Context の概念
著者名(日) 小林 哲也
雑誌名 人間関係学研究 : 社会学社会心理学人間福祉学 : 大妻女子大学人間関係学部紀要
巻 17
ページ 55‑63
発行年 2015
URL http://id.nii.ac.jp/1114/00006145/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止
http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
55
大 妻 女 子 大 学
人間関係学部紀要
人間関係学研究
17 2015Andersen のサービス利用の行動モデルにおける Context の概念
On the Conception of “Context” in the Andersen’s Behavioral Model
小林 哲也
* Tetsuya KOBAYASHI<キーワード>
Andersen
の行動モデル,Context の概念,文脈効果,サービス利用
<要 約>
欧米では,サービス利用の要因分析に
Andersenの行動モデルが用いられている。この行動 モデルは,サービス利用に影響する要因が一連のシステムとして明示されている。現在の行 動モデルが示されるまでに数度の改定がおこなわれ,2007 年の改定では,新たなシステムと して集団・地域レベルの特性(Contextual Characteristics)が加えられた。日本においても行動 モデルを用いた分析は行われているが,この集団・地域レベルの特性のシステムを用いた分 析はみられなかった。そこで,本稿では
Andersenの行動モデルに関する研究や文献をもとに,
集団・地域レベルでの特性を紹介する共に,集団・地域レベルの特性を理解する上で重要な
鍵となる
Contextの概念について整理をおこなった。
その結果,Context の概念を整理すると,その概念は,階層構造を持つデータの分析手法で あるマルチレベル分析における文脈効果(
Contextual Effect)を指していると考察した。最後 に結論として,効果的・効率的なサービス利用の実現のためには,個人の属性による要因の 分析のみならず,Context の概念をきちんと整理して,集団・地域レベルの特性が個人に与え る影響である文脈効果を分析することも必要であることを示した。
*
大妻女子大学 人間関係学部 人間福祉学科 人間福祉学専攻
1.はじめに
欧米では高齢者の保健・医療・福祉サービスの 利用の公平性という観点から,サービスを利用す る要因の分析がおこなわれている。その概念的枠 組みとして,多くの研究で用いられているのが
「Andersen の行動モデル」 (以下行動モデルと略す)
である(図
1参照)。Ronald M. Andersen は,1960 年代に先行研究をもとに医療サービスの利用に影 響するさまざまな要因を整理し,サービス利用に 与える要因を分析するための概念的枠組みとして 行動モデルを構築した。このモデルは,当初,医 療サービス利用を説明するために構築されたもの であったが,現在では,保健や福祉サービス利用 の要因分析としても用いられている(Andersen et
al 1995:1,古谷野1992:224)。行動モデルの特長は,複雑化する個人のサービ ス 利 用 の 要 因(
Individual Characteristics) を
3つ に分けて整理した点が挙げられる。その
3つと は,個人の属性に関する「素因(
Predisposing)」,
個人のサービス利用の環境である「利用促進要因
(
Enabling)」,個人のサービス利用の意向と医師な
どの専門家によるサービスの必要性の判断である
「ニーズ要因(
Need)」である。図
1をみると,ま ず個人の属性である素因が先行し,それを受けて 個人のサービス利用を促進・阻害する世帯や地域 の状況(利用促進要因)があり,最後にサービス 利用の必要性(ニード)となって,「サービスの 利用(
Use of Personal Health Services)」に至る。こ のように行動モデルでは,サービス利用までの過 程に対する要因が示されている。
このように単純なモデルではあるが,サービス 利用に至るまでの過程についての要因が整理され ている点で行動モデルは優れている。さらに,基 本的な枠組みであることから,3 つの要因を幅広 く捉えて活用することも可能となる。そのため,
医療サービスに限らず,保健・介護サービスへの 応用が可能となり(武村
1995:61),欧米を中心に医療サービスを始めとする保健や福祉など,さ まざまなサービス利用の要因分析に用いられるよ うになった。このようなサービス利用の要因分析
