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(1)

金融システムの不安定性, 公的介入, および銀行制 度改革 : ナローバンク論の検討を中心に

その他のタイトル Financial Instability, Public Interventions, and the Banking Reform : A Critical Comment on the 'Narrow Bank Doctrine'

著者 岩佐 代市

雑誌名 關西大學經済論集

巻 46

号 5

ページ 473‑510

発行年 1997‑01‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/14090

(2)

論 文

金融システムの不安定性,公的介入,および

銀行制度改革―ナローバンク論の検討を中心に一*

473 

岩 佐 代 市

1. 

はじめに

80

年代から

90

年代にかけて,多くの国で金融機関の貸出債権が大量に不良 化し,金融システムが不安定化するという事態が発展した

I)

。わが国でも

90

年 代初頭のバプル崩壊で,銀行,住宅金融専門機関,およびその他ノンバンク の債権が大量に不良化した。そのため,特に住宅金融専門機関の整理をめぐ

*)本稿は平成6年度関西大学学部共同研究による研究成果の一部であるが,当テーマに よる研究は郵政省近畿郵政局の平成7年度個別委託研究による資金援助にも負うてい る。ここに記し,関係諸機関に深謝したい。本稿は形の上では拙稿(1996)を改訂したも のとなっているが,削除した論点と追加した論点が多くあり,論旨の展開も大きく異なっ ている。

1)たとえば,合衆国では貯蓄貸付組合をはじめ商業銀行が多数倒産し,前者のための預金 保険機関 (FISLIC)が保険金支払い等を通じて財務状態を悪化させ,本来は商業銀行の ための預金保険機関であるFDICについには統合されてしまった。揚げ句には,多数の貯 蓄貸付組合の不良債権を処理するための整理信託公社 (RTC)に多額の財政資金が注が れるに至った。それは15兆円相当額を上回る規模に達したとも言われている。また,北欧 諸国においても,金融システムを危機的状況から解放するために銀行の国営化等の諸策 が施された。他方,英国ではイングランド銀行が中心となり民間金融機関の資金を動員し て秘密裡に救済融資策が採られ(いわゆるLifeboatOperation), その結果,公的資金の 注入は僅少にとどめることを得たと言われている。このように事後的な対策には国毎の

相違があるが,金融システム不安定化の背景としては主として不動産投資•投機にからむ

金融機関融資の行き過ぎといった要因が共通に見られる。

(3)

474  闊西大学「経清論集』第46巻第5 (19971

っては公的資金の導入を図るスキーム が難渋の末に成立したものの,金融 システム全体では今後どれだけの規模の不良債権となり,それをどのように して償却し得るかは,未だ図り知れない状況にある。その理由は,不良債権 の情報開示が不十分であること,償却スキームが確立しておらず不良債権処 理の行方に不確実性があること,不動産市況の成り行きに不確定性があるこ

と,などによる。

重要なことは,不良債権の処理に手間取っている間に,すでに低下しつつ ある金融システムヘの信頼感がさらに低下しないか,つまり「危機的状況」

が「危機」そのものへと発展しないかどうかである。一方で,問題解決の糸 口を早急に見い出し,不良債権問題と金融システムの不安定性を早期に解決 することが求められている。その際,公的資金の導入も今や回避不可能と思 われる

3)

。同時に,他方においては同様の問題や公的資金を使った同様の解決 手法が今後繰り返されることのないよう,金融システムの頑健性を高めるた めの制度づくりと自己責任原則の確立を急ぐことが喫緊の課題であろう。

金融システムの安定性を今後高めるために,合衆国では自己資本比率を重 視し,預金保険制度を改善するという諸策が採られた。すなわち,自己資本 比率を高めるよう誘因する銀行行政のあり方(たとえば,特定比率水準を下 回った場合に早期是正措置

(earlycorrective action)

が採られ,比率の値に 応じて監督の強度を変化させるなど)や,金融機関のリスクを反映する可変 的保険料率制度が採用された。わが国でも基本的には同じ方向への規制改善 がなされることになった

4)

。可変的保険料率制度は見送られたものの,預金保 険制度の財政的基盤を強化するために料率が大幅に引き上げられ,銀行行政

2)合衆国のRTC同様の「住宅債権処理機構」を新設し,これに住宅金融専門機関の債権 債務を移管して債権回収にあたるが,どうしても埋めきれない分は公的資金で償却する 予定。公的資金注入の当初の見込み規模は6,800億円となっている。

3)公的資金の導入にも諸形態が有り得ようが,政策構想フォーラム(1996)は不良債権を 国債と交換して償却する証券化の手法を提案している。この場合,不良債権評価額と国債 価格との差は当然財政資金によって穴埋めされることになる。

76 

(4)

金融システムの不安定性,公的介人,および銀行制度改革(岩佐) 475 

も自己資本比率を重視して早期是正措置を採用する方向にある。このような 既存規制制度の改善にとどまらず,主として合衆国では,銀行制度そのもの を抜本的に改革する必要性も論議された。その代表が,決済サービスを提供 する機関の資金運用はできるだけ安全な資産に限定するという「ナローバン ク論」である。わが国でもナローバンク論に対する検討はこれまでもなされ てきたが,同様の主旨による銀行制度改革案を具体的な政策課題として提示 したのは政策構想フォーラム

(1996)

