「やらせ爆弾漁法」と報道倫理 : NHK対「現代」損 害賠償裁判から
著者 浅野 健一
雑誌名 評論・社会科学
号 68
ページ 71‑190
発行年 2002‑03‑15
権利 同志社大学人文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004268
一NHKの受信料を使った訴権濫用
月刊﹁現代﹂二〇〇〇年一〇月号が報じた坂本
︵現在は︑報
道局映像センターチーフカメラマン︶NHK元ジャカルタ支局長
による﹁やらせ爆弾漁法﹂記事に対し︑NHKと坂本氏が名誉毀
損で発行先の講談社︵野間佐和子社長︶と中村勝行﹁現代﹂編集
長に一億二〇〇〇万円などを求めている損害賠償請求訴訟の民事
裁判がヤマ場を迎えた︒
一九九七年八月二四日に起きた﹁やらせ撮影﹂事件で︑NHK
取 材 班に同行し
たM氏︵
国立ハサヌディン大学海洋水産学部職
員︶が三月五日東京地裁民事第四五部︵春日通良裁判長︶六三一
号法廷で証人として証言︒また︑私が四月二日午前一〇時から一
二時まで︑坂本氏が五月七日午前一〇時半から一二時まで証言す
ることになった︒いずれも東京地裁六三一号法廷︒ 日本を代表する公共放送のNHKが世界有数の大出版社である講談社を相手に起こした極めてユニークな裁判である︒言論には言論で対抗するという
のが報道機関の最低限のルールだと思う
が︑NHK側は﹁報道被害を受けた﹂と主張して提訴した︒NH
Kは豊富な資金と人員を投入して﹁現代﹂記事に反論している︒
NHKが本裁判で何を守ろうとしているかをみれば︑今のNHK
の実態を知ることができるだろう︒
二元NHK助手の告発
この﹁やらせ﹂事件は︑坂本氏らのNHK取材班が︑インドネ
シア東部のスラウェシ島︵旧セレベス島︶にある南スラウェシ州
マカッサル近くのバランロンポ島沖合で︑漁民のD氏に金を渡し
て爆弾を投げてもらい︑映像を一九九七年八月二九日﹁ニュース
11﹂の﹁サンゴを守れ﹂︑九月六日衛星第一放送﹁アジ
ア情報交
︹研究ノート︺
﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理
NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
浅 野 健 一
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差点﹂の番組で放送した︒
﹁現代﹂二〇〇〇年一〇月号は︑﹁本誌特別取材班﹂の署名によ
る︽NHKジャカルタ支局長が犯した﹁やらせ﹂
報道が発覚
!
︾
を載せた︒続いて同一一月号は︽大反響連続追及NHK海老
沢 勝 二会長への大反論
﹁ やらせ
﹂ 報道のさらなる証拠を提示す
る︾と題した連続追及記事を掲載した︒NHK側は一〇月号の発
売日前日の九月四日︑講談社を相手取り︑一億二〇〇〇万円の賠
︵1︶償と訂正記事掲載を請求する訴訟を東京地裁に起こした︒
同日のNHK﹁ニュース7﹂が﹁講談社に訂正・謝罪掲載求め
提訴﹂という見出しで報じた︒同ニュースの内容は次のようだっ
た︒︽男性アナウンサー:NHKの特派員がインドネシアで地元の漁
民に違法な漁法をやらせて取材したという記事が月刊誌﹃現代﹄
に掲載され︑NHKは﹁誤った記事で公共放送としての信頼を傷
つけられた﹂として︑出版した講談社に訂正と謝罪記事の掲載な
どを求める訴えを︑今日︑東京地方裁判所に起こしました︒︵﹁講
談社に訂正・謝罪掲載求め提訴﹂と画面下にテロップ︶
︵ 画面全体に
﹃ 現 代
﹄ 10月
号 が 映る
︒ 画面下に
﹁﹃
現代
﹄ 10月
号﹂とテロップ︶
アナウンサーのナレーション:この記事は月刊誌﹃現代﹄の
10
月号に掲載されたものです︒
︵﹃
現代
﹄ の上半分がア
ップにされ
︑﹁
N H K 報道と違法漁業
﹂
というタイトルが見える︶ アナウンサーのナレーション:記事の内容は︑三年前︑インドネシアの漁民が爆発物を海に投げ込んで魚をとる違法な漁法を取り上げたNHKのニュース番組について︑︵再び﹃現代﹄の全体が映される︶アナウンサーのナレーション:﹁当時のジャカルタ特派員が漁
民に指示し︑現金を支払って取材したやらせだった﹂と︑現地の
人たちの話をもとに︑指摘しています︒
︵NHKの東京本社が映る︒画面右上に﹁NHK﹂とテロップ︶
アナウンサーのナレーション:NHKが当時の特派員や取材に
同行したインドネシアの大学の研究員︑それに撮影されていた漁
民などから取材のいきさつを聞いて調べた結果︑やらせの事実は
なく︑﹃現代﹄で紹介された現地の人たちの話は︑取材の経過や
現場の状況と大きく食い違っている事がわかりました︒
︵M氏が話している様子︒画面右に﹁同行した地元大学の研究
員﹂︑画面下に﹁NHK特派員は﹃やらせ﹄
撮影はせず
︑ 本物の
漁を取りたいと言っていた﹂と字幕︶
︵画面が切り替わる︒M氏が話している様子︒﹁その場所で偶然
爆発物を使った漁に遭遇した
これは絶対に
﹃ や ら せ
﹄ で は な
い﹂と字幕︶
︵画面が切り替わる︒画面左にNHK本社の写真映像︒その下
に﹁NHK﹂とテロップ︒右半分に﹁誤った記事で信頼傷つけら
れた↓講談社を提訴訂正・謝罪記事掲載一億二〇〇〇万円の
損害賠償﹂とテロップ︶ ﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
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アナウンサーのナレーション:このためNHKは︑﹁
謝った記
事によって公共放送としての信頼を傷つけられた﹂として当時の
特派員と共に︑出版した講談社に対し︑訂正と謝罪記事の掲載︑
それに︑あわせて一億二〇〇〇万円の損害賠償求める訴えを︑今
日︑東京地方裁判所に起こしました︒
︵講談社の映像︒右上に﹁講談社﹂とテロップ︶
アナウンサーのナレーション
: これに対
し て
︑ 講談社の
﹃ 現
代﹄の編集部は︑﹁記事の内容については取材も精緻を極めてお
り︑絶対に自信を持っています﹂という談話を出しました︒︾
報道機関同士が﹁やらせ﹂か否かをめぐって争う形の民事裁判
は︑これまでに一一回の口頭弁論が開かれた︒﹁現代﹂二〇〇一
年八月号では︽NHK﹁やらせ報道﹂疑惑不可解な弁
明を撃つ
︾
と題して︑私の署名で裁判の中間報告を書いた︒
NHK側は︑坂本氏による﹁やらせ﹂を最初に告発した元NH
Kジャカルタ支局助手のフランス・パダック・デモン氏︵﹁現代﹂
記事ではアリフ氏と仮名で表記︑現在﹁メトロTV﹂シニア・ニ
ュース・プロデューサー︶の﹁供述﹂をすべて﹁虚偽﹂と決めつ
けている︒
裁判長は
講談社側に
﹁ なるべく多くの基礎資料を出してほし
い﹂と要請した︒二〇〇一年七月一〇日に開かれた第六回の口頭
弁論で講談社側は︑フランス氏が九七年一〇月に支局内でオリジ
ナル・テープから一部をダビングしたテープ︵約九分︑以下︑未
