ークマライユダ﹃商業資本と商業利潤﹄
S.句.TO紆ma質e薫こ紆nddskapi邑針払
罵an筐sprO禁t︼
せ訂曾de呵−agBe註n﹀−誤㌣ iS・
本番は︑ソ同盟において出版された同名著書の独訳版である匂
原著者︑トクヤライユダ払っいては︑経済学得業士︵カソディ
エコノ︑\︑−チェスキフ・ナウク︶ ということだけしか ダーー︑
わからない︒この独訳は︑ベルリ∴/のフンボルト大学の三人の
学者︵i・Be蒜maP宅・Fic打ensFer︐PZ訂b碍︶によって共訳
きれている︒
さて︑本番が徽科番的な概論番ともいうべき性格を待ってい
ることは︑一読するとすぐに明らか紅なる︒然し︑細かく注零
すると︑本書の忠魂は︑決して単なる概論酋にとどまるもので
はない︒我が国の資本論研究においても手薄な分野として残さ
れている商業資本の問題にも重要な示唆をあたえている︒そこ
で﹂紙数の都合上︑全般的に紹介することが出来ない関係から︑
ここ.でほ先ず︑本番の概論書的側面を︑商業経済学の体系は如
Iクマライユダ﹁商業瞥本と商業利濁﹂ 本 橋 何に構成さ斬るべきかという観点からとりあ巧次幣資本論 研究にとっても盈穿と思われる論点を中心として政略の紹介を 行いたいと思う︒
二︶
本番の構成は︑常州肇︑産業資本の歴史的先行者としての商
英資本︒欝二欝︑資本主義における商業資本︒第三撃︑資本制
南桑の諸形態︒第四聾︑外国貿易と商発政策︒の四層にわかれ
ている︒ いうまでもなく︑第二革は︑前期的帝業資本の歴史的叙述︑
欝二登泳︑資本制商業資本の理論的叙述である︒我が国の﹁概
論苔﹂では︑これと順序が逆になって︑理論から歴史︑という 順序になっているのが普通である︒然も︑﹁歴史﹂の中に︑前
期的商業幣本から独占資本主義の諸問題ま祀も含められてい
る︒このような軟い方に対して︑本番の構成は︑次のような問
題を提出しているのでほなかろうか︒周知の如く︑﹁資本論﹂
第三窄第四篇︑商業資本の中でほ︑第二十撃﹁商人資本に関す る歴史的考察﹂が︑第十六肇から第十九牽までの理論的叙述の あと紅なっている︒これは︑﹁資本論﹂の戟述が論理的順序に
従って行われており¶その場合︑質の昇った生密栓式の下紅お
ける歴史︵n前期的商業資本紅関する歴史︶■ほ資本論の諭喪的
な叙述の順序と逆行するので︑理論的叙述のあとにおかれてい るのである︒つまり︑第二十華の前期的商業資本が罪四貸のな
一〇七
第二十七巻ノ 第三号
かで一番最後の革におかれているの1は︑資本制以前の生産棟式
の下における商業資本として分析されていたからである︒然
し︑概論苔においては︑このような資本論の叙述の厳密な論理
軋肱序ほ級和されてもよい︒けれども︑前期的商業資本の歴史 と資本制商英姿本の歴史ほ︑媒介される理論によって論理的に
違った平面にある︒そこで︑我が国の﹁概論憲﹂にみられる如
く歴史の叙述の中堅削期的商業資本から独占資本主義下の商業
資本までも二緒に含めるのは先哲本朝商菜と潜本制落莫を︑換
言すれば︑興野の生産棟式望卜における商業資本︵=例えば前
期的商業資本と資本制商業瘡本︶と同質の生産棟式の下におけ
る商業資本︵=資本主義の各発展段階における商英資杢とを
論理的に同視してしまうことになりはしないだろうか︒これほ
マルクスが資本論の論理的順序として厳密に注意し区別した点 である︒此の点︑本書の構成は︑魔占資本主義の諸問題を︑第
三章︑欝四馨において取扱っているの︑で.︑このような論理的混
同を招↑おそれのない体系の一つとして注目されるべきであろ ろノ○
欝‡肇﹁資本㈲商業の諸形態﹂でほ︑﹁卸売商英﹂﹁取引所南 勢﹂︑﹁小売商薬﹂と︑これら諸形態の特徴と歴史的発展を述べ
最後紅﹁資本葺義の諸矛省の尖鋭化の下払おける商業資本の役
割﹂で結ばれている︒何れも我が国の研究虹とって摂取すべき 点が多いが︑特に︑最後の節の分析ほ精彩を敬っている︒第四
薯においてほ︑外国貿易とその政策史が取扱われている︒ここ 仙〇八
ノ でほ︑﹁保護貿易主義﹂ Pr︒te賢︒n−Sm宏 ついで︑﹁自由圏易
政策﹂ 句rei訂邑e暑︒琵詳が︑前者では︑重商主義者︑後者