の基本的な概念枠組みである行動モデルである が,1960 年代当初のものが,そのまま使用されて いるのではなく,現在までに
6回の改定がおこな われている。
2000
年 代 の 改 定 に お け る 大 き な 改 善 点 は,
「
Context」という概念を設けたことである。行動
モデルにおいて
Contextという概念は,個人が所 属する集団や居住する地域と個人の関係性を捉え る概念である。小さいものは家族レベルから,大 きいものは国レベルのサービス供給システムま で,集合体がサービス利用に与える要因として 扱 わ れ る(
Andersen et al 2007:4)。Contextの 概 念の特長は,サービス利用の要因を個人の属性 に求めるのではなく,地域・集団レベルの特性
(Contextual Characteristics)に求めることにある。
たとえば,同じ医療サービスであっても都道府県 で比較して利用に相違がみられる場合,その要因 は個人の属性によるものだけではなく,グループ の特性,あるいは地域の特性に要因があることも 考えられる。このように,従来の行動モデルでは,
個人のサービス利用を中心に考えられてきたこと から,その要因は個人の属性によるものと考えら れてきた。しかし,最近の改定によって従来の行 動モデルに
Contextの概念を設けることで,地域 や集団の特性による影響の要因についても分析す ることを可能としたのである。
日本において,行動モデルを用いた研究は少 なくない(チェら
2002;石附ら2010;加治屋ら 2004;李2012;松田ら2013;森ら2012;杉澤ら2002;和気ら2007)。しかし,多くは個人のサー
ビス利用の要因である
Individual Characteristicsの
行動モデルを用いたものであり,
Contextの概念
による
Contextual Characteristicsの行動モデルを用
いた研究は,森ら(2012)に,その考え方がみら
れる程度である。つまり,日本において,
Contextによる最新の行動モデルを用いた研究はほとんど
見当たらない。また,日本では
Contextという概
念について,あまり馴染みがなく,個人による
サービス利用の要因と地域や集団にみられるサー
ビス利用の要因を区別して用いられていないこと
もある。以上のことから,本稿において
Andersen小林 哲也:
Andersenのサービス利用の行動モデルにおける
Contextの概念
57の 行 動 モ デ ル の 新 た な 部 分 で あ る
Contextual Characteristicsを紹介すると共に,
Contextの概念 を整理していくことにした。
2.研究の視点および方法
(1)先行研究について
日本の行動モデルの研究の動向をみると,最初 に紹介したのは古谷野(1992)である。同(1992)
は,サービスが必要であるのに利用していない者 がいることを指摘し,その要因分析の方法として
Andersen
の行動モデルを紹介している(同
1992:223-27)。さらに,日本のサービス利用に対して,
行動モデルの適用性を分析したのは武村ら(1995)
である。同(1995)は,日本における高齢者の医療・
保健・福祉サービスの利用に対して,欧米の行動 モデルに関する過去の研究や現在の動向をもとに 分析している。その結果,日本においても適用は 可能であるが,欧米との制度の相違や慢性的疾患 を抱える高齢者ニーズを考慮するなど,指標の選 択において留意が必要であると示唆している。
実際に行動モデルを用いた研究がおこなわれた のは,介護保険制度施行後の杉澤ら(2002)であ る。同(2002)では,2000 年に施行された介護 保険制度におけるサービス利用の過少利用の要因 について行動モデルを用いて分析をおこない,同
居家族などの私的な介護基盤がある者や低所得者 は,高頻度で過少利用が発生していることを明ら かにしている。チェら(2002)は,介護保険制度 施行前のデータを用いて,訪問看護とホームヘル プサービスの利用の特徴について行動モデルによ る分析をおこない,訪問看護は
ADLの低下,入 院経験の有無,介護者のサービスへの抵抗感が少 ないなどのニーズ要因が影響しており,ホームヘ ルプサービスについては,家族介護の有無など利 用促進要因が影響していることを明らかにしてい る。加治屋ら(2005)では,介護保険制度におけ る受給者割合の地域格差に着目し,都道府県の統 計指標を用いて,その要因について分析をおこな い,施設数やマンパワーなどのサービス環境だけ ではなく,産業構造,家事時間,世帯あたりの延 べ面積,脳血管死亡率が受給率に影響しているこ とを明らかにしている。和気ら(2007)では,介 護保険制度施行後