編集テープと表記する︶を提出した︒また私も取材にかかわる詳 細な関係資料を添付した陳述書を出した︒﹁現代﹂が報道した内容を要約しておこう︒坂本元支局長を中心とするNHKジャカルタ取材班は︑九七年八月一八日から二四日にかけて︑﹁インドネシアサンゴを守れ﹂
という特集の取材を行った︒その取材中の八月二四日に︑マカッ
サル︵旧名ウジュンパンダン︶沖のバランロンポ島近くで︑NH
K取材班は漁師に金銭を渡し︑爆弾漁法を実演してくれるよう依
頼し︑そのうえで撮影を行った︒海上で支払われた金額は爆弾一
発につき七万五〇〇〇ルピア︵当時のレートで約三二〇〇円︶︑
二発分で計一五万ルピア︒その金銭はNHK取材班の事前準備と
現地ガイド役を務めたM氏が立て替え︑取材終了後︑M氏は立て
替え分を含む八〇万ルピアを坂本氏から受け取った︒M氏と︑爆
弾を投げた漁師のD氏ともに金銭の授受を認めた︒
講談社側は二〇〇〇年一一月一四日付の準備書面の中で︑私が
﹁本誌特別取材班﹂の一員を務めたことを明らかにした︒NHK
側も本誌取材班が取材した二〇〇〇年八月末に︑私がかかわって
いることを知っており︑このやらせ問題を取材した新聞記者らに
﹁これは浅野氏がやっている﹂と私の名前を挙げている︒
私が本件記事にかかわることになった経過をここで明らかにし
たい︒﹁NHKジャカルタ支局の坂本支局長が漁師に事前に現金を渡
す約束をした上で︑手製爆弾を二回海に投げさせ︑海中で爆発し
た後︑浮いてきた魚を獲るシーンを撮影し︑オンエアした︒その
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﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
件をめぐって私は解雇された﹂
この信じられないような﹁やらせ事件﹂の話を私が初めて聞い
たのは︑九九年八月二七日の午後のことだった︒場所はインドネ
シアが七五年末以来︑
不法に占領していた東ティモールのディ
リ︒私は国連東ティモール暫定行政機構︵UNTAET︶の主導
で行われた︑独立かインドネシア帰属かを問う住民投票を取材す
るために現地を訪れていた︒八月三〇日に迫った住民投票に関す
るUNTAETのレクチャーがその日にあった︒その会見場で私
が共同通信ジャカルタ支局長を務めていた時代に親交のあったフ
ランス氏と約七年ぶりに再会した︒
その場で︑フランス氏は﹁NHKジャカルタ支局に勤めるイン
ドネシア人関係者から︑坂本氏が︑﹃フランスは私がやらせをし
たとか︑不当に解雇したなどと非難していたが︑あきらめてしま
って今は何も言っていない︒意気地のないやつだ﹄などと吹聴し
ていると聞いた︒坂本氏個人の悪行と考えNHKを愛するがゆえ
に
︑ 過 去 の嫌なことは忘れようと思っていたが
︑ この話を聞い
て︑私は人間としての尊厳を侵害されたと感じた︒私はもう許せ
ない︒ジャーナリズム倫理に詳しい浅野さんの独自取材で事実を
明らかにしてしてほしい﹂と持ちかけられた︒フランス氏は﹁や
らせを証明する未編集の取材テープのコピーを持っている︒やら
せの現場にいた人たちを教えるから︑浅野さんが客観的立場でそ
の人たちに取材して調査報道してほしい﹂とも話した︒
私は即答こそ避けたものの︑検討してみると言って別れた︒ NHK側は当初から︑本誌が﹁フランス氏の虚偽の証言だけに基づいて記事化した﹂と強調しているのだが︑私自身は︑フランス氏の﹁証言﹂だけで記事にすることはできないと考えた︒彼の告発内容を裏付ける基礎資料を固める必要があった︒私たちは浜野純夫次長を中心とする取材班を組織し︑①未編集テープ︵約九分︶を入手し︑分析する②現地バランロンポ島で実際に爆弾を
投げた漁民D氏と︑お金を立て替えて渡したM氏の証言をとる
③坂本氏とフランス氏に同行したカメラ助手のマディニ氏︵記事
ではハシコム氏と仮名で表記︶の証言を得る④関係官庁︑メデ
ィア専門家を取材する
⑤ 坂本氏本人
とNHKから
事情を聞く
││という方針を立てて取材を進めた︒現地での取材は私が中心
となってチームを作って行った︒
その結果︑NHKが提訴した際︑講談社広報室がコメントした
通り
︑﹁
精緻をきわめた
﹂ 取材が遂行でき
たために
︑ 編集部は
﹁スクープ﹂として報じたのである︒
三オンエア番組と生テープ
BS1で放送された番組﹁インドネシアサンゴを守れ﹂六分
四一秒は次のように展開していた︒
︽禁止しても後を絶たない爆弾漁法を止めさせるため︑インド
ネシア海軍が東南スラウェシ州クンダリ基地で︑漁師たちを観光
案内のダイバーに転職させようとダイビング教室を開校した︒主
人公のマヌン氏は以前爆弾漁法で魚をとっていたという漁師︒取 ﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
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締りがきつくなってきたことから爆弾漁法をやめたが︑素もぐり
漁ではかつての七分の一しか稼げない︒新たな現金収入の道を探
っていたところ︑ダイビング教室の話が舞い込んできたというわ
けだ︒
ダイバー
として就職すれば
︑ 安定した収入を得ることができ
る︒しかし彼が教室を通して学ぶのは︑ダイビングの技術だけで
はない︒爆弾漁法でサンゴ礁が破壊された﹁海の墓場﹂を訪れた
彼は︑サンゴがいかに海の生物をはぐくんでいるのかを知る︒サ
ンゴが死んだ海には︑魚は育たない︒漁師たちは海を守ることの
大切さを学んでいくのである︒︾
問題のシーンは三二秒間で︑爆弾漁法がどのようなものである
か説明するために使われていた︒考えてみると︑日本のテレビ局
が︑各国の法律で厳しく禁止されているこの爆弾漁法の投擲シー
ンをなぜ近距
離から撮影することができたのか
︑ 不思議なこと
だ︒番組の中でこの特集の前に放送された﹁アジア通貨危機﹂と
題した特集では︑バンコク支局特派員の島津八生氏が名前と顔を
出して解説を行っている︒しかしこの番組では︑撮影した日時や
場所︑撮影者の名前も番組には全く出てこない︒出所不明だ︒前
後の映像から考えると︑クンダリ付近で撮影したものと誤解する
人も少なくないだろう︒
未編集テープは︑約九分︒そのテープの中で︑爆弾漁法を撮影
している部分と︑その前後を見ることができた︒
未編集テープの中から︑﹁インドネシアサンゴを守れ﹂で使 われた映像はわずか三二秒だった︒D氏が導火線にたばこの火をつけるため下の方を向いているシーンからダイナマイト爆弾が爆発し︑魚が跳ね上がるまでや︑赤いトレーナーの漁師が手漕ぎで舟を進ませ魚を捕るシーンと︑捕れた魚を子どもたちが笑いながら網に入れているところだけだ︒他の舟は全く出てこない︒
未編集テープのオリジナル・テープはソニー製大型カメラ︵ベ
ータカム︶で坂本支局長自身により撮影された︒音声は当時のカ
メラ助手︵アルバイト︶マディニ氏がとった︒NHKジャカルタ
支局の職員︵当時︶でこの取材にも同行したフランス・パデク・
デモン氏が同支局内のビデオ編集機器でダビングした︒未編集テ
ープは八分四八秒あった︒
私たち特別取材班は一九九九年八月にフランス氏から︑坂本氏
