• 検索結果がありません。

先進国の経済成長について

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "先進国の経済成長について"

Copied!
31
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

論 説

先 進 国 の 経 済 成 長 に つ い て

石 崎 昭 彦

注 高成長

低成長への転換

成長率格差の国際的帰結

1 第二次大戦後︑西側世界の経済分野で起こった最も顕著な変化の一つは︑先進国経済において空前の高成長が約四

半世紀にもわたって続いたことであった︒この力強い経済成長はその初期においては戦後復興期と重なって明瞭には

認識されなかったけれども︑一九五〇年代には明確な形で現われ︑六〇年代へと持続した︒高成長の程度は国によっ

て異なり︑また時期的にも多少の違いはあったが︑先進国経済は潜在的に強力な成長力を保持し︑これをダイナ︑︑︑ッ

クな経済発展へと転化することができた︒

しかし長期間持続した高成長は七〇年代初頭には限界に達し︑七三ー七四年の第一次石油危機を契機にして低成長

へと転じた︒先進国経一済はスタグフレーションに陥って順調な経済発展を阻害され︑八〇年代にはスタグフレーショ

(2)

2商 経 論 叢 第25巻 第2号

ンを脱することができたが︑高成長には復帰しなかった︒

高成長期においても低成長期においても︑経済成長率には国別格差があった︒日本の成長率は米欧諸国を大幅に上

回っていた︒西ドイツ︑フランスなど欧州大陸諸国の成長率は七〇年代初頭まではアメリヵを上回った︒成長率の国

別格差によって︑主要先進国の国際的地位には大きな変化が生ずることとなった︒国際経済におけるアメリカの地位

は低下し︑日本の地位は上昇するにいたった︒

本稿では第一節において主要先進国経済の高成長の事実を統計的に計測し︑その要因を分析する︒

第二節では︑高成長が低成長に転じた事実をまず統計数値で明らかにし︑次いで低成長の原因について論述する︒

また第一節︑第二節においては主要先進国間に成長率の格差が生ずるにいたった事情についても分析を加え︑その

国際経済的帰結については第三節で論ずる︒

高 成 長

第二次大戦後の約一〇年間は戦後復興期であり︑この時期に先進国経済の復興は急速かつ顕著であった︒主要先進

国の経済成長率は第1表の通りで︑一九四八‑五五年の経済成長率はいずれの先進国においても戦前平均の成長率を

大幅に上回った︒この高成長は主としては戦後の経済復興という特殊要因によるものであった︒アメリカが四八年か

ら五一年にかけて実施したマーシャル・プランは西欧諸国の経済復興に大きく貢献したばかりでなく︑アメリカ自体

の経済拡大を促す要因ともなった︒また五〇年に起こった朝鮮戦争は一面では一次産品価格の高騰などを誘発して経

済を混乱させたが︑他面では先進国経済の成長を加速させ︑特に日米経済の拡大に寄与するところが大きかった︒

成長率を国別に比較すると︑欧州大陸諸国や日本の成長率が特に高い︒西ドイッの成長率は年平均一二%と抜群に

(3)

3先 進 国 の経 済 成長 につ い て

第1表 主 要先 進国の実 質GNP成 長 率r190‑087年

(%)

均1・9・ ・‑371・948‑55・955‑651・965‑731・96・‑731・973‑791979‑87  

平年

2.7 2.8 3.9 1.8 1.5 1.5 2.2 2.6

4.0 3.6 1.4 2.3 2.8 2.6 4.3

5.4 10.5

3.0 4.6 5.8 5.1 4.0

5.2 10.8 2.9 4.4 5.8 5.Q  

肪 " " 舗 辮 脇 M

4.2 4.8 8.4 2.8 12.O s.0 5.9 2.9

2.9 4.O z.0 1.9 0.6 2.1  

西

所 〕1900‑1937年 と1948‑1955年 の 数 値 は,U.S.Dep・ ・tm・nt。fC・mmerce,L。 。gT。

EconomicGrowth1860‑1970,PP・274‑275に 掲 載 のA .マ ィ ソ ン の 推 計 値 か ら,1955‑

1973年 はWorldBank,WorldTables1976,PP.256‑257 ,260‑26?,280‑283か ら,1973.

1987年 はIbid・ ・1988‑89ed・,PP・172‑173 ,25fi‑257,268‑269,332‑333,340‑341,596‑597, ono‑soiか ら 算 出.

高く︑日本は八・四%︑フラソス︑イタリアが六%で︑米英両国を大

幅に上回った︒戦争被害の大きかった欧州大陸諸国や日本では戦争直

後の生産水準は戦前水準以下に落ち込んでおり︑戦後復興は低水準か

らの回復であるため急速に進展したのであった︒

急速な経済成長によって戦前の生産水準は西ドイツ︑フラソス︑イ

タリアでは五〇年頃に︑日本では遅れて五四年に回復された︒貿易も

急速に回復し︑生産の伸びを上回って増大した︒五〇年代中頃には戦

後復興は終わり︑この頃からの経済成長には後述する長期的諸力がす

でに作用していたのであった︒

戦後期が終わり戦後復興の特殊要因が消滅した後も︑先進国経済は

戦前平均を上回る高い伸び率で拡大し続けた(第‑表)︒アメリカの成

長率は六〇年代には平均四・四%の高率を記録した︒五五‑七三年の

平均は三・七%で戦前水準をかなり上回り︑イギリスは二・九%と低

率であったが︑戦前平均の三倍近くの成︑長率であった︒西ドイッでは

五〇年代から六〇年代にかけて成長率は低下する傾向にあったが︑五

五ー七三年平均で五・一%の高率に達した︒フラソスは五・五%︑イ

タリァは五・三%と高く︑日本は一〇・三%の高水準を記録した︒

このような先進国経済の高成長は︑様々な要因の複合的作用による

(4)

