との関連から
著者 谷村 智輝
雑誌名 經濟學論叢
巻 60
号 2
ページ 203‑227
発行年 2008‑09‑20
権利 同志社大學經濟學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012351
【論 説】
利潤率の回復と産業循環
*―産業循環の現代的特質との関連から―
谷 村 智 輝
は じ め に
2002年以降の日本経済を概観すると,長期間にわたっての企業収益と利潤 率の回復がみられた.それとともに,失業率も徐々に改善して,最近は3%
台を保っている.しかし,2007年初旬以降,米国のサブプライムローン問題 が顕在化してくるにしたがって,信用不安・金融不安から米国の経済不況の 到来が懸念されている.米国とBRICsなどの新興国とが世界経済を支えるい わゆるデカップリング論が影をひそめて,米国の経済不況の世界経済への波 及を指摘する見解が目立ってきている.
内閣府の「景気基準日付」に即していうと,日本経済が今回の景気拡大局 面に入ったのは,2002年の2月である.以後,戦後最長の景気拡大,いわゆ る「いざなぎ超え」を実現したことが巷間話題となってきた.景気拡大の持 続期間だけではなく,利潤や利潤率の動向に関しても戦後最大の成長を実現 しつつあることが注目に値する1).というのも,利潤率は,資本の蓄積や再生 産の原因をなすからである.産業循環(景気循環)の過程は,原理的にいって 利潤率の循環の過程と言い換えることができる.
* 本論文の作成にあたって,平成18年度私立大学等経常費補助金特別補助高度化推進特別経費 大学院重点特別経費(研究科分)の助成を受けました.
1) 2007年4~6月の売上高経常利益率は,4.5%と過去最高を記録した(『日本経済新聞』朝刊,
2007年9月4日).また,小栗(2007)が述べているように,08年の見込みを含めてのことで はあるが,上場企業の増益記録もまたいざなぎ景気に並ぶものである.
本稿の主たる目的は,利潤率の回復をもたらす諸要因を再検討することで ある.日本経済の景気回復・拡大を支えてきた主要因が何であったのかにつ いては多数の検討があるが,不況局面の持続とそこからの回復をどのように 理論的にとらえるかということについて検討することは,景気拡大局面の終 焉と景気の転換が懸念される昨今であるからこそ,きわめて重要な問題であ るといえよう2).というのも,産業循環は,資本の再生産過程にそくして因果 的にとらえられる3).好況期の資本蓄積はそれ以前の局面と性格を異にするの であるが,たんに質的に相違するだけではなく前局面における資本の再生産 を原因としていると考える.したがって好況(末)期の資本蓄積を検討するの みでは,産業循環過程は論証できないといえる.
さて,産業循環と景気の転換点としての恐慌が資本による資本の制限の結 果であり,産業循環を資本制経済に内的な運動としてとらえるというMarx 派の見地は,新古典派経済学との著しいコントラストをなす.また,現代の 主要問題として,いわゆるワーキング・プア(働く貧困層)や「経済格差」の 問題は,資本主義経済の内的法則を解明してきたKarl MarxおよびMarx派 の議論が,有効性を発揮することが期待される.しかし,この点については 一定の留意が必要であると考えている.Marx派の根本的な問題意識は,資本 関係の再生産を規定する資本と労働者の間での商品の分配関係にある.経済 格差の問題が第一次接近としては分配の問題であることはもちろんであるが,
その根本的な原因として,資本の再生産過程の動態―それが産業循環とし てあらわれる―があると考えられる.こうしたことに着眼して上記の諸問
2) 不況期に関する固有の研究蓄積は必ずしも多くはない.その理由として,中村(2005)や星 野(2007)も指摘しているように,産業循環が,資本主義の循環的変動としてではなく生産関 係の変革や資本主義崩壊に結びつけて考えられてきたということや,下方への不均衡累積過程 はたんに上方へのそれの裏返しであり,そうだとすれば逆転がいえればよいという考えが根強 いことが挙げられる.付言すると,不況期の資本蓄積が,資本の再生産過程の開始に関わるこ とであると言うことが本稿の主張である.
3) 従来の研究は,好況期の資本蓄積の恐慌への反転に主眼があり,不況期は恐慌の延長として しか論じられない.宮沢(2007)が問題提起しているように,恐慌の原因と不況の原因とは同 一ではないというべきであろう.
題について検討することが,本稿の特徴である.
以下では,まず,再生産の主体としての資本の自立化を現代のグローバル 資本主義を念頭に置きつつ論じておこう.つぎに,先行研究や資料に拠りな がら企業収益に着目して近年の景気拡大の現状を整理・確認する.そして,
不況局面に関する従来の議論の問題点を検討する.一般的にいって,不況期 には,資本財,賃金財の区別なく諸商品の市場価格は低く利潤率や利子率も 低い.そのなかで,資本蓄積が開始されるのはどのような要因が作用してい ると考えられるのか,言い換えれば,資本蓄積の開始の原因となる期待利潤 率の形成が何によってもたらされるのかについて検討する.もっとも,不況 からの回復過程に関する従来の諸研究では,不況期における新技術導入がカ ギとなるという点について,資本過剰論を中心として一定の支持を得ている といってよい.しかし,ではなぜ新技術の導入がまたれるのか,期待利潤率 に影響を与える他の要因はどうかといった問題については,検討の余地が大 きい.とくに利潤率回復が雇用労働者の再生産の危機と強く結びついている 近年の動向をどのように評価するかが問われよう.本稿は,以上のような問 題に関して資本の再生産過程に立脚しつつ検討する.最後に,本稿の成果を まとめ,残された問題を抽出して,つぎの課題を明示したい.
1 資本の自立化とグローバル化
「生産と消費の矛盾」をメルクマールとする実現恐慌理論は,社会を構成す る生産部門で,生産物はすべて需要される一方,次期の再生産に必要な生産要 素に対する需要はすべて充たされる順調な拡大再生産(均衡的な拡大再生産)が,
なぜそしてどのようにして,不均衡的な拡大再生産に転化するかということを モデルに内生的なかたちで説明することに成功していない.その原因は,結局,
諸資本の資本蓄積行動が社会の再生産に従属的に決定されるということに尽 きる.蓄積が独立変数であり,社会的な生産量や消費量が従属変数である4).
