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ス イ ス の 直 接 投 資 −その最近の動向と特徴−

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ス イ ス の 直 接 投 資

−その最近の動向と特徴−

平 井 康 夫

Abstract

Switzerland is a small country whose population is only about7 million. But it is known as one of the richest countries of the world. Its per capita GDP is always ranked at global top level. The important key to understand the reason of its richness lies on the openness of the economy. This paper focused on the foreign direct investment, which is one of the main indicators showing the openness of the economy.

Switzerland is one of the most important countries of origin for direct investment. It is also one of the most attractive destinations for direct investment. The purpose of this paper is to survey the trend of Swiss outward and inward direct investment and to analyze the factors behind it.

Keywords: Switzerland, Foreign Direct Investment, FDI

1.はじめに

スイスは,九州ほどの国土の中に,人口 700万人が暮らす小国でありながら,1人当 りGDPでは,常に世界のトップクラスに入 る豊かな国である。スイスがなぜ世界有数の 豊かな国になり得たか,その要因としては様 々なものが考えられるが,本稿では,スイス 経済の開放性に直目し,その代表的な指標で ある直接投資について考察を試みる。

スイス経済を特徴付けるものとして,「開 放的な小国経済」の典型であることが指摘さ れる

1

。表1は2006年のスイスの経常収支の構

* 本研究に際して長崎大学から大学高度化推進経費 の新任教員の教育研究推進支援経費を受けた。記し て感謝申し上げる。

1 黒澤(2001)p.143

2

を示したものだが,サービス経済化の進 展と国外への生産移転の進展の結果

3

、財の貿 易における収支はほぼ均衡した状態にある一 方、対照的に、サービス貿易の収支は著しい出 超となっている。特に際立っているのは,対 外投資からもたらされる収益の結果生じてい る投資収益収支の巨額の黒字である。労働所 得収支は,若干の赤字にあるものの,上記の 2つの黒字が大きく貢献し,経常収支の黒字 は,対 GDP 比で15.1%と、同年の日本の経 常収支の対 GDP 比3.9%

4

と比較すると,約

2 2007年以降の数値については,米国のサブプライ ムローン問題の影響(NZZ Online (13,15.Feb. 2008)参照)などがあるため,2006年のデータを例示 として用いた。

3 Strahm(1997)p.90

4 日本銀行「時系列統計データ検索サイト」及び内 閣府「平成20年度国民経済計算確報」によると,

2006年の日本の経常収支は198,488億円,GDPは 5,073,648億円。

(2)

表1 スイスの経常収支構成(2006年)

Swiss Federal Statistical OfficeNational Accounts 及び Swiss National BankSwiss Balance of Payments より作成

4倍に達する高水準となっている。巨額の投 資収益収支の黒字と,その蓄積がスイスの豊 かさの重要な源泉の一つとなっていると言っ ても差し支えないであろう。

2.直接投資の概要

まず,スイスの対外直接投資及び対内直接 投資の残高の規模について,国際比較で見る と,スイスは,世界で最も有力な直接投資の

表2 世界各国の対外直接投資残高 上位20 (2008年) (単位:100万ドル,1000人)

国際貿易投資研究所「国際比較統計データベース」([原資料]UNCTAD;World Investment Report (WIR) 2009)及び総務省統計局,世界の統計2010,「第2章人口」(British Virgin Islandsのみ,CIA;

The World Fact Book2010)より作成

(3)

表3 世界各国の対内直接投資残高 上位20(2008年) (単位:100万ドル,1000人)

国際貿易投資研究所「国際比較統計データベース」([原資料]UNCTAD;World Investment Report (WIR) 2009)及び総務省統計局,世界の統計2010,「第2章人口」より作成

提供国の1つとなっている。表2は,世界各 国の対外直接投資残高の上位20カ国を示した ものである。スイスは,対外直接投資残高を 単純に金額ベースで比較すると,世界7位で あるが,人口規模を考慮した1人当たりの残 高で見ると3位に位置し, OECD 加盟国に 限ってみると,他の主要国を押さえて,1位 となっている。

次に,外国企業によるスイス国内への投資 の状況を示すものとして,対内直接投資につ いて見る。表3は,世界各国の対内直接投資 残高の上位20カ国を示したものである。スイ スは,対内直接投資残高を単純に金額ベース で比較すると,世界12位であるが,人口規模 を考慮した1人当たりの残高で見ると3位に 位置し, OECD 加盟国に限ってみると,こ

