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平成 25 年度核兵器廃絶市民講座「核兵器のない世界を目指して」 主催

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(1)

<活動報告>

平成 25 年度核兵器廃絶市民講座「核兵器のない世界を目指して」

主催 :核兵器廃絶長崎連絡協議会(PCU-NC) 共催:核兵器廃絶研究センター(RECNA)

場所:国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館 交流ラウンジ 事前申込不要 / 受講料無料

第 1 回 「核兵器の非人道性』オスロ会議の報告」

講師:朝長 万左男 (長崎原爆病院 院長、RECNA 客員教授) 日時:2013 年 4 月 11 日(木)18:00-20:00

講義をする朝長万左男教授 会場の様子

平成 25 年度核兵器廃絶市民講座の第 1 回目の講座は、今年 3 月にオスロ(ノルウェー)で開催さ れた「核兵器の人道的影響に関する国際会議」に日本政府団の一員として参加された朝長先生 による講義でした。

朝長先生の報告によると、オスロ会議には核保有国であるインド、パキスタン、また、核拡散が懸 念される中東のイラン、エジプト、ヨルダンなどを含む 127 ヵ 国の政府代表団と国連をはじめとす る国際機関が参加したそうですが、核不拡散条約(NPT)上の 5 つの核兵器国(P5)(アメリカ、ロシア、

イギリス、フ ランス、中国)、そして、イスラエル、韓国は参加しなかったそうです。

「核兵器の人道的側面」に特化した歴史的国際会議では、短・長期的 に甚大な被害をもたらす核

兵器の使用において、主に『人道上の影響』『開発・経済・環境への影響』『被害者への備え』の 3

つに焦点をあて、専門家によるプ レゼンテーションとディスカッションが行われたそうです。

(2)

その中で朝長先生は「核兵器の爆発による即時の人道的影響」のセッションでヒロシマ・ナガサキ の原爆による直後から現在に至る人体影響について講演され、被ばく量と遺伝子変異から生じる 病気のメカニズムを説明し、核兵器が遺伝子標的兵器であることを強調されました。

講座には約 90 名が参加しました。

(3)

第1回 「核兵器の非人道性」オスロ会議の報告(2013年411日)

講師/長崎原爆病院院長・RECNA客員教授 朝長万左男

2013

3

4、5

日にノルウェーのオ スロ市で開催されたノルウェー外務省主 催のオスロ会議「

Humanitarian Impact of Nuclear Weapons

(核兵器の人道的側 面への影響) 」に出席し、日本政府代表、

非核特使として

20

分間の講演をした。

127

か国から各

4

5

人の代表団のほか、

国連機関や

NGO

、宗教団体などから約

500

人が出席する、核兵器を人道的な側 面から検討する初の大規模な国際会議と なった。

ノルウェーのアイデ(

Eide

)外務大臣は冒頭演説で、冷戦終結後から

20

年を経た今も核 兵器は存在し、保有しようとする国は後を絶たず、さらに、テロ集団が核爆弾を入手する 危険があるという厳しい現実を指摘し、人類にとってこの状況を解決することは政治的な 最優先課題であり、核爆発によってもたらされる被害の実態を知ることが、本会議の趣旨 であると説明した。五大核保有国(

5P

)は会議に参加しなかったが、いわゆる核の傘に入 っている

NATO

諸国からはほぼ全ての国が出席し、日本も被爆医療専門家の私と日本原水 爆被害者団体協議会(被団協)の田中煕巳氏を含む代表団を送った。このほか、核兵器保 有国であるインドとパキスタンに加え、核拡散が懸念される中東からはイランが出席する など

127

か国が集い、招聘された専門家による講演が

2

日間にわたって行われた。

セッション1「核爆発の即時的影響」

セッション

1

では、イギリスやノルウェーの研究所に所属する研究員の専門的な発表が 行われ、私も広島、長崎の原爆による人体への影響について、次のような講演を行った。

至近距離で被爆すると骨になってしまうが、一番悲惨だったのは、即死せず重症の火傷

を負った人々だった。加えて、放射線の影響があった。初期の影響としては、脱毛があげ

られる。最大の標的となった臓器は骨髄で、放射線の影響により骨髄が空っぽになり、腸

の粘膜が剥げて出血し、強い下痢を起こして多くの人が亡くなっていった。

2

3

年して白

血病が多発し、その後ある程度治まるが、

1970

年前後には固形がんの増加が始まる。近距

離被爆者は、多重がんになる確率が抜き出て高く、原爆病院にも毎年約

600

人の被爆した

がん患者が入院してくるが、このうち約

7

%が多重がんで、多い人となると、

5

番目のがん

による入院である。これは、全身の細胞が放射線を受けている結果であろう。固形がんの

発症は、現在も続いている。被爆者が依然として固形がんになり、第二の白血病といわれ

(4)

る 骨髄異形成症候群(MDS)を起こしているということは、彼らの体の中に、がんや白血 病をおこしやすいDNAの変化が起こっているということである。臓器には、生まれた時か ら備わった幹細胞というものがあり、この細胞が常に新しい細胞を供給している。まだ完 全に証明されたとは言えないが、がんなどが生涯持続する理由は、幹細胞の

DNA

が損傷し ているからではないか。これが、精子や卵子にも起こっているとすると、被爆

2

世にも影 響が出る可能性がある。

もう1つの問題は、被爆者への精神的な影響である。

1990

年に

WHO

が質問票を使って 精神的な影響を測る方法(

GHQ

)を開発し、原爆後

50

年にしてやっと、精神的な影響の 調査ができるようになった。この方法で被爆者約

7000

人を調査したところ、原爆の急性症 状があった人、家族を失った人、がんになったことがあるという人は、非常にスコアが高 く、一部にはうつ病や心的外傷後ストレス障害(

PTSD

)が見られた。核兵器は、遺伝子を 標的とする兵器であるとともに、生涯にわたって精神的な影響をもたらす。医者の目から 見ると、核兵器は最悪の疫病であり、しかも治療法がないのである。

