日本の子どもたちの音楽のレパートリー
著者 奥 忍
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 36
号 1
ページ 63‑73
発行年 1987‑11‑25
その他のタイトル Children's Music Repertoire in Japan
URL http://hdl.handle.net/10105/2094
奈良教育大学紀要 第36を 第1号(人Tk・社会)昭和62年 Bull.Nara Univ.Educ.,Vol.36,No.1(cult.& soc. ,1987
日本の子どもたちの音楽のレパートリー
奥 忍 (奈良教育大学音楽教室) (昭和62年4月30口受理)
本稿はInternationales Institut F弘r Vergleichende Musikstudienによる"World of Music に掲載予定の拙稿"Children′s Music Repertiore in Japan を訳出、若干の訂正を加えたも のである。日本の子どもたちのレパートリ一一を大人の音楽との関連で明らかにしてほしい、とい うのが編集者の求めであったo
§ 1 は じ め に
日本の子どもたちの種々の音楽行動に関しては、まず彼らの西洋音楽の学習について述べるべ きである、と思う人がいるかもしれない。事実、 1977年を例にとれば、日本の全所帯数の中13.0
%がピアノを所有、 23.9%がオルガソを、 31.3%が弦楽器を所有しているが(2)この統計̲上の数 字は日本の子どもたちがこれらの楽器をひく機会の多いことを示唆している。
しかし、私は西洋楽器をひくことが必ずしも彼らの本来的な欲求に根ざしているとは思わないo そこで本稿では、彼らの巌も本質的な音楽行動と思われる「歌唱」を中心に論じたい。
§2 今日の日本の子どもたちとその歌唱行動
日本人は歌うことが非常に好きと思われる。有名なことわざ「歌は世につれ、世は歌につれ」
に表わされるごとく、日本の社会では歌が何らかの役割を果たしてきた。社会的なできごとが歌 われてきたのみならず、時には事故でさえも歌い継がれてきたのである。また最近では「カラオ ケ」が日本の成人の最もポピュラーな趣味の一一つになっている。カラオケは録音されたオーケス
トラ伴奏にのって歌うことであり、歌い手の声はマイクロフォソを通して増幅されている。この ようにして、歌うことは日本人の日常生活とは切り離すことのできない関係にある、といえる。
日本の子どもたちもまた、歌うことが好きである。何百年もの間、子どもたちは歌いながら遊 んできた。小泉文夫は子どもたちの遊びをその遊び方によって次のように10種に分類(3)したが、
その中で*印の付された9種は歌なしでは遊べない。
0 となえうた * 5 なわとび 1 絵かきうた * 6 じゃんけん 2 おはじき・石けり 7 お手合わせ 3 お手玉・羽根つき * 8 からだ遊び 4 まりつき * 9 鬼遊び
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日本の了・どもたちは、 H外で歌いながらI‑一緒に遊ぶ友達を探して歩く(楽譜1) 。彼らは歌い ながら遊び、遊びが終わる時にも歌う(楽譜2) 。 f・どもたちは集団で遊ぶことが多いので、歌 は態川遊びを成立・維持するための必要不吋欠な役割を荷なっている。それゆえに今日まで莫大 な数の遊び歌が記録されてきた。
楽譜2
か え ろ か え ろ からすがなくから か え ろ
しかしながら、現在ではf・どもたちは以前程戸外で遊ばなくなったように見える。例えば、 5 年前に私はr‑どもたちが道路で歌いながらなわとびをして遊んでいる光景を度々見かけたもので あったが、今ljではせいぜい子どもが一人、玄関先のガレージで機械的に数を数えながらなわと びをしているのを見かける程度である。このように子どもたちが戸外で遊ばなくなった現象の原 凶としては次のような点が考えられている。