4) この点については,谷村(2002)および谷村(2006)を参照.
このような見解に対して予想される反論のひとつは,つぎのようなもので あろう.個々の企業は資本蓄積の大きさや資本構成,稼働率,生産量など,
自己の事業にかかわる意志決定を私的分散的に行うといえども,それらは,
結局,社会的分業の一分肢であって,究極的には社会的再生産に規制されて いるのであると.しかし,供給自身,それに先立つ資本の意志決定の所産で あるから,このような考え方は前期の供給を出発点にしてその分配関係の枠 内に資本の再生産を閉じこめている.そのため,原因(利潤率と資本蓄積)と 結果(商品生産)とがとり違えられている5).資本主義の推進力として技術革 新投資を強調したJ. A. Shumpeterの議論をまつまでもなく,資本を中心とし た社会たる資本主義において,個々の資本はみずからの事業活動の可能性を 切り開き社会を変えていく.重要なことは,個々の資本の自立的な意志決定 が社会を編成しているのであってその逆ではないということである.われわ れは,諸資本の再生産が社会を編成する原理を追求していかねばならない.
このようなことから,産業循環論の眼目は,自立した資本の再生産と競争を どのようにスケッチすることができるかにあるといってよい.しかも,現代 はグローバル資本主義の時代である.資本はもじどおりグローバル化を推進 する主体である.資本がグローバルな主体として自立化する,言い換えると グローバルに自立化している.後に述べるように,こうした意味で自立化し た資本の再生産がグローバルに展開されることによって,産業循環の態様も 変化してきている.
さて,再生産の主体として自立した資本の具体的な内容は何であるのか.
この点については,すでに谷村(2006)で論じた点もいくつかあるが,本稿で あらためて検討しなおし新たな論点を加えてその意味をさらに明確にしてお きたい6).
再生産の主体としての資本の自立化は,第一に,資本が社会的再生産の成立
5) これと同じ主旨の主張は,長島(1994)や長島(2007)においても述べられている.
6) 資本の自立化については,大野節夫教授(同志社大学経済学部)から様々な示唆を得ている ことをことわっておきたい.もちろん,本稿における一切の誤りは筆者に帰するものである.
にとっての従属変数ではないということである.この点で,上述の実現恐慌論 や再生産表式論とは異なる.産業循環論における再生産表式論の位置づけにつ いては,たとえば,再生産表式が価値どおりの販売を前提にしているため,市 場価格の循環的変動を解明できないという指摘がある.それ以上に問題である のは,剰余価値の実現を前提としていること,言い換えれば社会の総価値の社 会的な分配を前提に,資本蓄積率や成長率が決まるということである.分配関 係は資本蓄積の結果であるはずである.そのことをふまえた分析を企図しなけ れば,上述したような順調な拡大再生産がなぜ不均衡過程に転化するのかとい う難問に直面せざるを得ないのである.こうした分析フレームワークの問題を 念頭においたうえで資本の再生産を考えるとき,資本の自立化とは,自立した 資本が資本蓄積と再生産を主体的に決めるということであり,そうした資本の 主体的意志決定の結果として社会的総需要や総供給が決定されるという因果 関係をはっきりさせるということである.「結果」とは資本の再生産の結果と しての商品生産量(供給量)である.逆に「原因」とは,利潤率であり補填と 資本蓄積すなわち資本の再生産である.資本が主体的に利潤率を操作して資本 の再生産過程を起動させる.資本の再生産の結果として商品が生産される.ま た,資本の再生産の意志決定は需要を形成する.この点については後述する.
ところで,資本主義の核心は,資本の価値増殖にある.それゆえに,資本 が価値増殖を自立的に行うことによって資本主義が確立する.周知のよう に,Marxは,労働力商品の購買と利用を資本主義のメルクマールとした.そ れを消費することによって価値を創造することができる商品,使用価値その ものが価値の源泉である独自な性質を持っている商品,「労働力」の発見が,
Marxの『資本論』を創りあげた.そこで彼は,資本関係の成立,労働力商品 の市場における両極分化が資本主義が自分の足で立つための前提条件である と見た.ところで労働力商品を資本が利用できるためには,結局は資本に支 配されるにせよ,労働者が「自立」していなければならない.それは,労働 力商品が二重の意味で自由であることを条件としている.すなわち,第一に
契約当事者として資本と対等であり,第二に生産手段を持たない,生産手段 から引き離されているという意味で自由な労働者である.また,現実には労 働者の労働によって生産される商品は資本の所有物となる.こうした所有権 が社会的に認められることが必要である.ところで,労働力商品は他の諸商 品と異なって労働生産物ではない.したがって,資本が自己の需要に応じて 生産できない.また,自然に生み出されるものではないだけではなく,あら ゆる社会に共通に存在するのでもない.したがって,歴史的に本源的蓄積過 程によって用意される(Das Kapital, I, S.183, S.742.)7).労働力商品の成立と資本 によるその購買・利用が,資本主義の成立にとって決定的に重要である.し かし言い換えれば,労働力商品の特殊性こそが,資本の再生産に対する制限 となる.この点を強調したのが,宇野(1953)に代表される資本過剰論である.
上記の労働力商品の特質から好況期に実質賃金が上昇し,利潤率を低下させ,
資本過剰を帰結させるというのである.