4商 経 論 叢 第25巻 第2号

(1)ものであったが︑その主たる要因としては一九五〇年代から六〇年代中頃まで経済に供給余力が存在したこと︑新投

資の増大が供給余力を拡大したこと︑さらにヶインズ革命に基づく総需要の増大が供給余力を生産力に転化させたこ

となどを挙げることができよう︒高成長をもたらしたいくつかの要因について簡単に述べよう︒

9技術革新戦前から戦中・戦後にかけて開発された新生・産技術が主要先進国において急速に導入された︒技

術革新の最先進国はアメリカであり︑そこで開発された新技術が他の先進国に急速に普及し︑重化学工業化が進展し

たのであった︒

第一に︑高分子化学技術の発達により合成化学材料の開発が可能となり︑プラスチック︑合成繊維原料︑合成ゴム︑

塗料原料・溶剤などの化学品を製造する石油化学工業とその関連産業が新たに発展し︑そこに大規模な投資が行われ

ることとなった︒

第二に︑エレクトロニクス技術が発達し︑その産業的実用化の進展に伴って電子部品や民生用・産業用電子機器や

通信機器を製造する電子機器産業が急速に発展した︒アメリカでは早くも一九六〇年には自動車︑鉄鋼︑航空機︑化

(2)学に次ぐ大産業となり︑五大産業に数えられるにいたった︒

第三に︑ジェヅト・エソジソやロケット・エンジンの開発導入に伴って航空宇宙産業が急速に拡大した︒また原子

力の軍事的あるいは平和的利用を目的に原子力産業が新たに発展した︒これらの新産業の発展は特にアメリカにおい

て顕著であった︒

第四に︑鉄鋼︑自動車︑電機などの旧産業においても技術革新が進展し︑新製品の開発が行われ︑そのための投資

が増大した︒これらの旧産業はアメリカにおいては成熟産業に転じて成長力が弱まったが︑日本や一部の西欧諸国に

おいては戦前からの遅れを取り戻すために技術革新が活発に行われた︒例えば︑鉄鋼業では大型高炉の建設︑純酸素

(5)

先 進 国 の経 済 成長 につ い て  

5 転炉への転換︑連続鋳造設備の導入︑連続式圧延設備への転換などの技術革新があり︑日本は新技術の導入に最も積

極的であった︒

新旧産業が技術革新を推進するために投資を拡大し︑これに伴って関連産業分野でも投資か増加した︒投資の増加

は経済成長を促進し︑また高成長が期待されたことによって投資は一般的に活発化するにいたった︒投資の増大は主

要先進国に共通して見られた現象であって︑その対GNP比は五〇年代︑六〇年代には戦前水準をかなり大幅に上回

った(第2表)︒革新的投資が増大し︑資本・労働比率が上昇したため︑労働生産性は第3表に示したように五〇年代︑

第2表 主 要先進 国にお ける投 資 の対GNP比,1) 1920‑69年(%)

均1・92・‑38・95・‑69・95・‑59・96・s・

16.7 23.25) 32.5 17,2 25.1 23.4 20.9 x.7.4

23.4 23.3fi' 14.2 20.8 17.fi 20.0"

x.7.0 23.35' 28.46' 15.7 23.p 20.5 20.57) 15.0

15.02) 20.23)

8.9 12.94

16.1  

西

〔出 所 〕U.S.DepartmentofCommerce,LongTermEcon‑

omicGrowth18fiO‑197Q,PP・300‑303.戦 前 日 本 の 数 値 は,日 本 統 計 研 究 所 編 『日 本 経 済 統 計 集 』342‑343頁

か ら.

1)国 内総 固 定 資 本形 成 の対GNP比.戦 前 日本 の数 2)

4) 6}

7}

値 は 国 内総 資 本形 成 の対GNP比.

1926‑38年.3)1930・‑38年.

1925‑37年.5)1950‑68年, 1952‑fig年,1952‑59年.

1951‑69年,1951‑59年.

19fiO‑68年.

六〇年代には戦前の上昇率を大幅に上回って上昇した︒

⇔豊富な労働力供給戦後から六〇年代中頃にかけ

ては多数の就業者を抱える低生産性分野があり︑労働力需

要はそのような過剰就業分野からの労働力供給によってま

かなわれた︒

五〇年代には主要先進国はなお多数の農業人口を抱えて

いた︒それは第4表に示した通りで︑日米独仏伊の諸国で

は農業就業者数は多く︑総就業者数に占めるその比率も高

かった︒経済の高成長に伴って農業から他産業への労働力

移動が増大し︑農業就業者数は相対比でも絶対数でも大幅

に減少するにいたった︒

第二に︑中小企業や自営業者が多数存在し︑その中には

(6)

商 経 論 叢 第25巻 第2号6

第3表 主 要 先 進 国 の 労 働 生 産 性 上 昇 率,1)1900‑69年

C%)

年 平 均

西

X900‑38 1.4 0.9 3.4 0.5 0.9 0.9 1.7

1900‑13 1.8 2.3 3.1

‑‑o .i 1.2 1 2.0

1913‑38 1.2 0.1 3.6 0.7 0,8 0.9 1.5

1950‑69 2.3 2.2z' 8.33) 2.2 5.3 5.24' 5.64)

1950‑60 2.1 2.3 6.73) 1.9 6.0 5.44 4.54'

X960‑69 2.6 2.2z' 9.5

2.5 4.6 5.0 6.4

〔出 所 〕U.S.DepartmentofCommerce,LongTer1nEononlicGrowth1860‑1970,PP・278‑281か

ら 算 出.戦 前 の 数 値 はA.マ デ ィ ソ ン の 推 計 値.戦 後 はOECD統 計.戦 前 の 日 本 の 数 値 は, 日 本 統 計 研 究 所 編 『日 本 経 済 統 計 集 』340‑341頁 か ら 算 出.

1)従 業 員1人 当 り生 産 量.2)1950‑68年,19GO‑68年.

3)1953‑69年,1953‑60年.4)1954‑69年,1954‑60年.

第4表 主 要 先 進 国 に お け る 農 業 就 業 者 の 推 移,1)1950‑69年

(1,000人)

年 次

西

ン 「

X950

6,766(11.4) 1,Z39(22,9) 16,Ego2)(42.4)

1,262(5.6) 5,020{24.7) 5,2133)(27.9) 7,9993'X43.0)

19GO 4,715

i95 13,400

1,049 3,623 4,189 6,567

(7.2) (13.3) X33.1) (4.3) CY4.o) {22.4) {32.8)

X969 3,475

636 9,460

730 2,533 3,009 4,023

(4.3) (8.2) (18.8) {2.9) (9.s) (15.1.) (21.5)

〔出 所 〕U.5.DepartmentofCommerce,LongTermEconomzcGrowth1860‑1970,PP.?78‑?79, 297‑301.

1)カ ッ コ 内 は 総 就 業 者 に 占 め る 比 率(%).2)1953年.3)1954年.