・受験のための競争が加熱してきたので、子どもたちは以前より更に勉強をしなければならない。
・遊びに適した道の空間が自動車交通と舗装のために減少してきた。
・都市住宅の高層化が子どもたちを地面で遊ぶことから疎外している0
・ TVゲーム等の室内遊戯機器が普及してきた。
・その他
千どもたちの行動の、上述のような著しい変化については様々な観点から議論されてきたO こ こで音楽の観点からこの現象を把えれば、この変化は数多くの伝統的なわらべうたの急速な消減 をひき起こしている、といえる。教育関係者たちは、わらべうたをテレビの番組に取り上げたり、
教科書にのせることによって、その有用性を訴え、保存を図ってきた。しかし、この種の努力は 一方から見れば、ごくわずかな標準化されたわらべうたが、各地で歌い継がれ生きてきた多様な 多くのわらべうたにとってかわる、という現象をも伴っている。
ではH本の子どもたちは歌わなくなったのだろうか。私は子どもたちの行動の変化はこのよう な形では現れていない、と思う。年代比較のできる資料はないので、ここで1982‑1984に私が 行った調査結果(4)を紹介したい。これはイギリス、オーストラリア、日本の大都市郊外に住む
9‑10才の子どもたちを対象に、質問紙法によって調査したものである0
図1に示されたごとく、自宅で歌う子どもたちの比率は日本が一一一番高く、また図2に見られる
ごとく、日本の子どもたちが最も広いレパートリーを持っている。これらの結果からも彼らは今
尚歌っている、と言えよう。
L]本のf‑どもたちの音楽のレパートリー
図1あなたは家で歌いますか? 日本 オーストラリア イギリス
「はい」と答えた者
図2 どんな種難の歌が好きですか? %
恥Iii舶Ll
テレビソソグ
学校のうた All kinds
65
⊂二二二二二itWk
「 9xl
事実、伝統的なわらべうたの他にも、日本の子どもたちは様々な種類の歌に取り囲まれている。
今日でもなお、文部省唱歌は学校の音楽の中心となっている。子どものためのテレビ番組が朝か ら夕まで放映され、作曲家たちが教育番机のために多くの歌を作曲しているO 娯楽番姐にはテー マソングが付されており、コマーシャルの多くも歌を伴っている。更に多くの歌謡番机があり、
若い歌手のために次々と新しい歌が作曲されている。これら全ての中から、日本の子どもたちは 自分の好みに合った歌を選び、歌っているのである(,
以上、背景について述べた。次にH本の子どもたちの歌を4種に分類し、夫々の音楽的特徴を 明らかにしよう。
・わらべうた
・文部省唱歌
・子どもたちの歌(作曲家による創作)
・テレビソング
§3 わ ら べ う た
「わらべうた」とは「子どもたちが遊びなどの生活の中で口伝えに歌い継ぎ、作りかえては歌 い継いできた歌(5'」を指す。わらべうたとH本の伝統音楽との間には密接な関係が見られる。即 ち、わらべうたには以下のように、日本の伝統音楽の基本的な特徴が最も単純な形で現れている。
I.音階 主な音階が楽譜3に示されている。
(9 2首を片仕、る巌も簡単な音階o例は楽譜1と13に示されている。
② 3音から成る。例は楽譜2と6‑①である。
③ lfl音符で記された2音が4度を形成しているO この形のテトラコ一一ドは「民謡のテトラコ ド」と呼ばれ、 F1本民謡やわらべうたに上として用いられている。 I‑一例が楽譜6‑②に示 されている。
④ 「民謡のテトラコード」の上に1音付加されている。わらべうたでは最もよく見られる音 階である。楽譜4と5がその例である。
⑤ 2つのテトラコ一一ドが接続している。上のテトラコードは「律のテトラコード」と呼ばれ、
仏教音楽や宮廷音楽に用いられる。この形の音階が大人のための民謡で用いられるのは稀 である。例は楽譜7。,
2.リズム
日本語では、夫々の揖糾まアクセソトを伴わない等柏で発音され、実際に、このような話しこ とばのリズムのまま歌われるわらべうたもある(楽譜4)。柏に関する操作が行われる時には2 抽f・が基本であるo ・般的に、日本の伝統音楽で3拍子や3分割のリズムは殆どない。しかし、