こでも他の主要国を押さえて,1位となって いる。

次に,最近の直接投資の動向についてスイ ス連邦銀行の直接投資統計を用いて見る。図 1は,1985年から2009年までの,対外直接投 資と対内直接投資の各々の毎年のフローの推 移を示したものである。対外直接投資,対内 直接投資ともに1990年代後半から増加基調と なり,2000年に一旦過去最高の金額となった 後,世界的な景気減速とスイス国内の景気低 迷の影響により,両者とも減少した。対外直 接投資については,2003年以降,世界景気の 回復とともに再び増加し,2006年に過去最高 金額を更新した。その後,2007年から2008年 にかけても高水準で推移した後,2009年は,

世界的な景気の先行き不透明感と,資金調達

(4)

図1 スイスの直接投資(フロー) (100万CHF)

Swiss National Bank,Direct Investment

2009

より作成

環境の悪化を受けて再び減少した。一方,対 内直接投資については,2003年に持ち直しの 兆しが見られた後再び低迷したが,2006年に なって,大型投資案件が相次ぎ,再び過去最 高金額を更新した。2007年も高水準を維持し たが,その後2008年には米国及び欧州経済の 景気後退の影響により大幅な減少を示し,

2009年に若干持ち直している

5

直接投資については,世界経済や資金調達 環境の影響を受けやすいため,毎年の変動が 大きいのは避けられないが,長いトレンドで 見ると,対外直接投資,対内直接投資ともに 概ね増加傾向にあることが窺える。

図2は,1985年から2009年までの,対外直 接投資と対内直接投資の残高の推移を示した ものであるが,毎年のフローとは対照的に,

両者ともに安定的に増加していることが明確 である。対外直接投資については,1985年に

5 各年の動向については,ジェトロ(1999‑2002), ジェトロ(2002‑2009),ジェトロ(2010)の国・地 域別動向の「スイス」を参考にした。

は521.1億フランであったものが,2009年に は8,655.2億フランと約17倍になっている。

また,対内直接投資についても,1985年には 209.6億フランであったものが, 2009年には5, 127.9億フランと約24倍になっている。

2.1.対外直接投資

スイスの対外直接投資の最近のフローを,

投資先別(表4)に見ると, EU 諸国と米国 向けの直接投資が多く,これら2カ国・地域 で,2009年

6

を除いて50%台後半から90%以 上と非常に高い割合を占めている。

EU におけるスイスからの主要な投資先国 は,年によって異なるが,英国,ルクセンブ

6 2009年は,金融危機による影響を受けて,欧米向 けの投資が一部を除き全般的に低迷したことに加 え,大手金融機関が資金繰りのために海外に所有す る資産を手放す(ジェトロ(2010)p.233参照)動き が見られたことから,結果としてアジアの相対的な 割合が高まった。

(5)

図2 スイスの直接投資(残高) (100万CHF)

Swiss National Bank,Direct Investment

2009

より作成

ルク

7

,オランダ,ドイツである。

対外直接投資の最近の具体例

8

を見ると,

英国への直接投資としては,2004年スイス・

リー(再保険)によるライフ・アシュアラン ス(保険)の買収,2006年のキューネ・アン ド・ナゲル(海運)による ACR ロジスティ クス(輸送・ロジスティクス)の買収,2007 年のペトロプラスホールディング (石油取引)

7 ルクセンブルクに対する直接投資の内訳は明らか にされていないが,同国には統括会社,金融持株会 社などの特別目的事業体(SPE)を設置する企業が 多く見られるため,SPE経由での投資が,同国に 対する対外直接投資及び同国からの対内直接投資の 数 字 を 押 し 上 げ て い る と 推 測 さ れ る ( ジ ェ ト ロ

(2010)p.169参照)。

8 対外直接投資及び対内直接投資の具体例は,基本 的にジェトロ(1999‑2002),ジェトロ(2002‑2009), ジェトロ(2010)の国・地域別動向の「スイス」を 参考に記述しているが,直接投資に係る各社発表や 報道と資金決済の時期の違いなどにより,各投資案 件が直接投資統計に反映されるまでには,時間差が 認められる。

によるコリトン製油所(石油精製)の買収,

2008年のスイス・リーによるバークレイズ生 命保険(保険)の買収,2009年のグローバル・

インフラストラクチャー・パートナーズ(投 資会社)によるロンドン・ガトウィック空港 の買収等が行われている。

オランダに対する直接投資としては,2004 年のシンジェンタ(バイオ)によるアドバン タ(種苗)買収,2007年のジボタン(化学)

によるクエストインターナショナル(香料)

の買収,2008年の ST マイクロエレクトロニ クス NV ワイヤレスによる NXP セミコンダ クター・ワイヤレス Op (半導体)の買収等 が行われた。

ドイツに対する直接投資としては,2004年 のスイス・スチール (鉄鋼) によるクルップ・

エーデルシュタール・プロフィーレ (特殊鋼)

