発展途上国と紛争解決メカニズム
嶋 田 巧
はじめに
Ⅰ B. S. Chimmniの批判
Ⅱ B. L. Dasの批判と改革の提言
Ⅲ South Centreの見解 むすびにかえて
は じ め に
ウルグアイ・ラウンドの結果として成立した新しい紛争解決メカニズムは,前
1
稿でみ たようにルールに基づく多角的規律を強化するものとして一般に高く評価され,また
WTO
発足後総じて良好に機能しているとみられている。とくに日本での評価において 特徴的な点は,発展途上国の開発の視点,固有のハンディキャップや交渉におけるパワ ーの非対称性などを前提にした「南北次元」がほとんど欠落していることである。しかし,近年,途上国がそのシステムを全面的に利用する可能性に関して批判が高ま ってきただけでなく,途上国の開発(南北次元)を重視する視点からのより根本的な批 判も存在している。ここでは
B. S. Chimmni
の批判(Ⅰ),B. L. Dasの批判と改革の提 言(Ⅱ),及び発展途上国の政府間組織であるSouth Centre
の発行したワーキング・ペ ーパー(Ⅲ)をとりあげて紹介・検討する。これらは,紛争解決了解のレヴューを意識 しつつ紛争解決の手続きやプロセスに関わる諸問題と改善策を論じているだけでなく,ウルグアイ・ラウンドの諸結果したがって
WTO
体制に批判的である点で共通してい る。すなわち,単なる制度的・技術的な問題だけでなく,より根本的な問題としてWTO
諸協定(WTO体制全体)が発展途上国の開発に有する意義との関連で紛争解決メカニ ズムを評価することの重要性を明らかにしているのである。なおここで発展途上国という語は,救済の問題に焦点をおいて紛争解決メカニズムを 検討した
H. Horn
とP. C. Mavroid
2
is
と同様に,二つの意味を含んで使用されている。ひとつは相対的に貧しい国を示す伝統的な意味で,一人当たり
GNP
が低いほか,次の ような特徴を共有している。主要貿易国に比較してGNP
は小さく,国内の法的資源は────────────
1 嶋田 巧「WTO体制と紛争解決メカニズム」『同志社商学』第54巻4号,2003年2月。
2 Horn, H., and Mavroidis, P. C., Remidies in the WTO Dispute Settlement System and Developing Country Inter- ests, April 11, 1999, pp. 1−2(http : //www.wtowatch.org/library/admin/uploadefiles/Remedies_in_the_WTO_
Disput...). 384(998)
限定されている。また輸出は生産物や貿易相手国の点で集中しており,平均的に高い貿 易障壁がある。工業諸国に政治的,経済的に依存している。もうひとつは,発展途上国 に言及している
WTO
諸協定の多くの条項で用いられている法的な意味である。ただ し,WTOにおいて発展途上国という語の正確な定義は存在せず,基本的には自己選択 の原則によってその地位を宣言しうる。Ⅰ B. S. Chimmni の批判
1
基本的な主張はじめにインドの代表的な週刊誌のひとつに掲載された
B. S. Chimmni
の「インドと 進行中のWTO
紛争解決システムのレヴュー」と題する論文をとりあげ3
る。これは
1998
年11
月にニュー・デリーで開かれたWTO
紛争解決メカニズム及びその他類似の諸 問題の機能に関する特定の諸側面 に関するセミナー(通商相・対外問題相と共にアジ ア・アフリカ法的協議委員会によって組織)に提出されたペーパーを若干改訂したもの である。残念ながら著者の
B. S. Chimmni
の経歴は詳らかにし得ないが,次のような指摘から その基本的立場は窺える。現在のレヴュー・プロセスにおいては単なる技術的・手続き 的諸問題ではなく,紛争解決システムを特徴づける根本的な諸問題に注目をひくように 試み,インド人民の利害を守るような解決を示唆することがもっとも重要であ4
る。
B. S. Chimmni
は,結論的に次のように主張してい5
る。紛争解決システムは国際貿易 の世界において法のルールを確立する試みを代表する限り歓迎されるものであるが,現 在のルール志向的なシステムは第三世界とくにインドにとって「不確実な価値」にすぎ ない。したがってそれは
WTO
レジームを構成する諸ルールについて,「ナショナルな 解釈と決定」により大きな比重を置くシステムにおきかえられるべきである。以下,こうした主張の背後にある彼の基本的な主張をまず明らかにしておこう。
西欧の研究者が一般に紛争解決システムを「パワー志向的なシステム」から「ルール 志向システム」への移行を代表するとみていることについて,次のように疑問を提示し てい
6
る。第
1
にこうしたコンセンサスは,貿易レジームを構成する実体的なルールから 分離して紛争解決システムをとりあげることに基づいている。しかし,ルール志向の紛 争解決システムは一定の固有の価値を有する一方で,それが国際貿易システムにおける────────────
3 Chimmni, B. S., India and Ongoing Review of WTO Dispute Settlement System ,Economic and Political Weekly, Jan. 30, 1999.
4 Ibid., p. 264.
5 Ibid.
6 Ibid., pp. 264−265.
発展途上国と紛争解決メカニズム(嶋田) (999)385
公正に自動的に転換すると信じるのは誤りである。WTOにおいては,その逆がおそら く真実である。なぜなら,実体的なルールは 国際貿易 における支配的なアクターの 利害を本質的に成文化している
codify
ので,ルール志向的なシステムは具体化された 不平等の厳格なエンフォースメントに寄与するだけである。それは強力な諸国家の利害 に役立つ。これはまた発展途上国が
GATT
時代よりも紛争解決システムをより多く利用してい るというパラドクスを説明する。それは国際貿易における公平さの死に物狂いの追求の あらわれである。インドが実体的なルールからほとんど利益を得ていないという事実 が,紛争解決システムの再考を求める十分な理由である。実体的なレジームのこのような偏向にもかかわらず,ルール志向の紛争解決システム には国際貿易の主要アクターを規制する潜在的な力がある。しかし,それは強力な諸国 家の決定的な利害を守りうるように,一定の基軸的な領域において広大な解釈の余地を 残している。たとえば,第三世界の競争的な輸出品から自国産業を保護するために,反 ダンピング条項は開発世界によってきわめてしばしば破られた。発展途上世界がその義 務を満たすように強力な諸国家に保証する一方で,こうした領域では「非ルール志向 的」である。また安全保障のための例外条項も,非貿易目的を追求する十分なフレキシ ビリティを強力な諸国家に対して許容しており,Pokhran
7
Ⅱ以降のインドにとって重要 な意味をもった。
2.反ダンピング協定及び安全保障のための例外
このように
B. S. Chimmni
はインドのような発展途上国に不利な実体的レジームの偏 向のもとでは,紛争解決システムは再考されるべきであると主張している。同時に,そ の有効性を阻害するつまり国際貿易の主要アクターを規制する潜在的な力を妨げるもの として,反ダンピング条項と安全保障のための例外をあげている。反ダンピング措置は,工業諸国によって「保護目的のために最も体系的に用いられた 道具のひと
8
つ」,あるいは「エリートの保護の道
9
具」などと形容されるように,70年代 後半以降しばしば濫用されてきた。WTO発足後も米国など北の諸国を中心にいっそう 増加しただけでなく,発展途上国も同種の措置で報復するようになってきたが,「ほと んどの発展途上国は北の貿易相手国を深刻に害するような位置にはな