資本過剰の顕現に関する問題点をいまおくとしても,労働者の存在が資本 の商品生産を規定する条件となるということには,もうひとつの側面がある ことを指摘できる.それは,労働者の熟練が資本の事業を規定することであ る.商品の生産には労働の投下が必要である.そのために労働力が不可欠で ある一方,どのような商品をどれだけ生産しうるかは,労働者の熟練がこれ を規定する.16世紀に資本主義が成立して以来,資本主義はこうした制限を 突破してきた.すなわち,自然を制御し支配して商品の「生産力の発展」を 実現してきた.生産力の発展過程は,労働者に機械が代替される,資本の「労 働者の手からの解放」の過程である.しかし,労働者の機械による代替は,
投下資本を構成するもののうち何が商品生産を担うかという側面のみならず,
資本投下の節約の契機でもあるだけに利潤率をも規定する.したがって,労 働者の手からの解放は,資本の事業の自立性を表すのである.現代的な観点
7) Marx, K., Das Kapital, Kritik der politischen Ökonomie, Bd. Ⅰ-Ⅲ;Karl Marx-Friedrich Engels Werke, Bd. 23-25, Institut für Marxisumusu beim ZK., der SED., Dietz Verlag, Berlin, 1962-1964. 以 下では,原典ページのみを略記する.
から言えば,共通の生産プラットフォームの構築やモジュール化によって,
雇用労働者の熟練からの解放が進むと同時に相対的に低賃金の労働者を利用 しコストメリットを享受するために,生産や販売,開発のアウトソーシング やオフショアが進行している.このように,雇用労働者の熟練からの解放は,
現代において,グローバルな資本の再生産をもたらしている.雇用労働者の 熟練からの解放によって,資本の事業の空間的諸条件をグローバルに編成す ることが可能になったのである.
さて,無限の価値増殖が資本の使命であり価値増殖分を資本に転化するこ とによって,この目的が果たされる.価値増殖率を高めるために労働強度を 増大させたりするなど,搾取率を高めようとする.より多くの剰余価値が,
次期におけるより多くの資本投下を実現させる.しかし言い換えれば,自己 の取得した利潤が将来の資本投下の制限になる.資本は,この制限を金融に よって突破することができる.より十全な貨幣・信用制度の確立は,この意 味での資本の自立性を高める.
さらに,資金調達の面で,「会社」の成立の重要性は強調しておく必要があ ろう.家族を養うことを目的とした家業から,営利を目的とした企業へと発 展してきた.企業は元来個人企業であったものの,「資本関係」にもとづいて その姿を会社企業に発展させた.会社企業もまた,合名,合資そして株式へ と形態を変化させてきた.会社形態の発展とともに,出資-責任の関係,事 業リスク負担の関係が変化した.資金調達の範囲がひろがって資金獲得が容 易になるとともに「自己資金化」することで他者への返済の義務から解放され,
個人の資金的制約から解放された.社会は,「会社制度」としてその基盤を与 えた.これによって,資本が法的人格を持ち,「法人」として主体となる.い わゆる,「法人資本主義」の成立であるが,資本が目に見えるかたちで主体と なって自立するいわば資本の「資本家からの解放」がもたらされた.このよ うな過程で,資本は,社会を編成する主体となっていく.すなわち,資本の 自己増殖に従属的に労働者の雇用量や賃金が決まる関係や,資本の蓄積が社
会的商品供給に対する需要を規定する関係,「投資が利潤を生む関係」がつく りだされる.現代では,資金調達もグローバルに展開されている.グローバ ルな資産市場の形成とグローバルな資金循環とが,資本の再生産をグローバ ル化している.上記のグローバルな雇用労働者の利用ともあいまって,再生 産圏から自立し,グローバルな産業編成が現実化している.
ところで,資本過剰は資本制経済の被制限性をあらわしているとMarxは 考えた.資本過剰の顕在化というかたちであらわれる資本の制限とは資本そ のものである.自立した資本がその蓄積と再生産の結果として制限要因を創 り出す.したがって,資本の自立性を保障する条件は,産業循環のなかで変 動していかざるをえない.われわれは,以上の意味で自立した資本の再生産・
競争にもとづく利潤率の主体的操作や,資本蓄積,それらの結果として産業 循環が現実化する様を描写することにする.産業循環の展開過程が何を契機 として起動したかによって,その帰結がどのようになるかを検討する.その 上で,現代の日本の状況に対するインプリケーションについて述べる.
2 利潤率の回復と費用価格
自立した資本は,利潤の獲得を目的とし自らを大きくすることを目指す.
期首に投じられた資本が,事業の結果どれだけ成長したか,すなわち再生産 過程の一つの事業期間における成長率は,利潤率(r)と資本蓄積率(f)によっ て決まること,すなわち,g=frであることをわれわれは知っている8).この 式から,資本成長率を高められるかどうかは,利潤率が高められるかにかかっ ている.とくに不況期には,停滞した経済諸関係を前提に自己の再生産の開 始の問題に直面しているのであるから,たんに資本蓄積率を上昇させる選択 をすることはないといえよう.資本は資本蓄積率を主体的に決めるが,それ 自身は利潤率に規定される.そして,利潤率が上昇すれば,それを根拠とし
8) これまで,「蓄積の基本方程式」とわれわれが呼んだものである.これについては,大野(1996)
がオリジナルである.産業循環論における適用については,谷村(2006)および谷村(2002)
で私見を述べた.
て再生産の拡大がなされる.したがって,利潤率は資本の再生産過程を本質 的に規定する9).だからこそ,不況期に利潤率の回復が求められるのである.
その一方で,好況期の資本蓄積が反転するのは,利潤率が低下して過剰資本 が顕在化するからである10).こうしたことから,産業循環は利潤率の循環で あるといえるのである.
