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「太宰治自筆ノート 英語」

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(1)

「太宰治自筆ノート 英語」

翻 刻

(2)

凡  例

1.資料本文の頁数を翻刻の先頭( )内に示した。

2.資料本文以外の情報となる肖像画などについては( )の中に肖像画の位置や書き 込みについて示した。

3.判読できなかった文字については、その文字数分を□(白シカク)にした。

4.資料本文の抹消部分については、抹消された文字の下側に「〃」を付けた。

5.資料本文の訂正箇所については、抹消された文字の下側に「〃」を付け、上側に訂 正の字句を示した。訂正の字句はポイントを下げた。

6.頁の破損により判読不可能な文字などは■(黒シカク)にした。

7.ノートの中に描かれたイラストは、この度の翻刻に際しては割愛したが、今後、附 属図書館として、デジタルアーカイブにアップすることを予定している。

(3)
(4)

(表紙)

Johnson

Goldsmith Essays by

T.B.Macaulay Sir l□to

The Hirosaki

High School L.1.1.

S.Tsushima

Trade mark Trade mark

(天地逆で筆記体で「Ogawa」など書き込みあり)

(表紙の裏)

(頁中央部に肖像画あり)

(1)

Johnson Macaulay.

私自身はすいしやうされたる2篇の論文ハ 閣下の手になれるものだといふことワールドの 持参から聞いた。

かかある名譽はいかによくこれを受けべきか

〃 〃 〃

いかに言葉にて謝するわからぬ程な 好意であるのだ。

ささなる奨励を受けて始めて閣下 御好意に甘えてへ□問した内時に

世の他の人々の如くに君閣下の辞令の

人をみするの力に圧服せられたのであつた。

そこで私は世界の征服者の征服者

たることを自ら 禁ずることがcannot 即ち世界人が爭ふて彼やうとしてる

尊敬を今又轉んて欲するの念を禁ずる

ことかcannot 所が今 しかうするが

(5)

今余り奨励されなかつたその爲に自負心も けんそんの念もしかうを續けること が出来ぬやうになつた。

奉呈

私は当つて閣下にしゆい書を奉呈すせ

〃 〃 〃

発る時私は礼にならはざる

ひつこみ勝ちな學者が持つことの 出来る有るたけの力をつくして閣下の 意をむかへやうとした

(頁左側に縦書きで「人から好意思顧といふ

ものになれて居ないので」とあり)

(頁左側に肖像画あり)

(2)

私はなし得るかぎりをなし

盡した。何人もそのなし得るかぎる 盡したことが等閑にせられる ことをよろこぶて□がものがない

〃 〃 〃

それが微に□るものであらうとも

外□室を待ちうけ

はねつけられてからもう今に至る 長年経過

その間私今更ぐちをこぼすも無用の としたのかんなんを廃して私の事業を 着手進行して来たのだそして

少しの強情

〃 〃 〃 〃 〃

一日のホジョ一るもしろれにもなく 一笑の恩顧も受けで出版の間ぎまで こぎつけたのだ。

かやうな次第でかやうな

待遇は受けやうとは強記しなかつた。

私の おくまで

〃 〃 〃 〃 〃 〃

(3)

彼を岩上に生れた人だと知つた。

〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃

彼を岩上に生れた人だと知つた。

恩人なるものはこうい□ふもので

ないか人か水中でもかき苦しんで

(6)

居るのをむとん着を持つて見て居る。

陸に這した時助力をてんてわづら はしものではないか

私の事業のについて閣下與へられたる恩顧はも取るべて今少し早かつた

〃 〃 〃 〃 〃 〃

なら親切なるものであつたらう。

所が私が恩顧を受けても受けなくても つうしやうを感じない。たとへ受けても 楽しむことが出来ぬことがなる迄 こどくの身となつてそしてそれを 與へることか出来ぬ迄入世に

名を知られて居る恩顧を必要とせぬ迄 いろよせられたのだ

感じたと

であるから何等のべんぎを受けなかつた

〃 〃 〃 〃 〃

場合にあづかつた、自白しないとて

〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃

又天が余をして獨力でなさしめたる のおかげによるものだと 事柄でを恩人に大にしてもするもの

と世人が考へることは私が好まいからとて

(頁上部に筆記体で「S.Tsushima S.Tsushima S.Tsushi ma S.Tsushima S.Tsushima S.Tsushima S.Tsushima S.Tsushima S.Tsushima S.Tsushima S.Tsushima S.Tsushima」

「S T」

「Love=」とあり)

(4)

別にあまり皮肉的ないぢくねたことで あるまいと私は思ふ。

私の事業を学問の保護者から あまりお蔭をかうむらずに これまで事業を進行して来たから 尚一層少い恩議(この上ない少い恩ぎ がありうるとすれば)を以て事業を

完了しても敢へて失望することはないのだ。

私はかつて非常な喜を持つてみづから ほこりたるきぼうのゆめからさめてすでに 久しいものであつた。

いやしい 従順な

(7)

コノ場合ニ公衆ハ

公平以上ニ 公平ヲジヨンソンをあつかつた。

十分にあつかつた。

〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃

どんなすぐれへん者でも それが 世人に冷静に迎へられるといふ満足それ

〃 〃

してるのも当然なこと だ。

(頁上部には「思ふ 拗戻く」とあり)

(頁左上には縦書きで「学問 学 学 学問 学問 学問 学 学問」などあり)

(頁左上には肖像画あり)

(5)

いかな

〃 〃 〃

小きたへしたことのないやうな熱狂を持て 迎へらた

実さいその字書は愉快によめる始めての 字書

引用された 撰たくされ

大なる缺 に歸着する

みぢめな語源学者であつて

ほとんど知らなかつた。

英語

彼の書いた所であ見れば

彼の書いた英語で 全然によれる者だつた。

(頁上部に縦書きで「到着」とあり)

(頁上部に肖像画、目と眉の画あり)

(頁左下に横顔の肖像画あり、その肖像画のそばに縦書きで「君の顔によく似てゐるよ」

とあり)

(6)

この 名譽

金銭上の収入に何も加へぬ

約束した シエーンが印刷屋から 出て来る前にまひがりして

費はれしてまつた

大著述の出収後ノ一年のうちに 2度債務者留置所つれて

行かれそして のおかげで

ゆるされたとは

(8)

