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表見代理理論の新展開1

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(1)

表見代理理論の新展開1

その他のタイトル Agency by Estoppel in Japanese Civil Law

著者 ?森 哉子

雑誌名 關西大學法學論集

巻 53

号 4‑5

ページ 1197‑1249

発行年 2004‑02‑25

URL http://hdl.handle.net/10112/12316

(2)

表見代理理論の新展開

四 3  2  表見代理規定に関する学説の展開 序

起草者の見解

中島玉吉﹁表見代理論﹂

通説的見解

その後の学説

学説の対立の出発点 見

es to pp el

による代理と表見代理

•一

終 わ り に

4  3  2 

目 次

民 法

︱ 1 0 条を中心として I

表 見 代 理 理 論 の 新 展 開

四三九 森

︵ ︱

‑ 九

七 ︶

(3)

容されなかった︒受容されたのは︑ この中島の思想は︑その後の学界に︑ がないところが︑表見代理とは異なるのである が

﹁表見代理論﹂︵京都法学会雑誌五巻二号一八九頁以下︑

一 九

0 年 ︶

であった︒﹁表見代理﹂とは︑﹁他人ヲシテ代 の法理によって根拠づけようとしたのは︑中島玉吉 代理権消滅後の表見代理の三規定にまとめて理解されている︒起草者である梅謙次郎や富井政章は︑この三規定を︑

関法

第五三巻四•五号

1 0

九 条

無権代理ながら特別に本人に責任を負わしめる公益規定として位置付けていたが︑表見代理規定として位置付けてい

たわけではない︒

民法における表見代理規定は︑ 序

︱ 1

0 条 ︑

︵ 一

︱ 九

八 ︶

︱ 1

0 条の権限踏越の表見代理︑

︱ ︱

︱ 一

条 の

︱︱︱一条の三規定を︑有権代理でも無権代理でもない表見代理の思想︑すな

わち

A g e n c y b y   e s t o p p e l

(  

あ る

い は

A g e n c y b y   h o l d i n g   o u t )  

理権ヲ輿ヘタリト信セシム可キ外形上ノ行為ヲナシタル者ハ

i

県二代理権ノ授輿ナシト雖モ善意ノ第三者二封シテハ代

理権ヲ輿ヘタルモノト看倣サル可シト云フ﹂ことである︒﹁有権代理﹂は代理権に基づくが︑﹁表見代理﹂は代理権に

基づかず︑代理権を授与したと他人に信じさせる本人の外形上の行為によって︑善意の第三者に対して代理と同一の

効力を生じるところが︑有権代理とは異なる︒﹁無権代理﹂もまた代理権に基づかないところは︑表見代理と同じだ

︱一三条以下に規定されている無権代理においては︑代理権を授与したと他人に信じさせる本人の外形上の行為

︵ 一

八 九

一 九

0 頁 ︶

一部は受容されたが︑中島﹁表見代理論﹂の根幹ともいうべき本体部分は受

1 0

九 条

︱ 1

0 条 ︑

︱︱︱一条の一二規定をまとめて表見代理規定であると位置付

けた点である︒受容されなかったのは︑表見代理が成立するためには︑本人の第三者に対する外形上の行為が必要で

1 0

九条の授権表示による表見代理︑

四 四

(4)

れ ば

は ヽ 基本代理権の有無が︑

四 四

︱ 1

0 条の成立要件として位置付けられていること︑ れぞれの成立要件をいかに解すべきか︑三規定相互の適用範囲はどのように理解すればよいのかという議論に︑根幹 める根拠であると︑指摘したところである︒中島の提唱により表見代理として位置付けられることになった三規定そ あり︑本人の第三者に対する外形上の行為が︑善意の第三者に対して︑有権代理の場合と同じ責任を︑本人に生ぜし

︱ 10

条の成立要件である﹁正当理由﹂の内容の再構

成を図り︑それを通して︑白紙委任状の交付事案における一 0 九条の授権表示の具体的内容や一〇九条の第三者保護

の要件を検討し︑競合型表見代理の否定的考察によって三規定の適用範囲を論じたが︑通説の表見代理の理論に未だ

依拠するところがあった︒例えば︑﹁基本代理権﹂なる概念が︑

1 0

九 条

と ︱

1 0

条の表見代理を区別する基準であることを前提にしたこと等である︒私見で

︱ 1

0 条の﹁正当理由﹂の内容は︑﹁本人に代理権の有無・範囲について問い合せをすることが全く不要と感じ

させるほどの客観的事情があり﹂それゆえに﹁代理権の存在を信じた﹂ことである︒具体的には︑﹁相手方がこれま

で代理人を通して本人と同種同量の取引をしてきたが︑

履行されてきた︑あるいはこれに準じるような本人の認容的言動があるがゆえに代理権があると信じた﹂場合に︑

1 0

条の正当理由は成立する︒これを本人の側からいえば︑問題となっている﹁当該取引について︑本人は代理人に

代理権を与えているということを︑相手方が推断することができるような本人の相手方に対する行動﹂が存在しなけ

︱ 1

0 条の正当理由は成立しない︒これは︑表見代理理論をわが国に導入した中島﹁表見代理論﹂と同じ視点

で︑表見代理制度を考察しようということに他ならない︒そこで本稿では︑中島以前と中島以後において︑三規定の

表見代理理論の新展開 筆者は﹃表見代理理論の再構成﹄

いずれもこれらの取引は本人によって承認され︑

︵ 一

九 九

0 年

︶ に

お い

て ︑

部分が受容されなかったことが密接に関連する︒

︵ ︱

‑ 九

九 ︶

つつがなく

(5)

こ れ

に 対

し て

代理権の授与は単独行為である︑としている 民法理由上巻﹄(‑八九六年初版︶によれぱ 成立要件がいかに解されているかを考察し︑

A g e n c y b y   e s t o p p e l

と表見代理との比較において︑三規定相互の適用

起草者の見解

権を本人から授与されていない場合である︒前者は有権代理として︑代理人の代理行為の効果のすべてが本人に帰属

︵九九条一項︶︒後者は無権代理であり︑本人は無権代理人の行為を欲していないのだから︑本人が後に追認し 理行為の効果は帰属しない︒しかし︑民法は︑厳密には代理人に代理権が与えられていないのに︑本人に責任の及ぶ

1 0

九 条

︵︱‑三条︶︑代理人にも法定の責任を負わせるほか

︱ 1

0 条 ︑

︱ ︱

二 条

で あ

る ︒

この三規定の法的根拠について︑民法制定直後の代表的学説は︑次のように論じている︒先ず︑岡松参太郎﹃注釈 なわち︑代理権の授与は︑代理人に対する授権︵内部的授権︶

示すること

1 0 九条については﹁是レ代理権授与ノ方法ヲ定ムルモノナリ﹂︑す

と相手方に対して代理人に代理権を授与した意思を表

︵外部的授権︶によってなすことができ︑前者は自明のことだが︑後者は争いがあるので明記したもので︑

︵ 二

四 二

二 ︑

四 三

頁 ︶

︒ 1 0

九条を有権代理の一場合とする見解である︒

︱ 1

0 条については︑善意の第三者を保護するために設けられた特別規定として︑無権代理の特殊な

場合を規定している︒すなわち︑ ない限り︑本人に対して効果は生じないし

︵ 一

︱ 七

条 ︶

する

①代理人が代理行為を行う場合には二つあり︑ ー 表見代理規定に関する学説の展開ーー民法︱

1 0

条を中心として i 範囲について考察したい︒

関法

第五三巻四•五号

四 四

︵ 一

1 0

0 )

