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論文審査の結果の要旨

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Academic year: 2021

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論文審査の結果の要旨

氏 名:髙 野 和 彰

博士の専攻分野の名称:博士(芸術学)

論文題名:「江戸川乱歩研究―一九二〇年代作品の文学的変遷と乱歩の東京体験を視座として―」

審査委員: (主査) 教授 植 月 惠一郎

(副査) 教授 山 本 雅 男 講師 藤 原 成 一 講師 中 村 文 昭

本論文は、一九二〇年代(大正九年~昭和四年)に刊行された江戸川乱歩の探偵小説から主要七作品を 選んで研究対象とし、それぞれの作品分析によって『二銭銅貨』(一九二三年四月)から『陰獣』(一九二 八年八月〜十月)に至る作品間の連携と文学性の発展過程を明らかにすると同時に、東京という大都市体 験を乱歩が如何に探偵小説として作品化していったかを詳細に分析した論文である。探偵小説研究と称す る考察は数多存在するものの、たいていは研究というよりも単なる好事家的解説に終始しているのに対し て、本論文では、乱歩の探偵小説を彼の伝記的事実と照合し、その生成の現場から捉えようと試み、関東 大震災前後の時空間の文脈で、東京という大都市空間とそこに生きる人間との相互関係から考察し、人間 を追及する文学としての探偵小説へと視点を深め、その表現分野を鋭角化すると共に、探偵小説の社会的 時代的研究の道筋を切り開こうとする意欲的論究になっている。乱歩は、例えば『孤島の鬼』(一九二九年 一月〜一九三〇年二月)に象徴されるように、いわゆるエロ・グロ・ナンセンスに傾斜して行き、当時経 営の行き詰まっていた平凡社を立て直すきっかけになったと言われる乱歩初の『江戸川乱歩全集』全十三 巻の刊行開始が、一九三一年(昭和六年)五月のことであり、三〇年代半ばからは評論に比重を移し、一 九三六年には、後にシリーズ化される「怪人二十面相」を雑誌少年倶楽部に連載し始める。つまり、乱歩 が真摯に創作と向き合った「文学的本格」探偵小説とは、本論文で扱った『二銭銅貨』に始まり『陰獣』

をもって頂点とすると言える。その乱歩の初源を、時代背景、社会状況、とくに大都市東京との相互作用 から解明を試みた考究としての探偵小説生成論として力作であると言ってもけっして過言ではない。

論文前半では、探偵と犯人、追う/追われる存在、見る/見られる存在そして謎の提示と謎の解決とい うようなごくありふれた探偵小説の基本因子である二項対立に注目し、主要作品でどういう二面性となっ ているのか、それがどう変化していくのかを追跡し、それが様々な両義性、多義性へと変容発展し、乱歩 の探偵小説の文学的深みを増しているという作品相互の連携を明らかにした点では、これまで個別の独立 した作品論でしか論じられなかった一九二〇年代の作品群にひじょうに独創的なパースペクティヴを与え たと評価することができる。つまり第一章第一節では、デビュー作『二銭銅貨』について、タイトルにな っている硬貨の日常性(銭湯の釣銭として)と非日常性(暗号の隠し場所として)に始まり、「私」と友人 松村の探偵役と犯人役の二面性の逆転などはもとより、様々な二面性をもった小道具、人物、作品構造な どを明らかにした。第二節では『D坂の殺人事件』(一九二五年一月)に見られる登場人物のジキルとハイ ド的二面性、性倒錯の二面性などを中心に、第三節で扱った『心理試験』(一九二五年二月)では、倒叙形 式の二面性、犯人を追及する過程で心理試験自体の二面性などを分析していった。

そしてその二面性は、決して乖離したままではなく、次の作品群では次第に融合し両義性、さらには多 義性へと展開していくことを明らかにした。第二章では本格から変格へ傾斜していく乱歩の探偵小説を記 述していく過程で、第一節では『屋根裏の散歩者』(一九二五年八月)を扱い、犯人郷田三郎の犯行自体が 目的化快楽化していく中で、天井裏の空間の両義性、犯人郷田の両義性、さらには探偵明智の両義性まで も明らかにした。第二節では『人間椅子』(一九二五年十月)において、常識的には座るべき椅子に隠れる という行為の非日常性、最終的に事実であったのか虚構なのかは読者に委ねられ、その倒叙形式の解釈の 両義性などを見出し指摘した。第三節の『パノラマ島奇談』(一九二六年十月〜一九二七年四月)の議論に おいては、谷崎の『金色の死』(一九一四年)の影響関係はもとより、さらに遡ってポー(Edgar Allan Poe)

の『アルンハイムの地所』The Domain of Arnheim 1846)『ランダーの別荘』(Landor's Cottage 1849) などの影響にも触れつつ、作品前半の探偵小説的部分と後半の肥大化していく欲望の心理描写やその実現 のためには犯罪も躊躇わない異常性を的確に描いた文学性豊かな部分の二面性にまで言及した。最終的に、

