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WTO 体制と紛争解決メカニズム

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(1)

WTO 体制と紛争解決メカニズム

嶋 田 巧

はじめに

紛争解決メカニズムとウルグアイ・ラウンド

1.GATT体制のもとでの紛争解決メカニズム

2.プンタ・デル・エステ宣言とウルグアイ・ラウンド

紛争解決メカニズムの概略とその利用 1.紛争解決メカニズムの概略とその特徴 2.紛争解決メカニズム利用の現状とその特徴

紛争解決メカニズムの評価(1)

1.紛争解決メカニズムの一般的評価 2.石黒一憲氏の批判

紛争解決メカニズムの評価(2)

1.米国通商法301条と紛争解決メカニズム

2.反ダンピング措置と紛争解決メカニズム 結び

国際経済の歴史上「最大かつ最も複雑な交渉」であったといわれるウルグアイ・ラウ ンドの結果として,1995年

1

月から世界貿易機関

WTO

が発足した。J. H. Jacksonによ れば,その最も重要な目的は「ガットタイプ条約のルール指向的な規律」を三つの新し い主題的な分野(サービス貿易,農産物貿易,知的財産権)に拡張することであり,若 干のギャップはあったけれども,交渉はその意図を顕著に満たすことに成功し

1

た。

また

N. Woods

によれ

2

ば,グローバリゼーションの進展のなかで

GATT

の「不平等 な クラブ アプローチ」や「分権化したフレームワーク」が不適切となり,グローバ ル貿易を促進するために強力なルールに基づいた機構の必要性から

WTO

は創出された のである。

そして世界的規模における経済政策決定の面でのいっそうの整合性を達成することを 目的として

IMF

や世界銀行などと協力を謳う

WTO

は,今や世界経済の第三の柱であ る。それは世界市場の満足すべき活動にとって不可欠である世界の制度的構造の一部で

────────────

Jackson, John H., The World Trade Organization : Constitution and Jurisprudence, The Royal Institute of In- ternational Affairs, Chatham House Papers, 1998, pp. 1−2.

Woods, N., Order, Globalization, and Inequality in World Politics, in Hurrel, A and Woods, N., eds., Inequal- ity, Globalization, and World Politics, Oxford University Press, 1999, p. 29.

517)7

(2)

あり,ますますグローバル化してきている世界の経済的外交とディスコースにとってか つてない重要な存在であるように思われ

3

る。

GATT

に比較してより明確でずっと改善された 憲章 を持つだけでなく,「極端に 広範な権限マンデイ

4

ト」を有する

WTO

において,紛争解決メカニズムは中心的な制度 をなすと位置づけられている。そして

WTO

体制の成立は,一般に権力志向的なシステ ムからルール志向的なシステムの形成への移行とみられている。WTO事務局次長

War- ren Lavorel

によれ

5

ば,WTOは グローバリゼーション のプロセスに関連した多くの ルールを交渉し,紛争を解決するための「選択されたフォーラム」となり,「パワーと いう手段によってよりむしろ説得と法の規制」を通じて問題の解決が図られてきた。

紛争解決システム(WTO体制)に対するこうした楽観的な評価に対して,筆者はご く断片的であるが,すでに批判的に言及してき

6

た。本稿は,南北次元や

NGO

の主張等 を考慮した紛争解決システムの全面的な分析のための前提的な作業をなすものであり,

ひとつのノートにすぎない。

小稿では,WTO 体制における紛争解決メカニズム成立の経緯(Ⅰ),その概略及び 利用の現状や特徴(Ⅱ)を明らかにする。さらにそれを高く評価する主として日本での 議論を簡単に整理・検討したうえで(Ⅲ),米国通商法

301

条及び反ダンピング措置と の関連でそれがはらむ問題を具体的にとりあげて分析する(Ⅳ)ことを直接の課題とし ている。

紛争解決メカニズムとウルグアイ・ラウンド

1.GATT

体制のもとでの紛争解決メカニズム

最初に

GATT

体制のもとでの紛争解決メカニズムについて簡単に明らかにしておこ う。

GATT

体制のもとでの紛争処理は,第

22

条及び

23

条が基本的なものであ

7

る。GATT の条文には「紛争処理」ということばは見当たらないが,それに関係する規定として第

────────────

Jackson, J. H., op. it., p. 102.

Ibid., p. 101.

Lavorel, W., Prefactory remarks(Ibid., pp. xii−xiii).なお彼は次のように述べてWTOの役割と機能を 弁護している。それについてはほとんど知られておらず,また多くは誤解である。一部ではWTO

「経済的進歩と平和的な解決のための政府間フォーラム」としてより,むしろ「国家主権とナショナル

・アジェンダに対する」と脅威とみなされている。

6 「発展途上国とWTO体制」(嶋田巧編著『グローバル経済のゆくえ』八千代出版,2000年),164−165 ページ,「グローバル市場経済化の進展とその位相」(平勝廣編『グローバル市場経済化の諸相』(序章)

ミネルヴァ書房,2001年),12−13ページ,など。

条約本文では審査結果の報告に期限を設けるか,審査結果を誰が,どのように採択するか等の手続きに 関する事項は規定されず,必ずしも円滑に実施されていなかった面もある(筑紫勝麿編著『ウルグアイ

・ラウンド』日本関税協会,1994年,199ページ)

同志社商学 第54巻 第4号(23年2月)

4(518

(3)

22

条「協議」(ガットの運用に関係する一切の事項について協議できることをうたった もの)と第

23

条「無効化または侵害」(1項;GATT上の利益が無効あるいは侵害され たときに調整を行う目的で,当該国に申立または提案を行うことができる,2項;合理 的な期間内に調整が行われなかった場合には,当該問題を締約国団に付託できる)が設 けられている。これら二つの規定の適用との関連において,紛争解決の実行の積み重ね によって

GATT

独自の紛争処理制度は確立されてきた。当初は,当事国間の交渉によ り問題の解決を図ることに比重がおかれていたが,その後中立的なパネルの設置により 司法的裁定を下すという方向に次第に重点がおかれるようになった。このように