は︑代 ︱つは代理権を本人から授与されている場合であり︑二つは代理

(6)

て ︑ 10 によって代理権を授与することを認めたものではないと明言している て﹁第三者ヲ保護スルヲ以テ其目的トセル﹂﹁公益規定﹂であるとし︑

条についても﹁本条モ亦前条卜同一ノ精神二出デタルモノニシテ善意ノ第三者ヲ保護センカ為メニ設ケタル公益 規定ナリ﹂としている︒すなわち︑代理人が権限を越えてなした代理行為は無権代理であるから︑本人は九九条の責 任を負う必要はないが︑第三者に代理人に権限ありと信ずべき正当理由のある場合は︑本人に責任を負わしめること によって︑その第三者を保護するのでなければ︑取引の安全を得ることを期待できない︒例えば﹁代理人ヵ従来同種 ノ法律行為ヲ為シタル場合二本人ハ之ヲ承認シ嘗テ其履行ヲ拒ミタルコトナク又ハ慣習上同種ノ代理人力皆其権限ヲ 有スル場合ノ如キ﹂︵訂正増補版二八四頁︶が︑代理人に権限ありと信ずべき正当理由の例である︒このような場合 でも︑代理人と法律行為をする第三者が︑必ず事前に代理人の権限を調査していたならば︑第三者は代理人が無権限 であることはわかったはずである︒しかし︑このような場合にまで︑権限を調査することは煩に耐えないから︑この ような場合には︑権限を調査しなかった第三者を保護することによって︑取引の安全を保とうとしたのである︒そし

( 2 )  

で あ

る ︒

ものとする

表見代理理論の新展開 これに対して︑起草者であった梅謙次郎﹃民法要義巻之一総則編﹄(‑八九六年初版︶

頁 ︶

︒ 岡

松 は

1 0

九条は外部的代理権授与の制度︑

︵ 二

四 五

頁 ︶

︒ こ

の 考

え は

は ヽ

10

九条につい

︱︱︱一条についても同じで︑代理権の消滅したことは︑第三者において往々 これを知らないことがあるので︑善意の第三者に不測の損害を蒙らしめないがために設けられたものという︵二四八

︱ 1

0 条 ︑

︱︱︱一条は善意者保護の特別規定と解していたよう

ドイツ民法におけるように︑本人の単独行為

︵訂正増補版・三三版二七七︑二七八頁︶︒

︱︱︱一条も﹁亦第三者ノ保護ヲ目的トスル公益規定ナリ﹂としている

︵ 訂

正 増

補 版

一 一

八 九

頁 ︶

四四三

︵ 一

︱ 1

0 1 )

 

(7)

同一の事例を例示している は︑委任を推定させる本人の行為や代理人への一定の地位の付与を︑相手方から見た場合﹁権限アリト信スヘキ正当 ノ理由﹂ありと認め︑本人に責任を負わせて第三者を保護し取引の安全を図るべきであるとしている︒ ﹁本人ノ死亡﹂﹁委任ノ解除﹂等により代理権が消滅してしまったことを知らない第三者はよくあり︑ しなかった︶本人に対して効なきものとするならば﹁第三者ハ不慮ノ損失ヲ蒙ムルコト﹂になるとの考え方であり︑ 三規定を無権代理ながら特別に本人に責任を負わしめる公益規定として一括しようとする意図が窺える︒

同じく起草者である富井政章﹃民法原論

調査会ではドイツ法の外部的授権を採用したかの言があったのに︶梅説に傾斜したのか︑﹁此規定タルヤ一見単独行

為二因ル代理権ノ発生ヲ認メタル観ナキニ非スト雖モ其文面及ヒ前後ノ規定二考フルトキハ唯第三者ヲ保護センカ為

メ恰モ代理権ノ発生セル如クニ看倣ス便宜的規定二過キ﹂ずとしている

ついても︑代理権に基づかない代理行為は︑本人に対して効力を生じないのが一般原則であるが︑特に第三者保護の

必要からして本人に効力を及ぼす場合である点で一〇九条と同じ異例であるとし︑立法者は厳重にその要件を定め︑

第三者は善意だけでは足りず︑﹁其権限アリト信スルニ足ルヘキ正当ノ理由アルコトヲ必要トセリ﹂と述べて︑梅と

(2 ) 

︵ 五

一 三

︑ 五

︱ 四

頁 ︶

︒ そ

し て

知らずに取引した場合に不測の損害を被らせず︑取引の安全のため民法は﹁代理権消滅ノ効果二制限ヲ加へ﹂たもの

であるとする

結 局

︑ 梅

は ︑

関法

︵五一九頁︶︒梅と同旨と考えてよいだろう︒

第 一

巻 総

論 ﹄

第五三巻四•五号

︵ 一

0 三

年 初

版 ︶

も ︑

︵大正一︱年合冊版五

0

0 頁 ︶

︱︱二条については︑第三者が代理権の消滅したことを

1 0

九 条

に つ

い て

四四四

( ︱

0

二 ︶

1 0

九条については︑代理権を授与したという本人の一種の表示責任を問題とし︑

︱ 1

0 条に

︵ か

つ て

法 典

︵ 何

の 通

知 も

︱ ︱

︱ 一

条 は

︱ 1

0 条について

(8)

( 2 )  

あ る

表見代理理論の新展開

︵ 一

九 六

︑ 10

九 条

A g e n c y b y   h o l d i n g   o u t )  

テ代理権ヲ輿ヘタリト信セシム可キ外形上ノ行為ヲナシタル者ハ演二代理権ノ授輿ナシト雖モ善意ノ第三者二封シテ

ハ代理権ヲ輿ヘタルモノト看倣サル可シト云フニアリ英米法二所謂︑

A g e n c y b y   e s t o p p e l

或 ハ

A g e n c y b y   h o l d i n g  

10

九 条

に求め︑これを﹁表見代理の思想﹂といい︑表見代理という用語を用いたのは︑中島玉

︵ 一

八 九

︱︱一条を一括して理論的に把握し︑その法理的根拠を

A g e n c y b y   e s t o p p e l   (

あ る

︱︱一条の三ヵ条を︑中島以前の学説は︑善意の第三者を保護する公益規定と説明している

が︑中島によれば︑もとよりそれは正当ではあるものの︑本人の責任の根拠が明らかではなかったので︑表見代理の

思想をもって︑三ヵ条における本人の責任の根拠を解明するのである︒すなわち︑﹁其根拠ハ本人の表見的行為﹂

1 0

九条では︑﹁代理権アリト信セシム可キ外形上ノ証明﹂を指すし︑

ヨリテ第三者ヨリ見レハ代理権ノ範囲二属スト見ラル可キ事実ノ存在﹂を指す︒

とはいうもののなお﹁本人ノ行為二基ケル表見的事実存スルカ故二﹂︑善意の第三者に対して責任を生ずるのである

一 九

七 頁

︶ ︒

A g e n c y   b y   e s t o p p e l

すなわち

e s t o p p e l

による代理とは︑本人の同意がないにもかかわらず︑本人の言葉や行

動に基づいて︑

e s t o p p e l

の法理によって成立する代理をいう︒

e s t o p p e l

と は

行動︶を行い︑通常人である B がその先行行為に基づいて一定の推断をもち︑それに導かれて A と利害関係を形成し

1 0

条 ︑

o u

t ナルモノ之ナリ﹂ 吉﹁表見代理論﹂

一 九

0 頁 ︶

というに尽きる︒ ︵京都法学会雑誌五巻二号一八九頁以下︑

一 九

0 年 ︶

( 1 )  

