海岸狩猟漁撈民の社会組織 : トナカイ遊牧民との 比較において
著者 佐々木 史郎
ページ 99‑103
発行年 1988‑02‑20
その他のタイトル SOCIAL ORGANIZATIONS OF THE HUNTER‑FISHERS ON THE SIBERIAN COAST
URL http://hdl.handle.net/10502/5531
SOCIAL ORGANIZATIONS OF THE HUNTER-FISHERS
ON THE SIBERIAN COAST
Shiro Sasaki
National Museum of Ethnology Osaka
海岸狩猟漁携民の社会組織
トナ カ イ遊 牧 民 と の 比 較 に お い て
佐 々 木 史 郎 (国立 民族学博物館)
〈概 観 〉
本 報 告 で扱 う事 例 は 、 共 通 の 言話 、 共 通 の 文 化 伝 統 を持 ち な が ら、 居 住 環 境 と生 業 形 態 の 違 い に よ り、 互 い に 全 く異 な る社 会 組 織 と社 会 規 範 を持 つ よ うに な っ た 民 族 の場 合 で あ る。 具 体 的 に は チ ュ クチ 族 と コ リヤ ー ク族 の 事 例 を取 り上 げ る。 この 両 民 族 は シベ リア の 最 も東 の は ずれ に あ た る チ ュ コ ト半 島 か ら カム チ ャ ッ カ半 島 に か け て の 地 域 に 居 住 し、1979年 の 統 計 で は人 口 は そ れ ぞ れ14000人 と7900人 で あ る。彼 らは 現 在 は大 き くツ ン ドラ の トナ カ イ 遊 牧 民 と海 岸 地 帯 の 海獣 狩 猟 民 とに大 別 され て い る。 しか し、文 献 か ら知 られ る 限 りで は 、 少 な くて も 17世 紀 まで は チ ュ ク チ に お い て は 、 そ の大 部 分 が 野 生 トナ カ イ狩 猟 民 で あ り、一 部 の 海 岸 地 帯 の 者 が 海 獣 狩 猟 に
も従 事 して い る とい う状 態 で あ り、 コ リヤ ー クで は 海 岸 狩 猟 民 の 方 が 内 陸狩 猟 民 よ り数 の 上 で上 回 っ て い た 。 彼 らの 居 住 地 は シベ リア の最 も東 の はず れ に位 置 して い た ため 、 ロ シア の 支 配 下 に入 るの が最 も遅 れ た 。 コ リ ヤ ー クは伝 統 的 に敵 対 関係 に あ っ た チ ュ クチ との 対 抗 上 比 較 的 早 くロ シア 人 の 支 配 に服 した が 、 チ ュ クチ 族 は最 後 ま で 激 し く抵 抗 し、 ロ シ ア の チ ュ コ ト半 島 の 経 営 を め ぐっ て双 方 に 多大 の 犠 牲 を 出 して い る。
両 者 の ロ シア へ の 対 応 の仕 方 は そ れ ぞ れ で あ っ た が 、 その 影 響 は シベ リア の他 の地 域 の場 合 と同 じで あ っ た。
そ れ は ロ シ ア の 商 業 経 済 に 巻 き込 ま れ る と い う こ とで 、 よ り具 体 的 に い え ば、 毛 皮 税(ヤ サ ー ク)と 毛 皮 交 易 に よ って その 経 済 的 基 盤 を変 え られ て し ま っ たの で あ る。 す な わ ち 、 従 来 野 生 の トナ カ イ を狩 猟 す る こ とで 食糧 、 毛 皮 を始 め 、 生 活 に 必 要 な物 資 を得 て い た の だが 、 毛 皮 を求 め て 入 っ て きた ロ シア の 商 人 達 が テ ン 、 キ ツ ネ、 リ ス 、 ラ ッ コ な ど の毛 皮 と交 換 に 、鉄 、茶 、 タバ コ、 酒 、 パ ン な ど を もた ら し、 彼 らの物 質 文 化 を変 え た ため に 、 か つ て は必 要 に 応 じて 行 な っ て い た 毛 皮 獣 狩 猟 の 方 が 主 生 業 の よ うに な っ て し ま っ た。 しか し、 彼 らの 生 活 に 必 要 な最 小 限 の 需 要 を満 たす こ とで 成 り立 っ て い た 需 給 のバ ラ ン ス は、 商 業 的狩 猟 の 開 始 と と もに 崩 れ て し まい 、 資 源 の枯 渇 の た め に 従 来 の狩 猟 を主 体 とす る生 活 形 態 を変 更 せ ざ る を えな くな って し ま っ た の で あ る。