GATT

体制のもとでの紛争解決は若干の貧弱な条項に基づいていたために,必然的に数十年間 にわたる実践がそのプロセスの最重要な創造者であっ

8

た。

東京ラウンドで紛争処理をより司法的に構築すべきとする米国主導で審議がおこなわ れ,その結果

1979

11

月の

GATT

総会において締約国団は「紛争解決了解」(「通 報,協議,紛争解決および監視に関する了解」)を採択した。ヨーロッパは米国とは逆 に外交的な手続を重視したが,結局,GATT規律の強化の方向で現行システムの「原 型」ができ

9

た。ただし,東京ラウンドではいわゆるコード方式がとられ多くの協定に独 立した紛争処理手続がおかれた結果,いわゆるフォーラム・ショッピングの余地が残さ れたほか,外交主義的要素も強いという。

1980

年代にはいり米国を中心に紛争解決手続はかなり利用されるようになり(10年 間で

115

件),一連のきわめて洗練されたセンシブルな裁定がもたらされた。こうして

GATT

の法的なシステムはずっと強力となり,この競争場の平準化の傾向はより厳密で より強力な紛争解決システムが発展途上国に有利に機能するとの信念を高め

10

た。実際,

GATT

の歴史を通じて紛争がパネルにまでもちこまれたケースは必ずしも多くないが,

パネル報告書が採択された時には,ほとんどは関係当事国によって遵守されてきた。も っともパネル裁定の内容を不服とする国の抵抗によってうまく機能しないケースもみら れた。たとえば,ニカラグアと米国の砂糖輸出割当の削減をめぐる紛争で,パネルは米 国敗訴の裁定を下した。これに対して米国は報告書の採択を認めたが,それに従うつも りはないことを明らかにした。報復措置をとることは理論的には可能であったが,小国 ニカラグアにとってそれは事実上困難であっ

11

た。

────────────

Jackson, J. H., Dispute Settlement and a New Round, in Schott, Jeffrey J., ed., The WTO after Seattle, Institute for International Economics, 2000, p. 270. N. WoodsGATTは「きわめてルーズな機構」であり,その ルールと手続きもアドホックな形で発展してきたと述べている(cf. Woods, N., op. cit., p. 28) 小寺 彰『WTO体制の法構造』東大出版会,2000年,45ページ。

Barfield, Claude E., Free Trade, Sovereignty, Democracy : The Future of the WTO, The AEI Press, 2001, pp.

28−29.

Raghavan, C., Recolonization : GATT, the Uruguay Round & the Third World, 1990, pp. 220−222.鷲見一夫

『世界貿易機関を斬る』明窓出版,1996年,208−209ページ,272ページも参照。

WTO体制と紛争解決メカニズム(嶋田) 519)7

(4)

GATT

体制のもとで紛争解決システムの役割を,単なる紛争解決の促進を目的とみな す考え方と,時としてルール志向型アプローチと呼ばれた考え方の対立がみられ

12

た。後 者は

GATT

義務の実施についての決定的な法律的な諸問題に関して公平な判断を提供 する上で,それがずっと重要な役割を演じてきたとみた。そのプロセスでパネル報告は 法理学

jurisprudence

を有効に発展させ,こうして

40

年以上にわたって紛争解決シス テムは後者の見解に向かって発展してきた。とくに

80

年代にはきわめて洗練された が,部分的には

GATT

の 誕生の欠陥 による深刻な欠陥を含んでお

13

り,紛争解決手 続きは行き詰まり状況にあった。

そればかりか米欧を中心とした保護主義・管理貿易の横行のなかで,GATTは「瀕死 の白鳥」とまで形容されるような危機的な事態に陥り,自由貿易を標榜する

GATT

体 制そのものが岐路に立たされていた。

2.ウルグアイ・ラウンドと紛争解決メカニズム

こうした背景のもとで

1986

9

月に始まったウルグアイ・ラウンドは,GATTの役 割の強化と「効果的かつ実施可能な多角的規律」のもとに世界貿易をおくことを重要な 目的の一つとした。プンタ・デル・エステ宣言は紛争解決メカニズムの改革に対して曖 昧であったともいわれる

14

が,紛争解決プロセスの規則と手続きを改善し強化することに よって紛争の「迅速かつ実効的な解決」を確保し,GATT規則と規律を「より実効的で 執行可能なもの」とすることがうたわれた。

では紛争解決メカニズムの改革に対する各国の姿勢は,どのようなものであったろう か。この点をごく簡単にみておこう。これまでパネルの裁定において最悪の記録を残 し,80年代には多角主義から後退してますます攻撃的・一方主義的な政策をとるよう になっ

15

た米国であるが,脆弱な紛争解決メカニズムに批判的であり,一貫して司法性の 強化すなわちそのプロセスをより効率的に,究極的には拘束的にすることを強く求め た。これに対していっそうの 司法化 に反対し外交的アプローチを好む

EU

の伝統的 な立場は,米国の威嚇的な通商政策に対抗すべくウルグアイ・ラウンド中に劇的に変化 し

16

た。R. E.Hudecによれ

17

ば,米国の

301

条の行使による「ほとんど確実な法的なメル

────────────

Jackson, J. H., Dispute Settlement and a New Round, op. cit., p. 270, Barfield, C. E., op. cit., pp. 22−26.

Ibid., p. 271. C. E. Barfieldも公式の手続は「いいかげんで安普請」なものにとどまった,と評している

(cf. Barfield, Claude E., op. cit, p. 29) Barfield, C. E., op. cit., p. 28.

Ibid., p. 29.

Ibid., pp. 29−30.そのほかECにとって法的拘束力のあるパネル裁定の受け入れが問題であった点とし

ては,閣僚理事会の決定が全会一致制であったことや共通農業政策CAPへの影響がある。しかし,90 年代初期までにはそのシステムの有効性の増大と多くの政治家のCAPに対する態度の変化という二つ の基軸的な発展があった。

Hudec, Robert E., The New WTO Dispute settlement Procedure ,Minesota Journal of Global Trade 8, No.

1, 1999, p. 14(ただしIbid., p. 30による).

