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APracticeofVarietyandUnity in Design Education

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103

美術科・デザインにおける 変化と統一の学習の実践

米  田  明  生*

(昭和55年10月31日受理)

APracticeofVarietyandUnity

in Design Education

Akio YONEDA

(Received,October31,1980)

1.序

 来年度(昭和56)から新しい学習指導要領による中学校の授業がスタートする。これま でに至る戦後30余年を経る我が国の美術教育のあゆみを,どのように把握し,どう位置づ けるかは,未だ今後に残す問題も多いと思われる。しかし,戦後の美術教育の流れのなか で,いくつかの特徴的なうねりを見い出すことは困難ではない。1947年(昭和22)の一次 試案による戦後の美術教育のスタートを起点にして,あるときは学習指導要領の改訂に符 合しながら,またある時はそれに前後しながらのうねりを見ることができる。それらはほ ぼ10年のサイクルをもっていることも両者の共通するところであろう。

 まず,1950年代のはじめに見られる第一のうねりの特徴は,地域や学校別の美術教育団 体の他に,萌芽のように結成された民間の団体の美術教育運動によるものである。そのい くつかを列挙すれば,美育文化協会,色彩教育研究会などであり,ややおくれて造形教育 センターも発足して,それぞれ活発な動きをみせたことである。またこれらの団体は学校 等の団体とも連合して,日本美術教育連合を結成したことで,国内外の交流も活発となり,

戦後第一のうねりをつくりだす要素の一つとなったものである。この期はまた中学校美術 科教科書の検定(1950年教科用図書検定基準の一部改正)が確立されたものの,戦後の民 主々義に基づく我が国の美術教育の拡充と浸透の時期とみなすことができる。

 っづく第二のうねりは1960年代に象徴されるデザインブームであろう。このうねりは 1950年代のおわりから急速に進められた高度成長に伴う社会の工業化に符合するもので,

一見社会の二一ズに応えたものとなった。これをデザインの必然的に結びつくコマーシャ ルリズムに学校教育の立場から批判するむきもあったが,当時の論文ダイジェスト(日本 美術教育総鑑,戦後編,日文)や研究会記録(同),さらに日教組の教研集会の記録等によ

*長崎大学教育学部美術科教室

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れば,デザインに関するものを多く見いだすことができる。このうねりはまた1958年(昭 和33年)改訂の学習指導要領にはじめてデザインと言うコトバが登場し,基礎練習をはじ めデザインの内容が示されたことにもよると思われる。しかし,この第二のうねりによっ て,これまで地味でしかも着実にその活動が続けられてきた生活版画や,F・チヂェーク の信条や子供の絵に心理的側面を加味することなどを美術教育の基底にする描画の存在は,

このデザインの潮流によって,そのかげがうすくなることを余儀なくされた感があった。

一方中学校においては,当時の学習指導要領(昭和33年版)の配当時数などこれまでにない 厳しい環境にも拘わらず,社会的環境からすれば時流の勢いであり,これがためにデザイ

ンの概念及びデザイン学習はひろく定着することとなったことは明白であろう。

 第三は,前の第二のうねりの要因への反動的[生格をもつかたちで現れる1970年代のう ねりである。即ち,社会の工業化や大量生産によってもたらされる製品の画一化と没個性,

組織化と社会の高率化などによる人間性の軽視と,ゆとりの無さへの反発,さらに1973年 のオイルショック以降の低成長への転換などの要素をみることができよう。「豊かな表現を  一」,「ひとりひとり(個性)の表現力を……」のタイトルに代表される如く,個性の伸 長や豊かな発想,ゆとりや豊かな創造力を取り扱った授業研究やその実践報告が多くを占 めていたことはまだ記憶にあたらしい。これらは元来,美術教育からみれば本来的なテー マであるうえ,1960年代の潮流と強いコントラストをなしたが故に際立っていて,ひろく 受け入れられたことは当然であり,これがまた社会の要請でもあったことは周知の通りで あろう。その結果は,ひろく浅く組まれた教育課程への反省に立ち, ゆとりのある…… と して今次の学習指導要領の改訂の基本となるものであった。

 ところでこの1970年代のうねりは,幼児や小学校での美術教育においては,顕著な成果 をもたらしたものと思われるが,中学校においては少なからず矛盾を示しはじめたと思わ れる。その理由は,このうねりの特徴に隠された美術表現の基礎的な技術力の問題があげ られる。つまりその問題とは,広く技能をも含めた造形力の欠如に他ならない。このこと は「豊かな発想を……」や「個性的な表現……」に象徴される潮流に対して,技術や技能 に関する学習が十分に強張されにくいものであったか,もしくは影にかくれ疎んじられて きたことについての反省の現れであろう。豊かな発想は確かな表現力(技術)なくして は実らないことは言うまでもない。ことに中学生の発達段階からして,「うまくかけないか ら……」とか「よくできない(表現)から……」と言ったことに現れているように,自他 の作品とその表現に対する彼らの客観性に応える手だてが真に求められていることに他な らないであろう。勿論このことは戦前,戦中の形式化した技術や職能的な技能の教育を念 頭においているものではない。これらのことから基礎的で基本的な造形力,すなわち造形 学力とも言えるものの一つに変化と統一の美的調和の原理があげられる。これらの理由か

ら変化と統一の造形原理の学習を最も重視し,その実践を行ってきたものである。

 さらに変化と統一の美的秩序の原理は,しくり返し学習され,かつあらゆる造形活動に活

用されることによって学習者の身についた,いわゆる構成の技術とみなされるものでもあ

る。本稿では以上のような観点に立ち,中学校のデザイン学習において変化と統一をとり

あげ,かつその教材化と実践について考察し,合わせて授業例を述べることとした。

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105 美術科・デザインにおける変化と統一の学習の実践(米田)

2.基本的原理としての変化と統一

 造形の原理といわれるものとして数種あげることができる。いわゆる造形の諸原理とさ れているものであるが,それらは,構成される諸要素が全体に対する関係や,形状や量の 割合,均あい,繰り返しと動勢,対立や強調など構成にある種の秩序を形成させると共に,

構成そのもののキャラクターを顕現させる要因ともなるものであろう。なかんずく,変化 と統一(多様の統一)は,調和の美的形式の基本的で総合的な原理とみなされているもの である。すなわち,統一の別形式とされる類似は,対称,繰り返し,均衡,安定などとも つながる一連のものとみなされる。また,対比は相互にひきたてあい,コントラストをお りなすことによって美的効果を生みだすもので,律動,比例,均衡,漸層へと変化するこ とで一連のつながらをもつことによるものである。

 このように構成要素の究極的な関係は,変化および変化する要素と,融和し統一的には たらぐ要素の二つの関わり合いに他ならない。調和の美とは,この二つの要素の相関の上 になりたっていて,もし,統一が極度に強いものであるとすれば,その結果は単調で,奔放さ や生気は失われ,退屈で無味乾燥なものとなるであろうし,一方変化の要素が勝てば,繁 雑で混乱をきたし,快感は失われ不統一なものとなるであろう。変化と統一が造形美の全 体に一貫する基本的原理とされる所以はこのことに他ならない。

