自分の心の壁を感じていく
−4年2組『私の心のバリアフリー』の実践から−
深 山 孝 之
1.教材への思い
子どもたちは、前教材『自分の生活をよりよくするとは…』において、普段何気なく捨てているゴ ミと自分たちの生活とのかかわりを見つめ、ゴミを減らすキめに何とかしたいという思いを強めてき た。また、ゴミ処理場の人、ゴミゼロ運動をしている人、自分と同じようにゴミを捨てている人など との出会いで、それぞれの人に思いを寄せていく姿も見られた。
このように子どもたちが、人に思いを寄せていく中で、自分自身を振り返ったり、自分の内面を見 つめたりすることで、その子なりの人への見方や接し方を広げていくことになると私は考えた。特に 同じ社会の中で生活していても境遇が違うことを意識させたり、人と人との心の壁を子どもたちに感 じさせたりすることで、子どもたちの人への見方や接し方がさらに広がっていく姿が期待できる。そ こで、頂私の心のバリアフリー』という教材を子どもたちに出会わせた。
バリアフリー社会という言葉がもつイメージから、子どもたちは、体の不自由な人に何かをしてあ げたいと考えていく。また、福祉体験を行い、障害者の方の生活の一端を垣間見ることで、「かわい そうだ、大変だ、もっと不自由な人のための施設を作らなければいけない」という思いを強める。そ んな子どもたちが、障害者の方や同年代の附属養護学校の子どもたちとも出会い、ふれあっていく。
「かわいそうだ、・何とかしてあげよう」と思っていた子どもたちが、障害があっても一生懸命生きて いる姿や普通の人と何も変わらないという考えを聞いて、今までの自分の考えが揺さぶられていく。
揺さぶられた子どもたちは、障害者の方のたくましく生きる姿から、尊敬の念を感じたり、自分自身 の今の生き方を振り返ったりする。一方では、養護学校の子とのふれあいに戸惑いながらも、何とか してあげようと思っても何もできない自分を見っめ、思い悩み、できないこともあることに気づいて いく子もいる。その中でも、この子たちなら思い悩みながらも、自分には何かができるはずだと考え ていく子が見られるに違いない。それぞれに思い悩みながらも、自分自身の障害者の方に対する自分 の心の内を見っめていく姿が期待できる。
福祉体験や障害者の方との出会いから、自分がバリアフリー社会で何気なく生活していることに気
〈雑学校の子どもたちとのふれあい〉
づいた子どもたちは、自分には何かできるのかと考えていく。その子なり に出会う人に心を寄せていくことで、今までの自分の人への見方や接し方 を見つめることになる。そうすることで、今の自分を見つめ直すことにな り、クラスの友達へも目を向け、友達への見方を幅広くしていくことにも つながっていく。私は、自分の心の内をしぅかりと見つめ、心のつながり を含めた人への接し方を考え、どう生きていくのかを自分なりに考えてい
く子どもたちの姿を期待した。
2.M男君のとらえと願い
M男君は、事実をしっかりと見つめ、今の自分には何ができるのかと自分なりの判断をしていく子 である。ゴミの学習では、「ゴミのことばかり考えて生活していたらつまらない。今の生活は便利で いい」という意見を戸惑いながらも出した。ゴミの最終処分場が後2年半しかもたないという事実や ゴミを減らそうとしている人たちの思いにふれ、ゴミを減らすために何とかしたいと考えていた彼が、
今の自分の生活を振り返るてとで、「本当に減らすことができるのか」と一生懸命に悩んで出した意 見であった。その仕事に携わっている人の思いを感じ、自分の心の内を見つめ、やりたくてもできな いこともあると考え始めている姿に、彼の自分自身の心の内を見つめ直そうとする成長の芽を感じた。
そんな彼は、本教材では、体の不自由な人はかわいそうだという気持ちをもち、バリアフリー社会
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になってほしいと考えていく。しかし、障害者の方との出会いで、一生懸命に生きている姿から、か わいそうだと思っていた自分に、一体何ができるのかを振り返ることになるに違いない。さらに、養 護学校の子どもたちとのふれあいでは、「何とかしたいという気持ちはあってもどうしていいのかわ
からない。やれることはないかもしれない」と彼の本音が出てくるだろう。
バリアフリー社会において、M男君は、今の自分の生活のよさを大切にしながら、自分自身がどう 生活していったらよいかを見っめることになるに違いない。そのために福祉体験や障害者の方との出 会いの場を設定していくことが、彼なりに出会った人に心を寄せていくことになる。私は、彼が人と のふれあいから感じたことをもとに、自分白身の人への見方や接し方を見つめ直していくことが彼な
らではの学びになると考えた。
3.人とつながっていくM男君
(1)障害者の方の気持ちに寄り添っていくM男君