同志社商学 第54巻 第4号(23年2月)

6(520

(5)

トダウン」と「法的な失敗というきわめて深刻なリスク」を内包するより厳しいシステ ムの「二つの悪の間の選択」を迫られた

EU

は,301条を行使しないことと引き換えに より厳格な法的手続を受け入れたのである。

要するに,EUが司法化の重視に転じた主要な要因は通商法

301

条に象徴されるアメ リカの一方主義の行動であり,それを制約することに眼目があった。これは貿易摩擦

(とくに日米間)の激化を背景に多角主義のもとでのルールを重視し,規律の強化を求 めた日本にも共通する立場である。他方で,日・欧よりはるかに交渉力の劣る発展途上 国にとって問題はいっそう切実であった。とくに多様な形態の保護主義や米国の二国間 交渉を通じた脅威にさらされてきた

NIES

等のアジア諸国は,レジームの強化すなわち 紛争処理システムの強化による多角的規律を重視したとい

18

う。

とくに米国と他の日・欧・途上国ではその思惑は必ずしも同じではないが,紛争解決 メカニズムの強化を求める点では各国は一致した。プンタ・デル・エステ宣言の交渉目 的の線に沿いながらとくに議論となったのは,紛争解決システムの基本的性格−調停的 機能か裁判所的機能か−や,コンセンサス方式,パネル裁定以外の仲裁などの紛争解決 手続きの利用などの諸点であった。

中間レビューのための閣僚会議において,紛争処理手続きの改善策とくにパネル設置 の円滑化について一応の合意がなされた。そして交渉の間にも合意内容を暫定的に実施 していくことが了解された。その後主として議論の対象となったのは,紛争解決プロセ スにおけるタイム・リミットの具体的な設定,上訴機関の設置,裁定不履行国に対する 対抗措置,アメリカ通商法

301

条に象徴される一方的措置の取り扱いなどの問題であっ た。これらの点について必ずしも合意が存在したわけではなく,とくにパネル報告書の 遵守や国内法に基づく一方的措置の取扱いなどの問題は未解決のままであっ

19

た。こうし た重要な問題を残したまま,1991年にダンケル案が提示された。それに基づいて

WTO

協定に関わる紛争の解決に関する共通の規則および手続きを規定するものとして,紛争 解決了解が

WTO

協定付属書

2

として採択された。

紛争解決メカニズムの概略とその利用

(1) 紛争解決メカニズムの概略とその特徴

ウルグアイ・ラウンドの結果,1995年

1

月から発足した

WTO

の最高意思決定機関 は全加盟国・地域の参加する閣僚会議である。閣僚会議の開かれていない期間その任務

────────────

8 柳 赫秀「WTOと発展途上国−途上国の「体制内化」の経緯と意義・中」『貿易と関税』199810 月号),69−70ページ。

9 鷲見,前掲書,259−260ページ。

WTO体制と紛争解決メカニズム(嶋田) 521)7

(6)

マーケットアクセス委員会 TBT委員会

SPS委員会 TRIM委員会 AD委員会 関税評価委員会 原産地規則委員会 輸入ライセンシング委員会 補助金・相殺措置委員会 セーフガード委員会 農業委員会 繊維監視機関 作業部会  国家貿易  船積み前検査 等

 閣僚会議(少なくとも2年に1回開催)

 一般理事会(随時開催)

紛争解決機関

(DSB)※1

TRIPS 理事会 貿易政策検討機関

(TPRB)※2

  各種委員会 貿易と開発委員会 国際収支委員会 予算財政委員会 貿易と環境委員会 地域貿易協定委員会 作業部会

 加盟

ワーキンググループ  貿易と投資  貿易と競争  政府調達透明性

政府調達委員会 民間航空機委員会※3 国内規制作業部会

GATS規制作業部会 特定約束委員会 金融委員会 サービス

理事会 物品

理事会

を代行するのは一般理事会であり,それと並んで紛争解決機関及び貿易政策検討機関が おかれて(第

1

図参照),多角的規律の中心をなしている。とくに貿易についての 世 界法

20

廷 と称される紛争解決メカニズムは,WTOの中心的な制度的特徴である。

では紛争解決手続きは具体的にどのようなプロセスをもつのであろうか。その概略を 簡単に示しておこ

21

う(第

2

図参照)。まず加盟国による

WTO

への申立(提訴)すなわ ち

2

国間協議要請がおこなわれる。協議で解決されない時にはネガティブ・コンセンサ ス方式で原則

3

名からなる小委員会(パネル)が設置される。パネルは事実認定を含む 最終報告書を作成

22

し,適当な勧告または裁定をおこなう。その後,紛争解決機関

DSB

────────────

Barfield, C. E., op. cit., pp. 5−7, p. 44, p. 72.

1 津久井茂久「WTO紛争処理手続と国内法」『日本国際経済法学会年報』第4号,1995年)。小寺,前 掲書,29−45ページ,参照。

2 報告書は実際にはWTO事務局によって起案されることも多く,その意向が相当強く影響することは避 けられない。そのため欧米ではWTO事務局の裁定の正統性が根強く問題視されている(小寺,前掲 書,38ページ)

1 WTOの機構

※1 Dispute Settlement Body

※2 Trade Policy Review Body

※3 国際酪農品理事会及び国際牛肉理事会については,1997年末に国際酪農品協定及び国際牛肉協定が失 効したことに伴い,消滅した。

資料:経済産業省通商政策局編『不公正貿易報告書』2001年版,504ページ。

同志社商学 第54巻 第4号(23年2月)

8(522

(7)

当事国協議

パネル報告書の加盟国配布

対抗措置の承認申請 パネル審理

パネル設置要請

原則として元のパネルのパネリスト

〈実施につき当事国間に意見の相違がある場合〉

上級委員会への申立

上級委員会報告送付 パネル報告送付

パネリスト及び 付託事項決定

勧告実施のための 妥当な期間の決定

勧告実施の有無を判断する判定パネル

(DSU21.5に基づくパネル)

(判定パネル要請から90日以内)