 ところで,変化と統一は上に述べた通りもっとも基本的な原理である故に美術教育にお ける児童生徒の発達段階に相応して,学習されなければならないことは必定のことである。

なぜならば,如何に重要な造形原理の学習とて,これを行うことで子どもの自由な表現の よろこびを無視することはできない。主体的な子どもの表現活動を通して,人間形成を目 指すものであるが,しかし,このことは造形原理の扱いや学習の配列は必ずしも一定の見 解で行われてはいないものであった。それは前回の33年改訂版と現行の学習指導要領につい て,変化と統一の学習上の取り扱いを異にしていることがこのことをよくあらわしている。

そこで変化と統一の造形原理は,わが国の美術教育にどのように関わってきたものか次に みることとする。

3.美術教育にみる変化と統一

 美術教育にみる変化と統一とは,とりもなおさず造形原理が美術教育にどのように取り 扱われているかということに他ならない。とりわけ,中学校における美術教育を造形原理 の側面で捉え,その変遷をみようとするものである。勿論,美術教育は造形原理のみがそ の主たる目標でないことは言うまでもない。また児童生徒の発達に応じた段階的な過程も 考慮されなければならないことは当然のことであるが,これらの諸点に関して,戦後の学習 指導要領を中心に考察することとしたい。

 先ず一次試案とされる戦後最初の学習指導要領(昭和22)は,アメリカのコース・オブ スタディの直訳の感がつよいものであり,図画工作の目標は日常生活の有用性からの面と,

生活技術面の技能に主たるウェイトがかけられたものであると解されるが,美術教育の総

合的な視野と児童生徒の発達のうえから,明確なかたちで整理されたのは,二次試案(昭

和26)からであろう。これによれば中学校において,描画,色彩,図案,図法・製図,配

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置配合,工作,鑑賞の七領域があげられ,かつ表現教材,鑑賞教材,理解教材,技能熟練 の教材の四教材群から構成されている。そして中等教育課程における図画工作教育の一般 目標として,先ず第一ぺ一ジに次のような項目を見い出すことができる。「実験・実習を通 して均衡・変化・統一・調和等を理解し,これを実際のものに適用する技能を持つこと」。

また上にあげた教材群の指導内容には,表現教材の静物画と風景画はそれぞれ一学年より,

人物画は二学年より変化と統一の事項がみられる。即ち「風景画の構図を変化あり,統一 あるようにするいくらかの経験」(1)として順次二・三学科へ拡充するように組まれているも のである。しかしこれら造形原理をもっとも主要な事項としていると思われるものは理解 教材であろう。その「指導の目標」の第三項に,「対称・均衡・リズム・変化・統一・調和・

強調・適用など美の構成要素を理解し,それを表現および鑑賞に役だてる」(2)とし,指導内 容にも一学年より造形原理が多くとり入れられている。「表現に即した理解教材」の「図案

に関連ある理解」の項目には「図案の構成に関する理解。たとえば対称・均衡,従属関係 による変化,対立関係による変化・リズム・統一・調和といったようなことの理解,また 図案上における用と美との関係についての理解その他」(3)とあり,第二・三学年につれ「同 左の程度を高める」としていることは注目してよいであろう。その他「描画に関する理 解」,「配置配合に関する理解」の項目についても前項と同様,第一学年より造形原理が取 り扱われ,第二,三学年につれ程度を高めるとなっているものである。これらのことから みれば,変化と統一を主とする造形原理は,理解教材として重点的に取り扱い,その応用 と実習を表現教材でとり行う仕組みであったと解される。また造形原理を中学一学年より 取り上げていることが大きな特徴であろう。同じ年に(昭和26)に出された小学校学習指 導要領,図画工作科編によれば,図案の領域の指導目標の第四学年に,「色あい・色の明る さ・形・面積の従属対立つり合い,調和の美しさについて,初歩的な理解をし,それを実 際の図案に適用する技能を養う」(4)とし,第五学年ではその程度を高め,第六学年では,級 数的配列,繰り返し,リズムの適用とその技能を求めているものである。これによって小 学校と中学校の系統性や連続性は配慮されていることがわかる。しかし,小中学校いずれ にも,児童生徒に描画や図案の方法として造形原理の理解と応用を目指しているもので,

いわば図画工作の構成技術として,変化と統一によって美的調和をはかる技術の養成に力を入 れたものであったと解されるものである。即ち,児童生徒に造形原理の理解をはかり,実習に よってこれを定着させることは,とりもなおさず構成の技術の養成やその向上を重要な目 標にしていることに他ならないし,また戦前からの技術・技能の養成がまだ色濃くのこっ

ていることのあらわれであろう。

 しかし,この学習指導要領は試案ということもあり,例示的性格をもつもので,そのう え,当時の理想案として示されたことは十分考えられる。それがために項目の羅列に終始 していることは否定できないと思われる。また全体としては,系統的で具体性をもち,わ かりやすいものとなっているが,これが教育の場にどのように実行されたかは,なお大き な疑問とするところである。

 ついで,戦後第三回目の学習指導要領が昭和33年改訂版として出された。この年発表さ れた学習指導要領は,これまでのものといくつかの点で,著しく異なったものであった。

それは,試案ではなくなり,法的拘束力をもつにいたった他,中学校において,教科の名

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107 美術科・デザインにおける変化と統一の学習の実践(米田)

称が図画工作科から美術科と改め,かつ工作の領域を技術・家庭科にうつし,描画や図案 をそれぞれ絵画,デザインとして,その内容を大きくかえたことなどによるものである。折 しも,高度経済成長政策による社会の工業化と急速に増えた工業生産品は,やがて社会のデ ザインブームを招来することになったが,このような背景にも拘わらず,美術科の週当り の時数は,2・1・1となり,先の工作の問題と合わせると,大きな問題を含むものでも

あった。

 このような問題を含みながらも,デザインの基礎練習では,系統性や内容のバランスの 点では格段の配慮が感じられるものであった。一方美術の目標と,それをべ一スとした各 学年の目標をみれば,「表現力を養う」,「デザインの能力の基礎を養う」というような表現 で統一され,造形原理に触れている項は見あたらない。また教科の内容を,絵画,彫塑,