利潤率にもとづいて資本蓄積と再生産の意志決定が行われるというとき,
われわれは期待利潤率を問題としている.資本の事業には,一方で雇用労働 者が他方で原材料や機械設備といった資本財が必要である.それらは資本投 下の総量を規定する.また,両者の関係のあり方が「技術」であり,具体的 には素材的な面での資本構成(資本の技術的構成)が問題になる.資本蓄積は 基本的に利潤にもとづいて行われるが,かりに他人資金を充用して事業を行 うなら利子が費用として参入されよう.資本財価格,雇用労働者の賃金,利 子率は,資本が期待利潤率を決める際には与件であり,再生産の前提条件と なる.いま自由競争市場を考えよう.このとき,当該資本の商品の市場価格 も与件である.資本は技術構成にしたがって,諸市場から自己の再生産に必 要な要素を調達する.いま,技術が選択され稼働率が与えられれば,期末の 商品生産量も決まる.彼らの再生産の計画の一部は,技術的にも経済的にも 実現困難なものもあるであろうが,重要なことは,そうした技術選択と期待 利潤率の決定が,資本の主体的決定に委ねられていることである.前章で述 べたように,機械と労働者の相互代替,資本蓄積に関する資金制約の突破など,
資本が自立化することで,期待利潤率を資本が主体的に操作する.市場(価格)
を前提としつつも,それを主体的に操作して再生産の可能性を創出する.そ れは市場とは異なる「産業」における資本の再生産過程である.不況期にお
9) この式はL. Pasinettiがケンブリッジ方程式と呼んだものと似通っている.しかし,ケンブリッ ジ方程式は,社会の総生産物に関する投資,消費,貯蓄のマクロ的な関係から形成されるもの である.つまり,主体が何であるにせよ,社会の総生産物が分配される関係において構築され るものである点で,資本の自立的意志決定とは論理次元を異にするだけではなく,再生産表式 のように供給と蓄積の関係が逆転している点で大きく異なっている.
10) 過剰資本の顕在化についての私見は,谷村(2006)を参照.
いて利潤率を高められれば,他の資本も追随していくことになろう.そこで,
期待利潤率を高める競争が産業内で展開される.
以上のような期待利潤率の具体的内容は自明のことであると思われるかも 知れない.しかし,つぎの諸点が重要である.第一に,期待利潤率の位置づ けについて,第二に賃金と財市場との関係すなわち実質賃金についてである.
資本の投資決定について,期待利潤率に言及することは珍しくはない.し かし,多くの論者は期待利潤率になんらかの意味をみとめながらも,これを 適切にとらえているとはいえないと考える.たとえば,長島(2007)では,期 待利潤率の形成に言及しつつも,それは実現利潤率に代替される.理論モデ ルにもとづいて循環的変動をシミュレーションすることの意義,そしてその 際には期待利潤率に近似の変数として実現利潤率を利用することが不可欠な 操作であることは一定程度理解できる.しかしその一方で,市場価格も低く 需要も低い不況期にどのようにして期待利潤率が形成されるのであろうか.
産業循環の不況期には均衡が資本の遊休によってもたらされることをMarx は示唆しているが(Das Kapital, Ⅲ, S.263.),それだけでは不況期の資本蓄積を 明らかにしたことには到底ならないであろう.なぜなら,均衡が回復したと してもそれが同時に再生産の拡大を意味するとは必ずしも言えないため,問 題は,実現利潤率の低下した不況期において,資本の再生産の拡大がなぜも たらされるのかということである.これに関連して実現利潤率と期待利潤率 との相関は,産業循環のあらゆる局面に一般的な関係であるのか.実現利潤 率を規定する要素は,商品価値の実現量つまり販売量である.それは他の資 本の再生産の需要の結果であり,いいかえれば分配関係の結果である.これ に対して再生産のための需要は,期待利潤率が規定する.だからこそ,不況 期に期待利潤率がどのように形成されるのかということが重要なのである.
それは,好況から恐慌への転換点におとらず産業循環論のカギを握る論点と いえよう.
ところで,前章で,資本の自立化を強調する理由は,分配関係から自立的
に資本の再生産過程を検討するということにあると述べた.生産(供給)もそ れらの分配も,資本の再生産の結果である.この問題を,実質賃金の問題に 焦点を当ててさらに論じたい.周知のように,賃金率の変動は,産業循環論 でつねに争点になってきた.好況期の実質賃金騰貴が資本の絶対的過剰生産 の原因として位置づけられることが,資本過剰論の基本的な内容である.こ れとは逆に,置塩(1976)は,好況期に実質賃金が低下すると主張している.
実質賃金は,貨幣賃金で買いもどされる賃金財の数量にほかならない.期 待利潤率にもとづいて資本蓄積の大きさがまず決まって,この蓄積需要と供 給側との関係から市場価格が決定される.実質賃金は,労働市場の需給関係 と商品市場の需給関係に規定されるわけだが,重要なことは,実質賃金と資 本の利潤率との規定関係である.雇用労働者は,獲得した貨幣賃金でもって 自己の再生産のための賃金財を購入する.産業が,大別して賃金財産業と資 本財産業とからなるとすれば,実質賃金は,貨幣賃金と賃金財市場の直接的 関係,資本財市場との間接的関係をあらわす.実質賃金は,分配の結果であっ て,資本の利潤率に直接関係がないことは明らかである.したがって,資本 の投資決定の分析にさいして,実質賃金を少なくともアプリオリに導入する ことはできないと考える.
従来の恐慌・産業循環論において,実質賃金が問題になってきたのは,理 由のないこととはいえない.というのは,Marxの場合,近代社会の運動法則 の解明にあたって,資本主義を生産関係ととらえて階級関係の再生産の構造 と問題点を解明しようとしているからである.すなわち,彼にとって社会の 二大階級の再生産のあり方が分析課題であった.再生産表式が端的に示して いるように,社会の総生産物が,資本と労働者という二大階級にいかなるか たちで分配されるかということは,資本主義の持続にとって重要な論点であ る.しかし,この点では,実質賃金は労働分配率の一形態でしかない.
ではこれらのことを踏まえて,利潤率の回復について検討したい.産業循 環との関連では,不況期における利潤率の回復がどのようにもたらされるか
の問題である.これに関して,新生産方法の導入が回復をもたらすことが主 張される.これは,Marx自身も言及しており,たとえば,利潤率の低下が特 別利潤獲得の刺激を与えることを指摘しつつ,特別利潤が生産方法の改良か らもたらされることを論じている.さらには,「新たな生産方法,新たな投資,
新たな冒険における熱狂的な試み」(Das Kapital, Ⅲ, S.269.)であると述べ,新 技術導入の企業家的性格にも言及している.また,資本過剰論の系譜にある 所説も,基本的にこの要因に着眼している.しかし,それがなぜもたらされ なければならないかは必ずしも明確ではない.たとえば,不況期における新 技術導入について宇野(1953)は,不況期には過剰生産が一般化しているため 自己の商品価格も低下しており,費用価格が低くとも利潤自体が小さくそれ が再生産を停滞させているという.そこで,再生産の開始には新技術導入が 必要であると主張する.しかし,周知のように宇野(1953)は,価格メカニズ ムが円滑に働いて市場価格が変動し市場の需給ギャップが清算されると考え ている.また,雇用労働者は再生産を停止することはできないことから,景 気の反転をもたらした利潤率を圧迫する賃金率の上昇はもはや解消されてい る.したがって,市場均衡のたんなる回復によって再生産が開始されないの はなぜかが明らかにされる必要がある.いいかえれば,新技術導入の意義は 何かが明確ではないということである.