10
い」。
────────────
7 1998年3月に発足したインド人民党の主導するパジパイ政権は,同年5月,北西部ラジャスタン州ポ
カランPokhran砂漠の実験場で,1974年5月の最初の地下核実験以来二度目となる核実験をおこなっ
た。
8 Horn, H., and Mavroidis, P. C., op. cit., p. 14.
9 UNCTAD, The Outcome of the Uruguay Round : An Initial Assesment, 1994, p. 87.
10 Chimmni, B. S., op. cit., p. 267(Notes 3).
同志社商学 第54巻 第5・6号(2003年3月)
386(1000)
まず,反ダンピング協定について彼の議論をより詳しくみてみよ
11
う。
紛争解決了解の交渉の過程で生じた最も基本的な問題は,各国の機関や当局によって 到達した諸決定に対して,パネルがそれをどこまで尊重すべきであるかという点であっ た。米国の見解によれば,GATTのもとでパネルは,各国政府と一致しない問題に対し てその権限を越えて侵入的に過ぎた。おそらく主要な関心は,反ダンピングについての 過去のパネルの決定にあったが,その一方で,国際的な貿易諸義務に関する国家的な解 釈をより尊重するような紛争解決システムを構築するというより大きな目的によって反 対がなされた。反ダンピングという特別の問題に関する限り,反ダンピング協定は各国 の決定に対してパネルが介入すぎであると感じている諸国に根拠を与えるもので,国際 法の観点からは特異な条項(第
17
条6
項)を含んでい12
る。
これは米国の行政法をモデルとしたもので,国家の諸決定を問題とする
WTO
のパネ ルの権限に深刻な制約を課してい13
る。反ダンピングの領域に限定されたのはさまざまな 協定に関して多様な国家的解釈を許容することは,紛争解決システムそれ自体を掘り崩 すことにつながるとみられたからである。たとえば,S. P. Croley と
J. H. Jackson
は次 のように述べてい14
る。敬意を持ってレヴューすることは国家的主権を保護するために必 要であるが,それだけを単独にとりあげると,主権を保護する当局の利害と国際的調整 の利得を実現するより広い利害との間で一定のバランスが樹立されねばならないことを 見失う。それは
GATT/WTO
自体の存在理由への無意識的な挑戦となる。これは合理的な見解であるように思われるが,二つの理由で疑問である。
第
1
にWTO
諸協定と同様に曖昧さを持ったテキストに関する「解釈の政治」という 問題を見落としている。基軸的な諸国の非違反申立圧力のもとで支配的な諸国家を有利 とする裁決の傾向をもたらし,また一部諸国が紛争解決手続の結果を無視あるいは掘り 崩して,その信頼性を損なうかもしれない。第
2
に,より重要な点として,その与える印象とは逆に,彼らの見解は,WTOが活 動するすべての領域において各国と多角的な利害のバランスを樹立しようとするもので────────────
11 Ibid., pp. 265−266.(嶋田,前掲論文,90−92ページも参照)。
12 この点はH. Hornらも,国際的な慣行の観点からみてきわめて新奇な,寛容な解釈を促進する司法的 レヴューの基準を含んでおり,反ダンピング関税を課す国に明白に有利であり,国際法の観点からはそ れ自体許すことのできないものであることを専門家は説得的に示してきた,と批判している(cf. Horn, H., and Mavroidis, P. C., op. cit., p. 14)。
13 とくに第17条6項( )は,それが 許容できる 解釈のカテゴリーの範囲内であるかぎり,オール タナティブな解釈を認めている。しかし,ここでは米国法とは異なり 合理的 ではなく 許容でき る という語が用いられている。これはとくに知的財産権など多くの分野でルールの有効性を確保した いが, 合理性基準 ではパネルを制約しすぎると考えられたことによる。ただし,この条項が反ダン ピングの問題に限定されるのか,あるいは一般に適用可能であるのかは,この段階では不確実であった
(Ibid., p. 265)。
14 Ibid.(cf. Croley, S. P., and Jackson, H. J., WTO Dispute Procedures, Standard Reviews, and Deference to National Governments,American Journal of International Laws, Vol. 90, 1996, p. 212).
発展途上国と紛争解決メカニズム(嶋田) (1001)387
はない。各国の行動に対する「陰翳のある
nuanced
アプローチ」の普遍化を追求しない で,反ダンピングのような問題に関連する場合にだけそれは擁護されると主張している からである。このように
B. S. Chimmni
は反ダンピングの領域においてパネルの制限が大きく制約 された点を,「解釈の政治」の問題が存在するだけでなく,他の領域において同様のア プローチがされていない矛盾を批判している。次に,安全保障のための例外条項である第
21
条(GATT 1947)をみてみよ15
う。第
21
条に基づいて安全保障を理由として特定の義務を満たすことを拒否する加盟国の主張に 関連して,紛争解決システムがその主張をレヴューする権限を有しているかどうかとい う問題を提起するとして,次のように述べている。GATT
体制のもとでは一般に権限を有していないとみる傾向が強く,米・ECなども パネルその他の機関を持ち出すことを喜ばない。ただし,Helms Burton 法をめぐる米・ECの紛争のように
EC
が例外条項も司法化できる(紛争解決システムにレヴューの 権限を認める)との見解を支持したと考えられ16
る場合もあるが,それはまれなケースに 限られる。
第
21
条にはきわめて曖昧な語が用いられ,強力な諸国家による広範な解釈と濫用の 潜在的余地を残している。この例外条項にしばしば訴えることはないであろうが,決定 的な状況においてそれは深刻な損害をもたらしうる。PokhranⅡ以降のインドは米国に よって21
条の不条理な目標とされてきたが,その用語法を所与とすれば,パネルが最 も強力な国家に反対するとみるのは困難である。3.インドの選択すべき戦略
このような紛争解決メカニズムの批判に立脚し,また現行システムのもとでの国際的 な義務と国内的な独立との間の不均衡は,WTOレジームとそれが基づいている原則を 掘り崩すとの認識のもとで,B. S. Chimmniはインドが選択すべき戦略を次のように論 じてい
