『資本論』から『資本主義論』へ
『資本論』から『資本主義論』へ
有賀定彦は し が き
マルクスの経済学研究の「プラン」によれば,『資本論』は,マルクスの 問題意識からしても,その目的の一部であって,資本主義を全体として把握 する理論体系を構築するためには,さらに新たな論理の展開が必要となる。
マルクスにとって,それは「経済学批判体系」の構築である。だが,現代に おいて,資本主義を全体として把握しようとする経済学の構築をめざすなら ば,その作業は,マルクスが生きていて「経済学批判体系」を書き上げたな らば,どのようになったであろうか,という視点でとりあげたのでは,十分 ではあるまい。なぜならば,その作業は,マルクスの「経済学批判体系プラ ン」を手がかりにしながら,しかもマルクス以後現代にいたるまでの資本主 義の生々しい歩みを射程にいれたうえで,資本主義の存立構造と運動とを体 系的に明らかにするという課題になるからである。
このような意味で,私は,資本主義をトータルに把握する「経済学」を F資本主義論』とよぶ。本稿では,「プラン」や『資本論』で,マルクスが 用いている方法を手がかりに,F資本論』から『資本主義論』への展開の糸 口を考えてみたい。
1 マルクスの「経済学批判体系プラン」
マルクスは,1857年F経済学批判への序説』3「経済学の方法」で「経 済学批判体系」の編別についてつぎのようにのべている。
「区分は明らかに次のようにされなければならない。(1ト般的な抽象的な諸規定。し たがって,それらは多かれ少なかれすべての社会形態にあてはまるが,しかし以上に説
明した意味でそうなのである。 (2)フツレジョア社会の内部編成をなしていて基本的な諸階 級がそれに立脚している諸純日。資本,賃労働,土地所有。乙れらのものの相互関係。
都市と農村。三つの大きな社会階級。これらの階級のあいだでの交換。流通,信用制度 (私的)0(3)国家の形態でのフ'ルジョア社会の総括。それ自身にたいする関係のなかで考 察されたそれ。「不生産的」諸階級。租税。国債。公信用。人口。植民地。国外移民。 (4)生 産の国際的関係。国際的分業。国際的交換。輸出入。為替相場。 (5)t!t界市場と恐慌1)0 J
うえにつづく1859年「経済学批判』の「序言」では,簡潔につぎのように なっている。
「私はフツレジョア経済の体制をこういう順序で,すなわち,資本・土地所有・賃労 働,国家・外国貿易・世界市場という順序で考察する。はじめの三項目では,私は近代 フ.ルジョア社会が分かれている三つの大きな階級の経済的諸生活条件を研究する。その 他の三項目のあいだの関連は一見して明らかである2)0 J
いわゆる「プラン」問題といわれている「経済学批判体系」についてのマ ルクスの以上と同様の構想は,マルクスのラサーノレあて(1858年2月22日, 同年3月11日) ,エンゲJレスあて(1858年4月2日)や,ワイデマイヤーあ て(1859年2月1日〉の書簡にもみることができる。これらのことからし て,マルクスの「経済学批判体系」の編別についての椅忽は,資本,土地所 有,賃労働,国家,外国貿易,世界市場と恐慌の順序であったものと思われ る。この「経済学批判体系フ。ラン」でみるならば,マルクスが経済学の研究 で意図したものは,資本主義をその全体の存立構造と運動において把握せん とする『資本主義論』ではなかっただろうか。 r資本」にはじまり「世界市 場と恐慌」で終る体系的に首尾一貫した理論がそれではなかったか。それ は,資本主義の発生・発展から,実践的綱領である『共産党宣言』で主張さ れている,世界恐慌という「破局」をつうずる変革の客観的条件の成熟のも とで全世界のプロレタリアートが主体的条件となって,先進資本主義諸国の
「世界草命」にいたる資本主義の死滅の過程までを,全体として法則的に明 らかにすることではなかったか。 rプラン」はそういうマルクスの目的意識 のもとにつくられたのであろう。
マノレクスのこの「プランJの構想が,その後変更されたかどうかというこ とは問題のあるところではあるが,必要なことは,マルクスの「プラン」を
『資本論』から『資本主義論』へ 3 一 言 一 句 動 か す こ と の で き な い も の と し て で は な く , こ れ を 手 が か り に 「 経 済 学 批 判 体 系 」 を , 現 代 ま で の 資 本 主 義 の 全 体 と し て の 存 立 構 造 と 運 動 を 視 野 に い れ て , 構 築 す る 乙 と で あ ろ うo だ が , 乙 の 作 業 を お 乙 な う に あ た っ て , ま ず 「 経 済 学 批 判 体 系 」 の な か で 占 め る 『 資 本 論 』 の 位 置 づ け を 明 ら か にしておく必要があろう。
