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JOHNSON

ドキュメント内 「太宰治自筆ノート 英語」 (ページ 46-95)

彼の死んでから

著述の人気 と 多分

のぞいて多いに減じてしまつた。

自分のものとは言はれぬほどに 引き合ひに出しても

文学界さつそく理角せら

いささ□うすらいで来た

併し述の名聲は衰いたが 不しぎにも偉大では

Boswellのジヨンソン傳の Boswellの自□

ジヨンソン自身の書中の 及ばぬ程彼の爲に つくした。

かの著述家の遺名は 著述に依つて生かされてる が遺名は著述の多くを生かしてる

(頁上部には筆記体で「sentimental、sentimental、senti

mental」あり)

(78)

ジヨ

今でも尚金のボタンのついた 上衣洗はねばならぬしシヤツ を着て日をくばた□き

いきづかい洗

指でこここつたたき

肉をさき

茶をがぶがぶのんで 今尚我々の間にある 死して七十年以上たつてる ジヨンソン程我々

に死知られてる人はない。

彼の智力及びき貭の

変な特色とても彼であつたら

したであらう

しうようする所の奴を

吾々がwell、knowことは

偉人であり善人であり である

偉大な 善良な吾々の確

だヾ強うするにものだと

いふことはたヾあ公平の

論に過ぎぬのである

(頁左側には肖像画などあり)

(79)

しかしそれはごちそうである。

なんか一方に於てぎろんが 彼女の周囲に行はれてる さいに 手に何かほかの 婦人□□どとさ持つてる時に おちついてあみものをしてる

姿をして□して坐つてる。時に

彼女をごらんなさい

ぎろの際中において

性格のせい格とくちやうが

興味

表はされる重要なる□ぎの

が詳論せられるのだ

ぎろんに彼女が加はらぬ。

彼のけんそんした女性的な 心は全くあみものに熱中し てるのだ 彼女の顔は少し もうかかぬ彼女は□さんせいの 意を表して

不さんせいの 表して しかみかほするのでもない

(頁上部には「見な 「目の保養」とあり)」

(頁中央には筆記体で朱書きで「Professer」とあり)

(80)

きんべんな

しごとが好きだふりをしない よそはぬしごとをせつせと やつてる。

彼女がこのさいふの しごとが出来さへすれば ギリ形の少い

彼女にとつて充分だ。

誰かの男の□人か

倚子に近づいてもより一層 おちついたやうす

やさしい 顔にあらはる 顔、全体のすがた

彼女のまゆを觀さつせよ 片方のまゆにいく分猫

ありはしまいか言つて もうひたい

(頁上部左側には肖像画あり)

(81)

私の最初のきくわいを 心かけて注意して見ませう。

まぶたがふるへる

しばちよつとそうすい色のまつげは

ま上げられるであらう

まつげ(まく)の下の下からちらとながめる

青い目が ざんじ せんさく てきのに眺めませう。

そして又視線をもとにおさの 一体けつこんするでせうか けつこんですつて

□小鳥が一緒になるといふのか

勿論彼女にてきとう

けつこん 意志でもあり決心 である。

彼女程自分の與へることの 出来るやうな印象を彼女程知つて るものはないし

しづかに人の心をなやますことを 好むものはない

君の心にのしのびあしの跡□

のこさかつたつもりならば、私はご解してると 思ふ

(82)

あしですつて とんでもない。

その上を

私の心は人のあるとくいたでは

にあるかれる

ない。

併し びろうどのやうな前足のやはらか な感じは胸に害を與へない

私に與へて呉れぬ 彼女は全く□けいしきと

遠慮一 ばりだ。

先づ手始めにはそう□んだ。

尊敬をけんちくのどだいたらしめよ

□愛情を階下たらしめよ 愛を階上たらしめよ

□ロイターは じゆくれん

せる建築家だ。

興味、興味といふ はどう その を考へたことでせうか

(83)

石と石とのせめんとになるでせう。

吾々は女学校のことを論じた から学生達はどんなで あつたか。

若いものの間に何かりつぱ

なけんきう材りようはなかつたか。

十八世紀の英国

(頁左側から下部に肖像画あり)

(84)

Oliver Goldsmith

昔からもつとも愉快な

たものであつ

長くアイルにおちついて居つた たいがいの他の新教の

サクソン人の

コンランせる時代にあつては 土著になやまされ

恐□く せられた

新教とサクソン人の

家に生れた

かんとと管官の学校で

先生

校長の娘に愛着し けつこんし、僧職につき 一部は

得た所のもので

(頁左下に肖像画あり)

(頁右側に肖像画あり)

頁右下には筆記体などで first first first first A

( 「 」「 」「 」、「 」「

t first 「At」 first」とあり)

(85)

その場所は当時は 実用的の目的では

後半が過された 都會から

かけはなれた

今日 開拓地 と同じ 位のも。

今日ですらその詩人の だんじやうちをたづねる やうな 一 家は□□の あとの方の部分はかちで やらねばならぬ。

田小屋は大通りから

雨がふると

小路どんな二輪馬車こなみぢんに くだけてしまふ

どんなに丈夫な車輪でも ひつぱれない程なみ

(頁左側に肖像画あり)