実際,従来の研究では,不況期が持続する条件や不況期の現実的過程につい ての研究がなされてきた11).たとえば伊藤(1973)は,既存の固定資本の制約 を原因とする,有利な部門への部門間移動の困難と有利な生産条件への移行の 困難を挙げる.まず,前者については,実際,特定の産業部門における事業活 動として資本の再生産が行われる.だからこそ利潤率の競争の手段として,資 本構成の変化がカギになるのである.利潤率の高低に起因する部門移動という 理解自身,資本の配分の論理でしかない.つぎに,固定資本の未償却がすぐれ
11) この論点は,吉富(1961)をはじめとしていくつかの研究があるが,それらについてのサー ベイは,和仁(1985)を参照.また,最近の研究としては,星野(2007),宮澤(2007),中村(2005)
などを参照.
た技術の導入を遅らせるという後者の論点については,不況期には利子率が低 下していることから社会の資金供給量は大きく資金調達コストが低下してい るため,固定資本償却の進捗状況が新技術導入や蓄積需要を規定するとは必ず しもいえないと考えられる.本稿もまた,新技術導入が不況からの回復のカギ であると考えているが,それは,市場での需給関係の文脈とは異なって,産業 における期待利潤率の自立的な形成の点から考察されるべきであると考える.
そして,もうひとつの重要な問題は,不況期における新技術導入と他の回復の 契機とを比較した場合,産業循環の過程で,どのような相違が見られるかとい うことである.
ところで,Marxは資本過剰が顕在化した後,損失の分配に関する資本間の 競争が展開され,それにともなう資本の遊休や破壊,相対的な損失,資本価 値(債務証書など)の破壊がすすむことに言及している(Das Kapital, Ⅲ, S.262-
263.).これは,恐慌から不況への過程ですすむ資本の価値破壊であると解され
る.というのも,こうした競争は,再生産過程の条件となっている一定の価 格関係が麻痺して,市場価格が急速に低下することによって再生産過程が混 乱する過程として論じられている.実際,景気の反転は急激な価値破壊を伴う.
不況期における資本の再生産と競争は,こうした事態が収束して後,低位な がらも一定の価格関係のもとで展開されると考えておこう.問題は,そうし た停滞した市場価格,貨幣賃金,利子率といった価格関係からの資本の再生 産の開始である.
上述したように,価格関係が所与であるとき期待利潤率の規定からいって,
費用価格の操作が資本の主体性をあらわすと考えられる.機械設備を代表と する資本財と雇用労働者とは,資本の再生産を構成する要素である.そこで,
費用価格を操作する方法としては,一方で不変資本充用上の節約の諸方法,
他方では労働者雇用すなわち貨幣賃金の節約が挙げられよう.
まず,不変資本充用上の節約については,主要な契機として一般につぎの 諸点が挙げられよう.第一に,労働時間の延長である.雇用労働者の労働時
間を延長することは,追加固定資本投資を必要としない.また,回転期間の 短縮によって固定資本価値の回収速度を速めることができる.第二に,生産 手段の集積効果であり,これは「規模の経済性」である.第三は,廃棄物の 再利用である.原材料としての直接的再利用と廃棄物を他に販売することに よって原材料費を節約することができる.第四に,機械設備の改良である.
これは,①機械設備の素材に関する改良,②機械製造過程一般の改良,③機 械設備をより安価に利用できるようになること,④機械設備の改良に伴う廃 棄物の減少に分けられる.第五に,資本財生産部門の生産性の上昇によって 機械設備が安価になることである.第六に,原料(および補助材料)の低廉化 である.これに関しては,貿易によるより安価な原材料の調達が指摘できる12). 労働時間の長期化や安価な原材料の調達は,不況期において利潤率を高める 手段として現実化されているといえよう.さらに,資本の集中や集積による 規模の経済性については,恐慌期に資本の集積と集中が進むことにMarxも 言及しているが,これ自身,生産量の増大を媒介とした生産性上昇の契機で あるため,不況局面の利潤率の回復の主軸とは言い難いと考える.ところで,
利潤率を高める契機として「生産性の上昇」に着目する論議がある.例えば,
特別剰余価値論にもとづいて生産性の上昇による生産量の増大とそれにとも なう商品一単位あたりの価値減少をいう場合である.新技術導入をたんに生 産性の上昇の契機としてとらえるなら,超過供給を加速化するだけである.
それは結局,市場価格を低めるから,実現利潤率のいっそう深刻な低下を招 くに過ぎない.生産性の回復のみでは,再生産は拡大しないともいえよう.
これに対して,直接に費用価格を低減させるような技術導入が待たれるので ある.この点に,利潤率を高める新技術導入の意義があるのである.
つぎに賃金費用の削減としては,第一に,より安価な労働者の雇用があげ
12) 芳賀(2007)が指摘しているように,原材料などの調達先の見直しは,安価な原材料の調達 にとどまらず取引先の見直しと選別強化の進展であり,その結果としてより激しいコスト削減 圧力がもたらされた.そして,それがまた後述のような非正規雇用の充用や労働時間の長期化 に結びついていったと言ってよいだろう.
