言語過程説における文学教育論
一
稲
田
繁
夫
国語科における丈学教育の目的は︑児童生徒に文学体験を培って
いくことである︒丈学体験には︑文学表現の体験と︑文学理解の体
験との︑二つの面を誘えることができる︒しかしながら︑文学表現
は文学理解︵文学の亨受︑鑑賞︶を素地として高まるのであり︑ま
た高次の段階である︒教育の方法の序列においても文学理解の教育
の次に位置づけられるから︑普通教育としては文学理解の教育を中
心として進められなければならないであろう︒このようにして︑国
語教育の一環として文学教育を位置づけ︑それは理解としての丈学
体験の育成をめざし︑その発展段階として︑表現しての文学体験の
芽を伸ばして行くことになるのである︒そして文学表現の面はこの
地盤の上に︑クラブ活動︑教科外活動として︑その指導の伸張をは
からなければならないであろう︒
こ︑では︑文学教育を前述の観点から︑主として丈学理解の面に
しぼって考えていくこととする︒
さて︑言語過程説においては︑言語とは主体の表現︑理解の行為
自体であると番える︒行為とは主体の目的活動であって︑それは人
間の具体的な生活の場において︑対人関係を構成する伝達として行
われていく︒このような音声あるいは文字を媒材とし︑手段とした
主体の表現理解の行為を言語と見るとき︑文学は主体の言語表現︑
言語理解の行為以外の何物でもないといえるであろう︒ 心理的生理的物理的な継起現象としてのみ成立する言語は︑次のような過程的構造をもつ︒いま︑話し手の言語の過程的構造を図示すれば︑
素 材
作用
意味
︵
町 田
表 象
音 声
声 字
音文
← る意す情対なに的材体素主 象声 表
音
声 字
音丈
甲の言語︵言語経験︶
全
←
すなわち︑話し手は素材を何等かの心の向け方をもつて把握し
︵意味作用︶︑至る概念に措定する︒次にその概念に対応する音声
表象を連合させ︑発音行為によって音声に表出する︒このような過
程的行為の段階のうち︑時には音声表象から音声を経由しないで直
接文字に結びつくこともあり︑さらに概念から直接丈字に結びつく
場合もあるわけである︒このような過程は主体の価値意識︑態度︑
技術に支えられて行為されていくのである︒価値意識︑態度︑技術
は連続する言語表現はもちろんのこと︑一単語の表現においても同
様である︒甲の言語を聞き手乙が正確に受け取るということは︑音
声を媒介として甲のこのような言語経験のま︑に潮行ずるというこ
とでなければならない︒ たとえば︑いま︑甲が﹁犬が来た︒﹂と表現したとき︑聞き手乙
は甲の音声を受容して︑乙は乙ながらに何等かの理解が成り立つで
あろう︒しかしそれは聞き手乙の言語経験であっても︑甲の言語経
験のままに旅行し得たとは言えないであろう︒甲はその時﹁犬﹂と
言う表現を﹁スパイ﹂という意味の蓄え方の語として表現している
かも知れないのである︒もちろん︑素材を﹁犬﹂という語として把
える把握の仕方は︑話し手の聞き手を含めた場面への志向性に基づ
35 一 一
いて規定せられるのであるが︑とにかく完全な﹁聞く﹂はこのよう
な甲の言語経験を乙が湖恥し得た時成立するのである︒
言語の表現︑理解においては︑右に図示したそれぞれの過程の各
段階相互の連合作用に断層を生ずる︒例えば.或る一つの概念なり観
念なりが浮かんでも︑それに対応する音声表象と連合出来なかった
り︑或いは文字と連合が出来なかったりする︒このことは外国語を
学習する場合を例に取れば明かであろう︒このような言語行為にお
ける言過面的段階に起る断層︑聞隙を埋め︑言語行為が過程的継起
現象として︑なめらかに運行するよう指導することが言語教育の任
務である︒
殊に国語においては多数の丈字の使用に伴ない昏々の記憶と丈字
表象と概念や音声との連合作用をなめらかなものにする努力を外国
における言語教育以上に払わなければならないのは当然なこととい
えるであろう︒主体の行為として成立する言語の各過程的段階の連
合作用のうち︑言語実践上︑または学習指導上注意しなければなら
ないものの一つは素材に対する意味作用である︒話し手が素材をど
のように把えるか︑その斎え方は先に例を挙げたように連続する語の場合はもちろん︑一語の場合でも起ってくるのである︒話し手の
目常卑近の短かい言語表現において︑その一つ一つの単語はきわめ
て平易な語であっても︑話し手が蘇る事柄をどういう意味で把えて
この言葉を表現したかは︑聞き手によって異なることは良くあるこ
とである︒そこから話し手の言語への誤解も生まれてくるのであ