デザインおよび鑑賞の四領域にまとめ,各々の関連に留意するよう考慮されているが,絵 画では,その一学年より三学年まで生徒の自由な表現をさせることに重きをおいているよ うに受けとられるもので,造形原理とその取り扱いを示す項目は何一つ見あたらない。し かし,造形原理はデザインの領域の「色や形などの基礎練習」に集中的に取り扱われてい ることがわかる。即ち,一学年より三学年まで,基礎構成(基礎練習)としてであり,そ れらを列挙すれば,「美しい形を見い出したり,創作したり,また造形の美的秩序を研究さ せる。……」(一学年,形の構成練習),「律動,均衡,動勢および強調の扱い方を主にした ものとする」(二学年,配色練習),「抽象形の配置や組立にあたって,変化や統一などの美 的構成に注意しながら行わせるものとする」(同,形の構成練習),「いろいろな形によっ て,律動,均衡などを考えて構成させる」(三学年,形の構成練習)などである。以上の事 項からみれば,生徒の表現に関わる基礎的能力を養うことと,造形の諸原理を含めた基礎 練習を的確にできる能力を養うことなどに重点をおいたものと解されるであろう。これは 美術科の配当時数が2・1・1と実質的に減じられたことからすれば,これらの基礎事項 を的確に行うことによって選択科目や特別教育科目への関連や意義が生かされることにも なったと思われる。

 前の改訂からほぼ10年を経た昭和44年4月に改訂された現行の学習指導要領によれば,

周知のように,2・2・1と配当時数が増し,その内容に工芸の領域が加えられ,絵画,

彫塑,デザイン,鑑賞の五領域となり,一応の体を保つにいたった。このなかで扱われて いる変化と統一等の造形原理は,前回の学習指導要領とちがって二学年を主に,しかも,

絵画,彫塑,デザインヘと領域を拡げていることである。デザイン以外の領域では内容の

(3)がそれにあたる。即ち,前回のようにデザインに限らず,造形全般に通じる原理として 重視していると同時に,一学年から三学年にいたる段階的な過程においてのステップとし て,二学年に位置づけていると解されるものである。それは,各学年の目標が,微妙な表 現の文章ながら,このことをよくあらわしていると思われる。例えば,各学年の目標(1)を みれば「……美的直観や想像をすなおに表現する能力や態度を育てる」(一学年),「……美 的直観や想像をいっそう効果的に表現する能力や態度を育てる」(二学年),「……主体的に 表現をくふうする能力や態度を育てる」(三学年)のとおりである。また来年度(昭和56)

から実施が予定されている新学習指導要領の,変化と統一等の造形原理についての取り

扱いについては,現行のものと殆んどかわりないと思われるものである。

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 以上のことからみれば,改訂が行われた学習指導要領のそれぞれのニュアンスは,変化 と統一等の造形原理の取り扱いにおいて,多少の相違はあるものの,基本的には昭和22年 版と昭和26年版,同様にして昭和33年版以降のもの,と各々同じ列の扱いとみなすことが できる。昭和33年版は若干移行的な要素を残しているが,戦後の学習指導要領における変 化と統一等の造形原理の扱いはこの二つの系列に分けることができる。それは,変化と統 一等の造形原理の学習が,行われる学年の違いとして現われているものの,その本質は,

「美術の教育」から,「美術による教育」という美術教育思潮の転換に他ならないであろ う。いわゆる,前者においては,美術そのものとしての変化と統一であるのが,後者にお いては,美をとおしての人間形成を最終目標において,そのための表現手段としての変化 と統一であるとみられる。それと同時に,学習指導要領の目標が,個々の領域の到達を示 す到達目標から,「たかめる」, 「ゆたかにする」と言った機能 目標へとかわっていること も明白であろう。このことについては,美術科の教材と教科書等とも深く関わることであ り,機会を改めて述べることとしたい。

4.変化と統一の学習の実践  4−1 構成のなりたち

 さまざまな造形のヴァリエーションを織りなす変化と統一は,造形構成のうえからみれ ば,その様相は無限と言ってもよいであろう。「変化のなかの統一,統一のなかの変化」そ れはこの二つの要素がどのようにとり入れられ,関係付けられるかによって調和の様相は 左右されるもので,正に変化と統一の関わり合いの上に成り立っている。「調和とは部分が 全体に及ぽす合法的関係」(5)とされたり「調和は秩序」であるといわれる所以は,造形構成 のうえから変化としてはたらく要素や単位と,類似・統一的に作用する要素や単位との秩 序付けに他ならない。そして造形構成上のあらゆる構成要素や単位の組み合わせとその関 係は終局的には調和に向かって構成され,組み立てられるべきであることは言うまでもな いことである。ここで言う「合法的関係」とか「秩序」といわれるものこそが真に変化と 統一の学習の対象となるべき実体であると思われる。

 造形構成の様相に無限のヴァリエーションを与える変化と統一の学習は,いわば造形美 の全体に一貫する基本的原理であり,造形の最も根本とするところのものであるとともに,

造形教育および造形を志すものにとっても根本的な課題であるはずである。形態と形態,

色彩と色彩,量と量,光と影,その他諸々の材質と材質など,あるいはこれらが同時に混 在するものを,美的に秩序立て,魅力的な構成ができることは美的判断にもとづく所作で あり,それはまた造形の構成技術と言い得るものであろう。しかしこの技術はとりもなお さず反復される学習の積み重ねと,美的構成を認識できる直観の作用する体験的蓄積に よって培われるものと思われる。造形の基本となるこのような変化と統一の学習の実践に は,次のような学習の過程が必要と思われる。

 第一は美的直観にもとづく学習に先だって,それぞれの構成要素や単位の認知と理解が、

重要と思われる。それは変化・類似・統一のそれぞれの効果をひきおこす構成要素や単位

の態様を類型的に生徒に確認させることであり,同時にそれは知的で分析的見解にたった

学習とみられるものである。(図1・2・3)生徒はこれによって造形品から構成の抽象が

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美術科・デザインにおける変化と統一」)学習の実践(米田)

109

融醐齢鰍

         図1

容易にできるであろうし,ひいては 美的秩序の構成に役立つものと思わ れる。第二はこの知的分析的理解を もとにした美的秩序の感覚的構成の 実習である。一般に行われている構 成練習にあたるもので,構成実習を 通して変化・類似・統一の効果をも たらす部分的要素と単位の関わり合 いによって惹起される調和もしくは 不調和の様相の把握であると思われ る。即ち,全体が保有する部分が全 体に対してそれぞれに果す均斉・対 称・比例,律動などの造形の諸原理

購ウ、鱒

図2

の感覚的総体的把握によるものであろう。し たがって変化と統一の学習における構成美の 把握は,このような知的理解と美的感覚的把 握の両面から学習されなければならないと思 われる。殊に前者のように生徒に理解させる 側面は,変化と統一の学習の前提となってい て,それは構成上異質で変化の要素や単位と なっているものはどのもので,さらにどのも のが類似やまとまりを生み,統一的に認めら れる要素や単位であるかを生徒に確認させる ことに他ならない。このことによって生徒は 変化としての要素や単位と類似的統一的要素 や単位が,構成上それぞれどのようにはたら き,どのような様相を織りなすかを的確に把 握できるものと思われる。さらに重要なこと

図3

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は,対照,律動,均斉,強調,比例などの造形の諸原理の把握も容易にできるものと思わ れる。何故ならばそれらは総て変化と統一の別形式か,変化と統一のヴァリエーションの 一連のものとみなすことが出来るからであり,このことについては前述したとおりである。