セッション2「爆発の中長期的また地球規模の影響」

セッション3「爆発への備え」

セッション

2

では、国連機関や、核戦争防止に関わる団体などの専門的な発表が行われ た。このうち、核戦争防止国際医師会議(

IPPNW

)の共同会長ヘルファンド(

Helfand

) 博士は、インドとパキスタンとの局地的な核戦争を想定したシミュレーションを発表した。

インドとパキスタンが、広島、長崎級の核兵器を

100

発程度打ち合ったとすると、

2000

万 の死者に加え、放射性物質による広範な汚染が起こる。また、建物の崩壊などによってす さまじい量の煙と煤が上空に舞い上がり、成層圏まで達して太陽光線を遮断する。これを きっかけに

1.8

℃気温が低下することによって、農業が破綻し、

10

億人規模の餓死者が発 生するというシナリオを示した。

セッション

3

では、国連機関や各国の放射線防護委員会関係者などが発表を行った。赤 十字国際委員会(

ICRC

)の マリック(

Malich

)主任は、核戦争を生き延びるためにシェ ルターを作っても、最初の一撃には耐えられるが、長期的に農業が破壊されるために、一 定期間が経つと食料供給が途絶え、結局皆死ぬことになる。このため、実際はシェルター を作った国はないと述べた。ルーマニアの放射線防護委員会のビシュー(

Baciu

)博士も、

核兵器の放射線を防ぐ術はなく、唯一の対策は予防であると語った。

オスロ会議のまとめ

いずれの講演でも、専門家の立場から核爆発に対する緊急対応はほぼ不可能だというこ とが強調された。これらの詳細は、ノルウェー外務省のホームページから見ることができ る。

http://www.regjeringen.no/en/dep/ud/selected-topics/humanitarian-efforts/humimpact

(5)

_2013.html?id=708603)

セッションごとに

15~20

か国ぐらいの代表が

3

分程演説をするが、その大半は、核爆発 のもたらす非人道的結末に対する認識を新たにし、根本的な解決は核兵器の核廃絶以外な いというものだった。インド代表やイラン代表も、核兵器の非人道性を認める発言をして いる。会議の終了間際には、メキシコが、近い将来フォローアップ会議を引き受けるとい うことを表明し、満場の拍手で迎えられた。

アイデ議長は閉会演説で、会議を通じて浮かび上がってきたことを次のように総括した。

まず、核爆発により一瞬で引き起こされる人道上の危機に対して、いかなる国家や国際団 体も十分に支援することはできないということ。また、支援を事前に準備しようとする試 みも恐らく不可能であること。さらに、広島、長崎や数々の核実験の経験から、核兵器の もたらす壊滅的な影響が明らかになってきたが、冷戦が終結しても、核兵器の潜在的な脅 威は変わらず存在し続けているということ。たった一回の核爆発であっても、戦争や誤爆、

テロなどの原因を問わず、地球的規模で重大な影響を与えるのである。

オスロ会議全体としては、核の非人道性を認めるコンセンサスが形成された。しかし、

今後どのように進むべきかということについて、具体的な取組みを提案する国は見られな かった。これは、核兵器の 非人道性から非合法 化に向かう難しさを示していると言える。人道 法の枠組みの中で、核兵器の非合法化をいかに 進めていくのか。

5P

が唱え、また、日本のよう に段階的に核軍縮をしつつ、究極的な核兵器廃 絶を目指す国々を束ねる枠組みとして現在の

NPT

体制があるが、体制内の動きとともに、そ の外側で今回の国際会議のような新しい潮流 が生まれてきたのは、歴史的に意義深いことで ある。しかし、その潮流の具体的な方向性は、まだ見通せない。非人道的兵器である核兵 器の必要悪としての役割に、とどめを刺さなければならない。次回のメキシコが開催する フォローアップミーティングで、具体的な方向性が出てくることを期待したい。

(写真キャプション)

・市民講座の会場風景

(6)

2

回 核兵器廃絶市民講座 「NPT 再検討会議第

2

回準備委員会から見えてきたこと」

講師:中村 桂子 (RECNA 准教授) 日時:2013 年

6

29

日(土)13:30-15:30

講義をする中村 桂子准教授 会場の様子

2

回目となる平成

25

年度核兵器廃絶市民講座が

6

29

日(土)、国立長崎原爆死没者追悼平 和祈念館 交流ラウンジにて行われました。

講師を務めた中村桂子准教授は、今年

4、5

月に傍聴した核不拡散条約(NPT)再検討会議第

2

回準備委員会について、核兵器の非人道性に関する

80

か国共同声明をめぐる議論や中東非大 量破壊兵器地帯の設立に向けた動きなど、注目すべき点を報告しました。

講座には約

50

名の市民が集まり、活発な意見を交わしました。

(7)

第 2 回 「NPT 再検討会議第 2 回準備委員会から見えてきたこと」(2013 年 6 月 29 日)

講師/RECNA 准教授 中村桂子

核不拡散条約(NPT)再検討会議第 2 回準備委員会とは

国連欧州本部で

4

22

日から

5

3

日にかけて開催された今回の会議は、

2015

年の

NPT

再検討会議に向けて

3

回開かれる準備委員会の

2

回目である。 加盟国の半数強にあたる

106

カ国や

53

の NGO 団体が参加した。

NPT

はその名前の通り、核兵器保有国が今以上に増えることを防ぐことを目的に作られ た条約である。加盟国は

190

カ国(2003 年に脱退表明した北朝鮮を含む)にのぼる。NPT はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の

5

カ国を「核兵器国」、それ以外を「非 核兵器国」と定め、前者には核軍縮に向けた交渉を誠実に行うことを義務付け、後者には 核兵器の開発や取得を禁止している。また、条約加盟国には核エネルギーの平和利用の権 利を認める条約でもある。この「核軍縮」

「核不拡散」 「核エネルギー平和利用」と いう

3

つの柱を加盟国が順守しているか どうかを確認し、さらなる前進の方途を 探るのが

NPT

の再検討プロセスの目的で ある。会議には各国政府代表だけではな く、さまざまな国際機関の代表や専門家、

市民社会のメンバーらが参加する。多様 な立場の人々が日々刻々と変化する状況 の中で動き回り、駆け引きや交渉を行う。

まさにその最前線の場の国際会議である。

核兵器の非人道性をめぐる議論の進展

今回の会議の注目点は

2

つある。1 点 目は、核兵器の非人道性をめぐる議論の 広がりである。これまで核兵器をめぐる 国際的な議論は、核保有国が主導する、

軍備管理・安全保障アプローチからなさ

れてきた。核兵器に依存して国家の安全

を守るという政策を維持しつつ、漸進的

に核兵器を削減していこうというもので

ある。この議論の流れを大きく変えよう

(8)