が初めてである。たしかに銀行制度の 改善は必要と思われるが,ナローバンク論には問題点も多い。

本稿は,ナローバンク論を批判的に検討しつつ,わが国の実情を考慮した 代替的な銀行制度改革論を提示することに最終的な目標がある。本稿の構成 は次の通りである。次節で金融システム不安定化の意味と公的介入の諸形態 について議論を整理する。第

3

節では抜本的な銀行制度改革案としてのナロ ーバンク論を吟味する。狭義のナローバンク論のみならず,趣旨と内容にお いて共通する広義のナローバンク諸論を取り上げ,その主張するところを整 理する。第

4

節ではナローバンク論を批判的に検討し,わが国の実情に即し たより適切と思われる代替的銀行制度改革案を素描する。郵便貯金システム をナローバンクとして効率的に活用することと,伝統的な商業銀行主義の再 評価の必要を説いている。最後の節は本稿の基本的な主張を要約し,これと 関連する若干の検討事項に論及し,結びに代える。

2. 

金融システムの不安定化と公的介入

本節では,「金融システムの不安定性」の意味を「金融システム」の概念規 定およびその機能に遡って明らかにし,次いで金融システムヘの公的介入の 根拠を説くとともに,その諸形態について整理する。

4)金融制度調査会答申『金融システム安定化のための諸施策j (19951222日)に基づ き成立を見た「特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別措置法」

(19966月18日成立)等を参照。

(5)

476  闊西大学『経清論集』第46巻第5 (19971

2‑1. 

金融システム不安定化の意味

ここで「金融システム」とは,金融取引の場全体を抽象的に指している。

より具体的には,金融諸機関や金融諸市場が存在し,特定の制度的枠組みの もとでこれらの構成要素が有機的に関連づけられ,全体として金融の諸機能 を果たす仕組みないし組織体を意味している。「金融制度」とは,具体的な存 在である金融機関や市場,およびこれらを有機的に関連づける一連の枠組み の総体を意味し,一定期間なにほどか安定的に存在するものである。そのよ うな一連の制度的枠組みには法律,行政,および慣行がある。もちろん,こ のような特定の制度的枠組みは金融システムを取り巻く特定の技術的条件や マクロ経済的環境条件に対応しており,両者は整合的な一対のものとして存 在する。したがって,これらの諸条件が変化すれば,金融システムの制度的 枠組みも序々に,あるいは急激に,変化せざるを得ない。そして,制度的枠 組みが変化すれば,金融システムの機能の仕方が変化し,その結果として「金 融構造」も変化しよう。ここで「金融構造」とは,金融システムが機能した 結果として特定の資金循環構造なり,リスク配分構造などが生まれるが,こ れらの構造の諸特徴を指すものと理解している。ところが,「金融構造」それ 自体は,同一の制度的枠組みの中にあっても中長期的には少しずつ変化し得 るし,やがてそれは枠組みとしての金融制度の改変を迫る圧力として作用す るようになろう。実体としての金融構造が枠組みとしての金融制度と岨甑を 来す場合がそうである。そのような麒鋸が生じるようになった状況を「制度 疲労」と喩えることは許されよう。

さて,金融システムの主たる役割としては,①決済機能と②金融仲介機能 の二つがある。これ以外にもリスク配分機能や所得分配機能があると考えら れるが,これらは主たる役割から派生したものとして理解できる。派生した 機能であるから重要性が低いということを必ずしも意味するものではない。

派生的機能がより前面に押し出され,主たる機能がむしろ従たる位置づけに 後退することはあり得る。技術的条件の変化が派生的諸機能をより効率的に

78 

(6)

金融システムの不安定性.公的介入,および銀行制度改革(岩佐) 477 

果たすことを可能にしたり,経済的条件が金融システムの主たる機能の一部 を不要にし,そうした機能に対する社会的ニーズを減退させることもあり得 るからである。現状では,しかしながら,金融システムの二大機能としての 決済機能と金融仲介機能の重要性には,洋の東西を問わず依然大きなものが ある。ここで,金融システムを機能別に見て,決済システムと金融仲介シス テムの二つのサプシステムから成るものと理解することは可能であろう。

80

年代から

90

年代にかけて各国で生起した「金融システムの不安定化」と

は,金融システムがまさに機能障害に陥り,経済全体の基盤(インフラスト

ラクチャー)としての役割を十分に果たせなくなった状況を意味していると

解釈できる。換言すれば,金融システムの不安定化とは決済システムと金融

仲介システムのいずれかまたは双方の機能不全(ないし,その懸念)のこと

である。一般に金融システムの不安定化と言う場合,しかしながら,その意

味するところや問題とする点は論者によって必ずしも一様ではない。決済シ

ステムの崩壊を特に懸念するもの,または金融仲介システムの機能不全を懸

念するもの,小口投資家の保護の必要を説くもの,金融システム崩壊にから

んだ財政負担の拡大を心配するものなどである。ここでは,経済の基盤たる

べき金融システムの機能障害そのものが基本的に重要であり,そのことの副

作用として大口投資家か小口投資家かを問わず所得が滅失する可能性や国家

財政の負担が増加するというミクロ経済主体にとっての諸効果は二義的な問

題であると理解している。もちろん,こうしたミクロ的な効果がマクロの金

融システム全体に対してマイナスの反作用効果を持つことを否定するもので

はなく,重要でないと主張するものではない。銀行取付は所得逸失の可能性

に関する予想が伝播することで金融システム全体を崩壊の危険にさらす(シ

ステムミック・リスク)が,問題は金融システムの諸機能が不全化すること

自体にあることをわれわれは強調しているにほかならない。また,一般には

金融仲介システム(あるいは金融仲介機能)よりも,決済システム(決済機

能)のみを重視する考え方がしばしば見られる。そうでありながら,いつの

(7)