彼 らは も と も と輸 送 用 に トナ カ イ を飼 うこ とは 知 っ て い た が 、 そ れ を食 用 に 殺 す こ とは稀 で あ り、 ま して 自分 らが 飼 う トナ カ イの 肉 を主 食 とす る生 活 をす るに は飼 育 頭 数 が 少 な す ぎ た。恐 ら く17世 紀 ま で の 家 族 当 た りの 飼 育 頭 数 は チ ュ クチ で も コ リヤ ー ク で も100頭 を越 え る こ とは稀 で あ っ ただ ろ う。 しか し、毛 皮 資 源 の 減 少 と と も に動 物 を 自 らの 手 でふ や す 必 要 が 生 ま れ 、 トナ カ イ飼 育 の 重 要 性 が 増 大 したの で あ る。 しか もか つ て彼 らの 生 活 を支 え て い た 野 生 の トナ カ イ は捕 り過 ぎや 飼 育 トナ カ イ との生 存 競 争 に敗 れ た結 果 、18世 紀 、19世 紀 を通 じて そ の数 を急 速 に 減 ら して い っ た。 ま た 、 巨大 な野 生 トナ カ イ の大 群 を 自分 の もの と して 捕 り込 ん で し ま っ た場 合 も あ ろ う し、 他 人 の 家 畜 を略 奪 して群 を大 き く した もの も い た で あ ろ う。 い ず れ にせ よ最 後 に は 自分 の持 つ トナ カ イに 全 面 的 に 頼 ら ざ る を得 な い 状 態 に な り、 トナ カ イ遊 牧 民 へ と転 換 した。
しか し、 そ の 時 チ ュ クチ族 、 コ リヤ ー ク族 の全 員 が そ れ に 成 功 した わ け で は な い こ とは 勿 論 で あ る。 そ れ に 失 敗 した 者 は ま だ 資 源 が 十 分 残 って い た海 岸 地 帯 へ と進 出 して 古 くか ら海 岸 に住 ん で い た者 と合 流 し、 も と も との 海 獣 狩 猟 民 だ った エ ス キ モ ー の 技 術 を借 用 して 海 岸 に定 着 した。 元 来 、 チ ュ クチ に も コ リヤ ー クに も 内 陸 民 と海 岸 民 との 区 別 は あ っ た が 、 そ の 相 違 は互 い に 同 じよ うな 狩 猟 民 と して 現 在 程 は大 き くなか った と思 わ れ る。 しか し、18世 紀 以 来 の社 会 変 動 に よ り、チ ュ クチ 族 と コ リヤ ー ク族 は 内 陸 の トナ カ イ遊 牧 民 と海 岸 の 定 着 的狩 猟 漁 携
民 と大 き く2極 分 化 して し ま った とい え よ う。 た だ 、 海 岸 の 資 源 に 恵 ま れ た カム チ ャ ッカ の コ リヤ ー クの 方 が 定 住 民 に な る傾 向 が 強 く、 そ れ に 対 し、 チ ュ クチ で は トナ カ イ飼 育 民 に な ろ う とす る傾 向 が 強 か った よ うで あ る。
分 化 した後 、 彼 らの 間 で は 、 その 物 質 文 化 、 精 神 文 化 、社 会 構 造 な どの 中 の 生 業 活 動 に 直接 か か わ る部 分 が 互 い に 大 き く異 な って い っ た。'