が地元の漁師にお金を渡して爆弾漁法の様子を撮影したという情
報を得ていた︒事実を確かめるために︑取材班の私は二〇〇〇年
八月一日にインドネシアの首都ジャカルタに飛んだ︒私の助手を
務めたライターは七月二五日にジャカルタ入りしていた︒ライタ
ーは︑フランス氏から未編集テープと一九九七年九月六日に放送
された衛星第一放送の番組のビデオを見せてもらった︒その際︑
ジャカルタの環境保護活動家が一緒にビデオを見た︒ライターは
未編集テープをダビングする手配をした︒インドネシアのテレビ
は日本と違うパル方式で︑翌二六日︑地元のテレビ局でダビング
してもらった︒
フランス氏の代理人であるインドネシア法律扶助人権協会︵P
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﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
BHI︶のヘンダルディ代表は二〇〇一年五
月二一日
に︑﹁N
HKが南スラウェシ︑マカッサル︑バランロンポ島において一九
九七年八月二四日に行った︑爆弾漁法やらせに関するマスタービ
デオテープのダビングテープを公開したことを言明する︒公開し
た相手は︑法律問題︑人権問題︑環境問題の活動家などを含んで
いる﹂との書簡を公表した︒
ヘンダルディ氏は書簡の中で︑﹁フランス・パダク・デモン氏
がマスターテープのダビングを行った行為は︑インドネシアにお
ける法律にてらした場合︑法律違反もしくは犯罪行為であるとは
認められない︒それどころか︑フランス・パダク・デモン氏の行
為は賞賛に値するものであると言ってよいだろう︒NHKジャカ
ルタ支局が行ったと疑われている︑インドネシアの法律に従って
いない行動を告発するものだったからだ﹂と強調している︒
未編集ビデオを再現する︒︵敬称略︶
︽0秒:真っ白な画面が約1秒写り︑次に4人の漁師
が舟に赤い
酸素供給用の機具を積んでいる︒
21秒:︵シーンが切り替わる︶︒快晴で空には雲一つない︒全景
を撮っている︒真っ青な海に︑船長7〜8メートルぐらいのジョ
ロロ︵白いカヌー形の舟︶が4隻と仲買と思われる小舟が1隻浮
かんでいる︒D氏らしき三角の笠をかぶった男性の舟が手漕ぎで
NHK取材団のボートの方へ近づいてくる︒
37秒:︵シーンが切り替わって︶画面に縦線が入った後︑瞬間
的に白い画面になる︒
38秒:静かな海面が映り︑﹁ボン﹂という鈍い爆
発音がして
︑
小さな水しぶきが上リ︑魚が少し跳ね上がった︒完全には爆発し
なかった︒漁師たちが﹁不発だった﹂とマカッサル語で叫ぶ声が
聞こえる︒現地ガイドの国立ハサヌヌディン大学職員のM氏が地
元のマカッサル語でもう一度爆弾を投げるように数回叫ぶ︒M氏
がインドネシア語で﹁トゥングー・サトゥカリ︒ディア・ウラン
ラギ︵Tunggusatukali,diaulanglagi︒もう1回待って︒彼がも
う一度やるか
ら
︶﹂
とあわてた感じで話すのがはっきり聞こえ
る︒
47秒:︵画面が替わる︶D氏が舟の上で立っており︑
やや下向
きの姿勢で︑両手で爆弾を持ち前方を向いている︒右足を軽く上
げて︑カメラの方に顔を見せる︒
50秒:D氏が顔をカメラの方へ向け︑﹁バガイマナ︵
いいです か
︶﹂
と声をかけ
︑ 目で合図した後
︑ 爆弾の導
火線を口に近づ
け︑タバコの火で発火︒左腕でビール瓶に入った白い爆弾を高く
遠くへ投げる︒水面に小さな水しぶきが上がり︑爆弾が水中に消
える︒
54秒:ドーンというものすごい爆発音とともに︑水しぶきが高
く上がる︒﹁やった︒やった﹂という声が上がり︑笑い
声が起こ
る︒たくさんの魚がピチピチとはねている︒
1分
18秒:︵画面が切り替わる︶︒かなり近い距離から︑赤いト
レーナーを着た男性が舟を漕いで進む︒他の舟の漁師たちは海に
飛び込んで小さな網ですくったり︑舟を移動させながら大きな網 ﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
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を広げたり︑忙しく魚を捕っている︒﹁イカン︵サカナのインド
ネシア語︶︑イカン﹂などという子どもの声が聞こえる︒白い舟
に潜水夫が乗っている︒漁師が魚を捕る映像が続く︒
2分
00秒:上半身裸の水中メガネを頭の上につけた漁師がアッ
プに写る︒遠くに別の島が見える︒
2分
07秒:子どもが舟の先にしゃがみ︑自分の身長くらいあり
そうな櫂を使って︑舟を進ませている︒
2分
27秒:︵画面が替わる︶
21秒の時とほとんど同
じような構
図の遠くから撮った全景が写る︒中央にD氏のらしい白い舟が見
える︒魚を狙うカモメが︑たくさん集まってくる︒
3分
25秒:カモメが空を舞う︒
3分
32秒:爆弾を投げた漁師のD氏が︑カメラに向かって捕ら
えた大きな魚を見せる︒
3分
37秒
: 再び全景
に替わり
︑ 5 隻の船団が見渡せる
︒ そ の
後︑舟に近づく︒NHKのボートが漁師たちの舟の周りをぐるっ
と回る︒舟には紅白のインドネシア共和国の国旗がはためいてい
る︒遠くに別の島が見える︒至近距離から舟を写す︒カメラに気
づいた子どもが後ろを振り向く︒漁師たちが魚をすくう映像が続
く︒
4分
35秒
: バランロンポ島が背景に見え
る
︒ 岸からかなり近
い︒
4分
45秒:緑のキャップをかぶった男性が潜る︒舟の上の漁師
が命づなをたぐっている︒漁師は紅白の帽子をかぶっている︒再 び舟の周りを一周する︒子どもの潜水夫が潜る︒
7分
52秒
: 捕れた魚を子どもたちが笑いながら網に入
れ て い
る︒
7分
56秒:D氏が舟の上で︑黄色のポリタンクを横に切ってつ
くった容器のふたをあける︒爆弾をおさめるカモフラージュの入
れ物だ︒D氏が右手でゆっくりと爆弾を取り出した︒ビールの空
き瓶の中に︑白い爆発物が入っており︑瓶の先からは導火線が出
ている︒ポリタンクの中に2本の瓶が見える︒そのうち1本には
白い爆薬が入っており︑ふたもしている︒もう1本は空瓶のよう
だった︒爆弾をアップにし︑瓶の先から底まで︑ゆっくり繰り返
しターンして映す︒舟が揺れている︒導火線の最先端を極端なア
ップにす
る
︒ D 氏はポリタンクの中に爆弾をしまい
︑ ふたを
す
る︒
8分
47秒:ポリタンクのふたをアップにする︒
8分
48秒:テープ終了︾
二発目の爆弾を投げ︑爆発して漁師たちが魚を取っているとこ
ろはオンエアされたものと全く同じ映像︵合計三二秒︶だった︒
しかし爆弾を投げる前にカメラの方向を見て目で合図している場
面はカットされている︒D氏がカメラに向かって魚や爆弾を見せ
るところも︑もちろんカットされている︒
NHKは二〇〇一年七月一〇日に行われた第六回口頭弁論で︑
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﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