としているのが人道アプローチで、核兵器は非人道兵器であり二度と使用されないために は完全廃棄しかないという立場から、核兵器を全面的に禁止する国際条約の制定を目指す ものである。

核兵器の非人道性を世界に訴えてきた被爆地の視点からは、 「今さら何を」と思うのも当 然であろう。しかし非人道性の話が国際的に焦点化したのは

2010

年の

NPT

再検討会議で あった。最終文書の中で初めて核兵器の非人道的性格が言及された。これを受け、2012 年 の第

1

回準備委員会(ウィーン)では

16

カ国が賛同して「核軍縮の人道的側面に関する共 同声明」が出された。声明は、核兵器の非人道性を根拠に、すべての国家が核兵器の非合 法化に向けた努力を強めるべきであると明記した。この

5

か月後には、ほぼ同じ内容の共 同声明が

34

カ国の賛同を得て、軍縮・安全保障問題を議論する国連総会第

1

委員会に提出 された。日本は、核の傘に依存する自国の安全保障政策と矛盾するとの理由から、この二 つの共同声明に賛同しなかった。核保有国や核の傘依存国が消極姿勢を見せる一方で、ノ ルウェーやスイスなどを中心に非人道的アプローチを前進させる努力は継続された。2013 年

3

月には核兵器の非人道性に関する初めての国際会議がノルウェーのオスロで開催され た。

このような新たな国際気運の盛り上がりの中で今回の第

2

回準備委員会は開催された。

注目されたのは、3 度目となる共同声明の行方であった。4 月

24

日、南アフリカのアブド ゥル・ミンティ大使が、74 カ国を代表して「核兵器の人道的影響に関する共同声明」を発 表し、賛同国は最終的に

80

カ国になった。声明の内容は過去

2

回のものから大きく様変わ りしていた。核兵器禁止条約の議論につながる「非合法化」という文言は消え、あくまで 核兵器使用の非人道性のみに言及することで、賛同国の拡大を狙ったといえる。国際的に 発言力を持ちうる核の傘依存国(日本、オーストラリア、韓国や

NATO

非核兵器国)にタ ーゲットに絞ったとみられるが、内容を弱めたにも関わらず、日本も含め、核の傘の下に ある国々の賛同状況にはほとんど変化がなかった。

日本政府の不賛同の理由は、「核兵器が二度といかなる状況下においても(under any

circumstances)使用されないことに人類の生存がかかっている」という、この「いかなる

状況下においても」という3文字に抵抗を示したためであったと見られている。どのよう な状況においても核兵器を使用しないということが、日本の核の傘政策と相容れないとい う主張である。一方、日本政府が不賛同の結論を出すまでには紆余曲折があったと見られ ている。本会議場では、声明を発表する予定の南アフリカ大使を日本政府の関係者が囲み、

直前まで熱心な議論が交わされていた。声明の出た翌日に日本政府は、将来、同じテーマ の声明に対し賛同する可能性を真剣に検討すると発言し、次回の賛同に含みを持たせてい る。

非人道性への不賛同は、被爆国日本が自ら身を置く矛盾した状況を明白に示した事例で

ある。 「いかなる状況においても」ということに反対することは、特定の状況では核兵器を

使用して良いと認めたことになる。南アフリカのアブドゥル・ミンティ大使は、核兵器が

(9)

存在し、誰かが持ちたいと思うこと自体が次なる拡散の危険を生むと述べ、自国の安全の ために核兵器がない方が良いと主張している。日本政府は、声明に賛同しないという行為 を通じて、核兵器が日本の安全の為に価値があるというメッセージを世界に発信したに等 しい。これには、 「あなたにとってそれほど重要な核兵器なら、私達も欲しい」という論理 を止める力がない。核兵器を有する新たな国が出現する危険性は常に存在し続ける。つま り、日本が安全を求めて核兵器に依存すればするほど、日本にとっては危険な状況になる という矛盾した状況に陥るのである。会議中、イランの大使が名指しで日本を批判すると いう局面があったが、日本の矛盾した態度が、被爆国が本来持っているはずの道義的な権 威を失い、反発を生む要因になっているとは言えないだろうか。2013 年

10

月の国連総会 第

1

委員会で再び核の非人道性に関する声明が出される可能性があるが、この際に「いか なる状況においても」という言葉が削られるか否か、あるいは違う内容の文章が出てくる のかどうかという点に注目したい。

中東非核・非大量破壊兵器地帯の設立に向けた進展

もう一つ、2015 年

NPT

再検討会議 に向けた道筋の成功を左右する要素に、

中東の問題がある。世界の非核兵器地 帯の中で、唯一国連にバックアップを 受けてスタートを切ったのが中東の非 核・非大量破壊兵器地帯である。NP Tの無期限延長が決まった

1995

年に、

中東に核兵器のみならず生物兵器、化 学兵器も含めた非核・非大量破壊地帯 を作るという国際合意がなされた。そ

の後、進展は見られなかったが、

2010

年のNPT再検討会議で、2012 年内にこの非核・非 大量破壊兵器地帯を設立するための会議を開催することが決定した。しかし、現在に至る まで会議は招集されず、開催日程の目処も立っていない。この原因の一つは、イスラエル にある。イスラエル以外の地域国家はこの会議に参加する姿勢を示したが、この地域で唯 一の核兵器保有国であるイスラエルは参加を表明せず、同国と密接な関係にあるアメリカ が会議の中止を発表した。これに対する地域国家の怒りが爆発したのが、第2回準備委員 会の大きな特徴の一つだった。

実際に核を保有するイスラエルに対しては甘く、確証がないイランに対しては厳しいと

いうアメリカのダブルスタンダードにアラブ諸国が根深い不満を抱く中で、中東会議を進

展させようという努力がなされてきた。しかし遅々として進まない状況に受け、ついにエ

ジプトは、準備委員会の会議をボイコットする、という行動に出た。エジプト政府代表が

(10)

怒りのスピーチをし、そのまま代表団全員が席を立って会場を後にしたのである。中東の 問題は、マグマのように溜まった怒りが噴出している状態であり、2015 年に向けて大きな 影響を与えるだろう。