 しかし造形の実際はこの両者の形態にすこぶる多様さをつくり出している。変化と統一 の無限のヴァリエーションのなかで,変化と統一のそれぞれの形態と機能を見い出さねばならな いであろう。そして両者のそれぞれの形態と機能とを分析することで,変化と統一の学習 に多くのヒントを得ることが出来ると思われる。つまり,変化と統一の学習の教材化や,

指導過程や学習の形態にも多くの示唆を得ると思われるからである。

 つまり,変化と統一のそれぞれの形態と機能をみるには,構成の成り立ちにたち戻って みる必要があろう。中学美術教科書にあるように,「変化と統一を考えて平面構成とする」

(日文二年p.20)と,ただ漢然とした取り組みや,従来の作品批評によく見られる造形作 品全体としての総合的なフィーリングとし把えていた感が強いものであった。ここに構成 の成り立ちをみるなかから造形の諸原理の所在をみることとしたい。例えば,ある画面が 単一体での構成であるとしよう。単一体の構成とは構成メンバーの形状,大きさ,色彩や 明暗などすべてが同じものでの構成ということである。先ず,このような単一体での画面 構成が変化と統一感のあるダイナミックな構成がなされている場合と,逆に変化に乏しく 統一的で単調なレイアウトではあるがその構成要素のうち1〜2個の少数のものが異なる 色を与えられた場合を考えてみよう。前者は単一体という構成要素そのものには変化はな い。それらは統一的要素であるにも拘わらずレイアウトによって変化が与えられている。

構成の上では,統一的要素のみで,統一感の強い結果になることは必定で,むしろ如何に して画面に変化を与え,かつ秩序づけをなすかが構成の焦点となるであろう。つまり同一 物の本来具わっている統一的要素に対して,変化の要素とは,構成要素である単体と単体 の位置付けられた関係が大であるか小であるかによって惹きおこされる全体的関係である といえる。従ってそれらの関係には均斉(balance),比例(proportion),張力

(tension),対称(symmetry,この場合はasymmetry)などの造形の諸原理のいずれか,

またはこれらの何らかの関係を見い出すことができるはずである。一方後者の場合は単一 体の抑揚のない単調なレイアウトの画面に,ごく少数の物の色を変えることで活気と緊張 を与えることになっている。いわば色彩的に異物を混入することで変化の要素をつくり出 したもので,これによって散漫な単調な画面の支配性を弱める役割を果たしていると言え る。従ってこの画面には対比(contrast),アクセント(accent),強調(emphasis),支配 性(dominance)などの造形原理のいずれか,またはこれら諸原理の何らかの関係が見い出さ れるであろう。また異物と言う,変化の要素の大きいものではなく,緩やかな変化,即ち 形状,大きさ,色彩,材質等の類似的要素の混入によっても統一性を弱め,生気の乏しい 単調さを免れることができる。そしてこの類似要素が少しずつ変化したり,繰り返されるこ とによって造形的にはもう一つの力,即ちグラデーション(gradation),リズム

(rhythm),動き(motion),繰り返し(repetition)の原理を見ることができ,成長,発 展,流動性などを感じさせるものである。

 これら造形の諸原理のなかで特筆したいことはリズムにっいてである。W・Dティーグ

は次のように述べている。「リズムの本質は,単純・複雑を問わず,単位の繰り返しにある

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111

美術科・デザインにおける変化と統一の学習の実践(米田)

のではなく,リレーションシップの繰り返しにあるのである。したがって,デザインの線,

マッス,面が一定のプロポーション機構の中で関係づけられ(音楽の和音の場合,音が単 純比例をつくって互いに結びついているように),線とフォルムが性質的に連想をよび,色 がハーモニーを構成しているのをそこに見たとき,人は最も満足すべき統一が完成されて いると感じる」(6)と。リズムの前提は正しく繰り返しに他ならない。それはある状態や関係 が繰り返されることによって成立する美的形式の原理であって,如何なる場合でもリズム が醸成されれば,美的統一へと導かれる不思議な魅力を持っている。そこに変化と統一の 別形式の一っを見ることができる。「なぜリズムが人間にとってそれほど重要であるかは分 からないが,ただ分かっているのは,作品をリズムをもって統合することにより,自分達 が住んでいる宇宙の構造的機構を繰返しているということである。リズムは,世界におい ても,人間自身においても秩序の原則である」9)

 変化と統一の学習の実践には,このように造形の成り立ちや構成要素が発展,形成され る体系を原初に立ち戻って見直し,変化と統一の形態と機能を考察することは最も重要で あると思われる。

 4−2 模様からの出発

 変化と統一を主要テーマとするデザイン学習には,造形品におけるさまざまな様相,即 ち構成要素の果す変化,類似,統一や調和の造形的概念を生徒に理解させ,かつそれらの 様相を視覚的に把握させることが学習の前提として重要であることを先に述べた。造形品 の構成要素が平面または立体において,それぞれに関連しあい有機的に位置づけられると,

その結果としてリズム,シンメトリー,バランスなどの諸原理が生みだされるとみるなら

ば,それら構成原理によって作品の構造が特徴づけられるのみならず,構成の秩序や統一

感ができ,総合的には調和をもたらす手段ともなり得るものである。変化と統一はこれら

造形の諸原理の中でも最も基本的な原理にあたるし,調和を左右する根幹をなすものであ

る。構成要素がおりなす造形の様相は,このような変化と統一の美的秩序におよぽす調和

もしくは不調和の要因を分析と総合の面に立って,その関係を生徒に把握させ訓練を行う

ことは中学校ないし高等学校においては次第に重要さを増してくるものと思われる。即ち

生徒の創造的で自由な表現のよろこびに合わせて,色や形,いろいろな素材や空間におけ

る構成要素を「感覚的直観的に分析し」それらを視覚的に総合できる 造形力 の育成が

要請されなければならないと思われる。この 造形力 こそ青年前期の中高校生にとって

は,表現や創造的行為に幅と活力を与え,ダイナミックな表現活動を容易に成すと共に美

的判断の拠りどころともなるものと思われる。しかしこのことは中高校の教育現場の諸般

の事情を顧みるとき,どのような教材が準備され,如何なる学習形態がとられるべきかをぬ

きにしては成り立たないことである。適切な教材と学習形態のもとに,効果的な過程を経

ることによって変化,類似,融和など生徒自ら確認するとともに構成練習するなかで学習

の効果が期待できることによるものである。このような教材として模様がもっとも適当と

思われる。この模様の学習には変化と統一の美的調和の分析と総合のもっとも原初的で基

本的な様相を見いだすことができるとともに,学習に効果的な過程を形成できる,、ものと思

われる。それは構成要素たる単位やパターンの繰り返しはもとより,類似・変化・統一・

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融和などの各様相を端的に明確化される性質をもつことによるものである。特に造形の分 析的な学習によらなければその効果を十分あげることが容易ではない変化と統一の学習に は,もっとも望ましい教材と思われる。