5年が経過した
2005年時点で,
サービス利用に関する認知と利用意向の実体と要 因について行動モデルを用いて分析をおこない,
学歴,居住年数,世間体,保健行動,社会階層,ソー シャルサポートが影響していることを明らかにし ている。このように,2000 年代の研究は,主に介 護保険制度施行後のサービス利用の状況について の分析に行動モデルが用いられている。
2010
年代の研究をみると,石附ら(2010)で 図1 Andersen の行動モデル(2013)
素因 利用促進要因 ニーズ要因 素因 利用促進要因 ニーズ要因 客観的健康観
健康実践
人口学的要因 保健政策要因 環境によるニーズ 人口学的要因 財政的要因 客観的ニーズ 主観的健康観
社会的要因 財政的要因 保健指数 遺伝的要因 組織的要因 主観的ニーズ 受診過程
利用者満足度 因
要 的 会 社 因
要 的 織 組 念
信
サービス利用
信念 生活の質
集団・地域レベルの特性(Contextual Characteristics) 個人の属性(Individual Characteristics) 保健活動(Health Behaviors)アウトカム(Outcomes)
出典:Ronald M. Andersen, Pamela L. Davidson(2007)“IMPROVING ACCESS TO CARE IN AMERICA”Changing the U.S. Health Care System, key Issues in Health Services Policy and Management, p5. Ronald M. Andersen, Pamela L.
Davidson, Sebastian E. Baumeister(2013)“Improving Access to Care”Changing the U.S. Health Care System: Key Issues in Health Services Policy and Management. および和気(2010:207)を参考に筆者が作成。
は,重介護度高齢者の在宅サービスの利用の要因 について分析を行い,施設入所に至る利用者の方 が,サービス利用率が高く,通所系,短期入所系 といった自宅外で受けるサービスに利用が集中す ることを明らかにしている。李(2012)では,介 護保険制度におけるサービス利用の要因をサービ スに至るまでの過程であるアクセス面の困難さか ら分析を行い,サービス利用に至る過程は,第
3者からのサービス利用の勧めによる部分が大きい ことを明らかにしている。さらに,松田ら(2013)
では,措置制度においてサービスを利用していた 者が,介護保険制度施行後にもサービスを利用し ているのかを縦断的なデータを用いて分析をおこ ない,疾患を有する者や
IADLが低下している者 などが引き続き利用しているが,全体の約半数程 度しかサービス利用を申請していなかったことを 明らかにしている。このように,2010 年代になる と,特定の利用者を対象にした分析やアクセス面,
縦断的なデータを用いるなどのサービス利用を別 の角度から分析するなど多様な研究に行動モデル が用いられていることがわかる。
その一方で,介護サービスではないが,医療 サービスの利用において,Context の概念を用い た分析がおこなわれている。森ら(2012)では,
島嶼の住民の受療行動において,個人レベル要因 だけでなく,島嶼という地域的なレベルにおける 文脈上の要因が影響をするのではないかとして,
小規模な島嶼で暮らす住民の医療サービスの利用 に影響する要因について分析を行っている。その 結果,島嶼の住民の医療サービス利用には,地域 レベルの相互扶助,かかりつけ医の有無,海路に よる移動がサービス利用に影響していることを明 らかにした。このように地域レベルの要因が個人 に与える影響という
Contextの概念による分析が 行われているが,分析に用いられている行動モデ ルは
Contextual Characteristicsの行動モデルではな く,その前の
Andersen et al(1995)のモデルが使 用されている。先行研究をみると,日本にみられ る行動モデルを用いた研究の多くは
Andersen et al(1995)で示されたモデルであり,
Andersen et al(2007,2013)で示された
Contextual Characteristicsを用いた分析は勿論のこと,新たな行動モデルを 用いた分析もみられなかった。
(2)研究方法
研究方法は文献研究法である。使用した文献 は, ア メ リ カ の 医 療 社 会 学 者 で あ る