2014

4

月から

5

月にかけてニューヨークで開催される第

3

回準備委員会では、今回と

同様、核兵器の非人道性に関する声明と中東の問題の

2

点が大きな注目点である。2014 年

でどれほど準備ができるかが

2015

年の

NPT

再検討会議の成否を占うという意味で、重要

な時期に差し掛かっている。NPT 再検討会議の準備委員会そのものは一つの国際会議に過

ぎないが、この会議を通じて、世界が直面する核問題が凝縮して見えてくる。日本の安全

保障として私たちがどのような道を選ぶべきなのかということを、この

NPT

の議論の場を

通じて見直していくことができるのではないだろうか。

(11)

3

回 核兵器廃絶市民講座 「オバマ大統領の宿題」

講師:梅林 宏道 (RECNA センター長) 日時:2013 年

7

20

日(土)13:30-15:30

講義をする梅林 宏道センター長 会場の様子

3

回目となる平成

25

年度核兵器廃絶市民講座が

7

20

日(土)、国立長崎原爆死没者追悼平 和祈念館 交流ラウンジにて行われました。

講 師を務めた梅林宏道センター長は、米国オバマ大統領の

2009

年プラハ演説における「核兵器 を使用した唯一の核保有国として合衆国には行動する道義的責任 があるという」 という発言を

「オバマ大統領の宿題」と呼び、その現状とそれに対する考え方について、6 月

19

日のベルリン演 説や同日の核政策文書を中心の話題としながら 講義しました。

講座には約

60

名の市民が集まり、「核抑止論の質的変換」及び「核の非人道性に関する世論の

高まり」について考えを深めました。

(12)

第3回 「オバマ大統領の宿題」核兵器廃絶市民講座(2013年720日)

講師/RECNAセンター長 梅林宏道

オバマ大統領のベルリン演説

2009

年にプラハでオバマ大統領は、選挙時の公約でもあった核兵器の問題について、感 動的な演説を行った。私たちの心に強く残っているのは、 「核兵器を使用した唯一の核保有 国として合衆国には行動する道義的責任がある……信念を持って、米国は核兵器のない世 界の平和と安全を追求すると誓約をする」という言葉である。これは、彼が抱える大きな 人類に対する責任であり、宿題であるといえる。本講座では、今一度この宿題を整理し、

現状をどう捉えれば良いのかを考えたい。

プラハ演説には、既に限界が示されていた。例えば、核兵器がある限り、アメリカは最 強の核兵器国として存在すると述べられ、他の国々の核軍縮の機運を高めるものにはなっ ていないということ。また、ロシアとアメリカとの関係においては、ヨーロッパへのアメ リカのミサイル防衛配備計画に基本的な変更がないことが述べられていた。これは米ロの 核兵器削減が進むための大きな困難を予測させた。

このような中、

2013

6

19

日にベルリ ンのブランデンブルグ門で、

2

度目の本格的 な核兵器に関する演説が行われた。この中で は、 「正義を伴う平和は核兵器のない世界の安 全保障を追求することを意味する―それがい かに遠い夢であろうと」と述べられている。

実現が難しいとしつつも、 「正義を伴う平和」

という言葉で核兵器のない世界の意味を位置 づけたことは、評価すべき点である。また、

「正義を伴う平和」という文脈の中で、 「配備戦略核兵器を最大3分の1削減したとしても、

米国と同盟国の安全保障を確かにし、強力かつ信頼性のある戦略的抑止を維持することが 可能」と結論づけ、冷戦時代の核体制を乗り越えるためにロシアとの交渉による削減を追 求することを表明した。つまり、米ロ関係の中では最も重要な兵器である配備戦略核を、

2011

年に発効した新

START

(米ロ戦略兵器削減条約)の目標値よりも更に

3

分の

1

減ら すというものである。

プラハ演説と以降発表されたオバマ政権の核兵器政策の方針文書を踏まえ、核弾頭の削

減プランについて複数の情報が流れていたが、蓋を開けてみると最も消極的な選択がなさ

れたというのが、今回のベルリン演説だった。オバマ大統領が置かれている米国内事情が

いかに困難なものであるかを窺うことができる。

(13)

オバマ政権の選択

今回のオバマ政権の選択について、今少し考えてみたい。ベルリン演説と同日に、大統 領の核使用戦略と呼ばれる非公開の政策文書が発表された。その文書は、オバマ政権が初 めて出す核兵器に関する大統領指針であり、これに基づいて国防総省あるいは軍が核兵器 使用計画を作成することになる。これは、

2002

年以来

11

年ぶりに大統領が初めて新しい 核兵器政策を出し、これによりアメリカの核政策の本当の変化が始まるということを意味 している。しかしながら、わずかな量の削減しかできなかった理由には、新

START

による 削減をオバマ大統領が進めることに、アメリカ国内に強い抵抗があったことがあげられる。

START

の批准の際にアメリカ議会がつけた諸条件は、アメリカ社会がいかに核兵器に重

点を置いているかを示すものだった。一方ロシアも、アメリカが進める

NATO

(北大西洋 条約機構)へのミサイル防衛政策に激しい抵抗を示すとともに、核兵器の近代化に強く固 執している。米ロとも、核兵器の近代化を条件に新

START

が発効したのである。

6

19

日の大統領指針には、現在の核の脅威に対するアメリカの認識が簡潔に整理され ている。まず「最も差し迫った極限的危険は核テロリズム」であり、次に差し迫った脅威 は「とりわけイランと北朝鮮による核拡散」である。最後に、 「ロシア及び中国との戦略的 安定性という慣れ親しんだ課題」があるとしている。しかし、核テロリズムに対しては、

核弾頭を持っていても何の役にも立たない。また、イラン、北朝鮮に核が拡散しようとし ているのが事実であったとしても、このために多くの核が必要になるわけではない。むし ろ、アメリカやロシアが、核兵器が自国の安全保障に必要だと言い続ければ言い続けるほ ど、同じように他国にも核が必要だという議論が合理化される。核を思い切って大幅に削 減する方向が目に見える方が、核拡散防止に有効だというのが説得力のある議論である。