478  闊西大学『経清論集J46巻第5 (19971

まにか金融仲介システムの崩壊をも同時に問題にしているといった混乱も見 受けられる。ここでは,決済システムと金融仲介システムの機能不全がとも に重要な金融システム不安定化の問題点であることを敢えて強調しておきた い。金融システムの不安定化において何を問題にするかで,当然のことなが ら,これに対する対処のあり方や制度改革案の内容は異なってくることに留 意しなければならない。

2‑2. 

公的介入の必要と諸形態

次ぎに,金融システムの不安定化が何故に重要な政策課題たりうるかを考 えよう。それは金融システムの不安定化が「市場の失敗」のひとつの典型的 事例であることによる。市場が金融システムの不安定性を短時日に自ずと解 決し得ることも,金融システムの安定性を常に保証することもないと考えら れるからである。かくして,それは必然的に公的介入を要請する問題となら ざるを得ない。

金融システムにおいて市場の失敗が生起する理由としては,不確実性の存 在,外部性の存在,公共財的性格が主要なものと考えられる。金融取引は基 本的に現在と不確実な将来とに渡るオーバータイムの取引

(overtime transactions)

であり,取引の帰結は満期到来時点まで確定しない。満期以前 に金融資産を流動化することで帰結を確定することは可能でも,流動化する 時点で実現し得る価値はやはり事前的には不確実である。このような本質的 な不確実性は,先物市場が完備しないかぎり解消し得ない性質のものであり,

現実には不完備市場

(incompletemarkets)

しか得られない。外部性の側面 として,個々の取引当事者はシステム全体の健全な機能から利益を得ている 一方で,当事者間の貸借関係が満期時に期待どおり解消されないとそれは第 三者にも損失を及ぽす危険があることや,情報が完全でない状況においては バンドワゴン効果が作用し,予想は累積的に不安定化する方向に発展しがち であることを指摘できる。また,金融システムが提供する機能やサービスは

80 

(8)

金融システムの不安定性,公的介入,および銀行制度改革(岩佐) 479 

価格(金利や収益率)とリスク度による選別,つまり「排除性」を有しては いるものの,「競合性」を有さないという意味で公共財的性格を持つ。ますま す多数の市場参加者によって金融システムの機能は高まるというプラスの外 部効果はあっても,混雑現象によって機能の効率性低下が発生することは考

えられない。

さて,上述のように金融システムに対して公的介入が必要であるとすれば,

それにはいかなる形態があり得るか,公的介入の諸類型を整理してみよう。

近年よく見られる類型化のひとつの軸は,「事前的介入」と「事後的介入」を 区別することである

5)

。前者は金融システムの不安定化ができるだけ生じな いようにするための予防的措置であるのに対して,後者は不安定化が顕在化 した場合に,そのさらなる波及・拡大を防ぎ,むしろ早期に不安定性を解消 するための措置を意味する。

事前的介入としては,

①競争制限的規制

②バランスシート規制

③監督機関のモニタリングとガイダンス

がある。①は業務分野規制(参入規制を含む),価格規制(金利規制),その 他の行動規制(店舗設置,商品開発,マーケティング等に関する規制など)

から成る。特に戦後は,どの金融システムでもこの競争制限的規制が中心を 占めてきたと言えよう。しかし,技術革新や事実上の金融自由化進展でこれ らの規制が維持できなくなったこと,また高度に発展した経済社会において 効率的な金融システムが望まれるようになったことを背景に,競争制限的規 制は徐々に緩和されてきた(金融の自由化)。代わって,②のバランスシート 規制がより重視される傾向にある。これはバランスシートの諸項目相互間の 関係に最大値もしくは最小値の特定比率を設定し,行動を直接に規制するの

5)金融規制の必要や諸類型についての議論としては,池尾・岩佐ほか (1996)の第8章や 筒井 (1992)が参考になる。

(9)

480  闊西大学『経清論集』第46巻第5 (19971

ではなく,許容可能な自由行動の余地に枠をはめようとするものにほかなら ない。この枠内の行動であれば,金融システムの不安定化に発展する確率や 可能性は低くなると判断されるような,そういう行動枠規制である。従来も 必要ある度に,流動性比率,配当性向,自己資本比率などは重視されたが,

必ずしも実効的なものではなかった。①およびこれを前提とした③の介入が 中心的であったからである。

①の競争制限的規制が緩和される方向の中では,とりわけ自己資本比率が ますます重要性を帯びつつある。それは競争制限的規制の緩和が行動の自由 を拡大し,その分リスクの高い選択的行動を金融機関に許容することになり,

そのことが結果として金融システムが不安定化する確率を高めるものと予想 されるからである。不安定化が顕在化しても,自己資本比率が高ければ,こ れが顕在化したリスクを吸収し,事後的なショック・アブソーバーとしての 機能を果たすものと考えられるからである。それは銀行したがって預金に対 する信認が急降下する可能性を引き留めるように作用しよう。また,自己資 本比率の重視が個々の金融機関行動を慎重にするという事前的効果もあるも のと考えられる丸