(7)

先 進 国 の経 済 成 長 につ いて  

7 労働力が非効率的に利用されている過剰就業分野があった︒それは潜在的失業者の溜り場であり︑重化学工業はそこ

から労働力を吸収することによって急速に発展することができた︒さらに︑日本や西ドィッやフラソスなどでは喪失

領土や近隣諸国から多数の帰還者や難民が流入し︑労働力供給が増加した︒

高成長期の産業投資の核心は︑規模の利益を実現する大量生産方式の導入であり︑労働節約的投資であったが︑産

業の発展に伴って労働力需要は増大し︑それらの供給源が枯渇するに伴って労働力需給が逼迫するにいたった︒主要

先進国では六〇年代宋頃から労働コストが上昇して収益率が低下し始め︑七〇年代初頭には高成長の条件の一つが失

われることになった︒

日資源供給余力の存在石油その他一次産品が豊富安価に供給されたことは重化学工業の発展を促し︑資源多

消費型経済の持続的拡大を支える重要な要因であった︒

五〇年代には中東油田の開発が進み︑六〇年代初頭には北アフリカ油田の開発も開始されて石油生産は著増し︑石

油価格は六〇年代末まで低落し続けた︒またブラジルやオーストラリアなどの鉄鉱資源の開発が進展して︑鉄鉱石価

格も低落した︒主要国際商品価格の動向を見ると第5表の通りで︑サウジ原油価格は五五‑六九年に一パレルー1一.

九三ドルから一・二九ドルへと低下し︑ブラジル鉄鉱石価格は五七‑六九年に約半値に下がった︒金属価格はベトナ

ム戦争の影響があって六〇年代後半には高騰したが︑農業原料価格は七〇年代初頭まで低落し続けた︒原燃料価格の

低下は低コスト資源の発見開発︑農業・鉱業における技術革新の進展︑海上運賃の大幅低下などの諸要因によるもの

であった︒しかし七〇年代初頭には供給制約が顕在化して原燃料価格が急騰し︑これによって高成長は大きく制約さ

れることとなる︒

四政府支出の増大戦後復興期が終わった後も政府支出は膨張し続けた︒ヶインズ革命を背景に推進された福

(8)

商 経 論 叢 第25巻 第2号8

第5表 国 際 商 品 価 格 の 動 向,1952‑79年

年次

1952 1955 1957 1960

1963 1965 psi 1969

1970 1971 1972 1973 2974

1975 1976 1977 1978

×979

国 際 商 品 価 格 指 数(1975=100)

全 商 品1)

57.3 51.7

食 料

8

75

51.7i

[

53.9 52.0 55.S

40.5 37.2

43.6 39.2 38.7 41.9

農産原料

55.0 62.3 95.5 122.2

goo.0 113.2 136.6 130.3 151.?

44,1 45.O

lll

127.O

Boa s1:1

78.6 89.6vv.v x.02.2

73.6 71.].

64.9 63.1 57.3

・+i

55.4 55,1 72.1 129.2 124.6

100 124

×28 137 168

02292

金 属

4

Q4OPO

52.2 71.4 fi7.3 74,1

78,1 67.5 s7.s 99.3 124.0

100.0 106.0 113.S i20.1

×55.9

f

油のル肖

ウレ米

石 け 動

1.71 1.93 1.86 1,50

1.40 1.33 1.30 z.zs

1.30 1.65 1.90 2.70 9.76

10.72 11.52 12.40 12.70 16.97

22.30 18.20 22.45 17.08

15.69 x.5.69 12.F9 11.68

15.22 13.46 12.79 17.13 19.00

22.81 22.10 21.59 ].9.39 23.44

(ア メ リ カ)

フ ツ シ ェ ル

当 り米 ドル

1.79 1.58

1.76 1.62 1.71 1.59

1.50 1.68 1.90 3.82 4.90

4.06 3.62 2.81 3.48 4.3fi

〔出 所 〕IMF,InternationalFinancialStatisticsYearbook1982,PP.78‑83.

1)燃 料 を 除 く 農 ・鉱 産 物36品 目.

第6表 主 要 先 進 国 政 府 支 出 の 対GNP比,1950‑1973年

C%)

年 次

1950 1955 1960 Y9?0 1973

レ メ リ カ

21.3 24.5 27.0 32.0 31.5

23.3 19.3 17.6 19.3 22.1

イ ギ リ ス

32.6 39.3 41.1

西 ド イ ツ

32.5 38.7 41.7

フ ラ ン ス

X4.6 38.9 38.5

〔出 所 〕EconomicReportofthePresident1975,PP.249,328;OECD,HistoricalStatistics1960

‑1981 ,p.64;日 本 銀 行 『昭 和50年 経 済 統 計 年 報 』187頁.一 般 政 府 総 支 出 の 対GNP比 .英 独 仏 は 対GDP比.

(9)

先 進 国 の経 済 成 長 に つ い て  

9 祉国護策・完全矯肇はその大きな諮で麓︑アメ男ではこれに国防支出の増架加わって財政が髪した・

政府支出の対GNP比は第6表の通りで︑アメリカでは五〇f七〇年に二一・三%から三二%へと上昇し・イギリス・西ドイッでは六〇年当時に三二%ム・と高水準にあり︑七三年には璽%に達した︒日本は五〇年代に低下した後上昇

へと転じた︒しかし七三年に二二%であり︑米欧諸国よりは低水準にあった︒支出の膨張に伴って財政赤字が奨し・

それは特に米英両国において大幅であった︒政府支出の増大は上述したような供給条件のもとでは生産力拡大効果を

もち︑経済成長を加速させる要因となった︒

㈲自由貿易体制の形成戦後アメリカが中'5になって創設した‑MFとガットは︑貿易と支払の自由・その差別的制限の除去という二つの一般原則を設け︑加盟諸国に対してこの原則に従って貿易を律することを求めた︒アメリカは早くから自国市場を開放して自由貿易を先導した︒西欧諸国は先ず域内における貿易・為替の自由化に着手し