 模様は本来,ものの表面の加飾の一方法という機能をもつことで原始の時代から人類と 深く関わり合ってきた。装飾芸術は,人間の生活に文字どおり色どりを与え,その形態と ともに生活に必要な器物の模様から衣・住などの生活空間など模様に満たされ,模様によっ てうめられていると言える。時代によりその意昧性や様式は種々の変遷をもつが,素材の 加工や使用法によって必然的に生成される模様もあれば,記号や意味性を含めた種々の機 能を発揮するような意図的な文様が考案されたのは当然のことである。このような模様は 広義に解すれば,ものの装飾にとどまらず,原始時代にみられる呪術や祈願に,また地位 や権威など固有のシンボルやトーテム的性格をもち,さらに中世のように霊や神のものと なり,教典や戒律による特異な文様まで発生させた歴史をもつものである。近世から現代 においては更に多様な要素が加わり,その結果多くの様式を生むこととなった。わが国に おいては図案や考案画(昭和43年新定画帖),応用美術の名の示す通り,美術の重要なジャ ンルであったことは論議の余地はないであろう。しかし20世紀の機械文明と工業化,それ にともなう近代デザインの思潮による合理主義,機能主義のメカニズムのもとでは模様の もつ装飾性は美術・デザインの本流から遠く離脱されることを余義なくされた。のみなら ず,装飾は罪悪視されるにいたった。一見整然としたスタイルをもつ近代デザインのもと では 不用のもの の烙印を押されたと言えよう。強いて狭隆な見解にしたがえば,確か に近代デザインは素材美を強調しその徹底した合理と,機能主義の余り,不用な装飾を駆 逐し,まつわりつくような加飾から脱出することによって成しとげられたと言えなくはな い。理知的な冷たさと無駄のない禁欲的とも言える機能美などはこのあらわれであるとい えよう。つまり,模様は,それが具えもつ装飾性ゆえに駆逐され,罪悪視されるに至っ たことになるが「しかし,かつて人間の存在にとって,悪というものがなくなったことは ないように,人間の空間において装飾が絶滅したことはない。現代のデザインのつくりだ す機能的な抽象空間ははやくも創造力の澗渇をきたしているようである。デザイナーたち は装飾の研究を放棄したまま,それをこっそり裏口からとりこみだしている」曽)

 このように模様のしめる座は現代デザインにおいては既になく,まったくその枠外にあ りながら,実生活での有用性は逆に求められている。また今世紀急速に発展した抽象芸術 においても,それが内包する記号性や視覚言語などの領域において模様とふかく関わっ てきたばかりか,模様のもつ意味性や構造が多用されてきたことは指摘するまでもない。

にも拘わらずデザインと同様その純粋性の点において模様は疎外されている。つまり,模 様は単なるパターンとしてしか認められず,それゆえその構造と装飾性を失ったものと

なった。いわば芸術論やデザイン論には入れてもらえず,単なるパターンとしてしかとり あげられないところに模様のもつ教育的基盤のよわさがあるであろう。しかし学校美術 教育において芸術論やデザイン論の傘下にあって,それに基づくものでなければならない 理由は,この場合は存在しないことは詳細に述べるまでもないであろう。のみならず,学 校美術教育にとって模様(装飾の意味も含めて)のもつ教材としての有用性はもっと強調

されなければならないと思われる。

(11)

113 美術科・デザインにおける変化と統一の学習の実践(米田)

 さて,模様はしばしばユニットの集合や群によって形成され,その模様たる特徴を発揮 する。即ち,ランダムな集合もあるが,多くは集合や配列の規則性をもつもので,規則性 をもつが故に模様の構造が顕現していると言える。また伝統的な模様はその社会や時代の 文化遺産と見倣すことができ,文化的水準をうかがうことができると思われるが,このよ うな模様の構成を佐口氏は次の四つに分類している。即ち,集積・分割・変換およびこれ らの組み合わせを模様構成の基本原理としてあげている。これらのなかで,変化と統一の 学習に適しているものは集積(accumulation)であり,その代表的なものが四方連続模様

(all overpattem)であろう。しかし,ここではその規制性や連続性よりも,模様構成にお ける,構成要素相互の類似・変化・対照・融和を主要な学習テーマとするものである。(図

4,5)すなわち生徒にいくつかの構成要素を与え,それによって模様を構成する過程に おいて,変化・類似・融和

を視覚的に把握させようと するものに他ならない。こ れを第一段階とするならば,

次に第二段階として,他の 造形の諸原理の学習へとす すむことが容易にできる。

それは,accent,gradation,

rhythm,tension,dominance,

symmetry,repetition,mor−

tionなどであり,第一段階 の学習を経ることによって,

これら第二段階の造形原理

の理解と把握は一層深まるものと思われる。

(図6,7,8)

 また第一段階の学習を連続模様に発展させた 学習を行うこともできる。この場合,特定の器 物の装飾を目的として,それにふさわしい装飾 模様の考案とそのための模様のない立ちと連続 模様の意味や手法をとりあげるものである。た だ模様のための模様ではなく,生徒の生活につ よく関わりのあるものにすることによって,一 層の親しみと装飾模様本来の意義が深まるもの

と思われる。

図4

図5

(12)

図6 難

図7・

図8

(13)

115 美術科・デザインにおける変化と統一の学習の実践(米田)

5.実 践例

 本来,変化と統一の学習は,その別形式とみられる他の造形の諸原理について,逐次行 われることが最ものぞましいことである。その理由は多くの構成要素や複雑に関わり合う 諸原理をなるべく一つの構成原理にしぼることができるとともに,単体の素材で,しかも 直接的に学習ができることによるものと思われる。即ち,多くの造形原理を一つにしぼる ことで学習の深化を図ろうとするものである。しかし,これら造形原理の学習が,それに より生徒の創造性や意欲から遊離したものであってはならないことは言うまでもない。こ のことは,また,学習の過程や目標をも深く関わる問題であるが,生徒の主体的な契機の 欠如した無味乾燥な授業になる危険をともなうものである。そのための授業の導入や動機 付けはたしかに重要な要因をもつものと思われるが,さらに生徒の自由で創造的な表現の よろこびを度外視しては美術教育そのものの存在を問われることに他ならないであろう。

美術教育において,生徒の自由で創造的な表現と,そのよろこびが教育的にもっとも大き な要素をしめるものとして認められている中で,如何に効果的な変化と統一の学習が行わ れ得るかが,授業実践の当面の課題とするところであろう。即ち,中学校および高等学校 においては,特に 造形力 の滴養が同時に要求されなければならないことは先に述べた 通りであり,論をまたないことであろう。変化と統一の学習は,この 造形力 を培うも のであり,ひいては生徒の表現の可能性や創造力の豊かさにつながるものでもある。