チ ュ クチ 、 コ リヤ ー クに は それ ぞ れ独 自の 文 化 的 な 基礎 が あ り、生 業 の 何 如 にか か わ らず 共 通 な文 化 要 素 とい う もの が あ る。 しか し、 基 礎 が 同 じで もそ れ を生 活 の 中 で 実 際 に どの よ うに運 用 す るか 、 どれ を 強調 す るか は そ れ ぞ れ の 置 か れ た 条 件 に よ る。 つ ま り、 トナ カ イ ・チ ュ クチ 、 海 岸 チ ュ クチ 、 トナ カ イ ・コ リヤ ー ク、 海 岸 コ リ ヤ ー クの4者(微 視 的 に 見 れ ば も っ と細 分 で き るが)の 間 で は 、文 化 の 基 層 部 で は チ ュ クチ と コ リヤ ー ク とい う 隔区分 で は っ き り と分 か れ るが
、 そ の 実 際 の 運 用 面 で は トナ カ イ遊 牧 民 と海 岸 狩 猟 民 とい う区分 が 成 り立 っ の で あ る。 本 報 告 で は 基 層 部 分 と運 用 面 の 違 い が こ とさ ら明確 で あ る社 会 構 造 に焦 点 を絞 って 考 察 す る。
ち なみ に 、生 業 活 動 が 集 団 化 さ れ る以 前 の 時 代(つ ま り、19世 紀 末 〜20世 紀 初 頭 の 有 名 な ボ ゴ ラ ス と ヨヘ リ ソ ンが 活 躍 して い た時 代)の チ ュ クチ の 人 口 は全 部 で12000人 ほ ど で、 トナ カ イ 遊 牧 民 と海 岸 定 住 民 との 人 口比 は 3:1で あ り、 コ リヤ ー クは7500人 ほ どで 、 比率 は1二1で あ っ た と い う。
〈海 岸 定 着 民 の社 会 組 織 〉
海 岸 定 着 民 の社 会 の 特 徴 を整理 す る と以 下 の よ うに な ろ う。
1)家 族 形 態1普 通 は1組 の 夫 婦 とそ の 未婚 の 子 供 か らな る。 一 夫 多妻 も あ る。
2)住 居 形 態:冬 は竪 穴 式住 居 に数 家族 で 集住 。 夏 は 家 族 ご とに テ ン トを張 る。 但 し、 ボ ゴ ラ ス の調 査 当時(20 世 紀 初 頭)に は既 に 竪 穴 式 の 住 居 は使 われ ず 、 トナ カ イ遊 牧 民 と同 じ よ うに 冬 で も各 家 族 ご とに テ ン トを 使 用 して い た。 一 家 屋 当 りの 平 均 的 な 人数 は6.5人 で あ る(ボ ゴ ラ ス に よ る)。
3)村 落 形 態:村 の 構 成 員 、 首 長 、 家 の 配 列 、 永 続性 に つ い て は 以 下 の 通 りで あ る。
① 構 成 員;地 縁 的 に 結 合 した家 族 か ら な る。 無論 親 族 的繋 が りを持 つ 家 族 も い るが 、 そ れ が 村 落 構 成 の 原 理 で は な い。
② 首 長;attoora'lin(首 長 家 の 人)ま た はarmaci‑ra'lin(最 も強 い 家 の 人)と 呼 ば れ る。 多 くは そ の 村 に代 々 長 く住 み つ いて い る家 族 の 長 が な る。 その 家 は普 通 、 村 の前 面(後 述)に 位 置 す る。 彼 は 土 地 の 神 との 関係 に お い て 他 の者 よ り も優 越 して い る とい わ れ 、 貢 ぎ物 を受 け る こ と もあ る。 この よ うな 首 長 が い な い 村 も あ るが 、 そ こ で は 村 の住 民 の 地位 は 平 等 で あ る。
③ 家 の 配 列;普 通 、 あ ちゆ る家 屋 が 入 口 を海 に 向 け て 一 列 に 並 び 、 その 最 も右 端(つ ま り村 の 前 面 と考 え ら れ て い る)に 首 長 の 家 が 来 る。 首 長 の い な い村 で は 配 列 が 不 規 則 に な る こ と もあ る。