て五〇年代中頃にはこの目標をほぼ達成し︑五〇年代末には通貨の対ドル交換性を回復し︑域外諸国に対しても貿易・

為替を自由化した︒日本がこの目標を達したのは六四年のことであった︒

貿易.為替の自由化に伴って国際貿易は急速に増大し︑国際資本移動も再開された︒貿易は生産の伸びを上回って

増加し︑特に先進国間貿易が急蓬増大短︒舅の増加縫済黎を増芒・経護長を促進することとなった・

経済の高成長は先進国に一般的であったが︑その国別格差は小さくなかった︒五〇ー七三年の平均成長率を比較し

てみると︑イギリスは二.九%と低く︑アメリカは三・九%で当時の状況の中では高率とはいえなかった︒西ドイツ

は六.○%︑フランスは五.二%︑イタリアは五・三%と高く︑日本は九・七%で抜群の高率であつ(椙

成長率格差が生じた主因の一つは︑労働生産性上昇率の相違にあった︒労働生産性の年平均上昇率を見ると(前掲

(10)

商 経 論 叢 第25巻 第2号 10

第7表 主要先 進国 の国内総投資増 加率,1950‑73年 C%)

イ タ リ ア フ ラ ソ ス

西 ド イ ツ

カナダ 甲 本 レ 判 ス

ア メ リ カ  

平年

6.6 9。6

4.4

o.4 5.2 7.3 6.7

9.6 4.4 5.4

8.0 3.4 13.4

12.9 13.7 4.6

3.5 5.4 3.2

1.2 4.8 1950‑73

1950‑60 1964‑73

〔出 所 〕WorldBank,WorldTai】es197,PP・

質 低 カ ナ ダ は1961年 不 変 価 格

256‑257,260‑267,280‑283.1963年 不 変 価 格 の

第3表)・五〇1六九年にアメリヵが二二ご%︑イギリスが二・二%と低かったのに対して︑

フランス︑西ドイツ︑イタリアは五・二ないし五・六%と高く︑日本は八.三%と際立っ

て高率であった︒これらの諸国において労働生産性上昇率が高かったのは︑アメリヵ︑イ

ギリスよりも投資が大幅に増加したことによるものであった︒国内総固定資本形成の対G

NP比は高成長国において高かった(前掲第2表)︒国内総投資について五〇i七三年の平

均増袈を見ると第7表の通りで︑日本は一三・四%と格段に高く︑西ドイツ︑フランス︑

イタリアはそれぞれ六・七︑六・四︑六・六%と大幅であったが︑アメリヵは三.二%と

格段に低く︑イギリスは五・四%であった︒第二は︑労働力供給面に相違があった︒高成

長国は農業人口が多く(前掲第4表)︑また中小企業や自営業者の層が厚かった︒急増する

産業投資はこれらの低生産性分野からの豊かな労働力供給を得て生産力を拡充することが

できた︒

主要先進国の中では日本は最後発工業国であり︑いわゆる後発国の利益を享受すること

ができた︒米欧諸国において戦前から戦中戦後にかけて開発された最新の生産技術や製品

技術を摂取し︑重化学工業化を急速に推進した︒旧生産設備が大戦によって破壊され︑あ

るいは賠償として撤去されたことは︑最新設備の導入を促す条件となった︒急増する巨額

の設備投資資金は︑著増する所得からの高貯蓄によって賄われた︒第二に︑日本が戦後︑

国防費負担を大幅に軽減されたことは︑高成長を促進する要因であった︒国防費は再生産

外的消耗であり︑経済に負担を課すものである︒国家の安全保障をアメリヵに依存するこ

(11)

先進 国 の経 済成 長 につ い て 11

とによって軍事小国に転じた日本は︑その保有する人的物的資源を民需産業の拡大に集中的に投入し︑経済力を強化

することができた︒言い換えれば︑日本はパックス・アメリやナの最大の受益国であつ(苧第三に・日本はアメリ

ヵ主導の自由貿易体制から最大の利益を引き出すことができた︒重化学工業の発達に必要な原料資源を欠く日本が重

化学工業を急激に発展させることができたのは︑自由貿易体制のもとで日本が安価な原燃料を豊富に海外資源から確

保することができたからであった︒戦後の資源供給の新たな条件は他の諸国にも等しく開かれていたが︑これを最も

有利に活用したのが日本であった︒輸出市場としては広大なアメリヵ市場が開放されていた︒IMF.ガット体制の

中にあって日本は六〇年代末まで輸入抑制・輸出促進政策を実施した︒輸出面では税制上の減免措置や低利融資制度

などの輸出奨励策を採用し︑輸入面では輸入品を国産品に代替する幼稚産業保護政策を実施した︒六三年にはガット

一一条国に︑六四年にはIMF八条国に移行し︑貿易・為替は一応自由化されたが︑六〇年代末まで多数の輸入数量

制限品目が残っており︑関税は米欧に比べて高率であった︒

西ドイツ︑フランス︑イタリアなどにおいても最先進工業国アメリカに追い付くために︑大量生産技術が導入さ

れ︑大型投資が活発に行われた︒しかもこの動向は経済統合の進展によって一段と促進されたのであった︒西欧諸国

は経済復興を効率的に進めるために四〇年代末から輸入数量制限の撤廃を中心とする域内貿易の自由化を進めてきた︒

五二年には西ドイツ︑フランス︑イタリア︑ベネルックス三国の六力国は欧州石炭鉄鋼共同体の形成に着手し︑五八

年までにそれを完成した︒石炭鉄鋼業の生産物について域内貿易障壁は撤廃され︑対外共通関税が採用された︒経済

統A口運動はさらに前進した︒これら六ヵ国間で五八年にEEC(欧州経済共同体)が発足し︑六八年には関税同盟が成

立し共通農業政策が実施され︑域外差別的な大市場が形成されるにいたった︒域外は対外共通関税と農産物輸入課微

金によって差別され︑域内においては輸入数量制限と関税が撤廃され貿易が自由化された︒こうして域内貿易は域外

(12)

商 経 論 叢 第25巻 第2号

貿易の犠牲において急速矯大することとなった︒EEC加盟六ヵ国の貿易における域内貿易のシ︑アは︑五二年の

二六・七%から五七年には三三.九%に・七・年には五・%に上昇捻.こうした域内舅の拡大蟻内肇の発展

を促し︑経済成長を一段と加速させたのであった︒

二 低 成 長 へ の 転 換

戦後四半世紀近く続いた先進国讐の高成長は︑七〇年代初頭には漸く限界に達する︑﹂ととなった︒国際不均衡が

拡大し・国際通貨ドルの安定性は失われ︑インフレは急速に高進した︒七三i七四年には石油危機が発生し︑先進国

経済をスタグフレ←ヨソに陥れた︒これは低成長時代への幕開きであった︒七千八〇年には第二次石油危機が起

こり︑先進国経済は再度打撃を受け︑それから回復した後も成長率は低かった︒

高成長期の成長率と比較して見ると︑前掲第・甕示したようにアメリヵの年平均成長率は六〇1七三年の四.三

%から七三‑七九年には二・六%に低下し︑七九人七年もこれとほぼ同水準にあった︒日本は七三壱九年には三.