パネル設置決定 ※

パネル報告書採択※

対抗措置の承認 ※ 上級委報告書採択※

パネル審理

上級委員会審理

異議 上級委員会審理

(協議要請から60日以内に協議により解決できない場合)

(遅くとも設置要請のあったDSBの次のDSB)

(パネル設置決定後30日以内)

(パネリスト及び付託事項決定からパネル報告が当事国に  送付されるまで6か月,緊急の場合3か月以内)

(パネル設置から  9か月以内)

(勧告不履行のまま妥当な期間が終了  した日から20日以内に満足すべき代  償につき合意がされない場合)

(パネル設置から決定まで15か月,最長18か月以内)

(原則として妥当な期間終了後30日以内)

(パネル設置から  12か月以内)

(申立から  60日以内)

で同様にネガティブ・コンセンサス方式で採択される(あるいはパネルの最終報告に対 して上級委員会に申立がおこなわれ,審理を経て上級委員会報告書が採択される)。

パネル(上級委員会)が加盟国の申立を一部でも認容した場合には勧告が実施される ことになるが,被申立国が勧告・認定に従わない場合には当事国間で代償措置の交渉が おこなわれる。合意に達しないときには紛争解決機関が

WTO

協定上の特定の義務履行 の停止すなわち対抗措置の要請を承認する。他方,実施の有無について当事国間で意見 の相違がある場合には,判定パネルによる審理がおこなわれる。

WTO

体制のもとでの新しい紛争解決メカニズムの特徴は,プロセスの各段階で一定 の期限を設定したこと,上級委員会の設置による再審制度の導入(ただし事実認定はで きずパネル報告の法的問題や法的解釈だけを検討),パネルの設置やパネル(上級委員 会)報告の

DSB

による採択等におけるネガティブ・コンセンサス方式を導入した点に ある。

C. E. Barfield

によれ

23

ば,ほとんどの研究者がこれに統合的な紛争解決了解の設立及

2 紛争解決プロセスの概略

注:※は逆(ネガティブ・)コンセンサス方式を示す。

資料:同上,515ページ。

WTO体制と紛争解決メカニズム(嶋田) 523)7

(8)

びクロス・セクトラル・リタリエーションの導入を加えて,新しいシステムの主要な四 つの特徴としている。紛争解決了解の統合すなわちサービス貿易や知的財産権など

WTO

諸協定のすべてに対する統一的な紛争解決システムの設立は,ウルグアイ・ラウ ンドの結果が一括受諾方式で受入れられたことに対応するものである。

クロス・セクトラル・リタリエーションは,対抗措置が認められる範囲を

WTO

諸協 定のカバーするすべての分野とするものである。ただし,過剰な発動を抑制する観点か ら同一協定内の同一分野で対抗措置をとることを原則として,一定の条件を満たす場合 にのみ可能とされてい

24

る。すなわち,そうした対抗措置をとれないかまたは効果的でな いと認められる場合に,同一協定内の他の分野での対抗措置が可能とされる。さらにそ れも実際的でないかまたは効果的でなく,事態が十分重大であると認められる場合に は,他の協定がカバーする分野での対抗措置の発動が認められる。なお,対抗措置がと られる分野に疑義がある場合やその程度が過剰であると考える場合には,関係国は仲裁 を求めることができる。

2.紛争解決メカニズム利用の現状とその特徴

WTO

体制のもとでの紛争解決メカニズムについて,一般に政府や外交家はその全体 的なパフォーマンスにかなり満足

25

し,また国際経済法などの専門家の多くも完全ではな いがきわめてうまく機能しているとみてい

26

る。

紛争解決メカニズムは,反ダンピング,農産物貿易,サービス貿易,知的財産権,貿 易関連投資措置など広範で多岐にわたる問題に関連して

WTO

発足後きわめて多く利用 されている。1995年から

2000

年末までの

WTO

発足後

6

年間に合計約

220

件の協議の 申立(提訴)がなされた(第

1

表参照)。最近では乱用との批判もあるほど(後述),

GATT

体制下とくらべて

WTO

発足後の紛争解決メカニズムの利用は,一般的に顕著に増大し た。1990年代前半の年平均

8.2

件が

WTO

体制下では

4

倍以上の

36.5

件となってい

27

る。

国別にみると(第

2

表),米・欧(EU)の利用が多く全体の過半を占めているのに対 して,日本は計

9

件と著しく少ない。とくに米国は最も積極的な利用者で最も成功した

────────────

Barfield, C. E., op. cit., p. 31.

4 ここで分野(セクター)は,モノの貿易についてはWTO協定付属書1 Aの各種協定すべてが1つ,TRIPs 協定については9つ,GATsについては11に区分されている(津久井,前掲稿,162−163ページ) Jackson, J. H., Dispute Settlement and a New Round, op. cit., p. 272.

6 こうした評価についてB. HoekmanらはDavey, Hudec, Jacksonなどの名前をあげ,さらに彼らによる改 革の提言のほとんどは漸進的で相対的に特定なものであると指摘している(cf. Hoekman, B., and Maroids, P. C., WTO Dispute Settelement, Transparency and Surveyllance, in Hoekman, B, and Martin, W., eds., Developing Countries and the WTO : A Pro−active Agenda, Blackwell, 2001, p. 133)

Robert E. Hudecによれば90年代前半(90−93年)で15.8件で(ただし,Barfield C. E, op. cit., p. 34 よる),第1表の件数よりかなり大きな数字となっているが,コード方式のもとでの紛争案件を含めて いるためと思われる。

同志社商学 第54巻 第4号(23年2月)

0(524

(9)

89 10

90 10

91 6

92 9

93 9

94 7

95 25

96 39

97 50

98 41

99 30

2000(年)

34

(件数)

といわれる

28

が,同時に被申立件数も

59

件で最大であることも事実である。他方,GATT 体制下と比較して発展途上国による関与もブラジル,インドなどを中心に大幅に増大 し,米・欧に匹敵する申立件数を記録した(被申立件数では最大)。その多くは米・EU に関連するが,発展途上国間の紛争案件も

24

件とかなりの数にのぼっている。ただ し,WTO加盟国数では開発諸国より途上国がはるかに多いことを考慮すれば,途上国 の関与している紛争案件はなお相対的にかなり少ないレベルにとどまっており,また後 発途上国の関与はまったくみられない。さらに途上国に対する申立のかなりの部分が,

────────────

Barfield, C. E., op. cit., p. 32.

