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[新刊紹介] 坪井善明著『ヴェトナム新時代 : 「豊 かさ」への模索』

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[新刊紹介] 坪井善明著『ヴェトナム新時代 : 「豊 かさ」への模索』

その他のタイトル [Book Review] TSUBOI Yoshiaki, Vietnam New Age : Grope for Wealth

著者 増田 妃

雑誌名 史泉

巻 112

ページ A20‑A26

発行年 2010‑07‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/00023695

(2)

〈新刊紹介〉

坪井善明著

『ヴェトナム新時代 ──「豊かさ」への模索 ──』

(岩波新書,2008年8月刊,文庫版,254頁,780円)

増 田 妃

1

ヴェトナムが社会主義を堅持しながら経済開放主義を標榜するドイモイ(刷新)政策を採用し て四半世紀が経つ。本書は,ヴェトナムが国際社会へ復帰を遂げた今,幸福を求めどこへ向かっ ているのか,日越関係の未来はどうなるのかを,著者の専門分野である政治学,社会史,また国 際関係学の観点から一般的に解説した新書である。

著者の坪井善明氏は,

1948

年生まれ,

1972

年に東京大学法学部政治学科を卒業する。専門分 野は,政治学,社会学,国際関係学,国際開発論である。1982年にヴェトナム政治を学ぶため にパリへ渡り,パリ大学社会科学高等研究院で社会学博士号を取得する。1988年には北海道大 学法学部教授となる。そして,1989年には念願かない初めてヴェトナムへ渡り,1991年

3

月末 まで滞在した。ちょうどドイモイ政策が始まった時期である。しかし,在ヴェトナム日本大使館 専門調査員として外務省に出向する形での滞在であったため,自由に調査できる環境が整ってい たとは言いがたい。このことは,

1985

年から同じ立場でヴェトナムに渡った桜井由躬雄氏が『ハ ノイの憂鬱』の中で,「地域研究は絶望的」と述べていることからもわかる。しかし,桜井氏は それでもヴェトナムを見てみたいと思い志願したという。著者も同様の境遇であったと予想され る。1997年から現在まで早稲田大学政治経済学部教授を務める。また,北海道の

YOSAKOI

ソ ーラン祭りに関わったり,2007年の札幌市長選挙に出馬したりと,多岐にわたり活躍している。

著者は,本書の前書にあたる『ヴェトナム「豊かさ」への夜明け』の冒頭でも述べているとお り,ヴェトナム戦争時に青春時代を送った世代である。そして,ヴェトナム戦争中の大学時代に 参加した ベ平連 (「ヴェトナムに平和を!市民連合」の略)のデモで,ふと「ヴェトナム人は 朝食に何を食べているのか」という疑問が浮かんだことがきっかけでヴェトナムを研究対象とす ることになる。その後,著者の命題は「ヴェトナムの本当の姿を客観的に日本に紹介すること」

になる。その点では,本書もヴェトナムの政治史や国際関係に関しては,一般読者にわかりやす く示そうとする姿勢が顕著である。ただ,現代ヴェトナムの動きを長いスパンでみるには前書の

『ヴェトナム「豊かさ」への夜明け』(以下,『夜明け』とする。)と併せて理解したほうが,より 理解が深まる。表

1

に本書(以下,『模索』とする)の目次と前書『夜明け』の目次を対比して 示す。

より本書の理解を深めるために,『夜明け』と比較して本書について論評していきたい。

―20 ―

(3)

『夜明け』では,社会主義国家ヴェトナムの誕生から抗仏戦争(第一次インドシナ戦争),南北 分断,ドイモイが一定の影響を及ぼす時期までが記されている。他方,『豊かさ』の中では,時 代背景も状況も大きく変化したという前提でもう一度,ドイモイ政策を紹介しなおすとともに,

これからの動向と日本や他国との関係を論じている。目次の中に「戦争の傷跡」という同じ題目 の章がある。『夜明け』では物的傷跡や南北の格差について触れているが,『模索』では主に人間 の心的傷跡,特に後になって顕著に現われてきた傷跡について広く論じている。この点以外で も,『夜明け』と『模索』を比較すると,時代の移り変わりとともに『模索』ではよりグローバ ルな視点に移行しているようである。細かくは以下で本書の各章に分けて考察する。

2

まず,冒頭の「はじめに」の部分に本書の大きな目的として,ヴェトナムの

1994

年から

2008

年までの現状と今後のあるべき体制について著者の見方と今後の指針を示すことがあげられてい る。目的は,『夜明け』でも「はじめに」の部分で明記されており,ヴェトナムの社会や国家の 特徴は何か,どこからどこへと変化しているのかというものだ。扱っている時期が異なるだけ で,両書とも目的はほぼ同じであるといえる。