④ 永 続 性;一 般 的 に チ ュ クチ や コ リヤ ー クの 海 岸 定 着 民 の 村 落 構 成 員 は 同 じよ う な形 態 を持 つ 隣族 の エ キ ス モ ー に比 べ て 変 動 しや す い とい わ れ る。 特 に チ ュ クチ は興 奮 しや す い性 格 を持 つ ため 、 男達 は 不 猟 が 続 い た り、 気 に い ら な い こ とが あ る と、 一 人 で他 の村 に 飛 び 出 し、 時 に は 良 い 猟 場 を求 め て転 々 と村 を移 り歩 くもの もい た とい わ れ る。 ま た 、狩 猟 で貯 え た 財 産 を元 手 に トナ カ イ を買 い 、 トナ カ イ遊 牧 民 と して 内 陸 部 に去 っ て しま う場 合 も あ っ た。 この よ うな こ とが 長 く留 って い る者 の 村 で の 地 位 を高 め て い る と も思 わ れ る。
4)ボ ー ト組:attwa't‑yirin(boatfu11)と 呼 ば れ る。彼 らの 日常 の 生 業 活 動 に と っ て最 も重 要 な 組 織 が こ の ボ ー ト組 で あ る。 そ の構 成 員 、 首 長 、 機 能 な どに つ い て は以 下 の 通 りで あ る。
① 構 成 員;'か つ て皮 舟 を使 用 して い た 当時 は1ボ ー トにつ き8人 が 普 通 で あ っ た。1人 が 舵 取 りで も う1人 が 鈷 打 ち 、 そ して残 りが 漕 ぎ 手 で あ る。 そ して 、 舵 取 りが 普 通 船 長 で もあ った。20世 紀 初 頭 に は ア メ リカ 式 の捕 鯨 ボ ー トが 普 及 し、 漕 ぎ手 が 少 な くて す む よ うに な っ た ため1つ の ボー トに 乗 る人 数 が5〜6人 に な っ た 。 組 の 構 成 員 は ボー トの 持 ち主(船 長)の 最 も近 い 親 族 で あ り、 時 に はfamily co‑operative group に な る こ と もあ る。 しか し家 族 、 親 族 だ け で は 人数 が 足 りな い 時 に は 同 じ村 に住 む 友 人 の 家 族 の もの が加 わ る。 ボー ト組 の 構 成 貝 は 比 較 的 固定 的 で あ るが 、 季 節 ご とに転 々 と移 っ て も よい 。
② 首 長;ボ ー ト組 の 首 長 は船 長 で あ り、 また 、 ボー トの 所 有 者(attwe‑e'rmecin)で も あ る。 皮 舟 使 用 時 代 に は ボ ー トを作 っ た者 が 首 長 に な っ た 。 捕 鯨 用 ボ ー トを使 う時代 に は それ を購 入 し た もの が な る。他 人 か ら借 りた ボ ー トで組 を作 っ て狩 を して も よ い。 そ して 、 借 り賃 を支 払 う必 要 も ない 。 とい うの は その よ
一100一
うな 支 払 い は狩 の運 を手 放 す こ とに な るか ら で あ る。 た だ し、 豊 猟 の 後 は そ の ボ ー トを買 わ な くて は な ら な い とい う。
③ 機 能;彼 らの 日常 の狩 猟 活動 の 単 位 で あ り、 毛 皮 や 鯨 商 人 との取 り引 きの 際 に も協 同 して対 処 す る。
5)獲 物 の 分 配:分 配 の 対 象 とな る狩 猟 動 物 は トナ カ イ 遊 牧 民 よ り も 多種 多様 で あ る。海 獣 狩 猟 で 捕 れ た獲 物 は 、 その 価 値 に よ って 異 な る 。
① 小 ア ザ ラ シ;仕 止 め た者 が 受 け取 る。 た だ し、 ボ ー ト組 の 首 長 は 自分 で捕 らな くて も1頭 か2頭 受 け 取 る こ とが で き る。
② ア ザ ラ シ 、 セ イ ウチ;頭 部 は 牙 とい っ し ょに 首 長 が 取 る(頭 は 儀 礼 に使 用 され る)。 牙 は首 長 の 兄 弟 、 イ ト コ で組 に参 加 し た もの の 問 で分 け られ る。 他 の 組 員 に は ア ゴ ヒゲ か ら下 の脂 肪 が 分 け られ る。 皮 は 首 長 、 船 首 に い た 者(す な わ ち 鈷 打 ち)、 そ して 漕 ぎ手 の順 に 取 っ て い く。