六%と高成長期の約三分の一に低下し︑八〇年代に入っても平均四%に達しなかった︒イギリス︑西ドイツ︑フ一フソ

スの成長率は七三‑七九年には高成長期のほぼ半分に低下し︑七千八七年には一層低下し三%ム.となった︒成長

率の低下は次の要因によるものであった︒

↓スタグフレーショソ七二年から七三年にかけて先進国経済は活況を呈した︒主要国において国際流動性が

著増し・拡大的財政金融政策が推進され︑総需要が急蓬増大した︒霧の増大に刺激されて経済活動は活発化し︑

イソフレが高進するにいたった︒経済成長率は第8表に見るように主要国において大幅に上昇し︑主要七力国平均で

七二年五.四%・七三年六・二%と高水準に達した︒イソフレはすでに六〇年代末から進展し︑七一ー七二年に小幅

(13)

先進 国 の経済 成 長 に つ い て 13

第8表 主要先 進 国の実質GDP成 長率 と失業率,1971‑56年 失 業 率(%) 実質GDP成 長 率(%)

先 進7 力 国 合 計1) イ ギ

リス フ ラ ン ス 西 ド 日本 イ ツ  

7合進国D先力計

イ ギ リ フ ラ ン  

西

ア メ リ 日本

年 次

舗 卸 錦 舘 M M 詔 印 蛉 舗 備 " 部 雇 M 鵠

躯 組 η 錫 詑 弼 翻 M " 舗 鶉 脳 ㎜ ⁝ 漏 鵬

踊 即 恥 胴 侃 嘱 卿 詔 " 脇 冠 鏡 脇 留

10.2 10.4  

鯖 四 ω 鐙 如 網 鎚 留 脇 調 妬 留 雛 雛 紹 細

揺 M B M ω 鋤 踊 舵 財 鱒 舵 脳 踊 ㍗ 舗 銘

銘 蕊 姻 舗 脇 葡 細 " 卵 初 篇 鮪 舗 M M 齢

3.5 5.4 6.2 4.3

‑4 .4

5.1 4.0 4.2 3.3 z.z

i.S

‑‑0 .4 2.8 5.0 3.3 2.8

2.6

2.1

?.6

‑0 .9

‑一一〇.9

3.1 1.2 3.5 2.0

‑‑2 .].

一1 .2 1.1 3.5 a.0 3.7 2.9  

M " M 鍛 ㏄ 翻 討 鎚 鎚 届 U 肪 留 M M 猟

3.1 4.2 4.6 0.5

‑1 .7

舗制M42M㎝幅蔦篇躍漏

4.6 8.8

..

..

‑1 .0

脇脇脇駒M""銘銘齢47踊

3.1 5.4 5.5

‑‑0 .6

‑0 .7

4.9 5.2 4.7 2,4

‑0 .1

2.3

‑2 .6  

聞 ㎜ ㎜ 脳 隔 椰 ㎜ ㎜ ㎜ ㎜ ㎜ 鯉

19$3 1984 1955 1980

3.9 7.2 3.5 3.0

〔出 所 〕OECD,HistoricalStatistics1960‑1982,PP・39,44;chid,

i)イ タ リ ア,カ ナ ダ を 加xた7力 国 .

196Q‑198fi,pp.39,44.

緩和された後︑七三年から七四年にか

けて急激に高進した︒主要先進国の消

費者物価上昇率は第9表の通りで︑日

本︑次いでイギリス︑フランスにおい

て特に大幅であった︒七ヵ国平均の上

昇率は七三年には七・五%︑七四年に

は二ご・三%の高率に達した︒

インフレの高進は一つには総需要の

急激な拡大によるものであったが︑基

本的には先進国経済が石油などの一次

産品と労働力の分野において供給制約

に直面したことによるものであった︒

供給余力が減退していた一次産品分野

においては先進国経済の拡大に伴う需

要の増大から需給が逼迫し︑前掲第7

表に見るように七〇年代初頭には主要

商品価格が軒並み高騰するにいたった︒

農産物価格は七二年の世界的不作の影

(14)

商 経 論 叢 第25巻 第2号 ユ4

第9表 主要 先進国 の消費者物価 上昇率s1971‑86年

C%) 次 レ メリカ1日 本1西 ドイツ1フ ラソス1イ 判 暦

 

5.0 4.3 7.5 1.3.3 1x.o

S.0 8.0 7.0 9.3 12.3

io.o

e.

4.5 4.5 3.8 2.0  

籔 M 囲 ㎜ 蹴 燭 ㎜ 舗 m M ⁝ 舗 輔 齢 侃 M

5.5 s.Z 7.3

瑠 柵 舗 盟 侃 鵬 悩 麗 恥 舗 冠 認 即

蕊 騒 細 初 細 妬 留 ㍗ " 茄 備 脇 鋪 怨 "

一 〇.2  

侃 妬 即 踊 鵬 脇 鎌 銘 錨 鋤 翻 ㍗ 罷 ね 胴

粥 鋪 砿 ⁝ 侃 硲 備 " 瑠 郡 鵬 侃 詑 粥 錨 D

m ㎜ ㈱ 鮒 椰 欄 斯 ㎜ ㈱ ㎜ ㎜ 肥 ㈱ 脳 隔 脳

〔出 所 〕OECD,HistoricalStatistics1960‑1982,P.83;Ibid.,1960‑1986,P・83・

1)表 示 の5力 国 に イ タ リ ア,カ ナ ダ を 加 え た7力 国.指 数 計 算 に 用 い る 国 の ウ ェ ー トは 民 間 消 費 と 前 年 の 為 替 相 場 に よ る.