1

番目、

2

番目の問題はともに核の脅威ではあるが、それは核兵器の維持・強化が必要だとい う主張に帰着しない性質のものである。最後の問題だけが、これまでの古い核抑止論の議 論の延長線上にあり、核兵器を保有し続ける大きな要因となっている。

このように、米国の核兵器政策には根本的な政策の矛盾がある。新指針も、結果的には 昔ながらの核抑止論を踏襲したと言わざるを得ない。

新指針から、核弾頭の削減に関係ある重要な 部分を拾ってみたい。まず、「核不拡散条約

NPT

)に加盟しかつ不拡散義務を遵守してい

る非核兵器国に対しては核兵器の使用も、使用

の威嚇も行わない」という部分である。核のタ

ーゲットは

NPT

に非加盟国と核兵器保有国に

なることを意味する。これは「クリーンな消極

的安全保証」政策と呼ばれ、オバマ政策の最も

重要な部分である。次に、アメリカは「潜在的

(14)

敵国に対する相当な対戦力能力を維持することを求めている」という部分である。対戦力 というのは、核攻撃の目標を都市や都市のインフラにはおかず、相手の軍事施設などの戦 力に置くという意味である。このメッセージは、アメリカが保有する核兵器の量を決める 重要な指針になる。最後に、ブッシュ政権がとってきた迅速対応戦力という予備戦力の考 え方をオバマ政権も今後しばらくは採ると述べている。戦略兵器に限っても全体の弾頭数 の大きな部分を予備が占めているが、予備に関する新政策は打ち出されなかった。また、

戦略核には大陸間弾道弾、潜水艦発射弾道弾、爆撃機という

3

本柱があるが、それもこれ まで通り維持すると明言している。

核兵器のない世界に向けて

一方で、抑止論に基づく現実の政策がいかに矛盾に満ちたものであるのかを論証してい く戦いが継続している。核兵器のない世界に向かおうとする時、道義によるアプローチと 政策論によるアプローチは両方とも重要な役割を果たす。今勢いを増している核兵器の非 人道性という議論はこの道義の側面によってもう一度核兵器はあってはならない兵器だと 示しつつ、世界の世論を再び高めようと努力するものである。これに対し、抑止論は明ら かに追い詰められている。核抑止論の矛盾を追求し、抑止論の前提である相互不信ではな く、協力して安全保障の仕組みを作ろうという協調的安全保障の政策論によって核兵器の 価値を減じる考えが進展している。非核兵器地帯の新設や強化の動きがその一例である。

仮に、アメリカ、ロシアの核弾頭の保有数が

300

ないし

500

になれば、アメリカ・ロシア・

フランス・イギリス・中国という

5

つの核兵器 国が同じテーブルについて交渉できる条件が 整う。

5

か国が同じテーブルにつくことができ れば、ある種の質的な転換が始まる。削減のた めに話し合う際には、相互検証が基本的なテー マにならざるを得ず、これが抑止論の前提であ る相互不信が解消されてゆく出発点になると 考えている。

「核兵器のない世界」へ現状を変えるというオバマ大統領の宿題は、私たちがどうやっ

て核兵器削減の世論を強めるのかという、私たちの宿題でもある。オバマ大統領は今年の

一般教書演説で、 「我々の影響力は我々が義務をリードし履行しようとしている意思によっ

て強まる」と述べた。彼のその考え方を支持しつつ、私たちの宿題、とりわけ日本の政策

を変える宿題に取り組んでゆきたい。

(15)

4

回 核兵器廃絶市民講座 「原爆直後の救護活動と調査」

講師:三根 眞理子 (RECNA 教授) 日時:2013 年

9

28

日(土)13:30-15:30

講義をする三根 眞理子教授 会場の様子

4

回目となる平成

25

年度核兵器廃絶市民講座が

9

28

日(土)、国立長崎原爆死没者追悼平 和祈念館 交流ラウンジにて行われました。

三 根眞理子教授が、「原爆直後の救護活動と調査」と題して、現在の長崎大学医学部の学生た ちによる慰霊の取り組みや長崎医科大学関係者が被爆時の様子を回想 するビデオを上映する とともに、救護班を率いて活動した永井隆博士や調来助教授らの日誌や報告書などの実際の資 料を取り上げつつ、講義しました。

講座には約

50

名の市民が集まり、活発に質問が寄せられ、原爆直後の救護活動や調査につい

て考えを深める機会となりました。

(16)

1

第4回 「原爆直後の救護活動と調査」核兵器廃絶市民講座(2013年928日)

講師/RECNA教授 三根眞理子

原爆直後の救護活動

原爆直後の救護活動については、長崎自体は大きな被害を受けて医療をできる状態では なかったため、近くは九大・熊本・久留米、遠くは京大・大阪、東大など、県外から多く の救護班や調査隊が派遣された。今日は、このうち長崎医科大学に関係した主な救護活動 を紹介したい。第

6

医療隊を指揮した調来助先生、第

11

医療隊を指揮した永井隆先生、仮 卒業の学生たちによる巡回診療班、最後に秋月辰一郎先生の浦上第一病院の救護活動の4 つである。まずは、爆心地から

3

キロ強離れた滑石で救護所を開いて活躍した調来助先生 の活動を紹介する。調先生が記録した

「原爆被災復興日誌」には、 「本記録は 昭和二十年八月九日、米国新兵器によ る長崎大空襲に端を発し、長崎医科大 学職員・建築物・学生・その他の遭難 状況ならびに道ノ尾・岩屋俱楽部に開 設した長崎医大仮救護所の顚末を記し たものである」とある。この中には、

大きく分けて長崎大空襲と医大再建の

2

点が記されている。日誌と書かれて

いる理由は、公的なこと以外に私的なことも記録されているからである。調先生には

2

人 息子がいたが、長男の精一君は学徒動員中に大やけどを負い、一週間後に亡くなった。次 男の弘治君は医学専門部の学生で、授業中に即死している。岩屋俱楽部の図面の滑石大神 宮の神殿には、数週間後に亡くなった角尾学長と山根教授を休ませていたと書かれている。

昔の新興善小学校には、新興善特設救護所として多くのけが人が運び込まれたが、今は残 念ながら解体され、一部が長崎市立図書館に救護所メモリアルとして残されている。医大 再建については、