られる.その現代的な形態としては,非正規雇用労働者の充用が挙げられよ う.また,それらには外国人労働者や研修生の活用なども含まれよう.さら に,80年代中頃以降の海外直接投資の増大では,東アジアの相対的に安価な 労働者が充用されてきたことも周知の事実である.第二に,長時間労働が挙 げられる.これは同時に上述の不変資本充用上の節約にも結びつく.第三に,
賃金の価値以下への切り下げである13).第四に,過剰人口の存在である.と くに不況期には失業者が多くなることで貨幣賃金が抑制される傾向があるこ とはいうまでもない.
不変資本充用上の節約にも含まれる新技術の導入は,利潤率の主体的回復 をもたらし個別資本の蓄積需要を形成するから,回復の契機の基軸となる.
これに対して,安価な労働者の雇用や賃金の価値以下への切り下げや長時間 労働は,労働者の再生産を脅かし,その結果剰余価値の取得の制限ともなる.
また,より大きな問題は,こうした雇用労働者の再生産の縮小と景気拡大と の関係である.実際,現代の景気拡大は,雇用労働者の再生産を脅かすこと を基礎にしているといえる.以下では,そのことを確認した上で,景気拡大 の条件とその帰結について検討したい.そのさい,再生産の需要連関の観点 からこの問題に接近する.それによって,近年の景気拡大の問題点が明らか になろう.また,現代の資本主義に関して若干のインプリケーションを与え たい.
3 利潤率の回復と需要連関
近年の景気拡大において企業の利潤・利潤率が拡大している.これを,製 造業の動向から見てみよう.製造業を取り上げるのは,それが今回の景気拡 大の牽引者と評価されるからである.
売上高営業利益は,資本の事業利益を端的に表す.まずこれに着目しよう.
13) 自立した資本の再生産過程における剰余価値の創出が既存の剰余価値論をどのように変えて いくのかについて本稿は未展開である.この点は今後の課題であり,いまは一般的な指摘にと どめておきたい.
「法人企業統計調査(各年版)」に拠ると,2006年度の製造業のそれは,21兆 234億円にまで増大している.これは,2001年度の約2倍を超える大きさ である.さらに,利潤率の推移については,売上高営業利益率も売上高経常 利益率もともに大幅に伸びている.というのも製造業の売上高経常利益率は
2002年度の3.2%から2006年度は5.3%に,売上高営業利益率は,3.2%から
4.2%にそれぞれ上昇している.また,大企業の利益改善が顕著である.2006 年度の売上高営業利益率について,資本金10億円以上の資本と1000万~1 億円の資本の格差は3.2ポイント,資本金1000万円未満の資本とのそれは3.9 ポイントである.また,格差はここ10年で基本的に拡大傾向にある.
つぎに,設備投資を見てみよう.徳重(2008)も整理しているように,2002 年度には稼働率の上昇が設備投資を抑えて前年度比でマイナス18.5%となっ たが,2003年度に8.7%増,2004年度には23.4%増,2005年度マイナス3.9%,
2006年度は14.3%となったことから,2005年度を除いて設備投資は活発で
あった.これに対して,2007年度の設備投資は減退傾向を示しており,資本 過剰が顕在化しつつあると見られる(徳重,2008)14).なお,設備投資を牽引 している業種は,輸送用機械,情報通信,鉄工業が挙げられる.
さらに,雇用面を見ると,2002年に5.4%まで上昇した失業率も,現在は,3.8%
にまで改善している.とはいえ,周知のように,その中身は就業者の不安定非 正規雇用の拡大である.2006年10~12月期をとると,役員を除く雇用者(5132 万人)のうち,実に33%(1691万人)が,パート,アルバイト,契約社員・嘱 託,派遣事業所の派遣従業員の非正規雇用労働者である.2007年第1四半期 と1997年の水準とを比較すると,非正規労働者は1.5倍に増加している.と くに非正規のうち,パート・アルバイトを除いた「労働者派遣事業所の派遣社員,
契約社員・嘱託,その他」は,2.7倍にまで増加している.近年,新卒採用の 増大や非正規雇用の正規化の傾向が見られるとはいえ,失業者の減少は,非正 規雇用の充用にあったことを改めて確認することができる.
14) もっとも,輸送用機械は2007年度については減少している.
前項で述べたように,近年の利潤率回復の主たる要因は,単位労働コスト の削減である.小栗(2007)などが指摘しているように,「企業活動基本調査」
から売上高営業損益比率を見てみると,売上高営業利益率が上昇している一 方で,売上高人件費比率が低下している.売上高の伸びに対して,営業費用
(売上原価と販管費)が4年連続で低下しているが,それは売上高販管費の低下,
売上高人件費比率の低下による15).売上高人件費比率は,2001年度に約13%
であったものが,2005年度には約4ポイント低下して約9%となっている.
営業利益を規定する商品の製造コストについても,雇用労働者の賃金費用の 削減が収益を増大させていることは周知のとおりである.それは,請負労働,
派遣労働の利用にほかならない.その一方で,売上高原価比率は,近年の原 材料の高騰から上昇している.近年の資源価格の上昇には,投機的なグロー バル資金の動きの一方で,こうした東アジア諸国のエネルギー需要の増大が 結果している.そうした資源価格の上昇を補ってあまりある賃金費用の抑制 がなされていると考えられる.
実際,2006年度でも給与水準は,前年から0.3%の増加にとどまっている.
また,所定内給与はむしろマイナスに転じており,所定外給与の増大が給与 総額の増大を支えている.所定外給与が増大することは,それだけ長時間労 働が一般化している現実を表しているともいえる.その背景には,資本が人 件費を抑制するために追加雇用をできるだけ控えていることと,上述したよ うに,雇用労働者が自己の再生産のために所定外労働を甘受せざるをえない ことを表しているといえよう.長時間労働の進展については,30代の2割強 が週60時間を超えて労働していることが大きな特徴である.その一方で,週 35時間以下の労働者も増大しており,労働時間の二極化が進展していること も看過できない.また,物価上昇率を加味して実質賃金を見ると,給与総額 0.1ポイントの低下である.実質賃金が分配面での状況を表していることから,
雇用労働者に対する分配が低く抑えられていることが見て取れる.分配面に
15) この点については,小栗(2007)および小栗(2008)を参照.