語るもいたましい次第だ。

最局みて□、に依て英語の

どてざしや形式的に推稱された人から

やはり□えずに依つてそのきうほう

□して行かねばならなかつた。

豫約で

Shekesの□版を発行するといふ

ことはくはだてをした そして

〃 〃 〃

多くさんの豫約者が支拂ふ。

前そのしごとは自分の趣味に かなはなかつたんで

最もきやうみある仕事にむかつた

彼はその多くの論説を と稱する。

(頁上部に肖像画あり)

(頁上部「獨裁者、英語学ノ獨我、獨」とあり)

(頁左側に横顔の肖像画あり)

(頁左側 「今」という字が25個あり) 、

(頁左下「そ」とあり)

(7)

投書した。

彼の書いた好書のうちではあまりきようみ のあるものはほとんど無いしかし

そのうちに推理上洞刺的 の

傑作である書いたうちで一番すぐれた ものである。ギニーの著者の批評が そのうちにあ□つた。

七□ 春に と題する論説の連續ものを 第一のものを公にした。

廣く

実さいまだもとのまヽである間に

づうづうしくもへうせるせられたものだ。

集められた

らんぼーの後へんといふこと が出来る。

たヾ前篇よりはやや活気やりやや 力が弱い。

(頁上部に書き込みあり)

(9)

(8)

しきりに

アイドラーを書いている間に 九十才を越えてる

彼のわづかの収入のうちから 彼のかかさず彼女にしをくりして 孝養をつくしたのであ□つた。

□ 費用を支拂はふ 彼はたつた一週間で小さな 書物を書いた。

讀みなほしもせずに印刷屋 に送つた。

その版權に支拂つた。

その買物に喜んだのも道理で

あつた。といふのはRasselas であつたから、

ラセラスの

やうな感傷的な婦人はそのボリウム巡回文庫 からの新しい書物といふことは

著者の好きな問題 をについての

即ち人の望みのはかなさとふ

(頁上部には肖像画あり)

(頁上部には「ああるはむ 、碁盤の目 「アルバム」とあり) 」 、

(頁左側には肖像画あり)

(頁左側には図形に「讀む 讀む」とあり)

(8・9頁のノド中央部に肖像画あり)

(9)

始どその論説にすぎぬものだと いふことを発見していたく失望し たにちがひない。

そのもとがたかりは

意中の人がない といふことを 知つていたく失望したにちがひない。

そのものがたりは 彼彼等をとり上げた

〃 に

画き始めたと所ふHero Heroineをつれ

もどしたといふことを知つて失望

(10)

したにちがひない

その文体は熱心なる論爭の まとになつた

ちがつた□意見をとつた

□その著者はを迎々しい珍学者と

〃 〃

稱した。

sidシラブルを用ふることの 出来る所にtereシラブルを用ふ

(頁左側に縦書きで「ミストレツス ミストレツス ミストレツス ミストレツス ミス トレツス ミストレツス ミストレツス 」とあり)

(頁左側に肖像画あり)

(8・9頁のノド中央部に肖像画あり)

(10)

ることを決してしなかつた。

又□元をそのぼうけん論を名詞と名詞つり合はせ形容詞と つり合せて話さ しむること出来るない。

それにも劣らず熱心な 外の連中は重々しい意味 が□□□に発表せられ いかにも見事に説明

せられて居るやうな多くの字句を よろこんでいんしやうしてる そして非難且つしやうさん 受けべきものだ□

うもクラスの梗概といふ ことについては批評家は 言はなかつた

その 缺 は酷評をまねくらし

かつた。

ジヨンソン折々 時□と場所と

をゆるがせにして居るといふ ことについて又一つの国民にその 他の時代の風俗に思想

轉換する

(頁上部には肖像画や書き込みあり)

(頁左側には肖像画などあり)

(11)

(11)

シエクスペアー

併し にもジヨンソン説にそうかう に於てひどく

犯はして□らね

これらの者は一八世紀のアビシユア 人のつもりであるらしい。そしてハピイ バレーに住んでる人たちはケンブリツヂ ですらも受け入れられなかつたやうな 引力の法則をの法則を珍ら

しくもないやうに語つて居る 所が実さいのアビシユアの連中は 如何なるものだつたかといふことは 知ることが出来やう。

ジヨンソンは語 きたない野ばん人

貭問をむさぼり乞ふ

雄雄なてつ學者に足れずとせずして レンノツクス先人やセルダム□□

きたない野ばん人を 受へることを隔□しないで 英国の全家でそしきを エヂプトにうつして居る。

(12)

□妾妻の国一夫多妻の国

婦人が見られないでけつこんす る国 吾が男女つふままひ

しつとの状□を取り入かせて居る

〃 〃

又一りこんの自由の国に於て

□ として

とくことの出来ぬちぎりのべられ

て居る偶然でくつしわざと

青年少女はめくばせを かはし挨さつを

夢見合ふ けつこんの手順 併しロンドンではさうだろう 今でもそうかもしれない。

彼等はそうであい

(12)

不適当な かやうな色んな

ことを

ヘクターをアリストールを 引用せしめ

ヂルヘーのせんたくの あるかして居るやうな浮人

(頁上部に筆記体で「Jmo Jaer 与」とあり)

(頁右側に肖像画や書き込みあり)

( 頁左下に縦書きで ヂルヘーのオラクルの時代に榮えた者とROMANOを表はしてる 「 、」

とあり)

(13)

を非難するやうなものではない。

上述の如き

かやうな努力にやつた ジヨンソンは生活して来た この時年に□偶に大変化が

起つた。

王朝の敵であつた。

彼のジヤコバイトはわづかの ほんとど□ららさまに著作に 書いた人だ。

大きな丹青をこらした辞書の うちですら彼はしゆみとはんだん この不足なけ□つ□ぼうてきびしく

〃 〃

□じゆく的な酷評を押入

したのである。又ホイツクノ財手

段産とも得意に財源としてたのみ

にしてある所の国産税を 憎むべき租税とかいた。

又彼は国産税の委員を やひなる言葉にてばとうして るものだから本気に告発しやう と思つた。

(頁上部には「与 よ 魔よけ やくよけ しからば 非難非 魔物 魔除け」とあり)

(13)

