研究機関研究所近況
基盤研究機関 先端分子医学研究所
大腸癌細胞における KRAS 関連発癌分子機序の解明
多因子疾患病因・病態解析グループスタッフ医学部准教授 角 田 俊 之
先端分子医学研究所長 医学部教授 白 澤 専 二
1.はじめに
我々のグループではかつて癌において高頻度に認 められる
KRAS分子の変異が癌治療において分子 標的となりうることを世 界 に 先 駆 け て 報 告 し た
(Shirasawa et al., Science, 1993) 、その後も癌研究に おいて重要な基礎的な所見を発信し続けている。本 稿ではこれまでの成果と今後の展望を述べたい。
2.RAS 遺伝子変異癌の現状
RAS
遺伝子の変異、あるいは、RAS 経路に位置 する分子の変異・発現異常は全腫瘍の約8 0%に観察 されるが、固形腫瘍において最も高頻度に存在する 変異
KRASそのものをターゲットにする抗癌剤は 未だ開発されていない。また、EGFR の阻害剤は、
KRAS
変異を持つ癌には効果がないという報告がな され(Karapetis et al., N Engl J Med, 2008) 、KRAS 制 御分子の
in vivoにおける理解とそれに基づく創薬 標的の同定は臨床的視点からも重要な課題である。
3.これまでの研究
1)変異
KRASのシグナリング解析
我々のグループは1 9 9 3年に樹立した細胞株を用い て
KRASのシグナリングの解明を進めている。そ の後変異
KRASが
VEGF(Okada et al., Proc Natl Acad
Sci U S A, 1998)、MDM2(Ries et al., Cell, 2000)
などのシグナルに関与することを明らかにしてきた。
最近では、
KRASのシグナルに加えて、
PI3K/AKTシグナルの両者が種々の癌細胞株においてラパマイ シン類似
mTOR阻害剤の反応性にも関与している ことを見出し(Gulhati et al., Carcinogenesis, 2012) 、 チロシンキナーゼ阻害剤
Sorafenibとの併用で変異
KRAS陽性癌に効果があることを示した。さらにこ のシグナルの両者を制御する鍵分子として、4E-
BP1を同定し(She et al., Cancer Cell, 2012)
、今後 の新たな治療戦略開発の足がかりになると思われる。
2)3次元培養系の構築
ヒト大腸癌
HCT1 1 6細胞において活性化
KRASの みを破壊した
HKe3細胞(Shirasawa et al., Science, 1993)を用いてマトリジェル3次元培養を行うと、無秩序なスフェロイド状の構造から、極性を有する 腺状の構造に変化し、経時的な解析では
in vivoに おける大腸クリプト様の増殖様式を示した(図1)
(Tsunoda et al., Neoplasia, 2010) 。
3)変異
KRASにより、3次元特異的に発現が低 下する遺伝子
3次元培養した
HCT1 1 6と
HKe3細胞との発現アレイ解析で
HCT1 1 6細胞において発現低下する遺伝 子のうち、大腸癌において最も欠失が認められる1 8 番遺伝子に位置する
Alpha kinase2(ALPK2)に着目した。HKe3細胞における増殖能は
ALPK2‐siRNA
により2次元培養・3次元培養ともに差はみ
られなかったが、3次元培養下での内腔のアポトー シスは優位に阻害された。この状況下における発現 アレイ解析では
DNA修復関連の遺伝子群の発現変 動が認められた。さらに
ALPK2の発現低下は同一―1 7―
患者の正常部と比較してアデノーマにおいて発現が 低下していた。 (Yoshida et al., Anticancer Res, 2012)
4)変異
KRASにより、3次元特異的に発現が上 昇する遺伝子
今度は逆に3次元培養にて活性化
KRASにより 発現が上昇する遺伝子のうち、公共アレイデータに おいて予後予測能を有すると考えられる遺伝子とし て
Phosphodiesterase4B(PDE4B)を同定した。さらに
PDE4阻害剤のロリプラム投与にてHCT1 1 6に
内腔形成、Tight
junctionマーカーである
ZO‐1の
apical membrane
への集積、アポトシースマーカー
である活性化カスペース3シグナルの増強、さらに は極性に重要な働きを持つ
AKTのリン酸化抑制が 誘導されることが判明した。患者検体では、生命予 後と極めて関連するデュークス分類において悪性度 が高いほど
PDE4Bの発現が高い傾向が認められ た。 (Tsunoda et al., Mol Cancer, 2012)
5)その他、MicroRNA(miRNA)群に関して さらにこのシステムでは
KRASのシグナルが3 次元特異的に
miR‐ 2 0 0
c、miR‐ 2 2 1/2 2 2、miR ‐ 1 8 1、
miR
‐ 2 1 0の発現を上方制御していることが癌関連
miRNA
の網羅的スクリーニングにより判明した。
特に
AKTシグナルの抑制因子である
PTENは3次 元特異的に発現低下しており、miR ‐ 2 2 1/2 2 2を介し て
PTENを抑制しており、結果的にはやはり
AKTシグナルを活性化していることが示唆された。 (Ota
et al., Anticancer Res, 2012; Tsunoda et al., Anticancer Res, 2011)今後の展望
これまでの解析で、
in vivoにおいては
KRASが
PI3K/AKT シグナルを制御していることが考えられ、
これらの3次元モデル特異的に抽出された遺伝子群 は生物学的理解に基づいた強力な予後予測因子でも あると考えられ、KRAS が3次元特異的に制御する
miRNA群である
miR‐ 2 0 0
c、miR‐ 2 2 1/2 2 2、
miR‐ 1 8 1、
miR
‐ 2 1 0および、PDE4B2は、大腸癌において悪 性度との関連が認められ、予後を規定する新たなバ イオマーカーおよび治療標的として期待される。
文 献
1.Gulhati, P., Zaytseva, Y.Y., Valentino, J.D., Stevens,
P.D., Kim, J.T., Sasazuki, T., Shirasawa, S., Lee, E.
Y., Weiss, H.L., Dong, J., Gao, T. and Evers, B.M.
(2012) Carcinogenesis, 33, 1782-1790.
2.Karapetis, C.S., Khambata-Ford, S., Jonker, D.J.,
O’Callaghan, C.J., Tu, D., Tebbutt, N.C., Simes, R.J., Chalchal, H., Shapiro, J.D., Robitaille, S., Price, T.J., Shepherd, L., Au, H.J., Langer, C., Moore, M.J. and Zalcberg, J.R. (2008) N Engl J Med, 359, 1757- 1765.3.Okada, F., Rak, J.W., Croix, B.S., Lieubeau, B.,
Kaya, M., Roncari, L., Shirasawa, S., Sasazuki, T.and Kerbel, R.S. (1998) Proc Natl Acad Sci U S A, 95, 3609-3614.
4.Ota, T., Doi, K., Fujimoto, T., Tanaka, Y., Ogawa,
M., Matsuzaki, H., Kuroki, M., Miyamoto, S., Shirasawa, S. and Tsunoda, T. (2012) Anticancer Res, 32, 2271-2275.5.Ries, S., Biederer, C., Woods, D., Shifman, O.,
Shirasawa, S., Sasazuki, T., McMahon, M., Oren, M.and McCormick, F. (2000) Cell , 103, 321-330.