1 紛争案件数の推移,1989〜2000

(注)1994年までの件数には,「東京ラウンド・コード」の下での案件は含まれていない。

資料:同上,540ページ。

2 国別の紛争解決手続の利用,20012月現在 被協議要請国

協議要請国 EU カ ナ ダ 途 上 国 そ の 他

20 5 3 23 18 69

EU 22 6 4 24 4 60

5 0 1 3 0 9

4 5 1 3 2 15

19 17 0 3 24 3 66

9 1 0 1 5 6 22

59 43 12 12 82 33 241

(注1)途上国の定義は「DAC統計上のODA対象国・地域」としている。

(注2)件数は,DSUの下での協議要請の数に基づいている。

(注3)複数国申立の案件については,協議要請国それぞれのカテゴリーにつき1件とカウントした。

資料:同上,541ページ。

WTO体制と紛争解決メカニズム(嶋田) 525)8

(10)

知的財産権,サービス,農業関連の新しい義務に関連しており(そのほとんどは米国に よる申立),C. E. Barfield によれ

29

ば,コード方式から一括受諾方式に変更されたことで 途上国は不均衡に影響を受けている。

このように多くの紛争が

WTO

に持ちこまれたのであるが,それはどのような形で解 決をみたのであろうか。第

3

表でこの点をみてみると,二国間協議により解決・決着し たものが通報のない

23

件を含めて

59

件(実質的な案件としては

57

件),パネル報告ま たは上級委員会報告が採択されたもの

70

件(同

56

件),未採択または係争中

18

件(18 件),ペンディング

93

件(61件),申立の再提出で意味を失ったもの

2

件(0件)とな ってい

30

る。このように紛争解決手続の利用は増大したが,GATT体制下と同様に,パネ ル(あるいは上級委員会)が設置されその報告が採択された件数はそれほど多くない。

逆に二国間協議によって解決・決着したり,ペンディング中──その多くは一定の改善 や問題の重要性の低下により,決着までにいたらないが沈静化しているとみられ

31

る──

の紛争が大半である。その限りで,新しいシステムの下でも外交的交渉が重要な役割を 演じているとみることができよう。

このような紛争案件の増大に対して,最近では,本来政治的にしか解決できないはず の問題を安易に

WTO

に持ちこみ,その結果,紛争の解決ではなく「合法的な報復合 戦」あるいは貿易の縮小均衡がみられるとして,紛争解決メカニズムが乱用されている との批判もみられる。また

2001

1

月のダヴォス会議において

GATT・WTO

の歴代 事務局長

3

名は,「WTOにおける紛争解決環境の冷却化」を訴えた。これに対して

『不公正貿易報告書』は,次のように高く評価してい

32

る。うまく機能しなかった少数の

────────────

Ibid., p. 34.

0 宇野悦治「WTO入門・6」『貿易と関税』20024月号,36−37ページ。宇野氏による申立件数と不公 正貿易白書の件数とは若干異なる。また同一の制度等について異なる国が申立を行った場合などの重複 を除く氏の試算によれば,2001年末までの実質的な紛争案件は計192件である。

1 同上,37ページ。

2 経済産業省通商政策局編『不公正貿易報告書』「刊行にあたって」)2001年版,経済産業調査会出版 3 紛争の解決等の形態,1995〜2001年末

紛争案件数

二国間協議による解決・決着 パネル(上級委員会)報告の採択 未採択または係争中

ペンディング中 その他

59( 57)

70( 56)

18( 18)

93( 61)

2( 0)

合計 242(192)

(注1)その他は申立の再提出により意味を失ったもの。

(注2) )の数字は実質的な申立件数。

資料:宇野悦治「WTO入門・6」『貿易と関税』20024月号,36−37ページ。

同志社商学 第54巻 第4号(23年2月)

2(526

(11)

事例に目を奪われる余り,大部分が「相互に満足のいく形で終了している」ことを忘れ てはならない。これらの成功事例の基礎にあるのは「ルール志向のアプローチに対する 揺るぎない確信」である。

しかし紛争案件の増大は

WTO

体制のもとでの紛争解決メカニズムに対する信頼を反 映するより,むしろ知的財産権,サービス貿易,農産物貿易の自由化など

WTO

諸協定 のカバーする領域の拡張,加盟国数や貿易の依存度などの増大及び以前のケースが実質 的な変化の達成に失敗したことなどの影響が大きいと思われ

33

る。

紛争解決メカニズムの一般的な評価(1)

1.一般的な評価

WTO

の青写真を描いたともいわれる

J. H. Jackson

によれば,紛争解決メカニズムは ウルグアイ・ラウンドの偉大な成果の一つで「全貿易システムの楔」であるが,一般的 にも紛争解決メカニズムの上述した四つの特徴は,同時に従来の制度を改善したとみな されている。それだけでなく日本では一方的な対抗措置の明示的禁止の規定(DSU第

23

34

条)を含めて,司法化が進んだことで紛争処理の実効性が飛躍的に高まったことが 一般に成果とされている。

たとえば,小寺彰氏はウルグ・アイラウンドの結果改善された諸点を,小委員会設置 の準(実質的な)自動化,小委員会(及び上級委員会)報告の準(実質的な)自動的採 択,上級委員会の設置,一方的対抗措置の禁止,紛争解決手続きの一体性の確保の五つ に整理され,要旨,次のように述べられてい

35

る。

────────────

部,2001年。J. H. Jacksonもそれがきわめて広範に利用されてきたことに言及して,次のように評価し ている。紛争解決システムとルール志向の強調の故に,WTOにおける「外交の進路tenorと性格」が 変化しつつある兆候もある。多くの点で貿易システムの本質的な目標,すなわち経済的次元とライフス タイルの次元の両方でより良い世界を提供することに有利な魅力的な発展が存在する,と(cf. Jackson, J. H., Dispute Settlement and a New Round, op. cit., p. 272)

Barfield, C. E., op. cit., pp. 32−36. Barfieldは紛争の増大は「まさに判決システムの成功よりむしろ失敗 に対する反応のように思われる」(p. 35)と述べている。またB. S. Chimmniは実体的なルールが不利 となった中での貿易における公平さの追求の死に物狂いの現われであるとしている(cf. Chimmni, B.