(14)

renegade

又彼ハ トイフ言葉ノ

意味トシテ尚□官ノ名によつてかかげられると やうつとさへぎられた。

ベンシヨンとのいる字を彼を

国家は爲ろうざる雇員に與へる手当と定義

主人に命にふくする爲にほうきくに

よつて雇はれたる国家のどれい。

だからこうゆう定義を下す本人

自身は やうそうもないやうに疑る。

併し驚意の時代だ。

ジヨージ三代が

多くのあいそをつかし又

ジヨージ 宮殿を なつけた。

ロンドンの所ははんこう的になり ケンブリツヂは

学の人たちは不平をならす 主なる者 しきりに思見を はげまうとして居た

国庫の支納者はロードビルド 主義に対してジヨンソン に対して意義をさしはさむ

(15)

筈だつた。

保ご者と考へられたかつて居た。

そしてジヨンソンは一人であり びんぼうなる人で

三百ポンドの年金が□きやされ この出来ごとはジヨンソンの全生活 法に変化を来した。始めてもはや 一日の貧者の爲に□らくに迄

〃 〃

明 を

よぎなくせられしことはなかつた。

彼は

小僧 を恐れることなくし てが□のたいだをほしいまヽにする

ごご二時迄ねて居りそして

(14)

又朝日没迄人と話をする

に自由に出来る身の上となつた。

骨の折れるしごとをついかう すべくけいかくしてあつたのだ。

(16)

彼は彼の 幼年

多がくのよやく金を受けとつたの であつた。幾年の間よやく金 でくらして居た

彼はそのけんやくの

幼やくめを体面をけがさすには

果さずにしまふことから cannot

だから彼の友人は努力する やうに彼にすすめたのである。

再三そうしやうと決心したので あつた。その友人の勧告も け□いくわするのみにして何等

なされなかつたのであつた。

この熱心にたつだに 流れぬやうににのつた。

又彼はこの生産を送ル たびことに自分のちかひ言を 決心などをなすとのとなす。

時間を空費するしやうと決心 するのであつた。

(17)

かかつてる

彼が魔力はいのうにも又ちかひ にもていこうして居た

私は黒しやうぞくの尼さんの豆ぼうし

のやうにあごの所でむすぼれてる ぴつたり

ひんじやくなきいろい顔色 をして居る

併る時私の傍に立つたのは小柄な 丸々としたかつこうの婦人であつた。

彼女は成る程私よりもとし上だつた

(15)

かもしれないが267才をこゑ て居なかつたでせう。

同じやうに美しかつた。

帽子をかぶらず くるみ色であつた。

そして髪の毛を□べらして居た。

顔かたち

目鼻だちは美しくはなかつた。

大してやさしくも とへ端正でもあ

〃 〃

りませんでしたがしかし決して みにくい女ではなかつた。

□ち私は心の目鼻だちが表情に とんで居るやうないはれを見た

(18)

いちじるるしいとくちやうは

總明であつたか ふんべつとなつたか

とう考へてました。がしかし

いまだほとんどその に

ついては確信を得なかつた。

併し見る目に非常にここちよい目の すずしさがそして又顔色のいきいき した があつた

おいしい林檎の上のくれないの やうであつた。

即ち表にとともに赤いとともに 中みのけんぜんな

シャウ

ルーターしうと私は用件に

〃 〃

取りかかつた。君は大へんお高く あり両親たちは娘に対して 君のやうな先生を恐らく反対する かもしれないから手段の賢明で あるかいないかについて全くは確信 はして居ない。ところで人は 時分の判断に依つて行動

(19)

推賞

recommend recommend

(16)

informed 知る address 辞令 overpowered 圧服される vainqnear 征服者

terre 世界 attendance 司候する negleer 等閑に付す repulse はねつけられる uncovern 無とん著 labowr 事業

notice 恩顧の(みとする?)

imparf 與へに。

obligation 恩顧の for myself 独力で provina 天 asperity 拗戻 cynical 皮肉な conclude 完了する

□caltation かんき

(20)

するのは段々 いこと

両親の言ひな 次第に るよりも こちらからみ びく

先生の適否は 齢の問

ではない、く んさつ た所に 依ると音楽の こ 人は すでに50に い

その人により 君に信 したいと

思ふ

私は彼女が私 彼女に 好評にふさは い男で ると いふことを見 せばい と そして私は私 身を知 て居る が私はに於か たる信 を

うらぎること 出来な のだ、

彼女が更にか とくが

げんみつに努 られる あらう

(17)

それから彼女 條件の 題を 論じ始めまし 。彼彼 は 全く自分をけ かいし

(21)

非常に注意深くありました。

彼女は必ずしもかけひきをしないと は言ひないが彼女は ふかく私の 心をさぐつて私の強記がどん なものかと見□□さうとしました。

その金額を上げさしることをが

ゑんき 盛んときたてました。

私をして年五百フランに きめさせた。

その高尚の取引きが終らぬ うちにくらくなつたが大して急が なかつたのである といふのは 私は彼女の話ぶりを聞く爲 に坐つてることを非常に 好みましたから。

そして彼女□はくを一移の じむの才能が非常に気に入り ました。

(頁左側に肖像画あり)

(22)

彼のこの時代の手扣へといふ

ひ か

吾が身をせむることが色々書きつけてあつた。

例へば19後□さいの前噫

私のなまけ気分は更にひどいちどん

の状態においついつた。

不しぎな物忘れなやうな気分が 私を被ふ

だもんだから昨年のことばどうだつた か知らね

ふつつくわつ察が来た。

その時にも同じ状態であつた。

その時代に

(18)

私の時間はむだに費やさ れた あとになんら 夢の如く見える

記憶力がこんらん日が私の□□□かに 過ぐるかといふとかねか出ない。

所がこうゆう状態に しあはせなことはかやうに

とりこにくれてる魔力は

(23)

とうとうやさしぐも方親切でも

ない所の手によつて被られるに 至つた。

彼はコクリーンのある 出礼に 出る 本気に注意を拂ふに 至る程そして実さいの友人 のさけび出された せいれいから

□□□ 浮かばれぬ

〃 〃 〃

消息を

消息を聞かうと思ふて の

〃 〃 〃

の教會へ明一時に 実さいに出かけて行つた。

併しその出礼はすごさと□

たんぐわんせられても遂に頑と してものをいはなかつた。

□□ いたづらな少女が 多くさんのてつかてくやを ぐろうしてなぐさめてるとたう といふことが明らかになつた。

(24)

能力を確信し人気に酔ひ王黨へ とうは心にもえて

かくりつせる名聲を有するこうりう 派の政策

(の者)ぶじよくしてやる相手を さがして居たが

の出れいの三義の 詩でうた□

あのもう永い間よやくされて

(19)