6.She, Q.B., Halilovic, E., Ye, Q., Zhen, W.,
Shirasawa, S., Sasazuki, T., Solit, D.B. and Rosen, N. (2012) Cancer Cell, 18, 39-51.7.Shirasawa, S., Furuse, M., Yokoyama, N. and
Sasazuki, T. (1993) Science, 260, 85-88.8.Tsunoda, T., Ota, T., Fujimoto, T., Doi, K., Tanaka,
Y., Yoshida, Y., Ogawa, M., Matsuzaki, H., Ha- mabashiri, M., Tyson, D.R., Kuroki, M., Miyamoto, S. and Shirasawa, S. (2012) Mol Cancer, 11, 46.9.Tsunoda, T., Takashima, Y., Fujimoto, T., Koyanagi,
M., Yoshida, Y., Doi, K., Tanaka, Y., Kuroki, M., Sasazuki, T. and Shirasawa, S. (2010) Neoplasia, 12, 397-404.1 0.Tsunoda, T., Takashima, Y., Yoshida, Y., Doi, K.,
Tanaka, Y., Fujimoto, T., Machida, T., Ota, T., Koy- anagi, M., Kuroki, M., Sasazuki, T. and Shirasawa, S. (2011) Anticancer Res, 31, 2453-2459.1 1.Yoshida, Y., Tsunoda, T., Doi, K., Fujimoto, T.,
Tanaka, Y., Ota, T., Ogawa, M., Matsuzaki, H., Kuroki, M., Iwasaki, A. and Shirasawa, S. (2012) Anticancer Res, 32, 2301-2308.―1 8―
研究機関研究所近況
基盤研究機関 身体活動研究所
4名同時に歩行可能な水中トレッドミル
道下 竜馬
1、平野 雅巳
1、清永 明
1、2、田中 宏暁
1、2、桧垣 靖樹
1、21.福岡大学スポーツ科学部 運動生理学研究室 2.福岡大学基盤研究機関 身体活動研究所
1.はじめに(水中トレッドミルとは?)
近年、健康増進や疾病の予防、改善を目的とした 運動の重要性が注目され、ウォーキングやジョギン グ、水中運動に取り組む人が増加している。特に水 中運動は陸上運動と異なり、浮力が作用するため、
関節への負担が軽減され、水流や運動方向によって は抵抗運動へと働くことが知られている。さらに、
水中運動にはバランス感覚の向上や自律神経系の機 能改善、ストレス解消・リラクゼーション効果、呼 吸循環機能の改善、筋・持久力向上などの効果が考 えられており、健康の維持・増進のみならず、運動 器疾患のリハビリテーションとしても注目されてい る。
水中トレッドミルとは、一般の温水プールとは異 なり、流速や歩行または走行速度を変えることで、
自由に運動強度を設定することが可能であり、他の 機器と組み合わせることによって水中運動中の動作 分析や生理反応、筋活動を定量化できる装置である。
本研究所では、平成2 3年1月に福岡大学病院に併 設するメディカルフィットネスセンターに水中ト レッドミル(JAPAN AQUA TEC 社製
Swim Life)を設置した(図1) 。本装置は、設置スペースの節約 と4名同時に水中歩行が可能であり、個別にトレッ ドミル速度を時速0
"から4. 3
"(秒速1. 2
!) 、水 流を秒速0
!から1. 8
!まで漸増することができ、
監視下で安全に運動することが可能である。また、
歩行や泳ぐ際の動作確認ができる水中窓も備えつけ られており、水中歩行から泳動作まで幅広く研究や 臨床の現場で用いることができる最新鋭の装置であ る。以下、我々がこれまでに行ってきた研究成果の 一部について紹介する。
2.水中トレッドミルと陸上トレッドミルによ る呼吸循環応答の差異(研究
!)
我々は、水中運動と陸上運動中の生理反応の差異 を明らかにするため、水中トレッドミルと陸上ト レッドミル運動中の呼吸循環応答の差異について比 較検討を行った。若年健常男性1 0名(平均年齢2 1. 8
±1. 4歳)を対象に流水を負荷した水中トレッドミ ルと陸上トレッドミルを用いた最大下多段階漸増運 動をそれぞれ異なる日に施行した。水中トレッドミ ルは水流を1. 8
!/秒とし、速度を秒速0.7
!から1.2
!
まで5分毎に0. 1
!ずつ漸増させ、陸上トレッド ミルは時速3. 0
"から8.0
"まで5分毎に1.0
"ずつ漸増させた。水中トレッドミル、陸上トレッドミル 運動中の相対的運動強度(%HR
max)に対する酸素摂取量、二酸化炭素排泄量、呼吸交換比、エネル
図1.福岡大学病院メディカルフィットネスセ ンターに設置している4名同時に歩行可 能な水中トレッドミル
―1 9―
図2.水中トレッドミルと陸上トレッドミル運動中のメッ ツに対する心拍数(上図)と主観的運動強度(RPE、
下図)の差異
○;水中トレッドミル、■;陸上トレッドミル
†;p<0. 05、*;p<0. 01、水 中 ト レ ッ ド ミ ル と 陸上トレッドミルとの比較
図3.水流の違いが水中歩行中の歩行ピッチ(上図)と歩 幅(下図)におよぼす影響
水流:■秒速1. 8
!、◇;秒速1.4
!ギー消費量の変化について検討を行ったところ、い
ずれも水中トレッドミルと陸上トレッドミルとの間 に有意な差は認められなかった。一方、相対的運動 強度(メッツ)に対する心拍数、主観的運動強度
(RPE)の変化について検討を行ったところ、水中 トレッドミルは陸上トレッドミルに比べて有意に心 拍数が低く、RPE が高かった(p<0. 0 5、図2) 。
3.水流速度の違いが水中歩行時の呼吸循環応 答と歩行周期におよぼす影響(研究
!) 続いて、水流速度の違いが代謝応答と歩行周期に およぼす影響について検討を行った。上記と同一対 象者に対し、水流を秒速1. 4
#(低水流)と1. 8
#(高 水流)の2つに分け、水中トレッドミル速度を秒速 0. 7
#から1. 2
#まで5分毎に0. 1
#ずつ漸増させた。
全てのトレッドミル速度において、高水流の条件下
では低水流の条件下に比べて酸素摂取量と心拍数が 有意に高値を示した。また、高水流の条件下では低 水流の条件下に比べて歩幅と歩行ピッチが有意に低 かった(p<0. 0 1、図3) 。
4.多人数の縦列水中歩行による運動強度への 影響(研究
")
本研究所の水中トレッドミルは、4名同時に歩行 可能なことから、縦列水中歩行による運動強度への 影響についても検討した。上記研究
!、
"と同一対 象者に対し、水流を1. 8
#/秒とし、速度を秒速0.7
#
から1. 2
#まで5分毎に0. 1
#ずつ漸増させ、単独 で上流側を歩行する場合(上流側歩行)と単独で下 流側を歩行する場合(下流側歩行) 、上流側に他の 運動者を歩かせた場合の下流側走行(縦列歩行)の 3つの運動様式による、呼吸循環応答の差異につい て検討を行った。その結果、呼吸循環器系の各指標 は、上流側歩行と下流側歩行との間に有意な差は認
―2 0―
められなかった。しかし、縦列歩行は、上流・下流 側歩行に比べて同一運動強度であっても酸素摂取量 が有意に低値を示した(p<0. 0 5、表1) 。従って、
縦列水中歩行の場合、上流側に比べて下流側は生理 的運動強度が低下するため、縦列歩行を行うにあ たっては、歩く順番を考慮することや、トレッドミ ル速度を補正する必要がある。
5.今後の展望
上記結果より、水中での運動処方を行う場合、水 中と陸上運動中の心拍数や
RPEの反応性は異なる ことから、安全で効果的な運動を行うためには、可 能な限り水中での運動負荷試験を実施し、水中運動 中の心拍数と
RPEを常に把握しておく必要がある。
健康の維持・増進、疾病の予防や改善を目的とした 水中での運動処方を行うにあたっては、水流と速度 を徐々に上げていき、個々の体力水準に見合った強 度で行うとともに、歩く順番や歩行ピッチ、歩幅を 考慮した指導を行うことが望ましいと考えられる。
しかしながら、現時点では上記結果を臨床応用する には問題点が多く、今後は研究成果を健康づくりや 有疾患者の運動療法、リハビリテーション等の現場 へ発信できるよう、さらに研究内容を充実させる必 要がある。
6.謝 辞
上記研究は、私立大学戦略的研究基盤形成支援事 業「福岡大学身体活動研究所」の一部の助成を受け て実施された。なお、上記研究!、"は2 0 1 2年日本
水泳・水中運動学会年次大会、研究#は九州体育・
スポーツ学会第6 1回大会にて発表した。
表1.水中トレッドミル速度と各運動条件下における酸素摂取動態の差異
速 度 上流側歩行 下流側歩行 縦列歩行 危険率 酸素摂取量
(%/分)
0. 8
$/秒 1. 0
$/秒 1. 2
$/秒
1. 3 9±0. 1 4 1. 7 0±0. 2 0 2. 0 8±0. 2 4
1. 3 3±0. 1 8 1. 6 9±0. 1 8 2. 0 3±0. 1 8
1. 0 4±0. 1 3 1. 2 5±0. 1 2 1. 5 3±0. 1 5
a, b a, b a, b
メッツ強度
0. 8
$/秒 1. 0
$/秒 1. 2
$/秒
6. 0±0. 8 7. 3±1. 2 9. 0±1. 3
5. 8±1. 0 7. 3±1. 2 8. 8±1. 6
4. 5±0. 7 5. 4±0. 8 6. 6±0. 9
a, b a, b a, b
エネルギー消費量
(kcal/3 0分)
0. 8
$/秒1. 0
$/秒 1. 2
$/秒
2 0 2±2 0 2 4 9±3 0 3 0 8±3 6
1 9 4±2 7 2 4 8±2 6 3 0 0±4 2
1 5 1±1 9 1 8 4±1 8 2 2 5±2 3
a, b a, b a, b 結果は平均値±標準偏差で示す.