 さらに言えることは,中学生の発達段階において,自己の作品を他と比較したり,自己 の作品を客観的にみる力と表現力や構成力相互の隔たりに気付き,この段階でさらに自信 をなくしたり,過剰な劣等感を抱いたりすることも考えられる。このことを生徒の側にお いてみるならば,基礎的な造形力と生徒の自由な表現のよろこびとが表裏一体となって関 連しあっていることのあらわれであろう。創造的で自由な表現のよろこびの基底には,こ のような生徒の造形力に立脚した造形技術に負うものであることは言うまでもない。この ことを中学校美術教育の二面性として強いて分けるとすれば,この造形力の育成の部面で は教師の役割と指導の重要性がもっとも明確になってくるものと思われる。生徒各個人に ふさわしい助言,指導がそれぞれに発揮されてはじめて生徒は手さぐりの模索から一つの 糸口を見い出したり,あるいは美的判断の手がかりを示唆されるものと思われるからであ

る。

 このことは,中学校および高等学校の段階では教師の個人指導が重要な授業過程を有す ることを示していることは明らかであろう。もし,生徒に課題を果しただけで個人指導が なされないとするならば,いわば重要な造形教育の基底の部分を欠落させた授業であると 言っても過言ではない。このような授業は,いきおい,教師の授業なれからくるものと言 えなくもないが,この段階でのデザインの授業と指導は,特に多面的に研究され,考慮さ れなければならないことは論をまたない。予め決められた授業プログラムと生徒の作品の 進行を見計って授業をすすめ,全体指導のもとに,授業の経過は何の滞りもなく見事な過 程をもって終ったとしても,生徒は自己の判断のみや模索に終って,他(または教師が示 した全体指導のための判断)との隔りを感じたまま終わることが多くおこると考えられる。

生徒一人一人に相応の適切な助言指導が変化と統一の学習には最も重要であると思われる。

(14)

即ち,生徒がその場で確め,あるいは試行の結果ある種の感覚的な把握に基づく確信のも とに次へのステップが形成されると共に,スパイラルに発展向上していく性質のものであ る。このような授業がのぞましく,かつなされなければならないと思われる。

 以上のような観点に立って,変化と統一の学習の実践を行った小例を次に述べる。この 実践例はいずれも高等学校一,二学年で行ったもので,中学生との発達段階の較差は当然 であろう。しかしながら,素材や数量の制約とその度合,スペースの大小,授業時数など の要素を考慮することで本質的には変りなく中学生に相応な課題として無理なく実践でき ると思われる。また造形の諸原理の学習の目標からすれば,作品製作の技術的な差異はさ ほど問題にはならないと思われる。

 5−1 コラージュ

 19世紀にキューずスト左ちによってはじめられたpapielco116から発展したコラージュ は,,その後シュールレアリズムのマックス・エルンストなどによって比喩,象徴などの効 果の特異な心象風景の表現が試みられた。また現代の人間の深層心理の表現などは,素材 の表面感を通して描写によってはできない格好の表現方法として用いられるものである。

さらにこのようなタブローの一技法としてのみならず,切り絵,貼り絵のレイアウト,テ クスチュアや材質のちがいからくるデザインソースとしてや,デザインの表現方法として 広く一般化しているものである。

 ここにとりあげたコラージュの授業は,前の時間に素材体験として学校内のテクスチュ アを生徒に収集させ,フロタージュしたものを用いることとした。この題材は素材体験から,

texture,frottage,collage,面構成,photo montageなど,一連の教材配列の一部をな すものである。デザイン学習には素材体験は欠くことのできない重要な教材であるが,単 に素材の可能性やその体験に終わることなく,コラージュで面の大小を変化の要素とし,

かつその構成の秩序を見出すことで変化と統一の学習となすものである。

課題1.コラージュ  授業時数 2時間(100分)

 材料用具 テクスチュアー紙6枚(B4),はさみ,糊  用  紙 八ツ切画用紙一枚

 テクスチュアの収集は前の時間にクレヨンやパス,コンテなどによって校内の器物や物 体の表面から採集させたもので,クレヨン等の色は別段限定しなかったので,当然さまざ まな色彩のフロタージュが集められている。また一度,蝋やクレヨン等でフロタージュされ た後で水彩絵具で彩色すると,その部分が蝋分によって着色されないことから特殊な効果 がだせるものであるが,今回はコラージュの構成要素をシンプルにするためこのような手 法は除外した。生徒にはB4のわら版紙を一人に六枚ほど与えたが,フロタージュされ た形状も細長く帯状のもの,丸い円形状のもの,あるいは正確な幾可学的形状のものなど,

さまざまである。実際のフロタージュでは,かなり広く採っておく必要があり,狭い面積

でしか採れない場合は,繰り返し連続して採るよう予め注意した。

(15)

117 美術科・デザィンにおける変化と統一の学習の実践(米田)

 さて,コラージュと言ってもフロタージュしたものを面材として,しかも長方形(正方 形も含む)と限定し,垂直,水平の構成を課すものである。生徒はテクスチュアと色彩の 効果を有効に生かして緊張感のある構成を目指すものである。即ち,大小の長方形とその 形状を変化の要素とみなし,テクスチュアの粗・密度や色彩を考慮して,これらを構成要 素にして,統一的調和的画面構成を目標としたものである。長方形の垂直,水平の構成に したのは,基礎構成の最初の段階であり,構成よりも造形原理としての変化と統一の学習 を目標とすることによるものである。生徒には,変化と統一の前提のもとに試行を繰り返 し,美的秩序を自己の画面に投影させることで学習の効果を図った。

 レイアウトはテクスチュアの紙面を長方形に裁断することからはじまるが,作業に先 だって構成面の大小のちがいからひきおこされる画面の効果についてガイダンスを行った。

面に大小の変化があり,それらが破綻なく有機的な結合調和を保っている場合と,比較的 に大小の変化の乏しい,いわば類似的要素のあつまりとの感覚的な比較を行った。勿論,

これらの感覚的なちがいは,面の変化の有無やその度合など,構成要素のみによるものと は限らないが,生徒に直接その様相を連想させるには日常散見できる手近かな例をあげた。

即ち,葉書やカードの構成,別な造形要素が混入するがコンクリートブロック塀やタイル,

またやや長方形の厳密さは欠くが,お城の石垣やオランダ坂の石だたみ等であった。ただ,

面の大小を変化する要素としてとらえ,それらの面のダイナミックで調和的な構成を指向 するのに,上に述べた例やガイダンスは生徒の表現が類型的で画一化することを避けるた め最小限の説明ですませた。しかし,それぞれの面の関係については,接触(contact),重 なり(overlap),入り組み(interlocking)の状態を説明し,それぞれを構成に活用できる

ようにした。

 生徒の作業は収集したテクスチュアをそれぞれの大きさの長方形に切り取ることからは じまった。切り取られたテクスチュアのなかには生徒の興味と期待をもってフロタージュ したものが意外に見栄えがなく,逆に何でもない物が非常な効果をだしているものもある であろうし,切り取りの作業をすすめながら生徒は材質感と触覚,その視覚性を体験を通