③ クジ ラ;こ れ は村 人全 員 の もの で あ り、 肉や 脂 肪 は欲 しい 人 は 誰 で も取 れ る。 しか し、 顎 の 骨 は そ の ク ジ ラ の最 初 の 発 見者 が も ら う。 他 の 骨 は狩 に 参 加 し た者 全 員 で分 配 す るが 、 首 長 、 鈷 打 ち の 順 に 優 先 権 が あ る。海 岸 に 打 ち上 げ られ た ク ジラ の 骨 は最 初 に 発 見 した もの が 取 り、肉 と脂 肪 は 誰 が 持 っ て い って も よ い。
シ ロ クマ の 毛 皮 も クジ ラの 骨 と同 じ。
④ 冬 の 狩 猟;基 本 的 に は 個 人 的 な活 動 な の で 獲 物 は狩 人 の もの で あ るが 、 その 場 に居 合 わせ た 者 や 目撃 した もの は分 配 に預 か れ る。 た だ し、 そ こ で 先 頭 を 目指 して 競 争 が あ り、 早 く着 い た もの ほ ど恩 恵 に預 か れ る (こ れ は トナ カ イ遊 牧 民 も同 じ)。
6)放 浪 者:海 岸 定 着 民 は 本 来 動 か す こ との で き な い村 に 居 住 して い るに もか か わ らず トナ カ イ遊 牧 民 に劣 らず 放 浪 して 歩 く者 が 多 い。幸 運 を求 め た り、交 易 に 出 か け る ため で あ る。 ま た、 トナ カ イ飼 育 民 とは違 っ て 、 何 も 目的 もな く旅 に 出 る もの に対 して も寛 大 で あ る。 旅 人 に対 す る接 待 も暖 か い 。 しか し、 寄 食 者 に 対 し て は横 柄 で あ る。
〈トナ カ イ遊 牧 民 の 社 会 組 織 〉
トナ カ イ遊 牧 民 の 社 会 の 特 徴 を整 理 す る と以 下 の よ う に な ろ う。
1)家 族 形 態:普 通 は1組 の 夫 婦 と その 未 婚 の 子供 か らな る。 一 夫 多妻 もあ る。
2)キ ャ ン プ 形 態:キ ャ ン プ 構 成 員 、 首 長 、 テ ン トの 配 列 、 永 続性 に つ い て は 以 下 の 通 りで あ る。
① 構 成 員;兄 弟 、 イ トコ な どの 父 系 の 血縁 関 係 が あ る2〜3の 家 族 か らな る(そ れ 以 上 多 くの 家 族 が 集 ま る の は 稀 で あ る)。裕 福 な者 の 場 合 は親 族 関 係 の な い牧 夫 の 家 族 が 加 わ る こ とも あ る。ま た、貧 し い もの は 親 族 関 係 にか か わ らず 、 仲 間 ど う しで キ ャ ンプ を作 るこ とが 多 い。 交 易 場 に で き るキ ャ ンプ で は 親 族 関係 の 有 無 に か か わ らず 、10家 族 ほ ど が 集 合 す る こ とが あ る。 トナ カ イ ・チ ュ クチ の キ ャ ンプ に は一 般 に そ の住 民 の 許 可 が な け れ ば 、 新 参 者 が 勝 手 に 加 わ るこ とは で き な い。 そ れ は 交 易 場 で も同 じ で あ る。 そ の キ ャ ン プ に テ ン トを張 る こ と を許 さ れ た 者 は 家 畜 をキ ャ ンプ の 群 に合 流 させ ね ば な らな い(一 キ ャ ン プ ー群 の 原 則 あ り)。
② 首 長;キ ャ ンプ の 指 導 者 、 首 長 はaunra'lin(首 長 家 の 者)、 e'rmechin(最 も強 い 者)、 aettoora'Iin(フ ロ ン ト ・ハ ウ スの 者)な ど と呼 ば れ る。 首 長 の 地 位 は父 系 、 長 子 優 先 で継 承 され る。'した が っ て 、 年 が 若 くて も、 世 代 的 に下 で も長 子 の 長 子 の 方 に優 先 権 が あ る。