第五回口頭弁論で裁判所から求められていたオンエア済みのニュ ース番組二本のビデオを提出
し
た︒NHK
衛星第一放
送︵BS
1
︶﹁
アジア情報交差点
﹂ の番
組︵1997年9月6日放送︶と
N H K 総合テレビ
﹁ ニ ュ ー ス
11﹂︵1997年8月
29日
︶ のビデ
オだ︒
BS1﹁アジア情報交差点﹂の番組のコピーはフランス氏から
入手していたが︑NHKは﹁ニュース
11﹂のビデオを開示してい
なかった︒
私たちは初めて﹁ニュース
11﹂のビデオを見た︒松平キャスタ
ーが﹁現地から坂本カメラマンのリポートです﹂と紹介︒坂本支
局長がナレーションを担当している︒全部で六分五〇秒あった︒
BS1の番組とかなり構成と内容が違っている︒爆弾漁法のシー
ンが最初にきている︒驚くべきことに︑﹁やらせ﹂のために爆弾
を投げた漁師が︑残っている爆弾を見せて︑ポリタンク︵燃料タ
ンクにカモフラージュ︶にしまうところのシーンがある︒またジ
ョロロと呼ばれる爆弾漁法の船団の全景も写っている︒これらは
BS1にはなかった︒
BS1の番組は総合テレビの8日後にオンエアされている︒総
合テレビの映像を見て︑NHK内部から﹁なぜこんな映像が撮れ
たのか﹂という疑問の声が上がったのではないか︒
実際︑私の知人の何人かが︑﹁ニュース
11﹂の特集を見て︑﹁漁
民たちは獲った魚を掲げ︑船上で残った爆薬入りビンを至近距離
でカメラに見せていたが︑どうやって非合法漁法が至近距離で撮 影できたのか不思議に思っていた︒﹃現代﹄記事で︑やらせだっ
たと知って
︑﹁
やっぱりそうだったのかと思った
﹂ と言って
い
る︒インドネシア滞在経験のある人たちは︑ジャカルタ発のニュ
ースを熱心に見る︒
四なぜ特別取材班としたか
ここで私が﹁現代﹂の二回の記事で名前を出さなかった理由を
説明したい︒私は二〇〇〇年五月二六日︑講談社﹁現代﹂編集部
にて旧知の渡瀬昌彦編集長︵当時︶︑副編集長の浜野氏︵現在︑
次長︶と面会し︑打ち合わせを行った︒私はその席で︑私が取材
して書くのではなく︑誰か違うジャーナリストに取材して記事に
してほしい︑と伝えた︒﹁現代﹂は署名原稿であるため︑筆者の
名前を明示するのが通例となっている︒しかし︑NHKを告発す
る記事を私の名前で執筆するのは控えようと考えた︒私は同志社
大学の教授であり︑
大学や大学院で講義や演習を持っている以
上︑取材すべてを行うだけの時間的︑物理的余裕はない︒また︑
同志社大学の学生の中にはNHKへの就職を希望するものも多い
ため︑教授である私が追及の記事を書いた場合︑同志社大学の学
生に不利益になる可能性もなくはないからだ︒
しかし︑渡瀬氏と浜野氏はインドネシア国内の事情や地理に詳
しく︑しかも英語での会話ができるジャーナリストが他には見あ
たらないとの理由で︑私に現地取材をしてほしいと強く要請して
きた︒私は編集部の要請を了承したが︑名前を出せないこと︑そ ﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
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れから取材の過程で編集部の力を借りなければいけないことなど
の理由から︑﹁本誌特別取材班﹂という表現が適切なのではない
のかと進言し︑渡瀬氏も浜野氏もそれを了解した︒そして︑フラ
ンス氏をはじめとするインドネシア取材は私が︑NHKや坂本氏
への確認取材と関係機関への取材などは浜野氏が担当する役割分
担を決めた︒
その際︑編集部からは記事化するために﹁未編集テープが入手
できるか︑フランス氏の証言が得られるか︑また︑他にどんな人
物の証言が得られるか︒取材にはいつから行けるか︑取材スタッ
フはどうするか﹂などの質問を受けた︒
私は﹁未編集テープを見ることはできると思う︒ただ︑入手で
きるかはまだ分からない︒入手できるよう︑全力を挙げる︒フラ
ンス氏の証言は得られる︒他には︑当時NHKのカメラ助手をし
ていた人︑ガイド役を務めた大学職員︑爆弾漁法を行った漁師に
取材をしてみたいと思う︒取材は大学の講義と︑海外出張がある
ため︑早くても七月の終わり︑遅ければ八月の最初の頃しか行け
ない︒できれば助手として誰かを一人つけていただきたい﹂と答
え︑その旨の了承を得た︒
七月九日︑都内で浜野氏と打ち合わせをした︒その場では﹁取
材には八月前半から行ける︒英語ができて環境問題にも詳しいフ
リーライターの助手を連れて行きたい︒助手は七月の終わりから
先 乗 りし
︑ その後に私が合流したい
﹂ と伝えて取材体制に入っ
た︒ 実際の取材はフリーライターが同行し︑その人がデータ原稿を書き
︑ 私が加筆
・ 編集し
︑ 浜野次長がアンカーパーソン
を 務 め
た︒
本社を告発しているフランス氏はインドネシア東部フローレス
島の出身︒インドネシアの最高学府︑国立インドネシア大学経済
学部を卒業︒支局長の指示でデータを集めたり取材をアレンジし
たり
︑ インドネシア語の通訳などの仕事を務め
た
︒ そ の 後
︑ 電
話︑メールのやりとりで︑フランス氏は﹁インドネシアに取材に
来てほしい﹂と何度も依頼してきた︒私は証拠となる未編集ビデ
オテープを見た上で取材に値するか否かを考えたいと思い︑彼に
対して﹁そのビデオをダビングして送ってくれ﹂と依頼した︒彼
は﹁まずはこちらに来て取材してほしい﹂を繰り返した︒
私は八月一日︑フランス氏に会った︒フランス氏は当初から電
話
︑ メ ー ルで私に伝えていたことを改めて説明した
︒ その内容
は︑次のようなものであった︒
まず︑﹁インドネシアサンゴを守れ﹂を企画した経過につい
てこう語った︒
﹁九七年八月初め頃︑坂本氏から﹃今年は国際サンゴ礁年にあ
たるため︑サンゴ礁に関する取材をしたい︒ついてはどんな取材
ができるか︑情報を集めてほしい﹄と︑依頼された︒私はインド
ネシア政府がWWF︵世界自然保護基金︶などと協力してサンゴ
礁の保護を訴える﹃サンゴ礁チェック
97﹄計画を進めると発表し
たことを知った︒また︑国営のアンタラ通信が七月二一日﹃爆弾
― 79 ―
﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
漁法をやめさせるために︑インドネシア海軍がクンダリ基地でダ
イビング教室を開いている﹄との記事を配信していたので︑その
旨を坂本氏に伝えた︒そうすると坂本氏は﹃是非取材したい﹄と
言ったので︑その取材をするべく︑準備に入った︒さらに︑坂本
氏が爆弾漁法を実際やっている人︑かつてやっていた人達にも取
材したいとのことだったので︑爆弾漁法に詳しい人を探した︒環
境問題のNGO︵非政府組織︶からガイド役として︑バランロン
ポ島で長年研究をしているハサヌディン大学出身のM氏が適任だ
ろうと言うことで︑紹介してもらった﹂
▽取材の経過について
﹁取材自体は八月一八日からスタートした︒私︑坂本氏︑マディ
ーニ氏︵アルバイトのカメラ助手︶の三人のNHK取材班は︑ま
ず︑八月一八日にマカッサル市に一泊し︑M氏と取材協力受諾の