の買収,2005年のノバルティス(医薬品)に よるヘキサル(医薬品)の買収,2007年,ア デコ(人材派遣)によるトゥヤ(人材派遣)

の買収,2008年のスイスライフ(保険)によ

(6)

表4 スイスの対外直接投資フロー(国別) (%)

Swiss National Bank,Direct Investment

2009

より作成

る AWD ホールディング(投資顧問)への 投資等が行われた。

フランスに対する直接投資としては,2008 年のアート&フレグランス(宝飾・化粧品)

によるラリック(ガラス宝飾品)の買収

9

が 話題となった。

最大の投資先である米国に対する直接投資 については,注目を集める大型案件が数多く あり,ここではそのうちの数例を挙げるに留 めるが,例えば,ネスレ(食品)は,2001年 にラルストン・プリナ(ペットフード)を買 収し同分野で世界2位になったほか,2003年 にはドライヤーズ(アイスクリーム)を買収,

2007年にガーバー(ベビーフード)を買収す

9 アート&フレグランス社のプレス・リリースを参 照。http://www.art-fragrance.com/fileadmin/ user̲upload/Medienmitteilungen/2008/14.02.08̲

Release̲E̲final.pdf

るなど積極的に M&A を展開している。そ の他,医療関連では,2008年に,ノバルティ ス(医薬品)がアルコン(眼科医療機器)の 買収を行ったほか,同年(2009年3月完了)

のロッシュ(医薬品)によるジェネンテック

(バイオ薬品)の買収は,総額501.5億 CHF とスイスにおける M&A 史上最高額を記録 した。金融部門では,2005年にスイス・リー

(再保険)がゼネラル・エレクトリック・イ ンシュランス・ソリューションズの買収し,

再保険業界で世界一になった事例がある。

対外直接投資の残高(表5)から,1985年

以降の直接投資の投資先を見ると,EUにお

ける投資残高が最も大きく,2006年にわずか

に下回ったものの,40%台で安定的に推移し

ている。次に大きいのが米国だが,1985年に

は30.3%と高いシェアを占めていたが,その

後徐々にシェアを落とし,1995年から1997年

(7)

表5 スイスの対外直接投資残高(国別) (%)

Swiss National Bank,Direct Investment

2009

より作成

を除くと, 20%前後で安定的に推移している。

米国に代わりシェアを伸ばしたのは,中南米 だが,オフショア金融センター向けの投資が かなりの部分を占めている。

次に,対外直接投資の残高

10

を業種別

11

に 見ると(表6),1985年には,製造業が76.7

%と高い割合を占めていたが徐々にシェアを 落とし,2000年以降は,概ね30〜40%程度に なっている。

製造業の中で,直接投資残高が最も大きい のは,化学・プラスチックだが,この業種分 類には,医薬品が含まれており,ロッシュや ノヴァルティスといった世界的な製薬企業に

10 対外直接投資の業種別のフローについては,年毎 に業種の入れ替わりが著しく必ずしも傾向的な特徴 は把握されない。

11 スイスの代表的な多国籍企業ネスレの属する食品 業は「その他(含む建設)」に含まれる。

よる直接投資が大きく貢献しているものと考 えられる。

一方,サービス業の対外直接投資残高は,

1985年には23.3%だったが,国内経済のサー ビス経済化の進展と歩調を合わせるようにシ ェアが高まり,2000年以降は概ね60〜70%程 度になっている。サービス業の中で,直接投 資額残高が最も大きいのは,「持株会社・そ の他金融」であり,中でも外国支配

12

の企業 の投資残高が大きいのが特徴的である。次に 投資残高が大きいのは,保険,次いで銀行で あるが,この分野も,スイス・リーやUBS,

クレディスイスといった世界的な有力企業の 寄与が大きいものと考えられる。

12 Swiss National Bank,Direct Investment 2009にお いて,「外国支配」は外国人(法人)が資本の過半 を所有していることと定義されている。

(8)

表6 スイスの対外直接投資残高(業種別) (%)

Swiss National Bank,Direct Investment

2009

より作成

2.2.対内直接投資

スイスに対する直接投資のフローを地域・

国別(図3)で見ると, EU 諸国と米国から の直接投資が圧倒的に多く,投資の引揚げ・

回収等により直接投資がマイナスとなってい る年も含め,直接投資の動向の大部分をこの 2カ国・地域の動きにより説明可能となって いる

13

EU におけるスイスへの主要な投資国は,

年によって異なるが,オランダ,ルクセンブ ルク,フランス,ドイツ,英国,オーストリ アである。

最近の例では,オランダからの投資として は,2002年の DSNL (医薬品)によるロシ ュ(同)のビタミン部門の買収,2008年のハ イネケン(ビール)によるアイヒホフ飲料部 門(同)の買収のほか,三菱樹脂が,オラン ダ子会社アクアミットを経由してクオドラン ト(プラスチック加工)を買収した事例など がある。