③ テ ン トの 配 列;基 本 的 に は 日が 昇 る方 向 を先 頭 に して一 列 に 並 べ る。 最 も北 東 の 端 が 列 の先 頭 に な り、 そ こ に 首 長 の テ ン トが建 つ 。 首 長 の テ ン トに近 い ほ どキ ャ ンプ 内 で の地 位 は 高 い。 テ ン トの 後 ろ側 に は その 家 の儀 礼 の 場 が設 け られ る が 、 家 の 入 口 を前 の テ ン トの そ の 場 所 に 向 け な い の が 礼 儀 と され る。 貧 しい者 で構 成 され る キ ャ ン プ で は そ の 中 で も よ り裕 福 で 力 の あ る もの が 先 頭 に 来 る。 た だ し、 地 形 に よ って は こ の 通 りに な らな い こ と もあ る。 交 易 キ ャ ンプ な どの 臨 時 の キ ャ ン プ で は 先 に 来 た もの ほ ど列 の 先 頭 に近 い 所 に テ ン トを張 る権 利 が あ る。
④ 機 能;ト ナ カ イ遊 牧 民 の キ ャ ン プ は 、 遊 牧 集 団 で も あ り、 構 成 員 の 全 家 畜 を一 つ の 群 に ま とめ て協 同 で 管 理 す る(一 キ ャ ンプ ー 群 の 原 則)。
⑤ キ ャ ン プ の 永 続 性;特 に チ ュ クチ の 場 合 は け ん か 早 い ため 、 キ ャ ンプ は分 解 しや す い とい わ れ る。
3)牧 夫:家 畜 を 多数 持 つ 裕 福 な トナ カ イ飼 育 民 は 、家 畜 を管理 す る た め の 人 手 を少 しで も 多 く欲 しい こ とか ら、
優 秀 な牧 夫 は優 遇 され る 。 トナ カ イ飼 育 民 の 間 で は 目的 の な い た だ の放 浪 者 は さ げす ま され るが 、 雇 い主 を探 して い る牧 夫 は 歓 迎 され る。 雇 傭 者 と被 雇 傭 者 との 関係 は 対 等 で あ るの が理 想 的 と され る。 牧 夫 が 勤 勉 で有 能 な限 り、 それ は 可 能 で、 時 に は 雇 い主 の 死 後 、 家 族 を さ し置 い て群 や キ ャ ン プ の指 揮 を取 る こ と もあ る。
4)分 配:家 畜 の 屠 殺 の 際 の分 配 で は、 まず 、 首 長 の 家 の もの が最 も良 い部 分 を受 け 取 灰 残 りを他 の キ ャ ン プ 構 成 員 で 分 け合 う。 雇 わ れ 牧 夫 も構 成 員 と同様 で あ る が 、働 きに応 じて 雇 い主 か ら特 別 良 い とこ ろ を も ら え る こ と もあ れ ば 、 そ の 逆 もあ る。 毛 皮 の分 配 も同 様 で あ る。 基 本 的 に 、 雇 われ 牧 夫 が 雇傭 者 か ら も ら え る の は 日々 の糧 と年 ご とに も らえ る雌 の 仔 鹿 で あ る。
〈考 察 〉
以 上 の海 岸 定 着 狩 猟 民 と トナ カ イ遊 牧 民 の 村 落 ま た は キ ャ ン プ組 織 と社 会 規 範 の 比 較 を行 な って き た が 、 それ に よ り、 以 下 の よ うな考 察 が 可能 に な る。
まず 家 畜 と い う 日々 の 糧 で あ る と と もに 、 財 産 と もな り うる もの の 有 無 が 両 者 の 社 会 組 織 の根 本 的 相 違 を生 み 出 して い る こ と は 間違 い な い。 トナ カ イ 飼 育 は 一 方 的 に 自然 か ら収 奪 す る だ け の 狩 猟 や 漁 携 とは 違 い 、一 種 の 生 産 活 動 で あ り、 そ れ に よ っ て生 活 が 安 定 した こ とは事 実 で あ る。 しか し、飼 育 民 達 は トナ カ イ に依 存 して 生 きて い る と と も に、 そ れ に 振 り回 され て い るの も事 実 で あ る。 とい うの は、 彼 らは 群 の 動 きに応 じて 移 動 して 歩 か ね ば な らな い ほ か に 、 常 に 財 産(つ ま り家 畜)の 管 理 、 相 続 の 問 題 に つ き ま とわ れ て い る。 