マルクスからフェノレディナント・ラサーノレへの吉:筒(1858年3月11日)
「第一分冊はどうしても相対的にまとまったものにならざるをえないだろう。そして それには全展開の基礎がふくまれているのだから, 5‑6ボーゲン以内でそれを仕上げ るのはむずかしかろう。だが,とのことは最後の仕上げのときになってわかるだろう。
それは次のものをふくむ, (1)価値, (2)貨幣, (3)資本一般(資本の生産過程,資本の流通 過程,両者の統一または資本および利潤,利子)0 3) J
マルクスからエンゲ jレスへの書簡(1858年4月2日)
「次lと示すのが第一の部分の簡単な概要だ。全体は6巻 l己分ける乙とにしている。 (1) 資本について。 (2)土地所有。 (3)賃労働。 (4)国家。 (5)国際貿易。 (6)世界市場。
I 資本は4つの篇に分かれる。 (a)資本一般。(乙れが第一分冊の題材だ。 (b) 競争,すなわち多数資本の対相互行動。 (c)信用。乙こでは資本が個々の諸資本に対 立して一般的な要素として現われる。 (d)株式資本。最も完成した形態(共産主義に 移るための)であると同時に資本のあらゆる矛盾を具えたものとしてのそれ。資本から 土地所有への移行は同時に歴史的でもある。というのは,土地所有の近代的形態は,封 建的等々の土地所有にたいする資本の作用の産物だからだ。同様に土地所有から賃労働 への移行も,たんに弁証法的であるだけではなく,歴史的でもある。というのは,近代 的土地所有の最後の産物は賃労働の一般的定立であり,次いで賃労働が全体の基礎とし て現われるのだからだ。 4)J
マノレクスからヨーゼフ・ワイデマイヤーへの書簡 (1859年1月25日)
「僕は経済学全体を六部に分ける。
資本,土地所有,賃労働,国家,外国貿易,世界市場。
部一部資本については,四つの篇 lと分かれる。
第一篇,資本一般,は三つの章に分かれる。 (1)商品, (2)貨幣または単純な流通, (3)資
私的」
マルクスのこれらの書簡からしても, r資 本 論 』 は , マ ル ク ス の 窓 図 し た
経済学の全体系のなかで r資本」の項の「資本一般」に当るものとみてよ い。 r競 争J, r信用J, r株 式 会 社 」 は 『 資 本 論 』 で 十 分 だ と は 思 え な い し,また「土地所有J, r賃労働」にしても, r資本論』では「資本一般」の 解明に必要な範囲で,いわば「土地所有一般J, r賃労働一般」とでもいう べき抽象的な論理次元でのとりあげ方であるo したがって r資本論Jは, マルクスの問題意識からするならば,その目的の一部であって,資本主義を 全体として把握するためには,さらに新たな論理の展開が必要となる。それ は,問題意識からするならば, r経済学批判体系」の構築にほかならないが,
それを私は,次のような理由から『資本主義論』とよぶのである。すなわ ち,この作業は,マルクスが生きていて「経済学批判体系」を書き上げたな らば,どのようになったで、あろうか,という作業ではなく,そのことも念頭 におきながら,つまりマルクスの「経済学批判体系フ。ラン」を手がかりにし ながら,マルクス以後現在にいたるまでの資本主義の歩みを射程にいれたう えで,資本主義の存立構造と運動とを体系的に明らかにする作業だからであ るO
したがって, r資本主義論』には,以下の課題がふくまれるo
(1) 19世紀中葉のマルクス段階, 20世紀初頭のレーニン段階,そして現代 を一貫する資本主義の「原型」となり, r原型」の「原理」となりうるもの。
(2) マルクスが「経済学批判体系プラン」で指摘している「資本」から
「世界市場と恐慌」までを一貫した理論体系として構築することO
(3) 資本主義を全体としてとらえるということから, r非資本主義J, r歴
史的なもの」をこの理論体系のなかに位置づけること。
(4) 資本主義の運動の「必然性」を理論の対象とすることD 資本主義の歩 みを科学的にとらえるとと。
(5) r資本論』は r資本一般」に位置するとはいえ r資本論』の論理 構成のなかに r資本主義論』に展開しうる「方法」を見出すことD
このような『資本主義論jの構築をめざすならば,ここで検討しておかね ばならないのは,いわゆる「宇野理論」の方法論であろう。
『資本論』から『資本主義論』へ 5 注
1) K. Marx, Einleitung zur Kritik der Politischen Okonomie, M. E. Werke 13, s. 639,邦訳『マルクス・エンゲルス全集』第13巻635ページ。