長い間

かかやうに寛大にしはらはれ た書物はどことなるかを 尋ねた。

□しあからさまに大道徳家

さき□したものを非難した。

この恐ろしいことは□中中

ききめがあつた。

そして1765の十月に 九年間の近き役

新ぱんが出た。

(25)

この発行はジンヨソンの 正直といふ名よを救ふたので あつた。

能力及び学問の名聲には何等

□文には二三立派なる文句を含ん

でるが最上のきりやうは表はれて居ない。

もっともかちある註訳は彼が 幾年かの間の人間の生活

生□をいかに信容して

るかを示し 機會を有するやうな 註訳であつた。

もつともよきへう本は 性格についての註訳だ ジヨンソンが

かやうにすぐれたものは

ハムレツトのみごとがこうさつに 於ても見出すことが出来す

(頁上部と左側に肖像画などあり)

(26)

併しことに賞さんは終りを つげねばならぬ

一体このこれ程いかなる古典□行でも

〃 〃 〃 〃

にそんざいな かちないものを示しことはこんなん

(20)

だ。

讀者はこうゆうものを

劇を一つづつひつくりかへ して見ても一句でもうまくすいそく してていそくせい

〃 〃

今迄の注記者を失敬させたやう な文句を 一つでも□□に

満足に説明さるなどは見あた

らぬであろう、

ジヨンソンがじしよしゆいしよに

〃 〃 〃

彼のくはだつたしごとには

とくにてきしたものだ 述べた。

なぜかといふと□□□さく 者として彼の先人のいかなる

(27)

ものよりも英語を一層ひろくくわんさつ する必要もとにあつたからであつた。

彼の文学の知しきはかいはく であつたと□□ふそは爭ふべ からざる□不幸にも

精通し

成立□してあることが特にのぞまし□

〃 〃 〃 〃

ある部分を全文ゆるがせにして居た。

古いものをかんこうする 所がシエクスペヤ

〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃

ゆらい否定の説を断定することが

きけんせい通して居らなかつたこと いかなるぎじぎよく者

いん用せるものはたつた 一句でもないといふことを 断言しても暴言であから ジヨンソンは数ヶ月かかれば 現存してるあるゆる古い戯曲に

(28)

精通することが優に出

所がそんな古い

(21)

これはかれがくはだてた 事業に必要なこと準備だと

〃 〃

いふことはほとんど思ひ浮 ばなかつたらしい。

ユーリピデスの 著述に通じて居ない人が ソオウクレスを刊工することが 愚の骨頂だといふことは 認めた□世

併し彼は生またから 発見し得る所に依れば のたつた一まくでもよまない

を所行したのであつた。

彼の

くつぎたく評して

(29)

そんけいしてる人でもの

□□□□やく者の義むを 果せる方法に賞さんに於て

ついては 併し彼は長い間彼の両親を

苦しめて居た責務を果したのであつた。

そして彼は 依つて見ざまされた。

フーシのじげきに彼に見ざました。

休眠状態にもどつた。

彼は長い間すでに得た名せいを 長い間待つて居たオクスフオー 博士号から

文学協會からは教授の職 王にははいいつを給いた。

陛下が居た。

かやうにすぐれた作家が 今ここに書くことをないやう 希望するむねをこん切

(頁左側に「彼」の字あり)

(30)

にのべられた。

(22)

たつた二三の政治に関する 小冊子を

そのうちの一番長いものでも サベヂの傳やRasslasを

ければ

書いたやうに本気に書いたら

〃 〃 〃

四十八回間で書け得る

かきものを始める気になれない やうなものらに気分にもかかはず 口頭では

一言も変へないで印刷すること の出来る程な 主流な 学問の問題けつぎろん 論ずるとことは

ゆくわいなことであつた。

(頁上部に肖像画あり)

(31)

彼は言ひるがごとくあしをくむんで

ゆつくりはなしをするのが好きだつた。

彼は放題をもちだすやうな人 に対しのり合ひ馬車にのり合した人 いんしよく店で

彼のみちたる所のあふるるもの

のべ 與へる 併し彼の會話は□二三の

友人即ちその能力ちしき で幼 彼の投ぜるよこに

なげかひしむる人にとりか

はなばなしき眼ざまし きことはなかつた。

19 クラブを作つた だんだんに文學世界に恐ろ しい勢力となつた。

この祕みつ會によつて新刊書物 に下された註訳はすぐにロンドン中 に知れわたつた。

(32)

そして一日中に全発行部分を

(23)

うれ切るか或は

トランクやカステラ□のやう□

相場を定める程な力があつた。

それは吾々がこの小さなクラブ にいかに□大なしゆじゆざつた の働よりあつまつたか

といふ考へて見れば不しぎと

詩と軟文学の大

ガリツク ソノ ムジンノ カイギャク □□タリ なきものまね 台の効果に

完備せるちしき 會合 生れもそだちもいいしんし

□情に依つてみつせつに

性格習慣

(頁左側に横顔肖像画あり)

(33)

性とうの彼の見解、彼の生活の しんせんによつてその名高きベル□ト ラングトン

情事 花柳界の地しき やかまし いしげみひにくなとんさいなどで 有名な

かやかうな連中の主權を握る

ことは

ジヨンソンは主權をにぎつて居た。

バーブであつたら他のものは やむを 主權を爭ふことが 出来たである

一般にはあまりしんぼうづよい

ききてはなかつてけれども

ジヨンソンガ ききてで満足して□

そしてクラブ自身はかやうに としたの□の

ジヨンソンのクラブと稱せられてる

(24)

(34)

第貳学期 團体の會員

大部分を有利せし□めたし

倶楽部、尊重させられて居なかつた。

會員となるのもよういなこと ではなかつた。

ベンゴ士 名門立派な 財産

の嗣子 □ 精神よ

シヤレ者 うルサイ奴 ジユ柔弱 うぬぼれ強く 進取的好奇心

おしやべり loveの形容詞ニ非ズ he wasのwasにかかる 推理スルコトモ

南方十字星座

現行国語トシテ死語トシテも

□然が 崇拝者

(頁上部には「46P 、筆記体で「auiang」とあり) 」

(頁左側には国旗のような画あり)

(頁左側には筆記体で「petrior、pqbuo、patrionr、patrio r、patrior、patriot」とあり)

(頁左下には横顔肖像画あり)

(35)