1

章では戦争の傷跡について三つの象徴的事象を取り上げる。一つめは,日本でもよく知ら れている結合双生児のヴェトちゃん・ドクちゃんと枯葉剤被害のことである。二つめが,ヴェト ナム戦争を生き抜いた高齢の人々のことである。そして最後に,ヴェトナム戦争,ヴェトナムの カンボジア侵攻,中越戦争が終結した後に顕在化した諸問題についてである。ヴェトナム戦争に ついては,『夜明け』の要約のような形でまとめられている。しかし,この説明は簡潔で,実質 的な戦争の過程や被害を述べているにすぎず,ヴェトナム戦争に関して教科書程度の知識しかな い評者のようなものにとっては,他国との関係や,東南アジア諸国でのヴェトナムの位置づけな どが詳しく書かれた『夜明け』を読んでおくことが必要となる。

この章に関して特筆すべき点は,『夜明け』にも同じ章があるということである。1で述べて 表1 『夜明け』と『模索』の目次とそのページ分量

『ヴェトナム「豊かさ」への夜明け』 『ヴェトナム新時代─「豊かさ」への模索』

期間 1945〜1994年 頁数 1994〜2008年 頁数

第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章 第7章 終章

中国の影 南と西の隣人たち ヴェトナム社会 党と国家機構の特徴 ドイモイ政策 戦争の傷跡 経済発展の可能性 援助のあり方

27 39 37 45 39 18 37 16

戦争の傷跡

もう一つの「社会主義市場経済」

国際社会への復帰 共産党一党支配の実相 格差の拡大

ホーチミン再考

これからの日越関係をさぐる 新しい枠組みを

41 29 19 37 32 39 39 23

計 258 259

―21 ―

(4)

いるように内容は少しずつ異なるが,戦争の傷跡を語らなければヴェトナムを語れないという著 者の意向が汲み取れる。さらに戦争を知らない世代が本書を理解するにあたって必要となってく るのが,日本とヴェトナムとの関係である。自国があって初めて他国が認識される。その点で も,ヴェトちゃん・ドクちゃんをはじめとする枯葉剤被害に対する日本の援助に対し,著者は一 日本人として率直な意見が述べられていると共に,援助を受けている側の日本への思いに心打た れている。しかし,一方でこの美談をそのまま鵜呑みにするのは危険である。このことに関して は,最後でもう一度記す。

2

章では社会主義市場経済からドイモイ政策の経過まで順を追って書かれている。『夜明け』

では,国民が情報を享受しているような叙述はなかったが,本書で

IT

化や情報化が国民レベル で広がっていることを記す。だが,一方で『夜明け』でも問題視されていた,重工業の発展の必 要性や起業家思想を持った人材の不足などの問題は依然として解決されていない。

3

章では,カンボジア「侵攻」と中越戦争が起因となって生じたヴェトナムの国際的孤立 と,アメリカ合衆国との関係などを経て国際社会へ復帰していく過程が述べられている。東南ア ジア諸国との関係や東南アジア諸国にとってのヴェトナムの位置づけなどわかりやすく述べられ てはいるが,『夜明け』の第

2

章にある「南と西の隣人達」と併せてみた方がやはり理解しやす い。この章の中で著者は

WTO

加盟後の

2005

年に制定された共通投資法・統一企業法(2005年 制定)は,運営について共産党の判断によるところが大きいと述べている。そのため,国際社会 の信用と国政のバランスを保つには慎重な運用が求められると指摘する。社会主義という立場で どこまでヴェトナム共産党が一党支配を続けながら妥協点を見いだせるかが今後の国際社会での ヴェトナムのスタンスに大きく関わってくる。

4

章では「共産党一党支配の実相」と題してヴェトナム共産党の特徴と実像が非常に明快か つ,批判的に書かれている。戦時中は「誰もが好きな時に働いて好きな時に読書ができる完璧な 自由の国としての共産主義社会」や「貧しさを分かち合う社会主義」などを理想とする国づくり が明確であった。しかし,戦後市場経済を導入して社会主義と市場経済という矛盾の中で,共産 党一党支配を堅持するかに躍起になっていて,理想が不明瞭であると著者は指摘する。官僚や共 産党員の汚職腐敗を取り上げ,かつては民主化の「み」の字を出すこともさせないような風潮で あったことを記す。現在でも,三権についての実質的権限はすべて共産党本部に集中する。かつ ても現在も変わらずに共産党が政治を維持する一方で,経済面は党内改革派の意見も取り入れつ つある現状を知ると,共産党一党支配が解消するには,更に長い時間を要するかもしれないが,

