₁₀₀.₀% ₂₉.₈% ₁₅.₆% ₁₃.₇% ₅₅.₅% ₁₅.₂%
₂₀₀₄年 財政再計算
₂₀₁₄年度時点 ₆₅.₃ ₁₀₀.₀% ₃₀.₉% ₁₀.₅% ₂₀.₅% ₅₂.₂% ₁₆.₉%
₂₀₆₀年度時点 ₄₁.₉ ₁₀₀.₀% ₃₁.₅% ₉.₄% ₂₂.₁% ₅₂.₃% ₁₆.₂%
₂₁₀₀年度時点 ₂₉.₇ ₁₀₀.₀% ₃₁.₇% ₁₀.₀% ₂₁.₇% ₅₂.₃% ₁₆.₀%
₂₀₀₉年 財政検証
₂₀₁₄年度時点 ₆₅.₈ ₁₀₀.₀% ₂₇.₉% ₉.₁% ₁₈.₈% ₅₆.₆% ₁₅.₅%
₂₀₆₀年度時点 ₃₇.₁ ₁₀₀.₀% ₂₇.₈% ₈.₂% ₁₉.₅% ₅₈.₂% ₁₄.₀%
₂₁₀₀年度時点 ₂₁.₀ ₁₀₀.₀% ₂₇.₆% ₈.₂% ₁₉.₄% ₅₈.₂% ₁₄.₂%
₂₀₁₄年 財政検証
₂₀₁₄年度時点 ₆₆.₄ ₁₀₀.₀% ₂₈.₄% ₁₄.₈% ₁₃.₆% ₅₆.₅% ₁₅.₁%
₂₀₆₀年度時点 ₃₉.₀ ₁₀₀.₀% ₂₄.₁% ₁₂.₄% ₁₁.₆% ₆₃.₇% ₁₂.₃%
₂₁₀₀年度時点 ₂₁.₈ ₁₀₀.₀% ₂₄.₀% ₁₂.₄% ₁₁.₆% ₆₃.₈% ₁₂.₂%
注 )実績の第 ₁ 号被保険者(未納・免除)は任意加入者を含む第 ₁ 号被保険者数(月別)の年度平均から第 ₁ 号被保険者 の基礎年金拠出金算定対象者数を差し引いた値である.
出所 )厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業年報」,社会保障審議会年金数理部会「公的年金財政状況報告」,厚生労働
省HP「国民年金,厚生年金の財政 平成₁₆年年金改正制度に基づく財政見通し等」,厚生労働省HP「平成₂₁年財政検
証結果等について 財政検証バックデータ」,厚生労働省HP「将来の公的年金の財政見通し(財政検証)財政検証詳細 結果等(zipファイル)」より筆者作成.
₁₃) それぞれ中位推計である.合計特殊出生率の実績は₂₀₀₀年時点₁.₃₆,₂₀₀₅年時点₁.₂₆,₂₀₁₀年時点₁.₃₉ となっていた.(厚生労働省年金局数理課(₂₀₀₅)₂₀頁,厚生労働省年金局数理課(₂₀₁₀)₂₁頁,厚生労 働省年金局数理課(₂₀₁₅)₂₅頁)
₁₄) 厚生労働省年金局数理課(₂₀₁₅)₃₀₁⊖₃₀₂頁,₃₄₁⊖₃₄₂頁.
善する見通しとなっている.
( 3 )特別国庫負担の増加
国民年金保険料が未納となると,その期間に対する将来の基礎年金支給は全額カットされるた め,納付率の低下は基礎年金給付費の将来的な増加を抑える効果がある.一方,保険料の免除期 間に対しては,国庫負担分に相当数 ₂ 分の ₁ の額と,部分免除であった場合は保険料負担割合に 比例した基礎年金支給が行われる.保険料免除期間に対する給付費は,特別国庫負担として給付 が発生する時点で国民年金勘定に繰り入れられ,保険料や運用収入では賄われない.表 ₂ で示し たように国民年金保険料の免除率は,実績においても財政検証における前提においても上昇傾向 にあり,将来的に特別国庫負担額は増加していくと予想される.その結果として,先に述べた積 立度合と積立比率の差異を拡大させる.図 ₆ は₂₀₀₄年,₂₀₀₉年,₂₀₁₄年推計それぞれの国民年金 財政の将来見通しから,積立度合と積立比率を計算し示したものである.給付水準調整が行われ るため,財政均衡期間終了時点での国民年金財政の積立度合は₂₀₀₄年,₂₀₀₉年,₂₀₁₄年推計の全 てで ₁ となる見通しとなっている.同時点における積立比率を計算すると,₂₀₀₄年推計は₂.₂(₂₁₀₀ 年度時点),₂₀₀₉年推計は₂.₃(₂₁₀₅年度時点),₂₀₁₄年推計は₂.₅(₂₁₁₀年度時点)と,最終的な積立 比率は直近の財政検証ほど高くなっている.