9

月になって、大村海軍病院で医科大の実績を作ろうと古屋野先生、北村 先生らが患者を連れて大村へ行ったという証言がある。日誌には、当時の病院の設計図の ほか、

10

月に報じられた「大村を米軍も希望 医大再建」という新聞の切り抜きなども貼 られている。

2

つ目の救護活動では、三ツ山救護所で永井隆先生が隊長として活躍した。風上なので放

射能も降ってこず、六枚板鉱泉という鉱泉が治療に適しており、水がきれいで食べ物もあ

るということでこの場所を選んだようだ。物理的療法科(今の放射線科)の助教授だった

永井先生は、原子爆弾救護報告をまとめた。助教授の永井先生を隊長に数人の先生、看護

婦長の久松シソノさんほか数人の看護婦と学生

2

人の

12

名で救護活動をしたということが

(17)

記されている。永井先生は放射線科で物理に強かったため、まず「原子説」 「爆撃の情報」

「原子爆弾の作用」という原子爆弾に関する想像から始まり、人類の福祉のための研究が 殺人の具に利用されてしまったことが本当に残念だとして、このような悲劇を再び繰り返 したくないと記されている。

3

つ目の巡回診療班は、復員青年医師

9

名と看護婦

4

名で組織され、

9

月末から

1

カ月弱 の間活動した。仮卒業していた濱里先生たちが、救護所に行けない人が多くいる被災者の 状況を見かねて、当時は石がごろごろしていた城山や西浦上、岩屋山麓、本原、坂本など を巡回した。その時の診療録(カルテ)が、医学部の附属図書館に保管されている。

最後に紹介するのは、秋月辰一郎先生と浦上第一病院の救護活動である。秋月先生は、 「死 の同心円」、 「原爆と三十年」、「長崎原爆記」などの多くの著書を執筆した。「死の同心円」

は、被害者が徐々に中心から広がっていくということから名付けられている。

2005

年には、

被爆

60

周年記念作品として虫プロダクションがアニメ「

NAGASAKI

1945

~アンゼラス の鐘~」を制作した。秋月先生は、テントで作った診療所で一人で診察を行い、人々が火 傷に加え、髪の毛が抜け、出血斑が出て次々と亡くなっていく様子を見て、頭を悩ませた。

そして、放射線の勉強をした際に、たくさん放射線を浴びると急性症状が出て体がだるく なり、血液に異常が出ると学んだことを思い出し、放射線が原因であるということに気づ いた。

原爆直後の調査

続いて、被爆直後の調査について紹 介する。最初に来たのがマンハッタン 管区調査団で、

9

20

日頃から約

2

週 間長崎で調査を行った。長崎に来た調 査団は被害の大きさに驚き、アメリカ に戻り、より大規模な日米合同調査団 を発足させた。一般の被爆者を調査す る際に、日本人の力が必要であり、日 本人の科学者が優秀だったことから、

日本とアメリカの合同調査となった。

また、日本独自の原爆災害調査特別研

究委員会は、化学、土木、農業などの9分科会を組織し、数年かけて調査を行った。中で も調先生が中心となって学生と一緒に調査した長崎医科大学の調査は、私たちの一番の宝 である。最後の米国戦略爆撃調査団は、

1000

人以上の大規模なものだった。

1番目のマンハッタン管区調査団については、 「マンハッタン管区調査団報告書」がある。

被爆

50

周年に

NBC

がアメリカの国立公文図書館でマイクロフィルムを見つけて持ち帰り、

(18)

3

長崎大学原爆後障害医療研究所と

NBC

が共同で翻訳している。

2

番目の日米合同調査団は、新興善 特設救護所や大村海軍病院で調査を 行った。調査団のトップは、ドクウシ ィ軍医大佐、ルロイ中佐で、日本側は 東大の卜部教授が中心となって様々 な調査を行っている。収集した写真、

解剖した臓器、標本などは、米国の陸 軍病理学研究所に持ち帰られていた が、

1973

年に日本の病理学者が中心 となって資料の返還を要求し、日本政 府の働きかけもあって返還された。こ

の際、広島の被爆者のものは広島大学に、長崎の被爆者のものは長崎大学に返還されてい る。資料には、ホルマリン漬けの臓器やプレパラート、ロウで臓器を固めたパラフィンブ ロックなどがある。日米合同調査団の調査報告書を見ると、広島で合計

6882

人、長崎で

6621

人を調査し、比較していることが分かる。調査票には、被爆場所・けがの状態、火傷 の程度などが記載され、急性症状(

Radiation Effects

)についても、急性症状の頻度、発 熱・下痢・嘔吐・出血・口内炎・頭痛・脱毛などの項目が詳細に調べられている。調査結 果は、物理的被害、臨床所見、血液学的調査、病理学的調査、統計学的分析としてそれぞ れ「日米合同調査団報告書」

1

6

巻にまとめられ、広島と長崎の状況が交互に記されてい る。

3

番目の原子爆弾災害調査特別研究委員会は

9

月に発足し、文部省の学術研究会議が主体 となって昭和

23

年まで調査が続けられた。物理、化学、地学、生物学、機械金属、電力通 信、土木建築、農学水産、林学、獣医学畜産、医学の

9

つの分科会に分かれ、それぞれの 専門家が研究を行っている。

4

番目の長崎医科大学の調査は、調来助先生が学生など

50

人と一緒に

10

月~

12

月にか けて行ったもので、生存者

6691

人、死亡者

1316

人を調査した。調先生は、一年がかりで

6000

枚の調査票を分析し、 「長崎における原子爆弾災害の統計的観察」をまとめた。死亡率、

死亡時期、外科的損傷、放射線病という四編に分けて分析している。冒頭では、 「長崎を襲 った原子爆弾は一撃にして幾多の人命を奪い或いは傷つけたが、この際果たして幾何の人 員が死亡したか、またその死亡率は幾%に相当するか、これは原子爆弾災害の医学的研究 上極めて重要であるにもかかわらず、今日もなお、確実なる報告に接しない」と述べられ、

そのためにこの分析を行ったことが分かる。性・年齢・住所・けがの状況・経過・転帰、

生存あるいは死亡について、各地区の人数を

50

人内外にして人数を揃え、統計上の誤差を

少なくするという手法がとられている。例えば、距離別の脱毛や口内炎の頻度など、多く

の図表が残されている。

(19)