お礼をかねて︑市内の高級レストラン﹃ラトゥ・ムダ﹄で打ち合
わせをした︒その席でM氏にそれまでのコーディネーションの謝
礼などを支払った︒坂本氏は﹃私は爆弾漁法に関心がある︒実際
に爆弾を作るところ︑爆弾を投げるところ︑爆弾が爆発するとこ
ろをなんとしても撮影したい︒本当は爆弾漁法をやっている船団
に乗り込んで︑漁師と仲良くなった上で︑爆弾漁法のシーンを撮
影できれば一番いい︒それが時間がかかるなら︑もう少し早く撮
影できるように協力してくれる漁師を捜してほしい︒われわれは
明日一九日から二二日まで︑クンダリ海軍基地でダイビング教室
の撮影をしてくる︒マカッサルには二三日の午前中には戻る︒二 四日の午後四時の飛行機でジャカルタに戻らなければいけないので︑その間中に撮影できるようにしてほしい﹄と︑協力を要請した︒M氏は﹃心当たりを探してみる﹄と返事した﹂
クンダリ基地での取材過程については次のように述べた︒
﹁八月一九日の早朝便でわれわれ取材班三人はクンダリ海軍基
地へと向かった︒クンダリ海軍基地では︑海軍が始めたダイビン
グ教室の撮影を行った︒かつて爆弾漁法を行っていたマヌン氏を
中心にして︑教室で教える内容︑実際の実地訓練の様子︑さらに
は彼の自宅ま
で行って談話取材も行った
︒ 彼の自宅に行った際
に︑坂本氏はマヌン氏に﹃爆弾漁法のシーンを撮影したい︒何と
か再現してくれないか?と問いかけたが︑マヌン氏は﹃もう爆
弾漁法はやっていないから︑できない﹄と断られた︒それでもあ
きらめきれないのか︑坂本氏はマヌン氏の自宅に爆弾がないか︑
と探し回った︒マヌン氏の自宅に爆弾がないと分かると︑近くの
他の家に行って現在でも爆弾漁法をやっている漁師はいないかを
聞き回った︒しかし︑該当する人物は見つからず︑協力してくれ
る人も見つからなかった﹂
再びマカッサル︑そしてバランロンポ島へ戻った経緯について
次のように説明した︒
﹁八月二三日の早朝便で︑クンダリからマカッサルに着いた︒
二三日昼過ぎにバランロンポ島に行った︒M氏が同行した︒カメ
ラ 機 材は持っていなかった
︒ 島の様子を見るためだった
︒ そ の
夜︑再びM氏を交えて打ち合わせを行った︒坂本氏はこの席でも ﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
― 80 ―
爆 弾 漁法のシーンを撮影したいと
M 氏に伝えた
︒ その理由とし
て︑次の三点を上げた︒第一に︑違法な爆弾漁法を政府に見つか
ったら︑坂本氏はインドネシア国内から強制退去されるぐらいで
すむ︒しかし︑インドネシア人の私︑マディーニ︑仲介したM︑
また実際に爆弾を投げる漁師は逮捕される︒第二に︑爆弾漁法は
間違えば命を落とす危険性があるし︑けがをする危険もある︒そ
の際にNHKが責任はとれるのか︒第三に︑お金を払ってまで撮
影することは﹃事実のねつ造﹄になり︑ジャーナリズムの倫理綱
領に反する︒そう私が言うと︑坂本氏は﹃君には関係のないこと
だ︒私の決定に口を挟むべきではない﹄と言われた︒それでも私
は﹃東京の国際部門の責任者に相談した方がいい︒NHKが違法
な爆弾漁法の共犯者になる︒これはあなたや私だけの問題ではな
く︑NHK
全体に関わる重大事だ
︒ 東京の判断を仰
いだ方がい
い﹄と主張した︒結局︑このレストランでは話し合いは結論がつ
かなかった︒
深夜︑坂本氏が私の部屋を尋ねてきた︒坂本氏は﹃爆弾を作っ
てもらって撮影するのはやめた︒でも︑明日は予定通り︑バラン
ロンポ島へ取材に行こう﹄と私に言った︒私は坂本氏が納得して
くれたと思い︑ほっとして休んだ︒
二四日早朝︑われわれ三人の取材班と︑ガイド役のM氏はバラ
ンロンポ島へ
借り上げの船で取材に向かった
︒ 午前中は予定通
り︑爆弾漁法で破壊されたサンゴ礁の実態︑爆弾漁法で負傷した
漁師の実態を
取材した
︒ それだけで帰るものとばかり思ってい
た﹂
爆弾漁法撮影の経過について
﹁午前中の取材を終えて︑午後四時発の飛行機に乗るためマカッ
サルに帰ろうとしたところ︑私たちが乗った船はマカッサルとは
反対方向に進みだした︒このとき︑私とカメラ助手のマディーニ
は船の後部にいた︒前方には坂本氏とM氏がいて︑なにやら話し
込んでいる様子だった︒一〇分ほどかけて島の北西の沖合まで進
むと︑漁師達の船団が見えてきた︒一人の漁師がM氏に話しかけ
てきた︒すると︑坂本氏は私にM氏との間の通訳するように言っ
た︒坂本氏は私とM氏を通じて︑漁師に爆弾を投げてくれるよう
に頼んだ︒漁師はM氏︑私を通じて﹃お金をくれればやってもい
い﹄と答え︑坂本氏は爆弾を投げた後で︑﹃ノー・プロブレム﹄︑
お金を払うと約束した︒﹂
﹁急に決まった撮影だったため︑撮影の準備ができておらず︑
機材をセットするのに時間がかかり︑その間︑漁師にはだいぶ待
ってもらった︒やらせ撮影が終わるまで全部で︑三〇分ぐらいだ
ったと思う︒そして︑撮影が終わり︑マカッサルに戻ったところ
でM氏にガイド料と﹃やらせ﹄の報酬を含めて精算する通訳もし
た︒坂本氏は︑漁師に払う一五万ルピアを含めて八〇万ルピアを
M氏に支払った﹂
坂本氏以外のNHK関係者への告発について
﹁爆弾漁法撮影直後の九七年九月に起きたガルーダ航空機墜落事
故の取材応援に来ていた︑当時のクアラルンプール支局長に事実
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﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
の経過を伝えた︒九七年一〇月末にNHKを退社した後︑NHK
会長の海老沢勝二氏らNHKの5人の幹部に爆弾漁法をねつ造し
た こ とを告発する手紙を書いた
︒ しかし
︑ 私の告発は黙殺され
た︒東京からは何の返答もない︒九九年の八月に東ティモールの
独立を決める国連の住民投票の取材に出かけた際︑NHKの関係
者から﹃フランスは坂本氏を告発したが︑結局はその告発を引っ
込めてしまった︒坂本は君のことを情けない奴だと言っている﹄
という話を耳にした︒私は愕然とした︒九九年九月に再びNHK
に手紙を出した﹂
八月二日はバランロンポ島へわたり︑爆弾漁法を実際に行った
D氏︑そして︑M氏にインタビューした︒
午前一〇時頃にマカッサルのマカッサル・ゴールデン・ホテル
に到着し︑電話でM氏と連絡を取り︑M氏がホテルまで出向いて
く れ た
︒ 午後一二時一五分頃ホテルにやってきた
M 氏と三〇分
間︑NHK取材班の当時の取材過程︑爆弾漁法の様子を聞いた︒
その後︑浅野︑助手︑M氏︑M氏の知り合いの女性N氏︵イス
ラム教大学で水産学を学び卒業したばかり︶の四人でD氏に会う
ためバランロンポ島に向かった︒D氏に実際にインタビューでき
たのは夕方だった︒インタビューは最初は島の中にあるカフェで
行った︒その後︑場所を自宅へ移し︑自宅ではD氏は実際の爆弾
とその作り方を見せてくれ︑また︑撮影の際に使った船まで見せ
てくれた︒D氏の爆弾漁法仲間とも会った︒約一時間にわたった
D氏の話はおおむね次のようなものだった︒ ﹁私たちが船にいたら︑ボートが近づいてきた︒警察かもしれ