17
る。
紛争解決システムの改善にはそれをよりルール志向的にする方向と反ダンピング協定 に含まれるレビューの基準を普遍化する方向の二つがあるが,現在進行中のレヴュー・
プロセスにおいてインドの利益を図るためには後者を選択すべきである。
その理由として具体的に
6
点を列挙しているが,ここでは大きく三点に分類して示 す。第1
はWTO
の実体的なルールに関連するもので,それから利益をほとんど得られ────────────
15 Ibid., pp. 266−267.
16 ECは96年10月にパネルの設立を要求した(ただし,97年4月にパネル手続の停止に同意した)。 17 Ibid., p. 265, p. 267.
同志社商学 第54巻 第5・6号(2003年3月)
388(1002)
ないインドにとってルール志向の強化は必ずしも利益とならないこと,また投資,社会 的条項,貿易と環境に関連して構想されている協定も利益にならないと予想されること である。二つめはルール志向的といっても限界がある点である。すなわち,安全保障の ための例外条項に対するパネルの対応を含めて,支配的な諸国家の一定の決定的な利害 にとってネガティブとなるような意味で,よりルール志向的となるとは思われないこと である。三番目は実効性に関連する問題で,インドに有利な決定がなされるときでさえ も非対称的なパワー関係のもとでは有効なエンフォースメントは必ずしも容易ではない し,一方的な報復の脅威も実際には排除されていないことである。
それゆえインドは全体として国家当局の決断と決定をより多く尊重するように,紛争 解決システムのルール志向性を弱める戦略を追求すべきである。その一つの例として
TRIPs
協定をあげ,次のように指摘してい18
る。第
8
条「原則」のもとでの義務に関する インドの解釈もまた,それが 許容しうる 解釈基準を満たしうる限り支持されるべき である。これが一般的に適用できるかどうかの問題は3
年後にレヴューされることにな っているので,この方向で議論を進めうる可能性がある。換言すれば,ポジティブ・コ ンセンサスに基づいた以前のパワー志向的なシステムを回復することによってではな く,ルール志向システムの意味を再定義することを通じて,それをより少なくルール志 向的としなければならない。4.小括
以上みてきたように
B. S. Chimmny
による紛争解決システム批判の最大の特徴は,その評価のためにはウルグアイ・ラウンドの帰結(及び
WTO
体制のもとで投資,労働 など新しい分野に関連して先進国によって構想されている内容)が発展途上国にとって 持つ意義が決定的であることを強調する点にある。換言すれば,開発の視点からみてWTO
の諸協定の実体的内容(WTO体制それ自体)にきわめて否定的,批判的なので ある。要するに,実体的レジームの偏向のゆえに実体的な面でインドの利益は決して大 きくないので,ルール志向の強化は,直ちにはプラスにはならないとみているのであ る。また非対称的なパワー関係のもとでの政治力学などを前提にすれば,ルール志向性 や実効性に大きな限界がある点を重視している。こうした認識に立って
B. S. Chimmny
は,紛争解決メカニズムの改革を一般の主張 とは異なり,より少なくルール志向的とすることを提言しているのである。もっとも,そこでは「ルール志向システムの意味を再定義する」ことを通じてとされているのであ
────────────
18 Ibid., pp. 265−266.第8条1は国内法令の制定または改正において「公衆の健康及び栄養を保護し並び
に社会経済的及び技術的発展にきわめて重要な分野における公共の利益を促進するために必要な措置を
…とることができる」と規定している。ただし,これらの措置がTRIPs協定に「適合する限りにおい て」と条件が付されている(8条2は略)。
発展途上国と紛争解決メカニズム(嶋田) (1003)389
るが,必ずしもその内容は明らかとはいえない。またこうした改革の方向は,その内容 次第では,逆に主要国にいっそう裁量の余地を与えるようにも思われる。もっともこれ は彼の議論の欠陥というよりも,むしろ発展途上国のおかれている位置−脆弱な経済構 造と非対照的な交渉力(米国に象徴される一方主義・二国間交渉の圧力)−とウルグア イ・ラウンドの不利な諸結果の一括受諾から発生するジレンマを象徴するといえよう。
Ⅱ B. L. Das の批判と改革の提言
1.ウルグアイ・ラウンドに対する評価
ウルグアイ・ラウンドに対する
B. L. Das
の評価を検討する前に,その略歴をあらか じめ紹介しておこう。彼はインド政府のもとで長期に渡って国際貿易問題に携わり,多 くの交渉にも直接参加した。駐GATT
大使,常駐UNCTAD
副代表などを経験し,そ の間GATT
理事会や締約国会議の議長を務めた。その後5
年間UNCTAD
の国際貿易 プログラム代表として,ウルグアイ・ラウンドへの発展途上国の参加を促進するための 技術的援助に携わった。インド政府から離れて,現在,さまざまな機関に対してコンサ ルタントサービスを提供している。このように
B. L. Das
はウルグアイ・ラウンドなどの通商交渉に精通しており,インドや
UNCTAD
における活動を通じて,発展途上国の直面している問題にきわめて詳しい人物といえよう。
では,B. L. Dasは,GATT体制のもとで最後の交渉となったウルグアイ・ラウンド を,どのように認識,評価しているであろうか。彼の見解を簡潔に示すものとして,こ こでは『WTO諸協定:欠陥,不均衡及び必要とされる変化』と題する著書をとりあげ