13 図3は,2000年以降の状況を示しているが,統計 で把握可能な1986年から1999年の対内直接投資につ いても同様のことが言える。

ルクセンブルク

14

からの投資としては,

2000年のティール・ロジスティクス社による 関連会社の設立がある。

フランスからの投資としては,2003年の LGT (金融)によるトロイハント(銀行)

の買収,2004年のサンゴバン(建設資材)に よるサニタス・トレッシュ (台所・浴室設備)

の買収,2006年のアクサ(保険)によるウィ ンタートゥール(同)買収,2007年のスコー ル(再保険)によるコンベリアム(同)の買 収,2008年の LVMH (モヘヘネシー・ルイ ヴィトン)(総合ブランド)によるウブロ

(時計)の買収,2009年のサノフィ・アベン ティス(医薬品)によるヘルベファルマ(後 発医薬品)の買収等が行われた。

ドイツからの投資としては,1999年のドイ ツ・ポストによるダンザス(運輸)の買収,

2003年のドイツ銀行によるリュートブラス銀 行の買収,同年のレーヴェ(食品流通)によ るボンアペティット(食品小売)の買収,

2004年のペルミラ・プライベート・エクィテ ィ(投資信託)によるデビテル(通信)の買 収,2005年のルフトハンザドイツ航空による

14 脚注8参照。

(9)

経営再建中のスイス・インターナショナル航 空の買収,2006年のメルク(医薬品)による セロノ(バイオテクノロジー)の買収,2009 年の BASF (化学)によるチバ・スペシャ ル テ ィ ・ ケ ミ カ ル ズ ( 同 ) の 買 収 , S A P

( IT サービス)による SAF (同)の買収な ど数多くの事例が挙げられる。

英国からの投資としては,2001年のコンパ スグループ(食品)によるセレクタ・グルッ ペ(ケータリング)の買収,2002年の BC パー トナーズによるヒルスランデン持株会社(医 療サービス)の買収,2004年の ED&F マン

(食品)によるボルカフェ(コーヒー豆卸売)

の買収,2007年のスミス・アンド・ネフュー

(医療機器)によるプラス・オーソペディッ クス(同)の買収等がある。

オーストリア

15

からの投資としては,2005 年のビクトリー(資金運用)によるユナクシ ス・ホールディング(真空機器製造)の買収 等が行われた。

EU以外の最大の投資国である米国からの 投資としては,2002年の GE コマーシャル・

ファイナンス(金融)による ABB の金融子 会社の買収,2004年のマングループ(金融)

による RMF 投資会社の買収,同年のテキサ ス・パシフィック・グループによる世界最大 のケータリング会社ゲートグルメ社の買収,

2004年のバンク・オブ・ニューヨークによる クリアリングバンク・パーシング(金融)の 買収,同年のコルゲート・パルモリブ(衛生 用品)によるガバ(同)の買収,同年のジマー

(医療機器)によるセンターパルス(同)の 買収,2005年のリバティ・グローバル(通信)

15 オーストリアからの投資が2005年頃から急に増加 しているのは,ロシア企業とオーストリアのベンチ ャー・キャピタルが戦略的にスイス企業への投資を 行 っ て い る こ と が 背 景 に あ る と の 指 摘 も あ る

(swissinfo.ch(2007年2月7日)参照。

によるケーブルコム・ホールディング(同)

の買収,2007年のアラガン(医療機器)によ るエンドアート(同)の買収,2008年のブラ ックロック(金融)による UBS モーゲージ アセッツの買収等,数多くの事例が挙げられ る。

なお,米国からの直接投資は,2005年と 2009年に大幅なマイナスを計上しているが,

2005年については,2004年10月に施行された

「米国雇用創出法」の影響

16

,2009年は,金 融危機の影響によるものと考えられる。

スイスに対する直接投資の残高について,

1985年以降の国別のシェア(表7)を見ると,

EU諸国と米国の割合が圧倒的に高く,両者 を合わせると,継続的に80%以上と非常に高 い割合を示している。

EUからの投資残高の割合は, 1985年には,

53.2%だったが,その後,シェアを伸ばし,

2009年には83.6%となっている。EUの中で は,オランダ,ルクセンブルク,オーストリ ア,フランス,ドイツ,英国のシェアが大き い。

一方,EU諸国に次いで投資残高が大きい のが米国だが,1985年には40.5%とかなり高 い割合を示していたが,投資の引揚げ,回収 等の影響もあり,その後,シェアを落として おり,2009年には14.4%となっている。