(頁下部には筆記体で「P□□ 「first 「first 「first 「firs」 」 」 」 t 「first 「first 「first 「fer」とあり)」 」 」 」

(86)

ですか

性格の研究ですか

少くとも私の思ふところでは□めづ

らしい性格の研究材料でした。

併し人は最初の會見に依つて 多く見ぬくことが出来ぬ アア 分別顔をしてる

用心深いそうな顔をしてる どうだね 人々の 少し 恥かしく思ふことはなかつたか

併し 私は□我にかへて

それそうとうのれい□せいを

もつておつたのだ。

信ぜられない。

信ぜられないかもしれないが 天使であるやうに思つた。

彼等はそのなやうなまよひのもとに 私を長くおかなかつた。

一番年とつた一ばんうつくしい まよひをさまして呉れる勞を

とつてくれた。

(頁上部には筆記体で「coqnell」、「ゲート 、縦書きで「黒丸 「黒丸 「黒丸」」 」 」

「黒丸 「黒丸 「黒九」 などあり)」 」

(頁左側には筆記体で sang「 」「sang」「Kin」「kin」「kin」「sung」

「Kind 「sang 「kind」 」 sung 「kind 、書き込みあり)」 」

(頁右側には縦書きで「黒丸 「黒丸 「秦話」とあり)」 」

(87)

即チ非常□□けんめいな行動を

したので、五分間ののちに 少くとも彼等を彼等のありの ままの人間としてわかつた。

即ち□人のver

非常なあだ女 いつも教會の前 散歩に於て

いつもまつさきに居る つぐ□

立派な色白の金髪美人 美しい おてんば 全くそのとほり

可愛らしい 藝術家むき

一緒になつたらさぞ立派なグループを作すでせう。

ウーラリーはーおちついた

(頁上部に肖像画あり)

(頁左側に肖像画あり)

(88)

まつたくたくなさんあるかみ

の毛をどう處□置する

そ アーム

富□な髪のみを モモイロの頬 いたづらげた 天女の周囲には

なんといふ黒いかみの毛 美しい

君の国のバイロンなら この女をすうはい

詳しかるに君は冷せいなつめたい

島国人は

こんなにすぐれな美の人面前で

(89)

げんしゆくなつめたいつれない様子

をして居る。

校長の熱情を私がほんとう の□と思つたら笑つただろう 調るには人口的の

(朱 書き)

よ□ほた頂天を

示す何も□かがある

私は彼が私のけいかいを解く 相手の心に応ずるやうな

をとらしめ

態度になつて来るやうにさせる

熱をよそうた 次のやうにつづいて どうだねウイリアム

たつたる美術はスバラシイ美しさと 比かくされるならば

下びた平凡なものに見えはしまいか

(90)

小供であつた時分

一年□2百ポンド程に成る収入ある

すいせんされた。

Weミンス州に於ける

だから すてて 人通り多い通に沿ふ た家廣い

学問字を教へた

七才で

休職給 宿營係 教へぬことにして居た。

そして出れいのについての放

おどぎばなし

かしらでBalと しつしする

Sa Heなどといふことについ ての話は無じんぞうに

知つてる、

(頁上部に筆記体で「Venus 「banshee」などの書き込み、肖像画あり)」

(頁左側にも「Venus」などの書き込みたくさんあり)

(頁左下部には肖像画あり)

(頁左下部には「Le□ him )」

(頁右側にも肖像画あり)

(91)

この人は新教を奉じて居つたに ちがひなかつた

土著のものだつた

ばかりでなく即興とに詩を

アイルランド語の

作るることが出来た。

若い時 熱心なる

ことにcarubanの一著生崇拝者で通世

作曲

たてことの最後の しらべをいくたびも 聞いた□ことがあつた。

ホリバーは英国出 であつたが 英国ノ国教と いくたの によつて 彼の時代に

アイルランド□支配する少数なる 者の

ものが支配さるる 多数のもの

(頁右側破損)

(頁上部には肖像画あり)

(92)

を見ないけいべつ的な反感を持つ てしたが

そのかんじのけいせきは ないといふことは附加しねば

ならぬ

又実さい彼は彼は 彼の属する階級が有する 意向□

(頁左側破損)

(頁下部に肖像画あり)

(93)

客にぶどう酒も亦気に入るかどう かとたづねだ

勿論気に入りますと客は答へた もし自分が私のお金に対して 何かよきものを持つことが出来る ならば

彼が□自分にすべてをよく

呼ぶはじめた後に 彼は □□

しかもすりへらされたおかね

を出しかくしからだして

ここにお主人よ私の 金があるその言人は言つた なんですつてと世人は言つた 君は私に対して 一ターレル 拂ふべきであつたのではありません かその客は答へた私は

一ターレル

(頁上部には「ていねいにたづわだ )」

(頁中央には筆記体で朱書きで「Professer 「ドイツ」とあり)」

(94)

彼の

17才にオリバーは免費生として 大学へ入つた

免費生といふものは

食料授業料は少もはらはずして 宿舎費はごくわづか費つてなかた 併し小使のしごとをやらねばな

免ぜられししまつてるが にはをはいたり

特待公費研究生の

ドキュメント内 「太宰治自筆ノート 英語」 (ページ 46-95)

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