子どもたちは、バリアフリーという言葉を案外聞いたことがあると話していた。子どもたちが考えて いるバリアフリーとは、障害者やお年寄りの方のための施設であった。障害者やお年寄りの方のため の施設に目を向けている子どもたちに、まずは、社会福祉協議会での車椅子、アイマスク体験をする 場を設定した。実際に体験することで、障害者の方の気持ちにふれていくことになると私は、考えた。
車椅子、アイマスク体験では、どちらも介助をつけながら、自分たちが歩く道路にまで範囲を広げ ることにした。子どもたちは、初めて車椅子に乗った時、操作が難しいと感じたり、思うように進む ことができないことに苦労したりしていた。アイマスク体験では、見えないことの怖さや障害物のあ ることへの不安を感じている子が多かった。体験することに楽しさを期待していた子どもの中には、
楽しさではなく、不安と怖さが募り、自分たちの生活している社会が障害者の方にとってあまり住み やすい社会ではないことまで感じていく子もいた。
M男君は、車椅子の体験で、道路が斜めで進みにくいことや障害 物にぶつかりそうになることから、「疲れた、危ないよこれは」と 叫んでいた。感想には、「アイマスクは真っ暗で怖かった。介助が ないと駄目だと思った。車椅子は、全然駄目だった。体の不自由な 人は本当にすごいな」と書いていた。そこには、体験をしたことで、
自分なりに障害者の方の気持ちに寄り添っていく彼の思いを私は感 く車椅子体験をするM男君〉
じた。さらに、友達と感想を話す中で、「自分の体が不自由でなくてよかった」と障害者の方の苦労 を実感していた。
その思いは、自分たちの身の周りの道路や施設が障害者の方にとって使いやすいかどうかを調査す る意欲へとつながっていった。そんな彼は、さまざまな施設が障害者の方にとって本当に使いやすく なっているのかどうかを確かめる調査で、「なっている所となっていない所があるので十分とはいえ ない」と考えていく。調査結果から、子どもたちは障害者の方に寄り添い、障害者の方のために何と かしていきたいという思いを強めていった。障害者の方の施設を充実させた方がいいという子たちも 多かったが、M男君のように「全てがバリアフリー社会になってしまうと障害者の方の施設が増えて しまい自分たちの生活が不便になることもある」と口にする子もいた。M男君の障害者の方への思い はどうなのかが、今の自分の生活を見つめることではっきりすると考え、私は体験した感想を出し合 う場を設定することにした。
C すべてがバリアフリーになるとお金もかかるし、普通の人が使いにくくなる。
C 増やした方がいいけど、あまり増やすと不便になる。
Cl (M男)両方が住みやすくなるのがいい。自分の生活もあるからよく考えないといけない。
バリアフリーは物が揃えば十分と言える。
Clは、今の自分の生活のよさを感じているM男君が友達の意見に共感しながら、障害者の方に、
何とかしたいという思いが込められていた。そこでは彼なりに障害者の方の気持ちに寄り添っている
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姿が見られるが、彼自身には、まだバリアフリー社会で障害者の方が便利に使えるような、役立つ物 を揃えればいいという考えが強く残っていた。そんな彼に、今までの障害者の方と自分とは何かが違 うと感じていた自分自身の心の内を見っめることで、彼が障害者の方を幅広く見ていこうとする見方 の広がりが期待できるという思いを、私は強めた。
(2)普通の人と変わらない
障害者の方への見方を自分なりに振り返り始めた子どもたちに、実際に車椅子生活をするWさんと ふれあう時間を設けた。子どもたちは、車椅子体験の時に出会ったWさんとの再会を楽しみにしてい た。Wさんとの話で、子どもたちの心の中にあった障害者の方と何かが違うという感情が薄れてきた。
C一幸いことはありますか。車椅子生活で困ることはありますか。
W 障害をもった人を見るとかわいそうだと思う人がいるけど、自分たちはこれは普通です。
C バリアフリー社会になってほしいと思いますか?
W バリアフリーという言葉がなくなってしまえばいいと思っています。まだまだ、障害のある 人と普通の人との間は壁があるようです。
C (K男)Wさんは、障害をもっているけど普通の人とあまり変わらないのでびっくりした。
M男君は、K男君の意見に類いていたことから、きっとM男君もK男君と同じようなことを感じた のだと思う。障害者の方のたくましく、希望をもって生きている姿を見た彼は、自分を振り返り、W さんをすごいと思い、障害者の方に対する見方を広げていった。彼は日記に、「僕たちのくらしも不 便になるけど、バリアフリー社会のことをもっと考えないと」と書いた。蓮しいWさんのことを一 生懸命考えた彼だからこそ、自分には何かできるのではないかという思いを強めていくことになった。
私は、障害者の方に役立っ物が大切だと考えている彼は、人のことを考えれば考えるほど、自分に何 かできることはあるのかと悩んでいくのではないかと思った。
〈M男君のノート〉
Wさんは、心の中では、全部バリアフリーになってほしいと思っている。だから、それが実行 できないのがかわい卓う。僕はWさんには頑張ってほしい。
(3)どう接していいかわからない!!