でほ︑古典学派の所説を引証しっ\歴史的に叙述されている
が︑大して︑注冒すべき新しい論点ほない︒むしろ︑殺彼の﹁帝
国主義的保讃貿易主義﹂において︑戦後のマーシャル・ブラシ
にまで説き及んでいる点︑又何れの節においても︑おのおの基
礎的ヤ般的な諸問題と共に︑昌国の異体埠な諸問題が含められ
ている点などは︑梢もすれば︑外国文献による外国の事情の説
明に終始したり︑現在の現笑的問題が軽視され勝な我が国め傾
向にとって︑注意されるぺき態蕨であろう︒然し︑本書のとり
あげ方にも疑問な点が残されている︒例えば︑︑外国貿易政策が
述べられているのにも拘らず︑国内商業政滞がとりあげられて
いないのほ何故だろうか︑又︑商業資本を論ずるにあたって︑
実現聖論を含め牒必要ほないのであろうか︑等・々の諸点が数え
られる︒けれども︑本書の構成そのものが︑商業経済学の体系
は如何に廼課されるぺきかといヶ問題に貴重な二乍を投じてい
ることほ香発出釆ない︒
︵二︶
次に︑資本論研究にとって関連ある論点を考察しっつ内容に
立入ってみよう︒第二革では︑前述の如く︑先資本制商業の分
析が行われているのであるが︑先ず第二即でほ︑商業の発生史
が︑社会的分業の発途と関聯せしめて描かれている︒岬原始共
同体が宋過し︑好漁制度が発生してくる時代には︑商業は交換
商業つa宏C夢ande−の形態︑すなわち︑商品と商品とが直接紅
交換される形態で行われるのである﹂三頁︶が︑これは︑男山
の大きな社会的分業︑=遊牧諸部族と蘭翠の未開人大衆との分
離に基いて発生した︒︵交換商業の原始形態として︑贈与交換
Gesc訂n打a宏叶aGSCぎ︑饗応B柑W已2年掠奪商業Raub旨nde﹁
海上掠奪See芸b銭ei感取引st呂莞r詳nde︼等ぬもふれら
れている一︶頒則的商業の粂僻は︑第二の大きな社会的分量=
手工業の農業からの︑都市の田舎からの分離に基いて成立した︒
つまり︑商品流通の発達と貨幣の成立にともなって︑次第に戟
業的商業の成立ための諸条件が形成され︑かくて第三の大きな
社会的分業=商人特攻の分立が行われた︒
舞二節﹁奴藤所有者的及び封建的社会の商業哲本﹂の中では︑
前菜利潤打問題が明確にされている︒その当時の商業利潤の源
泉=商業督本の搾取対象として︑第一に︑小商品生産者d訂
巴eどeロ萄a蒜nprO旨詣nt仰nすなわち︑農民と手工菓省︒︵﹁彼等
は︑商人に自らの商品を価値以下で販売し︑商人によって静温
を価値以上で買わされていたのである︑﹂一四貢︶第二に︑奴
隷所有者︑封建領主︑専制君主が所有していた剰余生産物︒こ
の二つが指摘されている︒このような理論的規定によっで︑は
℃めて︑商人階級と封廼的支配階級との対立が明瞭に理解され
るであろう︒また本節でほ︑商業資本が封建社会を解体し︑商
品経済を促進するという進歩的役割も強調されている︒
−クマライふヴ﹁商業資本と商業利潤﹂ 最後の第三節では︑産業資本の生成と︑商英資本が産業資本 の劇代理人へ転形してゆく過程が描かれている︒々こでは先ず オブソダが進出し︑それがイギリネの躍避によって裳過してい った歴史的過程が述べられ︑﹁オランダの権力は︑商業資本の 強さとカとに基き︑イギリスのカは︑産業資本の蛍さとカとに 基いていた︒﹂二八貞︶という概括をあたえてから︑商業資本の 従属過程を産業攣本との対抗関係において理論的に展開する︒ すなわら︑常山には︑商業資本が次第に生産部面に侵入し︑自 ら産業資本に転化する道︑畢二に︑産染資本が︑手工業や小官 菜生産空e冒ge慧旨ep岩旨kti〇〇から直接に発生する道を指摘 し︑マルクスの封建制生産棟式から資本制生産棟武へ移行する 三通りの道をあげている︒更佐︑商業資本と産業資本の対抗関 係と︑産業資本成立期における商業資本の役割賢一芭及し︑そこ で︑レーニンの業措を紹介しっゝ︑最後に︑ポタロフスキーや ポグダノフが称えた﹁帝英資本主義なる特定の歴史的時代﹂が 存在するという理論を批判している︒以上第二革の歴史的分析 を通じて︑資本論の第三巻軍二十撃﹁商人資本に関する歴史的 考察﹂は橿ゆで理解しやすい︑明確な叙述をもって具体化され ているということが出来るであろう︒
ハ三︶