10

条 ︑

2 中島玉吉﹁表見代理論﹂

四四五

A が B に対してある先行行為︵言葉や

ニ ニ

0 ‑

︱二条は︑代理権は消滅している

1 0

条の正当理由は︑﹁本人ノ行為

である︒すなわち﹁表見代理トハ他人ヲシ

(9)

た 後

に ︑

第五三巻四•五号

(3 ) 

A は拒絶することを許されないということを意味する︒

( ︱

0

四 ︶ e s

t o p p e l

による代理が成立するためには︑先ず︑﹁表示

( r e p r e s e n t a t i o n )

﹂が存在していなければならないが︑この

(4 ) 

表示は本人から生じなければならず︑代理人自身からは生じ得ない︒代理人が自らの言葉や行動でもって︑自分は本

(5 ) 

人のために行為する

a u t h o r i t

を本人から与えられていると︑第三者に対して表示したとしても︑ y

e s t o p p e l

による代

理は成立しない︒代理人は本人のために行為する

a u t h o r i t

y をもつ代理人であるという表示に相当する︑本人の側の

(6 ) 

陳述ないし行動がなければならないのである︒また︑本人に何らかの行動があるにしても︑それが︑当該取引につい

ての︑本人から代理人への

a u t h o r i t

の授与に一致すると解釈されないならば︑ y

e s t o p p e l

は生じない︒本人の陳述な

いし行動は︑疑義なく明白に︑当該取引についての︑本人から代理人への

a u t h o r i t

y の授与に相当すると︑解釈され

るものでなければならない︒そして︑この表示は︑それを信頼する人に対して︑なされなければならない︒﹁

h o l d i n g o u

t は︑それを信頼したという特定の個人に対してか︑あるいは︑それを知りかつそれに基づいて行為したという推

(7 ) 

断を正当視するような周知の事情の下で︑なされなければならない﹂のである︒

h o l d i n g   o u t

とは︑語義的には︑本人が第三者に対して︑代理人は本人のために行為する

a u t h o r i t

y をもつ代理人

であると表示することをいうが︑

関法

これらの内容を取り入れて︑

このような

h o l d i n g o u t の

結 果

ついて︑本人は代理人に

a u t h o r i t

y を与えているということを︑

( 8 )

動 で

あ る

具体的に定義すれば︑

h o l d i n g o u t

とは︑当該取引に ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ 相手方が推断できるような本人の相手方に対する行

相手方が代理人を本人の代理人であると信頼して取引した場合には︑合

理的な信頼に基づいて取引した相手方を保護するために︑本人は後になって相手方の請求を拒絶することを︑

e s t o p ‑

(9 ) 

p e

l の法理により禁止される︒その結果︑成立する代理が︑

e s t o p p e l

による代理である︒

四 四

(10)

あ っ

て ︑

表見代理理論の新展開

︱ ︱

一 年

初 版

( 1 )  

は ヽ

中 島

は ︑

h o l d i n g o u

t を本人の外形上の行為︑表見的行為と翻訳している︒﹁表見代理の思想﹂とは︑﹁本人による

表見的行為により第三者が代理権ありと信じたことによる代理行為の本人への効果帰属の法理﹂であり︑中島はその

法理をもって一 0

九 条

通説的見解 ︱

1 0

条 ︑

四 四 七

︵ 三

︱ 二

︑ 三

一 ︱

︱ ︱

頁 ︶

︒ し

か し

︱︱︱一条の三ヵ条を一括してまとめ︑表見代理規定と位置付けたのである︒

中島﹁表見代理論﹂は︑学界において︑どのように受けとめられたか︒鳩山秀夫﹃法律行為乃至時効﹄

e s t o p p e l )  

︵ 三

二 九

頁 ︶

七•七は、

1 0

九 条

︱ 10

条 ︑

︱︱︱一条は︑﹁同一ノ立法趣旨二基キ同一ノ法律上ノ性質ヲ有スル規定﹂で

﹁ 之 等 ノ 場 合 ヲ 一 括 シ テ 無 権 代 理 ノ 特 殊 ノ 場 合 ヲ 示 ス カ 為 二 表 見 代 理

( S c h e i n v o l l m a c h t , a g e n c y y   b  

ト言フコト便利ナルヘシ﹂として︑中島﹁表見代理論﹂を引用している

それ以上に

e s t o p p e l

の法理を参考にした要件上の記述はみられない︒

先ず︑鳩山は︑正当理由が成立するためには︑﹁必ラスシモ本人ノ方面二於テ主観的二過失アリタルコトヲ要セス﹂

と述べ、大判明三六•七•七民録九•八八八を「過失主義」に立つものとして批判する。大判明一二六. x 会社が支配人の A に貨物賃納金に対する割戻金を Y から受領する権限を与えていたところ︑ A が他人と 共謀して文書を偽造行使し膨大にした割戻金の一部を詐取したという事案であり︑大審院は︑﹁第三者ノ利益ヲ保護

スルヲ主眼トスル第百十条ノ規定ヲ適用セムニハ第三者ガ代理人二其行為ヲ為ス権限アリト信ジタル正当ノ理由ナカ

ルベカラズ︒例ヘバ本人ガ代理人二何等ノ制限ヲ付セズ或ル種ノ行為ヲ為ス代理権ヲ与ヘテ第三者卜取引ヲ為サシメ

来リタル後︑其ノ代理権二或制限ヲ付シタルニ拘ハラズ其ノ旨ヲ通知セザリシ過失アルガ為メ︑第三者ハ従来ノ如ク

( ‑

=  

1 0

五 ︶

︵ 一

(11)

認定し︑正当理由を否定している点を注目すべきである︒

第五三巻四•五号

代理権二何等ノ制限ナキモノト誤信シテ代理人卜取引ヲ為シタル場合二於テハ︑本人ハ代理人ノ行為ガ権限ヲ超ヘタ ルコトヲロ実トシテ其行為二付キ責任ヲ免カルルコトヲ得ザルガ如シ︒而シテ此ノ例示ノ場合二於テ代理人ガ権限ヲ 超ヘテ為シタル行為ニシテ仮令犯罪ヲ成スルコトアルモ︑荀モ本人二於テ第三者二其権限アリト信ゼシムルニ至レル 過失アリタル場合ナランカ第百十条ノ規定ヲ適用スベキ場合ナリトス︒﹂と判示した︒すなわち︑