2) K.Marx, Vorwort zur Kritik der Politischen Okonomie, Werke 13, s. 7, 邦訳『前掲書J5ページ。
3) Brief von Marx an Ferdinand Lassalle, 11. Marz 1858, Werke 29, S. 554,邦訳『マルクス・エンゲjレス全集』第29巻 432ページ。
4) Brief von Mar;τan Engels, 2. April 1858, Werke 29, S. 312,邦訳『前掲 書J246ページ。
5) Briefvon Marx an JosePh Weydemeyer, 1. Februar 1859, Werke 29, S. 572,邦訳『前掲書j448ページ。
2 r宇野理論」の方法論
これまでの伝統的なマルクス経済学にたいして r経済学の方法」から無 理があるとして,独自の理論体系をたてるのが「宇野理論」である口原理論
・段階論・現状分析の三段階論がこれである。
商品経済を経済学の対象とし r資本家と労働者と土地所有者との三階級 からなる純粋の資本主義社会を想定して,そ乙に資本家的商品経済を支配す る法則を,その特有なる機構と共に明らかにするわ」のが経済学の原理論で あるo 乙こから, r歴史的なものJr非資本主義」は原理論の対象外とされ,
資本主義の運動から「生成」と「死滅」とがとりのぞかれる。宇野氏はい う。「マノレクスの場合でも,その社会主義的主張が直接的にあらわれること になると,理論的にはむしろ体系から逸脱することにならざるをえなかっ た。例えば『資本論J・第l巻第24章(いわゆる原始的蓄積)の第7節(資本 主義的蓄積の歴史的傾向)に展開されている,いわゆる資本主義崩壊論の如 きは,原理論的に展開され,論証されうることではない。実際また資本主義 の社会主義への転化は,資本主義の経済の原理と無関係とはいえないにして も,原理的に解明される諸現象のように繰り返してあらわれるものではない し,また原理論のような抽象的規定ですませるものでもない。実は,この
『原始的蓄積Jの平自身がすでに原理論としての体系の外に出るものであ る。『資本論」でもそれが第 l治の最後のおのtii税論の補論としてとかれて いるということは,その点を示すものといってよい2) J0 経済学の原理は,
「完結した体系をもって資本主義社会の基本的経済法則を展開するのであっ て,それは直ちに資本主義の発生 JDJ を~1-明するも ω でないのと同様に,その 没落期をもその理論の内に,あるいはまたその理論の延長によって,解明す
3) 、
る と い う も の で は な い 」 とD そ し て さ り に , 経 済 学 の 原 理 の 方 法 に つ い て,つぎのように規定するo
「経済学の原理は,唯物史観lという歴史的諸社会はもちろんのこと,資本主義自身の 発生・発展・消滅の歴史的過程をも,いわばその背後に留保しつつ,資本主義社会の
『経済的運動法則』を明らかにするのである。それはかかる歴史的背景のもとに資本主 義社会を自立的な運動をなす一社会として捉示する。したがってまたそれは他の社会か ら発展したものとしてではなしさらにまた他の社会に転化するものとしてでもなく,
むしろ永久的に同じ運動を繰り返しつつ発展するものであるかの如くにして,その運動 法則を明らかにするのである。 4)J
伝統的なマルクス経済学が,資本主義の運動法則を,その生成・発展・死 滅のプロセスの法則としてとらえるのにたいし,宇野氏は,資本主義の運動 法則とは, I純粋資本主義」の「経済的運動法則」であり,しかも乙の法則 を, Iたえずくり返すJII己完結的な循環運動として把握するのであるo し たがって, I歴史の必然性」は原理の対象外におかれるo
このような経済学の方法論にもとづ、いて,さきにあげたマルクスの「プラ ン」について宇野氏は 「マルクスのいわゆる『ブルジョア社会の国家形態 での総括』も, r生産の国際的関係』も,純粋の資本主義社会を対象とする 原理論から排除されるとともに段階論の対象となる5〉」というD 氏 に よ れ ば, Iプラン」の「前半体系」の「資本J, I土地所有J, I賃労働」は原理 論 に ふ く ま れ る が 「後半体系」の「国家J, I外国貿易J, I世界市場」は 原理論から除外されるべきであり,それは段階論の対象であるとされる。そ れでは宇野氏のいう段階論とはなにか。氏はつぎのように説明する。「原理」
が解明されたら次に,この「原理を基準として,資本主義社会の発展過程に
