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栄花物語の複数接尾語「たち」「ども」について
著者 植村 則子
雑誌名 奈良教育大学国文 : 研究と教育
巻 16
ページ 38‑46
発行年 1994‑03‑30
URL http://hdl.handle.net/10105/10632
栄 花 物 語 の 複 数 接 尾 語 ﹁ た ち ﹂ ﹁ ど も ﹂ に つ い て
植 村
ロ貝子
はじめに
古代の複数接尾語について多くの研究がなされている︒主に待遇
を論点として︑一般に次のように認められている︒﹁たち﹂は﹁ど
も﹂に比べて敬意が高い︒しかし︑両者には広い交用域がある︒
﹁ばら﹂は﹁殿ばら﹂﹁宮ばら﹂を除けば敬意に欠ける︒﹁ら﹂は人
を表す名詞や代名詞に付くばあいは︑謙遜又は蔑視の意を表す︒
﹁衆﹂は尊敬や親愛の意を表す︒
このように見られている中で﹃栄花物語﹄の複数接尾語はどのよ
うな様相を見せているのであろうか︒この書は誠に大部な書であり︑
登場人物も多様であるので︑実態の分析は興味深く思われる︒信頼
すべき本文と総索引の刊行された恩恵の下に︑調査内容を報告した
い︒複数接尾語のうち﹁たち﹂﹁﹁ども﹂について︑待遇の観点の上
に︑単複の実際にも注意し︑共用語の分析にも重点を置こうと思う︒
使用本文は︑松村博司︑山中裕校注︑日本古典文学大系(昭39) に従い︑所在は高知大学入文学部国語史研究会編﹃栄花物語本文と
索引﹄(昭61︑武蔵野書院)の梅沢本巻・丁の数とする︒
二﹁たち﹂﹁ども﹂の上接語
まず︑﹁たち﹂﹁ども﹂の上接語について︑大まかな身分わけをし
て︑使用度数を加えて︑対照してみよう︒﹁ども﹂は人を表す語の
みとし︑二種の接尾語をとる語に*印を付ける︒
︒たち
︹仏︺仏
る︹皇族︺宮
男宮
みこ
︹公卿一の人 186213
1 三世諸仏1
一の宮1
女宮3
御男みこ2
大臣2 丈六御仏1菩薩
姫宮2御姫宮
三条院宮1 21 一
38
一
殿上
人女房︺
︹僧尼︺
︹其他︺ 大納言
大夫
君
姫君
御前
上薦
乳母
僧綱
供奉
蔵人
兄君
親
︒ ど も
さ︹公卿上達部
の女房︺御乳母︹僧尼︺魯
凡僧
験者 2392911144
1
1121
412︹其他︺五位蔵人‑
司1
検非違使14 三位1
大夫殿2
御君1
女君12
御北の方1
典侍
御乳母
僧の尼
こゐ
御兄
大人
四位
ほ女房
ホ請僧
別当
御弟子
女官
宮司
帯刀 338425112
1
5111 1
53 公卿殿上人
男君
若君
御息所
若御許
な請僧
尼君
師ホはらから御同胞
人
1
113421 ゆ上達部3御男君2
女御8
き女房必
2講師3
4
3
2
1
き殿上人2
ゆ女房たち1
題名僧1
聖2
御官
院司
舎人
1 1
3 主3女御母上1
真人1
内侍
念仏僧
借たち
尼
上官
所司
1 1 1 5 1
1
守家司祈師ホはらから御同胞むすめ女
男 441
1 2
8
女ー
ル4
田人1
下部1
さるべきー 受領使仏師御子むす
め御女
小男 61261
1
女子1
衆3
工3
山賊1
すぐれたるー 侍御祈使
陰陽師
子
規
下禧男 313131
1
児5
楽入4
夫1
遊女2
生れ給へるー 侍長1
兵1
医師1
御乳母子1
老者
舞人
上手
1
12汚げなき2
右の対照を逐次見てゆけば︑両語の差がほぼ従来の通説を確認で
きる状況にあると言えよう︒﹁たち﹂は高位の者に多く︑﹁ども﹂は
下位の者に多く付いている︒その間に*印の交用語があるが︑それ
について後に述べるとして︑ここでは﹁たち﹂﹁ども﹂それぞれの
中で興味を引く用例について述べてみる︒