が︑﹁固ヨリ終始其ノ行動ヲ監視スベキ責アルニモアラザレバ︑

︱ 1

0 条の正当理

由が成立する具体例として︑例えば︑甲が乙を代理人として丙と取引させ︑従来一

0

0 万円程度の受領権限を与えて

きたところ︑今回は五

0

万円の受領権限しか与えず丙のもとに行かせたが︑その旨の通知を丙に与えなかったので︑

丙は従来と同様に乙には一

0

0 万円の受領権限があると信じて乙に一

0

0 万円を交付したというような例を挙げてい

る︒これは︑梅や富井が正当理由が成立する具体例として挙げていた例﹁代理人力従来同種ノ法律行為ヲ為シタル場 合二本人ハ之ヲ承認シ嘗テ其履行ヲ拒ミタルコトナク﹂と同様である︒このような場合には︑第三者が代理人に権限 ありと信じるに至ったのには︑本人に過失があり︑たとえ代理人の権限諭越行為が犯罪になる場合でも︑正当理由が 成立するとしている︒そして︑この事案においては︑本人

X は A に Y

が交付する割戻金を受領する権限は与えている

A

ガ他人トノ共謀二因リ︑割戻金ヲ膨大ナラシメ︑

其ノ一部ヲ詐取シタル所為二就テハ其ノ過失二出タルモノト云フヲ得ズ︒﹂これに反して︑﹁

Y ハ貨物賃納金ノ取調ヲ

疎漏二付シ為メニ不相当ノ割戻金ヲ交付スルニ至リタル過失アリト﹂いえるから︑正当理由は成立しないとしている︒

このような大審院の立場を︑鳩山は﹁過失主義﹂として批判したわけである︒しかし本件は︑明白な相手方の過失を 鳩山のいう大審院の過失主義は、彼自身の分析によれば、大判明三九•五•九民録―ニ・七

0 六によって棄てられ

関法

四 四 八

( ︱

0 六 ︶

(12)

四四九

た︒これは︑親権者たる母が民法上必要な親族会の同意を得た上で未成年者の子を代理し借財および抵当権設定契約 をしたが︑後に裁判によってその親族会の同意が取消されたという法定代理の事案であり︑大審院は︑﹁民法第百十 条ノ規定ハ︑菅二委任代理権二欠訣アル場合二適用セラルベキノミナラズ本件ノ如ク法定代理権二欠訣アル場合ニモ

適用セラルベキコト論ヲ侯タズ﹂と判示した︒法定代理の事案では︑第三者が代理人に代理権ありと信じるにつき︑

本人である未成年者自身には何らの行為も過失も存在しない︒鳩山は︑この大審院明治三九年判決を︑﹁其判決理由 ニ付テ見レバ明二過失主義ヲ棄テタ︒之レ余ノ双手ヲ挙ゲテ賛成スルニ躊躇セヌ所デアル﹂と評する

条ノ適用範囲﹂︵法協三四巻一号一︱三頁︶︒

︵ ﹁

民 法

第 百

ところが、大判大三• 10 ・ニ九民録二

0•

八四六は、蝋および香料油の卸売を業とする

Y

会社の大阪支店の支配

人 A

が︑当該営業に関係のない金銭または物件の賃借については︑特に会社の認可を必要とされているにもかかわら ず︑会社に無断で訴外

B のために Y

会社名義で手形を振出し︑手形所持人

X

より

Y にその支払いを求めたという事案

において︑﹁所謂権限アリト信ズベキ正当ノ理由トハ客観的二観察シ第三者ヲシテ代理人二権限アリト信ゼシムルニ

足ル事惰ニシテ其ノ事情ノ存在ガ本人ノ作為若クハ不作為二出ヅルモノヲ謂フ︒本人ノ作為若クハ不作為二出デタル

斯ノ如キ事惰ノ存在スルナクンバ︑縦令第三者ニシテ権限アリト偏ズルモ代理人ノ為シタル権限外ノ行為二付キ本人

二其ノ責ヲ帰スベキ理由アラザレバナリ﹂と判示した︒そして︑本人の作為若しくは不作為に出た事情が存在しない

にもかかわらず︑第三者が権限ありと信じても︵すなわち第一二者には過失があるといえるのだが︶︑本人に責を帰せ

しめられないのは︑﹁権限アリト信ズベキ正当ノ理由ナキガ為メニシテ第三者二過失アルガ為メニアラズ︒﹂また︑本

人の作為若しくは不作為に出た事情が存在して︑第三者が権限ありと信じたときに︵すなわち第三者には過失がない

表見代理理論の新展開

︵ 一

1 0

七 ︶

(13)

民 法

総 論

( 2 )  

が︑自らの立場を原因主義と称したわけではない︶︒ 第五三巻四•五号

︵ 一

1 0

八 ︶

︵ 中

といえるのだが︶︑本人に責を帰せしめられるのは︑﹁権限アリト信ズベキ正当ノ理由ァルガ為メニシテ︑第三者ガ無 過失ナルガ為メニアラズ︒﹂と述べる︒これは︑﹁表見代理の思想﹂を︑﹁本人による表見的行為により第三者が代理 権ありと信じたことによる代理行為の本人への効果帰属の法理﹂とする中島﹁表見代理論﹂と同旨である︒大審院は︑

続いて大判大四•六•一九民録ニ―•九八七でも、法定代理人である継母が親族会の同意書を偽造して借財をなし抵 当権を設定したという事案において︑﹁民法第百十条ハ本人二於テ第三者二対シ代理人二代理権限アリト信ゼシムベ キ行為アリタルコトヲ前提トシテ善意ノ第三者ヲ保護センガ為二設ケタル規定ナルヲ以テ専ラ保護ヲ要スベキ無能力 者タル未成年者ノ法定代理人ノ場合二之ヲ適用セントスルハ同条ノ趣旨ニモ亦相反スルニ至ルヲ以テナリ﹂と判示し

( 1 0 )  

︱ 10 条の適用を否定した︒

これらに対して、鳩山は、大判大四•六•一九の判例批評である「民法第百十条ノ適用範囲」(法協三四巻一号一

︱ 四

頁 ︶

において︑﹁中島博士ノ表見代理論二於テハ代理権アリト信ゼシムベキ本人ノ表見的行為アルコトヲ以テ所 謂表見代理ノ成立要件トセラレテ居ルカラ同氏ハ此点二於テ判決ノ趣旨ヲ是認セラルルモノト考フルガ余ハ遺憾ナガ ラ之二従フコトヲ得ヌ。」と述べ、中島「表見代埋論」や大判大三•

10

・ニ九、大判大四•六•一九のように、正

当理由が成立するためには︑本人の表見的行為が必要であるとする立場を︑﹁原因主義﹂とよび批判している て ︑

このように︑﹁過失主義﹂﹁原因主義﹂を批判する鳩山は︑﹁表見代理﹂をどのように理解していたのか︒﹃日本

︵ 一

九 二

七 年

初 版

関法

は︑表見代理制度の趣旨および要件について︑次のように説明する︒表見代理制度は︑

代理取引において︑相手方が被ることがある損害を予防し︑代理取引の倍用を維持することによって︑取引の安全ま

四 五

(14)