出所)厚生労働省年金局数理課(₂₀₁₅)₃₀₁頁.
図 5 国民年金保険料の納付率が現状のまま推移した場合の影響(₂₀₁₄年推計)
<国民年金保険料の納付率の前提>
今後の取組強化等により向上した場合 納付水準調整終了後の標準
的な厚生年金の所得代替率 給付水準調整の終了年度
現状の納付率で推移した場合
(年度)
H26
61% 62% 63% 64% 65%
注:過年度納付率は5% 程度と仮定.
60%
H27 H28 H29 H30~
今後の取組強化等により向上した場合 現状の納付率で推移した場合
ケース
C
51.0%(2043)
+0.1%
~▲0.1%
比例:25.0%(2018)
基礎:26.0%(2043)
51.1%(2043)
比例:24.9%(2018)
基礎:26.2%(2043)
50.7%(2042)
比例:24.4%(2020)
基礎:26.2%(2042)
50.6%(2043)
比例:24.5%(2020)
基礎:26.0%(2043)
(※)42.0%(2058)
比例:21.9%(2031)
基礎:20.1%(2058)
(※)41.9%(2058)
比例:21.8%(2031)
基礎:20.1%(2058)
ケース
E
ケース
G
※ 所得代替率50%を下回る場合は,50%で給付水準調整を終了し,給付及び負担の在り方について検討を行うこととされ ているが,仮に,財政のバランスが取れるまで機械的に給付水準調整を進めた場合の数値.
注)人口の前提は中位.
保険料免除率の上昇は保険料によって賄われる分の給付を減少させるため,積立金の相対的な 規模を上昇させ,国民年金財政を改善させる要素となるはずである.しかし,財政検証では将来 にわたる財政均衡を示す指標として,国庫負担分を含めた給付費と積立金との比率である積立度 合を採用しているため,そうした効果が十分に評価されていない.積立比率で見るならば実質的 な財政収支は改善するにもかかわらず,積立度合を用いた財政評価ではむしろ財政状況の見通し が悪化する評価となってしまうケースが生じている.
₅ .小 括
本稿では,マクロ経済スライドによる給付水準調整が,基礎年金部分に偏重する要因について 検討を行った.基礎年金部分に対する給付水準調整期間は,国民年金の財政状況が₁₀₀年間の財政 均衡期間にわたって均衡が保たれるように決定されている.財政均衡が保たれると判断される基 準は,給付費と積立金の比率である積立度合が ₁ 以上を保つこととされている.国庫負担分も含 めた給付費により算出される積立度合を,給付の半分以上を国庫負担により賄われている国民年
出所 )厚生労働省HP「国民年金,厚生年金の財政 平成₁₆年年金改正制度に基づく財政見通し等」,厚生労働省HP「平成
₂₁年財政検証結果等について 財政検証バックデータ」,厚生労働省HP「将来の公的年金の財政見通し(財政検証)財 政検証詳細結果等(zipファイル)」より筆者作成.
図 6 国民年金財政の積立度合と積立比率の将来見通し(₂₀₀₄年~₂₀₁₄年推計)
1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 7.0 8.0 9.0
2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 2045 2050 2055 2060 2065 2070 2075 2080 2085 2090 2095 2100 2105 2110
(年度)
積立比率(2004) 積立比率(2009) 積立比率(2014)
積立度合(2004) 積立度合(2009) 積立度合(2014)
(2004年推計)(2009年推計)(2014年推計)
基礎年金給付水準調整期間終了
2.2 2.3 2 .5
金に適用すると不利な評価となりやすい.さらに,保険料免除率が上昇し,免除期間への給付費 として繰り入れられる特別国庫負担が増加すると,実質的な財政収支は悪化していなくとも,積 立度合では財政状況が悪化しているように評価されてしまう.₂₀₁₄年推計では,国民年金保険料 納付率の前提を変更した場合の将来見通しは作成されているが,免除率の変更による影響につい ては分析されていない.財政検証において財政均衡を評価する指標として積立度合は適切ではな く,分母から国庫負担分を除いた積立比率を用いるべきである.