Aたち
①上接語のほとんどが敬意を表すべき存在であるが︑それらの述
語が常に尊敬で表現されていたのではなかった︒
②上接語には複数と解し難い用例も見られた︒ ﹁
39
一
1︑こと君たち︑まだいと御位も浅うおはすめり︒(巻三・23)
2︑院(の)女御︑母上たちなども︑この度の物は御覧ずべけれ
ば︑(巻一六・興)
1の﹁こと君たち﹂は正光一人を指しており︑源氏物語に見られ
る単数化した﹁君たち﹂と同じであろう︒2は単数でしかない﹁母
上﹂に直接は付いている︒﹁女御﹂を含む故の関係であろうが︒
③代名詞に付く﹁たち﹂の例がある︒
3︑真人たちは︑かくては天の責を蒙りなん︒(巻八・53)
Bども
①わずかではあるが︑尊敬表現されている例が存する︒
4︑散りたる御子どもいと多くておはします︒(巻三九・17)
5︑さればただ今は︑この太政大臣の御子どもやがていとやむご
となき殿ばらにておはす︒(巻一・4)
6︑御供の人々︑やがてさるべきどもは皆上に候ひ給︑残はおり
ぬ︒(巻二八・22)
4は言外に総主語﹁師実は﹂の考えられる文構造になっており︑
この総主語を受けての尊敬表現と見られる︒同様の用例は他に2例
おほん見られた︒5は左大臣実頼︑右大臣師輔などがそれに当たる︒﹁御
子﹂は﹁みこ(天皇の子女︑親王)﹂と絶対的な差があり︑﹁ども﹂
を対照的に持つのではあるまいか︒そしてなお尊敬すべき存在であ
るばあいであるから﹁御﹂をとり︑尊敬表現を伴うのであろう︒6 は禎子内親王の女房など指し︑尊敬表現をとり得る存在である︒
②﹁子ども﹂に純粋複数とは少し異なる例がある︒
7︑又北の方ともすればいやめなる子どものやうにうちひそまり
給︒(巻一四・7)
8︑(馨子内親王は)三つにおはしませど︑御髪長く︑例の六つ
ばかりの子どもにておはします︒(巻三一・26)
78は共に︑一人の人に対して比喩的に﹁子ども﹂を用いている︒
二例とも複数の子どもの様々なイメージが重なり合って作り出され
た一つの子ども像として用いられているようで︑山内洋一郎先生が︑
中古の﹁子ども﹂について
複数形﹁こども﹂において︑複数故の共通性︑一般性を帯びて︑
若年令の人々全般を指すようになってゆく︒ ユ と述べられた変遷に︑ふさわしい実例を提供するものであろう︒ 一如一
三﹁たち﹂﹁ども﹂の共用例
次に﹁たち﹂﹁ども﹂を共用する語例について検討してみよう︒
前表で*印を附した事例であるが︑それを抽出して次表とした︒
上接語
接尾語
騨 議 局 房 薩 宮 人 親 鴛 僧
ま上殿側女菩御請たち
ど も た ちども
3 1 2 5 必 2 86 1 2 38 2 42121554241641﹂‑
‑りσゆし,b薩ば菩宮
*
a上達部1たち︑ども
﹁上達部ども﹂とある次例は︑﹁殿(道長)﹂と対するために︑相
対的に低く扱われたものであろう︒
9︑上達部ども︑殿をはじめ奉りて︑だうち給に︑かみの程の論
き︑にくくらうがはし︒(巻八・32)
b殿上人ーたち︑ども
殿上人は﹃枕草子﹄﹃源氏物語﹄で﹁ども﹂が下接しているから
﹁たち﹂の付く例の方が注意すべきであろう︒
10︑小一条院の御桟敷より︑院司ども殿上人たち並みて被けたり︒(巻一七・21)
この例では﹁院司ども﹂と対比される形になっている︒ c御はらからーたち︑ども
11︑昔御はらからたち皆后にておはしまし︑春宮女御︑院の女御
などにておはしまし\に︑(巻三九・24)
﹁はちから﹂は身分の高下を示さない︒その用いられる人物如何
で接辞の使いわけがされるのであろう︒11は問題なく尊敬されるべ
き地位にある︒﹁ども﹂の例を近接する﹁たち﹂例と並べてみよう︒