S., India and Ongoing Review of WTO Dispute Settlement System ,Economic and Political Weekly, Jan.

30, 1999)

GATT体制のもとでもその義務に抵触するような何らかの対抗措置をとろうとする際には,ガット理事 会の許可を得なければならないことになっていたので,23条の規定は何ら追加的義務を課したわけで はないが,一方的な対抗措置を明示的に禁止したことに重要な意味がある(津久井,前掲論文,164−165 ページ)

5 小寺,前掲書,47−52ページ(同「第8 WTO紛争解決手続」佐々波楊子・中北 徹編著『WTO で何が変わったか』日本評論社,1997年も参照)。そのほか筑紫編,前掲書,200−203ページ,溝口道 郎・松尾正洋『ウルグアイ・ラウンド』NHKブックス,1994年,85−88ページなど,整理は若干異な るが,いずれも同様の評価がみられる。これに対して鷲見一夫氏は一方的な対抗措置(通商法301条)

に関連して,国際法と国内法の抵触をどう扱うべきかという根本的な法的な問題を提起しているとして 強く批判されている(鷲見,前掲書,265ページ,後述)

WTO体制と紛争解決メカニズム(嶋田) 527)8

(12)

ネガティブ・コンセンサス方式の導入とこれに付随したタイムスケジュールの厳密な 設定(対抗的措置の承認まで原則

2

7

ヵ月とされた)によって小委員会設置(パネル 報告)の準自動化(準自動的採択)が可能となった。また従来は

GATT

理事会のパネ ル採択が報告の質的審査の一面をもっていたが,これを上級委員会に担わせたことでチ ェックの仕組みが制度化された。そして対抗的措置を完全に紛争解決機関のコントロー ル下におき,他方で加盟国の一方的対抗措置の違法性を紛争解決了解上明確に定め,徹 底した形でそれを禁止した(紛争を迅速に処理する体制を作ることで,一方的な対抗措 置発動の正統性を奪ったことでこれは可能となった)。最後に,複数の紛争解決手続き が実質的に並存していたが,WTO体制のもとでは紛争解決機関によって一体的にコン トロールされる仕組みになり,フォーラム・ショッピングの余地はなくなった。

こうした決定的で明白な改善の結果,紛争処理プロセスは,なお改善の余地を多く残 すとしても,統一的なシステムのもとで意図的な引き伸ばし等が排除されて効率的とな り,各国の裁量の余地が削減され(信頼性が強化され)予測可能性を高めた。さらに拘 束性も強化されて実効性が強まった,すなわちルールに基づく多角的規律が強化された と,一般に評価されているのである。

ところで紛争解決システムの目的・役割については,すでに触れたように二つの考え 方があったが,WTO体制のもとでもそれは紛争解決了解のなかに表現されている。そ れは「多角的なシステムに保証と予測可能性を提供する上での中心的な要素」(DSU 3.

2

条)とする一方で,「WTOの有効な機能に不可欠」であるものとして「状況の解決を 促進する」(同

3. 3

条)ことにも言及してい

36

る。

これに関連して小寺氏も「司法化したことには当然功罪がある」として次のように述 べられてい

37

る。紛争の解決を本当の意味で目指すのであれば,必ずしも司法化が望まし いとはいえない。両者が満足できるような解決を探るためにはむしろ法に則らない解決 の方が満足度が高いこともあるが,それが,紛争の解決よりもむしろ秩序維持を第一に

────────────

Jackson, J. H., Dispute Settlement and a New Round, op. cit., p. 271.佐分晴夫氏はレジーム論の視点から この点を紛争解決の個別性と一体性の関連としてとりあげられている。そして紛争解決が「加盟国の権 利と義務との間において適正な均衡が維持されるために不可欠である」とされることからその目的を利 害調整としたうえで,それが協定の権利義務に基づいて行なわれるべきことが強調されていることか ら,個別利害の調整がWTO秩序の維持と一体のものと考えられているとされている(佐分晴夫「WTO レジームの現段階−ケースを中心として」『日本国際経済法学会年報』第8号,1999年,7−10ペー ジ)

7 小寺,前掲書,51−52ページ,参照。なお紛争解決メカニズムはすべての通商紛争において全能のシス テムではなく,とくに新分野についても実効性をもちうるかどうかは慎重に検討すべきテーマである,

とされている。これに対して米谷三以氏は,次のように司法化の危険性を論じられている。司法化は主 権の問題を紛争処理手続から遠ざけ,加盟国の規制主権が侵害されるリスクを生じさせた。その結果貿 易自由化と主権のバランスが崩れ,WTO体制が自壊する可能性が生じている(米谷三以「WTO紛争 処理手続の果たすべき役割」『日本国際経済法学会年報』第8号,1999年)。C. E. Barfield 司法化 された 紛争解決プロセスは実体的にも政治的にも持続可能ではないと主張して,「より厳格でない,

より多くフレキシブルな」システムへの改革を提言している(cf. Barfield, C. E. op. cit. 同志社商学 第54巻 第4号(23年2月)

4(528

(13)

図る(国際コントロールの機能)手続きであると考えれば,評価は異なる。秩序維持を 第一義としているようにも思われるが,問題は,秩序維持機能と紛争解決機能の関係 が,どのように位置づけられるかという点にある。

このように

WTO

体制のもとでも紛争解決メカニズムの基本的性格(目的)は,なお 曖昧さを孕んでいるとみられる。最後にこの点とも関連するパネル等の報告の拘束力に ついて触れておこう。紛争解決了解には紛争解決機関の決定を法的な義務とする明確な 規定は存在せず,「裁定,勧告」というあいまいな言葉が用いられ,法的性格づけは慎 重に避けられてい