Ronald M.Andersen
が示したサービス利用の要因分析に用い
る行動モデルに関する論文である。特に
Andersen et al(2007)や
Andersen et al(2013)で示されて いる行動モデルは最新のものであることから,こ れをもとに,行動モデルにおける
Contextの概念 について分析をおこなった。
3.研究結果
(1)Context の概念とマルチレベル分析
Context
の概念を捉えるために,その意味につ
いて調べると文章の前後関係,脈絡という意味と 背景や状況という意味の
2つが出てくる。一般的 に前者の方が,日本人には馴染みがある意味と思 われる。しかし,本稿では,
Contextを「個人が 所属する集団や居住する地域と個人の関係性を捉 える概念」としている。個人の背景には集団や地 域といった状況が存在すると考えれば,後者の意 味に近いことになるが,関係性という側面が欠け ている。つまり,行動モデルにおける
Contextは,
日本人にとって,あまり馴染みのない概念であ ることがわかる。しかし,この
Contextの概念を 理解することが,行動モデルにおける
ContextualCharacteristics
を用いて統計学的に分析する際に重
要となる。
Context
の概念を理解する上で,重要なことは
データの階層構造を理解することである。階層構
造を持つデータとは,階層的なグループ構造を持
つデータである。たとえば,ある学校の生徒のデー
タは,まず生徒という個人データが有り,それが
集まるとある学校のデータとなる。さらに学校の
データが集まるとある地域の学校のデータとな
る。このようにデータがグループ化すると階層性
がみられるものを「階層構造を持つデータ」と呼
び,個人をミクロデータとして,それ以上の集合
小林 哲也:
Andersenのサービス利用の行動モデルにおける
Contextの概念
59体のデータをマクロデータと呼ぶ。そして,この ような階層構造を持つデータの分析手法を「マル チレベル分析(
Multi-level analysis)」と言う。マ ルチレベル分析とは,データの階層性に留意して 適切に分析をおこなう手法である。その目的は,
「①階層構造を考慮した分析を行う」,「②グルー プの特性が個人レベルに与える影響を検討する」,
「③グループ間のバラつきを調べる」の
3つの目 的が挙げられる(藤野ら
2013:8-10)。そして,この
3つの目的の中で
Contextの概念と関係する のが②と③である。次に,その②と③の内容につ いてみていくことにする。
a)グループの特性が個人レベルに与える影響 ②の「グループの特性が個人レベルに与える影 響を検討する」とは,地域などのマクロレベルの 要因が個人に与える影響について分析することで ある。たとえば,同じ疾病であっても,地域ごと で罹患率が異なる場合,個人の要因による相違と も考えられるが,地域の経済的状況,文化,慣習,
社会資源,気候などのマクロレベルの要因が個人 に影響していることも考えられる。このように,
マクロレベルの要因が個人に影響していることを 文脈効果(Contextual Effect)と言う。この文脈効 果について分析をおこなうのが②の内容となる。
b)グループ間のバラつき
③の「グループ間のバラつきを調べる」とは,
地域などのマクロレベルデータ同士のバラつき
(変動)を比較し,その要因が個人の属性による ものなのか,地域の特性によるものなのかを検討 することにある。たとえば,罹患率が地域間で同 じになることは,ほとんどなく,異なることは当 然のことである。しかし,その要因が性別,年齢 などの個人の属性にあるのか,それとも既述のよ うに地域の特性にあるのか分析をおこなわないと 分からない。このように,グループ間の変動を分 析するのが③である(藤野ら
2013:10)。そして,個人の属性によるものを構成効果(
Composition Effect)と呼び,地域の特性によるものを文脈効果(
Contextual Effect)と呼ぶ。
マルチレベル分析の目的は,②と③の文脈効果
(
Contextual Effect)の大きさを検討することにあ
る。そして,行動モデルにおける
Contextの概念 は,この文脈効果のことを指していると言える。
Context
の概念である「個人が所属する集団や居
住する地域と個人の関係性」のこの関係性こそが 文脈効果であると言える。この文脈効果につい ては,公衆衛生学の
1分野である社会疫学(
socio-epidemiology)(1)
において用いられている。社会
疫学とは,地域の特性が個人の健康状態にどの様 に影響しているのか分析する学問である。つま り,疾病要因の分析を個人の属性だけではなく,