ない︑警察だったらやばいと思って逃げようとしたけれど︑顔見
知りのM氏が乗っていた︒M氏は私に﹃日本のテレビ局が爆弾漁
法の様子を撮影したいと言っている︒インドネシア国内では絶対
放送されない︒軍や警察には分からないようにする︒日本人に爆
弾漁法を紹介するだけだ﹄と説明された︒私はお金をくれたらや
ってもいいと思い︑一発につき七万五〇〇〇ルピアを要求した︒
金額は使う爆薬などの材料費を元に計算した︒そうしたところ︑
坂本氏はM氏を通じてその通り払うと言った︒その日︑爆弾は七
個積んでいて︑NHKに頼まれるまでに三個は投げていた︒一発
目は完全には爆発しなかった︒そして︑坂本氏にもう一回投げて
くれと言われて投げたところ︑二発目はうまく爆発した︒︵近く
にあったビール・ビンタン︵インドネシアで最も売れているビー
ル︶の空き瓶を手に持って︶撮影の時投げた爆弾は︑これと同じ
ものを使って作った﹂
その後︑D氏の自宅に招かれた︒そこではD氏は台所の隅にあ
ったタンスから爆弾五個を出してきた︒その爆弾をずらりと私た
ちの目の前においた︒大きなものは一升瓶ぐらいのものから︑小
さいものはチリソースを入れるものまでさまざまだった︒そのう
えで︑爆弾の作り方を教えてくれた︒
﹁ニトロゲンを瓶に詰め込み︑灯油を少し混ぜて導火線をつけ
る︒魚群を見つけて魚の数が多いと思われるときには大きい爆弾
を使う︒魚のいる深さを予測し導火線の長さを決める︒たばこの ﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
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火で導火線に火をつける︒爆弾はもっとも効果的に投げる必要が
ある︒導火線に火をつけた後︑どこに︑いつ投げるか躊躇してい
るうちに爆発して死んだり︑大怪我をした仲間もいる︒私は爆弾
を投げるのが仕事で︑魚を捕るのは他の人たちだ︒NHKの撮影
の時に中心になって魚を捕った二人は︑すでに死亡した︒私は今
も爆弾漁法を続けていて︑これまで九回逮捕された︒逮捕されて
も警察に賄賂として一〇〇万ルピアを払えば警察に一晩泊まるだ
けで釈放される︒ホテルに泊まるようなものだ﹂
D氏は私にタンスを見せて︑家のすぐ裏にある白い船を指さし
て﹁あれがNHKのために爆弾を投げた船だ﹂と言った︒D氏に
対するわれわれの取材には︑M氏も立ち会った︒このM氏は︑こ
う語った︒
﹁フランスさんが私に連絡をしてきて︑﹃爆弾の作成の仕方が知
りたい︑爆弾漁法を撮影する計画がある﹄とのことだった︒爆弾
はどういうサイズのものがあるか︑爆弾の材料は何かとかを知り
たがっていた︒私は︑漁民が協力してくれるためにはわれわれが
材料を揃えた方がいいと言った︒NHKが材料を与える︑例えば
ニトロゲンとか︑そういったものをだ︒そして︑漁民にどうやっ
て爆弾を組み立てるのか︑製作するのかを見せてもらえると︒つ
まり︑NHKがこちらに来る前に全ての計画は準備されていた︒
私はNHKがこちらに来る前に何回かここ︵バランロンポ島︶
に来ていた︒爆弾を作ってくれる人を探していた︒というのも︑
すべての人がやりたがるわけではないからだ︒だから︑私を知っ ているDさんならいいかなと思った︒彼には﹃これは公表するためではない︑インドネシアの民間テレビ局ではなく︑NHKが撮影したいだけだ︒インドネシアでは映像は流れない︑自分が保障する﹄と︒当初の計画では爆弾を作るところと︑爆弾漁法をするところでした︒でもその計画は中止になった︒当時︑日本の人たちが怖がってきた︒爆弾を投げるときに︑手にまだ持った状態で爆発する事故が起きたら︑NHKの責任問題になってしまうからだ
︒ だから
︑ 最終的にはナシになった
︒ 計画が変更にな
っ た の
で︑私は他のオルタナティブな案を示した︒ただ︑材料用の費用
はもうもらっていた︒爆弾を作るときに︑私がその費用を立て替
え た
︒ 五 万ルピアを渡した
︒ もらったお金は返す必要はなかっ
た︒それで︑D氏が爆弾を投げるということになっていて︑NH
Kはその投げる様子を見たらすぐ帰ると︒D氏が瓶を構えて︑火
をつけ︑そして投げた︒その様子が撮影された︒あれは三回だっ
たよね?︵D氏が横で三回と言う︶NHKの人は自然な形がいい
と言っていた︒自然なというのは︑つまり︑現地︵実際に爆弾漁
法 を やっている場所
︶ で出会ったということ
︒ 私たちが近づく
と︑彼らは逃げようとした︒でも︑彼らが私のことを見つけ︑ま
た︑私が﹃大丈夫だよ︒これは日本から来た私の友人︒少しだけ
撮影をしたいだけなんだよ︒費用に関しては後で支払われるよ﹄
と言ったのだ﹂
M氏がD氏に渡したお金はフランス氏への申告では一五万ルピ
アということだったが︑実際は五万ルピアらしい︒しかし︑M氏
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﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
は私には今のレートでは一五万ルピアだという形で修正した︒
八月七日早朝︑浅野と助手は帰国した︒
八月八日︑フランス氏がバランロンポ島で取材した録音テープ
を英訳してメールで送ってくれた︒それを読むと︑M氏は︑D氏
にお金を払ったのは坂本氏ではなく︑フランス氏だったと思いこ
んでいる様子だった︒そこで︑フランス氏に電話して︑次のよう
に伝えた︒
﹁M氏にNHKジャカルタ支局における日本人支局長と︑現地
雇用の助手との関係を全て話して︑一部の誤解を解いたほうがい
い︒M氏がD氏との交渉は全て自分がやり︑坂本氏は知らなかっ
た と 言っている
︒ インタビューした際
︑ 私もその点は説明した
が︑あなたから直接説明したほうがいい︒あなたが説明すれば理
解してくれるはずだ﹂
フランス氏から︑結婚式をあげたばかりのM氏とようやく連絡
が付き︑以下のような会話を交わしたとのメールが来た︒
﹁坂本氏はM氏がD氏にお金を払って爆弾を投げてもらうこと
を知っていた︒坂本氏はM氏に一五万ルピアを支払ったことを承
知していると伝えた︒︵ただし︑M氏がD氏に支払ったのは五万
ルピア︶︒M氏は五万ルピアしか支払わなかったことを認めた︒
マカッサルに戻って精算した際︑D氏に払ったお金を含めて︑私
︵フランス氏︶がNHKからのお金をM氏に渡したこと
を二人で
確認した︒坂本氏はD氏が爆弾を投げてくれれば︑お金を渡すこ
とに同意したことを︑M氏は否定しなかった﹂ そして︑フランス氏のメールには︑こんな文言も入っていた︒﹁
M 氏は現場にお
ける私の役割を分かっていないところがあ
る︒あくまでもお金を払うのはNHKであり︑︵
その決断を
︶ 決
めるのは坂本支局長しかできず︑現地雇用の助手は単に通訳して
いただけだ︒八月二三日の夕食後︑私が爆弾漁法のシーンを爆弾
作りから撮るのは問題だと言ったのを︑M氏は坂本氏が言ったと
勘 違 いしている
︒ 坂本氏が私の意見を聞いて心配になり
︑ そ の 夜