ついては,労働分配率の低下もまたこれを示している.こうした結果をうけて,
2007年の『労働経済白書』は,第一に非正規雇用の増大のスピードが急激で あること,第二に,ほとんどすべての産業で非正規雇用が急激に増大してい ること,第三に,男女ともとくに若年層の比率が高いことを指摘するとともに,
非正規雇用の割合の上昇が,人件費の削減と近年の労働分配率の低下をほと んど説明することができると結論づけているのである16).そして,こうした 結果,景気拡大期間が伸びても賃金が上昇しない,産業循環の一般的常識と は異なる事態が現れている.
90年代の長期不況の過程で,日本の企業は「減収増益」に努めた.実際,
高度成長期以来,拡大を続けた製造業の売上高は,90年代を通じて減少傾向 をみせた.97年の売上高の水準を回復するのは2005年である17).そのなかで 利益を生み出した直接の要因は,費用の削減である.その具体的中身は,過剰 設備の廃棄,過剰債務の解消であり,雇用労働者を資本の事業形態にあわせる
「人材ポートフォリオ」の実現である.それを制度から裏付けたのが,「労働者 派遣法」はじめとする各種の労働法制の改正であった.経済成長率の持続的な 拡大,高利潤率,強蓄積,高雇用率は,現代の景気拡大の表層にすぎない.
以上のような景気拡大の現状を,自立した資本の再生産過程の見地からど のように評価することができるであろうか.資本の再生産過程に着眼するこ とによって,資本の再生産過程のための需要が市場を媒介として社会の産業 編成を規定する関係が明らかになる18).資本の再生産と競争,とくに再生産 の需要連関と社会の産業編成という観点から,近年の景気拡大の過程を評価 するときどのような問題が浮き彫りになるかについて私見を述べたい.
まず,不況期において再生産の開始が問題になるが,自立した資本の利潤 率を高める競争が行われる.再生産の開始,期待利潤率の形成には,停滞し
16) 芳賀(2007)が指摘しているところでは,大企業で退職金を含めた福利厚生費の比率は現金給
与総額の34%をしめることから,非正規雇用の賃金コスト削減効果はきわめて大きいといえる.
17) 「法人企業統計調査」より.1997年度を100とすると,2002年度は90.0,2005年度で103.0 である.ただし,2000年度は100.4であった.
18) この点については,谷村(2002)および谷村(2006)を参照.
た価格関係であっても,利潤を生み出すような契機を現実化する必要がある.
繰り返しになるが,ここで問題になるのは,蓄積需要の充足であって,生産 された商品の実現ではない.再生産を開始させるとともに経済全体を好況局 面へと移行させるもっとも強力な契機は,新技術の導入であろう.というのも,
これが費用価格を低下させる諸契機のうちで再生産の需要連関が最も大きい といえるからである.新技術を導入した資本の利潤率は高まる.これに他の 資本が追随することで,当該産業の産業利潤率が上昇する.新技術の波及に ともなって,再生産の需要が大きくなって雇用労働者と資本財の需要が増大 していく.これらは貨幣賃金を媒介にして賃金財需要を形成し,雇用労働者 が再生産される.ところで,賃金財産業と資本財産業という社会の二大産業 部門のうち,賃金財産業が社会編成の軸である.というのも,資本財産業は 資本財産業自身の需要者となり,雇用労働者や賃金財産業から独立して資本 財産業が成長できる.これに対して,賃金財産業は,資本財産業に対する需 要と共に貨幣賃金を媒介にして雇用労働者の需要が,自らの需要を形成する.
再生産に必要な,雇用労働者と資本財双方を需要連関のなかに包括する.し たがって,賃金財産業を主軸とする産業編成の実現がより持続的な拡大のカ ギとなる.
賃金財産業は,雇用労働者の再生産のための需要によって規定される.い いかえれば,貨幣賃金の大きさがこれを規定する.現在の景気拡大の過程では,
貨幣賃金が抑制され雇用労働者の再生産が脅かされているから,需要連関に もとづく社会編成は,脆弱なものとならざるをえない.
現代の高利潤と高蓄積は,貨幣賃金の抑制と雇用労働者の再生産の不安定 化にもとづいているため,賃金財産業の主導的成長は現実的ではない.した がって,資本財産業が相対的に大きくなって経済を牽引することになる.資 本財産業は,「生産のための生産」や「蓄積のための蓄積」と表現されるように,
自己の産出物が自己に投下されることによって,実現問題を自分で解決でき る.とはいえ,そうした過程で資本財の生産量はますます増大することにな
り,再生産のための需要を超える事態があらわれざるをえない.資本財産業は,
賃金財産業のように,それ自身で社会の需要連関を完結できない.こうした ことから,増大した資本財に対する需要のはけ口は,資本の再生産にもとづ かない需要に吸収されなければ,過剰生産が現実化することになる.
こうしたことは,現代の景気拡大が外需に牽引されていることと符合する.
電子部品・デバイス工業,一般機械,輸送機械,鉄鋼などといった資本財産 業が輸出の増大から収益をあげることで国内経済を主導している.現代の景 気拡大の大きな特徴のひとつとして,輸出関連型企業の収益が大きいこと,
そして逆に国内需要関連型企業の収益の伸びは小さいことを,2007年版『労 働経済白書』も指摘しているところである.また,内閣府の2007年「年次経 済財政報告」では,今回の景気拡大に際して,輸出の寄与度が約6割で最も 高いこと,設備投資と民間消費が4割にとどまることを示している.国内需 要を構成するもののうち,一般消費と設備投資が景気を牽引することは,産 業循環の常識である.資本の再生産が機械設備と雇用労働者からなることを 考えると,これら2要因が再生産の需要の支配的位置を占めることは理論的 にも明らかである.しかし,現在ではこうした関係が崩れている.水野(2007)
が,「製造業と非製造業の成長の連動性が日本国内で消滅し,グローバル化に よる日本の製造業の企業所得増は,生産基地がある中国の家計所得増に結び つく」と述べているが19),これは貨幣賃金低下による非製造業の収益低下の 現れであり,いいかえれば,賃金財産業の縮小の結果であると考えられる.