以上の諸規制が実効的であるためには,適切な③の形態の介入が不可欠で ある。すなわち,監督機関による適度な行動観察と牽制的ないし誘導的な指 導である。この介入は従来も①や②と組み合わさってなされてきた。問題は,

明示的なルールに基づいた透明性の高い介入の方式か,あるいは暗黙のルー ルに関する解釈が多様性と曖昧性を帯びていて裁量的な介入の余地が高い方 式のいずれが望ましいかである。わが国では従来裁量的介入度合いの高い方

6)理論的には自己資本比率規制の効果は必ずしも判然としない。しかも,自己資本比率が あまりに高いものであれば,かえってモラルハザードの原因となることも考えられ,慎重 な仕組み設計が望まれる。むしろ,自己資本比率規制も③の監督の方式のあり方と一体と なって有効になるものと考えるべきであろう。すなわち,自己資本比率の値に応じて金融 機関に対する当局の監督や指導の強度を異なったものにすることによって規制の趣旨に 即応した行動を誘因する,そのような手法として考えられるべきであろう。

(10)

金融システムの不安定性,公的介入,および銀行制度改革(岩佐) 481 

式が中心であって,ルールは介入の大枠を設定することにとどめられてきた。

金融システムが特定の,また比較的少数の機関や関係者から成る閉鎖的なク ラブ組織的運営に委ねられている場合には,裁量的介入もそれなりに効率的 で有効であったと思われる。しかし,金融の自由化や金融の国際化が進展・

深化するにつれて,金融システムはより開放的で自由な市場的運営の方式に 転換を迫られつつある。市場参加者が特定少数に限定されることはなく,む しろ潜在的参加予定者が不特定多数へと拡大する可能性があるからである。

この場合には,透明性の高いルール方式の介入が,公平性と説得力,したが って実効性を高める観点からも,当然必要となってこよう。

他方,事後的介入としては,

①中央銀行の「最後の貸し手機能

(Lenderof Last Resort)

②預金保険制度

(DepositInsurance Scheme) 

③監督機関の調整的介入と政府の「究極的な保険機能

(Insurer of  Last Resort)

7)

があるものと考えられる。①は金融システムの不安定化が流動性危機

{Ii

quidity problem)

から発展した場合の対応措置であり,②は支払い不能状態

(insolvency state)

が発現した場合の対応措置と一般には考えられている。

しかし,個々の金融機関の問題が流動性にあるのか,支払い能力にあるのか の判定は必ずしも容易ではない。その判定のためにも事前的な介入としての 監督機関による適切なモニタリングが不可欠であって,事後的介入が効果的 であるためには事前的介入が有効でなければならないのである。しかし,情 報の入手は完全ではないから,判定を正確に行うことは容易ではない。また,

事前のモニタリングは事後的介入を実施する機関によって直接行われるのが 最適であろうことを考えれば,モニタリングをする監督機関相互の協力と調 整もまた不可欠である。さらに,個々の金融機関経営の不安定化が金融シス

7) Dewatripont=Tirole (1996)を参照。

(11)

482  関西大学『経清論集』第46巻第5 (19971

テム全体に波及すれば,当初の不安定化の原因が流動性問題にあろうが,支 払い能力の問題にあろうが,両方の対応的措置が必要となるのは無理からぬ ことであろう。いずれにしても,①と②の分業体制を明別することは必ずし も容易ではないということである。また,実際に支払不能問題から金融シス テムが不安定化した場合,②の預金保険制度による救済的介入がなされても,

それは③によって十分カバーされる余地がない限り,実際には限界があるも のとなろう。現に預金保険制度に依存して金融システムの不安定性を解決し ようとした合衆国では,結果的に大量の財政資金を投与せざるを得なかった し,わが国では預金保険制度自体が脆弱すぎて活用し得ず,大蔵大臣の「ロ 先介入」,すなわち「(今世紀中は預金保険制度を活用せず,その間は)すべ ての預金を国が保証する」との宣言があって取付を回避し,金融システム不 安定化のさなかで小康を得たというのが実態であり,これは③による介入そ のものであると解釈することができる。ただし,預金保険制度を保険金の支 払という本来の役割から解放して,システム安定化のためのたとえば低利救 済融資資金として活用するならば,それなりの効果は期待し得よう。

ここで③の介入措置は,金融システムが不安定化した場合に監督機関ない し政府が民間金融機関全体の調整役をかって民間金融機関内部で問題解決の 糸口を見いださせるか,あるいはそれが不可能な場合には最終的に政府が財 政的手段を活用して金融システム維持のための介入措置を行うことを意味し ている。とまれ,②の預金保険制度による事後的な救済的介入は限界もあり 現実的には必ずしも有効ではなく,それはむしろ預金取付を未然防止すると いう意味での事前的介入効果を持つものとして評価されるべきものであるか もしれない。②が万全の介入措置でないとすれば,①と③が究極的な事後的 介入措置であるということになる。ただし,①への過度の依存は金融政策の 中立性や貨幣制度の維持という観点からは決して望ましいものではなく,結 局のところ③が最終的な金融システム維持手段にならざるを得ない。金融シ ステムが不安定化した場合,その規模やタイミング次第では①および②の介

84 

(12)