地域の特性などのマクロ要因から分析しようとす る試みである。これを行動モデルに置き換える と,サービス利用の要因を個人の属性(
Individual Characteristics) だ け に 求 め る の で は な く, 個 人 を 含 む 集 団・ 地 域 レ ベ ル で の 特 性(Contextual
Characteristics)の影響にも求めるものであると考えられる。
以上のことを図
1で確認すると,集団・地域レ ベ ル で の 特 性(Contextual Characteristics) か ら,
個人の属性(
Individual Characteristics)と保健活動
(
Health Behaviors)のサービス利用へと矢印が向
かっていることがわかる。前者の個人の属性への 矢印は,②の「グループの特性が個人レベルに与 える影響」であり,集団や地域などのマクロベル の要員が個人に与える文脈効果を示している。後 者の保健活動におけるサービス利用への矢印は,
③の「グループ間のバラつきを調べる」であり,
集団や地域などのマクロレベルの要因が直接サー ビス利用に与える文脈効果を示している。このよ うに,行動モデルにおける
Contextの概念を理解 するための整理をおこなった。以上のことから,
行動モデルにおける
Contextの概念は,マルチレ ベル分析における文脈効果(
Contextual Effect)の ことを指していると言える。
(2)Andersen の行動モデルにおける集団・地域 レベルでの特性
Andersen
の行動モデルは,過去に
6回の改定
がおこなわれており,集団・地域レベルでの特
性(Contextual Characteristics) が 加 え ら れ た
の は,2007 年 の
5回 目 の 改 定 で あ る
Andersenet al
(2007) に お い て で あ る。 昨 今 の
6回 目 の
Andersen et al
(2013)は,サービス利用に関する
大きなシステム変更はなく,個人の属性(Individual
Characteristics)とアウトカム(Outcomes)に新たな要因として,それぞれ遺伝的要因と生活の質 を加えた程度である(以後,2013 年モデルとす る)。つまり,
Andersen(2007)とAndersen(2013)で は, 集 団・ 地 域 レ ベ ル で の 特 性(Contextual
Characteristics
)の部分では相違はみられないとい
うことになる。
行動モデルにみられる文脈効果の概念は,2013 年モデルにおいて,全く新たに示されたものでな く,それに近い概念は以前の行動モデルにおい て示されてきた。既に,1970 年代の
Andersen etal(1973)では(以後,1973
年モデルとする。図
2
参照)
(2),個人の要因(
Individual Determinants) に与えるシステムとして,社会的要因(
Societal Determinants) や 医 療 シ ス テ ム(
Health ServicesSystem
)が示されている。1973 年モデルでは,社
会的要因について技術水準(
Technology)や社会 規範(Norms)が挙げられ,医療システムについ て資源(Resources)や組織(Organization)が挙げ られている。そして,この
2つの要因が,個人の 要因に影響を与えてサービス利用に至るという行 動モデルである。
次に,多くの日本の先行研究で用いられてい たのが
1990年代の
Andersen et al(1995)である
(以後
1995年モデルとする。図
3参照)。1995 年 モデルでは,環境要因(Environment),個人(集 団 ) の 特 性(
Population Characteristics), 保 健 活 動(
Health Behaviors), ア ウ ト カ ム(Outcomes)
と
4つのシステムが示され,サービス利用に関す る一連の行動として動的なモデルとして示された
(
Andersen et al 1995:7)。そのため,多くの研究において用いられている。保健活動にあたる「サー ビス利用」には,個人(集団)の特性だけではな 図2 Andersen の行動モデル(1973)
ム テ ス シ 療 医 因
要 的 会 社
(Societal Determinants) (Health Services System)
源 資 準
水 術 技
織 組 範
規 会 社
個人の要因
(Individual Determinants)