響が加わって一段と大幅に上昇し︑七三

(11)年イソフレの大きな要因となった︒

石油価格はOPECのカルテル行為に

よって急激に上昇した︒石油需給.ハラソ

スは六〇年代末には過剰から不足へと転

じ始めた︒低コストで開発可能な石油資

源が枯渇して供給力が減退し︑経済の高

成長に伴う石油需要の増大は需給を逼迫

させるにいたった︒アメリカにおいて六

〇年代末から国内原油生産が停滞して石

油需要の増大を賄うために石油輸入が急

(12)増したことや︑日欧諸国において重化学

工業化の進展に伴って石油消費が著増し

(13)たことは︑世界的な石油需要増大の主因

であった︒需給逼迫によって石油輸出国

は石油取引上の地位を強め︑七一年から

七三年夏までに数回にわたって原油公示

価格を引き上げることに成功した︒OP

(15)

先 進 国 の経 済 成 長 につ い て 15

第10表 主要 先進国 製造 業 の時 間 当 リ賃金上昇 率,1971‑86年

(%)

次 レ メ 州 目 一fir1)西ドイツ レ ランス門 イギ リ刈 攣7鯛

 

4490680616226244αα乳臥aLα01α αα&㌫α㌫ 臥11111111111

5891087208320817

.....9000ゾ了232709485711113111111 2363317901532772LL生q⁝乳4aワ⁝a54㌫L乳541111111111111

1

077625505239344

6L&αα&a乳臥5α 臥4aa4&

¶ ユー‑■

8651526935689794

,.O3536128577543432望⊥19自ワ臼111←

2203018757839181

0.O6778988888963432

1234567890123456777777777888888899999999999999991171111111111111

〔出 所 〕OECD,HistoricalStatistics1960‑1982,P.90;Ibid.,1960‑1986,P.90.

1)月 当 り 賃 金.2)時 間 当 り 賃 金 率.

3)イ タ リ ア,カ ナ ダ を 加 え た7力 国,指 数 計 算 に 使 用 し た 国 の ウ ェ ー トは,1979年 ま で は 前 年 の 製 造 業 雇 用,・:1年 か ら は1980年 の 製 造 業 雇 用 に よ る.

ECは七三年秋の中東戦争を契機に石

油戦略を発動し︑原油供給の削減によ

って七三年末から七四年にかけて原油

(14)公示価格を約四倍に引き上げた︒標準

油種アラビアソライトの価格は七三年

一〇月初めの一バレル三ドルから七四

年初頭には一一・七ドルに引き上げら

(15)れた︒

こうした一次産品価格の高騰は︑直

接間接にこれを使用する諸産業の生産

コストを引き上げ︑それが価格に転嫁

されてイソフレが高進することとなっ

た︒イソフレの高進に対して労働側は

実質所得回復のために名目賃金の大幅

引上げを要求し︑労働需給が逼迫する

中でこの要求は実現されることとなっ

た︒主要先進国製造業における時間当

り賃金上昇率は第10表の通りで︑先進

(16)

商 経 論 叢 第25巻 第2号 Y6

七ヵ国全体で七三年に二二%︑七四年に一五%と大幅であった︒高インフレ国では賃金上昇率も高く︑日本の場合に

は二〇数%の高率に達した︒賃金の一般的上昇によってイソフレは一段と大幅に進展したのであった︒

政策当局は緊縮的財政金融政策によってイソフレの高進に対処した︒金融政策は七三年中頃から引き締められ︑石

(16)油価格が急騰した七三年末から七四年にかけて引締めは一段と強化された︒原燃料価格の上昇と賃金上昇とによって

強力なコスト・プッシュ圧力がかかっている最中に︑厳しい引締め政策が実施されたため︑企業収益は急速かつ大幅

に落ち込み︑工業生産と投資は激減するにいたった︒高価格原油の輸入を通して所得が先進国からOPEC諸国に流

出し︑国内需要が減少したことも景気を悪化させる大きな要因となった︒主要国製造業の資本収益率は第11表の通り

で︑日米英独のいずれの諸国においても七四年︑七五年に大幅に低下した︒実質総固定投資は第12表に見るように二

第11表 主要先 進国製造 業 の資本収益率f1) 1971‑86年(%)

年 次 レ メ リ湘 本 西 ドイツiイギ リス

猟鱒胴侃妬留"舖綴脇翻留妬"価㎝㏄1

隔 捌 悩 卿 幽 ㈱ 駕 聯 縄 卿 齪 ㎜ ㎜ 螂 励 備 ⁝

鋤 枷 謝 踊 燭 鵬 酬 旗 脚 珈 蜘 柵 欄 ㎜ ㎜ ㎜ 枷

1971 1972 1973 1974

×975

21.1 23.3 23.4 1s.s 17.5 20.4 21.8 21.0

200 16.3 12.1 12.8 9.9 12.3 16.3 15.g 16.2 1976

1977 1978

1978 1979 ':1 1981 1982

×983 1984 1985 1986

〔出 所 〕1971‑1978年 はOECD,NationalAccounts VolII:Deta五IedTables,1971‑83,pp.49,79 244,512.1978‑86年}まIbid.,1974‑・86,PP.54

B5

8

1)純 資 本 ス ト ッ ク(純 固 定 資 産)に 対 す る 収 益(営 業 余 剰)の 比 率.日 本 に つ い て は, 粗 資 本 ス ト ッ ク に 対 す る 粗 収 益(収 益+固 定 資 本 減 粍)の 比 率.

年連続して減少した︒総需

要が抑制され︑企業収益が

圧縮され︑投資が減少した

ために︑経済成長率は主要

先進国において七四年︑七

五年と大幅に低下した︒先

進七力国平均は七四年には

○・三%に低下し︑七五年

にはマイナス○・四%に落

ち込み︑失業率は上昇する

(17)