る︒乙は﹁私は甲の言葉をこのような意味に聞いた︒﹂と言い︑丙
は﹁自分はこういう意味で言ったものと思う﹂というように︑甲の
言葉の意味の取り方をめぐって︑論議の分かれることは言語生活に
しばしば見られることである︒
以上のような︑甲の言語を︑つまり甲の言語経験を甲の言語経験 に即して乙が経験する作業が﹁解釈﹂である.解釈は言語行為の過程的構造のどの段階の聞にも︑その断層を埋めるために行われなければならないし︑また︑それは古語の理解の場合だけではなく︑右の例でも判るように現代語︑日常卑近の言語の表現理解にも絶えず伴なって行かなければ︑正確な伝達は成立し得ないであろう︒
二
言語とは主体的な表現理解の行為それ自体であるとする言語過程
説においては︑言語を道且ハとして︑或いは話す行為の前に話す行為
の資材としては考えない︒内なるものを外に向かって︑音声︑丈字
を手段として表出していくこと︑つまり﹁表現﹂が言語であると見
るのである︒言語をこのように考える時︑丈学は言語の例から見れ
ば言語以外の何物でもないとするのである︒
言語は人間の重なる思想感情を表現する手段であるが︑このうち
好学表現以外の諸科学なども言語によって表現する︒しかしながら
これらの諸科学は言語以外の何物でもないと言うことは出来ない︒
それらは自然現象や人間的事実に対する一つの認識の体系であり︑
知識の体毛であって︑言語として表現する以前の事実として存在す
ることが出来る︒このような体系を他に伝達する手段にしても︑必
ずしも言語にだけしかよれないのではない︒或いは図形︑あるいは
機械の機構によっても︑または実験などの手段に訴えることも出来
る︒ところが︑文学は言語表現としてのみ成立する︒言語表現以前
に文学を考えることは出来ない︒しかも文学における言語は︑素材
として用いられ︑道沮ハとして用いられる関係ではなくして︑一般の
言語表現と同じく︑作者の素材に対する特殊な貰え方の言語表現で
ある︒丈学をこのように解すると︑特に理解の面から見た文学教育
というのは︑作家の﹁言葉﹂ ︵作品の場合︑文章としての﹁書き言
36 「 一
葉﹂を正しく理解して︑作者の言語経験のままに︑読み手である児
童生徒に再経験させていくことであると言わなければならないであ
ろう︒そして︑そのような再経験を完成させて行く中に解釈作業が
行われ︑解釈作業は教育技術に支えられて効率を高められるのである︒作者の文学体験というのは︑作者が自然人生を或る特殊な把握
の仕方によって︑科学的な把握と異なり抽象的でなく︑具体的に把
握し︑それを言語として表現する体験として成立する︒このような
言語表現の体験が作者の文学体験であり︑これを追体験して行くと
ころに読者の享受としての丈学体験が成立する︒つまり︑作者が素
材を特殊な把握︵文学的把握︶を通して表現する言語が作者の丈学
であるから︑この作者の言語を作者の言語のま︑に再構成し追体験
するところに読者の文学享受が成立する︒このような﹁作者の言
語﹂享受の流動の刻汝に読者の脳裡に印象づけられる或る美感︑共
感が文学鑑賞である︒この場合︑追体験︑再経験ということは作者
と同体験という厳密な意味のものであるべきはずはなく︑種的等同
性の概念と意味作用を喚び起し︑読者独自の経験による色合いをつけて言語理解を成立させるのである︒要約して言うと︑作者の丈学
を理解︵享受︑鑑賞︶するとは︑作者の言葉を作者の言葉のま︑に
受け取るということである︒文学教育の方法としては︑そのような
作者の言葉を受けとって行くより以上の別のもの︑言い換えると︑
言葉を衣装として位置づけて︑そのような言葉の衣装を払いのけ
た︑その奥にひそむ何物かを問題にする行き方は正しくないと言わ
なけれぼならない︒
いま︑宮沢賢治の詩﹁雨ニモマケズ﹂を教材として学習指導を行
うことにすると︑
雨ニモマケズ
風ニモマケズ 曽ヨニモ夏ノ暑サニモマケズ丈夫ナカラダヲモチ群議ナク ィカ決シテ脂隊ラズイツモシズ絶目ワラツテイル
一日二玄米四合ト
・味噛ト少シノ野々ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブγヲカンジヨウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ陰ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニイテ
東二病気ノコドモアレパ
イツテ看病シテヤリ
西ニツカレ溶着アレ︒ハ