彼 ら の キ ャ ンプ が 親 族 、 特 に 父 系 の 血 族 を 中 心 に構 成 され て い るの は 父 親 の群 を子 供 達 が 受 け 継 い で 管 理 して る ため だ け で は な ぐ、 蜜 に 群 が る蟻 の よ うに 、 そ の 家 畜 の 持 ち主 と血 縁 、 婚 姻 な ど何 らか の 関 係 が あ り、 屠 殺 時 の 分 配 や 相 続 な どの恩 恵 に 預 か ろ う とす る もの が 家 畜 の 群 に群 が って い る ため と も考 え られ る。 母 系 よ りも父 系 が 重 視 され るの は 、 群 の 管
へ
理 が 男 の 仕 事 で あ り、 男 子 の 方 が 多 くの 家 畜 を相 続 す る ため と、 キ ャ ン プ の 防 衛 上 の 問題 が あ る ため と考 え られ る。
同 じよ うな現 象 は 地 理 的 に 全 く接 触 す る はず の な い 西 シベ リア の トナ カ イ遊 牧 民 ネ ネ ツ に お い て も確 か め られ て い る。彼 らの 氏 族 構 成 を17世 紀 か ら今 世 紀 初 頭 ま で追 跡 して い く と、 トナ カ イ飼 育 が 発 展 し、大 規 模 な飼 育 が 開 始 され る と と もに 、 氏 族 は よ り小 さな 父 系 の単 系 出 自集 団 に分 解 して い く様 子 を知 るこ とが で きる の で あ る。
ネ ネ ツの 場 合 は 元 来 、 社 会 組 織 が 父 系 出 自集 団 に よ って 構 成 され る の を原 則 と して お り、 親 族 称 呼 もそ れ を暗 示 す る形 式 を持 って い る。 しか し、 チ ュ ク チや コ リヤ ー クで は 本 来 そ うで は な い。 親 族 称 呼 で は父 方 母 方 の 区別 は な い。 に もか か わ らず 、 トナ カ イ飼 育 民 に 父 系 の 出 自が 実 際 極 端 に 重視 さ.れてい るのは、家畜 とい う巨大 な財産 が 彼 らの社 会 の 中心 に居 座 っ て い る ため で あ る と い え る。
した が っ て 、 特 定 の 系 列 の 親 族 を呼 び集 め る もの の な い(い い か え れ ば 特 定 の単 系 集 団 に よ っ て 守 らね ば な ら な い よ うな もの が な い 〉 海 岸 狩 猟 民 の 社 会 で は 、 血 縁 、婚 姻 に よ る紐 帯 も父 方 、 母 方 ど ち ら で もよ く、 時 に は そ の よ うな 関 係 が 全 くな い も の で も村 に受 け 入 れ る こ とが で き る の で あ る。 また 、、 トナ カ イ飼 育 民 は常 に 移 動 を繰 り返 して い るか らキ ャ ンプ の 離 合 集 散 も しば しば あ り、不 測 の事 態 に も柔 軟 に対 処 で き るが 、 海 岸 定 着 民 の場 合 は村 が 固 定 され て い る。 しか し、 他 方 で は 、 海 獣 狩 猟 を基 盤 と した 生 活 は トナ カ イ飼 育 を基 盤 とす る もの に 比べ て不 安 定 で あ り、 臨機 往 変 に 対 処 して い か ね ば な らな い場 面 が 多い 。 その よ うな と こ ろ で は どこ か ら も入手 や 援 助 が得 られ 、 ま た 、 ど こへ で も人 が 出 て い け る余 地 を残 して お か な い と、 村 全 体 が 共倒 れ に な る恐 れ もあ る 。 海 岸 定住 民 の 人 々 に転 々 と居 所 を換 え る 人 が 以 外 と多 い の は そ の た め で あ る とい え る。 ボ ゴ ラ ス は エ ス キ モー の 村 の 方 が 安 定 して い る と言 っ て い る が、 これ は 狩 猟 技 術 と装 備 の 点 でエ ス キ モ ー の 方 が 海 岸 チ ュ クチ よ り も優 れ て お り、 不 測 の事 態 に な る ケ ー スが 少 な い た め で あ ろ う。