金融システムの不安定性,公的介入,および銀行制度改革(岩佐) 483 

入手段で十分であり,システムの機能快復を図ることもできるかもしれない。

その限りでは①や②の重要性が否定されてはならない。しかし,タイミング を逸して,不安定性の規模を拡大してしまえば,最終的には政府の財政資金 を活用するほか,金融システムの安定性を快復する方法はない。その意味で,

①や②の対応で事態の推移を見守るか,③の手段に訴えるかの判断をタイミ ングを逸することなく的確に行うことが,あまりにも重要であると言わざる を得ない。たとえば,①や②に依存しがちで,③による介入の時宜を逸して しまえば,金融システム不安定化の問題がいたずらに拡大してしまう危険が あり,結果的にそれは財政資金の投入量をますます増加させてしまうであろ う 。

問題は,③の活用の仕方にある。③の活用をルールとして事前的にも公表 してしまえば,モラルハザードは当然のことながら顕在化しよう。しかし,

③を絶対に活用しないというルール化も,柔軟で適切な介入を躊躇させたり そのタイミングを見逃してしまう危険がある。したがって,事後的な介入手 段としての③は裁量的に利用されるべき事柄となる。利用することはないと

いう事前的スタンスを明確にしながら,事後的には裁量的に活用することを 想定することも必要であろう。事後的介入の諸手段については,基本的にこ のようないわば「建設的曖昧性

(constructiveobscurity)

」が必要であり,

そうでなければモラルハザードの顕現を阻止できない。③の政府の究極的保 険者機能を活用するについては,特にそうであると言わざるを得ない

8)0

8)金融システムの不安定化に対する対処が欧州諸国と日米で異なることは第1節で示し た通りである。対処の仕方に相違が見られるのは,日米では預金保険制度の存在感が大き く(それが現実的な存在感にせよ,建前の制度としての存在感であるにせよ),中央銀行 はともかく,財政当局が当初から介入することについては抵抗感が非常に強かったこと が理由として指摘できよう。また,法治国家における自己責任の原則は民主的な資本主義 国家ならば,どの国においても当たり前のことであろう。日本では,これまで自己責任原 則が実際には涵養されないまま建前として主張されたにすぎないにもかかわらず,不安 定化が発現した事後においてこの原則が強く主張され,このことが政府の介入を遅れが ちにしている面もあるように思われる。本来のあるべき姿は,事前の自己責任原則の徹底 であり,事後の国家による保険機能の臨機応変な活用であるべきであろう。

(13)

484  闊西大学[経清論集j第46巻第5 (19971

3. 

ナローバンク論の系譜

「ナローバンク

(NarrowBank)

」とは,一言で言えば,保有資産の範囲 を狭く限定した要求払い預金取扱い機関のことである。そして「ナローバン ク論

(NarrowBank Doctrine)

」とは,決済機能を有する要求払い預金取扱 い機関は資産運用の範囲を特定のものに限られたナローバンクに転換するべ きだとの考えを示す。その代表的なものが

Litan(1987)

のナローバンク論で あり,ナローバンクの名称もそこから来ている。その趣旨は,運用を安全な 資産に限定することにより,決済性負債の安全性を高め,その結果として公 的介入機関たる預金保険制度や財政の負担を軽減するのみならず,決済シス テムそのものの安全性を確保しようとするものである。ナローバンク論は,

既存の公的介入(事前的なバランスシート規制,わけても資本比率規制や事 後的な預金保険制度)の改善案とは別の,非常に抜本的な銀行制度の改革を 意味している。仮にもこれが実現するならば,経済全体に及ぽす影響は小さ

くないと思われ,それは十分検討に値するものと思われる。

なお,すでに山崎

(1987),

根津

(1992),

吉田

(1993)

および堀内

(1996)

が批判的検討を加えており,千田

(1989)

と同

(1992),

および岩村

(1995)

が同意的な考察を行っている。

ところで,このナローバンク論に類似する(趣旨と内容において近似する)

議論には,実は古典的な商業銀行主義(真正手形理論)をはじめとして,最 近ではその他にも多くの議論があることが知られている。本稿ではこれらの 議論をすべて「広義のナローバンク論」としてとらえ,個々の諸論は限定す る運用資産の範囲を異にする変種(バリエーション)として理解している。

後に見るように,限定されるのが,運用資産であるというよりも,取引顧客

の範囲であったり,あるいは負債の範囲であったりすることもあるが,ここ

では一応同列に扱うことによってそれぞれの異同を比較検討することにした

い。以下,諸論の骨子を要約する。

(14)