素因 利用促進要因
ニーズ要因
サービス利用
出典:Ronald M. Andersen, John F.Newman(1973)“Societal and Individual Determainants of Medical Care Utilization in the United States”Health and Society, Vol.51, No.1, p.4および武村
(1995:58)参考に筆者が作成した。
小林 哲也:
Andersenのサービス利用の行動モデルにおける
Contextの概念
61く,アウトカムが影響していることが示されるな どフィードバック効果も考慮されている。文脈効 果に近い概念としては,個人に影響を与えている 環境要因が示されており,その要因として,シス テム要因(
Health Care System)と外的環境(
ExternalEnvironment
)が挙げられている。システム要因と
は,サービス資源や制度・政策を指し,外的環境 とは,物質的,政治的,経済的なものを指す(同:
6)。また,個人(集団)の特性の「個人」に着目
すると,現在の
Individual Characteristicsではなく,
Population Characteristics
とされている。Population とは,個人を含む集団という意味があることから,
個人から集団へとデータの階層性も考慮されてい たと考えられる。
最 後 に, 図
1の
Andersen et al(2013) を みる と, 集 団・ 地 域 レ ベ ル で の 特 性(ContExtual
Characteristics
)の分析枠組みは,個人要因がベー
スとなっており,全部で
3つの要因から成り立ち,
「集団・地域レベルの素因(Contextual Predisposing
Characteristics
)」,「集団・地域レベルの利用促進
要 因(
Contextual Enabling Characteristics)」,「 集 団・ 地 域 レ ベ ル の ニ ー ド 要 因(
Contextual Need Characteristics)」によって構成されている。そして,この
3つの要因は個人要因と同様にいくつかの具 体的な要因によって構成されている。次に,その
3つの要因の内容についてみていく。
a
)集団・地域レベルの素因
(
Contextual Predisposing Characteristics)
集 団・ 地 域 レ ベ ル の 素 因 は,「 人 口 学 的 特 性
(Demographic Characteristics)」, 「社会的特性(Social
Characteristics)」,「信念(
Belifes)」の
3つに分け られる。「人口学的特性」は,人口学的な見地か ら計られるものであり,地域の年齢層,性別の割 合,婚姻率などが挙げられる。「社会的特性」は,
地域の状況について社会的に計られたものであ り,教育水準,民族や人種などの構成比,雇用状況,
犯罪率などが挙げられる。最後の「信念」につい ては,住民が持っている価値観や地域の文化的規 範などが挙げられる。また,サービス組織,財源 の配分,サービス利用に対して,住民がどのよう に考えているのか,地域における支配的な政治が どのような傾向を示しているのかなども信念に含 まれる。
b
)集団・地域レベルの利用促進要因 (Contextual Enabling Characteristics)
集 団・ 地 域 レ ベ ル の 利 用 促 進 要 因 は,「 保 健 政 策(Health Policies)」,「 財 政 的 特 性(
Finacing Characteristics)」,「 サ ー ビ ス 組 織(
Organization)」
の
3つに分けられる。 「保健政策要因」については,
サービスの提供方法,サービス利用の価格,サー ビス市場の形成など,サービス利用に影響すると 思われる政策を指している。 「財政的特性」は,サー 図3 Andersen の行動モデル(1995)
システム要因 健康実践 客観的健康観
素因 利用促進要因 ニーズ要因 主観的健康観
外的環境 サービス利用 利用者満足度
個人(集団)の特性(Population Characteristics) 保健活動(Health Behaviors) アウトカム(Outcomes)
環境要因(Environment)
出典:Ronald M. Andersen, John F.Newman(1995)“Revisiting the Behavioral Model and Access to Medical Care: Does it Matter?”