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第四節で分析した『陰獣』に見られるように多義的となり、実際それまでの自分の作品のパロディを多用 し、自分自身をモデルにしたと言われる大江春泥を殺すに至り、事件の犯人も曖昧なまま結末を迎えるが、

その探偵小説としては欠点とも思える部分が実は、文学的人間心理描写に卓越した特異なジャンルとして の探偵小説を乱歩はここに極めたと肯定的な結論になっている。

こうした作品内の内的因子からの分析の他に、外的因子つまり乱歩の東京という大都市体験から分析し た論考が第四章となる。そこでは、いつどこで誰が誰に向かって何をなぜどのように書いたかという文学 生成の基本的命題を自覚的に捉え直した。一九二〇年代の大都市東京では、無責任な遊歩者が増大し、匿 名の流民を生成し、急速にカオス化する時空間で近代都市特有の下層民が生まれ、従来なかった心理と生 理をもつ独特の人間像が形成されていく。乱歩は当時の都市固有の新奇な生態や病理などを描くことで都 市住民に向かって彼らへの共感を伝えたのが、乱歩の探偵小説であるという点は説得力もあり、〈探偵小説〉

を単なるエンターテインメントとすることなく、生の都市体験をもとにそこに生きる人間の焦りや哀しみ に寄り添い、それらを代弁するものとして、人間追究の文学として創造されたとする乱歩文学の本質の摘 出は、今後の乱歩論の一里程標ともなりうる重要な指摘である。探偵小説は、C・ディケンズ、E・A・ポー、

C・ドイルの先駆者に見るように近代都市の所産に他ならず、乱歩もまた自らの都市体験をもとにそこから 産み出される生態や病理を見、探り、内省することに近代文学の中心課題を見出したのであり、都市と人 間の相互作用から産み出されるものこそ最重要テーマであることに気づき、かつ作品化していった稀少な 存在であることを明らかにした。しかも都市そのものや人間にその病理を「探る」探偵小説こそ、そのテ ーマにふさわしい表現方法であることを実践した乱歩の日本近代文学展開史の中での位置付けも新味があ り、かつ重要な指摘である。

本論文は、さらに言い換えれば、七作品の内的因子と外的因子から二〇年代の乱歩を読み解き、『二銭銅 貨』に端を発した乱歩の探偵小説が、次第に本格から変格へ移行し、『陰獣』に結実する過程を丹念に辿っ た論文である。後の一九三〇年代に甲賀三郎と木々高太郎の間に発生したものの、明確な決着はつかない ままになっていた、いわゆる〈探偵小説芸術論争〉について第三章でまとめているが、それに対して一つ の回答を与える論考にもなっている。本格探偵小説、つまりトリックによる犯行から、頭脳派名探偵の活 躍、そして謎解き、犯人逮捕に至る過程を主眼とする理知的な小説を主張する甲賀に対し、大脳生理学者 にして小説家の木々は、一九三六年三月『ぷろふいる』誌上において、「愈々甲賀三郎氏に論戦」を発表し、

単なる謎解きよりも文学性、芸術性に優れた変格探偵小説を主張し、いわゆる〈探偵小説芸術論争〉が始 まる。木々は、持説の「探偵小説芸術論」を実践した作品として『新青年』に『人生の阿呆』(一九三六年)

を発表し、これが第四回直木賞を受賞することになるが、論争自体の決着はつかないままという状況の中、

乱歩の一九二〇年代の探偵小説は、『二銭銅貨』に始まり狭義の探偵小説から次第に芸術性が高まり、『陰 獣』において文学性を十二分に備えた持続可能な都市文学としての探偵小説になっているという結論は、

この論争に解決の糸口を与えた。

乱歩は二〇一五年に没後五〇年を迎え、著作権の問題はなくなったこともあり、二〇一六年一月には NHK BS プレミアムで、本論文でも扱った初期の傑作短編三作品が、同年十二月には《シリーズ江戸川乱歩短編 集Ⅱ》として『何者』(一九二九年十一~十二月)『黒手組』(一九二五年三月)『人間椅子』が映像化さ れ、いずれも一九二〇年代の作品であり、現在でもその人気が伺える。ここで挙げた『黒手組』や『何者』

など、一口に一九二〇年代と言っても研究すべき作品はまだ残されている。今後、時代を遡って西鶴の『本 朝桜陰比事』(一六八九年)など裁判を題材にした作品との関係を論じるにしても、時代を下って乱歩が「一 人の芭蕉」と称した松本清張との関係を論じるにしても、海外の探偵小説との影響関係を論じるにしても、

また、作品創作のモチベーションと描かれた対象への共感の指摘は、乱歩研究だけでなく近代都市文学研 究の大きな可能性を含み持つ論述として重要となる可能性を秘めており、様々な方面で今後の研究の進展 を期待させる論文であると言える。一九二〇年代の乱歩作品を、内的因子と外的因子、文学空間と都市空 間から読み解いた本論文は乱歩の探偵小説に新たな視座を与える論考になっている。

よって本論文は,博士(芸術学)の学位を授与されるに値するものと認められる。

以 上 平成29年1月30日

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