『資本論』から『資本主義論Jへ 7 おいて種々異った様相をもってあらわれる諸現象を発展段階的に規定された ものとして解明しなければならない。……資本主義の現実の発展は,一定の 時期までは純粋化の傾向を示しながら常に多かれ少かれ非商品経済的要因に よって影響され,また一定の発展段階ではこの傾向を阻害する強力なる要因 を発生せしめることになるのであって,現実の諸現象は,原理をもって片付 けえない側面を必ず呈示してくるのである6)」。したがって,段階論とは,
「商品経済の諸相を,資本主義的発展を指導する国において,その世界史的 典型として解明するものにほかならない7」〉 D つまり段階論とは,商品経済 の諸相のタイプ論ということになる。たとえば貿易論を具体的にやるとすれ ばどのようになるのか,という問題にたいして, r貿 易 論 を や る と す れ ば 重 商主義の貿易,自由主義の貿易,帝国主義の貿易というようにやるべきで,
それはタイプを明らかにするということになる。やはり段階論的な規定とし てやるべきだと思う8)Jという。そしてここで「タイプを明らかにする」と いうことは,氏によれば「資本主義の発展の過程を具体的に特徴づける9)」
ということである。
こうして宇野氏は,マルクスの「プラン」のいわゆる「後半体系」の項目 を「段階論」と規定し, r原理論」との「かかわり」をつぎのように説明す る。
「資本主義の発展の段階規定は,各段階において指導的地位にある先進資本主義国に おける,支配的なる産業の,支配的なる資本形態を中心とする資本家的商品経済の椛造 を,いわゆる『フ勺レゾョア社会の国家形態での総括』としても,世界史的に典型的なる ものとして,その国家形態自身も,また『国際関係』も,乙の発展段階に応じて変化す るものとして,解明するものとなる。それは経済学のいわゆる専門別研究の一般的規定 をなすものといってよいのであるが,従来は原理論に対してその歴史的段階規定を明確 にされなかったために, J民々混乱を免れなかったのである。 10)J
「個々の同々の具体的問題の解明は,乙の段階論の一般的規定を前提とする。悶際的 貿易関係、も同様である。いずれにしても『フツレジョア社会の国家形態での総括』とこれ らの国々の国際的関係、は,抽象的に資本主義一般として原理的に規定されるものではな い。いわゆる国家論もこの資本主義の世界史的発展段附を活礎として始めて具体的に規 定せられるものといってよい。 11)J
このように,資本主義がどのように発展しょうが, I永久に変らない」原 理論にたいし,資本主義の発展段階にしたがって,商品経済のとる「変る」
諸相を「タイプ」づけるのが段階論であるとするD そして,このような視点 からマルクスの「プラン」をつぎのように批判する。
「マJレクスが『経済学批判』の「序説」で与えた「篇別」も,原理論と段階論とを区 別するものではなかった。原理論にあたる,第二の項目, rブノレジョア社会の内部の仕 組をなし,かっ基本的諸階級の基礎となっている諸カテゴリー云々」に対しても,第三 に「プノレジョア社会の国家形態での総括J,第四に, r生産の国際的関係J等々が並べ られ,後l乙第五として「世界市場と恐慌」があげられるにすぎない。これらの諸項目の 聞に原理論と段階論とを区別しなかったということは, r資本論』自身も原理論として 純化するととを妨げられ,その論理的展開IC首尾一貫しないものを残すことになったの である。 12)J
このように「宇野理論」をみてくると,それは明らかに「マルクスの方 法Jとはことなるし,またマルクス主義の新たな理論的展開でもない。した がって, I宇野理論」にたいして, I三段階論」の体系化はかならずしも説得 的でない13)とか,商品経済だけが「経済学の対象」となるのはおかしいし,
宇野理論においては, I生産関係JI階級関係」概念が欠如している14)とい った批判をはじめ,これまでにおびただしい批判がなされてきた。だが,乙 ういった批判にもかかわらず,宇野理論が一定の影響力を持ち続けている乙 とは, I経済学の方法」に関しても伝統的なマルクス経済学のいわば通説に も,欠陥があり,そのため,宇野理論の用語をかりていうならば, I原理J と「段階」についても,いまだに説得的な理論の体系が対置されていないこ とにもよるのではなかろうか。
これまでのマルクス経済学にあっては I経済学の対象」には「プラン問 題」を,そして「経済学の方法」には, I下向・上向」の方法をとりあげ,
「経済学の体系Jを構築しようとするのが,伝統的な通説であった。そこ で, I資本・土地所有・賃労働,国家・外国貿易・世界市場」という「順序」
をどのように「上向」して体系化するか,ということに多大の努力がはらわ れてきた15)。だが,乙の作業には,いまだに解決しえない困難な点がある。