また,₂₀₁₄年推計は女性や高齢者の労働市場参加が進み,第 ₁ 号被保険者から第 ₂ 号被保険者 へ移行することを前提とし,国民年金財政の規模が縮小する見通しとなっている.しかし,₂₀₀₀ 年代前半まで続いたような非正規雇用労働者と失業者の増加と,それによる第 ₂ 号被保険者の減 少(または増加の停滞)が起こると,見通しから大きく乖離した結果となる₁₅).不況や経済構造の 変化による非正規雇用労働者や失業者の増加に対応した,柔軟性のある制度の構築が年金財政の 長期的な安定には不可欠である.例えば失業時にも雇用保険給付を受給できる期間は第 ₂ 号被保 険者の資格を継続し,雇用保険から厚生年金保険料を拠出する仕組みが考えられる.
基礎年金の給付費は「均一拠出」の考え方に基づき,各制度の保険料負担者数に応じて按分さ れる基礎年金拠出金により賄われている.しかし,各年金制度別に財政状況が異なる現状では,
完全に一元化されているとはいえない財政構造であり,特に財政基盤の弱い国民年金の存在が基 礎年金制度の根本的なリスクとなっている.₂₀₁₂年改正以降,短時間労働者の厚生年金適用拡大 が進められており,こうした方針は国民年金財政の規模を縮小させることで,基礎年金制度のリ スクを低減する効果を持つ.しかし,報酬比例である厚生年金は給付額に格差を生じさせやすい.
年金給付の格差を抑制し,高齢者の貧困リスクを低減させるためには,基礎年金部分の給付水準 がどの程度であるべきかについて,今後議論を進める必要があるだろう.
参 考 文 献
小塩隆士(₂₀₁₄a)「財政検証の『示し方』」『週刊社会保障』No. ₂₇₇₉,₃₂⊖₃₃頁.
小塩隆士(₂₀₁₄b)「下振れリスクを念頭に議論を」『週刊社会保障』No. ₂₇₈₃,₄₆⊖₄₇頁.
小塩隆士(₂₀₁₅)「マクロ経済スライドとその完全発動の意義と課題」『年金と経済』Vol. ₃₄,No.₁,₁₇⊖
₂₃頁.
駒村康平(₂₀₁₃)「低所得高齢者向け最低生活保障制度の確立」宮本太郎編『生活保障の戦略―教育・雇 用・社会保障をつなぐ』岩波書店,₁₇₁⊖₁₉₈頁.
駒村康平(₂₀₁₄a)「₂₀₁₄年年金財政検証とそれに伴う制度改革の議論」『生活福祉研究』通巻₈₈号, ₄ ⊖₁₉ 頁.
駒村康平(₂₀₁₄b)「改革先送りはリスクを高める」『週刊社会保障』No. ₂₇₈₃,₄₈⊖₄₉頁.
駒村康平・丸山桂(₂₀₁₅)「就業形態の変化と社会保険・企業福祉」『日本労働研究雑誌』第₆₅₉号,₅ ⊖₁₅頁.
厚生労働省年金局数理課(₂₀₀₅)『厚生年金・国民年金 平成₁₆年財政再計算結果』.
₁₅) ₂₀₀₀年代前半における基礎年金の財政分析については畠中(₂₀₀₇)を参照.
厚生労働省年金局数理課(₂₀₁₀)『平成₂₁年財政検証結果レポート―「国民年金及び厚生年金に係る財政 の現況及び見通し」(詳細版)―』.
厚生労働省年金局数理課(₂₀₁₅)『平成₂₆年財政検証結果レポート―「国民年金及び厚生年金に係る財政 の現況及び見通し」(詳細版)―』.