5

回 核兵器廃絶市民講座 「核軍縮と開発問題」

講師:広瀬 訓 (RECNA 副センター長) 日時:2014 年

1

18

日(土)13:30-15:30

講義をする広瀬訓副センター長 会場の様子

5

回目となる平成

25

年度核兵器廃絶市民講座が

1

18

日(土)、国立長崎原爆死没者追悼平 和祈念館 交流ラウンジにて行われました。

広瀬訓教授が、「核軍縮と開発問題」と題して、国連の予算の約

8

割が開発援助にあてられてい ることなどを例示しつつ、非人道性という観点から開発途上国の抱える飢餓や伝染病などの様々 な問題も視野に入れつつ、核軍縮を目指すことの重要性を講義しました。

講座には約

50

名の市民が集まり、活発に質問が寄せられ、核軍縮と開発問題の関わりについて

考えを深める機会となりました。

(20)

平成25年度 核兵器廃絶市民講座 第5

核軍縮と開発問題

長崎大学核兵器廃絶研究センター 広瀬 訓

国際社会の最大の課題

恒久的な平和 と

持続可能な開発

国連の現実

予算・人員の 約

80

開発関係に充てられている

「平和の配当」

冷戦の終結

軍備の縮小

軍事予算から開発援助へ

(21)

ポスト冷戦の現実

軍縮の実現⇒時間とコスト

戦略的援助の削減

開発途上諸国の不満

国連ミレニアム開発目標の設定

貧困の削減と社会経済的状況の改善

国際社会のコンセンサスへ

原子力分野も例外ではない

原子力分野の国際協力 原子力の平和利用の促進

核兵器拡散のリスク

開発途上諸国の要求

原子力の平和利用の推進

医療・保健・衛生分野での活用

産業分野での活用

環境分野への応用

(22)

国際協力の問題点

不拡散リスクのコントロール

専門組織の不在

調整メカニズムの不在

IAEA

の役割

核不拡散の管理(先進国)

原子力の平和利用の推進(開発途上国)

CTBTO

の葛藤

開発援助条項の削除

東日本大震災時の貢献

活動領域の再検討⇔本来業務の尊重

平和と発展のために

開発と軍縮の関係の再検討の必要性

(23)

第 6 回 核兵器廃絶市民講座 「核兵器の非人道性をめぐる世界の動向」

講師:中村 桂子 (RECNA 准教授) 日時:2014 年 3 月 15 日(土)13:30-15:30

講義をする中村桂子准教授 会場の様子

6回目の平成25年度核兵器廃絶市民講座が315日(土)、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念 館交流ラウンジにて行われました。

中村桂子准教授が、2014年2月に行われたメキシコ会議の報告などのタイムリーな世界情勢を交え つつ講演し、核兵器の非人道性をめぐる世界的なうねりがある中での2015年のNPT再検討会議に 向けた被爆地からの働きかけの重要性を伝えました。講座には約80名の市民が集まり、活発に質問 が寄せられ、核兵器の非人道性をめぐる世界的な動向についての知識を深める機会となりました。

講座終了後には、続いて長崎市主催の「青少年ピースボランティア派遣研修報告会」が開催され、広 島、鹿児島、沖縄への派遣研修の報告を行いました。

(24)

“核兵器の非人道性”をめぐる 世界の動向と日本の課題

核兵器廃絶市民講座 第6回 2014年3月15日 長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA) 中村桂子

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核兵器をめぐる議論の「パラダイム転換」

軍備管理・安全保障 アプローチ

→廃絶は遠い未来

人道アプローチ

→核兵器を2度と使 わせてはならない。

そのためには禁止 条約をつくり、廃 絶を実現。

核兵器が国の安全を守る 核兵器保有は大国の証

核兵器は役に立つ兵器 核兵器には価値がある

核兵器を持つ ことは恥 核兵器では 人々の安全は 守れない

一発の核爆発でも 壊滅的な被害をも たらす

「国家」の 安全保障

「人間」の 安全保障

2010年NPT再検討会議の最終文書(2010.5)

→核兵器の非人道的性格について初めて言及

国際赤十字社・赤新月社の貢献

ケレンベルガ—赤十字国際委員会(ICRC)総裁 演説(2010年4月)「核兵器の時代に終止符を」

・国際赤十字・赤新月運動代表者会議決議

(2011年11月、2013年11月)

「核兵器廃絶に取り組む:4か年計画」を発表

「会議は、核兵器のいかなる使 用も壊滅的な人道的結果をもた らすことに深い懸念を表明し、

すべての加盟国がいかなる時も、

国際人道法を含め、適用可能な 国際法を遵守する必要性を再確 認する。」 (行動勧告IAv)

(25)

人道アプローチが核軍縮議論の中心に

~人道イニシアティブが始動~

「核軍縮の人道的側面に関する共同声明」

NPT再検討会議第1回準備委員会(2012年5月):16か国 国連総会第一委員会(2012年10月): 35か国

アルジェリア、アルゼンチン、オーストリア、バングラデシュ、ベラルーシ、ブラジ ル、チリ、コロンビア、コスタリカ、デンマーク、エクアドル、エジプト、アイスラン ド、インドネシア、アイルランド、カザフスタン、リヒテンシュタイン、マレーシア、

マルタ、マーシャル諸島、メキシコ、ニュージーランド、ナイジェリア、ノルウェー、

ペルー、フィリピン、サモア、シェラレオネ、南アフリカ、スワジランド、タイ、ウル グアイ、ザンビア、スイス、(バチカン)

「このような兵器が、いかなる状況の下においても、二度と使用され ないことは、最も重要なことであります、これを保証する唯一の方法 は、NPT第6条の完全な履行を通したものを含め、効果的な国際管理の 下での、全面的、不可逆かつ検証可能な核兵器の廃絶であります。す べての国家は、核兵器を非合法化し、核兵器のない世界を実現するた めの努力を強めなければなりません。」

オスロ国際会議

「核兵器の人道的影響」

2013年3月4~5日

■「ファクト・ベース」(事実情報に基づく)の専門会議

■ 127か国の政府が参加(P5、イスラエル、北朝鮮は不参加)