次に,対内直接投資の残高

17

を業種別に見 ると(表8) ,製造業は,概ね15〜20%程度,

サービス業は,概ね80〜85%程度と,サービ

16 2004年10月に施行された「米国雇用創出法」にお いて,2005年中に限り利益の本国送金の際に大幅な 課税優遇が実施されたことから,米国系金融機関が スイス法人に留保していた利益を本国に送金した

(ジェトロ(2007)p.306参照)。

17 対内直接投資の業種別のフローについては,年毎 に業種の入れ替わりが著しく必ずしも傾向的な特徴 は把握されない。

(10)

図3 対内直接投資フロー(地域・国別) (100万フラン)

Swiss National Bank,Direct Investment

2009

より作成

表7 スイスの対内直接投資残高(国別) (%)

Swiss National Bank,Direct Investment

2009

より作成

ス業の割合が非常に高くなっている。

製造業についてもう少し詳細に見ると,

1985年には,金属・機械の割合が相対的に高

かったが,2009年では,化学・プラスチック

と電気・エネルギー・光学・時計製造の割合

が相対的に高くなっている。

(11)

表8 スイスの対内直接投資残高(業種別) (%)

Swiss National Bank,Direct Investment

2009

より作成

サービス業では,1985年には,銀行が34.8

%と高い割合を占めていたが,その後継続的 にシェアを落とし,2009年では7.6%になっ ている。これに代わって,対内直接投資の主 役の地位を占めているのは,「持株会社・そ の他金融」であり,1985年時点でも,31.6%

と比較的高い割合だったが,その後徐々にシ ェアを上げ,2009年では,56.6%と非常に高 い割合を占めている。

スイスが欧州の中心に位置するという立地 上の優位性や税制面から,これまでもスイス に持株会社等を設立する事例は多かったが,

特に,2005年頃から,スイスに欧州統括拠点 や欧州本社を設置する動きが活発化してきて いる。例えば,2005年には米国のアイソラジ ェン(美容・バイオ)がヌシャテル州に欧州 本社を設立,2006年には,ドイツのテグサ

(化学)が欧州統括拠点をチューリッヒに,

デンマークのニュコメドが医薬品部門の本社 機能をチューリッヒに,米国のバイオサイト

(生物医学)もモルジュに欧州本社をそれぞ れ設立したのに続き,2007年には,米国のク ラフトフーズもロンドンとウィーンにあった 欧州統括拠点をチューリッヒ近郊に移し,米 国の塗料製造大手 PPG インダストリーがパ リからボー州のロールに欧州本社を移転,

SAB ミラー(ビール製造・販売)がブダペ ストからツーク州に欧州本社を移転した。

2008年には,ブラジルのバーレ(鉱山開発) , 英国のキャドバリー(チョコレート・チュー インガム),米国のパーカー・ハニフィン

(配管パーツ技術)などがボー州に欧州本社 を設立した。この動きは,2009年に入っても 続いており,米国のロード・コーポレーショ ン(航空産業技術)がジュネーブ州に欧州本 社を設立したほか,米国のプラット&ホイッ トニー(航空機用エンジン),マクドナルド

(ファーストフード),ノルウェーのセンソ ナー・テクノロジーズ(センサー開発),英 国のジ・エコノミスト・グループ(出版),

仏・伊・スウェーデンの ST エリクソン(携 帯電話技術),米国のステメディカ(バイオ テクノロジー)が国際本社や欧州統括拠点を 設立した。

このような動きについては,日本企業も例 外ではなく,2006年に日産が, Nissan と In- finiti の両ブランドの欧州での販売・製造事 業を管理するために欧州本社を新設したほ か,2009年には,サンスターが国際統括本部

(スイス法人の設立は2002年)を設立してい

る。また,それ以前の事例では,日本たばこ

の国際統括統括本部(1999年の R . J .レノル

(12)

ズの買収に伴い設立),日立メディコの欧州 本社(1997年)などがある

18

3.対外直接投資の特徴

スイスが多額の直接投資残高を有する理由 として,まず考えられるのは,対外直接投資 提供国としての長い伝統である。スイスは、

欧州でも極めて早い時期に工業化を遂げた国 として知られている。19世紀に,イギリスの 産業革命の成果を迅速にとりいれ、綿工業を 軸に工業化を進めることにより,スイスは,