a;上流側歩行 vs.縦列歩行、b;下流側歩行 vs.縦列歩行、p<0.05
―2 1―
研究機関研究所近況
基盤研究機関 光学医療研究所
福岡大学発、光学医療研究の幕開け
光学医療研究所所長
筑紫病院内視鏡部・診療教授 八 尾 建 史
はじめに
平成2 4年4月から光学医療研究所が福岡大学基盤 研究機関としてスタートしました。本稿では、本研 究所の概要を学内に紹介し、初年度の活動や研究成 果について報告し、今後の展望について言及します。
光学医療研究所の目的
光学医療とは内視鏡を用いた診断・治療を行う診 療分野です。光学医療研究所は、臨床研究部門と基 礎研究部門から構成されます。
1.臨床研究部門:本学において光学医療に関する 国内外の臨床試験を行う研究組織による臨床医 学の基盤を形成することが目的です。
2.基礎研究部門:内視鏡で観察される現象の機序 や病態解明、それらの研究成果を臨床医学に応 用し実用化することを目指す本学における基礎 医学の基盤を形成することが目的です。
1.臨床研究部門
本邦は、1 9 5 0年代の胃カメラの開発に端を発し、
消化器領域の内視鏡の機器開発や臨床応用について 常に世界をリードして来ました。本学においても最 先端の機器を用い高度な内視鏡医療を行ってきまし た。しかしながら、本学のみならず、本邦では、技 術の普及は早いが、本邦で開発された技術を用いて 発見された知見や診断・治療技術の科学的有用性を 証明する臨床試験を行う基盤が十分に整備されてな く、本邦発の新知見のほとんどが海外の研究者によ り学術的研究が行われ、本邦発のエビデンスと世界 に認められる機会を逸して来ました。
従って、本学発のオリジナリティーに富む消化器 内視鏡の知見を科学的に証明すべく、本分野におけ る臨床試験をデザインし実行する基盤を形成するこ とを本研究所は目指しています。
また、これまで、私達は日本の進んだ技術を学ぶ ために来日する海外からの医師を多数受け入れると ともに、海外の内視鏡セミナーや学術集会で内視鏡 技術と学術的知見の普及を行ってきました。さらに、
最近では、九州大学のアジア遠隔医療開発センター が主催している教育・研究用高速インターネット回 線を用いたテレカンファレンス・システムを用いた 国際共同研究に参画しています。これらの人的・物 理的ネットワークに基づき、海外の医師と交流する ことに加えて国際共同研究を行うことも臨床研究部 門の目的の一つです。
要約すると、福岡大学光学医療研究所は、本邦が 世界をリードしてきた内視鏡を用いた光学医療を世 界に発信し、さまざまな教育プログラムにより、内
視鏡医の
quality controlを行った後に、本邦で開発
された内視鏡医学の有用性について、国内または国 際多施設共同研究を行い、高いエビデンスを持って 光学医療の有用性を証明したいと考えています。そ して、これらの研究を実施・継続できる福岡大学の 研究基盤を築くことが目標です。
2.基礎研究部門
これまで、私達は、最先端の消化器内視鏡を用い さまざまな知見を報告してきました。その中でも、
消化管粘膜を顕微鏡の様に8 0倍まで拡大し観察でき る内視鏡を用いると消化管粘膜の毛細血管レベルま で観察できることを発見し報告してきました。さら に、早期胃癌に本拡大内視鏡を応用すると、癌に特 有の微小な血管が不規則に増生している知見を発見 しました。これを臨床に応用すると、従来の技術で は診断が不可能であった小さく平坦な早期胃癌を診 断することができるようになりました。現在は「科 研費基盤研究
C」において本知見をコンピュータを用いた画像解析を行い癌のコンピューターによる自
―2 2―
図1.平成24年4月11日に開催した第6回中国との早期胃 かんテレカンファレンス
図2.テレカンファレンスのモニター画面。福岡(九州大学 病院、左上)、東京(APAN 東京オフィス、右上)、北京
(協和医院、左下)、上海(復旦大学中山病院、右下)
動診断できる可能性を追求しています。
それに加えて、研究の過程で胃癌に白色の物質が 沈着していることを発見しました。この物質は、長 らく正体が不明でしたが、ごく最近の研究で胃癌細 胞の中に蓄積した微小な脂肪滴であることを証明で きました。胃は消化を司る臓器です。腸が吸収を司 る臓器です。しかしながら胃粘膜に発生した癌が、
腸のように脂肪を吸収する機能を獲得したとは、想 像すらできませんでした。
このユニークな現象を応用し、胃癌に吸収される 薬剤を開発すれば、目で見えない小さい初期の胃癌 を発見することや新しい治療薬の開発に繋がる可能 性があります。そこで、基礎研究部門では、胃癌に 吸収される薬剤の開発や胃癌が脂肪を蓄積する病態 の解明を行う目的で基礎研究部門を組織しました。
3.臨床研究部門・基礎研究部門の連携、若手研究 者の育成
基礎研究部門で開発された新しい薬剤や治療法を 臨床研究部門で臨床試験を行う有機的な研究組織を 目指しています。さらに、臨床医と基礎研究者が合 同で自由闊達に討論をできるミーティングを開催し 集学的研究組織を形成したいと思います。必要に応 じて、実際に企業で内視鏡開発に携わるエンジニア もミーティングに参加する柔軟な運用をしようと考 えています。これに、本学の大学院生をはじめとす る若手の研究者が加わり、自身の手で臨床試験を計 画し、学外の本分野でのトップランナーである若手 の研究者とデスカッションし科学研究の考え方を学 び、着実に臨床試験を遂行し、学術的成果をあげる ことができる環境を整備することも大きな目標です。
本年度の活動の報告
これまで光学医療研究所・研究者ミーティングを 2回開催し、そこに医学部・薬学部・筑紫病院栄養 部、内視鏡開発メーカーの研究部門のエンジニアな ど多分野から研究者が参加しました。これまでの研 究の経緯を踏まえて、今後の研究の立案と研究成果 を報告しました。
1.臨床研究部門
1)平成1 2年8月4日、福岡市で九州胃拡大内視鏡 研究会を開催しました。国内外から1 6 0名の医
師が参加しました。その中で、内視鏡開発に携 わるエンジニアが生体における光学的現象につ いて講演を行いました。
2)九州大学のアジア遠隔医療開発センターに於い て、高速インターネット回線を用い、北京・上 海・東京・福岡の4箇所の中継ステーションを 繋げて、3回テレカンファレンスを開催し(図 1、2) 、韓国、京都、東京、福岡間で2回カ ンファレンスを行いました。
3)薬学部と共同で脂肪含有食品を用いた脂肪負荷 試験を開発し、倫理委員会の承認後に臨床試験 を開始しました。
4)胃拡大内視鏡診断を教育するeラーニング・シ ステムの開発に着手し、その有用性を検討する 全国の医師が参加する臨床試験を開始しました。
現在のところ、全国の大学病院やがんセンター など代表的な医療機関7 7施設が参加を表明して います。
―2 3―
2.基礎研究部門
1)本学薬学部・創剤学教室と本学・病理学教室と 共同で早期胃癌に効率よく吸収される薬剤の開 発を開始しました。
2)本学薬学部臨床薬物治療学/免疫・分子治療学 と共同で胃癌における脂質代謝異常について分 子生物学的研究を開始しました。
3)胃以外の他の消化管における脂質代謝異常を解 明するために、大腸癌における脂質代謝異常に ついて筑紫病院・病理学教室で組織化学的検討 を開始しました。
研究成果
本年度は、初年度にも関わらず、食品を用いた脂 肪負荷試験の有用性を本学の1年目の大学院生に研 究させたところ、新しい知見を得ることができまし た。研究内容の成果を大学院生にヨーロッパの消化 器病学会(United European Gastroenterology Week 2 0 1 2)に応募させたところ、シンポジウムの
oralpresentation
に採用され、国際的に研究の成果が評
価されたことが特筆する成果です。その他、業績に 示したように、著書を発刊し、多数の研究成果を国 内外の学術集会や学術誌で発表しました。
今後の展望
本研究所を中心に国内外の研究者間のネットワー クはより広くより集学的になっていくのは確実と思 います。今後、福岡大学筑紫病院・新病院の開院を 来年度の5月に控えています。それに伴いカンファ レンス室の拡張も見込めますので、インターネット 回線を用いたテレカンファレンス・システムを本研 究所にも導入する予定です。国際間の共同研究につ いても効率良く討論できる環境を整備できると思い ます。本研究所と別に遂行している福岡大学総合科 学研究チーム
I「胃癌多発国を対象とした胃癌診断の
global e-learning systemの開発:国際共同研究」
が本年度で終了しますので、この研究成果に基づき、
来年度から新しい国際臨床試験の立案を行う予定で す。現在行っている本学発の内視鏡医療に特化した 研究を、日本全国、全世界の研究者とともに遂行し ていく基盤の形成は順調に整っています。今後も本 学の総合大学という利点を生かして、真の基盤研究
機関となることを目標とし活動を継続したいと思い ます。工学部や理学部など他の学部に所属する研究 者の本研究所への参加を歓迎します。
皆さまのご協力をお願いし、本稿を終えたいと思 います。
業 績
論 文(主なもののみ)
1.Yao K. The endoscopic diagnosis of early gastric
cancer. Annals of Gastroenterology 2013; 26: 12-232.Maki S, Yao K, Naghama T, et al. Magnifying endo-