まりつきうたの場合には、楽譜5に見られるように3拍子が2拍子の中に偶然に入り込むことが あるO なぜなら、うたの詞は休止なく等細で弾むボールのリズムに合わせられているからであるo
あんたかた どこさ ひごさ ひごどこさ くまもと さ くまもと・・ ・
3.旋 律
一一般的に、日本語は強弱アクセソトを伴わず、高低アクセソトをつけて話される。従って、わ
らべうたの旋律線は話しことばの高低アクセソトや抑揚を反映している。楽譜6‑①と②は集団
のなわとびうたであるが、両者の違いは東京と京都の方言の差異によって生じたものである。
日本のf・どもたちの音楽のレパートリー
楽譜6‑ョ
E3a
楽譜6‑② 京都
67
おじょうさ ん
^mw 田
わらべうたの形式は通常遊びの形式に従っている(ft)対話形式で歌われることはあるが、 ‑一般 的には斉唱され、和音操作が行われたり、カノソになったりすることはない。楽譜7では、歌詞 は対話形式であるが、普通は斉唱で歌われる。このわらべうたは、日本の伝統音楽では、各フレー
ズが他のフレーズといかに関連づけられ、全体を形成していくか、を示す良い例である(7)
つ a:
A 起 動機a *長い音価の核音で開始の感じ。
動機b リズム的には動機aの反対。
J長い、低い方の核音で半終止の感じ。
B 聞 動機b 繰り返しによって継続の感じ。
J半終止
ん だ
C 答
D 転換
E *,',
動機b Bと同じ。
等柏で核音がなく、半終止感がない。 E‑と続く。
*最高音
「l二の核音で終正感
結尾は応々E'のように拡大される。結尾部分の拡大は日本伝統音楽ではよく 見られる現象である。
6.it
音色は日本人が非常に強い関心を抱くものであるO従って、音楽の種類や流派によって数多く の発声法が存在している。ここで、それらの全てに共通する特徴を指摘するのは不可能であるが、
よく用いられる発声法として「地声」を挙げることはできる。わらべうたも地声で歌われる(8)
。
わらべうたでは、K要なテトラコ‑ドがe‑fまたはC#‑f削こおかれることが多いので、その音 域は通常ローーイの中で歌われることになる。この音域ならf一どもたちは困難なく地声で歌うこと ができるo
§4文部省唱歌
1881年に最初の唱歌集を出版Lて以来第2次世界大戦終了まで、文部省は学校教育のための数々 の侶歌集を発行してきたt。r文部省唱歌」とはこれら文部省によって発行されてきた唱歌集に掲 載された教材用の歌を指しているo(8‑
それらは西洋音楽様式で作曲されてはいるが、幾つかの伝統的要素も統合されている。音階は 多くの場合、「ヨナ抜き」と呼ばれる長郡皆(楽譜8‑①)でできており、楽譜9に見られるご とく旋律線はその昔晒しを順次進行で「卜行する。
柚子については2/4と4/4が多く、3!刺ま比較的少ない。)nのリズムが応々用いられるが、ど ちらの音にも西洋音楽におけるようなアクセントはなく、酎面の比率は3:1よりも甘い。殆ど の町歌は4小節フレ一一ズ3、4コからできているO
文部省11月歌は甲歌に多大な影響を与えたが、軍歌ではヨナ抜き長音階ではなく、ヨナ抜き短音 階(楽譜8‑②)が支配的である。
① ② 楽譜8
l ∫楽譜9 うさぎとかめ
石原和 一:̲郎 作詩
納所弁次郎 作曲
日本の子どもたちの音楽のレパートリ一一 69
§ 5 子どものためのうた
1918年に、子どものための文学と音楽の創作運動が始まった。この運動に参加した詩人や作曲 家は 一般的に文部省唱歌には批、紬竹であったので、子どもの純粋な心情を育むのに適する歌を創 作しようと試みたo その結果、彼らの歌はより出力に作曲され、多様性に富んでいる。それらの 歌の幾つかは今尚歌われており、子どもたちのレバーートリーの重要な‑一部分となっている。楽譜 10は有名な歌の・例であるが、 1982年にはこの歌のパロディが日本中を風摩した。
楽譜10 七つの子 MM.J.108
野 口 雨 情 作詩 本 居 長 世作曲
=======一・・・一.・.・
G‑=掌
2.や ま‑の
からすはヤ ま に いってみて ご ら ん
G J如co nt.