来る可能性もゼロではないようだ。

5

章は,さまざまな格差について論じる。南北の格差,資本主義の経済システム導入後に生 じた格差,党員の特権から生じる党員と非党員間の格差,ホーチミン市に現れる富裕層,農村の 貧困まで広く国内に生じた様々な格差を証明する。

ヴェトナム人が格差に敏感である一因は歴史的経緯にあると著者は述べる。それは,頻繁に外 敵に見舞われたり,災害に見舞われたりして,相対的に皆が貧しかったために平等で助け合いの 精神が発達した。一部の富裕層が現れることでその連帯感が崩れることを予防する意味で,ヴェ

―22 ―

(5)

トナム人は格差に敏感になったという。

著者が

126

頁で示しているアジア各国の人々の経済発展に関する意識調査(出典は園田茂人

『不平等国家 中国』)の図をみると,「不平等で経済が発展するよりも,たとえ経済が低迷して いても平等なほうが望ましい」と考える人がヴェトナムでは約

80%,日本では約 30%,中国で

は約

20% である。同じ社会主義国である中国と比較しても圧倒的にヴェトナムが格差ある発展

よりも平等を選ぶ精神であることは興味深い。内戦の勝利者である「北」の共産党は「南」にも この精神を浸透させようとしたが,資本主義社会を経験済みの「南」にはほとんど受け入れられ なかった。そして,内戦後に「南」の発展を初めて目の当たりにした「北」の共産党は,自分達 が「勝者」であるのに「南」の方が発展していることへの嫉妬を密かに感じ,旧「南」政府関係 者を徹底的に排除する。これが依然として残る「北」の勝者,「南」の敗者という政治的関係に よる南北の「しこり」であると著者は述べる。その後,さらに南北の格差はますます拡がり,

4

倍から

6

倍ほどになったという。

ただ,この見方はやや「南」に傾いたものである。「北」のハノイから日本に来ている留学生 に近年のハノイの様子を聞くと,ハノイでもこの数年は,めざましい経済成長が遂げられている という。本書が

2

年前に書かれたものだとしても,ハノイの急速な発展は著者にも予測できてい たはずだ。だが,本書にハノイの急速な発展が明記されているところはごく少ない。

次に,党員には特典・特権があるにも関らず,ドイモイ以降に党員志願者が激減したことを述 べている。ヴェトナムには実質的な「法の支配」がないため,政治的な様々な決定権のほとんど を党員が握っている。そのため,何かしら決定する際に「おいしい」話が出てくる。このことが 党員と非党員の政治的格差を生んでいる。しかし,最近の特に都会の若者には「おいしい」話よ りも,個人的な自由な発言や思想が制限されない生活の方が魅力的に映る。このことから,非党 員に限っては,自由な思想を持てる風潮が生まれてきたことがわかる。

また,かつては「おいしい」話を享受できる党員しか金持ちになれなかった。だが現在では非 共産党員でも金持ちになれる。特に,ホーチミン市を中心とした南部では,そのチャンスが急速 に拡大していると著者は述べる。南部では一種のバブル状況が起こっている。2005年から

2006

年にかけてホーチミン市株式市場で株ブームが起き,にわかに成金になる人も出現した。このよ うな「市場」は政治や国家の介入を受けない空間である一方,直接外国の企業や政府と関係する 空間であるグローバル化の最前線でもある。言い換えると,共産党の手に及ばない空間ができた ことになる。それに対する危機感から,2006年の第十回党大会で「共産党員でも経済活動がで きる」ことを採択した。この共産党の手に及ばない空間から共産党政治が破綻を来す恐れは強い という。市場経済と共産党一党主義は両立し得ないと著者は考えているのだ。本書の中でこの訴 えは多くみられ,著者の政治の面でも資本主義を導入すべきだという強い意思が読み取れる。市 場経済導入後の共産党の粗野な政策が経済的,社会的弱者に困難をもたらしている現実から考え れば,資本主義を政治にも導入すべきだという意見もでてくる。しかし,実現したとしても一時 的混乱は避けられないだろう。

―23 ―

(6)

3

6

章以降は,建国の父ホーチミンについて,さらにこれからのヴェトナムの展望について叙 述されている。

「ホーチミン再考」と題した第

6

章は,ヴェトナム革命を指導し戦争を勝利に導いたホーチミ ンについて,人物像,現代ヴェトナム社会においての位置づけ,思想まで丁寧に紹介する。著者 は,次の節で『夜明け』でもホーチミンについてホーチミンを神格化する共産党に対抗して,生 身のホーチミンを描写するため多くのページを割いたが,その当時は,全容が謎に包まれたまま だったと述べている。確かに,『夜明け』ではホーチミンの経歴と思想をひとりの人間として叙 述している。だが,その分量は第