scopy with narrow band imaging is useful in the dif- ferential diagnosis between low-grade adenoma and early cancer of superficial elevated gastric lesions.
Gastric Cancer 2012 (in press)
3.Yao K, Iwashita A, Enjoji M, et al. The nature of
white opaque substance in the gastric epithelial neo- plasia as visualized by magnifying endoscopy with narrow-band imaging. Dig Endosc2012; 24: 419-4254.Yao K. How is the VS (vessel plus surface classifi-
cation system applicable to magnifying narrow-band imaging examinations of gastric neoplasias initially diagnosed as low-grade adenomas? Gastric Cancer 2012; 15: 118-120.5.Haruta-Ono, Y, Matsunaga K, et al. Orally adminis-
tered sphingomyelin in bovine milk is incorporated into skin sphingolipids and is involved in the water- holding capacity of hairless mice. Journal of derma- tological science 2012; 68: 56-626.Kohjima M, Enjoji M, Yada R, et al. Add-on therapy
of pitavastatin and eicosapentaenoic acid improves outcome of peginterferon plus ribavirin treatment for chronic hepatitis C. J Med Virol (in press)7.Enjoji M, Yasutake K, Kohjima M, Nakamuta M.
Nutrition and alcoholic and nonalcoholic fatty liver disease: the significance of cholesterol. In: Watson RR, Preedy VR, and Zibadi S eds. Alcohol, Nutri- tion, and Health Consequences. Totowa (NJ): Hu- mana Press, Springer; pp 523-532, 2012.
8.Enjoji M, Kohjima M, Kotoh K, Nakamuta M.
Metabolic disorders and steatosis in patients with chronic hepatitis C: metabolic strategies for antiviral
―2 4―
treatments. Int J Hepatol 2012: 264017, 2012.
9.Enjoji M, Yasutake K, Kohjima M, Nakamuta M.
Nutrition and non-alcoholic fatty liver disease: the significance of cholesterol. Int J Hepatol 2012:
925807, 2012.
1 0.Miyazaki M, Enjoji M, Nakamuta M, et al. In-
creased hepatic expression of dipeptidyl peptidase-4 in non-alcoholic fatty liver disease and its associa- tion with insulin resistance and glucose metabolism.Mol Med Report 2012; 5: 729-733
1 1.Kotoh K, Enjoji M, et al. Serum albumin is present
at higher levels in alcoholic liver cirrhosis as com- pared with HCV-induced cirrhosis. Exp Ther Med 2012; 3: 72-75.著 書
1.Yao K (Editor & a sole author). Zoom gastroscopy:
Magnifying endoscopy in the stomach (Korean ver- sion). Koonja Publishing Co Soul 2012
2.Yao K (Editor & a sole author). Zoom gastroscopy:
Magnifying endoscopy in the stomach (English ver- sion). Springer 2013 (in press).
3.八尾建史(編・著) .動画で学ぶ胃拡大内視鏡 テクニック. 日本メディカルセンター, 東京2 0 1 2.
国際学会・研究会での発表・講演・受賞
1.Invited speaker: Special workshop “Endoscopic de-
tection of early gastric neoplasias” (Therapeutic En- doscopy in the Global World, Kuala Lumpur, Ma- laysia, 2012. 4. 1)2.Invited speaker: Novel magnifying endoscopic tech-
nique with narrow-band imaging enables a differen- tial diagnosis between benign lesion and early gas- tric cancer (Singapore University Special Lecture, Singapore, 2012. 4. 2)3.Kanemitsu T, Yao K, Fujiwara S, Nagahama T, Mat-
sui T, Tanabe H, Ota A, Iwashita A. Vessels within epithelial circle (VEC) pattern, as visualized by magnifying endoscopy with narrow-band imaging (ME-NBI), is a useful marker for the diagnosis of papillary adenocarcinoma: a case-control study.Gastrointest Endosc 2012; 75 (Suppl): AB 214,
DOI: 10.1016/j.gie. 2012. 04. 385 (DDW 2012, San Diego, 2012. 5. 19)
4.Mabe K, Kato M, Nojima M, Tanuma T, Yao K. An
educational lecture on the VSCS improves the accu- racy of magnifying endoscopy with narrow-band imaging for diagnosis of early gastric cancer and routine-practice VSCS-based ME-NBI helps main- tain diagnostic performance. Gastrointest Endosc- April 2012; 75 (Suppl): AB 280, DOI: 10.1016/j.gie. 2012. 03. 711 (DDW 2012, San Diego, 2012. 5.
20)
5.Rajvinder Singh, Nazree Nordeen, Jennie Y. Wong,
Jun Zhang, Jing Lv, Ming-Lun Han, Namasivayam Vikneswaran, Ping-Huei Tseng, Noriya Uedo, Wah Kheong Chan, Chi-Yang Chang, Rupa Banerjee, Dong Liu, Shiyao Chen, Yi-Chia Lee, Shobna J.Bhatia, Hyojin Park, Kohei Funasaka, William Tam, Kee Wook Jung, Cosmas Rinaldi A. Lesmana, Wen- Lun Wang, Lee-Guan Lim, Hwoon-Yong Jung, Mu- hammad Begawan Bestari, Kenshi Yao, Shiaw-Hooi Ho, Chong Vui Heng, Takafumi Ando, Khek-Yu Ho.