して改めて深化させることができたと思われる。切り取りが終った生徒は構成に使えそう なテクスチュアを選び出しレイアウトにかかるが,しばらく作業の進行を見守った。

 ほぼ殆どの生徒がレイアウトにかかり,画面での面の移動や,さらに細分のための切断 などの試行が繰り返されている時,いま一度,面の大小の変化,形状や大きさの類似に気 を配り,変化する要素の中での統一(調和)を考えるよう注意を促した。さらにテクスチュ アの粗・密,規則性,形状,色彩など,いわば, 文様 として面が独特の性格を発揮する ことになるが,このような異なった個性的な面の羅列的配列ではなく,それら異なった感 じの面を生かして,ダイナミックで魅力的な構成とするよう注意する必要があった。二時 間目にかかるころからレイアウトもかなりすすみ,いよいよ生徒の構成の意図もうかがい 知れるようになるころから個人指導を密にして,一人一人の生徒に必ず一言二言は言葉を かけるようつとめた。中には,収集したテクスチュアを惜しむ気持ちからか,採取したと きの大きさのままで,並べたがる生徒が散見された。従って構成は当然変化に乏しく,抑 揚のない散漫な画面になっている。このような生徒には,特に面の大小の変化を強調し,

構成の大胆さと,色彩の活用をはなした。また面の大小の変化はあるが,大きい面の間に

(16)

小さい面が散在した,まとまりのない不統一な構成には,画面にポイントを置くうえから テクスチュアから受ける地肌の粗・密の感じを主体に考えるようすすめた。即ち,前者は 変化に乏しい構成であるのに対し,後者は統一性に欠けた構成の典型的な例であると思わ れる。これらの例は,いずれも生徒自ら変化と統一の美的秩序を見いだすよう仕向けるこ とが大切で,このような助言は,どこまでも生徒の創意を損わないよう,細心の注意を払 う必要があった。ことにこの課題で変化と統一の美的秩序の感覚的把握が不十分で,効果 的な構成が出来ないとしても,性急に事を運び,その結果,強い助言や強要にならないよ うすべきであることは言うまでもない。また知的理解が不十分であったり,構成の可能性 を試行することなく,一通りの構成から脱出できないでいる生徒が多いと思われた。造形 感覚の訓練には,試行の繰り返しと美的構成の確認が重要であることからすれば,重要な 構成要素のキーポイントを指摘して,構成の可能性のヒントを与えることがこの過程の何

よりも重要な指導と思われる。

 レイアウトがほぼ終り,構成の概略ができあがると糊貼りにかかる。interlocking,

overlapなどこみ入っているところは,目印を付けて貼込む生徒もいれば,幾分かのずれは その時点で全体をみながら糊付けする生徒もいた。これは,基礎構成のはじめての段階で あり,時間や構成に対する生徒の意識の深化,とり組みや試行の度合いなどと関連するこ とであり,以後,多くの課題を経過するなかで自己に合った方法で,臨機応変に対処でき る姿勢が養われるものと思われるので,そのまま見守ることとした。

 コラージュの二時間の授業はこのようにして終ったが,出来あがった作品は,それぞれに 構成のちがいがあり,ほぽよいできであったと思われた。しかし全体的な印象としては構 成の大胆さがなく,いわば妥当なものであり,大・小の面の対比とその調和からくるダイ ナミックな構成は多くはなかった。またなかには心象表現的な構成をしたがる生徒も二,

三いた。このことは中学校の段階では十分考慮されなければならないことと思われる。子 どもにとっては垂直・水平の面構成より,彼らが考える不定形でオーガニックな形がはるか に自然で自由であり,子どもなりの連想や夢の表現であることによるものであると思われる。

このような傾向の生徒は,高校ではわずかなことではあるが,中学校での基礎構成とその 指導は十分念頭におかねばならないと思われる。またここではテクスチュアを面材として 用いたが,かわりにファクチュア(facture)として練習したものを用いても同様な取り扱 いでよいと思われる。

 5−2 一定のプロポーションによる色面構成

 色面の構成練習は色彩構成やforme,compositionとして,またsurface divisionとし て色々な方法で行われているようであるが,変化と統一という観点から取り上げ,しかも プロポーション(proportion)学習の一環として重要視してきた課題である。即ち一定のプ ロポーションをもった長方形の色面を用いて画面構成の学習を目的としたものであるが,

長方形は自ずとタテとヨコの比をもって存在するもので,その実,形態としての長方形の

性格を決定するものは,それが具備するプロポーションによるものに他ならない。このよ

うなプロポーションを構成条件に決め,決められた一定のプロポーションをもつ長方形の

みを構成エレメントとして,変化と統一の美的構成をなすことを学習の目標とするもので

(17)

美術科・デザインにおける変化と統一の学習の実践(米田)

119

ある。

 美的プロポーションの歴史は遠くエジプトの古王国までさかのぽるとされている。巨大 なピラミッドに秘められた幾何学的な美しい比例やエジプト三角形と言われる3:4:5 の整数比をもつ直角三角形の作図などこのことをよくあらわしている。またギリシア人は 比例を美的調和の基本と考え多くの「均斉法」を生み,かつ活用したし,中世においては,

「神授比例法」として神秘化され,その美的要素は秘法とされたりした。やがてルネッサ ンスのまさに比例,構図法の黄金期をむかえることとなったが,これらの多くについては 多言を要しないであろう。一方日本の古くからの尺度法による畳と日本建築,ルーコルビュ ジェのモデュロール(Le Modulor)など,また,日常的なものの用紙やキャンバス等のプ ロポーションは美的規範を基としながら生活文化の合理性や機能性をも含めた次元のもの であると言える。このように美的プロポーションの果す効果の要因はその有する知的で幾 何学的数理性と美的感覚的要素の不思議な一体感にあると思われる。即ち美的調和の内在す る数理的要素とそれらの関係の認識に他ならない。また,プロポーションのもつ美感は変 化と統一の美的調和の概念に最も近いもので,その学習は極めて重要であると言わねばな

らない。

 従来,プロポーションの学習は知的学習のみでおわるか,compositionやspacedivision のなかで関連づけてわずかに行われていたかに思われる。ことに中学校では,そのもつ幾 何学的数理的要素の理解に合わせ,教材化の困難な分野であったように思われる。このよ

うなことから,プロポーションを取り扱った授業例をあげることとした。

課題2.一定のプロポーションによる色面構成  授業時数:6時間(300分)

 材料用具二48色の色紙(またはポスターカラー),カッターナイフ,糊,製図用具,

     ガムテープ  用  紙:八ツ切画用紙一枚

 はじめの50分を予定して,プロポーションについてのガイダンスと海,語,黄金矩形 を主とする長方形の作図法を板書しながら説明した。同時にこれらの長方形の性質と実際 に活用されている具体例や画家の構図への応用例をあげた。生徒は数理[生と美感,さらに は実生活との結びつきについて興昧と新たなおどろきの目をみはるような反応があった。