行ツテソノ稲ノ束ヲ負イ
南二死ニソウナ人アレパ
行ツテコワガラナクテモイイトイイ
北ニケγヵヤソシヨウガアレパ
ツマラナノ・カラヤメロトイイ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミγナニデクノボウトヨ︒ハレ
ポメラレモセズ
クニモサレズ
ソウイウモノニ
37 一 一
ワタシハナリタイ
一i時枝誠記編﹁国語﹂所牧
この詩は国語科のいろいろな単元の中に資料として取り入れるこ
とが出来るであろう︒そしてそれらの単元の学習活動の経過の中に
は︑ある場合は話し聞く活動が主となつにり︑ある場合は書く活動
が主となったりというように︑聞き話し読み書く言語行為がさまぎ
まな比重をもつて各時間が進められて行くであろう︒しかしながらこの詩を資料とする国語科学習の在り方は︑この詩的表現としての
作者の言葉︵詩︶を前述したような操作によって︑正しく読み取っ
て行くことに他ならない︒この詩は宮沢賢治の言葉であり︑その言
葉を彼の言語経験のま︑に湖行して一つの心象に到達していくこと
が︑この作品を読む学習の本命でなければならない︒
つまりこの詩における宮沢賢治の丈学体験と言うのは︑昭和六年
の東北地方の農村という時代環境下の彼の生活事実が素材である︒
それをある意味作用によって把握し︵自然科学やその他の諸科学も
対象とし素材とするものは︑丈学と同様に自然現象やその中にある
入間的事実であるが︑それらを把握する仕方が︑丈学におけるよう
に且ハ体的でなく︑抽象的概念的体系的である︒︶それを前述した言
語表現の過程的構造によって音声や丈字に形象して行く経験として
成り立つ︒だから児童生徒にこの作品を使って丈学教育を行うとい
うことは︑この作品を完全な意味においての﹁読む﹂ことによっ
て︑丈学体験を体験させることが本命でなければならない︒その方
法は表現の媒材としての文字面から淵行して︑宮沢賢治の前述の言
語経験をいわゆる再経験させていくことにある︒言語行為は表現行
為においても︑また︑理解行為においても︑そこに︐断層や間隙が生
ずることは前述した通りである︒この場合も児童生徒にとっては︑
宮沢賢治の言葉︵詩Vを完全に読み取る﹁読む﹂言語行為の過程胸 段階の中に︑多くの断層が起る︒ まず第一に文字︑それと音声との連合作用における断層︑次に音声と音声表象︑音声表象と概念︑概念と意味作用として把握された素材との断層︑さらに素材そのものの知識の有無などである︒これらの断層を十分に埋めて行くことが宮沢賢治の言葉を読み取ることであり︑その言葉は一般の実用的な言語でもなく︑諸科学の記述のような知的な表現の言語でもない︑丈学的表現としての言語すなわち詩であるから︑このような読みを完成すれば︑ある韻律に支えられた全学体験としての言語経験を得ることになるばずである︒ 宮沢賢治は昭和六年三十六才における東北農村の生活環境における彼の生活事実という素材を︑ある意味作用において把握した︒その把握の仕方は彼の人生観に立脚した志向性によって志向されている︒それは把握された素材であるところの現実そのものでなく︑ある主題に統括された素材で︑現実とはおのずから別個の世界をなしている︒これはいわば﹁心像の世界﹂である︒それは言語表現をまって読み手に印象されるものであって︑これがいわゆる文学内容といわれるものである︒それは思想の一回的過程の表現であるところの一語で表現し終えるものではないので︑連続した言語として表現される︒だからこれらの連続した言語は単なる単語の連続ではなく︑一つの把握によって統括された︑あるいは全体として秩序づけられた言語である︒いいかえると一つ一つの言語はこのような全体の部分であり︑全体の申に必須不可欠のものとして位置づけられているのである︒全体としての言語は想念の展開と対応して段落をなし︑段落はまたセ7テγスによって流動して行く︒そしてセγテγスは﹁詞﹂と﹁辞﹂つまり志向対象と志向作用の合一された言語として成立している︒この作品は詩的表現であるので︑内面的な想
念の分節から︑あるいはそれを根底とした音声面の分節によって︑
38 一 一
ある詩的な韻律を伴なった言語である︒だからこの詩を正しく読む
ことによって︑以上述べだような宮沢賢治の文学体験を追体験する
ことが出来るのである︒つまり宮沢賢治のこの詩を資料としての文
学教育は︑﹁彼の言葉を正しく読み取ることである︒﹂とはこのよ
うな意味において言語を考えるところにあるのである︒
三