︑ 東 京 の国際部と相談して考えを変えたことを
M 氏は知らな
い﹂
さらに︑フランス氏は私との電話で︑こうも語った︒
﹁爆弾を投げている漁師たちに出会った後は︑坂本氏とM氏と
の会話は私が通訳した︒坂本氏が言った﹃漁師が爆弾を投げてく
れればお金を払う﹄﹃ノー・プロブレム﹄という言葉も︑私がイ
ンドネシア語に訳してM氏に伝えた︒
インドネシア現地取材中にはコンタクトができなかった︑もう
一人のカメラ助手︑マディーニ氏に八月一三日︑ようやく電話が
つながった︒マディーニ氏は私に対して︑英語でこう語った︒
﹁私は九〇年から九七年までNHKのカメラマン助手をした︒
九七年八月にクンダリ
とマカッサルに行ったのはよく覚えてい
る︒坂本氏は最初から爆弾漁法の映像を撮りたいと言っていた︒
しかし︑ジャーナリストである助手のフランス氏は違法なことで
あり︑報道倫理に反すると反対していた︒八月二四日︑昼過ぎに
マカッサルに帰る途中︑方向を変えて漁師の乗った船のほうへ向 ﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
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かった︒M氏とD氏が話し合った後に︑フランス氏が通訳する形
で︑M氏は坂本氏に爆弾を投げるシーンを撮るにはお金を渡す必
要があると伝えた︒坂本氏は爆弾一発につき七万五〇〇〇ルピア
を払うことに同意した︒D氏は爆弾を二発投げた︒一回目は爆発
しなかった︒坂本氏はもう一度爆弾を投げるように頼んだ︒二発
目は爆発した︒その後︑魚を捕っているところや︑D氏が爆発で
ショック死した魚を見せる場面や︑残った爆弾を見せるところを
撮影していた︒爆弾シーンの撮影を含めて現場には三〇分近くい
たと思う︒私は普段ライトマン︵照明係︶をしたり︑音を撮るの
が仕事だが︑この時は︑マイクを海中に入れて爆弾が爆発する音
を録音するよう命じられた︒坂本氏がお金をD氏に払うことを決
め︑額についてもオーケーを出した︒坂本氏以外にそんな大金を
払うことを決
められる人はいない
︒ 坂本氏がお金を払わなけれ
ば︑D氏がNHKのために爆弾を投げることは絶対になかったと
断言できる︒お金を払って映像を撮るのはジャーナリズムでは許
されないと思ったが︑時給制のカメラ助手の身の私は何も言えな
かった︒だから︑坂本氏にたいして違法で報道倫理に反すること
はやめるべきだと主張していたフランス氏に共感していた︒坂本
氏はいい映像を撮って︑東京のボスに誉められたかったのだと思
う︒坂本氏は夕方にはジャカルタへ戻るため︑時間がないと焦っ
ていて︑今ここで投げ込んでくれと頼んだ︒広い海で偶然︑D氏
の船に遭遇したというのは︑おかしい︒M氏とD氏の間で事前に
アレンジされていたのではないか︒私はマカッサルに帰る途中に 爆弾漁法の撮影があることを全く知らされていなかった︒フランス氏はNHKの海老沢会長や国際部の原氏らに直訴したのに誰も真剣に聞いてくれなかったと聞いている︒坂本氏はジャーナリストとしての経験が不十分なままジャカルタ支局長になった︒報道記者として未熟なため︑こうした行為をやってしまったんだと思う︒﹂上記の取材をやりつつ私は︑八月一六日に会う浜野氏との打ち合わせの前に原稿にしておきたいと思い︑原稿執筆に取りかかった︒そして︑おおかたの原稿ができた上で︑浜野氏と柏市内で︑取材経過報告と︑今後の進行具合について話し合った︒取材経過報告を聞いた浜野氏に︑ビデオテープ︑取材したインタビューテープを渡し︑原稿の最後の手入れに入った︒
報道機関にかかわる者の間では︑部外者に対し︑取材経過やニ
ュースソースは明らかにしないという大原則がある︒またジャー
ナリズム活動が引き起こす問題は︑報道機関と市民の間で解決す
る努力をまずすべきではないだろうか︒日本を代表する報道機関
の一つであるNHKが︑大手出版社に対して︑メディア間の相互
批判の努力をしようともせずに︑発行前日に﹁名誉棄損﹂だと断
定し︑いきなり司法の場で﹁真実性の証明﹂を迫ったことを︑ジ
ャーナリスト兼メディア研究者として極めて残念に思う︒
二〇〇一年四月二七日から五月三日までインドネシアへ調査旅
行した︒NHKやらせ問題で︑現地の関係者に再会し︑記事の正
しさを再確認できた︒また新証言も得ることができた︒この取材
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﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
をもとに
﹁ 現 代
﹂ 二〇〇一年八月号に
︑ やらせ問題の続
報 を 書
き︑NHKのやらせ隠しを全面的に批判した︒同年九月中旬にも
再びインドネシアで調査した︒
講談社は何しろ一億二〇〇〇万円を請求されているから大変だ
が︑NHKの裁判の目的は他メディアの報道を止めることにあっ
た︒我々の受信料を使っての裁判と﹁現代﹂関係者への誹謗中傷
は公共放送として大いに問題がある︒NHK側は私を﹁事実上の
当事者﹂と繰り返し強調している︒私は﹁特別取材班﹂の一員と
して︑全面勝利まで闘う︒
五坂本氏が初めて出廷
﹁ダイナマイト爆弾漁﹂を告発している元支局助手のフランス
氏が二〇〇二年二月五日︑証言台に立った︒
フランス氏は一九八八年から九年間︑同支局助手を務めたが︑
坂本氏のやらせを示す取材ビデオテープのコピーをとって︑NH
Kトップに告発してきた︒フランス氏は︑やらせ撮影に異議を唱
えたために坂本氏から解雇された︒坂本氏は﹁フランス氏の不当
解雇問題は︑解雇は東京の決定﹂と通告し︑いまだに退職金も支
払っていない︒
東京地裁のこの日の第一〇回口頭弁論では︑原告の坂本氏も二
人の弁護士に挟まれて原告席に初めて座わった︒私は坂本氏を見
るのは初めてで︑最初は新しい弁護士が加わったのかと思った︒
終始ナーバスな表情でメモをしていた︒ 傍聴席にはNHK職員が多数詰めかけた︒NHKはいつもいる司法記者︵私が聞いても名乗らないメガネをかけた男性︶と常連の広報・法務・総務・総務担当者︒彼らの外に︑フランス氏が当時信頼しており︑やらせの翌月にメダンのガルーダ航空機事故取材で一緒になった際に︑やらせ問題を伝えている佐藤俊行元クアラルンプール支局長︵現在︑報道局国際部長︶もいた︒午後からは局長クラスの
﹁ 大 物
﹂ も傍聴
︵ 居眠りし
な が ら
︶ に駆けつけ
た︒彼らの本業はどうなっているのかと思った︒
フランス氏は午前一〇時一五分︑よく通る重厚な声で堂々と宣
誓をした後︑休憩をはさんで午後五時二〇分まで計約六時間にわ
たり主尋問︑反対尋問︑裁判官の質問に明確に答えた︒坂本氏の
すぐ目の前にある証言席で︑坂本氏が﹁現地へ行った初日から︑
どうして
も爆弾投擲の映像を撮りたいと言っていた
﹂ などと
︑
﹁やらせ﹂撮影の模様を詳しく証言した︒坂本氏が﹁やらせ撮影﹂
に成功した経緯について︑﹁島での取材を終えて船でマカッサル
へ帰ろうとしたときに︑坂本氏が急に島の裏側を回ってみようと