先進 国 の経 済 成長 につ い て 17

第12表 主要先 進国 の実質総固定投 資の増加 率,1972‑86年

C%) 次 レ メリカ 恒 刺 西ドイツ レ ランス レ ギリス 穫7鰐  

1972 S.7 10.0 2.7 ?.2 一 〇.3 6.6

1973 6.2 12.6 一 〇,3 s.i 6.5 6.9

1974 一 一s.o 一一9 .5 一9

.6 0.9 一一一2.5 一 一一5

,2

1975 一10 .7 一1 .2 一5 .3 一一3 .2 一1 .7 一6 .1

1976 6.9 2.7 3.6 3.7 1.6 4.3

1977 11.4 4.0 3.6 一 〇。8 一1 .8 5.1

X978 9.5 8.5 4.7 2.1 3.1 6.5

1979 2.4 5.3 ?.2 3.1 2.8 4.2

"1 一6 .8 0.0 2.8 2.6 一一5 .4 一1 .3

1981 一 〇.1 3.1 .・ 一1 .9 一9 .6 一 〇.4

1982 一一S .7 Q.8 一5 .3 一1 .4 5.2 一4 .3

1983 8.S 一 〇.3 3.2 一3 .6 5.2 3.1

1984 15.9 4.9 os 一2 .3 8.2 7.7

1985 9.8 5.8 0.1 1.1 3.1 4.8

1986 2.9 s.o 3.1 3.0 o.3 3.5

年 平 均

1960‑68 5.Q 14.S 3.1 8.0 6.3 6.3

1968‑73 3.7 12.3 5.5 6.8 2.Q 5.7

1973‑79 1.9 1.5 0.5 1.0 o.2 1.3

197986 2.3 2.9 一 〇.1 一 〇.4 i 1.8

所 〕OECD,Hi・t・OECD,HistoricalStatistics1960‑198・icalSt・ti・ti・ ・1960‑1985,P・53;lbid・ ・1960‑1986・P・53・

1)イ タ リ ア,カ ナ ダ を 加 え た 先 進7カ

〔出

こととなった(前掲第8表)︒こう

して先進国経済はスタグフレーシ

ョソに陥ったのであった︒

皇爪気は七山ハ年には回復した︒日

米欧間の貿易不均衡の拡大や国際

通貨不安などの不調要因を抱えな

がらも先進国経済は成長軌道に乗

って拡大したが︑経済成長の歩調

は抑制されたものであった︒そし

て七九‑八〇年には第二次石油危

機が起こって成長が再び阻害され

ることとなった︒

第一次石油危機後においても石

油の需給関係には基本的変化はな

く︑そのような中でアメリヵの石

油輸入が増大し︑他方で七九年の

イラソ革命が石油供給の安定性に

打撃を与えたことから︑第二次石

(18)

商 経 論 叢 第25巻 第2号 18

第13表 国 際 商 品 価 格 の 上 昇 率,1979‑87年

(%)

麦(

ア メ リ カ)

ブ ッ シ ェ ル

当 り米 ドル 25.3

7.8 1.3

‑8 .4

‑7 .8

‑3 .0 1i

‑‑15 .4

‑1 .9 鉄 鉱 石

(ブ ラ ジ ル) メー トル ト ソ 当 り米 ド

ノレ

20.9

16.3

‑‑9 .7

8.1

‑8 .5

‑3 .6

‑1 .9

‑一一3.4

1.6

油2) (サ ウ ジ) バ レ ル 当 り

ド ル 国 際 商 品 価 格 指 数(1980‑100)

金農産原料

 

料食

全 商 品 ユ)

年次

35.9 66.1 13.3 3.0

‑‑12 .4

‑2 .9 0.o

‑51 .6 26.8

29.9 9。5

‑‑15 .2

‑11 .8 4、9

‑5 .5

‑6 r

‑6 .Q 19.8

37.9 8.7

‑12 .a

‑‑4 .3 1.8

?.3

‑14 .9 1.5 33.5 16.7

8.6

‑‑3 .2

‑15 .2

..

1

‑‑15 .5

‑一一12 .0

2.3

2L6 5.7

‑10 .1

‑10 .3 6.2 2.1

‑13 .0

‑3 .8 8.6

1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 ':・

198?

〔出 所 〕IMF・lnt・ ・nati。 ・・1Fi・ ・n・i・IStab・ti・ ・,Yea・b・ ・k1 .98$,PP・181‑185, 燃 料 を 除 く 農 鉱 産 物36品 目.1)

2)1985年 か ら の 数 値 は リ ビ ア 原 油 の も の.

油危機が誘発されるにいたつ梅七九年楚始まる︒PECの

原油価格引上げは大幅なものであった︒一パレルー1一三ドルし

ていた標準油種アラビアソライトの価格は七九年一一月には二

四ドル︑八〇年一一月には三ニドルに引き上げられ︑さらに翌

年一一月には三四ドルへと引き上げられた︒石油以外の主要国

際商品も第13表に見るように七九年︑八〇年には急騰した︒こ

のような一次産品価格の急騰によって再度インフレと景気後退

が同時に起こることとなった︒

日本と西ドイツではイソフレは比較的に穏やかなものであっ

たが︑アメリカ︑イギリス︑フランスでは一〇%を超える高率

イソフレが進展した︒先進七力国平均のインフレ率は七九年九

.三%︑八〇年一二・三%︑八一年一〇・○%と大幅であった

(第9表)︒第一次石油危機の場合とは違って今回の場合には賃

金が高率インフレに誘発されて大幅に上昇するということはな

かった(第‑o表参照)︒一つには労働需給がそれほど逼迫してい

なかったからであり︑また一つには厳しい金融引締め政策が早

目に導入され長期間続いたからであった︒

主要先進国の通貨当局はインフレ抑制のために厳しい金融引

(19)

先 進 国 の経 済成 長 につ い て 19

第14表 主 要 先 進 国 の 労 働 分 配 率,・)1960‑86年

C%)

!:,

西 ド イ ツ フ ラ ン ス イ ギ リ ス

蒋9一 一

57.91?2.9

G9.4so.974

。3 64461.675

.0

70.864.775 .3

.1・

80.3 75.5 75.2

74,6

?5.5 79.3 77.1 72.0

74.S 75.5 71.3

60.4 63.4 71.3 75.U 71.8

73.S 71.6 69.4

63。7 68.0 72.2 72.4

リ カi日

49.9

×2.6 52.7 60.1

67.O rii 6",0 69.6

52.5 56.1 66.5 68.4 7r.1

?0.4 72.3 74.5

75.7

??.5

?7.2 75.0

70.F

?4,7

?5.7 7C7r(]

 

次年

1960 3963 1968 1973

X976 ir I983 1986

1960‑6?

1968‑73 1974‑‑79 x980‑85

〔出 所 〕OECDNt●1A

?7.

)Lw'照lona1Accounts ・V・1・1・M・i・Ag望 ・g・t…1960〜1987 ,PP.32‑35,48.51,76.

1)雇 ÷ 国 腰 素 鵬 一 労 鮒 配 率

.1・ ・畷 働 分 配 率 噴 本 分 醇 .