そんな彼に、附属養護学校への訪問で、自分と同じ年代の子との出会う機会を設けた。障害をもち ながら蓮しく生活している同年代の子とふれあうことで、さらに人への見方が広がっていくのではな いかと思った。彼は、附属養護学校の子どもと一緒に遊ぼうとするのだが、言葉は通じないし、自分 の言うことを聞いてくれないことに戸惑っていた。帰り際に「バイバイ」と言って笑いかけてくるR 男君を見ながら、正直どうやって接したらいいのかわからないと彼は思い悩んでいた。感想を出し合
う場では、
C 自分は一緒に楽しく過ごすことができた。
C 自分の思っていることを言える子もいてすごいと思った。
C (M男)Wさんは足だけで脳は大丈夫だけど、R男君は脳の障害だからどういうふうに接し ていいのかわからなくて困った。
Tl 普通に接することができなかったの?
と、自然に接していた友達の話を聞いて、障害者の方に何かできるのではないかと思っていた自分が、
何もすることができなかったことを彼は振り返っていた。私は、何かできるのではないのか考えてき た彼の見方が変わってきていることを明らかにする機会になると考えた。そこで、Tlで彼が悩むこ とはわかっていながらも、思い切って彼に関わった。彼は何も答えられなかった。彼は、障害をもつ Wさんが言った、「すべてはバリアフリーにはならない、普通に接してくれればいい、君達の気持ち
はバリアフリーになっている」という言葉の意味を今、改めて自分自身で考えていくことになった。
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4.自分には何かできるのか!?
障害をもつWさんとの出会い、附属養護学校の子どもたちとのふれあいで、M男君は、障害者の方 のために何かしたいけど、自分には何かできるのかと思い悩んでいく。
〈M男君のノート〉
Wさんは気持ちや心のバリアフリーがうれしいと言った。今まで、物の方がいいと思っていた けど気持ちの方がいいのかな。でも、養護学校の人とはどう接すればいいのかな。
自分にとってのバリアフリーとは何かを一生懸命考えた彼だからこそ、人と普通に接することの難 しさを目の前にいる障害者の方によって、自分の態度が変わってしまうことから感じたのだろう。私 は、真剣に自分自身の心の内を見つめようとしている彼を愛しく思い、彼が自分の今までの障害者の 方に対する思いを見つめ、今の障害者の方への思いを清々と語る姿を支えていこうと思った。
T バリアフリー社会で自分には何かできるのかな?
C 声をかけるとか、車椅子を押してあげることはできる。
C (K子)障害がない人が障害がある人に何かをしてあげる のは当たり前のこと。
C (M男)障害をもっている人と自分たちとは意見が違う。
自分ではいいと思っていても、ありがた迷惑かもしれない。
だから当たり前ということはない。
彼は、「障害者の方に何かするのは当たり前の事」と話すK子さん 〈熱く語るM男君〉
の意見に反対していく。また、「声をかけることは誰でもできることではない。何でもできるわけで はない」と強く語っていく。障害者の方に寄り添って、何とかしてあげたいと思っていた彼が「今で きるかどうかわからない」と考えていくことになった。それは、彼が障害者の方の一生懸命生きる姿 から自分と何も変わらない、それ以上に達しいかもしれないと感じ、普通にすればいいんだ、という 友達の考えにもふれたことによって、彼は人への見方を広げ、接し方を明らかにしていったのだろう。
〈M男君のノート〉
この勉強をする前は、バリアフリーとは物だと思っていた。だけど、だんだん気持ちや心など のバリアフリーも大切だとわかってきた。でも、ちょっとできるかどうかわからない。この勉強 が終わってもよけることぐらいはしよう。
障害者の方のために、何かができるのではないかと思っていた彼が、ちょっとできるかどうかわか らない、と考え始めた。彼は、人とのつながりの中で、障害者の方の生き方から健常者である自分の もどかしさに気づいたり、今を精一杯生きている自分を感じたりすることで、障害者の方に対して何 もできないでいる自分を振り返り自分自身の心の内を見っめた。バリアフリー社会で自分には何かで きるのか、を考える中で、自分の心の内を見つめ、障害者の方への見方を広げ、接し方を明らかにし ていったことに彼の学びはある。そのことが、彼なりに社会事象を見る眼を広げていく姿だと言える。
子どもたちは、バリアフリー社会に生きている人との出会いによって、その人の工夫や努力、苦労 などにふれていった。その道しく生きる姿から、その人に心を寄せたり、人への見方を広げたりする
ことでバリアフリー社会に対する自らの考えを見っめ直していた。同時に、クラスの中では、自分と 異なる思いをもっ友達との間で絡み合いもあり、友達への見方にふれたり、自らの心のあり様を見つ め直したりすることもあった。
M男君の表れを感・じながら、彼の中で何がおきているのかと、彼への関わりから私もひとりの人と して社会事象を見る眼を広げようとしていた。私は、何とかしていきたいという思いを強めていく姿 を彼らしいと感じながら、人への見方や接し方に戸惑い悩む姿に自分を重ねていった。私も子どもと 共に学んでいくことで子どもへの見方が広がったのではないかと思った。私は、彼の追究を支えた、
人の遥しさを感じると共に、自分までも見っめ直した彼を見ながら,彼の成長を実感したのであった。
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