『資本論』から『資本主義論』へ 9 第一は, i歴史的なもの」をどのように論理のなかに組み入れるか, とい うことであるoそれは,非資本主義を資本主義の論理のなかにどのように位 置づけるかということであるO マルクスは, r資本論」の叙述内容を, i資本 主義的生産様式の内的編制を,いわばその理想的平均において,示しさえす ればよい16)Jとのべるoだが, 乙の「理想的平均」とは「純粋資本主義」
を意味するものではあるまい。[経済学批判体系」のなかの「資本」の,し かもそのなかでの「資本一般」にすぎない『資本論Jにおいても, i歴史的 叙述」は全三巻の各所でみられ,論理の上向と歴史的叙述との織りまぜた構 成になっている。といって,そこにおける歴史的叙述は,けっして『資本 論』の「付録」でもなければ,いわゆる「原理」の外にでるものでもなかろ う口宇野理論が提起されて以来, i原理」という表現が一般化しているが,
いったいマルクス経済学にとって「原理」とは何か。 r資本論』をふくめ,
マルクスの諸著作に,資本主義の「原理」という概念は見当らない。
第二は,資本主義の辺助を体系のなかでどのようなものとしてとらえる か,つまり歴史の必然性をどう理論的に位置づけるかというととであるo い いかえれば, i上向」の論理と「述到」の論理をどのように統一的に理論的 体系化するか,ということであるD 第一の「歴史的なもの」の体系化をも含 めてみるならば, r資本論Jの構成は,箱崎の上向を縦軸に,その箱EWを検 出した論理次元における箱時の歴史的考察と資本主義の運動を横軸とする立 体的論理となっているD
第三は, i資本」から iUt界市J;J}Jまでを一貫した体系としてとらえる場 合, i資本・土地所行・賃労働」という「前半」の体系と, i国家・外国貿易
・世界市場」という「後半Jの休系との技点として, i国家」範時をどのよ うな内容のものとして毘解するかということである口
このような困難な点を解決しながら,経済学の体系化を進めるにあたっ て,私は,第一郎でのべたように,その理論体系を, 19世紀中葉においての みではなく, 20世紀初頭のいわゆる「レーニン」段階においても,また現代 においても,資本主義を一貫する「原型」の一般理論として椋築するため に17) 次のような「経済学の方法」でこころみたい。すなわち,資本主義
を 存 立 構 造 と 運 動 の 二 つ の 視 点 か ら と ら え , 前 者 を 「 解ril]学 と し て の 経 済 学J,後者を「生理学としての経済学」の対象となし,その立体的論理とし てまず『資本論』を考察し,その作業をつうじてさらに『資本主義論』構築 への手がかりにしたい。つぎに,乙の「二つの方法」についてのべよう。
注
1 ) 宇野弘政[径済原論j12ページ。
2) 宇野弘政『経済学方法論J36ページ。
3) 宇野弘政『前掲書J48ページ。
4) 宇野弘政『前封書J150ページ。
5) 宇野弘政 nilj掲:苫J49ページ。
6) 宇野弘政『経済原論J12ページ。
7) 宇野弘政 niij掲苦J12'""13ページ。
8) 宇野弘政『経済学を語るJ127ページ。
9) 宇野弘政『経済学方法論J49ページ。
10) 宇野弘蔵『前掲書J54ページ。
11) 宇野弘政『前掲書J55ページ。
12) 宇野弘政『前掲書J55ページ。
13) 佐藤金三郎 rr資本論」と宇野経済学J156~157 ページ。
14) 林直道『史的唯物論と経済学』下136~167 ページ。
15) 経済学の「体系化」に関する論文は数多いが, 乙こでは,国際経済研究会シン ポジウム「国際経済論と経済学体系Jr世界経済評論J1968年3月号, 4月号をあげて おく。
16) K. Marx, Das KapitaZ, Bd. m, Werke 25, S.839,邦訳『マルクス・エ ンゲノレス全集』第25・b巻1064ペーヅ。
17) 乙の点については,有賀定彦・都野尚典編著『世界経済の枯造と展開』第一章 第四節「原理・原型・段階」を参照されたい。
3 解剖学としての経済学
マルクスは『経済学批判への序説j3 i経済学の方法」で,研究としての 下向への旅と叙述とし,ての上向へφ旅 の 二 つ の 方 法 を 示 し , 次 の よ う に い
『資本論』から『資本主義論』へ 11
つo
「われわれが与えられた一国を経済学的に考察する場合には,われわれはその国の人 口,その人口の諸階級への分布,都市,農村,海洋,種々の生産部門,輸出入,年々の 生産と消費,商品価格,等々から始める。