Narrow band imaging and white light endoscopy with optical magnification in the diagnosis of dys- plasia in barrett’s oesophagus: results of the Asia Pa- cific Barrett’s consortium. Gastrointest Endosc 2012; 75 (Suppl): AB 175-AB 176 (DDW 2012, San Diego, 2012. 5. 22)
6.Invited speaker: How to make a diagnosis of submu-
cosal invasion by standard endoscopy with dye- spraying method: the principles and the techniques (The 7 th Peking Early Gastric Cancer Teleconfer- ence, Fukuoka city, Japan, 2012. 7. 11)7.Invited speaker: A case with celiac disease in Japan
(The 4 th Korea Japan GI Teleconference, Fukuoka city, Japan, 2012. 8. 12)8.Ostsu K, Yao K, Matsunaga K, Nagahama T, Kane-
mitsu T, Yasaka M, Fujiwara S, Hirai F, Matsui T, Hanada T, Iwashita A, Uedo N. Lipid is absorbed by epithelial neoplasia (adenoma and early gastric can- cer) in the stomach: a novel finding. Endoscopy 2012; 44 (Suppl): A 88 (UEGW 2012, Amsterdam, 2012. 10. 24)―2 5―
9.Top Poster Prize, UEGW 2012: Fujiwara S. Yao K,
Nagahama T, Matsui T, Iwashita A, Uchida K. Can we make a correct diagnosis of minute gastric can- cer!5 mm: chromoendoscopy (CE) vs. magnifying endoscopy with NBI (M-NBI). Endoscopy 2012; 44 (Suppl): A 123 (UEGW 2012, Amsterdam, 2012. 10.21)
1 0.Hirai F, Takatsu N, Ohtsu K, Fujiwara S, Yao K,
Matsui T. Is CYP 3 A 5 genotype a predictive factor of trough level in Tacrolimus therapy for ulcerative colitis? Endoscopy 2012; 44(Suppl): A 284 (UEGW 2012, Amsterdam, 2012. 10. 22)1 1.Invited speaker: Development of e-learning system
for endoscopic diagnosis of gastric cancer: an inter- national multicenter trial: Global e-Endo Study Team (GEST) (25 The 5 th Nottingham Endoscopy Masterclass, Nottingham, England, 2012. 10)―2 6―
研究機関研究所近況
産学官連携研究機関 資源循環・環境制御システム研究所
資源循環・環境制御システム研究所の広報活動
資源循環・環境制御システム研究所 管理事務室 室長 田 代 幸 博
福岡大学産学官連携研究機関 資源循環・環境制 御システム研究所(略称:資環研)は若松区北九州 エコタウン実証研究エリア内に設立されて1 4年が経 過しました。当研究所は廃棄物の適正な処理やリサ イクル、あるいは環境浄化に関する研究を行ってい ます。
[研究所見学者]
資環研は「環境や廃棄物処理が見て分かる研究 所」として随時、外部の方の見学を受け付けており、
研究者、行政、学生、市民、企業等 日本全国、又、
世界各国から年間7 0 0名〜8 0 0名の方に見学に来てい ただいています。見学に来られる方々の分野はさま ざまであり、廃棄物に関しての質問をはじめとして、
広い環境関連の問題に関心を持たれた多くの方々か らの疑問に対応し、社会問題のソリューションの提 供にすこしでも役立てればと思います。
[2 0 1 2エコスクール]
又、北九州市民への環境教育の一環として、市民 環境セミナー「第4回福岡大学エコスクール」を開 催しました。2 0名の市民参加がありH2 4年5月〜1 1 月の全6回のセミナーを受講して頂きました。講義 の内容は、資環研の研究テーマを基本に、 「リサイ クルと水」の6回シリーズであり、北九州市民によ り身近な環境問題をテーマとしております。 「地球 環境と廃棄物」 「生ごみのコンポスト化」 。さらにH 2 3年1 1月に北九州市が国から指定を受けた、 「環境 未来都市」についてや、八幡東区東田で実施されて いる「スマートコミュニティー特区」の状況につい ても講義を頂きました。 又、 「エコタウン内工場」 「ウ オータープラザ北九州」や「ひびき灘ビオトープ(H 2 4年1 0月オープン) 」の見学会を実施しました。
北九州市民がごみ問題・資源枯渇・省エネ・水・
温暖化についての関心を持ち、それぞれの立場で少 しでも出来る範囲で行動をして頂く事を願っていま す。
[展示会]
研究所での研究成果や研究シーズを広く社会に 知ってもらい、その技術を実用化する事も重要です。
その機会の一つとして、いくつかの環境展示会への ブース展示を毎年行っています。
(NEW 環境展 東京ビッグサイト)は毎年5月 に開催され、4日間で1 7万人の来場者がある大規模 な環境展示会です。資環研もこの展示会への出展は 8回目となりますが、企業・研究者・自治体・大 学・福大
OB等多くの方がブースを訪問され、具体 的な相談があります。実際に受託研究に結び付いた ケースも多くあり、手ごたえのある展示会となって います。
(エコテクノ北九州)は1 0月開催され、九州では 最大の環境展示会で、北九州における研究所の活動 状況を北九州の企業・自治体等に知ってもらう良い 場となっています。
その他、市民向けの環境教育エベントとして、 (エ コスタイルタウン1 0月) (ひびき灘開発エコフェス タ1 1月)と家族で楽しみながら、環境を学ぶエベン トへのブース展示を行い、環境教育に一役買ってい ます。
資環研の広報活動は、ホームページ、ニュースレ ターの発行(資環研通信)等行っていますが、少し でも社会との接点を多くし、研究所で開発された技 術の実用化や、環境問題についての市民の関心の広 がりが進めばと思います。
―2 7―
[資環研見学者(市外) ] [2 0 1 2エコスクール]
佐賀県立高校 エコタウン風車見学
宮城県加美町議員 資環研施設見学
東京大学公共政策部 ウオータプラザ北九州見学
JICA 見学 響灘ビオトープ見学
―2 8―
―2 9―
研究機関研究所近況
産学官連携研究機関 加齢脳科学研究所
丹参製剤に関する予防薬学的研究
加齢脳科学研究所 ポストドクター 入 江 圭 一
薬学部准教授 三 島 健 一
はじめに