相手方が保護され得るのは︑当然なのであるが︶︒

四 五

︵ 四

四 四

ー 四

四 六

頁 ︶

︵ ﹁

正 当

理 由

﹂ が

あ る

と き

たは動的安全を保護することを目的とする︒代理が認められたことによって︑取引の範囲は拡張し︑取引は敏活容易

なものとなったが︑もし代理人によってなされた取引が︑代理権ありと認むぺき正当理由があるにもかかわらず︑実

際は無権代理であったがゆえに本人に対して効果が生じないというのであれば︑代理人と取引した相手方は損害を被

ることが多くなり︑何人も安心して代理人と取引をすることができなくなってしまう︒これが︑代理において︑特に

取引の安全すなわち動的安全を保護する必要がある理由である︒けれども︑本人の側からすれば︑自分と全く何の関

係もない他人が︑代理人であると僭称して代理行為をした場合に︑もし正当理由が成立して法律上の拘束を受けると

いうのであれば︑不当に不利益を被ることになる︒そこで︑法律が取引の安全を保護するために表見代理を認めると

いうのであれば︑本人の静的安全を顧慮して︑﹁本人自称代理人間二何等カノ関係アル場合二於テノミ之ヲ認ムル所

以ナリ﹂︒したがって︑三種の表見代理に共通する要件は︑﹁自称代理人二代理権アリト信ズベキ正当ノ事由ァルコ

ト﹂および﹁本人卜自称代理人トノ間ニ一定ノ関係アルコト﹂である

このように︑表見代理は﹁本人ノ故意又ハ過失ヲ要件トスルモノニアラズ代理取引二於ケル動的安全ヲ保護スルガ

為メニ無過失責任ヲ認メタ」(四五三頁)ものであるから、かつて大審院が、大判明三六•七•七民録九•八八八に

おいて過失主義を採ったのが不当であることは言うまでもないし、大判大三 •-0 ・ニ九民録― 10• 八四六や大判大

四•六•一九民録一――•九八七において原因主義を採ったのも不当である。大審院は、原因主義を採った理由として、

木人の行為がなければ︑本人にその責任を帰すべき理由がないと述ぺているが︑正当理由が成立するためには︑本人

の行為が必要であるというように限定するのは︑法文に根拠のない制限を加えて︑表見代理の範囲を狭陸ならしめる

表見代理理論の新展開

︵ 一

1 0

九 ︶

(15)

井 は

( 3 )  

第五三巻四•五号

トイフ連絡アルガ故二本人ノ責任ヲ認ムベキ理由﹂に鋏けるところはない︒この問題は︑

︵ 四

四 九

︑ 四

0 頁 ︶

1 0

九 条

︱ 1

0 条 ︑

︵本人が第三者の悪意について立証責任を負う︶︒

( ︱ ニ

O )

ものである︒理論上も︑﹁本人卜当該ノ代理行為トノ間ニハ他ノ事項二関シテ本人代理人間二有効ナル代理関係アリ

︵四五四頁︶︑原因主義を採らないので︑法定代理にも︱

1 0 1 0

九条の表見代理は︑本人が自称代理人に代理権を与えたということを第三者に 対して表示した場合であって︑他の場合と異なり︑法文は第三者の善意を要件として掲げていないが︑これは第三者 が他人に代理権を与えた旨の通知をしたという点で︑他の場介に比較して︑本人の責任を認める理由は有力だが︑

シタルコト」であり、代理権消滅の事実についての第三者の悪意•有過失の立証責任は本人が負うのである

かし︑本人の故意過失はそもそも要件ではないから︑悪意の第三者に対しても本人の責任を認めるべき理由がない

︱︱︱一条の表見代理においては︑本人と代理行為との関係は︑﹁所謂代理人ガ嘗テ代理権ヲ有

︱二条の三ヵ条を︑善意の第三者を保護する公益規定と説明していた起草者の梅や富

︱ 1

0 条の正当理由が成立するためには︑委任を推定させる本人の行為が必要であると考えていたし︑表見代

理規定において本人が責任を負う根拠を︑英米法の

e s t o p p e l

の法理に求める中島は︑正当理由を﹁本人ノ行為ニョ リテ第三者ヨリ見レハ代理権ノ範囲二属スト見ラル可キ事実ノ存在﹂を指すとし︑本人は自らの表見的行為

( h o l d i n g   o u t )

  に基づいて責任を負うと解していた︒しかし︑代理取引における動的安全を保護するために︑本人に

頁 ︶ ︒ が立証責任を負わないという趣旨である

他の表見代理規定については︑ 条は適用されるということになる

︵ 四

五 六

頁 ︶

︒ 用されるのかという問題と極めて密接な関係があるが

関法

四 五

︵ 四

五 六

1 0

九条の場合は︑本人 ︱

1 0

条が法定代理にも適

(16)

無過失責任を認めたのが表見代理制度であると考える鳩山の見解では︑正当理由の内容から本人の行為が切り離され︑

代理人自身の行為のみで︑正当理由が成立することになる︒

次に、民法典は文言上、「正当理由」と「善意•無過失」とを明確に区別しており、

いるのは﹁正当理由﹂である︒梅や富井は︑正当理由が成立するような場合には︑あらかじめ代理権限の調究をしな

かった第三者に過失はないと表現しているが、第三者の善意•無過失が正当理由であると理解していたわけではない。

﹁本人ノ行為ニヨリテ第三者ヨリ見レハ代理権ノ範囲二属スト見ラル可キ小実ノ存在﹂を﹁正当理由﹂とみる中島の

立場では、もとより正当理由と第三者の善意•無過失とは区別される。鳩山が「原因主義」に立つ判例だとして批判

した大判大三• 10 ・ニ九民録二 0• 八四六も、「右ノ如キ事情(筆者注•本人ノ作為若クハ不作為二出デタル事情)

存在シ第三者二於テ権限アルト信ジタルトキ則チ過失ナキトキハ固ヨリ本人二責ヲ帰スルモ是レ権限アリト信ズベキ

正当ノ理由アルガ為メニシテ︑第三者ガ無過失ナルガ為メニアラズ︒﹂と判示している︒すなわち︑委任を推定させ

る本人の行為や本人の表見的行為により﹁正当理由﹂が成立するときには︑第三者は代理人に代理権ありと信じたこ

とについて過失はないのであろうが、第三者の善意•無過失が正当理由の内容ではないのである。

しかし︑鳩山は︑﹁代理権アリト信スルニ付キ正当ノ理由アリシコトヲ要ス即チ第三者ノ善意ハ過失二基カサリシ

コトヲ要スルナリ﹂とする︒正当理由の内容から本人の行為が切り離され︑正当理由を代理権の存在についての第一︱︱

者の善意•無過失と解するなら、代理人が自らの言葉や行動で、自分は本人から代理権を授与されていると、第三者

に対して表示したにすぎない場合でも︑それにより第三者が代理人に代理権があると信じ︑かつそう信じたことに過

失がないなら︑正当理由は成立するということになる︒他方︑本人の側からすれば︑自分と全く何の関係もない他人

表見代理理論の新展開

四 五 三

︵ 一

︱ ︱

︱ ‑

︱ 1

0 条において要求されて

(17)