実在的で具体的なもの,現実的前提をなすものから始めること,したがって,たとえ ば経済学では,社会的生産行為全体の基礎であり主体である人口から始めることが,正 しい乙とのように思われる。しかし,もっと詳しく考察すれば 乙れはまちがいだとい う乙とがわかる。……もし私が人口から始めるとすれば,それは,全体についての一つ の混沌とした表象であろう。そして,もっと詳しく規定することによって,私は分析的 にだんだんもっと簡単な概念に考えついてゆくであろう。表象された具体的なものか ら,だんだん稀はになる抽象的なものに進んでいって,ついには最も簡単な諸規定に到 達するであろう。そこでこんどはそ乙からふたたびあともどりの旅を始めて,最後には ふたたび人[Jに到達するであろう。といっても,とんどは,一つの全体についての混沌 とした表象としての人口にではなくて,多くの規定と閃係とをふくむ一つの12かな総体 としての人口に到述するであろう。第一の道は,経済学がその成立にさいして歴史的に たどってきた近であるO たとえば17由紀の終済学者たちは,いつでも,生きている全体 から,すなわち人口,国民,同友,いくつかの間安,等々から,始めている。しかし,
彼らは,いつでも,分析によっていくつかの規定的な抽象的な一般的な関係,たとえば 分業や貨幣や価値などを見つけだすことに終わっている。これらの個々の契機が多かれ 少なかれ同定され抽象されると,労働や分業や欲望や交換価値のような簡単なものから 国家や諸国民!日]の交換や世界市場にまでのぼってゆく経済学の諸体系が始まった。乙の あとのほうのやり方が.Iリ]らかに,科学的に正しい方法である。具体的なものが具体的 であるのは,それが多くの規定の総括だからであり,したがって多様なものの統ーだか らである。それゆえ,具体的なものは,それが現実の出発点であり,したがってまた直 観や表象の出発点であるにもかかわらず,思考では総括の過程として,結果として現わ れ,出発点としては現われないのである。第一の道では,充実した表象が蒸発させられ て抽象的な規定にされた。第二の道では,抽象的な諸規定が,思考の道を通って,兵:'~~
的なものの再生産になってゆく。……しかし,抽象的なものから具体的なものにのぼっ てゆくという方法は,ただ具体的なものをわがものとし,それを一つの精神的に具体的 なものとして再生産するという思考のための仕方でしかないのである。しかし,それは けっして具体的なものの成立過程ではないol)J
すなわち,マルクスにとっての「経済学の方法」とは,混沌と表象された 具体的なものから,最も簡単な抽象的な諸規定に到達する道が「下向への 旅」であり,これにたいして「上向への旅」とは,最も簡単な抽象的な諸規 定から再び後戻りの旅を始めて,最後に多くの諸規定と諸関係とを含む豊か な総体としての具体的なものにたどりつくという道であるO そして,この第 二の「上向の道J,すなわち,混沌とした具体の分析からみちびかれた抽象 的な諸規定が,思考の近を通って具体的なものに再生産されてゆくこのプロ セスを叙述することに経済学の体系を位置づけた。ところで,最も簡単なも のから複雑なものへと登ってゆくこの上向の辺は,けっして「具体的なもの の成立過程ではない」とマルクスはいうO そして,経済学体系における諸範 時の順序と諸範時の歴史的成立過犯との関係、について,マルクスは I最も 簡単なものから複合的なものへとのぼってゆく 1[11象的思J5・の歩みは,現実の 歴史的過程に対応する2) 」というー!日をもつものの,経済学体系において は, I経済学的諸範時を,それらが歴史的に規定的範時だった順序にしたが って配列することは,実行もでき‑ないし,まちがいでもあろう幻」とのべ,
諸範時の順序は.Iそれらが近代プJレジョア社会で互いにもっている関係に よって規定されている4) 」のであって,問題は.I近代ブ、ノレジョア社会のな かでのこれら諸関係の編制なのである幻」という。
『経済学批判要綱Jn I貨幣にかんする章」でマルクスはいうO 物的依存 関係の社会にあっては.r各ひとりひとりの個人にとっては生活の条件にな っている,活動と生産物の一般的な交換,すなわちその相互的な関連は,彼 ら自身には無縁で,独立に,一個の事物として現われる6)JとD 商品交換に おいては.r人と人」との関係は「ものともの」との関係に転化し, このも のとものとの関係は自立化しひとり歩きをはじめるD 物象化とは,このもの とものとの関係が, じつは人と人との関係、二社会的諸関係から生みだされ倒 錯化したものでありながら,人間の自には,そのもωとものとの関係としてし か映らず, しかもこの倒錯化がごく臼然な合理的な現象としてうけとめられ ることをいうo つまり,物象化とは社会的諸関係の倒錯化にほかならない。
ところで,商品交換におけるものとものとの関係を規定するのは価値法則
『資本論』から『資本主義論』へ 13 である。乙の意味で,価値法則とは社会的諸関係の物象化の法則だといえ