彼の品性は植物学者は寄生と看して それより強い植物のみきんまきついて

□をすつてして生存するぜんにう植物ににて居た

〃 〃

とりついたにちがいない 彼はとりついて

民權案案ヨーゴ會ニ於ける最いて

愛国者トナツデアロ カルベス派のメソジスト 大聲なる野外傳道者 ナツタコトデアロ

(頁上部右側には縦書きで「コ 「ヨ」とあり) 」

(頁左側には横顔肖像画あり)

(頁下部には肖像画などあり)

(頁下部には筆記体で「Boswell」とあり)

(25)

(36)

やがて派家の人が

早く親交をむすぶことになつ ひらけた社 交らる ふてきとうに

へんぺ□

てまね ゆりうごかすこと 息づかい、ぶつぶつつぶやくこと きたいな がつがつした食事をたべ旁 折々かんしやくを

起すこと、粗暴 強暴

これらの喜劇ですらも彼のあらたなる

交友 彼に□じた□やう時を

一そうましたんだ これらの喜所はしつたい 及び迷境のうちの長い間の 奮□であつた生涯によつて

あとにのこされたざんにんなる恨□であつ

つからだ

ふつうの□文てにあつて かやうの 人にけんをの念 のみを

(頁上部には筆記体で「The」18個あり)

(頁左側には縦書きで朱書きで「上戸塚九五三」とあり)

(37)

起さしたのであらう。

所がジヨンソンのやうな天才 博學

しやうさん尊敬

ジヨンソンは間もなくサースバークの 醸造所に一室を持ち

そして彼の友人の

年々の大部分はこれらのすみかで すごした

彼がうつうにすまつて居た居宅に

比かくすれば立派でぜいたく

(26)

思はれた

主なるたのしみはアビシニアの聲楽者が 言つた言葉のうちに婦人の□帽の

なつかしみあるうるはしさと稱するもの から得られたのであつた。

(38)

スヰーに婦人は随分彼を茶化したり 彼女が若し彼女の軽□に依て 彼を腹立たせることがあれば 天女の如き気だてのやさしい 彼のしつせき

充分につぐのうた 又彼が身体及ビ精神に 於て病める時には彼女は 最もやさしい

富なるものがもめめる

いかなるい安も婦人の 器用な知恵がやさしい 同情によつてうごかせれし 工夫 せつびも彼の

病室にはととのうたのである、

(頁左側に肖像画あり)

(頁下部には絵あり)

(39)

彼女父の如くあいじやうを持 併し多少色男ぶつたいんぎん の気みを持つて

そのいんき のたいどはぶこつ のものではあつたが今はすたれて は居るがしやれものやめかしやで

ある ほこりとしたの所の

ばかものの連中のせはぶり よりは一そううれしいもので あつたにちがひない

□ののしやうがいの たつぷり半はこと の家

(27)

ですごされたらしい

彼はその家ぞくにつれだつて

(頁上部には筆記体で「This」31個あり)

(頁左側には肖像画あり)

(40)

又あるときは

同時に 立方のせまい いんきなうちのにせまい家を

かまいて居たんだ 屋根裏べやには彼の しよさいがあつた 種々ざつたのしよ物が 集められたものであつて バラバラに散らばつて ちりにまみれて居たのだ 下の部屋では折々 ごくまれに 貭素な

小牛

食事□□手のパイ或

〃 〃 〃

は小羊の肉にほうれん そうをそへたもの

(頁上部には筆記体で「pen 「This 」 is a pen」とあり)

(頁上部には肖像画あり)

(頁上部には「又 、頁左側には「又五」とあり) 」

(41)

ライスの□デムナドを

友人をもてなしたものであつた すまいが彼の長いるすの間 だれもすまつて居ないわけでは なかつた。

その家はかつて集められた とつぴな集まりであつた 家であつたのだ。

先づ家族のかしらには ウイリアムというばあさんを 置いたその主なる取柄は

めくらのひんこんであつた。

(28)

併し彼女が小言をいふ にもかまはず彼は今一人 彼女に

(頁上部に筆記体で「This 「This 」 is a letter 「This 」 i s」とあり)

(42)

家に置いてせはしてやつた 処を

互に知つて居たのであつた デ夫人の娘 びんぼう な夫人ふつうmiss

genesonl

ジヨンソンが 夫人□□□□てをも

〃 〃 〃 〃

又家に於てせわして 置イテ 年よりのやぶ 医者この人でこの不思議 な動物□を完成する Here村は石炭の うんぱん人夫かし馬車

刺略

の助手をしらくしたり とうやくしたりする

(43)

その□しろにはぱんきれ

□ブタ或はジン 等をうけたりわづかな 銅銭

これらのかあいそうな人たちはお互い

たえずけんかそしてジ ヲロンボのサーバント ハララレク □ けんか

実さい □々 敵対行動(pe ) 、 を主人にうつしこともあつた

食事が悪いといふことを不平を

ならしたり又恩人をののしつたり

ぐづぐづ言ふたりしてしまひには

ジヨンソンが幸にもやりきれないで

併しジヨンソンは最もきよぼうあり

(29)

又とみをほこつてる本屋 とうとい努力あるペドロに などのべぶべつの如く見えたる

所□ことは何事にでも

〃 〃

(頁左下には肖像画あり)

(44)

ふ□かいすすぎるやうな人である

こじきどうやうすもの彼の なうなければひんみんの 収やう所へ必ず行つたに ちがひないやうなこじき同様の

ものからジヨンソンが□どよくる爲Osbn をなぐりたほした

チエスターフイルドをもとと もしなかつた

一そう腹の立つやうなぶじよく をもこじき同様ものの

幾年かの間彼をなやまし 彼の所に寄食して居たのだ

(45)

新ぶんざつし 記事論説を

かかげた 恩恵にたよる者 三文文士かすめ眼だ 恩給ふ助者 又或人はおぢの一人が重ざい はんはんに決せられ

〃 〃

證明する ふくしうしてやると脅迫した もつともけいべつせる言葉で

そのぎぞうの非難をくり返したに 過ぎなかつた。

しばらくの間はこんぼうもつて 歩いた。もしサギ師が

それにでくわし

〃 〃 〃 〃 〃 〃

こんぼうかしくもさけて居なかつたなら

英雄□詩ば □に上におちる如く彼の頭上におち かり 借りて言ひば

その国にも英国人の□み

(30)