第五三巻四•五号

( ︱

ニ ︱

二 ︶

が︑代理人であると僭称して代理行為をした場合にも︑正当理由が成立し得るので︑本人に不当な不利益を被らせな いために︑本人と代理人との間に一定の連絡のあることが要求される︒すなわち︑﹁現在二他ノ関係二於テハ代理権 アリト言フコトガ本人卜代理行為トノ連絡ヲ為シテ居ル﹂のであり︑﹁此ノ如キ寧口軽微ナル本人トノ連絡ヲ基礎卜 シテ」、本人は責任を負わされるのである。「寧口軽微ナル本人トノ連絡」は、「正当理由

11

第三者の善意•無過失」

に対峠する︱

1 0

条の成立要件と理解され︑後に﹁基本代理権﹂と称されることになる︒

このように︑鳩山が理解したのは︑代理が認められたことによって︑取引の範囲は拡張し︑取引は敏活容易なもの となったので︑代理においては︑特に取引の安全すなわち動的安全を保護する必要があるからである︒もっとも︑鳩 山は任意代理の事案において︑本人の行為が存在していないのに︑正当理由が成立し得る例を想定していない︒また︑

任意代理の事案において︑判例が鳩山のいうところの﹁原因主義﹂を採った結果︑代理取引における動的安全が阻害

( 1 4 )  

されたとの具体的考察も︑鳩山はしていない︒鳩山が︑本人の行為が存在していないのに︑正当理由が成立し得る例 としてあげているのは︑未成年の子を法定代理人である母が代理して借財し抵当権を設定したという法定代理の事案 であった︒無能力者制度︵現在の制限能力者制度︶

は︑判断能力不十分者を取引社会の苛酷さから保護すると共に︑

それらと取引する相手方が不測の損失を受けることのないようにするという両面の効果を狙って案出された法的制度 ではあるが︑その本義は︑たとえ場合によっては︑取引の安全を多少犠牲にすることがあっても︑判断能力の不十分 な者の取引社会における利益を十全に保護しようとするところにあったはずである︒しかし︑鳩山は﹁徒二弱者ノ保

或ハ︑未成年者二比シテ︑ 護ノミニ偏スルコトガ法律ノ使命デハナイ︑又民法ノ趣旨デハナイ︒客観的根拠二倍頼シタル善意ノ第三者ヲ︑時ニ

ヨリ厚ク保護スルコトアルモ怪シムニハ足ラヌト信ズル︒﹂として︑法定代理に一︱

0 条 関法 四五四

(18)

次 に

六 六

頁 ︶

て︑悪意または過失ある相手方を保護する必要は少しもないから︑

要とし︑悪意の立証責任は本人に負わせる︒その善意は︑

︱ 10

条の表見代理について︑﹁本人の静的安全の保護のための最少限度の要件として﹂︑﹁他に何等かの範 囲の代理権をもっている者の代理行為でなければならない﹂︵三六八頁︶︒すなわち︑基本代理権を必要とする︒他方

表見代理理論の新展開

の表見代理については︑明文上明らかであるのに反し︑

先 ず

( 4 )  

的にリードして今日に至るのである︒ を

適 用

し ︑

四五五

10 九条についても、相手方の善意•無過失を必 ︱

1 0 条の適用範囲を拡張しようとした︒このような鳩山の姿勢に︑過度に取引の安全を保護しようとす る見地から︑民法典のなかで︑相手方の保護を目的とする規定の適用範囲は拡大しておくことが︑解釈論として望ま しいという観念を見ることができる︒そして︑鳩山の理論に︑

e s t o p p e l

の法理の影響を見ることはできない︒否︑む

しろ︑鳩山の理論は︑﹁本人による表見的行為により第一二者が代理権ありと信じたことによる代理行為の本人への効 果帰属の法理﹂である﹁表見代理の思想﹂の否定であった︒しかし︑この鳩山の理論が︑これ以後の判例学説を実質

我妻栄﹃民法総則﹄(‑九三 0

年 ︶ は︑鳩山の理論を継承発展させ︑今日の通説的見解の基礎を形成した︒﹁取 引の安全は︑近代法の一理想である︒しかも︑代理は︑近代取引の重要な制度であるから︑取引の安全の理想は︑と くに強く現われねばならない︒表見代理の規定は︑この意味において適当にその拡張をはかるべきである﹂︵﹃新訂民 法総則﹄三六四頁︶︑と考える我妻の表見代理理論の特徴は︑以下の通りである︒

10 九条の表見代理について、相手方が善意•無過失でなければならないことは、 ︱

1 0

条および一ロ一条

1 0

九条では明らかではないが︑表見代理制度の意義からみ

︱ 1

0 条との権衡上︑代理権ありと信じたことである

︵ 二

ニ 三

(19)

代埋権を与えたと表示された範囲を越えた代理行為には︑

1 0

九 条

と ︱

‑0

条の競合型表見代理が成立可能である 第五三巻四•五号

例えば特定の不動産の売却︑ ずるのがもっともだと思われることである︒要するに︑倍じたことが過失といえない

︵ ニ

︱ ︱

四 ︶

において︑相手方が保護されるためには︑相手方に権限ありと信ずべき﹁正当理由﹂がなければならないが︑正当理

由とは﹁無権代理行為のなされた際に存在する諸般の事情から客観的に観察して︑普通の人が代理権があるものと信

︵ 無

過 失

正当理由があるとみるぺき場合が多い ということに帰着す

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

る︒﹂例えば︑制限のない委任状︑ことに白紙委任状を与え︑その使用を一定の範囲に限ったときや︑代理権の授与

︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑

とともに実印•印鑑証明書・権利証などを交付してあるときは、

正当理由は︑本人の過失に堪づくことを必要としないし︑木人の行為に基因することも必要ではない︒判例が︑最

初﹁本人の過失﹂を要すると解し︑ ついで﹁本人の行為または不作為﹂を要するとしたのは︑﹁本人に不利益を課す

るためには︑少なくとも本人が原因を与えることを必要とするという思想に基づいたものである﹂︒しかし︑﹁代理制

度の信用を維持し取引の安全を保護するためには︑さらに一歩前進すべきである﹂︒このように︑正当理由が︑本人

七 二

頁 ︶

︱ 10

条は任意代理に限らず︑法定代理にも同様に適用される

︱︱︱一条の表見代理については︑無権代理人が以前有していた代理権は︑﹁必ずしも継続的なもの

人の留守中財産を管理する代理権

特定の借財行為の代埋権

関法

であることを必要とせず︑個々的なもの

であってもよい。」代理権の消滅についての善意•無過失とは、代理権の存続を信じ

たことの意味であり︑悪意の立証責任は︑前述の二つの表見代理と同様に︑本人が負う︵三七四︑三七五頁︶︒

し︑かつて代理人であった者が︑代理権の消滅後に︑しかも前にもっていた代理権の範囲を越える行為をした場合に の行為に基づくことを必要としないと解すれば︑

~

四 五 六

I 例えば本

︵ 三

七 一

頁 ︶

(20)