19
る。
「ウルグアイ・ラウンドの諸結果における主要な不均衡」と題する第
1
章において,まずウルグアイ・ラウンド発足の経過などをごく簡単に整理し,四つの多角的協定を除 くすべての協定が
WTO
加盟国すべてに適用されることに言及してい20
る。その上で,譲 歩とコミットメントのバランスを適切に評価する一つの方法は,交渉の前後における加 盟国の権利と義務を比較することであるとして,次のように論じてい
21
る。
開発諸国の重要な譲歩とコミットメントのなかで,発展途上国にベネフィットをもた らすとみられるいくつかの改善がある。すなわち,農業では開発諸国は輸入制限,国内
────────────
19 Das, B. L. The WTO Agreements : Deficiencies, Imbalances and Required Changes, Zed Books/Third World Networks, 1998.
20 Ibid., pp. 1−3.なお1997年末に国際酪農品協定及び国際牛肉協定が失効したので,多角的協定は,現
在,民間航空機貿易協定と政府調達協定の二つだけである。
21 Ibid., pp. 3−5.
同志社商学 第54巻 第5・6号(2003年3月)
390(1004)
支持及び輸出補助金を
95
年1
月以降5
年間で20−36% ほど(1986−88
年レベルを超え て)削減することになった。この点では若干の特殊な問題がある22
が,これらの諸措置は 農業分野における市場アクセスを明らかに改善し,農産物輸出国である途上国にとって はある程度ベネフィットとなるであろう。また多角的繊維協定という特殊な制限的レジ ームのもとにあった繊維部門では,自由化に向けてそれを除去するとしたコミットメン トも,一定の障害によって制限されているが,繊維・衣類の輸出国である途上国にはき わめて重要である。
セーフガード,相殺関税,反ダンピング措置などの条件付きの措置や不公正貿易の領 域でも,一定の客観性が導入された。こうした措置を免れるためにそれを最小限に制限 するための条項がある。これはとくに反ダンピング領域で繰り返された措置にしばしば 苦しんできた途上国にベネフィットをもたらすであろう。また利害関係の深い若干の部 門におけるグレイ領域の手段すなわち選択的な数量制限の既存の諸手段が一定期間内に 停止(将来の導入は禁止)されることになった,ことも評価される。
そして紛争解決プロセスを通じた権利と義務のエンフォースメントは,主として次の 二つの点で改善された。すなわち,それに反して,実施を阻止するための国の裁量の余 地が削減され,プロセスの各段階にタイムリミットが規定されたことである。これは途 上国のような弱い貿易パートナーにとっては重要な改善である。
こうした改善点を指摘する一方で,B. L. Dasは発展途上国によってなされた重要な 譲歩とコミットメントを八つほど列挙している
23
が,ここではそれを三点に要約・整理し て示す。
第
1
は,これまで途上国が国内産業の保護や経済発展のために有していた諸手段の制 限あるいは喪失である。このなかには開発諸国に比べてのインド,ブラジル,チリなど による工業製品の大幅な関税引下げのほか,「発展のための適切な機構」として認識さ れて生産と輸出の促進手段として利用することができた補助金の一定期間内の廃止(た だしGNP
が1000
ドル以下の国を除く)及び国際収支問題に直面した時の輸入数量制 限のより厳格な制限(関税タイプの諸措置が不適切な場合という条件が以前よりずっと 明示的で厳しくなった)が含まれる。第
2
は,WTO諸協定のフレームワーク内に,途上国にとって不利なサービス貿易の 自由化や知的財産権とくに特許権の保護の強化が含められたことである。またそれによ って将来における類似の新しい問題の導入の道を開くという,途上国にとって死活的重 要性を持つ譲歩がなされた。いっそうの譲歩が提起されている若干の重要な領域とし て,環境的理由によるより容易な貿易措置,労働の権利のWTO
フレームワークへの包────────────
22 農業部門について詳しくはIbid., pp. 57−68参照。
23 Ibid., pp. 5−7.
発展途上国と紛争解決メカニズム(嶋田) (1005)391
含,及びその管轄権における外国投資をガイドする国の権利の削減がある。
第
3
は,ここでの主題である紛争解決プロセスに関連するもので,開発諸国による保 護的な措置の温存及び新しい規律(有効な報復措置)の導入である。すなわち,しばし ば途上国をターゲットとしてきた反ダンピングの領域で,パネルの役割が深刻に削減さ れて紛争解決プロセスが無力になるという真に重大な譲歩をした。他方で,もっぱら途 上国を対象として機能するとみられるクロス・セクトラル・リタリエーションが導入さ れた。これらは若干の「重要かつ明白な例」にすぎないとして,B. L. Dasは,「全面的に不 均衡な国際交渉の奇妙な例」であることに,ウルグアイ・ラウンドの重要な特徴がある と結論してい
24
る。すなわち,こうした交渉において通常そうであるようにすべての国が 譲歩をしたが,この交渉では発展途上国がもっぱら譲歩をしなければならなかったのに 対して,開発諸国はほとんど譲歩をしなかったのであ
25
る。
2.紛争解決メカニズムの諸問題
このようにウルグアイ・ラウンドの帰結が南北間で重大な不均衡をはらむと評価した 後,第
2
章の「権利と義務のエンフォースメント」において,主要成果の一つとして一 般に歓迎された紛争解決メカニズムの問題をより詳しく論じている。最初に,ルールに基づいたシステムのもとでとくに途上国の利益を守るうえで役立つ とされた紛争解決メカニズムの改善された点を,あらためて次のように指摘してい
26
る。
ネガティブ・コンセンサス方式によって決定がほとんど自動的となり,また特別の時間 的フレームワークの設定により「不適切かつ意図的な遅延」が排除されてきたことなど によって,紛争解決プロセスにかなりの真剣さがもたらされ,明らかに「より効率的か つ予測可能」となってきた。
このように
B. L. Das
は新しい紛争解決メカニズムに一定の評価を与える一方で,そ れは途上国にとってなおきわめて有効かつ有用であるとはいえないとしている。そして 重要な欠陥から損害を受ける無数の領域が存在し,若干の基本的なハンディキャップと 制約に苦しんでいるとして具体的に6
点をあげている27
が,ここではそれを
3
点に整理し て示す。第
1
は,発展途上国にとって主として救済の意義に関わる問題点で,とくにこの点で────────────
24 Ibid., p. 7.こうした評価に基本的に賛成である。嶋田巧「発展途上国とウルグアイ・ラウンド」『同志
社商学』第51巻第4号,2000年2月,参照。なお,交渉中を含めて最もルール侵害的な傾向の強かっ た米国が司法性の強化を主張したという意味でも,ウルグアイ・ラウンドは奇妙かつ異常な国際交渉で あった,といえる。