締め政策を推進した︒政策理論としてはヶインズ主義

が権威を失墜して︑代わってマネタリズムが支配的地

位に就いており︑その理論に従っての強力な引締めで

あった︒米欧諸国では七九年から八一年にかけて︑日

本とフランスでは七九年から八〇年にかけて通貨供給

量は大幅に抑制された︒名目金利は米欧諸国において

は二桁に上昇し︑実質金利も急速に上昇巻・企護

益率が低下し(第11表)︑金利が大幅に上昇したために︑

実質総固定投資は米欧諸国では減少するにいたり︑日

本ではその伸びが大幅に低下した(第12表)︒高金利は

投資ばかりでなく耐久消費財需要をも減少させ︑景気

は急速に後退することとなった︒実質GDP成長率は

前掲第8表に見るように主要先進国において八〇年か

ら八二年にかけて大幅に低下し︑失業率は上昇するに

いたった︒アメリカ︑イギリスでは八〇1八二年の三

年間に経済は収縮し︑ドイツでは停滞し︑日本とフラ

ンスでは小幅にしか拡大しなかった︒先進七ヵ国の平

均成長率は八〇年一・二%︑八一年一・八%と低く︑

(20)

商 経 論 叢 第25巻 第2号 20

八二年にはマイナスO・四%に落ち込んだ︒第二次石油危機による景気後退が第一次石油危機の場合よりも長引いた

のは・通貨当局が景気回復よりはインフレ抑制を最優先課題として金融を長期間にわたり厳しく引き締めたからであ

った︒

口現代の技術革新上述したように七〇年代には石油を中心とする資源価格の急騰が経済拡大の重大な制約要

因となったぽかりでなく︑労働コストの上昇も経済拡大の制約要因となった︒労働分配率は第14表に見るように七〇

年代に入ると主要先進国において大幅に上昇し︑企業収益は圧縮されるにいたった︒

これらの高い生産コスト要因を資本によって代替することは︑企業の発展と経済の拡大にとって必要不可欠であっ

た︒こうした資源節約的・労働節約的技術の開発が現代の技術革新を特徴づけることとなった︒マイクロエレクトロ

ニクス︑新素材︑バイオテクノロジーといった高度技術が︑そのような技術革新の担い手となった︒

高度技術は消費需要の内容にも大きな変化をもたらした︒高成長期の生産技術は資源多消費型の労働節約的技術で

あり・大量消費市場を対象に規格化された均一品を安価大量に供給するための大量生産技術であった︒ところが︑高

成長に基づく所得水準の上昇に伴って基本的消費需要が充足され︑消費需要の質的改善が求められてくると︑大量消

費市場は個別化・細分化されることとなり︑資源多消費型の大量生産方式はこの需要側の要請に応え・兄ず︑陳腐化す

るにいたった︒半導体︑ロボット︑コンピュータに象徴されるマイク伊エレクトロニクス技術は︑効率的な多品種少

量生産を可能にし︑需要の多様性に応えることができた︒

こうした省資源・省力技術で多品種少量生産を行なうための技術革新が進展し︑投資が増加することとなったが︑

省資源・省力投資は他産業への波及効果が小さく︑経済成長の速度は低下することとなった︒高成長期の資源多消費

型大量生産技術においては︑投資と生産の増大に伴って資源・エネルギーの消費が急速に増加し︑資源開発産業や素

(21)

先進 国 の経 済成 長 につ い て z1

第15表 主 要先進国 の労働生産 性上昇率,1960‑85年

(年平均,%)

レ メ呵 日 本1酬 ツレ ラ洲 イギリス陸 灌

雇用 者1人 当 り 実 質GDP

1960‑68 2.6 8.8 4.2 4.9 2.7 40

1968‑73 1.0 7.3 41 4.7 ao 3.3

X973‑79 o.o 2.9 2.9 2,S 1.3 1.4

1979‑55 1.1 3.0 1.6 1.4 1.8 1.5

製造業雇用者1 人当 り実質付加 価値

1960‑68 3.2 9.0 4.7 G.8 3.4 4.4

1968‑73 3.8 1α4 4.5 5.8 3.8 5.0

1973‑79 0.9 5.0 3.1 3.9 o.s 2.4

1979‑85 3.5 s.3 2.4 } 3.7 3.8

〔出 所 〕OECD・HistoricalStatistics1960〜1985,Pμ4亀49二uu,HistoricalStatistics1960' .一 イ タ リ ア と カ ナ ダ を 含 む7力 国.

材産業や大量輸送関連産業において投資と生産が著増し︑財

貨の生産量が増大して経済成長が加速されることとなったが︑

現代の技術革新においては資源・エネルギーおよび労働を資

本で代替するための投資が行われ︑資源・エネルギーの時間

当り消費量が大幅に節約され︑資源・素材関連産業は停滞あ

るいは縮小することとなって︑経済成長は減速したのであっ

た︒雀資源.省力投資は資源・素材関連産業の投資を誘発す

る効果に乏しいから︑固定投資の伸びは高成長期に比べて大

幅に低下することとなり(第12表)︑また第15表に見るように

労働生産性上昇率も大幅に低下するにいたった︒

アメリカの労働生産性は七三‑七九年に全産業平均では上

昇せず︑製造業では年平均○・九%しか上昇しなかった︒石

油不況後︑労働供給が増加して実質賃金が低下し︑雇用が増

大した︒投資が労働集約的に行われて労働生産性は停滞する

にいたった︒しかし八〇年代にはその遅れを取り戻すために

製造業では生産性は急速に上昇し︑年平均三・五%の上昇率

となった︒石油価格統制の撤廃による石油価格の急騰とレー

ガノミックスが省資源・省力投資を促進したからであった︒

参照

関連したドキュメント

第三に,以上に得られた複数年次の 2 部門表を連結し,それと,少し長期の経済状態を

この発言の意味するところは,商工業においては個別的公私合営から業種別

長尾氏は『通俗三国志』の訳文について、俗語をどのように訳しているか

長尾氏は『通俗三国志』の訳文について、俗語をどのように訳しているか

(2011)

民間経済 活動の 鈍化を招くリスクである。 国内政治情勢と旱魃については、 今後 の展開を正 確 に言い

and that they comply with the origin requirement specified for those goods in the Agreement between the Kingdom of Thailand and Japan for an Economic Partnership for goods exported