38

る。たとえば「紛争解決機関の勧告または裁定の速やかな実施は,す べての加盟国の利益となるような効果的な紛争解決を確保するために不可欠である」

(21条

1

項)などと規定しているにすぎない。これは「当事者間において且つその特定 の事件に関してのみ拘束力を有する」(第

58

条)として法的拘束力を明示している国際 司法裁判所規程とも,GATT体制のもとでの理事会の採択した勧告・裁定に対する第

1

次紛争解決了解の曖昧な規定(「締約国団は,勧告又は裁定を行なった問題を監視す る」)とも大きく異なってい

39

る。

すでに

GATT

時代から法的拘束力をめぐって議論は対立していたが,WTO体制のも とでも,厳密にいえば,法的拘束力には疑問の余地があるようである。

しかし,法的なアプローチによる厳密な解釈(また法的な拘束力)の問題は別にし て,ある意味で米国政府の立場は明快であ

40

る。行政府の議会に対する説明によれば,そ れはまさに勧告であり法的な拘束力を有していない。パネル等の報告に基づいて連邦法 を改正するか否かは議会が決めることであり,いかなる方策をとるかは米国の裁量であ る。

実際,米国政府は

WTO

からの脱退をも視野にいれて,つまり国益に反しない限りで

WTO

を支持することを法的にも明らかにして

WTO

協定を批准したのであ

41

る。すなわ ち,米国議会は通商法

301

条に基づく制裁の事実上の禁止と紛争処理の自動化に反発

────────────

8 佐分,前掲論文,2−6ページ。

9 小寺,前掲書,44ページ。

0 津久井,前掲論文,174ページ注(6)参照。そのほか報告がWTO協定違反を認定した場合には当事 国との間でパネル勧告と合致させるように協議を行ない,問題が州(地方政府)レベルの場合には協力

・協議メカニズムを通じて解決策を求めること,そして協定違反の措置を撤廃できない場合には,DSU 自体が代償の提供あるいは対抗措置の甘受といった代替策があることも認識している,と説明してい る。またWTO実施法は協定違反と認定された措置について,国内で是正措置をとる際の手続をかなり 詳細に規定している。

1 鷲見,前掲書,175ページ,266ページ(ウルグアイ・ラウンド協定法は「米国の法律に合致しないウ ルグアイ・ラウンド協定のいずれの規定も…効力を有しない」と明記している)。明田ゆかり「自由貿 易レジームの発展とデモクラシー」(内山秀夫・薬師寺泰蔵編『グローバルデモクラシーの政治世界』

(3章),有信堂,1997年,74ページ)。明田ゆかり氏は「レジームの拘束力の強化」と「国家主権を前 提とした国内民主主義プロセスとの間の緊張関係」の例として,この点を論じている。なお20003 月共和党ポール議員ら6人がWTO脱退を求める決議案を提出したが,同年6月下院本会議で反対

363,賛成56の圧倒的多数で否決された(村上直久『WTO』平凡社新書,2001年,114ページ)

WTO体制と紛争解決メカニズム(嶋田) 529)8

(14)

し,WTO協定の批准の際に国内法優位の立場を鮮明にした。それとともに,WTO協 定の発効後

5

年ごとに米国への影響をレヴューして,その間パネル報告が米国の利益を 侵害していると判断された場合,両院の共同決議により大統領に対して

WTO

脱退を勧 告するものである。

米国の一方主義によって悩まされてきた諸国にとって,これはまさに外交的な威嚇に 他ならないであろう。アメリカの覇権的なパワー(絶大な交渉力)を前提にこうした点 を踏まえれば,実質的な拘束力については米国と日・欧の間では一定の(あるいは大き な)相違があると考えられる。さらに発展途上国にとっては対抗措置が不可能あるいは きわめて困難であることを思えば,パネル報告等の南北間での事実上の拘束力の相違は 明白であろう。実際,この点について多くの批判がある。

2.石黒一憲氏の批判

このように基本的性格や法的な拘束力などであいまいさは残るものの,WTO体制の もとでの紛争処理メカニズムは基本的な点で一般に高く評価されている。しかし,石黒 一憲氏は,GATTの基本を全締約国が一致して行動することを大原則とする「全体監視 システ

42

ム」として把握する視点から,こうした評価を正面から批判されてい

43

る。

氏は

GATT

体制のもとでの紛争解決手続きについても──コンセンサス方式による 問題をはらんでいるとしつつ,──「全体監視システム」として位置づけられ,その点 を重視されている。そして法務担当部門が設置されるなど法律的・制度的側面をあいま いに処理する傾向(GATTプラグマティズム)が次第に改善され,70年代後半以降パ ネルで処理される紛争つまり

GATT 23

条の紛争処理手続きに持ちこまれる件数が急増 してきたことを評価しつつ,新しいシステムをとくに次の二点を問題として改悪と断じ られている。

1

は,ネガティブ・コンセンサス方式の採用である。コンセンサス方式に問題があ るということで「コンセンサス・マイナス

2」方

44

式の提案がなされたが,交渉の過程で それはいつのまにか消え,最終的にネガティブ・コンセンサス方式が採用された。それ はともすれば遅延しがちだった紛争処理手続きを迅速化する等の改善をもたらしたが,

「全体監視システム」の崩壊を意味する点で重大な改悪である。

2

は,クロス・セクトラル・リタリエーションの問題である。これによってまった

────────────

2 石黒一憲『国際摩擦と法』ちくま新書,1994年,150ページ。

3 同上,161−169ページ。C. E. Barfieldもネガティブ・コンセンサス方式と司法的エンフォースメントを 適切なものとする民主的正統性の基盤を欠いていることから,WTO 世界の貿易紛争の最高法廷 であることこそが問題であると批判している(Barfield, C. E., op. cit, p. 44)

4 紛争当事国たる二国を除く他の全締約国のコンセンサスがあれば,パネル報告等が全体の意思決定にな るシステムである。

同志社商学 第54巻 第4号(23年2月)