イギリスに次ぎ、ベルギーと並んで世界で2 番目に早く産業革命過程を経験することとな った。その後,スイスの工業化は順調に進み,

主要産業も繊維工業から機械工業や化学工業 等に移行していった。すでに19世紀末の時点 で,スイスの企業は,大規模な対外直接投資 を展開しており,早くも多国籍化が開始され ている

19

。スイスの場合,後背地人口が少な く,市場規模の面からも,労働力確保の面か らも企業を成長させるためには,対外進出が 不可欠だったことが多国籍化の背景として考 えられる。更には,スイスが欧州の中心に位 置するという地理的特殊性から,近隣国と一 体的な経済圏を形成していることや,スイス が伝統的に高物価・高賃金の国であり,単純 な製造業の立地拠点として,必ずしも最適と は言えないことなどが,対外直接投資が活発 となった理由として考えられる。

スイスの対外直接投資の特徴としてまず挙 げられるのは,2.1でも述べたように, 「持株 会社・その他金融」が,2009年の直接投資残 高で31.2%と,直接投資の主体として最も中

18 日本企業の事例についてはOSEC(2011)を参考 にした。

19 黒澤(2001)p.140

心的な地位を占めていることである。その中 でも,外国人(法人)が資本の過半を所有し ている「外国支配」の企業が3分の2を占め ており,スイスに対する直接投資( M&A , 新規設立等)により国際本社や欧州統括拠点 を設けた企業が,そこを起点として,活発に 対外直接投資を行っている姿が読みとれる。

Atteslander (2008)が指摘するように,近 年, 製造業分野の主要な多国籍企業が, 研究・

開発( R&D )のために,活発に対外直接投 資を行っている。表9は,2008年のスイス企 業の研究開発支出を国内と海外に分類したも のだが,特に,製薬企業において,海外の関 連会社(支社・現地法人等)での研究・開発 支出の比率が高く,国内における研究開発支 出の約2.3倍となっている。そのほか,化学 企業やハイテク機器製造業においても,国内 よりも海外における研究開発支出の方が高く なっている。 直接投資統計と研究開発統計は,

業種分類の括り方が若干異なるため注意を要 するが,製造業の中で対外直接投資残高が最 も大きいのは, 「化学・プラスチック」 (この 業種分類には医薬品が含まれる)であり,海 外における研究・開発支出の大きい業種分類 と一致している。これらの業種に属する企業 が研究・開発を目的として積極的に M&A 等による直接投資を行い,その結果,取得・

設立された海外の関連会社が当該企業グルー プ内における研究・開発の重要な部分を担っ ていることが統計からも確認できる

20

また,地域的に見ると,2.1.で明らかにし たように,スイスの対外直接投資は, EU 諸 国と米国への投資が中心であり,先進国に対 する直接投資が主体となっていることが大き

20 米国企業を対象としたGrubaugh, S.G.(1987)の 実証研究においても,研究・開発(R&D)が直接 投資の決定要因として重要な意味を持つことが指摘 されている。

(13)

表8 スイスの対内直接投資残高(業種別) (%)

Swiss Federal Statistical Office,Forschung und Entwicklung in der schweizerischen Privatwirtschaft

2008

より作成21

図4 対外直接投資とクロスボーダーM&A (100万USD)

Swiss National Bank,Direct Investment

2009

及びジェトロ貿易投資白書等22より作成23

な特徴である。 Markusen (1995), Markus- en and Venables (1995)は,企業の戦略的な 選択の結果,その母国(本社機能を置く国)

とレベルが近い(国民所得や要素賦存量など 経済的に様々な特性が似通っている)国との 間で,相互に多国籍化戦略が選択される傾向 が強くなる(収束仮説)を主張しているが,

21 表9は,2008年のスイス企業の研究開発費のうち 自社グループ内で支出されたものを,国内,海外

(支社・現地法人等)に分類したもの。したがって,

他の企業や外部の研究機関への委託により支出され た研究開発費は含まれない。

対外直接投資と対内直接投資ともに, EU 諸 国と米国といった先進国との間で集中して行 われているスイスのパターンは,まさにこの 仮説に合致している。

図4は,スイスの対外直接投資とスイス企 業によるクロスボーダー M&A の金額を比 較したものである。このグラフは,異なる2

22 ジェトロ(1999‑2002),ジェトロ(2002‑2009), ジェトロ(2010)。

23 スイスの直接投資統計には,M&Aとグリーンフ ィールド投資を区別したデータがないため代替とし て異なる統計から筆者が独自に作成した。

(14)