4

章の一節で

12

頁にとどまり,当時の情報に限界があったこ とが推察される。そのリベンジを『模索』で果たし,ホーチミン思想について

37

頁にわたって 記す。著者はホーチミンについて書かれた書物をいくつか紹介し,それぞれを批判的に検討し,

独自の視点でホーチミン思想を今後のヴェトナム社会にどう生かすかを提示することを目標とし ている。

その書物の中に古田元夫氏『現代アジアの肖像

10

ホー・チ・ミン−民族解放とドイモイ』が ある。著者は古田氏の著作について,共産党のマルクス・レーニン主義とホーチミン思想という 路線に忠実に従っているが,ホーチミンの人と考え方に関しては不十分だとする。古田元夫氏は

1949

年生まれで著者と同世代である。

1974

年に東京大学教養学部教養学科アジア科を卒業して いる。古田氏は学生時代にヴェトナムを中心に世界が回っているのだから,ヴェトナムを理解で きれば世界のことをわかるだろうと思い,ヴェトナム研究を始める。その方法は,歴史学を軸と して,対象地域の歴史の中に世界史的な問題の展開を常に発見し検討していくアプローチであっ た。同じ時代には生きているが,「南」に傾いている著者とマルクス・レーニン主義(「北」の政 府)に忠実な古田元夫氏は観点も方法論も大きく異なる。

まず,ホーチミン思想とは何か。1991年の第

7

回党大会でホーチミン思想を「党の思想的基 盤,行動の指針」として党規約に明記することが決定された。ただ,「ホーチミン思想」の定義 づけはされておらず,党による公式的見解は「マルクス・レーニン主義の創造的適用」としてい る。だが著者は,「ホーチミンは東アジアの政治的なリーダーの中で唯一といっていいほど,『共 和国精神』を正確に理解して,それをヴェトナムに持ち込もうとしていた」(180頁)という仮 説を立てている。この仮説の立証の後半で,「共和国」とは民主主義に自由を加味したものであ ると著者は述べている。ホーチミンは人々に幸福を積極的に追求しなくてはならないというメッ セージをおくった。このことから,著者はこのホーチミン思想を個人がみな幸福を追求する権利 をもっている「共和国」を作ることだと理解し,将来このホーチミン思想を活かすには民主政治 を行うべきだという強い思いとなる。ホーチミンやその次の世代で海外経験を持つヴェトナム人 は「共和国精神」を理解できる。しかし,そのあとの世代からは,ホーチミンを共産党のリーダ ーとしての側面のみで理解している。その傾向は年齢が若くなるほど顕著である。

―24 ―

(7)

4

7

章では,日越関係,特に日本が今後どのような援助をしていくべきなのか,日本企業の進 出と絡めて述べられる。また,ヴェトナムと世界各国の関係についても言及している。

日本にとってヴェトナムはどのような存在なのか。2007年にヴェトナム国家主席を国賓とし て迎え入れたことから日本政府がヴェトナムをいかに重視しているかを内外に示していると著者 は述べる。しかし,日本の現地での存在感は他国より薄い。韓国政府が国策としてテレビドラマ など各分野での進出を支援している。2007年の

WTO

加盟を機に米国も一気にヴェトナムに進 出を決めている。チョロンの中国人街もかつての繁栄を取り戻しつつある。

著者が章のはじめで述べているように,日本は日本外交の強力な支持母体として

ASEAN

諸国

10

カ国と友好関係を結んでおり,特にヴェトナムの戦略的位置を重視している。戦略的位置と は,一つには,ヴェトナムは対中関係において

ASEAN

全体の防波堤の役割を果たすということ である。もう一つは,インドネシアに次ぐ人口を持つ東南アジアの中の大国としての役割であ る。このために,日本はヴェトナムが貧しさから脱却して繁栄する平和国家になることに全面的 に協力している。その一例として,日本政府の具体的な援助例を挙げる。日本企業が進出してい て将来ヴェトナム自体が消費市場となり得ること,観光客の他に高齢者の長期滞在者の増加が目 立ってきていること,ヴェトナム株の購入のために訪れる日本人がいること,人材を育成するた めに更に多くのヴェトナム人学生を留学生として受け入れるべきであることなど,様々な側面か ら日本とヴェトナムとの建設的な交流を列挙する。