丈学教育を語る場合︑あるいは丈学作品を教材として学習指導を
行う場合︑今もって︑いわゆる形式的取り扱い︑内容的取り扱いと
分け︑言語の問題を形式的取り扱いの枠内のもととし︑文学教育あ
るいは丈学作品を教材として取り扱うには︑言語の枠から更に内容
的な別の枠を問題にしなければならないと言うものがしばしばであ
る︒ 文学と言語の関係をこのように言えるのは決して正しい文学の考
え方ではなく︑また︑このような把え方の根底には言語を道且ハと見
る言語実体観︑言語構成観による言語観があるからである︒
文学作晶を教材として扱う場合︑いわゆる内容的取り扱いといわ
れるものも︑言語の段階を終って次の段階とか︑言語の制約を振り
切って老えるべきではなく︑特に素材とその意味作用による概念化
との殺階において︑言語経験の完全な受容のための操作として位置
づけられなければならないであろう︒
例えば前掲の詩において
一日二玄米四合ト
味曾ト少シノ野茱ヲタベ
という言葉は︑宮沢賢治が熱心な日蓮宗信者であったので︑目蓮宗
修行者としての食潔斎の慣習の事実によって言ったのである︒食事
という素材を宮沢賢治がこのように把握した意味作用の正しい理解 なくしては︑これを彼の貧窮な生活の諦めであるとして︑今日の︑
﹁国民健康にして丈化的な生活を営む権利﹂があるから︑このよう
な諦めの文学は民主主義教育に不適当であるというような主張にな
ってくる︒このような見方は政治情勢によってどのようにも変る危
険性をはらみ︑戦前もこの教材がとられていたが︑その時には﹁欲
しがりません勝つまでは﹂を合言葉として︑忍苦鍛錬とか︑困苦欠
乏に堪えるとかの教材観を引き出して来た︒今日の国語科の扱い方
としては︑民主的な平和を求める生活態度の育成といったような︑
何か政治的な理念付けを求めようとする教材観をもつて対しようと
するものもま︑あるようである︒しかし︑この詩は日蓮宗の求道を
土台として︑清貧主義的な生活態度と入間愛とか隣人愛という善意
に徹した人間像を描いた詩である︒また
サムサノナツハオロオロアルキ
などの﹁寒さの夏﹂がどんな夏であるかということを明かにする
のには︑当時しばしばあった東北地方の冷害の事実を︑素材として
はっきりさせる必要があるであろう︒清貧主義といっても決して︑
﹁諦め﹂とか﹁諦観︹という否定されるべきものではなく︑満ち飽
きた生活よりも質素な生活の方が神に近づくという求道者の生活態
度であり︑それは人間の態度として精神的に高い心の在り方でなけ
ればならない︒
このようにして︑宮沢賢治の詩の文字面から︑日蓮宗的清貧な生
活意識︑善意に充ちた隣人愛︑これらの想念の流動に伴なうリズム
感︑などを受けとって行くことが詩としての彼の言葉を正しく読ん
だことになるのである︒この詩を教材とする場合そういう言葉の受
容としての教育の外に︑言葉以上の別の文学教育があると考えるの
は正しいとはいえないであろう︒
普通教育における言語理解としての文学教は︑作品を読むことに
39 一 一
よって︑つまり﹁書くこと﹂として成立する作者の言葉を﹁読むこ
と﹂によって︑行われるのである︒児童生徒の読みを断層の無いも
のとしてやる作業が解釈であり︑その解釈作業は言語発達に応じ
た︑あるいは人数と学習時闇に応じた教育技術を導入することによ
って効果をあげてくる︒
そのような正しい読みを成立させ︑その読みの流動に伴ない児童
生徒の心裡に起伏する共感共鳴の心理が﹁丈学鑑賞﹂である︒丈学
教育は当然またこれを育成させなければならないのである︒前述の
ような﹁読み﹂の完成の次の段階は︑このような﹁作品鑑賞﹂を子
供の話し言葉として︑あるいは書き言葉として発表させなければな
らない︒こういう言葉を引き出してやるのには︑また教育技術が効
果をあげるであろう︒更に文学教育の最後の段階は︑作家の素材の
把握の仕方︑物の考え方︑それらが個汝の語として措定されていく
上に起ってくる適否に対する評価力の育成である︒つまり﹁丈学批
評﹂力を高める教育である︒これらの教育を果たすものは﹁読後感
の発表﹂として行われるべきものであろう︒
以上述べたところによって︑丈学教育と言語教育との交渉が一元
的に明かにされたものと老えられるし︑また︑このような言語教育
が真の丈学教育となるであろう︒そして︑このような言語教育と丈
学教育の=兀的教育論が言語過程説によって始めて可能である︒
︵昭和三二︑一二︑ 一五︶
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