る。
「ドイツ・イデオロギー』で 「分業」から「物象化」をみちびきだし た7)マルクスは,その後『哲'予の11因』において, i経済学的諸カテゴリー は,社会的生産諸関係の理論的表現,その抽象であるにすぎない8)Jとの べ,また「近代社会には,労働の配分について,自由競争以外になんらの規 則も権威もないのである9)Jとして,資本主義における社会的分業は, 自由 競争=価格運動の結果として形成されるものとみるにいたった。このように して, r哲学の貧困』で到達した,経済学的諸箱時を分業からでなく,社会 的生産諸関係、の物象化として認識する地平は, r経済学批判要綱J, r経済学
批判』から『資本論』へとさらに論理が徹密に豊かに展開していった。それ は,価値法則による物象化の解明であった口
資本主義社会とは,商品交換が最高度に発達し,労働力までもが商品とな る商品生産社会である。「交換がすべての生産関係にいきわたるのも,フ勺レ ジョア社会,自由競争の社会ではじめて発展するのである10」〉 o したがっ て,価値法則は資本主義社会において十分な開花と展開をみせる乙とにな るo しかもそこでは,価値法則はただ商品交換を規定する法則としてではな く,それ自身の展開から生みだした資本の運動として姿を現わす。そして,
資本はその運動の過程でさまざまな経済学的諸箱時を生み出だしてゆく。乙 のようにみてくると,経済学の諸範時の順序について, r経済学批判への序 説jでマルクスがのべた, i近代7'}レジョア社会で互いにもっている関係」
とか, i近代フ勺レジョア社会のなかでのこれら消関係の編制」ということ は,価値法則の論理的上向のプロセスの順序だといえようo このようにし て,マルクスの経済学は,資本主義社会におけるltlも簡単な社会的諸関係の 物象化をなす商品の分析からはじまった。しかも,資本主義における経済学 的諸範時は,社会的諸関係からよtみだされながらも,それにt'I立してひとり 歩きするもωとして羽われるO それは,すでにωべたように社会的諸関係の 倒錯化した物象化ω世界であり,商品経済の作川による資本主義の「物象 化」の重同構造である。したがって,この立味からするならば,経済学の体
系とは倒錯化の上向の体系である。乙乙からして,乙の倒錯化をそのままう けとり,物象化された範時を無批判的に経済学の体系とする俗流経済学にた いして,みずからの理論を科学として対決させるため,マルクスはわざわざ
「批判」という言葉をつけ加えて「経済学批判体系」といったのである。そ して,乙のような志味において,資本主義の存立構造をときあかす「市民社 会の解剖学11〉」として,資本にはじまり世界市場と恐慌で終る経済学の体 系を構想したのである。
このように, r経済学批判への序説』における「経済学の方法」で,マル クスは, r経済学の体系」を,いわゆる「上向」法にもとづいて,資本主義 における「諸範鴎の編制」という視点からとらえる口それはまた,価値法則 の上向による資本主義の存立構造を明らかにする作業だといってもよい。だ が, r経済学の方法」は r乙の方法」だけでよいのだろうか。乙乙での
「経済学の方法」は,マルクスが構想した「経済学の体系Jのすべてを総括 する方法ではなかろう。それはまた,乙の『序説』が「遺稿」であって,完 成された草稿ではないという乙とからもうかがえる。マルクスの『資本論』
やその他の諸著作をみても,資本主義の解明にあたっては,その「存立構 造」という視点からだけではなく, r歴史的なものJ, r非資本主義」のみな
らず,資本主義の「迩勤」をも理論の対象においているoマルクスの経済学 にあっては,その「範鴎」のとらえ方に次のような特徴がみられるのではな かろうか。すなわち,経済学の体系の構築にあたって,ある範暗から他の範 時への上向としての体系だけではなしに, r抽象から具体へJ, r単純から複 雑へ」という論理的上向とともに.r範時」それ自体の歴史的考察と「範応]
が検出された論理次元での資本主義の運動の必然J性が理論体系のなかに位置 づけられるということ。そして,資本主義の運動は,そのゆきつくところ
「破局」をもたらすという乙と。これである。資本主義はその運動の過程に おいて「非資本主義」を自己の領域に包摂してゆくのみならず,資本主義の 物象化の存立構造は,資本主義の運動の結果としての「破局」において,そ の実体を白日の下にさらしだされることとなるO 唯物史観でいう「生産諸力 と生産諸関係との矛盾」・「生産諸関係が生産諸力の発展諸形態からその桂