つの統計からデータを採取して作成している 上,各々のデータは計上時期が必ずしも一致 しないことに加え, 対外直接投資については,

再投資や投資回収も含まれるなど,必ずしも 単純な比較には馴染まないが,スイスの対外 直接投資の中心がいわゆるグリーンフィール ド投資ではなく, M&A であることがわかる。

この背景としては,スイスの対外直接投資の 多くが,安価な労働力を求めた単なる製造拠 点の移行ではなく, R&D やその他の経営資 源(高度人材の獲得,顧客層やマーケットの 獲得)を目的として行われていることがある ものと考えられる。

米国や日本などにおいては,対外直接投資 というと,国内の雇用減少などの「空洞化」

をもたらすものとしてネガティブに捉えられ ることがしばしばあるが,スイスでは,雇用 面においても対外直接投資を肯定的に評価し ている

24

ことが特徴的である。実際,2008年 の直接投資統計によると,対外直接投資を行 っている企業がスイス国内で雇用している,

雇用者数は84万3千人で,スイス全体の雇用 者数

25

(453万6千人)の約2割に当る大き な割合を占めている。

4.対内直接投資の特徴

スイスは,ヨーロッパの中心に位置しては いるものの,EUに加盟していないため,対 内直接投資誘致という面では,一見不利なよ うに思えるが,実際は,世界有数の投資先国 となっている。直接投資の内訳としては,2.

2で述べたように,EU諸国や米国に代表さ れる先進国からの投資が中心であり,投資形

24 Atteslander(2008)は,2006年の直接投資統計の データを元に,この点を指摘している。

25 Swiss Federal Statistical Office,Employment and workweek−Indicators

態としては欧州統括拠点や欧州本社の設置と いった持株会社形態での投資が特徴的となっ ている。

スイスが,外国企業からこれほど多くの直 接投資を引き付ける要因は何だろうか。スイ スは,世界経済フォーラムによる国際競争力 ランキング

26

でも1位にランクされるなど,

ビジネスの拠点として数多くの優れた面を有 しているが,スイスに立地している多国籍企 業

27

がどのような点を重視して立地選択を行 っているのかについての, Swiss Holdings (2009)のアンケート調査を見ると,上位に 挙げられているのは,①専門的な労働力の入 手可能性,②政治的安定,③法的安定,④低 い法人税率,⑤租税条約の有無,⑥労働許可 の入手可能性,⑦全般的なサービスの入手可 能性,⑧個別優遇税制,⑨生活の質,⑩労働 市場の柔軟性の順となっている。

スイスは,主要都市の賃金水準の国際比 較

28

で,コペンハーゲン(デンマーク)に次 いで,チューリッヒが2位,ジュネーブが3 位にランクされるなど,人件費が高いことで 知られているが,他方で,教育レベルが高く,

多くの国民が複数の外国語を駆使し

29

,国際 経験も豊かである

30

ため,多国籍企業が求め る高度な人材の確保が容易になっている。ま た,労働法規も,EU諸国に比べて規定が非 常に少なく,この点も直接投資を引き付ける

26 World Economic Forum(2010)参照。

27 Swiss Holdings(2009)のアンケート調査は,ス イスに立地する多国籍企業を対象にしており,スイ ス資本の企業も含んでいる。

28 UBS(2010)。.

29 スイスは複数の言語圏にまたがっていることか ら,独・仏・伊語が公用語となっており,義務教育 課程において,母語に加え,第1外国語として母語 以外の公用語(独語が母語であれば仏語),第2外 国語として英語の3カ国語を学習する。

30 OSEC(2010)

(15)

図5 主要国における企業の租税負担(TTR) (%)

PwC,Paying Taxes

2011

より作成

大きな要因となっている。

税制面についても, PwC (2011)に示され ている企業の総租税負担(社会保険料等を含 む)

31

(図5)で比較すると,スイスにおけ る企業の総租税負担は,主要国と比べると非 常に低くなっている。スイスの法人税率は,

連邦税8.5%と州・自治体レベルの課税

32

の 二段構造となっているが,一定の要件を満た す持株会社については,州・自治体レベルの 課税が免除されることとなっており,持株会

31 総税率(TTR)は,収益税・所得税,雇用主が支 払う社会保険料,雇用税(年金基金等すべての強制 的拠出を含む),資産税,取引税(売上税,付加価 値税(VAT)等の消費税),その他の税金(市町村 税,自動車税,燃料税等)を基に算出される。