表見代理理論の新展開 四五七

︱ ︱

二 条

と ︱

1 0

条の統合型表見代理が成立可能である︒なぜなら︑相手方の立場からすれは︑代理権の有無や

範囲の判定はすこぶる困難なので︑本人の犠牲において︑相手方を保護する充分な理由があるからである

我妻の理論には︑取引の安全の過度の強調があるのみで︑表見代理制度の根本趣旨について触れるところはな

10

九条に関して︑﹁英米法の

e s t o p p e l

( 禁

反 言

ある︵三六七頁︶︒しかし︑我妻の理論は︑通説的見解の基礎を形成しただけではなく︑判例にも多くの影響を与え

た。先ず、大判大八・ニ・ニ四民録二五•三四

0

は、

借人のために必要な実印を交付したところ︑

︵ 三

七 〇

Y が A に訴外 B

よ り

0

0 円を借り人れるぺき代理権を授与し︑

A は X より二

0

0 円を借受けたという事案において﹁我国二於テハ印影

ヲ貴ヒ却テ署名ヨリモ之ヲ重ンスルノ慣習アリ故二印ハ常二璽セラレ就中実印ハ日常ノ取引二於テ重要視セラルルモ

ノトス是ヲ以テ本人ハ深ク代理人ヲ侶頼スルニアラサレハ之二実印ヲ託セサルヲ通常卜為シ第三者ハ実印ヲ託セラレ

タル代理人力其実印ヲ使用シテ取引ヲ為セル場合二於テ其取引ヲ為スヘキ権限ヲ有スルモノト信スルハ当然ナリトス

従テ金百円ヲ借入ルル権限ヲ有スル A 力其借入ヲ為ス為メ Y ノ実印ヲ使用スルニ際シ X 二対シ金二百円ヲ借入ルル権

限アリト称シタルトキハ x ハ之ヲ信スヘク信スルニ過失ノ咎ムヘキモノナキヲ以テ A 二於テ右金円ヲ借入ルル権限ア

リト信スヘキ正当ノ事由ヲ有スルモノト謂フヘシ﹂と判示していた︒この判旨は︑正当理由を﹁普通の人が代理権が

あるものと信ずるのがもっともだと思われること」という事情があり、代理権の存在についての善意•無過失のこと をいうと説明する我妻の見解になじみやすく、また、我妻は、代理権の授与とともに実印•印鑑証明書・権利証など

を交付してあるときは︑正当理由があるとみるべき場合が多いとしていたので︑大判大八・ニ・ニ四の判旨は︑﹁本 い

︒ 単

に ︑

︵ 一

︱ ︱

︱ 五

の原理がとり人れられたともいえる﹂と述べるのみで

( 5 )  

頁 ︶ ︒

ji 

(21)

第五三巻四•五号

人が他人に対し自己の実印を交付し︑これを使用して或る行為をなすべき権限を与えた場合に︑その他人が代理人と して権限外の行為をしたとき︑取引の相手方である第三者は︑特別の事情のない限り︑実印を託された代理人にその 取引をする代理権があったと信ずるのは当然であり︑かく信ずるについて過失があったということはできない︒﹂と

判ホした最判昭三五• 10•

一八民集―四•一―一・ニ七六四を導いていくことになる。

次に︑最判昭二八・︱ニ・三民集七.︱ニ・一三︱一は︑

Y 小型運送有限会社の千住営業所の責任者として︑ Y か

ら Y

会社の運送契約締結並びに料金の受取について代理権を授与されていた

A が︑知人 B の X に対する五万円余の青

果物売渡代金の支払確保のため︑﹁ Y

小型運送有限会社千住営薬所主任

A ﹂の振出名義の額面四万円の小切手を

X に

交付したという事案において︑本人

Y

には作為・不作為がないから相手方

X

に正当理由は成立しないとの上告理由に 対し︑正当理由は︑﹁必ずしも常に本人の作為または不作為に基くものであることを要しないと解するを相当とす る。」と判不した。続いて、最判昭三四・ニ•五民集一三•一•六七は、義兄

X

から、東京都民銀行からの金融を受

けることを依頼され︑実印および本件土地の登記済証︑本件建物の建築許可書の交付を受けていた

A が ︑

X の代理人

と称して︑実印を使用し作成した

X 名義の委任状︑印鑑証明書︑登記済証などを見せて︑金融業者

か Y l

ら 一

︱ ︱

1 0

万円

を借受け︑木件建物の保存登記︑本件土地建物につき抵当権設定登記︑弁済期に弁済しないときは代物弁済として本

件土地建物を

に移転する旨の所有権移転請求権保全の仮登記︑賃借権の譲渡および賃借物の転貸をなし得る特約付 Y I

の賃借権設定登記をしたという事案において︑相手方

Y I には悪意または重大な過失があるが︑本人

X には過失がな

かったとの上告理由に対し、最判昭二八•一―一・三を引用し、「民法―

10

条による本人の責任は本人に過失あるこ とを要件とするものではないから︑本件の場合上告人が所論のように無過失であったからといってその責を免れ得ベ

関法

四 五 八

( ‑

= ‑

︱ 六

(22)

ある

が X の不知をよいことに︑ Y I この二件の最高裁判決の判旨は︑正当理由は代理人自身の行為のみで成立し︑本人の行為に基づくことを必要とし

ないと主張する︑鳩山・我妻理論に添うものであり︵鳩山流に言えば︑最高裁は﹁原因主義﹂も﹁過失主義﹂も否定

したということになろうが︶︑我妻によって評価されている

︵ 三

七 二

頁 ︶

四 五 九

しかし、注意すべきことは、前者の最判昭二八・―二•三の場合、最高裁は続けて、 Y は A が Y 会社の干住営薬所

の責任者として y 会社千住営業所と記載した看板を掲げ︑ Y 会社の白動車を使用し︑ Y 会社のために運送契約を締結

し︑本件小切手に押捺したゴム印を使用し営業上の書類を作成すること等を許容してきたから︑ Y には作為・不作為

があり︑このような事情があればこそ︑ X は A の代理権を信ずるに至ったと判示している︒従って︑最高裁が︑正当

理由は﹁必ずしも常に本人の作為または不作為に基くものであることを要しない﹂と判示した部分は︑事案の解決に

不要な傍論である。また、後者の最判昭三四・ニ•五の場合、

本件建物の保存登記︑本件土地建物につき抵当権設定登記︑弁済期︵昭和二八年︱二月末日︶に弁済しないときは代

物弁済として本件土地建物を

に移転する旨の所有権移転請求権保全の仮登記︑賃借権の譲渡および賃借物の転貸を Y l

なし得る特約付の賃借権設定登記をしてから︑わずか七ヵ月の間に︑本件土地建物に関する権利が︑

まぐるしく移転されている︒原審が認定している A の無権代理行為後の諸事実からすれば︑この事件は︑金融業者で

求権保全の仮登記を付け︑ Y

を介在させて︑

Y のもとで本登記に直させ︑更に X の権利追及を困難にするために\を

登場させたのではないか︑との疑いを抱かせる事案であった︒無権代理行為時の

の悪意を窺わせる無権代理行為後 Y I

表見代理理論の新展開

が A を X の代理人として︑昭和二八年九月一 0 y l

日 に

← y l

← Y z

と Y i

一 三

0 万円で土地建物を丸取りしようと意図し︑代物弁済予約による所有権移転請 きではない︒﹂と判ホしたのである︒

︵ ニ ニ 七

(23)