を支へる□の一本あることを知つた

(頁上部と左側には横顔肖像画あり)

(頁上部には筆記体で「ma」とあり)

(46)

先生 英語でなんといひますか セミコロンですみなさん なんとをかしいんでせう

書くことが出来ぬ

ところで先生 先生は大へん早く お讀みになる

ここに於てみんなものかぶつぶつつぶや いや、始めて口を開いてさけんだ。

□□

一向しづかに反対に前列の三人の□□が

〃 〃

一そう聲高にし

わからんところのなんかを書く ことはたいくつだ

うしろの方で笑ふやつがある。

幾分のさはぎが教室にみなぎり 始めた。

早速の午後を講じることか 必要であつた

急な調子でれんしゆう帖 言つてかヾみなかられんしゆう 帖を渡すひまのないうちに

(頁上部には筆記体で朱書きで「Professer」とあり)

(47)

ひきとつた。さてあなたあなたの 書取帖をください。

一寸青ざめた醜い少女に話しを

しかけながらつヾけて言つた。□くわく そして又その少女は私は教室内

□ 注意深い学生であると 気がついて居た。その少女が立つて 歩いて来て

おごそなな つつましやかな おじぎをして練習帖

ざつとながめた。

不明瞭に 分けのわからぬ

(31)

ことが書いてある。て馬かな

まちがひがみち そうゆうように

いみのとれぬやうなあやまり

はなかつた、そして又 ほとんどつづりのあやまりは なかつた 私はこの缺 を

しめしなから

(頁やや上部にノドを頭にして「津島修治」とあり)

(頁中央部にえんぴつで顔のような書き込みあり)

(48)

はちづべきである こと私は言つた

彼女の書取をていねいに 四つにさいて紙片を

けつこうである 書取に満足してる とび笑して その事を□返して

七面鳥のやうにふくれよつた 反抗の心持が静められた

最初のこしかけにすはつてる うぬぼれたこび 無益な たはむれはちんもくの不きげん にかはつた

場一そう都者のよいものだつ とどこほりなくすぎた 中にはの鳴りひヾくかぬか 体上の時対をつげた M.ペレーのがんかうの すぐあとに又どこかの 公立の学校のかねときいた。

直チニミダレテシタつた。

(49)

立ち上つた

先生におじぎをして うしたのやうな通学生が 来ない先に去つた。

更に内部の教室

友人近くの生徒がかんきん

せられて居つた。

(32)

そして教室の高まりつつあるさは ぎをきいて居た。

よこぎりろうかの所に達するや 私の所に出て来た。

不幸にも数ヶ月たつてから そねみ深き

なし得なかつたことをなした 幾分それ□よつて己の名をけがす

のに至つたのであつた。

殖民地の爭論は平和的 こうていは不可能といふ 迄

達して居た。

(頁上部左側に横顔肖像画あり)

(50)

内乱は明らかはさしせまつ て居た。 国内

そして大臣等はここの反たい

とうに対して対して国民のせんどうし そして大臣評の□まんに

ジヨンソン雄べん

を利用することが出来やう と考へたらしい。

彼はすでに政府の内地

外交政さくをようごする

に小さつしを書いたことありき。

それは殆ど彼にふ

さはしからぬものだつたか の店さきにころが

つてあるやうないくたの少さつしに しかし彼のみじめな失敗

であつた。

その題自信は馬鹿げたものだ

(頁上部には「内和」とあり)

(頁上部と左側には横顔の肖像画あり)

(頁下部には縦書きで「課ぜいはあつせいに非ず ) 」

(33)

(51)

ひびきのよい頭い人の如き彼の

あなどつて用ひざるべく筈であつた他の何物によつても 何等□せんたくのとり得なかつたのだ。

小等がとうろん會で用ふる 議論であつた。

含んでるかいぎやく河馬の骨 ぶざま せつれつ

ぼすうえるですらも この不法な 助

一ぺんに於ては能力のけいせき をみとめることは出来ぬといふ ことは自由な

発表した 能

タイムとシツペイが表はれて 来たのであつた。

もう書かないやうにして彼の信用 を落さぬやうに必朽□ければ 一番よい。

(頁上部に「む 「ゑらんだとりゑが」とあり) 」

(52)

併しこれは大な

一週間の□に を書いた 時分程旺盛でなかつた

のではなくして彼はおろかにも 決してとりあつかふしかくのない 問題をえらんだ

人にえらばせた 政治家でなかつた。

傳記 文学史 国事風ぞく記 ぜつたいにきらいであつた。

起つてあらそはれてる問題 なんの意見もなつて居ない やうな問題であつた

必ず失敗するものであるやうに 失敗した

言にも彼の失敗といふもの

(頁上部に肖像画など)

(34)

(53)

智力の衰へた爲でない といふことを證明を得た。

〃 〃

最も明らかなに

1777復活祭の前晩にロンドンの 一流の本屋70人から成つてる 會合を代表した 彼は任事をする ことは少しくちうちよして居る けれども彼は応接した。

英国詩人の刊行が計畫中 で 書いて貰ひたいと来た さつそく 非常に適任なしごと 一部は書物

とざされた出所から 出たものであつた。

古い三文文士街の傳説

におさまつて 教會の地下の墓所よこたはつてる

もうとつくに死んでるやうな

(頁左側に肖像画あり)

(54)

今は忘れられてるヘボ詩人等の話から バトレなどの才人とかたらう

たことのある

両時代の戯曲家の脚本ヲ

作し

台さしに解しやくしたCileber

〃 〃 〃 〃

といふ人から

交さいしたことのある Orreyから

あまり名譽ともならぬ助力を PopeになしやSovage から、

それ故に材料の富□なる

頭を持つてしごとに取りかかつた。

小詩人の傳記はたヾ一パラ 位づつ

最大詩人には五六頁ニとどめ

(頁上部には「Gilbs」とあり)

(35)

(頁上部には肖像画あり)

(頁左側には肖像画などあり)

(55)

て置をつもりだつた。

批評 せまきみぞにはんらんする 豫定ノハンヰニ

オサマリ 始めはわづか数行に 止めて置くつもりであつた 十冊 著述 なる程小さなあれど

密刷ではないが 始めの四巻は

詩人傳は □すぐれた

話は小説程に□面白い

人生人間の性状について言ひること かんさつ 眼識あり

〃 〃 〃 〃

批評は往々大そうすぐれたもので ある。そしてひどく腹立たしい程不当 であるやうな場合にでもけんきうする べきかちあり

(56)