Journal of Health and Social Behavior,Vol. 36, No. 1,p.8および和気(2010:207)を参考に筆者が作成
ビス利用を可能とするような収入や財産,サービ ス利用を誘発するサービス価格,サービス供給者 への補償などが挙げられ,さらにサービス利用者 への費用配分や保険の加入率なども,この要因に 含まれる。最後の「サービス組織」については,
地域におけるサービス量や配分量などが挙げら れ,人口に対するサービスの割合なども含まれる。
また,サービスが提供されるための条件もここに 含まれ,開業時間,立地条件,サービス利用の監 視体制,サービス利用者に対する学習プログラム なども挙げられる。
c)集団・地域レベルのニーズ要因
集団・地域レベルのニーズ要因は,「環境的ニー ズ(Environmental Need)」, 「保健指数(
Population Health Indices)」の2つに分けられる。「環境的ニー ズ」は,健康に影響する物理的環境を指しており,
具体的には住宅環境,水,空気などの質などが挙 げられる。これらは疾患に影響する要因として捉 えられていることから,医療サービス特有なもの であると考えられる。その他にも職業上の疾病に 対して,どの程度健康面に配慮されているのかと いう労働環境面での健康対策も,この環境的ニー ズに含まれる。「保健指数」ついては,健康に関 する具体的な指数によるものであり,幼児や疾病 による死亡率や心疾患や高血圧などの罹患率など が挙げられている。以上が,
Andersen et al(2013)
にみられる集団・地域レベルでの特性(Contextual
Characteristics)の内容である。
4.考察・結論
このように
Contextの概念を整理し,行動モデル の新たなシステムである
Contextual Characteristicsについてみてきた。Context の概念を理解するた めには,マルチレベル分析における階層構造をも つデータをきちんと理解しておかなくてはならな い。ここで言う階層構造をもつデータとは,個人 が集まると集合体になるということである。個人 のデータでも広げていくと,小さいものは家族 や学校などの集団から,大きいものでは市町村 や都道府県などの地域単位まで広がりをみせる。
その単位ごとの階層性をきちんと理解すること が,行動モデルにおける集団・地域レベルの特性
(
Contextual Characteristics)では重要となる。この 階層性を無視した分析をおこなうと,真の要因を 見落とすことにもなる。なぜなら,個人の属性で はみられない要因も集団・地域レベルになるとみ られる要因も存在するのからである。この場合,
その要因は個人の内的要因にあるのではなく,集 団や地域などの外的要因によって影響を受けてい ることになる。そして,このような個人と集団・
地域との関係性を文脈効果(Contextual Effect)と 言う。昨今の行動モデルでは,集団・地域レベル の特性(
Contextual Characteristics)を新たに設け ることによって,文脈効果についても分析をおこ なうことを可能とした。つまり,サービス利用の 要因に関するより詳細な分析を可能にしたと言え る。
しかし,日本の行動モデルを用いた分析におい て,このような最新の行動モデルを用いた分析は,
現在のところ見当たらない。その理由として,日 本においては
Contextという個人と集団・地域と の関係性という概念に対して馴染みがないことが 考えられる。しかし,行動モデルを活用して詳細 な分析をおこなうためには,集団・地域レベルと いったマクロレベルでの分析が重要となる。より 効果的・効率的なサービス利用の実現のためには,
個人の属性による要因の分析のみならず,Context の概念をきちんと整理し,集団・地域レベルの特 性が個人に与える文脈効果を分析することも必要 となる。特に,昨今,制度の持続可能性が問われ ている介護保険制度においては重要なことであろ う。行動モデルにおける集団・地域レベルの特性
(
Contextual Characteristics)を用いた調査・分析を おこなうことが今後の課題として求められる。
注
(
1) 社 会 疫 学(socio-epidemiology) と は,2000
年に京都大学において創始された新しい公
衆衛生の方法論である。社会疫学は,社会
科学と疫学の視点と方法論を統合するアプ
小林 哲也:
Andersenのサービス利用の行動モデルにおける
Contextの概念
63ローチとされている。詳細については
http://sph.med.kyoto-u.ac.jp/class-11.html, 2015.11.02
を参照のこと。
(
2)Andersen et al(1995) で は, 年 代 ご と の 行 動モデルの変遷が示されている。そこでの
1970年代の行動モデルと図
2では異なって いる。また,1980 年代の行動モデルについ ても示されている。
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