厚生労働省
HP「国民年金,厚生年金の財政 平成₁₆年年金改正制度に基づく財政見通し等」https://
www.mhlw.go.jp/topics/nenkin/zaisei/zaisei/₀₄/index.html(₂₀₁₈年 ₆ 月₃₀日確認).
厚生労働省
HP「平成₂₁年財政検証結果等について 財政検証バックデータ」https://www.mhlw.go.jp/
shingi/₂₀₀₉/₀₂/dl/s₀₂₂₃⊖₉i.zip(₂₀₁₈年 ₆ 月₃₀日確認).
厚生労働省
HP「将来の公的年金の財政見通し(財政検証)財政検証詳細結果等(zip
ファイル)」https://www.mhlw.go.jp/file/₀₆-Seisakujouhou-₁₂₅₀₀₀₀₀-Nenkinkyoku/zasei_back.zip(₂₀₁₈年 ₆ 月₃₀日 確
認).里見賢治(₂₀₁₄)「年金財政検証結果と公的年金制度の将来」『賃金と社会保障』No. ₁₆₁₈,₂₆⊖₄₈頁.
社会保障制度審議会年金数理部会(₂₀₀₀)『平成₁₁年財政再計算に基づく被用者年金制度の財政検証』.
永瀬伸子(₂₀₁₁)「若年非正規雇用の現状と年金を含めた社会的保護のあり方」『年金と経済』Vol.₃₀,
No.₂,₁₀⊖₂₂頁.
永瀬伸子(₂₀₁₅)「パートへの厚生年金の適用拡大について―年金の財政検証と適用拡大オプション試算 から―」『年金と経済』Vol.₃₄,No.₁,₂₄⊖₃₉頁.
畠中亨(₂₀₀₆)「財政指標で見る基礎年金」『中央大学経済研究所年報』第₃₇号,₂₉₅⊖₃₀₉頁.
畠中亨(₂₀₀₇)「公的年金財政検証の課題」社会政策学会編『経済発展と社会政策―東アジアにおける差 異と共通性―』(社会政策学会誌₁₈号)法律文化社,₁₈₅⊖₂₀₇頁.
畠中亨(₂₀₁₅)「₂₀₁₂年公的年金改革における高齢低所得者対策―年金生活者支援給付金を中心に―」鷲 谷徹編著『変化の中の国民生活と社会政策の課題』中央大学出版部.
畠中亨(₂₀₁₇)「高齢期のナショナル・ミニマムと公的年金」『紀要』(日本大学経済学部経済科学研究所)
₄₇( ₂ ),₃₃⊖₅₂頁.
平岡公一・三輪健二・米田俊彦(₂₀₁₃)『格差を超え公正な社会へ―教育・就労・ジェンダー・社会保障』
金子書房.
伏見恵文(₁₉₉₀)「年金の財政指標」『厚生の指標』第₃₇巻第 ₄ 号, ₃ ⊖ ₉ 頁.
堀勝洋(₂₀₁₄)「基礎年金水準低下がアキレス腱」『週刊社会保障』No. ₂₇₈₃,₅₀⊖₅₁頁.
松野晴菜(₂₀₁₄)「平成₂₆年公的年金財政検証と今後の年金制度改正の行方(上)」『立法と調査』No. ₃₅₈,
₂₆⊖₄₅頁.
丸山桂(₂₀₁₂)「短時間労働者に対する厚生年金の適用拡大問題」『年金と経済』Vol. ₃₀,
No.
₄ ,₁₆⊖₂₂頁.山内孝一郎(₂₀₁₄)「平成₂₆年財政検証について」『年金と経済』Vol. ₃₃,No. ₃ ,₃⊖₉頁.
山田篤裕(₂₀₀₉)「低所得層における国民年金保険料納付免除の実態―社会保険庁『国民年金被保険者実 態調査』個票に基づく実証分析」『社会政策研究』₉,₆₄⊖₉₁頁.
労働政策研究・研修機構(₂₀₁₄)『労働力需給の推計―労働力需給モデル(₂₀₁₃ 年度版)による政策シ ミュレーション―』.
和田幸典(₂₀₁₃)「社会保障・税一体改革と年金改革法について」『年金と経済』Vol. ₃₁,No. ₄,₃₈⊖₄₇頁.
(帝京平成大学健康医療スポーツ学部助教)