まちだつて居ろう

ばかばかしいものではない。

せん□もてそくばくせられ又

〃 か

詩的感情は□けて居たが

力強い 必性の はんだんであるのだ。

かちべきある

〃 〃

幾分づつ

どんなに悪くとも

何もらかを意味するといふことは

現代の批評としやうせ

られてる多くはこれを要求するけんりの ない稱讃である。

(頁上部に筆記体で「wanted」とあり)

(頁上部と左側には肖像画などあり)

(36)

(57)

サベヂ傳を17744と ほヾ同じままで再版した。

savageのでんを讀んだ後に他の詩人傳をよむ人は誰でも むく

文体を きようぐうが

年を取ることが少く口をきくことが 多かつた。

間を

〃 〃

ねんいりに文章を作ること

をやつて居つた間についた

文体のくせはい前程 目につかぬやうになつた。

語法は以前にかけて居たやうな 対話的な平易な風をそなへて

往々

し□くれ

にでも見わかかつけであろ

気がつかぬことがないの であるのた 傳は

nearly=ごとく

(頁上部には肖像画あり)

(頁左側には筆記体で「Daia□」とあり)

(58)

この大□ちよじゆつは

すぐ人気をはくした よほどせいとうな非なん よほど不せうとうな

もつとも非難するやうな人でさへも 我知らずその書物には

ひきつけら□のであつた

利益を見つもつた 著作は

初めはごく

(37)

あつたんで彼は けいやを□むすんだ 出来上つたものから

どれほど 彼の約束をこえたか

(頁上部には筆記体で「This is a 「a 、肖像画などあり)」 」

(頁左側には筆記体で「Macaulay 、肖像画などあり)」

(59)

を知つてわづかに今百ギユー はしなかつた あなどりはあなどるやうな風 をしなかつた。

彼の強い常しきと 長いけいけん 自分の 利を保護する資格を そなへて居る筈であつたか 文学上のかけひきはきたいに 下手でふしゆびであつたらしい。

彼は概して いはれて居た。

すでにせい及する元気

〃 〃 〃

もない程の 機けんを うつたものもいくたりもち

たつた あげて□ひば

かちある物でも

(頁上部には肖像画あり)

(60)

言ふのは 遺名に対し 少しも不敬なことではないのだ。

今は72才 加つて来た 老衰がしきりにつのつて居た

からざる

恐くなくして決してさくべ□ける

〃 〃 〃

事件は近づいた 蔭影

しばしば長じゆのざんにんな價を 拂へねばならなかつた。

さいさいくりかへしの出来出

(38)

ことを失つた。

不思議な寄宿者

保ごしてやつたりそして

〃 〃

その缺 にかかはらず彼は 習慣で深くあいちやくして居た 一人一人死んで行つた。

(頁左側に筆記体で「reza 、肖像画あり)」

(61)

そして彼の家のひつそりとした

中てあつてどなる技そうぞししさも

〃 〃

をしく思ふ 競技 親切なかりようあろ もう死んでしまつて居た もし彼の妻が置かれたならば つがうよかつたであらう

併し□きなかへてねたましく思つてるやうな人々の笑ひ

草と

そして世の中でいかなる ものでも彼女を愛してる 老人の眼から彼女の墓 にそそいだいたましい 涙を流さしめたのであつた。

いろんな尊敬すべきとしたの ゆかいな特性を有しながら

獨立してるやうに出来て居なかつた。

(62)

自分の精□□一そう

しつかりくわんりといふことか 彼女の名ぼには

彼女が彼女の夫 しりょあるしつかり ささあたることには彼女の

しゆみ□ままにさして併し

爭はれぬ主人であつた よくせいせられてる間は どんな悪い缺 でも

(39)

失礼な冗談 むじやきなうそ しばらくしねてること位で あつたんだ

もう□んでしまつてそして

ゆうふくなくわ婦となつた 非常にびんかんな

うつりぎな気まぐれ

ふんべつのとぼしい判断力

(頁上部には肖像画あり)

(63)

彼はすぐにBreseaから また音楽の先生と恋におちた。

何んも賞さんするとこは見

彼女の自負心又他分

これよりまさつたる感情 がこの□不面目な情慾

に対していたくもがいた。

そのもがきはしんけいをいらいらさた。

気しつをねじけさせそし けんこうをも危くしたのたでな

彼のせんたくはジヨー のたんさんせひ

しつて 彼のかんしを のがれたくなつた

(頁左側に縦書きで「陽気なこうきげんに終る」とあり)

(64)

彼に対するたいどは 一変した

れいたんなこともあれば おこりつぽいこともあつた。

彼が さつたときは よろこびをかくすことが 出来なかつた。

おかへりと□たつてすすめはしな

かつた。

(40)

そしてもし彼がまれ□れず

て来るやうなことがあれば

彼はもはやさとられる

やうに彼を

(頁上部から左側には筆記体で「Athena」とたくさんあり)

(頁上部には筆記体で「Geltn」とあり)

(頁左側には筆記体で「seschlossen 「Teschlossen」とあり) 」

(頁右側には縦書きで「お宮宮 宮下利一 ) 」

(64・65頁のノド中央部に肖像画あり)

(65)

與へたきはめて明れうなる ヒントをさとつた。

彼は最後に自分で設けた としよしつで の一章を よんだ。

それからあとできとう に於て

その家人を神の保ごを ゆだねた

彼のこゑを 力づよき五体 感動を持つて

永久に 愛して居つた 家を永遠に去つた

うしろな しりぞいた。

そこで彼の尚のこつてる わかか 不幸な餘命 がつきたのである

(頁上部には「宮下 「宮」とたくさんあり) 」

(頁上部から左側には肖像画あり)

(64・65頁のノド中央部に肖像画あり)

(66)

中風にかかつた 併し智□的能力を

少しもそこそふたらしくはない

併ししつぺいがしきりに彼を

□□

(41)

水腫のちやうこうが あらはれて来た

病気のへい発症のもとに 衰へつつある間に 彼は最初の十六年間の おもなる幸□だつた婦人か 友情が

彼女をののしりつてる しんぶんざつし

ハムレツトの2つの画像

(頁左下には縦書きで「茶話」とあり)

(67)