しかし,問題点もある。援助金の不正に使われる恐れがあるため,事業全体に日本が参加しな がら両方で援助すべきであり,日本の汚職文化をヴェトナムに持ち込まないようにしなければな らない。日本企業に関しては,ヴェトナムの文化的社会的特色を踏まえた柔軟な対応が必要にな る。また今後,工場などの進出を増加させるためにはインフラの整備が不可欠である。

最後に,ASEAN諸国から日本が軽視され始めていることに警鐘を発する。日本自体も内向き になってきたりしていることを指摘した上で,まず,はじめにやるべきことは,留学生,研修 生,外国人労働者などが日本国内で気持ち良く働ける環境を作ることだとする。日本の技術,専 門知識などを,ヴェトナムに持ち帰ることが平和国家の繁栄へと繋がるというのは間違いない。

終章では,第

1

章から第

7

章の総括として,ヴェトナムが今後どのような政治体制・経済発展

・方向性をとれば国民の大多数が幸福になれるのかを考察している。ここで,著者がこの本の中 でたびたび主張してきた「政治の民主化」がとりあげられる。しかし,性急な民主化,複数政党 制度の導入は混乱を生じさせる可能性があると冷静に分析している。そこで登場するのが,ホー チミン思想の核心部分の「共和国精神」であると著者は述べる。「共和国精神」をもとに,「ヴェ トナム社会主義共和国」から「ヴェトナム民主共和国」に戻すことでスムーズな体制移行が実現 するのではないかと提案している。

また,ヴェトナムは重工業の発展の遅れがこれまで挙げられてきた。その点に関しては,素材

―25 ―

(8)

産業と

IT

産業両者での発展の骨組みが

2020

年までに整う予定なので,解決済みである。だ が,残る問題は人材養成だ。次の三つのことを行えば解決できると著者はいう。それは,国営企 業の解体,汚職悪化の防止,海外に流出した優秀な人材の呼び戻しである。この三つの注意点に 関して日本が援助していくと,日本の信頼度も上がっていくに違いない。これ以降の節でも,著 者は民主共和制を導入することがヴェトナムの幸福につながるという主張を繰り返す。

5

以上,本書に流れる大きな思潮は,ヴェトナムの大多数の人が幸福になる方法として,将来的 にヴェトナムに民主政治を導入して「共和国」に戻すべきだという強い思いである。

ただ全体の論調として気になったことは,ハノイ市よりもホーチミン市に比重がかかっている 点である。格差の章でもホーチミン市が経済的に優位であることを述べ,さらにハノイ市に関す る叙述が少ない。評者の大学に留学しているハノイから来た留学生に尋ねても,ハノイ市の成長 はこれまで緩慢であったが,現在はホーチミン市以上に急激な成長のさなかである。

あと一つは,日本の継続的な人的支援としてのヴェトちゃん,ドクちゃんに関する彼我の温度 差である。本書からは,日本の援助が継続的なもので非常に現地でも感謝されていることが感じ られた。しかし,上述のヴェトナム人留学生はヴェトちゃんドクちゃんを知らないというのだ。

ヴェトちゃんドクちゃんが日本にやってきた

1986

年に生まれていない評者でさえ一般認識とし て知っている。彼女は「こういう人は沢山いるから」と述べた。では,なぜヴェトちゃんドクち ゃんだけがあんなにも日本のメディアに登場したのか。他の後遺症をもった同じような人たちに は援助できているのだろうか。日本人はメディアに操作されていたのではないだろうか。

今回本書から沢山のことを学ばせていただいた。そして,これからも本書に対する理解を深め るためにも,本書に登場する書物などを読み広めて勉強していきたい。最後にヴェトちゃんドク ちゃんの名前のヴェト,ドクを組み合わせると「読み書き」というような意味になるらしい。当 時,どのような気持ちをこめてこの名前が付けられたのだろうか。著者がいうように,人の教育 によって豊かさをつかめる日がくるのかもしれない。

参考文献

大塚信一(2002):『岩波講座東南アジア史第9巻「開発」と『模索』の時代』,岩波書店。

桜井由躬雄(1989):『ハノイの憂鬱』,めこん。

坪井善明(1994):『ヴェトナム「豊かさ」への夜明け』,岩波新書。

古田元夫(1995):『ベトナムの世界史 中華世界から東南アジア世界へ』,東京大学出版。

古田元夫(1996):『ホー・チ・ミン─民族解放とドイモイ』,岩波書店。

古田元夫(2009):『ドイモイの誕生』,青木書店。

(関西大学大学院文学研究科・博士課程前期課程)

―26 ―

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