金融システムの不安定性,公的介入,および銀行制度改革(岩佐) 485 

( 1 ) 商業銀行主義(真正手形理論):要求払い預金などの流動性の高い債務で 資金を調達する商業銀行の場合には,商品の流通段階における商取引で発行 される手形(=真正手形)を割り引くことによって資金を供給することが望 ましいという考え。これは,ィギリスで伝統的に実践されてきたにとどまら ず,日本やドイツにおいても健全銀行経営主義として,あるいは銀行鉄則と して,要求払い預金取扱い金融機関の理想的な姿を表したものとして理解さ れてきた。それは,商取引の裏付けがあり商品の販売にともなって債務者の 手元には資金が短期的に自ずと還流するため,手形割引による資金貸付は安 全であるとの見方による。もっとも,経済が単なる商品流通経済から商品生 産経済へと発展するに伴い,資金のニーズは流通段階のみにとどまらず,生 産段階においても発生するようになった。この段階においても,商業銀行主 義に従えば,商業銀行は短期的な運転資金の供給に留まるべきであり,長期 的な設備投資資金の供給は控えるべきであるということになる。要求払い預 金という流動的債務に依存している商業銀行は,資金の運用を短期で安全な 資産に限定する必要があるが,それは設備投資資金が信用創造によってファ イナンスされると設備投資の懐妊期間を経て生産が実際に増加するまでの間 は相対的に過剰な貨幣が経済に存在することとなりインフレーション(貨幣 価値の下落)につながりやすいとの懸念があるからでもある。ただし,後発 資本主義の日本やドイツにおいては,資本市場の未発達や資産蓄積の低さを 背景に,こうした銀行が設備投資資金などの長期資金のニーズをも満たさざ るを得ない状況があって,その結果日本の兼営銀行主義やドイツの総合銀行 主義(ユバーサル・バンキング)が生まれざるを得なかったと解釈し得るこ

とは間違いなかろう

9)0

( 2 ) 1 0 0 %準備銀行:これは現在のような部分準備銀行主義(預金残高の一定

割合を預金引き出しのための準備として現金形態で保有する方式)とは異な

り,預金全額,とりわけ流動的な要求払い預金に対してはその全額相当分を

現金形態(中央銀行預け金を含む)で運用すべきだとの考えである。これは

(15)

486  闊西大学『経清論集』第46巻第5 (19971

100%

マネー」とも言われる。合衆国はシカゴ大学の研究者を中心に大恐慌 時の

30

年代に強く主張された見解である。

60

年代に至って,同じシカゴ大学 のフリードマン

(M.Friedman)

はこの主張を再説している。その主旨は,

第一に預金の安全性,したがって決済システムの安全性を高めること,第二 にマネーサプライのコントローラビリティを高めること,の二点に基本的に は集約されよう。預金全額を法定貨幣たる中央銀行債務で裏付ければ,預金 は完全流動的でありかつもっとも安全な資産となることは当然であろう。ま た,準備比率が

100%

ならば,民間銀行の信用創造の余地は全くなくなり,信 用乗数も

1

に等しくなり,マネー・サプライはいわゆるハイパワード・マネ ー量に等しくなるから,これに対する中央銀行のコントローラビリティが完 全なものとなるのも当然であろう。

30

年代においてはこの両方の主旨が有効 であったが,合衆国で預金保険制度が樹立された

1933

年以降は第一の主旨は 不必要とされ,第二の主旨のみが重要となった

1

究預金保険制度によって預金 の安全性は保証されることになったからである。そして,

60

年代のフリード マンによる再説がインフレーションに対する方策としてマネーサプライのコ ントローラビリティという側面を重視したのも理由あることである。ところ が,金融システムが不安定化した

80

年代から

90

年代にかけては,預金保険制 度が信頼に足らないものであるとの認識のもとに,預金の安全性を維持する 工夫が求められ,再度この「

100%

マネー」の出番が生まれたと言えよう。

Hart (1934/35)

によれば,「

100%

マネー」への制度的移行について

30

年代

9) Aoki= Patrick (1994) (5章)によれば,戦後の長期信用銀行創設はフランスの制 度を範としたものであり,長期信用機関の短期金融業務は両国においても厳格に規制さ れたが,普通銀行に対してはフランスの場合と異なり日本では長期金融業務が必ずしも 制約されなかったと指摘されている。もし,長短分離主義が厳格に実践されていたなら ば,普通銀行と長期信用銀行の区別が曖昧となり,揚げ句は長期信用銀行の存在意義はな いと診断される今日のような状況は生じなかったかもしれない。その意味で,戦後以降に おいては銀行行政のあり方が単に歴史的経緯のみならず,銀行制度の実質的な性格を規 定している面が強いと言わざるを得ない。

10)  Hart (1934/35)を参照。

88 

(16)

金融システムの不安定性,公的介入,および銀行制度改革(岩佐) 487 

当時概ね

3

つのバリエーションがあるものと考えられた。一つは,

(i)

銀行の 既存の収益性運用資産をすべて中央銀行債務(現金・預け金)と交換する方 法 で あ り , こ れ は シ カ ゴ 学 派 の も と も と の 考 え で あ り , シ モ ン ズ (H.

Simons), 

カリー ( L .

Currie), 

フィッシャー

(I.Fisher), 

という研究者の 主張するところでもあった。

60

年代にフリードマンが復活させたのも同様の 考えである。もう一つは,

(ii)

既存の銀行に対して預金債務相当額の中央銀行 債務を贈与するという考えであり,これはナイト

(F.Knight)

によって主張 された。最後に, ~ii)すべての小切手勘定を政府機関(郵便局や中央銀行など)

に移管させることで預金債務の安全性を維持しようとする考えは,カリーや ボルストローム

(Bolstrom)

等によって主張された。本稿との関係で興味深 いのは,小切手勘定=要求払い預金取扱金融機関を公営化しようとする案が 打ち出されていることである。

(3)

預金化通貨

(DepositedCurrency)

案:これは

Tobin(1985)