ひきあいに出した記事で 一杯である

彼は熱心に彼女の 存在を

彼女の言を口にしなかつた。

彼の眼にふるる 彼女の記念は皆火に

投じてやつた。

彼女はその間に 国人の嘲笑叱罵

のらのがれてそして彼女の

国へとと行き レモナード會の

そう人の名と彼女の名は

分つことの出来ぬやうにれんけつ されたる偉人がこの世を去つ たといふことをきいた。

(68)

彼は

彼は精神的又からだの上の

□苦つうにも不拘やつきと

なつて生命にしがりついた。

アイドラ□の連ぞくを

(42)

とぢると□ろ立派ないんき

なろんせつにのべた感情 最後の時期が近づけるときく 彼には

彼は楽に呼吸することが思つた し南の土地では一そう

のひのようを気づか はなかつたら

に向フ多分出発した のでせう

(頁上部には「彼」とたくさんあり、墨らしきもので塗られている)

(頁上部から左側には肖像画あり)

(69)

実さいしはらう支力があた。

2000ポンドを貯金して居た。

彼が幾つりかの出版屋の

財産を作つてやつた勞力の もたらせる結果であつた。

併が彼はこの貯金に手に つけたくなかつた。

彼は ちよきんがあるといふ ことをひみつにしてさへして置き たかつたんであつたらしい。

友人のうちには政府□について

年金を三百ポンドに増して 出来ればよいと思つた。

併しこののぞみをむなしくなつた。

今冬英国で過そうと 決心した。

(70)

この冬は最後であつて 後

呼吸が短くなつて水ハ 苦痛に対しては勇敢だが 死といふものに対して だんだん深く切解させたて

行つたがすぐ水は

(43)

くつををやはらげた の幾日かの間 かのやさしいかんごは うけなかつたが

淋しくとりのこされたわけでは

あかつた もつともえらい

内科外科の人迄にかかつた。

彼からちれう代を受けなかつた。

感動もて彼から別れた。

病室によく坐つて

病床につきそうてかんごさせ た。

(71)

老人がが父のごとく親切

て持つて可かいがつてやつた

と口に立つて泣いて居た。

又Sanztowその信信深いことは かやうな時に於ける

たる たるしかくをそないて居た

友人としての最後にジヨンソンの ジ 握手ヲ受ケる

おそれられて居たそのうゆんかんせまつて来た時

黒きくもりがかれてしまつた。

□ いつもいなくやさしく 死のかなたに構たはるもの 彼は彼のめぐのChristの 讀罪たくさんにかづ

(72)

おちついた気分で に

著名の人彼がそのでんき 作者である

ほふむられた

かんとくといふことは非常なせきにんである なんと□言いましたか。

(44)

両氏は時には勞動に少し つかれるに相違ないと思ふ といふことを言つた

駄獸だと director 一方に於てすすめた 校長 あなたもおあがりね君

私が彼のコツプに二つの かたまりをおだやかに

(頁上部には「□□ 、筆記体で「obser」とあり) 」

(頁上部左側から真ん中には「ねえ 「ネエ」たくさんあり) 」

(頁下部左側には肖像画あり)

(頁真ん中にかけて朱書きで三本線あり)

(73)

ゼひ私に話をしたいと言つたのであつた 実さいどうゆう題目についてですか

おさしつかいなければ

これといふようなものについては 語らなかつた。

色々の問題についててすか それにつ□て話

私に言つた

おばあさんの看とくしやべり相手 が勿論そこに居たでせう

二人ぎにになる光榮を それはけつこうでした。

言つた。

それについてわるく考へる人は恥ぢか がいい

私はその私の隣人を少し知つてるんですよ その場合に

ごくくだらぬことについて 長々とぎろんに耳をかたむ けながら長々しいきかせながら

(頁中央部には朱書きで「Professer」などあり)

(74)

ソーフハ理由は何であるか

彼女はあなたの性格を

さぐつて居たんだ。

(45)

君の詞 をみつけたか 無論

さぐりを充分入れる婦人は 胸にあるはかり知ること の出来ぬ感受性の いづみに達する 胸に血がさはぐやうに 頬があたたかくなるやうに 或る女はそれが出来ませう。

ルーターはそのうちの一人で あるか

さあ正直話をしなさい。

まだ若い恐らく君よりは 年上だ。併していしゆくな妻の 愛に母の親切加へる

ぐらひはの年齢である。

(75)

君に非常に気に入らないか いや私の妻は妻らしくあるりだ

〃 ト思ふ

半ば母上らしくありたくない 年とりすぎて居るか

他の に於て私にてきとう であるならば一年たヾ一日も 年上であると思はぬ

ウイリアム彼女が君に適当 でないか彼女きもちのいい女 ではないか 個人としては 全くさうだ彼女の髪顔は まさに私の賞さんしてるものだ すがたは全くベルギー式だが ゆうびにみちて居る

素□顔は目鼻立ちは どんなにすきか

少しするどいことに口が 内心ニヤヤと笑つた

(頁上部左側に肖像画あり)

(頁下部左側には「13rooo )」

(46)

(76)

口のへんには特ちやうがある。

しつかりした

ゆくわいな笑ひ方をする むしろ狡猾な

なるほどずるそうな表情は まつげのまゆの爲だ君は

〃 〃 〃 〃

まゆに眼をつけ 目をつけたことがない うつむいて居る時を S Sine

(頁上部には落書きあり)

(頁中央部左側には肖像画あり)

(頁中央部には縦書きで「橄欖之実が ほろほろと 月の光に散つて行く TaRanT

」 ) uLa! 蜘蛛に咬まれた若者は 空をみつめて舞ひ狂ふ 哀れ悲しく舞ひ狂ふ とあり

(77)

JOHNSON

彼の死んでから

著述の人気 と 多分

のぞいて多いに減じてしまつた。

自分のものとは言はれぬほどに 引き合ひに出しても

文学界さつそく理角せら

いささ□うすらいで来た

併し述の名聲は衰いたが 不しぎにも偉大では

Boswellのジヨンソン傳の Boswellの自□

〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃

ジヨンソン自身の書中の 及ばぬ程彼の爲に つくした。

かの著述家の遺名は 著述に依つて生かされてる が遺名は著述の多くを生かしてる

(頁上部には筆記体で「sentimental、sentimental、senti

mental」あり)

参照

関連したドキュメント

本稿は、江戸時代の儒学者で経世論者の太宰春台(1680-1747)が 1729 年に刊行した『経 済録』の第 5 巻「食貨」の現代語訳とその解説である。ただし、第 5