生徒のこの新鮮な反応を大切にしながら授業を進めることとした。次の50分の授業では,

いよいよ構成する長方形の比を生徒に決めさせ,構成の制約を提示した。長方形の比は,

生徒のもっとも興味のあるものとし次の中から選ばせた。即ち,1:1,1:涯,φ(黄 金比),1:2とした。また構成の制約としては長方形のlay−outは垂直・水平とし,その 比はすべて予め選んだ比とする。従って画面の比も同一とする。構成に用いられる長方形 の関係は接触していて間隙やoverlap,interlockingはつくらないこととした。いわば,

これらの制約は,構成にかなりの不自由さを伴わせることになる。それは大小の長方形 の調和と,一定のプロポーションと言う数理的条件を満たさかければならないことによる

もので,これらの関係を考慮して魅力的で変化と統一の美的構成の学習を深めるものであ

(18)

る。また画面は八ツ切の画用紙の半戴大を基準として,それぞれの比に切りとって使用す るように指示した。例えば1:ゆの比であれば,半戴したそのままで画面となるし,φや

1:2の比であれば長辺に相当する短辺を応分に裁断しなければならない。1:1の比で あれば逆に短辺に合わせて長辺を応分に裁断することとなるものである。

 プロポーションの選択については,生徒はなるべく作図や構成に手問のかからないこと を考えてか,1:1や1:2に集中する傾向がみえたので,なるべく片寄らないよう注意 する必要があった。これを一つのプロポーションに限定しなかったのは生徒の作品のヴァ ラエティを求めたものではなく,製作終了後に比較しながら鑑賞することでこの課題の深 化を図ろうとするねらいからであった。また製図用具は直角定規とコンパスがあれば一応 できるものの,能率よく行うためには丁定規や万能製図器があれば更によいもので,実施 した学校は工業高校であったことから万能製図器を使うことができた。しかしクラスに よっては万能製図器が使えないこともあった。この場合は下図のような方法を工夫して,

殆んど作業能率の差を生じることなく授業を行うことができた。(図9)この課題の画面は       小さいので,30cmの直角定規一組を画面を囲む       テープ  ように上方と左方に直角をつくるようにしてガ       ムテープで固定すればよく,他にもう一枚の直        ノ

        ・∠宝

      角定規が必要であるが,これは先の二枚の定規       より小型のもので十分用をたすことができた。

      角

      これによって直角定規が三枚必要であると言う     1 1

u罰

(画面)

ご        ノ

〜噸    ノ

  1

ノ1

ジ7

図9

ことの他は,簡便で正確な作図ができた。

 構成の過程では,大・小の長方形とレイアウ トを変化の要素として生徒に把握させ,それら の美的調和と緊張感のある魅力的な画面をつく るよう再度注意して,作業の進行を見守った。

生徒は自己の画面に5個から10個くらいの長方 形を作図したころチャイムが鳴り,第一週目の 二時間の授業を終った。

 第二週目の二時間はその全部を面の割り出し に費やした。一時間目がおわるころには殆んどの生徒の作業の進行状況は概ね70パーセン トのできであった。生徒は画面の周辺に接して作図をしはじめるのが大部分であったので,

当初から小さな長方形で作図し始めた場合,四周部に狭い面が集り,中央部に広い面で構 成される傾向となる。またこの段階では,生徒の手の動きが緩慢になり,画面のまとまり のためのプロポーションの過不足を試行錯誤している姿が目立ってきた。このようなとき を見計って個人指導にのりだすこととした。先ず前述した例のように周辺部に狭い面が集 中している画面については,当初から画面中央部に広い面を作る意図的な構成,即ち,

tensionの効果を生かして放散,拡散の構成を狙っている生徒以外(実際,はじめからこの

ような効果を狙っている生徒は少なかった)は,ある程度の修正を忠言した。即ち,画面

のバランスのうえから,小さな面の拡大を促したもので,そのために,それぞれのプロポー

ション,長方形の性質と分割法の1,2を紹介していたが,改めて,全員に注意し,その

(19)

121

美術科・デザインにおける変化と統一の学習の実践(米田)

拡大法について説明した。

これは分割の逆操作をすれ ばよく,右図を板書した。

(図10)この拡大操作によ り,画面の感じは変り,さ らに連鎖的な修正により大 きく変わることとなった。

またこの周辺部の拡大操作 によってこのようなプロ ポーションをもつ長方形の メカニズムの理解のために は極めて有効であったと思 われた。一方,長方形の大 小の差が比較的小さい,い わゆる類似的要素の構成は 緊張感に乏しく散漫な感じ

を与えるが,

π

φ

S

1二源「について

S

S

S

       1:ヂについて

 斜線はもとの長方形 1:1,1:2については省略

図10 プロポーション長方形の拡大の一例

      このような画面をもつ生徒には,ポイントやアクセント,長方形の面の大・

小のコントラスト等について話して面の細分を促した。このようにして概ね一定のプロ ポーションによる長方形の,しかも大・小の変化と統一をもつ面でうめられることとなっ たが,最後に残った余白がどうしてもプロポーションをもった長方形に相当しないことが 多く起った。このことについては小さな面でしかも,一定のプロポーションに近い長方形 にしておわるよう全員に指示した。授業の終了時には完全に作図がおわっていない生徒が 二割程度いたが,宿題とし,来週には色紙貼りにかかるよう告げて授業は終った。

 5,6時間目にあたる最終週の授業は,区画した長方形の色紙を貼り付けて色彩的効果

をだす作業となった。即ち48色の色紙によって,区画した長方形に色面を成すことである

が面のもつ相互の関係や効果に,色彩のもつ性質や効果をどのように同調させるかがこの

時の授業の目標になった。生徒はこの時までに色彩についての基礎的な学習はまだやって

いない。これまでの構成練習では,殆んど色彩を伴った学習ではあったが,それは他の造

形エレメントや原理の学習が目的で,この意味においては総合的で経験的な積み重ねに過

ぎないものと思われた。従って色紙の色彩的な使用、の仕方については何の制約もなく,48

色を自由に使わせるようにしたものである。これは一定のプロポーションでの作図と美的

構成と言うかなり厳しい制約のあとであることにも依るものであった。この時の授業を始

めるに際して生徒には,長方形の区画と画面の感じにふさわしい色面とするよう注意して

おいた。いわゆる色彩の見え方と感情効果についてであり,とりわけ同時対比や色の面積

の大小による対比,色彩の同化など生徒の色彩による表現の可能性をひろげることに気を

配った。生徒は48色の色紙を並べて置きながら,選定がはじまった。多くの生徒は当初ラ

ンダムに好きな色を随所に貼っていった。色紙を長方形の形,大きさに切り取り,遂次貼

り付けているもので,しばらく作業を見守ることにした。白い画面が次第に色彩を増して

いくが,大部分の生徒が統一感にはほど遠く幾つかの色彩のパレードと言う様相を呈して

参照

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