が提唱し たもので,法定貨幣たる現金を預金形態で流通させようとする考えである。

すなわち,現金通貨形態を中央銀行預金の形のままで流通させる仕組みであ り,これは金融機関以外の一般経済主体にも中央銀行との預金取引を認めよ うとするものにほかならない。その主旨は,(預金化)通貨の利用便宜性を高 め,もって民間銀行の要求払い預金形態での通貨所有比率を低め,結果的に 要求払い預金を保証している預金保険制度の負担を軽減しようとすることに ある。預金化された現金通貨(中央銀行債務)を口座振替によって利用する ならば,この種の現金預金に対しては金利支払いも不可能ではない(その代 わり,口座振替の都度振替手数料の名目で預金者は決済サービスのコストを 負担するよう要求される可能性も高い)。のみならず,それは安全でかつ便宜 性の非常に高いものになることは明らかである。

なお,この案をさらに発展させて中央銀行預金を「汎用プリペイドカード 化」したり,「電子貨幣化」

(IC

カードでの決済,あるいはコンピュータ・

ネットワークを介して電子的決済を行う方法)するならば,その便宜性はさ

(17)

488  闊西大学『経清論集』第46巻第5 (19971

らに高まることも期待され,安全で効率的な決済手段を手にすることが可能 になるであろう

11)

( 4 ) ナローバンク論:字義どおりのナローバンク論は

Litan

( 1 9 8 7 ) が提案し たものであり,決済サービスの提供機関(=要求払い預金取扱金融機関)は 資産の運用を安全で流動的な現金,政府証券,政府保証証券等に限定すべき であるとするものである。このナローバンクは,したがって民間債務を購入 することはできない。これに対して,その他の金融サービス,資産運用管理 等の多様なサービスを行う機関については規制を可能な限り排し,自由な行 動を認めようとする。このような二分化をはかることによって,安定的な決 済システムと効率的な金融仲介システムを確立することが可能になるという

ものである。また,預金保険の対象をナローバンクにのみ限定すれば,安全 性の高いナローバンクだけに預金保険制度のリスク負担は最小化できると考 えられている。ライタンが中央銀行の制度をどのように考えているかは不明 であるが,もし中央銀行による商業手形割引を認めるようであれば,ナロー バンクは中央銀行以上に資産運用の範囲は狭く,唯一の信用創造主体はこの 中央銀行にのみ限定されることになる。

さて,同様の議論を展開したものに,わが国の政策構想フォーラム ( 1 9 9 6 ) の提言がある。それはナローバンクという名称を「純粋銀行」に変え,運用 可能な資産の範囲を現金・日銀預け金および国債(できれば短期国債)に限 定している。純粋銀行以外の資産運用管理機関は広範な資産運用と金融サー ビスを提供できる。純粋銀行に対する規制は厳しくし,決済システムの安定 性を確保するが,資産運用管理機関はできるだけ自由かつ競争的に行動でき るようにすることで効率性を発揮させるとしている。なお,ライタンとは異 なり,日本の事情を考慮して,郵貯システムも銀行と同様にこれら二つタイ

11)ナローバンクと汎用プリペイドカードや電子マネーとの関連については,岩佐(1996) 参照。

(18)

金融システムの不安定性,公的介入,および銀行制度改革(岩佐) 489 

プの機関に分割すべきであるとしている

12)

(5)

投資信託銀行構想

(MutualfundBanking) : 

ナローバンク論や純粋銀 行案は,要求払い預金取扱機関が現金のほかは短期の安全で流動的な資産で 運用することを要求している。流動的な資産での運用機関という側面に注目 すれば,ナローバンクは短期金融市場資産投資信託

(MutualFund)

に近い

12)提言と同じ内容は蠍山(1996)にも要約されているが,いずれにおいても問題点が若干 見受けられる。公共性のある決済サービスであるが故に純粋銀行によって安全に提供さ れる必要があるとの考えやその趣旨には反対すべき理由がない。しかし,「純粋銀行は倒 産を許さないための規制に服す必要がある」とする場合には,どのような規制を具体的に 考えているのかは曖昧である。資産運用規制ははっきりしているが,それだけで倒産の可 能性は排除できると考えているのか,あるいは参入規制等も考えているのか,不明であ る。ところが,他方において「多数の純粋銀行が共通の運用規制の下で競争的に決済サー ビスを提供する」とのイメージも描かれている。これは,参入の自由な純粋銀行が相互に 活発に競争することを意味していよう。しかし,このような競争的な純粋銀行がどうして 倒産を免れたりし得るのか,倒産の危険があっても倒産させないということは政府の介 入による救済の可能性があることを考えているとしか言えまい。それならば,公共性高い サービスの供給でもあるのであるから,いっそのこと公的機関が供給するようにすれば よいように思われる。まして,後に指摘するように,純粋銀行は信用創造が不可能である のであるから。実際,「資産管理運用機関は自由な競争に委ねるので,倒産があっても政 府の救済的介入は絶対にないものと宣言すべきだ」と述べていることから逆に考えれば,