福岡大学の加齢脳科学研究所は、平成2 3年度より 福岡大学産学官連携研究機関として設立された。加 齢脳科学研究所は、高齢化における認知症をはじめ とする難治性疾患に立ち向かうために、疾患の先端 研究と予防薬学的知識を集結して、学際的研究を推 進する研究所である。本研究所の活動は、薬物によ る疾病予防や健康的長寿を達成することを目標の1 つとしている。本稿では、その一端として 丹参製 剤「冠元顆粒」の脳虚血性疾患に対する予防効果 について、加齢脳科学研究所での研究を通して得た 成果を報告する。
目 的
丹参製剤「冠元顆粒」は、中国で「冠心病治療薬」
として開発され、実際に心筋梗塞の治療薬として臨 床で使用されている「冠心
!号方」を改良した漢方 製剤である。冠心病治療薬として冠心
!号方には、
活血化淤を示す丹参を主薬とし、芍薬、紅花、川!、
香附子、木香を配合している。このため、同生薬を 含む冠元顆粒は、血流量を増加し、血流障害を改善 することが分かっており、日本では、高血圧症や更 年期障害などに対し、血液循環改善薬として使用さ れている。現在では、活血化淤作用以外にも、冠元 顆粒の抽出物が、一酸化窒素、過酸化物、水素ラジ カルの生成を抑制し、抗酸化作用を示すことが報告 されている。
脳虚血性疾患は、重篤な後遺症から要介護となる 原因の第1位(2 7%)となっており、予防効果の高 い虚血性脳疾患後の後遺症軽減薬の探索は、治療や 介護、医療費の問題から重要視されている。近年、
脳梗塞により壊死した神経組織周囲に存在する不完 全な虚血部位(ペナンブラ領域)の脳神経細胞を保
護することが予後に重要であることが分かっている。
ラジカルなどの炎症物質がペナンブラ領域を含む虚 血周辺部位で漸増し、そして再開通後に急増するこ とも証明されており、ペナンブラ領域における炎症 反応の抑制は脳虚血病態への新しいターゲットとな る可能性がある
1)。冠元顆粒の構成生薬はプロスタ グランジンの生合成を阻害し、マクロファージを活 性化させ、抗炎症作用を示すこと、血小板の凝集を 抑制し、血管拡張により抗血栓作用を示すこと、さ らに脳保護作用を示すこと
2,3)が報告されていること から、我々は冠元顆粒の脳虚血性疾患に対する改善 効果に注目した。そこで、本稿は、中大脳動脈閉塞 による脳梗塞巣に対する冠元顆粒の脳保護作用につ いて検討した結果を報告する。
1)脳梗塞に対する冠元顆粒の予防効果:
本実験は6週齢の
ddY系雄性マウス(紀和、和 歌山)を用い、福岡大学動物実験委員会(Experimen-
tal Animal Care and Use Committee)に準じて行った。また、冠元顆粒の脳梗塞に対する予防効果を検討す るために、中大脳動脈(MCA)閉塞を施したモデ ルを使用した。MCA 閉塞モデルは脳梗塞に有効な 薬物をスクリーニングする場合に使用されており、
MCA
を閉塞したマウスの脳には梗塞巣がみられる。
MCA
閉塞モデルは以下の手順で作製した。まず、
マウスに2%ハロタンを用い、吸入麻酔した。マウ スを麻酔下で手術台上に固定し、頸部の中央を切開 し、左側総頸動脈と外頸動脈を結紮した。総頸動脈 を切開し、塞栓子が中大脳動脈の起始部に到達する ように、内頸動脈と外頸動脈の分岐部から内頸動脈 を経由して9
"挿入した。MCA 閉塞後4時間目に 塞栓子を総頸動脈の方向に引き抜くことによって、
再灌流を行った。再灌流2 4時間後、脳を取り出し、
―3 0―
2
!ごとに分割した。分割した脳を生理食塩水に 2%(w/v)2、3、5‐
triphenyltetrazolium chloride(TTC)を加えた液で染色した。TTC 染色した脳 の赤く染まらない白色の部分を梗塞巣とし、その体 積を測定した。梗塞巣体積は、割面の写真から梗塞 巣面積を画像解析ソフト(ImageJ 1. 4 6)で測定し、
算出した。実験に使用した冠元顆粒は、イスクラ産 業株式会社(東京)から供給された。冠元顆粒は、
構成生薬として丹参を3 3. 3
"/#、芍薬、川!、紅花をそれぞれ1 6. 7
"/
#、木香、香附子をそれぞれ
8. 3
"/
#混合している。本実験は、これらの生薬を
1 0 0
%で1時間抽出した後に濾過し、蒸発、乾燥さ せて粉末状にしたものを蒸留水に溶解し、使用した。
1 4日間、マウスに1日1回冠元顆粒1 0 0
"/#、3 0 0
"
/
#を経口投与し、MCA 閉塞処置を行った後2 4
時間目に梗塞巣を測定した。その結果、1 4日間冠元
顆粒の3 0 0
"/
#を投与した群では、MCA 閉塞によ
り発現する梗塞巣の有意な減少を示し、冠元顆粒に は脳保護作用が認められた(図1) 。
2)脳梗塞後 HMGB1発現量に対する冠元顆粒の 効果:
HMGB1(High-mobility group box1)は、通常、
ヌクレオソーム構造を安定化する核内タンパク質と して働いているが、細胞の壊死に伴い核内から細胞 外へ放出される炎症性サイトカインである。MCA 閉塞後、HMGB1量が増加していることから、壊死 細胞からの
HMGB1の遊離は脳内炎症反応を惹起し、脳梗塞の形成に関与している可能性がある。そ
のため、脳梗塞の形成過程において、HMGB1は過 剰な炎症反応の媒介因子として注目されており、
HMGB1が脳梗塞治療のターゲットとなりうること
が報告されている
1)。
本実験は、冠元顆粒の
MCA閉塞後の梗塞巣形成 抑制作用に
HMGB1が関与することを確認した。実験は
MCA閉塞の2 4時間後にマウスを断頭し、取 り出した脳の線条体を摘出した。その後、分割した 脳を
Lysis buffer(TBS、EDTA、EGTA、Triton X ‐ 1 0 0、
Protease inhibitor cacktail for General Use Lyopilized so- lution)でホモジナイズし、遠心分離(4%
、1 5, 0 0 0
rpm、3
0
$)後に上清を採取してサンプルとした。
サンプルを
SDS-PAGEを用いて分離した後、PVDF メンブレンに転写した。サンプルを転写したメンブ レンに抗
HMGB1抗体(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, U. S. A.)を反応させ、続けて、
AP calor(BIO-RAD)を使用し、発色した。タンパク質の 発現量は、画像解析ソフト(ImageJ 1. 4 6)を使用し、
測定・算出した。その結果、MCA 閉塞を処置した 群は、sham 群と比較して、MCA 閉塞後の
HMGB1量が有意に増加した。冠元顆粒 (3 0 0
"/#)は、
MCA閉塞後の増加した
HMGB1発現量を抑制した(図2) 。
以上の結果から、冠元顆粒は虚血前1 4日間の連続 投与することで、4時間の
MCA閉塞処置によって 形成される脳梗塞巣体積を有意に減少させた。この とき冠元顆粒は、4時間の
MCA閉塞後、線条体で
増加した
HMGB1発現量を有意に抑制した。よって、冠元顆粒は、MCA 閉塞による脳梗塞に対し、
図1.MCA 閉塞により発現する梗塞巣に対する冠元顆粒の影響
―3 1―
抗炎症作用によって脳保護作用を示すことを明らか にした。
おわりに
今回、冠元顆粒が、脳虚血による脳障害を軽減し たことは、冠元顆粒の予防薬学的機能の一端を明ら かにすることとなった。今後のさらなる研究により、
冠元顆粒が加齢に伴い罹患の可能性が高くなる脳循 環障害の創薬シーズとしての可能性も期待できる。
これらの成果が、福岡大学産学官連携研究機関とし ての責務の一端を果たし、福岡大学内の各分野にお ける研究の礎になることを期待したい。
参考論文
1)
Fujioka M, Nakano T, Hayakawa K, Irie K et al: Neu- rol Sci. 33#: 1107-15 (2012)2)Pu F, Motohashi K, Kaneko T et al: J Pharmacol Sci.