25 Ibid., p. 3.
26 Ibid., pp. 9−11.
27 Ibid., pp. 11−18.
同志社商学 第54巻 第5・6号(2003年3月)
392(1006)
はタイムスケジュールや補償が重要な意味をも
28
つ。
侵害した国によって全面的な是正措置がとられるまでに
2
年以上の長期の遅延を許容 している点である。脆弱な貿易リンクや生産基盤しか持たない途上国にとって,その間 に,救済の実際的な意義が失われるとみられる。今のところ侵害諸国は勧告に従って即 時に是正措置をとっており一般的に良く機能してきたが,決定的な利害を含む厳しい重 要なケースにおいて長期のタイムスパンが例外というよりむしろ多く現実となると予想 することは不合理ではない。さらに救済そのものでさえ,重要なケースでは全面的に架空なものにすぎない。紛争 解決機関の諸決定のエンフォースメントは脆弱で,強制する手段を持たないからであ る。つまり決定の実施は依然として道義的な圧力にほとんど依存しているが,最近のケ ースはこうした力がいつでも信頼できるとは限らないことを示し
29
た。
勧告が侵害国によって実行されない時には,提訴国は補償を求めることができる。も し解決しないならば,侵害国に対する一定の譲許及びその他の義務を停止できるが,そ れは提訴国の受けたベネフィットの無効化あるいは侵害と同等なものに限られる。また 唯一の究極の救済は,一般的には侵害国の特定産品に対する追加的な関税か輸入制限で あるが,経済的に強力でないほとんどすべての途上国にとって,これは実際的ではな い。これら諸国は,経済的政治的に強力な相手が対象であるならばいかなる報復措置も 避けたいと思うであろうし,こうした措置が経済的コストを含むからである。
それゆえ強い国と弱い国との間の深刻な紛争においては,後者がその権利を行使した りまた前者の義務の遂行を追及する点で不利な立場にあるかぎり,現行の紛争解決プロ セスは適切な救済を提供しない。
最後に,パネルあるいは上級委員会の報告(良識に依存しており一般的にはそれに従 うが)についてタイムスケジュールを確保する条項がないことは,体系的な弱点であ る。パネル等の報告の遅延に対する救済手続はまったく存在しない。
第
2
は,反ダンピング領域においてパネルの権限が制約される一方で,途上国に対し て主として適用されるとみられるクロス・セクトラル・リタリエーションが導入された ことである。要するに,米欧などに有利なように,一方ではルールの弱体化,他方では ルールの強化がなされたのである。────────────
28 救済の問題についてはHorn, H., and Mavroidis, P. C., op.cit.が詳しい。彼らは有効な制裁の欠如などの ために政治経済的に弱い国が不利になるなど,紛争解決には一般的な弱点があると結論している。ただ し,それがシステムの機能に重大な影響を及ぼすほど深刻なものであるかどうかを判断するのは時期尚 早としている。
29 EUのバナナ輸入レジームに対する米国の提訴では,パネルはEUの措置が米国の権利を無効化あるい は侵害していると認定したが,EUはパネルの勧告を実施しないことを決定した。米国に対するニカラ グアの提訴では,パネルは米国に反する裁定を下したが,米国は死活的な利害が含まれていることを根 拠に勧告の実施を拒否した,という(Das, B.L., op. cit., pp. 13−14.)。
発展途上国と紛争解決メカニズム(嶋田) (1007)393
反ダンピング協定に含まれる例外条項によって通常の紛争解決プロセスの範囲
pur- view
から排除され,パネルは権利の侵害あるいは義務の遂行如何について結論を出す ことができない。さらに協定の当該条項は政府による独自の解釈を許容しやすくその手 段を正当化するので,こうした政府の措置に挑戦することはほとんど不可能である。し かもマラケシュ閣僚会議の決定は,この条項が3
年後に一般的な適用が可能かどうかと いう問題に留意するという見解のもとに,レヴューされるとしている。反ダンピング領 域におけるパネルの役割の制約が,他の領域にまで拡張される可能性がある,すなわち 紛争解決プロセスを全面的に無力とする種子を孕んでいるのである。反ダンピング措置に関連したパネルの権限の制約のもとで,これらの措置は相対的に 容易に利用される。開発諸国は大部分途上国を対象として無数の反ダンピング措置を
「新保護主義的な手段」として用いてきたが,反ダンピング協定に衰弱化
debilitating
条 項を組み込むことによって「一定程度の行動の自由」を確保したのである。他方で,クロス・セクトラル・リタリエーションの導入によって,規律の強化が図ら れている。分野横断的な報復のためには同じ部門での報復が有効でないことが証明され ねばならないが,この条項は途上国に対して主として適用されるように思われる。サー ビス部門や知的財産権の領域では報復が有効でないことを証明するのが容易であるのに 対して,開発諸国に関するケースでは,モノ,サービス,知的財産のどの分野でも報復 が有効でないことを証明するのはきわめて困難だからである。
最後に,第
3
として,紛争解決プロセスに訴えることがしばしばきわめてコスト高に つくことで,その十分な利用が困難なことである。パネルの仕事は極度に技術的になり高度に法的な訓練,経験,専門知識が必要とされ るが,一般的に途上国の官僚は(そして法律の専門家でさえ)国際的レベルでのケース を扱うための十分なバックグランド,訓練,経験を持っていない。またケースの準備の ためにしばしば他国における情報の収集とその分析を必要とするが,一般に自前の情報 源をもたない。それゆえ,途上国はしばしば開発諸国のロー・ファームその他のエイジ ェンシーを利用しなければならない。これらはいずれもきわめて高くつくので,問題を 公式に紛争解決機関に提示することを決定する前に,途上国は躊躇せざるを得ない。