純粋銀行は政府介入によって救済されることがあり得ることを示唆していると解釈せざ るを得ない。競争的純粋銀行が存在すれば,電子貨幣に対する取り組みも活発になるとの 指摘もなされているが,電子貨幣への取り組みに躊躇があるとすれば,それは電子貨幣の 将来性に不確実性が強いからであり,必ずしもこれを現在の銀行のカルテル的横並び行 動の帰結にすることは正鵠を得ていないと思われる。不確実性が強い分,この点の開発も 公的機関が積極的に執り行うべきではないかと評者は考える。また,資産管理運用機関が 倒産の際に本当に政府介入はしないとのルールを,額面どおりに受け入れるべきなのか は疑問である。政府の介入がルールでは排除されていても,事後的に状況を判断して政府 が裁量的に介入することはあるという「建設的曖昧性」の観点から理解すべきものではな いかと考える。また,純粋銀行は倒産リスクが少ないので,預金保険制度は不要だという 場合,倒産のリスクが少しは存在するという曖昧さがある。その場合には預金保険制度の 必要性は否定できないのではなかろうか。それとも,預金保険制度に代わる政府介入とい う形での陰伏的保険制度を考慮しているのだろうか。とまれ,提言には内在的矛盾も隠さ れており,制度設計は未だ不十分であると指摘せざるを得ない。

(19)

490  闊西大学『経清論集』第46巻第5 (19971

存在であることが理解される

13)

ナローバンクと投資信託との相違点は,前者は確定価値の資産である要求 払い預金の安全性を維持するために,その裏付けとしての資産を安全で流動 的な資産に限定した機関であるのに対して,後者は不確定価値の資産たる投 資信託であり,もともと安全確実を目標とすべき理由は存在しない点にある。

ただし,小口投資家への投資商品として,あるいは比較的安全性の高い(不 確実性のできるだけ低い)投資商品を提供するものとして,短期金融市場の 流動的資産によって運用を行うタイプの機関であると言うことはできる。こ のような短期金融市場資産投資信託が決済手段として利用可能になれば,そ れはまさに

Goodhart(1989)

が主張するような投資信託銀行構想になるので ある。それはできるだけ安全で流動的な資産によって運用されるが,確定価 値の資産を提供するものではないから,要求払い預金ほど強い安全確実性は 求められない。したがって,現在そうであるように,このような資産は預金 保険制度の対象外であり,このような資産が決済手段として利用されるなら

ば,預金保険制度のリスク負担も軽くすむというのがその主旨である。

グッドハートは投資信託が十分に貨幣たり得る,決済手段たり得ることを 主張する。すなわち,短期金融市場資産投資信託が貨幣として受容されるに ついては心理的抵抗があることはたしかであろう。とりわけ, リスクに慣れ ていない経済主体にとってはその抵抗は大きかろう。しかし, リスクがあっ ても収益率が十分に高ければ貨幣として受け入れられることは不可能ではな い。要は慣れの問題であり,リスク選好度の低くない資産家ないし高額決済

13) Jacklin (1987)

の「投資ファンド」構想も,

Freeman(1988)

の「コンティンジェン 卜預金

(contingentdeposit)

」の構想も同一のものであるとの指摘は池尾

(1990)

が行 っている。また,伊藤

(1988)

はW

allace(1988)

の文献を引用しながら,投資信託が中 央銀行通貨と同様の働きをする可能性を示唆している。

White(1991)

はライタンのナロ ーバンク論が形態的には

MMMF(

短期金融市場資産投資信託)に似ていることを指摘 し

O'Driscoll(1992)

はナローバンク論が本質的には

MMMF

銀行構想であると主張 している。

92 

(20)

金融システムの不安定性,公的介入,および銀行制度改革(岩佐)

491 

のケースから定着させるようにすれば実現可能であるというのがグットハー

トの考えである。もちろん,通常の小切手支払いの場合と同様に「フロート

(float)

」が存在する。その間において投資信託の価値は変化し得る。場合に よっては,価値の減少から「不渡り」という事態がより高い頻度であり得る かもしれない。このことが投資信託の貨幣としての通用可能性の制約になる のであれば,グッドハートが提唱するように,投資信託に一定のミニマムバ ランスの規定をおいたり(小切手勘定についてもすでにミニマムバランスが 設定されているが,それは小切手勘定に関わるコストの回収が主目的であ る),あるいは投資信託そのものに直接一定範囲の貸越

(overdraft)

の便宜を 付帯させたり,特定銀行との提携で自動借入れの便宜を供与したりする仕組 みを考えることも可能であろう。このように,多少のリスクが伴う投資信託 に対して,何ほどかの工夫を付け加えさえすれば,それが貨幣として徐々に 定着することはあり得ると考えてよかろう。

(6)

貨幣サービス会社構想:これは

Pierce(1991)

の案であり,決済サービ スの供給機関と資産運用•投資サービスの機関とを分別するという点ではラ イタンのナローバンク論そのものに極めて近い。しかし,決済サービスを提 供する機関としての「貨幣サービス会社」は政府証券,政府保証証券はもち ろんのこと,その他短期流動的な優良商業手形や

CP

などでの運用も許容さ れることになっている。その意味ではナローバンク論ほど窮屈な制約はなく,

「民間債務の貨幣化」によって弾力的な資金供給を行うことは可能となって いる。しかし,優良商業手形や

CP

を発行し得ない中小企業等に対する非市 場性の貸付は不可能である。こうした経済主体に対しては投資サービス会社 が対応すればよいこととされている。しかし,既存貨幣の再分配による資金 供給は可能でも,「貯蓄の先取り」を意味する新規貨幣創造による弾力的な資 金供給は不可能であって,必ずしも円滑な資金供給メカニズムとはならない。

(7)

コアバンク論

(CoreBank) : 

これは

Bryan(1991)

の提案になるもので,

決済勘定を提供する銀行は,浮動性の少ない,長期固定的顧客関係に依存で

参照

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