109": 424-430 (2009)
3)
Pu F, Kaneko T, Enoki M, Irie K et al: J Nat Med. 64!: 167-174(2010)
図2.MCA 閉塞後の HMGB1発現量増加 に対する冠元顆粒の影響
―3 2―
図1.キマーゼ阻害活性の一次スクリーニング(in vitro)
研究機関研究所近況
ライフ・イノベーション医学研究所
キマーゼ阻害作用を示す機能性食品の研究開発
ライフ・イノベーション医学研究所長(福岡大学副学長) 内 藤 正 俊
研究推進部 教授 芳 賀 慶一郎
1.研究開発の経緯
平成1 3年9月に当時の麻生 渡福岡県知事の計ら いで福岡県のバイオ産業振興を意図した福岡県バイ オ産業拠点推進会議(通称、福岡バイオバレー)が 設立されて今日に至っている。本学の藤原 道弘副 学長が企画運営委員として活躍されている。その事 務局は株式会社久留米リサーチ・パーク(所在地は 久留米市百年公園1番1号;福岡県・久留米市・地 域企業の第三セクター)であり、文部科学省・都市 エリア産学官連携促進事業(一般型;平成1 5〜1 7年 度、発展型;1 8〜2 0年度)およびイノベーションシ ステム整備事業地域イノベーション戦略支援プログ ラム(平成2 1〜2 5年度予定)の中核機関ともなって いる。都市エリア産学官連携事業の展開中に当時の 久留米大学医学部・井上 浩義教授(旧・吉富製薬、
現・慶應大学医学部・教授)の発案で、福岡県工業 技術センター・生物食品研究所(所在地は久留米市 合川町1 4 6 5番5号)へ食材ライブラリーを構築しよ うという話が持ち上がった。生物食品研究所の同意 を得て、今では井上先生が世界中から収集された食 材および生物食品研究所保有の食材を集めて約1 0 0 0 種類の多様な食材が保管されており、この食材の 各々について、水、熱水、アルコール抽出物をスク リーニング用サンプルとすることが可能である。大 学・高専・公設試など、どこの研究機関でも良いの で興味ある研究シーズが見つかれば、その実験系に このライブラリーのサンプルを使って機能性食品の スクリーニングをするという意図であった。医薬品 企業であれば数万個以上の合成・天然化合物のライ ブラリーを有しており、医薬品開発のファーストス クリーニングとして定法となっているが、機能性食 品の開発を目的とした食材ライブラリーとしてはユ ニークな試みではないかと考えている。
福岡大学における産学官連携の研究シーズの一つ として、筑紫病院循環器内科・浦田 秀則教授は、
1 9 9 0年に約3 0
"のヒト心臓組織を利用して、ACE 阻害薬で抑制されない新しいアンジオテンシン
!産 生セリン酵素(ヒトキマーゼ)を抽出し(Urata et al.
JBC 1990)
、その後の臨床研究を含めてヒトキマー
ゼ阻害薬の開発を目指していた。薬品会社が開発し たキマーゼ阻害薬は臨床
!a試験で期待したほどの 効果が得られず、阻害薬研究の方向転換を迫られて いた。そのような時期であった平成2 1年に、キマー ゼ阻害作用を示す機能性食品の開発を先生にお勧め し快諾していただいた。平成2 2年度から浦田先生が 考案された
in vitro実験系でスクリーニングを開始 し、平成2 3年度からは生物食品研究所と共同研究契 約を交わして今でも研究開発を継続展開中である。
その結果、思いもよらず数多くの阻害活性を示す食 材を見出すことができた(図1) 。しかも、その中 には福岡県特産と言える食材も複数含まれていた。
2.キマーゼ阻害機能性食品
ヒトキマーゼはレニン・アンジオテンシン・アル ドステロン系(RAS)に属するセリン酵素であり、
―3 3―
全身臓器の間質組織中に存在する肥満細胞に含まれ ていて、各種刺激で細胞外へ放出され、組織レベル でアンジオテンシン!からアンジオテンシン"を産 生する(図2) 。食塩依存性高血圧とそれに伴う各 種臓器障害や動脈硬化・糖尿病・心血管のリモデリ ングなどを進展させることが基礎及び臨床研究で報 告されている。本研究は、福岡県産食品の需要拡大 や雇用増大・地域医療への貢献などを意図して、食 材の中でも福岡県産食品の中でキマーゼ阻害作用を 示し、先ずは食塩依存性高血圧に降圧作用を有する 成分を機能性食品として研究開発し実用化すること を目標とした。
高血圧の患者は全国で約4, 0 0 0万人存在するとい われているが、その多くは食塩の過剰摂取によるも のと考えられている。その治療法としては軽い高血 圧症には、カルシウム拮抗薬、アンジオテンシン変 換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシン"受容体 拮抗薬(ARB) 、利尿剤、
β遮断薬などが使われて おり、降圧医薬品市場は約1兆円にも上っている。
ACE
阻害薬や
ARBのような
RAS阻害薬は多くの 臨床試験で降圧効果や臓器保護効果が証明されてい るが、RAS の1員であるキマーゼは多くの心血管 疾患進展に関与する証拠はあるが、特異的阻害物質 は医薬品、機能性食品を含めて未だ臨床応用された ものは存在しない。特定保健用食品を含めた機能性 食品で降圧効果を謳う製品はサントリーのゴマペプ 茶、日本サプリのペプチドエース、理研のわかめペ プチドゼリーなど数多くの製品が販売されているが いずれもキマーゼ阻害作用は有しない。
機能性食品の開発はブームであり数多くの機能性 食品が市販されていて大きな市場を形成しているが、
臨床試験で明確に有効性を示したものはほとんど無 く、この分野は似非科学が横行していると言っても 過言ではない。そこで臨床試験で明確な有効性を示 す
Evidence-based medicineな ら ぬ
Evidence-basedhealthy food
の開発をミッションとした。実用化が
成功すれば高血圧及び高血圧が原因で発症する臓器 障害を予防することにより、大きな社会問題となっ ている医療費の高騰を抑制することが可能となる。
その次の段階として糖尿病、動脈硬化、脂質異常な どの生活習慣病に対しても予防・改善効果を検証で きれば、さらなる医療費抑制を測ることも可能とな る。将来的には安価な
Evidence-based healthy foodを活用した様々な疾患の予防・改善が、高価な医薬 品による治療に取って代わる時代の来ることを想定 している。
3.産学官連携体制
本研究開発の実用化には企業の参画が必須である ので、福岡市内の某中堅食品企業に加わってもらい、
産(食品企業)学(福岡大学)官(福岡工業技術セ ンター・生物食品研究所)の連携体制(図3)で平 成2 4年度の福岡県新製品・新技術創出研究開発支援 事業(育成支援型;4 0 0万円/年の最大二年間)へ の応募を支援した。頻繁に産官学で集まって、申請 書の作成からヒアリングの資料作成・発表練習を行 い、その甲斐あってか高い競争率であったにもかか わらず良い評価を受けて採択された。
既に浦田先生の
in vivo実験系でパイロット試験 ではあるが、食塩依存性高血圧マウスに対して降圧 作用を示す成績が得られており、鋭意、再現性・用 量反応性・既存薬との比較試験・治療投与試験など 図2.レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系
図3.産官学連携体制
―3 4―
の薬理試験についてデータ取得に励まれているとこ ろである。今後は薬理試験ばかりでなく活性成分の 分離・抽出・同定、安全性、製剤化、規格・安定性 などの非臨床試験を、企業、生物食品研究所と一緒 に共同研究で進めて臨床試験の準備を完遂し、地域 ネットワークを利用した二重盲検比較臨床試験で明 確な有効性を実証して
Evidence-based healthy foodとしての商品化を達成する計画である。ライフ・イ ノベーション医学研究所として、本研究開発を非臨 床試験から臨床試験、商品化まで今後も継続して積 極的に支援していく所存である。
―3 5―
図1 九州の活火山の分布(気象庁、2005)
研究機関研究所近況
産学官連携研究機関 国際火山噴火史情報研究所
国際火山噴火史情報研究所の活動内容
国際火山噴火史情報研究所長 理学部教授 奥 野 充
火山噴火史研究は、火山学の基礎的課題であるだ けでなく、アウトリーチや火山リスク評価など社会 還元のニーズも多岐に渡る。国際火山噴火史情報研 究所は、噴火史研究に関する情報収集と発信の拠点 として、国内外での調査研究を展開すると共に電子 博物館(データベース)を構築し、研究情報の共有 化・効率化を図っている。本稿では、この研究所の 活動内容について紹介する。
はじめに
2 0 1 1年3月の東日本大震災では、地震や津波が甚 大な被害をもたらし、この惨劇を目の当たりにした 多くの人々は、人間は巨大災害に対して無力である と感じたであろう。しかし、その1 0年前に、
Minouraet al .