言った︒そこで船団に遭遇し︑コーディネート役の国立ハサヌデ
ィン大学職員M氏の知り合いの漁民がいて︑材料費として金を払
って爆弾を投げてもらった︒坂本氏は支局のカメラ助手のマディ
ニ 氏 に
︑ 水中マイクをセットするように指示した
﹂ などと語っ
た︒フランス氏は記憶に基づきすべて真実を話したと思う︒フラ
ンス氏に隠すことは何もない︒NHK側の代理人の梅田康宏弁護
士︵NHK
総務局法務部職
員︑NHK
は弁護士を雇っ
て い る
︶
﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
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は︑にやにやしてインドネシア人の彼を蔑むような態度を見せて
いた︒梅田氏は弁護士登録して二年目︵司法修習・五三期生︶ら
しい︒
NHK取材班は︑もともと︑爆弾漁を行う漁民を更正させるた
めに︑インドネシア海軍がダイビング講習会を開いているという
話をメインにしていた︒しかし︑この日のフランス氏の証言によ
って︑この講習会の撮影までもが﹁やらせ﹂であったことが明ら
かになった︒取材班が海軍基地に行ったときにはすでに講習会は
終了していたため︑一人一万ルピア︵約一一〇円︶を払って漁民
を集めて︑あたかも講習が行われているかのように撮影したので
ある︒改めて︑NHKの報道倫理を問いたい︒
またクンダリ海軍基地のウトモ大佐が﹁サンゴ礁を壊さない場
所で爆弾を投げて撮影できる﹂と提案したと坂本氏が﹁現代﹂の
取材や陳述書で主張している点について︑﹁ウトモ大佐との面談
の際は私がずっと一緒だったが︑そういうことは全く聞いていな
い﹂と否定した︒
坂本氏の主張が事実だとすればインドネシア共和国の名誉にか
かわる問題であろう︒
NHKの代理人の喜田村洋一弁護士は反対尋問で︑コーディネ
ート役のM氏が爆弾を投げた漁民にお金を渡したことは認めたう
えで︑そこに坂本氏の明確な指示はなかったと強調する作戦に出
た
︒ 爆弾漁について
﹁ 正式には
M 氏にも漁民にも指示し
て い な
い﹂ということだけを証明したかったようだ︒つまり︑爆弾投擲 と金銭授受はM氏と漁民D氏らとの間で起きたことで︑坂本氏は偶
然 に撮影できただけだと主張したいようだ
︒ すべてを
M 氏 と
爆弾漁常習犯
D氏のせいにするという戦略だろう︒
また︑喜田村氏らは︑フランス氏がM氏に出した手紙二通︵イ
ンドネシア語︶と︑フランス氏が九七年一一月二二日に海老沢N
HK会長らに宛てて出した2通の手紙︵英語︶︑九九年
九月一〇
日NHK国際部長へ出した手紙︵英語︶を法廷に証拠として出し
た︒さらに三月五日に開かれた口頭弁論︵M氏が証言︶では︑フ
ランス氏が二月M氏の勤めるハサヌディン大学長へ送った手紙も
出した︒すべて日本語訳が付いている︒喜田村氏はフランス氏の
私信を裁判所に出したのだ︒これは違法とは言えないが︑倫理違
反だ︒しかし逆に︑フランス氏がNHKに出した二つの手紙を読
めば︑坂本氏のジャカルタでの言動がいかにジャーナリストとし
てひどいかや︑フランス氏を解雇したことの不当性が明らかにな
る︒NHKはこうした自分たちに不利になる手紙をわざわざ翻訳
して出したことになる︒︵NHKの翻訳は︑間接話法の個所を直
接話法で訳し
た り
︑﹁
あ な
た﹂を﹁お前﹂
と訳すなど問題が多
い︒︶
しかし︑右陪席の岸日出夫裁判官は最後に︑﹁裁判所からお聞
きします
﹂ と述べたうえで
︑﹁
︵ やらせ撮影のあ
っ た
︶ 八月二四
日︑島に行った後︑ホテルに戻るはずだったのか︒荷物は全部持
っていったのか﹂﹁その日︑漁の撮影の予定はなかったのに︑な
ぜ水中マイクを携帯していたのか﹂﹁取材中︑フランス氏とM氏
― 87 ―
﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
はずっと一緒にいたのか﹂﹁NHKは事前にM氏と経費や報酬な
どを支払う約束をしていたのか﹂などの的確な質問をした︒フラ
ンス氏は﹁ホテルに一度帰る予定で荷物は置いていった︒水中マ
イクをなぜ携行したかは私も不思議に思う︒坂本氏に聞いてほし
い︒島にいた間︑私は一人で役場などへ行って取材をしたので︑
M氏とは別行動した時間も多い﹂と答えた︒
フランス氏によると︑閉廷後︑坂本氏はフランス氏をにらみつ
けた︒佐藤氏はフランス氏と目を合わせなかった︒
三月五日︑NHKが申請したM氏が証言した︒M氏はNHKの
提訴直後は︑﹁坂本氏は漁民との交渉を黙ってみていたから︑私
がやらせを依頼していることは暗黙の了解だったはず﹂とコメン
トしていた︒M氏が爆弾投擲の依頼者で︑NHKは目撃しただけ
ということであれば︑公務員であるM氏の刑事責任︑倫理も問わ
れることになるなかでの証言だった︒
六NHKが未編集ビデオ上映に反対
講談社によると︑東京地裁民事第四五部合議係から二月四日︑
講談社側代理人の的場徹弁護士に﹁明日の口頭弁論で︑未編集ビ
デオのコピーを使いますか﹂と聞いてきた︒講談社側は﹁やりま
す﹂と回答し︑それに従って準備した︒講談社内で行われた打ち
合わせで︑代理人はフランス氏と一緒にビデオを見た︒
ところが︑五日開廷前に︑裁判所がビデオを上映することをN
HK側代理人の喜田村弁護士に伝えたところ︑NHK側は﹁報道 の自由を守るため︑放送に使っていない未編集のビデオを上映するのはやめてほしい﹂と強く要請︒裁判所は別室での上映も考えたが︑結局取りやめた︒ただし︑裁判所とNHKの双方が︑的場代理人によるフランス氏への尋問の中で︑前日見た未編集テープを前提にして聞いても構わないということを了解した︒極めて珍しいことだ︒ビデオ問題で開廷が約一五分遅れた︒
午後の法廷が始まる直前︑NHK傍聴団の一人が︑傍聴してい
た私のアシスタントを務めた若いフリーライターに突然︑﹁あな
たは○○○○さんですね︒前に︵NHKに︶取材に来た・・・︒
あなたはあのときに名刺もくれなかったから・・・﹂と言ってき
た︒﹁あなたのことはつかんでいるぞ﹂という脅しだ︒ライター
はびっくりした︒私が法廷が終った後に知って︑ライターと一緒
に︑廊下にいたその男性のところへ行き︑名前を聞いたが︑﹁答
える必要がない﹂という返答だった︒﹁あなたが前に取材に来た
ときに名刺をあげているでしょう︒分かるでしょう・・・﹂︒喜
田村弁護士に聞いたら︑﹁申し訳ないが︑ここからは弁護士しか
入れない特権区域だ﹂と言って︑NHKの一団と打ち合わせのた
めの﹁弁護士控室﹂に入った︒
ライターは二〇〇〇年八月二二日︑浜野次長と一緒にNHKの
坂本氏らに取材に行っているが︑彼から名刺はもらっていない︒
浜野氏は名刺をもらっている︒関係者によると︑この職員は報
道局総務部副部長の広瀬純一氏と思われる︒この時の取材では広
瀬氏のほかに︑遠藤雅敏広報局経営広報部担当部長ら三︑四人が ﹁やらせ爆弾漁法﹂と報道倫理NHK対﹁現代﹂損害賠償裁判から
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