( 1 )   4  の裁判所に︑受け入れられ易かったのであろう︒

第五三巻四・五号

( ︱ ニ ︱ 八 ︶

の事情を︑原審は認定しているのであるから︑当然 A の無権代理行為時の事情も厳しく認定すべきところ︑原審は︑

X は A に本件土地建物を担保に東京都民銀行から金融を受けるに付き代理権を授与し︑それとともに実印︑本件土地

の登記済証︑本件建物の建築許可書を交付したこと︑ A は X の代理人の如く装って

に本件土地建物を検分させ︑ X Y I

より預かった実印を使用して作成した X 名義の委任状︑印鑑証明書︑登記済証等を

に持参したことのみを以て︑ Y l

Y l

の正当理由を肯定し、最高裁もそれを支持している。この最判昭一二四・ニ•五は、最高裁が― 10 条の正当理由が成

立するためには︑本人の過失を要しないと判示した判例として引用されるが︑通説的見解をもってしても︑

が A の Y I

代理権の存在について善意•無過失であったと判断できるか否か、疑わしい事案であったことを指摘しておきたい。

他にも︑我妻の理論が判例に影響を与えたところは︑多々あるが ︵競合型表見代理︑日常家事行為と表見代理等︶︑

総じて︑判例の具体的事案とのかかわりで︑取引の安全を保護し妥当な結論を導くために︑我妻の理論が採り入れら

れたというよりも︑具体的事案の解決のためには︑我妻の理論は必要なかったにもかかわらず︑判旨のなかでは我妻

の理論が展開されたといえる︒﹁取引の安全は︑近代法の一理想である︒しかも︑代理は︑近代取引の重要な制度で

あるから︑取引の安全の理想は︑とくに強く現われねばならない︒表見代理の規定は︑この意味において適当にその

拡張をはかるべきである﹂︵三六四頁︶と考える我妻の思想が︑資本主義経済形成期および高度経済成長期の我が国

その後の学説

我妻が正当理由が認められる場合が多いとして︑代理権の授与とともに実印などを交付した例をあげたことおよ 関法

四六〇

(24)

て い

る ︒

表見代理理論の新展開

四 六

びその趣旨に添う大判大八・ニ・ニ四と最判昭三五• 10• 一八の判旨に、陽山と我妻が、正当理由は代理人自身の

行為のみで成立し、本人の行為に基づくことを必要としないと主張したことおよびその趣旨に添う最判昭二八•一

ニ・三と最判昭三四・―一•五の判旨が加味されて、「実印などを所持している者の代理権を信じて取引した相手方に

は︑正当理由が認められる﹂というのが判例理論であるという通説的理解が形成されていく︒

確かに︑代理人が本人の実印を所持している場合に︑正当理由を肯定する判例は多いが︑しかし︑代理人が本人の

実印を所持している場合でも︑正当理由を否定する判例も多数存在する︒例えば︑ X が陸軍司政官としてスマトラに

赴任して不在中︑

死の状況下で︑

x 家の家政一切を処理し X の実印を所持していた X

の 妻

A が ︑

X

の 母

B

と 協

議 し

X を代理して X

所有の土地家屋を

Y

に売却したという最判昭―一七•一・ニ九民集六•一•四九、

X

が戦争に応召して不在中、空襲必

X の実印を所持していた X

の 妻

A が ︑

X を代理して X 所有の建物を Y

に売却したという最判昭一一八・

―ニ・ニ八民集七•一三•一六八三、

x.A

夫婦は

X

の病気療養と不和のため別居していたところ、貸間営業を営み

家政一切を処理していた A

が ︑

①実印︵ないし白紙委任状︶ X の子どもたちの立ち会い協力を得て︑ X の実印︵らしきもの︶を用いて︑

︵ ニ ニ 九

X を代理

して

X

所有の不動産を

Y

に売却したという最判昭三六•一•一七民集一五•一•一等、いずれも正当埋由が否定され

また、最判昭四ニ・一―•三 0 民集一――•九•三四九七、最判昭四五•―ニ・一五民集二四•一三・― 10 八一、

最判昭五一•六・ニ五民集一― 10• 六•六六五、最判昭五三•五・ニ五判時八九六・ニ九等の正当理由否定判例では、

の所持があれば︑それは原則として正当理由を成立させる客観的事情であるとしなが

ら︑②﹁疑念を生ぜしめるに足りる事情﹂があるときは︑③本人に代理権の有無・範囲について問い合せるべきで

(25)

第五三巻四•五号

︵ ニ ︱ ︱

1 0 )

あったとし︑この調査確認義務を媒介項として︑それを怠った相手方の過失を認定し︑正当理由を否定するという三

そこで︑実印などの所持という︑原則として正当理由を成立させる客観的事情がありながら︑あるときは正当理由

を肯定し︑あるときは調木且確認義務を媒介項として正当理由を否定するという︑判例の結論の差異を有意味的に説明

しようとして︑我妻以降の学説は︑正当理由を利益衡量論的に把握したり︑相手方に調査確認義務が課せられる場合

を、判例の認定事実のなかから抽出•分類しようとしたり、実印の盗用、偽造の場合には本人に帰責性がないから、

正当理由は成立しないと論じたりしている︒

正当理由を利益衡量論的に把握する学説のひとつとして︑幾代通﹃民法総則﹄(‑九六九年︶は︑以下のように

述べる︒﹁﹃正当ノ理由﹄があるとは︑客観的にみて行為者に代理権ありと考えるのがもっともだと思われる事情があ

ること︑をいう︒すなわち︑相手方についていえば︑代理権の不存在について善意かつ無過失であることを要する︒﹂

正当理由が成立するためには︑﹁本人の過失に基づいたものであることも︑本人の行為︵作為もしくは不作為︶に基

因したものであることも必要でない︒⁝⁝現在においては︑本人の過失などを必要としないというのが判例︵大判大

正三• 10 ・ニ九民録八四六頁、最判昭和二八•一――•三民集一三――頁、最判昭和三四・ニ•五民集六七頁)・通

説である︒正当の理由とは︑結局は﹃当該行為の具体的諸事情に照らして法の保護に値すると判断すべきかどうか﹄

に帰着するのであり︵川島・三七六頁︶︑当然そこでは︑代理行為の相手方と本人︵とされた者︶

護についての利益考量が実質的な決め手になる︒そして︑結論的に相手方の保護つまり取引の安全の確保ということ

のほうを重くみる価値判断が働く場合なのである︒⁝⁝本人の具体的・主観的な容態を問題にしないという解釈は︑

( 2 )  

段構えの構成をとっている︒ 関法

、 ,

四 六

とのそれぞれの保

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