12︑院の御時こそ︑御はらからたちも知りきこえ給はざりしか︑
(巻八・66)
13︑このとのの君たちをば更なり︑中納言や︑頼親の内蔵頭︑周
頼の中務の大輔などいふは︑うの御はらからども︑あはれに思
歎き給へり(巻八・65)
12は為光の四女に関連して︑その兄たち(斉信︑公信等)を指し︑
当時中宮大夫と中将であった点からも敬意を払われてよい︒13は伊
周の死去に関してその弟たちを指す︒その官位は12とほぼ同等で︑
特に﹁ども﹂とすべき理由は見出せず︑伊周とその周辺が悲運にあっ
たことはあるが︑﹁思歎き給へり﹂と尊敬表現も用いられている︒
疑問として残るところである︒
d尼たち︑ども
法成寺御堂の読経や説経に常に参加して︑浄土信仰に熱心な﹁尼
たち﹂がいる︒その人々は﹁尼君たち﹂と語られることも多い︒
14︑この尼たち﹁いみじき心ざしはあれど︑この宮仕えこそえす 一
41
一
まじけれ﹂など︑言ひあへり︒(巻一八・11)
このように会話し細かく記述され︑この場面での存在感が大きい︒
一方︑重病の道長の回復を熱心に祈る尼僧たちについて︑
15︑又御堂の会などに参りこみし尼どもは︑数を尽して︑たゴこ
の御堂の辺りを去らず︑夜昼額に手を当てて念じ奉りたり︒
(巻三〇・13)
このように客観的に描かれる﹁尼ども﹂である︒道長の病気回復を
祈る貴紳︑高僧の傍の者として扱われ︑同場面で﹁尼法師﹂とも言
い換えられ︑存在感が比較的薄く︑軽く感じられる︒
つまり︑﹁尼たち﹂と﹁尼ども﹂の違いはその存在感であろう︒
e女房たち︑ども︑たちども
一般に女房のばあい︑仕える人の高貴な人か否かが﹁たち﹂﹁ど
も﹂の接続を分けているようである︒﹃栄花物語﹄の﹁女房たち︑
ども﹂の違いは︑左の二例を除き︑区別できた︒
16︑光りあひておぼつかなからぬに︑女房どもの髪上げて皆打出
でたるに︑(巻三六・19)
17︑御簾引き上げて入れ奉らせ給程︑女房ども扇さし隠してえな
らで居並みたり︒(巻三八・12)
16は章子内親王の女房︑17は左大臣実養の女賢子(東京女御︑後
の白河院中宮)の女房で︑﹁たち﹂が下接してもおかしくない︒両
者に共通するのは︑少し離れた位置からの描写であろうかと思われ き ることで︑それは左の有賀嘉寿子氏の指摘に言い換えられよう︒
﹁達﹂は︑その複数を構成する個々のものをも意識にのぼらせ
つつ複数としての全体を表現するものであり︑その構成要素へ
の視点が敬意へとつながるものではないかと思う︒これに対し
て﹁共﹂はその複数を構成する個々のものに目を向けることな
く単なる集合体として表現しようとするものであろう︒
なお︑左例については松村博司氏の﹁と﹂の誤りとすれば最も解
し易いとする説(栄花物語全註釈)に従いたい︒
18︑昔忘れぬべき君だちなど参りつつ︑女房たちども物語しつつ︑
五節の所々の有様など言ひ語るにつけても(巻七・2)
f人たち︑ども
﹁人﹂という語自体は特別に敬意を払うべきものでもなく︑
19︑(上東門院は)かたちを好ませ給て︑今もよき若き人ども参
り集りて︑めでたくあらまほしき御有様なり︒(巻三一・2)
のように︑女院の周りにいる資質高い女房たちを指していても﹁ど
も﹂が下接しており︑﹁人﹂の複数表現は﹁人ども﹂が通常であっ
たと考えられる︒では︑次の例はどうであろうか︒
20︑紅葉の人たち︑瑠璃をのべたる扇どもをさし隠したり︒
(巻一二六・56)
右は皇后宮寛子の春秋歌合に出席した女房たちを指している︒この
前後には﹁左の人〜﹂とあり︑これに対し﹁紅葉の人たち﹂は︑右 一
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一