3.改革のための提言
紛争解決メカニズムの以上のような制度的なあるいは技術的な欠陥・問題点を踏まえ て,その解決のために彼は具体的に
9
点を提示してい30
る。前節での整理に対応して,こ こでも
3
点に整理・要約する。第
1
は,よりすみやかなより有効な救済のための改善に関わる提言である。────────────
30 Ibid., pp. 18−21.
同志社商学 第54巻 第5・6号(2003年3月)
394(1008)
ひとつはタイムスケジュールのより効率化・厳密化であり,まずはパネルや上級委員 会に現在与えられている期間の削減である(パネルに対してタイムフレイムを強制する ことは可能ではないが,それを尊重する過去の記録に留意するべきである)。それはむ しろ紛争解決プロセスの効率性の改善につながり,また不必要に広い領域やより深い法 的な分析に脱線するより,問題の核心に限定することを促進するであろう。またパネル などの勧告を承諾するための期間は,報告の中で固定することによって多くの遅延が避 けられる。
次に,救済を実質化するためには,協定違反の手段を除去するだけでは十分ではな く,同時に補償が必要である。補償額は損害の合理的な評価に基づいて仲裁者によりす みやかに計算・勧告されるべきで,それは拘束力をもつべきである(貿易ベネフィット の形態あるいははっきりした金融的支払いの形態さえとるかもしれない)。
さらに是正措置に失敗した場合の報復措置における「均等的なアプローチ」の採用で ある。それは当該の影響された国に任せられるべきではなく,すべての国による共同措 置がとられるべきである。これは申立国が途上国で侵害国が開発国であるときにはとく に必要である。
第
2
は,反ダンピングケースにおけるパネルの役割の制限を全面的に除去し,通常の 紛争解決プロセスのもとにおくべきである。他方で,クロス・セクトラル・リタリエー ションは途上国に対してのみ極端に重荷を負わせているので,この条項は全部削除する のが公平である。第
3
は,途上国のコスト負担に関わる問題である。それはパネルの極度の法律重視の 性格ゆえにきわめて大きいが,直接パネルを制約するのは賢明ではない。パネルは法廷 のように機能するのではなく,むしろ事実を確認し権利が侵害されたかどうかなどを検 討する学際的な専門家グループのような機能を果たすことが有益であろう。自ら情報を 獲得する上での積極的な役割も含めて,これらは当事国のコスト負担の軽減にもつなが るであろう。また紛争の主要当事国が開発国と途上国で,途上国の主張が認められた場 合には,開発国によって支払われるべき一定のコストをパネルが査定し,当該途上国に 支払うとする条項が存在すべきである(そうでないケースではこうしたコストの支払い は不要である)。4.小活
以上,紹介してきたように
B. L. Das
は,紛争解決メカニズムを別にしても「不均衡 な国際交渉」としてのウルグアイ・ラウンドの結果として成立したWTO
体制に対して きわめて批判的である。すなわち,それは発展途上国がこれまで保持していた開発のた めの諸手段の削減・喪失を意味するだけでなく,サービス貿易の自由化や知的財産権の発展途上国と紛争解決メカニズム(嶋田) (1009)395
保護の強化によって途上国が不利な立場におかれることになるとみている。
B. L. Das
はWTO
体制に極度に批判的であるが,B. S. Chimmnyとは異なり,紛争解 決メカニズムにおけるルール志向性のアンバランスを解消して,それを強化する方向に より積極的であるように思われる。すなわち,それをより有効とするために加盟国共同 の対抗措置の実施,適切な補償,必要なコスト負担の軽減の面でも改善点を提示してい る。また整合性を図るために反ダンピング問題を通常のプロセスへ包含する一方で,ク ロス・セクトラル・リタリエーション条項の撤廃を求めている。このように紛争解決プロセスのより衡平な形態での強化を求めているのであるが,た だし,それは紛争解決プロセスを「法廷」とするような意味においてではなく,パネル をむしろ学際的な専門家グループのような機能を果たすべきものとしての主張である。
その限りでは単純に司法性の強化を求めているわけではない。
もとよりここでの議論は彼の私的見解であるが,その略歴からみてインドまた途上国 サイドの視点を共有し,それを少なくとも一定程度反映したものとみることができよ う。
Ⅲ South Centre の見解
1. South Centre
とは何か最後に,発展途上国の立場(少なくともその一部)をいわばより直接に代弁するもの として,サウス・センター
South Centre
から発行された「WTO紛争解決メカニズムの レヴューに関する諸問題」と題するワーキング・ペーパーをとりあげて検討す31
る。それ に先だってあらかじめ,サウス・センターの目的・機構などについて紹介してお
32
く。
サウス・センターは
1987
年にJulius K. Nyerere
を議長として設立された南委員会South Commission
を前身とする組織で,1991年に同委員会の2
年のフォロー・アップ・メカニズムとしてサウス・センターが設置された。その後
1994
年に国連本部で同セ ンターを設立するための政府間協定が44
カ国によって調印され(翌年7
月末に発効), 南南協力など南の連帯の促進を目的とするグローバルレベルでの発展途上国の常設の政 府間組織として1995
年8
月に発足した。2002年3
月時点でメンバー諸国は46
カ国で あるが(調印したが批准していない国を含めて),全体としての南の利益のために活動 するとされている。南の諸国と人々の共通の利害に関わる諸問題について政策志向的で 分析的な仕事を引き受けて,開発,国際経済関係,及びとくに発生しつつあるグローバ────────────
31 South Centre, Issues Regarding the Review of the WTO Dispute Settlement Mechanism ,Trade−related Agenda, Development and Equality(T. R. A. D. E.),Working Paper, Feb. 1999(http : //www.southcentre.org /publications/trade/dispute.pdf).
32 South Centre, A Guide to the South Centre, Dec. 2002(http : //www.southcentre.org/guidesouthcentre.pdf). 同志社商学 第54巻 第5・6号(2003年3月)
396(1010)
専門家・諸機関の 協力ネットワーク
事務局
非同盟運動 グループ77 議長及び
ボード 代表者 会議
ルシステムの管理とガバナンスに関連した南北関係という広い領域を対象にしている。
知的に自律した非官僚的な形態で機能するシンクタンクとして,多角的な国際舞台やそ の国民的な発展において途上国が直面している主要な挑戦に焦点をすえて活動してい る。
サウス・センターが設立された背景には,社会的,政治的,経済的にグローバル化が すすむなかで,基軸的な多角的プロセスや機構において,発展途上国がしばしばマージ ナルな役割しか演じておらず,決定的な重要性を持つ諸問題について十分な影響力を行 使していないことがある。その原因の一部は,グローバルなレベルにおける集団的な活 動のための途上国における適切な調整と支援メカニズムが欠如していることである。こ うしたなかで
IMF,世界銀行,WTO
などだけでなく国連やそのファミリー組織におい ても,ますます南の開発と利害は現実に傷つけられうるようになっている。こうした状 況を変え,多角的な舞台における「より民主的でバランスのとれた諸関係とプロセス」に貢献することを企図したもので,こうした方向への「政治的に重要であるが,しかし 小さなステップ」を代表するものである。
発展途上国の代表の不十分さは,これらの諸国や人々だけでなく全体としての国際社 会にとっても有害な帰結をもたらす。途上国がより良く準備し,組織されるならば,国 際的な交渉はより効果的でより少なく非対称的となるであろう。さらにその結果生じる 協定は−よりバランスのとれた平等な帰結を導くようにすべての諸国の有効な参加によ って締結されるならば−広範に受け入れられ,グローバルな問題において対立や紛争よ
サウスセンターの機構と協力関係
注:議長は現在スリランカのGamani Coreaで,ボードのメンバーは次の9人(2002−2005年)。 Chief Emeka Anyaoku(ナイジェリア),Ma Yuzhen(中国),Cristovam Buarque(ブラジル),José Antonio Ocampo(コロンビア),Norman Girvan(ジャマイカ),Ashok Parthasarathi(インド),HRH Prince El Hassan bin Talal(ヨルダン),Salim Ahmed Salim(タンザニア),Idriss Jazairy(アルジェ リア)。
資料:South Centre, A Guide to the South Centre, pp. 5−6.