トナ カ イ遊 牧 と海 獣 狩 猟 と ど ち らが 有 利 な生 業 で あ るか は そ の 土 地 の諸 条 件 や その 方 法 、価 値 観 な どに よ る た め 、 一 概 に は 言 え な い。 チ ュ ク チ の 人 口比 と コ リヤ ー クの そ れ と を比 較 す る と、 カ ム チ ャ ッカ の 海 岸 、 河 川 の 方 君 資 源 が 豊 か で 海 獣 狩 猟 と漁 携 を主 体 とす る生 活 に は 有 利 な よ うで あ る。 恐 ら くチ ュ コ ト半 島 で は 良 い場 所 を先 に海 岸 に定 着 し たエ ス キ モ ー に 占め られ 、チ ュ クチ の 場 所 は少 な か っ た の で あ、ろ う。彼 ら に は どち らか と い え ば、
トナ カ イ を得 て 内 陸 に 入 ろ う とす る傾 向 が あ り、20世 紀 初 頭 で も トナ カ イ飼 育 民 の 人 口が 増 加 して い る の に 対 し、 海 岸 狩 猟 民 は減 って い る の で あ る。 しか し、 必 ず し も内 陸 の トナ カ イ遊 牧 の 方 が生 活 に 恵 まれ て い る と は言 え な い。 とい うの は 、 コ リヤ ー クの 男 女 の 人 口比 を 見 た場 合 、海 岸 民 で は 男 子 比 が100:102.6で 女 性 の 方 が 多 い
一102一
の に対 し、 トナ カ イ遊 牧 民 で は100:90.8と 女 性 が きわ め て 少 な い の で あ る。 同様 の こ とは先 に 述べ た ネ ネ ツ で も い え る。 そ の理 由 と して ヨヘ リソ ン は トナ カ イ飼 育 民 の 女 性 の労 働 量 の 多 さ と厳 し さが あ る と して い るが 、 そ れ だ け で は な く、 その 社 会 的 地 位 や 物 質 文 化 の 問題 も関 係 して い よ う。 例 え ば 、 海 岸 狩 猟 民 の 方 が不 猟 時 に は苦 しいが 、 平 素 は 食 べ 物 の種 類 が 豊 富 で 、 決 して トナ カ イ飼 育 民 よ りも 見劣 りす る よ うな 生 活 は して い な いの で あ る。 そ れ ど こ ろか 、 トナ カ イ飼 育 民 の も と で は連 日 トナ カ イ の 肉 しか 食 べ られ ず 、 海 岸 部 の 人 々 は そ れ に 対 して 不 平 を鳴 らす こ と もあ るの で あ る。
した が って 、 カ ム チ ャ ッ カ半 島 の よ うに 恵 ま れ た 所 で は必 ず し も トナ カ イ飼 育 民 に 転 ず る必 要 は な く、 逆 に ト ナ カ イ を捨 て て 、 ま た失 って 、 海 岸 部 に 出 て 来 る もの も多 い の で あ る。 最 初 に概 観 の 所 で述 べ た チ ュ クチ 族 と コ
リヤ ー ク族 の トナ カ イ 飼 育 民 と海 岸 狩 猟 民 との 人 口比 の 違 い は こ う した こ とに 由 来 す る の で あ る。
本 報 告 で 扱 っ た の は あ くま で も社 会 原 理 の実 際 の 運 用 面 で の 問 題 で あ り、 海 岸 地 帯 に進 出 して そ こ での 生 活 に 適 応 した 入々 の 場 合 を、 同 じ文 化 伝 統 を持 ち な が ら も トナ カ イ遊牧 とい う全 く異 な る生 活 を して い る 人 々 と対 照 させ る こ とに よ っ て 、 そ の 特 徴 を明確 に し よ う と した もの で あ る。 今 回 は概 論 で あ るが 、 将 来 もっ と精 密 な 議 論 に 発 展 させ て い きた い 。