6(530

(15)

く違う分野での「報復」が認められ,しかもネガティブ・コンセンサス方式が基本ゆえ に,アメリカがやると言えば,実質上自動的にそれが全体の意思決定になる。ここでの

「全体監視システム」の崩壊はきわめて深刻である。それはまさにアメリカ通商法

301

条による一方的報復の仕方そのものであり,「たすき掛け方式の報復」はそれ自体アン フェアである。

つまり各国は通商法

301

条による一方的な報復措置に反対したものの,アメリカによ る

WTO

諸協定の批准の拒否を恐れたことなどから,一方的報復措置の禁止という

「名」を取って「全体監視システム」の維持という「実」を捨てた。

要するに,石黒氏はネガティブ・コンセンサス方式及びそれとも関連したそれ自体不 公正なクロス・セクトラル・リタリエーションの導入によって,GATT体制のもとでの

「全体監視システム」が崩壊した点を重大な改悪としているのである。

氏のこうした通説批判は

GATT

体制のもとでの「全体監視システム」の過大な評価 による点で(たとえば「全体」とは現実にはごく小数の大国にすぎない),大きな疑問 がある。他方では,ネガティブ・コンセンサス方式による紛争解決プロセスの実質的な 自動化が米国に圧倒的に有利に働くとみて──この点は誰がパネリストになるのかが決 定的になるとの指

45

摘から窺える──暗黙のうちに米国の覇権的パワー(一方主義)を批 判する議論である限りで,一定の妥当性をも含んでいるように思われる。しかし,他の 論者と同様石黒氏の議論においても,南北次元はまったく考慮されていないことに留意 しておこう。

紛争解決メカニズムの一般的な評価(2)

(1)米国通商法

301

条と紛争解決メカニズム

すでにふれたように紛争解決メカニズムの主要な成果として,多くの日本の研究者は 一方的な措置の禁止が明文化されたことをあげている。とはいえ,すでにふれたように 石黒氏のそれは「名」にすぎないとの批判もあるし,鷲見一夫氏も米国通商法

301

条が

WTO

関連協定に矛盾するとして,それをめぐっては「国際法と国内法との抵触をどう 取り扱うべきかという法の在り方の根本問題が問われている」のであり,問題の根幹は それが「『砲艦外交』の有力な武器」としての意味合いを依然として持っている点にあ ると指摘されてい

46

る。また

WTO

の紛争処理手続きのもとでも米国通商法

301

条は有効 であるともいわれる。

────────────

5 石黒,前掲書,167ページ。

6 鷲見,前掲書,264−273ページ。また,国会でのWTO協定の審議を詳細に引いて,「日本政府は,通 商法301条がWTO協定に矛盾している旨をアメリカに指摘することさえ回避して,むしろその存在を 弁護することに終始してきている」(271ページ)と批判されている。

WTO体制と紛争解決メカニズム(嶋田) 531)8

(16)

そこで,次に,米国通商法

301

条と紛争解決メカニズムとの関連を具体的なケースを 含めてより詳細に検討しよう。

米国は,次の諸点を根拠に通商法

301

条自体は

WTO

協定違反ではなく,紛争解決了 解と整合的に運用できるとしてき

47

た。すなわち,①紛争案件が貿易協定に関するもので ある場合には当該協定が定める紛争処理手続による,②米国通商代表部

USTR

の決定 とガットの決定が異なるときには

USTR

は行動しなくても良い,③対抗措置の程度は 米国の受けている負担又は制限と同等でなければならない。そして通商法

301

条の発動 は制約されていないとするカンター通商代表(当時)らの議会証言に示されるように,

紛争解決メカニズムは通商法の実効性を損なうものではないとされた。

ただし,米国は

WTO

諸協定を国内的に実施するための法律(1994年

12

月成立)の なかで,対抗措置の発動時期について一定の修正を行なっ

48

た。すなわち,調査開始後

18

ヶ月以内または紛争解決手続完了後

30

日以内のいずれか早いうちとされていた対抗措 置の発動時期を「DSUが定める勧告の実施のための妥当な期間の満了の日から

30

日以 内」とした(第

314

条(e))。また行政府は議会への報告書の中で,今後の

301

条の発 動において

WTO

の紛争処理手続を,現在同様積極的に援用する等の意図を明らかにし

49

た。

こうしたなかで通商法

301

条に関連していくつかの紛争が生じた。たとえば日米フィ ルム事件では,米政府は

301

条による一方的措置をとろうとしたが,日本が

301

条自体 を

WTO

の場で争う構えを見せるなかでそれを取り下げた。米国は差別的・排他的な流 通機構を問題として

WTO

に提訴したが,パネルは非違反申立を含めてアメリカの主張 を認めなかった。また日米自動車・同部品事件では,米国が

301

条を発動して日本製自 動車の関税を大幅に引き上げたのに対して,日本は

WTO

へ申立をおこなった。結局,

日米間で合意が成立して申立を取り下げたために,301条の発動について最終的な判断 は示されなかったが,これ以降米国は

WTO

協定のカバーする事項については

301

条に 訴えることをやめ,かわりに

WTO

紛争解決手続きを積極的に利用するようになったと いわれる。

さらに

1998

11

月には,通商法

301

条等が

WTO

諸協定上の義務違反にあたるとし て,EUは

WTO

に申立をおこなった(米国通商法

301

事件)。通商法

301

条に基づく 一連の手続きは,USTRの開始後

18

ヶ月以内に制裁発動を決定しなくてはならない旨

(304条)を定めているため,WTOパネルの判断を経ずに一方的な制裁発動を許す余地

────────────

7 津久井,前掲論文,168ページ(溝口・松尾,前掲書,88−90ページも参照) 8 津久井,169ページ。

9 同上(そのほか,パネル等の認定を301条に基づく決定の基礎として採用する,パネル等の報告採択後 その勧告を遵守するための期間を付与する,及び期間内に問題が解決できなかった場合にはDSBに対 抗措置発動の承認を求めることである)

同志社商学 第54巻 第4号(23年2月)

8(532

参照

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