発展途上国と紛争解決メカニズム(嶋田) (1011)397
りも安定の源となるであろう。分裂的な国際システムはどんな国の短期的・長期的利害 にもつながらない。多角的な機関やプロセスに途上国が有効に参加できるようにするこ とは,国際社会のより広い利益であり,民主的な国際社会を構築するために不可欠なス テップである。
こうした認識に立つサウス・センターの機構と協力関係は図の通りである。任期
3
年 の議長とボードBoard(少なくとも年に一度開催)の指揮 direction
のもとで機能し,加 盟国政府は代表者会議Council of Representatives
を通じて集団的に行動する。最高機関 である代表者会議は1
年に1
度(及び必要に応じて)会合を開き,センターの業務と活 動に関して政策的かつ運営上のガイダンスを提供する。またボードメンバーを任命し,議長を選出する。さらにそのメンバーから委員長
Convenor
及び副委員長Vice−Convenor
を選出する。事務局はジュネーブにおかれており,規模は大きくなく少数の核となるス タッフを擁しているにすぎな33
い。
また途上国の必要とプライオリティに対応するために,G 77,非同盟運動,G 15,そ の他さまざまな地域的グループを含む南々協力のメカニズムとの連携が図られている。
なお加盟資格は
G 77
に属するすべての発展途上国と中国および代表者会議によって適 格とされた途上国である。WTO
体制に関連しては,国連開発計画UNDP
からの資金援助を得て発展途上国のパ ースペクティブからWTO
の業務を監視し分析するパイロット・プロジェクトをたちあ げたが,それはいくつかの問題に焦点を据えている。このプロジェクトの重要な目的 は,WTOにおけるいくつかの基軸的な交渉課題に関して簡潔かつタイムリーな分析を おこなうことで,途上国の交渉者の必要に対応することである。そのためにサウス・センターが発行しているのが,TRADEワーキング・ペーパー・
シリーズである。一般に途上国の直面した問題のあらゆる側面を徹底的にあつかうよ り,むしろ発展途上国のパースペクティブから簡潔な分析を提供している。そのうちの ひとつが本ペーパーで,紛争解決メカニズムのレヴューに資するべくそのプロセスに関 連した諸問題に焦点を据え,実際的アプローチに立って改革の方向を提示したものであ る。それだけでなく紛争解決システムの反開発的な性格とそれがはらむ根本的な問題を 示唆している点で興味深い。
2.発展途上国と紛争解決メカニズム
GATT
のもとでの紛争解決メカニズムに比較して,WTOのもとで一定の改善がなさ れたことを,このペーパーは評価してい34
る。
────────────
33 現在のコアスタッフは二人の専門スタッフと6人の一般サービススタッフで,プロジェクトスタッフは 4人の専門スタッフと2人の一般サービススタッフからなる(Ibid., p. 6)。
34 South Centre, Issues Regarding the Review of the WTO Dispute Settlement Mechanism, op. cit., pp. 1−12.
同志社商学 第54巻 第5・6号(2003年3月)
398(1012)
発展途上国は
GATT
体制のもとで相対的にわずかしか紛争解決メカニズムに訴える ことはなかった。それにはいくつかの理由があるが,最も重要な要因はそれに対する信 認の欠如であった。たとえば1960
年代におけるウルグアイやブラジルなどによる改革 の試みが現実の成果をうまず,有効性に幻滅が生じたことがあげられる。しかし,途上 国はWTO
体制のもとでの紛争解決メカニズムについては,多角的貿易システムの安定 と予測可能性を提供する上での中心的な要素として大きな期待を寄せ,実際,それは一 定の信頼性を得てきている。たとえば,最初の申立(提訴)を含めてかなりの申立がお こなわれたことが示すように,紛争解決メカニズムへの参加は改善され,積極的に利用 されている。とはいえ,それは一部の開発諸国が主要な利用者であるという状況を逆転 しなかったのであり,発展途上国による平等な参加などより大きな便益の獲得のために はいっそうの改革が必要である。ところで紛争解決了解は
WTO
発足後4
年以内つまり1998
年末にレヴューを終了 し,その後紛争解決機関DSB
の最初の会合で継続,修正,あるいは停止を決定すると されていたが,98年12
月の会合で99
年7
月まで延長が求められ,総会によって受入 れられた。レヴュー終了の延長に関連して主要国や途上国の立場に言及するとともに,各国による改革のための提案を次のように述べてい
35
る。
レヴュープロセスに参加した主要な開発諸国は延長を好んだように思われるが,四極 のうち
98
年10
月までに紛争解決了解の改革の提案を公式に提出したのは日本だけであ った。米国ではクリントン大統領が演説のなかで一定の具体的な提案を示したが,とく に第22
条等のテストの機会がなかったことから延長を支持したように思われる。EU は後に紛争解決了解を改善するための実体的な提案をおこなったが,やはり延長を支持 したようである。包括的な新ラウンドの開始に関連して,その提案の支持を固めること に利害があったとみられる。延長の決定は,少なくとも部分的には,発展途上国の利益でもある。その経験を分析 し相互に調整し,また改革のための具体的な提案を準備するより多くの時間がとれるか らである。しかし,これらの提案は本質的に実施問題に関連するものであり,その解決 には新しいクロスセクトラル交渉を必要としない。また紛争解決了解の活動の改善が,
どんなものであれ新しい交渉の一部になるならば,それと引き換えに主要開発諸国に利 益となる領域で確実に代価を求められることも,認識すべきである。それはルールに基 づく多角的な貿易システムと新しい紛争解決メカニズムへの平等な参加を期待して,ウ ルグアイ・ラウンド中に重要な譲歩をすでに行なったのと同じことを繰り返すことにな る。
紛争解決了解のレヴュープロセスにおいて,ヴエネズエラ,インド,パキスタン,ア
────────────
35 Ibid., pp. 34−37.
発展途上国と紛争解決メカニズム(嶋田) (1013)399
ルゼンチンなど多くの国が,これまでの経験に基づいて途上国のパースペクティブから その適切さと有効性を大幅に改善するための提案をおこなった。
これは途上国の経験してきた困難の克服を目的とするもので,紛争解決メカニズムへ の均等なアクセス,タイムフレームの調整,紛争が未定の間の補償に関する条項,紛争 解決機関による勧告の実施,特別待遇に関するすべての条項の機能化,第三国の権利の 明確化,紛争解決プロセスの誤用の制約,パネル及び上級委員会のそれぞれの役割とマ ンデイトに関する明確な方向性などである。
こうした改革の提案は,新しい交渉のどんなアジェンダによってもおしのけられるの ではなく,レヴュープロセス中に受け入れられるべきである。そして類似の関心に基づ くこれらの提案は,各国の間で調整される必要があるが,そのための「政治的意思」が 存在するならば容易に実行しうる。
3.主要な諸問題と改善の提案
サウス・センターのペーパーは,こうした途上国の提案の背後にある紛争解決了解に 関連した問題を具体的に
6
点あげ,次の三つの大きなカテゴリーに分類してい36
る。すな わち,紛争解決プロセスへアクセスするコスト,開発国を提訴したケースにおける裁定 の実施及び補償の問題,平等の参加を促進するために提供された特別かつ有利な待遇に 関する条項の有効な実施である。
第
1
は,紛争解決プロセスへのアクセスが人的・財政的資源などの制約のもとで,き わめて高価につくことである。それだけでなく発展途上国は「ありうべき政治的コス ト」も考慮せざるをえないが,開発諸国は経済的であれ政治的であれ同じ程度には制約 されていないので,両者の間の権利と義務のバランスは不均衡でありうる。第
2
は,パネル/上級委員会の裁定の実施と補償の問題で,途上国は少なくとも三つ の問題に直面する。侵害的な手段の撤廃までなお長期を要すること,ルール違反の諸手 段の行使による損失を補償する条項が存在しないこと,さらに最終的な救済として許容 される報復措置にも深刻な実際的な限界があることである。これは単なる政治的考慮に よるだけでなく,一般に途上国の経済成長と発展が開発諸国との継続的な関係により多 く依存しているという不平等な経済的関係にも基づいている。第