■3つの主要テーマ

①核兵器の爆発直後の人道上の影響

核兵器の爆発」とは何を意味するのか。核兵器爆発が起き た際の人体および社会基盤(インフラ)への影響など。

②より広範囲および長期にわたる核爆発の結果

核兵器爆発後の広範にわたる影響、長期的な影響。核実験や 核兵器の使用が社会・経済基盤や食糧安全保障、公衆衛生、環境 に与える影響など。

③核兵器爆発に対する備えと人道援助

核兵器の爆発への対応準備の現状、そして実際に爆発が起き た際に必要とされる人道援助について。

もし印パで核戦争が起こったら:

「核の飢餓」への警告

局地的な核兵器使用に関する研究

100発の“小型”核爆発(広島型原爆と同じ15キロトン)が都 市部で起こった場合の影響について評価

(現在の核兵器全保有数のわずか0.4%、爆発力の0.07%に しか過ぎない。)

・最大1700万人が即死

・最大10年にわたり、粉塵の塊が浮遊し、地球を回り続ける

・大規模かつ長期的な気候変動により、地球的規模での飢 餓が起こる可能性が高い →20億人が飢餓に

→核兵器に勝者はいない

<3度目の共同声明>

「核兵器の人道的影響に関する共同声明」

NPT再検討会議第2回準備委員会(2013年4月):80か国

→内容は大きく変更。「非合法化」に は言及せず。核兵器禁止条約の議論 につながることを懸念する国々を巻 き込むため。

→日本政府は、文中にある「いかなる 状況においても核兵器が再び使用さ れないことが人類の生存の利益」の 表現が、「核の傘」依存政策との整合 性がとれないことを主な理由として署 名せず。

(26)

→日本政府は初めて署名。

・「いかなる状況においても」は残ったが、「国 際人道法」など法的議論につながる部分は 削除。

・「あらゆるアプローチ」に言及。

<4度目の共同声明>

「核兵器の人道的影響に関する共同声明」

国連総会第一委員会(2013年10月):125か国

もう一つの「共同声明」

~豪「核兵器の人道的結果に関する共同声明」~

ニュージーランド声明と同日に発表

オーストラリア、ベルギー、カナダ、フィンランド、ドイツ、イタ リア、日本、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルグ、オランダ、

ポーランド、ポルトガル、スロバキア、スペイン、スウェーデ ン、トルコ(17か国)

NZ声明と両方に署名したのは日本のみ

三度目の「共同声明」に署名していたルクセンブルグが「鞍 替え」。

「…核兵器そのものを禁止することは、核兵器保有国の実質的 かつ建設的な関与なくては、また、核兵器をめぐる議論におい て安全保障と人道性という両面を認識することなくては、その 廃棄を保証するものではありません。」

メキシコ・ナヤリット会議

「核兵器の人道的影響」

2014年2月13~14日

オスロ会議のフォローアップ

→「ファクト・ベース」の専門家会合

146か国が参加(P5 、イスラエル、北朝鮮は不参加)。国際機関、

市民社会、アカデミアからの広範な参加。

オーストリア政府が第3回会議主催を申し出

(今年後半、ウィーンで)。

初めての「被爆者証言」セッション

核兵器「保有」の危険性に焦点。

「意見交換セッション」で発言相次ぐ。

→「次のアクションは何か」を問う声多数。

議長概要

→核兵器非合法化に向け、次回ウィーン会議での前進を示唆

「安全」に対する過信や幻想のために、「幸 運」が担ってきた役割や重要性が低く見積も られている。

したがって、現在の状況は一般的に理解され ているよりもはるかに危険である。

核兵器を保持しているということは、核兵器が 使用されるリスクと常に隣り合わせにあること を認識しなければならない。

事故・事件の危険性に関する結論

パトリシア・ルイスら(英チャタムハウス)のプレゼン テーションより

(27)

外務省HP「第2回核兵器の人道的影響に関する会議(概要と評価)」より http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/ac_d/page22_000925.html

被爆証言やオスロ及びナジャリット会議での科学的・技術的議 論の結果,核兵器は禁止されるべきとの声が多く聞かれた。こ れに対し,日豪やNATO諸国を中 心に現実的な核軍縮措置の 実施を重視する国々からは,概ね(1)人道的影響に関する議論 を核軍縮の出発点として捉えつつも,(2)引き続きNPT体制を基 軸とし,(2)安全保障の現実も踏まえながら核軍縮を進めていく べき等述べた。

(評価として)核兵器の人道的影響に関するこれまでの科学的・

技術的議論を踏まえ,核廃絶に向けて今後とるべき具体的行動 を問う問題提起が目立った。こうした中でオース トリアが,本年 後半に第3回会議を主催する旨表明し,メキシコ会議のフォロー アップが行われることになったところ,我が国として如何なる対 応をとるべきか 検討する必要がある。

すでに後ろ向きな日本政府

■4月12日、広島

「軍縮・不拡散イニシアティブ」(NPDI)外相会合

NPDI:日豪政府が中心に立ち上げた非核保有国のグループ。年に2回外相 会合を開いている。メンバー国は日本、豪、オランダ、ドイツ、カナダ、ポー ランド、トルコ、メキシコ、チリ、アラブ首長国連邦、フィリピン、ナイジェリア の12カ国。うち7カ国は「核の傘」に依存する安保政策をとっている。

■4月28日~5月9日、ニューヨーク国連本部 2015年NPT再検討会議第3回準備委員会

■8月6日、9日 広島、長崎の原爆忌

■9月26日 国連「核兵器廃絶国際デー」

■10月~ 国連総会第一委員会(軍縮・安全保障)

■2014年後半 第3回「核兵器の人道的影響に関する国際会 議」(ウィーン)

核軍縮に関する今後の主要日程

アメリカの「核の傘」に 依存する国々

日本、オーストラリア、韓国、NATOに加盟している核 兵器を持たない国々(ベルギー、カナダ、デンマーク、

アイスランド、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、 ノルウェー、ポルトガル、ギリシャ、トルコ、ドイツ、 スペイン、チェコ、ハンガリー、ポーランド、エストニア、

ラトビア、リトアニア、スロバキア、ブルガリア、ルーマ ニア、アルバニア、クロアチア)

※米国の核兵器が実際に配備されている国(合計推定200発)

参照

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オバマ大統領の核廃絶宣言と 東北アジア平和 (2009年10月) ・・1・m・8 北陸大学未来創造学部教授