『資本論』から『資本主義論』へ 15 桔に一変する」というテーゼは,資本主義の「運動」・「破局」という論理 において明らかにされる。『経済学批判への序説』の「経済学の編制」にあ っても,その最終項は「世界市場と恐慌」となっている口
このように考えると, r経済学の方法」には, r解剖学としての経済学」の みならず,資本主義の運動を明らかにする「生理学としての経済学」が必要 であろうロ
注
1) K. Marx, 'Einleitung zur Kritik der Politischen Okonomie, Werke 13,
ss. 631~632 ,邦訳『マ Jレクス・エンゲJレス全集』第 13巻, 627~628 ページ。
2) K. Marx, a. a. 0., s. 633,邦訳『前掲吉J620ページ。
3) K. Marx, a. a. 0., s. 638,邦訳『前掲書J634ページ。
4) K. Marx, a. a. 0., s. 638,邦訳『前掲吉J634ページ。
5) K. Marx, a. a. 0., S. 638,邦訳『前掲書j635ページ。
6) K. Marx, Grundrisse der Kritik der Politischen Okonomie (Rohntwur f),
s. 75,高木幸二郎監;沢市一分冊78ページ。
7) この点については,有賀定彦「疎外・物象化・物神性J(木問要一郎・古川哲 編『資本論と現代』節3草)の55‑‑57ページを参照されたい。
8) K. Marx, Das Elend der Philosophie, Werke 4, S. 130,邦訳『マルクス
・エンゲノレス全集J~,l'}" 4冶il33ページ。
9) K.Marx,a.a.O.,S.15,1邦訳『前掲tiJ156ページ。
10) K. Marx, Grundrisse der・Kritikder Politischen Okonomie, S. 74,高木幸
二郎監J~第 1 分間]-77 ページ。
11) K. Marx, Vorwort zur Kritik der Politischen Okonomie, Werke 13, S. 8, j{5,v( rマノレクス・エンゲノレス全集』節目之さ6ページ。
4 !tJ~H 学としての経済学
『資本論』の稲川構成をみると,経済学的範時の論理的上向としてだけで はなく,論理的に成立した慌時の歴史的考察とその箱時の論理次元に規定さ れた資本主義の辺到の考案との)'[体的論理構造となっている。「具体的なも
のそのものの成立過程。」という歴史的考察は,その範時が論理的に定立し た後でとりあげている。『資本論』で若干の例をみてみようo
(1) 資本が歴史的にどのようにして生まれたか,という「本源的蓄積Jの 考察は,第1治第2編trs4 ~ ifi幣の資本への転化」の箇所ではなく,論理 的に「貨幣の資本への転化」が成立し, i剰余価値の生産J(第3篇「絶対的 剰余価値の生産Jot1J4Mi相対的剰余価値の生産J0 第5篇「絶対的およ び相対的剰余価値の生産J)を考察したのち,第7篇「資本の蓄積過程」に おいて, r再生産」をとりあげ,第21章「単純再生産」から第22章「剰余価 値の資本への転化」によって「資本の蓄積」という経済学的範鴎が論理的に 定立したのち,第24i;'trいわゆる本源的蓄積Jとして考察しているo
(Z) i商人資本に関する歴史的事実」は,第3巻第4篇「商品資本および 貨幣資本の商品取引資本および貨幣取引資本への転化(商人資本)Jにおい て,第16章「商品取引資本J,第17章「商業利潤J,第四章「商人資本の回 転 価格J,第19mi貨幣取引資本」の考察ののち,第20主主にとりあげて
いる。
(3) i資本主義以前の利子」は,第3巻第5篇「利子と企業者利得とへの 利 潤 の 分 裂 利 子 生 み 資 本 」 で , 第211iti利子生み資本」にはじまる利子の 論理的考察ののち,第36立としてとりあげている。
(4) i封建地代」の考察は,第3巻第6篇「超過利潤の地代への転化」に おいて,第37章から「差額地代J, i絶対地代」へと資本主義地代を解明し たのち,第47立「資本主義的地代の生成」にいたってとりあげることとな るo
ところで,資本主義は,商品経済社会であるとともに資本と賃労働という 生産関係=階級関係、をもっo 剰余価値の追求が,資本蓄積の運動をかりた て,たえず生産力を発展せしめながら生産諸関係との矛盾・街突を生みだ してゆく。それは,資本主義の自己運動にほかならない。エンゲルスは『空 想から科学への社会主義の発展』で,従来の社会主義は資本主義的生産様式 とその帰結とをただ簡単にわるいものとして排撃することができただけだっ たし,労働者階級の搾取の本質がなんであり,どうしてそれが発生するのか