32 具体的な税率は州・自治体毎に異なるが,おおむ ね3〜21%程度。

社の実効税率は7.83%

33

と税負担が更に低く なる。これに加え,連邦と州・自治体レベル の双方において様々な優遇税制が設けられて おり,実質的な税負担は更に低くなることが 多い。

この他,生活の質についても,スイスの都 市では高い文化水準と良好な自然環境の調和 がうまく取れており,このことは,世界の主 要都市における生活環境の国際比較

34

におい て,ウィーンに次いで,チューリッヒとジュ ネーブが2位と3位にランクされるなど,具 体的な調査結果にも裏付けられている。

EUとの関連では,スイスは,EUに加盟 していないが,1972年のスイス・EU自由貿

33 PwC(2010)p.92 34 マーサー(2010)

(16)

易協定,1999年のスイス・EU第1次バイ協 定, 2004年の第2次バイ協定の締結によって,

スイスの中立性・独立性を維持しつつ,EU 市場に対しては,人の移動を含め基本的に自 由にアクセスできるようになっている。 実際,

スイスに直接投資により進出している外国企 業に対するアンケート結果( Ernst & Young (2006))においては,スイスがEUに加盟し ていないことは,むしろ企業活動にとって有 利であるというように肯定的に評価

35

されて いる。

5.終わりに

本稿では,スイスの直接投資の動向や特徴 について,概括的な分析を行った。

スイスの直接投資は,人口規模を考慮した 1人当たりの残高で見ると,対内直接投資,

対外直接投資ともに, OECD 加盟国の中で 1位と国際的に見ても多額の直接投資残高を 有している。

スイスの対外直接投資の主な投資先はEU 諸国と米国で,先進国に対する投資が中心に なっている。スイスの対外直接投資で特徴的 なのは,スイスに対する直接投資( M&A , 新規設立等)によって国際本社や欧州統括拠 点を設けた企業が,そこを起点として,活発 に対外直接投資を行っていることである。ま た,製造業分野においては,製薬企業を中心 に研究・開発を目的として積極的に M&A 等による直接投資が行われており, その結果,

取得・設立された海外の関連会社が企業グ ループ内の研究・開発の重要部分を担ってい

35 Ernst & Young(2006)のアンケート調査結果に よると,スイスがEUに加盟していないことについ ての評価は,「非常に有利である」15%,「かなり有 利である」37%,「不利である」9%,「非常に不利 である」4%,「どちらでもない」35%となっている。

ることも特徴として挙げられる。

対内直接投資についても,その中心を担っ ているのは,EU諸国と米国であり,特徴的 なのは,欧州統括拠点や欧州本社の設置とい った持株会社形態での投資が非常に多いこと である。スイスが直接投資を引き付ける要因 としては,専門的な労働力を獲得しやすい,

政治制度が安定している,企業の租税負担が 低いことなどが挙げられる。スイスがEUに 加盟していないことについても,EUとのバ イ協定によって,自由な市場アクセスが確保 されていることから,企業側から肯定的に評 価されている。

我が国においても, 高齢化が進展する中で,

経済の活性化,雇用機会の創出のために,対 内直接投資の重要性が指摘され,小泉政権下 において,5年後に対日直接投資残高の対 GDP 比を倍増させることを目標として,

2003年に「対日投資促進プログラム」,2006 年に「対日投資加速プログラム」が相次いで 打ち出され,様々な取組が行われてきた。し かしながら,2009年末の対内直接投資残高18 兆4,262億円(1,969億ドル)は, GDP 比で3.

9%と依然として低水準であり,必ずしも十 分な成果を上げているとは言い難い。同年末 のスイスの対内直接投資残高5,127.9億フラ ン(4,725億ドル)は, GDP 比で見ると95.8

%であり,日本との差は歴然である。

一方,対外直接投資については,製造業等 の海外進出の結果,2009年末の我が国の対外 直接投資残高は対 GDP 比で14.5%だが,ス イスの対外直接投資残高の対 GDP 比161.7

%と比べると著しく低い水準にある。言うま

でもなく,対外直接投資は,投資収益を通じ

て,国民経済に富をもたらす重要な源泉であ

るが,我が国においては,製造業の空洞化と

いったマイナスの側面のみが強調され,その

マクロ経済的な意義については,ほとんど顧

(17)

みられていないのが現状である

36

我が国とスイスとは,人口規模や経済の規 模・構造において大きく異なっており,同列 に論ずることはもちろんできないが,少子高 齢化の進展に伴い,将来的には人口減少社会 を迎えることが確実視されている中で,スイ スに学ぶべき点は少なくないものと考えられ る。

最後に,本稿では,スイスの直接投資の概 括的な分析を目的としていたことから,直接 投資理論の適用についての数量的な分析は行 っていない。この点は,筆者の今後の課題と したい。

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参照

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