ErR‑D7‑
ほ tlwtt F^^^^^B‑1 h D
s^ms ‑ KHz] 呂
わ を ‑ し た い‑ l>‑ こ だ
よよ
か わ い か わい と か ら す は な く の
Hdin
dim frit c c̲
D C. alFine
D ‑,‑ ここコ
か わ い か わい と 1‑ く ん だ よ
第2次世界大戦以後はラジオ番組が、そして今Hではテレビの教育番組が子どものための新し
い歌を提供している。それらの歌は①近代和声に支えられた西洋音楽様式(楽譜11) 、 ②ポッフ
音楽様式、 ③わらべうた様式等、様々な傾向を皇している。いずれにせよ、子どものためのうた
の作曲者は殆どの場合西洋音楽の作曲法を勉強した者である。従って、子どものためのうたの歴
史は、ある意味では日本の近代クラシック芸術歌曲の歴史でもある。
ゆっくりとね':そうに(J‑80‑糾くらい)
サトウハチロー作詩 湯 山 昭作曲
§ 6 テレビソング
テレビソソグの定義はあいまいではあるが、この語は通常、テレビの娯楽番組のテーマソング や:Iマーシャルソソグに対して用いられている。 NHKの調査(9)によればテレビソソグは7才 から14才の子どもに最も好まれているジャソルである。
初期のテレビソソグには文部省唱歌の要素を多く見つけ出すことができる。 「鉄腕アトム」を 例にとれば、その特徴は次の通りである。
・長音階(文部省唱歌では短音階は意図的に避けられた。 )
・内洋クラシックの機能和声による伴奏付け(文部省唱歌ではI、 Ⅳ、 Vが使われる(, )
・ 4小節フレーズ4コから成る二部分形式(文部省唱歌と共通)
・少年少女による斉唱(文部省唱歌と同じ演奏形態)
しかし、 1960年代後半から、テレビソソグは大人のためのポピュラーソソグの影響を著しく受 けるようになる。日本の大人のポピュラーソソグは①より伝統的な要素を持つ演歌と、 ②アメリ カナイズされたニューミュージックの2種に大別することができるが、テレビソソグに強い影響 を与えたのは後者である。現在では、ニューミュージックの何らかの変化はテレビソソグの同種 の変化を意味している。
ここでテレビソソグとニューミュージックの関係を歴史的に述べるゆとりはないので、 1986年
日本の子どもたちの音楽のレパートリー
のテレビソソグ1曲を例にあげて分析するo この曲(楽譜12)の特徴は次の通りであるO
71
・外来語・英語が多く使われている。 (‑‑‑‑‑・′で指示)
・ロックミュージックの速いテソポ、ロックバンドの伴奏
・エオリア短調(オクターヴに7音)
・ゼクエソシャルな旋律線(㊨, (㊨, etc.)
・ 2小節動機がパッチワークのようにつながっていく。
・複雑な形式(序奏‑A‑B‑B ‑C‑A 蝣A一序奏 A o D O A A‑B‑B C‑A'‑A‑コーダ)
・フレージソグに関連づけられた効果的なダイナミクス
・ロックミュージックスタイルの発声法(若いロックミュージック歌手が歌う。 )
以上のように特徴を挙げれば、この曲には日本の伝統的要素が消滅しているかのような印象さ え与えるが、この曲は以下の点で正に日本以外のどこの音楽でもありえない。
・音組織
重要な動機は全てわらべうたの音組織である。例えば4 ‑5小節と12‑13小節の動機㊥ほ「民 謡のテトラコード」そのものであり、動機(Dの音組織は楽譜13の単純なわらべうたと同じであ
る。
esat
・等拍(‑一蝣 で指′の
蚤3‑2で述べたごとく、日本語は等柏で話され、音楽ではフレ一一ズの最後の音が伸ばされる ことによって簡単に終始感が得られる。この曲では全てのフレーズの最後に現れる引き伸ばさ れた音を除いて、他の音は等軸に分割されている。
・終l上法
現在の多くのテレビソソグの旋律線は、 7‑‑ゝ1に全音1‑.昇して終lLする。わらべうたの終止も この形をとるO一方、大人のポピュラーソソグでは、演歌でもニューミラ一一ジックでも、この ような進行は稀であり、旋律線は終IL首に向かって下降する場合が多い。テレビソソグはニ:l一一
ミュ‑ジックに強い影響を受けていながらも、この意味では、伝統的な演歌より更に伝統的で ある、といえる。
§ 7 結 び
本稿で、私は日本の子どもたちの歌唱行動について述べたが、その結果は子どもたちのレバーー トリー一に見られる伝統的要素を強調することとなった。一・万、器楽の分野においては事態は全く 異なっており、完全に西洋化しているといえよう。
今日、琴や三味線等伝統楽器をひくことのできる子どもは殆どいない。また、伝統的な民俗行 事で音楽に関する何らかの役割をこなすことのできる子どもも殆どいないo伝統楽器は現在日本 の日常生活では役割が与えられる場は殆どなく、教室でも稀にしか学習されていない。
‑jj、リコ‑ダ一一が小学校3年生以Lの全ての子どもたちに教えられており、バロックを含め た西洋音楽の小品や歌が奏されているO 更に§ 1で述べたように多くの家庭がピアノ、エレクトー
ソその他の西洋楽器を所有し、 +どもたちは放課後レッスソに通っている。
日本のT・どもたちの音楽行動について先を見過すことは容易ではない。しかし、本稿で述べた ような、現在の日本の子どもたちの歌唱行動に見られる伝統的要素は、子どもたちを取り巻く首 楽と日常生活の西洋化の故に、変化を余儀なくされるであろう、と予測される。
注及び参考文献
( 1 )Shinobu OKU:"Children′s Music Repertoire in Japan in World of Music, Internationales