こうしたことは,資本がグローバルな産業編成のなかで再生産しているこ とを表しているといわざるを得ない.『労働経済白書』は,資本の利潤率の回 復が大幅な人件費の抑制によってなされた結果,製造業の時間当たり賃金は,
諸外国と比較しても同等もしくは低水準にあることを示している.これによっ て近年,海外の方が高かった営業利益率と国内のそれとの格差も減少してき
19) これに対して武者(2007)は,今後の日本経済について「借金をして高いリターンを得るレ バレッジ(梃子の原理)の役割が高まっていき,内需の拡大によってリスクをとる動きが目立 ち始め,投資や消費環境に大きなプラスの変化が起こる」と述べる.
ている.このようにグローバル化のなかで,日本の賃金も低位におしとどめ られているといえる.そこで,資本の再生産がグローバル化する一方で,雇 用労働者の再生産が不安定化している.このような状況が持続すると,資本 の再生産にも影響を与えるであろう.というのも,商品の生産が資本集約度 を高めて雇用労働者の利用を小さくし資本の自立性をますます高めるといえ ども,剰余価値の取得に雇用労働者は不可欠であるというべきであろう.ま た,期待利潤率を主体的に高め資本の再生産の可能性を与える技術革新にも,
雇用労働者の知識の蓄積が不可欠である20).これらは資本主義に対する大き な制限要因となろう.
ところで,産業循環の拡大局面では利潤率が拡大して資本蓄積率が増大し ていくのにともなって,利子率は上昇していく.これは他人資金の充用によっ て増強投資をはかり,生産量の拡大を志向するためである.しかし,今回の 景気拡大において利子率は依然として低水準である.その理由はどこにある のであろうか.そのカギは,キャッシュフローの増大にある.近年の企業の 純利潤は,配当および内部留保に充用されている比率が高いことを特徴とし ている.これはたんに株主のプレゼンスが高くなってきたということだけで 説明できるとは到底いえない.先に,景気拡大に伴う設備投資の増大につい て簡単に述べたが,設備投資を遙かに凌駕する内部資金が積み増されている のが現状である21).近年の動向を調べてみると,その傾向は依然として解消 されていない.たとえば全産業レベルで見ると,ここ10年間,設備投資に対 する減価償却費の比率は1を上回っている.つまり,設備投資のための資金 はすべて減価償却費で賄えるということである.製造業ではこの傾向は若干
20) 芳賀(2007)は,非正規雇用の充用にもとづく賃金費用の削減が,経済全体に対してどのよ うな問題をもたらすかということについて,第一に,リコールや事故の多発といった品質管理 の問題の増大.第二に,革新的投資の減退であり,これには,有効需要の減少が,技術革新を 減退させる側面も含まれる.第三に,研究開発の場面でもコスト削減が進んでいるために,技 術革新そのものの基盤が脆弱化することである.第四に,企業内訓練にかかる費用の削減から,
雇用労働者のスキルや学習システムを弱体化させていると指摘している.
21) 90年代後半から2000年代の初頭にかけての資本の内部資金の蓄積については,星野(2003)
が実証的に検討しており参考にした.
変化して2004年以降1を下回っているが,それでも1990年代以前と比べて 比較にならないほど大きな値である.こうしたキャッシュフローの増大から,
外部資金需要の低迷が生じている結果,利子率は低いままである.しかし別 の見方をすれば,豊富な内部資金を再生産のための需要に利用できていない ともいえる.そこで,日本の利潤率の動向について,グローバルな資本の事 業活動を視野に再検討すべきだが,それは今後の課題といわざるをえない.
お わ り に
本稿は利潤率の変動が自立した資本の意志決定によってなされ,それを動 因として産業循環が生起するという観点に立ち,利潤率の回復をもたらす諸 要因と作用について,現代の産業循環の状況をふまえて検討した.利潤率の 回復は,費用価格の低減競争をつうじて行われる.費用価格の低減には様々 な方法が考えられるのであり,新技術の導入のみが利潤率を高めるわけでは ないが,資本の再生産の需要連関の観点からいって,他の方法,たとえば現 在大きな問題となっている低賃金の非正規雇用労働者の充用では,再生産の 需要連関による持続的な成長を期待できない.相対的に増大した資本財産業 中心の回復は,増大した生産量が外需など他の要素によって吸収される必要 がある.これは現代の景気拡大の状況とも合致する.このことは,現代の景 気拡大が,グローバル資本の再生産過程として検討すべきことをも意味する と考えられよう.すなわち,グローバル資本主義の産業循環が明らかにされ るべきである.
とはいえ,本稿は以上の問題に十分答えているとはいえず,いまだ多くの 仮説からなる.とくに以下の点について早急に検討する必要があると考えて いる.まず,利潤率を主体的に高めるという観点から雇用労働者がどのよう に利潤を生み出すのかについて再検討すべきである.グローバル資本主義論 について,その利潤率の動向,国際比較について理論的・実証的研究が必要 である.これらについては,次稿以降で検討したい.
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(たにむら ともき・同志社大学経済学部)
The Doshisha University Economic Review Vol.60 No.2 Abstract
Tomoki TANIMURA, A Study on the Recovery of Profit Rate and the Industrial Cycle:
The Characteristics of the Modern Industrial Cycle
In a depression, it is essential for each capital to increase its profit rate independently; this profit rate increase is expected to restart capital reproduction.
This implies that the cost price must be reduced. In this phase, the introduction of a new technique is generally an effective measure. However, with the current expansion of the Japanese economy, the profit rate increase is largely a result of atypical employment. In this case, the demand relationship of capital reproduction is restricted because the demand for wage goods has decreased. When the capital goods industry, instead of the wage goods industry, leads to a recovery in the economy, the recovery is not sustainable unless large capital goods are assimilated through non-reproductive demand or foreign demand. In addition, when the labor reproduction is threatened, creation of surplus value and capital reproduction are restricted.