(2 0 0 1)は、巨大地震の発生周期から、この地
域が近い将来津波に襲われる可能性があることを指 摘していた。このことは、研究成果が一般市民や行 政に正確かつわかりやすく伝達されていれば、より 多くの人命や財産が守られた可能性があったといえ よう。
九州には雲仙、阿蘇、霧島、桜島などの活火山が 多く分布しており(図1) 、地震と同様に火山噴火 が考慮すべき巨大災害の要因であるといえる。自然 災害に立ち向かい、自然と共に暮らす私たちには、
火山についてのより深い理解とその知識の共有が求 められている。一方、これらの火山は、国立公園の 大切な要素にもなっており、観光資源としても大き な恵みを与える。最近では雲仙火山を中心とした島 原半島が、ユネスコの「世界ジオパーク」に日本で 初めて選ばれている。九州の象徴ともいえる火山を 総合的に研究・情報化し、社会に還元することを目 的として、産学官連携研究機関・国際火山噴火史情 報研究所が2 0 1 2年4月に設置された。この研究所に は、学内から理学部、工学部、総合情報処理センター、
学外からも鹿児島大、島原半島ジオパーク事務局や 企業の研究者が参加し、 「噴火史研究」 「電子博物館 の構築」 「アウトリーチおよび防災研究」 の3グルー プを構成し、それらが連携して活動している。ここ では、この研究所の活動内容について紹介する。
噴火史研究
噴火史研究は、過去の火山噴火の産物である噴出 物(溶岩やテフラ)の積み重なりや地形にもとづい て火山活動の履歴を復元するもので、火山学の基礎 的課題であるばかりでなく、噴火災害の防止・軽減
―3 6―
図2 データベースの概念図
(Okuno
et al.,2012;奥野ほか、2012)
のための基礎資料にもなる。
この研究所では、九州の火山のほか、科研費によ る助成を受け、米国アラスカ州、アリューシャン列 島のアダック島やフィリピン・ルソン島での調査研 究を実施している(奥野、2 0 1 2) 。フィリピンの研 究では、 鹿児島大学地域防災教育研究センター、 フィ リピン国立火山地震研究所(Philippine Institute
of Volcanology and Seismology; PHIVOLCS)との3者間で「ルソン島におけるテフラ・ネットワークの構 築(Establishment of Tephra Network in Luzon Island)」
と題した研究協定(MOU)を結んでいる。2 0 1 3年 度からは、インドネシア・バリ島で、火山噴火史と 関連する地熱資源のポテンシャルを評価する研究を 進めるため、本学のアジア圏協定校であるガジャマ ダ大学(Gadjah Mada University)との共同研究を計 画している。このように、噴火史研究を中心として、
防災や地熱資源までカバーする研究を国際的に展開 している。
電子博物館(データベース)の構築
火山に関するデータベースは、気象庁や産総研な どにより既にいくつか構築・運用されている。この 研究所では、過去の研究データの収集を目的とした 既存のデータベースとは異なり、現在進行中の研究 データを同時にデータベースに蓄積するシステムを 指向している(図2;Okuno et al .,2 0 1 2;奥野ほ か、2 0 1 2) 。例えば、大学では研究者によるデータ のみならず、 卒論や修論などの研究においても、 デー タは逐次生産されるので、これらをリアルタイムに 蓄積するシステムが重要であると考えている。また、
ICT(Information and Communication Technology)基
盤技術の普及を背景に、研究者だけでなく、広く一 般市民からのデータを取り込む仕組みも考えている
(鶴田ほか、2 0 1 2;鳥井ほか、2 0 1 2) 。これまでの データベースでは、構築・運用に非常に大きな人 的・資金的な資源が投入されて来たが、ここでは、
ICT
基盤技術を活用して、できる限り重複を避け、
省力的に運用するシステム開発を考えている。
このデータベースは、学術的発信の拠点ともなり、
これを活用した学術誌「Eruptive History and Informat-
ics」の出版も計画している。この学術誌は、国際誌を指向している。そのための編集委員会を立ち上
げるべく、2 0 1 2年5月2 3日に地球惑星科学連合2 0 1 3 連合大会(千葉・幕張)で、山形大、福島大、名古 屋大、熊本大、鹿児島大、産総研などの研究者(計 1 4名)が参加して打ち合わせを行った。なお、この データベースは、アウトリーチや防災といった社会 還元への利用も期待され、他の2つのグループを結 びつける重要な役割を担っている。
アウトリーチおよび防災研究
このグループは、噴火史研究の社会からのニーズ に直接応える部門である。データベースを基礎とし て、ジオパークなどの教材としての活用をめざして いる。アウトリーチとしての博物館にも関心を持っ ており、国内外の博物館の状況も随時リサーチして いる(例えば、藤木、2 0 1 2)。また、先の学術誌(英 文)とは別に、九州の火山ごとの「モノグラフ」(和 文)の刊行も計画している。研究所主催の公開シン ポジウムも積極的に企画しており、2 0 1 2年6月1 6日 には第1回「国際火山噴火史情報研究所は何を目指 すか?」を、1 2月1 6日には第2回「研究支援と学術 情報の社会還元を目的とした
NPO法人」を予定し ている。第1回では、韓国・梨花女子大の金奎漢名 誉教授にも基調講演をいただいた。今後、年2回の ペースで研究集会を開催する予定であり、2 0 1 4年秋 には、本研究所がホストとなって日本火山学会・秋 季大会も開催する予定である。
この研究所の活動を、本学での教育機会を活用し 還元することも考えている。まずは、総合系列科目
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「火山噴火史情報学入門」を2 0 1 3年から開講するこ とが決まっている。さらには、雲仙火山を中心とし て公開講座も開設し、一般市民に向けても発信する ことにしている。
おわりに
本稿では、この研究所の活動内容について駆け足 で紹介して来た。噴火史研究による情報生産、そし て、情報科学による加工・管理を理工連携で推進し、
国内外に広く発信したい。研究活動は、まだ始まっ たばかりであるが、来年度からの予算を獲得すべく、
研究所のメンバーが科研費にも積極的に申請してい る。ひとつでも多くの採択を得て、本研究所の活動 が推進されることを期待している。これからの活動 の詳細は、http://www.acrifis-ehai.fukuoka-u.ac.jp/EHI/
や
http://www.facebook.com/EHAIReseachCenterも 参 照してほしい。
謝辞:研究所の関係各位には、活動推進にあたりた いへんお世話になっている。藤木利之、鳥井真之の 両氏からのコメントにより本稿は改善された。記し て謝意を表します。
引用文献
藤木利之(2 0 1 2)パリ国立自然史博物館を見学して.
福岡大学研 究 推 進 部 ニ ュ ー ス&レ ポ ー ト「Re-
search」, 17(3), 8-9.気象庁(2 0 0 5)日本活火山総覧(第3版) ,6 3 5
p,CD-ROM
付.
奥野 充(2 0 1 2)テフラ編年学の多様な役割:フィ リピン,中国,韓国,日本,アリューシャン列島 の研究例.第四紀研究, 51, 275-284.
Minoura, K., Imamura, F., Sugawara, D., Kono, Y. and Iwashita, T. (2001). “The 869 Jo¯gan tsunami deposit and recurrence interval of large-scale tsunami on the Pacific coast of northeast Japan”. Journal of Natural Disaster Science, 23(2), 83-88.
奥野 充・鳥井真之・西園幸久・稲倉寛仁・小林哲 夫(2 0 1 2)九州の活火山データベースで何を目指 すか?.月刊地球, 34, 273-276.
Okuno, M., Tsuruta, N., Nishizono, Y., Torii, M., Inakura, H., Kobayashi, T. and Members of the International
Research Center for Eruptive History and Informatics (2012) Design for hybrid database system for vol- canological research and outreach program on eruptive history. The 1st Workshop of Asia-Pacific Region Global Earthquake and Volcanic Eruption Risk Man- agement (G-EVER 1) , Abstract Volume, Open-File Re- port of Geological Survey of Japan, no.557, 140.