3
は,紛争解決了解には後発途上国に関連する特別手続きの規定(第24
条)も含 めて多くの特別かつ異なる待遇に関する条項が含まれているが,それが全面的かつ有効 には実施されなかったことであ37
る。
すなわち,ひとつにはこうしたさまざまな条項が平等の有効性をもって実施されず,
────────────
36 Ibid., pp. 31−33.
37 Ibid., pp. 32−33, pp. 18−23.
同志社商学 第54巻 第5・6号(2003年3月)
400(1014)
途上国が利用できなかったことである。また途上国の特有の問題や利害に特別の注目を 払うべきとする第
4
条10
項など一定の条項は,実行性のない単に宣言的な性格のもの にすぎなかったり,あるいは実施のモダリティをまったく有しなかった。さらに驚くべ きことに特別待遇に関わる条項はまったくあるいはほとんど利用されなかったのであ る。また後発途上諸国はまったく紛争メカニズムに関与していない。そのほか,途上国と開発諸国との紛争におけるパネリストの問題や技術的援助が量的 にも質的にも十分でないという問題がある。こうした紛争においては途上国が望むなら ば,少なくとも
1
人は途上国出身のパネリストを含まねばならないとしているが(第8
条10
項),これまでの10
件のケースのうち2
件で開発諸国出身のパネリストだけであ った。また,技術的協力・訓練部局は二人の常勤の法律家と二人のコンサルタントを擁 しているだけで,しかもこれらの専門家は不偏性を要請されており,ケースを闘うため に雇用される法律家とは性格が異なる。途上国の諸提案を参考にしつつ現行システムの改善・強化によるサウス・センター自 身の勧告を具体的に
8
点あげているが,問題点に対応して主要な点は次の3
点に整理で き38
る。
第
1
は,途上国による参加の諸コストの負担が平等なアクセスの障害にならないよう にし,また特別待遇に関するすべての条項が機能するようにすることである。前者につ いては具体的にはコンサルタントの数の増大,事務局の内部あるいは外部に独立した法 的なユニットの設立,常任の被申立側弁護人Defence Counsel
の任命,あるいは途上国 を援助するための私的法律家を有する一定の基準を満たす特別の制度の設立などが必要 である。第
2
は,余りにも長すぎてその間にマイナスの影響を受けやすいタイムフレイムの調 整(短縮),及び紛争が未決の間に生じる損失の補償である。途上国に対する開発諸国 の手段がWTO
ルールを侵害していると認められるすべてのケースにおいて,補償額を 決定する権限がパネルに付託されるべきである。第
3
は,第三国の権利を明確にするほか,報復措置がきわめて困難なもとで決定を有 効に実施することである。また紛争解決プロセスの誤用の抑制及びパネルや上級委員会 の明確な方向付けである。そのために開発諸国に対して途上国が勝訴したケースでは,全加盟国による共同の報 復措置あるいは
WTO
ルールを侵害する手段の強制的な排除の二つの選択肢が提供され るべきである。また後者の問題に関連しては,開発諸国に対する途上国の提訴において パネル等で維持されないケースでは紛争のコストを開発諸国が負担する,また類似の理 由ですでにパネル等で裁決されたケースがあるときには,同じ途上国に対する提訴を禁────────────
38 Ibid., pp. 38−41.
発展途上国と紛争解決メカニズム(嶋田) (1015)401
止することである。さらに主要国の影響などにさらされないように,パネル,上級委員 会それぞれの役割を明確に規定して曖昧さをなくすとともに,加盟国に留保された役割 を決して引き受けるべきでない。対立した解釈に陥らないようにできるかぎり明白な裁 決を指示され,さらに 政治的に修正された 裁決がされないように勧告されるべきで ある。
4.紛争解決メカニズムの反開発的性格
以上のように手続的な側面に焦点を据えて実践的な視点から問題の指摘と改革の提言 を行う一方で,こうした問題点が紛争解決メカニズムの有する反開発的な性格にもとづ くことを,次のように指摘してい
39
る。
新しい紛争解決メカニズムは,ウルグアイ・ラウンド諸協定や全体としての
WTO
に 共通する多くの点によって特徴づけられる。つまり紛争解決プロセスにおける諸アクタ ーが,類似の強さと比較可能な発展水準にあること,また競争条件の平準化に対応する ルールが適切であるとの仮定に基づいている。それはまた,途上国の発展に関連した必 要を支持することを意図していない。紛争解決の利用に必要な法的なスキルやアドヴァ イスはすべての国に平等には利用できない。政治的経済的パワーの非対称性のもとで,途上国はより弱体のパートナーとして二重の不利にあり,開発諸国にとって強力な制裁 や圧力は容易であるが,途上国にはそれらを行使する力はほとんどない。
さらに,根本的な実体的な諸問題及び発展の展望と国家主権にとって,紛争における 裁定のもつ潜在的な含意に関して,途上国が深刻な問題に直面している点を次のように 論じてい
40
る。
これはウルグアイ・ラウンドの諸協定の性格そのものと,紛争解決了解が「南の発展 プロセスに介入する」先進諸国によって用いられる「追加的な道具」として現れうると の見通しから生じている。ここではさまざまなケースが途上国の発展にとって有する実 質的な結果やインプリケーションを包括的に取り上げることはできないが,たとえば,
インドネシアの 国民車プロジェクト のケースは重要であ
41
る。
これは自動車産業に影響を及ぼす一定の諸措置−1996年
2
月に発行された大統領布 告によって一つの会社だけが パイオニア 企業とされ,ローカル・コンテントを含む 一定の要件のもとで,この企業によって製造された 国民車 だけが特別減税に適格と────────────
39 Ibid., p. 42.
40 Ibid., p. 43.
41 Ibid., p. 23.この紛争で注目される一つの体系的な問題は,主要当事者としての私的弁護団counselの
参加である。これはパネルの前で申立をする代表に非国家的な民間弁護団を選択したWTOで最初のケ ースである(Ibid.)。この問題は紛争解決システムの透明性や民主的な性格と関連する重要な問題であ るが,別の機会に論じたい。
同志社商学 第54巻 第5・6号(2003年3月)
402(1016)